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<2014年9月>九州登山デビュー&歴史探訪旅③:「宇佐神宮」(八幡神社総本宮)の深い謎

★憧れの宇佐神宮をついに参詣!

5月九州山旅の続編は、濃厚な歴史旅レポートで再開!大分県は歴史が深くかねてから憧れだった「宇佐神宮」「国東半島・石仏群」をジックリ周遊しました。神仏習合発祥地は日本古代ミステリーを解き明かす取材ネタが多く実に魅力的!4回編集でレポートしますので気長にお付き合い下さい。

                     九州登山デビュー&歴史探訪旅②:(椎葉峠越&市房山)より続く

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日本全国「八幡神社」はどこにでもありますが、その数は全国で2万社(稲荷神社に次ぎ全国2位)も存在します。その総本社は大分県宇佐市に鎮座する「宇佐神宮」、第15代「応神天皇」(別名:ホムタワケノミコト)が主祭神として祀られ、「神功皇后」「比売神」も合わせて「八幡三神」と称されます。


      ......「宇佐神宮」の真っ赤な大鳥居を潜り広大な境内を歩き進んでいく.....
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八幡神(ハチマンシン=ヤハタノカミ)は日本独自の神で「八幡大菩薩神」とも呼ばれ、鋳造・鍛冶技術(刀剣・武器製造)の神として崇められてきました。社伝(八幡宇佐宮御託宣集)では欽明天皇時代(571年)に「誉田(ホムタ)天皇広幡八幡麿」と称し「八幡神」が応神天皇に降臨したと伝えられます。


        ......「八幡神」が降臨した「応神天皇」が主祭神として祀られる神殿..... 
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応神天皇を祀ることから皇室祖神としても崇敬され、日本史では歴代天皇が「宇佐神宮神託」を仰いだ重要史実が多くあり、伊勢神宮に次ぐ皇室第2宗廟としての位置付けられています。拝礼方法は「二拝四柏一拝」(出雲大社と宇佐神宮のみ)であり、一般神社(ニ拝二拍手一拝)とは異にしていることから出雲大社にも匹敵する程の高い社格を誇っていることを再認識しました。


        
      .....(左)神秘的な「菱形池」 (右)「宇佐神宮宝物館」をまず見てみよう!.....
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    ......(左)力強い「金剛仁王像」 (右)神仏習合の「神輿」、神が住まう移動式アーク......
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武士政権を確立した「源氏」(清和天皇が祖)の氏神も「八幡神」、源頼朝の鎌倉「鶴岡八幡宮」、源義家(八幡太郎)の「石清水八幡宮」・・、有名な源氏神社のルーツは全て宇佐神宮に行き尽きます。


      ......(左)源頼朝&鎌倉「鶴岡八幡宮」 (右)源義家&京都「石清水八幡宮」......
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「神功皇后」とは「応神天皇(主祭神)の母親」(オキナガタラシヒメ)で、夫の仲哀天皇(熊襲征伐で急死)亡き後に懐妊状態のまま「三韓征伐」(新羅出征)の指揮を執り、勝利を収めたという伝説的な女性。凱旋帰国後に生んだ応神天皇を69年間摂政でフォローしたとの記録が「日本書紀」に残されています。


      .....「神功皇后」(応神天皇の母)の「三韓征伐」図、勇ましい女性ですな~!.......
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      .....(左)懐妊状態で軍事指揮する神功皇后 (右)幼き応神天皇を抱く皇后.......
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一緒に祀られる3つ目の「比賣神」(ヒメガミ)とは八幡神の妃神とも云われますが、その出自はよく分かっていません。応神天皇以前に宇佐で祀られていた地主神の説、「宗像三神or市杵島姫命」(イチキヒメ)という説もありますが、実は「卑弥呼or天照大神」そのものだとも云われています。


   ....(左)海を渡ってきた「宗像三女神」 (右)「卑弥呼」(←ヒメガミ)が「天照大神」となったのか?.....
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          .....「宇佐神宮宝物館」で歴史の深さを認識し本殿へと向おう!.....
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宇佐神宮本殿は三殿建築で構成され、「比賣大神」が鎮座する「二の御殿」が最も大きく中央に祀られており、応神天皇(一の御殿)と神功皇后(三の御殿)はむしろ脇役であるかのようにも見えました。この不思議な配置形態は、宇佐神(比賣神)を中心とする初期の地元信仰神に配慮したのでしょうか


       .....「比賣大神」が真ん中に鎮座、応神天皇と神功皇后は両脇に控え目......
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神宮皇后の正体は卑弥呼の継承者「トヨ」(壱与)の説もあり、邪馬台国「卑弥呼」を中央に配置して両脇を固めてカリスマとしたのかも・・。宇佐地方は「豊国」と称され現在の豊前(福岡)豊後(大分)の地名に繋がっていますが、地名由来からも「トヨが支配した国」という意味が隠されている気がする。




★神仏習合の発祥地「宇佐神宮」

           ......(左)赤鳥居を潜れば広大な玉砂利境内 (右)春宮神社......
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宇佐神宮の祭祀集団は、日本史の影のフィクサー「秦氏」(全国の八幡神社や稲荷神社を創建)が担います。大陸から来た秦氏の一団(渡来人)は日本に灌漑・畑作、養蚕・機織、鉱山採掘や製鉄・鍛冶技術、神社建築・木工技術など、当時の最先端技術を中国・朝鮮半島経由で日本に伝えました。


      .....日本人が手先器用で技術力が高い理由は秦氏のDNAに拠るもの?......
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奈良東大寺の大仏建立における神託啓示は全て宇佐神宮から発せられています。大和朝廷は大仏鋳造技術が高い秦氏族の実力を認め産業振興に注力させ統率を強化、神社・仏閣建築・平安京造営に当らせました。神社が寺に大仏建立神託を与えたという不思議な関係ですが、実は宇佐神宮こそが神仏習合の発祥地であり、仏教保護の神として「八幡大菩薩」神号が与えられたのです。


        ......(左)神を偶像化した「僧形八幡神像」 (右)「比売大神」の出現......
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一般的に神社崇拝は神鏡が祀られ偶像はご法度ですが、神仏習合「本地垂迹説」は阿弥陀如来が八幡神本地仏とされ、神仏合体した「八幡神像」が神社に鎮座し仏像の如く偶像崇拝が行われました。平安時代以降は全国の寺に守護神「八幡神」が勧請され、神と仏がゴッタ煮状態・・。明治政府の神仏分離令まで、神社で仏像が祀られ寺境内に鳥居が建つ異様な光景が全国各地にありました。


         ......(左)宇佐神宮の大鳥居 (右)参道休憩所に神話絵馬......
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神も仏も何でも受け入れて拝む日本人の宗教観は世界でも特異な姿。「白黒をつけずギスギスせずに仲良くやりましょうや」←こんな曖昧さが日本人の長所かつ短所かも・・。相互妥協しないイスラエルとパレスチナの悲惨な宗教戦争を見ると、日本人的な寛容性・許容性の方が平和を保つ秘訣ですネ・・




★日本古代史で裏を操ったキーマン「秦氏」

         ......数々の宇佐鳥居を通過して西大門から上宮へ!......       
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奈良時代に宇佐神宮は重要な役割を果たしました。「弓削道鏡」という怪僧が女帝「孝謙天皇」(重祚後は称徳天皇)に重用され天皇地位を奪おうとしたため、朝廷は宇佐神宮に「和気清麻呂」を遣わし神意を確認させたのです。八幡神御神託は「天皇として正当でない者は排除すべ~し!」、不遜にも天皇になろうとした道鏡の野望は神のお告げで潰えたという「宇佐八幡宮神託事件」です。


  ....(左)天皇になろうとした「弓削道鏡」(yugenodokyou) (右)「和気清麻呂」が宇佐に神託確認.....
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「壬申の乱」で争った天武天皇と天智天皇、その子孫達も数々の権謀術数を駆使し権力争いを繰り広げました。称徳天皇(天武系)は、天智系の藤原(中臣)氏・秦氏の連合軍に追放されたのです。また桓武天皇の長岡京・平安京、2回の遷都には秦氏が怨霊封じや経済支援で大きく貢献しました。


  .....(左)藤原氏が蘇我氏を滅ぼした「乙巳の変」 (右)天武天皇と天智天皇が争った「壬申の乱」.....
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秦氏は政治や歴史の表舞台には絶対出てきません。天皇外戚として権力を奮った藤原氏に遠慮したのか、それとももっと深い秘密があるのか・・。財政・技術・産業の面から裏方で支え続け、天皇の祭祀を指揮して歴史の根底を裏から牛耳り続けてきたといフィクサー(裏天皇)という見方もあります。


   .....(左)平安京遷都の桓武天皇 (中)陰陽師「五芒星」 (右)秦氏の名は京都太秦(ウズマサ)に....
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★渡来人勢力の2つの流れ

日本人の起源は一様ではなく①縄文人②弥生人③古墳人の三大源流から成り立っていると云われます。今回は②と③にスポットを当て、宇佐神宮や秦氏との関係を探ってみましょう。大和朝廷の成立以前には、渡来人で成立した2つの勢力(物部氏系&秦氏系)が国内で鬩ぎ合っていました。
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【1】「倭人」・「徐福集団」=(物部氏・海部氏・葛城鴨氏の勢力)
中国史春秋戦国時代で呉越楚の滅亡で日本に亡流してきた倭人勢力、最大一派は秦始皇帝を騙し(不老不死の薬を探す名目)、日本列島に脱出してきた「徐福」集団。渡来の「倭人」と先住民「縄文人」とが幾度も混血を重ねて「弥生人」になっていったのです。その後倭人勢力は強大な豪族「物部氏・葛城氏」となり、出雲・大和・尾張・伊豆等を本拠として全国的なネットワークを築いていきました。


    ......「徐福」は秦始皇帝に不老不死薬を日本に探しに行くと派遣させそのまま戻らず......
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【2】「秦氏勢力」=その後に渡来してきた秦人←今回紹介している宇佐勢力はこれに該当
秦始皇帝支配から逃れ、物部勢力の後に朝鮮半島経由で渡来したのが、中央アジアがルーツ「秦人」(蒙古系)です。「伽耶」(任那)で交易業を行っていましたが、新羅・百済の南下で日本列島に入植してきました。インドから海洋ルートで渡来したとの説もあるようです。蒙古人と日本人は顔がそっくりで生まれつき蒙古斑を持ち、また相撲を伝統格闘技とする点もDNAが同じだからと言えるのでしょう。


   ......稲作技術流入と秦氏渡来ルートは一致(米の倉庫・高倉が神社原型) 相撲ルーツは蒙古......
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豊国に一大勢力を築いた秦氏が朝鮮半島から「崇神天皇」を招き入れて大和に送り込んだという説もあります。4世紀の朝鮮半島情勢は、百済・新羅の争い激化、高句麗勢力が日本に縁深い伽耶を圧迫するなど混沌としており、崇神天皇は国内に四道将軍を配置して国防や平定に努めたとのこと


     .....(左)崇神天皇 (右)崇神が四道将軍を配置し国を平定(日本書紀より)....
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応神天皇が崇神天皇・神武天皇と同一人物だとする説、神功皇后が「天之日矛」(新羅王子で神話的存在)の子孫説など、あ~もう何が何だかさっぱり分からん!日本古代史って同一人物を別名にて時代を重層的に表現したり、わざと複雑怪奇にして解りづらくしている気がします。謎めいた裏のカラクリが沢山あって凡人が決して知ってはいけない物凄い秘密が隠されているのかもしれません。


          ....下宮の鳥居・神門、ここから階段を上がり若宮経由で上宮へ....
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★謎多き「八幡神」の正体

RWは日本の神社ルーツはユダヤと以前レポートしました。神社狛犬(高麗犬)の原型はユダヤ神殿を守る「獅子」の変形と言われ、エルサレム宮殿には菊花紋章(天皇家の象徴)が刻まれます。伊勢神宮灯篭にはダビデ「六芒星」(ユダヤ紋章)、「神輿」は旧約聖書の契約箱「アーク」・三種の神器はユダヤ3秘宝、日本語ルーツはヘブライ語と酷似すると指摘されており「ナルホド~!」と頷ける点が実に多くあるのです。
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    ....古代シュメールのバニロニア神殿にも天皇家菊の御紋と同じ紋章が!狛犬はユダヤ獅子像....
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天孫族渡来と崇神天皇即位を契機に日本の古墳時代が始まり、応神天皇時代で国内各地に次々と巨大古墳が築造されました。古墳時代以降で日本に馬文化や甲冑・武器の痕跡が多く出土していることから、現天皇のルーツが「扶余族」(大陸からの騎馬民族)であることは間違いないようです。古墳からは馬・武人の他にユダヤ司祭の埴輪も沢山出土、仁徳天皇陵等の前方後円墳の形はユダヤ秘宝「マナの壺」(神話に多く登場する真名井はマナの同語源)を模しているのでは・・とも云われます。
                                        埼玉行田「稲荷山古墳」の記事

    ....ユダヤ司祭を伴い渡来した騎馬民族が日本を征服、古墳はユダヤ秘宝「マナの壺」に酷似....
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日本書紀には「騎馬民族の辰王・沸流(フル)が朝鮮半島から百二十県の人を率いて帰化」と記され、「沸流」が応神天皇自身との説、また秦氏ルーツは中国西部(ウイグル)に「三日月王国」(弓月=クルジャ)から日本に渡来してきた「弓月君」(yuzukinokimi=融通王)ではないかとの説、天孫族(現・天皇祖先)のルーツは「失われたイスラエル10氏族」の末裔ではないかなど驚愕の説がいくつかあるのです。


   .......「失われたイスラエル10氏族」は弓月王国を築き、さらに東方最果て「日本」を目指した?......
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古事記とギリシャ神話に相似点が多く見られるのもシルクロード経由で「ヘレニズム文化」(正倉院宝物も同様)が伝播したことと関係あるのでは?関連本を読むと蒙古騎馬民族(スキタイ)と遊牧民族(ユダヤ)が合流して「扶余族」となり、朝鮮半島で三韓(秦韓・辰韓・弁韓)形成後に日本へと入ってきたらしい。


   .....世界各地には太陽信仰が存在、日が昇る東方「日本こそ憧れの神境地」と信じた?.....
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ところで謎多い「八幡神」の正体とは一体は何なのでしょうか?「八幡」とは元々「ヤハタ」と読み、「ユダヤ」を意味するヘブル語 「ヤェフダー」が変化したもの、「秦氏の神」の「ヤハ・ハタ」から来ていると云われています。その神とはユダヤ唯一神「ヤハウェ」、または原始キリスト教の「イエス」自身だったのかもしれない。


      ......秦氏(鴨氏)が駆使する神社奥義「迦波羅」はユダヤの神秘術「カバラ」が語源......
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日本に渡来した「扶余族」は、天孫降臨神話を掲げながら「大和朝廷」を築き上げていきました。豪族同士の争いに勝利を収めた「天孫族」が軍事的に征服した史実を神話(国生み、天孫降臨、国譲り)として塗り替え、自らの民族が神の正統として位置付けて権威を示そうとしたと思われます。
                                        出雲大社「国譲り」の記事

   ......天孫族は「迦波羅」の奇跡を先住豪族に示し「天孫降臨」「国譲り」を神話としたのか?......
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であるならば宇佐神宮に本殿が3つ存在する意味は原始キリスト教「三位一体神」が日本の神社に姿を変え祭壇として祀られたのかも!またもマニアックな古代史論議に巻き込んでしまいご容赦・・!


