カテゴリ:会津・福島探訪( 4 )

 

<2015年GW>会津・福島探訪(④最終編):会津若松周辺のお薦め見所

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                              会津・福島探訪③「会津若松探訪」(白虎隊)より続く 



★会津若松の奥座敷「東山温泉」

2015新緑・会津福島レポートもダラダラと4回目ですが今回で完結編。LASTは会津若松を取り巻く市町村の見所を紹介して筆納めと致します。こうやって振り返ると会津周辺も見所が実に多いネ~!


      ....会津・福島の旅レポートもついに筆納め、会津若松周辺にも見所が沢山!....c0119160_16214494.jpgc0119160_16215475.gifc0119160_1622763.jpg





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まずは会津若松の奥座敷「東山温泉」から紹介しましょう。会津若松への職場旅行やパッケージツアーで必ず組み入れられる定番温泉、そのルーツは奈良時代まで遡ります。名僧行基が発見した湯治場は美しい渓流・滝も多くあり自然に恵まれた歴史ある名湯。老舗旅館が立ち並ぶ風情も実に魅力的


     ....名僧行基により発見されたと伝えられる東山温泉(深い歴史が刻まれる名湯)....
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   ....東山温泉入口、朝にアラフォーカップルが歩いて来た・・mm何か怪しい・・(下衆の勘ぐり)....
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温泉の川沿いには由緒ある名老舗旅館がズラリと並んでいます。ここは滝が多いことから「新瀧」「向瀧」「原瀧」「千代瀧」など瀧由来の命名旅館が多く、江戸時代は会津藩保養所、明治以降は会津の奥座敷として東北を代表する温泉地に繁栄しました。与謝野晶子・鉄幹も訪れているんだネ~!


   ....(左)旅館「向瀧」、赤瓦葺き入母屋根玄関 (右)由緒ある名旅館は滝由来の名が多い....
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      ....(左)新緑が輝く東山温泉の渓流 (右)与謝野晶子も夫・鉄幹と訪れている....
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★蔵のまち「喜多方」(ラーメンも有名)


会津若松の北部にある「喜多方」(会津藩の北方にあるからこの名が付いた)、蔵屋敷&ラーメンで有名なこの街を素通りして帰京する訳にはいかないので朝一番で訪問しました。古くから醤油・味噌・清酒の醸造業が盛んに行われており、醸造蔵が今も多く残り観光名所の財産となっています。


        ....(左)「喜多方」の朝風景 (右)残雪が美しい飯豊連峰の遠くに見える....
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蔵を撮る写真家が県内で実施した写真展で「蔵のまち」知名度が向上し観光客が急増、その人達が喜多方ラーメンの味を知り全国的に有名になりました。基本は醤油味ですが、その店により風味は千差万別らしい。しかし朝からラーメンを食べるため行列しているなんてRWには信じられない・・


         ....「喜多方」といえば「蔵のまち」、馬車巡りや「喜多方ラーメン」が有名....
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  ....(左)喜多方ラーメン店が犇めく路地 (右)朝の開店前から長い行列、皆さん好きなんだネ~....
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★南会津エリアは日本の原風景・・、奇岩絶景「塔のへつり」

南会津はまさに日本の原風景の田園が広がっています。その中に佇む「南泉寺」楼門と立派な枝垂れ桜は必見!雪深い南会津で生活する人々には桜開花は特別な意味合いをもっています。ここは遅咲き桜なので満開を期待しましたがRW訪問時はすでに葉桜、ここだけがチト心残りでした・・。


           ....南会津町の田園風景の中に佇む「南泉寺」の茅葺き楼門....
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   ....「南泉寺の枝垂れ桜」は会津銘木の一つ、残念ながら葉桜・・、右は満開時の風景....
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南会津エリアの最大見所の一つ「塔のへつり」、ここは10数年前に訪問しましたが大いに感動した記憶があるので今回も再訪、南会津東部を流れる大川が100万年で形成した断崖渓谷絶景です。


      ....「下郷町」の隠れた一大景勝地「塔のへつり」(国の天然記念物に指定)....
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      ....100万年の歳月をかけて創られた侵食と風化の芸術、見事な渓谷美!....
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一帯は凝灰岩・頁岩が互い違いに形成され軟岩部が長い歳月による侵食と風化の作用によって形成された柱状断崖です。樹木に覆われた断崖と新緑の輝き・吊り橋とのコラボがいつ来ても美しい~


     ....大川(阿賀川の源流)に架かる吊り橋を渡れば「虚空蔵菩薩」の岩祠が出現....
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「へつり」とは当地方の方言で「切り立った崖の路」を意味するらしい。沢登りで高巻や徒渉も不可能な岩を越える際は岩を横這いに移動(トラバース)する事を「へつる」と呼びますが、それが語源かな・・


    ....岩場から眺める渓谷、新緑と碧色の川面、吊り橋のコラボが映える感動的な絶景....
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★「二本松城」(日本100名城・東北3名城)を訪ねる


二本松城は室町時代に始まりその城主は何度も変わっていますが、この城が有名なのは戊辰戦争の「二本松少年隊」。新政府軍の攻城戦に少年達が出陣させられたのです。僅か1日の戦闘で落城となりましたが、少年を戦闘の最前線に立たせるとは・・。白虎隊と並ぶ会津の悲しき歴史の一つ


     ....「二本松城」前で進撃する「少年隊」の像、二十本松が並び立つ公園広場....
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国の史跡指定(2007)となり「霞ヶ城公園」として日本さくら名所100選でも有名。広い園内は実に見所あり!当時は藤棚が見事でしたが、さらに目を見張ったのは樹齢350年の傘松でした。半径14mの広がりでこれが一本の松とは思えぬ程の凄い樹勢!「一本松城」の名前にしてもいいかもネ!


