<2010年正月帰省>謙信・信玄ゆかりの地を行く(その2)越後・春日山編

(その1)信州・川中島編 より続く



★信州から越後に入る


上信越道を走り進めて行くと山風景は、北信濃の「黒姫山」から越後「妙高山」へと主役の顔を替えてきました。黒姫山麓はナウマン象発掘地や小林一茶の郷土、近くには野尻湖が水をたたえます。


        ........(左)長野の黒姫山(日本200名山)  (右)新潟の妙高山(日本百名山)........
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「妙高山」は、万葉時代から「越の中山」と記された信仰の名山で「越後富士」とも呼ばれています。
スキー場で有名な赤倉・池ノ平高原はこの山麓に広がりっており、昔はよく滑りに来たものだなア・・
しかし何故か小生は2名峰の頂上にまだ立っていません。今秋に、黒姫山を初登山する予定です。

                         
     ........妙高山の雄姿を横から眺める。(雄大なコニーデ火山の裾を広げている!).......
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さて謙信ゆかりの上越市に到着!1971年に旧・高田市(豪雪で有名)と旧・直江津市が合併して誕生しましたが、04年に頚城エリアを合併しさらに拡大、今は人口20万人超で新潟県第3位の都市





★謙信が学び育ち、居城を構えた「春日山」

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春日山は上越市中部(旧・高田市)にあり、この山頂に長尾氏(謙信の先代)が居城を構えました。
この山麓には、謙信が青年期に過ごした「林泉寺」と、城の鬼門を守る「春日山神社」が鎮座する。


       .......(左)「林泉寺」山門が水田に映りこむ (右)山門文字は「第一が!」.......
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「林泉寺」は謙信が7~14歳時に学問を学んだ場所、戦乱の世で「義」を貫き通した謙信の思想はこの寺で育まれたとのこと。山門には青地に金文字で「第一義」が掲げてある~!やはり流石だ!


           ........ 林泉寺本堂の前には12月中旬に降った雪が多く残っていた。.......
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春日山神社入口に頭巾を被った謙信立像が睨みを利かせています。NHK大河で三者三様の謙信が描かれたが、阿部寛が一番カッコよかったかな。ガクトも奇抜でしたがストイックさがよく出ていた・・
でも小6時に夢中だった「天と地と」、石坂浩二が頭巾・騎馬姿で先陣を切るシーンが一番懐かしい。

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 ....「謙信の立像」と、演じた人達⇒「天と地と」石坂浩二、「風林火山」ガクト、「天地人」阿部寛.....
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「春日山神社」は千年以上の歴史を誇り、奈良「春日大社」(鹿で有名)の分社ですが、城の鬼門封じで現地に移築されたとのこと。「春日大社」には直江兼続の釣灯篭がある所以はこの繋がりか~!


           ........... (左)春日山神社の鳥居と本社正面(日の丸旗).......
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            ...........拝殿には謙信公の銅版肖像が飾られていた。........
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北陸へ攻めてきた織田信長軍を一歩たりとも国境に入れず、信濃では信玄と拮抗して春日山城を守りきった上杉謙信・・。無類の強さで大したもんだ~!雪国に住む地の利を生かしたのかも・・。


      ..........(左)上杉・武田・北条・織田の勢力図  (右)景勝時代の春日山城の合戦舞台.......
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         ..........春日山城から望む上越市街(頚城平野)と裏側から見る米山.......
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春日山城から上越市街を俯瞰してみると、その遥かには何と雪の米山が見えるではないか~!
「米山は柏崎の山」とばかり思っていたが、上越市民や謙信にとっても故郷の名峰だったのか・・! と改めて認識しました。やはり柏崎からの姿が断トツに秀麗ですが、裏米山も十分格好がいいぞ!





