カテゴリ:旅の風景( 22 )

 

<2017早春>伊豆半島・夫婦旅①:南伊豆(河津・下田)【前編】

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★久しぶりの伊豆半島巡り(修善寺温泉泊)、河津桜・下田歴史の探訪旅


伊豆半島の主な見所は8割方(過去10回程の旅)は巡ったのですが、有名な修善寺温泉は未訪問だったので2月下旬(梅や河津桜が盛りの時期)にカミサンと二人旅に出かけました。2009年の家族旅行(3人で南伊豆・下田弓ケ浜)では河津はもう葉桜だったので、今回こそリベンジ実現を期待!


      ....今回の夫婦旅は、伊豆最古の修善寺温泉に泊まって河津・下田の春を楽しむ.....
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<2009年2月>「南伊豆」(河津・下田)の家族旅行


      .....2017年2月の河津桜、ついに桜満開の堤風景に出会うことができて大満足!.....
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さらに前回旅行で見そびれた下田開国歴史(ペリー来航、ハリス領事)もジックリ訪問することも主目的。来年は明治維新150年!薩長土肥の観光地や横須賀・横浜・神戸・函館に合わせ下田も大いに賑うことでしょう!今回はブーム喧騒にはまだ早く、静かな下田歴史旅を満喫できてW満足気分!(^O^)/


    .....来年は明治維新150年!大河ドラマ主人公も「西郷どん」、幕末維新ブーム再来の予感.....
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  .....(左)ペリー提督が下田滞在時に毎日歩いた道 (右)後編は初代駐日総領事ハリスも登場....
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★いさ出発!沼津・伊豆大仁経由で下田街道を南下


自宅を早朝出発!絶好の天気に恵まれ、東名高速から真っ白な富士山を楽しみながら沼津インターを降り、内浦湾の絶景を楽しみながら車を走らせて行きます。ここから眺望する海越しの富士山や南アルプス連峰は何度観ても感動的!富山湾の北アルプス光景と匹敵する世界に誇る絶景です!


   .....(左)東名あしがらSAからの白雪富士を望む (右)内浦湾三津にポッカリと浮かぶ淡島富士.....
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      .... 沼津の内浦湾は.海に浮かぶ富士や冠雪南アルプスが海から見られる貴重な場所...
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沼津市街を抜けると巨大奇岩「城山」が目の前に迫ってきました。2010年Fツアー仲間と城山・葛城山・発端丈山を登り、内浦湾と冠雪富士の絶景(頂上に若き日の源頼朝も鎮座)を満喫したことが懐かしい。2001年には隣接の「沼津アルプス」も縦走しましたがこの周辺の山はパノラマが最高です!


   .....(左)伊豆大仁の奇岩名峰「城山」(2010年登頂) (右)2001年「沼津アルプス」の縦走制覇.....
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                               静岡東部探訪:「富士・沼津・伊豆の国」編
 

    .....2010年「城山・葛城山」を登山時に撮影した「沼津・内浦湾と冠雪富士」の大絶景!.....
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伊豆の国市(旧・伊豆長岡・大仁・韮山が合併)に入ると、伊豆配流された若き日の源頼朝とラブラブ状態だった北条政子のペア銅像に出会えます。冠雪富士を仰ぎ、二人の未来に思いを馳せる姿がいじらしい~!さらに「三島大社」(伊豆総鎮守)や世界遺産となった「韮山反射炉」も見所です。


     .....伊豆の国市「蛭ケ小島」(源氏再興の地)から愛を貫いた「頼朝&政子」が富士を仰ぐ.....
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    .....(左)頼朝源氏再興祈願「三島大社」(伊豆総鎮守) (右)世界遺産2013指定「韮山反射炉」.....
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                                      静岡東部探訪:「三島・韮山・北伊豆」編





★いよいよ南伊豆へ!満開の河津桜絶景とご対面!


伊豆の国市から下田街道(国道414号線、伊豆半島の中央部を縦貫)を南下して行くと、名物橋「河津七滝ループ橋」が独特なデザインの橋梁が出現!かつて交通の難所だった天城峠を立体的に2回転しながら高低差45mを下ります。ループ橋周辺の河津桜も実に見事に咲いておりました。


   .....「河津七滝ループ橋」を通過、グルグルとソフトクリームを描くユンーク立体橋(河津桜が満開!).....
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平地に入り河津川沿いに車を走らせると、いよいよ出現、本場・本物の河津桜満開光景!長大な桜並木パノラマについに逢えた~!河津桜とは毎年2月上旬~3月初めに渡って咲く早咲き種(寒緋桜と大島桜の自然交配)で花が大きく濃い桃色が特徴。最近、各地でも多く植えられています。


     .....河津川の桜並木は満開!ついに憧れの光景に出合えた~!リベンジ実現の喜び.....
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河津町では昭和50年に河津町の木として認定され、毎年2月上旬より約1ヶ月間「河津桜まつり」が開催され観光バスが多く乗りつけてきます。桜並木と菜ノ花の春絶景を満喫し、次は下田の開国史跡へと向おう!案の定、渋滞に嵌ってしまいましたが、山側迂回ルート経由で下田の街へ入りました。


        .....河津桜&菜ノ花のコラボ、桃色と黄色が連続する華やかな堤通りに感激!....
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   ....本場の河津桜はやはり違うなア・・!川沿いに連なる日本一早い豪華長大なる桜ロード!.....
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★日本初の開国地(日米下田条約)「了仙寺」&「黒船ミュージアム」


前回の南伊豆家族旅行では下田で観光時間が殆ど確保できなかったので今回は開国の歴史をタップリと味わってみよう!下田は黒船来航により日本で最初に港が開かれた街で歴史の宝庫だ!


   .....2009家族旅行で撮影した下田港の黒船クルース(幕末開港の日米下田条約締結の観光船).....
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1853年、米国艦隊司令長官ペリー率いる蒸気船4隻が浦賀に来航し幕末歴史は大きく動き始めます。「太平の眠りを覚ます上喜撰・・」、大老・井伊直弼が強引に開国へ踏み切り1854年、日米和親条約が締結されました。下田・箱館の2港が指定され、下田が全国初の開港となったのです。


        .....日米下田条約が結ばれた「了仙寺」を訪問、見事な紅梅の大木が満開!.....
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日本最初に港が開かれるにあたって日米下田条約が結ばれましたが、その場所が「了仙寺」です。そうだったのか~!・・目から鱗!本堂正面に開国締結の絵が飾られており開国殿と呼ばれています。


    ....下田は黒船来航で日本最初に港が開かれた街、その締結がお寺だったとは意外!.....
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   .....(左)満開紅梅前でカミサン満足 (中)境内裏手には横穴遺跡  (右)日米下田条約締結図....
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了仙寺境内には未来的な黒船ミュージアムが併設。このアンバランスな共存が実に興味深い!早速入館して日本開国歴史を勉強して見よう!館内に入るとロビーには眉を顰めたペリーのビッグ顔にご対面!


     .....(左)黒船ミュージアムは未来的なデザイン設計 (右)寺門の先に見える道がペリーロード.....
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  .....(左)デフォルメされたペリー大きな顔 (右)黒舟来航(浦賀)、日本に開国を迫り国内はパニック.....
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当時の米国は捕鯨大国(産業革命で工場油需要が急増)であり、長期航海用の食料や燃料の太平洋での補給拠点、難破事故の救難受入場所が必要であり日本に開国を迫って来たのです。


    .....(左)ペリーが所持していた世界地図  (右)当時の日本地図は北海道が記載されていない.....
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   .....(左)了仙寺での日米締結式 (右)エッチング手法で描かれた米国水夫&相撲力士の記録絵.....
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   ....(左)水夫の望遠鏡は鮮明色彩 (中)黒船のミニュチュア模型 (右)長筒鉄砲も並べられている.....
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黒船ミュージアムではペリー来航の光景、当時日本人が見た異人の姿、船乗りの望遠鏡や鉄砲、下田条約締結後の外人との民間交流風景、唐人「お吉」の遺品等が展示。大変興味深い物ばかり!


       .....唐人「お吉」(初代日本総領事ハリスの侍女)が使用した三味線や手鏡.....
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   .....(左)数々の異人を描いた図 (右)下田の街では日米民間レベルの平和な交流が進んだ.....
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現代アート美術館のような展示ルームには明治時代の漫画や風刺画も実に面白い!.お洒落な「ミュージアム映像ルーム」もあり、ペリー来航~開国~明治維新への歴史絵巻をタップリ勉強させて頂きました。


      ....明治時代の漫画は何かカルタの絵のようだ!日米露中の風刺画も展示されている....
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★異国情緒溢れる小径「ペリーロード」を散策


そして次は、今旅の最大目的「ペリーロード」の散策へと向いましょう!ペリー提督が了仙寺から下田港へと毎日歩いた小径は、平滑川沿いの柳並木道は石畳で、石造洋館・なまこ壁・立派な和風屋敷が立ち並んでいる!異国情緒・レトロ感が漂い実に素晴しい!これは皆様、お薦めの散歩道


   .... (左)今回旅の目的「ペリーロード゙」の散策へ (中右)柳並木やアロエの花も咲き風情あり.....
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黒地に白い碁盤目が斜めに交差した模様壁(なまこ壁)を随所に見かけることができます。独特模様の壁は下田の風物詩となっており、なまこデザインのレプリカも売られており結構人気らしい。


       ....柳並木・なまこ壁・石造洋館・石畳が美しい!異国情緒・レトロな雰囲気ある小径.....
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ペリーロードから真ん中に長楽寺へ立ち寄れる路地坂があります。本寺は 1854年ロシア使節プチャーチンと日露和親条約の調印場所!米国だけでなくロシアとも国交開始ルーツ地がこんな近距離とは!


     .....(左)雰囲気ある石畳みの裏路地坂を歩く (右)日露和親条約が調印された長楽寺.....
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 ....デザイン硝子窓が素晴しい木造家(アンティークショップ兼喫茶店)や石造建物が川沿いに並ぶ.....
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下田富士・寝姿山・稲生沢川の風景に心癒される街・下田。この街が日本開国史の最初の港であり、函館・新潟・神戸・長崎・横浜という世界に誇る5大港都市開港の先がけになったのかと再認識!


     .....下田市は実に開放感ある街、下田富士・寝姿山に抱かれ穏やかな空気が流れる.....
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今回前編だけでは下田歴史はまだまだ語り切れません。後編ではペリー、ハリスの史蹟、悲劇のヒロイン唐人お吉、黒船での密航を企てた吉田松陰、坂本竜馬の史蹟などを紹介する予定です。





                                                        おわり

  by rollingwest | 2017-03-05 21:00 | 旅の風景 | Comments(142)

<2016年1月>真田一族のルーツ・史蹟探訪(上田・松代・沼田)

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★話題の2016年大河ドラマ「真田丸」がスタート


戦国時代の人気武将「真田幸村」(信繁)と抜群の強さを誇った真田三代を描いたNHK大河ドラマ「真田丸」が遂にスタートしました。朝ドラは絶好調でも大河視聴率が低迷のNHKに焦りが感じられ、今回にかける意気込みは相当強い気がします。第1回視聴率は20%近い数字でまずまずのスタートかな・・


     ....2016年大河ドラマ「真田丸」、(主演)堺雅人(脚本)三谷幸喜は好調な視聴率発進.....
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真田の家紋は「六文銭」(三途の川・渡し賃)、死を恐れない不惜身命の決意が家紋に漲っている!そして天下を分ける関ヶ原の戦いを迎え、何れかについても真田一族の血流を残すため親子が別れをする決断(犬伏の別れ)、まさに戦国時代ロマンを感じさせるドラマ展開に大いに期待がもてます。


 ...3年前に亡くなった義母(右)も交えた信州家族旅行(2012)で上田城を訪問(懐かしき思い出)....
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                          両親連れて2012家族旅行(上田城)の記事
  
真田丸の舞台は全国的(長野・群馬・栃木・山梨・大阪・滋賀・和歌山・岐阜)ですが、やはり一番脚光を浴びるのは真田一族のルーツ・城を構えた長野県(上田・長野松代)でしょう。2012年信州家旅行で上田城を見学して以来、真田一族に興味が湧きここ4年間で帰省の折に数回史跡を訪ねました。


           ....(左)上田・真田の里の地図 (右).真田一族の家紋「六文銭」...
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今回レポートは過去訪問した上田市・長野松代町・真田町・沼田市(群馬県)の真田史蹟「海津城」(2010)、「上田城」(2012)、「真田宝物館」(2014)、「真田氏歴史館」(2015)、「沼田城」(2015)などの撮り溜めた写真を再編集して大河ドラマ視聴率向上への応援団に志願します。祝・出航「真田丸」~!





★徳川大軍を撃退、天下に名を轟かせた「上田城」


上田城は、真田昌幸(幸村の父)が築いた平城(1583)で、上田盆地中央に位置しています。堀と土塁で囲まれ、入口に石垣を使った堅牢な城。2回の上田合戦で徳川勢大軍を攻略・撃退し、天下に名を轟かせました。数ある全国の城郭で2度も輝かしい戦果をあげた城は他には例がないのです。


     ....(左)上田城西櫓 (右)関ヶ原合戦の際に徳川秀忠軍を堂々と迎え撃った真田軍...
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上田城本丸・二の丸の崖下には千曲川深い分流があり、天然の堀となっていました。城内は石垣や土塁が多く残されています。西櫓は尼ヶ淵河岸段丘上に築かれた本丸隅櫓。外壁は下見板張り、格子窓がある「武者窓」や、矢や鉄砲を放つための小窓「矢狭間」「鉄砲狭間」も設けられています。


         ....(左)「六文銭」の旗がたなびく真田神社 (右)真田氏家紋の赤兜....
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真田城の中には真田神社があり、この境内に残る本丸唯一の井戸は直径2m、深さは16.5mに達します。井戸には抜け穴があり、上田市内に通じており抜け道や物資輸送に使われたと云われます。


      ....(左)酒樽茶室、中を覗くと畳がある (右)真田の井戸(外部との秘密連絡路)....
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真田親子の物語ハイライトは「犬伏の別れ」、関ヶ原の合戦直前、犬伏(栃木県)で真田親子は話し合いの場を持ち、徳川・石田のどちらに従うかを決定します。結果的に親子は、真田の血を絶やさぬために長男・次男が東西に分かれるという選択をしたのです。まさに真田家ドラマのクライマックス名場面!


 ....(左)大坂夏の陣屏風 (右) 「犬伏の別れ」、真田の血を絶やさず東西軍に分かれた真田親子....
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★真田氏発祥の地「真田町」(現・上田市)


真田町(上田市に合併)は真田氏一族の発祥の地、今も町の随所に真田氏縁の寺社や城跡が残り往時を偲ばせてくれます。まずはルーツのエッセンスを勉強できる「真田氏歴史館」を訪問してみよう!


