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RW/洋楽コーナー:「My Favorite Songs」 (第5巻)

                 【My Favorite Songs】の過去紹介した記事一覧(INDEX)はコチラから
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★(049):ニールヤング 「男は女が必要」  (1972年)  (2012.11.3公開)

 

c0119160_20585420.jpg小生が洋楽ロックに夢中に嵌り始めたのは1970年・・、当時は1960年代末のウッドストック潮流やビートルズ解散を一つの節目としてロックがダイナミックに発展していた時期。ハードロック・ブラスロック・プログレ、JAZZ・クラシック融合を目指すした試みや挑戦が展開され、先鋭的に進化を遂げる新しいロックの姿に小生も日々夢中でした。ニールヤング「ハーヴェスト」「アフターザゴールドラッシュ」、CSN&Y「4ウェイストリート」、ML誌で評価が高かったフォークロック分野も気になっていましたが、小生には保守的なカテゴリーに映っていため二の次って感じでした。当時高価なるLP購入をどの分野に資源優先をさせるか皆様も共通の悩みだったでしょう。ニールヤング初聴の印象は、今一つピンと来なかった・・。類人猿的ワイルドな顔の割には、鼻に詰まったフニャフニャした変テコリンな声だし、ギター音はガリガリとノイジーな感じで決して上手いとは言えません。しかし齢を重ねるうちに、センチメンタルに切ない声で真摯に歌いあげる姿が大好きに・・。寂寥感・抒情性を漂わせシンプルな詩にはダンディズムとノスタルジーが溢れ、スワンプに歌い上げる「オールドマン」や黒人奴隷の苦しみを歌う「サザンマン」は象徴曲の様な気がします。雰囲気から彼は米国南部出身シンガーソングライターと信じ込んでいましたが、実はカナダ人だった!1966年、LAに移り住んだニールヤングはフォークロック史の伝説的バンド「バッファロー・スプリングフィールド」をスティーブン・スティルスらと結成し活躍、後にCSN&Yへ加わりロック史名盤「デジャブ」(代表曲はヘルプレス)を発表し大きな足跡を残しています。ソロ活動でも数々の至高作品を生み出しており、代表作は何といっても「アフターザゴールドラッシュ」と「ハーベスト」、「Heart Of Gold・ 孤独の旅路」、が最も有名(彼の唯一の全米NO1ヒット)ですが、小生は今回紹介した「男は女が必要」一番好きですネ~。小生、切なげに絶叫する歌が好きなので・・、(笑) RYOさん推薦「See The Sky About To Rain」ロックインザフリーワールドも追加!ニールヤングは今もなお生涯現役に拘り、盟友クレージーホースとの熱い魂の交流を続けながら、シンプル・ストレートなメッセージを誠実に発信し続けている。




★(048):リトルリヴァーバンド 「ロンサムルーザー」 (1979年)  (2012.10.19公開)


c0119160_2030244.jpg70年代後半~80年代前半に、米国で多くのヒットを放ち続けた「リトルリヴァーバンド」。高い音楽性とセンスある当バンドの数々の名曲をラジオでよく愛聴していたものです。サウンド的には米国西海岸の雰囲気に満ち溢れていますが、実はこのグループはオーストラリア出身のバンド(でもエアサプライやAC/DCとは全然路線が違う)なのです。メンバーは、シンガーソングライターが3人集結し、リードギター、ドラムス、ベースの3人が脇を固めた形の6人組の構成となっています。1975年に結成され、翌年にはアメリカ進出、当時商業的な成功を収めていたイーグルス、ドゥービーブラザーズ、リンダロンシュタットなどのウエストコーストサウンドを意識しながらオリジナルで多彩な楽曲を次々と発表していきました。1978年「追憶の甘い日々」(リミニッシング)が全米3位の栄冠を獲得し、一躍全世界的なメジャーバンドへと成長しました。日本では殆ど知名度がないのが不思議なくらいです。今回紹介の「ロンサムルーザー」はやはりイーグルスサウンドに雰囲気が非常に似ている感じがします。アメリカンチャートで上位に入った「クールチェンジ」は落ち着いたAOR風の名曲、「ハッピーアニバーサリー」はややファンキーでハードなPOP曲、「遥かなる道」はサザンロックのような曲調。彼らの織り成すサウンドは、コーラスハーモニーが強力な部分は共通しているものの一つのイメージで語るのは意外と難しいバンドである様な気がします。それだけに「多才で実力がある優秀バンドってことですね~!彼らのヒット曲は実に数が多いので、今回と次回で4曲ずつ2回に分けて紹介したいと思います。




