カテゴリ:山陰・山陽の旅( 8 )

 

<2012山陰山陽の旅⑧>「宮島・嚴島神社」&「岩国錦帯橋」

★2年前の秋・・「山陽山陽の旅」も今回にて完結


2012秋の「山陰山陽の旅」からもう2年(前回記事から10ケ月)が経ってしまいました。米子・松江・出雲大社・日御碕・奥出雲・石見銀山と、過去7編の記事をレポートしてきましたが今回第8編でフィナーレです。宮島・嚴島神社の紅葉が大変素晴らしかったので公開は季節感を合わせ11月としました。

                                       第1編:「鳥取風景~出雲・神話の里」


     ......(左)2012山陰の旅で巡ったコース (右)最後は広島に泊まり、憧れの宮島へ!......
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最終日は早朝5時過ぎに広島ビジネスホテルを出発、6:10宮島フェリー乗り場に到着したものの、この時期はまだ真っ暗・・。JR船始発(6:25)に乗り込み海を眺めていると白々と夜が明け始めてきたぞ・・


 ......(左)真っ暗の中、フェリー始発に乗船 (右)黎明の海に荘厳な宮島シルエットが浮かび上がる!.....
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宮島といえば海に浮かぶ嚴島神社の赤い大鳥居が象徴的ですが、小生が島に到着した時は干潮状態!これは何と珍しい光景だ!早速憧れの大鳥居にアプローチ!荘厳なる姿に言葉もありません。


   ......(左)干潮の宮島から広島市の中心部を遠望 (右)神の遣い・宮島鹿がお出迎え......
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日の出を迎え、青空をバック干潟に聳える赤鳥居は本当に絵になるネ~!憧れの大鳥居に実際に触れることができ一挙に本望が叶った!柱の足元には貝がビッシリ張り付いており5円玉も沢山あるゾ!実はこの根元は海底に埋められているのではなく自分の重みだけで建っているとのこと(驚!)


     ....通常は海上に浮かぶ「宮島大鳥居」が干潮浜に聳えている!実にレアなお姿!....
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   ......大鳥居の足元にビッシリと付いていた無数の貝殻、その間には沢山の五円玉が!......
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                              第2編:「松江探訪」(宍道湖・松江城・小泉八雲) 





★平清盛が築いた海上神殿「嚴島神社」へ


「安芸の宮島」は平安時代の寝殿造りの粋を極めた建築美で知られる日本屈指の名社。本殿・拝殿・回廊6棟が国宝、14棟が重要文化財に指定される「日本三景」の1つで1996年世界遺産登録されました。海を敷地とした大胆で独創的な配置構成、廻廊で結ばれた朱塗り社殿は極上の美!


   ......「嚴島神社」の入口受付から「神殿東回廊」へ、干上がった平舞台を脇に見て進む......
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雰囲気ある神殿東回廊を通過、本殿に参拝。海側に突き出ている平舞台へと立つと干潮の大鳥居の姿がまた一段と素晴らしい!嚴島神社社殿は、災害により何度か立て替えられていますが(2004年9月も台風18号で大きな被害)、平清盛が造営した当時の姿を伝えられていると謂われています。


       ......(左)本社本殿を参拝 (右)揚水橋を通過していよいよ平舞台へと向う......
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しかし本殿自体は、度重なる自然災害にも耐え800年間で一度も被害を受けたことがないとのこと。その秘密は海上にせり出している「平舞台」、杭は固定されておらず隙間から波を逃がす構造で大波襲来時は筏の如く海に浮かぶ仕組み・・、ここでもまた日本人が培った優れた知恵を認識した次第!


  ......大鳥居を背景に「平舞台」(雅楽が舞われる)へ立つ!まさに早起きは三文の得ですな~......
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                             第3編:「60年ぶりの大遷宮を迎える出雲大社」





★大願寺から紅葉谷公園へ

嚴島神社は平家(海洋民族)の氏神として尊崇されてきた社で創建は推古元年(593年)、平清盛が安芸国守に任官(1146年)され、平家一門の権力が増大に合わせてさらに立派な社殿(現在姿)に造営されました。都から上皇・天皇・皇族・貴族が訪れた、都の文化や建築が宮島に栄えたのです。


  ......(左)本殿の背後に千畳閣と五重塔 (右) 嚴島神社を創建した「平清盛」の像......
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  ......(左)鏡の池も干上がっている (右)「大願寺」(勝海舟と木戸考充が和平会談)......
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嚴島神社の西回廊を出ると真言宗古刹「大願寺」に出ます。明治神仏分離で五重塔・千畳閣から移された釈迦・薬師如来像等が安置されます。幕末長州の乱では勝海舟と桂小五郎が和解した場所でもあります。海沿いに歩き進むと戦国時代の厳島合戦跡(大名・毛利氏史蹟)に行きあたります。


    ......「嚴島合戦跡地」、毛利元就が中国地方の勢力拡大のキーポイントとなった戦い......
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       ......(左) 嚴島合戦の地図 (右)毛利元就の三本の矢と毛利家の家紋......
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海の守り神「金比羅神社」を参拝した後は、山道を登り三段の柿葺屋根で有名な「大元神社」や「大聖院」を通過し、弥山ロープウェイ発着所がある紅葉谷公園へと向います。見晴らしがよくなってきた!


  ......(左)「大元神社」(日本唯一の三段葺きの柿葺屋根) (右)海の守り神「金比羅神社」......
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      ......(右)鹿は宮島にとっては神の遣い  (左)嚴島神社の全景......
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                    第4編:「出雲大社&伊勢神宮」(日本神話に潜む謎の関係) 





★神が鎮座する霊山「弥山へ登る


さあ紅葉谷からロープウェイを使って、嚴島神社の背景に鎮座する「弥山」(宮島・最高峰535m)に登ろう!弥山には自然が創り出した巨岩が多くあり山頂に神が鎮座すると云われる磐座石も鎮座。数々の寺社・史跡があり瀬戸内海の絶景が実に見事!こんな素晴らしい景観があったんだネ~!


    ......宮島ロープウェイを使って弥山(神の山)へアプローチ、素晴らしい眺望だ!......
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  ......ロープウェイ終着駅から登り上がると展望台があり、瀬戸内海の大パノラマが広がる......
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弥山展望台から 山頂獅子岩まではロープウェイで乗り継ぎができますが、小生は途中の寺社・史蹟を楽しみながら約40分の山道を歩いて登ることにしました。この霊山は弘法大師「空海」により開基され、求聞持修行を行った場所で1200年以上も燃え続ける霊火など、多くの足跡が残されています。


   ......途中に次々と現れる古刹(左・右)弥山本堂虚空蔵菩薩 (下)三鬼・霊火堂......
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    ......(左) いよいよ獅子岩へ岩門をくぐる (右) 巨大花崗岩「獅子岩」の雄姿......
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島自体が白亜紀のマグマ活動で生成された花崗岩からできており頂上部の花崗巨岩「獅子岩」は圧巻!更に登ると弥山山頂、ここでもまた瀬戸内海の大絶景眺望が楽しめます。島は古くから神域として保護され、手つかずの自然が現存する太古の森(弥山原始林)、宮島固有の植物も多いのです。


     ......ついに「弥山頂上」へ!目の前には獅子岩と瀬戸内海絶景が広がる!......
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                              第5編:「スサノオ・八岐大蛇伝説」の史蹟を訪ねて 





★「大聖院」から、「千畳閣&五重の塔」へ


     ......「大聖院」秀吉の念持仏安置の名刹)の山門、石階段と鮮やかな紅葉......
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「大聖院」は宮島で最も古い歴史を誇る寺院で空海が宮島に渡り、弥山で求聞持法を修行した806年に開基されました。本尊不動明王を始め、十一面観音菩薩、重文の不動明王坐像、三鬼大権現、七福神、大師堂等が祀られています。さすが空海さん日本全国どこでも顔を出しているなア・・(感心)


       ......(左)秋の安芸の紅葉!全く飽きません (右) 聖院の立派な堂宇......
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         ......(左)鮮やかな紅葉 (右)奇抜な赤門の脇に佇む弘法大師像......
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長い石階段を登り数々のお堂が姿を現します。ここは鳥羽天皇勅願道場で、豊臣秀吉が朝鮮出兵の文禄の役(1592~1596)で、海上安全を祈るため軍船宝丸の守護仏とした波切不動明王座像が祀られています。秀吉は九州へ行く途中で宮島に立ち寄り大聖院で連歌の会を行っているそうな・・


    ......(左)可愛いお釈迦様! (中)大迫力の金色・涅槃像 (右)天狗と紅葉の階段......
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  ......(左)大聖院本堂に参拝 (右).広島名物「もみじ饅頭」は美しい紅葉がルーツと気付く.....
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紅葉の美しさは「大聖院」ここが一番素晴らしかった記憶があります。そういえば広島でお土産といえば「もみじ饅頭」、宮島の鮮やかな紅葉からネーミングされたのかと気付き目から鱗でございました。


        ......「大聖院」の立派な堂宇や魔尼殿の紅葉に圧倒された~!......
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再び海岸部に降りてくると嚴島神社・平舞台の周辺は潮が満ち始めているではないか!赤い大鳥居も完全に海上で佇んでいました。次は本殿の東側に聳える「千畳閣」と「五重の塔」へと向おう!


  ......(左)潮の水量が増えて来た平舞台 (右)海上に浮かぶ宮島大鳥居(通常なる光景)......
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     ......(左)嚴島神社境内全景 (右)千畳閣と五重の塔が紅葉と青空に映える......
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秀吉が九州出兵で戦没した武将の霊を慰め、平和と繁栄を祈願して宮島に桃山時代の壮大な建築様式の豊国神社(千畳閣)を建てさせました。しかし秀吉が亡くなると工事は中止され天井張りや正面入口等は未完成のまま。当建物は隣に建つ五重塔とともに重要文化財に指定されています。


            ......威厳ある「千畳閣」に入ってみる!何と広大な堂内......
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    ......(左)外を見れば鮮やかな赤!「五重の塔」、千畳閣内部は渋い木造建築......
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昼時を迎え観光客が続々と宮島に上がってきておりメインストリートはもう大混雑TDL状態・・。紅葉真っ盛りでロープウェイやフェリー乗り場は大行列が続いています。イヤ~、午前中だけで世界遺産を十分堪能できました。何事も早めの仕掛けが正解だネ~、焼き牡蠣を食べながらRWは自己満足でニンマリ!


   ......さらば宮島!弥山・嚴島神社が深く脳裏に刻まれて、フェリーから振り返りました......
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                       第6編:「奥出雲探訪」(出雲帝国遺跡&砂の器ロケ地) 





★岩国「錦帯橋」を訪問、思い出の旅を終える・・


         ......岩国城展望台からの錦川のパノラマは実にお宝物光景!......
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最後は岩国の「錦帯橋」を訪ねて旅のフィナーレを飾りました。岩国は小生ブログに毎回コメント登場してくれるSoulmate「聖二」殿(大学時代からの親友)の故郷でもあります。憧れの名橋とついに対面!


         ......日本三名橋のひとつ「錦帯橋」は日本を代表する木造橋......
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日本三名橋として有名な「錦帯橋」、他に例を見ない特異な姿の五連の反り橋が特徴で、1922年 に国の名勝に指定されています。中国・明時代の技術が生かされ、橋上の圧力で強度が増す仕組みらしい。無脚で川を渡した技術は現代の橋梁工学からみても非のうち所なしと言われています。


        ......(左)錦帯橋の欄干風景 (右)錦川の流れ、鮎釣り太公望......
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錦帯橋を通過すると「吉香公園」に入ります。1600年 岩国の地に移封された岩国藩の初代藩主・吉川広家に由来あるこの地には数々の見所があります。まずは「佐々木小次郎」(宮本武蔵のライバル)の銅像!錦帯橋畔で燕が柳枝を打つの姿から「燕返し」の術を得たとの言い伝えに拠るらしい。


       ......(左)「佐々木小次郎」像が登場! (右)吉川資料館のイチョウ......
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            ......「吉香公園」は実に風情あり!まさに赤・黄の錦秋......
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そして次はお目当ての白蛇とご対面!岩国市にのみ生息するアオダイショウが突然変異で白化した蛇で遺伝的に安定した例は世界的にも大変珍しく貴重なもので国の天然記念物となっています。昭和40年代は市内に多く自生していましたが、現在は保護施設を設けて飼育・増殖されています。


        ...... 開運の守り神とも言われる「岩国の白蛇」 (左)本物 (右)剥製......
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岩国城は、初代藩主吉川広家が築城した山城、眼下を流れる錦川を天然の外堀にし標高200mの山頂に位置しています。桃山南蛮造りの天守閣内に錦帯橋の精密模型・写真・武具や甲冑などが展示してあります。天守閣は展望台で岩国城は市内眺望や瀬戸内絶景を楽しむことができます。


      ......「岩国城」へ!ロープウェイで上がり展望台からの錦川と錦帯橋を俯瞰する......
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2012年の秋旅は夜行バスで米子に入り、レンタカーを駆使して山陰・山陽をジックリ回ることができました。帰りは新幹線を使って夕方には帰宅することができました。本当に欲張って色々な場所を巡った・・


