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ジミ・ヘンドリックス 「紫のけむり」



★(013):ジミ・ヘンドリックス 「紫のけむり」(Purple Haze) (1967年) (2011.10.7公開)


c0119160_61787.jpgロック史に崇められる3大ギタリストといえば「エリッククラプトン」「ジェフベック」「ジミーペイジ」、1960年代末期に「ハードロック」というジャンルを土台を築き上げた栄光の3人。いずれも「ヤードバーズ」というバンドに属していましたが、当時はブルース・R&Bの色が強かったように思えます。その彼ら3人が「ハードロック」に向かっていった背景には、「ジミヘンドリックス」という天才的な黒人ギタリストが出現してその影響を受けたからです。パワフルなギター、ソウルフルな叫び、ワイルドで先鋭的な姿はロック史の伝説的存在、某誌では「史上最も偉大なギタリスト100人」の第1位に選ばれています。彼の代表曲はやはり「紫のけむり」(Purple Haze)。英国に渡り成功を収め、米国に凱旋帰国した1967年の名盤「アーユー・エクスペリエンスト?」に収められ、ヘビー&ハードそしてサイケデリックに歌いあげています。ロック史に輝く歴史的な野外コンサート「ウッドストック」(1969)ではトリを務め、「アメリカ国歌」を激しいギター演奏した後、当曲に入っていきました。「ヴゥードゥチャイルド」も代表曲の一つ。その後ドラッグに溺れた彼は1969年、ロンドンのホテルで昏睡状態で発見され27歳の若さで短い命を閉じました。この衝撃的な事件は、その後相次ぐJの字から始まるロックアーティストの死とあいまって「Jの悲劇」と呼ばれます。「Jの悲劇」はベトナム反戦・ドラッグ・サイケデリック・反体制の60年代ロックの終焉を象徴する出来事ともいえるでしょう。数々のアーティスト達が輝く名盤(ビートルズ「アビーロード」など)を輩出した金字塔の1969年は、ロック史の大きな節目時期だったと断定しても過言ではありません。


  by rollingwest | 2002-11-01 00:39

21世紀のローリングストーンズ 「ラフ・ジャスティス」



★(083):ローリングストーンズ 「ラフ・ジャスティス」 (2005年) (2014.1.9公開)

    (21世紀のストーンズ名盤「ビガーバン」からのお気に入りチョイス)



c0119160_2254446.jpg結成50年を超えたロック界の至宝「ローリングストーンズ」が今年8年ぶりの来日(2/26~3/6)をします!今回はスペシャルゲストとして往年の主力メンバーのミックテイラーも出演するとのこと。昨年はビーチボーイズ、ポールマッカートニー、今年3月にはボブディランと・・、ロック草創・発展期の超大物がこの2年間で次々と日本の音楽ファンにLIVE演奏を披露してくれるのですからまさに凄いことですね~。ストーンズのお元気ぶりにはいつも目を丸くさせられますが、皆様すでに古希を過ぎておりこれが最後の来日となるのかもしれません。2014年冒頭の洋楽コーナーは「21世紀のローリングストーンズ」と題し、今世紀唯一のスタジオ録音された彼らの名盤「ビガーバン」(2005)からお気に入り名曲をチョイスしてスタートしたいと思います。ちなみに過去掲載した「ストーンズ特集記事」「ブライアンジョーンズ回想記事(第6巻050)」もあわせてレビューしてみて下さい。ローリングストーンズ(1962結成)は60年代末から70年代にかけてブラック&ブルースロックに傾倒し数々の名盤を送り出し黄金期を築きましたが、その後スタジオ録音は80年代が5枚、90年代が2枚と減る傾向に・・。しかし21世紀にリリースされた「ビガーバン」はまさに「70年代のアルバムに並ぶ傑作」と評されています。名盤の冒頭は「ラフ・ジャスティス」(掲載曲)、実にノリがいいギター中心のシンプルな旋律がカッコいい!「デンジャラス・ビューティー」は悠然ゆったりと歌う迫力の貫録曲。そして彼らのお得意のスローバラードは「ビゲスト・ミステイク」(本作の最大名曲とも評される)で披露してくれています。ミックとキースの関係が過去20数年で最も良好な中で制作されたと言われる名盤には「彼女の視線」というミックとキースが2人でサビを歌っている曲もあります。全くヒネリもない単純リフの繰り返し(ビートルズ曲では殆どありえない)なのに、これぞストーンズの真骨頂と称賛されるのですからやはり大したもんです。(笑) アルバム発売の翌年(2006)からは「ビガーバンツアー」(前回の来日も含む)で世界を廻り、その映像は2008年に封切りされた映画「シャイン・ア・ライト」で再現され我々を大いに魅了してくれました。当時古稀も近いミックが鍛えた体で腰をフリフリさせながら飛んだり跳ねたり走り回ったり・・、この映画を観て「何じゃ、コリャ~!」と本当に驚いたものだ・・・。「ビガーバン」は数々の完成度高い曲で構成されており内容充実の名盤だなぁと思います。、軽快なリズムで演奏する「ドライヴィング・トゥー・ファスト」は何となく「ブラウンシュガー」に似ている!スローな語りかけるように始まりゆっくり展開される渋いバラード「ストリーツ・オブ・ラヴ」、そしてハモニカの唸りが渋い濃厚なブルース「バック・オブ・マイ・ハンド」(このスライドギターは何とミックが弾いているそうな・・)、数十年間磨き抜いてきたストーンズサウンドのエッセンスがピカピカと輝いており本アルバムはまさに宝石箱の如し!小遣い制のRWにとっては、超高額なストーンズのLIVEチケットなどはとても手が出ませんが、「ビガーバン」を聴きながら次はどんな名盤を披露してくれるのだろうと心待ちにしております。最後は、キースとミックの才能が交配した名曲「スローで行こう !」で今年最初の洋楽記事を締めくくりたいと思います。「ローリングトーンズの皆様方、これからも喜寿・傘寿になるまで皆元気で思いっ切り転がり続けておくれやす!」(ローリングウエストからの勝手な年初祈願)