★親鸞・芭蕉・山椒大夫にも所縁ある「越後国府・直江の津」


上越市海岸部は旧・直江津市。名前からも判る通リ、兼続が継いだ直江家(謙信家臣)が開いた津(湊)という意味の地名。ここは日本史・ビッグネームが次々登場する由緒ある史蹟が沢山あるのだ!


         ...........(左)「五智国分寺」の全景  (右)格式高い三重の塔が鎮座........
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まずは奈良時代に聖武天皇の勅願で建立された「五智国分寺」、この地は越後国府で国分寺があった場所で謙信が再建した古名刹で三重の塔は素晴しい!五体の如来本尊が安置されていることから「五智」の名があるとのこと。そしてこの寺には浄土真宗開祖の親鸞像や草庵がありました。


.......(左)国分寺の五如来(HPより) (中)親鸞像を見上げる (右)親鸞ゆかりの竹之内草庵.......
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何故この地に親鸞ゆかりの史蹟が多くあるかというと、1202年に親鸞が当地(越後国府)に流罪されたからです。拡大する浄土宗(法然の教え)の迫害を狙う比叡山(天台宗)の動きとあわせて、後鳥羽上皇の側近女性2名が浄土宗尼僧になってしまい上皇の逆鱗に触れたことが引き金です。


   ......(左)浄土真宗越後布教の拠点となった本願寺国府別院  (右)本願寺本堂と親鸞像.......
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1211年、親鸞に赦免の宣旨が下ったものの豪雪期で越後から京都へは戻れず、親鸞の子供が幼かったこともあって越後に留まることを決めました。その後東国布教に注力することになります。小生の母方実家も浄土真宗だし、越後・北陸に真宗名刹(吉崎御坊等)が多く残るのも頷けます。


        ......上越市と裏米山を海越しに望む (こんな姿を見せる米山もあったのか!).......
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親鸞聖人が流罪で流れ着いた所は「居田の浜」と呼ばれそこには上陸記念碑がありました。日蓮も佐渡に流罪され柏崎に流れ着いたし、いつか親鸞・日蓮ゆかりの地・探訪の特集もしてみたい。


           ........ 親鸞聖人上陸の地(京を追放されこの地に流罪された).......
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この地も芭蕉が「奥の細道」で立ち寄っていました。出雲崎「荒海や佐渡に横たふ」の名句ほど有名じゃないけど当地にも句碑がしっかり建っております。さらにここは森鴎外「山椒大夫」の舞台にもなった所なのです。安寿と厨子王が人買いに浚われ母と別離された浜は正にこの海岸でした。


 .....(左)琴平神社:芭蕉の句「文月や六日も常の夜には似ず」 (右)安寿と厨子王の供養塔.......
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ユーチューブ:映画「山椒大夫」(森鴎外作・溝口健二監督)の予告編(英語版)
⇒母は佐渡、姉弟は丹後、長い別離の歳月を経て母と再会


そういえばH井真吾の物語シアター「山椒大夫」の朗読・冒頭文は「越後の春日を経て今津へ出る道を珍しい旅人の一群が歩いている。」で始まる。成程、春日は春日山の麓という意味だったのか!
映画「山椒大夫」(溝口健二監督・昭29年モノクロ)は昨年TVで鑑賞しましたがやはり名作品だね~



         ........年末の谷浜海岸で戯れるカップル(遠くには米山さんが見える).......
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★冬の米山さん・名峰諸景


高校時代に直江津高校とのサッカー試合遠征で谷浜海岸の民宿に泊まった時、初めて海に浮かぶ裏側の米山さんを見て感動したことを覚えています。35年ぶりにあの風景を確認できたぞ~!


            .......海に浮かぶ裏米山をクローズアップ!(手前の街は上越市).......
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海越しにこんな素晴らしい米山が見えることを柏崎市民は殆ど知らないんじゃないかなア・・。明日大晦日は荒天予報なので実にラッキーだ!こうなれば冬の米山を色々な角度から見てみよう~!