       ....(左)真田氏発祥の地「真田町」を訪問  (右)「真田氏歴史館」の外観....
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真田氏歴史館は武田二十四将として活躍した真田幸隆を始め一族の歴史を古文書や武具等の豊富な資料で紹介しています。館内展示は年代に沿った紹介なので真田氏の活躍の様子をわかりやすく理解できるネ~!真田昌幸・信幸・幸村(信繁)親子の復元甲冑・六文銭の旗なども展示されている!


  ....(左)真田氏歴史館エントランス (中)真田信幸(信之)の甲冑 (右)真田幸村(信繁)奮戦の図....
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御屋敷公園が隣接しており、ここは真田氏が上田城に移る前まで用いていた居館跡(中世豪族の居館が完全な形で保存)も立派!中央部には皇大神宮が勧請され祀られている・・何と驚きだ~!


     ....(左)真田昌幸(幸村の父親)肖像 (右)御屋敷公園.に鎮座する真田氏館跡...
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山家神社は景行天皇期(2世紀)に日本武尊を合祀したと伝わっており、災厄の霊験あらたか!奥社(四阿山頂)には加賀「白山比咩神社」の分霊を合祀しており武将民衆の崇敬が篤い神社です。


     ....真田郷の産土神が祀られた歴史ある「山家神社」(上田城の鬼門除の守護神)....
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真田本城は真田一族発祥地の城で、真田昌幸が上田城を築くまでの居城地でした。平時の政務機能は麓にある真田氏館跡に置かれていましたが、真田本城は戦時用の最後の砦という感じかな・・


         ....真田氏本城(山城)を訪ねてみたがまだ整備は始まったばかり....
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信綱寺は真田昌幸の兄・信綱の墓がある寺。勇猛果敢だった信綱が愛用した鎧胴や長篠の戦いで討死した信綱の首を包んだ血染めの陣羽織、昌幸からの書状などが寺宝として遺されています。


    ....真田信綱の墓がある「信綱寺」は立派な寺門が!宝物館に歴史的遺品が数多く保蔵....
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信綱寺の次は、真田幸村(信繁)の父・真田昌幸と祖父・真田幸隆の墓がある「長谷寺」(choukokuji)へ訪問。連綿と受け継がれた真田家の中興の祖的な存在に手を合わせ真田町の締めとしました。


          ....(左)真田氏の菩提寺「長谷寺」  (右)長谷寺の境内を散策....
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★日本史に重要な足跡を残す長野松代、「真田宝物館」等の史蹟を大満喫


松代町はかつて埴科郡の独立町でしたが今は長野市に併合されています。江戸期は松代藩の城下町であり佐久間象山を輩出。昭和期の太平洋戦争末期では国家中枢機能移転を目的として松代大本営の地下坑道が造られたことで有名です。昨年公開した記事より松代(前編)を御覧下さい。

                          <2014年4月>「松本・松代の史蹟探訪」(前編)
  
   ....(左)信州もう一つの真田史蹟の見所「長野松代」 (右)海津城跡之碑(2010年に訪問)....
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「松代城」は川中島合戦で武田信玄の本陣となった城郭であり、別名を「海津城」とも呼ばれます。
三方を山に囲まれた平城(山本勘助が築城)ですが、千曲川を堀とした天然の要害だったのです。改名は、江戸時代に真田家が藩主入城してからで現在は海津城址公園として整備されています。


    ....武田信玄の川中島合戦時は「海津城」、真田一族が治めた時は「松代城」と呼ばれた....
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       ....(左)真田十万石まつりの風景  (右)松代城のお堀・城郭の堅固な守り....
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真田公園は旧松代藩真田十万石の真田邸と松代高校跡地を整備して公園化、隣接して真田邸・宝物館・松代文武学校・樋口家住宅などがあり、落ち着いた城下町の雰囲気を醸し出しています。


     ....(左)樋口家住宅前 (右)旧・松代藩鐘楼(佐久間象山の電気通信実験で有名)...
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          ....真田公園を入り、松代城下町を散策。実に風情がありました.....
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昭和41年に真田家12代当主から1966(譲られた武具・調度・書画など大名道具を収蔵・展示する博物館として開館。 国の重要文化財「青江の大太刀」、真田昌幸(信之・幸村の父)所用の「昇梯子の具足」、武田信玄・豊臣秀吉・石田三成・徳川家康らの書状など貴重な資料は約5万点にも及びます。


           ....「真田宝物館」を見学、真田の甲冑と六文銭の旗がまず登場!....
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      ....(左)真田昌幸と幸村(信繁)の像 (右)歴代の真田藩主がズラリ並び立つ....
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           ....(左)海津城大御門鬼瓦 (右)信濃の地図が横になっている....
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江戸時代、大名妻子は生涯江戸住まいを義務づけられていましたが14代将軍・徳川家茂が参勤交代制度を緩和し妻子帰国が許可されたことで松代にも屋敷が必要となり真田邸が造られました。


      ....(左)真田邸(国指定史跡) (右)中は凛とした空気が流れ落着いた雰囲気....
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       ...(左)居間の雰囲気も素晴らしい~! (右)江戸時代のトイレ (下)和弓道場....
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                 ....(左)松代城付属御殿跡 (右)文武学校....
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長国寺は真田家菩提寺、信幸の霊屋、真田幸村(信繁)・父子の供養碑、歴代松代藩主の墓所、真田幸隆・昌幸・信綱の供養碑など見所満載。真田家の家紋がある本堂屋根が兜みたいで興味深い!


      ....真田家の菩提寺「長国寺」(曹洞宗の修行道場)、六文銭の櫓が秀逸!....
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           ....松代藩祖・初代真田信之から十代にわたる真田家歴代の墓所....
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             ....(左)初代藩主真田信幸の霊屋  (右) 長国寺本堂の雄姿....
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長野県(上田・松代)での真田史蹟はこの他にも角間渓谷(真田忍者修行の地と伝わる景勝地)や米山城・砥石城等がありますがまだ全て訪問し切れていません。次は群馬県の沼田の史蹟を紹介




★小松姫の逸話も真田物語のハイライト(群馬県沼田市)


沼田城は、天正年間に沼田氏が築きましたが、上杉・北条・武田で争奪が繰り返され、沼田氏は滅亡。その後、武田方の真田昌幸が沼田城を攻め取り、真田・北条の攻防のせめぎ合いが続きました。


         ....(左)沼田城址公園(群馬県沼田市) (右)城址公園の案内板....
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     ....(左)沼田城址公園の鐘楼 (右)沼田の名物・大天狗 (下)真田氏歴史解説....
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関ヶ原合戦で長男(信幸)・次男(幸村)が東西に分かれる選択をした真田家、父親昌幸は幸村(信繁)と行動を共にします。犬伏の別れ後、父・昌幸が上田城に戻る途中、沼田城に立ち寄りました。留守城を独り守っていた小松姫(敵対となった信幸の妻)に、昌幸が「孫の顔を一目見たい」と懇願します。


           ....(左)小松姫のエピソードで有名な正覚寺  (右)小松姫の墓所....
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小松姫は城内から昌幸に向かって大声で叫びました。「父君の名を語る不埒な奴。我は女なれど沼田城主・真田信之の妻!全員を捕らえ首を取るぞ」。昌幸は小松姫の堂々たる姿に驚嘆しました。


            ....(左)沼田市街が一望  (右)ぐんまちゃんと小松姫がコラボ....
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しかし小松姫の態度は、あくまでも沼田城を守る家臣らに真田氏が敵味方に分かれたことを認識させるためでした。小松姫はひそかに城近くの正覚寺に昌幸・幸村(信繁)父子を案内し、温かく酒や料理をでもてなし孫達を昌幸に会わせたのです。沼田市街を見下ろし小松姫の墓も堂々としていました。


         ....大坂冬の陣:真田丸、この要塞と真田家の船出の意味も含む真田丸....
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真田丸とは1614年、徳川家康が大阪城を攻めた「大坂冬の陣」の際、豊臣方の武将・真田信繁(幸村)が大阪城の平野口に築いた出城の名称で、防御攻撃に多大な戦果を挙げた柵で囲われた土塁


        ....日本一の兵とも云われる真田一族のドラマ展開がこれから大いに楽しみ!....
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その土塁城に因んで大河番組名は真田家が荒波を渡っていく船の名前にも掛けています。これから一体どんなドラマが展開されるのでしょうか!大いに楽しみです!再び真田丸の出航にエール!

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                                                         おわり

  by rollingwest | 2016-01-17 15:30 | 旅の風景 | Comments(107)

<2015年GW>信州・新緑の旅風景:松本探訪(後編)

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★昨年「松本市」の魅力に触れ、今年GWも再度訪問


昨年4月「松本城」(国宝)や「開智学校」を見学し歴史ある「松本市」の魅力を再認識しました。しかしまだ訪れていない見所が多くあることに気付き、もう1回松本を訪ねてみたいという気持ちが再燃・・


      .....(左)昨年4月に訪ねた松本城の威風堂々たる姿 (右)満開桜の中で満悦.....
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                              <2014年4月>松本・松代の史蹟探訪(前編)
 

2015GWは柏崎帰省から帰京の際に「会津福島探訪」を折り込みましたが、実は往路は松本経由(上信越自動車道ルート)で新潟県に入りました。松本後編は市街中心部や郊外お薦めSPOTを紹介


      .....(左)松本のシンボル「開智学校」の正門 (右)懐かしい木造校舎の教室風景....
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                             <2015GW>会津福島探訪①:仏の里巡り(前編)
 




★松本市街「中通り」(女鳥羽川沿い)を散策


まずは松本市の中心部を流れる「女鳥羽川」(metobagawa)を挟んで軒を連ねている2つの商店街「中町通り」「縄手通り」を歩いてみました。中町通りは西から東へ抜ける善光寺街道沿いにあり、主に酒造業や呉服問屋が集まり繁盛してきました。風情ある通りの最初は「はかり資料館」から紹介


     .....市街中心部(中町通り&縄手通り)を散策、白壁で風情ある「はかり資料館」.....
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ここは地元の秤問屋「竹内度量衡店」(明治35年創業)の内装を改築し「はかり資料館」としたもの。同店は約80年間、長野県中南地方の需要を一手に引き受け、東京・大阪の特約店として繁栄したそうです。昭和61年廃業を期に、松本市が借り受け一部改装し資料整理をして開館したとのこと


        .....自動蚕種掛や振り子式など数々の珍しいはかり達が続々登場.....
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度量衡店の収蔵品は600点、木製棒秤・上皿棹秤・ローマ秤など珍しいお宝物が沢山陳列されています。そして蚕の雌雄選別器や繭の紙枡があるのを見ると長野が養蚕県だったことがよく解ります。


      .....(左)竹内度量衡店は東京・大阪で特約店契約 (右)繭の折りたたみ紙枡....
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         .....松本市街中心部を流れる「女鳥羽川」(metobagawa)の風景.....
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折角松本に来たので美味しい信州蕎麦屋を・・と川の名を冠した「女鳥羽そば」を味わい、次は「中町通り」を歩いてみることにしました。この通りは城下町松本の商家が繁栄した白壁土蔵造りの建物が軒を連ねています。昔の大火で失われた街並みを再現して癒しと憩いの空間となっています。


         .....川沿いにある名店「女鳥羽そば」で昼食、お薦め「三重ね蕎麦」を食す....
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          ....市の中心部「中町通り」は白壁イメージで統一された風情ある商店街.....
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白黒で簡潔なデザインの土蔵屋敷通りは民芸・工芸店が集まり、古き松本の雰囲気を漂わせている。裏手には「源智の井戸」という善光寺道名所図解にも賞された湧水井がありました。本町に酒造業が多くあった理由は天然の恵み水によるもの、今も一年中水汲みに訪れる人が絶えません。


      ....中町「蔵シック館」は街のシンボル的存在、静かな空気が流れ日傘女性が往く.....
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             .....「源智の井戸」、松本城下町湧水群も見どころの一つ.....
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★「松本市時計博物館」から.「縄手通り」へ


女鳥羽川の千歳橋の西側に「松本市時計博物館」があります。長野県で時計産業というと岡谷市や諏訪地域が有名なのに「なぜ松本で時計?」と思ったのですが、時計コレクターが松本市に寄贈してできた博物館らしい。日本一大きな振子型時計が外壁に聳えており、当博物館のシンボルです。


   .....「松本市時計博物館」、時計収集家・本田親蔵氏が松本市に寄贈で1974年オープン.....
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      .....18~19世紀ヨーロッパ機械時計など工夫が凝らされた各種時計が多く展示.....
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博物館の最大特徴は、時計を動いている状態で展示していること。常時約110点の時計と関連資料を各テーマにもとづき展示・解説しています。また蓄音機とSPレコードの鑑賞コーナーもありました。


          .....江戸時代につくられた櫓時計も登場、和時計の精巧もアピール.....
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    ....蓄音機とSPレコード登場、支配人がレコ-ド針を落としミニコンサート開催(ユーチューブも御覧あれ).....
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松本市時計博物館に別れを告げ、次は千歳橋からの女鳥羽川沿いに縄手通りを散策してみよう!昔の町並みが再現された歩行者天国のレトロ商店街は 松本の街歩きには外せないポイントです。


          .....(左)千歳橋からの時計博物館 (右)女鳥羽川沿いの街風景.....
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縄手通りのシンボルはカエル!いきなり蛙キャラが多く出現!理由は女鳥羽川に「河鹿蛙」が多く生息していたからとのこと。その昔「縄手」は松本城の堀と女鳥羽川の清流に挟まれ縄のように細く長い土手でした。さらに松本城建築の際に測量用縄を張ったことも「縄手通り」の名前由来であるらしい。


         .....「縄手通り商店街」、シンボルキャラクターはカエル(女鳥羽川の河鹿蛙).....
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      .....縄手の名前は、清流に挟まれ「縄のように長い土手」という地形から由来.....
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懐かしいカエル玩具や古民具・骨董の他、駄菓子や飲食店。見ているだけで楽しくなるそぞろ歩きコースです。明治12年に「四柱神」社が建立され縄手周辺は参道通りとして発達してきました。


       .....縄手通りは「四柱神社」(明治12年建立)の参道として賑い発展してきた.....
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かつては境内から流れる太鼓の音・アセチレン灯・啖呵売りの声・金魚掬い・打上げ花火と、独特情緒が溢れる通りだったようです。しかしその後、街の活気が失われてしまい川も汚れ河鹿蛙も激減。再び水清く活気ある街へ復活させる取組みが始まり、今は「カエルの街」として大いに賑っています。

  
       .....楽しくなる歩行者天国コースをそぞろ歩きして松本の魅力を満喫.....
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★松本市郊外の自然・歴史の見所SPOTを巡る


松本といえば北アルプス!学生時代、上高地への入山基点は必ず松本駅経由・松本電鉄「新島々駅」だったので何度も通過した街なのに、実は市内からジックリと山々の姿を眺めたことはなかった。


            .....松本市郊外にある「アルプス公園」へ足を延ばしてみる.....
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北ア連峰や安曇野を一望する丘陵(面積71ha、標高800m)の起伏地形に緑溢れる自然を生かした「アルプス公園」へ行ってみよう!この広大公園は自然に親しむことができる市民憩いの場です。