        ......宇佐神宮「上宮」に祀られる「三神殿」の正体とは一体何だろうか?......
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RW手元には古代史ミステリーの史蹟訪問したネタが幾つか溜まっています。今後も国内各地のSPOTを巡りながら、飽きもせず継続紹介していきます。ダラダラとした長文を最後まで読んで頂き大感謝!


     .....宇佐神宮社殿・祠・菱形池が日本古代史の謎・真実を知るのかも・・......
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次回は、宇佐神宮を崇める大横綱「双葉山」(モンゴル出身「白鵬」が尊敬する不滅の69連勝を成し遂げた伝説横綱)の生家や豊後高田「昭和レトロの街」などの見所を紹介します。そして最後は神仏習合の石仏群が見所深い「国東半島」旅レポートを紹介して九州シリーズの締めとしていく予定です。


   .....(左)相撲ルーツと縁ある宇佐神宮と名横綱「双葉山」 (右)神仏習合・国東半島の石仏群......
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                                                       おわり

  by rollingwest | 2014-09-05 00:00 | 寺社・史跡・古道 | Comments(96)

<2010年11月14日>「東大寺大仏展~天平の至宝」(東京国立博物館)

★奈良遷都の節目の年に・・                         


今年はご存知、「平城京遷都1300年」の記念すべき節目。奈良の記事を何度も掲載しましたが、本年最後のレポートです。東京国立博物館で開催中の「東大寺大仏~天平の至宝展」を鑑賞してきました。
08年「薬師寺展」、09年「興福寺・阿修羅展」に続き、トリは奈良の象徴「東大寺大仏展」の登場~!

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    ......「東大寺大仏展」開催の「東京国立博物館」、大銀杏がいい黄葉になってきた。.......
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今年は光明皇后(大仏建立・聖武天皇の奥様)没後1250年でもあり、その記念で開催された特別展の目玉は大仏殿前に立つ5mに近い「八角の大燈籠」が展示されていることです。造立当初から「東大寺」と「大仏」を見守ってきた大燈籠が初めて寺を出たのです。天平時代・宝物の数々も一緒にご出張


      .......東大寺・大仏殿を守護してきた「八角燈籠」がついにお江戸へ上京してきた!.......
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10月25日、奈良時代史に関する大ニュースが飛び込んできました。今回展示中の「金銀荘太刀」(明治時代に大仏足元から出土した国宝)が、伝説の「陽陰宝剣」 (1250年間行方不明)だったという事実がエックス線調査で判明!「陽・陰」2宝剣は光明皇后が大仏右膝の元に秘かに埋納したものだったのです!


       .......奈良大仏・造営の詔を発した「聖武天皇」 &「光明皇后」(今年は1250年御遠忌).......
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陽・陰の寶劔は聖武天皇の遺愛品で光明皇后が正倉院に献納後持ち出された幻の宝剣。天皇愛剣を「大仏と一体になる形で国を見守るのが相応しい」と皇后が考え、大仏の元に埋葬したようです。遷都後1300年・皇后没後1250年の節目を待っていた様に発見されるとは・・、古代ロマンの不思議を感じる。


     .......「金銀荘太刀」のレントゲン写真で陽・陰の字が発見!今回展示の目玉の一つだ!.......
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もう一つのTOPICSは、東大寺・創建時に建立された高さ100mの東西「七重塔」のうち「東塔」の再建構想が4月に発表されたことです。「東塔」は、大仏殿を囲む回廊の東側に建立され、1180年平氏の南都焼き打ちで焼失、1227年再建され室町時代に落雷で焼失した幻の塔。今後新たな見所が増え楽しみ~


       .......東大寺「七重の塔」の相輪(塔の再建計画が発表された).......
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東大寺にまつわる大ニュースが駆け巡った遷都1300年の晩秋に、大仏建立の秘話・天平至宝群を真近に見られるとは幸せ~!紅葉輝く上野の森に、遠い歴史文化に触れるべく出かけました。(niawane~)





★「東大寺大仏展~天平の至宝」、国宝の数々


朝一番9時過ぎに国立博物館に駆けつけるともう行列ができている・・。「薬師寺展」や「阿修羅展」ほどの大フィーバーにはなっていませんが、やはり奈良記念の節目の年なので人気は非常に高いんだなぁ・・


              .......東大寺・天平至宝展の会場ロビー(国立博物館の平成館).......
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今回場内撮影禁止につき、数々の天平至宝の紹介写真はインターネットから拝借多用させて頂きました。
まずエントランスに入ると、霧に煙った「東大寺」の白黒絵画が飾られている。期待感が益々と高まる・・。


          ......至宝展のエントランスに飾られていた「墨絵のような東大寺」風景 .......
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中に入ればまさに天平至宝の数々が次から次にお出まし~!「天上天下唯我独尊」と生誕時に喋ったお釈迦様の姿はありがたい・・。大仏造営に関り東大寺を開山した「良弁」、大仏焼失後の再建に力を尽くした「重源」、頑固で意志の強い僧正に間違いなし、その性格さえ容易に想像できる写実ぶりだ・・。


    ......(左)「西大門勅額」 (中)「重源上人坐像」 (右)「誕生仏釈迦仏立像」・唯我独尊.......
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              .......「八角燈篭」展示がいよいよ間近に、手前は「良弁僧正座像」......
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今回展示の目玉の一つは、東大寺から展示のために移設されてきた高さ5m近い巨大「八角灯籠」!
灯籠八面にはめられている銀色の羽目板も立派です。表面には菩薩が彫られた見事な文様が印象的。しかし東大寺大仏殿に長年鎮座していたこの重量物を展示場に運ぶのは大変なことだったろうなぁ・・


    .......(左下)東大寺から運び出す時は大作業  (右上)燈籠の「火袋羽目板」&「八角燈籠」......
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「僧形八幡神坐像」もあった!受験勉強で暗記した有名な国宝という記憶があるが、これでしたか~!
鎌倉時代彫像らしいが古さを全く感じさせない。そして一段と目を引いたのが、「不空羂県菩薩」の光背!「ありがたや~」という華やかさ。この光背を作った人も、外して運搬した人もお疲れ様でした~


      ......(左)国宝「僧形八幡神坐像」    (右)「不空羂菩薩の光背、ド派手だね~!.......
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そしてハイライトはまだまだ続きます。冒頭に紹介した「金銀荘太刀」(陽陰宝剣)、珍しいアフロヘアの如来様「五劫思惟阿弥陀如来」(頭が重くてジッと耐えてるような可愛らしさ・・)も今展示の目玉の一つです。


 .....(左)「金銀荘太刀」(陽陰宝剣) (中)光明皇后の薬木「桂心」 (右)「五劫思惟阿弥陀如来」....
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今回は期間限定で「正倉院宝物」特別公開も行われていました。光明皇后は民衆を病気から救うため施薬院をつくりましたが、そこで使われた薬木も展示されている。菩薩様のような光明皇后様に敬礼~





★「大仏の世界:バーチャルリアリティー」


上映時間約12分に及ぶバーチャルリアリティ映像「大仏の世界」は、東大寺の成り立ち・大仏開眼へ向けての人々の想いを最新映像で表現しています。大仏開眼・供養会の日の星座位置をコンピュータで精巧に計算し配置して、星空を背景に天平を代表する大建築の物語が現代に蘇る。よく出来ているネ~!


     ......(左)奈良の大仏開眼は752年      (右)バーチャルリアリティ映像・「大仏の世界」.......
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東大寺は聖武天皇の発願で大仏様(盧舎那仏)が造立され、国家的な仏教信仰の中心になりました。
普段は決して見られない大仏の背面を含め360度ぐるりと眺めていく映像はなかなか貴重なものだ。


                ......エントランス脇のロビーには実物大の「大仏の手」があった!.......
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これでメイン展示は終了・・、相当に見応えのある至宝展だったなぁ。出口に向かうとロビーには実物大の大仏の手が飾られていました。ビックリ!平成館に隣接する本館では無料常設展も公開されています。


               .......「仏像の道」常設展(拝観無料)、仏像の伝播歴史を解説.......
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この常設展では、仏像の発祥(インド)から中国・朝鮮半島を経由して日本まで伝播してきたルートなどが模倣仏像とともに解説されている。こちらも大変勉強になりました。これが無料なのは大いにお得感!


     ......(左)中国西域の首仏像 (右)現代美術も無料展示、高村光雲作「野猿」があった!......
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この展覧会は、東大寺に所縁深い宝物を紹介し、寺のルーツや大仏開眼に至る歴史や奈良時代の人達の心をも分かりやすく解説。12月12日まで開催されているので興味ある方は是非ともお見逃しなく・・





★秋の上野公園、あざやかな紅葉


        .......平成館の建物脇、遥か先に「東京スカイツリー」が見えた。クローズアップ!.......
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国立博物館を出ると、紅葉木々が綺麗に色づき始めている。ふと平成館の横を見ると東京スカイツリーが頭を覗かせている。10月中旬に497m到達、即500m越えかと思ったが、まだそのニュースは入ってきません。頂上部が風や地震で揺れを抑える「頂部制御装置」を設置しているとのこと。500越えは12月上旬?


    ......(左)博物館前の「大銀杏」が立派! (右)上野公園の噴水、桜並木の紅葉が鮮やか!.......
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上野公園は桜で有名ですが、サクラの紅葉も実に見事なものです!今年は残暑が長く続いたことから、いつまでも色つかずヤキモキした時期もありましたが、猛暑のあと早い寒さの訪れで寒暖差が激しくなったことで結構見頃になってきた。都心部の紅葉はクリスマス・大晦日まで続き冬の風物詩になるのかも・・

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★奈良時代の節目の年、レビュー


         ......今年6月に訪ねた「平城京遷都1300年祭」、「大極殿」の前で集う人.......
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今年は自分にとっても奈良マイブーム再来の年となりました。今年奈良の記事を7回も掲載してしまった。
関西在住時に訪ねた奈良の記事を整理レビューできたこともよかったし、1300年祭の現地を訪問に合わせて憧れだった唐招提寺・薬師寺をついに訪問できた事が最高でした。(まさに奈良漬け満足状態)
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平城京1300年祭会場地は、まだ発掘や研究も続けられ今後さらに整備・拡充されていくことでしょう。
「第ニ大極殿」も今後できるようですが、完成はいつ頃かな?その時また奈良ブームが再来するかも・・。


     .......①「朱雀門」開門  ②奈良宮廷官女 ③大極殿の「高御座」 ④「金色の鴟尾」......
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         ......今年秋の「正倉院展」では「螺鈿紫檀の五絃琵琶」が公開された。......
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関西時代に長い間修復中で見ることができなかった「唐招提寺」(天平の甍)、そして今後10年間修復に入る薬師寺「東塔」を6月に一緒に見られたのもラッキーでした。30年前の映画「天平の甍」も初の鑑賞


      ......(左)薬師寺の国宝「東塔」&「薬師三尊」   (右)「唐招提寺・金堂」(国宝)......
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      .....6月に見た「興福寺・五重の塔」の夜景、「猿沢池」に幻想的に浮かぶ。.......
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奈良はまだ訪ねていない史跡や道が多く残っています。面積が狭い県ですが、見所が沢山あって分散しているので何回も行かないと見切れないんですよね。新薬師寺・大安寺・當麻寺・長谷寺・宇多分水神社・談山神社・朝護孫子寺・法華寺・海龍王寺・当尾・暗峠・葛城山・高見山・・・。またいつか来よう。
  

             ......奈良県庁屋上から「東大寺、若草山・春日山」を望んだ(6月).......
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                             今年(2010年)に掲載した奈良に関する記事はコチラから



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次回は、「ジョンレノン生誕70年、暗殺30年目の命日」の記事をお送りします。
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  by rollingwest | 2010-11-25 00:00 | 寺社・史跡・古道 | Comments(48)

 <2010年6月>伊勢路・奈良の旅(その3):「奈良・西ノ京の国宝寺」


                         伊勢路・奈良の旅(その1):「伊勢神宮」
                         伊勢路・奈良の旅(その2):「平城京遷都1300年祭」より続く




★憧れの「唐招提寺」とご対面


高校時代に読んだ「天平の甍」(井上靖・著)の舞台になった「唐招提寺」は憧れの寺で、関西在住時に訪ねてみたかったのですが、10年に渡る大改修の途中でついにその思いは叶えられませんでした。


        ......井上靖「天平の甍(iraka)」:唐招提寺の屋根瓦を表題にした鑑真の生涯記.....
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長期間の大修復が完了、落慶法要が09年11月盛大に執り行われました。今回久しぶりに奈良を訪れたので唐招提寺は何としても来たかった・・。今回ついに羨望の金堂と対面することができました。


        .....「唐招提寺・金堂」(わが国最大の天平文化を伝える至宝建築)......
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金堂の中を覗くと3体の巨大仏像(本尊・廬舎那仏坐像、薬師如来立像、千手観音立像)が安置されており、梵天・帝釈天・四天王もいる。このド迫力仏像群に天平文化・歴史の深さを感じ圧倒されたネエ!