     ....(左)藤が美しく咲いていた「霞ヶ城公園」 (右)樹齢350年の立派な「傘松」....
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★茅葺き民家が連なる見事な「大内宿」


南会津エリア・下郷町のもう一つのハイライトは「大内宿」です。会津城と下野国(栃木県日光)を結ぶ全長130kmの中で会津城下から3番目の宿駅として1640年頃整備された問屋本陣の宿場町です。


    ....「大内宿」、江戸時代の問屋本陣の街並が再現!茅葺き本陣宿が癒される!....
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     ...(左)大内宿の茅葺き家 (下)下野街道の宿場町 (右)会津藩主の江戸参勤....
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      ....(左)大内宿の全体図 (右)鯉幟がたなびく古民家や用水路風景に身を置く....
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下野街道(南山通り)は会津藩主の18回に及ぶ江戸参勤と江戸廻米輸送と、会津藩と友好関係だった米沢藩・新発田藩も頻繁に利用した重要路線でした。(伊達政宗の小田原参陣、豊臣秀吉の奥羽仕置きでの通行記録も・・)昭和56年に重要伝統保存地区に指定され復活整備されています。


   ....(左)民芸品・干柿・トウガラシ、何でも売ってます (右)爽やかな青空GWに多くの人出....
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      ....(左)大内宿町並み展示館 (右)囲炉裏の鉄瓶等、ノスタルジアを感じる展示....
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茅葺き本陣内部は観光客用の土産屋等の商業施設となっていますが、高台から眺める茅葺き家が整列した光景は実に圧巻!大内宿町並み展示館でも江戸時代の宿舎の姿がよくわかり興味深い。


          ....(左)山の上から大内宿町並を見下ろす (右)正法寺観音堂....
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       ....(左)大内宿の茅葺き民家脇には桜満開 (右)鯉幟がたなびくGW風景....
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★最後に郡山・須賀川・白河を訪ねる


会津旅の最後を締め括ったのは、帰京ルート途中にある郡山・須賀川・白河。まず郡山を訪ねましたが意外と名所旧跡が少ない印象を受けました。しかし安積歴史博物館と開成館の外観はなかなか立派なものだ。智恵子抄で有名な安達太良山を遠望しながら最大目的地・須賀川へと向いました。


    ....(左)威厳漂う「安積歴史博物館」 (右)安積開拓の出発地には「郡山市開成館」....
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須賀川は松尾芭蕉と弟子の曾良が「奥の細道」行脚の際、7泊も滞在した地として有名です。市内には芭蕉所縁の句碑・旧跡が多く残されており、芭蕉記念館や十念寺などの史蹟を拝観しました。


    ....(左)福島県を代表する山の一つ「安達太良山」 (右)須賀川には芭蕉史蹟が残る....
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       ....(左)須賀川の「芭蕉・曾良」 (右)芭蕉が参拝し一句を読んだ「十念寺」....
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須賀川といえば特撮映画の神様「円谷英二」の生まれ故郷です。小学校時代に東宝怪獣映画やウルトラQ・ウルトラマンに夢中になったRWは絶対訪問したかった街!中心部松明通りの歩道にウルトラマン・セブン・古代怪獣ゴモラ・宇宙怪獣エレキングの像4体が今年3月設置されていました。


  .....須賀川は「円谷英ニ」の生誕地 (中)ウルトラQの怪獣達 (右)シュワッチ!勇姿「ウルトラマン」...
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     ....(左)古代怪獣ゴモラ (中)最強ゼットン (下)宇宙怪獣エレキング (右)ウルトラセブン....
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須賀川はもう一人有名なツブラヤの生れ故郷です。そう東京五輪でマラソン銅メダルに輝いた円谷幸吉・・、しかし彼は次回五輪活躍に高まる周囲の期待に耐えかねて「父上様・母上様、幸吉はもうすっかり疲れ切ってしまって走れません。何卒お許し下さい。」の遺書を残し自殺してしまいました。


    ....須賀川は東京五輪の悲劇ヒーロー」円谷幸吉の生誕地、メモリアルホールで対面できる....
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「円谷幸吉メモリアルホール」は須賀川市が円谷家の意志を引き継ぎ、彼の偉業を後世に伝えるために開設され、貴重な記念品・資料とともに五輪史に残る名ランナーの軌跡が紹介されています。


       ....陸上競技メダリスト28年振りの誕生で一躍日本の英雄となった円谷幸吉....
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会津旅の最後は白河を訪ねてみました。高校野球で「優勝旗が白河関を越えられず」という言い方をしますが、白河は関東と東北の分岐点です。2013GW山形周遊で山寺・立石寺の帰りに「白河の関」を訪ねて以来、2年ぶり。今回は東北三名城の一つ「白河・小峰城」に立ち寄って帰京しました。


        ....「白河小峰城」、鶴ヶ城(会津若松)・盛岡城と並ぶ東北三名城の一つ....
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                       <2013GW>山形・奥の細道「山寺・立石寺」「白河の関」 

白河城は戊辰戦争時で激戦地となり多くの建物が消失、戦後は廃城となり殆どの施設が取り壊されましたが、楼閣建築では唯一太鼓櫓が三の丸に移築され現存しています。本丸周辺(三重櫓・櫓門など多くの建物が配せられる)は4重で囲まれ、城郭公園として整備、今は市民憩いの場です。