         .....子供公園広場や家族広場で親子連れや若者たちの歓声が響き渡る.....
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公園の散策コースを最奥部まで歩いて行くと「山と自然博物館」が出現!貴重な山岳資料や多数の昆虫標本を展示しており5階展望室では北ア連峰(前衛の常念ケ岳・蝶ケ岳)の絶景が楽しめます。


          .....(左)「山と自然博物館」の展望台へ (右)北アルプス常念岳を望む.....
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次は「松本市歴史の里」へと向いました。ここは信州の近代をテーマとした貴重な建物を集めた「たてもの野外博物館」で、江戸後期から昭和までの歴史的建造物が立ち並んでいます。明治時代の法廷(捕物道具も展示)、刑務所独房、製糸工場・工女宿、川島芳子の足跡などを辿ることができます。


       .....(左)「松本市歴史の里」を訪問 (右)最後の桜が松本郊外に咲いていた.....
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旧長野地方裁判所松本支部庁舎は1908年に建てられた近代裁判所で、内部外部ともに完全な形で残る国内唯一の和風法廷、明治期を代表する建築として価値が高く県宝に指定されています。


         .....旧長野地方裁判所松本支部庁舎(国内唯一の和風裁判所)を見学.....
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       .....(左)地裁支部法廷の蝋人形裁判官 (右)旧・判事応接室はレトロな風景.....
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裁判所に隣接するのは旧松本少年刑務所」、中を覗くと独居舎房があります。江戸時代の町奉行・岡っ引きの捕者道具も陳列、拷問の絵もありましたが実際は無実の人も結構いたのだろうなあ・・


        .....(左)松本少年刑務所独居舎房 (右)こんな部屋で長期間暮すなんて無理・・.....
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    .....江戸時代の捕者道具(突棒・刺又・十手)の数々が陳列、町奉行・同心・岡っ引きの絵図.....
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このエリアには旧昭和興業製糸場や工女宿もある!昨年、世界遺産になった官営富岡製糸場を見学しましたが、規模の面では小さい民営工場だ。厳しい就労条件や搾取も相当あったと思われます。富岡製糸場の工女達が裕福な子女がエリート選抜され、破格な好待遇だったことは対極です・・(涙)


        ....大正時代から平成7年まで操業していた旧・昭和興業製糸場を見学.....
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                               世界遺産「富岡製糸場」(2014年秋)の記事

            .....繭から生糸をひく座繰製糸工場で多くの信州女工が働いた.....
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工女宿・宝来屋は、江戸時代後期、松本と高山を結ぶ野麦街道沿いの川浦集落(松本市奈川)に、旅人宿として建てられました。明治から大正時代、岐阜(飛騨)から諏訪・岡谷の製糸工場に向かう貧しい工女達が大勢宿泊、女工哀史に描かれています。映画「あゝ野麦峠」(1979)は実に懐かしい!


         .....工女宿「宝来屋」(野麦街道沿いの川浦集落)の内部も公開されている.....
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     .....「あゝ野麦峠」1979映画ポスター(大竹しのぶ主演)、山本茂実の原作も読んだなア・・.....
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その隣には「東洋のマタハリ」「男装の麗人」として知られた川島芳子の関係資料が展示されています。「清朝王家皇女として生まれた彼女が何故?」と思いましたが、少女時代は松本で過ごしたとのこと


      .....清朝王家の皇女として生まれた「男装の麗人・川島芳子」は松本市に所縁あり.....
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この2つのSPOTは松本市郊外にあり交通アクセスの便は悪いので車で訪問されることをお薦めします。GW時期の信州は桜や桃がまだ咲き誇り、新緑輝く素晴らしい季節!この時期が一番いいね!


           .....松本市歴史の里をあとにして信州の春風景の中をドライブ.....
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★再び松本市内に戻り、歴史的な建築物を紹介


    ......(左)松本深志高校の校舎は歴史と威厳あり (右)松商学園は甲子園の常連校.....
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長野県は教育県であり旧制高校・現高校も名門校としての矜持が感じられ校舎建築も素晴らしい!その雰囲気を味わってみようと松本市民の憩いの場「あがたの森公園」を訪ねてみました。


     .....(左)市民の憩い公園「あがたの森」 (右)公園内に旧制・松本高校校舎が佇む.....
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ヒマラヤ杉や欅に囲まれた癒し系公園の一角には、旧制松本高校(信州大学の前身)のレトロな木造校舎(パステルグリーン)が残っています。戦後の学制改革で廃止されるまで多くの人材を輩出した旧制高校の木造洋風校舎は市民や同窓会の運動により、今は文化会館として保存・公開されていました。


       .....(左)ストープを囲み未来を語り合う学生達 (右)旧制高校の矜持溢れる建物.....
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           .....(左)熱気溢れる体育祭の光景 (右)松高第30回生集合写真.....
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そ して昨年訪ねた松本城や旧開智学校周辺も再び廻って見ました。今回はさらに深堀りして松本の魅力を再度噛みしめ直してみましたが、歴史と自然が感じられる本当にいい街だなあと思います。


       .....(左)旧開智学校前のポプラに1年ぶり対面 (右)昨年4月訪問時は芽吹き前.....
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           .....松本は歴史的建物の宝庫、「松本市旧司祭館」も見所の一つ.....
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松本で生まれ育った人達の故郷に対する愛着と誇りは人一倍強いものがあると感じていましたが、あらためて理由がよく解りました。いつか住んでみたい街のベスト10に入るのではないでしょうか。


       .....昨年満開桜の時期に訪ねた「松本城」、今年は輝くような新緑の中で聳える.....
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信州紹介は今後まだまだ続きます。次回は来年NHK大河「真田幸村」の所縁「松代・上田」が登場!そして来年は7年ぶりに諏訪大社「御柱祭」が開催されるので諏訪レポートも・・、お楽しみに~!


                                                         おわり

  by rollingwest | 2015-07-01 21:30 | 旅の風景 | Comments(110)

<2014年4月>信州春爛漫の旅情風景「松本・松代の史蹟探訪」(前編)

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                                    「諏訪湖・茅野の縄文遺跡探訪」より続く


★天下の名城「松本城」と桜風景


今回レポートは先日公開した諏訪縄文遺跡探訪の続編。昨年春の満開桜ですので御了解下さい。諏訪から北上して、次は松本市&松代町の訪問!信州の商都(交通・産業・金融・教育)として発展してきた松本市は、県の行政地・長野市とはライバル関係にあり、互いにプライドを持ち競い合っています。


        .....2014年昨春、諏訪の次は松本城へ、まさに春爛漫の光景だった!.....
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松本のシンボルといえばやはり「松本城」!日本全国で江戸時代からの現存天守閣は12城しかなく、その中でも国宝指定されているのは、姫路城(世界遺産)・犬山城・彦根城、松本城の4城だけです。


      .....国宝現存四天守の一つ「松本城」の威風堂々たる姿、まさに日本の名城だ!.....
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   .....(左)立体的に見えるシャープカット石垣 (右)細やかな造形と優雅な千鳥破風と唐破風.....
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文禄年間に建てられた五重六階の天守としては日本最古で、4百余年の風雪に耐え戦国時代そのままの天守が保存されています。市民の情熱により、幾度の存続危機を乗り越えてきたことに松本城の価値があります。いつか桜の時期に対面したいと願っていたので、やっと本望が叶いました~!


        .....(左)黒門に入る (右)城郭内から見る松本城はまた違った印象.....
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威風堂々とした姿はまさに松本の誇りとして市民に親しまれ、周辺は松本城公園として整備されています。季節とともに移ろう様々な表情が美しい日本屈指の名城は別名「深志城」とも呼ばれます。


        .....(左)大天守からの松本城公園の桜風景 (右)松本城の構造.....
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大天守を見上げれば威風堂々とした姿!早速、構内に入ってみよう!二階には火縄銃を主とした「鉄砲蔵」が展示されており、最上部の月見櫓に上がると松本の街が360度パノラマで楽しめました。


        .....大天守の中に入れば磨かれた黒塗り廊下や立派な鯱瓦が鎮座.....
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  .....(左)月見櫓に上がって見る (右)戦国時代の黒具足、鉄砲の数々 (下)歴代城主......
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★「旧開智学校」、松本人が誇りとするもの

憧れていた桜コラボの松本城を十分堪能、次も松本市民のシンボル「旧開智学校」(重要文化財)を訪問しました。1873年に開校した最古級の洋風小学校建築で、構造は木造で桟瓦葺、寄木ニ階土蔵造りで中央に八角塔が高く聳え立ち近代学校建築として最初の重要文化財に指定されています。


    .....松本の象徴「旧開智学校」は文明開化時代の小学校建築で高い気品が溢れる.....
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      .....(左)目の前にある開智小学校もデザインを模倣 (右)立派なポプラの大木!.....
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日本で最も古い旧制小学校の一つ、昭和36年に国の重要文化財に指定され昭和40年に旧校舎は教育熱心な県民の象徴として教育博物館に生まれ変わりました。何とも懐かしい木造校舎だ!


    .....(左)伝統が積み重ねられたロビー (右)開智学校の教室、懐かしい達磨ストーブも!.....
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           .....伝統と気品に溢れる旧・開智学校、建築外観を斜め撮り.....
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松本市は歴史的建築の宝庫!旧制松本高校の校舎を文化財保存した「あがたの森文化会館」、明治22年フランス神父が建築した旧司祭館、伝統ある松本深志高校の正門も見所!そして喫茶店のサッカー仲間が結成した市民クラブだった「松本山雅」がついにJ1昇格し頑張っていることも素晴らしい!


        .....(左)旧制松本高等学校&あがたの森公園 (右)松本市旧司祭館.....
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    .....(左)今年J1昇格した「松本山雅」は市民の誇り (右)伝統ある松本深志高校.....
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学生時代、上高地から北アルプス登山する時は必ず松本駅経由で「新島々駅」(松本電鉄)から入山したものです。松本市は何度も足を踏み入れているのですが、実は市内の歴史的建築や史蹟は殆ど訪問していなかったことに気がつきました。次回は松本の古の面影の残る街を散策してみたい。


           .....松本城と旧・開智学校の間には松本神社が鎮座.....
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  .....(左)新緑の柳が輝く松本城. (右)花見で賑う満開桜の中、松本に別れを告げる.....
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★松代探訪①:陸軍が本土決戦に備えた戦争遺構「松代・大本営」

松本から北上し、次は松代(長野市)へ!川中島合戦で武田信玄本陣となった城郭「松代城」(別名・海津城)を5年前に訪問したことが懐かしい!三方を山に囲まれた平城(山本勘助が築城)は千曲川を堀とした天然要害です。謙信・信玄が一騎討ちした川中島古戦場も近いしお薦めの見所!


    ...(左)江戸時代城下町で栄えた松代に訪問(2010冬) (右)松代城(別名:海津城).....
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                        2010年松代・海津城、川中島合戦、善光寺の記事はコチラから

      .....2009~2010柏崎年末帰省途中で海津城(信玄が川中島合戦の拠点)を訪問.....
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さて今回の松代訪問の目的は3つ、まずは終戦間際に陸軍が政府・大本営の移設計画した「松代・象山地下壕」、2つ目は吉田松陰・坂本龍馬・勝海舟の師匠「佐久間象山」生誕地、3つ目は真田幸村で有名な真田一族の史蹟を訪ねることでした。こんなに見所があるのに松代は殆ど無名に近い。


    .....軍部が本土決戦最後の拠点として政府・大本営の移設計画した「松代・大本営」.....
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今年は戦後70年、先日の横浜・川崎の春爛漫記事で、慶応大学キャンパス(横浜日吉)に眠る海軍地下壕をレポートしましたが、今回の松代・大本営の規模・構想・狂信性は半端なものじゃありません。

                       慶大キャンパス(横浜日吉)の海軍地下壕の記事はコチラから 

            .....太平洋戦争の遺構、陸軍司令部の地下壕に入ってみる.....
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松代・大本営は、太平洋戦争末期、松代町の3山(象山・舞鶴山・皆神山)を中心に善光寺平一帯に分散して作られた地下壕などの軍事地下施設群です。敗色濃厚だった当時、軍部は本土決戦を覚悟し、決戦の指揮中枢を守るためのシェルターとして松代大本営の地下壕建設を計画したのです。


     .....当時2億円の巨費を投じて工事が進められた総延長10kmに及ぶ巨大地下壕.....
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軍部は地下壕(約10km)に、皇居・政府官庁・放送局等をまとめて移転する計画を立て、昭和19年11月から天皇には秘密で着工し突貫工事を進めました。そして昭和20年6月、松代移転が奏上されますが、昭和天皇はこれを拒否。怒りと悲しみのあまり翌日から2日間体調を崩したとのこと・・


    .....象山に碁盤の目の如く掘り抜かれたシェルター基地は戦争が生んだ狂気の残骸遺構.....
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ヘルメット着用で見学できるのは500m区間だけですが削岩機の先端ロッドが岩にめり込んだまま光景は岩盤がいかに強固かを実感できます。たった9ヶ月でこんな掘削労働をさせたとは驚くばかり!


     .....(左)削岩機ロッドの残骸 (右)延300万人の住民や朝鮮人労働者が強制動員.....
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マリアナ諸島陥落から敗戦までの1年間、軍部は松代地下壕(大本営)で徹底抗戦を計画しましたが、沖縄戦、広島・長崎の原爆投下で連合軍に完全降伏。巨大な地下壕群は降伏までの時間稼ぎをしただけの虚しき地下壕跡となってしまいました。まさに戦争狂気が残した悲しみの暗闇遺構だ・・


         .....完成まで計画の75%時点で終戦を迎えて工事はついに中止.....
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食糧難の戦争末期、困窮する国民・朝鮮人を強制連行し苛酷な使役労働を強いた事実は殆ど知られていないのでは・・?松代地下壕は大本営の狂気が産み落とした負の戦争遺跡そのものでした。


     .....(左)朝鮮人労働者の慰霊塔 (右)満開桜の下で平和のありがたさを再認識.....
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★松代探訪②:幕末思想家「佐久間象山」の生誕地


       .....巨大地下壕の隣に「恵明禅寺」(黄檗宗)の桜はまさに盛りを迎えていた.....
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悲惨な戦争遺構「松代・大本営」の訪問した後は日本の春を心おきなく楽しめる桜の輝き・・、平和な時代に生まれたありがたさを実感!地化壕入口の隣には満開桜の「恵明禅寺」や高台から松代の街を見渡せる「竹山稲荷神社」(真田幸村の甥が祀っていた鎮守神社)があるので訪ねてみよう!


          .....その隣には「竹山稲荷神社」。赤鳥居をくぐり高台へと登る.....
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     .....(左)松代の街を見下ろす(なかなかの絶景!) (右)横田家住宅前を通過.....
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次はかねてから訪問しかった幕末思想家「佐久間象山」の生誕地へ!彼が開いた私塾の弟子は幕末・明治維新ビッグネームが続々!吉田松陰・坂本龍馬・勝海舟・小林虎三郎・河井継之助・・。吉田松陰の弟子が高杉晋作・伊藤博文・山県有朋。佐久間象山の偉大さをあらためて再認識した次第!


