カテゴリ:洋楽(ロック・POPS)( 83 )

 

<2008年3月>洋楽(ロック・POPS)に魅せられて(自分史):(その3)

↓洋楽(ロック・POPS)に魅せられて40年(その1)~(その2)から続く

                         洋楽(ロック・POPS)に魅せられて(その1)
                         洋楽(ロック・POPS)に魅せられて(その2)



★プログレ・ハード等のロック爛熟期(1970年代中盤から1980年代初頭にかけて)


クイーンは「オペラ座の夜」でロック史における偉大なバンドとして世界的な地位を確立しました。
「ボヘミアンラプソディ」はクラシックを取り入れてダイナミックに展開する壮大な組曲のような歴史的名作!
伝説のボーカリストのフレディマーキュリーが亡くなってからもう17年の歳月が過ぎたんですねエ。
クイーン完成・爛熟の頃も尊敬していますが、73年デビュー「戦慄の女王」のワイルドな時期も大好き!


  (左)クイーン「戦慄の女王」(デビュー)  (右)TOTOの名盤「ハイドラ」、「聖なる剣」はグラミー賞c0119160_20344047.jpgc0119160_20352476.jpg
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    (中)クイーン「オペラ座の夜」、「ボヘミアンラプソディ」は20世紀の史上最高名曲に選ばれた。


TOTO・ボストン・フォリナー・カンサスは大学時代に聴きまくった「プログレ・ハード融合のロックグループの四天王」とでも申しましょうか。「産業ロックの先鞭」などと言われることも多いですが、小生はその高い音楽性・洗練されたサウンドが大好きです。その実力は十分評価されるべきと思います。


   (左)ボストン「宇宙の彼方へ」、   (右)カンサス「永遠の序曲」(名曲ダストインザウインド)c0119160_2042258.jpgc0119160_2043878.jpgc0119160_20432978.jpg
  (中)フォリナー「ダブルビジョン」、デビューアルバム「フォリナー」にはイアンマクドナルド(Kクリムゾン)も参加


ボストンは最も尊敬するグループの1つです。トムショルツのギター・オーケストレイション手法は、壮麗で緻密な完成されたサウンドです。TOTOもグラミー賞を取る大物バンドにまで成長し、フュージョンの隆盛にも影響を与えました。リズミカルで格好いいフォリナー、少し暗くて渋いカンサス。皆ヨカッたね~!

 
  (左)ジャーニー「エスケイプ」。他に「インフィニティ」「デパーチャー」も名盤、 (右)エイジア(詠時感)c0119160_2130303.jpgc0119160_21311466.jpgc0119160_21315681.jpg
          (中)スティックス「コーナーストーン」、「ベイブ」や「カムセイルアェイ」は名曲


「産業ロック」とは「商業的成功ばかり考え、権力反逆から生まれるロック本来の心を忘れている」とロック評論家・渋谷陽一が批判した言葉です。初期四天王もそうですが、上記後進3グループも同様の評価をされがち・・。産業ロックと揶揄されても、彼らの音楽性は非常に高く、小生は今も大好き。
ジャーニーは秀逸(スティーブペリーシャウト大好き)、エイジアは豪華、スティックス(初期限定)は清廉さ。
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  (左)スーパートランプ「ブレックファーストインアメリカ」  (右)キャメルの「ブレスレス」は絶対の必聴名盤
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       (中)アランパーソンズプロジェクト「アイインザスカイ」、POPな路線に転換


プログレ音楽を知的なPOPサウンドに進化させていったグループも次々と誕生します。スーパートランプ、アランパーソンズ、ELO(エレクトリックライトオーケストラ)等は、現在も愛聴するマイ・フェイバリット。
アランパーソンズって、ビートルズの「アビーロード」の製作に関わった名エンジニアなんですよ。
ELOの武道館コンサートは、レーザー光線を駆使したパフォーマンス(当時は非常に先進的)で最高だった!


(左)ELO「アウトオブザブルー」、初期の渋い時代も大好き  (右)渋くてかっこいいリトルリバーバンドc0119160_20323964.jpgc0119160_20325926.jpgc0119160_20331959.jpg
   (中)スティーブミラーバンド「ペガサスの祈り」、テクノっぽいけどブルースやPOPな多面性


 (左)スティーリーダン「エイジャ」、山口小夜子がモデル    (右)ダイアーストレーツ「デビュー」c0119160_2036302.jpgc0119160_20364939.jpgc0119160_20371453.jpg
        (中)ポリス「白いレガッタ」、ソロになったスティングはその後も大活躍


「アメリカンバンド」でグランドファンクレイルロードが見事復活をしたり、アメリカ正統派ロックの継承者ブルーススプリングスティーンが登場してブレイク! 先に紹介したウエストコースト勢のブームに負けじと、米国のハードロッカー達も俄然元気になり出したのがこの頃です。実にワイルドだね!


(左)ブルーススプリングスティーン「明日なき暴走」 (右)バッドカンパニー(フリーの後継バンド)c0119160_20503065.jpgc0119160_20511189.jpgc0119160_20513849.jpg
    (中)グランド゙ファンクレイルロード「アメリカンバンド」、初期の時代からは一皮剥けた。 


ロックはジャズなどとも高度な融合を重ね、やがてフュージョンとして発展していくことになります。
往年の有名アーティスト達も、年を重ねるごとに大物ミュージシャンとして重鎮の風格を備えていきました。

 (左)ラーセンフェイトンバンド  (右)エリッククラプトン「ティアーズ・イン・ヘブン」、大人路線へ転換c0119160_23495197.jpgc0119160_23503837.jpgc0119160_2351710.jpgc0119160_23513067.gif
       (中)ドナルドフェイゲン「ナイトフライ」、スティーリーダンからの独立。都会派の渋さ 


こうして自身の学生時代は、ロック発展の歴史に大きな足跡を残した1970年代とともに終了・・。
1980年に社会人となり、境遇・時代の変化とともに音楽の楽しみ方も徐々に変わっていきます。
                                      



★アナログLPレコード時代の終焉
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今は携帯・PCに気軽に好きな曲をダウンロードする時代。我々世代は塩化ビニールのレコードで音楽を聴くのが当たり前、EP450円・LP2,000円・2枚組は3,000円でした。(当時の物価では高価な買物)
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アルバムジャケットの芸術性も含め、LP1枚ごとに今も大きな愛着があります。針を落とす時、ブチッというアナログな温もり。スプレー・埃クリーナーでレコードは大事に扱っていました。ステレオは4チャネル時代、コンポに何十万円もかける散財マニアもいて、音楽は本当には金がかかる時代でしたね。

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1980年になると貸しレコード店が大ブーム。お気に入り曲のカセットに録音することに没頭した時代です。音楽はレンタル文化がトレンドとなり1982年CDが初登場。LP時代は終焉期を迎えます。
毎日々LPを磨り減るように聴き、皆同じヒット曲を共有化する懐かしい時代が去ってしまいました。
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★1980年代前半(AORやフージョンのブーム)


80年代はAORという大人志向のおしゃれな音楽がトレンド。カセットに録音したお気に入り音楽を流しながらドライブすることに目覚めた頃。ボズスキャッグス、クリストファークロス(エルトンジョンと同様に声と姿に落差があったなあ)、ボビーコルドウェル、エアサプライなどがその代表格です。
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その他にもランディグッドラム、ピーターセテラ、ジョンオバニオン、エアプレイ、ロビーデュプリー、アレッシー、アハ、リチャードマークス、ジムフォトグロ等、沢山聴きました。こら、軟弱~と言うなかれ・・!


(左)クリストファークロス「アナザーページ」・容姿と声の落差に驚愕 (右)ア-ハ「ハンティングハイアンドロウ」c0119160_0335514.jpgc0119160_9113787.jpgc0119160_1817158.jpg
          (中)エアサプライ「ロストインラブ」 軟弱だったけど好きだったね~。


  (左)ピーターセテラ、シカゴから独立しバラードソロ歌手へ  (右)ブライアンアダムス「レックレス」c0119160_18132444.jpgc0119160_18144560.jpgc0119160_1815425.jpg
      (中)リチャードマークス「リピートオフェンダー」、美しいバラード「ライト・ヒア・ウエイティング」


大ブームとなったフュージョン系(ラリーカールトン、リーリトナー、ジョーサンプル、パットメセニー、アルクルー、エリックタグ等)も好きでよく聴いたものですが、もうこれ以上アルバム名盤の写真を載せるのは限界に近いのでフュージョンやクロスオーバーと呼ばれた本ジャンルの紹介はやめときます。(満載で・・、手一杯)
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★1980代後半から昭和の終焉(バブル時代へ)

80年代はもう新しい感じがしますが,まだ小生にとって非常に魅力的でした。音楽の幅が更に広がり明るい印象があります。巷の好景気(バブルに向うのですが・・)も影響してるのかな。ファンキーなシンディローパーは実に楽しい!Mジャクソン、ライオネルリッチー、Bスプリングスティーンらの大物が終結して「ウィーアーザワールド」のライブエイドが開催されたのも大きな印象に残ります。
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(左)ホール&オーツ「リッチガール」、「サラスマイル」時代がいい(右)シンディローパー「タイムアフタータイム」c0119160_0542156.jpgc0119160_0545765.jpgc0119160_0551399.jpg
     (中)フィルコリンズ「ノージャケットリクワイアド」、ジェネシスから独立しヒットメーカーに。


B.スプリングスティーンの人気は絶頂を迎え、ボブシ-ガー、ケニーロジャース等のアメリカおじさん達も渋い野太い声で頑張っておりました。 ホール&オーツはデビュー当時の泥臭く渋い感じがよかったのに、途中から小洒落れた人気POP路線に転向してしまったのがちょっと残念かな・・。


(左)ケニーロジャース「愛ある限り」バラード調のカントリーロック (右)Jガイルズバンド「堕ちた天使」c0119160_05735.jpgc0119160_112555.jpgc0119160_0575880.jpg
        (中)ボブシーガー「奔馬のごとく」、「アゲインストザウインド」も渋くていいね。


アイルランド出身のU2は、アルバム総売上は1億7千枚を越え、グラミー賞獲得22の偉大なロックバント。
リーダーのボノは世界的慈善活動家でありヨハネパウロ2世や米国大統領とも面談、ノーベル平和賞候補にも何度もノミネートされています。スターシップの「セーラ」は新婚旅行時に流れていた思い出の曲。


 (左)ティアーズフォーフィアーズ「シーズオブラブ」 (右)スターシップ「フープラ」 Jエアプレインの流れc0119160_111951.jpgc0119160_121328.jpgc0119160_131243.jpg
              (中)今や世界的な大御所となったU 2「ヨシュアトゥリー」

 (左)カーズの「ドライブ」はいい曲だねエ・・      (右)ハート「アローン」、硬軟自在の女性ロックバンド
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                (中)ホイットニーヒューストン「ボディガード」
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その他にはREOスピードワゴン、ヒューイルース&ニューズ、シンプリーレッド、リップスプリングフィールド、ハワードジョーンズ、クール&ザ・ギャング、ワム、マドンナ、カルチャークラブ、プリンス、コリーハート、ドンヘンリー、グレンフライ、バングルス、ナック等が活躍しましたが、もうジャケットを飾る余地がないので、名前の羅列だけで勘弁してください。


(左)エアロスミス(個人的には初期のドリームオンのほうが好き)、(右) ヴァンヘイレン♪ジャンプ!
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           (中)キッス「地獄への接吻」、「べス」はバラード調の名曲

産業ロックの面々もさらにPOPに楽しくなってきました。「ロックはビジネスじゃない。反逆心を持て」とか言っても仕方ねーよ。ベトナム戦争も終わって裕福時代の若者にそれを求めるのは無理・・。
80年代ハードロックはヴィジュアル、エンターテイメントに徹しており、それはそれでよいのでは・・。


(左)デュランデュラン「セブンアンドラクドタイガー」  (右)デフレパード「ヒステリア」、実にカッコイイ!c0119160_1173561.jpgc0119160_118554.jpgc0119160_1182329.jpg
       (中)ボンジョビ「ワイルドインザストリーツ」、POPなハードロックは日本でも大人気


80年代はパンクロック・前衛テクノ系も大きな足跡を残し、トーキングヘッズ・ブライアンイーンノなどが活躍。                               
ヘビメタもあまり聴かなかったけれど、デフレパードはいいですね!「ヒステリア」はハードロックのシンプルサウンドに現代テクノロジーを融合させた完成度高い名盤です。(全部シングルにしてもいい位の曲ばかり)
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                       洋楽(ロック・POPS)に魅せられて(その4:最終編)へ続く
                                           

  by rollingwest | 2008-03-18 19:06 | 洋楽(ロック・POPS) | Comments(20)

<2008年3月>洋楽(ロック・POPS)に魅せられて(自分史):(その4:最終編)

↓洋楽(ロック・POPS)に魅せられて(その1)~(その3)から続く

                         洋楽(ロック・POPS)に魅せられて(その1)
                         洋楽(ロック・POPS)に魅せられて(その2)
                         洋楽(ロック・POPS)に魅せられて(その3)



★平成以降(もう、よくわからない・・)

ラップやヒップHOPが主流となると、もう小生は洋楽への興味を殆ど失ってしまいました。
かつて私は日本のロック・POPS(アイドル歌手のイメージ)なんてアホらしくて聴いてられるか~なんて感じでしたが、平成以降はJ-POPの高い音楽性に敬服!洋楽を崇拝・愛聴したのも今は昔。
1990年以降の洋楽で何が名盤だったのか殆どわからない・・・。私には暗黒マダラ模様~な時代。


     (左)ガンズ&ローゼズ「アペタイドフォーディストラクション」       (右)REM「アウトオブタイム」c0119160_21422144.jpgc0119160_21523845.jpgc0119160_2265674.jpg
                    (中)ニルヴァーナ「ネヴァーマインド」

産業ロック風潮に反発するように登場したのがパンク系やオルタナティブと呼ばれるハードロック。
セックスピストルズ、アイアンメイデン、メタリカ等が功績を残したと聞いていますが、小生は当ジャンルに疎くてさらりとジャケットのみ紹介させていただきます。ニルヴァ-ナの「ネバーマインド」は名盤との評判ですね。
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    (左)オアシス「モーニンググローリー」     (右)サンタナ「スーパーナチュラル」、グラミー賞で復活c0119160_21553787.jpgc0119160_21561311.jpgc0119160_21565332.jpg
    (中)レニークラビッツ「自由への疾走」、賛否あるようだけど私は彼のロックは大好き


90年代を代表するバンドは、オアシス、REM、レッドホットチリペッパーズ、レディオヘッド等ですが殆ど聴く機会がなかった。今後トライしてみます。(趣味に合わないかな) ハードロックではガンズ&ローゼズやレニー・クラビッツ(70年代雰囲気が漂う・・)は硬派でなかなかのお気に入りですね!
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コールドプレイは実に素晴らしいバンドです!まだ皆若いのに、こんなにも完成された美しい音で独特世界を表現できるとは!一挙に大ファンとなりました。「パラシューツ」・「静寂の世界」も必聴オススメ!
ザ・ラスマス(フィンランド)も洗練された迫力あるロックサウンドを聴かせてくれてお気に入り!

(左)コールドプレイ「X&Y」、実に素晴らしい名盤(右)イーグルス復活「ロングロート・゙アウトオフ・゙エデン」
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        (中)ベンフォールズ「ロッキン・ザ・サバーブス」、ソロになっての名盤


懐かしいサンタナが2000年に「スーパーナチュラル」を発表しグラミー賞で史上最多9部門制覇のニュース
は実に嬉しいことでした。以前と変わらぬカルロスサンタナの美しいギタープレイは神の技です。
そしてついにイーグルスが新アルバム「ロングロート・゙アウトオブ・エデン」を28年ぶりにリリース(ウエストコーストサウンド雰囲気が充実!(^o^)) ツェッペリンも再結成!今もおじさん達が頑張ってるのが素晴らしい!




★マイ・フェイバリットの名盤 (心に残るアルバム・アーティスト)

最後に、私が大好きな名盤たちを紹介いたしましょう。

最高に崇拝するアルバムは今もイエスの「危機」。これこそプログレロックの金字塔的作品であります。
5年前(在阪時代)イエスが黄金期メンバーでの来日公演。ジョンアンダーソンの澄み切った声、スティーブハウのギター、リックウエイクマンのキーボード。30年前に夢中になったサウンドが当時と違わず再現され大感激!


     (左)私の人生で最高名盤イエス「危機」、(右)ピンクフロイドの中期名盤「原子心母」
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             (中)ムーディブルース「セブンスソジャーン」、人生のベスト3名盤

ムーディブルースの「セブンスソジャーン」は日本で殆ど評価されていないのですが、私の中では名盤中の名盤!美しいメロディ・澄み切った声で連続展開される夢幻の世界!何度聴いても感動しますね。プログレの雄・ピンクフロイドは初期名盤「原子心母」が一番好き。「おせっかい」「ウォール」もGoo!
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大学時代はフリートウッドマックが大好きでした。POPなサウンドにスティービーニックス(女性)の不思議な声がミックスした魅力的なバンド。初期はクリームやジョンメイオール等と並ぶ渋~い白人ブルースだったのだ!

