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「My Favorite Songs」(第30巻)

【My Favorite Songs】の過去紹介した記事一覧(INDEX)はコチラから

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★(161)ビートルズ 「エリナーリグビー」(ジョージ・マーチン哀悼) (1966年) (2016.12.24公開)



c0119160_1511042.jpgビートルズにとって特筆的な年だった2016年もいよいよ暮れようとしています。今年のRW元旦記事は「来日50周年記念特集」でスタート、年末ラスト記事もビートルズで締めくくりたいと思います。3月は大ショックの出来事がありました。ビートルズの音楽性を高めた伝説のプロデューサー「ジョージ・マーチン」が亡くなったのです。「5人目のビートルズ」と呼ばれたマーチンは、1962年のデビューから最終盤「アビーロード」(1969)までほぼ全アルバムにおいて重要な中核的な役割(音楽・映像・各種エンターテイメントの指揮)を担い、ビートルズの世界的な名声と栄光(英国の1位獲得:シングル30曲、アルバム16作)を実現させた偉大なる方でした。ビートルズの初シングル「ラブ・ミー・ドゥー」を録音するにあたって、ジョージ・マーチンは当時のドラマー(ピート・ベスト)の演奏力に物足りなさを感じてリンゴ・スターを新たに起用することを決断しています。2ndシングル「プリーズ・プリーズ・ミー」の録音が完了した時、マーチンはこの出来栄えに満足し「これは絶対NO1ヒットになる!」と言い切り、予言通りシングルとデビューアルバムはTOP獲得となり世界ブレイクの発火点となったのです。そして「シー・ラブス・ユー」は7週連続NO1を記録し、彼らの人気は大沸騰、その後は映画「ハードデイズ・ア・ナイト」で映像面でも世界中を熱狂の坩堝に巻きこみ人々の心を虜にしていきました。今年6月は「来日50周年・武道館コンサート」に関するTV特集番組が多く放映され、子供心に見たよき昭和時代の熱狂光景を懐かしみました。武道館で3日間(6/30、7/1- 2の計5回)行われた公演は約5万人の観客を集め、TV中継では60%近い異例の高視聴率を記録!会場周辺は連日6千人の警官が配備される空前の警備体制と、日本中が今ではありえないような大騒動に席巻されたことを再認識!今年9月には「エイトデイズ・ア・ウィーク」の題名を冠した公式ドキュメンタリー映画「ザ・ビートルズ EIGHT DAYS A WEEK - The Touring Years」(監督ロン・ハワード)が公開され、初期リバプール時代、1963年からの15カ国90都市166公演ツアー、半世紀前の若きビートルズのLIVE活動の映像を大いに堪能しました。しかしこのツアー以降、ビートルズはLIVE演奏活動を一切やめて、スタジオ録音中心の曲作りに没頭して音楽性を大きく変化させていきます。その転機となった名盤が半世紀前にリリースされた「リボルバー」(1966)、その立役者もジョージマーチンで手腕は如何なく発揮され数々の名曲を生み出しています。6月に「リボルバー発売50周年」特集記事をレポートしましたが、RWがいつまでも聴きたい名曲はやはり弦楽四重奏とコラボした流れるような美曲「エリナーリグビー」(冒頭掲載曲、RWのカラオケ定番)かな・・。さらに10月はリンゴスター来日とまさにビートルズの話題に彩られた1年だったような気がします。LASTは誰でも知っている世界のスタンダード曲「イエスタディ」で今年最後を締めくくりたいと思います。ポール・マッカートニーはジョージマーチンへの追悼声明で「イエスタディ」が生み出された経緯やマーチンとの思い出を語っていました。「弦楽四重奏の曲にしたいというマーチンの提案に最初僕は反対したが、クラシカルにアレンジされ出来上がった曲を聴いてみるとその素晴しさに感銘した・・。結果的に、この名曲が何千人ものアーティストによって最も多くカバーされた歴史的名曲になったのだから彼の判断は正しかったんだ。」・・と!偉大なるビートルズの生みの親ジョージ・マーチン、今頃はジョン・レノンとジョージ・ハリスンと一緒に天国で音楽活動を再開しているのかもしれません。

