RW/洋楽コーナー:「My Favorite Songs」 (第11巻)

【My Favorite Songs】の過去紹介した記事一覧(INDEX)はコチラから
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★(080):ミッシェルポルナレフ 「シェリーに口づけ」 (1971年) (2013.12.4公開)


c0119160_8101712.jpg小生が洋楽に興味を持ち始めた頃(1970年前後)、日本のヒットチャートを物凄いパワーで賑わせていたのは、フランス勢(シルヴィーバルタンやダニエルビダル)とオランダ勢(ショッキングブルー等)でした。1960年代後半、ロックを象徴とする若者文化の激動は世界中に拡がりを見せており、伝統的に頑固なフランス(他国文化の影響を受けない姿勢・矜持が強い)でさえもその潮流に諍えることはできず、旧来のシャンソンとは違う「フレンチPOPS」という新ジャンルが席巻していたのです。その中でも数多くのヒット曲を放っていたスーパースターは「ミッシェルポルナレフ」でした。当時中学2年だった小生は彼の代表曲「シェリーに口づけ」 (本国フランスでは他曲B面扱いで全くヒットせず)を初めて聴いた時、「なんて魅力的な曲だろう~!」と全身がシビれたものだネ~!日本では1971年に大ブレイクし、さらに四半世紀以上の時を経てW杯フランス大会(1998年)に念願初出場した日本代表の非公式応援歌「アレアレ・ジャポン」としても復活し現代の若者の中でも十分浸透している名曲。(同じフレンチPOPS曲ではウォーターボーイズ映画主題歌として若者に再ブレイクしたシルヴィーバルタン「あなたのとりこ」の復活劇と似ているかもしれない・・)。彼のヒット曲はあまりにも沢山あり過ぎて1回では紹介しきれないので前後編(前編はデビュー~1972年頃まで、後編はそれ以降1970年代末まで)に分けて2回掲載したいと思います。彼の数々のヒット曲はやたら「愛」(直江兼続の生まれ変わりかいな?)というキーワードが登場していた記憶があります。「愛のコレクション」(1972)「愛の物語」「愛の休日」「愛の伝説」・・。ミッシェルポルナレフは1944年に音楽家のもとで生まれ(もう古稀を迎える)、5才の頃から天才ピアニストとして才能を発揮していたそうです。しかし青春時代に家出(親に反発)、転職を繰り返していたものの1966年にアマチュアロックのコンテストで優勝、その年に「ノンノン人形」という曲でデビューしています。彼のイメージは、やはりあの独特のトンボの様な宇宙人の様なミラー・サングラス!実は目の障害が原因で色の濃い眼鏡をかけているようですが、小生にとって1970年代初頭のPOPS「3大サングラス男」と言えばエルトンジョン、井上陽水&ポルナレフだったかも・・(笑) 初期時代のユーチューブを見ると「悲しみの舞踏会」(1969)も含めて、素顔のままで歌う彼の姿が公開されていました。ヒャ~初めてお目にかかった!彼は当時ゲイだと言われたらしいですが、お目々が実にパッチリしていますネ~! ファーストアルバム制作ではレッドツェッペリンのジミー・ペイジやジョン・ポール・ジョーンズが参加していたと聞いてビックリ!その後、彼は「愛の願い」(Love me, please love me)(1971)の大ヒットで一躍スターダムに上り詰めました。さらにその勢いは止まることを知らず、立て続けに数々のヒットを放ち1970年代は最高潮(まさに黄金時代)に達した印象があります。彼の曲名は「愛」 ばっかりと思えば悲・哀のパターンも多かった。「哀しみの終わるとき」(1972映画主題歌)、「悲しみのロマンス」「哀しみのエトランゼ」・・、まあ当時の洋楽邦題の付け方って実に安易でこんなもんでしたよね~。前編LASTは彼の代表曲の一つ「愛の休日」(1972)で締めを飾りたいと思います。後編(時期は未定)も「渚の想い出」「忘れじのグローリア」「愛の伝説」「愛のシンフォニー」など、数々の名曲が登場いたしますのでお楽しみに~!



⇒次回は、カナダが生んだ1980年代の象徴的なロック・スター「ブライアンアダムス」の名曲「ヘブン」 (1985)をお送りします。♪\(^◇^)/♪




★(079):ボブ・ディラン 「ライク・ア・ローリングストーン」 (1965年) (2013.11.22公開)