       .....「佐久間象山」 神社には馬にまたがった象山の威風堂々たる姿!.....
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    .....黒船で来航したペリーが、唯一会釈をしてしまった日本人が佐久間象山.....
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松陰密航事件に連座して投獄され、44才から9年間松代に蟄居されましたが、この地に高杉晋作・久坂玄瑞・中岡慎太郎らが面会に訪れ、時世について激論し、象山の学識に感動したとのこと。


   .....(左)象山の偉業、兵学や数々の発明 (右)吉田松陰・密航のあおりを受けて牢獄へ.....
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    ..... 「旧松代藩鐘楼」 象山は鐘楼に電線を張り通信実験を実施(日本通信の発祥地).....
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蟄居を解かれ京都へ上り将軍家茂・一橋慶喜に公武合体開国を説得しましたが、京都で尊攘派の凶刃に倒れ非業の最後を遂げました。しかし4年後に明治維新の世を迎えたので、象山も自分の願いが弟子達により叶えられ、尊皇開国の捨石となれた満足感を草葉の陰で感じていたのでは・・


        .....(左)象山の誕生地 (右)象山神社はまさに桜満開の春爛漫でした.....
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松代は真田一族に縁の深い街でもあり真田博物館や長国寺(真田一族の菩提寺)も訪ねましたが次回のレポートとします。来年のNHK大河は真田幸村が主役なので当地も大いに賑うことでしょう。


           .....(左)真田博物館の甲冑 (右)真田一族の菩提寺「長国寺」.....
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諏訪・松本・松代の歴史、美しい山々。信州の自然や歴史の魅力を再発見しているRWですが、まだまだ訪ねていない隠れたお宝物を発見できそうな気がしております。次回は何に出会えるだろう。


      .....(左)ピラミダルな常念岳 (右)北アルプス連峰、松代の街から見る姿も圧巻!.....
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                           北信濃「飯山街道」(野沢温泉・小布施)の旅はコチラから 
 

                                                         おわり

  by rollingwest | 2015-04-19 00:00 | 旅の風景 | Comments(118)

 <2015年4月>2014九州歴史探訪旅(最終⑤):神仏習合発祥地「国東半島」巡り

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                 九州歴史探訪旅④:双葉山の故郷・宇佐&昭和の豊後高田より続く


★石仏群の聖地「国東半島」巡り、まずはクライマックス「熊野磨崖仏」から訪問


昨年5月、九州の日本百名山200名山にデビューし歴史探訪も兼ねた4泊5日の旅からもう1年近くが経過してしまいました。過去4編(登山記事2回、宇佐神宮、豊後高田)の記事をダラダラ掲載してきましたが、今回でようやく最終編。以前から憧れていた国東半島(大分県)で締めたいと思います。


      .....別府湾に寄せ来るさざ波、穏やかなから海から仰ぐ高崎山(猿の山で有名).....
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別府駅前のビジネスホテルを朝6時に出発し、まずは別府湾の海岸へと出てみました。湾に突き出て猿の山で有名な「高崎山」が青空に映えて実に素晴らしい姿を見せている!今回はひたすら時間効率化で廻る旅だったので、次回は老舗温泉にゆっくり浸かり鶴見岳から別府湾を俯瞰して見たいネ~


       .....(左)別府温泉街 (右)高崎山に別れをつげて国東半島へ!....
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いよいよ長年の憧憬地「国東半島」へと足を踏み入れます。国東半島は古くから瀬戸内海と大陸を結ぶ交易要所の役割を担い、奈良時代から宇佐八幡信仰と仏教が混ざり合った「六郷満山」と呼ばれる山岳仏教が形成されました。当地域を中心に発展した山岳仏教はまさに神仏習合の発祥地


    .....(左)国東半島の六郷満山、田園風景 (右)神仏習合の発祥地「国東半島」.....
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まずは国東半島の象徴である「熊野磨崖仏」から訪ねてみよう!磨崖仏への入口にある胎蔵寺(国東・六郷満山霊場の第五番札所)は1300年前に宇佐神宮によって造営された寺で鋸山の奇岩秀峰の一角をなしています。胎蔵寺境内には銀色メッキの大黒天・不動明王・十二支碑、何じゃコリャ~!


      .....胎蔵寺に到着。銀色の十二支碑・大黒天・不動明王を見つめる観音様.....
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暫く行くと磨崖仏へ向う長い石段が現れてきました。鬼が一夜にして築いたとされる乱積みの石階段は険しく長い道のりだ!足場が悪く傾斜が厳しいので杖と手すりを頼りにユックリ上っていきます。


      .....(左)熊野磨崖仏へと続く石階段 (右)神仏習合の鳥居をくぐりいざ出発!.....
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          .....(左)熊野磨崖仏へと続く石階段 (右)胎蔵寺奥の院に到着.....
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石段を8~9割上った辺りで2体の磨崖仏が現れました!憧れだった日本最古・最大級の磨崖仏についにご対面できた!巨大な不動明王像は実に柔和な表情をしているね~!対照的に大日如来像の方は、頭部上方に三面曼荼羅が刻まれて厳しい顔つきをしている。イヤ~素晴らしい、感激だ!


          .....ついに「熊野磨崖仏」(国東半島の象徴的な石仏)にご対面の夢が叶う!.....
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      .....平安時代後期の日本最古・最大級の磨崖仏(左)大日如来&(右)不動明王.....
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国東半島は天台密教文化のメッカ、歴史表舞台から遠く離れる大分の地に、奈良・平安期の大きな社寺や様々な石仏史跡が残されているのは何故だろう・・?そんな気持で次のお寺へと向いました。 





★かつては国東半島・最大の寺院だった「伝乗寺:真木大堂」


国東半島は「仏の里」と呼ばれます。古代の宇佐で生まれた八幡信仰は古代仏教と融合し国東半島にある六つの郷で天台宗と結びつき多くの寺院が山に建立されました。神仏習合発祥地は岩場修行の独特な仏教文化を形成し、大きく華を開かせてやがて全国的な仏教として広まっていったのです。


                          2014九州歴史探訪旅③「宇佐神宮・八幡神の深い謎」

        .....国東半島特有の山・谷の急峻な地形が山岳仏教修行の場となった.....
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真木大堂は六郷満山の本寺「伝乗寺」の堂宇の1つとして建立され、伝乗寺は(かつて六郷満山の最大規模)を誇り、満山の中心的寺院として隆盛を極めたといいます。しかし、その草創については確たる文献もなく「幻の大寺」とされる寺院です。真木大堂に収められた9体の仏像(国の重要文化財)はその名残と伝えられ、地元の人々の厚い信仰を集めてこの地で大切に保管されてきました。


       .....「真木大堂」には9体の仏像があり、地元の人々の厚い信仰を集めている.....
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本尊は、邪鬼を制する四天王を従えた阿弥陀如来坐像(藤原時代作)。白い水牛に跨り、六面・六臂・六足を持ち大憤怒といわれる恐ろしげな表情を見せながらも実は慈愛に満ちている感じだネ~


        ....かつて六郷満山の最大寺院だった伝乗寺の仏像群は実に迫力あり.....
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★九州最古の阿弥陀堂「富貴寺」&修験道修行の「六郷満山」風景


富貴寺大堂は「蕗の大堂」とも呼ばれる阿弥陀堂(西国唯一で九州最古の和様建築物)を持つ日本三大阿弥陀堂(中尊寺色堂と宇治平等院鳳凰堂と並ぶ)の一つに数えられています。堂内には極楽浄土を夢想させる極彩色の阿弥陀浄土変相図が残されていて日本四壁画とも呼ばれています。


     .....(左)富貴寺の山門 (右)拝観窓口の猫の爆睡ぶりに笑ろた~.....
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幹線国道から相当深く入り込んだ山里に風格ある御堂が静かに佇んでいたことは驚きました。大きな山門を見上げ、いざ中へ入らん!猫が気持ちよさそうに爆睡している姿を見て吹き出した・・(笑)


   .....(左)富貴寺山門を振り返れば新緑の輝き (右)九州最古の阿弥陀堂(国宝).....
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石段をゆっくり登り行くと仁王門が現れたぞ。御堂を包み込む清浄な気と輝く新緑は心を癒してくれます。阿弥陀堂には。薬師・釈迦浄土など東西南北に描かれた四浄土があり、曼陀羅絵は実に興味深い。平安末期の浄土への憧れ(末法思想)が都から遥か離れた九州の地で栄えたことは驚き! 


      .....数々のライトアップ仏様が鎮座、中央には本尊・阿弥陀如来坐像(重文).....
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車を走らせていく妙義山の様な六郷満山岩峰群が目の前に現れてきました。奇岩や秀峰がそびえる景勝地でもあり天念寺耶馬といわれている景勝地です。その秀峰に架かる石橋が「鬼会の里」の裏にあります。「天念寺無明橋」と呼ばれ頂上付近は鎖を伝って登る難所はなかなかスリリングです。


       .....(左)六郷満山風景の岩峰群 (右)ここは修験道の峯入修業の地.....
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             .....天念寺の無明橋は峯入修業のクライマックスポイント.....
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六郷満山の峰入修行の「天念寺」は行きたかったのですが時間がなくて訪問できませんでした。長岩屋川の大岩に巨大な不動明王と2童子が彫られているらしい。ネット写真ですがここは是非ご紹介!


        .....川中不動の水風景(ここには実際に行けなかったのでネット写真).....
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次の目的地は六郷満山の最大見所「両子寺」に向い車を走らせていきます。途中に並石ダム湖が出現、静かな湖面背後には六郷満山のシンボル「屋山」がユッタリとした貫録の台形姿を見せている!


       .....並石ダム湖は輝く新緑、「屋山」は六郷満山を代表する名峰の一つ.....
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★六郷満山の最大クライマックス「両子寺」&「文殊仙寺」


国東半島の中心部に位置する両子山(標高721m)、150万年前の太古の火山活動で形成された山の中腹にあるのが「両子寺」。国東・山岳修行の根本道場で六郷満山の全山統括する総持院です。両子寺の境内に立つと、正面に両子山、左側は書院・客殿、右側は修業道場の護摩堂が配置


        .....(左)両子寺の駐車場に到着 (右)緑と花が鮮やかだった護摩堂.....
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明治時代に焼失した護摩堂(本尊・不動尊)は、その後再建され山岳修行の根本道場の威厳を保っています。寺の大講堂横には鳥居(さすが神仏習合)が出現!奥の院へと通ずる階段があります。


     .....寺の境内に堂々と立つ山王社鳥居、正に神仏習合発祥地!新緑が眩しい!.....
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いよいよ両仁王像が守護する奥の院(本尊:十一面千手観音)へ!木々に覆われ上へと続く階段は邪気を寄せ付けない神聖な仁王門です。崖下洞窟に建物の一部をめり込ませた造り。国東半島の寺院にはこの形式が多く見られ、近くで見るとかなりの急斜面に建てられていることが分かります。


      .....両子寺の山門階段(仁王様が両脇を守る)、いよいよ奥の院へと登り詰める.....
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      ....(左)磨崖で絶妙に建築された奥の院 (右)中国仏教の影響を色濃く感ずる.....
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奥の院本殿には、両子大権現(双子の男・女二天童子)・宇佐八幡、仁聞菩薩、千手観音が祀られています。神や仏がゴッタ煮状態で祀られている光景は、出羽三山で見た神仏習合と全く同じだ!


        .....(左)新緑に静かに佇む奥の院 (右)奥の院内部は神仏習合の極致.....
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   ....(左)本尊・千手観音立像 (右)虚空蔵菩薩&文殊仙菩薩 (下)六郷満山の寺院分布.....
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奥の院裏にある洞窟にも自由に入ることができます。薄暗い洞窟には観音像が祀られていて蝋燭の炎が静かに揺らめいていました。ここで湧き出る水は「不老長寿の霊水」とされているそうです。


      ....(左)ありがたき十一面千手観音像のお姿 (右)奥の院裏の洞窟に入って見る.....
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両子寺周辺は、自然に恵まれ四季折々の変化が感じられる全国森林浴の森百選の指定地で気軽に参拝や森林浴ができる格好の場所。磨崖上の国東塔などを見て下山。次は文殊仙寺へ向おう!


          .....(左)新緑の両子寺周遊コースを下っていく (中)磨崖上の国東塔.....
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文殊仙寺は国東半島の中で二番目に高い文殊山(半島の中央に聳える)の中腹に位置し、駐車場から暫く石段を登って行くことになります。648年、役小角によって開基され、山腹の奇峰怪岩に囲まれた仙境秘境の地に本尊・文殊菩薩(三人よれば文殊の知恵)が鎮座。日本三文殊の一つです。


        .....文殊仙寺山門から杉古木の中に伸びる長い石段を登り奥の院へ到着.....
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文殊山に登った役小角(日本各地に足跡)は文殊菩薩の尊像を泰安して文殊仙寺と名付けました。文殊智水という湧水もあり小角自らノミを岩角から穿ち出した霊泉だそうな・・。数多くの重要文化財や天然記念物を有する国東半島随一の古刹は、開山以来1300年の法燈を守り続けていました。


       .....文殊仙寺・奥の院の背後は大絶壁、ここには役行者の石像が祀られている.....
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六郷満山の全山は廻れませんでしたが8割位は体験できて大いに満足!山々を後にして水田景観(中世より変わらぬ荘園)を楽しみながらいざ帰路へ!瀬戸内海・伊予灘方面へ車を走らせて行く。


       .....国東半島・田園風景や六郷満山はまさに日本の原風景、いざ帰路へ向う....
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★2014九州の山旅・歴史旅ももう終わり・・、今年5月に再度リベンジ!


海に出ると黒津崎という小さな岬から南北に白砂青松の砂浜が延びており、延長は2.2kmに及び、瀬戸内海の伊予灘に面し、海岸には奇岩が点在しています。大分百景のひとつに選定されている黒津崎海岸は美しい砂浜として有名。ウミガメ産卵が確認されており保護運動が高まっています。


         .....六郷満山から大分県の海岸線に出る。ここは名勝「黒津崎海岸」.....
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昨年5月、初めて九州の山にデビューし歴史旅も織り交ぜた濃厚な5日間もついに終わりました。翌日大分空港から飛び立ち帰京の途に・・、真下に昨日廻った国東半島の全景が見えるではないか!