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(PS)ジョージマーチンの他にも2016年は70~80年代洋楽を一世風靡した至宝達が相次いで亡くなる特筆の年でした。デビッド・ボウイ(1月)、グレン・フライ(1月)、モーリス・ホワイト(2月)、キース・エマーソン(3月)、プリンス(4月)、レオンラッセル(11月)、グレッグレイク(12月)、ジョージマイケル(12月)・・・、こうやって並べてみるといかにロック黄金期の大物アーティストの訃報が続いたことか・・。ご冥福をお祈りします。我々の青春時代に夢中になった名曲を生み出してくれた偉大なるアーティスト達に感謝の念を込めて・・。



⇒次回2017年冒頭の洋楽記事は、1周忌を迎えるデビッドボウイと、新アルバム発売でいまだ元気なミックジャガーがコラボした「ダンシング・インザ・ストリート」(1985)をお送りします。♪\(^◇^)/♪







★(160)サイモン&ガーファンクル 「冬の散歩道」 (1968年) (2016.12.8公開)



c0119160_14474415.jpg中学生時代に小生を洋楽の道に目覚めさせてくれた「サイモン&ガーファンクル」・・、2011年に第2巻記事で「サウンドオブサイレンス」を取り上げただけで洋楽恩人に対して5年間も掲載せず不義理を大いに反省しております。久しぶりの続編は、彼らの名盤「ブックエンド」(1968)特集で半世紀前の名曲を紹介してお詫び申し上げたいと思います。S&Gの有名曲といえば他に「明日に架ける橋」「コンドルは飛んでいく」「ボクサー」「スカボロ・フェア」等が挙げられますが、今回は寒い冬の訪れに合わせて「冬の散歩道」を冒頭曲に選びました。日本でも木枯しの季節になると時たまラジオでかかる曲ですが、題名とは反し乗りのいいリズムのロックナンバー、S&Gとしては実に珍しい!12弦ギターの印象的なリフ、タイトなドラミング、途中で鳴り響くトランペット、韻を踏んだ詩がハイテンポな2人のコーラスで美しく軽快に展開していきます。名盤「ブックエンド」はレコードA面(今は死語か・・)1~7曲が「アメリカの現実」というテーマのコンセプト構成、当時の米国社会・世情を反映した数々の曲が本立ての中に収められているアルバムです。冒頭は組曲のオープニングとなる「ブックエンドのテーマ」、わずか20秒程の短いギター・インストルメンタルですが何となく惹かれる曲で期待感の予兆。A面物語の最大名曲は、やはり静かなハミング♪m~m~m~、mmm・・・~♪のフェード・インから始まる名曲「アメリカ」、語りかけるようポールサイモンの歌声と映画の一場面を見るような描写感が交錯した様なハーモニー曲。恋人キャシーへの語りかけとともに「皆がアメリカを探しにやってきたんだ」「アメリカとは何か?」という問い掛けでこの曲は終わっています。何度聴いても素晴しい彼らの最高傑作曲の一つで、日本では遅まきながら1972年にヒットして「何で今頃?」と思ったものです。アルバムB面はシングルヒットや個性的な曲が詰めらており、映画「卒業」のために作曲された「ミセス・ロビンソン」が収められています。この曲は1968年グラミー賞でビートルズ「ヘイ・ジュード」と最後まで最優秀賞を競り合い栄誉に輝いた歴史的なナンバーです。映画「卒業」のヒットで直後に発売された「ブックエンド」は彼ら初の全米NO1(7週連続)を獲得しまさに世界的なブレイクを果たした栄光期の名盤となりました。「動物園にて」は、さまざまな動物を性格設定したお茶目な曲。ポールサイモンが後にソロとなって大ヒットさせた「僕とフリオと校庭で」や「コダクローム」等に通じて行く原点曲のようにも思えるネ~。小生が大好きな不思議なる癒し曲「フェイキン・イット」は、さまざまな仕掛けが施された曲で録音テープを逆回転させたり子供の会話を入れたり凝った編曲がなされており、S&Gもビートルズ「サージェントペッパーズ」の影響を受けているんだなあ・・と再認識させられます。コンセプトアルバムは最後に「旧友~ブックエンドのテーマ」で静かにフィナーレ・・。ベンチ両端に座る2人の疲れ果てた老人がブックエンドの象徴として描かれ、人生の終焉を静かに待っているような悲しさと叙情的な詩・・。当時20代後半のポールサイモンが人生晩節に佇む老人の哀愁を表現しているとはあらためて驚きました。そして自分が当時この歌のイメージだった還暦を迎えるとは・・。最後のテーマエンドは「Time it was・・、あの頃は・・、時は経過してしまった・・」と呟く1分の短かい曲で「ブックエンド」が静かに締められています。