 (左)イーグルス「テスペラード」初期の最高名盤、 (右)アルスチュワート「イヤーオブザキャット」c0119160_6412715.jpgc0119160_642109.jpgc0119160_6431193.jpg
      (中)フリートウッドマック「噂」、白人ブルース゚ファンにとってはPOP路線変更は残念らしい。

アルスチュワートの「イヤーオブザキャット」は超名曲でした!静かな弾き語りから始まり、後半でクライマックスを迎えるサックスと泣きギターのコラボレーション。嗚呼いいねえ・・、青春時代の思い出が鮮明に甦る。


 
(左)ボストン「ドントルックバック)」(最高名盤!) (右)10CC「愛ゆえに」(アイムナット&ピープル~インラブ!)c0119160_6545412.jpgc0119160_6553339.jpgc0119160_6555861.jpg
     (中)アランパーソンズプロジェクト「アイロボット」、一度聴くべし!実に素晴らしい。

アランパーソンズプロジェクトはプロジェクト形式としては世界一売れたバンドです。コンセプトアルバム主体の作品は壮大なスケールとポップで聴きやすいサウンドが表現されています。10CCは名曲「アイムナットインラブ」「ピープルインラブ」が印象的な知的POPデュオ、透明感ある高品質な音を聴かせてくれます。
ボストンはゆっくりじっくりアルバムを完成させるので全作品とも秀逸です。特にこれが大好き!


   (左)イングランドダン&ジョンフォードコリー「秋風の恋」   (右)エリックカルメン「サンライズ」c0119160_6581949.jpgc0119160_6584785.jpgc0119160_6591363.jpg
            (中)アートガーファンクル「ブレイクアェイ」、済んだ声と名曲の数々
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美しいバラードの男性ボーカルはいいですねえ。イングランドダン&ジョンフォードコリーは大学時代に数々のヒット曲が心に刻まれました。そしてエリックカルメン「恋にノータッチ」や「オールバイマイセルフ」(ラフマニノフ協奏曲のモチーフ曲)。失恋した痛手もあり、今も当時のセンチメンタルな気分になりますなあ・・。


 (左)ブレッド「ギターマン」(イフもいい曲だね・・) (右)サイモン&ガーファンクル「明日に架ける橋」c0119160_713749.jpgc0119160_715830.jpgc0119160_722273.jpg
     (中)ニルソン「ウィズアウトユー」、 絶唱!♪アイキャン・リ~ブ、リビンウィズアウチュ~!♪

そして洋楽黎明期(15~17才)の頃は、初期のエルトンジョン、ブレッド、ニルソン(ウィズアウトユーは今もカラオケで絶叫する最も得意曲)に夢中となりました。誰でもそうだと思いますが、やはり思春期の多感な時期に感動した音楽こそが自分の一生で「心に残る思い出の名曲」となるのでしょう・・。
自分にとっては、サイモン&ガーファンクルの「明日に架ける橋」がその象徴曲となっています。
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★おわりに


自分の中での洋楽名盤40年をあらためてレビューしてみましたが、前半20年間(昭和)と後半の20年間(平成)で取り上げたアルバム数の構成比はなんと9割以上が昭和時代のものでした。
当然誰しも青春時代に聴いた名盤が最も心に深く残るものであり、主観的理由が大半と思います。
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しかし以下のような背景もあるからではないでしょうか。(1)やはり1960年後半から1980年にかけてが、ロックが最も進化・発展した歴史的な20年だった。 (2)世の中の文化・価値観が均一に近く(例:紅白歌合戦の視聴率が8割)、皆が同じものを見聴きした強い共有意識 (3)レコード・オーディオは値段が高く、マイアルバムを一度買ったら大事に聴く心構え・入れ込み感を持っていたこと

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今も洋楽カラオケを友達と唄うとき、サビの部分やアレンジの細かいところは自然な感じで曲が湧き出て一緒に唱和することができます。青春時代にレコード針が擦り切れるまでこだわりをもって聴いた名曲は色褪せず体の隅々にまで刻み込まれているからなのでしょう。今後一生ともに・・・。

                                                      おわり
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   長文にわたり、自己満足の世界にお付き合いいただき誠にありがとうございました。

  by rollingwest | 2008-03-17 21:35 | 洋楽(ロック・POPS) | Comments(28)

<2008年2月11日>「ジョンレノン・ミュージアム」を訪ねて 

★はじめに

最近友達と洋楽カラオケにいく機会が増えましたが、歌う曲の大半はやはりビートルズが占めます。
好きな音楽アーティストは人それぞれですが、ビートルズは洋楽世界でのスタンダード、各世代においても共通基盤・ルーツになっています。だからこそ皆にとわに愛され歌い継がれるのでしょう。

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かねてから「ジョンレノンミュージアム」(さいたまスーパーアリーナ内)を訪れてみたいと思っていました。
ビートルズの歌を唄いながら、「一度ここを見学しあの時代をフラッシュバック・レビューしよう」と心に決め、先日行ってきましたので今回紹介いたしましょう。 今年は小生が洋楽を好きになって40年の節目も迎え、ビートルズの歴史を振り返りながら思い出の一端も語ってみたいと思います。

         ビートルズ解散40周年「アビーロードでパロッツ・LIVEを堪能」記事はコチラから



★ジョンレノンミュージアム

「ジョンレノンミュージアム」は、さいたま新都心の中核施設「さいたまスーパーアリーナ」の中に常設されジョンレノン60歳生誕を記念して2000年10月にオープンしました。オノ・ヨーコが正式許諾した世界初のレノン記念館であり130点のジョンゆかりの品々(ギター・眼鏡・衣類等)が展示されています。

   .....エントランスには「ジョンレンノン肖像」のタペストリーが飾られていた。(撮影可)......
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ヨーコは「ビートルズに不協和音をもたらし、解散の原因となった悪女」として非難を浴びましたが、ジョンは彼女を愛し解散後も一緒に諸活動を展開しました。(一部内容には奇行に近いものもあり、ビートルズファンにはヨーコは不人気なようです。小生もヨーコの呻くようなあの曲はチョット勘弁・・) 


.....(左)「さいたまスーパーアリーナ」、大宮駅からはちょっと離れた「さいたま新都心駅」下車.......
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当然展示内容物の殆どは、ヨーコとの共同活動・愛の生活(ビートルズ解散後)が中心でしたが、ビートルズ時代のエピソード・写真や記念品(愛用楽器など)も結構公開されていましたよ。
(ジョンの前妻やその息子ジュリアンレノンの写真も掲載されていたことはチョット驚いたけれど・・。)


      .....(右)受付の横に飾られているジョン&ヨーコの等身大写真(撮影可)....
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ジョン主演の映画「僕の戦争」が存在したこと、ヨーコと一時別居状態にあり麻薬中毒だったこと、反戦活動展開で米国政府から国外退去命令を受け闘争勝利、3年連続(1977-79)で軽井沢来訪・日本各地を巡っていたこと等、意外とジョンについて知らなかったことも多くて勉強になりました。


.....ジョン愛用のピアノ(本当は館内撮影禁止だがこの写真だけは撮ってしまった。ご容赦).....
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名作「ダブルファンタジー」発表後に1980年ジョンが凶弾に倒れてからもう30年近くも経つのですねえ。
それ以来、未亡人ヨーコは「ジョンの肖像」を守り神格化しようと頑張っているような気もします。
再来年はジョンレノン生誕70年、レノン逝去後30年、ビートルズ解散後40年の大きな節目の年。
その時ジョンレノンミュージアムは多くの若者・昔を懐かしむオジサン達で満員になることでしょう。




★ビートルズの歴史① (初期:アイドル時代)

我々の世代は「ビートルズ来日」(1966.6月)が小学生時期だったこともあり、初期全盛期(黄色い声の熱狂コンサート時代)にリアルタイムで夢中になった人は少ないと思います。(私は当時GSに夢中) 我々「ウルトラマン世代」がビートルズを聴き始めたのは、音楽性が完成域に高められた後半期~解散期(1967~1970年)、or各自ソロ出発期(70年初頭)あたりから興味をもった人が大半と思います。
団塊世代の方にとっては、POPなビートルズ前半期こそが熱中した思い出の時期でありましょう。


  ....(左)デビューシングル「ラヴミ-ドゥ」「PSアイラヴユー」....(右).1st.アルバム「プリーズプリーズミー」....
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リヴァプール出身の4人組は1962年10月にデビュー、第2弾シングル「プリーズプリースミー゙」の全英NO1大ヒットを皮切りに、翌年も立て続けにNO1曲を連発し人気を不動のものにします。1964年にはアメリカに上陸して大成功、観客動員・レコード売上も史上空前の記録を次々に塗り替えていきました。

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初の主演映画「ハードデイズナイト」は白黒ながら、ビートルズの日常的な姿を動的に捉えています。
1964年4月「ビルボード」上位5曲が彼らに独占されたというのですから実に驚異的なことですね。


  .....「ア・ハードデイズナイト」 (ビ゙ートルズがやって来る ヤァ!ヤァ!ヤァ!)......c0119160_21364318.jpgc0119160_213786.gifc0119160_21431288.jpg


1965年は主演映画第2弾「ヘルプ!4人はアイドル」で更にトップスターの地位を固めていきます。
マネージャー:ブライアンエプスタインやプロデューサー:ジョージマーティンの名辣腕も大きかったのです。 
この年はエリザベス女王から勲章を授与、「サー」称号も与えられ「英国文化の顔」となりました。


  .......映画「ヘルプ!4人はアイドル」で世界的なスターへ、女王叙勲で一躍名士に昇格...c0119160_21452049.jpgc0119160_21455125.jpg

この頃の曲は演奏公演主体で活動していたこともあり、シンプルでPOPなナンバーが中心です。
最近、ビートルズ再現の「おやじバンド」が多く存在していますが、当時代の数多いヒット曲を懐かしみながら絶叫していることでしょう。(演奏側・観客ともに特に団塊世代の方が多いようですね。)




★ビートルズの歴史② (音楽性の転換~史上最高の名盤登場)

ビートルズがめざす音楽性の転換期は「ラバーソウル」「リヴォルバー」が発表された1966年頃です。
テープを逆回転したり重層的に音を編集したり遊び心で新たな音楽境地を開いていきました。
ジャズ・クラシック・インド音楽への接近、LSD麻薬体験での幻想性やエレクトロ技術を駆使した曲が登場。
傑作名盤「リヴォルバー」の「トゥモローネバーノウズ」はそれを象徴するサイケデリックサウンドの曲でしたね。
ジョンのキリスト冒涜発言を契機に彼らはライブを一切停止、スタジオ編集路線に方向転換します。


.....(左)「ラヴァーソウル」は方向性変化の転機........(右)数々の音楽性を求めた傑作「リヴォルバー」....c0119160_21561355.jpgc0119160_21563269.jpg


そして遂にロック音楽史上で最高傑作のアルバム「サージェント・ペッパーズ・ロンリーハーツ・クラブバンド」が1967年に発表されました。ロックの音楽概念を変えたこのアルバムは世界初のコンセプトアルバムでシングルカットされた曲はゼロですが、当アルバムが存在したからこそ70年代のロック大発展に繋がるのです。
(キングクリムゾン、フー、ピンクフロイド、イエス等のプログレ勢が隆盛した原点はまさにこのコンセプトアルバム!)


.....(左)歴史的名盤「サージェントペッパーズ」..... (右) イント超越瞑想゙の影響を与えたマハリシュ・マヘシュ・ヨギ....c0119160_21574699.jpgc0119160_2158610.jpg


今もカラオケで唄うお気に入りは「ア・デイ・インザ・ライフ」(壮大な名曲)と「ルーシー・インサ・゙スカイ・ウィズザ・ダイヤモンド」(LSDの頭文字と言われる)。この頃は麻薬や幻想的なインド哲学に傾倒していました。
ビートルズに影響を与えたインドの瞑想師ヨギ(仲違いしましたが・・)が今年2月亡くなりましたね。



★ビートルズの歴史③ (名マネージャーの死~分裂への萌芽)

1967年8月、今までビートルズを支えてきた名マネージャー:ブライアンエプスタインが睡眠薬中毒で死去(自殺?)しました。この頃からビートルズは糸の切れた凧の様になっていったといわれます。


....(左)世界初の同時衛星TVで歌った「愛こそはすべて」.... (右) 批判が多い「マジカルミステリーツアー」....c0119160_2254760.jpgc0119160_2261954.jpg


「マジカルミステリーツアー」の映画評は厳しいものがありました。個々をみれば素晴らしい名曲が多くあり悪くないのですが、やはり史上最高名盤「サージェントペッパーズ」の次作アルバムだと期待が大きすぎて辛いものがありますね。 名マネージャーの死→酷評の嵐・・と「泣きっツラに蜂」状態・・。


.....1968年.全米9週連続1位の名曲「ヘイジュード」、1300万枚を販売。(世界歴代4位)...... c0119160_2281742.gifc0119160_2283257.gif



「ヘイジュード」は私が生まれて初めて購入したEPレコード。それ迄ニュース・雑誌で何となく耳にしていたビートルズをこの時、能動的に意識しました。アップルデザインのレコードは印象的でしたが、
エプスタイン亡き後、彼ら独自のレーベルを設立したのです。(リンゴスターがいるからアップルと信じてた。)


 .....(左) 一般評価は意外に厳しい「ホワイトアルバム」....(右)サントラ盤「イエローサブマリン」....c0119160_221058.jpgc0119160_22103246.jpg


ホワイトアルバムは彼ら初の2枚組アルバムでしたが、残念ながら「全体が散漫な印象」と厳しい評価です。グループ゚のまとまりが欠け、勝手気ままに個々の曲を持ち込んでいたことも大きな原因といいます。しかしこの頃からジョージやリンゴも自らの才能・個性を発揮しアピールを始めます。
実に意外なことに、ジョンが「ホワイトアルバムが一番好きだ。」と語っていることをミュージアムの展示で知りました。何故なら「あるがままの姿」だからと解説してあります。「レットイットビー」の心境は・・。




★レノン&マッカートニーの名曲

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ビートルズの数ある名曲は殆どこの2人が作曲しましたが、どちらが書いても「レノン&マッカートニー」の連名と取り決めました。どちらが書いたのかを推測するのもマニアの楽しみの一つとのこと。リードボーカルを取っている方が、作曲の主体者で主導権を握っていることは間違いないようです。
しかし二人の心は徐々に離れていき(ヨーコの出現とともに・・)、末期は「仮面の連名コンビ」状態? 




★ビートルズの歴史④ (最後の閃光、そして解散)

私が洋楽に本格的な興味を持ち始めたのが1970年(中学1年後半)でした。丁度その時ビートルズは解散してしまいました。映画「レットイットビー」を観た時、それがビートルズ終焉の記録映画だったとは認識しておらず、その表面的なカッコよさだけに憧れ夢中になっていました。ビートルズが「再び原点に戻ろう」という「ゲットバック」志向がありそれが挫折してしまったとは露も知らずに。


.....(左)「ゲットバックのライブ」アップル社屋上にて....(右)原点回帰もかなわず「レットイットビー」....c0119160_2222396.jpgc0119160_22222943.jpg

 
ビートルズの実質的なラストアルバムは超名盤「アビーロード」!ビートルズはやはりライブバンドには回帰できず、再びスタジオ編集での最高峰(サージェントペッパーズの再現)を目指すことにしました。ジョンの「カムトゲザー」に始まり、ジョージの名曲「サムシング」「ヒアカムザサン」、リンゴの「マックスウェルズシルバーハンマー」、再びジョンの美しい「ビコーズ」。圧巻はポールの「ゴールデンスランバー」「ジ・エンド」を頂点とするB面の大メドレー! 「サージェントペッパーズ」と双璧をなすビートルズ最後の偉大なる傑作でした。


.....(左)最後の傑作「アピーロード」....(右)数々のアーティスト名盤を生んだ「アビーロードスタジオ」....c0119160_22234628.jpgc0119160_2224492.jpg


私が最も尊敬する名盤「AB.R.」。LPジャッケットの裸足のポールに死亡説が飛び交ったのも懐かしい。1,300万枚を越す超大ヒットとなりましたが彼らの分裂の流れを止めることはできませんでした。
1970年4月、ポールが一方的に「解散宣言」を出して遂にビートルズの歴史は終幕を迎えました。

      

★ソロ活動スタート、各自の活躍

ジョンのソロ第一作はプラスティックオノバンド「ジョンの魂」、母親の愛に飢えていた心情を吐露・「マザー」の曲で幕を開けます。「マインドゲーム」「ハッピークリスマス」等の佳曲もありますが、やはり「イマジン」が最高の名曲ですね。「20世紀最高の歌詞」と呼ばれ、ヨーコの芸術意識の影響を受けたと云われます。


.....(左)ジョンの生んだ永遠の名曲「イマジン」・71年....(右)「マインドゲーム」、ヨーコを描写・73年...c0119160_2332959.jpgc0119160_22384090.jpg


ポールは妻リンダと共にウイングスを結成、世界的なヒット曲「マイラブ」・傑作アルバム「バンドオンザラン」で1970年前半ソロ時代の頂点を極めました。その後、環境保護・社会活動を展開し1997年にエリザベス女王から騎士称号も受けました。1998年に愛妻リンダが癌で他界で失意、2006年に35才年下の美女と再婚しましたが、翌年離婚。08年3月に47億円もの巨額な慰謝料をふんだくられています。スゴイ

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ビートルズ時代最も影の薄かったジョージは、末期・ソロ時代になると俄然才能を発揮し始めます。
名盤「オールシングスマストパス」が絶賛され、世界的な大ヒット「マイスィートロード」(盗作敗訴となりましたが)が生まれます。私のお気に入りは「ギブミーラブ」を収録した「リビング・インザ・マテリアル・ワールド」ですね。
難民救済「バングラデシュコンサート」をEクラプトン、Bディラン、レオンラッセル、リンゴ達とともに成功させました。


 .....(左)ポールウイングス名盤「バンドオンザラン」....(右)リンゴの名盤「センチメンタルジャーニー」....c0119160_22501148.jpgc0119160_22503917.jpgc0119160_2251174.jpg
       .....(中)ジョージの最高傑作「オール・シングス・マストパス」、何と3枚組LPだった。....  