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                 ........上越・柿崎付近の田園風景から望む裏米山.......
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柏崎に向かう際、北陸自動車道には敢えて乗らず国道8号線(海沿い)をトコトコと車を走らせます。
柿崎(現・上越市)の田園風景から望む裏米山も実に風情あり!右の稜線が結構長いことを発見!


                ........上越市および柏崎市の地図(クリックで拡大).......
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いよいよ柏崎市に入り、米山さんも表の顔に変わってきました。裏米山頂上がやや丸く塊状なのに対し、こちらから見る姿はやはり鋭鋒です。柏崎高校・校歌は「♪米峰突兀雲を貫き~」で始まる。
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一番の絶景ポイントは、青海川海岸に突き出る断崖「恋人岬」から仰ぐ米山勇姿でしょう!名峰と海の間に「米山大橋」の赤が映えてコントラストを引き立てます。昭41完成当時は日本一高い橋だった。


       ........柏崎「恋人岬」から、表側の米山・米山大橋・弁天島(青海川海岸)を望む.......
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市街に入り、「柏崎墓園」へ親父の墓参りに向かいます。途中の田園地帯(新潟工科大前)に広がる米山や黒姫山パノラマは実に素晴らしい!ここからの風景は人工物がないからいいんだよネ~


       .......新潟工科大(柏崎)付近から見る刈羽黒姫山(左端)と米山の田園風景.......
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           ........夕闇迫る雪の米山、いよいよ明日は強い寒波が来る・・。.......
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柏崎実家への到着は夕方5時近く。朝5時に川崎自宅を出発し長野市・上越市を経由して12時間のロングドライブ帰省でした。当初は川中島古戦場・善光寺・春日山城の3つを見られればいいと思っていましたが、当地に着いてから初めて存在を知る史蹟・風景も多く発見し大満足!得した気分~


           ........今回辿った越後ルート(クリックで拡大表示).......c0119160_2210462.jpg











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天気予報が当たり大晦日・元旦は厳しい寒波が日本列島を襲いました。(1日違いでラッキーだった)
親父のいない初の正月でしたが、弟家族も帰省して家族団欒でゆっくりと過ごすことができました。


          .......正月を迎え1月2日に関越道で帰京、魚沼平野は完全に白銀世界.......
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                            リンク:「天地人」のルーツを訪ねて

1月2日の帰京はいつも通り関越自動車道経由。南魚沼・六日町は一面の雪風景に覆われていました。昨年末帰省はここで降りて「天地人」のルーツを訪ねましたが、あっという間の1年だったなア・・
上杉・武田の史蹟めぐり」はまだまだ続きます。今度は甲府から「信玄ゆかりの地」を紹介予定。


                                                      おわり



次回記事は、「伊豆大仁・駿河湾パノラマの新春ハイキング」をお送りします。
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  by rollingwest | 2010-01-17 15:40 | 上杉・武田の史蹟めぐり | Comments(34)

Commented by shingo at 2010-01-19 18:56 x
越後の春日を経て今津へ出る道を・・・・山椒大夫の冒頭文掲載ありがとう。これは一番乗りせねば罰があたるわい。
親子が連れ去られた居田の浜というのは、山椒大夫では直江の浦という地名で出てきますよ。
平安時代にも昭和の時代にも、ほとんど同じところから同じように拉致されていたのですね・・・・。不思議なことです。