        ....(左)戊辰戦争で使われた砲台 (右)平山城で日本100名城のひとつ....
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今回で2015GW「会津福島の旅」は区切りをつけて完了。会津坂下・会津若松・喜多方・二本松・須賀川ルートを駆け足(毎回このパターン)で巡りましたが自分の見たかった場所を殆ど廻ることができて大満足でした。見所が多く魅力的な福島県、次回は「三春滝桜」や「あぶくま洞」を訪ねてみたい・・

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                              会津・福島探訪①「会津・仏の里巡り」(前編)  
                              会津・福島探訪②「仏の里巡り(後編)&磐梯山」 


                                                         おわり

  by rollingwest | 2015-10-29 00:00 | 会津・福島探訪 | Comments(116)

<2015年GW>会津・福島探訪③:「会津若松探訪」(白虎隊・忠誠のルーツ)

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                           会津・福島探訪②:「仏の里巡り(後編)&磐梯山」より続く



★いよいよ会津若松へ、「白虎隊の悲劇」の地を再訪


「ならぬものはならぬ」・・!「会津・福島探訪」第3回は、主君への忠誠を愚直なまでに貫き通した会津藩士の心の故郷「会津若松」へと入ります。市内のシティホテルに連泊して見所を徹底巡回しました。


      .....会津若松市内が一望(センチュリーホテルで朝食を摂りながら朝の展望を楽しむ....
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まず朝一番に猪苗代湖畔近くにある「戸ノ口原古戦場跡」を訪ねてみました。ここは白虎隊奮戦の地であり、戦死した会津藩士たちの墓もある場所。戊辰戦争は1868年鳥羽・伏見の戦いに端を発し、会津藩は薩長を中心とする新政府軍(後に錦の御旗を掲げ官軍)と当地で激戦を展開しました。


        .....朝の清冽な空気・・、白虎隊奮戦の地「戸ノ口原古戦場跡」を訪ねる....
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            .....戸ノ口原古戦場跡の隣には戊辰戦争の戦死者墓群も・・....
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戊辰戦争で藩主・松平容保は自ら滝沢峠の麓に本陣を構えて政府軍を迎え討ちました。劣勢となった戸ノ口原前線から援軍を求める急使がきて、ついに親衛隊・白虎隊は容保から最前線への参戦を命じられ、本陣から勇躍出陣して行ったのです。少年達は壮絶なる最期を迎えるとも知らずに・・


             .....白虎隊出陣の地は「滝沢本陣」(旧白河街道の滝沢口)....
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          .....江戸参勤交代の折に歴代藩主休憩所.となった由緒正しき古民家...
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藩境を突破してきた新政府軍は怒涛のごとく猪苗代湖畔の要衝まで攻め上がり、迎撃するも会津軍は苦戦を強いられます。16歳前後の武家男子によって構成された「白虎隊」は応援に駆付け参戦したものの、圧倒的物量で迫る新政府軍には全く敵わず忽ち敗走へと追いやられていきました。


    .....白虎隊は戸の口原合戦場から退却、戸の口堰・洞門をくぐり飯盛山に辿り着いた....
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       ...(左)戸ノ口原から見る会津磐梯山 (右)右手の林を降りて見れば猪苗代湖....
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戸ノ口原で展開された戦闘は完全に負け戦となり、白虎隊は散り散りになりながらも20名は弁天洞穴をくぐり、飯盛山へと辿り着いてきました。敗北の会津藩士や白虎隊は磐梯山・猪苗代湖をいかなる気持で仰いだことでしょう。そして少年達が飯盛山で悲劇の結末を迎える時がついに来ます。


        .....(左)白虎隊が集団自刃した飯盛山へ向かう (右)会津若松市内の眺望....
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少年達は難を逃れ飯盛山に辿り着きますが、会津の町を見ると目に飛び込んできたのは鶴ヶ城炎上光景。会津勝利を信じていた少年達は崩れるように膝をつき頭を垂れ絶望に打ちひしがれ誓い合います。「城が落ち藩主も生きていないだろう。会津藩士として我々も藩主と運命を共にしよう!」


            .....(左)白虎隊士自刃の地 (右)飯盛山で少年たちは次々に切腹....
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実はまだ会津藩は壮絶な戦いの最中でした。城下町に放たれた炎を見て城が落ちたと勘違いした少年達は性急な決断をしてしまいます。自らの喉を突き切腹、互いに刺し違えて若き19人の命が絶たれてしまったのです。少年達の集団自刃は日本人の心に刻まれ語り続けられる悲劇の物語・・


       .....(左)白虎隊十九士の墓(1人だけが生き残った) (右)会津藩殉難碑前にて....
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                 .....殉死した白虎隊十九士像が祀られるお堂....                
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当地訪問は12年ぶり2回目ですが、前回は会津歴史には殆ど興味がなく受動的に眺めた光景でした。今回は寄せる思いが進化して濃度が違うネ~!白虎隊十九士像のお堂前には「さざえ堂」が聳え立っています。12年前に見て驚愕した螺旋構造建物と是非再会したかったので満願が叶った~


          .....螺旋状の一筆巡りの廊下、「さざえ堂」(正式名は旧正宗寺三匠堂)....
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六角3層・高さ16m「さざえ堂」は二重らせん構造通路で構成され、階段が無く一方通行にて昇降別々で建物を上下するという構造が特徴。同種建物は他にも各地で現存しますが、ここまで流麗・完璧な構造は珍しく、世界を見て見レオナルドダヴィンチが設計した建築物と肩を並べるレベルとのこと


