カテゴリ:毛の国探訪( 2 )

 

<2016年4月16~17日>「毛野国」探訪③:(足尾銅山&田中正造)編

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                                    「毛野国」探訪②:(桐生・足利)編より続く


★「毛の国探訪」第3編は足尾銅山へ!


両毛エリア(群馬・栃木)の魅力を紹介するシリーズ「毛の国探訪」(第2編)は足利市と桐生市でしたが、続く第3編は足尾銅山の歴史探訪!更に日本初の公害問題「足尾銅山鉱毒事件」に毅然と対決した「田中正造」に焦点を当ててレポートします。皆様には殆ど知られていない穴場かもしれない。


  .....(左)渡良瀬川沿いに北上し、足尾銅山へ (右)足尾銅山鉱毒事件と闘った田中正造.....
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宿泊した桐生市のホテルを朝出発、「わたらせ渓谷道」(国道122号)を北上し足尾銅山方面へと向かいます。途中に.関東の重要な水源・渡良瀬水系の「草木ダム」が出現!今年7月迄は渇水危機にも舞われ心配されましたが、8~9月は台風が数回上陸し現在は安定水位に戻ったようです。


   .....「草木ダム」は今年の渇水危機で結構有名になったかも・・!当時は桜が満開でした.....
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★足尾銅山の歴史を知る (トロッコ列車で坑道探訪)


足尾銅山は栃木県・日光市足尾町に所在し1550年に発見され、明治10年(1877)に古河市兵衛が経営に着手。最先端技術を導入し最盛期には日本の銅産出量の1/4を産出する日本の代表鉱山として名を馳せました。最初に「通洞鉱神社」に参拝、次は「足尾銅山観光.」へと入ります!


   ....足尾銅山の守り神「通洞鉱神社」に参拝、「足尾銅山観光」(当地は日光市の一部)....
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   .....日本最大級の銅山坑内が実際に体験できるトロッコ列車の駅舎で電車出発を待つ.....
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足尾銅山は閉山していますが観光トロッコ電車に乗る観光坑道があります。通洞坑は銅山の基幹坑道として使用され、圧搾空気動力鑿岩機やダイナマイト発破工法(当時の最先端技術)を駆使して開鑿された遺構であり、保存状態も良好。足尾銅山観光ハイライトとして一部が公開されており、いざ探訪!


  .....(左)さあ出発!(銅山キャラクター源さん) (右)黄色いトロッコ電車はいざ坑道へ、進行~!.....
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真暗な坑道停車場で下り、奥へ進むと鉱山採掘の蝋人形が続々登場。当時の辛く厳しい鉱石採掘の様子が年代別(江戸時代から昭和期まで)にリアル再現されています。大変だったろうなア・・


    .....江戸から昭和まで400年間掘り進めた足尾銅山坑道、長さは1,234kmに及ぶ.....
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坑道見学の後は「銅資料館」を見学。鉱石が銅になる工程や作業光景、銅山の貴重資料、採掘機械等が展示されており、日本産業の近代化を支えた足尾銅山の歴史・役割がタップリ学べます。


     .....(左)トロッコ坑道見学終了 (右)次は「銅(akagane)資料館」へ入って見る.....
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     .....資料館では銅鉱石や掘削機械の展示、通洞作業のジオラマ再現等が公開.....
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★鉱都「足尾」の栄華を残す「古河・掛水倶楽部」

次は足尾銅山隆盛期の古河鉱業・迎賓館「古河・掛水倶楽部」を訪問しました。大正初期に改築された建物は、外観は洋風、内部は和洋様式が共存する木造建築で館内には数々の資料が展示。大正期のピアノ・国産1号ビリヤード台も置かれ、当時の華やかな上流階級の様子が窺えます。


      .....足尾銅山最盛期に当地の迎賓館として栄華を誇った「古河・掛水倶楽部」.....
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        .....2階は畳の大広間で全面窓。桜満開の景色を眺められるとは贅沢!.....
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和風部分は明治末期に改築され洋風2階建てとなり、古河機械金属の福利厚生施設(銅山宿泊・会合施設)として今も現役活躍しています。豪華食堂・寝室・ビリヤード室は大いに見所ありです!