  ......素晴らしかった山陰山陽の旅、行きは夜行バスだったが帰りは広島駅から新幹線で帰京.....
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山陰山陽エリアは実に魅力的!次回は、吉備の古代史蹟巡り、しまなみ海道・鞆の浦・江田島等を訪ねたいと思っているRWですが全国に行きたい場所が余りに多すぎて、一体いつになるのやら・・


                           第7編:「三瓶山~物部神社、世界遺産・石見銀山」


 

                                                         おわり

  by rollingwest | 2014-11-06 00:00 | 山陰・山陽の旅 | Comments(112)

<2014年1月>2012山陰山陽の旅⑦:三瓶山~物部神社、世界遺産・石見銀山

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★国引き神話・石見の名峰「三瓶山」

一昨年秋(2012)に訪問した山陰山陽の旅記事は2年目に入りましたが、いまだ山陰でウロウロしています。奥出雲を十分堪能した後は三瓶山麓を通過し石見国へ!「物部神社」と世界遺産「石見銀山」を訪ねて鳥取・島根県レポートは7回目、ついにLASTを迎えますが山陰は本当に奥が深い・・と再度認識


   .....(左)島根県ラストは石見方面へ (右)草原道を抜け「三瓶山」(sanbesan)へと向かう......
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               山陰旅⑥:「奥出雲探訪」(出雲帝国遺跡&砂の器ロケ地)の記事から続く

奥出雲では一日中雨でしたが、三瓶山の麓に来ると曇りがちながらも徐々に天候は回復。頂上部はガスに覆われていましたが、12年前(関西在住時)に三瓶山に登ったことを懐かしく思い起こしました。


 .......(左)三瓶山の牧場登山口 (右)三瓶山に登った2002年は当時40代半ば、若かった・・.......
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職場先輩と車で宝塚から中国道三次IC~R54経由で三瓶牧場へと向かい、定の松登山口から登頂。大山・蒜山と並ぶ山陰の名峰は「石見富士」とも呼ばれますが、山頂からの風景は穏やかな印象を受けました。男・女・子・孫の家族がつく山々は緑に覆われ、中央噴火カルデラをグルリと囲んでいました。


     ......(左)頂上部でガッツポーズ! (右)三瓶の峰々は家族に見立てた山名が・・.......
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山陰記事で何度も紹介しましたが出雲風土記・国引き神話で三瓶山が登場します。ヤツカミズオミツノミコトが大山・三瓶山を杭にして綱をかけ離島を引き寄せて出雲国にした神話。島根半島の地学形成史から見れば大山・三瓶山の噴火土砂が蓄積され砂州の長浜が成長し陸続きになったと推定されます。


    .......三瓶山と伯耆大山は国引き神話の山、この山を杭にして島を綱で引き寄せた.......
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                                  「鳥取・大山」(古事記神話)の記事 

 .......(左)雨上り後に大田市から遠望 (右)稲佐浜からは海に浮かぶ三瓶山が神々しかった......
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三瓶山の周辺には多くの温泉と湧水が点在しています。山麓から湧き出す地下水は苔蒸した岩のすき間から流れ出ており本当に美味かった!雪が多い山から供給される水と火山溶岩の地下構造が涵養保水能力を高くしています。近くには清水地でしか育たないわさびの田んぼが沢山ありました。


   .......(左)緑と水に恵まれた湿原 (右) (2002年)三瓶山頂は家族ハイカーが多かった.......
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三瓶という聞き慣れない名前の由来は「出雲風土記」には佐比売(sahime)大明神の山と記され、天から三つの瓶が降りてきて山麓に水が湧いたと神話があるとのこと。佐比売が転じた名前なのかも・・


      ......12年前に撮影した三瓶山の全体峰、当時の貼り合わせ写真がややレトロ.......
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★石見に鎮座する「物部神社」、古代ミステリー「物部神道」


「石見国一宮」と称される「物部(mononobe)神社」は、祭神は物部氏の祖とされる「饒速日(nigihayahi)命」と長子である「字摩志麻遅(umasimaji)命」で地元では篤く崇敬されています。字摩志麻遅命は神武天皇東遷の時に忠誠を尽くし、日本で最初に鎮魂・占い・呪い祈祷をした人物と云われています。


    ......「物部神社」の威厳ある鳥居、日本の歴史から抹殺された物部氏には深い謎が・・.......
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本殿は出雲大社に次ぐ巨大な大社造り(高さ16.3m)で堂々たる威容!神紋は赤い太陽を背景にした鶴(境内にも立つ)は「日負い鶴」と呼ばれ、宇摩志麻遅命を石見国に降臨させた鳥とのこと。物部氏の総氏社は奈良「石上神宮」(大神神社の近く)ですが、表裏一体を為す古代ミステリー神社なのです。


  .......(左)物部神社の本殿 (右)古代豪族・物部氏の祖・饒速日命(nigihayahinomikoto).......
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物部氏が日本史上での有名史事は仏教が日本伝来した6世紀に起きた「崇仏論争」(廃仏戦争)です。強硬な排仏派だった物部氏は蘇我氏(崇仏派)と対立し物部守屋は蘇我馬子に敗れてしまいました。その後「大化の改新」(蘇我氏滅亡)で一時復活(物部氏の流れを汲む石川麻呂が左大臣)したものの、藤原不比等が右大臣に就任してからは再び権力闘争に敗れ衰退の一途を辿っていくのです。


      .......物部尾輿時代に一族の繁栄を極めたが、崇仏戦争では蘇我氏に敗れる.......
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「古事記」「日本書紀」に物部氏の記載は一切なく抹殺されましたが、実は物部氏は天皇家に次ぐ強大な力を誇った大豪族だったのです。物とはモノノフ(武士→軍事力)やモノノケ(物の怪・鬼→呪術)等の語源で、その両方を掌握する絶対的存在でした。しかし権力を握った藤原氏(不比等)は記紀を編纂させる際に歴史を捏造し物部を完全抹消したのです。まさに歴史は勝者により作り変えられる・・


 ......神社本殿にも「日負い鶴」が!籠目の唄「鶴と亀が統べった」は物部氏・秦氏の統合を現す.....
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天皇外戚として大繁栄を遂げた藤原氏は、天孫族(現天皇家祖先)こそ神武天皇の万世一系(正当王朝)と見せかけるため出雲史と物部神道を抹殺し捏造しました。しかし出雲国譲りの大神殿造営や伊勢神宮遷座の理由は、出雲・物部氏を蔑ろにした祟りが起き天皇家が畏怖したからと云われます。


     .....崇神天皇時代に大物主の呪い ・祟り発生、大神神社(三輪山)・伊勢遷宮へのトリガー.......
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                        「出雲大社&伊勢神宮」(日本神話に潜む謎の関係)の記事

全国で疫病・天災が広まり、崇神天皇夢枕に「大物主」が現れ「わが子孫・大田田根子に大和で我を祀れば治まる」と告げ日本最古の「大神神社」(三輪明神)が創建、天照大神は伊勢に遷宮しました。「大物主」(別名:大国魂大神)は強大な鬼・祟りの神、正式名は「天照国照彦火明櫛玉饒速日命(nigihayahinomikoto)」。物部神社は正に古代天皇が畏れた祟り神(物部氏の祖)を祀っているのです。


       .....「大物主」とは物部氏の主、強烈なモノ(呪い・祟り)の主の意味を持つ.......
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各種古代史ミステリー本を読むと更に信じ難い様な話が語られています。天皇家の祭祀・秘儀を司る謎の組織「八咫烏」(裏天皇)が存在し、天皇に対して存在目的・将来的に成すべきことの預言・儀式教授をしているらしい。また皇太子が天皇を継承する大嘗祭は全て「八咫烏」が祭司を仕切るとのこと。


   .....日本人ルーツや神社はユダヤが由来と解説する著書は実に多い(すぐに信じ易いRW).....
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「八咫烏」(鴨族)は京都の上賀茂・下鴨神社で天皇祭祀を司り、祭祀や神社のルーツは古代イスラエル(物部氏)や原始キリスト教(秦氏)にあると云われます。また物部氏の正体は秦・始皇帝時代に不老不死の薬草を求めて日本に2度派遣された「徐福」の集団だというのです。徐福伝説は全国に痕跡が残る・・


      .......「徐福」は秦・始皇帝に「不老不死の薬を探せ」と命じられ、日本に2度渡来.......
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日本古代史にはもっとさらに信じ難い様な深い話が沢山あり、一遍には書き切れません。今後RWが古代史に纏わる全国パワースポットを訪問する度にミステリーの裏側へ徐々に迫っていきたいと思います。


   ......物部神社には鎮座する伝説的種牡馬「パーソロンの像」(名馬シンボルルドルフの父親).......
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古代史ミステリーに全く関係ありませんが、神社には伝説的種牡馬「パーソロン」(史上最強馬シンボルルドルフの父親)の像がありました。馬主が物部神社の氏子という縁で寄贈したようですが、祭神「字摩志麻遅」(ウマシマジ)を祀る神社なので由来もあるような・・。今年はウマ年、幸運に駆け抜けていきたい!

                             「奥出雲」(スサノオ・八岐大蛇伝説の史蹟)の記事



★世界遺産「石見銀山」を歩く

島根県レポートの最後を飾るのは「石見銀山」!2007年7月にアジア初の世界遺産に登録された鉱山遺跡は、1526年に九州の豪商によって発見され1923年まで400年間に渡って採掘されてきました。


    .......(左)石見銀山駐車場前の鉱山モニュメント  (右)世界に流通した日本産の高品質銀貨.......
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世界的な経済や文化の交流を生み出したこと、環境に配慮し自然共生した鉱山運営をしていたことが特に評価された世界有数の鉱山遺跡。ここを訪れた時刻は14時半となり、結構急いで廻りました。


       .......(左)石見銀山で栄えた街並、赤瓦で統一感 (右)お寺の屋根も石州瓦.......
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島根県西部の石見地方に入ると、赤茶色の屋根が目立つ美しい町並だということに気付かされます。山陰の山間部は雪深く、日本海沿岸部は台風通過や冬の荒波で厳しい天候。この環境に耐えうる頑丈な石州瓦は400年の伝統を持ち、日本第2位の瓦生産力で繁栄してきた地場の主産業です。


    .......(左)重要文化財「熊谷家」の外観  (右)和風にも洋風にも似合うオシャレで美しい瓦.......
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       .......「熊谷家」商家の内部は実に豪華、世界に銀を輸出した栄華の跡が!.......
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石見銀山の散策コースには、「銀山地区」(鉱山史蹟がメイン)と「街並地区」(繁栄の街通り)の2つがありますが、銀山地区に重点を絞り石見銀山公園から「龍源寺間歩」(通り抜け坑道)へと向かいます。


       .......(左)石見銀山・大久保間歩 (下)風情ある街並  (右)散策コースMAP.......
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龍源寺間歩までは周遊バスと遊歩道(徒歩40分)がありますがウォークトライ。残された時間も少ないので相当早足で登って行きましたが結構歩き甲斐があるコースだ!遊歩道散策というよりハイキングに近い・・


     .......(左)石見の紅葉は見頃を迎えていた  (右)龍源寺間歩へと向かう小川の道.......
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石見銀山には大小約600の間歩(坑道)がありますが、現在一般公開されているのは「龍源寺間歩」のみ。江戸中期以降に開発された間歩は代官所が管理する幕府直営で石見銀山を象徴する遺坑道。壁面には当時のノミ掘削跡がそのまま残っており当時の採掘作業光景がよく伝わってきます。


       .......(左)「龍源寺間歩」の入口  (右)間歩(坑道)の中はまさに鉱山洞窟.......
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戦国時代から近代まで高品質銀を大量産出し、幕府・諸大名の経済基盤を築くとともに日本鉱山技術の確立に大きく貢献しました。石見銀は16~17世紀にかけて国際貿易の主役となり東西の経済・文化交流を生み出したこと、環境を維持する精練法だったことが世界遺産として認められた点です。


     ......(左)石見銀山世界遺産センターの精錬所ジオラマ (右)戦国諸大名と銀山の関係図.......
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       .......(左)ポルトガル宣教師の石見銀山地図  (右)16世紀世界の銀の流通ルート......
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戦国期は数百貫に過ぎなかった年間産出量でしたが、徳川幕府の直轄地以降は4千貫近くに達する程に石見銀山の銀産出は増えていきました。比例するように間歩群はさらに掘られ長く奥へと延びていきました。ピーク時の年間作業者数は20万人、車馬が昼夜を問わず往来した大繁栄だったとのこと


       .......真っ暗な地下を掘り進む作業は本当に危険で過酷だったのだろうなあ・・.......
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龍源寺間歩から約1km離れた遊歩道に入り「清水谷製錬所跡」へとアプローチ開始。山道を登り6kmのウォーキングを覚悟しなければなりませんが、ここは是非とも訪れてみたい場所。明治時代の先端技術による製錬所遺跡で壮大な石積み遺構が残っています。何か中南米の古代遺跡の様な雰囲気が!