   ......(左) 「南大門」は正面エントランスを飾る。  (右)金堂には「千手観音像」など天平仏がギッシリ......
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     ......(左)「経蔵」(正倉院みたいだ)・・ (右)「新宝蔵」(これも高床式で宝物を守る)......
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唐招提寺は、南都六宗の一つ律宗の総本山で、中国・唐出身の僧「鑑真」が晩年を過ごした寺であり、金堂の他に南大門・講堂・舎利殿・経蔵・宝蔵など多くの国宝文化財を有します。どれも見応えあり!

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     .......(左)「舎利殿」(鼓楼)  (右)「三面僧房東室」(若い僧侶たちが宿泊していた独身寮).....
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   .....(左)境内を歩く女性  (右)鑑真和尚像が1週間限定で「御影堂」に於いて公開されていた。.......
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「御影堂」に来ると何と「鑑真和尚像」特別公開(開山授戒に尽くした日本仏教の大功労者)が1週間限定で行われているではないか!これはラッキー!東山魁夷が堂内に奉納した襖絵も見ることができた。


   .....(左)「鑑真和尚像」期間限定で特別公開!   (右)御影堂の襖絵「山雲」(東山魁夷・作).......
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「鑑真」(中国・唐の高僧)は日本に仏教を広めるため遣唐使船での渡航に挑戦しましたが、荒れ狂う東シナ海の波に阻まれ4回も失敗。それでも諦めずに5回目に挑戦、ついに日本の地を踏んだのです。


         .....(左)インドの古塔を模した「戒壇」  (右)「鐘楼」から舎利殿を見る.......
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奈良の都に到着した時はすでに両眼を失明していました。聖武・孝謙天皇や僧侶らに授戒した「鑑真」の功績は日本仏教史に燦然と輝きを放っており、井上靖はこのドラマを「天平の甍」として描きました。まさか今日憧れの鑑真和尚のお姿を拝見できるとは思ってなかったのでご対面できて大幸運でした~!


      ......「垂仁天皇陵」(この天皇の時代に伊勢神宮が建立された。父は崇神天皇)......
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唐招提寺の横には濠に囲まれた美しい墳丘があり、前方後円墳「垂仁天皇陵」が静かに浮かびます。
ここ西ノ京まで来たのだから、隣の「薬師寺」を見ないで帰るわけにはいかないね。ワクワクと心も弾む。





★シルクロードの終着点とも呼ばれる奈良の至宝・「薬師寺
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「薬師寺」は天武天皇が発願し、697年持統天皇によって本尊が開眼されました。初めは飛鳥に建立されましたが、奈良遷都で当地に移転。当時は南都七大寺として我が国随一の壮美を誇ったとのこと。


   .........(左) 「薬師寺・東塔」(白鳳時代を代表する国宝) (右)西塔金堂は03年に復元された。......
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1300年の歳月、幾多の災害・戦火を浴び、現在国宝指定されている建物や仏像以外は殆ど灰になったそうです。昭和42年高田好胤管主により復興が発願され、今や白鳳伽藍が完全に蘇っています。


   ...... (左) 仏教美術の最高傑作「薬師三尊像」 (右)「聖観音菩薩」が安置される東院堂......
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2年前東京にやってきた「国宝・薬師寺展」を鑑賞しましたが、憧れだった「日光・月光菩薩」を360度(光背が外された公開)から仰ぎ、実に感動的でしたね~!「聖観音菩薩」も「吉祥天」とも対面できた!


   ......08年6月東京国立博物館(上野)で開催された「国宝・薬師寺展」のエントランスパネル......
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                             リンク:08年6月・国宝「薬師寺展」(日光・月光菩薩)


「薬師三尊像」は世界最高の仏像と仰がれ、「薬師如来」を中心に「月光・日光」両菩薩が脇侍します。
当初は金色だった3仏像は、火災に何度も遭ったため現在は黒光りして渋さも漂わせている感じが・・


   ......「薬師三尊像」、至宝の仏様達  (左) 「月光菩薩」 (中)「薬師如来」 (右) 「日光菩薩」..... 
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「東塔」は建立創建の姿を残す三重の塔(六重に見えるが各層裳階は2つで一層)です。特異な形が律動的な憂く示唆を保ち、屋根頂上の相輪の最上部には芸術的な「水煙」が4枚つけられています。


     ...... (左)「薬師寺東塔」(国宝)の威容   (右)薬師寺に隣接する休ケ岡八幡神社......
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復興発願から30数年をかけて金堂・西塔・大講堂が次々に再建、白鳳大伽藍が完成し薬師寺・創建当時の面影が復活しました。ここに残る数々の国宝は唐・中国西域・ギリシャ・ローマの影響を受けています。


        .....(左)玄奘三蔵院伽藍(三蔵法師の遺骨がある) (右)三蔵法師立像......
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三蔵院伽藍には2万巻もの経典をもたらした玄奘三蔵の遺骨の一部がここに奉納されています。薬師寺が「シルクロードの終着点」とも呼ばれる由縁です。唐招提寺・薬師寺の「西ノ京」は実に見所あるね~!


          ......(左)西ノ京の田園風景  (右)観音池から遠望する「ライトアッフ薬師寺」......
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                                奈良・大和の旅(その1):「奈良・西ノ京・斑鳩」編




★再び「奈良公園」に戻る。・・奈良市内を一望!


「奈良遷都1300年祭」メインイベント会場や「西ノ京の国宝寺を十分堪能して、再び奈良公園に戻ってきました。前日見た興福寺の静かな夜景と対照的に修学旅行生などで賑うシカ公園の姿が目の前に・・。
そして奈良公園前には市内を一望できる穴場」(しかも無料)があるのです。そこに登ってみよう・・!


               ......「奈良県庁」の屋上から見る「興福寺・五重の塔」......
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その穴場SPOTは「奈良県庁」・・!、 最上階に観光紹介コーナーがあるので一般観光客も屋上に上がるのは自由です。県庁自体は6階しかない建物ですが、奈良市内は高いビルがないので一望できる~



       ......「東大寺大仏殿」をクローズアップ!(こんな角度から見下ろしたのは初めてだ!)......
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         NHKドラマ「大仏開眼」 (今年10月3連休にアンコール放送されますよ~!)

左から「東大寺大仏殿」、右に視線を流していくとは「春日大社」「興福寺」「奈良公園」、その背景には「若草山」「春日山」も一望。今までこういう角度から奈良を見たことがなかったので実に新鮮な光景!

           

              ......「奈良公園」ではシカがのんびりと草を食む。.....
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景観条例でビル建築の高さを制限される街、確かに県庁から見る光景は「興福寺・五重の塔」より高い建物がない!(京都は結構、人工建築物が目につきます。)さすが奈良は自然に溶け込む世界遺産!


         ...... 奈良市内は平らかで広い!興福寺・五重の塔がひときわ高い建築物か?......
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              ...... 奈良県庁の屋上から東大寺、若草山・春日山を一挙に望む......
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今回「奈良遷都1300年祭」の開催がトリガーとなって、「西ノ京」や「奈良市内一望」の機会も得ることができた~!そして平城京遷都と数々の有名なお寺の関係も理解できて「せんとくん」に大いに感謝!
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    ..... 平城京を挟み、西大寺・唐招提寺・薬師寺は西の京、東大寺・春日社・興福寺が東の京.....
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今年は光明皇后(聖武天皇の后)1250年御遠忌でもあり、これを記念した特別展「東大寺大仏・天平の至宝展」が10月8日から東京国立博物館で開催されるので早速に前売チケットを購入してしまいました。
東大寺の所蔵物を中心とした数々の「天平文化の国宝」が公開されるとのことで今から楽しみです。

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                  東大寺大仏・天平の至宝展


奈良は何回も訪れてみましたが、まだまだ行っていない史跡や道が残っている・・。新薬師寺・當麻寺・長谷寺・宇多分水神社・談山神社・朝護孫子寺・当尾・暗峠・葛城山・高見山・・・。またいつか来よう。

                         大和路(その2):「飛鳥・山の辺・宇陀曽爾」編
                         大和路(その3):「金剛・吉野・熊野・大峰奥駆道」編


              .......若草山から見る奈良の夜景(インターネットより拝借)......
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日本古来の神を祀った「伊勢神宮」と日本仏教のルーツ「奈良」を訪ね、今回十分歴史を堪能できました。
3回に渡った伊勢・奈良の記事、ダラダラ蘊蓄たれた冗長文章にお付き合い頂き恐縮でございました~!


                                                         おわり



次回は「横浜開港の道」:夜景ライトアップバージョン(その1)をお送りまします。
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  by rollingwest | 2010-09-29 00:00 | 寺社・史跡・古道 | Comments(49)

 <2010年6月>伊勢路・奈良の旅(その2):「奈良公園」&「奈良遷都1300年祭」

                             伊勢路・奈良の旅:(その1):「伊勢神宮」より続く



★夜の静けさ、「Silent Light 奈良」


伊勢神宮から名阪国道を経由で奈良に入り、奈良公園の近くにある本日の旅館へと向かいました。
「奈良公園」といえば、修学旅行生がのんびり寛ぐ鹿にお煎餅を与える光景が目に浮かぶ。若草山麓に広がる都市公園(国有地)には、東大寺・春日大社・興福寺など錚々たる寺社が鎮座します。


   ........「猿沢の池」に幻想的に浮かび上がる「夜の興福寺」(阿修羅像があるお寺).........
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関西在住時に、「猿沢池に浮かぶ興福寺」のライトアップ夜景を初めて見た時は感動したね~。今回あらためて見るけれどやはり風情があります。県庁近くなのに音が殆どしない・・。シ~ンとした夜景がいいネ!


      .......「興福寺」ライトアップ2景 (左)五重の塔  (右)南円堂   静かなる時間.........
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前回は「ライトアップ興福寺」を池越しに遠くから眺めただけですが、今回は目の前まで入ってみよう。公園の石階段を上がり、五重塔と南円堂の周辺を散策。いつもは観光客に溢れているのにこの静けさは・・


    ........興福寺は、天皇摂家として権勢を奮った藤原氏の氏寺、「南円堂」クローズアップ.........
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c0119160_7251057.jpg幻想的な興福寺を見て回った後は、ちょっと足を伸ばして「奈良町」の小路周辺をホロ酔いでフラフラ


          ......風情ある奈良町の小路をホロ酔い気分で歩く.........
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猿沢池の南、元興寺の境内一帯を「奈良町」と呼びます。奈良最古の町は近世に筆・墨を作る産業が栄え、町衆文化が発展した地域。町家の美しい格子や狭い路地に古都奈良の違う一面が覗えます。


     .......奈良町は元興寺境内にあり、長らく町衆文化を支えてきた。 (元興寺の極楽坊↓)........
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     .........猿沢池と興福寺の夜景を見ながら、明日の奈良遷都祭への訪問に期待を寄せる。............
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夜の奈良公園・奈良町は静かでなかなかの風情がありました。皆様、機会あれば是非ご訪問を!
さて明日は昼間の奈良公園を散策してみよう。そしてその次は「奈良遷都1300年祭」へと向かう。


                「大和路・旅の思い出レビュー」(その1):東大寺・春日大社・興福寺を紹介




★陽光の「奈良公園」から「奈良ホテルへ」


昨夜の静かなライトアッフ「゚奈良公園」から打って変わり、今朝は本来の観光地の姿を取り戻していました。修学旅行生や観光客が、陽光溢れる若草山の麓でシカに餌をやる。これが「奈良公園」の定番です。


         ......... 春日大社や奈良公園にはやはりのんびりとしたシカの姿がよく似合う。......
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              ........ 開放感ある「若草山」を背景に公園でたわむれる親子......
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せっかくだから「関西の迎賓館」とのいわれる「奈良ホテル」を訪ねてみよう。明治42年に創業、昨年で100周年を迎え、皇族や各界著名人・外国大使が宿泊することで知られる大変由緒あるホテルです。


                   ......明治42年創業「奈良ホテル」(関西の迎賓館)の正面玄関......
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「奈良ホテル」は荒池のほとり(興福寺・猿沢の池の近く)にあり、本館は桃山御殿風の総ヒノキ造り。
建物の雰囲気が古都奈良の景観に調和しており、創業当初の面影をそのまま残す貴重な建物です。


       ..........「 奈良ホテル」のクラシカル建築 (左)エントランス階段 (右)メインダイニンク......
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外観のみならず、館内のインテリアは高い天井・ロビー・ダイニングルーム等、温かみある木造りの風情で明治浪漫のレトロな雰囲気を満喫することができます。昼夜にわたって奈良公園の数々の表情を楽しめて満足・・


           ............奈良公園周辺の観光MAP(クリックで拡大表示されます).........
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★「平城遷都1300年祭」、平城京跡地に「大極殿」を訪ねる


今年は奈良・平城京に都が移されてから1300年の節目の年を迎え、4月24日の開催式で始まった「平城遷都1300年祭」は大いに賑わいを見せています。「せんとくん」も当初の批判を完全に覆し今や超人気ユルキャラで大活躍!奈良は関西勤務時代に各所を廻りましたが、平城京跡地は初訪問だ〰!