リンゴスターの解散直後の活躍は素晴らしく次々とヒット曲を放ちました。彼のドラム演奏技術評価は結構高いものがあります。初期メンバーのピート・ベストが脱退させられたのも、演奏技術と華があるリンゴが登場したからなのです。ソロ活動時代では、映画俳優や監督での高い評価も受け、その飄々としてほのぼのとしたキャラクターはビートルズ時代から「一服の清涼剤的な存在」でしたね。




★ジョンレノン暗殺、ジョージの死

1980年12月8日、世界に衝撃が走りました。ジョンレノンの暗殺です。狂信的なファンに撃たれてロック界最大のカリスマは40歳の若さでその命を閉じました。一時別居したヨーコとの仲を取り戻し、息子ショーンを授かり主夫をしていたジョンが名盤「ダブルファンタジー」で復活した直後の悪夢・・・。
ヨーコの衝撃は計り知れませんがその悲劇を受け入れ、現在は彼の伝説化に傾注しています。

    .....(左)ジョンの遺作となった「ダブルファンタジー」....(右)ベスト盤「レノン・リジェンド」....c0119160_23325853.jpgc0119160_2301244.jpg

ソロになってから一番生き生きと活躍していたジョージハリスンが、2001年11月癌で亡くなってしまいました。(享年58歳)  余りにも早過ぎる死。(_ _。)   天に召されてからは、シタールを片手にラビシャンカール(インド音楽の師匠)の所へ行ってしまったのかもしれません。
彼のギターもジョージとの死別で悲しみに暮れ、ジェントリーに泣いたことでしょう。



解散30数年を過ぎてから知るビートルズの真実(回想)

「アンソロジー」はビートルズの誕生から解散までを、メンバー自身の回想で綴った映像ストーリー(1996年)です。貴重なフィルム・音源が公開され、時系列でビートルズ真の姿が表現されています。
ここから4半世紀ぶりに彼らの新曲「フリー・アズ・ア・バード」がリリースされて大きな話題となりました。

.....(左)未発表曲「フリー・アズ・ア・バード」が入る「アンソロジー」....(右)魅力的な編集のベスト盤「LOVE」..c0119160_2314362.jpgc0119160_232635.jpg

2006年にはビートルズ楽曲の音源(マスターテープ等)をリミックスしたコラージュ風のアルバム「LOVE」が発売されました。ジョージマーティン(プロデューサー)と息子2人によって創作されたアルバムで一度聴いてすぐに嵌まってしまいました。ビートルズの意志が反映されていないのでこれは亜流だという批判の声もあるようですが、実に素晴らしい編集!新鮮な感覚で聞けるので、是非とも必聴・オススメ!



     
★おわりに

今年2月5日、「レットイットビー」に収められた名曲「アクロスザユニバース」(宇宙横断の意味)が、「NASA」から北極星に向けて発信されたそうです。431光年も遠い北極星への到達は2439年。
壮大なロマンですが、果たして宇宙人には届くのか?そして、その頃地球や人類は一体どんな姿になっているのでしょうか?(地球環境激変で人類が不幸な状態になっていないことを願うばかり)

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未来の地球人・宇宙人に「遙か大昔にこんな素晴らしい音楽があったのか!」と驚かれ、「ビートルズをリアルタイムに体験できた当時の人々は羨ましいなあ・・」と言われれば実に楽しいですね。(笑)
体に染み付いたビートルズの曲は、これからも「インマイライフMusic」であり続けることでしょう。

                                                       おわり

         アーティスト別名盤レビュー「ビートルズ」名盤からのお気に入り曲

         リンク:⇒このHPからビートルズの名曲が聴けます。(アルファベット順に検索)


.....ジョンレノンミュージアムのエントランスは時節によって違う表情・雰囲気で装飾演出される。.....
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PS: 次回は、「洋楽(ロック・POPS)に魅せられて40年」のテーマで、ビートルズ以外の名アーティストや名盤の数々を紹介し、その歴史を振り返ってみたいと思います。

        洋楽(ロックPOPS)に魅せられて40年(その1)
        洋楽(ロックPOPS)に魅せられて40年(その2)
        洋楽(ロックPOPS)に魅せられて40年(その3)
        洋楽(ロックPOPS)に魅せられて40年(その4)

  by rollingwest | 2008-02-19 20:32 | 洋楽(ロック・POPS) | Comments(39)

RW/洋楽コーナー:【My Favorite Songs】INDEX 

RW/洋楽コーナー:【My Favorite Songs】・INDEX各巻の参照は【第〇巻】をクリックして下さい。
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My Favorite Songs【第1巻】
(001):アルスチュワート 「イヤー・オブザ・キャット」 (1976年) (2011.7.9公開)
(002):オーリアンズ 「ダンス・ウィズ・ミー」 (1975年) (2011.7.16公開)
(003):エリックカルメン 「恋にノータッチ」 (1976年) (2011.7.23公開)
(004):エリッククラプトン 「いとしのレイラ」 (1970年) (2011.7.30公開)
(005):ムーディブルース 「新しい地平線」 (1972年) (2011.8.5公開)
(006):イーグルス 「ラストリゾート」 (1976年) (2011.8.13公開)
(007):ビートルズ 「ユー・ネヴァー・ギブ・ヨアマネー」 (1969年) (2011.8.20公開)
(008):ボストン 「宇宙の彼方へ」 (1976年)  (2011.8.27公開)
(009):エルトンジョン 「イエスイッツミー」 (1971年)  (2011.9.3公開)
(010):フリートウッドマック 「ドリームス」 (1977年)  (2011.9.11公開)
(011):シカゴ 「クエスチョンズ67&68」 (1969年)  (2011.9.19公開)
(012):コールドプレイ 「スピードオブサウンド」 (2005年)  (2011.9.28公開)


My Favorite Songs【第2巻】
(013):ジミ・ヘンドリックス 「紫のけむり」 (1967年)  (2011.10.7公開)
(014):シルヴィ・バルタン 「悲しみの兵士」 (1970年)  (2011.10.16公開)
(015):ピンクフロイド 「サマー68」 (1970年)  (2011.10.26公開)
(016):サイモン&ガーファンクル 「サウンドオブサイレンス」 (1965年)  (2011.11.5公開)
(017):アランパーソンズプロジェクト「アイ・インザ・スカイ」(1982年) (2011.11.15公開)
(018):ジョージハリスン「リヴィング・インザ・マテリアルワールド」 (1973年) (2011.11.25公開)
(019):アバ 「悲しきフェルナンド」 (1976年) (2011.12.5公開)
(020):ダンフォーゲルバーグ 「懐しき恋人の歌」 (1981年)  (2011.12.15公開)
(021):ロッドスチュワート 「セイリング」 (1975年)  (2011.12.25公開)
(022):ビートルズの名曲「トップ10ソングス」 (2012年) (2012.1.4公開)


My Favorite Songs【第3巻】
(023):ブレッド 「ギターマン」 (1972年) (2012.1.14公開)
(024):レッドツェッペリン 「サンキュー」 (1968年) (2012.1.24公開)
(025):ビートルズ 「インマイライフ」 (1965年) (2012.2.4公開)
(026):ショッキングブルー「悲しき鉄道員」 (1970年) (2012.2.14公開)
(027):クイーン 「輝ける七つの海」 (1974年)  (2012.2.24公開)
(028):モンキーズ「素敵なバレリ」 (1967年)  (2012.3.4公開)
(029):シンディローパー「タイムアフタータイム」 (1984年)  (2012.3.14公開)
(030):ビートルズ 「サムシング」 (1969年)  (2012.3.25公開)
(031):カーペンターズ 「青春の輝き」 (1976年)  (2012.4.3公開)
(032):レニークラヴィッツ「ロンクンロールイズデッド」 (1995年)  (2012.4.14公開)


My Favorite Songs【第4巻】
(033):ザ・バンド 「ウエイト」 (1969年) (2012.4.24公開)
(034):キャメル 「ブレスレス(神秘の女王)」 (1978年) (2012.5.4公開)
(035):アンドリューゴールド 「ロンリーボーイ」 (1977年) (2012.5.14公開)
(036):ビージーズ「若葉の頃」(First of May) (1969年) (2012.5.26公開)
(037):イエス 「危機」(盛衰:I Get Up I Get Down ) (1972年)  (2012.6.6公開)
(038):10CC 「アイム・ノット・イン・ラヴ」 (1977年)  (2012.6.17公開)
(039):ドンマクリーン 「アメリカンパイ」 (1972年)  (2012.6.28公開)
(040):キングクリムゾン 「21世紀の精神異常者」 (1969年)  (2012.7.10公開)
(041):レオセイヤー 「遥かなる想い」 (1977年)  (2012.7.22公開)


My Favorite Songs【第5巻】
(042):ディープパープル 「ハイウェイスター」 (1972年) (2012.8.2公開)
(043):デビッドボウイ 「スペース・オデティ」 (1969年) (2012.8.15公開)
(044):ブルーススプリングスティーン 「明日なき暴走」(1975年)  (2012.8.26公開)
(045):イングランドダン&ジョンフォードコーリー 「秋風の恋」 (1976年) (2012.9.9公開)
(046):ドゥービーブラザーズ 「チャイナグローブ」 (1973年)  (2012.9.22公開)
(047):ビーチボーズ 「スループ・ジョン・B」 (1966年)  (2012.10.5公開)
(048):リトルリヴァーバンド 「ロンサムルーザー」 (1979年)  (2012.10.19公開)
(049):ニールヤング 「男は女が必要」 (1972年)  (2012.11.3公開)


My Favorite Songs【第6巻】
(050):ローリングストーンズ 「レディジェーン」 (1966年) (2012.11.13公開)
(051):ジュリアンレノン 「ヴァロッテ」 (1984年) (2012.11.26公開)
(052):ニルソン 「ウィズアウトユー」 (1971年) (2012.12.11公開)
(053):ビートルズ 「ゴールデンスランバー、ジ・エンド」 (1969年) (2012.12.24公開)
(054):エレクトリック・ライト・オーケストラ  「エヴィルウーマン」 (1975年) (2013.1.6公開)
(055):クリーム 「ホワイトルーム」 (1968年) (2013.1.19公開)


My Favorite Songs【第7巻】
(056):ダニエルパウター 「ベストオブミー」 (2010年) (2013.2.2公開)
(057):サンタナ 「ブラックマジックウーマン」 (1970年)  (2013.2.16公開)
(058):ラズベリーズ 「明日を生きよう」 (1972年)  (2013.3.3公開)
(059):ジャーニー 「ホィール・インザ・スカイ」   (1978年)  (2013.3.16公開)
(060):CCR 「雨をみたかい」  (1971年)  (2013.3.30公開)
(061):オリビアニュートンジョン「そよ風の誘惑」 (1975年)  (2013.4.11公開)


My Favorite Songs【第8巻】 
(062):マイケルジャクソン 「ベン」   (1972年)  (2013.4.27公開)
(063):エルビスプレスリー 「この胸のときめきを」 (1970年)  (2013.5.11公開)
(064):フォリナー 「ホット・ブラッデッド」 (1978年)  (2013.5.25公開)
(065):アメリカ 「金色の髪の少女」 (1975年)  (2013.6.7公開)
(066):BS&T 「スピニングホイール」 (1969年)  (2013.6.19公開)


My Favorite Songs【第9巻】
(067):スーパートランプ 「ロジカルソング」 (1979年)  (2013.7.1公開)
(068):スリードッグナイト「喜びの世界」 (1970年)  (2013.7.13公開)
(069):ロバータフラック 「やさしく歌って」 (1972年) (2013.7.25公開)
(070):ホール&オーツ 「シーズゴーン」(追憶のメロディ) (1976年) (2013.8.6公開)
(071):マウンテン 「ミシシッピクイーン」 (1971年) (2013.8.18公開)


My Favorite Songs【第10巻】
(072):ニールダイアモンド 「スィートキャロライン」 (1969年) (2013.8.31公開)
(073):ボブシーガー&シルバーバレットバンド 「ナイトムーブス」 (1977年) (2013.9.12公開)
(074):キッス 「ハードラックウーマン」  (1976年) (2013.9.24公開)
(075):キャット・スティーヴンス 「雨にぬれた朝」 (1972年) (2013.10.5公開)
(076):エマーソン・レイク&パーマー 「展覧会の絵」 (1971年) (2013.10.17公開)


My Favorite Songs【第11巻】
(077):トッドラングレン 「ハローイッツミー 」 (1972年) (2013.10.29公開)
(078):ポールマッカートニー&ウイングス 「ジュニアズファーム」 (1974年) (2013.11.10公開)
(079):ボブ・ディラン 「ライク・ア・ローリングストーン」 (1965年) (2013.11.22公開)
(080):ミッシェルポルナレフ 「シェリーに口づけ」 (1971年) (2013.12.4公開)


My Favorite Songs【第12巻】
(081):ブライアンアダムス「ヘブン」 (1984年) (2013.12.16公開)
(082):ベンフォールズ 「アニー・ウエイツ」 (2001年)  (20013.12.27公開)
(083):ローリングストーンズ 「ラフ・ジャスティス」 (2005年)  (20014.1.8公開)
(084):セリーヌ・ディオン 「哀しみのハートビート」 (1990年) (2014.1.20公開) 
(085):CSN&Y 「オハイオ」 (1970年) (2014.2.1公開)


My Favorite Songs【第13巻】
(086):スティーリーダン」:「リキの電話番号」 (1974年) (2014.2.13公開)
(087):ケニー・ロジャース:「ギャンブラー」 (1977年) (2014.2.25公開)
(088):カンサス 「すべては風の中に」 (1977年) (2014.3.9公開)
(089):キャロルキング 「君の友達」(You've Got A Friend)(1971年) (2014.3.21公開)
(090):バッド・カンパニー 「キャントゲットイナフ」 (1974年) (2014.4.2公開)


My Favorite Songs【第14巻】
(091):アートガーファンクル 「永遠の想い」 (1975年) (2014.4.14公開)
(092):マンフレッド・マンズ・アースバンド 「光に目も眩み」 (1976年) (2014.4.26公開)
(093):T-REX 「20センチュリーボーイ」 (1973年) (2014.5.8公開)
(094):スティックス 「永遠への航海」 (1977年) (2014.5.20公開)
(095):コモドアーズ 「アイムイージー」 (1977年) (2014.6.1公開)


My Favorite Songs【第15巻】
(096):ビリ―ジョエル 「イタリアンレストランで」 (1977年) (2014.6.13公開)
(097):ユーライアヒープ 「7月の朝」 (1972年) (2014.6.25公開) 
(098):ジムクロウチ 「アイガッタネーム」 (1973年) (2014.7.10公開)
(099):クリストファー・クロス 「セイリング」 (1980年) (2014.7.23公開)
(100):エルトンジョン 「ホリディイン」  (1971年)   (2011.8.7公開)


My Favorite Songs【第16巻】
(101):ハート 「バラクーダ」 (1977年) (2014.8.18公開)
(102):グレンキャンベル 「ラインストーン・カウボーイ」 (1975年) (2014.8.31公開)
(103):ラーセンフェイトンバンド 「今夜はきまぐれ」 (1980年) (2014.9.13公開)
(104):グランドファンクレイルロード 「アメリカンバンド」 (1973年) (2014.9.25公開)
(105):ニッティ・グリティ・ダートバンド 「ミスター・ボージャングルズ」 (1970年) (2014.10.8公開)


