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RW/洋楽コーナー:「My Favorite Songs」 (第2巻)

                 【My Favorite Songs】過去紹介記事一覧(INDEX)はコチラから
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★(022):ビートルズ名曲「トップ10ソングス」 (デビュー50周年記念:2012年)  (2012.1.4公開)



c0119160_2292269.jpg【掲載ユーチューブが削除され再掲載。順位と画像が一致せず御容赦!】
2012年はビートルズが「ラヴミードゥ」(1962年)でデビュー50年の節目。「ビートルス名曲ベスト10」をユーチューブで発見。冒頭曲は「抱きしめたい!」(1963年):彼らの魅力を世界に知らしめた曲(500万枚記録)。第10位「SGTペッパーズ・ロンリーハーツクラブバンド」(1967年):最高名盤の冒頭タイトル曲、ブラスセクション・多重録音効果の力強いロックナッバー。第9位「ルーシーインザスカイ」(1967年):名盤SGTに収められたLSD世界のサイケデリック曲、エルトンジョンもカバー。第8位「ヒア・カム・ザ・サン」(1969年):双璧金字塔「アビーロード」のジョージハリスン代表曲、アコースティックギター&シンセサイザーの響きが心地よい。第7位「エリナー・リグビー」(1966年):名盤「リヴォリバー」よりイエローサブマリンと両A面発売、グラミー賞歌唱部門の栄誉に輝いたクラシカル旋律曲。第6位「ヘルプ!」(1965年):映画「ヘルプ!4人はアイドル」主題歌で初期時代の絶頂曲。アイドル人気に辟易とし自分を見失う心の叫びを本気で「ヘルプ」と吐露。音楽性の転換点・分水嶺かも・・。第5位「ゲットバック」(1969年):解散寸前・スレ違い拡大のビートルズ現状を危惧したポールマッカートニーが「再び原点に戻ってやり直そう」の趣旨で始めた「ゲットバックセクション」の曲で歌詞中のジョジョとは当時ヨーコに没頭していたジョンレノン、「戻って来い~!」とCALL。第4位「カムトゥゲザー」:LAST名盤「アビーロード」冒頭曲、シュッの歌詞で始まるファンキーでブルージーなジョン後期の代表作。第3位は「愛こそはすべて」(1967年):世界同時中継でレコーディングシーンが紹介された永遠の名曲。簡潔シンプルに繰り返す愛のフレーズ。第2位はビートルズを代表するバラード名曲「イエスタディ」、弦楽四重奏とコラボするポールメロディは世界で最も多くカバーされた佳曲。そして第1位は・・、1968年リリースのビートルズ最大ヒット曲「ヘイジュード」。ポールがジョンの息子ジュリアンの孤独を慰める思いやり曲





★(021):ロッドスチュワート「セイリング」 (1975年)  (2011.12.25公開)


c0119160_6512490.jpg2011年は大震災・原発被害・台風被害・経済悪化・政治混乱・・、未曽有なる悪夢・混迷の今年を忘れ最後の曲は、次の未来の海を目指す意味でこの曲を・・。ロッドといえばしわがれ声で「アイムセクシー」等のノリいいロックンロールを明るくノーテンキに歌いますが、「胸につのる思い」等のバラード名曲も多く輩出。彼の有名なバラードは「セイリング」でしょう。カバーソングですがロッド独特の雰囲気でスピリチュアルな心境を歌いあげています。実は詩内容は、死に瀕した男が末期を迎え自分の人生を航海に例えて振り返り、天国に召される前に神への誓いを表現した歌なのです。悪夢に襲われた日本が大晦日・新年を迎えるにあたり、前向きに捉える「勇気づけの葬送歌」。「往く川の流れは絶えずして、しかも元の水にあらず」・・、今体験する日常・自然環境・人生運命は一時・仮の姿とすれば、悪夢の年は早めに一区切りをつけ新航海に再出発すべき!生まれ変わった日本が心を切り替え荒波怒涛に向かい乗り切って行くことが大切!





