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「My Favorite Songs」(第20巻)

             【My Favorite Songs】過去紹介した名曲(INDEX)はコチラから
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★(122)レーナード・スキナード 「フリーバード」 (1973年) (2015.5.27公開)


c0119160_1745548.jpg70年代米国サザンロックの代表的存在といえばオールマンブラザーズバンドが有名ですが、彼らと双壁をなした伝説的なバンドが「レ―ナード・スキナード」でした。米国南部カントりーの泥臭さと哀愁を帯びた壮大なサウンドが実に魅力的、そして「トリプル・リードギター」という特徴ある編成で迫まるギタープレイはまさに圧巻!彼らが残した名曲は数多くあるので前後編記事に分けて紹介したい思います。前編冒頭は小生が最も愛する「フリーバード」、10分近くに及ぶこの長い曲は「いとしのレイラ」(エリッククラプトン)のような雰囲気をもつロック史に輝く名曲です。哀愁の静かなアコースティックと渋いボーカルから始まりゆったりとしたバラードが続き、途中一転してアップテンポに泣きのギター、ここから3本の官能的なスライドギターのテクニカルな競演バトルが繰り広げられ、クライマックスを迎えます。この壮大なる名曲はいつ聴いても唸らされそして魅せられます。この曲は1973年デビュー盤「レ―ナード・スキナード」からのカッティングですが、実はこの曲が評価されたのは2nd盤「セカンド・ヘルピング」(1974)で「スイートホーム・アラバマ」(一番最後に紹介)でブレイクした後のことでした。しかしこのデビュー盤は実に素晴らしい曲が多く、冒頭から重厚なトリプルギターが炸裂する「アイ・エイント・ザ・ワン」(1973)や哀愁を帯びた泣き節ギターが印象的な「チューズデイズ・ゴーン」(1973)、ロックの王道を行くような「ギミー・スリー・ステップス」(1973)などカッコいい曲が多くて実に名盤だと思います。特に「シンプルマン」(1973)は「フリーバード」と並ぶスケールの大きい名曲、静かなボーカルから重厚かつ落着いたなギタープレイが見事に展開され、最後はこれまたトリプルギターのエキサイティングな競演!もう本当に言葉もなく、これぞレーナードの真骨頂だ!と感服します。レ―ナード・スキナードは1964年にフロリダ州で5名で結成。彼らを見出しデビュー・アルバムのプロデュースを担ったのがアル・クーパー(BS&Tの初期リーダー)だったと今回編集で初めて知ってビックリ!サイケなイメージがある彼がこの泥臭いグループに関わっていたとは実に意外でした。そしてレーナードはザ・フーの北米ツアーの前座を務め大きな喝采を浴びるパフォーマンスを披露して地道なライブ活動の中で多くのロックファンに徐々に認められていきます。この成功への軌跡を辿れた背景には、彼らの前座だったピーターフランプトン(下記119記事で紹介)がライブ活動で大ブレイクを果たしたことに学んだ対抗意識(アイツにできるならば俺達だって)だったとのこと。彼らがブレイクしてサザンロックの象徴としての地位を確立したのは1974年「セカンド・ヘルピング」、彼らを有名にしたこの名盤もまた実に素晴らしい~!「ワーキン・フォーMCA」(1974) やバイクが疾走する軽快なロックの「コールミー・ブリーズ」(1974)、わかりやすく耳に残るリフと重厚で豪放なリズム、ラフでルーズなグルーヴ感は、レーナード・スキナードというバンドの最も魅力的な部分を見事に具現化したものだったように思えます。彼らはその後もライブアルバムが大いに評価され、サザンロックの王道を突っ走っていましたが、突然信じられないような悲劇のニュースが飛び込んできます。5作目のアルバムリリースした3日後(1977年10月20日)、メンバーとクルー総勢26人を載せた自家用飛行機が移動中に墜落して6名が死亡(ブラスロックのチェイスに続く飛行機事故悲劇)。犠牲者には主力メンバー3人も含まれておりロック界全体に大きなショックと失望を与えたのです。本当に素晴らしいサウンドを聴かせてくれたロック王道アーティスト達の魂がこんな形であっけなく失われたとは・・、何という惜しいことだ・・。前編最後は彼の象徴曲「スイートホーム・アラバマ」(1974)で一度締めたいと思います。後編は「何も聞かないで」(セカンド・ヘルピング収録曲)を始めとして、墜落悲劇の直前にリリースしたLAST名盤「ストリート・サバイバーズ」からの名曲紹介を予定しています。