My Favorite Songs【第17巻】
(106):ヴィグラス&オズボーン 「秋はひとりぼっち」 (1972年) (2014.10.20公開)
(107):シン・リジィ 「ヤツらは街へ」 (1976年) (2014.11.1公開)
(108):エアサプライ 「オール・アウト・ラブ」 (1980年) (2014.11.13公開)
(109):リンダ・ロンシュタット 「ブルーバイユー」 (1977年) (2014.11.25公開)


My Favorite Songs【第18巻】
(110):シカゴ 「流血の日」(someday) (1969 年) (2014.12.6公開)
(111):ギルバートオサリバン 「クレア」 (1971年) (2014.12.17公開)
(112):サラブライトマン 「クエスチョンズオブオナー」 (1995年) (2014.12.28公開)
(113):ピンクフロイド 「エコーズ」(PART-1) (1971年) (2015.1.9公開)


My Favorite Songs【第19巻】
(114)ティアーズ・フォー・フィアーズ 「シーズ・オブ・ラブ」 (1989年) (2015.1.21公開)
(115)レターメン 「ラブ」 (1971年) (2015.2.4公開)
(116)チープトリック 「永遠のラブソング」 (1982年) (2015.2.17公開)
(117)リンゴスター 「想い出のフォトグラフ」 (1973年) (2015.3.2公開)


My Favorite Songs【第20巻】
(118)レディ・アンテベラム 「ニードユーナウ」 (2009年) (2015.3.15公開)
(119)ピ-ターフランプトン 「アイム・イン・ユー」 (1977年) (2015.3.29公開)
(120)ジェリー・ウォレス 「男の世界」 (1970年) (2015.4.11公開)
(121)テイラー・スウィフト 「チェンジ」 (2008年) (2015.4.27公開)
(122)レーナード・スキナード 「フリーバード」 (1973年) (2015.5.12公開)


My Favorite Songs【第21巻】
(123)ブレッド 「灰色の朝」 (1969年) (2015.5.27公開)
(124)ハーブ・アルパート 「ビタースイートサンバ」 (1965年) (2015.6.10公開)
(125)ウイッシュボーン・アッシュ 「戦士(Warrior)」 (1972年) (2015.6.25公開)
(126)バリー・マニロウ 「哀しみのマンディ」 (1975年) (2015.7.15公開)


My Favorite Songs【第22巻】
(127)スティービー・ワンダー 「迷信」(superstition) (1972年) (2015.7.23公開)
(128)ロギンス&メッシーナ 「川の流れのように」 (1974年) (2015.8.6公開)
(129)スティーブミラーバンド 「ロックンミー」 (1976年) (2015.8.20公開)
(130)ジョン・デンバー 「緑の風のアニー」 (1974年) (2015.9.3公開)


My Favorite Songs【第23巻】
(131)アデル 「サムワン・ライクユー」 (2011年) (2015.9.17公開)
(132)TOTO 「ホールドザライン」 (1978年) (2015.10.5公開)
(133)ビートルズ 「ノルウェイの森」  (1965年) (2015.10.21公開)
(134)イエス 「ラウンドアバウト」 (1971年) (2015.11.6公開)


My Favorite Songs【第24巻】
(135)ジョーコッカー 「美しすぎて」(You Are So Beautiful) (1975年) (2015.11.21公開)
(136)クイーン 「ボヘミアン・ラプソディ」 (1975年) (2015.12.7公開)
(137)USAフォー・アフリカ 「ウィ・アー・ザ・ワールド」 (1985年) (2015.12.7公開)
(138)ビートルズ 「ロックンロール・ミュージック」 (1965年) (2015.1.9公開)


My Favorite Songs【第25巻】
(139)デビッドボウイ 「ラザロス」 (2016年) (2016.1.24公開)
(140)イーグルス 「テイクイットイージー」 (1972年) (2016.2.9公開)
(141)ボブ・ウエルチ 「悲しい女」(Sentimental Lady) (1977年) (2016.2.24公開)
(142)アース・ウィンド&ファイアー 「宇宙のファンタジー」 (1977年) (2016.3.8公開)


My Favorite Songs【第26巻】
(143)アルバートハモンド 「カリフォルニアの青い空」 (1973年) (2016.3.27公開)
(144)アトランタ・リズムセクション 「ソー・イントゥ・ユー」 (1977年) (2016.4.11公開)
(145)カーペンターズ 「遥かなる影」(Close To You) (1970年) (2016.4.25公開)
(146)レオンラッセル 「ソング・フォーユー」 (1972年) (2016.5.9公開)


My Favorite Songs【第27巻】
(147)デフレパード 「ヒステリア」 (1987年) (2016.5.24公開)
(148)バーブラ・ストライザンド 「追憶」(The way we were) (1974年) (2016.6.8公開)
(149)ビートルズ 「フォーノーワン」(名盤リヴォルバー50周年特集) (1966年) (2016.6.23公開)
(150)バッドフィンガー 「嵐の恋」 (1970年) (2016.7.8公開)


My Favorite Songs【第28巻】
(151)マービンゲイ 「ホワッツ・ゴーイン・オン」 (1971年) (2016.7.24公開)
(152)レッドツェッペリン 「胸いっぱいの愛を」 (1969年) (2016.8.9公開)
(153)オーリアンズ 「友よ再び」 (1979年) (2016.8.25公開)
(154)リン・アンダーソン 「 ローズガーデン」 (1970年) (2016.9.8公開)


My Favorite Songs【第29巻】
(155)パット・ベネター 「ウィ・ビロング」 (1984年) (2016.9.23公開)
(156) プロコルハルム 「青い影」 (1967年) (2016.10.8公開)
(157)ポール・デイビス 「アイゴー・クレイジー」 (1977年) (2016.10.23公開)
(158)ハンブルパイ 「ほら穴の30日」 (1972年) (2016.11.8公開)


My Favorite Songs【第30巻】
(159)フリートウッドマック 「リアノン」 (1975年) (2016.11.23公開)
(160)サイモン&ガーファンクル 「冬の散歩道」 (1968年) (2016.12.8公開)
(161)ビートルズ 「エリナーリグビー」(ジョージマーチン哀悼) (1966年) (2016.12.24公開)


My Favorite Songs【第31巻】
(162)Dボウイ&Mジャガー 「ダンス・イン・ザ・ストリート」 (1985年) (2017.1.8公開)
(163)イーグルス 「いつわりの瞳」 (1975年) (2017.1.24公開)
(164)エイジア 「ヒート・オブザ・モーメント」 (1982年) (2017.2.11公開)


My Favorite Songs【第32巻】
(165)アリス・クーパー 「ユー・アンド・ミー」 (1977年) (2017.2.25公開)
(166)クリスタルゲイル 「瞳のささやき」 (1977年) (2017.3.12公開)
(167)ランディ・ヴァンウォーマー 「アメリカン・モーニング」 (1979年) (2017.3.28公開)


My Favorite Songs【第33巻】
(168)ピンクフロイド 「夢に消えるジュリア」 (1968年) (2017.4.15公開)
(169)J・ ガイルズ・バンド 「堕ちた天使」 (1982年) (2017.5.1公開)
(170)ビートルズ「サージェント・ペパーズ・ロンリーハーツ・クラブバンド」 (1967年)(2017.5.17公開)





My Favorite Songs【Pre Stock】

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  by rollingwest | 2007-01-01 00:01 | 洋楽(ロック・POPS)

「My Favorite Songs」(第33巻)

【My Favorite Songs】の過去紹介した記事一覧(INDEX)はコチラから
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★(170)ビートルズ 「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」 (1967年) (2017.5.17公開)



c0119160_20150173.jpg2年前からビートルズ中期以降名盤の50周年特集記事をスタートさせました。2015年10月に「ラバーソウル50周年」、 2016年1月は来日50周年特集として「武道館コンサート演奏11曲」、そして2016年6月は「リヴォルバー50周年」の名曲レビューを公開してきましたが、今年5月末はいよいよビートルズの最高傑作と呼ばれる「サージェント・ペパーズ・ロンリーハーツ・クラブバンド50周年」の執筆を迎える時期となりました。さて・・冒頭曲は何をチョイスしようかと迷っていましたが、5月26日発売の「サージェント・ペパー50周年記念エディション」(34曲以上の未発表音源も収録された2枚組)の豪華プロモーションビデオを発見!名盤主要曲のエッセンスが短く効果的に折り込まれており、これを採用することにしました。偉大なるビートルズが50年前に世界を驚嘆させた名盤「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」(1967.6.1発売)、この想像力に富んだコンセプトアルバムが後進の著名バンド達に与えた影響・偉大な功績は本当に計りしれません。ロック史に輝く金字塔が発売50年を迎えて名曲の数々ををあらためてレビューしたいと思います。まず最初は、ビートルズのトリビュートバンド世界NO.1と評価される「ザ・ファブ・フォー」(The Fab Four)が演奏する「サージェント・ペッパーズ・ロンリーハーツ・クラブバンド」~「ウィズ・ア・リトル・ヘルプ・マイフレンズ」の連続曲画像を紹介します。本物のビートルズじゃないのにRWはこのユーチューブに大感動!実際のアルバム冒頭を飾るバンドデビュー曲(ペパーズクラブの観衆にお披露目)が見事に忠実再現されているではないか~!演奏曲もサイケデリック衣装もまさに本物そっくり!2曲目はリンゴのボーカルと3人のコーラスも実にいい感じ!ビートルズ自体がこの時期はライブ活動を封印していたのでまさかこんな映像が見られるとは思いませんでした。本当に素晴らし過ぎるお宝物映像です!次はエルトンジョンも歌った「ルーシー・インザスカイ・ウィズ・ダイアモンズ」、実際のアルバム曲とは微妙にアレンジが違いますがLSD体験曲とも呼ばれる不思議な世界が見事に映像で再現されています。宇宙へ浮遊するトリップ路線曲は後続サイケデリックバンドに影響を与え、やがてピンクフロイドなどのプログレシッブロックバンド発展への道を開いて行きました。続くはポールマッカートニー(先月5度目の来日)がソロで歌いあげる「ゲッティング・ベター」、このお方のお元気さは本当に目を見張るばかり・・!ミックジャガーと一緒に喜寿・傘寿まで頑張っていそうな両巨頭です!続くはRWが本アルバムでの最大美曲と称賛する「シーズ・リヴィング・ホーム」・・、もしシングルカットされていれば「イエスタディ」「エリナーリグビー」に匹敵する名バラードとして評価されていただろうに・・。「ウィズイン・ユー・ウィズアウト・ユー」はインド音楽と融合したジョージハリスンの最大象徴曲(シタールとタブラが織りなす妖しい雰囲気)です。ポールがリードボーカルをとる「ラヴリー・リタ」は女性の交通取締官(メーター・メイド)と引っかけて歌うお茶目曲。RWが洋楽に嵌ったのは1969~1970年(ビートルズ解散の年)であり映画「レットイットビー」が公開された時期でした。我々はビートルズが世界を席巻したリアルタイム熱狂期には数年遅れていますが、彼らの解散でビートルズ最後のブームに直面した世代です。1970年を基点とした前後の数年間に青春時代を迎えリアルタイムで日々ロックの進歩に興奮し体感できた幸せなジェネレーションだと感謝しています。この時代こそ、ロック歴史において最も進化発展した時代だったのです。そしてフィナーレは・・、やはりサージェント・ペパーズの有終の美を飾る壮大なるコンセプト名曲「ア・デイ・インザ・ライフ」で締めるしかありません。ポールとジョンが織りなす壮大なるドラマチックな展開曲、その重層的に織りなされたスケール・高揚感、何度聴いても飽きることはありません!洋楽カラオケでは、アビーロードB面メドレーと並びRWのアドレナリンが出まくる最も興奮する永遠の名曲・・!「サージェント・ペッパーズ・ロンリーハーツ・クラブバンド」・・、これからも生涯聴き続けるであろうロック史の金字塔名曲、50年目にしても全く色褪せていないなあ・・とあらためて感動します。
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⇒次回は、1970代の黒人ファンクバンド「クール&ザ・ギャング」が1980年代に放ったバラード美曲「チェリッシュ」(1985)をお送りします。♪\(^◇^)/♪







★(169)J・ ガイルズ・バンド 「堕ちた天使」 (1982年) (2017.5.1公開)



c0119160_10530706.jpg今回の記事、当初は昨年亡くなったプリンスの一周忌・追想特集(代表曲:パープルレイン・1984)を予定していたのですが、ユーチューブの公開制限(著作権申し立て)が厳しくて名曲を殆どチョイスすることができず記事作成をついに諦めました。そんな折、先月J・ガイルズの訃報(享年71歳)を知り、急遽予定を変更して1980年前後に活躍したJ・ガイルズ・バンドの名曲特集に切り替えたいと思います。冒頭曲は何と言っても彼らの代表曲「堕ちた天使」(Centerfold)、全米1位を記録した定番の有名曲なのでこれは外せないでしょうね~!「ナ・ナ~ナ・ナナナ、ナナナ~ナナナ、ナナ~ナ!」と能天気チックでおとぼけ調のサビ部分は日本国内でもTVCMに何度も使われておりサブミリナル効果で皆様の脳裏に刻まれている曲だと思います。歌詞をみると昔学生時代に憧れていた同級生がエロ本のヌードを晒しているのを発見し「俺の天使が堕落した・・(†∩†)う゛ぅ」と嘆く内容らしい。(苦笑) その次に有名なヒット曲は「ラブスティンクス」(1980)ですかね~!こちらは迫力あるサウンドで正統派ロックをやっております。両曲が全米大ヒットを放つまで、日本において彼らは全く無視されていた感がありますが、RWにとってはJ・ガイルズ・バンドに夢中になった象徴曲はイントロが実にカッコよく乗りいいリズムの名曲「ワンラストキッス」(1978)でした。当時は大学3年生、アメリカンTOP40曲を流し続けるFENラジオに齧りついてこのカッコいいナンバーを毎日聴きまくっていたものだなあ・・。J・ガイルズ・バンドは米国ボストンで1967年に結成されたブルースロックをメイン演奏するライブバンドでしたが長らく芽が出ず、1975年に「マスタ・ガット・ロスト」(1975)が全米ヒットとなり漸く世に知られる存在となりました。RWはこの頃の70年代サウンドが一番好きですね~!このバンドの売りといえば、饒舌なピーター・ウルフのロック魂溢れるヴォーカル、マジック・ディックの豪快なブルース・ハープ、後期のバンドの音を支配したセス・ジャストマンのキーボード・・・ですが、リーダーであるはずのJ・ガイルズの名前は殆ど出てこず目立たない存在でした。70年代は目立ったヒットは少なかったですが、80年代に入ると乗りのいいPOPなロックナンバー「ジャスト・キャント・ウェイト」(1980)や彼らの代表曲の一つ「カムバック」(1980)でヒットチャートを賑わしていきました。そして1982年は彼らの頂点を極める時代へ!冒頭紹介した「堕ちた天使」が6週間連続全米NO1を達成し、オールディズな雰囲気なアップテンポの楽しいナンバー「アイ・ドゥ」(1982)やMTV映像で楽しくPRした「フリーズ・フレイム」(1982)と次々にヒット曲を放っていました。派手なギターがベースなのは変わらなくても、シンセサイザーが前面に出ることが多くなり、サウンドの印象は大きく変わったことに、R&B色の濃いロックンロールサウンドを愛する古くからのファンからは反発を呼びました。まあ1980年代って、売れてナンボ・・音楽スタイルの変化は当然の時代だからしかたがないか・・(苦笑) その後は低迷期に入り2000年以降に再結成してライブ活動が再開されましたが、J・ガイルズと他メンバーとの確執が生じ、ガイルズから「自分の名前が付いたバンド名を使用するな」と訴訟対立の事態になってたいたとは意外なことでした。そんな仲違いをしたままだったピーター・ウルフは訃報を聞いた4月13日、「俺らが最高潮になって満場をうならせたあの時期を思い出している。J・ガイルズよ、永遠に・・」とフェイスブックで追悼しており、和解しあいたかった後悔の念もあったのでしょう・・。最後の締め曲は、「悲しみのエンジェル」(1981)・・、全米40位に輝いた名バラード曲は実に素晴しい!コーラスやブラス・セクションをバックにピーター・ウルフがソウルフルに美しいメロディー曲を歌い上げています。冒頭が「墜ちた天使」で始まったので最後は「悲しみのエンジェル」で締めることにします。哀悼、J・ガイルズ殿・・(合掌)