  by rollingwest | 2002-11-01 00:38

ローリングストーンズ 「レディジェーン」



★(050):ローリングストーンズ 「レディジェーン」   (1966年) (2012.11.13公開)  



c0119160_2018764.jpgマイフェイバリットsongsも遂に50回の節目となりましたが、まだローリングストーンズの曲を取り上げておりませんでした。大変失礼~m(_ _)m ビートルズ・ビーチボーイズと並び今年結成50周年を迎え、現在もなお休むことなく転がり続けている偉大なるストーンズ、「アーティスト別名盤レビュー・第4回」では【ストーンズ特集】を公開しましたが、本シリーズ節目50回は今は亡きブライアン・ジョーンズの視点から取り上げてみたいと思います。 ブライアンはストーンズの創始者(名付け親)・初期リーダーでしたが、1969年に謎の死を遂げ現在は名前すら殆ど忘れ去られた存在となってしまいました。ブライアンは作曲こそしませんでしたが、多才な演奏家でスライドギター・ハーモニカ・ピアノ・シタール・リコーダー・木琴・クラリネット等30種類以上の楽器演奏を駆使していたのです。今回の紹介曲「レディジェーン」は小生が愛する「ルビーチューズデイ」, 「涙溢れて」と並ぶ60年代3大美曲ですが、ブライアンのダルシマー(ハプシコード先祖楽器)が冴え渡り実に印象的です。その他にも 「黒くぬれ!」のシタール演奏(ジョージハリスンがインド風アレンジで使用)、「ルビーチューズデイ」のリコーダー演奏は永遠に残る佳曲として有名ですネ!初期ストーンズの進路を引っ張ったのはブライアンでしたが作詞・作曲の才能には恵まれず、逆にミックとキースの創作能力はドンドンと向上しバンド主導権を握られていきます。居場所が無くなったブライアンは麻薬に溺れ演奏活動が出来なくなり、1969年6月にリーダーでありながら遂にストーンズから追放されてしまいました。そして脱退後、1ヶ月も経たないうちに自邸プール底に沈んでいる姿が発見され、悲劇的な死(真相は自殺・殺害説など様々な憶測)を迎えたのです。後継者ミック・テイラーのお披露目となったハイドパークLIVE(1969)は、急遽ブライアン追悼コンサートとなりました。「ホンキートンクウイメン」はその貴重な映像です。ロック史に深く刻まれる名曲「悪魔を憐れむ歌」はブライアン最後参加となった曲で、これを完成させるまでの過程を撮影し一本の長編ドキュメンタリーに仕上げたのが映画「ブライアンジョーンズ ストーンズから消えた男」(2005年)でした。初期ストーンズは間違いなくブライアンの高い音楽性なしに今に至る地位は築くことはできませんでした。彼を切り捨て50年間もロック界トップの地位を保ち続けるストーンズのしたたかさ、常に先進に立ちながら基本的な音楽性を変えず古希を迎えている元気なるジジー達の姿・・・、若くしてあの世にいった繊細なるブライアンは草葉の陰から半世紀も続くストーンズの栄光をどのように見詰めているのでしょうか。



  by rollingwest | 2002-11-01 00:37

エルトンジョン「ホリデイ・イン」(4thマッドマンより)