      .......「清水谷精錬所跡」は明治26年に建設され僅か1年半余りで閉鎖された遺構.......
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もう16時となり「町並み地区」コースはゆっくり楽しむ余裕がなかったものの、国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されている町並みはやはり素晴らしい。素朴な風情の中にも誇りと威厳がある・・


          .......(左)夕暮れの下河原吹屋跡 (右)途中には立派な石垣のお寺.......
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          ......長い歴史の積み重ねの中で石見銀山独特の街風景が形成された.......
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石見銀山でユニークな雰囲気を醸し出しているのが銀山公園脇にある「羅漢寺」、銀山で働いて亡くなった人々の霊を供養し銀山の安全を祈願するため、石窟の中に500羅漢石仏が造営されています。


       .......(左)羅漢寺の象徴風景「反り橋」  (右)寺正門前の立派なイチョウ大木......
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早朝6時前出発、奥出雲を巡り石見の国と、神々の山里や世界遺産を夕方暗くなるまで廻り島根県を十分堪能できました。やはりこの国は謎に満ちた日本の起源を体験できる魅力満載の場所でした。


    .......夕暮れの「江の川」(山水画の如し)を渡り、浜田自動車経由で山陽方面へと向かう.......
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     .......(左)出雲・石見の国よ、いざさらば! (右)島根県は実に奥が深かった・・!.......
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山陰山陽の旅は7回目のレポート記事を重ねましたが、次回はいよいよ山陽(広島・岩国)へと入り「厳島神社」や「錦帯橋」などを紹介します。本シリーズは当分お休みして続きの公開は秋になる予定です。


                           出雲大社訪問&山陰・山陽への旅(プロローグ記事)


                                                          おわり

  by rollingwest | 2014-01-25 00:00 | 山陰・山陽の旅 | Comments(88)

<2013年12月>2012山陰山陽の旅⑥:「奥出雲探訪」(出雲帝国遺跡&砂の器ロケ地)

★出雲帝国実在を裏付ける「荒神谷・加茂岩倉遺跡」


昨年11月に廻った「2012山陰山陽の旅」も6回目の記事となります。もう1年以上過ぎてしまったのに依然と出雲周辺紹介に留まっており、なかなか世界遺産(石見銀山や厳島神社)へのレポートに入れませんネエ・・。(苦笑) シリーズ記事完結は2年越しになるSlowパターンが多いRWなのでご容赦願います。


   .......夜明け前に出発、雨中煙る「仏経山」を見ながら「奥出雲」(JR木次線沿線)へと向かう.....
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今回は、神話世界として語り継がれてきた「出雲帝国」が実在の国と証明され世紀の発見と話題になった2大遺跡(荒神谷・加茂岩倉)のレポートです。奥出雲は交通の便が実に悪くアチコチ廻るには相当な時間を要するためビジネスホテルを早朝6時出発。今日は朝から雨か・・、いざ仏経山(神名火山)の麓へ


    .......昨年10月に鑑賞した出雲特別展(国立東京博物館)、今回の旅の契機となった.....
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この遺跡に対面したいと思ったのは昨年10月国立東京博物館で「聖地の至宝・出雲特別展」を鑑賞した時でした。出雲大神殿は2000年に出雲大社境内から出土した宇豆柱が実在を証明したのです。


 ......(左)神話と信じられていた出雲大神殿 (右)実在が証明された2000年宇豆柱の出土......
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出雲では宇豆柱の出土以前にも考古学の常識を覆す大発見(1984:荒神谷遺跡&1996:加茂岩倉遺跡」が2回もありました。古代出雲は神話ではなく銅鐸文化の大繁栄国があったことが解ったのです。


   .....かつて大繁栄した出雲帝国が実在したことを裏付けられた多数の銅剣・銅鐸・銅鉾......
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                  2012年11月「出雲展鑑賞&出雲探訪旅プロローグ」の記事はコチラから


 .......「荒神谷遺跡」(国の重要文化財)は仏経山の近くで発見され考古学界に衝撃が走った!......
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1984年、仏経山麓の農道から多数の銅剣・銅鐸・銅矛が発見され、調査を進めると銅剣358本、銅鐸6個、銅矛16個が出土しました。これが「荒神谷遺跡」で考古学上の大ニュースとなると、さらに1996年には「加茂岩倉遺跡」が発見され、何と39個もの銅鐸(1ケ所遺跡として全国最多)が出てきたのです。


     ......1996年には工事現場から大量の銅鐸が出土、「加茂岩倉遺跡」は銅鐸王国......
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銅鐸は弥生時代に製造された釣鐘型青銅器のことで神を招く鐘と云われ、青銅製の棒で鳴らす五穀豊穣を祈る農耕祭祀用の装飾祭器とのこと。BC2世紀に大陸から伝わり日本で400年間に渡って用いられた鐘(本来は楽器らしい)の全国出土数は470個、1ケ所で39個の発見は相当な数らしい。


    ......加茂岩倉遺跡は 銅鐸の谷、発見当時のまま出土表層に自然展示されていた......
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「加茂岩倉遺跡」は全国最多の銅剣を出土した「荒神谷遺跡」から3km程の距離しか離れていません。またこの地域には弥生~古墳時代にかけての古墳群も確認されており、この周辺に古代出雲の強大な勢力が存在していたことを覗わせます。その中心地は「意宇」(ou)という地に存在したとのこと


 .......出雲帝国の中心地はかつて「意宇」(ou)にあった。今は「八雲立つ風土記の丘」が建つ.....
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山陰レポート第1回目に「出雲立つ風土記の丘」を紹介しましたが、近くにはイザナギ・イザナミの「黄泉比良坂」(あの世への入口)、イザナミを祀る「神魂神社」、スサノオ・クシナダ姫の「八重垣神社」があります。また意宇の地は国引き神話(大山と三瓶山)の中間点に位置し、まさに出雲帝国の首都だった訳か~!

                  山陰レポート第1回目「鳥取風景~出雲・神話の里」の記事はコチラから


   ......意宇「出雲立つ風土記の丘」、牛馬埴輪等が出土、日本の最大勢力の痕跡が沢山......
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   ......出雲の中心「意宇」は大山と三瓶山(国引神話の杭となった両峰)の中間点に存在......
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★奥出雲の「たたら製鉄」の歴史を知る


次は「奥出雲たたらと刀剣館」を訪ねました。奥出雲といえば八岐大蛇伝説の他に古代製鉄技術「たたら製鉄」が発展した場所としても有名です。館内入口には八岐大蛇をモチーフにしたモニュメントが個性的


    .......「奥出雲たたらと刀剣館」、入口にある現代美術モニュメントは「八岐大蛇」のうねる姿......
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               山陰レポート第5回目「スサノオ・八岐大蛇伝説の史蹟訪問」の記事はコチラから

「たたら製鉄」は日本独自の和式製鋼法(タタラ吹き技術)で大量の砂鉄と木炭を必要としますが、奥出雲地方はこの両方が豊富だった古代より製鉄業が営まれてきたとのこと。銅鐸・銅剣出土は2世紀以降で突然途絶えていますが、背景は鉄の武器出現にあるのでしょう。鉄の方が銅より強いからネ~


        .......館内では古代の製鉄技術「たたら製鉄」の歴史を知ることができる......
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八岐大蛇伝説は斐伊川の氾濫をイメージした神話かも・・と前回レポートしましたが、たたら製鉄が起源という説もあるようです。真赤な大蛇の眼や血は鉄分の赤い川やたたら製鉄の炎を形容したものでないかとも云われ、大蛇の尻尾から出て来た天叢雲剣は「たたら製鉄」の象徴だったのかもしれません。


  ........(左)製鉄作業の再現模型(大迫力の炎) (中)黒い鉄の塊 (右)たたら製鉄の古絵図......
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次はいよいよ奥出雲探訪の主目的の一つ「亀嵩」(kamegdake) の街を訪ねます。小生が最も愛する日本映画の名作「砂の器」でメイン舞台となった場所。クネクネした奥出雲の山間の道路を黙々と進む・・


       .......奥出雲の萱葺屋根民家や田んぼ景色、これこそ正に「日本の原風景」......
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★松本清張名作「砂の器」の舞台となった「亀嵩」を巡る


1974年松竹映画「砂の器」は何回見ても涙なしには見られぬ感動名画。松本清張の同名小説を野村芳太郎監督、橋本忍・山田洋次脚本で映画化した社会派サスペンス。迷官入り寸前の殺人事件を捜査する刑事2人の執念、暗い過去を背負うがため殺人を犯した天才音楽家の宿命を描きました。


      .....「砂の器」のメイン舞台「亀嵩」はJR木次線(宍道湖~備後落合)の中間位置......
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国鉄蒲田操車場構内で扼殺死体が発見、被害者の身許が分らず捜査は難航したものの事件を担当した今西(丹波哲郎)、吉村(森田健作)の両刑事は執念の捜査で著名な音楽家・和賀英良(加藤剛)を追い詰めますが、彼はハンセン氏病に患う父・千代吉(加藤嘉)を持つ暗い宿命を背負っていました。


 ......映画主演者、秀夫(春田和秀)、ハンセン氏病の父・千代吉(加藤嘉)、心優しき三木巡査(緒形拳).....
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和賀英良の本名は本浦秀夫(子役・春田和秀)、故郷から追われた父子は日本海側の道を延々と放浪・乞食旅に・・。コンサートでピアノを弾く加藤剛と背景の交響曲に合わせて放浪旅の回想シーンが音楽と映像だけで再現されますが、四季それぞれの中の悲しい光景や親子愛情が感動の涙を誘います。


 .......「砂の器」のクライマックシーンはやはり「亀嵩駅」、父親との離別シーンはいつも涙が溢れてしまう......
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苛められ排除され2人はついに出雲・亀嵩の街へ・・。そこで出会った三木巡査(緒形拳)が心優しく接しますが、病気治療のためついに別れの日が・・。このクライマックシーンは何度見ても感動の嵐で涙々・・。子宝に恵まれていなかった三木巡査は秀夫を引き取りわが子のように可愛がり育てました。


  .......(左)秀夫が千代吉を追って来て抱擁号泣し別れを惜しんだプラットフォーム (右)レトロな改札口......
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秀夫は大きくなり音楽家の道を歩み有名な新進作曲家・和賀英良となり上流階級社会で栄光の躍進を遂げていきます。しかしある日突然、三木巡査が上京し英良に面会を求めてきました。実父がまだ生きていることを伝えるために・・。英良は自らの暗い過去を暴かれないためついに罪を犯すことに・・


   ........(左)「砂の器」ロケ地・記念碑  (右)゙:放浪の旅が描かれるシーンは涙線が・・......
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刑事2人は全国を廻り和賀英良(秀夫)の犯罪証拠を集め、ついに逮捕状を出す日が・・。犯罪動機と秀夫の宿命を語り始める今西刑事(丹波哲郎)。その同じ時刻には、和賀英良が「宿命」コンサートで栄光の舞台に立っていました。今西が解き明かした和賀の過去と三木巡査の愛情を裏切った罪が交響曲とともに語られていきます・・。コンサートを終え、称賛拍手の和賀のもとには逮捕状を持った刑事達が・・


    ........和賀英良が管弦楽コンサートで弾く「宿命」のピアノ、放浪の旅(回想)&別れの感動シーン.....
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最後に今西刑事はハンセン氏病棟で老いた秀夫の父親を訪ね、息子の写真を見せた時、「オラ、こんな奴は知らね~」と叫び号泣する父親(加藤嘉)の迫真演技シーン、涙が止まらぬ最大のクライマックス場面!美しい音楽と映像回想、最後の30分で波のように押し寄せる感動には胸が締め付けられます。この感動的な映画を初めて観てから30数年、いつか来たいと願っていた亀嵩駅と漸く対面できた・・


  .......(左)ここを訪れた多数の著名人(サイン色紙ズラリ!) (右)「亀嵩駅」で奥出雲蕎麦を味わう.....
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駅舎の中にはお蕎麦屋さん(亀嵩駅の手打ちそば)があります。ここを訪れた有名人のサイン色紙が壁に沢山飾られており、映画を観て感動した多くの人が当地に思いを寄せていることがよくわかります。奥出雲そばはコシが強くて絶品でした。蕎麦を食した後は「砂の器」記念碑と湯野神社に寄りました。


   ........記念碑の脇には「湯野神社」、 雨が降りそぼる濡れた鳥居には山陰の寂しさを感じた......
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夕方近くになって漸く雨は上がり、出雲の山々にかかる雲の風景が独特の雰囲気を醸し出しています。墨絵の様な奥出雲の景色を目に焼き付けながら、石見銀山方面へと車を走らせて行きました。


    .....(左)雨上がりの「奥出雲路」  (右)次は三瓶山方面を経由して世界遺産「石見銀山」へ......
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                                                          おわり

  by rollingwest | 2013-12-09 00:00 | 山陰・山陽の旅 | Comments(78)

<2013年11月>2012山陰山陽の旅⑤:「スサノオ・八岐大蛇伝説」の史蹟を訪ねて

★日本神話・最大のヒーロー「スサノオ伝説」の地へ


昨年11月に訪ねた山陰・山陽の旅から早くも1年が過ぎてしまいました。鳥取(米子・大山)・松江・出雲大社・稲佐の浜・日御碕と紹介しましたが、いよいよスサノオノミコト・八岐大蛇伝説の史蹟へ入ります。


   .....(左)日本神話の中で荒ぶる神の象徴「スサノオノミコト」 (右)映画「わんぱく王子の大蛇退治」.....
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                        山陰山陽の旅①:「鳥取風景~出雲・神話の里」 

小学生時代に見た映画「わんぱく王子の大蛇退治」(1963東映)は、スサノオノミコトや八岐大蛇の古事記伝説をスペクタクルに描いた長編大作でした。あの感動が忘れられず憧れの伝説地を遂にこの目で・・