c0119160_21272292.jpgビートルズ、ローリングストーンズと同じ1962年にデビューし50年以上経過した今でもなお、ポピュラー音楽や大衆文化の世界で大きな影響力を持ち続けている伝説ミュージシャン「ボブ・ディラン」の代表曲「ライク・ア・ローリングストーン」を紹介したいと思います。小生はボブ・ディランを殆ど聴いていなかったのでエラソーに語れる資格は全くありませんが、この曲は「ローリング・ストーン誌」(世界的な米国POPカルチャー雑誌)が選んだグレイテストソング500曲(2004年)の中で、ジョン・レノン「イマジン」等を抑えて堂々1位となった名曲なのです。20世紀を代表する天才アーティストとも謂われるボブ・ディラン(1941年米国ミネソタ生まれ72歳)は1962年にフォーク歌手としてデビュー。ウディー・ガスリー(伝説的なカントリーフォークの英雄、放浪の吟遊詩人)の継承者として人気を博し、「風に吹かれて」(1963)や「激しい雨が降る」等のプロテストソングを歌って60年代前半は公民権運動の高まりとともに「フォークの神様」と呼ばれる地位を確立しました。しかし彼は1965年に突然音楽スタイルを変化させてエレキギターを持ってブルースロックのミュージシャンへと変身したのです。コンサート観客(往年のファン)からは大ブーイングの嵐を浴びましたが、しかし当年にリリースされた6作目の「追憶のハイウェイ61」はビルボードチャート3位を記録しロック史に残る名盤(ローリングストーン誌の2003年選出「過去ベストアルバム500盤」の4位に輝く)として21世紀になって高い評価を得たのです。掲載した「ライク・ア・ローリングストーン」(上記名盤からのシングルカット、当時では異例の6分超の演奏曲)はキャッシュボックスでNo.1チャート(彼にとって唯一の大ヒット)にも輝いたのです。言葉でメッセージを伝えることに拘り続ける「フォークソング」というスタイルにディランは音楽性の限界を感じ、サウンドそのものが自由である「ロック」という新しいスタイルの魅力にいち早く気がついていたと云われます。怒れる若者の心の表現をロックという新しいサウンドでボブ・ディランの「言葉=メッセージ」を得ることにより、さらなる進化の段階へと進んでいった姿も うねる時代の流れが彼に対して変化を求めていたからではないでしょうか。その後もザ・バーズの代表曲となった「ミスタータンブリンマン」(1965)を作曲提供したり、「見張塔からずっと」(1967)などの名曲を生み出し、着実にロックPOPS界の大物への地位を固めて行きました。ザ・バーズの「ミスタータンブリンマン」(ボブディラン作曲)のユーチューブを検索していたら、スペシャルゲストに招かれたボブディランがバンドリーダーのデビッドクロスビー(CSN&Yにも在籍)と共演するレアなるお宝映像を見つけて大変喜んでおります!また70年代に世界的なバンドに成長した「ザ・バンド」(第4巻NO33)は元々はボブディランのバックバンドでした。ザ・バンドの映画「ラストワルツ」(1978)で歌い上げている「フォーエヴァーヤング」も掲載しておきましょう。 80年代中盤以降になるとディランは頻繁に来日し、身軽な旅芸人風情の小規模なツアーを企画しており、秋田や倉敷など地方都市も含めて精力的に日本全国を行脚公演していました。先日ディランのユーチューブをチェックしていたら「タイトコネクション」(1985)という曲(ディラン流つぶやきソウル・ゴスペル風なゴキゲンサウンド)のPVに柏崎高校の同級生「H井真悟」(わがブログにも「楽SHINGO」の名前で登場してくれている声優)が出演しているのを発見して本当にビックリしました。準主役級の角刈りヤクザ役(一番最後にもナイフで刺されている奴)で倍賞美津子と共演しています。まだ日本がバブルに向かって走っていたよき時代の東京(赤坂、六本木、新宿)の繁華街の様子が伺える内容になっており、80年代のヘアスタイルや街の明るい雰囲気が実に懐かしい!(もう30年近くも経ってしまったんだなあ・・) 90年代以降もセールスも評価も非常に高い作品を連発し数度目の黄金期を迎え、変身と前進を繰り返しながら、20世紀を代表するアーティストとしての活躍を繰り広げてゆくことになります。まさに「ライク・ア・ローリングストーン」(転がる石)のような音楽人生ではありませんか。さらに驚いたことは、彼が詩人としてもノーベル文学賞にノミネートされているという事実を知ったことです。「卓越した詩の力による作詞がポピュラー・ミュージックとアメリカ文化に大きな影響与えた・・」という評価をされており、既に「ピューリッツァー特別賞」「フランス芸術文化勲章」「アメリカ国民芸術文化勲章」などの多数の栄誉受賞しており、常にノーベル文学賞の上位候補(毎回本命に挙げられる村上春樹に続く位置らしい)になっているとは知らなかった・・!もしもロックミュージシャンがノーベル賞を受賞したらまさに驚き桃の木・山椒の木ですね~!LASTは彼の70年代の代表曲「天国の扉」(1973)で締めたいと思います。





★(078):ポールマッカートニー&ウイングス 「ジュニアズファーム」 (1974年) (2013.11.10公開)


c0119160_22362616.jpgビートルズ結成から半世紀が経過し、今なお世界のスーパースターとして元気に活動を続けているポールマッカートニーが11月に4度目の来日(11年ぶり、ビートルズ時代を含めると5度目)をしました。古希も過ぎているのでもしかしたら最後の来日になるかもしれませんが、老いてますます盛ん!私生活では3回の結婚(2人目の妻には離婚訴訟では47億円支払)、昨年のロンドンオリンピックでは開会式で元気な姿で登場、そして今回の世界ツアー巡行・・と大したものですナ~。ジョンとジョージのソロ時代名曲はすでに紹介済みですが、大御所のポールはまだ未掲載でしたので、前・後編2回に分けて公開(前編はビートルズ解散後から1970年代中盤のウイングス時代)したいと思います。1968年頃から崩壊寸前状態にあったビートルズ・・、ポールは原点回帰(ゲットバック提唱)でメンバーをリードしてライヴ活動を再開しようと努力を重ねましたが皆の心が再び一つになることはありませんでした。1969年「アビー・ロード」の収録を最後にグループの活動は事実上停止、ジョンとヨーコとの結婚(1969年)を契機にポールは、脱退宣言(1970年4月)とともに解散を求める訴訟を起こしビートルズの栄光の歴史はついに閉じられてしまいました。ポールは1969年に写真家リンダ・イーストマンと結婚し、農場に引きこもって初のソロアルバム「マッカートニー」を仕上げますが、発売直前の脱退宣言公表によってポールは「ビートルズを解散させた男」という悪名高いレッテルを貼られることに・・。その後もジョンやジョージとは険悪な関係が続き、2作目の「ラム」(1971年)も評論家から不当な非難を浴びせられていました。小生がちょうど洋楽を聴き始めた頃の思い出深い名曲「アナザーデイ」(ポールの初のソロヒット)は、ポールの人生で孤独感・脱力感に苛まされていた心境が綴られていたのかもしれません。しかしポールはくじけず、愛妻リンダや子供たちに支えられ1971年にウイングスを結成します。翌年リリースしたシングル「ハイハイハイ」(1972)が卑猥な歌詞が原因で放送禁止になったことはビックリしたもんだネ~! ポールがリンダにキーボードを教えて夫婦共にステージに立つことに素人起用だと最初非難を浴びせていた評論家達もだんだん正当な評価を下すようになり、名バラード「マイラブ」が初のNo.1ヒットに輝き、さらに1973年発表の第5作「バンド・オン・ザ・ラン」の時代になると人気・実力は揺るぎないものになっていきました。この年は映画「007死ぬのは奴らだ」の主題歌も大いにはやっていましたネ~。今回の冒頭曲「ジュニアズファーム」(1974)や彼らの代表曲「ジェット」(1974)はテンポに溢れ、まさに油が乗り切った時代の最高に格好いいナンバーです。 ウイングスはメンバーチェンジが激しかったものの名曲・名盤を次々に世に送り出し、世界的なバンドへと成長していきました。1976年「幸せのノック」 がヒットしていた頃は全米ツアーも大好評を博し、ポールがビートルズ・ゲットバック運動で叶えられなかったライヴ活動で世界制覇する夢がついに実現したといえましょう!しかしその後幸せも長く続かず、「しあわせの予感」(With A Little Luck)」(1978)の頃は、メンバーの脱退で3人編成となり、結束力にやや翳りが出てきていた時代だったかも・・。そして愛妻リンダは乳癌に冒され1998年に亡くなってしまい、ポールの最も充実していたソロ時代の中で最も悲しい節目を迎えてしまいました。でも「しあわせの予感」は小生が個人的に一番好きなマッカートニー・ナンバーであり、これからもしあわせに長生きをしてほいしいものです。
*後編(公開時未定)はウイングス全盛期から解散まで、そして1980年代(スーパースター達との競演も含む)の名曲をチョイスします。 「ビートルズ時代の名盤記事」はコチラから