                     2014九州登山デビュー&歴史探訪旅②:「椎葉峠越え&市房山」
 
     .....大分空港から飛び立つ飛行機から、先程まで廻った国東半島の形がハッキリ認識.....
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   .....(左)見事な雲海芸術 (下)淡路島と神戸を結ぶ明石大橋 (右)瀬戸大橋もバッチリ!.....
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羽田空港から飛び立った時は、京浜工業地帯(東京・川崎・横浜)・富士山・丹沢・奥秩父・南アルプス、関西エリアに入ると琵琶湖・京都を空から見下ろす絶景に恵まれましたが、帰りの飛行機からもそれに劣らずのパノラマ!瀬戸大橋、淡路島、明石大橋を見ながらあっという間に房総半島・関東へ到着

                        2014九州登山デビュー&歴史探訪旅①:「由布岳・大崩山」
 

    .....(左)東京湾と房総半島を旋回 (右)京浜工業地帯を見ながら羽田空港へ着陸!.....
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昨年5月の九州旅で唯一の心残りは九州・最難関峰「大崩山」(宮崎県)の登頂を断念し(道迷い・悪天候)敗退したこと・・。実は今年5月そのリベンジで食山人氏と一緒にこの山に再挑戦してきます。


  .....(左)国東半島・宇佐神宮は世界遺産を目指す (右)今年5月、再び九州の山にリベンジ!.....
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さらに古事記・天孫降臨・神武天皇に関する史蹟も全て廻ってくる予定。2015九州登山&歴史レポートは6月から開始し1年をかけてダラダラとお届けしますが、またよろしくお付き合い下さい。

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  by rollingwest | 2015-04-04 17:00 | 旅の風景 | Comments(112)

<2014年11月>群馬・埼玉の世界遺産探訪(後編):藤岡・伊勢崎、深谷・小川

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★「絹産業構成遺産群」(その1)「高山社跡」


昨年秋に世界遺産指定の「富岡製糸場」「荒船風穴」を訪ね前編で記事を公開しましたが、後編は構成遺産「高山社跡」「田島弥平旧宅」をレポート!埼玉県に入り、渋沢栄一(富岡製糸場創設者)の生家(深谷)、最後は和紙・世界無形文化遺産を祝って小川町も訪問したのであわせて御覧下さい。


   .....(左)富岡製糸場・東繭倉庫の雄姿 (右)ポール・ブリュナー館を背景に・・(昨年秋).....
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                  「群馬・埼玉の世界遺産探訪(前編):荒船風穴&富岡製糸場」より続く


     .....富岡製糸場の他に、世界遺産・構成遺産3ケ所を全て廻った(藤岡に宿泊).....
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今回のミニ旅は、初日に荒船風穴・冨岡製糸場を訪問して藤岡駅前のビジネスホテル宿泊。翌日は早朝出発し高山社跡へ!駐車場からは竹林遊歩道が整備されておりチト長い時間を歩かされましたが、静謐な空気が爽やかで気持ちいい~!充実したスケジュールのスタートを飾るにはナイスな朝の雰囲気!


      .....高山社跡への見学遊歩道、朝の竹林道、風情がありすがすがしさを満喫.....
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     .....(左)紅葉鮮やか・朝の空も実に爽やか! (右)遊歩道終点から.高山社跡へ....
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開場30分前に到着したので時間を持て余し周囲を散策。道祖神や道端石碑群が日本の原風景を感じさせます。開門時刻を迎えると数人の地元ボランティアに迎えられ丁寧な案内をして貰えました。


    .....(左)史蹟近くの道端には道祖神や石碑群 (右)立派な石垣坂道を登り正門へ.....
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        .....「高山社跡」に入って見ると立派な庭!紅葉が実に鮮やかでした~.....
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「高山社跡」は、養蚕法「清温育」研究と人材育成をした創始者・高山長五郎の生家で絹産業遺産群の構成資産(国指定史跡)に指定されました。長五郎は明治6年「養蚕改良高山組」を組織、自宅で養蚕法改良と組合員指導を行い、現在は蚕室(養蚕用家屋)が当時の面影を残してくれています。


          .....高山社(繭の教育機関)の応接間、朝の光が蚕室に差し込む.....
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奥座敷は歴史を感じる風格ある落ち着いた佇まい、二階に上がると蚕室になっています。5歳頃の親父の本家では養蚕をしていたので、子供の頃を思い出して非常に懐かしい光景が蘇りました。


     .....2階の蚕室、ここで清温育法が確立され日本絹産業発展に大貢献を果たした......
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絹産業発展の礎の一つを勉強して得した気分で藤岡から伊勢崎へ移動。次の世界構成遺産「田島弥平旧宅」がある島村へと向おう。利根川の雄大な流れと広い空、開放感溢れる群馬の光景だ!




★「絹産業構成遺産群」(その2):「田島弥平旧宅」

        .....伊勢崎市へと入る。「利根川」堰堤の道を散歩する人、ジョギングする人.....
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田島弥平旧宅の観光地運営は地味ながらも地元有志達により手作りで維持されており真心溢れた雰囲気を感じました。冨岡製糸場が世界遺産指定され郷土愛に火がついた人達が盛り上げて行こうという前向き心がヒシヒシ伝わってきます。観光事務所では無料レンタサイクルのサービスが実に嬉しい!


     ......田島旧宅がある「島村」は蚕種業発展に大きく貢献した農村(レンタサイクルで周回).....
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島村の蚕種業開始は約2百年前、文政年間で利根川が頻繁な洪水で多くの田畑を失った農家が桑の木(氾濫土砂の土質は桑栽培に適す)を育て蚕種農家に転換しました。明治初期は全村の2/3を占めたとのこと。利根川沿岸は通船業が盛んで交通利便を生かし商売繁盛だったことでしょう。


         .......(左)世界遺産「田島弥平の旧宅」 (右)養蚕新論の版木(石碑)......
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      .....偉大な養蚕農家の邸宅は実に立派!田島旧宅を背景に満悦でポーズ取る.....
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1822年、養蚕農家に生まれた田島弥平は当時の養蚕技法(自然育が基本)に改良を重ね、空気循環の風通しの良い状態で蚕を飼育する養蚕技法「清涼育」を確立しました。屋根の上に「櫓」小窓を設け蚕室内の環境調整する構造、以後全国の養蚕建物の模範となりました。素晴らしいアイディア!


        .....(左)農家正門を出ると素晴らしい小菊の道 (右)「進水館」も貫録あり.....
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        .....(左)田島一族村の養蚕農家 (右)島村の養蚕農家は全て天窓がある.....
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当エリアの魅力は豪華な養蚕農家が集中的に犇めいており、ユックリとサイクル周遊見学できること!遠くから全体俯瞰できるポイントもありその圧巻光景に驚かされました。自転車を返却し今度は資料館内の見学。日本繭の高品質さを世界に示した田島弥平という偉人の存在・業績を初めて知りました!


   .....(左)田島弥平の肖像画 (中)蚕の発育順序模型 (右)繭といえば「モスラ~」、ッヤ!.....
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           .....島村の養蚕農家の家並みを遠望!絵になる光景でした・・!.....
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「富岡製糸場」「荒船風穴」「高山社跡」「田島弥平旧宅」、群馬県の世界遺産を十分満喫し、次は埼玉県深谷市へと向います。富岡製糸場創設者・渋沢栄一の故郷であり煉瓦建築宝庫の穴場SPOT


      .....群馬・埼玉の県境を流れる「小山川」、近代産業の父「渋沢栄一」の故郷へ.....
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★日本の資本主義経済の父「渋沢栄一」の偉業ルーツを訪ねる

       .....深谷ネギ畑が地平線の如く一面と広がる!左「妙義山」、右が「赤城山」.....
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「日本資本主義の父」と呼ばれた渋沢栄一の故郷「深谷」は埼玉北部(群馬との県境)にあり、利根川沿いの有名な深谷ネギの大生産地。その地名は「血洗島」という恐ろしく物騒な地名ですが、妙義山・赤城山を遠望できる広大な農村風景。その中に「渋沢栄一記念館」が堂々と聳えていました。


      .....(左)「渋沢栄一記念館」の外観 (右)渋沢栄一が成した偉業の数々が展示.....
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冨岡製糸場は渋沢栄一により器械製糸導入・技術者養成を目的として建設され、深谷市出身の偉人達も大きな役割を果たしました。初代工場長も渋沢の従兄弟である尾高惇忠が就任しています。


  ....栄一は冨岡製糸場を設立し養蚕業発展に貢献、東京商業会議所や銀行等を次々に創立.....
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さて次は渋沢栄一の生家を訪ねてみましょう。重厚な門をくぐると屋根に蚕室を擁した大きな二階屋が眼前に広がり、右手には数棟の倉が・・。ここは「青淵塾・渋沢国際会館」と呼ばれ、日本語や日本文化研究を目的として我国を訪れる海外留学生のための寮として使われていたとのことです。


    ....渋沢栄一故郷・生家を訪ねる。当地名は深谷「血洗島」・・、実に物騒な名前だナ~!.....
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      .....(左)旧・渋沢邸「中の家」 (中)若き日の渋沢栄一像 (右)主屋の奥風景.....
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中の家は留学生の異国文化で賑い活気に溢れていたようです。屋敷裏手に回れば鬱蒼とした木立と深い水を湛えた池があり、深い水の青さに由来し「渋沢青淵」という別称がついたと言われます。


      .....渋沢邸「中の家」をグルリと廻って見る。屋敷の裏庭には立派な石碑が・・!.....
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実は東京都(北区王子)でも彼の偉大な業績を知ることができます。2012年1月、大学同期達で「都電荒川線」巡り(大塚駅→早稲田)を楽しんだ時、「飛鳥山公園」(桜名所)の中に「渋沢史料館」を発見しました。彼の全生涯に渡る資料が収蔵・展示されており、興味深く見学したことが懐かしい!


     ....2012年1月、大学同期旧友(中年軍団)で「都電荒川線」巡りを楽しんだ.....
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   ....北区「飛鳥山公園」(王子駅の隣)の中に「渋沢栄一記念館」が堂々と鎮座していた.....
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               「都電荒川線ぶらり旅」(飛鳥山・渋沢栄一史料館)の記事はコチラから

第一国立銀行・東京商工会議所・証券取引所・三井銀行・王子製紙・東京電力・東京ガス・日本郵船・東京海上・石川島播磨重工・サッポロビールなど有名企業500社、日本赤十字社・帝国ホテル・帝国劇場・早稲田大学・日本女子大の創設にも関わり、日本初の田園都市構想(田園調布)も提唱・・


 ....(左)栄一喜寿祝いで建築された「晩香蘆」(飛鳥山別邸) (右)若き日の雄姿&第一国立銀行.....
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史料館の隣接庭園は大正期建築「晩香廬」&「青淵文庫」(旧渋沢邸の一部で国指定の重要文化財)が当時のまま威厳ある姿で残っていました。都心にかくも立派な建物があったとは驚きでした~





★埼玉県「深谷」は煉瓦建築の宝庫の街!


再び深谷風景に戻しましょう。渋沢記念館から深谷駅に向う途中の小山川沿いに佇む渋沢・喜寿祝いで建築された「誠之堂」や所縁ある「清風亭」は必見!渋沢が創設した第一銀行の関係者が寄付したものでお洒落な建築が河川敷大地に堂々と聳えており、不思議な気持ちになりました。


     .....渋沢栄一の喜寿記念で第一銀行員の出資で建築された「誠之堂」(深谷市).....
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     .....大正建築史の貴重な白壁煉瓦造「清風亭」、迎賓観内部は高貴な雰囲気!.....
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深谷は江戸時代から屋根瓦の名産地でしたが、冨岡製糸場建設計画で洋煉瓦製造技術が必要となり瓦職人が集められました。地元の赤土を利用した国産煉瓦は近隣に名建築を多く残しました。


    .....日本の近代産業発展を支え続けた日本煉瓦製造(ドイツ人技師が指導)の工場煙突....
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暫く進むと長い煙突がある工場資料館が出現!これこそ渋沢栄一が創業した日本煉瓦製造の深谷工場。ホフマン輪窯で焼く初の国産煉瓦工場は2006年まで操業しており、当工場で焼いた煉瓦は鹿鳴館・東京駅・迎賓館・東大・法務省・日銀など明治期の名だたる建築の壁に採用されたのです。


     .....(左)日本煉瓦製造の施設模型 (右)ホフマン輪窯で焼き上げられた初の国産煉瓦.....
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       .....「プレートガーター橋」とよばれる福川鉄道の鉄橋。現在は遊歩道脇に移築.....
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煉瓦製造工場と深谷駅を輸送往復した専用線「福川鉄道」(廃線マニアでは有名地)やJR深谷駅の見事な煉瓦建築にもご対面。深谷市は「レンガのまち」をPR、随所にテーマパークの様な雰囲気が・・;


        .....JR深谷駅の見事な建築、まるで東京駅の様な風格を見せている!.....
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   .....(左)塚本燃料商会 (下)旧・柳瀬金物店倉庫 (右)甲子園出場した名門・県立深谷商業.....
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この2日間、富岡製糸場を中心とする群馬の世界遺産群を徹底的に廻り、その設立の最大貢献者「渋沢栄一」の生れ故郷(埼玉県深谷市)の隠れた魅力を発見でき満足気分で帰宅の途に・・。関越道を走っていると小川の地名!10月に世界遺産登録が決まった和紙の里もついでに立ち寄ろう!




★祝!和紙の世界無形文化遺産登録!(小川町)

       .....帰路の途中、道の駅にある「和紙の里」(埼玉伝統工芸館)を訪問.....
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小川インターを下りて暫く行くと道の駅「おがわまち」に到着、この中に埼玉伝統工芸館があり、世界遺産登録された小川和紙や細川紙(東秩父)の魅力が紹介されており製作工程も公開されています。


        .....めでたく無形文化遺産登録に輝いた埼玉県の小川和紙・細川紙.....
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             .....和紙の作製作業は初めて見たような気がする!.....
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和紙原料は楮(kouzo)や三椏(mitumata)、独特な紙の風合いで色々な製品が生み出されるものだナと感心!和食に和紙と日本の高い技術力と分化が評価され世界に発信されて何よりなことです。


     .....(左)細川和紙と着物のコラボ (右)和紙と竹細工で表現された和紙行燈芸術.....
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「祝ユネスコ無形文化遺産登録!」の懸垂幕や幟が誇らしげにたなびいています。小川・細川紙を育み脈々と技術を伝えてきた地元・小川町と東秩父村の関係者の喜びはひとしおだったことでしょう!


    .....(左)祝!埼玉和紙の世界無形文化遺産登録 (右)世界遺産三昧の2日間でした.....
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                                      「埼玉県探訪」の記事
                                      「秩父探訪」の記事


今旅では富岡製糸場・構成遺産、創設者達の偉業、深谷の煉瓦街、小川和紙を勉強し、日頃は地味な印象の群馬・埼玉がかくも魅力的なのだと再発見!満足感に浸りつつ筆を置きたいと思います。


                                                         おわり

  by rollingwest | 2015-02-22 00:00 | 旅の風景 | Comments(110)

<2014年10月25~26日>2014秋:「御座山」&「小諸・軽井沢」探訪(後編)

                        2014秋:「御座山」&「小諸・軽井沢」探訪(前編)より続く

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★昨年秋の山頂から見た夕日・朝日絶景 (前編記事のおさらい)


昨年のLAST登山は群馬・長野の県境に聳える200名山「御座山」(2112m)で締めくくりましたが、翌日に訪ねた浅間山噴火の奇勝「鬼押出し」と軽井沢郊外の見所を後編で紹介したいと思います。


      .....(左)御座山の頂上に立つ(我一人) (右)雲海に浮かぶ夕暮れの榛名山.....
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前編は無人小屋に一人で泊まり山頂から夕暮れ&日の出の大パノラマを独占満喫して大感動したことをレポートしました。御座山の岩壁頂上に立つとまさに360度大絶景!八ケ岳背後は雲海に浮かぶ南アルプス、右手遥か先には北アルプスの峰々島の如し、榛名山・妙義、尾瀬や越後の山々も俯瞰!