米山のの白い美しい姿と隣の冬の日本海の荒々しい波の写真に、とりわけ心が奪われました。
Commented by matsu at 2010-01-19 19:02 x
武田家関連史蹟は、ほとんど踏破しましたが、上杉家関連は、まだ手つかずに近い状態なので、今年あたりから、新潟や山形の山へ行った時にでも、廻ってみようかと思っています。でも、一向一揆研究家としては、新潟県内の親鸞聖人関連史蹟にも大いに食指をそそられます。「山椒大夫」は、溝口健二監督の映画も良かったですが、往年の東映動画「安寿と厨子王丸」も忘れられません。小学生の頃、学校の講堂での巡回映画で観て、泣いた記憶があります。米山は、200名山がかたづいたら、近くの青海黒姫山や佐渡・金北山とセットにして、登ろうと思っています。
Commented by ぺがさす at 2010-01-19 21:29 x
RW様、信吾様、マツ様…やはり歴史を堪能してこられた方々の文章・コメントは違いますね~。歴史をかたりあえるという素晴らしさ。うらやましい限りです。私は、は~そう~の世界で皆さまのご感想を読ませていただき、感動しております。
 歴史は未来を創りますね。素敵な皆さまに乾杯です!
Commented by まき子 at 2010-01-19 22:14 x
地元の歴史、私が育ったあたりも、
織田、豊臣、徳川・・・と関わってきているので、
歴史をひもといていくと、昔はこんな風に分かれていたんだな~って、
とっても興味もてます。
名古屋界隈と三河が仲悪いというのも、なんとなく(笑)。
Commented by rollingwest at 2010-01-20 17:00
H井殿、貴殿の公演に出わぬば、山椒大夫の史跡は訪れてはいなかったでしょう。こちらこそ感謝です。
Commented by rollingwest at 2010-01-20 17:02
マツ殿、300名山である米山さんを登りついでに謙信や親鸞・日蓮の史跡をじっくりと訪ねてみて下さい。
和名倉山に行ったときは武田金山の史跡も訪ねましょう!
Commented by rollingwest at 2010-01-20 17:03
ペガサス様、文化活動のおりには故郷の歴史探訪も紹介してみてください。
Commented by rollingwest at 2010-01-20 17:03
まき子様、貴女の故郷には戦国時代の史跡が満載ですね。いつかじっくりと訪れてみたいと思うております。
Commented by わかこ at 2010-01-20 19:24 x
い弥彦、角田、米山の姿、気高き山並みや♪と古い小学校校歌で歌った。我が町から見た山並みは、表だったのか?裏だったのか?海に浮かぶ裏米山の写真、綺麗。ふと疑問に思ったんだけど山の裏表ってどこで決まるの?富士山なんかも裏表あるの?
Commented by rollingwest at 2010-01-20 21:05
猫わか様、さすが出雲崎の校歌は格式高いですね~!弥彦山をイヤヒコと呼んでいる事が日本神話に基づいた呼び名に拘っている出雲崎のプライドを感じました。
山の呼び方も表・裏をつけるのは失礼な話とは思いますが、後立山・裏磐梯・裏劔山などの呼び名があるように、山を見る地の文化・人口の優劣によって表裏の言い方が出てくるような気がします。立山・劔山の表裏呼称は京都目線で捉えた呼び名ですし、歴史的な文献を残せた人たちの主観的・優越的なものかもしれません。

でも米山の場合は市民のこだわりの違いの差がそうさせているような気がするなあ・・。
私見ではありますが、上越市の人たちにとって米山はあまり重要ではなく、思いの馳は妙高山がメインのような気がするのです。柏崎市民は米山に拘っています。そんな背景から、当方の偏見で勝手ながら表・裏の米山と表現させて頂きました。
Commented by 葛飾のオヤジ at 2010-01-20 21:54 x
学生時代、「北陸ワイド周遊券」で行けた端っこが、「直江津」でした。

海岸線にも行きましたが、
『海に浮かぶ米山』というのには
気付きませんでした(^ ^;)