★(047):ビーチボーズ 「スループ・ジョン・B」 (1966年)  (2012.10.5公開)


c0119160_20165817.gifポピュラー音楽史に輝かしい伝説を残し今もなお数多くのアーティストに影響を与え続けている「ビーチ・ボーイズ」。 2012年は歴史的なロックバンド(ビートルズ、ローリングストーンズ)と同様に、結成50周年の節目の年を迎え、8月に来日してジャパンツアーを成功裏に終わらせました。初期のビーチボーイズは、1960年代米国像(ケネディ大統領が就任、強く豊かで自由な国をアピール)の若者ライフスタイルに密着したサーフィンサウンドを前面に出して、サーフロック=ビーチボーイズサウンドとして捉えられています。お馴染の曲は「サーフィンU.S.A」「アイゲットアラウンド」「グッドバイブレーション」などが有名ですね。 しかし彼らがミュージックシーンに残した功績はそれだけではなく、ビートルズとの差別化や相互の切磋琢磨から生まれた「ペット・サウンズ」というポップス史上に燦然と輝く名盤を作りあげたことが特筆されます。従来のサーフロック路線では飽き足らなかった中心メンバーのブライアン・ウィルソンは、 ビートルズの傑作「ラバーソウル」に刺激を受けてその音楽性を着々と高め成長していきました。繊細で感受性の豊かなブライアンは、初期時代から精神的な患いもあってツアーには参加せず、スタジオに籠ってアルバムを制作するようになります。傑作「ペット・サウンズ」によって、ライブツアーとスタジオレコーディング作品を完全に分けるという制作スタイル・考え方が1966年に生み出されたのです。「ペットサウンズ」はビートルズに対しても大きな影響を逆に与えました。ビートルズ金字塔アルバム「サージェントペッパーズ・ロンリーハーツ・クラブバンド」のコンセプトアルバムという形態を出現させ、その後プログレ゙など多様なロックへの発展進化に繋がっていきました。なるほど、キングクリムゾン・イエス・ピンクフロイドなどは間接的にビーチボーイスの発想から生れてきたという訳か・・!しかし世間の期待するビーチボーイズの音楽イメージは相変らずの定番サーフサウンド・・、ところが継続は力なり。 1988年にブライアン抜きの残りのメンバーで作曲した「ココモ」が 映画「カクテル」の主題歌に抜擢され、22年振りの全米NO1ヒットを記録したのです。長い間、元気に活動していると色々とありますね~!一時期、メンバーとブライアンと確執がありましたが今回目出度く和解して来日し全盛期の再現となりました。上記に紹介した曲は名盤「ペットサウンズ」からシングルカットされた「スループ・ジョン・B」(ジョン・B号の遭難)、ブラザーズフォーやキングストントリオも歌った往年のナンバー、実に爽やかな名曲です。




★(046):ドゥービーブラザーズ 「チャイナグローブ」 (1973年)  (2012.9.22公開)


c0119160_4552586.gifイーグルスと並びウエストコーストサウンドの代表的なロックバンド「ドゥービーブラザーズ」、ロック史に輝くこのグループは前・後期で全く違う音楽性を見せましたがそれぞれに高く評価されています。今回は前期を象徴する名曲「チャイナグローブ」で登場頂きましょう。その歴史は1969年トムジョンストンが率いるフォークロックのバンドが米国カリフォルニアで「ドゥービーブラザース(マリファナ仲間の意味)の名前でデビューしたことに始まります。デビュー当時はパッとしなかったようですが、パットシモンズという名ギタリスト・ボーカリストやツインドラムの導入で音楽性の質・パワー・アレンジを高めていき、1972年のアルバム「トゥルーズストリート」からも名曲「リッスントゥザミュージック」が全米11位の大ヒットを記録してパッと華を咲かせました。そして1973年には前期の最大名盤「キャプテンアンドミー」がリリースされ、「ロング・トレイン・ランニン」や「チャイナグローブ」の大ヒットを輩出しています。(やっと、パッとシタモンズ・・・、いつまでやってんだ oyajigyag寒~、m(_"_)m)  このアルバムからスティーリーダンのジェフバクスターが参加、さらに翌年リリースした「ドゥービー天国」からの名曲「ブラックウォーター」が全米No.1の大ヒット(1975年)を記録、これによって名実ともにアメリカンロックの頂点を極めることになりました。「チャイナ・グローブ」は実に小気味がいい素晴しい曲・・、イントロのギターカッティングは一度耳にしたら忘れられない程、印象的ですネ~。後期(1976年以降)は、マイケル・マクドナルドの加入(病気で一時的にバンドを離れたトムジョンストンの代役としてジェフバクスターが招聘)によって、バンドの音楽性は都会的なAOR路線に完全転換、グラミー賞4部門受賞で2度目の全盛期を迎えていくのです。前後期ともそれぞれに素晴らしい魅力に溢れていますが、小生はどちらかと言えば歯切れがよくファンキーな時代が好きだナア・・。前期はメロディやギターリフが素晴しくノリがいいし、ツインのドラムやギターも個性的な印象が強い・・。「希望の炎」も前期の名曲です。渋いね~!次回洗練され大人びたAORグループに変身した後期ドゥービーの魅力も紹介していきたいと思います。