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   .....サンセット南アルプス、生涯で最大級の感動絶景!頂上で独占満喫したこの世の贅沢.....
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まずは余韻漂う夕刻絶景、日沈後も深い色を変化させて夕闇に包まれる静寂感が何にも替え難いレア体験。翌朝は雲海&南アルプスが変幻する光の芸術ショーを体験!夜明け前の黎明ブルーの中で頂上にて御来光を待つことに・・。雲海の幻想的光景が繰り広げられた後はついに感動のサンライズ!


    .....今度はご来光体験!雲海の空が染まり始め、山肌は朝日で真っ赤に染まる!.....
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           .....サンライズの光がついにキタ~!待ちに待った感動の一瞬!....
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世界に誇る美しい日本の山々のサンセット&サンライズ絶景を大俯瞰、RW生涯で特筆の印象が脳裏に刻まれたなア・・。下山後は朝から信州名所を数々訪ね紅葉を思いっきり満喫しました。小諸・懐古園の散策を楽しんだ後は、浅間山大噴火の溶岩庭園「鬼押出し」&「噴火博物館」へと向かいます。


      .....(左)朝の清らかな空気、千曲川と浅間山 (右)田園風景の浅間山を間近に!.....
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    ....(左)小諸「懐古園」の入口には堂々とした「三の門」 (右)さあ浅間山周辺の観光地へ!....
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★230年前の浅間山大噴火が生み出した溶岩奇勝「鬼押し出し」


「鬼押出し」は天明の浅間山大噴火(1783)によって生み出された溶岩の芸術庭園。火口で鬼が暴れ岩を押し出したという当時の噴火印象が名前由来となっています。ここを訪れるのは3回目、30数年ぶりの気がしますが、昨年の御嶽噴火もあり日本列島最大級の活発火山を再訪問してみよう。


            .....浅間山大噴火の溶岩庭園「鬼押出し」を訪ねてみる.....
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無数の巨大岩が広がる原野は幅3km・長さ12kmにも及び当時の噴火の激しさを今に伝える景観!狛犬岩・親子岩など色々な名前が付いた奇岩が鎮座し世界三大奇勝の一つに数えられます。

        .....(左)浅間山の麓も黄葉が真っ盛り (右)観音堂の惣門・ニ天像.....
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      .....(左)溶岩の参道を巡る人達 (右)溶岩の参道にて(浅間山をバックに).....
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惣門より浅間山が迫る散策路を歩いていくとゴツゴツした岩山が多数出現。岩間からは230年を逞しく生き抜いた植物が沢山あり、黒と緑のバランスが美しく異世界に来たようだ!溶岩芸術を楽しみ中央部の観音堂へと向おう。水盤舎・炎観音・鐘楼があり、秘仏の聖観世音菩薩が祀られています。 


      .....(左)溶岩の中に浅間山観音堂が見えて来た (右)浅間山観音堂の威容.....
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日本列島は世界有数の地震列島(世界地震の2割は日本で発生)であり火山王国ですが、その中でも危険度Aランク火山は13座(浅間山・阿蘇・桜島・磐梯山・伊豆大島・三宅島・十勝岳・有珠山・新潟焼山等)、名だたる「火の山」ばかり!浅間山・阿蘇山・桜島が最も活発な三大火山かもしれない。


    .....(左)浅間山と観音堂 (右)浅間山もここ数年内に大噴火が起きてしまうのか・・.....
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浅間山登頂は2008年に達成しましたが、真の頂上は噴火活動で近づけないため現在公式認定されたピーク「前掛山」で荒涼の爆裂火口の大パノラマを満喫しました。月の様な世界だな~と大感嘆!

                           <2008年5月>世界有数の活火山「浅間山」の登山記事

    .....(左)溶岩によって造られた奇岩オブジェ (右)北に草津・本白根の山々が広がる.....
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         .....一面の黄葉に彩られた広大な溶岩高原をバックに!満悦の気分.....
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★「浅間火山博物館」で噴火の恐ろしさを再認識


次は「浅間火山博物館」を訪ね、地球マントルの造山活動を勉強してみよう!1967年開設当時は火山専門の博物館は珍しく画期的であると注目されました。1993年に全面リニューアルして展示内容に最先端技術を取り入れ迫力の映像を体験、また浅間噴火の歴史や災害の恐ろしさも再認識できます。


   .....「浅間山噴火博物館」(鬼押し出しのすぐ近く)を訪問、巨大な岩石オブジェが出現.....
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        .....(左)エントランスも岩石洞窟 (右)火山噴火の演出仕掛けがセッティング.....
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当館に残された災害記録によれば、天明3年(1783)の4月に噴煙が立ち始め6月に火山礫が積もった後、7月に大爆発が連続したとのこと。LASTの大爆発で噴出した吾妻火砕流は、北斜面を流下して北麓の樹林帯を埋め尽くし鎌原村等多くの集落を破壊し埋没させたとこと。何とも恐ろしい~!


        ....地球の地殻構造・マグマ活動、浅間山噴火が起きた史実も映像再現.....
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世界事例を見ると巨大地震が起きた4年以内に近隣火山が大爆発を起こしている史実があります。富士山の平安・江戸時代の大噴火も同じ、東日本大震災発生してまだ4年、今年は要注意かも・・


      .....(左)溶岩に埋まり、その後掘り起こされた鐘堂 (右)浅間噴火の記録図.....
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★軽井沢郊外の魅力(その1):軽井沢高原教会&旧「三笠ホテル」


さあ次はRWには似つかわしくない軽井沢を探訪して見ようと思います。旧軽井沢銀座周辺の人混みには近付きたくないので今回は郊外の観光スポットを周遊して見ました。まずは数々の著名人が結婚式を挙げたことで有名な軽井沢高原教会(聖パウロカトリック教会)!結婚式は1年待ち予約だとか・・


        ....紅葉に輝く軽井沢の高級別荘 (RWには全く縁のない別世界).....
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   .....(左)黄葉が鮮やかだった「軽井沢高原教会」 (右)ウェディングドレスの新婦が登場!.....
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その次に訪問したのは軽井沢の象徴建築のひとつ「旧・三笠ホテル」。多くの外国人や歴代の有名人(乃木希典・渋沢栄一・団琢磨・近衛文麿・有島武郎等)が宿泊し客室30に対して定員40人という贅沢ぶり!「軽井沢の鹿鳴館」と呼ばれ、今見てもモダンな芸術的な建物だと大いに感銘しました。


       .....気品あふれる「旧・三笠ホテル」(明治後期の純西洋式の木造ホテル).....
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やや狭い玄関に入ると正面に2階階段があり、左右に廊下が延びています。フロントには漢数字で書かれたキーボックスの部屋にはベッド・机椅子・暖炉・洋服箪笥・トイレ・バスが基本セットで置かれている・・


     .....(左)真っ赤な紅葉に青空、様式美建築が映える (右)2階テラスへの階段.....
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       .....(左)貴賓客を迎える応接間 (右)宿泊部屋のベッドも実にお洒落.....
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国重要文化財に指定建築は日本人自身が純西洋式木造ホテルを立派に建設した点が高く評価!マッサンの国産ウイスキー同様、海外のより良いものを取り入れようとする明治期の進取精神が窺えます。


          .....(左)紅葉が絵画の様な室内テラス (右)雰囲気ある廊下の奥行き.....
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   .....これぞ軽井沢の象徴風景、並木道も鮮やかな錦秋を迎えていた.....
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★軽井沢郊外の魅力(その2):「雲場池」で満喫した鮮やかな紅葉


JR軽井沢駅から旧軽井沢に続くメインストリートを進み、左手方向に行くと「雲場池」(kumobaike)が出現。池の周囲には散策路があり1周20分の歩きが楽しめ、大自然の木立が心と体を癒してくれます。


               .....軽井沢の自然を代表する「雲場池」、まさにロマンチックな幻想風景!.....
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   ....雲場池の脇にも数々の高級別荘、お洒落な建築だネ~!(やっぱ軽井沢だ・・)....
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雲場池は地元では「おみずばた」と呼ばれ松や楓に囲まれた緑豊かな池。池の周囲は遊歩道が整備され四季折々の変化を見せる軽井沢の自然を身近に感じる事ができます。写生や散歩を楽しめる憩いの場、近隣には外人墓地や美術館もあり軽井沢を訪れる人々に昔から親しまれてきました。


      .....軽井沢の紅葉の極致、森と泉に輝く夢の世界を大いに堪能あれ!....
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快晴で紅葉真っ盛りの日曜日、ここでは静寂な雰囲気を独占できるなんて夢の夢、芋の子洗いの如く押し寄せる観光客の行列に揉まれながらも「軽井沢の秋」の素晴らしさに納得するRWでした。


           .....雲場池の紅葉と水鳥、羽ばたいた水面に波紋が広がる.....
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★軽井沢郊外の魅力(その3):ジョンレノン家族が長期滞在した「万平ホテル」

さて最後はRWが最も訪ねたかった軽井沢屈指の歴史ある「万平ホテル」、ジョンレノンが1977~1979年の3年間、家族水入らず(愛妻ヨーコと息子ショーン)で軽井沢の夏を過ごした思い出のホテルにご対面


   .....(左)歴史ある「万平ホテル」 (右)かつてジョンレノン家族が長期滞在したモダンなホテル.....
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創業は明治27年(1902)、江戸時代後期に旧・軽井沢銀座で旅籠「亀屋」を営んでいた佐藤万右衛門が当時の外国人が避暑で長期滞在できるように純西洋風ホテルをこの地に建築したことが始まり。皇室や各界著名人にも愛された日本を代表するクラシックホテルはまさに品と風格に溢れていました。


            .....(左)万平ホテルの入口ロビー (右)豪華なメインダイニング.....
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フロント右廊下奥にはRW目的の資料室があり、そこには数々の展示物とともにジョンレノン家族が避暑で過ごした微笑ましい幸福時間の写真パネルが飾られていました。ジョンがお気に入りだったピアノも・・


     ...(左)万平ホテルの資料室 (右)一番奥のジョンレノン家族が過ごした写真がパネル展示.....
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ジョンレノンが暗殺されて35年を迎えますがこの3年間は彼が最も幸福感を味わった時期で「ジョンレノン家族生活」という写真集も出版されました。3人は「鬼押出し」も訪ね観音堂で鐘もついている微笑ましいスナッップも・・。今年はビートルズが解散して45年、5年後は再び当地もブームになることでしょう。


    .....【1977~79】ジョンは愛妻ヨーコと息子ショーンと人生で一番いい時間を軽井沢で過ごした.....
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                      <2010年12月>ジョンレノン生誕70年、暗殺30年時の記事
                             

今日は朝から浅間山&軽井沢の魅力をタップリと味わえました。軽井沢の長期避暑滞在なぞ全く縁がないRWにとっては新鮮光景の連続でした!ビンボー症なのでガシガシ廻っている方が性に合います。


            .....(左)帰路に就く (右)妙義山・高岩の絶景(ネット写真).....
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渋滞になる前に高速道路(碓井・軽井沢ICに15時)に入ったので帰路はスムース、夕方には帰宅できました。2日間の思い出を噛みしめながら缶ビールでほろ酔いの夕食。山準備を予め整えておき、快晴が予想される日に気ままに出かけて無人小屋宿泊の山旅。この余裕パターンも結構いいもんだ!


        .....(左)万平ホテルのテラス (右)木漏れ日の散策路で愛を語らう(?)ニ人.....
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                                                         おわり

 

  by rollingwest | 2015-01-13 22:44 | 旅の風景 | Comments(102)

<2014年11月>群馬・埼玉の世界遺産探訪(前編):荒船風穴&富岡製糸場

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★群馬・埼玉の世界遺産を訪ねる旅


今年は6月に「富岡製糸場と絹産業遺産群」(群馬県)が世界文化遺産に、11月は「和紙」が同・無形文化遺産登録のお目出度いニュースが飛び込んできました。昨年の「富士山」と「和食」に続きこの2年間で日本は一挙に4つの世界遺産が誕生!日本人ノーベル受賞と合わせ何と誇らしいことだ!


    ......(左)富岡製糸場・世界遺産登録決定のニュース (右)群馬・埼玉の世界遺産を巡る.....
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冨岡製糸場は約10年前に家族で訪問しましたが、当時は繰糸場内部が見学できなかったし、新たに3史跡も構成遺産群で加わったことから年内にリベンジする機会を窺っていました。また埼玉県にも足を延ばし製糸場設立者「渋沢栄一」の生まれ故郷(深谷市)、「和紙」の小川町も探訪しました。


          ......(左)「東繭倉庫」の雄姿 (右)富岡製糸場と絹産業遺産群MAP.....
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今回のミニ旅は藤岡市内のビジネスホテル宿泊し2日間で下記のルートを廻りました。①荒船風穴⇒②冨岡製糸場⇒③高山社跡(藤岡)⇒④田島弥平旧宅(伊勢崎)⇒⑤渋沢栄一史蹟(深谷)⇒⑥煉瓦建築群(深谷)⇒⑦和紙のふるさと(小川)。前編は「荒船風穴」&「冨岡製糸場」を紹介致しましょう。


       ......(左)関越道から藤岡JCTで上信越道へ (右)下仁田ICから南牧川を遡上.....
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★名峰「荒船山」:家族登山を懐かしく思い出す

まずは一番山奥で遠い「荒船風穴」から攻めてみることにしました。上信越道・下仁田ICを下りて南牧川を遡上し、標高を上げて行くと「荒船山」(頂上がテーブル状の奇観が特徴的)が見えてきました。


           ......群馬の名峰「荒船山」(200名山)がついに見えて来た!.....
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この山は10月に登った「御座山」(サンセット&サンライズ絶景)のすぐ近くに鎮座、2005年に家族登山を楽しんだことが懐かしい思い出です。最近はカミさんも娘も全く山に付き合ってくれなくなった・・(泣)


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      ......テーブルマウンテンの奇観(ギアナ高地みたい)の荒船山は意外とお手軽に登れます.....
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日本の山で頂上部が平な山は「平ケ岳」「苗場山」「美ケ原」等が有名です。いずれも高層湿原や高原状ですが荒船山は平な「艦岩」(tomoiwa)が頂上となっており国内では珍しい景観の岩山!遠くから見ると正に戦艦の如し!意外と簡単に登れますが断崖絶壁で高所恐怖症の人はチト怖いかも・・


     ......(左)2005年、家族3人で登頂 (右)クレヨンしんちゃん作者はこの崖から転落死.....
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あっ、横道に外れてしまいました。(失礼~) 中年オヤジの気ままな一人旅の記事に戻しましょう。
荒船山の真下を通り、神津牧場を経由していくと荒船風穴の駐車場。ここからまた山道を20~30分程歩かなければなりません。夏場の炎天下でこの道を歩かされるのは辛いだろうなアと思いました。





★蚕・繭の大量生産に繋がった天然の冷気保存庫


山道を歩き漸く構成遺産の一つ「荒船風穴」に到着しました。明治時代後期から大正時代にかけては、全国的に風穴を蚕種(蚕の卵)の貯蔵に利用することが行われていました。その中でも、荒船風穴は最大規模の蚕種貯蔵施設として機能しており、繭の大量生産に大きな役割を果たしたのです。


         ......「荒船風穴」に到着、世界遺産祝福の看板の前で、はいポーズ.....
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         ......「荒船風穴」とは蚕種(卵)の貯蔵所跡(岩の中は、冷気保存庫.....
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蚕は春に孵化するので、増産には蚕種が孵る時期を遅らせ夏・秋に養蚕数を増やす必要がありました。活用されたのが夏でも冷風が噴き出す風穴だったのです。風穴は孵化の目安となる蚕を卵のまま留めおくのに適し、気温差ずらしで孵化時期を分散し蚕種の大量生産に成功したという訳か!