★(100):エルトンジョン 「ホリディ・イン」  (1971年)   (2011.8.7公開)



c0119160_20492018.jpg3年前の夏にRW洋楽コーナー「My Favorite Songs」(第1回はアルスチュワート「イヤーオブザキャット」)をスタートさせてから今回で何とかようやく100回の節目を迎えることができました。当初記事をレビューしてみると結構あっさりとした文章ばかりでしたが、今ではダラダラした長文を欲深く書いてしまっているなあ・・と反省しきりでございます。洋楽ブロガーメイトの皆様からのコメントが増えるにしたがい完全なマニアック記事になってしまったRWですが、今も暖かくお付き合い頂き大変感謝いたしております。記念すべき100回目掲載は、小生を洋楽趣味に導いてくれたエルトンジョンの初期名盤「マッドマン」からの隠れた名曲「ホリディイン」といたしました。小生は「マッドマン」こそエルトンの最高傑作と評価しており、この名盤に収められている数々の名曲もあわせて紹介したいと思います。小学校高学年にビートルズの活躍やモンキーズのTV番組を見て、洋楽への興味はすでに心の中で醸成されていましたが(我々の世代は誰もが同じかな・・)、本格的にLPレコード(今や死後)を購入して洋楽に嵌ったのは1970年、エルトンジョンやS&Gが入門への誘い人でした。エルトンを初めて聴いて衝撃を受けた曲はやはり「イエスイッツミー」(第1巻:009)・・、「何と素晴らしい曲だ~」と感動に震え一挙に彼の虜となってしまいました。当時は清楚な雰囲気を漂わせたやや吟遊詩人風、「僕の歌は君の歌」「や「人生の壁」などを真摯かつ暗めに歌い上げている初期の姿が本当によかったなあ・・。その後は頭が禿げ上がって肥満化し、アヒルの被り物などでエキセントリックな姿(吟遊詩人⇒ギンギン奇人)に変化していくのを見て、それまでの彼に抱いていたイメージがガラガラと崩壊してしまい本当に悲しかった・・(苦笑) とはいえ、初期時代からのエルトンが当時鉄壁コンビだったバーニートーピンとホモで愛し合っていた仲と聞いていたので、すでに腰が引け始めていたのも事実なのですが・・。小生がエルトン最大名盤と崇める4枚目の作品「マッドマン」には有名なシングルヒット「可愛いダンサー」「リーヴォンの生涯」が収められていますが、やはり本名盤の最大特徴は全編にポール・バックスマスターの荘厳なるオーケストラアレンジが施されていることです。アルバムのテーマ曲「マッドマン」や、アメリカ大陸の先住民の悲劇を壮大に歌い上げた「インディアンサンセット」、この2曲はまさに本アルバムの最大の聴き所となっています。チェロ奏者のバックマスターが奏でる低音域かつ重厚なアレンジは、70年代初期のエルトン作品に残した 功績は大きく、彼の存在抜きでこの当時の作品を語ることはできません。ピアノと野性的なギターが交錯した「レイザーフェイス」も名曲、この頃の暗いイメージのエルトンは実に魅力的でしたね~!上記の掲載曲「ホリディイン」はバンジョーとストリングスとのコラボが素晴らしい佳曲、哀愁と爽快さを併せ持つ不思議な旋律で展開して行くのです。名盤「マッドマン」には捨て曲は一つもありません。エルトンが丁寧に作り上げた偉大なるコンセプトアルバムで有終の美を飾った哀愁バラード「グッドバイ」を聴いて頂き、節目の100回目を締めとしたいと思います。そしてRW洋楽コーナー「My Favorite Songs」はヨボヨボの爺々になるまで500回の節目を刻むまで頑張り続けて行きたいと考えておりますので今後もご愛顧の程よろしくお願いいたします!<(_ _)>


  by rollingwest | 2002-11-01 00:36 | 洋楽(ロック・POPS)