    .....当地を訪問の華族や政府高官の接待や宿泊に使用された古河Gr迎賓館は実に豪華.....
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       .....豪華な食堂・ベッド・ビリヤード室・・、まさに上流社会の交流・迎賓施設だネ~.....
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ビリヤード室には古河グループ創業家・歴代当主の写真が飾られています。古河財閥の創始者「古河市兵衛」は天保3 年、京都の庄屋に生まれ、26歳で京都小野組の番頭古河太郎左衛門の養子となり古河市兵衛と名乗りました。生糸取引で手腕を認められ小野組糸店の支配人となりました。


  .....(左)歴代の古河グループ創業家当主達 (右)創業者・古河市兵衛渋沢栄一と深い交流.....
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      .....古河財閥グループ発展史の基礎は足尾で築かれたと言っても過言ではない.....
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その後小野組の倒産により独立し、1875年渋沢栄一の援助を得て鉱山経営をスタートさせました。古河財閥から生まれた企業群には古河の名を冠した数多くの会社がありますが、その他にも、富士電機と富士通も有名。まさに足尾銅山は日本の近代化で重要な役割を果たしたといえましょう。


    .....明治40年の足尾鉱業事務所、重役・管理職住居が当時とほぼ変わらない姿で残る.....
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      .....旧足尾鉱業所付属倉庫は明治43年の煉瓦建築。桜とのコラボが素晴しかった.....
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★「わたらせ渓谷鐵道」を北上、足尾銅山の「本山精錬所跡」へ

「わたらせ渓谷鐵道」はその名前の通り、美しい渡良瀬渓谷川の流れに沿って走る鉄道で群馬県桐生駅~間藤駅(matou日光市)の17駅(44km)を結びます。元は産出された銅の輸送目的で敷設された鉄道で1911年に開業、その後国営化され現在は第3セクター経営されている観光鉄道です。


    .....(左)足尾町の中心駅「通洞駅」(足尾銅山観光の最寄駅) (右)白い木造のレトロ駅舎.....
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      .....通洞駅のホームに立つと「わたらせ渓谷鐵道」のレトロな列車がやってきた!.....
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間藤駅を過ぎると「間藤発電所跡展望台」、いよいよ足尾銅山の本山精錬所跡へと向います。さらに渡良瀬川を遡上して行くと巨大煙突が見えて来た!今は廃墟となった鉱山とはいかなる姿か?


      ....終点駅は間藤駅(栃木県日光市)、ここには「間藤発電所跡展望台」がある.....
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      .....間藤駅から足尾本山駅はすでに廃線!渡良瀬川を遡上すると巨大煙突が!....
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足尾銅山が閉山した後も多くの施設は取り壊されず廃墟化し、独特の雰囲気が漂っている!製錬所の周囲が皆禿げ山になっているのは、製錬所から排出された亜硫酸ガスが長年に渡って足尾の山々を汚染したことが原因・・、製錬所北部は現在も不毛の地となっています。公害の爪痕だ~


    ....渡良瀬川の対岸から、昔栄華を誇った銅山抗と製錬所全体を眺めることができる....
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     .....銅山は閉山し本山駅線路は廃線。昭和時代にタイムスリップしたような廃墟風景.....
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旧足尾町にあたる区域の人口は、今や2千人強、銅山が閉山した影響が大きく、この100年で人口は1/10以下になったとのこと。鉱山町の共通現象かもしれないが余りにも寂しき光景だ・・


      .....「古河橋」は赤倉地区と本山坑・製錬所を結ぶな橋梁(国指定重要文化財).....
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    .....足尾には沢山の廃墟・廃屋があり村が丸ごと廃村となった地区も数多くある.....
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足尾銅山の歴史や廃墟後を見学し、次は館林市へと向いました。館林の見所は第1編で紹介しましたが。当市には足尾銅山の歴史とは切っても切れない人物の記念館があるからです。その名は「田中正造」、日本最初の公害問題「足尾銅山鉱毒事件」に対して立ち向かった有名な方です。

                                    「毛野国」探訪①:(高崎・安中・館林)編




★最後に「田中正造記念館」と「渡良瀬遊水地」を訪問して帰京


田中正造記念館」には足尾鉱毒事件や田中正造について学ぶ資料が沢山あります。足尾の山は煙害と炭鉱による過度の伐採で丸坊主となり、自然の恵みをもたらしていた渡良瀬川は鉱毒が垂れ流し状態となりました。現地被害民も黙っておらず正造は政府に訴え出ようと館林を出発!