      .....螺旋廊下を登り最上階部上がって見ると、天井はお札が一面に貼られている....
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★会津若松のシンボル「鶴ケ城」へ


次は白虎隊が炎上したと信じ遥か仰ぎ見た「会津若松城」へと足を踏み入れてみましょう。別名鶴ヶ城と呼ばれ郭内(武家屋敷)と町屋敷が外濠で隔てられた平地城で南北朝期がルーツと謂われます。


      .....外濠から見る「会津若松城」(別名・鶴ケ城)。木々の間から天守閣が見えている!....
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        .....(左)鶴ケ城のお堀は新緑に輝く (右)鶴ケ城天守閣が堂々たる姿で出現....
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城跡は都市公園となっており、その殆ど国史跡に指定され、史跡の外は陸上競技場・市営プール・県立博物館があります。天守閣に上って見ると歴代藩主や城の歴史が解り易く再現されています。


      .....(左)会津藩主・松平容保 (下)新島襄の妻・八重 (右)会津若松城のレイアウト図....
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             .....鶴ケ城・天守閣に登り城郭や会津若松市内のパノラマを楽しむ....
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16世紀(蒲生氏郷時代)は黒っぽい七層天守閣だったとのこと。今は姫路城に似た白く優美な姿、戊辰戦争終結時は悲惨な状況に陥りましたが、今年は再建50年を迎え本当に目出たきことです。


      ....(左)蒲生氏の建築は七層で黒基調 (中)籠城戦後の無残な姿 (右)再建は1965年....
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           .....(左)茶室「麟閣」の前門前にて (右)「荒城の月」の歌碑もあった....
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厳しい会津の冬の寒さにも耐えることができる赤瓦の白壁城は実に美しい!藩主忠誠を誓う藩士の心の寄り処となった城であり忠誠の思い・質実剛健は現代でも市民に脈々と継承されています。


        .....戊辰戦争の籠城戦(新政府軍の猛攻撃)に耐え抜いた「難攻不落の名城」....
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★会津藩士の忠誠心のルーツを探る

かくも頑固なまでの会津藩士の忠誠心や精神文化は一体どこからきているのでしょう?そのルーツは会津藩校「日新館」です。藩祖・保科正之が設けた「家訓15条」は忠義心と学問の志を体系化したもので「幕府には絶対忠義を尽くし、他藩に何と言われても貫徹すべし」の精神が説かれています。


       .....会津における道徳教育は藩校「日新館」で確立された・・「ならぬものはならぬ」....
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         .....日新館で徹底される会津藩心得「什の掟」は儒学者「山崎闇斎」が確立....
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その真髄を藩士に徹底するためシステマティックに進化させた教育機関が5代藩主松平容頌の時代に完成した「日新館」です。会津藩士の子供は、10才で「日新館」入学が義務づけられましたが、幼少期から子供達には藩士としての心得が繰り返し教え込まれました。これこそ有名な「什の掟」です。


                 .....日本で初めて造られた鍛練用のプール水練場....
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      ....儒学の祖・孔子が祀られる「大成殿」、儒教規律によって会津藩の忠誠が培われた....
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その他にも、市内には無名でもお宝物の史跡が点在、こまめに回り会津史の一端を担った人々に思いを馳せました。新潟長岡藩士の墓もあった!長岡の幕末ヒーローは河井継之介!新政府軍と戦った長岡藩士は北越戦争に敗れて会津へと落ちのびましたが、継之介はその途中で亡くなっています。


        .....長岡藩士の墓、北越戦争で敗れた河井継之介は会津に向い道中客死.....
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            .....(左)日新館の天文台跡  (右)新島八重・山本覚馬の生誕地....
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★LASTは「会津武家屋敷」を見学


最後は「会津武家屋敷」を見学レポートで締めましょう。広大敷地にある様々な建物の中には会津の歴史に関する資料が沢山あり、当時の藩士生活や思想の濃厚さを知るには勉強になる場所です。


         .....「会津武家屋敷」は、藩家老西郷頼母の旧宅などの武家屋敷を復元・再現....
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             .....数寄屋風茶室、藩米精米所、歴史資料館などが立ち並ぶ....
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ここは会津藩家老だった西郷頼母邸を中心に、武家の暮らしを解り易く展示したミュージアムパークです。復元屋敷や藩米精米所などを備え、当時の会津武士の生活ぶりを蝋人形等で知ることができます


            ....武家の蝋人形が会津藩の高い規律や清貧な生活ぶりを伝える.....
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         .....(左)鹿鳴館の華・大山(旧姓・山川)捨松 (右)奥一の間での優美な姫君....
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資料館では数々の貴重な展示資料があり、姿三四郎のモデルになった西郷四郎も紹介されています。そして家族21人が一斉自害するという西郷頼母一族の悲劇も人形でリアルに再現されていました。


       .....家老・西郷頼母の銅像や姿三四郎のモデルとなった西郷四郎の柔道着等が展示....
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       .....「自刃の間」、官軍が西郷屋敷に入って来た時、婦女子達は自ら命を絶っていた....
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「大君の儀一心大切」「ならぬものはならぬもの」という日新館の教えは、新選組の京都でのエキセントリックに近い行動、激烈な会津戦争で劣勢でも篭城を続けた会津藩士の頑固一徹さ、藩主を絶対的存在と信じ自刃を選んだ白虎隊や西郷家の女性達の精神性に繋がったことは間違いありません。


                .....茅葺の武家屋敷や庭を巡るコースが整備されている....
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           .....優美なる名城「鶴ヶ城」のもとで今も「あいづっこ宣言」は唱えられる....
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次回記事で「会津・福島探訪レポート」は筆収めです。会津奥座敷「東山温泉」、南会津の大渓谷「塔のへつり」、「大内宿」の街並、「二本松城」と少年隊の銅像、東北の要害地「白川城」、須賀川(ウルトラマンの円谷英ニ・東京五輪マラソン銅メダル円谷幸吉の出身地)等が登場しますのでお楽しみに~!

