<2009年10月4日>荒川・足立区探訪(その1):荒川区編(南千住~千住大橋)
★あしたのジョーのルーツを訪ねて
昨年夏、「巨人の星」の星飛雄馬が少年時代を過ごした墨田区の下町風景は歩いてみたけれど、今度は「あしたのジョー」のルーツ「泪橋」が見たくなってきた。荒川南千住へと足を向けてみよう。


墨田区探訪(その2):「巨人の星」ルーツの記事はコチラから
隅田川「千住大橋」南側は荒川区南千住、北側は千住○○町の名がつく足立区・北千住界隈です。ジョーが暮らした山谷「泪橋」を出発し日光街道を北上し、千住風景を踏破することとしました。


南千住へは地下鉄日比谷線でアクセスしましたが駅舎はビックリする程に近代的!05年つくばエクスプレスが乗り入れしリニューアルしたからです。でも南側風景はJR操車場が広がり下町の雰囲気が漂う。
.......(左)近代的な南千住駅、(右)駅南口は操車場があってやや殺伐とした感じ.....


♪「サンド~バッグに~浮かんで消え~る~」♪ 尾藤イサオの渋い歌声で始まる「あしたのジョー」は「巨人の星」と並び、小学校時代夢中になったスポ根漫画。矢吹丈がボクサーの道に引き込まれたのは山谷ドヤ街で丹下のオヤジに出会ったことに始まり、泪橋はまさにその舞台となった場所
......(左)只の十字路だった泪橋、橋はなく新マンションが立ち並ぶ (右)立つんだ、ジョ~!......




ユーチューブ:「あしたのジョーの主題歌」 by 尾藤イサオ)
丹下のオヤジがジョーを連れてきた拳闘クラブは橋の下(隅田川沿)にありました。あの橋が泪橋だと40年以上信じていたのに・・、そこは単なる交差点でしかありませんでした。大いに落胆・・(泣)
リンク:「東京DEEP」案内 ドヤ街山谷(振り返れば泪橋)
........岡林信康が歌った「山谷ブルース」の場所は、まさにこの周辺が舞台となった。.....


「今日の仕事は辛かった~♪あとは焼酎あおるだけ~♪」、岡林信康が歌った悲哀の山谷ブルース。
不況の世の中が長く続き、今も同じような辛い日常が繰り返されていることは想像に難くない・・。
日雇労働者の暴動など物騒なイメージがある山谷地区ですが、現在は高層マンションが林立している。
ユーチューブ:岡林信康「山谷ブルース」
★江戸時代の処刑場だった小塚原
泪橋から再び南千住に戻ると、駅前には小塚原回向院。ここにも悲しい歴史が刻まれていました。
小塚原(コヅカッパラ)は江戸時代の処刑場跡地でした。当時、埋葬死体は野犬に食い散らかされ地獄のような有様で、刑死者を弔うため1667年に本所回院の住職がここに供養の地を設けたとのこと
.......かつて罪人が処刑された「小塚原」、死者供養のために建立された「回向院」.....


ここは「安政の大獄」(幕末大老・井伊直弼の弾圧事件)で長州の吉田松陰・橋本左内等、維新の礎となった幕末志士が殺され葬られた場所です。橋本左内は地元で断トツに尊敬されている人物
.......右は「安政の大獄」で処刑された橋本左内(明治維新志士の先駆け)の墓........



その他にも歴史上有名な伝説人物の墓も沢山ありました。そしてここは日本近代医学の出発点にも関係した場所、解体新書を著した杉田玄白がここを死体解剖実験場として使ったとのことです。
.....(中)鼠小僧次郎吉や高橋お伝の墓も・・(右)解体新書ターヘルアナトミア編纂の礎にもなった。....



回向院の隣(JR線路脇)には「延命寺」(本所回向院住職が建立)があり、赤い涎掛けをした巨大な「首切り地蔵」がひっそり佇んでいます。「南無阿弥陀仏」文字は悲しき処刑者達への鎮魂念仏・・
.........延命寺の巨大な「首切り地蔵」は数々の処刑者の霊を憐れんだ。.....

