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「My Favorite Songs」(第17巻)

【My Favorite Songs】の過去紹介した記事一覧(INDEX)はコチラから
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★(109):リンダ・ロンシュタット 「ブルーバイユー」 (1977 年) (2014.11.26公開)


c0119160_2055176.jpg1970年代中~後期にかけて絶頂を極めたウエストコーストサンド、これらバンド達の中心にいて数々のヒットナンバーを放っていた歌姫が「リンダ・ロンシュタット」でした。グラミー賞を複数回受賞し、世界アルバムセールスは1億枚以上・・、ラジオから流れてくるリンダの名曲はまさにRW青春時代のBGMでした。そんな彼女(68)が難病パーキンソン病に冒されており昨年夏に引退表明したことは大変残念なこと・・。デビューから30数年間ごく自然な形で音楽スタイルを次々に変えながら華やかな活動を続けてきた彼女の偉大な足跡をレビューしてみたいと思います。前編は1970年代初頭~1977年(名盤Simple Dreams)の頃までを、後編は1978年(名盤ミスアメリカ)~1990年代までをレポートとしましょう。リンダ・ロンシュタットは米国南部アリゾナ州に生まれたことから当初はカントリー系シンガーとしてデビューしています。ジョニーキャッシュやグレンキャンベルとも共演したこともあり、「ロング・ロングタイム」(1970)などの曲で評価を上げて行きました。1970年前半では何とあの「イーグルス」をバックバンドとして引き連れていたのですから今から思えば凄い事実ですネ~。彼らの代表曲「デスペラード」(1973) もリンダが美しい高音で歌いあげており、誉れ高い名曲に華やかな花が添えられています。しかしまだ当時、彼女の人気は世界にブレイクしておらず、開花した契機は「ピーター・アッシャー」(ジェームステイラーのマネージャー兼プロデューサー)との出会いからでした。彼がプロデュースした名盤「悪いあなた」(Heart Is Like A Wheel)(1974)は世界的に高い評価を受け、シングルカットされた「悪いあなた」(You're No Good)(1975)も一挙に全米No.1ヒットに輝いたのです。アルバムとシングルの原題曲はそれぞれ違うのに邦題は一緒にしちゃって・・、名付けた方は「悪いどなた?」、本当に紛らわしいレコード邦題なので混乱させられます・・。続くシングル「いつになったら愛されるのかしら」(When Will I Be Loved)(1975)も全米2位となり、いよいよ彼女の栄光時代が始まったのでした。リンダのレパートリーは殆どがカバー曲で占めらています。それもC&W、フォーク、ポップス、ロック、バラードデュオとジャンルは多種に渡っており、それら全てを吸収して新鮮な曲に生まれ変わらせる彼女の才能には唸らされるばかり・・。パワフルにロックンロールを歌いあげる「ヒートウェイブ」(1975)はマーサ&ザ・バンデラスのカバー曲・・、冒頭紹介曲「ブルー・バイユー」(1977) はしっとりと儚げに歌い上げるロイ・オービソン(1960年代)の初期ヒット曲でした。米国南部の故郷に残してきた恋人を想う詞をリンダの哀感が満ち溢れる歌唱・・、波間に漂うような曲調は実に味わい深いものがありますねエ・・。この名曲は、リンダロンシュタットが成熟・完成度を高め頂点に達したといわれる米国音楽史の名盤「Simple Dreams」に収められています。そして前編最後の締め曲は名盤からの大ヒット曲「イッツソーイージー」(1977)しかありませんね~!バディーホリーの名曲をカバーしたものですが、力強い演奏と一緒に野太い声で歌い上げられる小粋なロックンロールは、完全にリンダの代表曲として今も語り継がれておりウエストコーストサウンド象徴曲ともなっています。 大学時代のアパートのラジオから毎日のように流れていたなあ・・。当時「It's So Easy to Fall in Love」のRWは、失恋の痛手に打ちひしがれて「Never Gonna Fall in Love Again~泣」(エリックカルメン)の心境でしたが・・。(苦笑) 