★(077):トッドラングレン 「ハローイッツミー 」   (1972年) (2013.10.29公開)


c0119160_20455284.jpg1970年代前半に美しく切ないメロディメーカーとして静かに(表面的には)ヒットを放ち続けていた「トッドラングレン」(今年8月来日)の数々の名曲を紹介したいと思います。凄い大ヒットを放ったアーティストではないのにも関わらずマニアファンからは絶大なる支持を得ている印象があり、マルチな才能で活躍していた天才アーティストと云われています。世界的な人気と実力を備えながらも日本では今一つ盛り上がらないアーティストの筆頭かもしれませんが、実は彼はGFR,バッドフィンガー,ザ・バンド,ホール&オーツなど数々の有名バンド・アーティストのプロデュースを行い、自身でもジャンルに捉われない幅広い音楽活動を行い多くの作品を発表してきた方なのです。日本で人気ある代表曲は上記掲載の「ハローイッツミー (Hello It's Me) 」(1972)や2枚組大作(3作目)「サムシング/エニシング?」からのシングル「瞳の中の愛(I Saw The Light)」(1972) が最も有名かな・・。全ての楽器(ギター,ベース,キーボード,ドラムス,)を自分で演奏しヴォーカルも様々な声を使い分ける何でもやれてしまう天才マルチプレイヤー「トッド・ラングレン」は1948年米国生まれのミュジージシャン。1967年にナッズというバンドを率いて注目を集め、1970年にソロデビューし「We Got To Get You A Woman」(1970) のヒットを放ち、その後も上記2曲のヒットで全米にその名を轟かせるようになりました。さらに1973年には「GFR」(大音量ハードロックの米国バンド)の名盤「アメリカン・バンド」をプロデュースし爆発的なセールスを打ち立てるなどの業績で彼の名声は1970年代前半で揺るぎないものとなったのです。ヴォーカルはカメレオンの如く変幻自在、アップテンポなロック曲では迫力の声、おふざけ曲ではヨレヨレ爺さんみたいなヘンテコ声、バラードを歌う時は伸びのある透き通った声・・と、何とも器用な方ですね~。美メロ職人としての才能が遺憾なく発揮されている「be nice to me」(1971)や、ロマンスと衝動感のバランスが絶妙に表現された「Couldn't I Just Tell You」(1972)も完成度の高いポップ錬金術師としての片鱗をソロデビュー直後から見せているお気に入り曲。彼の長い音楽キャリアに比例して顔もびっくりするほど長い・・(あっ関係ネーカ)。写真を間違って縦方向に引き伸ばしたのではないかと誤解する程の馬面(ピンクフロイドのロジャーウォーターズも真っ青!)ですが、顔が長いだけでなく音楽的な懐も広く才能の豊かさが並でないことは確かです。切々と歌い上げる「A Dream Goes On Forever」(1974)やダリルホールと共演した「Can We Still Be Friends」(1978:ロバートパーマーとロッドスチュワートのカバーバージョンが最も有名)も必聴ですね。小生の好みで今回は美曲ばかりを集めてしまいましたが、トッドラングレンの作品は、予測不可能な程は曲調の違う曲が同居しその脈絡のなさは相当に「ひねくれ者っぽい一面」を持ち合わせていることが、マニアックなファンにとっては大きな魅力のようです。「普通ではなく何か面白い事をやってくれるという期待感」「確実に楽しませてもらえる安心感」は、彼の溢れる才能や自信から来る職人技の余裕なのでしょう。最後は、 ピアノベースのシンプル曲を重厚感あるバラードで歌い上げた「Wailing Wall」(1971)で締めたいと思います。

  by rollingwest | 2001-11-01 00:00 | 洋楽(ロック・POPS) | Comments(75)

Commented by young mountain at 2013-10-29 21:14 x
遅くなってスマン
トッド・ラングレンになったな!
彼の曲で、自身も歌っているが、イングランド・ダン&ジョン・フォード・コーリーも歌っている「Love is the Answer」もなかなかだ。次は、Dave Mason の「 Headkeeper」や「 All Along The Watchtower」なんか取り上げてみてくれよ!じゃあ、またな
Commented by remy05 at 2013-10-29 21:27 x
「顔の長い馬面ベスト3」の発表~!
トッド・ラングレン、ロジャー・ウォーターズ、ライオネル・リッチー(順不同)
「ハロー・イッツ・ミー」と聞いて、エルトンの「イエス・イッツ・ミー」を思い出すのは私だけ?