★(045):イングランドダン&ジョンフォードコーリー 「秋風の恋」 (1976年)  (2012.9.9公開)


c0119160_613828.jpg秋になると聴きたくなるのがイングランド・ダン&ジョン・フォード・コーリーの「秋風の恋」。哀愁のメロディと爽やかなヴォーカルハーモニの心地よいサウンドが今も心の中に余韻を残しています。70年代を代表するデュオグループといえばロギンス&メッシーナ、ホール&ウォーツ、シールズ&クロフツ等があげられますが、イングランド・ダン&ジョン・フォード・コーリー(以下ED&JFCと表記)はその筆頭的なPOPデュオでした。(大学時代にFENラジオで夢中になって聴いたネ~) 1971年にデビューしたものの、その後5年経っても鳴かず飛ばずだった彼らを一挙にスターダム('76年全米第2位のミリオンセラーヒット)に導いたのがこのナンバーです。その後ED&JFCは、「眠れぬ夜」「悲しみのかなたへ」、「愛の旅立ち」、「ラブイズアンサー」、と次々にヒット曲を放っていきました。しかし彼らがまだ世界的にブレイクしていなかった時代(デビュー後5年間も低迷)、唯一日本だけでヒットした「シーモンの涙」(1972年)は高校時代に深夜のラジオ放送で聴いていたさらに懐かしい曲です。カントリー・フレイバーも漂うアコースティックなPOPサウンドと美しいハーモニーが、日本人の琴線に触れたのかも・・。ちなみに、ED&JFCの構成メンバーの一人、ダンシールズは、シールズ&クロフツのジム・シールズの弟で2009年に残念がら天国に召されました。兄弟でコンビを組んでほしかったなあ・・。(あらためて合掌)




★(044):ブルーススプリングスティーン 「明日なき暴走」  (1975年)  (2012.8.26公開)


c0119160_64915100.jpg70年代ロックシーン金字塔の一つ、ブルース・スプリングスティーンの衝撃的な名曲「明日なき暴走(Born To Run)」 (1975)を初めて耳にしたとき、鮮烈な印象を受け鳥肌の立つような興奮を覚えました。この疾走感と緊張感、これぞ「ロック」の真骨頂!グイグイ迫って来る力量あるブルースの激しいボーカル、それを支えるバンド演奏も実に素晴らしい~。クラレンス・クモンズ(レコードジャケットでブルースが寄りかかっている左の人物)の強烈サックスもこの曲に溢れる疾走感を一段と際立たせています。ブルース・スプリングスティーンは70年代中盤~80年代に活躍した米国を象徴するロックミュージシャンです。最も有名な曲「ボーン・インザ・U.S.A.」(1984) のイメージ(ロック版ランボーみたいな星条旗を振り回すマッチョなヒーロー)が強すぎる感がありますが、1973年デビュー当時は「ボブディランの再来」と称されるシンガーソングライターだったのです。ロック一辺倒ではなく、ハーモニカやピアノの演奏も交えた哀愁的なシンガーソングライター的な名曲(「リバー」「サンダーロード」等)も数多く残しています。3rdアルバム「明日なき暴走」で爆発した圧倒的なロックサウンドで彼は一挙に大ブレイク!その後MTVのブームにも乗り歴史的なチャリティ「ウイアーザワールド」(1985)にも参加、世界的なアーティストへと登り詰めていきました。彼のロックへの姿勢は、演奏形態・技巧・楽器奏法は全く関係なく、迸るエネルギーをストレートに表現し叫び続けるもの。「オレ達は走るために生まれてきたのさ」・・(Born To Run)、そんな衝動に駆られる程のパワーが爆発した70年代象徴の名曲でした。