★(020):ダンフォーゲルバーグ「懐しき恋人の歌」(Same Old Lang Syne) (1981年) (2011.12.15公開)


c0119160_618011.jpg洋楽アーティストのクリスマスソングには数多くの名曲がありますが、小生お気に入り曲はダン・フォーゲルバーグの「懐かしき恋人の歌」(名盤インノセントエイジ)。曲の詩は、クリスマスイブに昔の恋人(既婚)と偶然再会、暫し懐かしい昔に戻り楽しい会話を交わせた小さな幸福の一時の感情を歌いあげています。2人は学生時代に熱烈に愛し合ったのでしょう。各自が抱える現実苦悩を隠しながら、今もお互い何も変わらぬ純粋な面影を感じ合いました。決して戻れないイノセントエイジ(純粋な青春時代)をフラッシュバックしながら・・。やがて話も尽き、各自の日常に戻る現実を迎えます。別れのキスを受けた後に彼女の車を見送る一人ぼっちの自分・・、寂しく家路に着く切なさに胸が締め付けられる。気がつくとクリマスイブの雪はいつしか雨に・・。⇒LAST<蛍の光>(マイケル・ブレッカーノのサックスソロ) 映画1シーンの様な情景で泣ける冬の短編ストーリー、いつ聴いても感銘を受けます・・。「蛍の光」原曲はスコットラント民謡「Auld Lang Syne」ですが、曲題「Same Old Lang Syne」と「蛍の光」とが結びついた。ダン・フォーゲルバーグは70~80年代の米国ウエストコーストサウントを支えたシンガーソングライター、日本知名度は余りにも低いですが、本国アメリカでは高く評価。叙情的な歌詞と温かみと清潔感溢れる優しい歌声、小生が大好きなアーティストでした。名曲「ロンガー」「ビリーブインミー」も思い出深い・・。しかし彼は2004年、癌の病魔に侵され闘病の末、2007年12月17日クリスマスイブを待つことなく56歳の若さで逝去。孤高の吟遊詩人が奏でた美曲に流れる「蛍の光」、永遠に・・。





★(019):アバ「悲しきフェルナンド」 (1976年) (2011.12.5公開)


c0119160_22581064.jpg1970年代を代表するPOPグループ「アバ」(ABBA)、現在も世界的な人気を保ち続る北欧スェーデン出身の4人組は、シングル・アルバム3億7千万枚を超える世界的なミュージシャン、2010年にはロック殿堂入りをしています。「ダンシングクイーン」「マンマミーア」「チキチータ」など彼らの曲を聴いたことがない人は殆どいないと思います。彼らは夫婦2組のカルテット、グループ名は各4人のイニシャル(男:ビョルン&ベニー、女:アグネッタ&アンニフリッド)を並べたものです。男性デュエット「ビョルン&ベニー」は小生が中学生時代に夢中になって聴いた「木枯らしの少女」などのヒット曲を放っており、彼ら2人がアバの前身だと知ったのは20歳前後のこと。初めてアバを意識したのは1976年(大学1年)、FENラジオから流れてきたこの名曲「悲しきフェルナンド」を聴いてからです。アバは明るくPOPな曲が多いですが、当作品は米国テキサス州の「リオグランデ川」を舞台にしたアメリカ・メキシコ戦争を歌い、南米アンデスの雰囲気も感じられます。