  .....日本初の公害問題「足尾銅山鉱毒」に対して立ち向かった「田中正造」の記念館を訪問.....
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しかし富国強兵が第一優先の明治政府は訴えを無視、正造の訴訟団を警官隊に阻止させ国家権力で弾圧したのです。(川俣事件) 田中正造は亡国演説を行い政府の糾弾を継続。そして彼は最終手段で直訴状を携え、「お願いがござる!」と天皇馬車に走り出し逮捕されてしまいました。


  .....国家弾圧に怒った田中正造はついに天皇直訴を決行!警察に制止され未遂に終わる....
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   .....(左)田中正造夫妻の絵が居間に (右)足尾銅山精錬所風景、地形もよく理解できた.....
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次は雲龍寺を訪ねてみました。朱門を入ると左手には「足尾鉱毒事件被告の碑」があり、さらに進むとを田中正造の墓があります。この寺は川俣事件で鉱毒被害民が集結した歴史の地。石碑には正造の詠歌「毒流すわるさ止めずバ我やまず渡良瀬利根に地を流すとも」が刻まれる。

     .....田中正造の墓がある「雲竜寺」(館林市)、渡良瀬川の近くにヒッソリと眠っていた.....
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旅の最後は、日本最大の遊水地「渡良瀬川遊水地」(利根川の中流域)を訪問して帰京しました。渡良瀬川洪水被害で足尾銅山の鉱毒被害は明確になり、明治43年には内務省による改修事業が開始、昭和5年に渡良瀬遊水地が完成したのです。今は地元住民の憩いの場となっています。


    .....利根川の中流域(群馬・栃木・茨城・埼玉)、日本最大の遊水地「渡良瀬川遊水地」.....
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水質汚染は確実に解消し、2012年国際会議においてついにラムサール条約湿地(国際的に重要湿地)に登録された遊水地となりました。田中正造翁も天国から大いに喜んでいることでしょう!


      .....ウインドサーフィンを楽しむ人達が沢山!足尾鉱毒事件の悲惨史は全く感じない.....
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    .....かつて鉱毒事件悩まされた渡良瀬のラムサール条約登録候補地になる程に環境改善.....
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足尾歴史と環境闘争の田中正造足跡を訪問し今回は大変勉強になりました。毛の国探訪はまだまだ続きます。第4~5編は足利尊氏・新田義貞の太平記史跡、徳川家康のルーツ世良田東照宮、佐野(厄除大師・ラーメン)、大谷石採掘場のレポート等が今後続々登場の予定です。お楽しみに~!



           【NHK番組・その時歴史が動いた】 『田中正造 足尾鉱毒事件に挑む』
                   



                                                        おわり

  by rollingwest | 2016-09-13 16:55 | 毛の国探訪 | Comments(116)

<2015年8月>「毛の国」探訪(上毛・群馬編):「高崎・安中・館林」

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★「毛の国」・・、群馬県・栃木県南部


「毛の国」と聞いてもピンと来ない方は多いと思いますが、群馬・栃木南部(前橋・高崎・富岡・藤岡・大田・館林・桐生・足利・佐野・古河・下野等)が「両毛」エリアです。当地域はRWも殆ど未訪問地だったので8月柏崎帰省の折に立ち寄ってみました。過去撮り溜めた写真とあわせて紹介します。


  ...上毛野国(カミツケノクニ・コウヅケ)=群馬県、下毛野国(シモツケノクニ)=栃木県。両方で「両毛」...
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古代では当地域を、「上毛野国」(カミツケノクニ)=群馬県、「下毛野国」(シモツケノクニ)=栃木県、と呼んでいました。カミツケは「上ツ毛」の国(京都・奈良に近い方が上)・・。大和朝廷から「毛人の住む国」と蔑まれたような呼称ですが、今も群馬を「上州・上野国」、栃木を「下野」と呼ぶルーツとなっています。


               ....群馬県には新幹線「上毛高原駅」もあるよ...
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まずは上州から紹介しましょう。全国都道府県魅力度ランキングでは何と群馬県はドンジリ、一般的に印象が薄い県なんだ・・!確かに浮かぶイメージといえば「カカア天下」「だるま」「こんにゃく」位か・・。観光面でも魅力ある場所が多いのに何もない県と思われている。


      ....群馬県の魅力度ランクを調べてみたら、何と47都道府県で47位の最下位!....
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しかし群馬県は草津・万座・四万・猿ケ京・水上・宝川・老神・伊香保など名温泉宝庫、赤城・榛名・妙義の上州三山、2014年世界遺産指定の富岡製糸場と非常に魅力溢れる県です。大学同級生「寂恋法師」より先日「群馬県観光大使」を任ぜられたので気合を入れてレポートします。


