カテゴリ:洋楽(ロック・POPS)( 92 )

 

<2008年3月>洋楽(ロック・POPS)に魅せられて(自分史):(その3)

↓洋楽(ロック・POPS)に魅せられて40年(その1)~(その2)から続く

                         洋楽(ロック・POPS)に魅せられて(その1)
                         洋楽(ロック・POPS)に魅せられて(その2)



★プログレ・ハード等のロック爛熟期(1970年代中盤から1980年代初頭にかけて)


クイーンは「オペラ座の夜」でロック史における偉大なバンドとして世界的な地位を確立しました。
「ボヘミアンラプソディ」はクラシックを取り入れてダイナミックに展開する壮大な組曲のような歴史的名作!
伝説のボーカリストのフレディマーキュリーが亡くなってからもう17年の歳月が過ぎたんですねエ。
クイーン完成・爛熟の頃も尊敬していますが、73年デビュー「戦慄の女王」のワイルドな時期も大好き!


  (左)クイーン「戦慄の女王」(デビュー)  (右)TOTOの名盤「ハイドラ」、「聖なる剣」はグラミー賞c0119160_20344047.jpgc0119160_20352476.jpg
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    (中)クイーン「オペラ座の夜」、「ボヘミアンラプソディ」は20世紀の史上最高名曲に選ばれた。


TOTO・ボストン・フォリナー・カンサスは大学時代に聴きまくった「プログレ・ハード融合のロックグループの四天王」とでも申しましょうか。「産業ロックの先鞭」などと言われることも多いですが、小生はその高い音楽性・洗練されたサウンドが大好きです。その実力は十分評価されるべきと思います。


   (左)ボストン「宇宙の彼方へ」、   (右)カンサス「永遠の序曲」(名曲ダストインザウインド)c0119160_2042258.jpgc0119160_2043878.jpgc0119160_20432978.jpg
  (中)フォリナー「ダブルビジョン」、デビューアルバム「フォリナー」にはイアンマクドナルド(Kクリムゾン)も参加


ボストンは最も尊敬するグループの1つです。トムショルツのギター・オーケストレイション手法は、壮麗で緻密な完成されたサウンドです。TOTOもグラミー賞を取る大物バンドにまで成長し、フュージョンの隆盛にも影響を与えました。リズミカルで格好いいフォリナー、少し暗くて渋いカンサス。皆ヨカッたね~!

 
  (左)ジャーニー「エスケイプ」。他に「インフィニティ」「デパーチャー」も名盤、 (右)エイジア(詠時感)c0119160_2130303.jpgc0119160_21311466.jpgc0119160_21315681.jpg
          (中)スティックス「コーナーストーン」、「ベイブ」や「カムセイルアェイ」は名曲


「産業ロック」とは「商業的成功ばかり考え、権力反逆から生まれるロック本来の心を忘れている」とロック評論家・渋谷陽一が批判した言葉です。初期四天王もそうですが、上記後進3グループも同様の評価をされがち・・。産業ロックと揶揄されても、彼らの音楽性は非常に高く、小生は今も大好き。
ジャーニーは秀逸(スティーブペリーシャウト大好き)、エイジアは豪華、スティックス(初期限定)は清廉さ。
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  (左)スーパートランプ「ブレックファーストインアメリカ」  (右)キャメルの「ブレスレス」は絶対の必聴名盤
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       (中)アランパーソンズプロジェクト「アイインザスカイ」、POPな路線に転換


プログレ音楽を知的なPOPサウンドに進化させていったグループも次々と誕生します。スーパートランプ、アランパーソンズ、ELO(エレクトリックライトオーケストラ)等は、現在も愛聴するマイ・フェイバリット。
アランパーソンズって、ビートルズの「アビーロード」の製作に関わった名エンジニアなんですよ。
ELOの武道館コンサートは、レーザー光線を駆使したパフォーマンス(当時は非常に先進的)で最高だった!


(左)ELO「アウトオブザブルー」、初期の渋い時代も大好き  (右)渋くてかっこいいリトルリバーバンドc0119160_20323964.jpgc0119160_20325926.jpgc0119160_20331959.jpg
   (中)スティーブミラーバンド「ペガサスの祈り」、テクノっぽいけどブルースやPOPな多面性


 (左)スティーリーダン「エイジャ」、山口小夜子がモデル    (右)ダイアーストレーツ「デビュー」c0119160_2036302.jpgc0119160_20364939.jpgc0119160_20371453.jpg
        (中)ポリス「白いレガッタ」、ソロになったスティングはその後も大活躍


「アメリカンバンド」でグランドファンクレイルロードが見事復活をしたり、アメリカ正統派ロックの継承者ブルーススプリングスティーンが登場してブレイク! 先に紹介したウエストコースト勢のブームに負けじと、米国のハードロッカー達も俄然元気になり出したのがこの頃です。実にワイルドだね!


(左)ブルーススプリングスティーン「明日なき暴走」 (右)バッドカンパニー(フリーの後継バンド)c0119160_20503065.jpgc0119160_20511189.jpgc0119160_20513849.jpg
    (中)グランド゙ファンクレイルロード「アメリカンバンド」、初期の時代からは一皮剥けた。 


ロックはジャズなどとも高度な融合を重ね、やがてフュージョンとして発展していくことになります。
往年の有名アーティスト達も、年を重ねるごとに大物ミュージシャンとして重鎮の風格を備えていきました。

 (左)ラーセンフェイトンバンド  (右)エリッククラプトン「ティアーズ・イン・ヘブン」、大人路線へ転換c0119160_23495197.jpgc0119160_23503837.jpgc0119160_2351710.jpgc0119160_23513067.gif
       (中)ドナルドフェイゲン「ナイトフライ」、スティーリーダンからの独立。都会派の渋さ 


こうして自身の学生時代は、ロック発展の歴史に大きな足跡を残した1970年代とともに終了・・。
1980年に社会人となり、境遇・時代の変化とともに音楽の楽しみ方も徐々に変わっていきます。
                                      



★アナログLPレコード時代の終焉
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今は携帯・PCに気軽に好きな曲をダウンロードする時代。我々世代は塩化ビニールのレコードで音楽を聴くのが当たり前、EP450円・LP2,000円・2枚組は3,000円でした。(当時の物価では高価な買物)
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アルバムジャケットの芸術性も含め、LP1枚ごとに今も大きな愛着があります。針を落とす時、ブチッというアナログな温もり。スプレー・埃クリーナーでレコードは大事に扱っていました。ステレオは4チャネル時代、コンポに何十万円もかける散財マニアもいて、音楽は本当には金がかかる時代でしたね。

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1980年になると貸しレコード店が大ブーム。お気に入り曲のカセットに録音することに没頭した時代です。音楽はレンタル文化がトレンドとなり1982年CDが初登場。LP時代は終焉期を迎えます。
毎日々LPを磨り減るように聴き、皆同じヒット曲を共有化する懐かしい時代が去ってしまいました。
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★1980年代前半(AORやフージョンのブーム)


80年代はAORという大人志向のおしゃれな音楽がトレンド。カセットに録音したお気に入り音楽を流しながらドライブすることに目覚めた頃。ボズスキャッグス、クリストファークロス(エルトンジョンと同様に声と姿に落差があったなあ)、ボビーコルドウェル、エアサプライなどがその代表格です。
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その他にもランディグッドラム、ピーターセテラ、ジョンオバニオン、エアプレイ、ロビーデュプリー、アレッシー、アハ、リチャードマークス、ジムフォトグロ等、沢山聴きました。こら、軟弱~と言うなかれ・・!


(左)クリストファークロス「アナザーページ」・容姿と声の落差に驚愕 (右)ア-ハ「ハンティングハイアンドロウ」c0119160_0335514.jpgc0119160_9113787.jpgc0119160_1817158.jpg
          (中)エアサプライ「ロストインラブ」 軟弱だったけど好きだったね~。


  (左)ピーターセテラ、シカゴから独立しバラードソロ歌手へ  (右)ブライアンアダムス「レックレス」c0119160_18132444.jpgc0119160_18144560.jpgc0119160_1815425.jpg
      (中)リチャードマークス「リピートオフェンダー」、美しいバラード「ライト・ヒア・ウエイティング」


大ブームとなったフュージョン系(ラリーカールトン、リーリトナー、ジョーサンプル、パットメセニー、アルクルー、エリックタグ等)も好きでよく聴いたものですが、もうこれ以上アルバム名盤の写真を載せるのは限界に近いのでフュージョンやクロスオーバーと呼ばれた本ジャンルの紹介はやめときます。(満載で・・、手一杯)
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★1980代後半から昭和の終焉(バブル時代へ)

80年代はもう新しい感じがしますが,まだ小生にとって非常に魅力的でした。音楽の幅が更に広がり明るい印象があります。巷の好景気(バブルに向うのですが・・)も影響してるのかな。ファンキーなシンディローパーは実に楽しい!Mジャクソン、ライオネルリッチー、Bスプリングスティーンらの大物が終結して「ウィーアーザワールド」のライブエイドが開催されたのも大きな印象に残ります。
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(左)ホール&オーツ「リッチガール」、「サラスマイル」時代がいい(右)シンディローパー「タイムアフタータイム」c0119160_0542156.jpgc0119160_0545765.jpgc0119160_0551399.jpg
     (中)フィルコリンズ「ノージャケットリクワイアド」、ジェネシスから独立しヒットメーカーに。


B.スプリングスティーンの人気は絶頂を迎え、ボブシ-ガー、ケニーロジャース等のアメリカおじさん達も渋い野太い声で頑張っておりました。 ホール&オーツはデビュー当時の泥臭く渋い感じがよかったのに、途中から小洒落れた人気POP路線に転向してしまったのがちょっと残念かな・・。


(左)ケニーロジャース「愛ある限り」バラード調のカントリーロック (右)Jガイルズバンド「堕ちた天使」c0119160_05735.jpgc0119160_112555.jpgc0119160_0575880.jpg
        (中)ボブシーガー「奔馬のごとく」、「アゲインストザウインド」も渋くていいね。


アイルランド出身のU2は、アルバム総売上は1億7千枚を越え、グラミー賞獲得22の偉大なロックバント。
リーダーのボノは世界的慈善活動家でありヨハネパウロ2世や米国大統領とも面談、ノーベル平和賞候補にも何度もノミネートされています。スターシップの「セーラ」は新婚旅行時に流れていた思い出の曲。


 (左)ティアーズフォーフィアーズ「シーズオブラブ」 (右)スターシップ「フープラ」 Jエアプレインの流れc0119160_111951.jpgc0119160_121328.jpgc0119160_131243.jpg
              (中)今や世界的な大御所となったU 2「ヨシュアトゥリー」

 (左)カーズの「ドライブ」はいい曲だねエ・・      (右)ハート「アローン」、硬軟自在の女性ロックバンド
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                (中)ホイットニーヒューストン「ボディガード」
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その他にはREOスピードワゴン、ヒューイルース&ニューズ、シンプリーレッド、リップスプリングフィールド、ハワードジョーンズ、クール&ザ・ギャング、ワム、マドンナ、カルチャークラブ、プリンス、コリーハート、ドンヘンリー、グレンフライ、バングルス、ナック等が活躍しましたが、もうジャケットを飾る余地がないので、名前の羅列だけで勘弁してください。


(左)エアロスミス(個人的には初期のドリームオンのほうが好き)、(右) ヴァンヘイレン♪ジャンプ!
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           (中)キッス「地獄への接吻」、「べス」はバラード調の名曲

産業ロックの面々もさらにPOPに楽しくなってきました。「ロックはビジネスじゃない。反逆心を持て」とか言っても仕方ねーよ。ベトナム戦争も終わって裕福時代の若者にそれを求めるのは無理・・。
80年代ハードロックはヴィジュアル、エンターテイメントに徹しており、それはそれでよいのでは・・。


(左)デュランデュラン「セブンアンドラクドタイガー」  (右)デフレパード「ヒステリア」、実にカッコイイ!c0119160_1173561.jpgc0119160_118554.jpgc0119160_1182329.jpg
       (中)ボンジョビ「ワイルドインザストリーツ」、POPなハードロックは日本でも大人気


80年代はパンクロック・前衛テクノ系も大きな足跡を残し、トーキングヘッズ・ブライアンイーンノなどが活躍。                               
ヘビメタもあまり聴かなかったけれど、デフレパードはいいですね!「ヒステリア」はハードロックのシンプルサウンドに現代テクノロジーを融合させた完成度高い名盤です。(全部シングルにしてもいい位の曲ばかり)
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                       洋楽(ロック・POPS)に魅せられて(その4:最終編)へ続く
                                           

  by rollingwest | 2008-03-18 19:06 | 洋楽(ロック・POPS) | Comments(20)

<2008年3月>洋楽(ロック・POPS)に魅せられて(自分史):(その4:最終編)

↓洋楽(ロック・POPS)に魅せられて(その1)~(その3)から続く

                         洋楽(ロック・POPS)に魅せられて(その1)
                         洋楽(ロック・POPS)に魅せられて(その2)
                         洋楽(ロック・POPS)に魅せられて(その3)



★平成以降(もう、よくわからない・・)

ラップやヒップHOPが主流となると、もう小生は洋楽への興味を殆ど失ってしまいました。
かつて私は日本のロック・POPS(アイドル歌手のイメージ)なんてアホらしくて聴いてられるか~なんて感じでしたが、平成以降はJ-POPの高い音楽性に敬服!洋楽を崇拝・愛聴したのも今は昔。
1990年以降の洋楽で何が名盤だったのか殆どわからない・・・。私には暗黒マダラ模様~な時代。


     (左)ガンズ&ローゼズ「アペタイドフォーディストラクション」       (右)REM「アウトオブタイム」c0119160_21422144.jpgc0119160_21523845.jpgc0119160_2265674.jpg
                    (中)ニルヴァーナ「ネヴァーマインド」

産業ロック風潮に反発するように登場したのがパンク系やオルタナティブと呼ばれるハードロック。
セックスピストルズ、アイアンメイデン、メタリカ等が功績を残したと聞いていますが、小生は当ジャンルに疎くてさらりとジャケットのみ紹介させていただきます。ニルヴァ-ナの「ネバーマインド」は名盤との評判ですね。
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    (左)オアシス「モーニンググローリー」     (右)サンタナ「スーパーナチュラル」、グラミー賞で復活c0119160_21553787.jpgc0119160_21561311.jpgc0119160_21565332.jpg
    (中)レニークラビッツ「自由への疾走」、賛否あるようだけど私は彼のロックは大好き


90年代を代表するバンドは、オアシス、REM、レッドホットチリペッパーズ、レディオヘッド等ですが殆ど聴く機会がなかった。今後トライしてみます。(趣味に合わないかな) ハードロックではガンズ&ローゼズやレニー・クラビッツ(70年代雰囲気が漂う・・)は硬派でなかなかのお気に入りですね!
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コールドプレイは実に素晴らしいバンドです!まだ皆若いのに、こんなにも完成された美しい音で独特世界を表現できるとは!一挙に大ファンとなりました。「パラシューツ」・「静寂の世界」も必聴オススメ!
ザ・ラスマス(フィンランド)も洗練された迫力あるロックサウンドを聴かせてくれてお気に入り!

(左)コールドプレイ「X&Y」、実に素晴らしい名盤(右)イーグルス復活「ロングロート・゙アウトオフ・゙エデン」
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        (中)ベンフォールズ「ロッキン・ザ・サバーブス」、ソロになっての名盤


懐かしいサンタナが2000年に「スーパーナチュラル」を発表しグラミー賞で史上最多9部門制覇のニュース
は実に嬉しいことでした。以前と変わらぬカルロスサンタナの美しいギタープレイは神の技です。
そしてついにイーグルスが新アルバム「ロングロート・゙アウトオブ・エデン」を28年ぶりにリリース(ウエストコーストサウンド雰囲気が充実!(^o^)) ツェッペリンも再結成!今もおじさん達が頑張ってるのが素晴らしい!




★マイ・フェイバリットの名盤 (心に残るアルバム・アーティスト)

最後に、私が大好きな名盤たちを紹介いたしましょう。

最高に崇拝するアルバムは今もイエスの「危機」。これこそプログレロックの金字塔的作品であります。
5年前(在阪時代)イエスが黄金期メンバーでの来日公演。ジョンアンダーソンの澄み切った声、スティーブハウのギター、リックウエイクマンのキーボード。30年前に夢中になったサウンドが当時と違わず再現され大感激!


     (左)私の人生で最高名盤イエス「危機」、(右)ピンクフロイドの中期名盤「原子心母」
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             (中)ムーディブルース「セブンスソジャーン」、人生のベスト3名盤

ムーディブルースの「セブンスソジャーン」は日本で殆ど評価されていないのですが、私の中では名盤中の名盤!美しいメロディ・澄み切った声で連続展開される夢幻の世界!何度聴いても感動しますね。プログレの雄・ピンクフロイドは初期名盤「原子心母」が一番好き。「おせっかい」「ウォール」もGoo!
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大学時代はフリートウッドマックが大好きでした。POPなサウンドにスティービーニックス(女性)の不思議な声がミックスした魅力的なバンド。初期はクリームやジョンメイオール等と並ぶ渋~い白人ブルースだったのだ!