エルトンジョン「イエス・イッツミー」




★(009):エルトンジョン 「イエスイッツミー」  (1971年)             (2011.9.3公開)


c0119160_2043290.jpgエルトン・ジョン・・、中学2年の時に小生をロック・洋楽好きの道に導いてくれたのは彼でした。(S&G、ビートルズ、モンキ-ズも同様) 今や世界的な大物アーティストとなり、音楽界で絶大なる人気と影響を誇るエルトンですが、小生は1970年初期の吟遊詩人風の頃(デビュー直後)が一番大好き。「君に必要なのは僕なんだ!」と繰り返される「イエスイッツミー」。この曲を初めて聴き、感銘を受けて一挙に彼の虜となりました。初期スタンダード「僕の歌は君の歌」(ヨアソング)の前にリリースされた日本最初のエルトン・スマッシュヒット。その後は映画「フレンズ」の主題曲も手掛け、「ダニエル」「リ-ヴォン」「ロケットマン」「黄昏のレンガ道」と次々大ヒットを放ちました。当時の清潔なイメージで真摯に歌う若き日の姿、実によかったなア・・。1970年代は正に彼の黄金時代。しかしその後、あっという間に禿げて肥満化、アヒルの被り物をまとってエキセントリックになった姿を見て、初期の吟遊詩人イメージはガラガラと崩れ去ってしまい愕然としました・・(苦笑)エルトンジョン特集記事



  by rollingwest | 2002-11-01 00:35

「サージェント・ペパーズ」50周年特集




★(170)ビートルズ 「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」 (1967年) (2017.5.17公開)



c0119160_20150173.jpg2年前からビートルズ中期以降名盤の50周年特集記事をスタートさせました。2015年10月に「ラバーソウル50周年」、 2016年1月は来日50周年特集として「武道館コンサート演奏11曲」、そして2016年6月は「リヴォルバー50周年」の名曲レビューを公開してきましたが、今年5月末はいよいよビートルズの最高傑作と呼ばれる「サージェント・ペパーズ・ロンリーハーツ・クラブバンド50周年」の執筆を迎える時期となりました。さて・・冒頭曲は何をチョイスしようかと迷っていましたが、5月26日発売の「サージェント・ペパー50周年記念エディション」(34曲以上の未発表音源も収録された2枚組)の豪華プロモーションビデオを発見!名盤主要曲のエッセンスが短く効果的に折り込まれており、これを採用することにしました。偉大なるビートルズが50年前に世界を驚嘆させた名盤「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」(1967.6.1発売)、この想像力に富んだコンセプトアルバムが後進の著名バンド達に与えた影響・偉大な功績は本当に計りしれません。ロック史に輝く金字塔が発売50年を迎えて名曲の数々ををあらためてレビューしたいと思います。まず最初は、ビートルズのトリビュートバンド世界NO.1と評価される「ザ・ファブ・フォー」(The Fab Four)が演奏する「サージェント・ペッパーズ・ロンリーハーツ・クラブバンド」~「ウィズ・ア・リトル・ヘルプ・マイフレンズ」の連続曲画像を紹介します。本物のビートルズじゃないのにRWはこのユーチューブに大感動!実際のアルバム冒頭を飾るバンドデビュー曲(ペパーズクラブの観衆にお披露目)が見事に忠実再現されているではないか~!演奏曲もサイケデリック衣装もまさに本物そっくり!2曲目はリンゴのボーカルと3人のコーラスも実にいい感じ!ビートルズ自体がこの時期はライブ活動を封印していたのでまさかこんな映像が見られるとは思いませんでした。本当に素晴らし過ぎるお宝物映像です!次はエルトンジョンも歌った「ルーシー・インザスカイ・ウィズ・ダイアモンズ」、実際のアルバム曲とは微妙にアレンジが違いますがLSD体験曲とも呼ばれる不思議な世界が見事に映像で再現されています。宇宙へ浮遊するトリップ路線曲は後続サイケデリックバンドに影響を与え、やがてピンクフロイドなどのプログレシッブロックバンド発展への道を開いて行きました。続くはポールマッカートニー(先月5度目の来日)がソロで歌いあげる「ゲッティング・ベター」、このお方のお元気さは本当に目を見張るばかり・・!ミックジャガーと一緒に喜寿・傘寿まで頑張っていそうな両巨頭です!続くはRWが本アルバムでの最大美曲と称賛する「シーズ・リヴィング・ホーム」・・、もしシングルカットされていれば「イエスタディ」「エリナーリグビー」に匹敵する名バラードとして評価されていただろうに・・。「ウィズイン・ユー・ウィズアウト・ユー」はインド音楽と融合したジョージハリスンの最大象徴曲(シタールとタブラが織りなす妖しい雰囲気)です。ポールがリードボーカルをとる「ラヴリー・リタ」は女性の交通取締官(メーター・メイド)と引っかけて歌うお茶目曲。RWが洋楽に嵌ったのは1969~1970年(ビートルズ解散の年)であり映画「レットイットビー」が公開された時期でした。我々はビートルズが世界を席巻したリアルタイム熱狂期には数年遅れていますが、彼らの解散でビートルズ最後のブームに直面した世代です。1970年を基点とした前後の数年間に青春時代を迎えリアルタイムで日々ロックの進歩に興奮し体感できた幸せなジェネレーションだと感謝しています。この時代こそ、ロック歴史において最も進化発展した時代だったのです。そしてフィナーレは・・、やはりサージェント・ペパーズの有終の美を飾る壮大なるコンセプト名曲「ア・デイ・インザ・ライフ」で締めるしかありません。ポールとジョンが織りなす壮大なるドラマチックな展開曲、その重層的に織りなされたスケール・高揚感、何度聴いても飽きることはありません!洋楽カラオケでは、アビーロードB面メドレーと並びRWのアドレナリンが出まくる最も興奮する永遠の名曲・・!「サージェント・ペッパーズ・ロンリーハーツ・クラブバンド」・・、これからも生涯聴き続けるであろうロック史の金字塔名曲、50年目にしても全く色褪せていないなあ・・とあらためて感動します。
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  by rollingwest | 2002-11-01 00:34 | 洋楽(ロック・POPS)