    .....風穴から蚕種を時期を変えて取り出す→孵化時期をずらし蚕の大量生産を実現......
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ガイドの方が数名この山奥で待機しており懇切丁寧に解説をしてくれました。やはり世界遺産指定されただけあって地元は気合が入っているね~!国内蚕産業の仕組を知り大変勉強になりました。


      ......(左)荒船風穴の近くにある「神津牧場」 (右)牧場の背後には「浅間山」.....
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行き帰りに通過したのは「神津牧場」、ここも家族登山の帰りに訪れて牧場特製のソフトクリームを食べたことが懐かしい。当時は夏で牛が沢山いたけれど、今回はシーズンオフで一頭も姿を見なかった・・


     ......(左)神津牧場の夏風景 (右)晩秋は放牧牛は牧舎内に入れているのかな.....
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      ......(左)「妙義山」の奇観はいつ見ても圧倒される (右)南牧川が再び現れる.....
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★「富岡製糸場」と10年ぶりのご対面!

さて次はいよいよ「富岡製糸場」!日本初の本格的な器械製工場であり開業当時の繰糸所、繭倉庫などが現存する日本の近代化、絹産業の技術革新・交流に大貢献した国指定史跡は2014年6月ついに世界遺産として正式登録されました。ブームが収まったかなと思ったがやはり混雑でした~


     ......「富岡製糸場」の正門、ブームが収まった頃を狙ってきたがやはり人気は衰えず....
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ここも10年前、荒船山登山後に家族で訪問しましたが、当時は世界遺産登録に向けて市民運動が始まったばかり。構内も全て見学できる状態ではありませんでした。最近の世界遺産登録は年々ハードルが厳しくなっており、富岡は難しいと思っていたが10年の努力を実らせよくぞ夢を叶えました!


      ......初めて富岡製糸場を訪れたのは2005年夏(家族で訪問)、約10年ぶり!.....
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構内見学は解説員がグループ別(10数名)に案内してくれるのでまずは予約の申し込み。エントランス横に富岡製糸場の概要・歴史が展示披露されているので学習いたしましょう。富岡製糸場は1872年、明治政府が富国強兵策の一環で産業近代化のために設置した国内初の模範・器械製糸場です。 


           ......(左)製糸場の全景 (右)案内ガイドへの申し込みを行う.....
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黒船来航後の鎖国解禁で日本は外国貿易を開始、当時最大の輸出品は生糸でした。輸出急増で需要が高まった結果、質の悪い生糸が大量につくられる問題がおき、政府は生糸の品質改善・生産向上をめざし技術指導者の育成に向けて洋式の繰糸器械を備えた模範工場を創設したのです。


           ......展示場に飾られている機織器や工場内の繰糸器.....
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富岡が選定された理由は、①養蚕が盛んな土地で大量の繭が確保可能 ②工場建設に必要な広い土地あり ③製糸に必要な水が確保可能 ④近隣で燃料採取可能(高崎・吉井炭田) ⑤外国人指導の工場建設への地元理解でした。伊藤博文と渋沢栄一は官営器械製糸場建設のため横浜の生糸検査人(フランス技師)「ポール・ブリューナ」と契約を結び工場建設・技術移転に携わらせたのです。


   ......(左)明治天皇の払下げ許諾状  (下)製糸場開業に尽力者達 (右)美しい生糸....
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さていよいよガイド案内が始まり構内見学へ!東繭倉庫の立派な煉瓦建築がまず登場し当時まだ、煉瓦製造技術が未発達だった時代の話から始まりました。今は煉瓦の街として有名な埼玉深谷(渋沢栄一故郷)から瓦職人が集められて洋風煉瓦製造に挑戦した苦労話を聞かせてもらいました。


       ......流暢で解り易い解説の案内ガイド、グループ別に編成され構内を廻る.....
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富岡製糸場には400人以上の工女(主に旧士族の娘)が就労しましたが、彼女らの労働環境は相当恵まれていたようです。当時では先進的な7曜制導入と日曜休み、年末年始・夏期休暇、1日8時間労働、食費・寮費・医療費は工場が負担、制服も貸与、まさに福利厚生の先がけだったのですナ。


      .....(左)立派な煉瓦造りの「東繭倉庫」 (右)「西繭倉庫」 (下)「女工館」の寮.....
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           ......(左)東繭倉庫と繰糸場間の構内道 (右)工女の診療所.....
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さあいよいよ繰糸所の中へと入ってみよう!前回訪問時(10年前)はこの工場内はまだ一般公開されていなかったのでようやく念願が叶いました!あの錦絵に表現された繰糸所は敷地中心部にあり奥行140mの長大な建物、トラス構造の高い天井、鉄製ガラス窓で明るい大空間を実現しています。


           ......(左)繰糸場の入り口 (右)構内は繰糸器械がズラリと並ぶ.....
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     ......繰糸場の天井はトラス構造、小学校の木造校舎(運動場)の天井を思い出す.....
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続いては「ブリュナ館」!建設指導者として雇われたフランス人「ポール・ブリュナ」が家族と暮らし住居です。家族3人で320坪の家に暮らし、地下室やワイン貯蔵室もあったとは!もう完全に超VIP待遇だね~


         ......首長ポール・ブリュナ(フランス人)が家族やメイドと暮らしていた住居.....
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かたや今年2月の大雪で倒壊してしまった「繭乾燥場」の無残な姿にはビックリしました。山梨や群馬は比較的大雪が降らない地域ですが、地球温暖化によってこんなリスクが年々高まってくるのかも・・


   ......「繭乾燥場」の倒壊現場、世界遺産建築がこんな姿になっていたとは想像もせず.....
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明治政府官営工場は後に民間払い下げされ、原・三井財閥へ所有権が移り変わり1939年から「片倉富岡製糸所」となりました。空襲被害も受けることなく、戦時中も一貫して操業を続け終戦を迎えています。1952年からは電化刷新を進め、1974年は史上最高生産量を誇る大工場となりました。


          ......製糸場の取水源となった「鏑川」、夕方の絶景に癒された.....
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しかし和服需要減少の社会情勢に加え1972年日中国交正常化で中国産の廉価な生糸の輸入増で生産量は減少し1987年操業停止となりました。それでも片倉工業は閉業後も「貸さない・売らない・壊さない」の方針を堅持、莫大なコストをかけて今の姿を保ったのです。片倉の貢献は素晴らしい!


           ......最後に「寄宿舎」の遠景を満喫して富岡製糸場を後にする.....
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    ......世界遺産指定は寂れていた地方都市に活性化の起爆剤!「お富さん」も大喜び.....
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富岡製糸場は10月に国宝指定も決定されました。富岡市の人口は5万人、地方都市の衰退が問題視されている中で、今回の世界遺産指定は確実に街の活性化へ繋がり素晴らしいことです!片倉工業の文化遺産を守る企業姿勢と市民一丸となった世界遺産に推挙した運動の結果ですね~


              ......鏑川の夕暮れ風景、心癒される田園風景.....
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今日は朝から絶好天気に恵まれ世界遺産2つを十分堪能できました。山ばかり登っていた群馬ですが広大平野・川風景も素晴らしい!美しい夕焼け田園風景を見ながら藤岡へ車を走らせました。


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★後編は藤岡・伊勢崎(群馬)&深谷・小川(埼玉)を徘徊!


藤岡ビジネスホテルに泊まり、翌日は早朝から「高山社」(藤岡市の高山長五郎が設立した養蚕業の研究・教育機関)や、伊勢崎市の「田島弥平」が養蚕理論に基づき改築した民家等を見学しました。


      ......(左)構成資産の一つ「高山社跡」 (右)ネギ畑の遥か彼方には「赤城山」.....
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         .....「田島弥平旧宅」は、群馬県伊勢崎市境島村にある歴史的建造物.....
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続いて埼玉県深谷市に入り富岡製糸場の生みの親(日本近代産業の父)である「渋沢栄一」の生家や深谷市内の煉瓦建築の数々を堪能、最後は世界無形文化遺産に登録された小川町を訪問!この詳細なレポートは後編で紹介しますが、埼玉県の魅力をここでも再発見できて実によかったな~!


           ......深谷市(埼玉県)に入り、「渋沢栄一」の生家「中の家」を見学.....
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   ......(左)深谷市「常盤園茶舗」倉庫 (右)渋沢栄一の喜寿を祝って建てられた「誠之堂」....
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         ......和紙が世界無形文化遺産に指定登録、埼玉・小川町の和紙を見学.....
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後編は来年1~2月頃の公開となります。今年の「逍遥旅日記」旅記事編はこれでラスト公開といたします。次回は「RW年末狂歌・回顧レビュー」で今年1年を振り返り本編の筆収めとさせて頂きます。



                                                         おわり

  by rollingwest | 2014-12-11 21:45 | 旅の風景 | Comments(106)

<2014年12月>九州歴史探訪旅④:(双葉山の故郷・宇佐&豊後高田・昭和の町)

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★相撲の神様「双葉山」の生れ故郷を訪ねる

九州の山旅・歴史旅(今年5月)も4回目のレポートとなります。前回は全国八幡神の総本宮である「宇佐神宮」を紹介しましたが、神宮鎮座する宇佐市は相撲の歴史を知る上でも重要な地域です。

                         九州山旅&歴史旅③:「宇佐八幡神宮」の深い謎 より続く


   ......「宇佐神宮」は八幡社総本宮(神仏習合の発祥地)、古代史の謎を探る重要な場所.....
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相撲の起源は天照大神が出雲に迫った「国譲り」(古事記に記された出雲稲佐浜での決闘神話)に遡り、「武甕槌神」(鹿嶋神)が「健御名方神」(出雲神)を投げ飛ばした力競べがルーツと謂われます。


  ......(左)相撲の起源は古事記「国譲り」での決闘 (右)日本史最古の天覧相撲(野見宿禰).....
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                                国譲りの決闘(相撲のルーツ)の「稲佐浜」の記事 



宇佐神宮の「放生会」(滅ぼされた大隅隼人の祟りを封じるため朝廷が行った重要祭礼)においても八幡神に奉納する「神相撲」が催されており、大相撲の起源が神事に由来することがよく解ります。そしてこの宇佐は相撲の神様と崇められる「双葉山」(不滅の69連勝)の生れ故郷でもあるのです。


    ......2011年、横綱「白鵬」が宇佐神宮で奉納土俵入り(双葉山の生誕100年を祝す).....
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2011年は「双葉山」の生誕100年を迎え、当地に横綱「白鵬」が来訪し、宇佐神宮で奉納土俵入りを行っています。昭和を代表する偉大な力士、その双壁は「双葉山」(角聖)と「大鵬」(昭和の大横綱)!
その白鵬は2014年九州場所で32度目の優勝を飾り、大鵬の歴代最多記録にとうとう並びました。


  ......(左)2014年九州場所で、「白鵬」がついに「大鵬」(昭和の大横綱)と並ぶ32回目の優勝.....
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白鵬はまだ29歳、来年早々に金字塔の新記録を打ち立てることは間違いないでしょう。相手の力を吸い取る柔らかさを持ちその強さはどの力士も止められない独壇場となっています。とにかく怪我での欠場がゼロということが凄い!その素晴らしい精神力と万全な体調管理には脱帽するばかり・・


  ......宇佐市「双葉の里」、相撲の神様「双葉山」の生誕100年を記念して2011年にオープン.....
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今回優勝インタビューの言葉は実に素晴らしかった!「この国の魂と相撲の神様が認めてくれたから、この結果がある」と涙ぐんだのです。モンゴル人なのに日本人以上に日本人らしい大横綱!しかしこんな大横綱になってもまだ超えられないのが双葉山が打ちたてた69連勝の大記録・・(白鵬は63連勝)


  ......(左)双葉山の生家跡 (右)「超六十連勝力士碑」、双葉山・白鵬の名前のみが刻まれる.....
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双葉山の本名は穐吉定次、宇佐市に生まれた美男の力士は修行を重ね、「後の先(gonosen)」の立ち合い(相手の立ち方を見て捕まえる)で69連勝という現在誰にも破られぬ大記録を達成した伝説の力士です。60連勝以上を達成した双葉山と白鵬だけの名前が刻まれた石碑も堂々聳えていた!


    ......白鵬が尊敬する「双葉山」の生家(落着いた雰囲気)。現在は公民館としても利用される.....
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宇佐神宮から車で走ること30分、道の駅「双葉の里」と生家があり、館内には双葉山の生い立ちや数々の偉業記録が展示されていました。何と双葉山は右目失明、右手小指の先を失っていたとのこと!そんな境遇で大記録を打ち立てても「我、未だ木鶏たりえず」と自分を磨き続けていたとは・・


   ......道の駅ホールには双葉山資料館があり、栄光の歴史や映像・パネル等を見学ができる.....
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江戸時代には「谷風」「雷電爲右エ門」、明治期では「太刀山」という伝説力士も存在しました。勧進相撲発祥「富岡八幡宮」には初代「明石」から平成に至るまで歴代横綱の名が石碑に刻まれます。


   ......(左)江戸時代から続く横綱の刻印名 (右)昭和~平成期の歴代横綱(富岡八幡宮)....
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 ......歴史的な名力士:江戸期(雷電・谷風)、明治(太刀山)、現代(北の湖・千代ノ富士・貴乃花).....
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小生の幼少期は大鵬の栄光時代、その後は輪島・北の湖・千代ノ富士、若貴兄弟と続きますが、曙・武蔵丸の外人パワーが台頭。21世紀になると、横綱の地位は完全にモンゴル勢の独断場となり、若乃花を最後に日本人横綱は途絶えてしまいました。一体いつになったらその日が来るのか・・?