 (左)イーグルス「テスペラード」初期の最高名盤、 (右)アルスチュワート「イヤーオブザキャット」c0119160_6412715.jpgc0119160_642109.jpgc0119160_6431193.jpg
      (中)フリートウッドマック「噂」、白人ブルース゚ファンにとってはPOP路線変更は残念らしい。

アルスチュワートの「イヤーオブザキャット」は超名曲でした!静かな弾き語りから始まり、後半でクライマックスを迎えるサックスと泣きギターのコラボレーション。嗚呼いいねえ・・、青春時代の思い出が鮮明に甦る。


 
(左)ボストン「ドントルックバック)」(最高名盤!) (右)10CC「愛ゆえに」(アイムナット&ピープル~インラブ!)c0119160_6545412.jpgc0119160_6553339.jpgc0119160_6555861.jpg
     (中)アランパーソンズプロジェクト「アイロボット」、一度聴くべし!実に素晴らしい。

アランパーソンズプロジェクトはプロジェクト形式としては世界一売れたバンドです。コンセプトアルバム主体の作品は壮大なスケールとポップで聴きやすいサウンドが表現されています。10CCは名曲「アイムナットインラブ」「ピープルインラブ」が印象的な知的POPデュオ、透明感ある高品質な音を聴かせてくれます。
ボストンはゆっくりじっくりアルバムを完成させるので全作品とも秀逸です。特にこれが大好き!


   (左)イングランドダン&ジョンフォードコリー「秋風の恋」   (右)エリックカルメン「サンライズ」c0119160_6581949.jpgc0119160_6584785.jpgc0119160_6591363.jpg
            (中)アートガーファンクル「ブレイクアェイ」、済んだ声と名曲の数々
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美しいバラードの男性ボーカルはいいですねえ。イングランドダン&ジョンフォードコリーは大学時代に数々のヒット曲が心に刻まれました。そしてエリックカルメン「恋にノータッチ」や「オールバイマイセルフ」(ラフマニノフ協奏曲のモチーフ曲)。失恋した痛手もあり、今も当時のセンチメンタルな気分になりますなあ・・。


 (左)ブレッド「ギターマン」(イフもいい曲だね・・) (右)サイモン&ガーファンクル「明日に架ける橋」c0119160_713749.jpgc0119160_715830.jpgc0119160_722273.jpg
     (中)ニルソン「ウィズアウトユー」、 絶唱!♪アイキャン・リ~ブ、リビンウィズアウチュ~!♪

そして洋楽黎明期(15~17才)の頃は、初期のエルトンジョン、ブレッド、ニルソン(ウィズアウトユーは今もカラオケで絶叫する最も得意曲)に夢中となりました。誰でもそうだと思いますが、やはり思春期の多感な時期に感動した音楽こそが自分の一生で「心に残る思い出の名曲」となるのでしょう・・。
自分にとっては、サイモン&ガーファンクルの「明日に架ける橋」がその象徴曲となっています。
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★おわりに


自分の中での洋楽名盤40年をあらためてレビューしてみましたが、前半20年間(昭和)と後半の20年間(平成)で取り上げたアルバム数の構成比はなんと9割以上が昭和時代のものでした。
当然誰しも青春時代に聴いた名盤が最も心に深く残るものであり、主観的理由が大半と思います。
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しかし以下のような背景もあるからではないでしょうか。(1)やはり1960年後半から1980年にかけてが、ロックが最も進化・発展した歴史的な20年だった。 (2)世の中の文化・価値観が均一に近く(例:紅白歌合戦の視聴率が8割)、皆が同じものを見聴きした強い共有意識 (3)レコード・オーディオは値段が高く、マイアルバムを一度買ったら大事に聴く心構え・入れ込み感を持っていたこと

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今も洋楽カラオケを友達と唄うとき、サビの部分やアレンジの細かいところは自然な感じで曲が湧き出て一緒に唱和することができます。青春時代にレコード針が擦り切れるまでこだわりをもって聴いた名曲は色褪せず体の隅々にまで刻み込まれているからなのでしょう。今後一生ともに・・・。

                                                      おわり
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   長文にわたり、自己満足の世界にお付き合いいただき誠にありがとうございました。

  by rollingwest | 2008-03-17 21:35 | 洋楽(ロック・POPS) | Comments(28)

<2008年2月11日>「ジョンレノン・ミュージアム」を訪ねて 

★はじめに

最近友達と洋楽カラオケにいく機会が増えましたが、歌う曲の大半はやはりビートルズが占めます。
好きな音楽アーティストは人それぞれですが、ビートルズは洋楽世界でのスタンダード、各世代においても共通基盤・ルーツになっています。だからこそ皆にとわに愛され歌い継がれるのでしょう。

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かねてから「ジョンレノンミュージアム」(さいたまスーパーアリーナ内)を訪れてみたいと思っていました。
ビートルズの歌を唄いながら、「一度ここを見学しあの時代をフラッシュバック・レビューしよう」と心に決め、先日行ってきましたので今回紹介いたしましょう。 今年は小生が洋楽を好きになって40年の節目も迎え、ビートルズの歴史を振り返りながら思い出の一端も語ってみたいと思います。

         ビートルズ解散40周年「アビーロードでパロッツ・LIVEを堪能」記事はコチラから



★ジョンレノンミュージアム

「ジョンレノンミュージアム」は、さいたま新都心の中核施設「さいたまスーパーアリーナ」の中に常設されジョンレノン60歳生誕を記念して2000年10月にオープンしました。オノ・ヨーコが正式許諾した世界初のレノン記念館であり130点のジョンゆかりの品々(ギター・眼鏡・衣類等)が展示されています。

   .....エントランスには「ジョンレンノン肖像」のタペストリーが飾られていた。(撮影可)......
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ヨーコは「ビートルズに不協和音をもたらし、解散の原因となった悪女」として非難を浴びましたが、ジョンは彼女を愛し解散後も一緒に諸活動を展開しました。(一部内容には奇行に近いものもあり、ビートルズファンにはヨーコは不人気なようです。小生もヨーコの呻くようなあの曲はチョット勘弁・・) 


.....(左)「さいたまスーパーアリーナ」、大宮駅からはちょっと離れた「さいたま新都心駅」下車.......
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当然展示内容物の殆どは、ヨーコとの共同活動・愛の生活(ビートルズ解散後)が中心でしたが、ビートルズ時代のエピソード・写真や記念品(愛用楽器など)も結構公開されていましたよ。
(ジョンの前妻やその息子ジュリアンレノンの写真も掲載されていたことはチョット驚いたけれど・・。)


      .....(右)受付の横に飾られているジョン&ヨーコの等身大写真(撮影可)....
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ジョン主演の映画「僕の戦争」が存在したこと、ヨーコと一時別居状態にあり麻薬中毒だったこと、反戦活動展開で米国政府から国外退去命令を受け闘争勝利、3年連続(1977-79)で軽井沢来訪・日本各地を巡っていたこと等、意外とジョンについて知らなかったことも多くて勉強になりました。


.....ジョン愛用のピアノ(本当は館内撮影禁止だがこの写真だけは撮ってしまった。ご容赦).....
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名作「ダブルファンタジー」発表後に1980年ジョンが凶弾に倒れてからもう30年近くも経つのですねえ。
それ以来、未亡人ヨーコは「ジョンの肖像」を守り神格化しようと頑張っているような気もします。
再来年はジョンレノン生誕70年、レノン逝去後30年、ビートルズ解散後40年の大きな節目の年。
その時ジョンレノンミュージアムは多くの若者・昔を懐かしむオジサン達で満員になることでしょう。




★ビートルズの歴史① (初期:アイドル時代)

我々の世代は「ビートルズ来日」(1966.6月)が小学生時期だったこともあり、初期全盛期(黄色い声の熱狂コンサート時代)にリアルタイムで夢中になった人は少ないと思います。(私は当時GSに夢中) 我々「ウルトラマン世代」がビートルズを聴き始めたのは、音楽性が完成域に高められた後半期~解散期(1967~1970年)、or各自ソロ出発期(70年初頭)あたりから興味をもった人が大半と思います。
団塊世代の方にとっては、POPなビートルズ前半期こそが熱中した思い出の時期でありましょう。


  ....(左)デビューシングル「ラヴミ-ドゥ」「PSアイラヴユー」....(右).1st.アルバム「プリーズプリーズミー」....
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リヴァプール出身の4人組は1962年10月にデビュー、第2弾シングル「プリーズプリースミー゙」の全英NO1大ヒットを皮切りに、翌年も立て続けにNO1曲を連発し人気を不動のものにします。1964年にはアメリカに上陸して大成功、観客動員・レコード売上も史上空前の記録を次々に塗り替えていきました。

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初の主演映画「ハードデイズナイト」は白黒ながら、ビートルズの日常的な姿を動的に捉えています。
1964年4月「ビルボード」上位5曲が彼らに独占されたというのですから実に驚異的なことですね。


  .....「ア・ハードデイズナイト」 (ビ゙ートルズがやって来る ヤァ!ヤァ!ヤァ!)......c0119160_21364318.jpgc0119160_213786.gifc0119160_21431288.jpg


1965年は主演映画第2弾「ヘルプ!4人はアイドル」で更にトップスターの地位を固めていきます。
マネージャー:ブライアンエプスタインやプロデューサー:ジョージマーティンの名辣腕も大きかったのです。 
この年はエリザベス女王から勲章を授与、「サー」称号も与えられ「英国文化の顔」となりました。


  .......映画「ヘルプ!4人はアイドル」で世界的なスターへ、女王叙勲で一躍名士に昇格...c0119160_21452049.jpgc0119160_21455125.jpg

この頃の曲は演奏公演主体で活動していたこともあり、シンプルでPOPなナンバーが中心です。
最近、ビートルズ再現の「おやじバンド」が多く存在していますが、当時代の数多いヒット曲を懐かしみながら絶叫していることでしょう。(演奏側・観客ともに特に団塊世代の方が多いようですね。)




★ビートルズの歴史② (音楽性の転換~史上最高の名盤登場)

ビートルズがめざす音楽性の転換期は「ラバーソウル」「リヴォルバー」が発表された1966年頃です。
テープを逆回転したり重層的に音を編集したり遊び心で新たな音楽境地を開いていきました。
ジャズ・クラシック・インド音楽への接近、LSD麻薬体験での幻想性やエレクトロ技術を駆使した曲が登場。
傑作名盤「リヴォルバー」の「トゥモローネバーノウズ」はそれを象徴するサイケデリックサウンドの曲でしたね。
ジョンのキリスト冒涜発言を契機に彼らはライブを一切停止、スタジオ編集路線に方向転換します。


.....(左)「ラヴァーソウル」は方向性変化の転機........(右)数々の音楽性を求めた傑作「リヴォルバー」....c0119160_21561355.jpgc0119160_21563269.jpg


そして遂にロック音楽史上で最高傑作のアルバム「サージェント・ペッパーズ・ロンリーハーツ・クラブバンド」が1967年に発表されました。ロックの音楽概念を変えたこのアルバムは世界初のコンセプトアルバムでシングルカットされた曲はゼロですが、当アルバムが存在したからこそ70年代のロック大発展に繋がるのです。
(キングクリムゾン、フー、ピンクフロイド、イエス等のプログレ勢が隆盛した原点はまさにこのコンセプトアルバム!)


.....(左)歴史的名盤「サージェントペッパーズ」..... (右) イント超越瞑想゙の影響を与えたマハリシュ・マヘシュ・ヨギ....c0119160_21574699.jpgc0119160_2158610.jpg


今もカラオケで唄うお気に入りは「ア・デイ・インザ・ライフ」(壮大な名曲)と「ルーシー・インサ・゙スカイ・ウィズザ・ダイヤモンド」(LSDの頭文字と言われる)。この頃は麻薬や幻想的なインド哲学に傾倒していました。
ビートルズに影響を与えたインドの瞑想師ヨギ(仲違いしましたが・・)が今年2月亡くなりましたね。



★ビートルズの歴史③ (名マネージャーの死~分裂への萌芽)

1967年8月、今までビートルズを支えてきた名マネージャー:ブライアンエプスタインが睡眠薬中毒で死去(自殺?)しました。この頃からビートルズは糸の切れた凧の様になっていったといわれます。


....(左)世界初の同時衛星TVで歌った「愛こそはすべて」.... (右) 批判が多い「マジカルミステリーツアー」....c0119160_2254760.jpgc0119160_2261954.jpg


「マジカルミステリーツアー」の映画評は厳しいものがありました。個々をみれば素晴らしい名曲が多くあり悪くないのですが、やはり史上最高名盤「サージェントペッパーズ」の次作アルバムだと期待が大きすぎて辛いものがありますね。 名マネージャーの死→酷評の嵐・・と「泣きっツラに蜂」状態・・。


.....1968年.全米9週連続1位の名曲「ヘイジュード」、1300万枚を販売。(世界歴代4位)...... c0119160_2281742.gifc0119160_2283257.gif



「ヘイジュード」は私が生まれて初めて購入したEPレコード。それ迄ニュース・雑誌で何となく耳にしていたビートルズをこの時、能動的に意識しました。アップルデザインのレコードは印象的でしたが、
エプスタイン亡き後、彼ら独自のレーベルを設立したのです。(リンゴスターがいるからアップルと信じてた。)


 .....(左) 一般評価は意外に厳しい「ホワイトアルバム」....(右)サントラ盤「イエローサブマリン」....c0119160_221058.jpgc0119160_22103246.jpg


ホワイトアルバムは彼ら初の2枚組アルバムでしたが、残念ながら「全体が散漫な印象」と厳しい評価です。グループ゚のまとまりが欠け、勝手気ままに個々の曲を持ち込んでいたことも大きな原因といいます。しかしこの頃からジョージやリンゴも自らの才能・個性を発揮しアピールを始めます。
実に意外なことに、ジョンが「ホワイトアルバムが一番好きだ。」と語っていることをミュージアムの展示で知りました。何故なら「あるがままの姿」だからと解説してあります。「レットイットビー」の心境は・・。




★レノン&マッカートニーの名曲

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ビートルズの数ある名曲は殆どこの2人が作曲しましたが、どちらが書いても「レノン&マッカートニー」の連名と取り決めました。どちらが書いたのかを推測するのもマニアの楽しみの一つとのこと。リードボーカルを取っている方が、作曲の主体者で主導権を握っていることは間違いないようです。
しかし二人の心は徐々に離れていき(ヨーコの出現とともに・・)、末期は「仮面の連名コンビ」状態? 




★ビートルズの歴史④ (最後の閃光、そして解散)

私が洋楽に本格的な興味を持ち始めたのが1970年(中学1年後半)でした。丁度その時ビートルズは解散してしまいました。映画「レットイットビー」を観た時、それがビートルズ終焉の記録映画だったとは認識しておらず、その表面的なカッコよさだけに憧れ夢中になっていました。ビートルズが「再び原点に戻ろう」という「ゲットバック」志向がありそれが挫折してしまったとは露も知らずに。


.....(左)「ゲットバックのライブ」アップル社屋上にて....(右)原点回帰もかなわず「レットイットビー」....c0119160_2222396.jpgc0119160_22222943.jpg

 
ビートルズの実質的なラストアルバムは超名盤「アビーロード」!ビートルズはやはりライブバンドには回帰できず、再びスタジオ編集での最高峰(サージェントペッパーズの再現)を目指すことにしました。ジョンの「カムトゲザー」に始まり、ジョージの名曲「サムシング」「ヒアカムザサン」、リンゴの「マックスウェルズシルバーハンマー」、再びジョンの美しい「ビコーズ」。圧巻はポールの「ゴールデンスランバー」「ジ・エンド」を頂点とするB面の大メドレー! 「サージェントペッパーズ」と双璧をなすビートルズ最後の偉大なる傑作でした。


.....(左)最後の傑作「アピーロード」....(右)数々のアーティスト名盤を生んだ「アビーロードスタジオ」....c0119160_22234628.jpgc0119160_2224492.jpg


私が最も尊敬する名盤「AB.R.」。LPジャッケットの裸足のポールに死亡説が飛び交ったのも懐かしい。1,300万枚を越す超大ヒットとなりましたが彼らの分裂の流れを止めることはできませんでした。
1970年4月、ポールが一方的に「解散宣言」を出して遂にビートルズの歴史は終幕を迎えました。

      

★ソロ活動スタート、各自の活躍

ジョンのソロ第一作はプラスティックオノバンド「ジョンの魂」、母親の愛に飢えていた心情を吐露・「マザー」の曲で幕を開けます。「マインドゲーム」「ハッピークリスマス」等の佳曲もありますが、やはり「イマジン」が最高の名曲ですね。「20世紀最高の歌詞」と呼ばれ、ヨーコの芸術意識の影響を受けたと云われます。


.....(左)ジョンの生んだ永遠の名曲「イマジン」・71年....(右)「マインドゲーム」、ヨーコを描写・73年...c0119160_2332959.jpgc0119160_22384090.jpg


ポールは妻リンダと共にウイングスを結成、世界的なヒット曲「マイラブ」・傑作アルバム「バンドオンザラン」で1970年前半ソロ時代の頂点を極めました。その後、環境保護・社会活動を展開し1997年にエリザベス女王から騎士称号も受けました。1998年に愛妻リンダが癌で他界で失意、2006年に35才年下の美女と再婚しましたが、翌年離婚。08年3月に47億円もの巨額な慰謝料をふんだくられています。スゴイ

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ビートルズ時代最も影の薄かったジョージは、末期・ソロ時代になると俄然才能を発揮し始めます。
名盤「オールシングスマストパス」が絶賛され、世界的な大ヒット「マイスィートロード」(盗作敗訴となりましたが)が生まれます。私のお気に入りは「ギブミーラブ」を収録した「リビング・インザ・マテリアル・ワールド」ですね。
難民救済「バングラデシュコンサート」をEクラプトン、Bディラン、レオンラッセル、リンゴ達とともに成功させました。


 .....(左)ポールウイングス名盤「バンドオンザラン」....(右)リンゴの名盤「センチメンタルジャーニー」....c0119160_22501148.jpgc0119160_22503917.jpgc0119160_2251174.jpg
       .....(中)ジョージの最高傑作「オール・シングス・マストパス」、何と3枚組LPだった。....  