★(018):ジョージハリスン「リヴィングインザ・マテリアルワールド」 (1973年)  (2011.11.25公開)


c0119160_0115424.jpg「静かなるビートル」と呼ばれたジョージハリスン。2001年に他界(享年58歳の若さで病死)してから10年の歳月が経ちました。ジョンとポールの影に隠れ地味な存在だった彼ですが、インド音楽に魅了され徐々に音楽の幅を広げていきます。最も輝いたのはビートルズ末期・ソロ時代、Eクラプトン等数々の有名ミュージシャンと交友を深め、「オールシングスマストパス」「バングラディシュコンサート」などロック史に大きな足跡を残しました。小生がジョージのソロで一番好きなアルバムは。「ギブミーラブ」の名曲を収めた「リヴィングインザ・マテリアルワールド」(1973)。このアルバムは地味で一般的には無名に近いですが、聴けば聴くほど味わい深い名盤!何とこのアルバムと同名のドキュメンタリー映画が特別限定上映公開していると知り早速(11/23)に鑑賞に行きました。 アカデミー 賞にも輝いた鬼才マーティン・スコセッシ監督(ローリングストーンズのシャイン・ア・ライトも製作)が描いた映像世界は非常に感銘深かった・・!映画構成は極めてシンプル、時系列にジョージの58年の生涯を辿るのみ・・。ビートルズの成功、人間関係の葛藤、インド音楽・精神世界への傾倒、妻パティが盟友クラプトンに陥る恋・・、バングラディシュ支援チャリティーコンサート、懐かしい映像や知らなかった事実(ガンに侵されていた時代に自宅侵入した暴漢に襲われ殺されかけたこと等)が続々登場!3時間半の長い上映(途中休憩あり)でしたが、ビートルズ時代からの名曲やポール、リンゴ、クラプトン達の生の声も聞け、本当に飽きることのない時間でした。インド宗教の精神世界で得た彼の心境を物質世界でロック新境地(この曲にもインド音楽のエッセンスが・・)を開拓し続けた映像はビートルズファンを確実に魅了します。ジョージはこの名盤の中で、パティがクラプトンのもとに走っていったことで「ザット・イズ・オール」(全ては終わったね・・)と寂しそうに歌い上げています。⇒映画「リヴィングインザ・マテリアルワールド」はコチラから





★(017):アランパーソンズプロジェクト「アイ・インザ・スカイ」 (1982年) (2011.11.15公開)


c0119160_22285022.jpg70年代のロックシーンをエンジニアとして陰から支え、やがて自らもミュージシャンとしてデビューし世界的な人気を博した「アランパーソンズ」を紹介します。彼はビートルズの「ホワイトアルバム」「アビーロード」「レットイットビー」、ピンクフロイドの「原子心母」「狂気」という歴史的名盤を手掛けて脚光を浴びました。その彼が1975年にエリックウルフソンと組み、セッションミュージシャンを加えながら「アランパーソンズプロジェクト」を結成し、プログレを彷彿させる質の高い多く作品を生み出しました。「エドガーアランポーの世界」という怪奇幻想物語テーマのデビュー盤はグラミー賞にノミネートされ、その後も数々のコンセプトアルバム合計10枚をリリースしています。壮大なスケールサウンドとPOPで聴きやすい音楽を展開し世界的な大成功を収めた彼らには多くの名曲がありますが、最大ヒット曲は「アイ・インザ・スカイ」ですかネ。まず1曲目「狼星」からパーソンズ世界が現れ、その流れでベース音からアルバムテーマの本曲に引き継がれるオープン(彼独特の手法)展開。アランパーソンズプロジェクトは、アルバムごとに明確なコンセプトを定義し、その都度曲に相応しいミュージシャンを起用することで完成度を深めました。(オーケストラとの共演も魅力) 小生は1977年の「アイロボット」が最大のお気に入り名盤!「サム・アザー・タイム」「ドンレットイットショウ」などの佳曲とともに初期のプログレ色が明確で実に素晴らしい~!80年代になるとメロディ重視の美しいバラード曲が増えていきます。