なんだか蜃気楼みたいで面白いでーす!
Commented by こだま at 2010-01-21 08:22 x
こだまは冷たくないおー
いそがしいだけじゃ~(泣)
はまなす号? 遊覧船で海上から陸地を眺めたことがあったけど、
奇岩がぽこぽこあって絶景でした。一帯は国定公園なんですってね。
Commented by akiotakahashi at 2010-01-22 05:51
RWさん故郷の新潟は歴史の宝庫ですね。雪景色が素晴らしいです。春日山の名の由来を知リました。
「山椒大夫」は好きで盲いた母と厨子王の再会の場面は涙なくして読めません。山椒大夫の本拠地がが直江津とは初めて知りました。ここから佐渡、宮津に手漕ぎ船で渡るのですから昔の人は逞しいです。
Commented by rollingwest at 2010-01-22 06:05
葛飾オヤジさん、新潟県の浜って真っ直ぐのように思えるのですが、結構曲線を描いている場所も多くて海越しの米山は柏崎の北部からも望むことができます。
いつか富山湾に聳える海の立山・剱岳を見てみたいと願っています。
Commented by rollingwest at 2010-01-22 06:06
こだまちゃん、ご多忙で何よりです!
でも忙しいという字は、心を亡くすという意味もあるので、お互い忙中閑でありで行きましょう。(笑)
Commented by rollingwest at 2010-01-22 06:09
アキタカ様、確かに昔の人はすごいですね。直江津から宮津までの船漕ぎは想像できないくらいに大変だと思います。海が荒れれば転覆しそうだし・・。命がけの人買いだったとアキタカ様のコメントにてあらためて気づきました。
Commented by しむけん at 2010-01-23 13:24 x
「米山」への愛情が深く深く感じられ、RWさんの故郷への想いが心に浸みてまいりました。
Commented by masaok15 at 2010-01-23 18:29
貴兄もまだ「妙高山」には登っていないとのこと。私は100名山はやっていませんが、山麓から眺めて気になる山の一つだったので、昨年夏に雨飾山登山の翌日に登るつもりでしたが雨で中止。
また、NHKの「天地人」ですが、途中まで見ていたものの旅行で見るのが途切れてから興味がなくなってしまい、結局、後半は全くみておりません。・・・せっかくの記事に水を差すようで申し訳なし。
Commented by rollingwest at 2010-01-23 22:15
しむけん様、恋人岬の下に見える弁天島の海はスズメ・ガバチョと4人で泳いだ場所ですよ。
信州夏合宿のあとで貴殿たちが柏崎に寄って小生の実家に泊まってくれたあの日が懐かしいですね。スズメが銭湯代わりに積もり積もったアカを洗い流して、美しい柏崎の海を汚染させてしまったことは間違いございません。 今なら重大な環境汚染問題です。(笑)  
Commented by rollingwest at 2010-01-23 22:19
マサオ様、昨年夏の妙高山は悪天候で中止になって残念でしたね。でも山は逃げるわけではないので、お互いによき日を狙って美しい頂上湿原を大いに楽しみたいものです。
熊野古道の奥駆け山行のレポートを楽しみにしております。
Commented by Soul Mate at 2010-01-24 23:49 x
母上様もお寂しいじゃろうし、出来の悪い子供ほど可愛いっちゅうけんチョコチョコ帰ってあげんさいや。「安寿と厨子王の供養塔」ゆうて
あの二人+母君は実在の人物なん?
Commented by rollingwest at 2010-01-25 06:03
聖二殿、毒舌褒め殺しの激励いつもありがとう。(笑)
3月にはオフクロを温泉旅行に連れて行くことにしたよ。
安寿と厨子王の物語真偽はようわからんが、ネットで調べてみると、その父は福島県に実在したらしい。
Commented by hoichoi2005 at 2010-01-25 21:10
なにやら年が明けたら時代物ですか。歴史モノは全然の小生はわからないですが、非常に労作であることは確かです。Y木
腰がなんとか動くようになってきたです。
Commented by rollingwest at 2010-01-25 21:34
hoichoi様、ご無沙汰です。新年明けのアルコール漬からは開放されましたでしょうか?腰も関節も満身創痍のようですが無理なさらずに。
1月中旬に4ケ月ぶりに登山再開!Fツアー新春の伊豆大仁の山旅でした。駿河湾越しに見る真っ白な南アルプス連峰はなかなかのものでしたよ~!
Commented by trial05 at 2010-01-26 22:45
こんばんは~。
歴史物って、この頃歴女も増え、大河ドラマも若者受けし人気急上昇してるようですね。
ここのサイトへも歴女ファンが増えるかもね~~♪ (*^m^*)