リンゴスターの解散直後の活躍は素晴らしく次々とヒット曲を放ちました。彼のドラム演奏技術評価は結構高いものがあります。初期メンバーのピート・ベストが脱退させられたのも、演奏技術と華があるリンゴが登場したからなのです。ソロ活動時代では、映画俳優や監督での高い評価も受け、その飄々としてほのぼのとしたキャラクターはビートルズ時代から「一服の清涼剤的な存在」でしたね。




★ジョンレノン暗殺、ジョージの死

1980年12月8日、世界に衝撃が走りました。ジョンレノンの暗殺です。狂信的なファンに撃たれてロック界最大のカリスマは40歳の若さでその命を閉じました。一時別居したヨーコとの仲を取り戻し、息子ショーンを授かり主夫をしていたジョンが名盤「ダブルファンタジー」で復活した直後の悪夢・・・。
ヨーコの衝撃は計り知れませんがその悲劇を受け入れ、現在は彼の伝説化に傾注しています。

    .....(左)ジョンの遺作となった「ダブルファンタジー」....(右)ベスト盤「レノン・リジェンド」....c0119160_23325853.jpgc0119160_2301244.jpg

ソロになってから一番生き生きと活躍していたジョージハリスンが、2001年11月癌で亡くなってしまいました。(享年58歳)  余りにも早過ぎる死。(_ _。)   天に召されてからは、シタールを片手にラビシャンカール(インド音楽の師匠)の所へ行ってしまったのかもしれません。
彼のギターもジョージとの死別で悲しみに暮れ、ジェントリーに泣いたことでしょう。



解散30数年を過ぎてから知るビートルズの真実(回想)

「アンソロジー」はビートルズの誕生から解散までを、メンバー自身の回想で綴った映像ストーリー(1996年)です。貴重なフィルム・音源が公開され、時系列でビートルズ真の姿が表現されています。
ここから4半世紀ぶりに彼らの新曲「フリー・アズ・ア・バード」がリリースされて大きな話題となりました。

.....(左)未発表曲「フリー・アズ・ア・バード」が入る「アンソロジー」....(右)魅力的な編集のベスト盤「LOVE」..c0119160_2314362.jpgc0119160_232635.jpg

2006年にはビートルズ楽曲の音源(マスターテープ等)をリミックスしたコラージュ風のアルバム「LOVE」が発売されました。ジョージマーティン(プロデューサー)と息子2人によって創作されたアルバムで一度聴いてすぐに嵌まってしまいました。ビートルズの意志が反映されていないのでこれは亜流だという批判の声もあるようですが、実に素晴らしい編集!新鮮な感覚で聞けるので、是非とも必聴・オススメ!



     
★おわりに

今年2月5日、「レットイットビー」に収められた名曲「アクロスザユニバース」(宇宙横断の意味)が、「NASA」から北極星に向けて発信されたそうです。431光年も遠い北極星への到達は2439年。
壮大なロマンですが、果たして宇宙人には届くのか?そして、その頃地球や人類は一体どんな姿になっているのでしょうか?(地球環境激変で人類が不幸な状態になっていないことを願うばかり)

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未来の地球人・宇宙人に「遙か大昔にこんな素晴らしい音楽があったのか!」と驚かれ、「ビートルズをリアルタイムに体験できた当時の人々は羨ましいなあ・・」と言われれば実に楽しいですね。(笑)
体に染み付いたビートルズの曲は、これからも「インマイライフMusic」であり続けることでしょう。

                                                       おわり

         アーティスト別名盤レビュー「ビートルズ」名盤からのお気に入り曲

         リンク:⇒このHPからビートルズの名曲が聴けます。(アルファベット順に検索)


.....ジョンレノンミュージアムのエントランスは時節によって違う表情・雰囲気で装飾演出される。.....
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PS: 次回は、「洋楽(ロック・POPS)に魅せられて40年」のテーマで、ビートルズ以外の名アーティストや名盤の数々を紹介し、その歴史を振り返ってみたいと思います。

        洋楽(ロックPOPS)に魅せられて40年(その1)
        洋楽(ロックPOPS)に魅せられて40年(その2)
        洋楽(ロックPOPS)に魅せられて40年(その3)
        洋楽(ロックPOPS)に魅せられて40年(その4)

  by rollingwest | 2008-02-19 20:32 | 洋楽(ロック・POPS) | Comments(39)

RW/洋楽コーナー:【My Favorite Songs】INDEX 

RW/洋楽コーナー:【My Favorite Songs】・INDEX各巻の参照は【第〇巻】をクリックして下さい。
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My Favorite Songs【第1巻】
(001):アルスチュワート 「イヤー・オブザ・キャット」 (1976年) (2011.7.9公開)
(002):オーリアンズ 「ダンス・ウィズ・ミー」 (1975年) (2011.7.16公開)
(003):エリックカルメン 「恋にノータッチ」 (1976年) (2011.7.23公開)
(004):エリッククラプトン 「いとしのレイラ」 (1970年) (2011.7.30公開)
(005):ムーディブルース 「新しい地平線」 (1972年) (2011.8.5公開)
(006):イーグルス 「ラストリゾート」 (1976年) (2011.8.13公開)
(007):ビートルズ 「ユー・ネヴァー・ギブ・ヨアマネー」 (1969年) (2011.8.20公開)
(008):ボストン 「宇宙の彼方へ」 (1976年)  (2011.8.27公開)
(009):エルトンジョン 「イエスイッツミー」 (1971年)  (2011.9.3公開)
(010):フリートウッドマック 「ドリームス」 (1977年)  (2011.9.11公開)
(011):シカゴ 「クエスチョンズ67&68」 (1969年)  (2011.9.19公開)
(012):コールドプレイ 「スピードオブサウンド」 (2005年)  (2011.9.28公開)


My Favorite Songs【第2巻】
(013):ジミ・ヘンドリックス 「紫のけむり」 (1967年)  (2011.10.7公開)
(014):シルヴィ・バルタン 「悲しみの兵士」 (1970年)  (2011.10.16公開)
(015):ピンクフロイド 「サマー68」 (1970年)  (2011.10.26公開)
(016):サイモン&ガーファンクル 「サウンドオブサイレンス」 (1965年)  (2011.11.5公開)
(017):アランパーソンズプロジェクト「アイ・インザ・スカイ」(1982年) (2011.11.15公開)
(018):ジョージハリスン「リヴィング・インザ・マテリアルワールド」 (1973年) (2011.11.25公開)
(019):アバ 「悲しきフェルナンド」 (1976年) (2011.12.5公開)
(020):ダンフォーゲルバーグ 「懐しき恋人の歌」 (1981年)  (2011.12.15公開)
(021):ロッドスチュワート 「セイリング」 (1975年)  (2011.12.25公開)
(022):ビートルズの名曲「トップ10ソングス」 (2012年) (2012.1.4公開)


My Favorite Songs【第3巻】
(023):ブレッド 「ギターマン」 (1972年) (2012.1.14公開)
(024):レッドツェッペリン 「サンキュー」 (1968年) (2012.1.24公開)
(025):ビートルズ 「インマイライフ」 (1965年) (2012.2.4公開)
(026):ショッキングブルー「悲しき鉄道員」 (1970年) (2012.2.14公開)
(027):クイーン 「輝ける七つの海」 (1974年)  (2012.2.24公開)
(028):モンキーズ「素敵なバレリ」 (1967年)  (2012.3.4公開)
(029):シンディローパー「タイムアフタータイム」 (1984年)  (2012.3.14公開)
(030):ビートルズ 「サムシング」 (1969年)  (2012.3.25公開)
(031):カーペンターズ 「青春の輝き」 (1976年)  (2012.4.3公開)
(032):レニークラヴィッツ「ロンクンロールイズデッド」 (1995年)  (2012.4.14公開)


My Favorite Songs【第4巻】
(033):ザ・バンド 「ウエイト」 (1969年) (2012.4.24公開)
(034):キャメル 「ブレスレス(神秘の女王)」 (1978年) (2012.5.4公開)
(035):アンドリューゴールド 「ロンリーボーイ」 (1977年) (2012.5.14公開)
(036):ビージーズ「若葉の頃」(First of May) (1969年) (2012.5.26公開)
(037):イエス 「危機」(盛衰:I Get Up I Get Down ) (1972年)  (2012.6.6公開)
(038):10CC 「アイム・ノット・イン・ラヴ」 (1977年)  (2012.6.17公開)
(039):ドンマクリーン 「アメリカンパイ」 (1972年)  (2012.6.28公開)
(040):キングクリムゾン 「21世紀の精神異常者」 (1969年)  (2012.7.10公開)
(041):レオセイヤー 「遥かなる想い」 (1977年)  (2012.7.22公開)


My Favorite Songs【第5巻】
(042):ディープパープル 「ハイウェイスター」 (1972年) (2012.8.2公開)
(043):デビッドボウイ 「スペース・オデティ」 (1969年) (2012.8.15公開)
(044):ブルーススプリングスティーン 「明日なき暴走」(1975年)  (2012.8.26公開)
(045):イングランドダン&ジョンフォードコーリー 「秋風の恋」 (1976年) (2012.9.9公開)
(046):ドゥービーブラザーズ 「チャイナグローブ」 (1973年)  (2012.9.22公開)
(047):ビーチボーズ 「スループ・ジョン・B」 (1966年)  (2012.10.5公開)
(048):リトルリヴァーバンド 「ロンサムルーザー」 (1979年)  (2012.10.19公開)
(049):ニールヤング 「男は女が必要」 (1972年)  (2012.11.3公開)


My Favorite Songs【第6巻】
(050):ローリングストーンズ 「レディジェーン」 (1966年) (2012.11.13公開)
(051):ジュリアンレノン 「ヴァロッテ」 (1984年) (2012.11.26公開)
(052):ニルソン 「ウィズアウトユー」 (1971年) (2012.12.11公開)
(053):ビートルズ 「ゴールデンスランバー、ジ・エンド」 (1969年) (2012.12.24公開)
(054):エレクトリック・ライト・オーケストラ  「エヴィルウーマン」 (1975年) (2013.1.6公開)
(055):クリーム 「ホワイトルーム」 (1968年) (2013.1.19公開)


My Favorite Songs【第7巻】
(056):ダニエルパウター 「ベストオブミー」 (2010年) (2013.2.2公開)
(057):サンタナ 「ブラックマジックウーマン」 (1970年)  (2013.2.16公開)
(058):ラズベリーズ 「明日を生きよう」 (1972年)  (2013.3.3公開)
(059):ジャーニー 「ホィール・インザ・スカイ」   (1978年)  (2013.3.16公開)
(060):CCR 「雨をみたかい」  (1971年)  (2013.3.30公開)
(061):オリビアニュートンジョン「そよ風の誘惑」 (1975年)  (2013.4.11公開)


My Favorite Songs【第8巻】 
(062):マイケルジャクソン 「ベン」   (1972年)  (2013.4.27公開)
(063):エルビスプレスリー 「この胸のときめきを」 (1970年)  (2013.5.11公開)
(064):フォリナー 「ホット・ブラッデッド」 (1978年)  (2013.5.25公開)
(065):アメリカ 「金色の髪の少女」 (1975年)  (2013.6.7公開)
(066):BS&T 「スピニングホイール」 (1969年)  (2013.6.19公開)


My Favorite Songs【第9巻】
(067):スーパートランプ 「ロジカルソング」 (1979年)  (2013.7.1公開)
(068):スリードッグナイト「喜びの世界」 (1970年)  (2013.7.13公開)
(069):ロバータフラック 「やさしく歌って」 (1972年) (2013.7.25公開)
(070):ホール&オーツ 「シーズゴーン」(追憶のメロディ) (1976年) (2013.8.6公開)
(071):マウンテン 「ミシシッピクイーン」 (1971年) (2013.8.18公開)


My Favorite Songs【第10巻】
(072):ニールダイアモンド 「スィートキャロライン」 (1969年) (2013.8.31公開)
(073):ボブシーガー&シルバーバレットバンド 「ナイトムーブス」 (1977年) (2013.9.12公開)
(074):キッス 「ハードラックウーマン」  (1976年) (2013.9.24公開)
(075):キャット・スティーヴンス 「雨にぬれた朝」 (1972年) (2013.10.5公開)
(076):エマーソン・レイク&パーマー 「展覧会の絵」 (1971年) (2013.10.17公開)


My Favorite Songs【第11巻】
(077):トッドラングレン 「ハローイッツミー 」 (1972年) (2013.10.29公開)
(078):ポールマッカートニー&ウイングス 「ジュニアズファーム」 (1974年) (2013.11.10公開)
(079):ボブ・ディラン 「ライク・ア・ローリングストーン」 (1965年) (2013.11.22公開)
(080):ミッシェルポルナレフ 「シェリーに口づけ」 (1971年) (2013.12.4公開)


My Favorite Songs【第12巻】
(081):ブライアンアダムス「ヘブン」 (1984年) (2013.12.16公開)
(082):ベンフォールズ 「アニー・ウエイツ」 (2001年)  (20013.12.27公開)
(083):ローリングストーンズ 「ラフ・ジャスティス」 (2005年)  (20014.1.8公開)
(084):セリーヌ・ディオン 「哀しみのハートビート」 (1990年) (2014.1.20公開) 
(085):CSN&Y 「オハイオ」 (1970年) (2014.2.1公開)


My Favorite Songs【第13巻】
(086):スティーリーダン」:「リキの電話番号」 (1974年) (2014.2.13公開)
(087):ケニー・ロジャース:「ギャンブラー」 (1977年) (2014.2.25公開)
(088):カンサス 「すべては風の中に」 (1977年) (2014.3.9公開)
(089):キャロルキング 「君の友達」(You've Got A Friend)(1971年) (2014.3.21公開)
(090):バッド・カンパニー 「キャントゲットイナフ」 (1974年) (2014.4.2公開)


My Favorite Songs【第14巻】
(091):アートガーファンクル 「永遠の想い」 (1975年) (2014.4.14公開)
(092):マンフレッド・マンズ・アースバンド 「光に目も眩み」 (1976年) (2014.4.26公開)
(093):T-REX 「20センチュリーボーイ」 (1973年) (2014.5.8公開)
(094):スティックス 「永遠への航海」 (1977年) (2014.5.20公開)
(095):コモドアーズ 「アイムイージー」 (1977年) (2014.6.1公開)


My Favorite Songs【第15巻】
(096):ビリ―ジョエル 「イタリアンレストランで」 (1977年) (2014.6.13公開)
(097):ユーライアヒープ 「7月の朝」 (1972年) (2014.6.25公開) 
(098):ジムクロウチ 「アイガッタネーム」 (1973年) (2014.7.10公開)
(099):クリストファー・クロス 「セイリング」 (1980年) (2014.7.23公開)
(100):エルトンジョン 「ホリディイン」  (1971年)   (2011.8.7公開)


My Favorite Songs【第16巻】
(101):ハート 「バラクーダ」 (1977年) (2014.8.18公開)
(102):グレンキャンベル 「ラインストーン・カウボーイ」 (1975年) (2014.8.31公開)
(103):ラーセンフェイトンバンド 「今夜はきまぐれ」 (1980年) (2014.9.13公開)
(104):グランドファンクレイルロード 「アメリカンバンド」 (1973年) (2014.9.25公開)
(105):ニッティ・グリティ・ダートバンド 「ミスター・ボージャングルズ」 (1970年) (2014.10.8公開)


My Favorite Songs【第17巻】
(106):ヴィグラス&オズボーン 「秋はひとりぼっち」 (1972年) (2014.10.20公開)
(107):シン・リジィ 「ヤツらは街へ」 (1976年) (2014.11.1公開)
(108):エアサプライ 「オール・アウト・ラブ」 (1980年) (2014.11.13公開)
(109):リンダ・ロンシュタット 「ブルーバイユー」 (1977年) (2014.11.25公開)