⇒次回は、シカゴが最もワイルドで輝いていたブラスロック時代の反戦歌「流血の日」(1969)をお送りします。♪\(^◇^)/♪




★(108):エアサプライ 「オール・アウト・ラブ」 (1980年) (2014.11.13公開)


c0119160_2261870.jpg1980年代初頭「ペパーミントサウンド」と称され、当時席巻していたAORブームの旗手を担っていた「エアサプライ」!爽やかな海のイメージに彩られた数々のヒット曲を前・後編に渡って懐かしんでみたいと思います。前編は全米デビューでいきなり世界的ヒットとなった名盤「ロストインラブ」&2nd盤「シーサイドラブ」からの名曲の数々を紹介します。彼らはオーストラリアから登場したバラードナンバー中心のデュオで、グラハム・ラッセルの繊細な曲作りと、ラッセル・ヒッチコックの伸びのあるボーカルが日本でも大人気(とりわけ女子大生に大受け)でございました。邦題にはやたら「愛だの恋だの永遠だの」と青臭い題名が多く付けられており、口の悪い音楽評論家達は「オーストラリアのオフコース」などと憎まれ口を叩いていたもんだなあ・・(苦笑)。彼らを一挙に有名にした曲は1980年の「ロストインラブ」(最後に紹介)、いきなり全米チャートの第3位で登場して世界に羽ばたいたのです。次の「オール・アウト・ラブ」(1980冒頭曲)も第2位、そして第3弾「ときめきの愛を」(1980)が第5位と、全米デビューからいきなり3連続の大ヒットを飾って本当に目を丸くしたものです。デビュー盤「ロストインラブ」は、さらに「ハヴィング・ユー・ニア・ミー」(1980)などアコースティックでまろやかなPOPサウンド曲が満載!中年オヤジが青春真っ盛りの純愛歌を称賛するのは背中がムズ痒くなりますが、当時はまだ20歳前半だったので素晴らしいバラード曲の数々に一挙魅せられてしまいました。続く1981年発売の2ndアルバム「シーサイド・ラブ」(The One That You Love) (1981)の主題歌は彼らにとって唯一全米No.1シングルに輝き、日本の女子大生・OLに大人気となり海辺のドライブ用BGMとして定着していった感があります。彼らのイメージ・邦題は「海辺の愛」が定番、必ずしも夏や海を歌っているわけじゃないのに、80`sトレンドを反映した国内CDプロモーションの事務所戦略だったんでしょうねエ・・。この曲だって直訳すれば「貴女の愛したもの」でしょうが・・!どこがシーサイドラブなんじゃい?と反発心がフツフツ擡げてきたので、ユーチューブは敢えて海に関係ない映像を選択しました。(それも冬の季節に・・、悪しからず!苦笑)。この2nd盤からは他にも、「ヒア・アイ・アム」(1981)や「あなたのいない朝」(1981)が大ヒットしています。でもRWは2~3nd盤あたりになるともう耳触りのいい曲ばかりでもう食傷気味・・、当時席巻していたデビッドフォスター風のAOR曲(シカゴ、TOTO等)とゴッチャになり全て同じ音楽に聴こえて完全に飽きてしまいました。その後AORブームは鎮静化、80`sの華やかなサウンドも一区切りが着いて、最近は彼らの名を耳にすることは殆どありません。今や立派な前期高齢者となった両者ですが、美しいコーラスのハイトーンボイスで歌いあげているユーチューブ映像を見ると、2人はなかなかいい歳の重ね方をしているような雰囲気を感じます。エアサプライバージョンの「ウィズアウトユー」(1991)もなかなか素晴らしいですね~!ちなみにこの曲は数々のアーティストによってカバーされていますが、やはり小生が一番大好きなのは第6巻(052)で紹介した「二ルソン」バージョンです。そしてやはり前編のラスト曲を飾るのは世界に衝撃的デビューを飾った「ロストインラブ」(1980)で締めるしかありませんね。エアサプライを聴きながら彼女を隣席に乗せて海辺をドライブする憧れのシチュエーション、当時は北海道勤務での独身時代だったのでそんな場面もチビっとあったのですが、結局は長続きせず線香花火のように終わってしまいました。(まさにロストインラブ・・、青春時代の苦い思い出⇒泣)。後編(公開時期未定)は3rd盤「ナウ&フォーエバー」、そして1980年後半から現在に至るまでの活動状況をレポートする予定です。