   .........今は瑞穂田の「平城京跡地」。88年前に史跡指定されて以来、ついに大極殿が完成!.......
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平城京跡地は遺跡価値が評価され、1998年には「古都奈良の文化財」の一部として世界遺産として登録されました。「平城京・大極殿」は、小生が関西勤務の頃より修復工事が開始されましたが9年の歳月をかけて完成したのです。「平城遷都1300年祭」開催に間に合わせ、雄姿をついにお披露目!


    ........(左)平城京の条坊図(他の寺との関連がよくわかる!) (右)遷都の歴史(奈良は2回も).....
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今から1300年前の首都は、東西に約6km・南北に約5Kmの規模を誇り、中心部には75mの道幅をもつ「朱雀大路」が貫かれていました。この大路を中心に碁盤の目の様に道路が整備され10万人の人が暮らしていたとのこと。「朱雀門」は平城京の南側に位置し、四神(後に記述)の一角を担います。


    ........(左)「朱雀門」は大極殿の南側に構える。(右)「開門の儀式」がいよいよ始まった。.....
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朝早く会場に到着すると、この朱雀門を開門するイベント儀式が始まりました。奈良時代の守衛兵姿に扮した人が古式ゆかしき手続きを取り儀式を粛々と進めていきます。そして・・ついに開門〰!gigigi〰


      .....ついに朱雀門が開かる!守衛兵の主が仁王立ち!何か中国の宮城のような雰囲気......
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本当に平城京跡は広い!遥か先に見える大極殿に歩いて辿り着くには20分はかかりそうだ!朱雀門から大極殿へ続く敷地の中を近鉄電車が横切り走っている。確かに復元前は単なる野っ原でした。

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    .......大極殿は実に大きく、正面幅44m、高さ27mの大威容!これは「第一次大極殿」......
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メイン会場近くには、遣唐使船の復元展示や平城京シアターが設けられ、当時の衣装を貸し出すコーナーもあります。因みに「第一次大極殿」とは710年藤原京から遷都してきた時の宮殿を指し、「第二次大極殿」は945年に再遷都(上記・遷都歴史図参照)された際に第一次とはやや離れた場所に造営されました。


.......(左)日本から中国に吉備真備や玄昉らが「遣唐使船」で渡った。 (右)奈良時代の宮廷衣装......
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           ..........平城京最大の宮殿「大極殿」、瓦を9万7千枚も使っている大屋根だ!.....
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大極殿の意味は「北極星」(=大極星)に由来。中国思想に倣い、天皇が宇宙の中心という威光を見せたかったのでしょう。そして中心星を囲むように平城京は「四神相応の地」という詔が発布されました。


     ........「四神相応図」、平城京を四禽(東・青竜、西・白虎、南・朱雀、北・玄武)が守る.....
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「四神相応」とは上記に記載してあるように、四方(東西南北)を守護する聖禽を表します。そういえば冒頭の朱雀門は南側入口だったし、高松塚古墳やキトラ古墳の壁画にもこの四禽図があったねえ・・・


  ........(左)天皇が座した「高御座」(takamikura)  (右)巨大な「金色の鴟尾」(shibi)..........
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大極殿の中心部は「高御座」!ここには天皇が座り、「朕は北極星なり」とか詔ってあれこれと指示を出した場所なのでしょう。その隣に飾られていた金色の「鴟尾」(shibi)もド迫力がありました〰!


      ..........古代建築の「鴟尾」が進化し「金のシャチホコ」や「鬼瓦」になったと思われる。.....
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「鴟尾」とは古代大建築で屋根両端につけた飾り瓦(中国発祥)です。鳥の尾or魚のような形をしており、沓(kutsu)にも似ているところから「沓形」とも呼ばれ、後世の鬼瓦やシャチホコの原型となりました。
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古の都・跡地の復元遺跡を堪能!「平城遷都1300年祭」はまさに博覧会のような人出の賑わいだ。
前夜に味わったライトアップ興福寺の静けさとは対極的でしが、遷都の祝福なので盛大さが似合うね!「平城京遷都1300年祭」のメイン会場展示は11月7日まで開催しておりますので皆様も是非ともご覧あれ。

                              「平城京遷都1300年祭」のHPはコチラから
                                                                 さて次は「西の京」エリアを訪ねてみよう。ここはずっと憧れていた「唐招提寺」と「薬師寺」が鎮座します。



                                                        つづく



次回は、伊勢路・奈良の旅(その3):「西ノ京の国宝寺」をお送りします。
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  by rollingwest | 2010-09-16 00:00 | 寺社・史跡・古道 | Comments(38)

<2010年6月>伊勢路・奈良の旅(その1):「伊勢神宮」

★はじめに


初夏に伊勢路と奈良に旅する機会に恵まれました。伊勢といえばご存じ、神社本庁の本宗「伊勢神宮」(三重県)がある日本の総氏神の聖地。また奈良は関西在住時に何度も訪問しましたが、今年は「平城京遷都1300年祭」の節目で是非とも訪ねてみたいと思っていたところ。


          ........(左)伊勢への大巡幸絵図  (右)神宮の正門・宇治橋の鳥居......
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今回は1泊2日の強行軍でしたが、日本人の崇敬する「お伊勢様」と「奈良遷都・平城京」華やかな姿をジックリ見ることができました。古代日本を象徴する社寺探訪記事を3回に分けて紹介します。


  ......(左)ご存知「せんとくん」が寝そべる~! (右)奈良遷都1300年祭の象徴「大極殿」.....
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     (その1)「伊勢神宮・編」天皇家の氏神・天照大神を祀る伊勢神宮を紹介
     (その2)「平城京遷都1300年祭・編」今年大賑わいを見せている「遷都1300年祭」を紹介
     (その3)「奈良西ノ京の国宝寺・編」白鳳文化の究極美「唐招提寺」&「薬師寺」を紹介





★天皇家の氏神を祀る「伊勢神宮」(ルーツ伝説)


伊勢神宮は、元来は皇室の氏神(守り神)であることから皇室・朝廷の権威と強い結びつきを持ち続け、「お伊勢さん」の呼称で親しまれており、日本人にとって「心のふるさと」として別格的な神社です。


   ......(左)神宮入口の大鳥居 (中)江戸時代はお伊勢参り・大ブーム (右)アヤメ展が風情あり .....
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伊勢神宮の中には、太陽を神格化した「天照大御神」(amaterasuomikami)を祀る「皇大神宮」と、衣食住の守り神である「豊受大御神」(toyoukeomikami)を祀る「豊受大神宮」の2つの正宮正殿が存在しています。一般に皇大神宮の方が「内宮」、豊受大神宮の方が「外宮」と呼ばれているだそうです。


         ......(左) 伊勢神宮の「内宮」を行きかう人々 (右)内宮の「神楽殿」......
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当初「天照大御神」は大和の国(奈良県)の皇居内に祀られていたそうですが、皇居外の最も神聖な場所に祀られるべきと、各地を巡りついにこの伊勢の「五十鈴川」周辺が適地として選ばれたのです。


          .......紀伊山地からの清流が滔々と流れる神聖なる「五十鈴川」......
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日本書紀」によると大和朝廷は「天照大御神」と「倭大国魂神」(yamato・ohkunitamanokami)を共に宮中で祀っていましたが、紀元前93年(崇神天皇)に国中疫病が蔓延し民衆は荒れ反乱が起こったとのこと。天皇は鎮静の祈願を日夜捧げましたが、次第に両方の神の祟りを恐れるようになりました。


   ......(左)「崇神天皇」2つの神を離れさせるべきと決心   (右)太陽神「天照大御神」......
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2つの神を別々に祀るため相応しい場所を巫女らに託し、天照大神の鎮座地選定は豊鍬入姫命に託しました。次の垂仁天皇時代、豊鍬入姫命の後継者「倭姫命」(yamatohimenomikoto)が大和(奈良宮廷)から旅立ち、数々の地(伊賀・近江・尾張等)をリサーチした後に、とうとう伊勢の国に辿り着きました。


     .....「倭姫命」(左)が「天照大神」鎮座地を求め数々の地を探訪、ついに伊勢に着く......
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伊勢は海に囲まれ稲作も盛ん、海山の幸に恵まれた豊かな地。倭姫命は、天照大神から『美し国・伊勢の鎮座OK』との神宣を受け、ここを神宮の地に決定~!・・、という訳で移動しついに大巡幸完了

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倭姫命は伊勢の地で天照大神を祀る初の皇女となり、神宮祭祀(神嘗祭など)、神宮所属の宮社神田・神領を選定しました。禰宜、大物忌の奉仕職掌、祓の法を定め現在の基礎も確立したそうです。因みに倭大国魂神(=大国主)の方は天理市の大和神社に鎮座したとのこと(いつか行きたい)


       ........伊勢神宮の境内はやはり独特のムードが漂っている。......
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今回、特別な取り計いを頂き「天照大神」を祀る「内宮」参拝の機会を得られました。天皇家が誕生した黎明期は、他部族を超越するため伊勢神宮という神の強大な力が必要だったのかも知れません。


         .........「天照大神」を祀る「内宮」正殿、ここから先は天皇家関係者以外は立入禁止......
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★20年に一度の大移動・「式年遷宮」


宇治橋から見た五十鈴川(別名・御裳濯川)は倭姫命が汚れた裳の裾を濯いだ伝説から名付けられたとのこと。伊勢神宮は20年に一度、全社殿が造り替えられ神座を移します。これが式年遷宮です。


    ......(左) 宇治橋から見る木除杭 (中) 五十鈴川に辿り着く倭姫  (右)霧の五十鈴川.......
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神宮大移動は、内宮(天照大神を祀る)・外宮(豊受大神宮を祀る)の二つの正宮殿、14の別宮社殿、正面の大鳥居・宇治橋も全てが新しい木に造り替えられるのです。記録によれば神宮式年遷宮は、飛鳥時代の天武天皇が定め、持統天皇の時に第1回遷宮が行われたそうです。(神聖なる大行列)

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   ....伊勢神宮の周りはあちこちに檜の大木が林立。果てしない年月の積み重ねを実感!......
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戦国時代は120年以上に及んだ中断や幾度かの延期などはあったものの、1993年の第61回式年遷宮まで、約1300年に渡って綿々と受け継がれてきました。次回遷宮は2013年か・・!あと3年後に正遷宮(神体渡御)の大行事が厳粛に行われ、大々的に報道されることでしょう。(今から楽しみ)

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★伊勢神宮の古代ミステリー


日本の古代史ミステリーには結構興味を持っておりますが、「伊勢神宮」を始めとする日本の神社と、「古代イスラエル」には何らかの繋がりがあると云われているのです。伊勢神宮の石燈籠には天皇家を象徴する「菊御紋」と一緒に「籠目紋」(イスラエル国旗の象徴=ダビデ六芒星)が刻まれています。

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イスラエルと日本・神道の風習は同根という説があります。両者の類似点は、①ユダヤ神殿・幕屋の構造・設置法は日本神道と瓜二つ ②イスラエル祭司と神主の服が類似 ③古代イスラエル風習と神主お祓い方法が類似 ④ユダヤ「契約の箱」(聖櫃・アーク)と神社「御神輿」の類似(移動式神殿)など


  ......ユダヤの聖櫃「契約の箱」(三種の神器がある)を担ぐ姿と、日本の神社の「神輿」も酷似......
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天皇はミカドと云われますが、ヘブライ語では貴人を【Mikoto・Mikado】と呼んでいたことも共通点。外宮の豊受大御神(toyoukeomikami)の「受」(ウケorウカ)はヘブライ語で食糧の意味、つまり豊作を願う豊穣神・・。伊勢神宮には三種の神器の一つ「八咫の鏡」がありますが、神鏡にはヘブライ語が書かれているらしい。伊勢神宮の内殿には十字架が安置されているという説もあり神秘的な話ですね~!


    ......伊勢神宮の内宮、この中に三種の神器「八咫の鏡」がありヘブライ文字が・・?.......
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いや~、伊勢神宮って何となく「神社の総帥」みたいなイメージだったけれど、天皇家の氏神社としてかくなる発祥伝説や遷宮のルーツがあったとは知らなかったネエ・・。日本古代史は実に謎が多いなあ・・
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★内宮の門前町として賑う「おかげ横丁」


         ........テーマパークの雰囲気ある「おかげ横丁」は多くの人で賑っている。.........
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伊勢神宮の門前にテーマパークのような雰囲気で賑っているストリートがあります。伊勢路の代表的な建築物・土産屋が軒を連ね、時代劇の旅がらす姿芸人がいたり、さながら映画撮影舞台セットみたいだ。                          


      .......蔵の前を通ると、旅姿のパフォーマンス芸人が流暢なる口上を切っていた。.......
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伊勢神宮への集団参詣「おかげ参りブーム」に沸いた江戸~明治の姿を再現することを目的として93年、地元の老舗「赤福」(名物・赤福餅)がオープンさせたもので今や伊勢の有名な観光地になりました。


       ..........300年の歴史を誇る伊勢の銘菓(赤福餅)の「赤福」本店の前.........
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「赤福」といえば数年前賞味期限切れ販売で世間に叩かれていましたが、時の経過とともに店の信頼は回復しただろうか?でも伊勢最大の老舗だけあって建物も立派!今は多くの人で賑っていました。


         ........(左)おかげ横丁のレトロな建物 (右)五十鈴川カフェは女性客が多い。.......
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懐かしきレトロの街を歩いて行くと五十鈴カフェという喫茶店もあり、その名の通り背景は清流「五十鈴川」。川から見る堰堤に並んだレトロ建物を眺めるのも中々の壮観です。伊勢独特の風景だ・・


  .....(左)おかげ横丁を川沿いから眺めた風景 (右)式年遷宮で使われる「お白石」.......
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         .........五十鈴川のほとり、黒瓦の町並みにも多くの人が行き交う.........
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「おかげ横丁」を満喫した後は、伊勢に別れを告げて奈良方面に向かっていきます。海の幸に恵まれた伊勢湾の近くだけあって道中には、大きな伊勢エビやアワビ等を売る土産屋が多く見られました。