⇒次回は、1970年代の美しき哀愁メロディでRWが夢中になっていたボーカルバンド「ブレッド」のデビュー曲「灰色の朝」(1969)をお送りします。♪\(^◇^)/♪





★(121)テイラー・スウィフト 「チェンジ」 (2008年) (2015.4.27公開)


c0119160_206324.jpg先日21世紀カントリーポップの優秀アーティスト「レディ・アンテベラム」を紹介しましたが、今度は5月に来日するカントリーPOPの実力派アイドル「テイラー・スウィフト」の登場です!彼女が2008年にリリースした2nd盤「フィアレス」は第52回グラミー賞で「最優秀アルバム賞」の栄誉に輝き(その他カントリー部門とあわせて4部門受賞)、今や世界のアイドル的歌姫として大活躍ぶりなので皆さんも1度は耳にしたことがあると思います。2008~09年に「フィフティーン」「ラブ・ストーリー」等のヒット曲を立て続けに放ち、この名曲を収めた「フィアレス」はビルボードで初登場1位、その後11週1位という記録を打ち立て米国で500万枚近くを売上2009年で最も売れたアルバムとなりました。2010年グラミー賞で史上最年少(1989年生まれなので当時21才)で「最優秀アルバム賞」を受賞した金髪美女は、2011年3月時点で全世界860万枚以上のアルバムを引っ提げて一躍世界が恋するトップスター・アイドルとなったのです。上記掲載曲「チェンジ」(2008)は、ロック調の軽快POPSで北京五輪米国代表の応援歌として有名、2008年こそ彼女にとって大きな飛躍を果たした節目だったといえましょう。元々はカントリー部門の歌手として「Tim McGraw」(2006)を歌い17才でデビュー、次のヒット曲「Teardrops On My Guitar」(2007)もどこか古き良き時代を思わせるようなカントリーPOPSが展開されていましたが、「アワーソング」(2007)や「You Belong with Me」あたりはまだカントリー調ですがPVを見ると完全に転機の予兆が窺え、アルバムの枚数を重ねるごとにのロックや軽快なPOPS路線へと完全転身してしまった感があります。カントリー界では「テイラーから見捨てられた・・(泣)」と喪失感や恨み節も聞こえますが、人気大爆発の彼女にとってはそんなことはお構いなし!彼女は自分の表現したい世界はカントリー分野では描けないとこの部門から足を洗い、ロック・POPS路線へ猪突猛進状態の姿に見えます。抜群のスタイルと才能溢れる情熱的な美女を世の男性達が放っておく訳もなく、彼女がこれまで浮き名を流した男性の数は公式に聞こえているだけで12人もおり恋愛遍歴の積み重ね方もド派手なご活躍ぶり。その奔放さこそも、従来カントリーに馴染みのなかった人にも多く愛されてきた理由なのでしょう。今回の来日で再び日本でもテイラーブームに火が付くかも・・!次回はそんな明るくド派手に活躍する多くの曲(2010年スピークナウ、2012年レッド、最新アルバム「1989」からのチョイス)を紹介しますが、今回はしっとしりたテイラーの名曲「ホワイトホース」(2008)で一度締めたいと思います。





