<2008年7月21日>東京下町(浅草・向島・隅田)、08年夏の風景(その2) 

                              墨田区探訪(その2)

          ↓ 東京下町(浅草・向島・隅田)、08年夏の風景(その1)から続く



★隅田川の「桜橋」を渡って墨田区向島へ


さて「浅草」は「台東区」ですが、「隅田川」に架かる何れかの橋を渡れば「墨田区」に入ります。
区の名は「墨田」、川や公園は「隅田」の字が当てられ実に紛らわしい~!区名を定める時に「隅」の字が当用漢字でなかったことが理由のようですが、もっと深い由来があるような気もする・・・。
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桜の名所「隅田公園」(満開時の墨堤・桜並木は実に見事ですよ!)を散策し、X文字の形をした「桜橋」(車は通れない)を渡って「向島」に入ります。いよいよ墨田区逍遥の始まり~。相撲で有名な「両国」や「隅田川三名橋」は訪問済なので今回はそれ以外の場所を回ってみることとしました。

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         ⇒「上野・両国風景:和洋ごった煮レポート」(大相撲のメッカ・両国を紹介)
         ⇒「隅田川の三名橋」(国の重要文化財定)を紹介
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......(左)言問橋(名の由来は在原業平が隅田川を詠った和歌)「名にしおわばいざ言問わん都鳥」...c0119160_214762.jpgc0119160_9242115.jpgc0119160_2148144.jpg




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....(右)桜橋。1985年完成の隅田川唯一の歩行者専用橋(隅田公園を結ぶ)、お花見時期が最高.....

向島」というと芸者で有名だった場所。当時の面影が残る街並みでもあるのかな・・と探索してみましたが、もうそんな風情のある所は殆ど見当たりませんでした。(名残ある建物はあったけど・・)
有名な地元和菓子「言問団子」「長命寺の桜餅」がこの地の名を残しているくらいですかねえ・・。



★「向島百花園」


「向島百花園」は江戸時代後期に地元の骨董家・文人墨客が一緒に作った庭園で、こじんまりと墨田区の一角に佇んでいました。昭和20年の東京大空襲によって園内は全焼したそうですが、都の公園として戦後に再開され、春は「梅の名所」・秋は「萩のトンネル」が有名な庶民庭園です。


  ....(左)「向島百花園」の入り口、(右)スカシユリ(花弁の間が割れて透けて見える由来).....c0119160_21525737.jpgc0119160_21545962.jpg


丁度この時期は特筆する花には恵まれず、夏草が一面に覆い茂るという感じで「百花園」より連想する雰囲気からは程遠かったなあ・・。でもさすがは花の名所、随所に夏の花が多く見られました。


  ....梅と萩が有名な花苑で、夏の花は殆ど見所なし。(左)ジボシ (中)桔梗 (右)カイコウズ....c0119160_2159102.jpgc0119160_21593646.jpgc0119160_22383419.jpg


池のほとりに行くと珍しい花の群生を発見!一つ一つの鮮やかな花がクリスマスツリーのように沢山集積し、艶やかにボリューム感を形成して咲き誇っていました。よく見るとこれは紫陽花ではないか!
地元の人が改良した新種のもので「隅田の花火」と名づけられている珍しい花であるとのこと。


.... 池はもう夏草ボーボー風景だったが、最近人気・新種の紫陽花「隅田の花火」(左)を発見.....c0119160_22175.jpg






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なるほど季節的にも地元風物詩的にもいい名前だねえ・・!(墨田の花火と称する場合も多い)

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★墨田区(荒川沿い)の下町風景、「巨人の星」の舞台


さて次は京成電鉄・押上線に乗って「荒川沿いの下町風景」を訪ねてみました。荒川を跨ぐ「四つ木橋」の近くにある「八広駅」で降り、25年ぶりにこの辺りの路地を散策してみました。このエリアは昔・東京支店に在籍した頃、担当する販売店が多くあった所なのでよく訪れた懐かしい場所。


     ....京成「八広駅」から荒川の堰堤に登ってみる。広々とした河川敷風景が広がる......c0119160_224193.jpg




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「八広・吾妻西・立花」は小さな家々が軒を並べ家内工業・製造業が集積する町、水戸街道を中心に入り組む細い道はまるで迷路のようです。密集するマッチ箱の様な木造家屋は建替えしたものが多いですが昔の雰囲気は全く変わっていません。でも町全体の印象は実に穏やかな感じです。


  ....(中)昔と殆ど変らない八広・吾妻西の「裏町路地」 (右)「巨人の星」(墨田区が舞台)......c0119160_784377.jpgc0119160_2262912.jpg
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八広の中華料理店「五十番」は、王貞治氏(当時は早実のエース・4番、甲子園血染めの優勝)が生まれ育った店です。墨田区は「巨人の星」・永遠のライバルである星飛雄馬花形満が少年時代に出会った場所。好敵手になるキッカケは、早実の王選手を巻き込んで繰り広げられた野球対決だったのです。その場所は隅田川沿いの「隅田公園野球場」であり、王選手のレリーフがあります。