★(107):シン・リジィ  「ヤツらは街へ」(The Boys Are Back In Town) (1976年) (2014.11.1公開)


c0119160_2125364.jpg誰にでもリアルタイム時代で聴き逃してしまった死角アーティストはあるものですが、70年代に活躍した「シン・リジィ」(アイルランド出身)は「未聴のお宝物のハードロックバンドだった!」と気付いたのはつい先日のことです。1970年代中盤当時は米国ヒットチャートばかり追いかけていた小生にとって彼らの名前は耳にするものの、パンクロック系のHR/HM「ハードロック・ヘヴィメタル」かなと位置付け「とりあえず自分の趣味対象ではないんだろうな・・」とぼんやり遠ざけていた感じでした。メタル系ギラギラバンドでとっつきにくい対象と思い込んでいましたが、最近洋楽ブログ仲間のRemyさんに紹介され試聴してみたところ目から鱗!「何と素晴らしい~、RW好みのサウンドではないか!」と一挙にお気に入り!メロディックなハードロックで本当に聴きやすく小生の琴線部にスッと入り込まれ大いに興味を持ち始めているところです。確かに当時の米国ヒットチャートに頻繁登場するバンドではなかったし、日本での人気も今一つ地味な印象だったのは事実でしたが、冒頭に紹介した「ヤツらは街へ」(The Boys Are Back In Town)(1976)はしっかり記憶に焼き付いています。間奏のメロディアスなツイン・リードギターが非常に印象的、当時FENラジオで毎日流れており「キャッチーでカッコいい曲だなあ・・」と大好きだったのですが、まさかこれが「シン・リジィ」の代表的なヒット曲だったとは全く認識しておらず、今更ながら嵌っている次第でございます。サミー・デイビイスJr.を怪しくしたような顔で、口をあまり開かずに歯だけを見せて歌う「フィル・ライノット」(vo,bs)を中心にアイルランドで結成され、「ウィスキー・イン・ザ・ジャー」(1972)がスマッシュヒットし国内や英国で1位を獲得したことが彼らの本格的な活躍の契機となりました。アイルランド・フォークとロックの融合を軸にしたツインリードギター編成でサイケデリックサウンドを展開、ケルトの香りも漂うアイリッシュでメロディックなハードロックを貫抜き通し彼ら独特な世界が展開されている気がします。このスタイルは1975年「ファイティング!」 で確立され、「ロザリー」(1975)のヒット曲も大人気となりいよいよ黄金期へと突入していきます。ツインリードギターといえば60年代の「ヤードバーズ」(ジェフベック&ジミーペイジ)や「ウィッシュボーンアッシュ」が有名ですが、英国では当分野を継承してきた伝統なるものがあるのかもしれない。1976年に名作「脱獄」(JAILBREAK)を発表し、上記紹介の「ヤツらは街へ」が大ヒットとなり、彼らはついに世界的なトップバンドとして認められたのです。70年代中盤の王道ハードロック不毛の時代にUFOと並んでブリティッシュ・ハード・ロックの牙城を守ったとも評価されています。「Bad Reputation」(1977)や「ブラックローズ」(1979)、そして日本でもヒットした「ヤツラはデンジャラス!!」(1979)も実にカッコいい!豪快なツインリードギターの煌めきとフィルのアイリッシュ漂うボーカルで伝統的なブリティッシュサウンドすが、不思議とアメリカを感じさせる部分もあります。「ボンジョヴィ」など後進の米国ハードロックバンド達からリスペクトを受けている所以もこの辺にあるのかも・・。「シン・リジィ」は80年代中盤に紆余曲折を経て解散してしまい、それを悲しむかの如くフィル・ライノットは36才の若さでこの世を去ってしまいました。しかし「Dedication」( 1991)は残ったメンバー達が彼の死を悼んで敬意を捧げた超名曲、フィルの死後もムリな展開が全くない豪快なハードロックや泣きのバラードが受け継がれています。しかしこのユーチューブ画像は本当にフィルが歌っているかのようだ!またこのバンドには、「パリの散歩道」(冬季五輪・羽生結弦BGM)で超メジャーになったゲイリームーアもかつては在籍していました。ロック史を代表する歴史的な名バンドだったのですねエ・・。最後はフィルのヴォーカルとギターソロが素晴らしい 「それでも君を」(still in love with you)(1974)を紹介してこの記事を締めたいと思います。独特の世界観を持つ哀愁漂う素晴らしい美曲(ゲイリームーアと競演)です。「これを聴かずしてシンリジィを語るなかれ!」とコアなファンから絶賛されている泣きのロックバラード!