トッドは「ハロー・イッツ・ミー」と「I Saw The Light」くらいしか知らなくて
アーティストとしてよりも、GFRのプロヂューサーとしての方が有名なのかな?
バッド・フィンガーやホール&オーツのプロヂュースもやっていたことは
知りませんでした。
Commented by rollingwest at 2013-10-30 06:22
young mountain殿、おお久しぶり!「Love is the Answer」も名曲だなあ・・。デイブメイソンはそれ程聴いていなかったので語れるものはないのだが、これから勉強して名曲をチョイスしておくよ。
Commented by rollingwest at 2013-10-30 06:39
remy05様、「ハロー・イッツ・ミー」と聞いて、エルトンの「イエス・イッツ・ミー」を思い出すのは私もです。(笑) 彼の数々の曲は強烈なイメージは残っていないものの何となく体に刷り込まれている感じ・・、今回掲載した全ての曲が聴いたことあるというパターンです。表面的には派手な活躍をしていないようで裏では名曲を多くつくっていたんだなあと思い知らされました。彼がプロデユースしたGFRやバッド・フィンガー、まだ掲載していないのでいつか取り上げなきゃ・・。
Commented by tettin at 2013-10-30 19:40 x
トッド・ラングレンって、マルチ過ぎてなかなか着いて行けませんでした。「ハロー・イッツ・ミー」くらいかな、印象に残っているのは。
だから、プロデュースワークのほうでの印象が強いですね。H&Oはもちろん、ニューヨーク・ドールズ、パティ・スミスなどのプロデュースも素晴らしかったし・・・。

しかし、こうして聴いて行くと彼自身の楽曲もやっぱイイですね。
Commented by ryo_1989 at 2013-10-30 23:56
トッド、良いですねぇ♪
リンゴのライブで、生で「I Saw the Light」聴いて、感動しましたよ!
Commented by rollingwest at 2013-10-31 06:06
tettin様、さすが詳しいですネ~!小生は、トッドラングレンの名曲が何となくBGM的に身体に染みついていたことを今になって再認識したくらいなので、プロデューサーとして辣腕をふるい活躍していた彼の業績を知ったのは今回記事作成してからのことです。GFRのアメリカンバンどは彼が生み出していたのか・・なんて、全くイメージが合わなくて目からウロコでした。(苦笑)
Commented by rollingwest at 2013-10-31 06:21
ryo_1989様、さすがです。その若さにてトッドを熟知しライブで本物の姿に接しているのですから・・、やっぱryoさん守備範囲が広いですね。
Commented by doronko-tonchan at 2013-11-03 15:42
個人的には「A Dream Goes On Forever」「Wailing Wall」の2曲だけで美味い酒が飲めます。
やはり70年代は出逢ったすべてが人生の宝物です。
Commented by Soul Mate at 2013-11-03 21:37 x
「I saw the light」とかよう聴いとったなあ。ほんとマルチなお人よねえ。知らんかったけど女優のリブ・タイラーもオヤジが麻薬中毒じゃけん引き取って育ててあげたんじゃとねえ。ワシが大好きなバッドフィンガーとかグランドファンクのプロデュースとかもしとるしなあ。こういうお人が本当の天才なんじゃろねえ。。。
Commented by rollingwest at 2013-11-04 07:02
doronko-tonchan様、さすが美曲をこよなく愛する貴殿のお洒落なお酒の楽しみ方、トッドラングレンを肴にチビチビと美酒を味わう・・いいですね~!70年代の名曲は本当に素晴らしい~!まだまだ長く続けてまいりますのでよろしくお願申し上げます。
Commented by rollingwest at 2013-11-04 07:17
聖二殿、小生はトッドラングレンに個別に深く嵌った訳ではなかったので知っている曲といえば「ハローイッツミー」「I saw the light」くらいかなあ・・と思っていたが、実際に今回チョイスした曲は全て聴いたことのあるものばかりだったよ。それだけあの当時ラジオ~毎日流れていたんだなあ・・。知らず知らずに体に染みついていたと再認識。バッドフィンガーやラズベリーズを彷彿させるような明るいハイテンポなパワーPOPのあっていいね~!まさに70年代を象徴するようなお人じゃよ。
Commented by doronko-tonchan at 2013-11-10 08:17
やはりマイラブです。
独特なイントロと歌の出だしから胸キュンです。(^^)
Commented by remy05 at 2013-11-10 15:51 x
ビートルズ時代に乗り遅れた世代にとっては、それぞれがソロとして
脂の乗った時期をリアル・タイムで聴けたことはラッキーでした(^^)v
「バンド・オン・ザ・ラン」「ジェット」「死ぬのは奴らだ」の3連続ヒットを
かっ飛ばした頃が一番印象的ですが、ファースト・シングル「アナザー・ディ」や
再発でヒットした「恋することのもどかしさ」(両曲当サイト、アップ済)等も印象的♪
Commented by tettin at 2013-11-10 15:55 x
「ジュニアズ・ファーム」・・・いいですねぇ。
もうどの曲がいいというか、ポールが日本に来てくれるだけで感激です。傑作は数々あれど「ラム」とか「ロンドン・タウン」など、結構地味目なアルバムも大好きなんですよ。
Commented by バイオマスおやじ at 2013-11-10 16:49 x
またまたハッピを着て来日のポールさん、少し顎のあたりが老けましたね。けど体はスリムを維持してるし、コンサートが出来ること自体がお元気そうで何より。まだ菜食主義なのかしらね。

Beatlesが解散した後、しばらく「やりたい事をやってました」感ありで、評価は低かったようだけど、ちょうど私の大学時代にBand on the Run、Venus And Marsという傑作アルバムが出て、人気も完全復活したのでした。
それらの前にシングルカットされたAnother Dayも佳曲でしたね。リンダさんもミュージシャンとして成長し、またそれを楽しんでいた時期だったでしょう。

Band on the RunのLPジャケットに、有名な映画俳優?の顔を見つけて、ニヤニヤして、ポールさんてこんな人たちも呼べる凄い人なんだなぁと思ったものです。
Commented by 240_8 at 2013-11-10 18:39
こんばんは。今回はブライアン・ウィルソンの時と同じで、もうポールに会えないかもしれない、と思い、意を決してライブへ行くことにしました。ポールの新作を聞いて、予習しております(笑)。
私はポールのソロの作品はやっぱり70年代が一番いいと思ってます。結構「メアリーの子羊」なんか大好きなんですよ。
ライブが待ち遠しいです。
Commented by 地理佐渡.. at 2013-11-10 19:29 x
こんばんは。