ジョージマーチン哀悼




★(161)ビートルズ 「エリナーリグビー」(ジョージ・マーチン哀悼) (1966年) (2016.12.24公開)



c0119160_1511042.jpgビートルズにとって特筆的な年だった2016年もいよいよ暮れようとしています。今年のRW元旦記事は「来日50周年記念特集」でスタート、年末ラスト記事もビートルズで締めくくりたいと思います。3月は大ショックの出来事がありました。ビートルズの音楽性を高めた伝説のプロデューサー「ジョージ・マーチン」が亡くなったのです。「5人目のビートルズ」と呼ばれたマーチンは、1962年のデビューから最終盤「アビーロード」(1969)までほぼ全アルバムにおいて重要な中核的な役割(音楽・映像・各種エンターテイメントの指揮)を担い、ビートルズの世界的な名声と栄光(英国の1位獲得:シングル30曲、アルバム16作)を実現させた偉大なる方でした。ビートルズの初シングル「ラブ・ミー・ドゥー」を録音するにあたって、ジョージ・マーチンは当時のドラマー(ピート・ベスト)の演奏力に物足りなさを感じてリンゴ・スターを新たに起用することを決断しています。2ndシングル「プリーズ・プリーズ・ミー」の録音が完了した時、マーチンはこの出来栄えに満足し「これは絶対NO1ヒットになる!」と言い切り、予言通りシングルとデビューアルバムはTOP獲得となり世界ブレイクの発火点となったのです。そして「シー・ラブス・ユー」は7週連続NO1を記録し、彼らの人気は大沸騰、その後は映画「ハードデイズ・ア・ナイト」で映像面でも世界中を熱狂の坩堝に巻きこみ人々の心を虜にしていきました。今年6月は「来日50周年・武道館コンサート」に関するTV特集番組が多く放映され、子供心に見たよき昭和時代の熱狂光景を懐かしみました。武道館で3日間(6/30、7/1- 2の計5回)行われた公演は約5万人の観客を集め、TV中継では60%近い異例の高視聴率を記録!会場周辺は連日6千人の警官が配備される空前の警備体制と、日本中が今ではありえないような大騒動に席巻されたことを再認識!今年9月には「エイトデイズ・ア・ウィーク」の題名を冠した公式ドキュメンタリー映画「ザ・ビートルズ EIGHT DAYS A WEEK - The Touring Years」(監督ロン・ハワード)が公開され、初期リバプール時代、1963年からの15カ国90都市166公演ツアー、半世紀前の若きビートルズのLIVE活動の映像を大いに堪能しました。しかしこのツアー以降、ビートルズはLIVE演奏活動を一切やめて、スタジオ録音中心の曲作りに没頭して音楽性を大きく変化させていきます。その転機となった名盤が半世紀前にリリースされた「リボルバー」(1966)、その立役者もジョージマーチンで手腕は如何なく発揮され数々の名曲を生み出しています。6月に「リボルバー発売50周年」特集記事をレポートしましたが、RWがいつまでも聴きたい名曲はやはり弦楽四重奏とコラボした流れるような美曲「エリナーリグビー」(冒頭掲載曲、RWのカラオケ定番)かな・・。さらに10月はリンゴスター来日とまさにビートルズの話題に彩られた1年だったような気がします。LASTは誰でも知っている世界のスタンダード曲「イエスタディ」で今年最後を締めくくりたいと思います。ポール・マッカートニーはジョージマーチンへの追悼声明で「イエスタディ」が生み出された経緯やマーチンとの思い出を語っていました。「弦楽四重奏の曲にしたいというマーチンの提案に最初僕は反対したが、クラシカルにアレンジされ出来上がった曲を聴いてみるとその素晴しさに感銘した・・。結果的に、この名曲が何千人ものアーティストによって最も多くカバーされた歴史的名曲になったのだから彼の判断は正しかったんだ。」・・と!偉大なるビートルズの生みの親ジョージ・マーチン、今頃はジョン・レノンとジョージ・ハリスンと一緒に天国で音楽活動を再開しているのかもしれません。