★宍道湖・奥出雲周辺に点在する古事記神話史蹟


島根県はまさに日本神話の宝庫。昨年秋の山陰旅はレンタカーを駆使し昼食時間も惜しんで古事記史蹟を回りまくりましたが全てを訪問することはできませんでした。数が余りにも多すぎる上、遠隔地点在により移動が大変。レポート済み・未訪問地(ネット検索)も含めて古事記所縁の地をあらためてご紹介


 ......(左)宍道湖・奥出雲周辺は古事記伝説の神社が沢山 (右)須佐之男命を祀る「熊野大社」....
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熊野というと世界遺産に指定される和歌山の熊野本宮大社が有名ですが、そのルーツとも言える「熊野大社」は「出雲一の宮」(出雲大社と同格)で、火の発祥の神(スサノオと同一神)が祀られています。「出雲二ノ宮」は「佐太神社」(天孫降臨の案内役の猿田彦が主神)、神在月ではここも神々の集結地


 .....出雲二ノ宮の由緒ある「佐太神社」(猿田彦が主神)、神在月に全国八百万の神が集結.....
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スサノオノミコト(素戔嗚尊、須佐之男命)は父が伊邪那岐命(イザナギノミコト)、母が伊邪那美命(イザナミノミコト)、姉が天照大神(アマテラス)というエリート家系ながらも高天原では落ちこぼれの暴れん坊神でした。


  ......(左)「日本神話の系譜図」(複雑すぎて覚えきれない) (右)イザナギ・イザナミの国生み......
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その理由は父母の離婚にありました。伊邪那岐、伊邪那岐は天津神から命じられ力を合わせ日本の国造りに励み次々と神々を誕生させましたが、イザナミは火の神を生む際に火傷して亡くなってしまいました。妻の死を悲しんだイザナギは、黄泉の国(死後世界)を訪ね愛するイザナミに会いに行くことに・・


     ......(左)イザナミノミコトを祀る「神魂神社」 (右)本殿は日本最古の建築様式(国宝)......
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死んだイザナミは「生き返り地上界へ戻ることが可能か黄泉の神に相談するが絶対に覗かないで」と言い残し御殿に入ります。しかしいつまでも妻が現れず、痺れを切らしたイザナギは御殿に入りイザナミの腐り朽ち変わり果てた姿を目撃してしまうのです。「見たな~!」イザナミは大激怒しイザナミを追います。


   ......(左)黄泉の国(死者世界)との結界「黄泉比良坂」、イザナギはイザナに逢いに行くが・・......
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逃がれたイザナギは黄泉国と地上間を岩で塞ぎ、やむなく2人は絶縁、日本国を生んだ神夫妻の離婚場所こそ黄泉比良坂です。スサノオは母イザナミを慕い泣き暮らす毎日。さらに高天原で大暴れして姉アマテラスの逆鱗に触れてしまい、遂にスサノオは高天原から追放。アマテラスも天岩戸に隠れてしまいました。


 ......(左)日本初の離婚舞台となった黄泉比良坂の磐境(千引岩) (右)イザナミはもう2度と帰らず......
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 ......(左)高天原で大暴れしたスサノオはついに追放 (右)アマテラスは岩戸に隠れウズメノミコトが躍る......
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                               山陰山陽の旅②:「松江探訪」(宍道湖・松江城等) 





★いよいよ「八岐大蛇」伝説の地へ


  ......(左)天岩戸をこじ開ける手力雄神 (右)いよいよスサノオ「八岐大蛇」伝説の地へと向かう......
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高天原を追われたスサノオは奥出雲の斐伊川上流に聳える「船通山」(鳥髪山)に降り立ちます。川を遡ると一人の娘を囲み泣いている老父母を発見しました。その理由を聞くと「八岐大蛇が毎年襲って来て娘を次々に食べられ、今年は末娘の奇稲田姫(クシナダヒメ)の番を迎えて涙が止まらない」とのこと


  ......(左)スサノオが初めて地上に降り立った「船通山」(鳥髪山)、(右)山頂で行われる「宣揚祭」......
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スサノオは暫く考えて「この美しき娘を自分の妻として娶らさせて頂けるならば大蛇を退治してやろう。」と答えます。老夫婦(アシナヅチ、テナヅチ)はこれを快く受け入れて、スサノオに運命を預けることとしました。


    .....奥出雲の「八岐大蛇公園」には、キングギドラの様な龍(八岐大蛇)とスサノオの対決像が!......
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スサノオは稲田姫を避難させ、老夫婦に「垣根と8つの門を作り強い酒を置くように」と指示し準備万端、ついに八岐大蛇が凄まじい地響きを立ててやってきました。大蛇は壺を見つけ頭を入れてガブガブ酒を飲み干し、酔っ払って鼾をかき眠り始めたのです。その時、スサノオは剣を一挙に振りかざします!


       ......睨み合う対決の像、当日は雨に煙り独特な神話雰囲気が漂っていた!......
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        ......(左)八岐大蛇が住んでいたといわれる「天が淵」は紅葉が見頃だった......
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スサノオはついに大蛇の体を切り刻んで無事に退治を果たし尻尾からは剣が出てきました。これぞ三種の神器の一つ「天叢雲剣」(=草薙の剣)、日本神話の最大クライマックスの場面。奥出雲の八岐大蛇が住んでいたという「天が淵」に「蛇帯」と呼ばれる青と赤の筋石があり大蛇の足跡と伝えられます。


              .....スサノオが大蛇の首を埋めたと伝わる「八本杉」......
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   .....大蛇の尻尾から出た「天叢雲剣」(三種神器の一つ)は名古屋の熱田神宮に祀られる......
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奥出雲(雲南市)には大蛇伝説史蹟が幾つか点在していますが、ここまで訪ね来る観光客は殆どいないのか観光案内版が整備されておらずカーナビと地元の人に道を聞きながら何とか廻りました。時間がなくて訪問できなかった場所(上下のネット写真SPOT等)も沢山あり、奥出雲は懐が深すぎて困る・・。


 ......(左)奥出雲おろちループ (中)鬼の舌震の紅葉、探勝コース看板 (左)貴布禰稲荷両神社......
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八岐大蛇とは、斐伊川の氾濫(荒れ狂う暴れ川が八頭大蛇で表現)の姿とも云われ、スサノオとは治水技術を駆使した英雄が突然現れた伝説だったのかもしれません。妻に娶った「稲田姫」は潅水整備され水稲栽培確立の象徴とも云われます。そして子孫の大国主が豊作を続け大繁栄させたのでは・・


  .......氾濫で人々を苦しめてきた「斐伊川」、八岐大蛇伝説は治水・稲作技術の象徴とも・・......
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    .....小学生の時に見た東映映画「わんぱく王子の大蛇退治」は今も深く心に残っている......
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                      山陰山陽の旅③:60年ぶりの大遷宮を迎える「出雲大社」 







★スサノオ&稲田姫(円満夫婦)を祀る数々の神社


   .....(左)須佐之男命を祀った「須佐神社」 (右)出雲国風土記にも記された歴史深いお宮......
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出雲大社の南に須佐之男命を祀った「須佐神社」があります。やや地味な鳥居ですが、参道を進み神門をくぐると正面に立派な拝殿が現れてきます。出雲国風土記にも記された由緒ある歴史深い神社


       ......(左)黄葉が色づく境内  (右)大蛇退治を終え、身を清めた「スサノオの塩井」......
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当神社境内には七不思議がありその一つが「塩井戸」、日本海満潮時に附近の地面に潮の花が吹くらしい。須佐之男命が自ら潮を汲み当地を清め自らの御魂を鎮め置いた霊跡神社であったとのこと。
後方奥に鎮座する本殿は大社では威厳と風格に満ち溢れています。やはり出雲の社は凄いなア・・!


  .........(左)須佐神社の大杉は物凄い生命力を感じた (右)うねる大杉根元は八岐大蛇の如し......
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   .......本殿は檜皮葺の大社造、威厳に満ちた社を仰ぐことができ出雲にいることを実感!.......
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出雲にはスサノオに助けられて妻となった稲田姫(クシナダヒメ)が祀られる「稲田神社」がありました。この場所が稲作発祥地とされ、氾濫川を統治する技術が生まれ弥生時代の豊作に繋がった原点かも!


  ....稲田姫(クシナダヒメ)が祀られる「稲田神社」、氾濫川が統められた後の稲作発祥地とされる.....
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2人は須我という地に新居を求め、スサノオは空に美しい雲が立ち上がるのを見て「八雲立つ出雲八重垣、妻籠めに八重垣造るその八重垣を」と歌を詠みました。三十一文字の和歌発祥地、さらにこの歌が出雲の国名の起源となりました。古事記・日本書紀に書かれた日本初之宮が須我神社なのです。


   ....(左)須佐之男命が稲田姫を娶り、日本初の和歌を詠んだ「須我神社」 (右)スサノオの歌碑.....
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2人が新居を構えた場所が今は縁結び神社として女性に大人気の「八重垣神社」。宝物殿には2人の姿を描いた壁画があり、神社の障壁画としては日本最古といわれています。社殿後方には「奥の院」が鎮座し、「鏡の池」と呼ばれる神池や「夫婦杉」と呼ばれる2本の大杉、「連理の椿」があります。


    .....(左)「八重垣神社」縁結び神社として大人気 (右)ここに日本最古の神社障壁画が存在.....
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「鏡池」は稲田姫が八岐大蛇から身を隠した間、鏡代わりに姿を映したと伝えられる池でコインでの良縁占いが大人気。薄い半紙の中央にコインを乗せて池に浮かべお告げ文字が浮き出る手法、遠くへ流れていけば遠方の人と縁あり、早く沈めば早く結婚できるらしい。池の周りではキャ~と黄色い声が!;


   ......八重垣神社「縁結びの鏡池」では、硬貨の婚活占い・祈願をする女性達で賑わう......
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    ......八重垣神社の境内にスサノオとクシナダヒメの縁結び障壁画がある。(クローズアップ)......
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日本で初めて結婚式が行われた所でもあり「古代結婚発祥地」の案内も堂々聳えています。神社には愛の象徴と言われる夫婦椿も存在し一層箔を着けている。出雲という地は神在月の結び縁会議だけでなく、夫婦の由来でも日本初のパワースポットが幾つもあるのか!縁結びの奥が深いネ~出雲は!


   ......古代結婚式発祥の地の立札もある八重垣神社。出雲は縁結びSPOTの宝庫......
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波乱万丈なるスサノオノミコトの生涯・・、天上界から地上界に転落した荒らぶるワガママ神でしたが、最後は良き伴侶を迎えて素晴らしき一生を全うして何より・・。やはり「終わりよければ全てよし」がいいネ~!

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                 <山陰山陽の旅④:「出雲大社&伊勢神宮」(日本神話に潜む謎の関係)
                  



                                                         おわり

  by rollingwest | 2013-10-22 00:00 | 山陰・山陽の旅 | Comments(74)

<2013年10月>2012山陰山陽の旅④:「出雲大社&伊勢神宮」(日本神話に潜む謎の関係)

                          山陰山陽(その1):「鳥取風景~出雲・神話の里」


★久しぶりに出雲の旅記事レポート

昨年11月に訪問した「山陰・山陽の旅」は今年1~3月でシリーズ3編をレポートして以来、すっかり御無沙汰状態。今年5月、出雲大社が60年ぶりの遷座祭を無事終えて大国主大神が本殿に再鎮座。
今度は伊勢神宮が10月に20年ぶりの式年遷宮を迎えることから第4編記事を紹介します。


   ......(左)昨年11月に訪ねた「出雲大社」の拝殿 (右)今年5月、改修が完成した大社本殿....
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   .....5月は出雲大社「本宮遷座祭」、大国主命が無事に仮殿から本殿へと引っ越された....
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伊勢神宮遷座の制度は約1300年前に天武天皇発意を起源とし690年持統天皇のもとで第1回目が斎行されました。戦国時代に一時中断があったものの、現代まで連綿と継続され10月に第62回式年遷宮(2日内宮、5日外宮)が行われます。20年ぶりに「唯一神明造り」の神殿が再び生まれ変わる!