                        <2015年GW>会津・福島探訪①:会津・仏の里巡り(前編)


                                                           おわり

  by rollingwest | 2015-08-27 00:00 | 会津・福島探訪 | Comments(100)

<2015年GW>会津・福島探訪②:仏の里巡り(後編)&磐梯山(回想)

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★仏の里巡り(後編)・「会津ころり三観音」


最近のRW記事は東北・九州・信州と目まぐるしく紹介舞台が飛びまくっていますが、再び会津・福島の旅レポート(2015GW柏崎帰省後に周遊)に戻りましょう。会津仏の里(後編)は「会津ころり・中田観音」からのスタートですが、前回紹介した「鳥追観音」&「立ち木観音」をおさらいレビューしてみます。


    .....(左)会津の里に広がる水田風景  (右)会津坂下~猪苗代湖周辺地図(クリックで拡大).....
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「会津ころり観音」第一番「鳥追観音」(西会津・如法寺)は開創1200年を誇る古刹でした。会津仏教の開祖「徳一大師」(詳細後述)が807年創立。征夷大将軍で有名な坂上田村麻呂も祈願したお寺


    .....「会津ころり三観音」:願いを叶えてくれる慈悲溢れる「鳥追観音」(如法寺).....
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第ニ番「立木観音」(恵隆寺)は千手の姿、弘法大師が霊感を得て直接彫った巨大観音。是非お参りしたかったのに、見学希望のインタフォンから呼び出しても反応がなくお会いできませんでした。(涙)
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    .....「会津ころり三観音」の最大クライマックス「恵隆寺・立木観音」は8m以上の崇高さ.....
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                   <2015年GW>会津・福島探訪①:会津・仏の里巡り(前編)より続く  

会津ころり観音・第三番「中田観音」(弘安寺)、ここから後編レポートの始まりとなります。会津美里町の三十三観音・第30番札所は、会津で生まれた野口英世の母シカが信仰を篤く寄せていました。息子を囲炉裏で火傷を負わせたことを悔い、傷の回復を祈願するために毎月参拝したお寺です。


    .....弘安寺「中田ころり観音」、英世の母シカが篤く信仰し、息子の立身出世も祈願.....
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        .....「弘安寺・中田観音」は奈良・長谷寺を模した2mの写実的な金銅仏.....
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「中田観音」はさすがに御利益がありそうな金銅仏。観音堂内を覗いてみると、やたらゴッタ煮状態の神仏習合ワールド!「だきつき柱」は信仰心ある人が抱きつくと全て念願が叶えられると言われます。


        .....(左)神仏習合の恵比寿・大黒ナンデモアリ (右)願が叶う「抱きつき柱」.....
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       .....2015GWは毎日好天が続き新緑が輝いていた!せせらぎ川に感動!.....
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老後は健康で呆けず充実した日々を過ごして、90歳前後あたりで突然コロリと逝きたいものです。会津ころり三観音を祈願して、新緑が輝く自然を味わいながら「八葉寺」「龍興寺」へと向います。


     .....新緑が眩しい「八葉寺」へ!ここで行われる「空也・念仏踊り」が県文化財指定.....
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   .....(左)初夏は蓮が咲き誇ることで有名な「龍興寺」 (右)静かな水田風景を見ながら・・.....
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★会津・仏教文化探訪、開祖「徳一大師」の足跡


会津は平安時代、京都・奈良に匹敵する程の仏教文化が華開いた場所と知ったのは数年前のこと。磐梯山の麓(会津)に仏都を開き繁栄させたのは「徳一」という奈良時代の高僧。功績の上人は後程記述しますが、東京国立博物館「みちのく仏像展」で展示されていた東北仏を見て納得した次第


       .....今年1月「みちのく仏像展」(上野)で観賞した「勝常寺・薬師如来三尊」.....
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                                  <2015年1月>「みちのく仏像展」鑑賞記事
  

会津盆地中央の湯川村に国宝薬師三尊を収蔵する東北有数の古刹・勝常寺が静かに佇んでいました。徳一大師創建当時は七堂伽藍が備わり12坊舎と100の子院を有する大寺院だったらしい。


         .....徳一大師によって開かれた東北を代表する古刹「勝常寺」を訪問.....
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上野の東京国立博物館で拝観した本尊の薬師如来座像と両脇に立つ月光・日光菩薩立像の3体は実に素晴らしかった!ここでまた再会したいと遠路まで折角来たのに誰もいない・・。またも涙・涙


        .....勝常寺の中は拝観できず。「薬師如来三尊」と再会することは叶わず.....
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会津・仏の里巡りのラストを飾るレポートは徳一大師が会津仏教文化の黄金時代を築いた大本拠地「慧日寺跡」への訪問。最盛期は寺領18万石・寺僧300・僧兵数千、子院3800を持つ規模を誇りました。度重なる戦乱や火災に遭い建物・仏像・宝物が消失・散逸していましたが、2009年に復元開所