★スサノオノミコトが祀られる由緒ある神社
南千住駅から日光街道へ北上する道は「コツ通り」と呼ばれます。あまりイメージはよくないけれど、深い歴史の中で刻まれた由緒ある名前。この商店街は懐かしい雰囲気の昭和レトロな光景でした。
......コツ通り商店街風景(旧・日光街道)のイラスト.....

日光街道に出合い反対側に渡ると、1200年以上の歴史が刻まれる「素盞雄(スサノオ)神社」が現れました。通称「お天王様」と呼ばれ、「瑞光石」という霊験あらたかな祭神降臨の史跡があります。
...........「素盞雄神社」の威厳ある社殿.......

........(左)演舞台である神楽殿 (右)境内には「瑞光石」が二重・鳥居に守られる。.....


スサノオノミコトといえば、6歳時に観た東映劇画「わんぱく王子の大蛇退治」を思い出すなあ・・。
キングギドラのような八匹竜・ヤマタノオロチは実に怖かった。日本神話を丁寧に描いた映画でした。
......(左)神主のお払いを受ける氏子 (右)映画1シーン(八岐大蛇に立ち向かうスサノオ).....


ユーチューブ:東映映画「わんぱく王子の大蛇退治」
......境内の竹林の中でししおどしがコ~ン・・と静かな音が鳴り響く.....

★千住の歴史を教える「荒川ふるさと文化会館」
日光街道を北上していくと、「荒川ふるさと文化会館」という地元も歴史博物館があります。ちょうどタイムリーに「橋本左内と小塚原の仕置場」というテーマで展示が行われていました。覗いてみよう。
......「荒川ふるさと文化会館」、橋本左内や小塚原「首切り地蔵」が展示されていた。.....

.........文化会館の中には、千住大橋を巡る歴史や昭和レトロの路地風景も紹介展示.....


展示内容は、刑場としての小塚原の由来、千住大橋(江戸時代初期に架橋)や日光街道の成立ち、明治時代の工業化の歴史等が紹介されています。昭和レトロ・路地風景・茶ぶ台の部屋も必見
......(左)岩の大滝が流れる「天王公園」 (右)季節はずれの朝顔が綺麗に咲いていた。.....


文化会館を出て住宅街を歩いていくと「天王公園」という滝や岩をオブジェにした荒川区民が憩う公園の脇を通過すると、いよいよ隅田川だ。日光・奥州方面の玄関口となった千住大橋が現れます。
.......今は青い鉄骨の橋だが、江戸時代は木造で由緒ある「千住大橋」.......

ここで荒川区はサヨウナラ・・。千住大橋南側は悲しい歴史(泪)を垣間見ました。この橋を渡ると足立区に入ります。今度は日光街道千住宿の風情、活気ある下町風景、荒川堰堤の景色を楽しもう。
おわり
↓その2:(足立区編)に続く

# by rollingwest | 2009-11-01 20:31 | 都会の風景 | Comments(14)


































































































































(09.11.15)横浜で初めて開催された国際女子マラソンと同じ日に、近隣の多摩川を散策してみると「川崎国際多摩川マラソン」が開催されていました。11月中旬とは思えぬ暖かい快晴日でしたが、数千人の市民ランナーが気持ちがいい河川敷を駆け抜けておりました。
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★★★★★★★★★★★こちらの紅葉はまだ盛りにはまだ早く、鮮やかな色づきはあと10日くらいですかねえ。
青い多摩川の水はゆっくりと流れ、親子連れが楽しそうに寛いでいました。

・・・・・・・・・・・2007.5.20・ブログ開設以来、2年4ケ月で4万5千のアクセス数を超えることができました。日頃より、皆様からの定期のご来訪や楽しいコメントを頂戴し、誠に誠に感謝申し上げます。(09.9.14) m(_"_)m ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