★(168)ピンクフロイド 「夢に消えるジュリア」 (1968年) (2017.4.15公開)



c0119160_7401522.jpg今年はピンクフロイド結成50周年!1970年初頭のプログレシッブロックに嵌っていたRWは、70年代の歴史的名盤「原子心母」(1970)と、長大な代表曲「エコーズ」が展開される最高作「おせっかい」(1971)を過去2回レポートしてきましたが、今回は彼らの原点・サイケな初期(結成直後)のピンクフロイド(1960年代)の名曲を満載紹介したいと思います!上記掲載の「夢に消えるジュリア」(1968)は、ピンク・フロイドの初来日(1971年・箱根LIVE等)に併せて来日記念盤としてリリースされました。その前年(1970年)「原子心母」(Atom Heart Mother)が大ヒットし一躍「プログレ・ロックの寵児」として世界にブレイクした彼らは、これ以上ない絶妙なタイミングで初来日し、一挙に日本でも大人気を博したのです。神秘・夢幻なムードを持つこの曲は大ヒットし深夜ラジオで毎日のように流れていたことが懐かしい・・。ちなみにシングルB面は小生が最も愛する隠れた名曲「サマー68」(原子心母の収録曲、牧歌的かつ壮大な展開)で、ステレオ針が擦り切れるほどEPレコードを聴いていたものです。プログレロックの代表格・四天王と称賛されるピンクフロイドですが、初期はサイケデリックバンドでした。彼らは「アーノールド・レイン」(1967)のシングルヒットで颯爽とデビュー、そして2枚目のシングル「シー・エミリー・プレイ」(1967)が全英6位に登場し一躍「サイケ先進バンド」としてロックシーンに知られる存在となったのです。同年、1st・アルバム「夜明けの口笛吹き」を発表、その第1曲は「天の支配」(Astronomy Domine)(1967)、幻想的なギタープレイを絡めた独特の浮遊感でアルバムお披露目を果たしています。「バイク」(1967)はアップテンポのボーカルで始まり、振り子時計ワールドが奏でられるサイケミュージック。「星空のドライブ」(1967)はLSDで宇宙トリップ体験するようなスケールの大きいインストゥルメンタル曲です。当時のリーダーは狂気の天才シド・バレット、彼はビートルズ「サージェントペッパーズ」(同年発表されたロック史に輝く金字塔名盤)に大いに影響を受け初期ピンクフロイドを牽引し、当時はシドのワンマン・バンドとしてサイケサウンド曲が満載だったことがよく解ります。しかしシドは過度のLSD摂取によって奇行が目立ちバンド活動に支障をきたし始めたため、翌1968年にデイヴ・ギルモアが彼の役割を補う形で加入し一時的にフロイドは5人編成となりました。シドの薬物中毒は重症であり1968年3月にバンドを脱退、ついに狂人と化してしまいました。ロジャー・ウォーターズ、リック・ライト、ニック・メイスン、デイヴ・ギルモアの4人で再出発したピンクフロイドはサイケデリック・ロックから脱却し、2nd盤「神秘」ではより独創性の高い音楽を目指す方針転換を目指します。「ユージン斧に気をつけろ」(1968)が収められた「ウマグマ」(1969)は相当難解な印象を受けますが、浮遊感・倦怠感・幻想的なサウンドへトライしている姿勢が窺えます。ピンクフロイドは常に中期ビートルズを意識し憧れ成長変化を重ねていったバンドなのかもしれません。「ポイント・ミー・アット・ザ・スカイ」(1968)は、ビートルズの「ルーシー・イン・ザ・スカイ」(SGTペッパーズ収録)を疑似した様なサイケデリックを受け継いだ隠れたお宝物曲です。最後は、デイブ・ギルモアが奏でる2nd盤「神秘」からの壮大名曲「追想」(remember a day)(1968)で初期ピンクフロイド特集記事を締めたいと思います。



 

  by rollingwest | 2003-09-01 00:00 | 洋楽(ロック・POPS) | Comments(135)

「My Favorite Songs」(第32巻)

【My Favorite Songs】の過去紹介した記事一覧(INDEX)はコチラから
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★(167)ランディ・ヴァンウォーマー 「アメリカン・モーニング」 (1979年) (2017.3.28公開)



c0119160_22313278.jpg1980年前後にかけて、多くの人達に親しまれた癒し声のシンガー・ソングライターランディ・ヴァンウォーマー」・・・、「名は体を表す」の言葉通り、音楽を愛する人達の心を暖かく包んでくれました。彼の名前を今や殆ど知られてはいませんが、冒頭掲載の「アメリカン・モーニング」(Just When I Needed You Most)を聴けば、「あっこの曲か~!」と40代後半以上の方ならば多くの方が知っている名曲だと思います。全米チャート4位の大ヒット、そして、日本では何度もTVのCM曲(トヨタやヤマハ等)に採用されておりサブミリナル効果的に多くの人々の脳裏に刻まれているはず・・。邦題はなぜか「アメリカの朝」と命名されており、その語感からはコーヒーの香り漂う爽やか朝風景をイメージしてしまいますが、実際の歌詞は愛する男に捨てられた女の失恋歌です。改めて聴いてみると、未練が漂う恋人を慕う心情が、清廉曲で一層切々と訴えかけてくるような気がするネ~。ランディの歌には捨て曲が殆どありません。美しいピアノとバラードで癒される「ヨア・ライト」(1979)は月の光も太陽の光も君には敵わないと多幸感溢れる恋の歌、切なくなる程メロディアスな「The One Who Loves You」(1979)も聴けば一遍に心が暖かくなるばかり!AORアーティストに括られていますが、カントリーテイストを感じるのも彼がロッキー山脈の麓(コロラド州)に生まれたからなのでしょうか。12歳で父親を交通事故で亡くし15歳で英国へ移住、少年時代から音楽活動をスタートさせても芽が出ずに1978年ニューヨークへ移住。苦労を重ねた末に24歳でようやくアルバム「Warmer」(1979)でデビューにこぎつけました。そして「アメリカンモ-ニング」はデビューアルバムを含めて予想もしなかった英米での大ヒットを記録し一挙世界的なブレイクを果たしてしまったのです。美しいバラードだけではなく、「Losing Out on Love」(1979)のようなPOPで明るいナンバーや、溌剌さを感じさせるAORナンバー「フォーエバー・ラヴィン・ユー」(1979)や、「愛のシャワー」(Whatever You Decide) (1980)も名曲!また、宇宙をモチーフにした「テラフォーム」(1980)は壮大な組曲となっており、このアルバムも彼の隠れた必聴のお宝物名盤。彼の曲は爽やか系・軟弱系の曲ばかりと思いきや、ポリスみたいな雰囲気を感じさせる「彼女はスージー」(1981)のような異色のお洒落曲もあり彼の音楽性の幅広さを感じます。ちなみにスージーとは彼の妻歌った曲、彼は愛妻家としても知られ家族を大切にしたいい夫であり父親だったそうです。しかし無念にも2003年に白血病を病むこととなり、その1年後に48歳の若さで亡くなってしまいました。ランデ・ヴァンウォーマーの遺した爽やかで暖かき名曲の数々は名前の通り「Warmer」でした・・。透明感溢れるミディアム・バラード・ナンバーは永遠に我々の心に暖かく刻まれ続けます。最後は、さらに彼の代表曲「コール・ミー」(1979)を聴いてお別れとしましょう。



⇒次回は、ピンクフロイドのデビュー50周年を記念して初期の名曲「夢に消えるジュリア」(1968)をお送りします。♪\(^◇^)/♪





★(166)クリスタルゲイル 「瞳のささやき」 (1977年) (2017.3.12公開)



c0119160_21563629.jpg今回はいつもと趣を変えて1970年代の歌姫「クリスタル・ゲイル」を紹介したいと思います。今は殆ど知られていない女性歌手ですが、1970年代ラジオで洋楽に耳を傾けていた方には懐かしい名前かな・・。デビュー時の音楽路線は「ポップ・カントリー」のジャンル、例えばリンアンダーソン(ローズガーデンが名曲)や初期オリビアニュートンジョンと同じ様な存在だったのかもしれません。最大ヒットした上記の代表曲「瞳のささやき」(1977・全米カントリーNO1)では透き通ったボーカルとジャジーなピアノ、色っぽいスローバラードを憂いを込めて歌い上げているので、当時はクロスオーバー風なジャスシンガーの人だと思っていました。「貴方が去ってしまうと、私の茶色い瞳は悲しみのブルー色に染まってしまう・・」という内容の魅力的な哀愁歌・・。彼女がカントリ-の女王ロレッタ・ リンの妹であることやデビュー曲「アイブ・クライド」(1970)を聴けばわかる通り、初期の頃は完全にカントリー歌手カテゴリーで括られていました。しかし1970年代半ばに入ると「愛の帰り道」(1977)など、カントリー色・ほのぼの調を残しながらも徐々に垢抜けた曲調が見え始めています。彼女が音楽路線を転換させようとしている意志がさりげなく出ている雰囲気・・。名曲「瞳のささやき」も含めた最大名盤「水晶の恋人」は1978年グラミー賞カントリー女性ボーカル部門を受賞(当該部門で初のプラチナレコード獲得)となり、ついに世界的なブレイクを果たすことになりました。アメリカンTOP40を愛聴するPOPS路線愛好家(RWはその一人)にもあまねく知られる存在になったのはこの頃です。「涙のセレナーデ」(1978)は完全に洗練された大人のバラード曲「夢のひととき」(1978)のLIVE映像を見るとストリングスを導入しており音楽の幅を広げていることがよく解ります。もう一つ彼女が独自性をアピールしているのは容姿!後ろ髪の異常な長さはまるで平安時代の和歌美人の如し・・!「春風のプレリュード」(1978)のユーチューブ映像でその長い髪オバ様のお姿が御覧になれます。70年代最後は「ハーフ・ザ・ウェイ」(1979)が全米15位でヒット!「途中で終わりってのはやめてね、最後までお願い」なんて意味深ながらも爽やかな名曲が印象に残っているなあ・・。1980年代に入ると彼女はさらに交流を広げてエディ・ラビ ットとのデュエット曲ユ-・アンド・アイ」(1983)で全米7位(4周間連続)という復活を成し遂げました。カントリー歌手から華麗なるトップスターへの転進はオリビアニュートンジョンやテイラースイフトと同じ道を辿ったパターンの一つかな・・。






★(165)アリス・クーパー 「ユー・アンド・ミー」 (1977年) (2017.2.26公開)



c0119160_13534022.jpg1970年代初頭、デビッドボウイは中性的雰囲気と奇抜な姿でグラムロックの旗手としてT-REXマークボランと人気を2分していました。グラムロックのカテゴリー分けは音楽性というよりもその外観にあり、ケバいメイクとド派手衣装で刺激的に演奏するビジュアル重視のロックバンドの先鞭的な位置にあったといえましょう。追随する多くのバンドがありましたが、その中で最も衝撃的で毒々しい存在がアリス・クーパー」だったような気がします。ボウイやロキシーミュージックが官能的な姿だったのに対して、アリス・クーパーは大蛇を首に巻いてド派手なグロテスク・メイクのヘビー(蛇~)なロックを演出、当時大ヒットした「スクールズ・アウト」(1972)のサウンドとギロチン・パフォーマンスを行う姿に大衝撃を受けたものです。1969年デビュー、やや渋めの本格ロック曲「エイティーン」(1971)がヒットし、続く「スクールズ・アウト」が世界的にブレイク!さらに6枚目の最高傑作「ビリオンダラー・ベイビーズ」(1973)はゴールドディスクに輝き、その実力が大いに評価される存在となりました。この中からは「アリスは大統領」(1973)をチョイスしましょう。そんな毒々しかった彼が1970年代中盤になると突然大変身・・、美しいバラード路線に転換したのです!「アイ・ネバー・クライ」(1976)を初めて聴いた時、「こ・こ・これがあのアリス・クーパーか~!?」と本当に驚いたものです。そして冒頭に紹介した「ユー・アンド・ミー」(1977)とLASTに紹介する「時が流れても」(1977)と三大美曲を立て続けにヒットさせて復活を遂げ、RWは新しい彼の魅力を再発見し嬉しかったなあ・・!メロディ重視のデイヴィッド・フォスターとタッグを組んだ「閉ざされた世界」もリリースしていく路線転換の時代でした。アリス・クーパーの名は、可愛らしい女子の名前を付けることで実際の音楽・ビジュアルでギャップを狙ったとのことですが、彼は世間を驚かせるような変身が大好きなのかも・・。その後1980年に入ると低迷期に入りますが、今度は1986年映画「13日の金曜日ジェイソン」の主題曲「ヒー・イズ・バック」でまたまた復活したのです。ショック・ロック元祖としてホラーな初期時代のイメージがうまく映画と一致したんだろうなあ・・。その後は、「ポイズン」(1989)や「トラッシュ」(1989)などの本格的なアメリカン・ハードロックバンドの王道を走り、キッスやエアロスミス、ボンジョビ、ガンズ・アンド・ローゼズ等と並ぶロックバンドの重鎮として2011年にロック殿堂入りしています。キワモノ路線(第1期)からバラード路線(第2期)に変身し、アメリカンハードロックバンド(第3期)へと変遷・・、時代の流れを先読みしながら生き抜いていった点はデビッド・ボウイと通じるものがあるような気がします。LAST締め曲は、小生が大好きなアリス三大美曲の一つ「時が流れても」(How You Gonna See Me Now)(1977)で締めることにいたしましょう。

  by rollingwest | 2003-08-01 00:00 | 洋楽(ロック・POPS) | Comments(130)

「My Favorite Songs」(第31巻)

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★(164)エイジア 「ヒート・オブザ・モーメント」 (1982年) (2017.2.11公開)


         
c0119160_21492487.jpgロック界大物スター2017年訃報の第1弾は、1月末のジョン・ウェットン(67歳・元キング・クリムゾン)、そしてその1ケ月前(昨年12月)にはグレッグレイク(69歳・元 EL&P)が亡くなっています。この2人に共通するのは①英国プログレシッブロック(1970年初頭に世界席巻した先進ロック)の雄であったこと。②さらに10年後にプログレの大御所ミュージシャン達で結成された「エイジア」のボーカリストだったことです。こんな深い縁ある大物が一遍に2人も天に召されてしまったとは・・、こうなればスーパーグループ「エイジア」の衝撃的なデビューアルバム『Asia(詠時感?時へのロマン)』の全曲を紹介するしかありません!9週連続全米NO.1で1500万枚セールスを達成したこのモンスターアルバムは「プログレのエッセンスをポップスとして鏤めた3分半の楽曲」というスタイルを確立して世界的な大人気を博しました。最初にシングルカットされた「ヒート・オブ・ザ・モーメント」(冒頭曲)は、ヘヴィなリフと透明感のあるジョン・ウェットンのヴォーカルから始まり、ワクワクさせるビートがエンディングまで連続する名曲!いきなり全米チャート4位に輝きエイジアはあっという間に世界に大ブレイクしたのです。続く曲はアルバムタイトルにも通ずる「時へのロマン」(Only Time Will Tell)は魅惑的なイントロと華美で絢爛豪華なサウンドのメロディアス曲ですが、歌詞内容は惨めな男の恨み節的な心情が吐露された男女の別れの歌だったとは知らなかった・・。3曲目「孤独のサヴァイヴァー」は、米国プログレハードを彷彿させる魅力的なメロディーラインでシングルカットされてもいい作品。亡きグレッグレイクと今や仙人のようになってしまったスティーヴ・ハウがまだ若々しかった頃の姿が実に貴重ですネ~。エイジアのオリジナル・メンバーはジョン・ウェットン(vo,bs:元・キングクリムゾン)、スティーヴ・ハウ(gt;元イエス)、カール・パーマー(dm:元・EL&P)、ジェフ・ダウンズ(kb:元・バグルス→イエス)という往年のプログレバンドのスター達が集結し、夢の様なスーパーグループとして注目されました。RWも中3~高1時代にイエス・ELP・クリムゾン・ピンクフロイドに夢中になっていたので、彼らのデビュー盤がリリースされた当時(24歳)はもう興奮の坩堝だったことが今も鮮明な記憶として蘇ります。EL&Pのグレッグ・レイクは一時的な参加にも関わらずオリジナルメンバーのような存在感が今も鮮烈に残っています。「ワン・ステップ・クローサー」はユーモラスなイントロから始まり、洗練されたコーラスを重視したヴォーカルが実に魅力的!「タイム・アゲイン」は、叙情的なメロディーのシャッフル・ビート曲で往年のEL&Pやユーライア・ヒープっぽい印象を受けます。スケールの大きなプログレ色と3分間ポップという相反する両極面を融合することを、見事にやってのけた名作はどの曲も素晴しく捨て曲は一つもありません。ソングライティングにおいて全曲を手掛けているジョン・ウェットンのセンスに脱帽するしかないですネ~!B面(今や死語)の冒頭を飾った曲「この夢の果てまで」(Wildest Dreams)は兵士を称賛した作品でドラマティック・スリリング・ダイナミックさが重なった名曲です。1970年初頭のプログレファンからすれば、このバンドへの批判・風当たりに相当に厳しい意見があったのも事実です。心地いいメロディアスなPOP志向性はどの曲も同じように聞こえ、キング・クリムゾンやイエスのコアなプログレファンからすればまさに商業主義の軟弱路線にまみれた邪道、産業ロックの象徴的バンドに見えていたのでしょう。しかしプログレへの拘りを忘れて聴けば、ポップでもキャッチー過ぎず英国らしいメロディー満載!上質な産業ロックはRWにとっては大のお気に入り路線なのでした。「ウィズアウト・ユー」は、美しくメロディアスなバラードで始まるジェフ・ダウンズのキーボード・ソロ、スティーブ・ハウのギター・ソロもたっぷり聴けてまさにエイジアの真骨頂!歴史的なプログレメンバーが集結したからこそ生み出された壮大曲というしかありません。「流れのままに」( Cutting It Fine)は、プログレシップな指向の中になおもポップなセンスが息づいた作品。明るくリズミックで牧歌的な一面をあり何度聴いても飽きることはありません。最後の締め曲は、「ときめきの面影」(Here Comes The Feeling)、これもポップでキャッチーながらもエンディングまで息をつかせない名曲!大好きだったグレッグ・レイク(丸々と太り過ぎだけど・・)が元気な姿を見せているのが実に嬉しいことです!エイジアは名曲が多過ぎるので、あと2回位は記事をたっぷりと書いていきたいと思っています。最後にあらためてジョン・ウェットンとグレッグ・レイクのご冥福を祈念いたします。お二人が天国でエイジア名曲のWコーラスで盛大に霊界を熱狂させているのかもしれません。