                <2014年>群馬世界遺産探訪(前編)「荒船風穴&富岡製糸場」

               <2014年>群馬世界遺産探訪(後編)「藤岡・伊勢崎、深谷・小川」




★「前橋vs高崎」(ライバル関係)、観光なら「高崎」に軍配かな・・

群馬県庁所在地は前橋市ですが、高崎市と勘違いする方も多いのでは・・。ともに人口30万人超の群馬2大都市ですが、お互い非常に強いライバル意識を剥き出しにしています。市庁舎間距離12km、まさに隣接都市同士だし合併して政令指定都市になれば・・とも思いますが、そう簡単ではないようです。


      ....(左)前橋と高崎は隣接し激しいライバル関係 (右)立派な群馬県庁舎(前橋市)....
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江戸時代は別々の藩で明治初期から仲が悪いようだ。原因を作ったのはNHK大河ドラマ「花燃ゆ」のヒロイン・ふみの夫(2人目:楫取素彦)。明治政府官僚となった彼は1876年県庁舎を高崎から前橋に移したのです。高崎市民には「また元に戻すから」と説明したのに約束が守られない恨みがあるらしい。

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文化面は前橋、経済・観光は高崎のイメージですが、全国的には両市の印象は薄い気がします。でも高崎といえば「だるま」が有名!5年前に訪ねた「少林山達磨寺」の写真が未掲載だったので掘り出し公開します。この禅宗寺は福ダルマ発祥の地、正月七草大祭「だるま市」(1/6~7)で賑う古刹です。


     ....(左)「少林山達磨寺」入口 (中)福達磨発祥地 (右)正月七草大祭・だるま市....
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        ....禅宗開祖の「達磨大師」は絵や彫刻、さまざまな表情で睨みを効かす....
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寺は黄檗宗 (中国禅宗)なので建物は全体的にchaina風。本堂隣の「達磨堂」はダルマ資料館(無料開放)となっており数々の達磨が陳列されている。開運・選挙必勝・合格祈願、教育熱心な群馬県は優秀人材を多数生み出し、1976年以降4人も首相(福田赳・中曽根・小渕・福田康)を輩出している。


       ....本堂隣は達磨資料館!歴代3総理(福田・中曽根・小渕)の選挙ダルマ鎮座....
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中国で5~6世紀に活躍した禅宗開祖「達磨大師」ですが、千年後も日本で愛され開運祈願されるとは想像もしなかったことでしょう。高崎にはもう一つの心の拠り所があります。慈悲深き表情で市民を見守る「高崎観音」が立つ観音山、ここは市民憩いの場所であり春は桜の名所!


      ....高崎といえば巨大観音立像も有名、正式名は高崎白衣大観音(2010訪問)...
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昭和11年完成の観音様は真下から見上げると大迫力!9階層胎内見学ではお土産屋など立ち並びますが、それでも世俗的な感じがしません。胎内に20体の仏像が安置され、やはり観音様の表情が穏やかでいい顔をしているからでしょう。本当に像から慈悲心・オーラが発しているように思えました。


     ....(左)慈悲溢れる御姿で常に高崎市民を見守る (右)観音山は桜の名所....
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★「新島襄」旧宅(安中市)


安中市は高崎と富岡の中間点、ここから「浅間山」(長野県活火山)や「妙義山」(上州三山)の絶景眺望が楽しめます。最近は上信越道ルートで登山や帰省することが増えたので2名峰をよく見るようになった。


       ....奇怪な形の「妙義山」&日本最大級の活火山「浅間山」のコラボ....
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       ....(左)白倉神社脇に鎮座する巨大な天狗面 (右)奇岩が目を引く妙義山....
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両毛地区は奈良時代から絹織物産業が発展してきた場所で、明治時代には富岡製糸場が設立された経緯もあり昔から蚕産業が盛んな場所。蚕の餌となる桑畑が沢山広がっています。


    ....(左)蚕の餌の桑畑、カラっ風の地で水田は少ない (右)桑の街路樹とは珍しい....
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NHK大河ヒロインふみ(長州)の夫に続き、今度は八重(会津)の夫「新島襄」の所縁地が登場。安中には「新島襄」(同志社大設立者)の旧宅があり2010年に訪ねた写真が未公開だったので掲載UP


      ....安中は「新島襄」(新島八重の2人目の伴侶)旧宅が見所(2010訪問)....
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          ......新島襄が故郷でキリスト教の布教拠点として「安中教会」礼拝堂....
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★猛暑で有名な「館林」、分福茶釜「茂林寺」など見所あり!