                                      伊勢神宮(2010年訪問)

       ......伊勢神宮では20年ぶりの遷宮がいよいよ10月初めに執り行われる....
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20年に一度の意義は何でしょう。人生では1つの区切り、神宮神殿は常に新しく変わらぬ姿を求め造り替えることにより永遠を継承します。神殿造営の技術伝承、神宮の崇敬・威厳を継続で保っていくためには丁度いい間隔なのかもしれません。そして伊勢神宮と出雲大社には深い因縁があるのです。

                         山陰山陽(その3):「出雲大社・60年ぶり大遷宮」
 




★「出雲の阿国」(歌舞伎創始者)&「神々の縁結び会議」神社を訪問


さて出雲大社の参拝(上記・その3参照)を終え、次は「神在月」(旧暦10月)に全国の八百万の神々が出雲の国に上陸する「稲佐の浜」へと向かいますが、その途中に幾つかの見所がありました。


      ......スサノオが祀られる「素盞社」や大注連縄「神楽殿」を参拝し出雲大社を後にする ....
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出雲大社から稲佐の浜に向かう途中左手に歌舞伎創始者とされる女性「出雲阿国」(izumo・okuni)の墓がヒッソリと佇んでいます。彼女は、安土桃山時代の芸能者(白拍子)で「ややこ踊り」を基にしてかぶき踊りを創始した事で知られ、この踊りが様々な変遷を得て現在の歌舞伎み繋がっています。


   ......「出雲阿国」の墓、彼女が京都四条河原で演じたかぶき踊りが歌舞伎のルーツ....
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元々彼女は出雲大社に仕えた巫女だったらしい。紆余曲折の末に大道ピン芸人としてドロップアウトしてしまったのかも・・。しかし見世物踊りが今や歌舞伎となり世界無形文化遺産として大繁栄しているとは・・。阿国様も今年4月、東銀座にリニューアルオープンした歌舞伎座を見たらビックリ仰天することでしょう。


 .....(左)江戸時代の歌舞伎繁栄図 (右)今年リニューアルの歌舞伎座、団十郎・勘三郎は無念でした....
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稲佐の浜に向かう途中には奉納山公園が現れます。ここに鎮座するのは「荒神社」と「上の宮」。神在月(旧暦10月)は日本全国の八百万の神々が出雲に参集し、7日間に渡って縁結び会議が行なわれます。神々は出雲大社境内の十九社で宿泊し、この「上の宮」内に神々の会議室があるのです。


    ......(左)神々の縁結び会議は「上の宮」で開催 (下)出雲大社の境外摂社「荒神社」....
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神在月(出雲以外は神が留守で神無月)になると全国の神々は稲佐の浜に上陸し出雲に集結します。この時に「神迎祭」なる神事(今年は11月12~19日開催)が行われ、夕刻、浜で御神火が焚かれ、注連縄が張り巡らされた斎場内に神籬が置かれ、龍蛇神(セグロウミヘビ)が神々の先導役を担います。


       ......今年は11月12日から行われる「神在祭」。全国八百万の神々が出雲に集結....
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因みにセグロウミヘビとは対馬海流に乗って石見・出雲に旧暦10月に北上してくる猛毒の海蛇で、出雲(海人族)では「龍蛇神」として崇められており、出雲大社や大神神社(大和)の御神体となっています。
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★日本神話「国譲りの舞台」となった「稲佐の浜」に立つ


そして遂に憧れの「稲佐の浜」に降り立ちました。何と感動的な光景・・!遠浅の浜に連続波が次々に寄せる水平線上には石見の山々、秋の青空には雲が輝きその合間から何筋もの光が海面に降臨している。波打ち際には神々しい屏風岩が鎮座。まさに八百万の神々が上陸する浜に相応しい・・。


   ......「稲佐の浜」へ!次々押し寄せる波、遥か彼方に三瓶山や石見の山々、威厳の屏風岩....
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出雲大社参道脇には、幸魂・奇魂を大波とともに迎え入れる大国主像がありましたが、稲佐の浜での儀式だったのでしょう。この地には正に大国主が築き上げた偉大なる出雲の繁栄があったはず。


    ......(左)大国主は海から幸魂・奇魂を迎え入れた (右)神々の会議場所「上の宮」....
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ここは古事記・日本書紀にも語られる「国譲り神話」の舞台でもあります。当時、出雲の大国主は「葦原中ツ国」(日本の昔の呼び名)の国造りに励み「偉大な国の主」と呼ばれていました。そこに天照大神が率いる高天原族が大国主に国の支配権を譲るように迫りついに承諾させたという有名な神話


      ......神降り立つ「稲佐の浜」はまさに眺望が開けた大絶景!特別なオーラを感じる....
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高天原では天照大神が強い嫉妬心に駆られていました。「ムカツク~!私の弟だけどデキの悪い暴れん坊【スサノオ】の子孫(大国主)が、何で瑞穂国(日本)を治めて偉そうな顔をしているの?我々の威厳を見せるために出雲を脅して支配下に入るように折衝してらっしゃい!」と強烈な指令が下りました。


      ......天照大神が出雲に迫った「国譲り神話」(古事記)、実は大和政権の動きに重なる....
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最初は天穂日命、次に天稚彦が国譲りの交渉役に遣わされますが、両者とも大国主に懐柔され高天原に帰って来ない。激怒した天照大神は武甕槌神(鹿島神宮の軍神)と経津主神(香取神宮の軍神)を派遣して、稲佐の浜に剣を突き立てて国譲りを迫る(軍事力で圧倒)という強硬策を取りました。


    ......天照大神は鹿島神宮(左)の軍神「建御雷神」を派遣し、出雲に軍事圧力をかけた.....
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                                「鹿島神宮・香取神宮」(2010年秋訪問) 


大国主は抵抗しても勝てないと判断し、息子二人に意見を求めます。長男・事代主神は国譲りに承諾しますが、次男・健御名方神は猛反対し武甕槌神と力競べで雌雄を決することに・・。完膚なく敗退した健御名方神は、今後蟄居しますと平伏謝罪し諏訪に敗走。今は諏訪大社の神様となっています。


  ......(左・中)次男「建御名方神」は最後まで抵抗したが敗れて諏訪に逃げる (右)手締めの図....
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古事記では国譲り決着で事代主神が柏手を打って承知したという記述があります。手を打つ(妥協・決着)というこの動作が、一件落着・手締めのルーツとなっているのです。この決着にあたり、大国主は天照大神に対し「天にも届くような大神殿を出雲に建ててくれるならば国を譲ろう」と了承しています。


     ......かつて出雲には天にも届くような大神殿があったと伝承される。その真実は・・?....
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本当にこんな円満な話だったのでしょうか?高天原・天照大神とは大和朝廷(現・天皇家祖先)であり、大国主(出雲で繁栄を極めた地元豪族)を武力制圧し軍門に下らせ領地を強奪したと推定されます。史実を神話として美化したに違いない・・。列島の支配者としては最初に出雲族が存在し、国内に大勢力を持っていた出雲文化圏を大和政権が軍事で征服し抹殺したのではないかと考えられます。


 ....大神神社(大和)から見ると、伊勢神宮(天照大神)は日の出、出雲大社(大国主)は日の入り....
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大国主は天照大神に対して、国譲りに譲歩する条件として出雲大神殿建築の他に「現世の政事は皇孫に任せるので、私は幽界で神事を治めることにしよう」と和解していますが、ここに日本神話の捏造がありそう・・。祟神天皇時代まで大和・大神神社では、天照大神と大国主(大物主)が一緒に祀られていましたが天災疫病が次々発生。天照大神は「こんな所にいたくない!新神宮を探せ」と命じます。


  ....「大神神社」(大和)にも大国主と龍蛇神が祀られる。伊勢遷宮理由は国譲りの恨み祟りが・・....
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2つの神を別々に祀るため巫女らは数々の地をリサーチします。垂仁天皇時代に倭姫命が遂に伊勢に辿り着き、太陽の光に満ち溢れ海産物も豊富な伊勢への遷宮を提案。天照大神は当地を大いに気に入り伊勢神宮が建てられたという訳です。しかしこの裏には国譲りに対する出雲族の祟りで大和政権は畏れ慄き、天照大神を伊勢に逃して出雲には大神殿を造営して祈ったことが真相と思えます。


   .....天照大神の使者「天穂日命」は出雲に懐柔されミイラ取りがミイラに・・。出雲国造家の祖に....
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出雲大社宮司は天穂日命(国譲りで高天原から交渉役派遣されたのに大国主命に心服)を祖とする出雲国造家のみが祭祀を担うことが許され、現在も皇室すら本殿内に入れぬ掟を守り続けています。実は、国譲りの祟りを呼んでしまった出雲豪族・地方神に対し天皇家の畏れ・遠慮があるのでは・・?


     ......武御雷神vs大国主・事代主神が国譲り交渉し妥結の手締めをした場所「屏風岩」....
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円満な国譲り・手締め神話の裏に、実はドロドロした豪族同士の抗争や祟り等の史実がありそうです。しかし今では「幽界神事を司る=人の縁を決める」と理解され、出雲大社が女性に人気が高い「縁結びの神様」として明るいイメージで復活しているのは何よりなこと。大国主もさぞ御喜びのことでしょう。


         ......稲佐の浜を後にして海岸道路を北上。いよいよ日御碕へ....
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★国引き神話、日没の神「日御碕神社」、日本海に沈む夕日絶景


もう夕暮れが近い・・。稲佐の浜を後にして目指すは本日最後の訪問地「日御碕」、ここに拘ったのも日本神話の主役「アマテラス&スサノオ」が祀られているパワースポットだからです。海岸道路を北上して行くと途中に日本海が俯瞰できる展望台があります。対岸には石見銀山(世界遺産)など島根の山々が!


     ......(左) 稲佐の浜・日御碕の地図 (右)石見銀山など島根の山々を日本海越しに見る....
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日本200名山「三瓶山」も海上に聳えている!「出雲国風土記」には国引き神話が記されており、ヤツカミズオミツノミコトが大山・三瓶山を杭代わりに綱をかけ、離島だった国を引き寄せ出雲国の面積を広げたと云います。国引きで継ぎ足された所は島根半島の付け根部分・・。だから島の根と呼ぶのか・・!


  ......国引き神話の綱杭となった「三瓶山」(sanpesan)、山を杭にして島根半島を綱で引き寄せた....
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出雲の最北・島根半島は東西に長く伸びており、西端に「日御碕」(hinomisaki)があり「日御碕神社」が祀られています。日御碕は別名「日沈宮(hisizonomiya)とも呼ばれ、古来から夕陽に餞の祈りを行う所でした。ここに天照大神が祀られているのも興味深い。Sunriseのイメージが強いがSunsetも・・


      ......(左)夕日に浮かぶ日御碕神社の外鳥居 (右)「日御碕神社」の楼門(優美)....
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小さな海辺町に立派な「日御碕神社」が見えてきました。神門を潜ると正面に朱色の拝殿「日沈宮」(天照大神が鎮座)、右手高台にはもう一つの拝殿「神の宮」(素盞嶋尊・スサノオノミコト)が日沈宮を見下ろすように祀られています。姉弟とはいえ性格の合わない2つの神が一緒に鎮座するケースは珍しい。


     ......(左)上の宮にスサノオが祀られ、(右)下の宮(日沈宮とも呼ぶ)にアマテラスが!主従逆転....
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規模は圧倒的に日没の宮が大きいものの、高さは神の宮に軍配。出雲では本来スサノオが優位ですが天照大神と両方に敬意を払っているのでしょう。お宮を出て漁港の方へ歩き進むと堤防前に巨大な岩礁島「経島」が見えてきました。この上には鳥居があり、かつてはここが日没の宮だったそうな・・


    ......(左) 夕日で輝く日御碕漁港 (右)経島(fumisima)の鳥居、8月に夕日祭りが開催....
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日の出(東)伊勢神宮が「日本の昼を守る」のに対し、日没(西)の日御碕神社は「日本の夜を守れ」との勅命を受けた神社、山陰の地名にしても、出雲は「夜を司る」という闇のイメージが・・。やはり封印された出雲の祟りを恐れた大和政権が当地をしっかり祈り上げておく必要があったのかもしれない。


       ......(左)上の宮から下の宮(日沈宮)を俯瞰 (右) 夕暮れに映える日御碕神社.....
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島根半島・最西端の断崖に聳える「日御碕灯台」は明治36年に設置され、高さは44m海面から灯塔上までは63mと日本一の高さを誇ります。その光は40km沖合まで達し、百歳を越えた今なお現役で海の安全を守っています。外壁は美しい石造り・内壁は煉瓦造りで施された特殊な二重構造らしい。


       ......白亜の「日御碕灯台」(世界の歴史的灯台百選)が夕日を浴びて浮かびあがる....
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丁度いい時刻に日の沈む西端岬に到着することができた!こうなったら天照大神様(太陽)が今日一日のお役目を無事終えSUNSETして、闇夜世界を支配する大国主様に任務をバトンタッチする瞬間までをシカと見届けようではないか!流紋岩で構成される隆起地形(海食台)には夕暮れの波音が響く・・


               ......日本海夕日に映える岩礁海岸、岩に砕ける波の音....
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海上には岩礁小島が点在し柱状節理や洞穴が見られますが、海底の大岩には何と人工的に彫られた階段・参道・祭祀跡があるらしい。これは沖縄県の世界遺産「斎場御嶽」に似ていると云われます。
ラブラブカップルを羨ましく横目に見つつ、中年オヤジRWは美しい日本海サンセットを一人で見届けました。


             ......(左)感動的な夕日を眺めるカップル (右)静けさの余韻が広がる....
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さていよいよ10月に伊勢神宮の式年遷宮が行われますが、出雲大社60年遷座祭(5月)も同じ年に重なったという奇遇には、やはり伊勢・出雲の切っても切れぬ深い因縁が潜んでいると感じました。


   ......伊勢神宮の新しい正殿完成!お披露目でお白石持ち行事も完了し、いよいよ遷宮へ!...
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日本神話の裏には一体どんな謎が隠されているのか・・と興味は深まるばかり。でも簡単に史実は明かされず、あれやこれやと想像しロマンが掻き立てられている状態が一番楽しいのかもしれません。


      ......(左)出雲・稲佐の浜では11月に神迎神事を迎える (右) 夕暮れの出雲大社鳥居....
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                                                       おわり

  by rollingwest | 2013-09-28 16:10 | 山陰・山陽の旅 | Comments(70)

<2013年3月>2012山陰山陽の旅③:60年ぶりの大遷宮を迎える「出雲大社」

★いよいよ「出雲大社」レポートに突入!