                .....会津仏教文化発祥地を「慧日寺跡」を訪問.....
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     .....(左)慧日寺跡・仁王門 (右)会津仏教の開祖「徳一大師の墓」を参拝.....
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お寺を開創した「徳一大師」は奈良時代中期の高僧(法相宗)で、若い頃は興福寺や東大寺で仏教を学び、最澄・空海らと仏教について意見を闘わせたビッグネームです。しかしその後、権力と結びついた腐敗化の奈良仏教を嫌うようになり、東国に出て厳しい修行を修めて会津へと移ってきました。


        .....(左)復元された「金堂」 (右)「徳一大師」の偉業がアニメで再現.....
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            .....「金堂」の中には復元された「阿弥陀如来」が鎮座.....
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復元された「金堂」の隣には「慧日寺資料館」があり、慧日寺1200年の歩みや史跡の発掘資料も展示していました。磐梯山を中心とした山岳信仰にまつわる深い歴史についても知ることができます。


          .....(左)仁王門脇の清流水 (右)「慧日寺資料館」と菜ノ花畑.....
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         .....「慧日寺資料館」の中の展示(カラス天狗・修験道・金色仏像).....
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いや~会津仏の里は実に見応えがありました。東北仏教文化と言えば世界遺産「平泉」ばかりがクローズアップされますが、それに匹敵する程の拠点が会津に存在したとは・・、あらためてビックリでした。


       .....会津坂下の田園風景を走っていくと遥かに「磐梯山」が見えてきた!.....
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さて本日宿泊地・会津若松のビジネスホテルへと向おう!長閑なる田園風景をドライブしていくと遥かに福島県のシンボル「会津磐梯山」が見えてきた!日本百名山に選定され「会津富士」とも呼ばれます。




★「会津磐梯山」に思いを寄せて


「磐梯」の意味は「天に掛かる岩の梯子」、元々は「いわはしやま」と呼ばれていましたが音読され「ばんだい」という名前に変化しています。名峰の麓は南が表磐梯、猪苗代方面から見る姿はまさに富士の如し。しかし北側(裏磐梯と呼称)からは山体崩壊跡の荒々しい姿を見せているのです。


   .....「会津磐梯山」と猪苗代湖」は福島県の象徴、ここから見る姿はまさに「会津富士」.....
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    .....「会津磐梯山」の登山ルート、17年前に家族で登頂した写真を引っ張り出しました.....
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磐梯山は17年前(1998年夏)に家族3人で登りました。押立温泉に泊まり、磐梯登山の後は五色沼を散策し、野口英世記念館も訪問したことが懐かしい!当時娘はまだ4歳、カミサンも登山が結構好きで家族登山によく行ったのに最近は熱を失い全く同行してくれません。あの頃はよかった・・(苦笑)


       .....娘も小学5年生までに百名山を10座も登ったのに・・、今はさっぱり・・(涙)....
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磐梯山は70万年前から火山活動を始め2万年おきに大規模な山体崩壊を起こしています。最近では明治21年に大噴火が発生し、北麓5村11集落が埋没し死者477人という大惨事となりました。


      .....(左)明治21年(1888)の爆発的大噴火 (右)頂上部が吹き飛び現在の姿に.....
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しかし大噴火は桧原湖や五色沼などの裏磐梯・湖沼群を生み出し、世界に誇る自然景観(日本地質百選選定)の財産を残しています。火山は温泉観光地繁栄とリスクの裏返し・・、我国の運命です。


     .....「裏磐梯」の美しき湖沼群(桧原湖や五色沼)は火山爆発から創られた自然芸術.....
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      ....裏磐梯「五色沼」は美しきエメラルドグリーンの湖沼群、散策コースも充実しています.....
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我々が小学生時代に習った偉人伝記の筆頭は野口英世でした。幼児期に囲炉裏に落ちて左手に大火傷を負い左手が不自由となったことは母シカにとって一生の悔いだったことでしょう。しかし英世は逆境に負けず医学の道を目指し立身出世を果たします。遂に地元凱旋して母との再会が実現


          .....会津が生んだ世界的な偉人「野口英世」の生家(母シカとの写真).....
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英世はアフリカへ渡り黄熱病研究に身を捧げますが、病気に罹患してしまい、1928年51歳で死去していました。彼の心の礎だった「磐梯山」、その大爆発は英世11歳の時に起きた惨事でした。故郷に凱旋帰省して昔の景色から一変した美しい湖沼群を見た時、英世も大いに感慨深かったことでしょう。

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     .....懐かしい裏磐梯の散策コース、嗚呼当時はカミサンも優しかったなあ。今は昔・・(苦笑).....
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家族登山の思い出がフラッショバック、磐梯山・猪苗代湖の風景を噛みしめ見ながらいざ会津若松へ!「故郷の山はありがたきかな」という言葉が脳裏に浮かびながら、会津の旅はまだまだ続きます。


         .....♪「エンヤア~、会津磐梯山は~、宝の山よオ~」(ハア・チョイサ~チョイサ~)♪.....
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       .....水質日本一の美しさを誇る「猪苗代湖」(磐梯山とのコラボが似合います).....
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                                                         おわり

  by rollingwest | 2015-07-16 00:00 | 会津・福島探訪 | Comments(106)

<2015年GW>会津・福島探訪①:会津・仏の里巡り(前編)