  ...(左)世界の王が少年時代に通った「隅田公園野球場」(右)王の実家だった中華「五十番」...c0119160_7534160.jpgc0119160_7541931.jpgc0119160_75877.jpg


「黒いスポーツカーを乗り回す不良少年・花形満が率いるブラックシャドウズは、星飛雄馬をチームに入団させて王選手と対決させる。」←こんなシーンが「巨人の星」に描かれていましたが、「花形満は当時15歳前後だった筈なのに何でスポーツカーを乗り回すことができたのだろう」・・と、フと気になる。
川上哲治が旧友・一徹の長屋を訪ね、家壁の穴を通す飛雄馬の球を打ち返すのもアリエネ~!


...ご存知「巨人の星」名シーン:①星一徹・チャブ台ビンタ②大リーグボール養成ギプス③夜空の星を仰ぐ....c0119160_865479.gifc0119160_873798.gifc0119160_875234.gif

「巨人の星」は「少年マガジン」連載スタート時から夢中!単行本が発売される日をワクワク待ち続けていたものです。巨人軍スターになれなかった星一徹は自分の夢をかなえるため息子に「大リーグボール養成ギプス」をつけさせ、鉄ゲタで通学させています。今なら確実に児童虐待モンですなあ・・



★「東京スカイツリー」の建設予定地(押上・業平橋)

7月14日、地上デジタル波放送塔として2012年春開業する新タワー「東京スカイツリー」の起工式が墨田区押上の建設現場で行われました。高さは東京タワー(333m)の2倍近い634m、自立式電波塔では世界一。TV放送地デジ化やワンセグ対応に向けて受信環境改善のための建設です。


....2011年TV放送全デジタル時代を迎え、世界一の電波塔(東京スカイツリー)が押上に建設される.....c0119160_227415.jpgc0119160_8163054.jpgc0119160_811818.jpg
 

ここに日本最高所展望台が設けられますが、停滞気味だった地元の活性化や観光スポットとしてインパクトある事業となるでしょう。でも昔ながらの下町風景をより多く残したいと思う人にとっては、再開発が進み過ぎ何の変哲もない都会一風景にならないかと危惧感を持つのかもしれません。




★「隅田川花火」

               ....「隅田川花火大会」は江戸の夏到来を告げる風物詩.....
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夏到来を告げる東京下町の風物詩「隅田川花火」は、1733年(享保年間)両国の川開きに花火を催したのが始まりで、当時双方に腕を競い合っていた花火師家「鍵屋」とその分家「玉屋」が交互に花火を打ち上げ、都度に「たまやー」「かぎやー」と観客が一斉の掛声を唱したことが由来。
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隅田川花火になると毎年「いよいよ本格的な「夏が来た~!」というワクワク感があります。
「浅草」や「隅田下町」周辺も高層マンション・再開発など時代の波に洗われ、街風景は徐々に変わりつつあります。But、「ここぞお江戸~」という風情・風景は今後是非とも残ってもらいたいものです。



◆このクソ暑い最中、グダグダと暑苦しい長文にお付き合い頂き誠にありがとうございました。

                                                      おわり

  by rollingwest | 2008-07-20 09:19 | 都会の風景 | Comments(14)

Commented by おっちょこ at 2008-07-21 12:59 x
巨人の☆・・・懐かしいね。毎回欠かさず見ていました。
それにしても、山のみならず、東京名所の本でも出されたらいかがでしょう。歩く名所事典RW様!
Commented by rollingwest at 2008-07-21 20:41
おっちょこさんも「巨人の星」を見ていたんですか。スポ根ものに夢中になっていたのは男だけだとばっかりと思っていましたが・・。
当時活躍していた巨人の大スターたちがリアルタイムにこの漫画に登場していましたね。
王監督の生まれ育った所は、「五十番」という墨田区にあったラーメン屋さんです。
今は親戚の方が継いでいるようですが今も営業しております。
王さん・飛雄馬・花形満が対決した野球場もあるんですよ。お楽しみに!
Commented by shingo at 2008-07-28 18:53 x
中華五十番がそのまま営業してるとは、すごい話だなあ。
RWさん。巨人の星に関しては、どうやら女の子たちもみんな観ていたようだ。うちの女房なんぞ、名場面のセリフはほとんど覚えているというほどのマニア。野球のルールも「巨人の星」のなかから覚えたという極め付きだ。小生も「巨人の星」には思い入れたっぷりだが、どうも女房の前では分が悪い・・・・・。
飛雄馬も花形もバン(女房にばかにされる)も、じつは今も青二にいらっしゃるんだよなあ・・・・・。いまだにコマーシャルに登場するんだもんね。いかにたくさんの人の心に根強く残っているかだ・・・・。
恐るべし「巨人の星」!
Commented by rollingwest at 2008-07-28 20:58
お~、H井殿、奥様が巨人の星マニアだったとは!
殆どの話についていけます。でも本当に燃えたのは、青雲高校・甲子園血染めの準優勝~花形が大リーグボール1号を命がけでホームランする辺りまでですね。
もう2~3号の魔球はあまりにも非現実過ぎてちょっとシラケ気味でしたね。お京さんが左門と結婚したり、リンゴ落としたり・・・。