My Favorite Songs【第18巻】
(110):シカゴ 「流血の日」(someday) (1969 年) (2014.12.6公開)
(111):ギルバートオサリバン 「クレア」 (1971年) (2014.12.17公開)
(112):サラブライトマン 「クエスチョンズオブオナー」 (1995年) (2014.12.28公開)
(113):ピンクフロイド 「エコーズ」(PART-1) (1971年) (2015.1.9公開)


My Favorite Songs【第19巻】
(114)ティアーズ・フォー・フィアーズ 「シーズ・オブ・ラブ」 (1989年) (2015.1.21公開)
(115)レターメン 「ラブ」 (1971年) (2015.2.4公開)
(116)チープトリック 「永遠のラブソング」 (1982年) (2015.2.17公開)
(117)リンゴスター 「想い出のフォトグラフ」 (1973年) (2015.3.2公開)


My Favorite Songs【第20巻】
(118)レディ・アンテベラム 「ニードユーナウ」 (2009年) (2015.3.15公開)
(119)ピ-ターフランプトン 「アイム・イン・ユー」 (1977年) (2015.3.29公開)
(120)ジェリー・ウォレス 「男の世界」 (1970年) (2015.4.11公開)
(121)テイラー・スウィフト 「チェンジ」 (2008年) (2015.4.27公開)
(122)レーナード・スキナード 「フリーバード」 (1973年) (2015.5.12公開)


My Favorite Songs【第21巻】
(123)ブレッド 「灰色の朝」 (1969年) (2015.5.27公開)
(124)ハーブ・アルパート 「ビタースイートサンバ」 (1965年) (2015.6.10公開)
(125)ウイッシュボーン・アッシュ 「戦士(Warrior)」 (1972年) (2015.6.25公開)
(126)バリー・マニロウ 「哀しみのマンディ」 (1975年) (2015.7.15公開)


My Favorite Songs【第22巻】
(127)スティービー・ワンダー 「迷信」(superstition) (1972年) (2015.7.23公開)
(128)ロギンス&メッシーナ 「川の流れのように」 (1974年) (2015.8.6公開)
(129)スティーブミラーバンド 「ロックンミー」 (1976年) (2015.8.20公開)
(130)ジョン・デンバー 「緑の風のアニー」 (1974年) (2015.9.3公開)


My Favorite Songs【第23巻】
(131)アデル 「サムワン・ライクユー」 (2011年) (2015.9.17公開)
(132)TOTO 「ホールドザライン」 (1978年) (2015.10.5公開)
(133)ビートルズ 「ノルウェイの森」  (1965年) (2015.10.21公開)
(134)イエス 「ラウンドアバウト」 (1971年) (2015.11.6公開)


My Favorite Songs【第24巻】
(135)ジョーコッカー 「美しすぎて」(You Are So Beautiful) (1975年) (2015.11.21公開)
(136)クイーン 「ボヘミアン・ラプソディ」 (1975年) (2015.12.7公開)
(137)USAフォー・アフリカ 「ウィ・アー・ザ・ワールド」 (1985年) (2015.12.7公開)
(138)ビートルズ 「ロックンロール・ミュージック」 (1965年) (2015.1.9公開)


My Favorite Songs【第25巻】
(139)デビッドボウイ 「ラザロス」 (2016年) (2016.1.24公開)
(140)イーグルス 「テイクイットイージー」 (1972年) (2016.2.9公開)
(141)ボブ・ウエルチ 「悲しい女」(Sentimental Lady) (1977年) (2016.2.24公開)
(142)アース・ウィンド&ファイアー 「宇宙のファンタジー」 (1977年) (2016.3.8公開)


My Favorite Songs【第26巻】
(143)アルバートハモンド 「カリフォルニアの青い空」 (1973年) (2016.3.27公開)
(144)アトランタ・リズムセクション 「ソー・イントゥ・ユー」 (1977年) (2016.4.11公開)
(145)カーペンターズ 「遥かなる影」(Close To You) (1970年) (2016.4.25公開)
(146)レオンラッセル 「ソング・フォーユー」 (1972年) (2016.5.9公開)


My Favorite Songs【第27巻】
(147)デフレパード 「ヒステリア」 (1987年) (2016.5.24公開)
(148)バーブラ・ストライザンド 「追憶」(The way we were) (1974年) (2016.6.8公開)
(149)ビートルズ 「フォーノーワン」(名盤リヴォルバー50周年特集) (1966年) (2016.6.23公開)
(150)バッドフィンガー 「嵐の恋」 (1970年) (2016.7.8公開)


My Favorite Songs【第28巻】
(151)マービンゲイ 「ホワッツ・ゴーイン・オン」 (1971年) (2016.7.24公開)
(152)レッドツェッペリン 「胸いっぱいの愛を」 (1969年) (2016.8.9公開)
(153)オーリアンズ 「友よ再び」 (1979年) (2016.8.25公開)
(154)リン・アンダーソン 「 ローズガーデン」 (1970年) (2016.9.8公開)


My Favorite Songs【第29巻】
(155)パット・ベネター 「ウィ・ビロング」 (1984年) (2016.9.23公開)
(156) プロコルハルム 「青い影」 (1967年) (2016.10.8公開)
(157)ポール・デイビス 「アイゴー・クレイジー」 (1977年) (2016.10.23公開)
(158)ハンブルパイ 「ほら穴の30日」 (1972年) (2016.11.8公開)


My Favorite Songs【第30巻】
(159)フリートウッドマック 「リアノン」 (1975年) (2016.11.23公開)
(160)サイモン&ガーファンクル 「冬の散歩道」 (1968年) (2016.12.8公開)
(161)ビートルズ 「エリナーリグビー」(ジョージマーチン哀悼) (1966年) (2016.12.24公開)


My Favorite Songs【第31巻】
(162)Dボウイ&Mジャガー 「ダンス・イン・ザ・ストリート」 (1985年) (2017.1.8公開)
(163)イーグルス 「いつわりの瞳」 (1975年) (2017.1.24公開)
(164)エイジア 「ヒート・オブザ・モーメント」 (1982年) (2017.2.11公開)


My Favorite Songs【第32巻】
(165)アリス・クーパー 「ユー・アンド・ミー」 (1977年) (2017.2.25公開)
(166)クリスタルゲイル 「瞳のささやき」 (1977年) (2017.3.12公開)
(167)ランディ・ヴァンウォーマー 「アメリカン・モーニング」 (1979年) (2017.3.28公開)


My Favorite Songs【第33巻】
(168)ピンクフロイド 「夢に消えるジュリア」 (1968年) (2017.4.15公開)
(169)J・ ガイルズ・バンド 「堕ちた天使」 (1982年) (2017.5.1公開)
(170)ビートルズ「サージェント・ペパーズ・ロンリーハーツ・クラブバンド」 (1967年)(2017.5.17公開)


My Favorite Songs【第34巻】
(171)クール&ザ・ギャング 「チェリッシュ」 (1985年) (2017.6.2公開)
(172)ダンヒル 「ふれあい」 (1977年) (2017.6.18公開)
(173)オールマン・ブラザーズ・バンド 「ジェシカ」 (1973年) (2017.3.公開)


My Favorite Songs【第35巻】
(174)カーリー・サイモン 「うつろな愛」 (1972年) (2017.7.17公開)
(175)ポール・サイモン 「僕のコダクローム」 (1973年) (2017.8.3公開)
(176)ジノ・バネリ 「アイ・ジャスト・ワナ・ストップ」 (1978年) (2017.8.17公開)


My Favorite Songs【第36巻】
(177)ステッペン・ウルフ 「ワイルドで行こう」 (1970年) (2017.9.3公開)
(178)スティーリー・ダン 「エイジヤ(彩) (1977年) 
(179)K.C.&ザ・サンシャインバンド 「ザッツ・ザ・ウェイ」 (1975年) (2017.10.4公開)


My Favorite Songs【第37巻】
(180)ザ・フー 「ババ・オ・ライリー」 (1971年)  (2017.10.20公開)
(181)ビートルズ 「ストロベリーフィールズ・フォーエバー」 (1967年)  (2017.11.5公開)
(182)ダイアー・ストレイツ 「悲しきサルタン」 (1978年) (2017.11.21公開)


My Favorite Songs【Pre Stock】


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  by rollingwest | 2007-01-01 00:01 | 洋楽(ロック・POPS)

「My Favorite Songs」(第37巻)


【My Favorite Songs】の過去紹介した記事一覧(INDEX)はコチラから
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★(182)ダイアー・ストレイツ 「悲しきサルタン」 (1978年)  (2017.11.21公開)



c0119160_17401771.jpg日本での知名度はイマイチですが、1970年代末期~1980年代で世界で大活躍したイブシ銀の英国バンド「ダイアー・ストレイツ」を今回レポートします。大学3年生終盤の1978年秋、下宿アパートで聴いていたFENラジオで「悲しきサルタン」(上記紹介曲)が毎日のように流れており、その後アメリカンチャートをどんどんと駆け登りついに全米2位を記録したのです。ボブ・ディランのようなブッキラ坊で抑揚のないヴォーカルと独特のギター奏法は、地味な印象な曲にも関わらず実に新鮮な衝撃を受けました。当時はディスコブームが頂点に達しており産業ロックも台頭、英国ではニューウェイヴやパンクロックが流行し、あらゆるジャンルが交錯していた70年代末期の音楽シーンの中で、かくなるシンプルなサウンドでルーツ音楽っぽい曲が逆に光り輝いて見えたのです。こういう職人肌のような曲が全米TOPで評価されるとは面白いなあと興味深く耳を傾けていたものです。ボーカル兼ギタリスト、そしてバンド統率者である「マーク・ノップラー」が打ち出すギターサウンドはまさに「匠」の技を極めたフィンガーピッキング奏法、そしてトーンを抑えて語りかけるような歌い方は今聴いても古臭くなくレアな新しさが維持されている気がします。1978年デビュー直後は全く話題にもなりませんでしたが、その後某ラジオ局が彼らのデビュー曲を何回も流したことをキッカケに、耳の肥えた玄人志向のリスナー達が興味を示したのです。商業音楽に嫌気がさしていた音楽ファンに浸透し始め、このデビュー曲成功から彼らの躍進はスタートしました。記念すべきデビューアルバムの冒頭曲は、壮大な雰囲気が漂う「Down To The Waterline」(1978)、シャープで硬質なノップラーのギターで透明感と叙情が感動を呼ぶ初期名盤の幕が開けます。彼独特のフィンガーピッキング奏法による大胆且つ繊細なは色々な ミュージシャンからも評価が高くクラプトンやライクーダーのギター音にも聞こえ、歌はやはりボブ・ディランに似ているなあ・・と思います。しかし洗練さと哀愁さが同居するセンチメンタル感覚はやはりダイアー・ストレイツ独特のサウンドだ!翌年リリースされた2nd盤「コミュニケ」は地味ながらも渋い目・いぶし銀の本領が発揮された名曲が多い印象で代表作は「かつて西部で」(1979) かな・・。当初は4人でしたが、その後マークの弟が脱退してしまい、新たなキーボードを採用したのが3rd盤「メイキング・ムービーズ」でした。「トンネル・オブ・ラブ」(1980)は8分を超える大作で、マーク・ノップラーの個性的なヴォーカルと見事なギタープレイを存分に堪能することが出来ます。ボブディランにも認められたノップラーの作曲才能はこのあたりから存分に発揮され、音楽性はマーク・ノップラーが主導する大作趣向が顕著になっていきました。4th盤「ラヴ・オーヴァー・ゴールド」は楽曲規模が壮大さを増し、傑作と評価されついに念願の全英1位を達成しました。ここからのシングルカット「哀しみのダイアリー」は、レイモンド・チャンドラー小説に触発されての作曲、某誌で「彼らの最も文学的で雰囲気に富んだ曲」と評価されました。そしていよいよ彼らの栄光は頂点へと向い、金字塔アルバム5th盤「ブラザーズ・イン・アームズ」が登場します。このアルバムは内容が素晴らしいだけでなくMTVで収録曲のPVが盛んに流され、全世界で3千万枚というモンスター級の売り上げを記録したのです。英国歴代のアルバムで8位、クイーン「グレイテスト・ヒッツ」、ビートルズ「サージェント・ペパーズ」、ABBA「アバ・ゴールド」、オアシス「モーニング・グローリー」、アデル「21」、マイケル・ジャクソン「スリラー」と一緒にベスト10に入っているのですから凄いと言うしかありません。最も有名な曲はやはり「マネー・フォー・ナッシング」(1985)、全米1位を3週連続でキープした「♪MTV~」のフレーズが印象深い皆が知っている大ヒット曲です。元々はMTVに対する不満を述べた曲なのにMTVによって大量にオンエアされヒットしたという皮肉な展開での世界的なさらなる大ブレイク!この名盤はその他でも捨て曲は一切なく、名盤の冒頭を飾る「So Far Away」(1985)、軽快なカントリーっぽいサウンドの中で味わいあるヒット曲「ウォーク・オブ・ライフ」(1985)、サックスが優雅にメロディを奏でるAOR調バラード「愛のトリック」(1985)、まさにお宝物の名曲が満載です!この名盤は、初期時代の素朴なシンプルサウンドは失われましたが、全曲とも丁寧なアレンジされた洗練さが抜群、この後期金字塔アルバムによってダイアー・ストレイツは完全に世界的な名バンドとして認められていきました。最後は完成度の高いや名盤に収められている名曲「ホワイ・ウオーリー」で締めたいと思います。緻密さと哀愁に満ち溢れた静謐な哀愁バラード、美しいギターの音が冴え渡る隠れた名曲で日本人の琴線にも触れるのではないでしょうか。


⇒次回は、今年7月に新設立「世紀の歌曲賞」を受賞、ヨーコとの共作と認められたジョンレノンの「イマジン」(1971)を彼の命日にあわせて再レビューいたします。♪\(^◇^)/♪





★(181)ビートルズ 「ストロベリーフィールズ・フォーエバー」 (1967年)  (2017.10.20公開)