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★会津・福島の歴史探訪シリーズをスタート

柏崎帰省の折、「いつか会津ルートで仏の里・各史蹟・観光名所を辿りながら帰京してみたい」と以前から思っていましたが2015年GWついにその願いが実現!今年1月、東京国立博物館で「みちのく仏像展」が開催され、勝常寺(福島県)の薬師如来像と対面したことも今回の実行契機となりました。


   .....柏崎帰省からの帰京の折に、阿賀野川上流から会津へと入り福島県探訪.....
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会津は平安時代、京都・奈良に匹敵する仏教文化が華開いた場所と知ったのは数年前のこと。磐梯山の麓(会津)に仏都を開き繁栄させたのは「徳一大師」という奈良時代の高僧。功績の上人は後程記述しますが、東京国立博物館「みちのく仏像展」で展示されていた東北仏を見て納得した次第


   .....今年1月東京国立博物館開催「みちのく仏像展」、東北の仏様に逢いに行った....
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今年1月、上野で対面した福島・勝常寺「薬師如来坐像」(東北の最高国宝仏)は、実に感動的な三尊仏でした。巨材一木造の堂々たる姿は、みちのく仏教文化の繁栄を伝えるオーラが出ていた!


   .....福島・勝常寺「薬師如来坐像・両脇侍立象」は実に威厳ある姿で鎮座していた.....
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                                 <2015年1月>「みちのく仏像展」鑑賞記事」
  




★阿賀野川上流から会津街道へ・・「会津ころり三観音」

2015GWの柏崎帰省は、今後の想定諸事に備え相談も含めた故郷2泊でしたがお袋の元気な顔を見て安心。帰京途中で会津坂下・会津若松・喜多方・二本松・須賀川ルートを辿ってみようと会津若松のビジネスホテルを2泊予約しました。阿賀野川経由で会津へと入れば輝くような新緑自然が広がる!


    .....新緑に輝く残雪の飯豊連峰を仰ぐ。この時期がやはり一番素晴らしい!.....
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柏崎から新潟市経由で北陸・磐越自動車道を走り福島県に入れば、すでにそこは会津坂下の山里。当地は「会津ころり三観音」と呼ばれる観音様があり、この三観音を巡拝すると健康な一生を送れ、家族に迷惑をかけずコロリとあの世に旅立てると言われます。まさに理想の往生ではないか~!


     .....(左)会津街道ルートの概略図 (右)「会津三十三観音霊場」の巡礼地図.....
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まず真っ先に訪問したのは「会津ころり観音」第一番の「鳥追観音」(西会津・如法寺)。徳一大師が坂上田村麻呂の祈願で807年に創立した歴史的な古刹で慈悲溢れる願い事が叶うのだそうな・・!


   ....「鳥追観音」、縁結びや子授け安産子育ての霊験あり若い男女の信仰を集める.....
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堂内には立派な観音図が飾られ奥に「ころり観音」のありがたき姿が!さすが由緒ある雰囲気が!でも人の姿はなくこのギャップがいいね~!ほのぼの雰囲気を独占しながら、コロリ往生を祈願・・


               .....如法寺の山門をくぐり本堂へと参拝.....
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          .....(左)「鳥追観音坐像」とご対面 (右)奉納観音絵の数々.....
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国道49号を東に向い会津坂下(bange)町へと入ります。依然、飯豊連峰の雄姿が随所で俯瞰できるぞ。過去2回縦走した山々の辛かった思い出がフラッシュバック!実に歩き甲斐がある長大峰でした。


     .... 会津街道から仰ぐ飯豊連峰は雪を称え雄大な姿を常に見せてくれていた.....
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                          <2012年8月>飯豊連峰北部の名峰「杁差岳」登山記事
 


さて次は会津コロリの第ニ番「立木観音」(恵隆寺)へ向おう!仏教会津の象徴にもなっている千手観音立像(鎌倉期)は、国の重要文化財人々からは親しみを込めて立ち木観音と呼ばれています。


          ....次は「恵隆寺・立木観音」(会津ころり観音・第ニ番)を訪ねる.....
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              .....(左)立木千手観音堂 (右)守護阿弥陀如来.....
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この千手観音は、弘法大師が霊感を得て直接彫った巨大観音(高さは8m以上)で風神・雷神や28部衆を従えた国の重文指定。見学希望者はお堂脇のインタフォンから連絡と案内があるので呼びかけたものの一向に反応がない。是非ともご対面したかったのに・・。ついに諦めてお寺を後にしました。


      .....実際対面はできなかったが、「立木千手観音像」(ころり観音②)の御姿.....
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会津ころり観音・第三番の「中田観音」(弘安寺)は、会津で生まれた野口英世の信仰が篤かったお寺ですがこれは次回続編で紹介します。この2つを廻っただけで会津は素晴らしい仏都だと実感!


      .....(左)会津ころり観音・第三番「中田観音」 (右)弘安寺と恵隆寺の観音像.....
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★会津柳津(只見川沿い)の古刹(仏教大拠点)へ

恵隆寺「立木観音」の近くには、春日八郎(1991没)の記念館があったので寄ってみました。♪死んだ筈だよ~「お富さん」や「別れの一本杉」で有名な大物演歌歌手の故郷は会津坂下町でしたか!