    ......モンゴル勢のパワーは今も止まらない・・(朝青龍・旭天鵬・日馬富士・鶴竜・逸ノ城).....
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    ......蒙古・騎馬民族は日本人のルーツでもあり、モンゴル旋風は歴史の必然なのかも・・.....
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しかし蒙古民族も日本人ルーツの一つだし、大陸で培われたDNAが日本の大相撲になったことを考えれば仕方ないのかなとも思ってしまいます。まあ顔もそっくりだし、白鵬の如く日本人以上に日本人らしい大横綱が偉業を成し遂げるのは嬉しいことだな・・と納得しながら双葉の里を後にしました。




★豊後高田で昭和レトロを満喫


   ......(左)国東半島および周辺の見所 (右)次は「豊後高田」で昭和体験をしてみよう!.....
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国東半島の西部(宇佐神宮の近く)には豊後高田市があります。明治・大正・昭和30年代にかけて、豊後高田の中心商店街は国東半島で最も栄え賑やかな町だったという歴史がかつてありました。


  ......(左・下)「昭和ロマン蔵」に並ぶ40年代車 (右)鉄人28号、マジンガーzも・・キャラクター続々.....
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しかしその後市の人口はどんどん減少し人口18,000人と全国で9番目の少人口の市になってしまいました。「犬と猫しか歩かん」とまで言われるほど寂れた商店街になんとか元気を取り戻そうと地元で街興しの機運が高まり、昭和の町が2009年7月に再現されたのです。実に懐かしい風景だ!


    .....「昭和ロマン蔵」に入ってみよう!「鉄人28号」や「バカボンのパパ」がお出迎え!......
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         ......(左)懐かしい教室風景 (右)温泉街によく見かけたスマートボール.....
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商店街は昔の雰囲気を残したままで再整備され、隣接公園には「昭和ロマン館」という懐かしの昭和グッズが飾られたミニテーマパークがありました。市内を巡る観光客用のボンネットバスも走っています。


       ......(左)大衆食堂ホームラン (右)昭和の広告板やショーケース陳列物が沢山.....
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    ......(左)昭和広告板の定番「金鳥蚊取り線香」 (右)昭和の民家や駄菓子屋の風景.....
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昭和30年代は貧しく不便だったけれど本当によき時代だった思い出が蘇ります。明るい未来を信じて、隣近所が肩を寄せあい、近所で助けあいながら生きていました。 豊かで便利になったとはいえ、平成の今に比べて幸せが実感できた時代だったかもしれないと再認識。まさに「三丁目の夕日」・・


    ......懐かしきボンネットバス(小学1年生頃に乗った気がする)が豊後高田市内を走る.....
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今度は商店街を散策してみよう。おお、人口テーマパークではなく昔の商店街がそのまま残されている。RW散策時刻は朝だったので店は開店前で静かでしたが昼には多くの観光客で賑うに違いない!


      ......(左)昭和の商店街を歩いてみよう! (右)新町商店街のウエガキ薬局.....
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         ......中央広場「出会いの里」脇には旧「共同野村銀行」のレトロ建物.....
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街全体がテーマパークのような雰囲気で町興しに取り組んでいる全国例としては、鳥取境港の「水木しげるロード」(ゲゲゲの鬼太郎・妖怪の街)、東京青梅の「映画看板の町」が有名です。昭和レトロに絞ったジャンルでは青梅と豊後高田が双壁ではないかと思いました。皆様も一度ご訪問してみては如何?

                                     東京青梅「映画看板の町」の記事
 


       ......ああ昭和は遠くなりにけり・・、懐かしの街風景を歩き感慨に浸る・・.....
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★国東半島周辺にはまだまだ見どころが・・


今回は国東半島の石仏巡り・宇佐神宮参拝がメインだったので、今回当エリアの観光地訪問は「双葉の里」「豊後高田・昭和の町」だけに終わりましたが、このエリアにはまだまだ見所が沢山あります。


    ......(左)黒田官兵衛の九州拠点「中津」 (右)中津には「福澤諭吉旧居」も佇む.....
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    ......大分には「耶馬溪」「青の洞門」などの大自然絶景を満喫できるSPOTも多い.....
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「黒田家の中津城」「福澤諭吉旧居」、大自然溢れる「耶馬溪」「青の洞門」、東には「杵築の城下町」「臼杵石仏」もあります。九州は登山や歴史探訪で何度も訪問する予定なので今後の楽しみだね!


           ......「杵築」の城下町や「臼杵石仏」もいつか訪ねてみたい!.....
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★いよいよ国東半島の石仏巡りへ!


さて次回はいよいよ国東半島「石仏の里」巡りのレポートに入ります。国東は奈良~平安時代にかけて「六郷満山」の山岳仏教文化が栄え、峰々を渡り歩きながら修業をする難行が行われた地です。


    ......国東半島の田園風景を走る。ここもまた日本の原風景が目の前に広がる!.....
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「田染荘」は、宇佐神宮の荘園で、現在も平安・鎌倉時代の集落や水田の位置がほとんど変わらずに残されています。重要文化的な景観「田染荘小崎の農村景観」は、まさに日本の原風景でした!


        .....「田染庄」は宇佐神宮が平安・鎌倉期に所有した広大な荘園地.....
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       ......風にそよぐ麦畑の穂、そういえば大分の焼酎は麦が主力でしたな~!.....c0119160_7141219.jpgc0119160_7143033.jpg



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「六郷満山」とは国東半島の中心にある「両子山」から放射状に広がる谷筋に沿った6つの村落を「六郷」と呼び寺院群は「満山」と呼ばれました。九州歴史旅レポートの最終記事は来年になります。


   ......(左)「真木大堂」に伝わる九体の国宝仏像 (右)「両子寺」の十一面千手観音像.....
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      ......(左)「文殊仙寺」の仁王像 (右)国東半島「六郷満山」、癒しの田園風景.....
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                     ...... 国東半島の最大ハイライトは「熊野磨崖仏」(胎蔵寺).....
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  by rollingwest | 2014-11-30 07:50 | 旅の風景 | Comments(110)

<2014年晩夏>越後・北信濃「飯山街道」(野沢温泉・小布施)経由の帰京旅

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★飯山街道経由で帰京、世界有数の豪雪地帯


今年は6回も柏崎帰省(過去最高回数)していますが、8月お盆・故郷からの帰京は飯山街道・北信経由の寄り道旅をしてみようと思い立ち、車で十日町・津南から長野・栄村ルートを辿って行きました。


        ......8月お盆帰省後は、飯山街道・北長野経由で小布施を訪問して帰京......
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新潟県(小千谷・十日町市)と長野県(飯山・長野市)を千曲川の流れに沿って結ばれる山奥の国道117号線は「飯山街道」とも呼ばれ、独特な風情が味わえます。まさに日本の原風景と言えましょう。


    ......山奥を滔々と流れる「千曲川」、豪雪が生んだ豊富な水は美味しい米を育んでいる......
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         ......「栄村」(長野・新潟の県境)にある「ふるさと村」に立ち寄ってみる......
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長野県「栄村」は隣接の新潟県「秋山郷」と並び世界有数の超豪雪地帯、江戸時代に「北越雪譜」(鈴木牧之著)でも紹介された当エリアは積雪7.8mの日本最高積雪を記録しており、平家の落人部落としても有名。「鳥甲山」や「佐武流山」など200名山の登山基地として何度か訪れた場所です。


   ....(左)「鳥甲山」(2005) 200名山登山で何度も訪問したなア・・ (右)「佐武流山」(2010).....
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当時登山で泊まった民宿で御主人に「2005豪雪は大変でしたね」と聞いたら意外な答えが・・「イヤ~あの時ヤ~、全国に注目されマスコミが取材にドンドン来て村は活気づいたヨ」「豪雪の生活写真はマスコミが6万円で買ってくれた」「秋山郷は雪が降らんと駄目なんだヨ。除雪仕事は地元の大事な現金収入で村の年寄りは長寿で元気だゾー、80後半の人も常に働いてるから皆ピンピンだ」、・・オソレイリマシタ~


          ......「栄村」(長野県)・「秋山郷」(新潟県)は世界有数の豪雪エリア.....
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                                  「佐武流山」登山(2010)の記事

      .....若者が大幅に減り、過疎・高齢の豪雪地帯での雪おろし作業は本当に大変・・.....
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当エリアはかくも元気なお年寄りに支えられているのかと感心しました。しかし高齢で健康をいつまでも維持することは難しいこと・・。若者はどんどん故郷を離れいつか限界集落として経済や生活が立ちいかない時代がやってくるものと思われます。永く残ってもらいたい日本の原風景の将来は・・?


      .....過疎と豪雪に悩む当地域もいつか限界集落となる日がくるのだろうか・・......
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★「野沢温泉」の温泉街を巡ってみる


飯山街道の途中に野沢菜やスキー場で有名な「野沢温泉」があります。ここはスキーで2回程来たことはあるものの夏は初めて・・、外湯巡りコースを辿りながら風情ある温泉街の散策を楽しんでみよう。


      ......(左)野沢温泉のシンボル「大湯」 (右)「麻釜の湯」など外湯巡りができる......
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          ......(左)河原湯  (中)温泉巡りMAP  (右)麻釜温泉公園......
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野沢温泉の湯を発見したのは聖武天皇時代の名僧「行基」と謂われ、古くから野沢の名湯は全国的に知られており、江戸時代には飯山藩主が別荘を建てたことから湯治場として栄えてきました。村内に30余りの源泉があり、温泉街では「外湯」と呼ばれる無料共同浴場が13ヵ所もあります。


              ......野沢温泉の街並みや路地は実に風情あり......
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当然本場の野沢菜漬けをお土産に買って帰りました。胡瓜漬物の5倍・茄子漬物の10倍のビタミンCが含まれる野沢菜はお茶との組合わせがよく抗酸化力向上に優れた効果を発揮するとのこと。そういや長野県は長寿で有名。野沢菜を食べてシャキシャキと働く健康的な人が多い土地柄なのかも・・!


     ......野沢温泉のお土産といえばやはり「野沢菜」、本場の味はやはり違う!......
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★北信濃の文化街「小布施」へ


さて野沢温泉をあとにして北信濃への旅と入ります。今年7月に登った黒姫山のエリアが近付いてきたぞ。北信五岳の名峰「斑尾山」が見えてきた!いよいよ憧れていた「小布施」の街へと入ります。


          .....野沢温泉から、千曲川に沿って北信濃「小布施」へと向う......
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        ......千曲川の河川敷から仰ぐ「斑尾山」(北信五岳)の絶景雄姿......
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                                        「黒姫山」登山(2014年夏)の記事

小布施は長野県北部に位置し、千曲川東側に扇状に広がる土地で美しい自然環境に恵まれた街。水はけ良い酸性土壌、寒暖差の気候条件も加わり、果樹栽培やブランド献上品「小布施栗」が有名。
市内には美術館・博物館が点在し、風情ある街並は観光客の人気が高く多くの人で賑っています。


   ......(左)当エリアはJRの5線や地方鉄道が犇めく (下)小布施栗 (右)風情ある白壁門の家......
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         ......(左)枡一市村酒造場 (中)小布施堂 (右)風情ある路地裏......
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小布施は江戸時代から人や物の往来が盛んで、「六斎市」など経済的に発展、それに伴い合わせ多くの文化人(葛飾北斎・小林一茶等)が当地を訪れて文化の足跡を街の中に数々残したのです。


                ......小布施のメイン広場(北斎亭)が一番賑う......
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★葛飾北斎の肉筆画を堪能!


       ......「北斎館」の入り口 何とここでは北斎の肉筆画が見られるのだ!......
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昭和40年代、「小布施の北斎」を世に出そうと様々な試み行ないその集大成が「北斎館」です。北斎が天井画を描いた祭り屋台や地元に残る北斎作品をPRし、北斎研究の拠点となるようさまざまな願いを込めて建設された「北斎館」はその後の小布施が進む方向性を決めた建物となりました。


      ......北斎が描いた天井画「怒涛図」が見事な「上町祭屋台」がまず出現!......
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         ......明るい展示室には、北斎が描いた数々の肉筆画がパネル展示......
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浮世絵師・葛飾北斎の肉筆画を中心に展示されており、特に「東町祭屋台」の天井に描かれた「怒涛図」は迫力!掛軸、額装、画帖、絵巻等に描かれた様々肉筆画展示は実に見応えがあります。


       .....仏や鷹の絵画は北斎イメージとは全く結びつかない写実的な絵だった!......
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   ......トイレにかかっていた暖簾も北斎画があしらわれ品格あるお雪隠でございました!......
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★北斎・正則・一茶ゆかりの古寺を訪ねる


小布施には、葛飾北斎・小林一茶・福島正則(戦国武将)に所縁が深い古寺「岩松院」があります。素朴な田園風景の中に立派な仁王門が佇んでおり、庫裡・鐘楼・坐禅堂・総檜造りのお寺が出現!


      ......(左)小布施の郊外に佇む「岩松院」 (右)福島正則の石碑案内が登場......
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            ......(左)岩松院の本堂 (右)山門をくぐって境内へ......
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本堂の大間には21畳敷の天井絵がありました。葛飾北斎最晩年の大作「大鳳凰図」。空を実際に舞っているかのように見える迫力の大鳳凰図は「八方睨みの鳳凰」と言われその鋭い目はどこからみてもこちらを見据えます。160年以上を経った今でも保持された鮮やかな色彩に心が奪われた!


   ......岩松院の居間天井に描かれた北斎の肉筆「八方睨み鳳凰図」(ネット掲載写真)......
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   ......岩松院の裏庭には、一茶の句碑「やせ蛙負けるな一茶ここにあり」が刻まれる......
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福島正則は、加藤清正とともに豊臣秀吉の重臣として有名な戦国武将。「賤ヶ岳合戦」では「七本槍の第一」と称せられました。「関ケ原合戦」では徳川家康に味方し有力大名となりましたが、自城の石垣修築が武家諸法度を冒したとして信州減封(国替)となり晩年は寂しき人生となったようです。


    ......「福島正則」(秀吉の腹心部下)の霊廟も!晩年は寂しく亡くなり岩松院に・・......
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その近くにある「浄光寺」は国の重要文化財に指定される薬師堂(室町初期建立)があり、茅葺屋根の貫録溢れる本堂を持っています。薬師堂へ登る杉木立の参道石段は実に風情がありました。


          ......「浄光寺」も風情あるお寺、杉並木が実に素晴らしい~!......
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      ......浄光寺・本堂は茅葺き屋根で屋根の木組みも立派!貫録と威厳あり......
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千曲川沿いの北信濃風情を十分満喫し、信州中野ICから長野自動車道で帰京しました。帰省を兼ねたミニ旅もいいな~と満足!次回も信州周遊を兼ねた柏崎帰省にしようと心に決めた次第です。


        ......(左)豪雪地帯の里に広がる渓谷風景 (右)雨に煙る飯山の山里......
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           ......北信濃の風景 「斑尾山」が見える光景に心が癒された......
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                                                         おわり

  by rollingwest | 2014-09-29 20:00 | 旅の風景 | Comments(94)