ウイングスですか。懐かしいですねぇ。
ビートルズがどのような経緯で解散し
ていくのかを知る望みも興味もないで
すが、そののちそれぞれが活躍してい
く時代に曲を色々聴けたというのが
正直なところです。何しろビートルズは
小学校時代ですからねぇ。その際末期
のサージェントペパーズとかレットイット
ビーであってもです。

気がついたら解散した後にポールが
結成したウイングスが一気にブレークして
いました。
ビーナスアンドマース
ジェッツ
バンドオンザラン

まだまだ幼い頃でしたが、妙に心を躍ら
せていました。あっ、あの頃はエルトンジョンも
よく聞いたなぁ(笑)。

Commented by Soul Mate at 2013-11-10 21:38 x
昨日の晩のNHK「SONGS」はポールじゃったね。最近のライブ映像でワシの大好きな「I'm down」やっとったけど昔のシェイスタジアムの映像とダブりで放映されとってカッコえかった。70過ぎでスゴ過ぎる。嗚呼、11年前のライブに一緒に行った女の子は今頃幸せに暮らしとるかのう。(例によってオゴらされただけでナンの関係もなし。トホホ。。)
Commented by nowhere1967 at 2013-11-10 22:56
年老いてもポールはポールです。
今回も来日してくれて、ありがとう~ですね。
「ジュニアズファーム」はカッコいい曲です。
ですが、アルバムには収録されていなくて、ベスト盤でしか聴けなかったりするのですよね。
この曲を聴いたのは、ポールを聴くようになってから
かなり後のことなのですよ。
それだけに初めて聴いたときは感動しました。
Commented by rollingwest at 2013-11-11 06:05
doronko-tonchan様、やはりマイラブは名曲ですね~!このイントロと歌い出しは我々の脳裏に永遠に焼きつけられています。そして伸びあるポールのサビボーカルも・・。
Commented by rollingwest at 2013-11-11 06:14
remy05様、我々が洋楽に興味を持った時がビートルズ解散でしたからねえ・・。それでもソロ時代の曲をリアルタイムに聴き、ビートルズ活躍の余韻が残る数年後だったので立派に彼らを体感している世代と言えます。もうあれから40数年ですか・・、早いものですね~!ポールは40歳で亡くなった倍の年齢まで元気で頑張ってもらいたいものです。
Commented by rollingwest at 2013-11-11 06:24
tettin様、小生もポールは「ノーモアロンリーナイト」や「フレイミング・パイ」などあまりメインでない曲やアルバムも結構お気に入りです。今回掲載した「ジュニアズファーム」は小気味いいサウンドと合わせて「ハッ」という掛け声が大好きなんですよ。福岡ドーム脇にてポールと同じ空気を吸って下さいませ!
Commented by rollingwest at 2013-11-11 06:33
バイオマスオヤジ様、ポールがまさかハッピ姿で登場してくれるとは思いませんでした。この画像を見るとリンダも立派にアーティストしてますね~。嗚呼、ユーチューブ時代はありがたいことです。(笑) 名盤「バンドオンザラン」「ヴィーナス&マース」や大物アーティストとの80年代での共演は後編でのお楽しみに~!
Commented by rollingwest at 2013-11-11 06:43
240_8様、大変御無沙汰いたしております。生ポールを見に行かれるのですか!ビーチボーイズに続いて伝説のアーティストの最後の雄姿に直に接することができるとは実に羨ましいことです!ポール新作NEWはいかがですか!なかなかの名盤と聴いておりますが・・、小生は来日の熱気がおさまってチョット安くなってから購入しようかと思っております。(笑)
Commented by rollingwest at 2013-11-11 06:53
地理佐渡様、我々が本格的に洋楽に興味を持ち始めた頃のポール、ジョン、ジョージ、リンゴはそれぞれが精力的にソロ活動真盛りという時代でした。それぞれが悩みをかかえながら浮沈を繰り返しながら自分たちの音楽や立ち位置をつくりあげていた感じがします。
Commented by rollingwest at 2013-11-11 07:03
聖二殿、NHK「SONGS」は楽しく見たよ。さすがに古稀を過ぎたので老けたなあと思ったが声の張りや振る舞いがまだまだ元気で大したもんだと思うたよ。11年前のポールのライブであはお主もそんなことをやっておったんか?ポールの演奏は気もそぞろでオネーチャンに妄想の邪まな視線を送っておったから奢らされ逃げされったっチュー訳じゃな。相手は見抜いておるよ・・(笑)
Commented by rollingwest at 2013-11-11 07:16
nowhere1967様、ジュニアーズファームはアルバム収録曲ではなかったのですか?リアルタイムに聴いていなかった方でも一遍で圧倒される迫力曲だったんだなあと貴殿のコメントを読んであらためて認識いたしました。
Commented by ryo_1989 at 2013-11-14 19:33
「ジュニアズ・ファーム」!?
RWさん、渋いですね!
確か『ロンドン・タウン』のボーナストラックだったはず...
引っ張り出して、聴いてみますね♪
Commented by Young Mountain at 2013-11-14 21:06 x
“ラム”か何かでくるのかと思っていたが、意外に渋いな。
去年、ラムがリマスターした時、買ったぜ  “ラム”には、「三本足(邦題)」が収録されていたなあ
Commented by rollingwest at 2013-11-15 07:09
ryo_1989様、「ジュニアズ・ファーム」は若い人たちにとってはボーナストラック曲なのですね。我々の時代は「ジェット」と同時期に毎日のようにラジオから流れており、今も体に染みついている名曲です。合いの手のように入れる掛け声がカッコいいんだよなア・・!
Commented by rollingwest at 2013-11-15 07:16
Young Mountain殿、お久しぶり!ポールマッカートニーで「ラム」を語るお主の方が相当渋いよ・・!それも「三本足」と記載してあったが全くイメージが湧かなかった。でも試聴してみたらブルースっぽくてなかなかいいではないか!ラム未聴だったので早速購入して見よう。THANKS!
Commented by 実験鼠 at 2013-11-19 21:20 x
お久しぶりです。コメに返信できなくてスイマセンでした。
トッドにポールですか。いいですな。
今にしてみれば、中年太りのトッドを大阪で見た頃はまだ余裕がありましたねw
ポールも当然見たかったが・・・。
Commented by rollingwest at 2013-11-20 06:22
実験鼠様、大変な御無沙汰でしたね~!本当に大変な2ケ月だったようですが少し心境の変化というか息をつく暇を見つけるのも体調管理や精神面で大切なことです。トッドラングレン記事を掲載した時に貴殿に一番見ていただきたかったのですが、当分見て頂く機会はないのだろうなあ・・と思っていました。しかし少しの時間でもコーヒーブレイクしての気持で顔を出して頂き嬉しいです。何せトッドラングレンは貴殿に思い出させ頂いたのですから・・。でも健康第一、あまり無理をしないでくださいね。
Commented by young mountain at 2013-11-22 19:31 x
やっとディランだな。最近、息子がディランに興味を持ったみたいで、お薦めの曲で「見張り塔からずっと」この曲は、ジミヘンやデイヴ・メンソンも有名だ。
ちょっと新しいが「ハリケ^ン」も進めた。
Commented by tettin at 2013-11-22 20:18 x
自分もディランの良い聴き手とはいえないんです。
どちらかといえば、ジミヘンやジョニー・ウィンター、ブライアン・フェリーなどが取り上げたカヴァーから、逆に入っていったところもあるんですね。で、今手元にあるのは「追憶のハイウェイ61」が一枚だけというありさまで、何とも・・・(笑)
Commented by yokuya2006 at 2013-11-22 22:20
ディランさん、当時の内外のアーティストが大いに影響を受けてましたね。
私には、♪片隅で聞いていたボブディラン♪ でしたけど、語りかけるようなフォークの神様の音楽スタイルは、当時 熱狂的なファンに支持されていました。時代背景もあったのでしよう。いや、時代が生んだと云うべきなのかな。
神様がそのスタイルを変えた時、信奉者がブーイングしたのは皮肉な悲しい出来事でしたね。