神々の国、出雲。その信仰の象徴である出雲大社には2千年の歴史を持つ威容を誇る神殿が厳かに立っています。2012年秋、長らく憧れていた古代神話大社とついに対面することができました。


   .......2012年11月、縁結びの神様で名高い「出雲大社」とご対面・・、夢実現!......
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出雲大社創建が一体いつなのかは今も不明ですが、壮大な日本神話世界に登場する古代の社。日本の国が成立過程の中で、数々の争いが繰り広げられ悲劇の歴史が隠されていることは想像に難くありません。八雲山を背にした神域・森には厳粛な空気が流れ、緊張感が漂っていました。


     ........(左)巨大な日の丸国旗がたなびく (右)巨大な注連縄が有名な神楽殿......
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★昔の玄関口・「旧JR大社駅」


まず、かつて出雲大社の表玄関口「旧JR大社駅」を訪ねてみよう。明治45年に出雲市~大社間で開業以来、平成2年廃駅となるまで親しまれてきた駅舎は格調ある純日本風・木造建築です。


     ........「旧JR大社駅」を訪問、かつては当駅が参詣玄関口......
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出雲大社や門前町へ多くの参詣者をかつて迎えた威厳の駅舎は、大正浪漫の建築美と格調に満ち溢れ、平成16年(2004)国の重要文化財に指定、「日本の建築200選」にも選ばれています。


       ........(左)神社建築様式のレトロな外観 (右)構内も木造り駅舎で素晴らしい!......
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全国でも珍しい神社様式を取り入れた旧大社駅舎の中に入ると、高く設計された天井からは大正風の灯篭型の和風シャンデリアが玄関を含めて30個備え付けてあります。実に威厳溢れるネ~!


   ........(左)威厳ある駅舎内部、天井が高い! (右)懐かしい木枠・改札口&プラットフォーム......
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出雲大社の大祭に遣わされる皇室の勅使をもてなすための貴賓室や駅名標・大社大鳥居が見えるホームが当時のまま残されます。旧事務室は大正ロマン溢れる喫茶店となっており、駅線路側に出てみると山陰線を走り続けた蒸気機関車D51が昔の雄姿を誇っている!実に見応えある駅。


          ........(左)大社駅にはSLが鎮座  (右)レトロな木造駅舎(駅長事務室)......
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           ........「出雲大社駅」の全景、神社様式駅舎はまるで歌舞伎座!......
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いよいよ出雲大社へ!車を走らせていくと神門通りの入り口に高さ23Mを誇る大鳥居が見えて来たゾ!大正4年建立・日本初のコンクリート製の鳥居であり、建築当時は日本一の高さを誇りました。神門通り途中には現在の参拝玄関口「出雲大社前」駅、モダンな形をした駅舎が右手に確認できる。



   .......かつて日本一の高さを誇った大鳥居が一番目出現、車で通過......
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         ........(左)大鳥居クローズアップ  (右)現在のJR玄関は「出雲大社前」駅.......
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★出雲大社の参道から、ついに境内へ!


街並を過ぎると、出雲大社の石柱と2つ目の木製の「勢溜(seidamari)鳥居」が出現。祓橋を越えると3つ目の鳥居があり、ここからは松並木参拝道。中央の参道は神の道であり皇族以外は歩行禁止となっており、一般の方は両脇道を通ります。松の参道を抜けるとお清めの手水舎がありました。


    ........(左)「勢溜りの鳥居」(木造) (右)中央は神が歩く参道、一般参詣者はご法度......
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手水舎前には、主祭神「大国主」が海から現れた「幸魂・奇魂」を崇め迎えた姿「ムスビの御神像」が雄々しく鎮座している。「大国主」(オオクニヌシノミコト)とは一体何の神様なのだろう?一般的には「大黒様」の名前が有名ですが、日本書紀では「素戔嗚尊」(スサノオノミコト)の息子、「古事記」では数代後の子孫とされ、その他にも実に数多くの名前を持っている掴みどころのない謎の神様なのです。


    ........(左)「ムスビの御神像」、幸魂(サキミタマ)・奇魂(クシミタマ」を出迎える「大国主像」.......
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「大己貴神」(オオナムチ)という名で、少彦名命(一寸法師のモデル)と力を合わせて国造りを成し遂げ「大国主神」の名を授かります。他にも「葦原色許男神」(アシハラシオノカミ)「八千矛神」(ヤチホコノカミ)の名もあり、国造り・縁結びの神、農業神、商業神、医療神等にご利益ある神として信仰されています。


   ........因幡の白兎伝説で有名な「大国主」は色々な名前を持つ神様(大黒様でもある).......
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極めつけは「日本書紀」で登場する「大物主神」(オオモノヌシノカミ)。祟り神としても恐れられ、日本最古の「大神神社」に鎮座。「幸魂(サキミタマ)奇魂(クシミタマ)」が大和の三輪山に自分を祀れと大国主に指示し、「大神(oomiwa)神社」の「大物主」となりました。「伊勢神宮」の起源にも深い関係が・・。(後述)


        .......4つ目は銅製鳥居、重要文化財(毛利氏寄進)、境内は広いネ~!......
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いよいよ出雲大社境内へ!重厚なる「御仮殿」が出現!本殿は大遷宮前で檜皮葺・大屋根の葺替え中であり、仮殿参拝となっていました。本殿からの一時移転時は2008年遷座祭が行われました。


       ........大国主が一時鎮座していた「御仮殿」、2008年仮殿移転の遷座祭......
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本殿は延享の造営(1744)で建立された大社造神殿(国宝指定)。神社建築の中では日本一を誇り、高さは約24m、厚い桧皮葺きの屋根の棟の上には長さ7.9mの二組の千木が交差しています。今回、「本殿」を実際に見ることができなかったのは残念でしたが、遷宮後にいつかまた来てみたいネ~!


       ........60年ぶりの大遷宮を迎え修復中の「出雲大社本殿」(ネット写真拝借).....
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           ........(左)国宝指定の本殿 (右)御簾越しに祈る神職の後ろ姿......
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旧暦10月は日本全国の八百万の神が出雲に出張不在となるので「神無月」と呼びますが、出雲では逆に神様が集結するので「神在月」と呼ばれ、男女の縁結びなどの会議が行われます。八百万の神々は本殿両脇にある東西の十九社(苔むした摂社)を宿泊所として出雲で一週間過ごします。


    ........(左)大木に結ばれた縁結びおみくじ  (右)八百万の神が宿泊する「十九社」......
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★国譲りをやむなく受け入れた出雲の祟り、天皇家・伊勢神宮との由来


今年は日本を代表する2大神社(出雲大社&伊勢神宮)がともに遷宮を迎える記念すべき年です。
出雲大社が60年ぶりの大遷宮(修復)、伊勢神宮は平成初の遷宮(20年移転)。両社は記紀神話・大和政権の隆盛・天皇家との関わりの側面から非常に深い関係性と謎を持ち合っているのです。


     ........今年は60年ぶりの大社遷宮、奇しくも伊勢神宮20年遷宮年とも重なる.......
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伊勢神宮には「天照大神」(天皇家祖先)が祀られますが創建ルーツは、出雲大社を祀る「大物主」(大国主)と間に深い因縁を持っていました。関連本が大好きで何冊も読んだ蘊蓄を語りま~す(笑)


   ........(左)かつて高さ48mの威容を誇った出雲・巨大神殿 (右)神殿を支えた宇豆柱......
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「古事記」によれば「大国主」(オオクニヌシノミコト)が「天照大神」(アマテラスオオミカミ)から国譲り(最後は天孫族に屈伏し国の支配権を渡す)を迫られた際に、「自分を祀る巨大神殿を建ててくれるならば国を献上しよう。自分は隠れて幽界の世界に隠れていよう」と条件を提示して巨大神殿が創建されました。


     ........ 2012年秋、国立東京博物館に出雲展を鑑賞(巨大神殿の模型)......
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昨年秋、この謎に迫る「出雲~聖地の至宝展」を鑑賞、巨大神殿の再現姿に対面しました。10世紀の「出雲大社」は高さ48mの壮大なる社殿、正に天に届くが如く「杵築大神殿」が聳えていたとの神話があります。それは長らく作り話と信じられていましたが、2000年に出雲大社境内から「宇豆柱」(uzubashira)という直径1mの3柱束遺跡が境内から多く出土し、神殿の実在が証明されたのです。


       ........境内にマークされた幾何学模様は、出雲大神殿の心柱(宇豆柱)の跡......
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平安時代の編纂書に「雲太・和ニ・京三」の記述があり、出雲大社が日本一、2番が大和・東大寺大仏殿、3番が京都御所・大極殿と言い表したもので当時出雲神殿がいかに巨大な建物だったかを物語っています。何故、かくなる巨大神殿が建築されたのでしょう?それは国譲り伝説に由来します。


     ........(左)宇豆柱の境内配置図 (中)雲太・和二・京三、当時は日本一の建造物......
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出雲の神々とは地元の有力豪族の数々だったのではないかと思われます。縄文時代から弥生時代にかけ、海面の後退に合わせ徐々に湿地エリアが広がり始め「葦原の中津国」と呼ばれる国土が拡大。出雲にスサノオノミコトが舞い降り、その子孫であり国土開発を進めた英雄が「大国主」なのです。



         ........出雲大社境内図、日本古代史で出雲大社には深く隠された謎が・・。......
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しかしこれに目をつけたのが渡来系「天孫族」(天皇家の祖先)。「天照大神の思し召し」と称して「我々に肥沃なる農耕地を譲れ!」と迫ってきたのです。圧倒的な軍事力で「天孫降臨の神の意志に従え!」と脅しをかけられ、出雲はついに天孫族に屈伏せざるを得ず、国の支配権を譲りました。



     ........「国譲り対決」(建御雷神と建御名方)の戦い、負けた建御名方は諏訪敗走......       
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しかし国譲りと引き換えに巨大神殿を建立した理由背景は、天皇家(大和朝廷)が出雲に対して後ろめたさがあり、恨み・祟りを恐れた故と云われます。出雲に国譲りを迫り屈服させた天孫族に対して恐ろしい祟りを与えた「大物主」、天皇家は出雲に対し今も近づき難い畏怖感を持っているのです。



      ........(左)出雲大社の龍蛇神図 (右)「大物主」は天皇家の守り神・祟り神だった......
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「大神神社」(オオミワジンジャ:奈良県桜井市)は日本最古の神社、日本神話に記される創建由緒は「大物主」に深い関係があります。第10代崇神天皇の時代、国内に恐ろしい疫病が流行りました。


      ........強力な祟り神「大物主」は大和三輪山「大神神社」に祀られる(蛇神鎮座)......
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                               「大神神社」(三輪山・山ノ辺の道)記事はコチラから

憂い嘆く崇神天皇の夢に大物主が現れ、「大田田根子なる者を見つけ私を三輪山に祀れば疫病は鎮まる」と告げました。これは「出雲の祟り」に違いないと信じ、お告げ通り大物主を大神神社として祀らせたところ疫病は収まり国に平和が戻りました。これ以降、大物主神は皇室の守神となります。


    .......大神神社(大和)から、日の出は伊勢、日没は出雲、3パワースポットが線で結ばれる.....
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「天照大神」は「大物主」と皇室の中で一緒に祀られていましたが、お互いに霊力パワーが強すぎて合わなかったのでしょう。「天照大神」は一緒に大和で祀られることを嫌い、自分に相応しい鎮座地の選定を巫女に命じました。指示を受けた倭姫命は大和から旅立ち数々の地をリサーチに!