⇒次回は、蛇を首に巻きヘビーなロックをしていたアリスクーパーが一転した美しいバラード「ユー&ミー」(1977)をお送りします。♪\(^◇^)/♪;



      

★(163)イーグルス 「いつわりの瞳」 (1975年) (2017.1.24公開)
         
                 <グレン・フライ1周忌:追悼記事>





◎【変革・発展期】(1974~1975)

c0119160_164428.jpgイーグルスのグレン・フライが昨年1月18日に亡くなり1年が過ぎてしまいました。追悼の意を込めて再びイーグルス特集、今回は「変革・発展期」1974~1975年の名曲を紹介します。第1編【黎明期】(1972~1974)で紹介しきれなかった3rd「オンザ・ボーダー」収録曲と、歴史的名盤「呪われた夜」(4rth)の名曲を中心にお届けします。

イーグルスの黎明期はグレン・フライとバーニー・リードンが主導しカントリータッチのコーラスやハーモニーが重視された曲が多く、ほのぼのとした感じで愛着を持って聴ける印象がありました。冒頭に紹介した「いつわりの瞳」(1975、全米第2位)は発展期の名盤「呪われた夜」からのシングルカットですが、まさにイーグルスを象徴する代表的なカントリー調の名曲です。心癒される爽やかな歌声とは裏腹に歌詞は「金持ちの年寄りと暮らす小娘が若い男と浮気を繰り返す姿を皮肉っている」との内容だと知って、ちょっと意外でしたが・・(苦笑)。第3作「オンザボーダー」(1974)は、多様な音楽性を求めていく過程の移行期途上のアルバムでした。従来路線のカントリー調曲「ミッドナイトフライヤー」(1974)はバンジョーの響きが心地よい曲、そして若くして世を去った往年の映画スターを歌った「ジェームス・ディーン」(1974)から徐々にハードなロック志向を強める傾向が出てきました。本アルバムからの最大名曲は第1編(黎明期)で紹介済した「我が至上の愛」(BEST OF MYLIFE)ですが、RWは「懐かしき‘55年」(1974)がお気に入り!トム・ウェイツのカバー曲ですが、グレン・フライ&ドン・ヘンリーのハーモニーが美しく、まさにイーグルスを象徴するノスタルジックな曲です。このアルバムから5人目のメンバーであるドン・フェルダー(Gt)が新たに加入しています。

そして次はイーグルスの最大名盤と称賛される「呪われた夜」の紹介へと移行しましょう。このアルバムは3つのトップ10シングルを生み出した名盤です。「呪われた夜」が全米第1位、冒頭紹介した「いつわりの瞳」が全米第2位、そしてストリングスを使用した壮大なバラード「テイク・イット・トゥ・ザ・リミット」が全米8位、アルバムも全米No1に輝き名実ともにイーグルスが世界的なビッグバンドへと飛躍していったのです。しかしこの栄光の中でグループの中には葛藤と軋轢が生まれていました。黎明期のカントリー主体の音楽性を志向するバーニー・リードンは「このアルバムは産業ロックにシフトしすぎてイーグルス本来のアイデンティティーではない!」とアルバム完成後に脱退してしまったのです。後任ギタリストはハードロックバンドのジェイムス・ギャングからジョー・ウォルシュを迎えたことから、イーグルスのサウンドはさらにロック色を強めていき、世界的に超有名な「ホテルカリフォルニア」の商業的大成功へと繋がっていきます。音楽路線変更でのメンバー間の確執でイーグルス創設者・グレン・フライも悩み多き時代だったのかもしれません。ラストナンバーは、あらためてグレン・フライの一周忌を偲び、「アフター・ザ・スリル・イズ・ゴーン」(1975)で締めくくりたいと思います。盟友ドン・ヘンリーと一緒に歌い上げた美しきミドル・バラード、哀愁漂うリズムとメロディが実に印象的です。(合掌)・・



⇒次回は、ジョン・ウエットンの訃報が入り、急遽哀悼特集としてエイジアの「ヒートオブザモーメント」(1982)をお送りします。♪(;´д`)♪






★(162)Dボウイ&Mジャガー 「ダンシング・イン・ザ・ストリート」 (1985年) (2017.1.8公開)



c0119160_19262325.jpgRW洋楽コーナーも今年最初の記事をスタートさせたいと思います。昨年はロック黄金期の巨星達が次々と天に召された衝撃的な年でしたが、その口火を切った訃報が丁度1年前のデビッド・ボウイ死去(2016.1.10)のニュースでした。死の2日前に新作「ブラックスター」(参照記事:第25巻(139)「ラザロス」)をリリースしたばかりだったというのに・・!しかし宇宙から舞い降りて来たデビッドボウイのこと・・、死を予感し地球人へ強いメッセージを残した直後、敢えてこのタイミングでブラックスターへ戻る「当初からの計画的な昇天」だったのでは・・?と思えてなりません。デビッドボウイ(享年69歳)は若くしてこの世を去りましたが・・、かたや74歳を迎えるミックジャガー(ローリングストーンズ)はデビュー以来55年間音楽シーンの最前線を走り続け、今も飛んだり跳ねたり超パワフルな姿を維持し続けています!ビックリするのは昨年何と彼に8番目の子供が生まれたこと・・、普通ならピストルから赤玉(定量打ち止め)が出ている年齢なのに今も元気現役とは恐れ入りました・・(◎m◎)┌★*!そんな対照的な2人が1985年にコラボした「ダンス・イン・ザ・ストリート」を今回冒頭に掲載しましたが、彼らが1980年代に放った数々のヒット曲を紹介しながら「ボウイ1周忌の回顧」&「絶倫ミックの長命激励」のW記事にしたいと思います。

デヴィッド・ボウイの1980年代はアルバム「レッツ・ダンス」(1983)で商業的には最も成功を収めた時期といえるのかもしれません。「チャイナガール」(1983)などダンサブルな曲で音楽スタイルを一変させ、それまでのカルト的イメージを完全抹殺し一挙に主流商業路線に躍り出ることになりました。「モダン・ラヴ」(1983)や「ブルー・ジーン」(1984)などの曲もMTVに多く露出し、若い人はデヴィッド・ボウイはダンシングロック歌手と思いこんでいる人も多いのではないのでしょうか?我々世代は「スペース・オデティ」など70年代名曲を懐かしむファンが主体なので歯がゆい思いで聴いていた方も多いのでは・・?小生も80年代のボウイはアーティスト感覚が殆ど感じられず好きじゃないけど、やはりカメレオンの如く時代変化に合わせて生き抜いてきたその強かさには評価すべきものがあります。

さて80年代のローリングストーンズも同じ様な境遇に晒されていました。ストーンズといえばとにかく永遠に「ロックンロール」一途の印象が強いですが、お洒落な80年代では「もう古臭い消えゆくバンド」に見られていた感があります。しかし彼らも70年代後半~80年代は当時はやりのディスコサウンド風の曲を多く取り入れ、時代に合わせていかなければ生き残れないかもしれない・・と悪戦苦闘し路線修正に悩んでいました。しかし彼らは見事にPOPSシーン最前線へのTOP復活ができたのです!その象徴的な曲は「スタート・ミー・アップ」(1981)!往年のファンからは「流行のダンスサウンドを見境なく取り入れやがって(`ヘ´#)・・・」と強いブーイング もあったようですが、何と米国チャート2位に一挙躍り出てストーンズ自身もビックリ!予想外の成功にまだまだ自分達はやれるんだと自信を深めていきました。「エモーショナル・レスキュー」(1980)のように彼ら独特の雰囲気も維持しながら、その後も「ミックスド・エモーション」(1989)などヒットを放ち続けて90年代から21世紀へ・・、こうなると何をやっても全てロック超大御所と崇められる存在(「21世紀のローリングストーンズ」)となり、長寿・元気さも驚きの目で見られる伝説的なバンドとして鎮座し今に至っています。

「アフリカ難民救済」を目的とした20世紀最大のチャリティー・コンサート「ライヴ・エイド」企画(1985)の一環で、上記に紹介したデビッド・ボウイとミック・ジャガーのコラボ曲「ダンス・イン・ザ・ストリート」が実現しましたが、これは「往年のダサいミュージック・ビデオランキング」の上位に常にランキングされる映像で今見ると80年代のお洒落を気取った野暮ったさ加減が実に笑えます。この2人は当時おホモ達の関係にあったようで、デヴィッド・ボウイの元妻アンジーは二人が裸でベッドに寝ているところを見たとも発言しています。色恋お盛んなミックは傘寿・米寿になっても数々の話題を振りまきながら頑張っている気がします。早世したデビッド・ボウイもミックに対して「あんた、若い時には麻薬三昧でハチャメチャな生活していた割には何でこんなに長寿なの・・?」と大いに呆れ返っているかもしれません・・(笑) 両者とも時代の流れを敏感に感じ取り、往年ファンから一時罵声を浴びながらも苦しい時代を耐えて生き抜いたからこそ、後世に大御所的存在に認められ金字塔歴史を築き上げられたのだと思います。ローリング・ストーンズは昨年末に新譜「ブルー&ロンサム」をリリースし彼らの原点である泥臭いブルースやスワンプロックの道に回帰しています。生きていても亡くなってしまってもロック史に残る巨星達はしぶとく永遠に輝き続けることでしょう!

  by rollingwest | 2003-07-01 00:00 | 洋楽(ロック・POPS) | Comments(148)

「My Favorite Songs」(第30巻)

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★(161)ビートルズ 「エリナーリグビー」(ジョージ・マーチン哀悼) (1966年) (2016.12.24公開)



c0119160_1511042.jpgビートルズにとって特筆的な年だった2016年もいよいよ暮れようとしています。今年のRW元旦記事は「来日50周年記念特集」でスタート、年末ラスト記事もビートルズで締めくくりたいと思います。3月は大ショックの出来事がありました。ビートルズの音楽性を高めた伝説のプロデューサー「ジョージ・マーチン」が亡くなったのです。「5人目のビートルズ」と呼ばれたマーチンは、1962年のデビューから最終盤「アビーロード」(1969)までほぼ全アルバムにおいて重要な中核的な役割(音楽・映像・各種エンターテイメントの指揮)を担い、ビートルズの世界的な名声と栄光(英国の1位獲得:シングル30曲、アルバム16作)を実現させた偉大なる方でした。ビートルズの初シングル「ラブ・ミー・ドゥー」を録音するにあたって、ジョージ・マーチンは当時のドラマー(ピート・ベスト)の演奏力に物足りなさを感じてリンゴ・スターを新たに起用することを決断しています。2ndシングル「プリーズ・プリーズ・ミー」の録音が完了した時、マーチンはこの出来栄えに満足し「これは絶対NO1ヒットになる!」と言い切り、予言通りシングルとデビューアルバムはTOP獲得となり世界ブレイクの発火点となったのです。そして「シー・ラブス・ユー」は7週連続NO1を記録し、彼らの人気は大沸騰、その後は映画「ハードデイズ・ア・ナイト」で映像面でも世界中を熱狂の坩堝に巻きこみ人々の心を虜にしていきました。今年6月は「来日50周年・武道館コンサート」に関するTV特集番組が多く放映され、子供心に見たよき昭和時代の熱狂光景を懐かしみました。武道館で3日間(6/30、7/1- 2の計5回)行われた公演は約5万人の観客を集め、TV中継では60%近い異例の高視聴率を記録!会場周辺は連日6千人の警官が配備される空前の警備体制と、日本中が今ではありえないような大騒動に席巻されたことを再認識!今年9月には「エイトデイズ・ア・ウィーク」の題名を冠した公式ドキュメンタリー映画「ザ・ビートルズ EIGHT DAYS A WEEK - The Touring Years」(監督ロン・ハワード)が公開され、初期リバプール時代、1963年からの15カ国90都市166公演ツアー、半世紀前の若きビートルズのLIVE活動の映像を大いに堪能しました。しかしこのツアー以降、ビートルズはLIVE演奏活動を一切やめて、スタジオ録音中心の曲作りに没頭して音楽性を大きく変化させていきます。その転機となった名盤が半世紀前にリリースされた「リボルバー」(1966)、その立役者もジョージマーチンで手腕は如何なく発揮され数々の名曲を生み出しています。6月に「リボルバー発売50周年」特集記事をレポートしましたが、RWがいつまでも聴きたい名曲はやはり弦楽四重奏とコラボした流れるような美曲「エリナーリグビー」(冒頭掲載曲、RWのカラオケ定番)かな・・。さらに10月はリンゴスター来日とまさにビートルズの話題に彩られた1年だったような気がします。LASTは誰でも知っている世界のスタンダード曲「イエスタディ」で今年最後を締めくくりたいと思います。ポール・マッカートニーはジョージマーチンへの追悼声明で「イエスタディ」が生み出された経緯やマーチンとの思い出を語っていました。「弦楽四重奏の曲にしたいというマーチンの提案に最初僕は反対したが、クラシカルにアレンジされ出来上がった曲を聴いてみるとその素晴しさに感銘した・・。結果的に、この名曲が何千人ものアーティストによって最も多くカバーされた歴史的名曲になったのだから彼の判断は正しかったんだ。」・・と!偉大なるビートルズの生みの親ジョージ・マーチン、今頃はジョン・レノンとジョージ・ハリスンと一緒に天国で音楽活動を再開しているのかもしれません。

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(PS)ジョージマーチンの他にも2016年は70~80年代洋楽を一世風靡した至宝達が相次いで亡くなる特筆の年でした。デビッド・ボウイ(1月)、グレン・フライ(1月)、モーリス・ホワイト(2月)、キース・エマーソン(3月)、プリンス(4月)、レオンラッセル(11月)、グレッグレイク(12月)、ジョージマイケル(12月)・・・、こうやって並べてみるといかにロック黄金期の大物アーティストの訃報が続いたことか・・。ご冥福をお祈りします。我々の青春時代に夢中になった名曲を生み出してくれた偉大なるアーティスト達に感謝の念を込めて・・。



⇒次回2017年冒頭の洋楽記事は、1周忌を迎えるデビッドボウイと、新アルバム発売でいまだ元気なミックジャガーがコラボした「ダンシング・インザ・ストリート」(1985)をお送りします。♪\(^◇^)/♪