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(PS)ジョージマーチンの他にも2016年は70~80年代洋楽を一世風靡した至宝達が相次いで亡くなる特筆の年でした。デビッド・ボウイ(1月)、グレン・フライ(1月)、モーリス・ホワイト(2月)、キース・エマーソン(3月)、プリンス(4月)、レオンラッセル(11月)、グレッグレイク(12月)、ジョージマイケル(12月)・・・、こうやって並べてみるといかにロック黄金期の大物アーティストの訃報が続いたことか・・。ご冥福をお祈りします。我々の青春時代に夢中になった名曲を生み出してくれた偉大なるアーティスト達に感謝の念を込めて・・。


  by rollingwest | 2002-11-01 00:33 | 洋楽(ロック・POPS)

スティーリーダン(前編)




★(086):スティーリーダン 「リキの電話番号」 (1974年) (2014.2.13公開)


c0119160_08255774.jpg70年代にジャズ(フュージョン)とロックを合体させ都会的でセンス溢れる大人の音楽(クロス・オーヴァー)で我々を魅了してくれた「スティーリーダン」の名曲を前・後編に分けて紹介したいと思います。 小生が彼らの存在を初めて知ったのは「リーリン・インジ・イヤーズ」(1973)をラジオで耳にした時からです。最初はスティーリーダンというソロ歌手名だとばかり思っていましたが、ドナルド・フェイゲン(Key,Vo)とウォルター・ベッカー(Bass,Vo)を中心とする質の高いミュージシャン達が入れ替わり集まり散じたグループだったのか・・と認識したのは数年後のこと。スティーリーダンの結成は1967年、ニューヨークの大学で上記2人(元々ジャズの大ファン)が意気投合しソングライター活動を始めました。結局歌い手が見つからず自らで演奏活動をしていましたが、プロデューサーのゲーリー・カッツに見染めらてここから彼らの栄光史が本格的にスタートします。G.カッツはレコード会社契約後、ジェフ・バクスター(のちにドゥービーズの主力メンバー)らの有力メンバーを加入させ1972年デビューアルバム「Can't Buy A Thrill」を発表、最初のシングル「ドゥイットアゲイン」(1973)のヒットで一躍その名は全米に知られるようになりました。デビュー曲は何かサンタナを思わせるような怪しいリズムが魅力的ですが、その後は「マイ・オールド・スクール」(1973)や最大ヒットシングル(全米3位)となった「リキの電話番号」(上記曲1974)等の洗練された音楽が知れ渡りスティーリーダンの名声はますます高まることになったのです。しかしこの頃はすでにバンド形態は崩壊寸前、ドナルドフェイゲンとGカッツは一流セッションマンをレコーディングに多数起用し録音とライブ演奏を別物構築するスタイルに変えていったため、志向異なるメンバーはライブをしない活動形態に嫌気がさして次々と離れていきました。その中の一人は後期ドゥービー・ブラザーズを支えたジェフバクスター、彼はファンキーで泥臭かったドゥービーサウンドを一挙にスティーリーダン風(ジャズ系なお洒落な雰囲気)に変えてしまったのです。スティーリーダン存続危機も噂されましたが、ライブ活動から解放された2人はじっくりとスタジオワークに専念し、真の実力を発揮し始めたのは何とこれ以降の時代なのです。「ブラック・フライディ」を冒頭曲とする4thアルバム「うそつきケイティ」(1975年)、さらに「トルコ帽もないのに」(the fez)を収録した5 th「幻想の摩天楼」からは「滅びゆく英雄」(Kid Charlemagne)(1976年)・・、一流ミュージシャンを適材適所に配置した名盤を連続リリースしてさらに評価は高まり、彼らの方法論が正しかったことを強力にアピールしました。そして1977年、ついに金字塔アルバムと誉れ高い「彩(エイジャ)」を発表、瞬く間に彼ら初のプラチナ・レコードとなり1年もの間チャートに居座り続けることとなる程の大ヒットを記録したのです。ロック・ミュージックにおける洗練の極みを確立したクオリティの高さから、やがて彼らは「究極のミュージシャンズ・ミュージシャン」と呼ばれるようにもなりました。後編記事は「彩 (エイジャ)」や「ガウチョ」 からの名曲を紹介する予定です。