★(159)フリートウッドマック 「リアノン」 (1975年) (2016.11.24公開)



c0119160_1254406.jpg大学生時代に夢中で聴いた1970年代を代表するスーパーグループ「フリートウッドマック」の続編を5年ぶりにレポートします。第1巻(010)「ドリームス」以来、大ファンだった彼らを長くほったからしにして深く反省・・。フリートウッドマックの最大名盤はやはり1977年「噂」(Rumours:全米1位31週間、1700万枚セールス)ですが、今回はその前作「ファンタスティック・マック」の名曲を特集します。フリートウッドマックは、①メンバーチェンジが頻繁②音楽性を幾度も大転換②成功規模(セールス枚数)が超メガ級④人気最前線・活動期間が長い、この4要素が同時体現されたロック史における稀有な存在のグループです。1967年ミック・フリートウッドとピーター・グリーン主導で結成され、当初はコテコテの泥臭い正統派ブリティッシュ・ブルースロックバンドでした。しかしピーター・グリーンなど初期メンバーが相次いで脱退すると、新加入のボブ・ウエルチ(1972~73年)が徐々に音楽性を転換させてジャズ・ロック的なアプローチを行い一定の人気を維持していきました。その後世界的にブレイクして大成功を収める契機・布石は1975年、リンジー・バッキンガム&スティーヴィ・ニックスの加入で今度は一挙にPOPな垢ぬけた音楽路線(神秘性もあり)に再転換したのです。小生がフリートウッドマックの音楽を初めて耳にしたのは、大学1年生(1976)の下宿でFENラジオから流れて来た「リアノン」(上記掲載曲)を聴いた時でした。ウエールズ神話に出てくる女神が名付けられた曲の序盤はステーヴィー・ニックスの気だるそうな声で不思議な雰囲気が淡々と醸し出されていきます。やがて小柄な彼女から激しくパワフルなダミ声が響き渡り、リンジーの唸るギターとコラボしてクライマックスを迎えて行く展開・・「何と素晴しい曲だ~!」と彼らの魅力に一挙取り憑かれてしまいました。この魅惑曲が収められていたのが、フリートウッドマックを世界に羽ばたかせるトリガーとなった名盤「ファンタスティック・マック」だったのです。アルバム冒頭曲は、リンジーのシャウトから始まりステージが一挙に広がる軽快な曲「マンデーモーニング」でオープニング!そしてアルバムからのシングルカット「セイユー・ラブミー」、非常にわかりやすくポップな名曲は「ファンタスティック・マック」の路線転換の象徴曲の一つです。「我々の音楽性はよりポップな方向へと変わったぞ!」と大いにPRしている印象を受けます。次曲は「ウォーム・ウェイズ」、ボーカルはクリスティン・マクビー(ジョン・マクビーの妻)、彼女の温かみのある優しいボーカルでまどろみに包まれるような曲。アルバムからの初のシングルカット曲は「オーヴァー・マイヘッド」、これもクリスティン・マクヴィーの淡々とした優しい声とアレンジが素晴しい癒し系の名曲でした。「ワールド・ターニング」は一転してマクビー&バッキンガムがシャウトする力強いエキゾチックな歌、バラエティに溢れています。やはり本名盤の特徴は、新加入したスティービーニックス(妖精のような可愛らしさと小悪魔的容姿と独特のダミ声に特徴)の存在が注目を浴びて際立ったことです。「ランドスライド」「クリスタル」も摩訶不思議美女の虚脱感あふれるような魅力が十分味わえる隠れた名曲です。数々の色彩に溢れる名盤・・、今回レポートのLAST締め曲は壮大なスケールで展開する名曲「アイム・ソー・アフレイド」、フリートウッド・マックは本名盤でビック・ネームに成長し、さらに翌年に金字塔アルバム「噂」でロック史に輝く名バンドとなっていきました。次回は「噂」の名曲特集を予定。いつになるのやら・・(苦笑)

  by rollingwest | 2003-06-01 00:00 | 洋楽(ロック・POPS) | Comments(136)