やはり飛雄馬の少年下町時代こそ日本の高度成長時代・昭和の臭いがプンプンしているところが好きです。星一徹の長屋は、墨田区ではなくて実は荒川区の町屋だったらしいね。
Commented by 3式機龍 at 2008-07-28 22:39 x
百花園の写真のレイアウトがいいですねー。
実物よりいい所に見えます(笑)。
嫁さんと二人で行った時は、ここから白髭神社へまわりました。
境内に猫がいました(笑)。
荒川の土手は、あの有名な中学の先生のバックに出てくるあたりなのでしょうか?
星一徹は実はメフィラス星人です(笑)。

うちのHPでやっている「存在しません劇場」に、RWさんの山の写真を1枚御借り出来ないでしょうか。道路脇の雪が絶壁になっているやつなんですけど。
Commented by rollingwest at 2008-07-29 05:42
街風景で見つけた猫の写真はできるだけ撮るようにしております。
雪の大谷の写真、どうぞご自由にお使い下さい。
Commented by Soul Mate at 2008-07-29 09:38 x
飛雄馬ってなんかいつも「うさぎ飛び」しとらんかった?あれは体に悪いみたいじゃけん最近はしとる人をあんまり見んのう。夏休みは
取れるん?夏バテせんようにね!!
Commented by rollingwest at 2008-07-29 19:43
S聖二、毎日暑いですこて・・。
ウサギ跳びは、高校サッカー部時代によくやらされたもんだなあ・・。
確かに膝や腰を痛めるということで、今は禁止されてるけど、もうちょっと早くそういう時代になってほしかった。 
当時は「運動中に水を飲むな」というのも常識で実に辛かったね。
(今の健康医学とは全く反対・・)
まあ、あの頃はスポーツ根性物がもてはやされていた時代だから、そういうスパルタみたいなのが主流だったんだな。(泣)
Commented by 3式機龍 at 2008-07-30 01:32 x
お借りした写真を使わせて頂きました。
御世話様でしたー。有り難う御座います。
Commented by rollingwest at 2008-07-30 05:54
はい、ど~ぞ。これからもどんどん使ってください。
Commented by 神楽坂  at 2008-07-30 10:01 x
「運動中に水を飲むな」、なるほど、だから脳みそが軽石になったのかあ!梶原一騎先生は人間的には滅茶苦茶だけど、原作者としては天才的。「巨人の星」では、登場人物ひとりひとりに詳細な履歴を作ったとか。「明日のジョー」も下町が舞台でしたね・・。
Commented by rollingwest at 2008-07-31 00:12
あしたのジョー」の舞台は、南千住「泪橋」でしたなあ・・。
ここでの梶原一騎先生は、なぜか「高森朝雄」のペンネームを使っていましたが、
ジョーの物語は「巨人の星」熱血スポ根路線と一線を画したマンガであると別作者名にしたのだそうですね。

ところで「水を飲ませてもらえなかったから軽石・・」との発言は許せん~。
金曜日の「空リョー」上京での飲み会で、腰抜かすくらい飲ませてやる。
「立つんだ!ジョー」と言われても立てないくらいに・・。
Commented by TARA at 2008-08-02 02:05 x
軽石の原因は水不足ではないと思うわ。私も中学、高校とバスケのキツーイ練習で水不足を経験しているから。きっと、ヘディングシュートのしすぎで脳細胞が破壊されたのだと思う。
Commented by rollingwest at 2008-08-02 07:05
なるほど・・、TARA様の奇抜・濃縮な妖気オーラは青春時代の水不足が原因だったのか?
う~ん、納得納得・・。(もうちょっと水で薄めた方がいいね。)

ところで昨夜は「空リョー」がまたも上京して、17回生を中心に「花福」に集合したんだよ。
TARA様に何回も電話したのに繋がらなかったのは残念だったなあ・・。
メンバーは、M夫妻・神楽坂殿・N島常務候補・K森・F沢、なんと30年ぶりにS盛・O塚さんまで集まったんだよ。貴女の話も沢山出て大いに盛り上がりました。くしゃみしなかった~?(笑)

今度はまたスイスから来日されるときに今回メンバーには召集の声をおかけしますよ。今度はサソリのブーツでも履いてくるのかな(笑)

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