ハープアルバート 「ビタースイートサンバ」


★(124)ハーブ・アルパート 「ビタースイートサンバ」 (1965年) (2015.6.10公開)



c0119160_1419595.jpg「ハーブ・アルパート」という米国のジャズ・トランペット巨匠の存在を初めて知ったのは1979年秋、「ライズ」という曲がマイケル・ジャクソン(前週1位)を蹴落として全米チャートNO1に輝いた時でした。このゆったりと淡々と演奏されるトランペットサックス曲(翌年のグラミー賞でインストゥルメンタル部門を受賞)がPOPSチャートで堂々王座に輝いたことはちょっと驚きましたが、当時はクロスオーヴァー/フュージョンがブーム幕開け時期だったので歴史を今振り返ってみれば必然だったのかもしれません。しかし演奏者の名前を知らなくとも、彼が演奏してきた数々の名曲が中学生時代から自分の体にドップリ刷り込まれていたという事実を知ったのはつい最近のこと。今回掲載した冒頭曲「ビタースウィート・サンバ」は我々世代ならば誰でも知っている深夜ラジオ番組「オールナイト・ニッポン」(1967~・ニッポン放送)のオープニングテーマ曲です。受験勉強でインスタントラーメンをすすりながら、深夜1時に「チャラッチャ、チャッチャララ、チャッチャチャ~」というトランペットのメロディが流れてくると「今日はどんな新曲や話題ネタが仕入れられるのだろう・・」と、毎晩楽しみにラジオチューニングしていたものです。乗りのいいGo Go糸居五郎 Goes on!トーク中心の今仁哲夫、人気が高かったカメ(亀渕昭信)&アンコウ(斉藤安好)、アッハ~ンのエロトーク笑福亭鶴光、あのねのねナンセンスギャグなど個性あふれるパーソナリティが登場して諸々の情報を提供してくれたラジオ番組は、セイヤング(文化放送)やパックインミュージック(TBSラジオ)と並び若者文化発信の3大プラットフォームでした。その懐かしき青春時代の番組BGMを演奏していたのが「ライズ」のハープアルバートだったのか~・・、お恥ずかしながら50才後半にしてようやく再認識した次第です。彼は1965年からすでにグラミー賞にも輝く大物ミュージシャンでした。ハーブ・アルパート&ザ・ティファナ・ブラスのグループ名で「テイストオブハニー(蜜の味)」「(1965)や「ティファナ・タクシー」(1965) などの楽曲がTV・ラジオ挿入曲として盛んに使われ大ヒットしておりすでに当時から音楽界の第一人者となっていました。いずれもお馴染みのスタンダードのBGMばかりですよね~!今回の編集で、さらに驚いたのは彼がA&Mレコード(セルジオ・メンデス、ジョー・コッカー、カーペンターズ、ピーター・フランプトン、ポリスも所属)の創始者の一人だっだということ!なるほど・・、A&MのAはアルパート(Alpert)を指していたのか~! ティファナ・ブラス解散後はソロとなって「ライズ(1979)が全米NO1ヒットを記録すると、「ビヨンド」(1980)や「マジックマン」(1982)、「ファンダンゴ」(1982)等がキリンシーグラムのウイスキー「ロバートブラウン」のCM曲に使われ、日本国民全体にも彼の曲は確実に浸透していたはず!「この曲は聞いたことがある!」という方が殆どだと思います。そして1987年にはジャネットジャクソンとコラボして「ダイヤモンズ 1987」もヒットさせて1980年代はハープアルバート第2期黄金時代ともいえる勢いで驀進していたことを思い出します。元々はジャズ・ミュージシャンを目指していたアルパートでしたが、ジャズ即興演奏よりは、トランペットを何本も重ね録りするアルバム重視の方法論を目指したようです。最後の締め曲はモスクワ五輪のテーマ曲「1980」で・・!せっかくの名曲が東西冷戦で西側諸国がボイコットしたオリンピック大会となってしまいハープアルバートも複雑な気持ちだったかと思いますが、スパニッシュな旋律で誉れ高いこの曲はいつまでたっても色褪せることはありません。

  by rollingwest | 2002-11-01 00:05 | 洋楽(ロック・POPS)

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