c0119160_21560180.jpg2017年ビートルズ名盤50周年記事は、6月に公開した「サージェント・ペパーズ・ロンリーハーツ・クラブバンド」(ロック史上最高傑作)名曲集に続き、第4弾「マジカルミステリーツアー」特集をレポートいたします!ビートルズが初めて自分達だけでプロジェクトを組んで制作したTV映画のサウンドトラック盤でしたが、映画評判(悪)と音楽評価(高称賛)のギャップがあまりにも大きいアルバムとして有名です。映画はビートルズ4人と一般客が行先不明の観光バスに乗り込み、予想不能ハプニングで冒険ツアーに巻き込まれるという目論み設定(脚本なし・プロ監督なし)・・、行き当たりばったりのブッツケ本番撮影で臨みましたが彼らが期待したようなハプニングやマジカル冒険シーンは一切起こらず、中身のない軽薄なドタバタ劇に終わってしまいました。金字塔名盤「サージェント・ペパーズ」を輩出し世界称賛を受けていた直後であり、独自制作映画への注目が異常に高まっただけに作品への落胆度合はあまりにも大きく「ビートルズ最大の失敗作」と徹底的に酷評されました。やはり映画制作構想の直前に敏腕マネージャー「ブライアン・エプスタイン」が突然(1967年8月)謎の死を遂げてしまったことで、ビートルズがショックを受けて糸切れ凧の如くコントロールを失ったことが原因かもしれません。散々な映画評価とは対照的に、アルバムに対する音楽性への称賛は非常に高く今聴いても褪せない名曲の数々が満載オンパレード!今回は名盤全11曲の中から人気が高い8曲を収納順に紹介していきたいと思います。ビルボード・アルバム・チャートで8週間連続第1位に輝き、翌年ランキングでは第4位を記録しグラミー賞でベストアルバムにノミネートされた栄光名盤を思いっきり満喫してみて下さい。冒頭スタートはアルバム表題曲でもある「マジカル・ミステリーツアー」をポールのソロLIVEバージョンで御覧下さい。「ララ~」と聞こえる4人のコーラスは「Roll up~」・・、直訳は「巻き上げる」ですがサーカスや見世物小屋の呼び込みで使われる言い回しであり「摩訶不思議世界への冒険ツアーにいらっしゃい、見てらっしゃい~!」と叫ぶご招待フレーズの連呼だったことを今回初めて認識して目から鱗!「サージェント・ペパーズ」から引き継がれたコンセプトとサイケサウンドに装飾されたイントロ曲が最初から冴え渡ります。2曲目は、牧歌調でやや哲学的な魅力を秘めたナンバー「フール・オンザ・ヒル」、直訳すれば「丘の上の愚か者」ですが、言い換えれば「孤高の人」とも受け取れる印象・・、それもそのはず歌の主人公は地動説を唱えて異端視され厳罰に処された「ガリレオ・ガリレイ」だと云われます。「♪Round and round and round~」という歌詞は「それでも地球は回転している」と主張し続けて狂人扱いされた波乱の偉人生涯をポールはこの温かな歌で表現したかったのでしょうか?その次は、一見単調なピアノや控えめ目コーラスと思いきや綺麗な音階変化と展開力が素晴らしい出来映えの「ヨア・マザー・シュッド・ノウ」、大作ではないもののコアなファンにはかなり人気が高い味わいあるナンバー(知る人ぞ知るの名曲)。当時のフィルム映像で4人全員が白いタキシード(胸ポケットに薔薇)で登場しますが、ポールだけが黒い薔薇を身につけており「ポール死亡説」の一つとなったとも云われます。「アイアム・ザ・ウォルラス」は歪ませたジョンのボーカルや、ラジオをチューニングしたラスト演奏が織り込まれた実験的ナンバーで、「私はセイウチ」という不思議題名やナンセンスな言葉遊びの難解歌詞は「鏡の国アリス」の「セイウチと大工」からピックアップされたものらしい。ビートルズ中期時代のサイケデリック色の強いナンバーが大好きなRWはこの曲をよくカラオケで歌います。そしていよいよ登場するのは中後期ビートルズの中で大人気の軽快なナンバー「ハロー・グッドバイ」!「あなたがYESと言えば私は NO、あなたがグッドバイと言えば私はハロー」、反対言葉の応酬はツンデレ愛の裏返し?歌詞・コード進行は中学生レベルの単純ナンバーでありながらもビートルズらしいPOPな音楽性が溢れ出ています。全英・全米1位を獲得した有名曲だけあり、通信カラオケDAMのビートルズ楽曲リクエストランキングでは上位30曲の第9位に輝いています。上記に掲載した「ストロベリーフィールズ・フォーエバー」は、まさにビートルズのサイケデリック期における傑作として評価されているポップ史上屈指の名曲の一つです。テープ逆回転や変速、珍しい楽器の使用、凝った多重録音など、ビートルズが過去にレコーディング・スタジオで学んだ ありとあらゆる知恵・技術がこの一曲に集約されています。名盤「サージェント・ペパーズ」収録曲と同時期に録音され、下記に紹介する「ペニー・レイン」とともに「マジカル・ミステリー」のアルバム先行シングルとして両方A面として発売されたのです。買うファンは超お得の組み合わせですが、販売側としては実に勿体ないというか・・・(笑) 「ペニーレイン」は、ポールが自分の青春時代の思い出をシンプルな言葉で綴ったノスタルジックな名曲。子供の頃にリバプール市街地にある ペニー・レイン通りで見た床屋や銀行・消防署、車・バスが行き交う光景など、何気ない日常を立体的に描き出しています。いつかリバプールを訪問してこの目に焼き付けたいものだ・・。アルバム最後の曲は「愛こそはすべて」(All You Need is Love)、世界初の同時衛星中継テレビ番組「われらの世界」(日本からはNHKが参加)にビートルズが出演しこの歌を歌いあげました。歌った時間は日本時間で朝5時ぐらいだったそうで、当時この記念すべき生中継を実際に見た人はどれくらいいたのかな・・?この歌は最後のりコーラスの中に♪「 She Loves You Yeah,Yeah,Yeah~」がチョイスされる遊び心が好きです。このアルバムは、聴き込めば聴き込む程、全楽曲がポップセンスと実験的精神に溢れています。あらゆるジャンルの音楽を取り込もうとした雑食性、アート表現など、当時の時代を切り拓いた素晴らしい挑戦だったと思います。中期サウンドの先進的な試み、クラシック音楽を融合させた功績はやはり昨年亡くなった名プロデューサー「ジョージ・マーティン」によるものが大きいですね。50年経っても色褪せない名盤への評価は100周年を迎えても変わらないことでしょう。LAST締めは「メイキング・オブ・マジカル・ミステリーツアー」のダイジェスト版にて名曲を再レビューして見て下さい。



★ビートルズ中期以降の50周年特集記事はコチラから

      「ラバーソウル」特集(1965年) (2015.10.21公開)
      「来日・武道館コンサート」特集(1966年) (2016.1.9公開)
      「リボルバー」特集(1966年)  (2016.6.23公開)  
      「サージェント・ペパーズ」特集(1967年) (2017.5.17公開)




★(180)ザ・フー 「ババ・オ・ライリー」 (1971年)  (2017.10.20公開)



c0119160_22334419.jpgRW洋楽記事でまだ一度も取り上げていなかった英国大物ロックバンド「ザ・フー」をやっと掲載させて頂きます。1960年代後半~1970年代に大活躍し、彼らは英国ではビートルズ、ローリングストーンズと並ぶ「三大ロックバンド」(またはキンクスも入れて四大バンド)と呼ばれていたのです。1965年にデビュー、初期はシンプルなロックンロール・労働階級の不満を代弁する歌詞で1960年代のイギリスを席巻した「モッズ文化の象徴」(保守的英国イメージを一挙破壊)と称賛されていました。その後は先進的な音楽志向に転換(ロック・オペラ展開、シンセサイザー早期導入等)してロック史における後進ミュージシャンへ与えた影響は大きいものがあります。しかし日本ではキンクスも含め完全にマイナーな扱いされており(全盛期に来日しなかったことが原因かな?)、今の若者は殆どその名を知らないのではないでしょうか。デビュー・アルバムは「マイ・ジェネレーション」(1965)、「俺らの世代は保守的な英国人じゃないぜ!」と反逆的に歌い上げ、モッズ・ジェネレーション最大のヒーローとなりました。特に初期のハードで破天荒なイメージは「サマータイム・ブルース」(1969)のロックナンバーやジミ・ヘンドリックスと競うが如く披露し続けていた楽器破壊の暴力的LIVEパフォーマンスが象徴的!最も偉大なドラマー第3位にも輝いたキース・ムーン(レッド・ツェッペリンの名付け親)がドラムセットを徹底破壊するシーンが今もファンの脳裏に強く刻みつけられています。そんな反権力の暴れん坊ロックンローラー達は1969年になるとその音楽性を一挙に先進的に転換させ、従来概念を根底から覆したロックオペラ「トミー」で世界を驚かせました。「オーヴァーチュア」で幕を開ける壮大なるロック叙事詩からの最大有名曲はやはり「ピンボールの魔術師」(1969)ですネ~!この曲は1975年映画化された「トミー」に出演した エルトン・ジョンが劇中で歌っているので皆様も聴き慣れているのでは・・。ロックオぺラへの壮大かつ画期的な試みはキンクス路線の物真似でしたが、本家本元以上の大成功で話題を呼び、その後次々にコンセプト・アルバム名盤を多く輩出していきます。「フーズ・ネクスト」(1971)はザ・フー金字塔名盤との呼び声が高く、一連のアルバムで最高セールスを記録。ロジャー・ダルトリー(Vo)が骨太に絶叫する 「無法の世界」(Won't Get Fooled Again)(1971)と、シンセサイザーを駆使しテクノポップを先取りしたプログレッシブ曲「ババ・オ・ライリー」(1971・上記掲載曲)の2つが代表的なナンバーです。摩訶不思議なタイトル「ババ・オ・ライリー」は、ピート・タウンゼント(Gt)が帰依したインド哲学導師メヘル・ババと、ピートが駆使するシンセサイザー演奏に多大な影響を与えた米国作曲家テリー・ライリーに由来しており、ロンドン五輪閉会式にも登場した栄光曲なのです。1973年にリリースした6作目は2枚組大作「四重人格」・・、RWが最も気に入っている壮大な名盤は全英・全米共に最高位2位(ローリング・ストーン誌選定・歴代ベストアルバム500の267位)の栄誉に輝いています。まずは「5:15」(1973)とタイトル表題曲の「四重人格」をピックアップ紹介!7作目「ザ・フー・バイ・ナンバーズ」からは超お宝物的で珍しいカントリー調の軽快なナンバー「スクイーズ・ボックス」(1975)がスマッシュヒットとなっています。8作目「フー・アー・ユー」(1978)はオーケストラを起用し「四重人格」のような重厚な音造りがされましたが、このアルバム完成直後に何とドラムのキース・ムーンがドラッグ原因で急死してしまう悲劇が発生!その後80年代になっても「ユーベター・ユーベット」(1981)等のヒットも放って頑張っていたものの、1982年ピート・タウンゼントによって突然解散が発表され、ライブ・アルバム「フーズ・ラスト」を最後に17年間の栄光歴史に終止符を打つことになったのです。その後ジョン・エントウィッスル(Bs)も2002年に死去、オリジナルメンバーがタウンゼント&ダルトリーの2人だけとなってしまいましたが、2004年初来日し2006年には約四半世紀ぶりとなるオリジナル・アルバム「エンドレスワイヤ」のリリースで復活し往年のファンを喜ばせました。初期は暴力的な反骨イメージでモッズ文化の象徴、その後はプログレ大作への音楽転換、メンバー個々ではプロデューサーやセッション・ミュージシャンとして活躍、チャリティーや友人支援の献身的な慈善活動、「WHO are You?貴方達の主流キャラは一体何?誰なのよ・・?」 まさに「四重人格」&「八面六臂の大活躍」ではないですか!先月有楽町にオープンした「ロックの殿堂ジャパンミュージアム」(来週、GS特集後編とあわせて公開予定)を見に行ってきました。「ロックの殿堂」は1986年に始まり今年で30年以上の年月を重ねられましたが、ザ・フーの殿堂登録は名だたる歴史的アーティスト(チャックベリー、プレスリー、ビートルズ、ストーンズ)に続き初期段階で栄光に輝いていることからも(第5回目:キンクスと同時顕彰)、ロック界での評価・重鎮扱いぶりは相当なものだとあらためて驚きました。締めは名盤「四重人格」のLASTを飾るザ・フーの壮大荘厳なる名曲「愛の支配」を聴きながら、今は亡きキース・ムーンが見せる怒涛のドラムプレイ(正確無比の連続ビート)、ダルトリーのシャウト、ピート・タウンゼントのシンセサイザー&ギターが織りなす「ザ・フー・ワールド」に酔いしれたいと思います。




  by rollingwest | 2004-01-01 00:00 | 洋楽(ロック・POPS) | Comments(118)

「My Favorite Songs」(第34巻)



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★(173)オールマン・ブラザーズ・バンド 「ジェシカ」  (1973年) (2017.3.公開)



c0119160_10325302.jpg1970年代の渋いサザンロックの雄「オールマン・ブラザーズ・バンド 」、その中核をなしたオールマン兄弟のデュアン・オールマン(兄)はロック史に輝く伝説のギタリストであり、エリック・クラプトンの名曲「いとしのレイラ」でスライドギターを唸らせて世界の人々を一挙魅了しました。クラプトン最高の親友・ライバルだったデュアンは1971年バイクの事故で他界(享年24歳)、若くして偉大なる才能が失われたロック界の衝撃・喪失感は当時の音楽雑誌で沢山の誌面で取り上げられていたことが脳裏記憶に鮮明に残っています。RWはサザンロック部門のグループではオールマンと比肩されるレイナード・スキナードや洗練されてカッコいいアトランタ・リズムセクションを過去紹介してきましたが、オールマン・ブラザーズ・バンドは余りにも大御所過ぎてレポートをやや遠慮気味にしていたのも事実かな・・。コアな米国南部サウンドがあまりにも渋すぎて、当時の中学生にはついていけずリアルタイムで殆ど聴く機会がなかったこともその大きな理由かもしれません。しかし今年、弟のグレッグ・オールマン(Vo,Gt)が亡くなって1ケ月が経過(享年69歳)、やはりロック史に残る名バンドはこのタイミングで取り上げねば・・と思い立ち、尊敬の念を持ってレビューさせて頂きます。彼らの代表曲といえば上記に紹介したインストルメンタル名曲「ジェシカ」(1973)、この曲はデュアンが他界後第一弾となった作品「ブラザーズ&シスターズ」(1973全米1位を記録したプラチナアルバム)の収録曲であり第38回グラミー賞ベスト・ロック・インストルメンタル部門受賞の栄誉に輝いています。そして同アルバムからは彼らの最大ヒット曲「ランブリン・マン」も輩出、やはりコチラが彼らの代表曲として一番有名かもしれませんね。この2大有名曲は全体的に軽快で洗練された印象があり商業的には成功しましたが、泥臭い本来の彼らの音楽姿勢とはやや異なる路線だっだような気もします。彼ら本来の音楽姿勢は、黄金時代の栄光LIVE「フィルモア・イースト」(1970)で自由奔放にギタープレイを繰り広げる「ウイッピング・ポスト」、ホットで男臭い米国南部サウンドの「ミッドナイト・ライダー」、スライドギターを使った大胆なイントロが有名なブルースロック「ステイテス・ボロ・ブルース」等の名曲の数々に現わされています。そして1972年発表の「イート・ア・ピーチ」も名盤、こちらには「ブルースカイ」「メリッサ」等の名曲が収録されています。米国南部サウンドをベースにしながらも、多種多様な音楽の吸収してブルース・フィーリングの現代的解釈を取り入れた先進的な音楽を発信してきた「オールマン・ブラザーズバンド」!バンド冠名のオールマン兄弟が2人とも他界してしまったことは惜しいことですが、その自由奔放なスライドギター・プレイはコアなロックファンの脳裏にいつまでも刻み続けられることでしょう。ラスト曲は、エリッククラプトンと共演している「エリザベス・リードの追憶」(1970)で記事を締めくくることにします。彼らが成功の足掛かりを掴んだ初期の名曲ですが、クラプトンとのギタープレイの応酬も含め10年後のフュージョンブームを先取りしているかのような素晴らしいインストルメンタルプレイを味わうことができます。


⇒ 次回は、1970年代を代表する女性シンガー・ソングライター「カーリー・サイモン」の大ヒット曲「うつろな愛」(1972)をお送りします。♪\(^◇^)/♪





★(172)ダンヒル 「ふれあい」 (1977年) (2017.6.18公開)



c0119160_22024704.jpg今回は1970年後半から1980年代で素晴らしいバラードを残したシンガーソングライター・ダンヒル を紹介したいと思います。「誰?その人」「メンズ・ブランドしか思い浮かばない・・」という意見が大勢かな・・?この時期、洋楽に嵌ったコアなファンでなければその名前は全く知られていないのかもしれません。でも上記の美しいバラードを聴けばその素晴らしさを納得してもらえるのではないでしょうか?しっとりとしたピアノ前奏、そして優しさが伝わる弾き語りが淡々と続くも、クライマックスは心のうちを素直にさらけ出す熱い愛の表現が伝わってきて感動的な名曲です。ダンヒルは日本では全くブレイクしなかったカナダ出身の歌手(1954年生まれ・今年63歳)ですが、RWが大学生時代に夢中になったお気に入りのアーティスト(知る人ぞ知る隠れたお宝物吟遊詩人)です。デビュー曲は「心のとびら」(1975)、故郷カナダの雪解け風景・澄んだ空気の大自然を歌いあげたナンバーでした。翌年発表した2nd盤の主題歌「ホールド・オン」(1976)は「人生とは何か?」と自己を見つめた葛藤のテーマ曲。「世界を変えたいと願っても実現はできないが、自分自身懸命に生きていきたい」というメッセージが込められています。そして第3作が、上記に紹介した「ふれあい」 、バリーマンとの共作した美曲は全米3位の大ヒットとなり、当時のFENラジオで毎日この曲が流れていたものです。一般的にはこの曲だけの一発屋と思われていますが、ヴォンダ・シェパードとのデュオ「とまどい」(1987)が全米6位の大ヒットを放っており「コチラの方は聴いたことがある」という方も多いでしょう。RWはダンヒルの声をもう聴けないと思っていなかったので、塾年に達した魅力溢れる曲での復活は驚きとともに、10年ぶりの懐かしさも相まって本当に嬉しかった!そして彼はもう一つ大物歌手セリーヌ・ディオンと「ウィッシュフル・シンキング」(1989)とデュエットしています。この頃、彼女はまだ無名で売り出したばかりの駆け出し、同じカナダ出身歌手として「後輩の彼女をプロデュースして面倒を見てあげよう」という背景があったのでしょう。この年、彼自身は子供が生まれ父親となった喜びに溢れており、名曲「アン・ボーン・ハート」(1989)で人間の愛情・誕生・成長に対して出発点の心持ちを歌い上げています。最後の締めは「美しすぎて」(1987)、官能的な雰囲気が漂う名曲です。ダンヒルという暖かみ潤いを持ったエモーショナルなバラードを歌い上げた吟遊詩人がいたことを是非とも皆様にも知ってもらいたいものです。


⇒ 次回は、グレッグ・オールマン訃報から1ケ月、サザンロックの雄「オールマン・ブラザーズバンド」の有名曲「ジェシカ」(1973)をお送りします。♪\(^◇^)/♪