私の友人で、吉田拓郎から入って?ディランにハマっていたのがいましたっけ。
Commented by remy05 at 2013-11-22 22:31 x
私もボブ・ディランは聴き込んでいないので、語れるものはありません((+_+))
「天国の扉」はリアル・タイムで聴いていたので、懐かしいな~♪というくらいです。
フォーク・ロックの先駆者として多大な影響を与えた
偉大なシンガーだという認識はありますが、独特の棒読み?ボーカルの
インパクトの方が強いかも?
Commented by ryo_1989 at 2013-11-22 22:45
How Does It Feel ?

この一文だけで、ロックの歴史を塗り替えた男の唄ですね。
Commented by rollingwest at 2013-11-23 06:19
young mountain様、息子さんがディランに興味を持ったとはこりゃ渋いね~!小生は聴きこんでいなかったので再発見だが、「見張り塔からずっと」はいい曲だな~!1960年代のブルースロックは素晴しいね。
Commented by rollingwest at 2013-11-23 06:23
tettin様、いやいやそれだけの入りかたをしていたら大したもんです。小生なんかは「風に吹かれて」「天国の扉」くらいしかイメージ浮かんでなったものですから・・(苦笑)
Commented by rollingwest at 2013-11-23 06:30
バイオマスオヤジ様、お友達の方でロックに変身したディランに失望した往年のファンがいたのですね。確かに我々の時代は吉田拓郎が大人気でしたからね。彼から入ってディランにハマった人も多かったのは事実かも。
Commented by rollingwest at 2013-11-23 06:37
REMYさん、ディランに嵌らなかったという点もまたまた一致ですな~、路線がちと渋すぎたんですよね。当時の私たちには・・(笑)」「天国の扉」くらいしかほんと知らんかった。
Commented by rollingwest at 2013-11-23 06:46
ryo1989様、その短い言葉でディランファンということがよくわかります!
Commented by yokuya2006 at 2013-11-23 23:25
ライク・ア・ローリングストーンと云えば、Let It Beのアルバムの中で、レノンが♪ライク・ア・ローリング・ストーン♪と歌い、FBIだのCIAだのBBCが出てきましたが、あれば何か関係があったのでしょうかね。ご存知ですか。
Commented by nowhere1967 at 2013-11-23 23:53
ディランは殆ど聴いていなくて・・・。
「ライク・ア・ローリング・ストーン」はストーンズが歌ったのを聴いたり、「見張り塔からずっと」はU2で聴いたりしている有り様です。
吉田拓郎、佐野元春あたりは影響を受けているのでしょうね。
Commented by rollingwest at 2013-11-24 06:32
バイオマスオヤジ様、ゲット・バック・セッションでレコーディングされた「Dig It」ですね。 ジョンが「ライク・ア・ローリング・ストーン(ボブ・ディランの曲)」を3回連呼した後に、FBI、CIA、BBC、B.B.キング、ドリス・デイなどの名前が出てきますが、何か意味があるのでしょうかね~?まあ、ビートルズお得意の遊び心とは思いますが・・。ユーチューブを見直してみたらビートルズとしては珍しいでジョンとジョージの掛け合いでした。
Commented by rollingwest at 2013-11-24 06:53
nowhere1967様、ディランも佐野元春も殆ど入りこんでこなかったRWにそんなことを聴かれてもわかりませーん(苦笑) でもやはりこの曲名や共演映像を見るとディランとローリングストーンズの交流があることがよくわかりました。ローリングウエストも転がる名前を冠しておりますのでもうちょっと勉強しないといけないと反省・・<(_ _)>
Commented by doronko-tonchan at 2013-11-24 08:48
当時友人のひとりがLP「追憶のハイウェイ61」を持っていて「ライク・ア・ローリングストーン」はよく聴いてました。
イントロがいいですよね。
数年前、車のCMで使われてましたね。
Commented by 地理佐渡.. at 2013-11-24 19:40 x
こんばんは。