        .....(左)春日八郎記念公園「おもいで館」の外観 (右)「別れの一本杉」.....
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    .....春日八郎は、三橋美智也・三波春夫・村田英雄らと一時代を築いた大物演歌歌手.....
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館内には春日八郎のポスターやブロマイド、遺品等が沢山飾られています。また正面玄関には「別れの一本杉」そのものが聳えています。昭和時代の香りが漂う記念館を後にして次は上宇内薬師堂へ


        .....(左)これが歌に唄われた「別れの一本杉」 (右)おもいで館の外観.....
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              .....この近くには「上宇内薬師堂」という名刹もある.....
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上宇内薬師堂の薬師如来坐像は会津五薬師の一つ。高さ2mの一木造りの平安時代坐像(国重要文化財)で堂々とした体躯と優しげな表情が特徴です。堂内には日光・月光菩薩立像も鎮座!


          .....(左)上宇内薬師堂の阿弥陀如来 (右)瑠璃光如来(ポスター).....
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会津柳津にある「圓蔵寺」は仏都・会津を代表する名刹。日本三大虚空蔵尊を擁する、奥会津最大の仏教拠点です。9世紀初頭、名僧・徳一大師によって開かれ、本尊の虚空蔵菩薩像は弘法大師空海が手掛けたと伝えらます。本堂は高台に聳え立ち舞台から望む只見川の流れはまさに絶景!


        .....(左)福満虚空蔵尊「圓蔵寺」の石階段 (右)威厳が漂う圓蔵寺本堂.....
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このお寺を開創した「徳一大師」は奈良時代中期の高僧(法相宗)で、太政大臣藤原仲麻呂の子として生まれたと謂われ、若い頃は興福寺や東大寺で仏教を学びました。しかし権力と結びついた腐敗化の奈良仏教をやがて嫌い、東国に出て厳しい修行を修めたのちに会津に移ってきたとのこと


     .....圓蔵寺本堂を見つめる「徳一大師」(この方こそ会津を仏の里にした恩人僧).....
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磐梯山麓に大層堂を建て慧日寺を建立し、会津にあって徳―大師は、最澄・空海らと仏教について意見を戦わせたビッグネームだったのか!隆盛期には子院3800、18万石の寺領を持ち6千人の僧兵を擁する大寺院で、鎌倉幕府前まで大栄華は続き会津仏教文化の黄金時代を築いていたのです。


        .....(左)穏やかな流れ「只見川」に架かる赤いアーチ橋 (右)鐘楼の脇で.....
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                 .....鳥の囀り声が響き清々しい新緑の境内....
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このお寺には沢山の牛の像が鎮座し崇敬されています。1611年に会津地方を襲った大地震で柳津も大被害を受け虚空蔵堂や僧舎が倒壊し、その後現在の巌上に再建されました。ここから見る只見川の絶景は実に素晴らしい~!寺の難工事を手伝った牛達の伝説があったのです。


        .....圓蔵寺本堂と鐘楼を結ぶ場所に地牛の像が多く鎮座していた.....
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本堂再建の寄進木材は只見川経由で運ばれましたが、ここから岩の上に荷上げるのが困難、しかし仏のお導きで力強い赤牛の群れが突然現れ見事に虚空蔵堂を建てることができたのです。何処に姿を消した赤牛達を労い感謝をこめ建立されたのが開運「赤べこ」。そうだったのかと目から鱗!


     .....(左)圓蔵寺は「赤べこ」の発祥地 (右)四季折々の彩りを見せる只見川の風景.....
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近くにある会津柳津駅は無人駅にも関わらず、開業当時からの木造駅舎が残る珍しい駅でSLが展示されています。福満虚空蔵や柳津温泉が近くにあるのでシーズン中は観光客で結構賑うらしい。


              .....会津柳津駅には懐かしきSLが展示されていた.....
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★会津・福島の歴史探訪旅は、まだまだ続きます!


次回は会津仏の里(後編)を紹介します。会津ころり観音・第三番「中田観音」から始まり、弘安寺・勝常寺・八葉寺、そして会津仏教文化の黄金中心地の慧日寺史蹟が登場しますのでお楽しみに~


     .....(左)会津坂下から会津若松へ (右)「さざえ堂」はまさに螺の如し螺旋構造.....
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          .....(左)会津若松のシンボル「鶴ヶ城」 (右)「白虎隊」の自刃図.....
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    .....(左)「会津戊辰戦争」の激戦地も訪ねる (右)幕府に忠誠を尽くした「松平容保」.....
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まだ始まったばかりの会津・福島の歴史探訪旅レポートですが、これから数編に渡って掲載していく予定です。会津仏の里の後は、会津若松へと移り市民のシンボル「鶴ヶ城」「会津戊辰戦争」の史蹟探訪、会津の奥座敷「東山温泉」、南会津の大渓谷「塔のへつり」、「大内宿」の街並等も紹介予定


       .....徳一上人によって開かれた東北を代表する古刹「慧日寺」の史蹟復元地.....
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        .....会津下郷「塔のへつり」、浸食と風化を繰り返し形成された見事な景観.....
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         .....(左)「塔のへつり」の吊り橋 (右)会津を代表する名湯「東山温泉」.....
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              .....下野街道(会津と日光を結ぶ街道)の「大内宿」を歩く.....
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          .....(左)「大内宿」の街並み (右)磐梯山&猪苗代湖の湖水風景.....
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         .....(左)「二本松城」と少年隊の銅像 (右)東北の要害地「白川城」.....
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会津や福島県の史蹟や観光地は地味であまり知られていませんが実に奥が深いものがありました。旅レポートが全て完了するのは来年位で相変わらずのスローテンポですが、気長にお付き合い下さい。


       .....会津・福島の史蹟・名所を沢山巡って帰京(次回続編をお楽しみに~!)....
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  by rollingwest | 2015-06-02 00:00 | 会津・福島探訪 | Comments(110)