★(171)クール&ザ・ギャング 「チェリッシュ」 (1985年) (2017.6.2公開)



c0119160_19375115.jpgカモメ鳴く渚にて愛を囁き合う二人のカップル、そして彼らの結婚を祝福する家族達、ラブストーリー仕立てのPVで1980年代中盤にヒットしたバラード名曲「チェリッシュ」は当時の結婚式フィナーレ曲でよく使われていたものです。この曲を初めて聴いた時、これがあのクール&ザ・ギャングの曲なのか~!?と本当に驚きました。なぜならば、その10年前は「ジャングルブギー」(1973)などバリバリにファンクなブギーを歌っていたマニアックなダンス・ミュージックバンドだったのですから・・・。黒人音楽を全く捨て去った様な垢抜け・激変ぶりに「時代は変わったもんだ・・」と目を丸くしたものです。RWが大学入学で上京した1976年は「サタデー・ナイト・フィーバー」がヒットしディスコブームが席巻しており、当時彼らもその人気の一角をなしていました。その後ブームが下火となり彼らの活動も低迷していましたが、 1979年にジェームス・JT・テイラーが加入すると再び人気が復活!「レディス・ナイト」(1980)が黒人部門チャートで3週連続1位、ジャズバラードのような心地よいAORなフュージョン調お洒落曲「トゥー・ホット」(1980)が全米5位となる ヒット曲を連発、さらにソフトなボーカルとトランペットがコラボした乗りのいい「セレブレーション」(1980)が全米No1に輝きプラチナヒットを記録して彼らが一挙に大ブレイクする時代がついに訪れたのです。ジェームス・JT・テイラーがバンドに在籍したのは1989年まででしたが、この10年間で広範囲なファンを獲得することに成功し頂点の時代を極めていました。ファンキーな「ゲットダウン・オン・イット」(1981)、軽快なダンスとバックコーラスでビートの効いた「フレッシュ」(1984)、80年代のPOP路線とPVを生かしたプロモーションは商業的にも大成功!さらに彼らは上記掲載の「チェリッシュ」などのバラード路線曲も積極的に取り入れて、1980年代の音楽シーンに体を合わせてまたも大胆な脱皮をしたのです。ラストは「チェリッシュ」と並ぶバラード路線の双壁曲「ジョアンナ」 (1983)で締めることといたしましょう。彼らは、コモドアーズ(ライオネル・リッチー)が黒っぽいファンキー音楽を脱ぎ捨て商業的な大成功をしていったことを見習おうという志向があったのでは・・? お洒落な80年代AORに体を合わせながらも、原点のファンキーも失わずバランスを取りながらうまく生き抜いていったしたたかなバンドの一つだったような気がします。




  by rollingwest | 2003-10-01 00:00 | 洋楽(ロック・POPS) | Comments(128)

「My Favorite Songs」(第33巻)

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★(170)ビートルズ 「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」 (1967年) (2017.5.17公開)



c0119160_20150173.jpg2年前からビートルズ中期以降名盤の50周年特集記事をスタートさせました。2015年10月に「ラバーソウル50周年」、 2016年1月は来日50周年特集として「武道館コンサート演奏11曲」、そして2016年6月は「リヴォルバー50周年」の名曲レビューを公開してきましたが、今年5月末はいよいよビートルズの最高傑作と呼ばれる「サージェント・ペパーズ・ロンリーハーツ・クラブバンド50周年」の執筆を迎える時期となりました。さて・・冒頭曲は何をチョイスしようかと迷っていましたが、5月26日発売の「サージェント・ペパー50周年記念エディション」(34曲以上の未発表音源も収録された2枚組)の豪華プロモーションビデオを発見!名盤主要曲のエッセンスが短く効果的に折り込まれており、これを採用することにしました。偉大なるビートルズが50年前に世界を驚嘆させた名盤「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」(1967.6.1発売)、この想像力に富んだコンセプトアルバムが後進の著名バンド達に与えた影響・偉大な功績は本当に計りしれません。ロック史に輝く金字塔が発売50年を迎えて名曲の数々ををあらためてレビューしたいと思います。まず最初は、ビートルズのトリビュートバンド世界NO.1と評価される「ザ・ファブ・フォー」(The Fab Four)が演奏する「サージェント・ペッパーズ・ロンリーハーツ・クラブバンド」~「ウィズ・ア・リトル・ヘルプ・マイフレンズ」の連続曲画像を紹介します。本物のビートルズじゃないのにRWはこのユーチューブに大感動!実際のアルバム冒頭を飾るバンドデビュー曲(ペパーズクラブの観衆にお披露目)が見事に忠実再現されているではないか~!演奏曲もサイケデリック衣装もまさに本物そっくり!2曲目はリンゴのボーカルと3人のコーラスも実にいい感じ!ビートルズ自体がこの時期はライブ活動を封印していたのでまさかこんな映像が見られるとは思いませんでした。本当に素晴らし過ぎるお宝物映像です!次はエルトンジョンも歌った「ルーシー・インザスカイ・ウィズ・ダイアモンズ」、実際のアルバム曲とは微妙にアレンジが違いますがLSD体験曲とも呼ばれる不思議な世界が見事に映像で再現されています。宇宙へ浮遊するトリップ路線曲は後続サイケデリックバンドに影響を与え、やがてピンクフロイドなどのプログレシッブロックバンド発展への道を開いて行きました。続くはポールマッカートニー(先月5度目の来日)がソロで歌いあげる「ゲッティング・ベター」、このお方のお元気さは本当に目を見張るばかり・・!ミックジャガーと一緒に喜寿・傘寿まで頑張っていそうな両巨頭です!続くはRWが本アルバムでの最大美曲と称賛する「シーズ・リヴィング・ホーム」・・、もしシングルカットされていれば「イエスタディ」「エリナーリグビー」に匹敵する名バラードとして評価されていただろうに・・。「ウィズイン・ユー・ウィズアウト・ユー」はインド音楽と融合したジョージハリスンの最大象徴曲(シタールとタブラが織りなす妖しい雰囲気)です。ポールがリードボーカルをとる「ラヴリー・リタ」は女性の交通取締官(メーター・メイド)と引っかけて歌うお茶目曲。RWが洋楽に嵌ったのは1969~1970年(ビートルズ解散の年)であり映画「レットイットビー」が公開された時期でした。我々はビートルズが世界を席巻したリアルタイム熱狂期には数年遅れていますが、彼らの解散でビートルズ最後のブームに直面した世代です。1970年を基点とした前後の数年間に青春時代を迎えリアルタイムで日々ロックの進歩に興奮し体感できた幸せなジェネレーションだと感謝しています。この時代こそ、ロック歴史において最も進化発展した時代だったのです。そしてフィナーレは・・、やはりサージェント・ペパーズの有終の美を飾る壮大なるコンセプト名曲「ア・デイ・インザ・ライフ」で締めるしかありません。ポールとジョンが織りなす壮大なるドラマチックな展開曲、その重層的に織りなされたスケール・高揚感、何度聴いても飽きることはありません!洋楽カラオケでは、アビーロードB面メドレーと並びRWのアドレナリンが出まくる最も興奮する永遠の名曲・・!「サージェント・ペッパーズ・ロンリーハーツ・クラブバンド」・・、これからも生涯聴き続けるであろうロック史の金字塔名曲、50年目にしても全く色褪せていないなあ・・とあらためて感動します。
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⇒次回は、1970代の黒人ファンクバンド「クール&ザ・ギャング」が1980年代に放ったバラード美曲「チェリッシュ」(1985)をお送りします。♪\(^◇^)/♪







★(169)J・ ガイルズ・バンド 「堕ちた天使」 (1982年) (2017.5.1公開)



c0119160_10530706.jpg今回の記事、当初は昨年亡くなったプリンスの一周忌・追想特集(代表曲:パープルレイン・1984)を予定していたのですが、ユーチューブの公開制限(著作権申し立て)が厳しくて名曲を殆どチョイスすることができず記事作成をついに諦めました。そんな折、先月J・ガイルズの訃報(享年71歳)を知り、急遽予定を変更して1980年前後に活躍したJ・ガイルズ・バンドの名曲特集に切り替えたいと思います。冒頭曲は何と言っても彼らの代表曲「堕ちた天使」(Centerfold)、全米1位を記録した定番の有名曲なのでこれは外せないでしょうね~!「ナ・ナ~ナ・ナナナ、ナナナ~ナナナ、ナナ~ナ!」と能天気チックでおとぼけ調のサビ部分は日本国内でもTVCMに何度も使われておりサブミリナル効果で皆様の脳裏に刻まれている曲だと思います。歌詞をみると昔学生時代に憧れていた同級生がエロ本のヌードを晒しているのを発見し「俺の天使が堕落した・・(†∩†)う゛ぅ」と嘆く内容らしい。(苦笑) その次に有名なヒット曲は「ラブスティンクス」(1980)ですかね~!こちらは迫力あるサウンドで正統派ロックをやっております。両曲が全米大ヒットを放つまで、日本において彼らは全く無視されていた感がありますが、RWにとってはJ・ガイルズ・バンドに夢中になった象徴曲はイントロが実にカッコよく乗りいいリズムの名曲「ワンラストキッス」(1978)でした。当時は大学3年生、アメリカンTOP40曲を流し続けるFENラジオに齧りついてこのカッコいいナンバーを毎日聴きまくっていたものだなあ・・。J・ガイルズ・バンドは米国ボストンで1967年に結成されたブルースロックをメイン演奏するライブバンドでしたが長らく芽が出ず、1975年に「マスタ・ガット・ロスト」(1975)が全米ヒットとなり漸く世に知られる存在となりました。RWはこの頃の70年代サウンドが一番好きですね~!このバンドの売りといえば、饒舌なピーター・ウルフのロック魂溢れるヴォーカル、マジック・ディックの豪快なブルース・ハープ、後期のバンドの音を支配したセス・ジャストマンのキーボード・・・ですが、リーダーであるはずのJ・ガイルズの名前は殆ど出てこず目立たない存在でした。70年代は目立ったヒットは少なかったですが、80年代に入ると乗りのいいPOPなロックナンバー「ジャスト・キャント・ウェイト」(1980)や彼らの代表曲の一つ「カムバック」(1980)でヒットチャートを賑わしていきました。そして1982年は彼らの頂点を極める時代へ!冒頭紹介した「堕ちた天使」が6週間連続全米NO1を達成し、オールディズな雰囲気なアップテンポの楽しいナンバー「アイ・ドゥ」(1982)やMTV映像で楽しくPRした「フリーズ・フレイム」(1982)と次々にヒット曲を放っていました。派手なギターがベースなのは変わらなくても、シンセサイザーが前面に出ることが多くなり、サウンドの印象は大きく変わったことに、R&B色の濃いロックンロールサウンドを愛する古くからのファンからは反発を呼びました。まあ1980年代って、売れてナンボ・・音楽スタイルの変化は当然の時代だからしかたがないか・・(苦笑) その後は低迷期に入り2000年以降に再結成してライブ活動が再開されましたが、J・ガイルズと他メンバーとの確執が生じ、ガイルズから「自分の名前が付いたバンド名を使用するな」と訴訟対立の事態になってたいたとは意外なことでした。そんな仲違いをしたままだったピーター・ウルフは訃報を聞いた4月13日、「俺らが最高潮になって満場をうならせたあの時期を思い出している。J・ガイルズよ、永遠に・・」とフェイスブックで追悼しており、和解しあいたかった後悔の念もあったのでしょう・・。最後の締め曲は、「悲しみのエンジェル」(1981)・・、全米40位に輝いた名バラード曲は実に素晴しい!コーラスやブラス・セクションをバックにピーター・ウルフがソウルフルに美しいメロディー曲を歌い上げています。冒頭が「墜ちた天使」で始まったので最後は「悲しみのエンジェル」で締めることにします。哀悼、J・ガイルズ殿・・(合掌)






★(168)ピンクフロイド 「夢に消えるジュリア」 (1968年) (2017.4.15公開)



c0119160_7401522.jpg今年はピンクフロイド結成50周年!1970年初頭のプログレシッブロックに嵌っていたRWは、70年代の歴史的名盤「原子心母」(1970)と、長大な代表曲「エコーズ」が展開される最高作「おせっかい」(1971)を過去2回レポートしてきましたが、今回は彼らの原点・サイケな初期(結成直後)のピンクフロイド(1960年代)の名曲を満載紹介したいと思います!上記掲載の「夢に消えるジュリア」(1968)は、ピンク・フロイドの初来日(1971年・箱根LIVE等)に併せて来日記念盤としてリリースされました。その前年(1970年)「原子心母」(Atom Heart Mother)が大ヒットし一躍「プログレ・ロックの寵児」として世界にブレイクした彼らは、これ以上ない絶妙なタイミングで初来日し、一挙に日本でも大人気を博したのです。神秘・夢幻なムードを持つこの曲は大ヒットし深夜ラジオで毎日のように流れていたことが懐かしい・・。ちなみにシングルB面は小生が最も愛する隠れた名曲「サマー68」(原子心母の収録曲、牧歌的かつ壮大な展開)で、ステレオ針が擦り切れるほどEPレコードを聴いていたものです。プログレロックの代表格・四天王と称賛されるピンクフロイドですが、初期はサイケデリックバンドでした。彼らは「アーノールド・レイン」(1967)のシングルヒットで颯爽とデビュー、そして2枚目のシングル「シー・エミリー・プレイ」(1967)が全英6位に登場し一躍「サイケ先進バンド」としてロックシーンに知られる存在となったのです。同年、1st・アルバム「夜明けの口笛吹き」を発表、その第1曲は「天の支配」(Astronomy Domine)(1967)、幻想的なギタープレイを絡めた独特の浮遊感でアルバムお披露目を果たしています。「バイク」(1967)はアップテンポのボーカルで始まり、振り子時計ワールドが奏でられるサイケミュージック。「星空のドライブ」(1967)はLSDで宇宙トリップ体験するようなスケールの大きいインストゥルメンタル曲です。当時のリーダーは狂気の天才シド・バレット、彼はビートルズ「サージェントペッパーズ」(同年発表されたロック史に輝く金字塔名盤)に大いに影響を受け初期ピンクフロイドを牽引し、当時はシドのワンマン・バンドとしてサイケサウンド曲が満載だったことがよく解ります。しかしシドは過度のLSD摂取によって奇行が目立ちバンド活動に支障をきたし始めたため、翌1968年にデイヴ・ギルモアが彼の役割を補う形で加入し一時的にフロイドは5人編成となりました。シドの薬物中毒は重症であり1968年3月にバンドを脱退、ついに狂人と化してしまいました。ロジャー・ウォーターズ、リック・ライト、ニック・メイスン、デイヴ・ギルモアの4人で再出発したピンクフロイドはサイケデリック・ロックから脱却し、2nd盤「神秘」ではより独創性の高い音楽を目指す方針転換を目指します。「ユージン斧に気をつけろ」(1968)が収められた「ウマグマ」(1969)は相当難解な印象を受けますが、浮遊感・倦怠感・幻想的なサウンドへトライしている姿勢が窺えます。ピンクフロイドは常に中期ビートルズを意識し憧れ成長変化を重ねていったバンドなのかもしれません。「ポイント・ミー・アット・ザ・スカイ」(1968)は、ビートルズの「ルーシー・イン・ザ・スカイ」(SGTペッパーズ収録)を疑似した様なサイケデリックを受け継いだ隠れたお宝物曲です。最後は、デイブ・ギルモアが奏でる2nd盤「神秘」からの壮大名曲「追想」(remember a day)(1968)で初期ピンクフロイド特集記事を締めたいと思います。



 

  by rollingwest | 2003-09-01 00:00 | 洋楽(ロック・POPS) | Comments(148)

「My Favorite Songs」(第32巻)

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★(167)ランディ・ヴァンウォーマー 「アメリカン・モーニング」 (1979年) (2017.3.28公開)



c0119160_22313278.jpg1980年前後にかけて、多くの人達に親しまれた癒し声のシンガー・ソングライターランディ・ヴァンウォーマー」・・・、「名は体を表す」の言葉通り、音楽を愛する人達の心を暖かく包んでくれました。彼の名前を今や殆ど知られてはいませんが、冒頭掲載の「アメリカン・モーニング」(Just When I Needed You Most)を聴けば、「あっこの曲か~!」と40代後半以上の方ならば多くの方が知っている名曲だと思います。全米チャート4位の大ヒット、そして、日本では何度もTVのCM曲(トヨタやヤマハ等)に採用されておりサブミリナル効果的に多くの人々の脳裏に刻まれているはず・・。邦題はなぜか「アメリカの朝」と命名されており、その語感からはコーヒーの香り漂う爽やか朝風景をイメージしてしまいますが、実際の歌詞は愛する男に捨てられた女の失恋歌です。改めて聴いてみると、未練が漂う恋人を慕う心情が、清廉曲で一層切々と訴えかけてくるような気がするネ~。ランディの歌には捨て曲が殆どありません。美しいピアノとバラードで癒される「ヨア・ライト」(1979)は月の光も太陽の光も君には敵わないと多幸感溢れる恋の歌、切なくなる程メロディアスな「The One Who Loves You」(1979)も聴けば一遍に心が暖かくなるばかり!AORアーティストに括られていますが、カントリーテイストを感じるのも彼がロッキー山脈の麓(コロラド州)に生まれたからなのでしょうか。12歳で父親を交通事故で亡くし15歳で英国へ移住、少年時代から音楽活動をスタートさせても芽が出ずに1978年ニューヨークへ移住。苦労を重ねた末に24歳でようやくアルバム「Warmer」(1979)でデビューにこぎつけました。そして「アメリカンモ-ニング」はデビューアルバムを含めて予想もしなかった英米での大ヒットを記録し一挙世界的なブレイクを果たしてしまったのです。美しいバラードだけではなく、「Losing Out on Love」(1979)のようなPOPで明るいナンバーや、溌剌さを感じさせるAORナンバー「フォーエバー・ラヴィン・ユー」(1979)や、「愛のシャワー」(Whatever You Decide) (1980)も名曲!また、宇宙をモチーフにした「テラフォーム」(1980)は壮大な組曲となっており、このアルバムも彼の隠れた必聴のお宝物名盤。彼の曲は爽やか系・軟弱系の曲ばかりと思いきや、ポリスみたいな雰囲気を感じさせる「彼女はスージー」(1981)のような異色のお洒落曲もあり彼の音楽性の幅広さを感じます。ちなみにスージーとは彼の妻歌った曲、彼は愛妻家としても知られ家族を大切にしたいい夫であり父親だったそうです。しかし無念にも2003年に白血病を病むこととなり、その1年後に48歳の若さで亡くなってしまいました。ランデ・ヴァンウォーマーの遺した爽やかで暖かき名曲の数々は名前の通り「Warmer」でした・・。透明感溢れるミディアム・バラード・ナンバーは永遠に我々の心に暖かく刻まれ続けます。最後は、さらに彼の代表曲「コール・ミー」(1979)を聴いてお別れとしましょう。