夏になると日本一暑い街が話題になりますが、過去最高気温を記録した四万十市に続く猛暑常連市は、熊谷・多治見・館林!「館林」(群馬南東部)は今年の最高栄冠に輝きました。館林は我がブログメイトの大学同級生「寂恋法師」(10年程前に単身赴任の狂歌集を自費出版)の生れ故郷です。


    ....大学旧友「寂恋法師」の故郷「館林」、駅舎は実にお洒落!タヌキ像が沢山!....
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       ....2015年の夏では「猛暑全国NO1の街」として栄光(?)に輝いた館林....
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館林駅前には狸像が沢山!有名な「分福茶釜」の昔話舞台「茂林寺」が館林にあるからです。まだ朝早かったので周辺の茶屋は開店前でしたが、山門に向って歩くと狸の像がズラリ両脇に並んでお出迎え!境内アチコチに狸、巨大な狸にひょうきんな表情の狸、本当に狸三昧~


      ....有名な昔話「分福茶釜のタヌキ」の舞台は館林の「茂林寺」山門も立派!.....
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           ....山門参道の両側にはタヌキの像がずらりと並んでいた....
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「分福茶釜」は罠にかかった狸が男に恩返しするため見世物小屋で大活躍する物語ですが、お寺の和尚さんが茶釜を沸かしたら茶釜に化けていた狸がアチチと正体を現す場面舞台が茂林寺です。


     ....茂林寺本堂は重厚な萱葺き屋根、ひょうきんな狸像が随所に立っている....
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      ....おとぼけ表情、おすまし顔、立派な金袋、ほくそ笑み、様々なタヌキ達....
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狸の置物が沢山ある「茂林寺前駅」脇に、昔の巨人軍グランドがあります。プロ野球発足(1936)の第一回優勝を飾ったのは巨人軍、その陰には血反吐を吐いた伝説の「茂林寺猛特訓」がありました。


    ....(左)東武伊勢崎線「茂林寺前駅」 (右)ここはかつて巨人軍グランドがあった....
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特訓を積んだ東京巨人軍は、エース沢村が期待通り活躍を見せ12月の「洲崎決戦」で猛虎軍を破ってリーグ初年度優勝を飾ったのです。茂林寺こそ常勝巨人軍の礎となった伝説地でありました。


  ....巨人軍が初代王者(1936)、喜びの集合写真には沢村・別所等、錚々たるメンバーがズラリ....
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館林には「つつじが岡公園」という市民憩いパークがあり、園内に樹齢800年を超えるヤマツツジの巨樹群や江戸キリシマ古木群も多数保存が自然形のままで保存されている歴史的な価値が高い公園です。


    ....「館林つつじが丘公園」、近くには「田山花袋文学館」「向井千秋記念科学館」もある....
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公園脇には「向井千秋記念子ども科学館」や近代文学の田山花袋記念文学館もあります。宇宙飛行士や文学者も生んだ館林市は大したもんだ~。狂歌好きの寂恋エロ法師も忘れちゃならぬ・・(笑)


        ....「田山花袋の旧居」、14歳まで過ごした萱葺き屋根の家は風情あり....
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絹織物の盛んだった当地には「上毛モスリン」という上州機織物業の会社の由緒ある洋風建築も公開されています。和洋建築技法が取り入れられ、当時の建築技法が発展した歴史が伺われます。


        ....上毛モスリン株式会社本館事務所は風格と由緒ある洋風建物....
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   ....美智子皇后の祖父(正田貞一郎氏)が日清製粉社長時代の黒塗り馬車....
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この夏は7月中旬~8月初めは全国的に暑い夏となり、館林は今年の日本最高気温38.8℃を記録しました。柏崎夏帰省の折に「日本一暑い街」館林の猛暑を体験したかったのですが、8月下旬は雨模様の日々が続き秋の訪れが早かったので、当日は涼しくてちと拍子抜け・・


     ....つつじが丘公園の南は蓮が見事な「城沼」、「朝陽の小径」なる散策道....
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★「毛の国」地名の由来、群馬古墳群に秘められたる謎


群馬県は東日本では有数の古墳王国(全県で8千基以上)であり、今から約1500年前、榛名山東南麓(北関東・毛野国)には大陸から渡って来た騎馬民族豪族が住みつき当地に栄えました。


         ....(左)かみつけの里博物館 (右)大量の埴輪群が圧巻!....
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今回群馬県では最も有名な高崎市北西部(保渡田・井出地区)の3古墳(二子山・八幡塚・薬師塚)を訪問して見ました。隣接する「かみつけの里博物館」も見学し、あらためて壮大な歴史を再認識!