★(120)ジェリー・ウォレス 「男の世界」 (1970年) (2015.4.11公開)


c0119160_22123697.jpg今回は120回目の節目を迎えたので、初企画としてRWが洋楽に本格的に目覚めた(当時中学1年生)1970年(昭和45年)のヒットチャート曲にスポットを当て前後編に分けてレポートしていきましょう!RWが洋楽に嵌った1970年はまさにビートルズ解散の年・・、1960年代熱狂の世代からは数年遅れですが、それでも新しいジャンルのロック(プログレやハードロック,ブラスロック等)の歴史に刻まれた有名アーティスト達が毎年次々とデビューしたロック胎動・大発展期10年間(1966~1975)のド真ん中にいたので、その歴史をリアルタイムに肌で体験できた幸福世代の端くれなのかもしれません。小学校4年生くらいからモンキーズTVドラマに嵌っていましたが、小生を本格的に洋楽へ初めて誘ってくれた恩人は「サイモン&ガーファンクル」(1970年は「明日に架ける橋」でグラミー賞獲得)と「エルトンジョン」(1970年に「イエスイッツミー」と「僕の歌は君の歌」で大ブレイク)でした。しかし今回は有名アーティストの曲は記事の対象外としたいと思います。今やその名が殆ど忘れられてしましったアーティスト(一発屋も含む)のヒットナンバーばかりに絞りましたので、若い方には聴いたことない曲が多く登場しますのでご容赦! 同年代の方々には大いに懐かしんでもらえることと思います。Ready go!まず冒頭は米国人気俳優「チャールズブロンソン」の男性化粧品CMで日本中を席巻した「マンダム・男の世界」(原題はLOVERS OF THE WORLD)。米国C&Wシンガー「ジェリー・ウォレス」の曲に合わせて疾走する髭をたたえた男臭いブロンソン(映画「大脱走」は5~6回観ました)の姿が実に格好よかったね~!♪「ALL the World ~love the lover・・・、u~m、マンダム・・」。しかし当時はカナダ、フランス、オランダ勢が当時のヒットチャートに次々と名を連ねて大席巻していました。まずはカナダ出身のオリジナルキャストが 伸びやかに歌い上げる「ミスターマンデイ」、文化放送「All Japan Pop 20」で1位を6週間独走、日本では46万枚の大ヒットとなり、1970年の年間ランキング第1位に選ばれています。日本だけで大ヒットした曲ですが、素晴らしいイントロ部と哀愁を感じる歌声・爽やかサウンドが日本人の好みに合ったんでしょうね~。その次の曲もカナダ出身のグループ「マッシュマッカーン」の「霧の中の二人」、イントロから目立ちまくるオルガンの音色、テンポが弾むスリリングな展開、そして「ahh・・、love you~!foreve~!」のサビから続くカッコいい演奏、この曲は実に秀逸だと思います。カナダのグループが2連続で登場したので次はフランス勢の歌姫に・・!「シルヴィバルタン」の「あなたのとりこ」は誰でも聴いたことがある有名なPOPSスタンダード曲ですね。今の若い人に広く知られているのは2001年映画「ウォーターボーイズ」の主題歌にもなったことが契機ですが、我々はテスト勉強でラーメンをすすりながら深夜ラジオから流れていた懐かしのナンバー。「あなたのとりこ」は底抜けに明るくハイテンポなフレンチPOPSで何度聴いても素晴らしい!シルヴィバルタンといえば同じ年ヒット「悲しみの兵士」(My Favorite Songs:第2巻(014)に掲載 )も忘れることはできません。。♪「ラン・ララ、ラン・ランラ~、ランラ~」♪渋く哀愁に満ちた悲壮な女性歌声に、渋い男のフランス語呟き、随所に入る魅惑的で迫力あるサックス(ブッ・プワ~と大きく鳴り響く)。この悲しみ曲とアンバランスさの彼女のキュートな姿が実に魅力的でした。フランス勢でキュートなアイドルといえば「オーシャンゼリゼ」等で有名なダニエルビダル、デビューのきっかけは日本でした。母国のタレントコンテストで入賞したもののデビューさせてもらえず、日本のプロデューサーが彼女を見出し17歳で「天使のらくがき」で国内ヒットチャートに登場したのです。次はオランダ勢、まずはポピュラー音楽史に残るPOP曲のスタンダードとして有名な「ヴィーナス」のオリジナルヒットはオランダを代表するロック・バンド「ザ・ショッキング・ブルー」が歌っていました。イントロはいつ聴いても素晴らしい!でも今の若い人はダンスナンバーと信じていることでしょう。双壁の代表曲が「悲しき鉄道員」(My Favorite Songs:第3巻(026)に掲載)は日本で大ヒットしました。エキゾチックな雰囲気の女性ヴォーカル(マリスカ・フェレス)が歌いあげるリズム感ある曲調、哀愁帯びたギターと不思議な魅力のメロディ曲は日本人の琴線を刺激したのかも・・。最後は、小生が最も懐かしさを感じる「アース&ファイファー」(オランダ)の「シーズン」!衝撃的イントロと哀愁に満ちたエンディングが印象的で凝った作品はにRWの琴線を刺激してくれた名曲。次回、1970年ヒット後編は米国・英国勢のヒットナンバーを中心に紹介します。リンアンダーソン「 ローズガーデン」、ルークリスティ 「魔法」、クリスティー「イエローリバー」などが登場しますのでお楽しみに~!