  by rollingwest | 2002-11-01 00:32

アート・ガーファンクル「永遠の想い」


★(091):アートガーファンクル 「永遠の想い」 (1975年) (2014.4.14公開)


c0119160_6415931.jpg中学生の頃小生を洋楽の道に導いてくれた「サイモン&ガーファンクル」(第2巻(016)参照)・・、「明日に架ける橋」がグラミー賞に輝いた1970年に残念ながら解散してしまいました。ポールサイモンはソロ転身後も「母と子の絆」、「僕のコダクローム」等のヒットを放ち気を吐いていましたが、S&G時代に一つも作曲しなかったアート・ガーファンクルの方は解散後は沈黙していた印象があります。その頃、彼は自分の澄んだ歌声に合う楽曲を見つけていかに自分流に歌うかという方向性でデビュー盤を作ろう・・と奮闘していたのです。その結果満を持して、自らの声を比喩したような題名をつけて1973年発表されたソロデビュー盤が「天使の歌声」(ANGEL CLAIR)でした。その冒頭曲は「青春の旅路」(Traveling Boy)を聴いて、期待に違わず美しい高音とちょっと鼻にかかる特徴的なガーファンクルボーカルが健在!とまずはひと安心、そしてアルバート・ハモンド作品で大いにヒットした「ひとりぼっちのメリー」・・、ビブラートが効果的に響くはかなさも伝わってくる声にまたも感動!そしてデビュー盤で小生が最大のお気に入り曲は、ジミーウェッブ作詞・作曲の「友に捧げる賛歌」(All I Know)、親友を思う歌詞と美しいメロディーが透明感溢れる声で感動的に表現されており、まるで「明日に架ける橋」の如し・・!続く1975年発表の2nd「愛への旅立ち」(Break Away)も超名盤で本当にお薦め!このアルバムは数々の名曲がプレゼントされておりレコード針が摩れる程聴き惚れ幸福感に酔ったものだなあ~・・。スティーヴン・ビショップ提供の「めぐり逢い」(Looking For The Right One)も余韻ある名曲・・、オリジナルピアノ演奏者はかの有名な大物プロデューサーデヴィッド・フォスターらしい。上記に掲載曲した「永遠の想い」は2nd盤に収められており、その他にも「瞳は君ゆえに」、そして小生が下溜めて愛してきた曲「L.A.より99マイル」等の多くのヒット曲がキラ星の如く。この名盤は曲の選択もさることながらアレンジも素晴らしくバックミューシャンにもCSN&Yのデヴィッド・クロスビーやグラハム・ナッシュなどの豪華なゲストも参加しておりました。「夢心地」を味わえるこの名盤のヒット曲には、ポールサイモンとの共演曲「マイリトルタウン」も入っています。ついにS&G復活か~!と大喜びしたものです。実際のコンビ復活は1981年セントラルパークコンサートでしたが、その後2人で何度か来日してくれて1993年カミサンと一緒に東京ドームで生のデュエットを聴けたこと(もう20年以上か・・)がいい思い出です。アートガーファンクルのソロ名盤は「シザースカット」(1981)等まだまだ沢山ありますので、いつか後編として紹介したいと思います。