ここがアノ春日山神社ですか!
入口には頭巾を被った謙信さまがいらっしゃるのですね。
奈良・春日神社に釣鐘を奉納されたのも、うなずけます。
Commented by rollingwest at 2010-01-27 05:59
トラ様、次回の仙台帰省は名古屋から中央道経由で長野から春日山を訪ねてみてください。
春日神社はトラさん定番の取材場所ですから、縁が深いはず。
Commented by ハマジュリ at 2010-01-27 08:54 x
遅くなりましたぁ~
いつもながらの取材力にはさすがです・・・
上越市民や謙信のとっても故郷の名峰だったなんて素適です!!
裏米山も良い感じ~色々な見方があって心が和むね^・^

山椒大夫の音声が我が家のPCだと聞けない状況だけど白黒の映像はいいね~

今日、そういえばこれから白黒映画を見に行って来ます。

又、BLOG楽しみにしています
Commented by rollingwest at 2010-01-27 23:05
ハマジュリ様、毎日やることが多くて時間があっという間に過ぎていく充実振りなようで何よりです。白黒映画はいかがでしたか?
Commented by ハマジュリ at 2010-01-31 12:47 x
先日見てきたシネマは「マリア・カラスの真実」でドキュメントタッチでした。
人生いろいろってしみじみ感じました・・・・BGMのオペラが最高でした!!
Commented by rollingwest at 2010-01-31 18:13
ハマジュリ様、マリア・カラスって縁がなく殆ど判りません。有名なオペラのソプラノ歌手とのことなので、ペガサス様も嵌っていそうですね。
映画には03年『永遠のマリア・カラス』、08年には没後30周年企画としてカラスとオナシスの関係に焦点を当てた『マリア・カラス最後の恋』っていうのもあるらしいですね。結構無理しちゃいました。(笑)
Commented by machiko at 2010-02-01 23:51 x
懐かしい米山の雄姿ありがとうございました。
直江津育ちの私たちにとって、海越しに望むのが米山と思っていました。最初に登った山が米山で、中学1年の学校登山で柿崎の在からでした。
Commented by rollingwest at 2010-02-02 00:06
machiko様、米山が生まれて初めての登山だったんですか!?
あの頃はゼロメートルから1千m近くの高度差を登るので結構ハードな山でしたね。
それにしても柏崎市民にとって、海越しの米山が見られることは目からウロコだと思います。
直江津・柿崎の人達にとってはあれが当たり前の姿だったんですね。
(そちらもあらためてビックリ・・、小生にとっても目からウロコでした。)
Commented by そら♪ at 2011-02-03 14:37 x
米山はウチの裏庭(笑)
ヽ(▽`*ヽ)(ノ*´▽)ノ
で、妙高はウチの窓から見えています♪♪
U\(●~▽~●)Уイェーイ!

今年、戸隠山に登るのですか?
戸隠山は2度ほど登りましたが、とっても楽しいお山なので、
是非、楽しんで登ってくださいね♪
。・:*:・(*´ー`*人)。・:*:・
Commented by rollingwest at 2011-02-04 06:09
そら様、米山は柏崎のシンボルとばかり思っていたのですが、上越・柿崎にとっても心の故郷の山なんだということがわかりました。昨年の5月に高校時代以来30数年ぶりに米山登山をしました。見る位置によって形が違うんだなあ・・とあらためて思ったものです。でも柿崎側からあんなに短い時間で登れるとは意外でした。この記事は右のURL(http://rolingwest.exblog.jp/14514938/)に掲載してございますので、よろしければお立ちより下さい。

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