        ....博物館の裏手には広大な「保渡田八幡塚古墳」が聳える....
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かみつけの里博物館は、5世紀後半の古墳時代の人物・動物埴輪、当時の再現模型が展示される考古博物館。館外は国指定史跡の保渡田古墳群が集積し復元整備されており散策を楽しめます。


        ....古墳が復元整備されており、散策を楽しめる....
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墳丘の長さ100mの前方後円墳は広大な二重堀を巡らし多量の埴輪を立て並べています。復元された古墳に登ることができ、八幡塚古墳頂上から内部へ降りると豪族が眠る石室も見学可能です。


    ....大量埴輪群に守られた古代王の棺、上空から見る前方後円墳の優美な形....
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東日本最大の「太田天神山古墳」(太田市)も訪ねてみました。墳丘長210mの大型古墳はまるで自然丘の様だ!これ程までに大規模古墳が築かれたのは畿内・吉備・毛野国だけなのだそうです。


     ....東日本最大規模の「太田・天神山古墳」は築造当時では全国約5位の規模....
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両毛エリアには埼玉県北部も含まれており、埼玉も古墳が多い県として有名です。昨年「さきたま古墳群」(行田市)を訪問して、国宝「金錯銘鉄剣」(稲荷山古墳)や有名古墳と対面!出土した甲冑・鉄剣・馬具から大和朝廷に関係が深い有力騎馬民族が群馬・埼玉を支配していたことが窺えます。


  ....2014年訪問した埼玉・行田の古墳群(丸墓山古墳&稲荷山古墳)は素晴らしかった!....
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   ....(左)古代日本を征服した大陸からの騎馬族将軍 (右)将軍山古墳に眠る古代の大王....
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古墳出土の埴輪はユダヤ司教の姿を窺わせるものが多くあります。日本の神社と古代イスラエル祭祀は多くの類似があります。祭祀形式・禊・結界(幕屋)・神輿(=アーク)・狛犬(=ライオン)等・・。世界放浪に出たユダヤの一部支族が騎馬民族と共に行動し世界最東端の日本へ到着したとの説に興味深々


      ....埴輪はユダヤ司教の姿に間違いなし、騎馬民族と一緒に日本へと渡って来た....
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9月24日「上野三碑」(群馬県の7~8世紀の古代石碑3基)が2017世界記憶遺産登録申請の嬉しいニュースが入りました。その一つ「多胡碑」(高崎市吉井・日本三古碑)は5年前に見学しました。「胡」とは古代中国での西方異民族(遊牧民)の蔑称であり、西域人が群馬に多く住んでいた証明です。


    ....胡人が多く住む地で発見「羊太夫の多胡碑」(2010訪問)、世界記憶遺産2017年申請....
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「多胡碑」には「羊太夫」という人物名が刻まれており、羊という名の豪族、まさに騎馬を操る蒙古遊牧民族が当地に根を張っていたことが窺えます。群馬県名も騎馬民族勢力の痕跡なのかな?


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      ....「羊太夫」は大和朝廷に使え数々の技術・文化を伝承し毛の国に大量移植した....
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倭王「武」(雄略帝)が中国・宋王朝に出した書に「東征毛人55国」(東国毛国を征服した)との記述があるらしい。大和朝廷は弥生系で比較的体毛が薄いのに対し、縄文系蝦夷人(or 大陸から渡って来たユダヤ人?)が余計に毛深く見え、それで東国を「毛野国」と命名したのではないでしょうか・・


        ....(左)古墳時代の住居跡 (右)ぐんまちゃんお薦めの古代探訪場所...
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    ....毛人の国とは大陸渡来の胡人?それとも蝦夷?・・、古墳に眠る王がその謎を知る....
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                                                         おわり

  by rollingwest | 2015-09-27 00:00 | 毛の国探訪 | Comments(106)