⇒次回は、ピンクフロイドのデビュー50周年を記念して初期の名曲「夢に消えるジュリア」(1968)をお送りします。♪\(^◇^)/♪





★(166)クリスタルゲイル 「瞳のささやき」 (1977年) (2017.3.12公開)



c0119160_21563629.jpg今回はいつもと趣を変えて1970年代の歌姫「クリスタル・ゲイル」を紹介したいと思います。今は殆ど知られていない女性歌手ですが、1970年代ラジオで洋楽に耳を傾けていた方には懐かしい名前かな・・。デビュー時の音楽路線は「ポップ・カントリー」のジャンル、例えばリンアンダーソン(ローズガーデンが名曲)や初期オリビアニュートンジョンと同じ様な存在だったのかもしれません。最大ヒットした上記の代表曲「瞳のささやき」(1977・全米カントリーNO1)では透き通ったボーカルとジャジーなピアノ、色っぽいスローバラードを憂いを込めて歌い上げているので、当時はクロスオーバー風なジャスシンガーの人だと思っていました。「貴方が去ってしまうと、私の茶色い瞳は悲しみのブルー色に染まってしまう・・」という内容の魅力的な哀愁歌・・。彼女がカントリ-の女王ロレッタ・ リンの妹であることやデビュー曲「アイブ・クライド」(1970)を聴けばわかる通り、初期の頃は完全にカントリー歌手カテゴリーで括られていました。しかし1970年代半ばに入ると「愛の帰り道」(1977)など、カントリー色・ほのぼの調を残しながらも徐々に垢抜けた曲調が見え始めています。彼女が音楽路線を転換させようとしている意志がさりげなく出ている雰囲気・・。名曲「瞳のささやき」も含めた最大名盤「水晶の恋人」は1978年グラミー賞カントリー女性ボーカル部門を受賞(当該部門で初のプラチナレコード獲得)となり、ついに世界的なブレイクを果たすことになりました。アメリカンTOP40を愛聴するPOPS路線愛好家(RWはその一人)にもあまねく知られる存在になったのはこの頃です。「涙のセレナーデ」(1978)は完全に洗練された大人のバラード曲「夢のひととき」(1978)のLIVE映像を見るとストリングスを導入しており音楽の幅を広げていることがよく解ります。もう一つ彼女が独自性をアピールしているのは容姿!後ろ髪の異常な長さはまるで平安時代の和歌美人の如し・・!「春風のプレリュード」(1978)のユーチューブ映像でその長い髪オバ様のお姿が御覧になれます。70年代最後は「ハーフ・ザ・ウェイ」(1979)が全米15位でヒット!「途中で終わりってのはやめてね、最後までお願い」なんて意味深ながらも爽やかな名曲が印象に残っているなあ・・。1980年代に入ると彼女はさらに交流を広げてエディ・ラビ ットとのデュエット曲ユ-・アンド・アイ」(1983)で全米7位(4周間連続)という復活を成し遂げました。カントリー歌手から華麗なるトップスターへの転進はオリビアニュートンジョンやテイラースイフトと同じ道を辿ったパターンの一つかな・・。






★(165)アリス・クーパー 「ユー・アンド・ミー」 (1977年) (2017.2.26公開)



c0119160_13534022.jpg1970年代初頭、デビッドボウイは中性的雰囲気と奇抜な姿でグラムロックの旗手としてT-REXマークボランと人気を2分していました。グラムロックのカテゴリー分けは音楽性というよりもその外観にあり、ケバいメイクとド派手衣装で刺激的に演奏するビジュアル重視のロックバンドの先鞭的な位置にあったといえましょう。追随する多くのバンドがありましたが、その中で最も衝撃的で毒々しい存在がアリス・クーパー」だったような気がします。ボウイやロキシーミュージックが官能的な姿だったのに対して、アリス・クーパーは大蛇を首に巻いてド派手なグロテスク・メイクのヘビー(蛇~)なロックを演出、当時大ヒットした「スクールズ・アウト」(1972)のサウンドとギロチン・パフォーマンスを行う姿に大衝撃を受けたものです。1969年デビュー、やや渋めの本格ロック曲「エイティーン」(1971)がヒットし、続く「スクールズ・アウト」が世界的にブレイク!さらに6枚目の最高傑作「ビリオンダラー・ベイビーズ」(1973)はゴールドディスクに輝き、その実力が大いに評価される存在となりました。この中からは「アリスは大統領」(1973)をチョイスしましょう。そんな毒々しかった彼が1970年代中盤になると突然大変身・・、美しいバラード路線に転換したのです!「アイ・ネバー・クライ」(1976)を初めて聴いた時、「こ・こ・これがあのアリス・クーパーか~!?」と本当に驚いたものです。そして冒頭に紹介した「ユー・アンド・ミー」(1977)とLASTに紹介する「時が流れても」(1977)と三大美曲を立て続けにヒットさせて復活を遂げ、RWは新しい彼の魅力を再発見し嬉しかったなあ・・!メロディ重視のデイヴィッド・フォスターとタッグを組んだ「閉ざされた世界」もリリースしていく路線転換の時代でした。アリス・クーパーの名は、可愛らしい女子の名前を付けることで実際の音楽・ビジュアルでギャップを狙ったとのことですが、彼は世間を驚かせるような変身が大好きなのかも・・。その後1980年に入ると低迷期に入りますが、今度は1986年映画「13日の金曜日ジェイソン」の主題曲「ヒー・イズ・バック」でまたまた復活したのです。ショック・ロック元祖としてホラーな初期時代のイメージがうまく映画と一致したんだろうなあ・・。その後は、「ポイズン」(1989)や「トラッシュ」(1989)などの本格的なアメリカン・ハードロックバンドの王道を走り、キッスやエアロスミス、ボンジョビ、ガンズ・アンド・ローゼズ等と並ぶロックバンドの重鎮として2011年にロック殿堂入りしています。キワモノ路線(第1期)からバラード路線(第2期)に変身し、アメリカンハードロックバンド(第3期)へと変遷・・、時代の流れを先読みしながら生き抜いていった点はデビッド・ボウイと通じるものがあるような気がします。LAST締め曲は、小生が大好きなアリス三大美曲の一つ「時が流れても」(How You Gonna See Me Now)(1977)で締めることにいたしましょう。

  by rollingwest | 2003-08-01 00:00 | 洋楽(ロック・POPS) | Comments(130)

「My Favorite Songs」(第31巻)

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★(164)エイジア 「ヒート・オブザ・モーメント」 (1982年) (2017.2.11公開)


         
c0119160_21492487.jpgロック界大物スター2017年訃報の第1弾は、1月末のジョン・ウェットン(67歳・元キング・クリムゾン)、そしてその1ケ月前(昨年12月)にはグレッグレイク(69歳・元 EL&P)が亡くなっています。この2人に共通するのは①英国プログレシッブロック(1970年初頭に世界席巻した先進ロック)の雄であったこと。②さらに10年後にプログレの大御所ミュージシャン達で結成された「エイジア」のボーカリストだったことです。こんな深い縁ある大物が一遍に2人も天に召されてしまったとは・・、こうなればスーパーグループ「エイジア」の衝撃的なデビューアルバム『Asia(詠時感?時へのロマン)』の全曲を紹介するしかありません!9週連続全米NO.1で1500万枚セールスを達成したこのモンスターアルバムは「プログレのエッセンスをポップスとして鏤めた3分半の楽曲」というスタイルを確立して世界的な大人気を博しました。最初にシングルカットされた「ヒート・オブ・ザ・モーメント」(冒頭曲)は、ヘヴィなリフと透明感のあるジョン・ウェットンのヴォーカルから始まり、ワクワクさせるビートがエンディングまで連続する名曲!いきなり全米チャート4位に輝きエイジアはあっという間に世界に大ブレイクしたのです。続く曲はアルバムタイトルにも通ずる「時へのロマン」(Only Time Will Tell)は魅惑的なイントロと華美で絢爛豪華なサウンドのメロディアス曲ですが、歌詞内容は惨めな男の恨み節的な心情が吐露された男女の別れの歌だったとは知らなかった・・。3曲目「孤独のサヴァイヴァー」は、米国プログレハードを彷彿させる魅力的なメロディーラインでシングルカットされてもいい作品。亡きグレッグレイクと今や仙人のようになってしまったスティーヴ・ハウがまだ若々しかった頃の姿が実に貴重ですネ~。エイジアのオリジナル・メンバーはジョン・ウェットン(vo,bs:元・キングクリムゾン)、スティーヴ・ハウ(gt;元イエス)、カール・パーマー(dm:元・EL&P)、ジェフ・ダウンズ(kb:元・バグルス→イエス)という往年のプログレバンドのスター達が集結し、夢の様なスーパーグループとして注目されました。RWも中3~高1時代にイエス・ELP・クリムゾン・ピンクフロイドに夢中になっていたので、彼らのデビュー盤がリリースされた当時(24歳)はもう興奮の坩堝だったことが今も鮮明な記憶として蘇ります。EL&Pのグレッグ・レイクは一時的な参加にも関わらずオリジナルメンバーのような存在感が今も鮮烈に残っています。「ワン・ステップ・クローサー」はユーモラスなイントロから始まり、洗練されたコーラスを重視したヴォーカルが実に魅力的!「タイム・アゲイン」は、叙情的なメロディーのシャッフル・ビート曲で往年のEL&Pやユーライア・ヒープっぽい印象を受けます。スケールの大きなプログレ色と3分間ポップという相反する両極面を融合することを、見事にやってのけた名作はどの曲も素晴しく捨て曲は一つもありません。ソングライティングにおいて全曲を手掛けているジョン・ウェットンのセンスに脱帽するしかないですネ~!B面(今や死語)の冒頭を飾った曲「この夢の果てまで」(Wildest Dreams)は兵士を称賛した作品でドラマティック・スリリング・ダイナミックさが重なった名曲です。1970年初頭のプログレファンからすれば、このバンドへの批判・風当たりに相当に厳しい意見があったのも事実です。心地いいメロディアスなPOP志向性はどの曲も同じように聞こえ、キング・クリムゾンやイエスのコアなプログレファンからすればまさに商業主義の軟弱路線にまみれた邪道、産業ロックの象徴的バンドに見えていたのでしょう。しかしプログレへの拘りを忘れて聴けば、ポップでもキャッチー過ぎず英国らしいメロディー満載!上質な産業ロックはRWにとっては大のお気に入り路線なのでした。「ウィズアウト・ユー」は、美しくメロディアスなバラードで始まるジェフ・ダウンズのキーボード・ソロ、スティーブ・ハウのギター・ソロもたっぷり聴けてまさにエイジアの真骨頂!歴史的なプログレメンバーが集結したからこそ生み出された壮大曲というしかありません。「流れのままに」( Cutting It Fine)は、プログレシップな指向の中になおもポップなセンスが息づいた作品。明るくリズミックで牧歌的な一面をあり何度聴いても飽きることはありません。最後の締め曲は、「ときめきの面影」(Here Comes The Feeling)、これもポップでキャッチーながらもエンディングまで息をつかせない名曲!大好きだったグレッグ・レイク(丸々と太り過ぎだけど・・)が元気な姿を見せているのが実に嬉しいことです!エイジアは名曲が多過ぎるので、あと2回位は記事をたっぷりと書いていきたいと思っています。最後にあらためてジョン・ウェットンとグレッグ・レイクのご冥福を祈念いたします。お二人が天国でエイジア名曲のWコーラスで盛大に霊界を熱狂させているのかもしれません。


⇒次回は、蛇を首に巻きヘビーなロックをしていたアリスクーパーが一転した美しいバラード「ユー&ミー」(1977)をお送りします。♪\(^◇^)/♪;



      

★(163)イーグルス 「いつわりの瞳」 (1975年) (2017.1.24公開)
         
                 <グレン・フライ1周忌:追悼記事>





◎【変革・発展期】(1974~1975)

c0119160_164428.jpgイーグルスのグレン・フライが昨年1月18日に亡くなり1年が過ぎてしまいました。追悼の意を込めて再びイーグルス特集、今回は「変革・発展期」1974~1975年の名曲を紹介します。第1編【黎明期】(1972~1974)で紹介しきれなかった3rd「オンザ・ボーダー」収録曲と、歴史的名盤「呪われた夜」(4rth)の名曲を中心にお届けします。

イーグルスの黎明期はグレン・フライとバーニー・リードンが主導しカントリータッチのコーラスやハーモニーが重視された曲が多く、ほのぼのとした感じで愛着を持って聴ける印象がありました。冒頭に紹介した「いつわりの瞳」(1975、全米第2位)は発展期の名盤「呪われた夜」からのシングルカットですが、まさにイーグルスを象徴する代表的なカントリー調の名曲です。心癒される爽やかな歌声とは裏腹に歌詞は「金持ちの年寄りと暮らす小娘が若い男と浮気を繰り返す姿を皮肉っている」との内容だと知って、ちょっと意外でしたが・・(苦笑)。第3作「オンザボーダー」(1974)は、多様な音楽性を求めていく過程の移行期途上のアルバムでした。従来路線のカントリー調曲「ミッドナイトフライヤー」(1974)はバンジョーの響きが心地よい曲、そして若くして世を去った往年の映画スターを歌った「ジェームス・ディーン」(1974)から徐々にハードなロック志向を強める傾向が出てきました。本アルバムからの最大名曲は第1編(黎明期)で紹介済した「我が至上の愛」(BEST OF MYLIFE)ですが、RWは「懐かしき‘55年」(1974)がお気に入り!トム・ウェイツのカバー曲ですが、グレン・フライ&ドン・ヘンリーのハーモニーが美しく、まさにイーグルスを象徴するノスタルジックな曲です。このアルバムから5人目のメンバーであるドン・フェルダー(Gt)が新たに加入しています。

そして次はイーグルスの最大名盤と称賛される「呪われた夜」の紹介へと移行しましょう。このアルバムは3つのトップ10シングルを生み出した名盤です。「呪われた夜」が全米第1位、冒頭紹介した「いつわりの瞳」が全米第2位、そしてストリングスを使用した壮大なバラード「テイク・イット・トゥ・ザ・リミット」が全米8位、アルバムも全米No1に輝き名実ともにイーグルスが世界的なビッグバンドへと飛躍していったのです。しかしこの栄光の中でグループの中には葛藤と軋轢が生まれていました。黎明期のカントリー主体の音楽性を志向するバーニー・リードンは「このアルバムは産業ロックにシフトしすぎてイーグルス本来のアイデンティティーではない!」とアルバム完成後に脱退してしまったのです。後任ギタリストはハードロックバンドのジェイムス・ギャングからジョー・ウォルシュを迎えたことから、イーグルスのサウンドはさらにロック色を強めていき、世界的に超有名な「ホテルカリフォルニア」の商業的大成功へと繋がっていきます。音楽路線変更でのメンバー間の確執でイーグルス創設者・グレン・フライも悩み多き時代だったのかもしれません。ラストナンバーは、あらためてグレン・フライの一周忌を偲び、「アフター・ザ・スリル・イズ・ゴーン」(1975)で締めくくりたいと思います。盟友ドン・ヘンリーと一緒に歌い上げた美しきミドル・バラード、哀愁漂うリズムとメロディが実に印象的です。(合掌)・・