★(160)サイモン&ガーファンクル 「冬の散歩道」 (1968年) (2016.12.8公開)



c0119160_14474415.jpg中学生時代に小生を洋楽の道に目覚めさせてくれた「サイモン&ガーファンクル」・・、2011年に第2巻記事で「サウンドオブサイレンス」を取り上げただけで洋楽恩人に対して5年間も掲載せず不義理を大いに反省しております。久しぶりの続編は、彼らの名盤「ブックエンド」(1968)特集で半世紀前の名曲を紹介してお詫び申し上げたいと思います。S&Gの有名曲といえば他に「明日に架ける橋」「コンドルは飛んでいく」「ボクサー」「スカボロ・フェア」等が挙げられますが、今回は寒い冬の訪れに合わせて「冬の散歩道」を冒頭曲に選びました。日本でも木枯しの季節になると時たまラジオでかかる曲ですが、題名とは反し乗りのいいリズムのロックナンバー、S&Gとしては実に珍しい!12弦ギターの印象的なリフ、タイトなドラミング、途中で鳴り響くトランペット、韻を踏んだ詩がハイテンポな2人のコーラスで美しく軽快に展開していきます。名盤「ブックエンド」はレコードA面(今は死語か・・)1~7曲が「アメリカの現実」というテーマのコンセプト構成、当時の米国社会・世情を反映した数々の曲が本立ての中に収められているアルバムです。冒頭は組曲のオープニングとなる「ブックエンドのテーマ」、わずか20秒程の短いギター・インストルメンタルですが何となく惹かれる曲で期待感の予兆。A面物語の最大名曲は、やはり静かなハミング♪m~m~m~、mmm・・・~♪のフェード・インから始まる名曲「アメリカ」、語りかけるようポールサイモンの歌声と映画の一場面を見るような描写感が交錯した様なハーモニー曲。恋人キャシーへの語りかけとともに「皆がアメリカを探しにやってきたんだ」「アメリカとは何か?」という問い掛けでこの曲は終わっています。何度聴いても素晴しい彼らの最高傑作曲の一つで、日本では遅まきながら1972年にヒットして「何で今頃?」と思ったものです。アルバムB面はシングルヒットや個性的な曲が詰めらており、映画「卒業」のために作曲された「ミセス・ロビンソン」が収められています。この曲は1968年グラミー賞でビートルズ「ヘイ・ジュード」と最後まで最優秀賞を競り合い栄誉に輝いた歴史的なナンバーです。映画「卒業」のヒットで直後に発売された「ブックエンド」は彼ら初の全米NO1(7週連続)を獲得しまさに世界的なブレイクを果たした栄光期の名盤となりました。「動物園にて」は、さまざまな動物を性格設定したお茶目な曲。ポールサイモンが後にソロとなって大ヒットさせた「僕とフリオと校庭で」や「コダクローム」等に通じて行く原点曲のようにも思えるネ~。小生が大好きな不思議なる癒し曲「フェイキン・イット」は、さまざまな仕掛けが施された曲で録音テープを逆回転させたり子供の会話を入れたり凝った編曲がなされており、S&Gもビートルズ「サージェントペッパーズ」の影響を受けているんだなあ・・と再認識させられます。コンセプトアルバムは最後に「旧友~ブックエンドのテーマ」で静かにフィナーレ・・。ベンチ両端に座る2人の疲れ果てた老人がブックエンドの象徴として描かれ、人生の終焉を静かに待っているような悲しさと叙情的な詩・・。当時20代後半のポールサイモンが人生晩節に佇む老人の哀愁を表現しているとはあらためて驚きました。そして自分が当時この歌のイメージだった還暦を迎えるとは・・。最後のテーマエンドは「Time it was・・、あの頃は・・、時は経過してしまった・・」と呟く1分の短かい曲で「ブックエンド」が静かに締められています。





★(159)フリートウッドマック 「リアノン」 (1975年) (2016.11.24公開)



c0119160_1254406.jpg大学生時代に夢中で聴いた1970年代を代表するスーパーグループ「フリートウッドマック」の続編を5年ぶりにレポートします。第1巻(010)「ドリームス」以来、大ファンだった彼らを長くほったからしにして深く反省・・。フリートウッドマックの最大名盤はやはり1977年「噂」(Rumours:全米1位31週間、1700万枚セールス)ですが、今回はその前作「ファンタスティック・マック」の名曲を特集します。フリートウッドマックは、①メンバーチェンジが頻繁②音楽性を幾度も大転換②成功規模(セールス枚数)が超メガ級④人気最前線・活動期間が長い、この4要素が同時体現されたロック史における稀有な存在のグループです。1967年ミック・フリートウッドとピーター・グリーン主導で結成され、当初はコテコテの泥臭い正統派ブリティッシュ・ブルースロックバンドでした。しかしピーター・グリーンなど初期メンバーが相次いで脱退すると、新加入のボブ・ウエルチ(1972~73年)が徐々に音楽性を転換させてジャズ・ロック的なアプローチを行い一定の人気を維持していきました。その後世界的にブレイクして大成功を収める契機・布石は1975年、リンジー・バッキンガム&スティーヴィ・ニックスの加入で今度は一挙にPOPな垢ぬけた音楽路線(神秘性もあり)に再転換したのです。小生がフリートウッドマックの音楽を初めて耳にしたのは、大学1年生(1976)の下宿でFENラジオから流れて来た「リアノン」(上記掲載曲)を聴いた時でした。ウエールズ神話に出てくる女神が名付けられた曲の序盤はステーヴィー・ニックスの気だるそうな声で不思議な雰囲気が淡々と醸し出されていきます。やがて小柄な彼女から激しくパワフルなダミ声が響き渡り、リンジーの唸るギターとコラボしてクライマックスを迎えて行く展開・・「何と素晴しい曲だ~!」と彼らの魅力に一挙取り憑かれてしまいました。この魅惑曲が収められていたのが、フリートウッドマックを世界に羽ばたかせるトリガーとなった名盤「ファンタスティック・マック」だったのです。アルバム冒頭曲は、リンジーのシャウトから始まりステージが一挙に広がる軽快な曲「マンデーモーニング」でオープニング!そしてアルバムからのシングルカット「セイユー・ラブミー」、非常にわかりやすくポップな名曲は「ファンタスティック・マック」の路線転換の象徴曲の一つです。「我々の音楽性はよりポップな方向へと変わったぞ!」と大いにPRしている印象を受けます。次曲は「ウォーム・ウェイズ」、ボーカルはクリスティン・マクビー(ジョン・マクビーの妻)、彼女の温かみのある優しいボーカルでまどろみに包まれるような曲。アルバムからの初のシングルカット曲は「オーヴァー・マイヘッド」、これもクリスティン・マクヴィーの淡々とした優しい声とアレンジが素晴しい癒し系の名曲でした。「ワールド・ターニング」は一転してマクビー&バッキンガムがシャウトする力強いエキゾチックな歌、バラエティに溢れています。やはり本名盤の特徴は、新加入したスティービーニックス(妖精のような可愛らしさと小悪魔的容姿と独特のダミ声に特徴)の存在が注目を浴びて際立ったことです。「ランドスライド」「クリスタル」も摩訶不思議美女の虚脱感あふれるような魅力が十分味わえる隠れた名曲です。数々の色彩に溢れる名盤・・、今回レポートのLAST締め曲は壮大なスケールで展開する名曲「アイム・ソー・アフレイド」、フリートウッド・マックは本名盤でビック・ネームに成長し、さらに翌年に金字塔アルバム「噂」でロック史に輝く名バンドとなっていきました。次回は「噂」の名曲特集を予定。いつになるのやら・・(苦笑)

  by rollingwest | 2003-06-01 00:00 | 洋楽(ロック・POPS) | Comments(136)

「My Favorite Songs」(第29巻)

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★(158)ハンブルパイ 「ほら穴の30日」 (1972年) (2016.11.8公開)



c0119160_15423910.jpg1970年前期、ロック史に輝く名盤「スモーキン」を残した伝説的な英国バンド「ハンブルパイ」を紹介したいと思います。活躍当時からすでに40数年が経っており、今やその名前を知る人は少なくなってきたと思われますが、ピーターフランプトン(1976年「カムズ・アライヴ」で全米10週連続No.1メガヒットを記録)が在籍したバンドと聞けばピンとくるかも知れません。しかし彼らの最大名盤(5作目)はピーター・フランプトンが脱退後に生み出されたもの、実質的な単独リーダーとなったスティーブ・マリオットが主導して黒人的な音楽性を強めており、ブルースロックバンドとして栄光の地位を築き上げました。上記に掲載した彼らの代表曲「ほら穴の30日間」(本名盤からのヒット曲でMR.BIGもカバー)は、フリーの「オールライトナウ」にちょっと似た感じを受けるネ~。アルバムの冒頭曲「Hot'N Nasty」はスティーブ・マリオットの凄まじいパワー溢れるソウルフルな歌(レイチャールズやアレサ・フランクリンを意識?)が炸裂しており最初から圧倒されます。次に登場する「フィクサー」はハードなナンバーで、新加入したデイヴ・クレムソン(元コロシアム、ピーターフランプトンの後釜)が凄腕なギターを唸らせています。「ユア・ソー・グッド・フォー・ミー」は珍しく落着いたアコースティック調に流れる中で歌う米国南部R&Bとカントリーを混ぜ合わせたような感じの曲。続いてはお得意のブギにアレンジしたストレートなロック・ナンバー「カモン・エブリバディ」、そして彼らのブルースロックの真骨頂は「アイ・ワンダー」、ブルースフレーズのギターが唸る中で衝撃的なマリオットのソウルフルな叫びが炸裂する名曲です。その後1973年「イート・イット」などの名盤も生み出し、ツアー中心の活動を継続していきましたが、絶え間ない移動によりバンドメンバーはすっかり疲れ果ててしまい1975年に解散してしまいました。90年初めにマリオットとフランプトンでの再結成の機運が高まったのですが、その直後にスティーブ・マリオットは自宅の火事で焼死(享年44歳)、唯一無二とも言える独特の歌声はもうこれで聴けなくなってしましました。最後の締め曲、小生のお気に入りの重厚なロックナンバー「スイート・ピース・アンド・タイム」で締めたいと思います。1970年代前期、最高のブリティッシュ・ハード・ロックバンドとして彼らの功績はいつまでも語り続けられるはずと信じています。


⇒次回は、1970年代の名バンド「フリートウッドマック」が栄光ブレイクする契機の名盤「ファンタスティック・マック」から「リアノン」(1975)をお送りします。 ♪\(^◇^)/♪




★(157)ポール・デイビス 「アイゴー・クレイジー」 (1977年) (2016.10.23公開)



c0119160_10564749.jpg大学2年生が終わり3年生が始まる1978年の春、引っ越したアパート(中野区沼袋)で新生活を始めた頃に毎日部屋のFENラジオから流れ続けていた美しいバラードがポール・デイビスの「アイゴー・クレイジー」でした。この曲は地味な雰囲気ながらFENで何度も何度も繰り返し流されており、繰り返し聴いていくとその良さ・味わいが日増しに浸み渡り大のお気に入り曲となっていました。毎日ラジオに耳を傾けながらも、すぐに消える一発屋のスマッシュヒットだろうと思っていましたが、トンデモナイ・・これからが真骨頂の名曲伝説が始まります。3月にヒットチャート初登場して以来、その後半年以上もランクインし続けるという驚異的な記録を打ち立てたのです。米国チャートの最高位は7位でしたが、3週間連続で同順位をキープ、その後もしぶとくトップ40以内に残り続け在位25週、Hot100位以内では40週間もチャートインした異例の超ロングセラーを記録しました。日本では1981年公開された映画「なんとなく、クリスタル」(原作:田中康夫)の主題歌として使われてリバイバル・ヒットした曲として覚えている方が多いのかもしれません。AORブームでのパステルカラー調の曲なので、彼はどんな人なのだろうと調べてみたら、1969年「ミシシッピ・リバー」でデビューした頃は南部ソウルのバンドをバックにして泥臭い感じなので実に意外でした!そしてその姿(今回初めて認識!)を見てイメージが全然違う・・、レオナルド・ダ・ビンチの絵画に描かれていそうなしぶくて哲学的なお顔ではないか!初期はカントリー色が強かったのですが、1977年に発表されたアルバム「Singer of Songs: Teller of Tales」からはイメージを一新、上記曲と「スイート・ライフ」「ダーリン」の3枚のシングルがヒットし一挙にブレイクしたのです。そして80年に入ると垢ぬけたAORナンバー「You Came To Me」(1981)や後期最大の名曲「クールナイト」(1982:LASTで掲載)、そして軽快ナンバーでブリッジ部分のアカペラが素晴らしい「パステル・メッセージ(DO RIGHT)」(1982)等がヒットしてこの頃はもう完全にAORシンガーとしてお洒落な音楽ジャンルの成功者として輝きを放ちます。しかし残念ながら・・・、ポール・デイビスは、2008年に60歳の若さで他界してしまいました。大人のための音楽を奏でることの出来る数少ないシンガー。Hot100位に40週間もチャートインし続けたというPOPS史に残る静かな快挙を成し遂げた隠れた名アーティストの優しい声は、RWの懐かしき青春時代の思い出の名曲として一生脳裏に焼き付けられています。最後は80年代の彼の名曲「クールナイト」(1982)で締めることに致しましょう。




★(156) プロコルハルム 「青い影」 (1967年) (2016.10.8公開)



c0119160_21563026.jpgプロコルハルムの「青い影」・・、21世紀も10数年が過ぎた今では、ほぼ半世紀前に大ヒットした荘厳さ漂うオルガンが流れる美しきこの名曲を知る人はかなり少なくなってきたような気がします。40年程前では誰もが知る美しき洋楽のスタンダードナンバーでしたが、今や還暦前後のマニアックな洋楽趣味者のみ知る化石的な位置付けとなってきたのかも・・。昔は独身寮祭や青婦人部ダンスパーティ(今や死語)・ディスコのチークタイムで流れる定番曲は、つのだひろが歌う「メリージェーン」orプロコル・ハルムの「青い影」が双壁というイメージも残っています。やはり「彼らの曲は「青い影」しか思い浮かばない・・、一般的には本曲だけの一発屋と認識している方が大勢なのではないでしょうか。彼らの2曲目シングル「ホンバーグ」(1967)も殆ど無名曲ですし、実際にそれ以降ヒットナンバーは殆どなきに等しいので当然その様に認識されるのは致し方なきこと・・。しかしプロコルハルムとは洋楽史において、実はプログレシッブロック分類で位置づけられています。(エッ?と驚く方が多いと思いますが・・) ゲイリー・ブルッカー(ピアノ)とマシュー・フィッシャー(オルガン)のツイン・キーボード編成でクラシック的要素を融合させた独特の音作りをした先鋭バンドであり、「In Held 'TWas in I」「Shine on Brightly」などを擁する2ndアルバム「月の光」(1968年)、POP作風を指向した3rd盤「ソルティ・ドッグ」(1969年)は初期の2大佳作と評価されています。「シンプルシスター」(1971)を聴くと、シカゴ「長い夜」のイントロか?と一瞬思わせますが、プログレ世界へ誘われる壮大なロック組曲風となっています。そして1973年にリリースされた7th盤「グランド・ホテル」は、ロックとクラシックを融合したロココ調の大作で、彼らの金字塔的な名盤と呼ばれているのです。ホテルを退廃的な物質文明(西欧文明)の象徴と見なすコンセプチュアルな歌詞と、重厚華麗な演奏が特徴で「ファイアース」「ラム・テイル」などの名曲を生み出しています。1975年にもある程度の商業的成功を収めましたが、「もう全てやり尽くした」というゲイリーの判断で1977年には解散を迎えています。実験精神が旺盛だった先進的なシンフォニックロック英国バンドだったにも関わらず、日本ではやはり「青い影」のイメージが強過ぎてそれ以外は話題に上らないのもちと寂しい・・。しかしこんな風に自己独特路線を貫いたと言う点ではロック史において実に個性的な存在だったのかも・・。「青い影」だけの一発屋ではなくプログレの伝説的バンドだったことを皆様に知ってい頂いただけでRWは大いに満足でございます。ラストは1970年代プログレシーンを代表する至上傑作の主題曲「グランドホテル」で締めたいと思います。





★(155)パット・ベネター 「ウィ・ビロング」 (1984年) (2016.9.23公開)



c0119160_9445127.jpg1980年代の洋楽にはあまり拘りがないRWですが、「パット・ベネター」は1981年から5年連続でグラミー賞(女性ロック部門)の栄誉に輝いたアーティストなので印象が強く残っています。AORやフュージョン等お洒落な音楽全盛期の中で、女性がハードロックナンバーをパワフルにシャウトする姿が何か貴重な存在に思えたものです。彼女の曲は全般的に1980年前後が好きなのですが、今回の冒頭掲載は1984年「ウィ・ビロング」(6th盤「トロピコ」)といたしました。何故ならRWの洋楽興味は、1985年(ウイアー・ザワールドの頃)で殆ど失われてしまい、そんな黄昏時期にヒットしていたPOPなハードロックバラードというイメージで印象に残っているからです。「ウィ・ビロング」は、POPでセンスのあるシンセサイザー・イントロとアコースティック伴奏(素晴しいアレンジ)が実に魅力的、ノりのいいビートリズムと彼女の声量ある力強い歌声と、澄んだバックコーラスがバランスよくコラボしており大好きな曲です。パット・ベネターの本名はパトリシア・アンジェイエフスキーというチト堅苦しく長ったらしいお名前らしい。(意外!) その苗字の通りポーランド系米国人で1953年生まれ厳格な両親のもとで育ったお嬢さんだったとのこと。幼少時からオペラ声楽とクラシックを勉強させられた教育方針に反発して、芸能界入り(初めはナイトクラブのハードロック歌手で活動)した経緯を初めて知りました。1979年に1st盤「真夜中の恋人」でデビューし、初シングル「ハートブレイカー」がヒット、声に張りがありでストレートに伝わるシャウトの歌唱力、色気も持ち併せた女性シンガー(当時はハートの様なバンドだと・・)が現れたな~と思ったものです。そしてついに2nd盤「危険な恋人」(Crimes Of Passion)は、全米最高位2位(500万枚セールス)の大ヒットアルバムとなり、シングルカットされた「強気で愛して」(Hit Me With The Best Shot)」(1981)、も初のTop10入りして何とグラミー賞を獲得したのです。3rd盤「プレシャス・タイム」収録曲からは「見つめあう夜」(Promises In The Dark)(1981)や「ファイアー&アイス」(1981)がヒット、この年あたりからケバイ印象が薄まり比較的素に近い形でメロディアスなボーカルをとっているのが印象的。間奏でかっこよくギターを弾いているのが、彼女の夫ニール・ジラルドで作品の初プロデュース役としても頭角を現しています。さらに「愛の嵐」(1983)は全米5位とまさにこの頃が彼女の黄金時代!7th盤からのシングル「インビシブル」(1985)もパットRock真髄の熱くカッコいい曲、軸がブレない芯の強さが彼女の魅力です。小柄で華奢な身体から 出る物凄くパワフルな歌声、ライブではドスの効いた迫力のある地声でガンガン押してくるようです。80年代初頭の正統派ロックシンガーで女性ヴォーカルはパット・ベネター以外考えられなかった印象です。シャウトする場面でも囁くような場面でも 元々のポテンシャルが高いということなんでしょう。この才能もオペラ歌手も経験させられた両親の厳格な教育の賜物だったのかも・・。最後は彼女の代表曲「シャドウ・オブ・ザ・ナイト」(1982)で締めることと致します。

  by rollingwest | 2003-05-23 00:00 | 洋楽(ロック・POPS) | Comments(114)