★(043):デビッドボウイ 「スペース・オデティ」  (1969年)  (2012.8.15公開)


c0119160_672158.jpg20世紀を代表する英国ロックスター「デヴィッド・ボウイ」。60年近いロック史において彼ほど活動キャリアの中で音楽性やルックス・ファッションのイメージを変化させ続けてきたアーティストはいないでしょう。常に新しい分野へ先進的に挑戦し、自らを変革させてきた変幻自在のカメレオンアーティストとも呼ばれています。我々の世代では、Tレックス(マークボラン)やロキシーミュージック(ブライアンイーノ、ブライアンフェリー)等と並んで「グラムロック」(1970年代初頭にブームとなった頽廃的・耽美的な雰囲気のロック分野)の旗手として輝いていたことが強烈な印象で残っています。しかし1967年デビュー直後の彼は全く評価されず泣かず飛ばずの状態で一度音楽業界から姿を消していたのです。この頃演劇活動に身を投じ、劇団がTV映画に出演するサウンドトラック曲として「スペース・オディティ」を書き上げたところ、これが突然で英国で大ヒット(全英5位)し、ロックスターへの足がかりを掴んだのでした。そして1972年、不朽の名盤「ジギー・スターダスト」(異星人ロックンローラーが地球を救うコンセプト)をリリースし、名曲「スターマン」(1972)と共に大ブレイクして一気にスターダムへと駆け上がりました。それに続くアルバム「アラジンセイン」(ヒット曲は「ジーンジニー」)は、発売同時に全英1位という快挙を達成!この映像からも判るように元祖ビジュアル系のグラムロックはこの頃人気を爆発させ、ボウイはTレックスと一緒に世界を席巻して行きました。しかし彼は絶頂の中で「ジギー」キャラクターを突然捨て去り、ブライアンイーノとの出会いを経て、アメリカンソウルに接近し新たな潮流に乗っていきました。ジョンレノンと共作した「フェーム」のヒット、「レッツダンス」でディスコ系ダンスミュージックに路線を変えMTVに頻繁に登場したり、初の主演映画「地球に落ちてきた男」や日本映画「戦場のメリークリスマス」でタケシと共演してみたり・・、チベット難民救済活動を展開したり、何でもやっちゃいますネ~!90年代も21世紀に入ってからも彼の新分野への挑戦は続いてきましたが、彼の新たな音楽を求める旅は当分終わりそうもありません。




★(042):ディープパープル 「ハイウェイスター」 (1972年)  (2012.8.2公開)

 

c0119160_22183174.jpg最近、青春時代に馴れ親しんだロックアーティストの訃報が相次いでいますが、今度は元ディープ・パープルの初代キーボードジョン・ロードが7月16日に死去(膵臓癌)しちゃいましたネエ・・。ディープ・パープルは近日中に名曲「スモークオンザウォーター」を掲載する予定でしたが、今回はジョンロードのキーボードプレイが光った曲に選定変更します。ディープ・パープルは、1968年に英国で結成されたハードロックバンド、当時レッドツェッペリンと対比されるヘビーメタル先駆者で、その優れた楽曲・サウンド・演奏力は現在でも多くのアーティストに尊敬されています。小生がパープルに夢中になったのは最大名盤「マシンヘッド」(1972年:「ハイウェイスター」、「スモークオンザウォーター」、「レイジー」を収曲)をリリースした黄金期時代(第2期メンバー)!当時のメンバーは、イアンギラン(Vo)・リッチーブラックモア(Gt)・ジョンロード(Key)・イアンペイス(Ds)・ロジャーグローバー(B)でヘビメタ・ハードロックの王道(高速道路)を爆進中でした。「ハイウェイスター」は疾走感・スリリング溢れるその象徴曲!ジョンロードのキーボードプレイ(オルガン)での畳掛けも本当に素晴らしいネ~!しかしデビュー当時は、意外にも芸術性の高いアレンシやクラシックエッセンスを取り入れたプログレ路線バンドだったのです。(後に知ってヘ~と驚き!)。オルガン中心のアートロックを主導していたのはまさにジョンロード。第1期メンバーでは「ハッシュ」の大ヒットで順調に活動していましたが、70年代に入るとレッドツェッペリンの大ブレイクに刺激され一挙に路線をハードロック志向に切り替えたのです。イアンギラン&ロジャーグローバーを迎え入れ、名盤「イン・ロック」(「チャイルドインタイム」は超名曲)「ファイヤーボール」「マシンヘッド」で大輪を咲かせました。しかしその後はメンバーの人間関係が悪化し、イアン&ロジャーは脱退、後にリッチーブラックモアもバンドを離れ変遷を繰り返し1976年に解散する事になります。ジョンロードの重厚なるハモンド・オルガンとイアンギランの深みある声、リッチーブラックモアの強力ギターで織り成されたパープルのヘビメタ・ハードロック・・、黄金時代のサウンドは今もロック史に燦然と輝き続けています。ジョンロード様、今も天国でも元気なオルガンプレイで大いに賑わせ魅了していることでしょう。心より哀悼・・。「スモークオンザウォーター」はまた次回のお楽しみ~

  by rollingwest | 2001-05-01 00:00 | 洋楽(ロック・POPS) | Comments(88)