  ......(左)伊勢エビはやはり値段が高い~! (右)日本人,心の風景:二見ケ浦の「夫婦岩」 .......
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伊勢の名所「二見ケ浦」(夫婦岩で有名)に寄れなかったのは残念でしたが、またいつか来てみよう。
伊勢満喫後、名阪国道経由で奈良盆地に入り、奈良公園の近くにある本日の旅館へと向かいました。宿の近くには、夜のライトアップ「興福寺」が非常に綺麗でした。奈良町もそぞろ歩き・・・、続きをお楽しみに~

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                                                           つづく


次回は、南アルプス難関峰「鋸岳」に登るをお送りします。
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  by rollingwest | 2010-08-27 00:00 | 寺社・史跡・古道 | Comments(40)

<2010年5月>大和路・旅の思い出レビュー(その3):金剛・吉野・熊野・大峰奥駆道編

                            (その1):奈良・西ノ京・斑鳩編
                             (その2):「飛鳥・山の辺・宇陀曽爾」編から続く


★山岳修験の聖地、霊気溢れる奈良の山々
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奈良は和歌山と隣接する紀伊半島の深い山国でもあり、山岳修験の史蹟に至る所で出会えます。
山の自然・清流渓谷・霊気溢れる森林の中に、山岳修験の寺社・史跡が息づいている奈良の魅力

         .....(左)「葛城山」から望む「大峰連峰~果無山脈(hatenashi)」のパノラマ....
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関西在住時、吉野桜、金剛山・大峰の山々、熊野古道など(当時まだ世界遺産指定前のマイナーな頃)、数多くの名所を探訪したものです。(その3)では、奈良の深い歴史・大自然を紹介しましょう。
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★「役行者」(ennoogyoja)のルーツ・葛城・「金剛山」 (02年9月)

山岳宗教の開祖で有名な「役行者」は日本全国を飛び回り、修験道の足跡を各地に残しています。
「日本霊異記」によれば「雲に乗り仙人と遊び、孔雀王呪経法を修め鬼神を自在に操った」とのこと。この怪異なる伝説人物のルーツは「葛城・金剛山」です。02年秋、家族3人で金剛山を登りました。


      ....(左)「役小角」(ennoodunu=役行者)は修験道開祖 (右)「金剛山」に登山.....
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金剛山は大阪・奈良県境に位置し、秀麗なピラミダルな形をしています。ロープウェイも通じて大衆登山のメッカ。頂上から望む大阪平野は絶景、(その2)で紹介した奇抜な「PLの搭」(富田林)も見えました。
頂上には登山千回以上した人の名が続々と飾られておりビックリ!最高記録者は1万回だって~!


      ....金剛山麓・「千早赤坂村」、黄金稲穂と真っ赤な彼岸花の風景に感動....
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  ....後世で「大楠公」と尊敬される「楠木正成」は金剛山・千早赤坂で「後醍醐天皇」を守った。.....
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南北朝対立時代、後醍醐天皇「建武の新政」の立役者となったのが楠正成です。金剛山・千早城に居城を構え、攻め来る鎌倉幕府大軍に対して、楠木軍は僅か千人足らずの兵で百日間に及ぶ籠城で戦い抜き撃退したのです。ゲリラを駆使した千早城攻防戦が「太平記」に描かれています。


    ....(左)冬の金剛山は「樹氷」で有名 (右)登り損ねた奈良の名峰・高見山、憧れの樹氷!....
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金剛山は1度しか登っていませんが、冬の樹氷風景は素晴しいとのこと!樹氷美しい奈良名峰は「高見山」も有名。大峰山北部に位置しピラミダル円錐形の山容。この秀峰は登り損ねてしまった・・



★日本一の「吉野桜」、深い歴史が刻まれた「吉野山」 (03年4月)

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「吉野山」は、修験道の中心「金峯山寺」が所在する信仰の山、「大峰山」奥駆道への修行登山拠点、また日本史で重要なドラマが展開された歴史の舞台(義経追討の逃亡、後醍醐天皇の南朝皇居)となった大霊場です。古より桜の一大名所として有名で西行や秀吉などもこの山を訪れています。


         ....吉野山の入口に鎮座する修験道の大本山・「金峯山寺・蔵王堂」......
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「金峯山寺」(kinpusenji)は「蔵王権現」を本尊とする修験道信仰の総本山。当寺の開基者は誰かと調べてみたら、やはり「役小角」でした。それにしても「蔵王堂」は歴史の重みと威厳を感じるね~


      ......「金峯山寺」の秘仏「蔵王権現」は怒髪天の真っ青な顔!恐ろしかった~!......
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秘仏「金剛蔵王権現」は右手を頭上に右足も蹴り上げ、憤怒の相で睨み付けていました。ド迫力~!今年9月~12月には遷都1300年を記念して、秘仏ご開帳が特別に百日間行なわれるそうです。


    ....(左)吉野山「千本桜」遥かに金峯山寺 (右)「吉野山勝景絵図」、「上千本」を見上げる....
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吉野山は日本一の桜名所で知られ、ソメイヨシノやシロヤマザクラが山を一面覆い絶景の極み!「下千本・中千本・上千本・奥千本」と桜前線は山を徐々に登り詰めながら1ケ月をかけて山を染め上げます。


      ....(左) 西行が篭った奥千本の「西行庵」 (右)「太閤・秀吉」が愛用した金屏風....
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吉野をこよなく愛した西行は奥千本に庵を構え桜の歌を多く残しました。秀吉は当地で豪華な花見の宴を開いているし、源頼朝に追われた義経にとっては静御前と別れた悲劇の場所。吉野はまさに歴史の宝庫!そして南北朝時代、南朝の後醍醐天皇が皇居を構えたのもこの吉野の山です。


    .....(左)南朝・後醍醐天皇が皇居として構えた吉野分水神社 (右)後醍醐天皇の玉座..... 
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吉野の「金峯山寺」から、大峰山脈を経て「熊野本宮大社」に至る修験行者の道を「大峰奥駆道」と呼びます。神仏習合の修験道は明治政府・神仏分離令で解体され、今は吉野など一部に残るのみ
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吉野から大峰への登山道入口に、当地を訪れた歴史人物のレリーフを発見!先に紹介した源義経・静御前・後醍醐天皇・豊臣秀吉の他に、天智天皇・藤原道長・空海・西行・弁慶・円空・徳川歴代将軍・・etc、何たるメジャーな有名人物ばかり。まさに歴史深い所縁の地。皆様一度はお訪ねあれ!


            .....「吉野桜」に春霞が煙る。遠くに見えるは「金峯山寺」.....
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★女人禁制の修験連峰・「大峯山」 (03年5月)

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吉野~熊野の「大峰奥駆道」を一挙に全山踏破しようとすると10日近くかかる大縦走になります。
奈良・和歌山の山は関西在住のメリットを生かし、大峯山連山、釈迦ケ岳、伯母子・護摩壇、大台ケ原、熊野古道などを数回に分けてアプローチしました。まずは八剣山・山上ケ岳の「大峯山連山」をレポート


  .....(左)神武天皇・青銅像が威厳を誇る(右)宿泊する山小屋脇で修行山伏が読経を始めた!....
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03年春、食山人氏・Y木氏と天川という秘境村から「大峯山」(稲村ケ岳・山上ケ岳・八剣山・弥山)を縦走しました。さすが行者修行の山だけあり、奇岩・難所が次々と登場!山岳宗教の山名が多い。  
無人山小屋に宿泊準備の時、サラリーマンとおぼしき山伏行者が隣で読経していたことが印象深い。


  ....(左)女人結界門前で残念がる女性登山者 (中)山伏・ほら貝 (右)木々が芽吹く大峰ルート....
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修験道総本山の「山上ケ岳・大峯山寺」に登る途中で「女人結界門」が現れます。我国で今も唯一女性の入山が許されない山であり女人禁制のロープが張られています。禁欲の行者の妄想を断つために女性の立入りは御法度とされたのでしょう。大相撲土俵と並び、頑固なる信仰の重みだネ~


   .....(左)吉野~熊野、果て無く続く重畳山脈 (右)懺悔修行者の「覗岩」でポーズする俗世男....
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女人結界門を過ぎ、登り進むと行者修行のクライマックス・エリア「覗岩」に到着。この断崖絶壁は奥駈修行者には拷問のような場所です。崖から身を落とされるように吊るされ、俗世の罪を反省して懺悔も誓わされる修行地。小生はこの神聖な場に立ち、ミーハーポーズを取っちゃった・・。バチが当るかも。


          ....大峯山・中心峰「山上ケ岳」の上に鎮座する「大峯山寺」、山門と本堂.....
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そしてついに「大峯山寺」に到着!行者姿の人も沢山いるぞ。人生の晩節を迎えた人たちが山上ケ岳で奥駈修行に挑戦するケースが増えてきたと聞きます。 懺悔懺悔六根清浄」と唱えながら・・。


  .....(左)近畿最高峰「八剣山」頂上 (中)下山口「ミタライ渓谷」の清流 (右)大峰山脈・主峰群....
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平安時代、天皇・貴族の古え人は熊野大社をめざし、奈良京都から数十日をかけ歩き続けました。諸道は総称して「熊野古道」と呼ばれますが、その中の究極ルート「奥駈道」は満足な装備も登山靴もない時代に山中を100時間以上歩いたと思う。本当に感服!我々は余りにも安易過ぎるかも・・




★日本一の降雨量を誇る「大台ケ原山」 (02年8月)

奈良・三重の県境に位置する「大台ケ原山」は日本一雨の多い山です。登山ルートに「大杉谷」という黒部のような名峡谷があると食山人氏から教えてもらい02年夏に一緒に挑戦、感動の思い出!


  .....(左)高い崖から白布を枝垂れさせた様な「千尋滝」 (右)エメラルドグリーンに輝く清流溜り......
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三重「宮川」から入り渓谷の遡上開始、エメラルドグリーンで澄み渡る渓谷の色、深い原生林と峡谷道に次々と現れる名瀑の数々。切り立った絶壁にかかる吊橋や断崖の道に響き渡る水流の音を聞きながら、奥を詰めていく秘境谷遡行はまさに感動の連続!渓谷断崖に臨む「桃ノ木山の家」に宿泊


    ....(左)大台ケ原・最大滝「七つ釜」  (右)激しい水流で深く刻まれた「大杉谷」の断崖絶壁.....
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大峡谷の途中にある秘境宿であるにもかかわらず、意外や風呂もある近代的な設備で大満足!しかし数年前の台風による豪雨洪水で壊滅状態になり、今はこのルートが通行不能とか・・!惜しい


           ......「大杉谷」遡上ルートは次々に名瀑・断崖絶壁が現れスリルの連続.....
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翌日は大杉谷のハイライト「七つ釜」を仰ぎ見て、大台ケ原山への渓谷道を遡行しました。湿気が高く、汗の出る量は半端ではありません。それもその筈、台風通過ルートの「紀伊半島山脈」は降雨量が日本一!常に湿った海風が通り、大量の雨が吉野川・熊野川・宮川という急流を生んでいます。


       .....(左)「堂倉滝」は最後の大滝 (右)日本一の雨量が数々の滝や渓谷を生んだ。.....
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その膨大な流れは峻烈な断崖渓流をつくり出し、人を阻む秘境として存在していました。こんなにも深い北ア奥黒部のような秘境渓谷が関西にあったとは全く予想しておらず大変驚いたものです。
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     .....「大台ケ原頂上の立ち枯れ木々、殺伐荒涼たる平原風景は鹿が食い荒らした跡.....
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広い滝壷の「堂倉滝」を過ぎると、やがて渓谷音は薄れ、深緑の山道となりました。正木ケ原に出るとムード一変!トウヒ木の一面立ち枯れ、荒涼で幻想的な風景だ!でも鹿の食害と知り愕然・・ 


          ......「大台ケ原山」の名所、絶壁「大蛇嵓」からは大峰山系のパノラマが一望.....
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「大蛇嵓」(daijagura) は大台ヶ原一番の名所。目が眩む千mの大絶壁から大峯主峰群が眼前に広がっています。圧倒的な景観を目にして、暫く我を忘れ立ち竦むほどの感動を得られるでしょう。
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★大峰・奥駆道から熊野への道 (02年8月・10月)
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吉野~熊野「大峰奥駆道」の全山踏破は10日以上かかる大修行の道、小生には到底無理なので縦走路南部・主峰「釈迦ケ岳」は分割登頂しましたが、全山歩き通した人は過去何人いたのだろう・・


  .....(左)大峰奥駆道の200名山「釈迦ケ岳」の縦走路 (右)「釈迦ケ岳」の頂上(02年8月).....
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この一帯は1936年に「吉野熊野国立公園」に指定され、さらに2004年7月には吉野山・高野山~熊野に向かう諸霊場と海陸の参詣道が「紀伊山地の霊場と参詣道」としてユネスコ世界遺産に登録されました。今は大ブームとなっていますが、当時は話題にもなっておらず人は疎らだった・・。


     ......(上)熊野古道「中辺地」 (下)高野山南部、「叔母子岳」 (右)熊野古道の諸ルート.....
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「熊野古道」は5ルートが存在。熊野大社へのアプローチは、高野山からが「小辺路」、田辺から山間部経由が「中辺路」・海岸大回りが「大辺路」、三重から「伊勢路」、吉野から山岳修行道が「奥駆道」




★「那智大社」・「那智の滝」&「熊野本宮大社」 (03年11月)

いよいよ熊野古道・奥駆道の最終目的地「那智大社・那智の滝」と「熊野本宮大社」へのゴールイン!
熊野へ到達の夢は03年秋、家族3人で行った紀伊勝浦温泉の旅行で実現することができました。


   ....奈良の秘境「十津川渓谷」に掛かる谷瀬の大吊橋、渡ると足も竦む(03年11月).....
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奈良南部秘境「十津川渓谷」を経由し、和歌山の「那智大社」に入りました。大社は鮮やかな朱色を称える三重の搭!その隣に西国33ケ所霊場の筆頭のいぶし銀・「青岸渡寺」が鎮座している!