★(106):ヴィグラス&オズボーン 「秋はひとりぼっち」 (1972年) (2014.10.20公開)


c0119160_155199.jpg秋が日々深る今日この頃、今年秋の訪れが例年より早く、素晴らしい紅葉を長く楽しめそうな気がしております。今回はマイナー(主に70年代一発屋的なアーティストを中心)でありながら、センチメンタルを深く感じさせる秋の名曲を沢山紹介(初の季節特集)したいと思います。70年代後半以降に洋楽に目覚めた方々にとっては初めて聴く曲が多いかもしれません。逆にリアルタイムで聴いた人にとっては懐かしい気持ちでフラッシュバックするのではないかと思っております。冒頭の「ヴィグラス&オズボーン」(英国フォークデュオ)の「秋はひとりぼっち」(1976)はまさにこの哀愁曲だけの一発屋でした。それも母国では全く受けなかったものの、日本だけで支持され洋楽チャートで2位まで上がる大ヒットを記録しています。やはり秋の深まりを思わせるメロディーとアレンジ、そして二人の甘いヴォーカルが日本人好みだったのでしょう。秋の名曲といえばやはり「イングランドダン&ジョンフォードコーリー」の「秋風の恋」(1972)を取り上げない訳にはいきません。誰もが認める定番曲(今回記事では最もメジャーかも)は全米チャート第2位に輝く70年代の代表曲です。「ブレッド」の「オーブレー」(1973)・・、アコースティック・ギターと優雅なオーケストラをバックに淡々と静かに歌われゆくデビットゲイツの甘く切ない美しいメロディーの佳曲、小生はこの曲を聴くといつも心が安らぎます。イングランドダン&ジョンフォードコリーとブレッドは、RWの超お気に入りアーティストなのでこれからも何度も記事を紹介しようと思っておりますのでお楽しみに~!「ロボ」の「片思いと僕」(1972)は深夜放送ラジオで流れていた切なく美しいメロディ!これほど邦題と曲のイメージがピッタシなのも珍しいかもしれません。ロボの本名ローランド・ケント・ラヴォアということを今回初めて知りました。1971年「僕と君のブー」でスマッシュ・ヒットに続いて大ヒットしたこの曲は草食系・純情男子の心情を歌った素朴なフォーク・ソングでしたネ~。remyさんからご提案頂いた「アバ」の「落ち葉のメロディー」(1974)と、めったPOPS様よりご推奨の「オリビアニュートンジョン」の「秋風のバラード」(1975)も追加いたしました。思い出させてくれてありがとう~!ソフトAORがブームになっていた80年代初頭、ロサンゼルスの6人組バンド「スニーカー」が1曲だけ放ったスマッシュヒットは「想い出のスニーカー」(1981)で特に日本に特化して人気を得た曲でした。今や完全な無名バンドですが、70年代ウェストコーストロック(スティーリーダン、イーグルス、ドゥービーズ)の後継者として当時は大きく期待されていたらしい。トーケンズの「ライオンは寝ている」をカヴァーヒット(1971年全米3位)させた「ロバート・ジョン」(NY白人シンガー)の「恋するウーマン(サッドアイズ)」(1979)は、7年間低迷後の中で久々にヒットを放ったカムバック曲、毎日のようにこのハイトーンボイスをFENラジオで聴いていたものだ・・。小生を洋楽に導いてくれたサイモン&ガーファンクル・・、数々のメジャーヒット曲がありますが「旧友」(1968)の名作アルバム「ブックエンド」より)は地味な曲ながらも哀愁漂わせるサウンドはストリングスがなんとも言えない雰囲気で落ち葉が舞う秋にピッタリの曲ではないでしょうか。晩秋の公園ベンチで孤独な思い出に生きる老人を表現しており、友人同士が公園のベンチにブックエンドのように座る光景がアルバム名に表現されています。そして最後は、秋の定番名曲として誉れ高い「アルバート・ハモンド」の「落ち葉のコンチェルト」(1972)、超有名曲の「カリフォルニアの青い空」の次に連続ヒットしたこの曲でアルバートハモンドの名を洋楽ファンに完全知らしめることになりました。木々からこぼれる葉々はそれぞれに舞い散っていき・・・、まるで協奏曲(コンンチェルト)を奏でているようです。スマッシュヒット一発屋さんや隠れた名曲は、これからも季節や個々の題材をテーマにした特集として時たま紹介して行きたいと思います。それでは皆様、落葉の音を聴きながらよき秋を満喫下さい。

  by rollingwest | 2002-05-01 00:00 | 洋楽(ロック・POPS) | Comments(120)