  by rollingwest | 2002-11-01 00:31

サイモン&ガーファンクル「冬の散歩道」




★(160)サイモン&ガーファンクル 「冬の散歩道」 (1968年) (2016.12.8公開)



c0119160_14474415.jpg中学生時代に小生を洋楽の道に目覚めさせてくれた「サイモン&ガーファンクル」・・、2011年に第2巻記事で「サウンドオブサイレンス」を取り上げただけで洋楽恩人に対して5年間も掲載せず不義理を大いに反省しております。久しぶりの続編は、彼らの名盤「ブックエンド」(1968)特集で半世紀前の名曲を紹介してお詫び申し上げたいと思います。S&Gの有名曲といえば他に「明日に架ける橋」「コンドルは飛んでいく」「ボクサー」「スカボロ・フェア」等が挙げられますが、今回は寒い冬の訪れに合わせて「冬の散歩道」を冒頭曲に選びました。日本でも木枯しの季節になると時たまラジオでかかる曲ですが、題名とは反し乗りのいいリズムのロックナンバー、S&Gとしては実に珍しい!12弦ギターの印象的なリフ、タイトなドラミング、途中で鳴り響くトランペット、韻を踏んだ詩がハイテンポな2人のコーラスで美しく軽快に展開していきます。名盤「ブックエンド」はレコードA面(今は死語か・・)1~7曲が「アメリカの現実」というテーマのコンセプト構成、当時の米国社会・世情を反映した数々の曲が本立ての中に収められているアルバムです。冒頭は組曲のオープニングとなる「ブックエンドのテーマ」、わずか20秒程の短いギター・インストルメンタルですが何となく惹かれる曲で期待感の予兆。A面物語の最大名曲は、やはり静かなハミング♪m~m~m~、mmm・・・~♪のフェード・インから始まる名曲「アメリカ」、語りかけるようポールサイモンの歌声と映画の一場面を見るような描写感が交錯した様なハーモニー曲。恋人キャシーへの語りかけとともに「皆がアメリカを探しにやってきたんだ」「アメリカとは何か?」という問い掛けでこの曲は終わっています。何度聴いても素晴しい彼らの最高傑作曲の一つで、日本では遅まきながら1972年にヒットして「何で今頃?」と思ったものです。アルバムB面はシングルヒットや個性的な曲が詰めらており、映画「卒業」のために作曲された「ミセス・ロビンソン」が収められています。この曲は1968年グラミー賞でビートルズ「ヘイ・ジュード」と最後まで最優秀賞を競り合い栄誉に輝いた歴史的なナンバーです。映画「卒業」のヒットで直後に発売された「ブックエンド」は彼ら初の全米NO1(7週連続)を獲得しまさに世界的なブレイクを果たした栄光期の名盤となりました。「動物園にて」は、さまざまな動物を性格設定したお茶目な曲。ポールサイモンが後にソロとなって大ヒットさせた「僕とフリオと校庭で」や「コダクローム」等に通じて行く原点曲のようにも思えるネ~。小生が大好きな不思議なる癒し曲「フェイキン・イット」は、さまざまな仕掛けが施された曲で録音テープを逆回転させたり子供の会話を入れたり凝った編曲がなされており、S&Gもビートルズ「サージェントペッパーズ」の影響を受けているんだなあ・・と再認識させられます。コンセプトアルバムは最後に「旧友~ブックエンドのテーマ」で静かにフィナーレ・・。ベンチ両端に座る2人の疲れ果てた老人がブックエンドの象徴として描かれ、人生の終焉を静かに待っているような悲しさと叙情的な詩・・。当時20代後半のポールサイモンが人生晩節に佇む老人の哀愁を表現しているとはあらためて驚きました。そして自分が当時この歌のイメージだった還暦を迎えるとは・・。最後のテーマエンドは「Time it was・・、あの頃は・・、時は経過してしまった・・」と呟く1分の短かい曲で「ブックエンド」が静かに締められています。



  by rollingwest | 2002-11-01 00:30 | 洋楽(ロック・POPS)