★(016):サイモン&ガーファンクル 「サウンドオブサイレンス」 (1965年) (2011.11.5公開)


c0119160_1041947.jpg「サイモン&ガーファンクル」・・、ビートルズやエルトンジョンと並んで、小生に洋楽の素晴らしさを教えてくれた恩人です。小学校時代(1967)に不二家CMで流れていたS&Gの「サウンド・オブ・サイレンス」を聴いて感銘。半音のイントロギターから、透明感あるガーファンクルの美しい声、それに合わせるポールサイモンの低音ハーモニー、静寂をテーマとし暗闇の中から響いてくるような美しいS&Gのアコースティック世界には、詩の中に強いメッセージが秘められていました。洋楽に本格的に興味を持ち始めた13歳の頃、「赤い限定盤:S&Gグレーテストヒッツ」を購入、これこそ小生が生まれて初めて買ったLPレコード。この永遠なる名曲はS&Gとして初めてレコーディングし、1stアルバム「水曜の朝・午前3時」(1964)に収録された作品でデビュー時は全くヒットしませんでしたが、あるプロデサーューがエレクトリックギターを加えたアレンジでリリースしたら翌65年に全米ヒットNo.1に輝いてしまったのです。この大ヒットで事実上活動休止だったS&Gは再結成、映画「卒業」(「ミセス・ロビンソン」に誘惑される主人公ダスティホフマンが娘役キャサリンロスへの純愛を貫く物語)のテーマソングとして大ヒットを記録しS&Gを世界的アーティストに押し上げました。その後、「コンドルは飛んでいく」「スカボロフェア」「ボクサー」そして最大名曲「明日に架ける橋」など数々のヒット曲を生み出し、小生も洗練された美しいフォークロック世界に一遍に虜となりました。彼らは5枚だけのアルバムを残し1970年に解散してしまい、その後ソロでそれぞれが独自の道を歩み始めます。しかし1981年にセントラールパークで再結成、翌年来日し往年のファンを喜ばせたのです。2度目の来日(1993年)はカミサンと東京ドームに公演を聴きに行き彼らと初対面(当然電光掲示板越しですが・・)したことがいい思い出です。小生の一生敬愛する懐かしきアーティストとしてS&Gの名曲を数多く紹介していくつもりです。





★(015):ピンクフロイド 「サマー68」 (1970年)   (2011.10.26公開)

★(015):ピンクフロイド 「サマー68」 (1970年)   (2011.10.26公開)



c0119160_42025.jpg1970年前後にプログレシッブロックをリードし一世風靡した象徴グループ「ピンクフロイド」。サイケデリック世界から音楽性を先進的に発展させ、壮大なる抒情詩、太陽神、宇宙の世界、人間本質等を示したコンセプトアルバムを次々と創り出していきました。現在ロックコピーバンドは多く存在しますが、ピンクフロイドの完全なる真似は不可能・・。それ程に彼ら自身でなければ表現できない独自世界を築き上げたのです。「実験的=抽象・難解」とういうイメージが先行しますが、実は彼らの曲には牧歌的でメロディアスな佳曲が沢山ありました。ピンクフロイドは1973年ロック史に今も燦然と輝く名盤「狂気」で金字塔を極めますが、小生が今も崇める名盤は「原子心母」(1970)と「おせっかい」(1971)です。彼らの最大級傑作アルバムの一つ「原子心母」B面には「リック・ライト」(今はリチャードライトと呼ぶらしい)が書き上げた「サマー68」(小生が最も愛する名曲)や「イフ」が眠っています。静かなピアノ弾き語りで始まり、優しく美しいボーカルが印象的な曲。一気に盛り上がるサビ間奏部はホーンセクションのオーケストラが実に感動的。リック・ライトは、ロジャーウォーターズ、デイブギルモアという強烈な個性を放つ二人を前にしているだけに目立たない鍵盤奏者ではありましたが、フロイドサウンドの骨子・下支えをシッカリと担っていました。だって、あの最高なる大抒情曲「エコーズ」のボーカル主役をやっていたのですから・・。その後、彼はだんだんグループの中から干され、ドラッグに溺れピンクフロイドを脱退・・、そして2008年に65歳で癌で逝去してしましました。あの可愛らしい少年の様な笑顔は年老いても面影を残していました。あらためて哀悼・・。リック・ライトよ、永遠に・・。