     .......天照大神が伊勢遷宮を望んだのは、出雲神「大物主」から逃れたかったため......
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ついに海山の幸に恵まれた豊穣地「伊勢の国」へと辿り着き、伊勢への遷宮が決まったのです。出雲大社と伊勢神宮を結ぶと丁度真ん中に大神神社(大和)があり、日の出・日の入りラインで結ばれること(上記地図)に気づかされます。今年は同時遷宮でもあり、深い縁で繋がっている大社と神宮

                                「伊勢神宮の起源」をレポートした記事はコチラから 





★縁結びの神「出雲大社」をあとにして


「モノ」とは古代より荒ぶる祟り神や鬼神、「オオモノ」とはその中でも最大の祟り神を意味します。神には、「荒魂」(aratama:神が祟る恐ろしい魂)と「和魂」(nigitama:神の優しく平和な魂)と2つの側面を持ち合わせ、天皇家も恐れる「出雲の神」(大物主)は「幽世の祭神」&「神事の主催神」だったのです。


    ........(左)神在月(10月)の全国の神々を迎える祭り (右)神々による縁結びの会議......
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出雲大社は男女の縁・人間の運命・幽界に至るまで全てを統率する大神であり、縁結びの神と称えられる由縁ここにあり。出雲の旅では、確かに縁結びを求める女性観光客が多かった印象が・・


                .......「神楽殿」の中で一人で祈る女性(良縁へのお願い?)......
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出雲大社境内を西門から出て川を渡ったところに神楽殿があります。明治12年出雲大社教が組織化された当時、教化のために大国主大神を本殿とは別に祀ったことに由来します。大広間は270畳敷の広さをほこり、神社建築には珍しく、正面破風の装飾にステンドグラスが使われていました。



        .......本殿前から「神楽殿」へと渡り、社殿前に飾られる巨大・注連縄......
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神楽殿に掛かる巨大・注連縄(simenawa)は長さ13.5m、重さ4.4t、「国引き神話」の出雲を象徴するようだ。出雲大社の拝礼方法は「二礼・四拍手・一礼」(通常・二拍手)、神全体を取り纏める格式の高さ


       ........(左)神楽殿脇の水連池  (右)縁結びを祈る女性を横からガラス越しに撮影......
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出雲大社の強力な霊験と深い歴史を知り、壮大な神楽殿を後にして大社にお別れをします。やはりここは日本最大級のパワースポットでした!実に感動、日本のルーツの出雲は大きな祟り神だったと理解した次第。次は国譲り舞台となった「稲佐の浜」&日没出雲の象徴スポット「日御碕」へと向おう。


           ........壮大な神楽殿を後にして、次は国譲り舞台となった稲佐浜へ......
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                ........(左)出雲大社周辺図  (右)夕暮れの大社も荘厳......
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                                                         おわり

  by rollingwest | 2013-03-22 00:00 | 山陰・山陽の旅 | Comments(72)

<2013年1月>2012山陰山陽の旅①:「鳥取風景~出雲・神話の里」


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2012年秋、「山陰・山陽の旅」へ・・!今年60年遷宮を迎える「出雲大社」、古事記の史蹟・神社、世界遺産「石見銀山」・宮島「厳島神社」・岩国「錦帯橋」と廻ってきました。レポート記事をスタートします。


                   「出雲展鑑賞&「出雲大社探訪旅へのプロローグ」の記事はコチラから



                                      

★品川から夜行バスで鳥取県米子へ


昨年、憧れの出雲大社や古事記ルーツを訪ねましょうとマツ殿から提案を受けて、2012年11月中旬に山陰山陽の巡り旅を計画してきました。土壇場で母上が倒れてマツ殿は参加断念、しかしレンタカーや宿手配は済ませたので、一人旅で行こうと決意。品川から夜行バスで鳥取米子へと向かいました。


     ........(左)夜行バスに乗るために品川駅到着  (右)京急夜行バスでいざ出発!........
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         ........東京から夜行バスで鳥取県米子駅へ、結構よく眠れました。.......
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東京~米子の距離は740km、10時間半の夜行バス旅。黎明の山陰は雨が上がったばかり、独特な雰囲気の山風景が広がっていました。米子駅に朝7時前到着、レンタカーをチャーターしていざ出発!


      .......(左)朝6時頃、雨に煙る鳥取の山々 (右)神々の里・山陰周遊の旅へ!......
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              .......米子到着、レンタカーを借りて出発!今回の辿った山陰コース.......
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★米子城跡、中海から見た朝の山陰風景


まずは米子城跡に登ってみよう!山陰初の近世建築で西伯耆の拠点だった城郭は、かつて天守閣を有した湊山(標高90m)、隣接の2つの山に囲まれ、正面は中海、正に天然要衝地。城山を内堀で囲み外郭に武家屋敷を配して外堀を巡らせるという典型的な平山城の特色を備えていたそうです。


         ........(左)米子城跡の入口(石垣が立派) (右) 旧・小原家長屋門.......
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      ........入り組んだ中海の風景、遠く右には美保関や境港エリアも見えている!.......
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天主など建物は現存しませんが、石垣・礎石は城郭の形を留め、当時の構造をよく知ることができる国指定の史蹟城です。一帯は「湊山公園」となっており、頂上からは伯耆大山・日本海・島根半島・中海が一望できる素晴しい絶景。オオ~!大山の右裾野から神々しい朝日が昇って来た~!


     ......(上)本丸跡に立てば米子市街が一望 (下)伯耆大山(houkidaisen)に朝日が輝く!......
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米子港に繋がる加茂川の天神橋沿いにはナマコ壁の土蔵や連子窓の古い家が並んでいました。(河童もいた!) かつて大問屋が集まっていた所で海産物・綿の交易で賑っていたとのこと。江戸時代に海運業を営んでいた後藤家は最大の豪邸で母屋や蔵が国の重要文化財に指定されています。


        ........(左)回船問屋後藤家住宅 (右)運河の乗船場には河童がいた!.......
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鳥取・島根北部に広がる中海(nakaumi)と宍道湖(shinjiko)は、日本で5番目と7番目に大きい湖であり、斐伊川からの淡水と日本海からの海水が混じり合った日本最大級の汽水湖エリアなのです。


  .......中海からは日本百名山「大山」(daisen)の勇姿が!中国地方の最大名峰.......
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中海からは真っ白に冠雪した伯耆大山が見える!伯耆富士と呼ばれるだけあって富士山ソックリだ!実はこの名峰には9年前(2004年)に家族3人で登頂しております。懐かしい思い出が蘇るネ~!


  ......(左) 水鳥の航跡が描かれる中海 (右)冠雪の伯耆大山、前日の雨が頂上部では新雪に.....
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★懐かしの家族旅行・思い出レビュー (伯耆大山登山、鳥取観光SPOT)


大山家族登山は関西在住時(2004/5月)、中国~米子自動車道で入り、一般的な大山神社コースから登りました。朝から小雨模様、しかし稜線に出たら凄い風が吹いており登頂は結構苦労したナア・・


    .......(左)2004年、大山神社コースから家族登山 (右)大山は別角度からは全く異なる山容.......
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娘を3歳の頃から家族ハイキングに連れ出していましたが、10歳にもなると自我が段々目覚めて反抗期に・・。大山登山以降「もう山なんか絶対行かない!」と2度と付き合ってくれなくなりました・・。(涙)


     .......(左)登山道から隠岐ノ島が望めたことが印象的! (右)風雨に見舞われ大変でした.......
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    ......(左)断崖絶壁に神社!(三徳山三佛寺投入堂) (右)三朝温泉宿泊(背景絵画は大山).......
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大山を無事登頂した後は、山陰エリアの名湯「三朝(misasa)温泉」に宿泊。翌日は鳥取で最も有名な「鳥取砂丘」を訪ねました。観光用駱駝もおり、正に砂漠の中にいる様な気が・・、実に広かったネ~


      ........大山登山の翌日は憧れの鳥取砂丘を歩く。雨上がりで結構砂は固かった.......
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さらに「境港」にも訪問し、「ゲゲゲの鬼太郎」の道や「水木しげる記念館」も廻ってみました。この頃は今程にブームにはなっておらず人も疎らでしたが、懐かしい妖怪キャラクター達と再会で楽しかった・・。

       .......鬼太郎と魚のまち鳥取県境港の「水木しげるロード」を歩く(2004年5月).......
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   ......(左)「水木しげる記念館」前にて (右)「オイ、キタロ~!」目玉オヤジの声が聞こえてきそう!.....
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あッ、チョット脱線してしまいましたネ~。再び「山陰・山陽の旅」の本題に戻りましょう。いよいよ古事記の世界に入っていきます。まずは日本国を生んだイザナギノミコト&イザナミノミコトの史蹟へ向かいます。






★イザナギ・イザナミ神話の史蹟&「出雲風土記の丘」


島根県へ入り、山陰道を西に進むと東出雲町の山合いに「黄泉比良坂」という古事記にまつわる史蹟がヒッソリと存在しています。「黄泉の国」(yominokuni)、死者世界との結界門がそこにありました。


       ........(左)死者の国の入口とされる「黄泉比良坂」(yomotsuhirasaka)の結界門.......
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伊邪那岐(イザナギノミコト)、伊邪那岐(イザナミノミコト)は天津神から命じられて日本の国造りに力を合わせました。次々と神々を誕生させたイザナミは、火の神を生む際に火傷をして亡くなってしまうのです。妻の死を悲しんだイザナギは、黄泉の国(死後世界)を訪ねて愛するイザナミに会いに行ったのでした。


    ........(左)イザナギ&イザナミは二人で日本の国を造った。 (右)神々の系譜(クリックで拡大表示).......
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イザナミは生き返ることが可能かを黄泉国の神に相談すると御殿に入りますが、その際「覗いては絶対いけません」と言い残します。しかしいつまでも妻は現れず、痺れを切らしたイザナギは御殿の中に入り、イザナミの腐り朽ち変わり果てた姿を目撃してしまうのです。「見たな~!」イザナミは大激怒~


  .....死んだイザナミに会いに黄泉国を訪ね、変わり果てた妻に追われ地上に逃げ戻ったイザナギ......
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イザナギは逃げるものの、怒り心頭のイザナミは蛆が沸いた姿で執拗に追いかけます。結局イザナギは黄泉国と地上の間を岩で塞ぎ2人は絶縁してしまいました。離婚宣言されたイザナミは「私は黄泉国の神となり貴方の国の人間を一日に千人殺す」と宣言。それに対してイザナギは「私は一日1500人の子供を産んで対抗する」と言い合います。日本国を生んだ神夫妻の離婚場所がここなのでした。


     .......「出雲の国風土記」では「猪目洞窟」(日御碕の東)があの世の入口とされている.......
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出雲には「出雲風土記」に記されたもう一つの黄泉国・入口が存在します。縄文古墳時代の埋葬や生活遺物が多く発見された出雲半島西北部の「猪目洞窟」は寂れ霊気漂う不気味な所らしい。イザナミノミコトが葬られたのは比婆山(島根県安来市)であり、この辺には死を連想させる地が多いとのと。





★国引き神話に所縁深い「八雲立つ風土記の丘」

松江市の南部「八雲立つ風土記の丘」一帯は、「出雲国風土記」(奈良時代編纂)の国引き神話を起源とする意宇郡の中心地域。この周辺は縄文・弥生遺跡や多くの古墳が分布し、奈良時代の政治経済・文化の中心地です。出雲国造家に所縁ある神社や寺も点在、出雲文化の一大宝庫です。


   .......「八雲立つ風土記の丘」(意宇郡)、古墳時代中期(5世紀)の竪穴式住居跡が復元.......
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「八雲立つ風土記の丘」には古墳時代の竪穴式住居跡・出土品が展示されています。意宇(ou)の地は、ヤツカミズオミツノミコトが国引き神話の壮大な事業を成し遂げ、終了宣言した場所と云われます。


          ......銘文入りの銅製大刀や銅器具の数々、馬埴輪や家形埴輪も展示......
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「国引き神話」は、ヤツカミズオミツノミコトが杭の代わりに大山・三瓶山に綱をかけて、離島であった国を引き寄せて出雲国の面積を広げたと記されています。継ぎ足されたところは島根半島の部分です。  
ヤツカミズオミツノミコト伯耆大山に綱をかけて美保関を引っ張り、使われた綱が弓ケ浜になったとのこと。


     ........「出雲の国引き神話」は島根半島・中海・宍道湖の地形形成に根拠由来あり.......
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中海・宍道湖の北部はかつて離島(縄文時代は海面が高かった)でしたが、弥生時代の海退と、斐伊川の流出土砂や大山・三瓶山の噴火灰が蓄積され弓ケ浜等の砂州に成長し陸続きとなったと分析されています。国引き神話は「島根半島の地学的な形成史」と合致していることがよく解りました。





★古事記ゆかりの史蹟巡り(出雲風土記の丘周辺)


この周辺に点在する古事記所縁の史蹟を紹介したいと思います。風土記の丘の近くにイザナミノミコトが主祭神として祀られる「神魂(kamosu)神社」(離縁した夫・イザナギノミコトも合祀)が鎮座しています。出雲国造家(出雲大社の祭祀職)の大祖「天穂日命」(アメホノミコト)が創建したと伝えられています。


     .......(左)イザナミノミコトを祀る「神魂神社」へ参拝 (右)朝の鳥居に鮮やかな紅葉が!.......
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当時は紅葉が盛りを迎えていた頃、鳥居には鮮やかな紅葉が!急階段である男坂を上るとそこには、国宝の本殿(現存する大社造社殿としては最古)が出現。末社の貴布禰・稲荷両神社も立派!


    .......(左)本殿は日本最古の建築様式(国宝) (右)雨上がりの神社に注ぐ朝の日光.......
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このあとは、「八重垣神社」(スサノオとクシナダヒメの縁結び聖地)に寄りましたが、もうレポートが飽和状態になってきましたので、コチラのレポートはスサノオノミコトや八岐大蛇に関する史蹟記事で紹介いたします。


     .....「八重垣神社」は八岐大蛇を退治しスサノオとクシナダヒメが結婚生活を始めた所縁地.......
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日本神話の史蹟に触れてだんだんとテンションも高まってきました。レンタカーを走らせていくとついに宍道湖に出ました。次は松江城や小泉八雲(ラフカディオハーン)旧居や記念館へ・・。次回お楽しみに~!