確かにディランは初期の雰囲気から一時期大きく路線が
変わっていきました。この曲はある意味象徴ですねぇ。
一方で、日本のフォークシーンに彼が与えた影響はとに
かく大であります。大好きなフォークシンガーに西岡恭蔵
がいますが、まさにその代表の一人でありましょう。今は
故人です。

それにしましてもこのローリングストーン。良い曲ですねぇ。

Commented by Soul Mate at 2013-11-24 20:58 x
ワシはディランは1枚も持っとらんわ。その昔広島フォーク村の吉田拓郎聴いて「字余りのヘンな歌じゃわあ。」と思うとったが、その後ディラン聴いて「ああ、これマネしとったの。」と納得。ディランとか拓郎とか億万長者のフォーク歌手ってなんか違和感あるんよね。フォーク歌手は貧乏であって欲しいと思うのはワシだけかね?
Commented by rollingwest at 2013-11-25 06:10
doronko-tonchan様、イントロがいいです!でもディランの歌い方って何でこんな棒読みと言うか経唱えというか・・、わざとやってんですかね~!(笑)
Commented by rollingwest at 2013-11-25 06:20
地理佐渡様、NHKアーカイブスで1978年にボブディランが初来日した特集番組をリバイバルしていました。団塊の世代の今や名だたる著名人や音楽家、全共闘世代の闘士などがボブディランをまさに神様のように崇敬していました。やはり反戦や反体制の旗手として存在感があるんだなあ・・とまざまざと思いまいた。
Commented by 神楽坂 at 2013-11-25 08:29 x
見たよ。コネクションハート。で、誤字発見。賠償美津子になってたよ。倍賞で
しょ!H井さんが、若い。チンピラって感じがよく出てた。ちらっとゴールデン街も
出てたみたい。六本木プリンスホテルのプールがバブリィだね。歌詞をネット検索し
た。難しい。「タイトコネクション」って密輸組織の意味もあるらしいので、映像は
どうも麻薬密輸を底流に、愛がどうたらっていうストーリーで作ってるみたい。深い
意味はよくわからないけど。
Commented by 神楽坂 at 2013-11-25 10:37 x
メールの移植了解。ついでに「ライク・ア・ローリングストーン」について。この曲が出た65年、この年2月には北爆がおきる。こういう状況下だからこそ、この曲を歌う意味がある。同時に勇気も必要。ラブソングまがいの社会批判じゃなく、真っ向勝負の社会批判。今と違い、アメリカは反戦運動に敏感になっていた。同年2月にはマルコムXも暗殺されている。CIAとかFBIとか、右翼とかからの社会運動家に対する弾圧もある。そこで、この曲を発表するには勇気がいる。だから、人を感動させる。同時に、この曲を受け入れたアメリカ市民の正義感もすごいなと思う。のちにブルース・スプリングスティーンは「ディランは人の心を解放した。彼がいなければビートルズが『サージェント・ペパーズ』を作ることもなかった」と語っている。以上はライナーノーツの受け売りに脚色。正直、ディランはそれほど好きじゃないっす。長文、ごめん。
Commented by rollingwest at 2013-11-26 06:01
聖二殿、小生もリアルタイムでロックに夢中になっていた頃はハードロックやプログレばかりを聴いており一切ボブディランには嵌ることはなかったよ。当時はフォーク分類のアーティストとして殆ど見向きもせんかった。でもやはり今になって聴き直してみると深みある違う受け止め方をしてきて何となく理解し、彼の偉大さや影響度の偉大さが徐々にわかってきたような気がする。日本のフォーク歌手はディランからの影響は果てしなく大きいんだろうなあ・・。
Commented by rollingwest at 2013-11-26 06:10
神楽坂殿、やはり1960年代中盤~末期はやはりロックが若者の反体制・抵抗のパワーとともに最大に輝いていた時代ですね。団塊の世代の人達って今も本当に元気ですが、この熱き心が今もなお体に染みついているからなのかね~。そんな時代を先導したリーダーがボブディラン、日本の全共闘世代もフォーク世代も皆が崇める神様だったんだとあらためて再認識いたしました。
Commented by しむけん at 2013-11-26 23:49 x
ディランは、高校2・3年生の頃かなりはまった時期があり、確か「血の轍」と「ディザイア(欲望)」のLPを2枚連続して買って聴いていました。懐かしいです。今はYouTubeで簡単に動画が見られるいい時代になったけど、当時は動いているディランは見たことが無かった。
RWさんの同級生さんの出ている動画には驚愕。私のディランのイメージが変わっちゃいました。
高1の時の国際反戦デーに、航空自衛隊の基地にデモに行ってインターナショナルの後にアイシャルビーリリーストを皆で唄った記憶がある。汗かいた後寒かったなあ。
ポールマッカートニーの11年前のコンサートに当時中学生だった娘と母ちゃんと3人で東京ドームに行って見て良かったけど、出費がきつかったのを思い出したね。娘はビートルズ好きになったけど。
Commented by rollingwest at 2013-11-27 06:48
しむけん殿、洋楽コーナーへ顔を出して頂けたのは7月のスリードッグナイト以来ですね。やはりポールマッカートニーやボブディランなど60年代~70年代初頭のアーティストが出てくると血が騒いでくるのかな?大好きだったザ・バンドの蘊蓄が出るかなと思っていたけれど・・(笑) 同級生のH井は初め発見してこちらが大騒ぎしていた時に、そういえばそんなことあったっけ的な感じで「お前な~、ボブディランと共演できる奴なんて凄すぎることなんだからもっと他人に自慢しろ!」と言いました。(笑)
Commented by 地理佐渡.. at 2013-12-04 06:56 x
おはようございます。

気がついたら聞いていたと行った方が正直なところです。
ただ、小学校とかの頃だったんだろう。いや、中学校か
なぁ。あまりに古いのですが、記憶の古さが曲のイメージ
の新旧とは同一になりません。今でも何か新しく颯爽と
したものを感じます。この辺はシルヴィーのあなたのとりこ
にも感じます。良いですねぇ。

