スティーブ・ペリー

★(059):ジャーニー 「ホィール・インザ・スカイ」   (1978年)  (2013.3.16公開)


c0119160_7462439.jpgWBC3連覇の偉業を目指し日本中を沸かせた「侍JAPAN」、その応援テーマは「ジャーニー」の往年の名曲「セパレイトウェイズ」でした。「ジャーニー」は、1980年前後に高完成度かつPOPなプログレハード・サウンドで我々を魅了してくれました。そして3月中旬、ジャーニーとサンタナ(前々回紹介した)が同時期に来日しましたネ~!恥ずかしながら不勉強で、2大バンドには深い縁があったことを最近まで知らなかった・・(両者の音楽性やイメージが余りにも違うので想像だにしておりませんでしたが、先日サンタナの記事を書いて初認識)。 1975年、元サンタナのメンバーだったニール・ショーン(ギター)&グレッグ・ローリー(キーボード)を中心にバンド結成、初期はプログレシッブ・ロック志向(インストゥルメンタル中心)で、全盛期のPOP感覚溢れるメロディックな音楽性とはかけ離れており人気・商業的には成功せず完全に低迷期でした。当時は専任ヴォーカリトは不在で、スティーヴ・ペリー(類い稀なる美声のハイトーンヴォーカリスト)はまだ在籍していませんでした。(グレッグ・ローリーの渋目のヴォーカリストが好きという人も多いようですが・・)彼らのことを、「産業ロック」(TOTOも同様)と陰口をたたく評論家まで現れましたが、あまりにも売れすぎたことへの皮肉という部分があったのかもしれません。しかし人気が出るのは当然かも・・、ジャーニーサウンドは、唸らせられる程の素晴らしい編曲と高い完成度、これらはメンバー成熟した彼らの実力と努力の成果というしかありません。今回はブレイクの契機となった4thアルバム「インフィニティ」(1978)からの名曲「ホィール・インザ・スカイ」を紹介します。この名盤は、プログレシッヴ系ロックバンドとしての作風も維持しつつ、スティーヴ・ペリーの伸びあるヴォーカルを生かした躍動感ある楽曲との和合が特色となっておりプラチナディスクを初めて獲得、「ライツ」「ラヴィン・タッチン・スクゥィージン」等の名曲を次々とヒットさせました。グレッグ・ローリー(ブルース色の音楽志向)は心労理由(彼の音楽性に合わなくなってきたのでしょう)で1980年に脱退しますが、後任に゙ジョナサン・ケインが加入するとさらにPOP路線へと傾倒拡大、「お気に召すまま」「フィーリング・ザットウェイ」等のヒット曲はその後のバンド方向性を明確に示すことになりました。そして1982年には、米国ロック史上の最高傑作の一つ「エスケイプ」(全世界で800万枚も売れた)が生み出されました。この名盤からの代表曲は「ドント・ストップ・ビリ-ヴィン」や「オープン・アームス」などキラ星の如く・・、まさに彼らの全盛期を迎えていくのでした。全盛時代の記事はまた次回、ジックリと紹介したいと思います。
(PS)ところで「スティーヴ・ペリー」とお笑いピン芸人「なだぎ武」、ソックリと思うのは小生だけなのでしょうか?アッ、失礼いたしました~、ペリー様!m(_"_)m (笑)

  by rollingwest | 2002-12-09 00:00 | 洋楽(ロック・POPS) | Comments(0)

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