      ......(左)「那智大社」と「那智の滝」 (右)西国33ケ所霊場1番札所「青岸渡寺」......
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「那智大社」の背景には日本三大名瀑「那智の滝」が神々しく白い飛沫を立てながら流れ落ちています。滝は真下で間近に見ることができ、滝壺に舞う水流イオンを吸うと気が満ちてくるような・・。


        ......(左)神秘的な「那智の滝」!垂直直下の瀑布の飛沫イオンを浴び・・......
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  .....(右)「熊野本宮大社」の威厳、サッカー日本代表のシンボル「ヤタガラス」は神武天皇を誘った。......
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★おわりに

奈良の山は実に懐が深い・・!日本一を誇る降雨量がもたらす水流が育んだ濃密な原生林と屈指の渓谷美を有し、そこには無数なる木の精や霊気が漂っている感じがします。山岳宗教と深い歴史が刻まれた霊山の中を歩いてきて、何か大きな気を受けてきたような印象を受けました。


       ......(左)金剛山・吉野・大峰山・大台ケ原・熊野の地図 (右)「大峰奥駆道」の全体図......
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3回に渡って紹介した「奈良シリーズ」もここで筆を置きたいと思います。まだ書き切れなかった所や、訪問できなかった寺社を多く残しており、「奈良県は見るべき所が実に多過ぎる!」と思います。
奈良県の面積は3691km2で全国40位、人口は141万人・全国28位。こんなに小さい県なのに・・

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この小さな県に濃密に歴史のドラマと自然が詰まっているからこそ数多くの見所がある訳ですが、また機会があったら行って見たい・・。次、訪れてみたい場所は、唐招提寺・秋篠寺・當麻寺・長谷寺・宇多分水神社・談山神社・朝護孫子寺・当尾・暗峠・葛城山・高見山・・、まだ々沢山残っている。


                                                     おわり



次回は「GW紀行①:残雪の北陸名峰「笈ケ岳」から霊峰「白山」を望む」をお送りします。
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  by rollingwest | 2010-05-13 00:00 | 寺社・史跡・古道 | Comments(39)

<2010年5月>大和路・旅の思い出レビュー(その2):飛鳥・山の辺・宇陀曽爾編

                              (その1):「奈良・西ノ京・斑鳩編」より続く


★大和三山の古都・「藤原京」が存在した「橿原」(kashihara)


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02年5月・関西に転居して間もない頃、家族で訪ねた飛鳥路の旅は懐かしい思い出。聖徳太子や大化の改新、仏教・日本伝来地、高松塚古墳・・、日本史に興味ある人にとっては憧憬場所でしょう。飛鳥路に入る前に「大和三山」(耳成・畝傍・天ノ香具山)麓にある「橿原」に立ち寄ってみました。 

                          
          .....(左)古代遺跡の宝庫:「橿原考古学研究所」 (右)「三角縁神獣鏡」.......
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橿原は「藤原京」(日本初の本格的な都)跡があった場所。「橿原考古学研究所」の展示物を見学。県内各地で発掘された古墳時代の遺跡・出土品(埴輪・銅鏡・馬具等)も多数展示され見応え十分


     .....(左)畝傍山麓の「橿原神宮」の外拝殿は神々しい (右)初代・「神武天皇」の勇姿.......
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そして大和三山・畝傍山のふもとには神武天皇を祀る「橿原神宮」があります。玉砂利を敷き詰めた広場には威厳ある社殿が堂々と鎮座していました。「神武天皇」は初代の帝として当地で即位したという伝説人物(日本書紀記述)。肖像を見るとワイルドな風貌をしておりオーラに満ち溢れている!
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★憧れの「飛鳥路」を行く (02年5月)

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いよいよ目的地「飛鳥の里」へ!近鉄飛鳥駅前で自転車3台を借り、サイクリングで各名所を巡ります。まずはあの有名な「高松塚古墳」に入ってみよう。竹薮に覆われた古墳がありますが実際に壁画を見ることはできないのでミュージアム見学のみ。黴に侵された壁の修復は今後いかなる運命に・・


                           ......1972年に発見された「高松塚古墳壁画」......
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長閑な景観が広がる飛鳥には、田んぼの中に歴史上重要人物の古墳や有名遺跡が点在します。
酒船石・亀石など謎の多い石造物があり、更に進むと「石舞台古墳」と呼ばれる巨石墳丘が出現!


       ......(左)明日香村最大の前方後円墳・「欽明天皇陵」 (右)「天武・持統天皇陵」......
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         ......蘇我馬子の墓ともいわれる謎の巨石・「飛鳥・石舞台古墳」(02年5月).......
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この巨石は「蘇我馬子」(聖徳太子没後の専横独裁・為政者)の墓といわれ、子孫である蘇我蝦夷と入鹿はクーデターで645年に滅ぼされました。これが有名な「乙巳の変」です。中大兄皇子と中臣鎌足が中央集権国家「大化の改新」をスタートさせた舞台は、田んぼにポツンと広がる石敷広場でした。


            ......「大化の改新」の舞台となった「伝飛鳥板蓋宮跡」(02年5月).......
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それでは、聖徳太子の誕生地「橘寺」を訪ねてみましょう。エッ、ここが・・?と思わせるほどの素朴な風景にビックリ!青い稲の水田にヒッソリ佇む古刹を見て大和路の素晴らしさを改めて感じたものだ・・


    .....聖徳太子生誕の「橘寺」(680年頃の創建)は、素朴な田園風景に溶け込んでいた。.....
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次は国内大仏の中で最古の「飛鳥大仏」が鎮座する「飛鳥寺」(蘇我馬子が建立)を訪問しました。
蘇我氏は日本に仏教を積極伝来させた立役者だったのだ!(神社派・物部氏は蘇我氏に敗れた)


   ....日本で最も古い「飛鳥大仏」は法隆寺「釈迦三尊像」と表情が似ている。(02年5月)......
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文化美術史では、大化の改新~平城京遷都までを「白鳳文化」、遷都後を「天平文化」と呼びます。
白鳳の仏像は表情がやや鋭く素朴な雰囲気が残ります。天平以降、リアルな表情やダイナミックな姿に


                  .....古代天皇・仏教創建の地「飛鳥」周辺の地図......
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★日本最古の道・「山の辺の道」を歩く (02年9月)


「三輪山」(奈良市東南部)の麓から、春日神社鎮座の「若草・春日山」の麓まで、奈良盆地の東端(山々の裾)を縫う如く通ずる道は「山の辺の道」と呼ばれます。古代のロマンを感じるンだよナア・・。
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     .....「三輪山」は謎多き山、古代人が人工的に造ったというピラミッド伝説もある。.......
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三輪山は縄文~弥生時代から原始信仰(自然物崇拝)の山として崇められ、山自体が御神体とされます。山麓地帯には次々と巨大古墳が造営され、桜井一帯を中心に日本最大級の政治的勢力(大和政権)の初期王朝が存在したようです。ミワヤマ←「御・和・邪馬」が語原だと主張する人も・・


     ......(左)「山の辺の道」の入口には「三輪明神」大鳥居 (右)桜井名物「三輪そうめん」.....
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JR桜井線・三輪駅前に、日本で最も古い「大神(オオミワ)神社」の大鳥居が立っています。本神社は「三輪明神」とも呼ばれ、三輪山が御神体なので本殿は存在しませんが、威厳ある拝殿は立派だ!
最近パワースポットブームで大神神社は有名になってきたぞ!そして「三輪そうめん」はご当地がルーツ


    .....日本最古の歴史を誇る「大神神社」(三輪明神=大物主)の拝殿(02年9月)........
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   ......日本最古の「山の辺の道」を北上して歩く。「万葉の道」稲穂風景には心が癒された。.......
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「山の辺の道」は、三輪山から北上し崇神天皇陵・長岳寺(玉眼・阿弥陀)や柿本人麻呂歌碑などを見て、天理市にある「石上(isonokami)神宮」まで続きます。素朴な雰囲気が実に素晴しい・・!


   .....(左)長岳寺・阿弥陀如来(初の玉眼仏像)(中)柿本人麻呂歌碑(右)山の辺の道・地図......c0119160_17313366.jpg
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        ........天理市にある大和屈指の古社「石上神宮」の拝殿(豪族・物部氏を祀る)......
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JR桜井線・西側には「纏向遺跡」(前期古墳時代)、「箸墓古墳」(卑弥呼の墓との説)等が点在
天理には物部氏を祀る「石上神宮」が・・。桜井・天理を結ぶ「山の辺の道」はまさに史蹟の宝庫!




★番外編: 関西の「新興宗教都市」


            ..........一度訪ねて見たらビックリするぞ~!「天理教」の宗教都市......
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天理市といえば、やはり新興宗教「天理教」が思い浮かびます。ここは全ての市民が天理教信者ではないかと思えるほど、街全体が宗教建築の中で生活活動している様な異様光景!天理教会の教祖殿に一度入ってみましたが、熱心な信者(全国各地から奉仕巡礼)が多く拝礼していました。


     ......(左)「天理教」の本殿 (右)教祖「中山みき」はシャーマン卑弥呼の生まれ変わりか?......
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奈良名峰・金剛山(次回で詳しく紹介)に登り、頂上から大阪・富田林の街並を見渡すとニョキニョキの異様な搭が見えます。これこそPL学園で有名な新興宗教「PL(パーフェクトリバティ)」の教祖を祀った塔
毎年8月1日、教祖搭から数万発の花火を打ち上げるのです。自称世界一というだけあり超豪華!


     .....(左)異様なPL教団塔 (右)教祖祭PL花火芸術と呼ぶ。南河内は花火客で大混雑に......
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天理・PL・智辯といえば、皆甲子園の常連高で全国優勝もしている。スゴイね~!02年夏・甲子園では、奈良vs和歌山の智辯兄弟対決も実現しました。因みに智辯は辯天宗という新興宗教系高校


  ....(左)甲子園で数々の栄光を飾る新興宗教系高校 (右)智辯高校は辯天宗(本部・茨木).....
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これだけ新興宗教が隆盛する関西エリアは、歴史的に天啓を受ける卑弥呼の様な人が多く出てきやすい場所なのかね~。街全体が宗教都市になっている光景は奈良だけの特徴かも・・、皆様必見!





★奈良東部エリア(宇陀・室生・曽爾)の名刹・山・渓谷


奈良東部の榛原・宇陀・室生・曽爾は山合いで人気(hitoke)が疎らなエリアですが、素朴で落ち着いた雰囲気が素晴しい・・。榛原の特約店によく通ったのに、見そびれた寺社がまだ沢山ある・・(悔)


        ........奈良県郊外の宇陀・曽爾などの村落エリアにも味わい深い風景が広がる。.....
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03年10月、ススキ群生が美しい「曽爾(soni)高原」、三重県境の名渓谷「赤目四十八滝」、「女人高野」と呼ばれる「室生寺」を家族で訪ねた旅は印象に残ります。奈良の隠れた自然をご紹介~


        ......曽爾高原の「ススキ群生」は牧歌的光美!見応えがあり実に素晴しい!.....
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葛飾オヤジ゙さんに「奈良にススキが素晴しい名所がある」と教えられて行ったのが曽爾高原です。
室生火山群の最高峰「倶留尊山」に登ると、穏やかで光り輝く高原全体が俯瞰でき心が癒された~


       ......「倶留尊山(kuroso)」は火山爆発で形成された地形(03年10月).....
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寺島しのぶが03年日本アカデミー賞を総ナメでブレイクした映画「赤目四十八滝心中未遂」の舞台となった赤目渓谷(三重県名張市隣接)も訪ねてみました。光り溢れる滝が続々と現れ素晴しかった!


           ......「赤目四十八滝」の渓谷道を巡った家族ハイキング(03年9月).....
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           ......三重名張に近い奈良の名渓谷は透明感溢れる光の世界.....
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三重・奈良県境は、「大台ケ原山」など日本有数の降雨量地域だけに水量が豊富!透明感と轟音響く渓谷歩きは是非ともお勧めです!そういえば寺島しのぶ熱演の映画はまだ見ていなかった・・

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当地で最大見所はやはり「室生寺」!真言宗の総本山「高野山・金剛峰寺」は女人禁制でしたが、当寺は女性の参詣を許し信仰を集め「女人高野」と呼ばれます。長~い石階段を登り「五重の塔」「奥の院」に到着。来た甲斐があったネ~!大和の寺で渓谷美と山寺の面影豊かさは比類なし!


      ......「女人高野」とよばれる「室生寺」、「五重の塔」&「奥の院・御影堂」(03年9月).....
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初瀬にある「長谷寺」(牡丹の時期は大賑わい)と「宇太水分神社」(宇陀の総鎮守)はついに訪れることなく終わってしまい悔いが残っています。次回、この地を訪ねる時は絶対ここは外しません。


          ......(左)初瀬「長谷寺」 (右)「宇太水分神社」 いつか訪れてみたい!.....
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奈良郊外エリアは、ビッグネームの寺社・名所が田園風景の中に静かに溶け込んでいる感じがします。
飛鳥路・山の辺の道など歴史深く古代ロマン溢れる古道は、是非とも歩いてみることをお勧めします。


           ......(左)奈良県北部    (右下)奈良東部の地図  (クリックで拡大).....
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                                                     おわり






最終回は、「(その3):金剛・吉野・熊野・大峰奥駆道編」をお送りします。
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  by rollingwest | 2010-05-04 00:00 | 寺社・史跡・古道 | Comments(38)

<2010年4月24日>大和路・旅の思い出レビュー(その1):奈良・西ノ京・斑鳩編


★はじめに

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今年は奈良・平城京に都が移されてから1300年の節目の年を迎え、奈良県随所で記念行事が開催されます。そういえば日本史・年号暗記では「何と(南都)綺麗な平城京=710年」「鳴くよウグイス平安京=794年」で覚えたもんだ・・。確かに1300年足し算すると南都2010年になるネ・・
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「平城京・大極殿」は小生が関西勤務の頃より修復工事が開始されましたが漸くこの4月に9年の歳月をかけてついに完成!4月24日から「平城遷都1300年祭」がいよいよ開かれ今後多くの観光客で賑わいます。色々話題となったユルキャラ「せんとくん」「まんとくん」の出番がついに来ました!