「My Favorite Songs」(第28巻)

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★(154)リン・アンダーソン 「 ローズガーデン」 (1970年) (2016.9.9公開)



c0119160_15205686.jpg洋楽コーナー120回目記念(2015.4.11)では、「1970年(昭45)のスマッシュヒット特集」(RWが洋楽に嵌った年の思い出曲)でジェリー・ウォレス「男の世界」を公開、それから約1年半が経過し、前回で紹介しきれなかった思い出名曲を後編として掲載いたしましょう!当時中学1年生だったRWの洋楽心を目覚めさせた名曲の一つがリン・アンダーソンのローズガーデン」(全米第3位を記録しグラミー賞も獲得)、軽快なポップ調のカントリー・メロディの爽やかな歌声がとても心地よかったですネ~!日本でも大ヒットしたこのナンバーが南沙織のデビュー曲「17才」の元ネタになったことは有名なお話・・・。オーディションで沖縄(当時は外国)から初来日した彼女に筒美京平が初顔合わせで「何が歌えるの?」と聞くと「ローズ・ガーデンだけ歌えます」と答えたそうな・・。単に曲調が似たモチーフ曲かと思っていたらこんな隠れたエピソードもあったのか・・と目から鱗でした!リン・アンダーソン、昨年67歳の若さで亡くなられておられたのですね・・。彼女の成功が女性カントリーPOPS路線(オリビアニュートンジョンやリンダロンシュタッド等)の先鞭となったことは間違いありません。心よりご冥福を祈念いたします。そして1970年のRW思い出・印象曲で最もインパクトを感じた曲は、ルークリスティの「魔法」でした。「♪メイビ~シャララ、メイビメイビ、アイ・ラ~ビュ・・・、シー・ソミ・マジック、シー・ソミ・マ~ジック♪」 イントロなしでいきなりサビから入る曲構成、神秘的な雰囲気を漂わせながら流れる曲調からクライマックスへと誘っていく素晴らしいアレンジだったなア・・。前編紹介のアース&ファイアー「シーズン」と並んで強い衝撃を受けたヒットナンバーでした。3番目登場曲は、一転して大物歌手エンゲルベルト・フンパーディンクの「太陽は燃えている」、1960~1970年初頭で女性を中心に絶大人気を誇った英国シンガー(ラテン系歌手だとばかり思ってた!)の仰々しい歌い方は、「キング・オブ・ロマンス」と称されたトム・ジョーンズとともにアダルトコンテポラリー分野では人気を2分していた感があります。でもこの曲は日本だけの限定ヒットだったのかも・・・。4曲目は、ヴァニティ・フェア「夜明けのヒッチハイク」、中学時代の音楽授業で吹いたチープな縦笛イントロが印象的ですが、1970年代表曲では「悲しき鉄道員」「長い夜」「イエロー・リバー」「男の世界」等と並ぶ大ヒットナンバーでした。5曲目は、マイクネスミス&ファーストナショナルバンドの「シルバームーン」(日本では翌1971年に大ヒット)を紹介します。イントロの美しいギターの調べとサビ部分の裏声(♪シルバ・ム~ン・・)が印象的・・、マイクネ・スミスとはモンキーズの一員だったマイク(緑の編帽子)のこと、彼がソロ独立後に結成したカントリーバンドなのです。6曲目は「ノックは3回」(1971)「幸せの黄色いリボン」(1973)の大ヒットで一世を風靡したドーン(トニー・オーランドという歌手が率いる米国バンド)のデビュー曲は「恋するキャンディーダ」、ビルボード3位まで上昇していたんだネ~。ラストを飾るのはクリスティー(CCRっぽい雰囲気はありますが英国バンド)の「イエローリバー」、シングル盤は安易に題名にあわせて黄土色のジャケットデザイン、3ヶ月間もベスト10にランクインし、 日本だけでも20万枚近くを売り上げるロング・セラーとなしました。洋楽に嵌り始めた当時のヒット曲はAMラジオの深夜放送からBGMのように毎日色々な曲が流れていました。当時中学生になったばかり、あれからもう46年の歳月が刻まれてしまったのか・・、懐かしき1970年。まさにビートルズが解散し、新たなロックの胎動(プログレやハードロック)がうねり始めている時代でした。



⇒次回は、'80年代を代表する女性ロッカー(グラミー賞4回受賞)パット・ベネターの「ウィ・ビロング」(1984) をお送りします。 ♪\(^◇^)/♪





★(153)オーリアンズ 「友よ再び」 (1979年) (2016.8.25公開)



c0119160_2120451.jpg1970年代洋楽の雰囲気をタップリ持ち合わせ美しいコーラス・ハーモニーでRWがお気に入りだったバンド「オーリアンズ」、第1巻(002)で彼らの代表曲「ダンス・ウィズミー」(1975)をサラリと紹介したきりで5年の歳月が既に刻まれてしまいました。爽やかな風が吹き抜けるような西海岸サウンドをイメージする名曲を数多く残した彼らが、実は東海岸ウッドストックの出身で当初はR&Bやロックンロールに根差した泥臭い音楽を志向していたと知ってビックリ!「オーリンズ」とも呼称され、名前由来はニュー・オリンズ(ルイジアナ州南部・ジャズの聖地)に関連していたとは・・。ジョン・ホールとホッペン兄弟を中心に再編成されたメンバーで1973年にデビュー、本来目指していたR&B路線ではなかなか人気が出ずに苦労していたようですが、3rd盤「歌こそすべて」(Let There Be Music)でついに華が開きました!この曲を聴けばまさにドゥービー・ブラザーズにそっくり!そしてここからからシングルカットされた「ダンス・ウィズミー」が全米6位の大ヒットに輝き一挙にブレイクしたのです。当時は「西のドゥービー、東のオーリアンズ」として紹介され、その爽やかなサウンドで圧倒的な人気を博しました。そして翌年リリースされた大傑作「夢のさまよい」(4th盤)から彼らの代表曲「スティル・ザ・ワン」(1976)が最高位5位のヒットとなり名実ともに栄光の座を獲得しました。オーリアンズの魅力は、ジョンホールのギターとラリーホッペンの明るいコーラスが映えるウエストコーストサウンド!「フレッシュウインド」(1975)は小気味よいアコースティックギターの煌びやかさで何度聞いても清々しく心が躍る曲です。「リーチ」(1976)はやや渋めなナンバーながらも美しいコーラスとコラボした乗りのいいナンバー、これもドゥービー風の名曲だネ~。そんな西海岸風な明るいサウンドで人気を上げて行くトレンドに対して、リーダーのジョンホールは違和感を感じて1977年脱退してしまったのです。R&B路線が忘れられず、ソフトロックの雄として認知されたことが本意ではなかったのでしょうか・・?支柱的リーダーを失って残りのメンバーは失意に陥るものの、1979年に5th盤「フォーエバー」をリリース、上記に掲載した「友よ再び」(Love Takes Time)が11位チャートで復活を果たします。この曲はラリー・ホッペンの突き抜けるようなハイトーン・ヴォイスが素晴しく、美しいコーラス・カラッと乾いた爽やかなサウンドでまさにウエストコーストサウンドのお手本のような名曲です。しかし結局はこれで最後のヒットとなり、まさにオーリアンズは文字通りフォーエバー・・永遠のお別れとなってしまいました。今回の記事編集で初めて知って驚いたのは、ラリーホッペンが2012年に61才の若さで亡くなっていたこと、そして脱退したジョンホールが米国下院議員となり米国防総省の軍事顧問になり栄光の転身をしていたこと・・。2人は何とも対照的な人生を歩いたんですねエ・・。最後の曲は、残念にも短命人生で終わったラリーが残した美しいメロディアスなナンバー「I Never Wanted to Love You」(1979)を聴きながら1970年代を爽やかに駆け抜けたオーリアンズの記事に筆を置きたいと思います。




★(152)レッドツェッペリン 「胸いっぱいの愛を」 (1969年) (2016.8.9公開)



c0119160_1231499.jpgロック史に残る偉大なるビートルズのLAST金字塔「アビーロード」、この超名盤をNO1の座から引きずり降ろして新時代を築いた1969年発表の2つのアルバム「クリムゾンキングの宮殿」と「レッドツェッペリンⅡ」は、プログレシッブとハードロックの本格的な夜明けを告げた歴史的な名盤として今も語り継がれています。レッドツェッペリンは、白人ブルースをベースとした画期的なハードロックを確立し頂点に立った伝説的なバンド、1969年デビュー後に立て続けでリリースした「レッド・ツェッペリンⅠ・Ⅱ」はまさに60年代の終わりと70年代始まりを告げる記念碑的な2名盤となりました。ZEP記事は過去まだ1回のみ【第3巻】(026)でアコースティックな美しき佳曲「サンキュー」(Ⅱ収録)しか掲載しておらず、以降4年半が経過してしまったことを認識し大反省・・、今回記事はツェッペリンの真骨頂であるハードロックの初期名曲(Ⅰ~Ⅲ)の数々をお届けします。その象徴曲は上記掲載の「胸いっぱいの愛を」(2008年北京五輪閉会式でペイジが全世界に向けて演奏)を差し置いては語れません。この曲を初めて聴いたのは中学1年生、今まで耳にしたことない強烈な大音響と幻想宇宙的な目眩くステレオ世界が渦巻いてくる恐ろしい程の迫力サウンドに初対面し「何なんだ!この曲は~!」と戦慄・驚愕したものです!ジミーペイジの炸裂ギターとロバート・プラントの120%全開ボーカル、ジョンボーナムの重戦車ドラムビート、超ハードで圧巻なる重厚サウンドに圧倒され一挙虜となってしまいました。三大ギタリスト(エリッククラプトン、ジェフベック)も在籍した伝説バンド「ヤードバーズ」解散後に、最後のギタリストだったジミー・ペイジがロバート・プラント(vo)、ジョンポール・ジョーンズ(b.Key)、ジョン・ボーナム(ds)と共に新しくレッドツェッペリンが結成されたのは1968年秋、デビュー盤の炎上墜落飛行船ジャケットⅠ(1969)からのハードナンバーはやはり「コミュニケーション・ブレイクダウン 」ですね。ブレイクシャウト多用・重暑なドラム&ベース、リードギターがギンギン冴えわたるこれこそロックの醍醐味という印象曲です。Ⅲ(1970)からの代表曲はやはり「移民の歌」しかありません。 「ア・ア・ア~、ア!」プラントの冴え渡る遠吠えボーカルと強烈なペイジのギターリフがカッコよすぎて血が騒ぎますネ~!初期三部作における最高峰名盤はやはりⅡ(1969)であることは間違いなく明白、プラントがSEX SYMBOLとなる契機ともなったエロティックな「レモン・ ソング」も印象的でした。ZEPサウンドの重厚さ・大迫力の源泉はボンゾ(Jボーナム)のドラムが際立っていますが、ジョーンズの渋いベース演奏も忘れるわけにはいきません。特にこの曲でのベースは秀逸なものを感じます。エレクトリックとアコーステック・ギターのアンサンブルが実に素晴らしい「ランブルオン」、ミディアムテンポのへヴィー曲「ハートブレイカ―」(無伴奏のフリーテンポのギターソロが凄い)、 名盤Ⅱはハードロック史の金字塔と称されながらも、アコースティック・ギターでの英国フォークの奥深い趣も漂っていることも大きな特徴です。当時はまだブルース・ロックが中心だった時代、その中で登場した完成度の高さを誇る本アルバムの登場は実に衝撃的でした。進化したライブ・パフォーマンスも後続バンドに様々なヒントと大きな影響を与え、功績の偉大さには感服するばかり・・。さてさて・・、今回記事のラストナンバーは、RW自身の狂熱LIVE「胸いっぱいの愛を」(2009at高田馬場)で締めさせて頂きます。友人達からは、騒音一杯の「胸やけいっぱいの愛」と揶揄されている洋楽カラオケでの恥姿、気分を悪くされませぬように・・。ご迷惑をおかけいたしまして <(_ _)> 申し訳なし~! (苦笑)

「レッドツェッペリンの過去特集記事」(2009.4.18公開)はコチラから






★(151)マービンゲイ 「ホワッツ・ゴーイン・オン」 (1971年) (2016.7.24公開)



c0119160_21573756.jpg今回はニューソウル(美しく独創的なブラックミュージック)の先駆者「マービン・ゲイ」を紹介したいと思います。黒人アーティストへの思い入れは比較的薄いRWですが、中学生時代(洋楽を聴き始めた頃)に彼が歌い上げた名曲「ホワッツ・ゴーイン・オン」(1971)は「大人のソウル音楽だなア~」と感銘し今も心に深く刻まれています。ローリングストーン誌が歴史上で最も偉大な100人のシンガーにおいて第6位に選んだマービンはダイアナ・ロスとのデュエット曲「ユー・アー・エヴリシング」(1974)や1983年グラミー賞に輝いた名曲「セクシャル・ヒーリング」(1982・全米3位曲)等の名曲でも有名で、皆様も彼の名前を一度は耳にしたことがあるでしょう。1939年米国ワシントンD.C.で牧師の息子として生まれ、教会でゴスペルと出会い彼の音楽人生は始まりました。1961年デビュー、「プライド&ジョイ」(1963)と、タミーテリルとのデュエット曲「Aint No Mountain High Enough」(1967)(全米トップ10に入るヒット)で徐々に頭角を現していきます。そしてついに「悲しい噂」(1968)がビルボード全米No1となり完全にメジャーシンガーの地位を築き上げて行ったのです。1970年に入ると彼は社会派歌手に転身、ベトナム反戦や社会問題(公害・貧困)を取り上げていくようになります。1971年に発表したコンセプト名盤「ホワッツ・ゴーイン・オン」は黒人初のメッセージアルバムであり、主題歌(冒頭掲載)は詩の内容や美しいサウンドが高い評価を得てついにトップアーティストとして不動の地位をGETしたのです。第2黄金時代を迎えたマービンは「レッツ・ゲット・イットオン」(1973)や「アイ・ウォントユー」(1975)など、私小説的な内容の作品を数多く生み出し「ニューソウル」という新しい音楽分野を確立していきました。1970年代後半は公私共に低迷し薬物依存・破産でどん底状態に陥ったものの、1980年代は再び復活したことは実に嬉しいことでした。1983年には、当時飛ぶ鳥を落とす勢いのマイケルジャクソンやスティーヴィーワンダーを抑えてグラミー賞に輝いたのですから・・。そんな波乱万丈の人生を送ったマービンゲイ・・、1984年自宅で両親の喧嘩を仲裁した際に父親と口論になり激昂した父が拳銃を発砲、銃弾2発が胸部と肩に命中し突然人生を断たれる運命に遭遇してしまうのです。本当にショックなニュースでした。拳銃は皮肉にも彼が父親にプレゼントしたものだったとのこと。何たる悲劇・・、「終わりよければ全てよし」の正反対の人生終幕ではないか!余りにも悲しい人生の終焉を迎えてしまったマービンでしたが、RWにとっては彼に与えてもらった思い出の名曲を忘れることはできません。LASTは「ホワッツ・ゴーイン・オン」と同じ香りが感じられる1970年代初頭の名曲「マーシー・マーシー・ミー」」(1971)で締めたいと思います。

  by rollingwest | 2003-04-01 00:00 | 洋楽(ロック・POPS) | Comments(128)