★(119)ピーターフランプトン 「アイム・イン・ユー」 (1977年) (2015.3.29公開)


c0119160_1050863.jpg70年代洋楽ファンならば誰もが知っている英国ロックのスーパースター「ピーターフランプトン」・・、今では「誰それ~?」と殆ど無名の今昔物語状態なのかもしれませんネエ・・。しかし70~80年代洋楽ロック史で爆発的に売れたアルバム「サタデーナイトフィーバー」・フリートウッドマック「噂」・マイケルジャクソン「スリラー」等の怪物アルバムと匹敵する程に売れた名盤がピーターフランプトン「カムズ・アライヴ」(1976年)でした。当時としては珍しい2枚組ライブ盤として発売され全米10週連続No.1のメガヒットを記録(販売枚数1,000万枚)した彼の大プレイク出世作は、それまでキャロルキング 「つづれおり」 が保持していた米国アルバム売上NO1記録をあっさり更新してしまったのです。第1弾 「ショウミー・ザウェイ」(一番最後に掲載)は当時のFENラジオから毎日洪水の如く流れ続けていた曲であり、初めて大学生上京し下宿生活を始めた頃の思い出曲として小生の脳裏に深~く刻まれています。これに続くヒット曲が「Do You Feel Like We Do」(1976)と、「Baby,I Love Your Way」(1976)この3連続大ヒットで年間通してアルバムは莫大なセールスを記録し、その後ハードロック界はライブ盤ブームとなり他ミュージシャン達も続々とリリース、大きな影響を与えました。ピーターフランプトンは1950年の英国生れ、何とデヴィッドボウイの学校後輩であり2人でセッションしていた仲だったと今回初めて知ってビックリしました。彼は1960年代後半にスティーブ・マリオットと2枚看板で「ハンブルパイ」を結成しロック史に輝く超名盤「スモーキン」を生み出しています。ポップで甘いアコースティックなピーターと、逆にソウルフルで泥臭いなスティーブ、最初は絶妙コンビでしたが徐々にバンドはスティーブのブルース色が濃くなり、ピーターの音楽性が発揮できず彼の居場所はなくなっていきました。ハンブル・パイを脱退した彼は、1974年からソロに転向し「草の根ツアー」(ドサ廻りのステージ活動)を地味に継続し、とにかくツアーに明け暮れる日々を重ねていました。この努力がついに実を結び全米ツアーを収録した2枚組のライブ「カムズ・アライヴ」が1976年に全米1位となり大ブレイクしてしまったのです。この名盤からは往年のハンブルパイのようなブルージーで厚みのある「I'll Give You Money」(1975)や素晴らしいギタープレイを披露する「Something`s Happening」(1975)なども輩出しており、メガヒットとなった理由がよ~く解ります。冒頭で紹介した「アイム・イン・ユー」(1977年)は、「カムズアライヴ」に続いて発表された名盤からの代表曲で最高2位を記録したロックバラード、小生が最も愛する名曲です。希代の美少年であり性格も素直で誰からも好かれる人、好青年ぶりが超人気のアイドル的な売れ方で一挙ブレイクしてしまったことがその後の彼の人生に暗い影を落とします。「本当は実力派なのに、女子にキャーキャー言われるアイドル音楽なんて・・」という玄人筋からの酷評(殆ど妬みだね)になりました。1978年には自動車事故で大怪我に遭い、長年の恋人と別離、公演先との訴訟に巻き込まれと不幸が続き、レコード印税やコンサート収益は悪い大人に搾取されて財産は全く残らず・・、ロック史に残る金字塔アルバムと引き換えに、生涯の幸運を全部使い果たしてしまったという感じ。(泣) その後も低迷状態でしたが、1986年に「remonition」からのシングル「ライイング」(1986)で復活します。でもこれが最後の閃光だったのかな・・。記事の締めはやはり「カムズアライヴ」からの名曲で締めます。「ラインズオンマイフェイス」(1975)はスケール感がある壮大なロック弾き語りで本当に唸らされます。やはりフィナーレ曲はピーターフランプトンの象徴曲「ショウミー・ザウェイ」(1975)しかありません! 「ワォン、ワ・ワ・ワ・ワォ~ン、♪アイウォンチュ~、デイアフタデ~イ!♪」のトーキング・モジュレーターというギターが喋っているかのように聞こえるエフェクター(口に咥えながら操作して電気的にギター音色を変える機械)が実に衝撃的なトレードマークでした!よく真似したもんだ・・。フランプトンよ、再び復活カムズアライブ!