            ......遷都1300年・節目の年に復元された平城京跡の「大極殿」........
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関西在住時代(02~04年)には京都・奈良をよく訪ねたもの・・。小生は京都よりも歴史や自然に奥深さを感じる大和路の方がお気に入りでした。史蹟が素朴な風景に溶け込んでいるんだよなぁ
大和路に旅をしたあの日々をレビューし、3回に渡って奈良の見所を紹介してみたいと思います。

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(その1)「奈良・西ノ京・斑鳩編」:平城京や東大寺・春日大社・興福寺・薬師寺・法隆寺等を紹介
(その2)「飛鳥・山の辺・宇陀曽爾編」:飛鳥路・日本最古の道、奈良東部の山・自然・名刹を紹介
(その3)「金剛・吉野・熊野・大峰奥駆道編」:南北朝や山岳修験の奥駆道など奈良の山々を紹介

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★「奈良の大仏」と「東大寺」


奈良といえば大仏様。過去何度かご対面しましたが、今から7年前「大仏開眼1250年」の節目を迎え、職場仲間と「東大寺」を訪れて有難い「盧舎那大仏」のお姿を拝謁したことを思い出します。


            ......聖武天皇の発願で752年に造営された「奈良の大仏」........

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東大寺は先日、創建時に建立された東西の塔(七重塔)のうち、室町時代に焼失した高さ約100mの東塔を再建すると発表しました。七重の塔がここにあったなんて初めて知った!楽しみだね~!


    ......「東大寺」大仏殿前にて。「大仏開眼1250年祭」を職場仲間と訪問(02年10月).......
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先日NHKで「大仏開眼」ドラマを吉備真備からの視点で描かれていましたが実におもしろかった!聖武天皇が世を憂い大仏建立に至った経緯と奈良時代の人物相関図があらためて整理できた。

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                  ......大仏殿の中にある「釈迦仏像」と「四天王像」.......
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東大寺では「二月堂」の舞台造りも見学しましたが、春の訪れを告げる「お水取り」(修ニ会)はまだ未体験・・。松明の火の粉を浴びる臨場感は奈良写真の名人トラさんのHPで擬似体験しましょう。

                         トライアルさんのHP「東大寺二月堂・修二会「火の行」


             ......東大寺「二月堂・お水取り」は3月に行われる。.......
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東大寺を見終わるとシカで有名な「奈良公園」に出ます。煎餅をねだる「奈良の鹿」は天然記念物に指定(普通のニホンジカだけど)され、マッタリと過ごしています。10月・角伐りの時は逃げて大暴れ~


                ......若草山の目の前は「奈良公園の鹿」が寛ぐ。.......
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目の前には「山焼き」で有名な「若草山」・・、なだらかな丸い丘が3つあり三笠山とも呼ばれます。「山焼き」は成人の日前夜に行われますが、コチラのFireページェントも観そびれた・・。いつの日か・・。


         ......「若草山・山焼き」は一度観てみたかったなあ・・。盛大な花火も上がる。.......
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大和路の特徴は、田舎風景・素朴な古刹・廃寺・山岳宗教・南北朝対立・・、そのイメージは陰で深みが漂う雰囲気なのですが、「奈良公園」周辺だけは屈指の観光地だけにメチャメチャ明るい雰囲気だ!


      .....東大寺・若草山・春日大社・興福寺周辺の奈良市内地図 (クリックで拡大表示)......
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★謙信も崇拝した「春日大社」(藤原氏所縁の古社)


          ......「春日大社」も奈良遷都と同じ1300年の歴史を誇る世界遺産......
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藤原氏の氏神・氏寺として隆盛を誇った「春日大社・興福寺」は「東大寺・奈良公園」とエリア隣接して一体となった感があります。ニャルホド~、摂政関白として天皇家と縁戚を深めた藤原氏の政略か~!


           ......「春日大社」の「西回廊」&「直会殿.」はいつも威厳が漂う.......
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上杉謙信の越後拠点城には春日山神社(春日大社・摂社)があり、謙信も春日大社に参拝した史実が記録されています。そして直江兼続が戦勝祈願で奉納した釣燈篭も大社に残っているのだ!


        ......春日大社の「万燈篭」(04年2月)、幽玄なる光の世界に感動的だった!.......
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毎年節分の夜に春日大社で「万燈篭」節会が厳かに開かれます。闇夜にライトアップされた大社殿、石燈篭に点された灯火、静かな光に輝く数え切れぬ釣燈篭・・、あの光景は今も瞼に残っている。


     ......春日大社には、釣燈篭と石燈篭が3千基近くあり、これに灯りが点される。.......
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★「興福寺」:阿修羅像が大ブレイク!見事な「猿沢池」夜景・・
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09年、東京国立博物館で「阿修羅像展」が開催され大人気を博しました。その後、九州・奈良でも公開され入場客は合計190万人を超し、日本中が「阿修羅像」美少年の虜となってしまいました。
本来は古代インドの闘争神で怖い顔をしているはずですが、優しそうで謎めいた表情が実に魅力的


       .....「興福寺・五重の搭」(03年10月)と、再びブレイクした美少年「阿修羅像」.......
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阿修羅像が収蔵される「興福寺」は、五重の塔・八角円堂など世界遺産建築や優れた数々の国宝仏像が多く残ります。藤原氏の隆盛とともに発展した同寺は、平安時代に荘園・僧兵を強大化させて力を誇示していきました。比叡山・延暦寺の僧兵とあわせて「南都・北嶺」と畏れられたのです。

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興福寺の裏手にある「猿沢池」に浮かぶ寺の夜景は実に素晴しい!若草山の山焼きや東大寺お水取りを動の光祭りとすれば、春日大社・万燈篭や興福寺・猿沢池夜景は静の美しさと言えます。


          ......夜の「猿沢池」から興福寺・五重の塔を望む (04年5月).......
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★落ち着いた雰囲気、深い歴史が刻まれ「奈良町」の風情


猿沢池の南、元興寺の境内一帯を「奈良町」と呼びます。近世に筆・墨を作る産業が栄え、町衆文化を発展させていった地域で格子が美しい町家や狭い路地に古都奈良の違う一面が覗えます。


       .....「奈良町」は「元興寺」の門前町として発達してきた。(右)元興寺の「極楽坊」.....
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「元興寺」は南都七大寺として隆盛を誇りましたが、室町時代に大半が焼失し今は「極楽坊」を残すのみ、元々は日本最古の寺「飛鳥寺」が平城遷都時に当地に移ってきて元興寺となったそうな・・


            ......風情ある「奈良町」の小路風景、昼&夜(03年9月).......
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奈良・特約店さんには「奈良町」で数回ご馳走になったことがあり、落ち着いた街風情を十分味合わせて頂きました。特約店さん所在地は奈良町の外れ「京終」(きょうばて)という変わった地名でした。名の由来を尋ねたら、奈良時代では平城京の最も外れた場所で京が果てるという意味らしい。




★「薬師寺」:展示会で後姿を拝み感動した「日光・月光菩薩」

    .......(左)薬師寺全景、「金堂」「東搭」「西塔」(04年5月)   (右)「日光・月光菩薩」.......
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奈良中心街の西部にも名古刹が集中しており、「西ノ京」と呼ばれるエリアは是非とも訪れてみたい場所。「薬師三尊、日光・月光菩薩」の優美な姿が魅力的な「薬師寺」、鑑真上人が建立した「唐招提寺」(井上靖・小説「天平の甍」で描かれた)等、天平文化を今に伝える大寺院が沢山あるのだ~


          ........東京国立博物館の「薬師寺展」(08年6月) は実に素晴らしかったです!.......
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                                  リンク:薬師寺展の記事

08年、東京国立博物館で「薬師寺展」が開催、「日光・月光菩薩」がスッピンの姿で公開されました。
小学生の頃、切手趣味で憧れていた「吉祥天」や「聖観音」像本物を実際に見ることができ大感激


  .....(左)「吉祥天像」 (中)建立当時の面影「薬師寺東搭」 (右)「月光菩薩」&「日光菩薩」.....
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関西勤務時代に、「唐招提寺」を見に行こうと思ったら修復工事中だったので泣く泣く諦めました。今はもう当時の姿が再現されているので、いつの日か「天平の甍」鑑真和尚様に会いに行くぞ~




★世界最古の木造建築物「法隆寺」と「斑鳩」の里


長閑な田園風景が広がる「斑鳩の里」。ここに世界最古の木造建築「法隆寺」が鎮座しています。
推古天皇と聖徳太子(冠位12階と17条憲法を制定)が607年に完成させた日本初の世界遺産。
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         ......(左)日本初の世界遺産に指定された「法隆寺」 (右)「聖徳太子像」.......
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境内は西院・東院に分かれ全体が築地塀で囲まれていました。美しい松並木参道を抜けると威厳ある「南大門」、そして法隆寺・象徴建物「五重ノ塔」「中門」「金堂」「夢殿」の国宝と対面できます。
「飛鳥・白鳳時代」仏像の特徴は、微妙な微笑み表情と、立派な光背そして燃え立つ気炎だなア・・・


       ......(左)優美な八角円堂の法隆寺「夢殿」(04年4月) (右)「釈迦三尊像」......
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    .....(左)酒徳利をぶら下げた「百済観音像」 (右)「玉虫の厨子」、今は青銅色だけど・・....
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さらに隣には「中宮寺・弥勒菩薩半迦像」の美人様が鎮座しています。切手で憧れたあのお姿だ!
「斑鳩の里」は日本仏教のルーツ!田舎風景の中でこの豪華な世界遺産の競演!言葉もありまヘン


        ......(左)気品ある微笑を見せる「弥勒菩薩半迦像」 (右)「中宮寺」本堂.......
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奈良市内の主要な見所を紹介しましたが、表面的な訪問の中で語ったので奥深い奈良仏教文化のエッセンスにこれっポチも触れていないのかもしれません。まだまだ訪れて見たい所が沢山ある~!


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第2回は、大和路(その2):「飛鳥・山の辺・宇陀曽爾」編をお送りします。
第3回は、大和路(その3):「金剛・吉野・熊野・大峰奥駆道」編をお送りします。
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  by rollingwest | 2010-04-24 00:00 | 寺社・史跡・古道 | Comments(44)

<2009年1月新春>「天地人」(上杉景勝・直江兼続)のルーツを訪ねて


★年末柏崎帰省にあわせて、「天地人」ゆかりの地を訪問

09年NHK大河ドラマは越後に所縁の深い「天地人」、「上杉景勝」(初代米沢藩主)に使えた忠臣「直江兼続」がその主役。景勝・兼続のことはよく知らないので、今後楽しみにしているところです。  
第1回(1/4日)視聴率は関東で24.7%!「篤姫」を上回り最近10年で第3位の好発進(メデタイ!)  


         .... NHK大河「天地人」がスタート、主人公は「直江兼続」(上杉景勝の忠臣)....
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このドラマは越後⇒会津⇒米沢と舞台を移していきますが、二人の生まれ故郷が「南魚沼市」だということを知り、年末帰省途中に「六日町インター」で下りて、所縁の地を訪ねてみることにしました。
(この街は八海山登山やスキーで数回訪れましたが、街の中や史跡をじっくりと見るのは初めて)


     .... 景勝・兼続が生まれ育った「南魚沼市」の雪里景色(越後三山の麓に広がる)....
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★美味しいお米とお酒のルーツ「魚沼」


      .... (左)春の越後三山(松原修司氏水彩画より)      (右)地元の銘酒「八海山」....c0119160_229412.jpg
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「南魚沼市」は、旧・六日町と大和町が合併で誕生した新しい市です。隣接に「魚沼市」(小出町周辺が合併)があって紛らわしいのですが、今回訪ねた場所は「南のつく魚沼市」で銘酒「八海山」や魚沼コシヒカリ発祥の地です。やはり「魚沼」は高級ブランドだから、この名前は外せないね~(笑)


    .... 越後三山の麓をゆっくり流れる「魚野川」、コシヒカリや日本有数の銘酒を育む....
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「魚野川」源流は「谷川岳」や「上信越国境」の山々(過去登った「鳥甲山」「白砂山」等も該当)です。世界有数の豪雪地帯からの豊富な融雪水が世界一美味しいお米銘酒の源となっています。
年末年始は冬型気圧配置でしたが、暖冬傾向の今年は例年比較で雪はかなり少なかったなあ・・



★上杉景勝・直江兼続の生誕地

まず訪ねた場所は南魚沼市役所前にある「景勝・兼続」主従のレリーフ。師の上杉謙信から受け継いだ「義」を貫いた二人は動乱・戦国末期を生き抜きました。兼続は「愛」甲を手に持っている・・。

         .....「上杉景勝と直江兼続」主従のレリーフ (南魚沼市役所の正門前)....
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次はいよいよ二人の生誕地「坂戸山」に向かいます。ここには長尾家・坂戸城があり景勝は嫡子として、兼続(幼名・与六)は家来の長男として誕生しました。坂戸山は南魚沼市街から程近く、魚野川を渡った所にあります。静かな雪里の街、家に皆篭っているのか人の姿は殆ど見かけません。


  .....南魚沼市街から魚野川の橋を渡って坂戸山方面(景勝・兼続の生誕地)へ向かう。....c0119160_22222311.jpg




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        .....坂戸・上田地区の治水堀に連なる越後民家、堀にはカモが悠々と泳ぐ。....
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民家の道脇に車を止めて、坂戸山入口(上田地区)から雪道を歩いていくと「景勝・兼続生誕地」の石碑がひっそりと佇んでいました。周辺には「天地人」幟旗や真新しい新設休憩所・トイレがありますが、まだ寂しい雰囲気・・。今日は12月30日、新年明けブレイクの日を待ち兼ねているようです。