          ......「宍道湖」の癒される風景を見ながら、松江城へと向かう.......
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                                                          おわり

  by rollingwest | 2013-01-14 00:00 | 山陰・山陽の旅 | Comments(64)

<2012年11月(神在月)>「出雲展」鑑賞&「出雲大社」探訪旅へのプロローグ

★古事記1300年「出雲~聖地の至宝展」


    .......11月初旬、東京国立博物館(上野)の「出雲~聖地の至宝展」を鑑賞.......
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今年は古事記編纂1300年の節目、そして来年は60年に一度行なわれる出雲大社遷宮の大行事を迎えます。以前から出雲・古事記の謎に興味があるRWは、10月から開催されていた「出雲~聖地の至宝展」(11/初旬)を会社同僚を早速誘って東京国立博物館(上野)へ鑑賞に行ってきました。


  .......(左)出雲展ポスター (右)中国王朝至宝展チケットを購入して出雲展(併設)も同時に鑑賞.......
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出雲大社の創建は「日本書紀」に拠れば659年出雲国造に命じて神宮を造らせたとの記述がありますが、その起源は謎に包まれています。日本神話では、国を造った大国主が高天原の神々から国譲りを迫られ、その代償として出雲に大神殿を建立することを求めたと「古事記」に記されています。


    .......10世紀頃の「出雲大社」神殿復元想像図、日本最大の神殿伝承!これはスゴイ!.......
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現在の出雲大社も、「大社造り」と呼ばれる風格ある最古の神社建築様式ですが、10世紀の「出雲大社」は何と高さ48m壮大なる巨大社殿(上記復元図)だったとのこと!正に天に届くが如くの神殿!


      ...... 1984年に一度に358本の銅剣が出土、荒神谷遺跡が発見された!.......
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出雲展の展示場には、数々の銅鐸・銅矛・銅剣が陳列されていました。これらは荒神谷遺跡(1984)、加茂岩倉遺跡(1996)から発見されたもので、358本の銅剣が出土など1つの地域からこれ程大量な青銅器が出たことは前代未聞とのこと。当地域に一大勢力・文化圏があった確実なる証拠です。


        .....さらに1996年、加茂岩倉遺跡から出土したおびただしい数の銅鐸.......
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2000年には出雲大社境内から「宇豆柱」(uzubashira)という巨大な柱遺跡が発見されています。この出土は日本中を驚かせました。古事記に記述された大神殿や国譲り神話などは単なるつくりごとと思われていただけに日本古代史の事実と想定されるからです。こんな巨大建築があったとはネ~!


       ......出雲大社境内から出土した「宇豆柱」、巨大なる神殿実在の歴史を証明.......
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       ......この階段規模と人間のサイズを比較してみてください!とてつもなくドデカイ!........
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平安時代の編纂書に「雲太・和ニ・京三」との記述があります。出雲大社が日本一、2番が大和の東大寺大仏殿、3番が京都御所・大極殿と言い表したもので、当時の出雲神殿がいかに巨大な建物だったかを物語っています。しかし出雲大社の栄華と国譲りの真実はミステリーに包まれているのです。


  .......平安時代の編纂書「口遊」(kuchizusami)伝承に「雲太・和ニ・京三」、真実と判明した!.......
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712年、太安万侶から元明天皇に奏上された「古事記」は今年1300年を迎えました。「日本書紀」(720年・舎人親王)にも神話は存在しますが、出雲の部分は古事記のみしか記載されていません。また「出雲風土記」には、大国主の宮を建てたのは高天原ではなく出雲の神々と記述されています。


      .......出雲には、天孫族(天皇家祖先)に屈服していった闇の歴史が隠されている.......
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記紀は天皇側(勝者の立場)から記載された歴史・神話書、その真実は作り変えられ闇に葬り去られた可能性が高いと云われます。6歳で観た東映映画「わんぱく王子の大蛇退治」は日本神話を物語った壮大なドラマだったナア・・。今も心に残る映画のルーツ出雲の旅に出てみることにしました。
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 ......映画「わんぱく王子の大蛇退治」(1963)、主人公スサノオノミコト、伊福部音楽が素晴らしかった.......
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11月中旬、有休休暇を取って憧れの「出雲」の地についに足を踏み入れ、古事記・日本神話の史蹟・神社を訪問しました。夜行バスで現地入り、レンタカーを使い早朝から夕方までひたすら走りまくり~
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★古事記・日本神話ゆかりの地「出雲」を訪ねた旅

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詳細なレポートは来年公開する予定ですが、今回廻った出雲大社や古事記に所縁深い史蹟の数々をダイジェスト速報版として紹介しておきたいと思います。まずは出雲神話が濃縮されている「八雲立つ風土記の丘」を訪問、その後出雲大社へと向かいました。「旧JR大社駅」は実に見応えあり


     ......(左)「八雲立つ風土記の丘」 (右)かつての出雲大社の玄関、「旧JR大社駅」.......
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そしていよいよ、伊勢神宮と並び古代より日本の歴史を見守り続けた出雲大社へ!まずは自称日本一の大鳥居がお出迎え・・、ここに祀られるは「大国主」(スサノオノミコトの息子)、国つ神の筆頭。銅鳥居手前にある「ムスビの御神像」は大国主大神が海神から「幸魂奇魂」の「おかげ」を授かる姿なのだ!


   ......日本最大級の大きさを誇る「出雲大社」大鳥居、ドでかい~!(1位は熊野大社).......
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     .......(左)「ムスビの御神像」、縁結びの御魂を現す海神 (右)御魂を授け受ける大国主.......
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出雲大社の拝礼方法は「二礼・四拍手・一礼」、通常は「二礼・二拍手・一礼」ですが格式高い出雲大社は別。今回拝礼は「御仮殿」に行いました。60年に一度の遷宮(2013年)に向け現在は「本殿」「拝殿」が修理中のため、大国主大神は今仮の神殿移り鎮まっているからです。来年は遷宮の大行事!


  .......(左)出雲大社「拝殿」(遷宮前の仮殿だった) (右)本殿は修復中、2013/5月遷宮実施.......
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出雲大社の西に広がる砂浜海岸は国譲り神話で知られる「稲佐の浜」。毎年陰暦10月10日(今年は11月23日)に神迎えの神事(神迎祭)が行なわれます。全国から集結する神々が当浜に上陸し出雲大社に集結します。オ~、遠く海上には国引き神話に由来深い「三瓶山」が望めるではないか!


    ......(左)国譲り神話の舞台「稲佐の浜」 (右)「三瓶山」(sanpeisan)は2003年に登頂した.....
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稲佐浜から北上すると、日御碕(島根半島、最西端)に行きつきます。ここに天照大神とスサノオを祀る日御碕神社が鎮座。ナルホド!太陽が命名される岬の神社だからアマテラスもおったか!ここに日本一の高さを誇る優美な灯台が屹立しています。素晴しい日本海サンセットを撮れて大満足でアリマシタ~!


     ......(左)日御碕神社、上宮がスサノオ、下宮がアマテラス (右)サンセットの光を浴びる鳥居.......
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    ......(左) 日御碕から望んだ日本海の夕日 (右)夕暮れに輝く日御碕灯台(東洋一の高さ).......
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出雲大社とはやや離れますが、伊弉冉尊(イザナミノミコト)を祀っている「神魂(kamosu)神社」にも訪問。本殿は日本最古の大社造り、初め出雲国造家はこの神社の祭主を代々勤めていましたが、杵築の地に出雲大社が創建され、祭主として移住したそうです。伊弉冉尊は女神、出雲大社の大国主命は男神


    ......(左)イザナミノミコトを祀る「神魂神社」 (右)「佐太神社」、神在月に全国八百万の神が集結.......
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アマテラスノミコトが治める高天原で大暴れしたスサノオノミコトは天から追放され、出雲の斐伊川上流(船通山)に降り立ちました。当地で国神アシナヅチ娘の稲田姫(クシナダヒメ)と出会い八岐大蛇の生贄になる事実を知ります。彼女を救うためスサノオは大蛇を酒に酔わせ退治し、目出度く2人は夫婦となりました。


    ......(左)スサノオノミコトが八岐大蛇と対決 (右)「八重垣神社」、スサノオとクシナダヒメの縁結び聖地.......
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「八重垣神社」はスサノオノミコトが稲田姫を愛しく詠んだ日本最初の和歌「八雲立つ出雲八重垣、妻籠みに八重垣作る。その八重垣を・・」に因んだ名前。出雲大社も縁結びの神、女性に人気の神社。


      .....多数の銅鐸・銅剣等が出土した(左)「荒神谷遺跡」と(右)「加茂岩倉遺跡」も訪問.......
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出雲展で鑑賞した.多数の銅鐸・銅剣等が出土した「荒神谷遺跡」と「加茂岩倉遺跡」にも行ってみました。出雲市から離れた山間部、当日は大雨でしたがレンタカーでないと不便な場所。奥出雲は見所が多いですが距離が離れており、朝~夕方まで精力的・効率的に廻らないと全ては見られません。





★2013年より、「山陰・山陽の旅」シリーズを開設いたします。


今回の旅は出雲を訪ねただけでなく、本当に欲張って山陰・山陽の名所をテンコモリに廻りましたので主な見所もダイジェストで掲載しておきます。夜行バスで米子到着でレンタカーを調達し、中海を右手に見ながら松江へと向かいました。松江城の天守閣・お堀、月照寺、小泉八雲の足跡なども巡りました。


      ......(左)松江城・天守閣の雄姿  (右)日本を深く愛した小泉八雲の旧居.......
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              .....(左)松江城の堀川めぐり  (右)宍道湖の癒される風景.......
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奥出雲を巡り、名画「砂の器」(野村芳太郎監督、原作・松本清張)の舞台となった「亀嵩駅」にも寄ってみました。ここはいつか訪れたいと願っていた場所。山陰の山奥は滅多に来られないので感激!


     ......(左)名画「砂の器」ロケ地・記念碑 (右)砂の器「亀嵩駅」で奥出雲の蕎麦を味わう.......
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奥出雲から西に向かい島根県部中央部にある世界遺産「石見銀山」も訪ねてみました。大航海時代の16世紀、世界で流通した銀の約3分の1近くが石見銀山で産出されたものと云われています。


  ......世界遺産「石見銀山」を訪問 (左)銀採掘坑道「竜源寺間歩」(右)「清水谷精錬所跡」.......
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    ......(左)石見銀山で栄えた街並、赤瓦で統一感 (右)世界遺産センターで銀山の歴史も.......
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石見からは瀬戸内方面に南下しもう一つの世界遺産「宮島」へ!広島で泊まったホテルを朝5時過ぎに出発、宮島口から始発フェリー(6:25)で渡り、干潮浜に佇む「厳島神社」の大鳥居を見ることができました。数々の史蹟や弥山に登って昼近くに戻ってみればもう大鳥居は海の中に浮かんでいました。


    ........世界遺産「宮島」の「厳島神社」 (左)朝の干潮風景 (右)昼には水上社殿となった.......
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宮島・弥山から俯瞰した瀬戸内海・大パノラマは本当に感動的でした!ここはロープウェイで上がれますが、頂上まで歩くのは相当距離あるハイキングですので甘く見てはいけません。弥山は登る価値あり!広島名物もみじ饅頭のルーツはここだったのかと思うほどに紅葉谷の錦秋は見応えあるものでした。


      .....(左)厳島神社の背後に聳える弥山 (右)弥山の頂上から展望した瀬戸内パノ゚ラマ.......
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        ......見事な紅葉日和に恵まれ大聖院(↓)や大願寺・五重塔・千畳間等を巡る.......
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最後は岩国(聖二殿故郷)に寄り「錦帯橋」「白蛇」「岩国城」を見て帰りました。天気のタイミングもあったと思いますが、やはり山陽はサンシャイン溢れた明るい雰囲気、山陰はやや翳あるミステリーな場所・・


                   .....日本三大名橋「岩国・錦帯橋」の勇壮・優美な姿.......
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      ......(左) 岩国城から望むパノラマ (右)岩国の名物「白蛇」、巳年の来年はブームかも.......
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大国主大神は、皇孫に国譲りをしましたが神世界(神事)は出雲が支配するという条件交換を行いました。旧暦10月に全国から八百万神を集結させ、死後世界や人の縁の決めごとをする「神在祭」。旧暦10月を神無月(出雲では神在月)と呼ぶのは全部の神様が出雲に出張で不在になるからです。


   .......(左)2012年11/23~30日「神在祭」が行なわれた (右)出雲大社のシンボル「大注連縄」.......
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来年は巳年、八岐大蛇や岩国シロヘビもブームになりそうな予感が!そして出雲大社60年ぶりの遷宮(修復)と伊勢神宮の21世紀初の遷宮(20年移転)が重なる凄い年!日本を代表する2大の社・神宮が同じ年に大祭を迎える訳で、ブームは頂点に達し日本国民は大いに盛り上がることでしょう。


   .......(左) 来年出雲は大社遷宮・大蛇でブームかも! (右)伊勢神宮の20年遷宮とも重なる!.......
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                                     「伊勢神宮」レポートはコチラから

今回の旅内容については、来年以降、「山陰・山陽の旅シリーズ」としてジャンル分けで詳細に公開していく予定です。下記内容となりますが、全てレポート完了するには2年くらいかかりそうダナア・・(笑) 


(1)米子・大山~出雲風土記の丘 ⇒ (2)松江城・小泉八雲・月照寺 ⇒ (3)出雲大社・日本神話 ⇒ (4)日本神話・古事記ゆかりの史蹟を巡る ⇒ (5)奥出雲風景(銅文化遺跡・たたら製鉄・砂の器ロケ地) ⇒ (6)世界遺産「石見銀山」 ⇒ (7)世界遺産「宮島・厳島神社」 ⇒ (8)「宮島・弥山」からの瀬戸内海パノラマ&岩国「錦帯橋」   「2012秋・山陰・山陽の旅」の全レポート記事」

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                                                         おわり

  by rollingwest | 2012-11-25 00:00 | 山陰・山陽の旅 | Comments(75)