⇒次回は、ジョン・ウエットンの訃報が入り、急遽哀悼特集としてエイジアの「ヒートオブザモーメント」(1982)をお送りします。♪(;´д`)♪






★(162)Dボウイ&Mジャガー 「ダンシング・イン・ザ・ストリート」 (1985年) (2017.1.8公開)



c0119160_19262325.jpgRW洋楽コーナーも今年最初の記事をスタートさせたいと思います。昨年はロック黄金期の巨星達が次々と天に召された衝撃的な年でしたが、その口火を切った訃報が丁度1年前のデビッド・ボウイ死去(2016.1.10)のニュースでした。死の2日前に新作「ブラックスター」(参照記事:第25巻(139)「ラザロス」)をリリースしたばかりだったというのに・・!しかし宇宙から舞い降りて来たデビッドボウイのこと・・、死を予感し地球人へ強いメッセージを残した直後、敢えてこのタイミングでブラックスターへ戻る「当初からの計画的な昇天」だったのでは・・?と思えてなりません。デビッドボウイ(享年69歳)は若くしてこの世を去りましたが・・、かたや74歳を迎えるミックジャガー(ローリングストーンズ)はデビュー以来55年間音楽シーンの最前線を走り続け、今も飛んだり跳ねたり超パワフルな姿を維持し続けています!ビックリするのは昨年何と彼に8番目の子供が生まれたこと・・、普通ならピストルから赤玉(定量打ち止め)が出ている年齢なのに今も元気現役とは恐れ入りました・・(◎m◎)┌★*!そんな対照的な2人が1985年にコラボした「ダンス・イン・ザ・ストリート」を今回冒頭に掲載しましたが、彼らが1980年代に放った数々のヒット曲を紹介しながら「ボウイ1周忌の回顧」&「絶倫ミックの長命激励」のW記事にしたいと思います。

デヴィッド・ボウイの1980年代はアルバム「レッツ・ダンス」(1983)で商業的には最も成功を収めた時期といえるのかもしれません。「チャイナガール」(1983)などダンサブルな曲で音楽スタイルを一変させ、それまでのカルト的イメージを完全抹殺し一挙に主流商業路線に躍り出ることになりました。「モダン・ラヴ」(1983)や「ブルー・ジーン」(1984)などの曲もMTVに多く露出し、若い人はデヴィッド・ボウイはダンシングロック歌手と思いこんでいる人も多いのではないのでしょうか?我々世代は「スペース・オデティ」など70年代名曲を懐かしむファンが主体なので歯がゆい思いで聴いていた方も多いのでは・・?小生も80年代のボウイはアーティスト感覚が殆ど感じられず好きじゃないけど、やはりカメレオンの如く時代変化に合わせて生き抜いてきたその強かさには評価すべきものがあります。

さて80年代のローリングストーンズも同じ様な境遇に晒されていました。ストーンズといえばとにかく永遠に「ロックンロール」一途の印象が強いですが、お洒落な80年代では「もう古臭い消えゆくバンド」に見られていた感があります。しかし彼らも70年代後半~80年代は当時はやりのディスコサウンド風の曲を多く取り入れ、時代に合わせていかなければ生き残れないかもしれない・・と悪戦苦闘し路線修正に悩んでいました。しかし彼らは見事にPOPSシーン最前線へのTOP復活ができたのです!その象徴的な曲は「スタート・ミー・アップ」(1981)!往年のファンからは「流行のダンスサウンドを見境なく取り入れやがって(`ヘ´#)・・・」と強いブーイング もあったようですが、何と米国チャート2位に一挙躍り出てストーンズ自身もビックリ!予想外の成功にまだまだ自分達はやれるんだと自信を深めていきました。「エモーショナル・レスキュー」(1980)のように彼ら独特の雰囲気も維持しながら、その後も「ミックスド・エモーション」(1989)などヒットを放ち続けて90年代から21世紀へ・・、こうなると何をやっても全てロック超大御所と崇められる存在(「21世紀のローリングストーンズ」)となり、長寿・元気さも驚きの目で見られる伝説的なバンドとして鎮座し今に至っています。

「アフリカ難民救済」を目的とした20世紀最大のチャリティー・コンサート「ライヴ・エイド」企画(1985)の一環で、上記に紹介したデビッド・ボウイとミック・ジャガーのコラボ曲「ダンス・イン・ザ・ストリート」が実現しましたが、これは「往年のダサいミュージック・ビデオランキング」の上位に常にランキングされる映像で今見ると80年代のお洒落を気取った野暮ったさ加減が実に笑えます。この2人は当時おホモ達の関係にあったようで、デヴィッド・ボウイの元妻アンジーは二人が裸でベッドに寝ているところを見たとも発言しています。色恋お盛んなミックは傘寿・米寿になっても数々の話題を振りまきながら頑張っている気がします。早世したデビッド・ボウイもミックに対して「あんた、若い時には麻薬三昧でハチャメチャな生活していた割には何でこんなに長寿なの・・?」と大いに呆れ返っているかもしれません・・(笑) 両者とも時代の流れを敏感に感じ取り、往年ファンから一時罵声を浴びながらも苦しい時代を耐えて生き抜いたからこそ、後世に大御所的存在に認められ金字塔歴史を築き上げられたのだと思います。ローリング・ストーンズは昨年末に新譜「ブルー&ロンサム」をリリースし彼らの原点である泥臭いブルースやスワンプロックの道に回帰しています。生きていても亡くなってしまってもロック史に残る巨星達はしぶとく永遠に輝き続けることでしょう!

  by rollingwest | 2003-07-01 00:00 | 洋楽(ロック・POPS) | Comments(152)

「My Favorite Songs」(第30巻)

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★(161)ビートルズ 「エリナーリグビー」(ジョージ・マーチン哀悼) (1966年) (2016.12.24公開)



c0119160_1511042.jpgビートルズにとって特筆的な年だった2016年もいよいよ暮れようとしています。今年のRW元旦記事は「来日50周年記念特集」でスタート、年末ラスト記事もビートルズで締めくくりたいと思います。3月は大ショックの出来事がありました。ビートルズの音楽性を高めた伝説のプロデューサー「ジョージ・マーチン」が亡くなったのです。「5人目のビートルズ」と呼ばれたマーチンは、1962年のデビューから最終盤「アビーロード」(1969)までほぼ全アルバムにおいて重要な中核的な役割(音楽・映像・各種エンターテイメントの指揮)を担い、ビートルズの世界的な名声と栄光(英国の1位獲得:シングル30曲、アルバム16作)を実現させた偉大なる方でした。ビートルズの初シングル「ラブ・ミー・ドゥー」を録音するにあたって、ジョージ・マーチンは当時のドラマー(ピート・ベスト)の演奏力に物足りなさを感じてリンゴ・スターを新たに起用することを決断しています。2ndシングル「プリーズ・プリーズ・ミー」の録音が完了した時、マーチンはこの出来栄えに満足し「これは絶対NO1ヒットになる!」と言い切り、予言通りシングルとデビューアルバムはTOP獲得となり世界ブレイクの発火点となったのです。そして「シー・ラブス・ユー」は7週連続NO1を記録し、彼らの人気は大沸騰、その後は映画「ハードデイズ・ア・ナイト」で映像面でも世界中を熱狂の坩堝に巻きこみ人々の心を虜にしていきました。今年6月は「来日50周年・武道館コンサート」に関するTV特集番組が多く放映され、子供心に見たよき昭和時代の熱狂光景を懐かしみました。武道館で3日間(6/30、7/1- 2の計5回)行われた公演は約5万人の観客を集め、TV中継では60%近い異例の高視聴率を記録!会場周辺は連日6千人の警官が配備される空前の警備体制と、日本中が今ではありえないような大騒動に席巻されたことを再認識!今年9月には「エイトデイズ・ア・ウィーク」の題名を冠した公式ドキュメンタリー映画「ザ・ビートルズ EIGHT DAYS A WEEK - The Touring Years」(監督ロン・ハワード)が公開され、初期リバプール時代、1963年からの15カ国90都市166公演ツアー、半世紀前の若きビートルズのLIVE活動の映像を大いに堪能しました。しかしこのツアー以降、ビートルズはLIVE演奏活動を一切やめて、スタジオ録音中心の曲作りに没頭して音楽性を大きく変化させていきます。その転機となった名盤が半世紀前にリリースされた「リボルバー」(1966)、その立役者もジョージマーチンで手腕は如何なく発揮され数々の名曲を生み出しています。6月に「リボルバー発売50周年」特集記事をレポートしましたが、RWがいつまでも聴きたい名曲はやはり弦楽四重奏とコラボした流れるような美曲「エリナーリグビー」(冒頭掲載曲、RWのカラオケ定番)かな・・。さらに10月はリンゴスター来日とまさにビートルズの話題に彩られた1年だったような気がします。LASTは誰でも知っている世界のスタンダード曲「イエスタディ」で今年最後を締めくくりたいと思います。ポール・マッカートニーはジョージマーチンへの追悼声明で「イエスタディ」が生み出された経緯やマーチンとの思い出を語っていました。「弦楽四重奏の曲にしたいというマーチンの提案に最初僕は反対したが、クラシカルにアレンジされ出来上がった曲を聴いてみるとその素晴しさに感銘した・・。結果的に、この名曲が何千人ものアーティストによって最も多くカバーされた歴史的名曲になったのだから彼の判断は正しかったんだ。」・・と!偉大なるビートルズの生みの親ジョージ・マーチン、今頃はジョン・レノンとジョージ・ハリスンと一緒に天国で音楽活動を再開しているのかもしれません。

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(PS)ジョージマーチンの他にも2016年は70~80年代洋楽を一世風靡した至宝達が相次いで亡くなる特筆の年でした。デビッド・ボウイ(1月)、グレン・フライ(1月)、モーリス・ホワイト(2月)、キース・エマーソン(3月)、プリンス(4月)、レオンラッセル(11月)、グレッグレイク(12月)、ジョージマイケル(12月)・・・、こうやって並べてみるといかにロック黄金期の大物アーティストの訃報が続いたことか・・。ご冥福をお祈りします。我々の青春時代に夢中になった名曲を生み出してくれた偉大なるアーティスト達に感謝の念を込めて・・。



⇒次回2017年冒頭の洋楽記事は、1周忌を迎えるデビッドボウイと、新アルバム発売でいまだ元気なミックジャガーがコラボした「ダンシング・インザ・ストリート」(1985)をお送りします。♪\(^◇^)/♪







★(160)サイモン&ガーファンクル 「冬の散歩道」 (1968年) (2016.12.8公開)



c0119160_14474415.jpg中学生時代に小生を洋楽の道に目覚めさせてくれた「サイモン&ガーファンクル」・・、2011年に第2巻記事で「サウンドオブサイレンス」を取り上げただけで洋楽恩人に対して5年間も掲載せず不義理を大いに反省しております。久しぶりの続編は、彼らの名盤「ブックエンド」(1968)特集で半世紀前の名曲を紹介してお詫び申し上げたいと思います。S&Gの有名曲といえば他に「明日に架ける橋」「コンドルは飛んでいく」「ボクサー」「スカボロ・フェア」等が挙げられますが、今回は寒い冬の訪れに合わせて「冬の散歩道」を冒頭曲に選びました。日本でも木枯しの季節になると時たまラジオでかかる曲ですが、題名とは反し乗りのいいリズムのロックナンバー、S&Gとしては実に珍しい!12弦ギターの印象的なリフ、タイトなドラミング、途中で鳴り響くトランペット、韻を踏んだ詩がハイテンポな2人のコーラスで美しく軽快に展開していきます。名盤「ブックエンド」はレコードA面(今は死語か・・)1~7曲が「アメリカの現実」というテーマのコンセプト構成、当時の米国社会・世情を反映した数々の曲が本立ての中に収められているアルバムです。冒頭は組曲のオープニングとなる「ブックエンドのテーマ」、わずか20秒程の短いギター・インストルメンタルですが何となく惹かれる曲で期待感の予兆。A面物語の最大名曲は、やはり静かなハミング♪m~m~m~、mmm・・・~♪のフェード・インから始まる名曲「アメリカ」、語りかけるようポールサイモンの歌声と映画の一場面を見るような描写感が交錯した様なハーモニー曲。恋人キャシーへの語りかけとともに「皆がアメリカを探しにやってきたんだ」「アメリカとは何か?」という問い掛けでこの曲は終わっています。何度聴いても素晴しい彼らの最高傑作曲の一つで、日本では遅まきながら1972年にヒットして「何で今頃?」と思ったものです。アルバムB面はシングルヒットや個性的な曲が詰めらており、映画「卒業」のために作曲された「ミセス・ロビンソン」が収められています。この曲は1968年グラミー賞でビートルズ「ヘイ・ジュード」と最後まで最優秀賞を競り合い栄誉に輝いた歴史的なナンバーです。映画「卒業」のヒットで直後に発売された「ブックエンド」は彼ら初の全米NO1(7週連続)を獲得しまさに世界的なブレイクを果たした栄光期の名盤となりました。「動物園にて」は、さまざまな動物を性格設定したお茶目な曲。ポールサイモンが後にソロとなって大ヒットさせた「僕とフリオと校庭で」や「コダクローム」等に通じて行く原点曲のようにも思えるネ~。小生が大好きな不思議なる癒し曲「フェイキン・イット」は、さまざまな仕掛けが施された曲で録音テープを逆回転させたり子供の会話を入れたり凝った編曲がなされており、S&Gもビートルズ「サージェントペッパーズ」の影響を受けているんだなあ・・と再認識させられます。コンセプトアルバムは最後に「旧友~ブックエンドのテーマ」で静かにフィナーレ・・。ベンチ両端に座る2人の疲れ果てた老人がブックエンドの象徴として描かれ、人生の終焉を静かに待っているような悲しさと叙情的な詩・・。当時20代後半のポールサイモンが人生晩節に佇む老人の哀愁を表現しているとはあらためて驚きました。そして自分が当時この歌のイメージだった還暦を迎えるとは・・。最後のテーマエンドは「Time it was・・、あの頃は・・、時は経過してしまった・・」と呟く1分の短かい曲で「ブックエンド」が静かに締められています。





★(159)フリートウッドマック 「リアノン」 (1975年) (2016.11.24公開)



c0119160_1254406.jpg大学生時代に夢中で聴いた1970年代を代表するスーパーグループ「フリートウッドマック」の続編を5年ぶりにレポートします。第1巻(010)「ドリームス」以来、大ファンだった彼らを長くほったからしにして深く反省・・。フリートウッドマックの最大名盤はやはり1977年「噂」(Rumours:全米1位31週間、1700万枚セールス)ですが、今回はその前作「ファンタスティック・マック」の名曲を特集します。フリートウッドマックは、①メンバーチェンジが頻繁②音楽性を幾度も大転換②成功規模(セールス枚数)が超メガ級④人気最前線・活動期間が長い、この4要素が同時体現されたロック史における稀有な存在のグループです。1967年ミック・フリートウッドとピーター・グリーン主導で結成され、当初はコテコテの泥臭い正統派ブリティッシュ・ブルースロックバンドでした。しかしピーター・グリーンなど初期メンバーが相次いで脱退すると、新加入のボブ・ウエルチ(1972~73年)が徐々に音楽性を転換させてジャズ・ロック的なアプローチを行い一定の人気を維持していきました。その後世界的にブレイクして大成功を収める契機・布石は1975年、リンジー・バッキンガム&スティーヴィ・ニックスの加入で今度は一挙にPOPな垢ぬけた音楽路線(神秘性もあり)に再転換したのです。小生がフリートウッドマックの音楽を初めて耳にしたのは、大学1年生(1976)の下宿でFENラジオから流れて来た「リアノン」(上記掲載曲)を聴いた時でした。ウエールズ神話に出てくる女神が名付けられた曲の序盤はステーヴィー・ニックスの気だるそうな声で不思議な雰囲気が淡々と醸し出されていきます。やがて小柄な彼女から激しくパワフルなダミ声が響き渡り、リンジーの唸るギターとコラボしてクライマックスを迎えて行く展開・・「何と素晴しい曲だ~!」と彼らの魅力に一挙取り憑かれてしまいました。この魅惑曲が収められていたのが、フリートウッドマックを世界に羽ばたかせるトリガーとなった名盤「ファンタスティック・マック」だったのです。アルバム冒頭曲は、リンジーのシャウトから始まりステージが一挙に広がる軽快な曲「マンデーモーニング」でオープニング!そしてアルバムからのシングルカット「セイユー・ラブミー」、非常にわかりやすくポップな名曲は「ファンタスティック・マック」の路線転換の象徴曲の一つです。「我々の音楽性はよりポップな方向へと変わったぞ!」と大いにPRしている印象を受けます。次曲は「ウォーム・ウェイズ」、ボーカルはクリスティン・マクビー(ジョン・マクビーの妻)、彼女の温かみのある優しいボーカルでまどろみに包まれるような曲。アルバムからの初のシングルカット曲は「オーヴァー・マイヘッド」、これもクリスティン・マクヴィーの淡々とした優しい声とアレンジが素晴しい癒し系の名曲でした。「ワールド・ターニング」は一転してマクビー&バッキンガムがシャウトする力強いエキゾチックな歌、バラエティに溢れています。やはり本名盤の特徴は、新加入したスティービーニックス(妖精のような可愛らしさと小悪魔的容姿と独特のダミ声に特徴)の存在が注目を浴びて際立ったことです。「ランドスライド」「クリスタル」も摩訶不思議美女の虚脱感あふれるような魅力が十分味わえる隠れた名曲です。数々の色彩に溢れる名盤・・、今回レポートのLAST締め曲は壮大なスケールで展開する名曲「アイム・ソー・アフレイド」、フリートウッド・マックは本名盤でビック・ネームに成長し、さらに翌年に金字塔アルバム「噂」でロック史に輝く名バンドとなっていきました。次回は「噂」の名曲特集を予定。いつになるのやら・・(苦笑)

  by rollingwest | 2003-06-01 00:00 | 洋楽(ロック・POPS) | Comments(136)