★(014):シルヴィ・バルタン「悲しみの兵士」 (1970年) (2011.10.16公開)


c0119160_8374016.jpg♪「ラン・ララ、ラン・ランラ~、ランラ~」♪この哀愁に満ちた女性の声に、フランス語での男の渋い呟き、そして随所に入る魅惑的で迫力あるサックス(ブッ・プワ~と大きく鳴り響く)。1960年代後半~70年代初めにかけ、フランスやオランダの歌手やバンドが一時代を築いていました。中学生時代にラジオで流れていたフレンチPOPS(ダニエルビダル、ミッシェルポルナレフ等)に先駆けた旗手はシルヴィ・バルタンでした。1964年に「アイドルを探せ」でデビュー、そして1970年にこの「悲しみの兵士」「あなたのとりこ」の2大ヒット曲を放ち、小生も文字通り彼女の虜となってしまいました。映画「ウォーターボーイズ」の主題歌にもなった「あなたのとりこ」はとっても明るくハイテンポなPOP曲、そしてこの曲は渋く哀愁に満ちた悲壮なメロディ曲。このアンバランスさと彼女のキュートな姿が実に魅力的でした。このユーチューブ画像を見ていると愛苦しかったアイドル時代や、その後トウが立ってオバサン臭くなった頃など多くのシルヴィ表情が楽しめます。ビートルズと一緒に映った画像はお宝物! この曲で渋く呟いた男性の声はシルヴィの旦那(ジョニーアリディ)が歌っていたのだそうです。「悲しみの兵士」の歌詞はフランス革命を背景にしたものだといわれており、一度聴いたら忘れられない印象を残します。戦争を題材に採ったシルヴィ作品の中でも異色ともいえる名曲です。





★(013):ジミ・ヘンドリックス 「紫のけむり」(Purple Haze) (1967年) (2011.10.7公開)


c0119160_61787.jpgロック史に崇められる3大ギタリストといえば「エリッククラプトン」「ジェフベック」「ジミーペイジ」、1960年代末期に「ハードロック」というジャンルを土台を築き上げた栄光の3人。いずれも「ヤードバーズ」というバンドに属していましたが、当時はブルース・R&Bの色が強かったように思えます。その彼ら3人が「ハードロック」に向かっていった背景には、「ジミヘンドリックス」という天才的な黒人ギタリストが出現してその影響を受けたからです。パワフルなギター、ソウルフルな叫び、ワイルドで先鋭的な姿はロック史の伝説的存在、某誌では「史上最も偉大なギタリスト100人」の第1位に選ばれています。彼の代表曲はやはり「紫のけむり」(Purple Haze)。英国に渡り成功を収め、米国に凱旋帰国した1967年の名盤「アーユー・エクスペリエンスト?」に収められ、ヘビー&ハードそしてサイケデリックに歌いあげています。ロック史に輝く歴史的な野外コンサート「ウッドストック」(1969)ではトリを務め、「アメリカ国歌」を激しいギター演奏した後、当曲に入っていきました。「ヴゥードゥチャイルド」も代表曲の一つ。その後ドラッグに溺れた彼は1969年、ロンドンのホテルで昏睡状態で発見され27歳の若さで短い命を閉じました。この衝撃的な事件は、その後相次ぐJの字から始まるロックアーティストの死とあいまって「Jの悲劇」と呼ばれます。「Jの悲劇」はベトナム反戦・ドラッグ・サイケデリック・反体制の60年代ロックの終焉を象徴する出来事ともいえるでしょう。数々のアーティスト達が輝く名盤(ビートルズ「アビーロード」など)を輩出した金字塔の1969年は、ロック史の大きな節目時期だったと断定しても過言ではありません。

  by rollingwest | 2001-02-01 00:00 | 洋楽(ロック・POPS) | Comments(70)