Commented by doronko-tonchan at 2013-12-04 07:09
ポルナレフもよく聴きました。自選したCDあります。
「愛の休日」は大ヒットしました。
ホリデーだけなぜ英語なのか?と考えたりしました。^^
Commented by バイオマスおやじ at 2013-12-04 09:02 x
洋楽3大サングラス男!わはは、ウケました。
そーですよね、当時は英語の歌に交じってフランスのPOPsも当たり前に流行っていました。
久し振りに、懐かしい歌を聞かせていただきました。
日本に入ってくる歌が英語圏に限られているのではなく、きっと英語で歌われる曲が世界的に増えたのかなぁ、と考えたりしました。
Commented by tettin at 2013-12-04 20:11 x
フランス・ギャル、シルヴィー・バルタン、ダニエル・ビダル。
フレンチ・ポップスは日本の風土に合うんですかね。
ポルナレフも一世を風靡しましたね。
この人結構過激な部分もあって、全裸で股間に帽子を引っかけているグラビアを観たことがあります(笑)。
Commented by rollingwest at 2013-12-05 06:05
地理佐渡様、我々が洋楽の物心が付いた頃はまさにフレンチPOPSの大旋風、バルタンもポプルナレフも曲名は覚えていなくてもメロディは完全に無意識の内に体に刷り込まれております。
Commented by rollingwest at 2013-12-05 06:20
doronkotoncvhan様、ポプルナレフの自選CDまで作成されたとは!愛の休日も今回入れようかと思ったのですが、彼のヒット曲は本当に多くて後半の目玉曲にします。「♪ホリデ~イ・ゾウ・ホリデイ~♪セイラビヨ~〇×〇×・・」、ボロが出るのでこの辺でやめときます。(苦笑)
Commented by rollingwest at 2013-12-05 06:26
バイオマスオヤジ様、大受けして頂きありがとうございます。井上陽水を洋楽にしてしまうと誤表記になるので、1970年代初頭のPOPS「3大サングラス男」に修正させて頂きました。
しかいミッシェルポルナレフってサングラスを外すとこんなにもお目目がパッチリだったのか!と驚きました。
Commented by rollingwest at 2013-12-05 06:43
tettin様、全裸で股間に帽子を・・。う~ん、昔なら小生もできたのに・・、あっ失言!大変失礼いたしました~m(_"_)m (hirefushi)。 シルビーバルタンは「悲しみの兵士」を第2巻(014)で公開しておりますのでこちらもお聴きになってみて下さい。http://rolingwest.exblog.jp/16988488/
次回はいつかオランダ旋風特集も考えております。
Commented by remy05 at 2013-12-05 21:39 x
ミッシェル・ポルナレフ・・ヒット曲が多すぎて、困っちゃうな~♪
ワクワク感満載の「シェリーに口づけ」は、ポップスはこうでなくっちゃ!
と思わせる70年代ポップスを象徴する名曲です♪
ワイルド・ワンズの「思い出の渚」と間違いやすい「渚の想い出」のYou Tube映像で
すっぴんのポルナレフを初めて見た時の感想は・・・
アルフィの高見沢?か、ジョン・レノンか?と見間違えそうでした^^;
洋楽を聴き始めた頃に、兄の部屋に転がってたベスト盤を
よく聴いていたので、本当に懐かしいです♪
ミッシェル繋がりで、ミッシェル・デルペッシュの「青春に乾杯!」も懐かしい~~
Commented by rollingwest at 2013-12-06 06:02
remy様、しかしお兄様は何でも聴いておられたのですね。しっかり恩恵に預かっていろいろな名盤を聴けて羨ましい・・。小生はポルナレフまでLP盤に手を出す財政的余裕がなかったのでラジオだけで楽しんでおりました。
(PS)ミッシェル・デルペッシュの「青春に乾杯!」・・、どんな曲でしたっけ?あとで調べてみよう!
Commented by Soul Mate at 2013-12-08 21:33 x
おおっ、懐かしいねえ、この曲。フレンチポップス流行ったよねえ。ダニエル・ビダルなんか日本語話して日本でタレント活動しとったなあ。結局日本人と結婚したらしいしね。それにしても当時はフランスとかオランダとかイスラエル(ヘドバとダビデ)とかグローバル化が進んだ今よりよほど国際的じゃったなあ。。。
Commented by rollingwest at 2013-12-09 06:05
聖二殿、そうそうイスラエル旋風も凄かったなあ・・。ヘドバとダビデ懐かしいなあ・・「♪ナオミカンバックトーミー!」、ナオミさん先日カンバックトーミーしてくれて一緒にハイキングに行ったよ。チミが抱くよう妄想の様なことは一切ございませんので御安心を・・(笑)
Commented by ryo_1989 at 2013-12-13 00:48
実は、ポルナレフ、未聴です(汗)。
まだまだ勉強不足(笑)!
Commented by rollingwest at 2013-12-13 07:04
ryo様、彼のヒット曲は本当に多いですよ。プレンチPOPSというジャンルは今は殆ど聴きませんが一時代を築いた歴史ですので是非とも聴いてみて下さい。
Commented by りりん at 2015-09-13 23:23 x
はじめてコメントします。

Michel Polnareff大好きです。
英語を習いたての頃聴いていました。
英語は唄えるけど、フランス語のとこは適当に~(笑)
愛の三部作は最高ですね。
今もレコード手元に残っています。
私もブログに何曲か
http://blog.goo.ne.jp/sayusayu_008/c/0469d25d72767ac3290dd896d78e71c4

お気に入り登録ありがとうございます。
私もブックマークさせていただきますね。
Commented by rollingwest at 2015-09-14 06:20
りりん(あいうえお)様、お気に入り登録頂きまた初のコメント来訪、ありがとうございます!ミッシェルポルナレフを若き日々に聴いたヒット曲、実によかったですね~!体験共有の仲間連帯意識が募って嬉しい限りです。これからもお付き位の程よろしくお願いいたします。

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