★(118)レディ・アンテベラム 「ニードユーナウ」 (2009年) (2015.3.15公開)


c0119160_21155145.jpg最近のグラミー賞は、カントリーポップの優秀アーティスト達が席捲している感があり興味深くウォッチしてきました。2010年テイラー・スウィフト、2011年レディ・アンテベラムと2年連続でグラミー賞の栄誉に輝いている新進気鋭のアーティストを紹介致しましょう。テイラーは5月に来日するのでその直前4月下旬頃に、今回は洗練された大人のサウンドをひっさげ次々大ヒット作を出しているレディ・アンテベラムの2007~2008年アルバムを中心にレポートしてみたいと思います。レディ・アンテベラムは、チャールズ・ケリー(1981生)、デイブ・ヘイウッド(1982生)、ヒラリー・スコット(女性・1986生)の3人からなるカントリーグループで、2006年に米テネシー州ナッシュビルにて結成されました。デビューからあっという間に世界の頂点に立ちこれまでに7つのグラミー賞(2011年は5冠の最多受賞)を獲得、さらに合計1000万枚以上のセールスを記録している大人気グループの最初の活動は、2007年のジム・ブリックマンのシングル曲「ネヴァーアローン」(2007)へのゲスト参加でした。そして翌年に「Love Don't Live Here」(2008)で本格デビューしいきなり全米4位で獲得してミリオンヒットとなり、同アルバムからのシングル「アイラントゥユー」(2008)もカントリーチャートで1位に輝いたのです。聴き手の心に寄り添うハートウォーミングなラブソングとカントリーフィールあふれる爽快なサウンド「Lookin' For A Good Time」、(2008)などパンチの効いたアップテンポなナンバーも随所に見せ、男女3人が織り成す美しいハーモニーと幅広い音楽性で多くの支持を獲得しています。レディアンテベラムとは「南北戦争の戦前時代の女性」という意味らしい。冒頭に紹介した「ニードユーナウ」(2009)は第53回グラミー賞で「最優秀レコード賞」「最優秀楽曲賞」を含む全5部門で受賞、彼らを世界の頂点に押し上げた代表曲で真夜中一人きりの時に相手に電話をしてはいけないと思いつつも、恋しくてつい気持ちが揺らいでしまう繊細で純粋な気持ちを綴った楽曲となっています。今回の締め曲は、将来の夢に向かって悩みながら日々暮して行く不安な気持ちを力強く励ましてくれる壮大なバラード「One Day You Will」(2008)と、静かに共感しながら慰めと癒しを与えてくれるほのぼの曲「Can't take my eyes off you」(2008)で一旦締めて次回は2ndアルバム「ニード・ユー・ナウ」(2010年)からの名曲を中心に、「ゴールデン」(2013年)「777」(2014年)のアルバムを予定していますが、彼らはまだまだ素晴らしい名曲を沢山輩出することは間違いないので5~6回位の記事を重ねて行くような気がしています。

  by rollingwest | 2002-08-01 00:00 | 洋楽(ロック・POPS) | Comments(136)