     .....直江兼続のシンボル「」の字を象った甲冑、街のいたる所に幟旗がたなびく。....c0119160_2227944.gifc0119160_22272227.jpg
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最近、大河ドラマの主人公は有名人物が一巡し終えたためか、脇役的だった人にスポットを当てる手法を取っています。これは結構興味深くておもしろい。新たな人物発見とともに歴史全体を俯瞰できるのでいいことだと思います。「利家とまつ」「功名が辻」「篤姫」などはその成功事例でしょう。

                                   NHK大河ドラマの歴代視聴率

  ......景勝・兼続の生誕地石碑(上田の庄・坂戸山)....兼続(左:妻夫木聡)と景勝(右:北村一輝)....c0119160_22361720.jpgc0119160_22333462.jpg

主人公・兼続は妻夫木聡、景勝が北村一輝、その他出演者も大河ドラマは毎回の如く豪華布陣!
上杉謙信は阿部寛(「義経」でも出演、碇で海に身を投じた平知盛)、やはり渋くてカッコいいね。


  .....昔懐かしいNHK大河「天と地と」(1969年) 当時・上杉謙信役は石坂浩二、今回は阿部寛....c0119160_20451712.jpgc0119160_20453185.jpgc0119160_20455771.jpg
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私にとって印象深い謙信は「天と地と」の石坂浩二。馬に跨り刀を振って軍勢先頭に立つ姿が格好よかった!柴田恭平(武田信玄)やガクト(風林火山)が演じた謙信も奇抜ながらストイックな姿が好印象でした。「天と地と」⇒「天地人」、当時から丁度40年を迎えるのか!歳とったな~、シミジミ・・・。


        .....坂戸城・生誕の地から望む、南魚沼(旧・六日町)の山と里....
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                                「天地人」のNHK新潟HPはコチラからどうぞ
                               「天地人」のNHK公式HPはコチラからどうぞ
                                         

★景勝・兼続の修行地:「雲洞庵」

地元の方に「天地人」の見るべき史跡を聞いてみたら、「雲洞庵」は絶対に見るべしと!のお答え。
資料確認すると二人が少年時代に学問・武芸鍛錬に励んだ場所とある。第1回番組で与六(兼続)が上杉謙信に向かって「こんな所に来とうはなかった!」と叫んだ場所です。ここは確かに必見!


    .....幼少期、二人が鍛錬した学問所「雲洞庵」、(左)有名な赤門(右)気品威厳ある本堂....c0119160_20545292.jpgc0119160_205559.jpg

お堂の中に入ると実に威厳ある落ち着いた雰囲気!さすが歴史大人物を育てた立派な学問所のオーラが残っている感じ。二人は「北高全祝」という優れた師匠の元で厳しく鞭撻されていきます。


         ......二人が少年時代に学問・武芸鍛錬に励んだ学問所「雲洞庵」....
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さらに見所は、実に見事な「彫刻の梁」で越後が生んだ名匠「石川雲蝶」の作品です。昨年9月に栃尾を訪ねた時「秋葉神社・奥の院」で見た見事な彫り物と同じだということに後で気づきました。
栃尾は「上杉謙信」が幼少時代に過ごして元服後、城主「長尾景虎」となり初陣を果たした所です。

                     08秋の越後路(国上山・栃尾)の記事はコチラ

         ......(左)実に素晴らしい「石川雲蝶」の彫刻の梁    (右)離れにある開山堂....c0119160_214297.jpgc0119160_2144195.jpg










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「泣き虫・与六」(子役:加藤清史郎)・・・「こんな所には来とうはなかった!」


       .....本堂の釈迦本尊脇は諸天神・観音像の数々が見事に並べられている。....
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ここの宝物殿は上杉家の歴史を知る上においては不可欠、武田信玄や息子勝頼の直筆書状もあってビックリ!この庵自体は藤原不比等(飛鳥時代)に所縁ある千数百年の歴史を誇る所とのこと。曹洞宗の修行場としても相当有名らしく、今回「天地人ルーツ」訪問地では最大見所でした。

     .....(左)開山堂へ続く位牌堂の廊下は見応えある (右)武田信玄・勝頼の直筆書状....c0119160_21154630.jpgc0119160_211549100.jpg

               ........「雲洞庵」の黒門、杉木立の中で実に風情がある。....
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★「浦佐毘沙門堂」(晋光寺)

旧・六日町地区を後にして次は浦佐方面(上越新幹線の駅がある)に向かいます。今日は冬型と思いきや意外と暖かい日、雪山には靄がかかっています。水墨画のような冬の山里風景だった・・

               ........南魚沼の雪の農村風景。山麓の雲が霞みたなびく....
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               .........雪の地平線に遥か蜃気楼の如く.......
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浦佐駅に近い街並みの中に「浦佐毘沙門天」(晋光寺)がありました。上杉謙信といえば戦の天才、「毘沙門天」(仏教四天王の武神)を篤く信仰しており、県内あちこちに所縁の地があります。
ひたすら堂に篭り、妻を娶らずストイックに信心した謙信殿。毘沙門の化身だったのかもしれないね。

      ........「浦佐毘沙門天」(普光寺)の立派な山門 (日光陽明門を模している)....c0119160_21345096.jpgc0119160_21352248.jpg

           .........毘沙門堂につながる回廊(上下)........c0119160_21385459.jpgc0119160_21391455.jpg

このお寺も歴史が深く、坂上田村麻呂(蝦夷征伐で有名、平安初期の征夷大将軍)が建立したとのこと、スゴイね~!昨年9月に訪ねた「国上寺」「弥彦神社」など越後にも名古刹が多いなあ・・。

            ......毘沙門様に祈る地元のおばあちゃん(敬虔な姿).......
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★「柏崎」と「天地人」

さてさて南魚沼で歴史を十分味わい、今日はもう15時を過ぎた。柏崎の実家に向かい16時到着。
穏やかな年末、1年半前の中越沖地震で崩れた庭の石塀もすっかり新しく修復されていました。

  .....3年間に2度も大地震に見舞われた新潟県(魚沼地方=中越地震、柏崎=中越沖地震)....c0119160_21514952.gif
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夏に体が弱っていた親父も結構元気だったので一安心!雪も全くなくてその面でも安堵しました。
雪下ろしする程の厳冬になれば高齢者への負担は高まるので、暖冬の方が実にありがたい・・。

   .......(左)柏崎北条の専称寺  (中)北条城跡の案内板  (右)安田城跡の案内板....c0119160_2155842.jpgc0119160_2155246.jpgc0119160_21553957.jpg

柏崎にも「天地人」ゆかりの史跡があります。柏崎には北条(きたじょう)や安田などの地名がありますが、いずれも上杉謙信の家臣の名から残ったものです。謙信の死後、上杉家は分裂し次の覇権争いで「御館の乱」となり、景勝に最後まで抵抗した北条高広が北条に城を構えていました。

                ........ 北条城跡の山から柏崎市街を望む...........
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今回ドラマでは直接関係ありませんが、柏崎には上杉謙信・軍師「宇佐美定満」が「枇杷島城」を構えていました。2年前の「風林火山」では昨年10月に亡くなった「緒形拳」氏が軍師宇佐美を渋く演じていたのが印象的でした。級友H井真吾は枇杷島出身、緒形氏とは共演経験もあるとのこと。

  .......(左)謙信軍師・宇佐美定満の枇杷島城 (右)「風林火山」で宇佐美を演じた故・緒形拳....c0119160_2263285.jpg
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★再び「南魚沼」の山郷風景


毎年帰省で関越自動車道を通過する時は、「越後三山」(越後駒・中ノ岳・八海山)の雄姿と魚野川沿いに広がる「魚沼の山郷風景」に目を惹かれていました。しかし日本の歴史がかくも深く刻まれていた場所ということは知らなかったので、今回「天地人」ドラマに発見させてもらい感謝感謝!

         ......水墨画のような雪の山麓は、日本一美味しいコシヒカリの産地.......
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越後三山もまだ八海山しか登っておらず南魚沼市にはあと何回か来ることになるでしょう。再訪時は「天地人」ドラマを頭に思い浮かべながらこの景色を眺める楽しみが1つ増えました。大河ドラマのよさは「街興し」に繋がっていくこと、今後も高視聴率維持で地元が益々活性化するといいね!

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                                                     おわり

  by rollingwest | 2009-01-07 22:58 | 寺社・史跡・古道 | Comments(40)

<2008年6月1日>国宝「薬師寺展」(日光・月光菩薩)

いや~!話題の「国宝・薬師寺展」、実によかった~!「日光・月光菩薩」の生の姿をこの目で見ることができて大感動!マジマジと見入ってしまいました。また「玄奘三蔵像」(西遊記・三蔵法師)や、小学生時代に切手趣味で憧れた「吉祥天像」も直接鑑賞、「素晴らしい~」の一語に尽きる!

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平城遷都1300年行事の一環として開催された本展覧会は「日光・月光菩薩、聖観音菩薩立像」の国宝3体が光背を外した独立姿を全角度から鑑賞できる展示であり、実に画期的なできごと!
3月に前売券を購入して、この夢の展示会に来る日を予てからワクワク・楽しみにしておりました。

 
     .....東京国立博物館(上野)の正門に飾られていた「薬師寺展」のエントランスパネル....
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本展示会は75日間(3/25~6/8)で何と70万人近い入場者を記録する大盛況、5月末には天皇陛下も訪れています。展示会最終日が迫っているせいか予想通りの大混雑。行列最後尾の係員の立札は2時間近い待ち時間!博物館側も外の暑さに気を使い、日傘を貸してくれていました。


.....館内は大賑わい。当展示会が大きな話題となり高い関心を呼んでいることがわかる。....
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見事なプロポーションと体をくねらせた自然な身のこなし。有名な菩薩像ですが、これほどまでに写実的なブロンズ像だとは思いませんでした。ギリシャ文化の影響を受け、建立当初は黄金に輝く仏像だったとのこと。でも黒光りする現在姿の方が歴史の重みと威厳がひしひしと感じられます。


 ....「月光菩薩像」(正面は左)(後姿は手前)と「日光菩薩像」、側背面を拝めることがスゴイ!....c0119160_620049.jpg





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   ....(左)背中が見える写真は、3月の読売新聞インターネット記事より拝借しました。....



07年12月、金堂内の修復作業で「薬師三尊像」の光背を取り外す作業が行われました。過去に光背を取り外したことは殆どなく、搬出移送は一大行事だったようです。(TV特集でも放映してた。)

  
....(左)「日光・月光菩薩」の↓光背を外す薬師寺での大作業(国宝薬師寺展の公式HPより)....c0119160_6281172.jpgc0119160_6282356.jpgc0119160_6283428.jpg
    ....(中)薬師寺東塔・上部の水煙(模造)↑、(右)「聖観音菩薩立像」↑も背面から鑑賞....



もう一つの興味深々は「吉祥天像」(切手で有名)と「玄奘三蔵像」(教科書でよく見た)との対面。「日光・月光菩薩」が想像以上に巨大だったこと驚いたけど、逆に「吉祥天」は非常に小さかった~!
でもお多福顔におちょぼ口(光明皇后がモデル)が、和風癒し系・奈良美人のお顔でございました。


   ....小学生時代・小生は切手マニア。憧れだった「吉祥天像」、本物についに会えた!.... c0119160_7134588.gifc0119160_7135511.gif
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「玄奘三蔵」の絵はさすがに遠征苦労しただけあり、放浪修行僧のようです。女性に「三蔵法師」を演じさせる国なんて日本だけだぞ~!(夏目雅子イメージが強すぎ) 本国はこれに怒っています。

  ....歴史的に有名な「玄奘三蔵像」(右)、仏の経典を求めてシルクロードから天竺を往く姿..c0119160_72418100.jpgc0119160_7243138.jpg
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ちょうど一年前にダビンチ展を鑑賞した時もこの博物館でしたが、「上野の森」はいつ来てもアカデミックですなあ・・!前回レポートで「上野駅周辺は殆ど変わっておらず懐かしい」と書きましたが、駅前レストラン「聚楽」が時代の波に取り残されて閉鎖、無残な姿を晒していたのがやや残念・・。

                             「上野・両国風景」和洋ごった煮レポート

                        
   ....いつ見ても東京国立博物館の建物は威厳がある。菩薩像ポスターとのコラボ!...
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博物館周辺は新緑で輝き、珍しいユリノキの花も見られました。奈良の都も花の都だったのかな?

  .....博物館脇に聳える「ユリノキ」大木、何とチューリップに似た不思議な花が咲いていた!....c0119160_738160.jpgc0119160_7381291.jpg


中高・日本史授業で、奈良・京都遷都の西暦暗記は「なんと(710年)素敵な平城京」・「うぐいす鳴くよ(794年)平安京」と覚えたものです。再来年(2010)は、ついに奈良都も1300年を迎えるんですなあ・・。鹿角仏キャラの「せんとくん」・マントを纏った「まんとくん」も大活躍することでしょう。


   ......(左)世界遺産・西の京「薬師寺」(法相宗大本山)、金堂と東塔(右奥)は国宝.......c0119160_7513885.jpgc0119160_7515398.jpg
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....(右)「薬師三尊像」。本来・光背がある日光・月光菩薩は、本尊「薬師如来」の両脇を固める。....



関西在住時代に、奈良の都・寺社(奈良市内・橿原・飛鳥・斑鳩等)は何度も行きましたが「万葉の里・まほろば風景」は京都と違い、素朴な田園・自然と一体感の雰囲気があり実に素晴らしい・・。
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5年前に家族3人で巡った「飛鳥・斑鳩の里」や「山の辺の道」など、当時のスナップ写真を今度デジタル化して「奈良・いにしえの路」のレビュー記事をいつかレポート紹介したいと思っています。

                                                      おわり

  by rollingwest | 2008-06-14 05:48 | 寺社・史跡・古道 | Comments(12)