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高山植物レビュー(2005年:山で出会った花々)


高山植物レビュー第1回は、2005年の晩夏での「尾瀬」、秋の「鳥甲山」に登った時に出会った花を紹介いたします。 \(^_^ )( ^_^)/ 



★尾瀬晩夏(2005年8月21-23日)
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食山人さん・Y木さんと3人で「至仏山」~「尾瀬ケ原」~「燧ケ岳」を歩いた時に出会った花々です。
尾瀬といえば、ミズバショウやニッコウキスゲなど夏の花のイメージが強いですが、晩夏の花々も結構種類が多かったのでビックリしました。
人の数もまばらでこの季節に尾瀬を訪れるのも悪くありません。(ゆったり散策可能)

※青文字リンク↓をクリックすると花々がスライドショー(クローズアップ)で登場してきます。
スライドショー画像:( 2005年晩夏・尾瀬の花々)←クリックどうぞ!



  ↓ヒメシャジン(キキョウ科)    ↓コオニユリ(ユリ科)     ↓サワギキョウ(キキョウ科)
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姫沙参:花の先が5つに裂ける。 小鬼百合:香りが強く根は食用。 沢桔梗:可憐だが毒がある。


  ↓タムラソウ(キク科)   ↓ヒツジグサ(スイレン科)  ↓ミズギク(キク科)
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田村草:アザミの様だが菊。未草:未の刻(14時)に花が咲く。水菊:山の湿原に群生する多年草


★鳥甲山(2005年9月17日)
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新潟・長野の県境に、想像を越える豪雪地帯「秋山郷」があります。
この村は、2005-06豪雪の時には交通が寸断され孤立化してしまいました。
江戸時代の文人鈴木牧之(「北越雪譜」の著者で有名)が「秋山紀行」で紹介して、初めて世に人に知られた秘境村なのです。
   
鳥甲山(とりかぶとやま:2,038m)は、その「秋山郷」を見守るように屹立する峻険な山です。
Fツアーの仲間たちと登りましたが、麓には「小赤沢温泉」という真っ赤な鉄分温泉があり印象的でした。花はかなり終わりに近かったですが、その時に出会った高山植物をご覧下さい。

※青文字リンク↓をクリックすると花々がスライドショー(クローズアップ)で登場してきます。
スライドショー画像:(2005年秋・鳥甲山の花々)←クリックどうぞ!
 


     ↓ツリフネソウ(ツリフネソウ科)          ↓マツムシソウ(マツムシソウ科)c0119160_1414868.jpgc0119160_14142576.jpg
釣舟草:ポウセンカの仲間、正に舟を釣っている様。 松虫草:松虫鳴く初秋に咲くのでこの名がある?


   ↓オヤマリンドウ(リンドウ科)         ↓キツリフネソウ(ツリフネソウ科)c0119160_14155512.jpg
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御山竜胆:花が殆ど開かず蕾の様な花。 黄釣舟草:身が熟すと種を強く弾き飛ばす(左上同種) 

↓鳥甲山・尾瀬の山紀行はコチラ(上から2-3番目を参照)
「ローリングウエスト山紀行」1
 

 

  by rollingwest | 2007-08-31 13:41 | Comments(7)

<2007年8月23日>金沢八景「称名寺」ライトアップ

横浜市の南東部・金沢区には「称名寺」という鎌倉時代に建立されたお寺があります。この寺の名前は知らなくとも「金沢文庫」という名を聞けばピンと来る方も多いでしょう。


このお寺のライトアップが8月下旬から始まったというNHKニュースを聞き、早速カミサンと見に行ってきました。なるほど・・・噂どおりの美しさ!薄暮の時から暗闇に向かう中、徐々に映えていく「光の移ろひ」は見る価値十分!皆様も是非とも訪れてみてください。

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「称名寺」は北条実時が13世紀中頃に創建した北条氏一門の菩提寺です。(隣接する「金沢文庫」は、実時が武家文献を集めて創設した日本初の私設図書館として有名)


すぐそばには海がありますが、三方を山に囲まれた小高い丘の中にあって、境内は浄土式庭園となっています。
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ここは「金沢八景」の1つで歌川広重の浮世絵にも描かれており、寺にある鐘楼は「称名晩鐘」と呼ばれて昔から地元の人々へ「時の音」を刻んでいました。 (Goh~n・・・)


.....↓歌川広重:金沢八景「称名晩鐘」、昔は海から見えたんですねエ(今は住宅街の中).....
c0119160_2016059.jpgc0119160_20163639.jpg☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆..... 「阿字ヶ池」に架かる朱塗の「反り橋、」正面は「金堂」。↑浄土庭園が再現されている。.....


浄土庭園で最も有名なものは京都宇治「平等院鳳凰堂」や平泉「毛越寺」ですが、それらと同じように極楽浄土を模した池や金堂が配置されています。(2つの有名なお寺と比べると、鎌倉文化らしく質素な佇まいでしたが・・・)

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このライトアップは数年前から行われているようですが、池の真ん中を渡るように朱塗りの弓形橋「反り橋」がオレンジ色に光り輝き、中央に建立されている「金堂」は青白く幽玄の世界のように浮かび上がります。
c0119160_20251450.jpgc0119160_20252915.jpg☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆18時前に境内に到着。(称名寺は道の狭い住宅街の中にあり、車で行く場合は事前に駐車場情報を調査しておくことがオススメ。でも平日ならば近くの空きスペースが運よくGETできるかも・・)

毎日続く猛暑の気温も夕方頃にはようやく収まり、虫の鳴く声も涼やかな聞こえます。それぞれの場所にはすでに、写真マニアと思える多くの人が三脚を据え付けベストポジション確保でそのときを待ち構えていました。

c0119160_20373632.jpgc0119160_20381366.jpg☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆照明が投影され始めた頃は、周囲がまだ明るい薄暮の中なので初めは光もそれほど目立ちません。しかし時間が経つにつれて朱色橋はオレンジ光の色を徐々に強めて、「阿字ヶ池」に映るもうひとつの半月弧と一緒に浮かび輝いてきます。


また正面入り口にある「仁王門」には、ふたつの「金剛力士像(阿形と吽形)」が憤怒の形相でこの浄土庭園を守護していますが、こちらの方も同時にライトアップが開始されました。

c0119160_20504752.jpgc0119160_20511581.jpg☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆暗闇が迫り来る中で、最初は薄蒼い感じだった力士像はオレンジに色を変えていき、だんだんと力強く照らし出されていきます。

c0119160_2054184.jpgc0119160_20543090.jpgc0119160_20544436.jpg☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆....↑(左)(中)称名寺の門前風景、(右)仁王門を守る2体の金剛力士像も闇で輝き出す。.....☆
c0119160_21275735.jpgc0119160_2128204.jpg☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆.....(右):口を開ける「阿形像」、(左):口を閉じている「吽形像」、「あうんの呼吸」の語源.....


池がある浄土庭園もすでに闇に包まれていきますが、シ~ンとした闇の中で時間と光が少しずつ積み重ねられていく「余韻美」は何ともいいようがありません。朱色だった「反り橋」は「光輝金色」、それに向き合う「金堂」は対照的な「静寂ブルー」、暗闇が深まっていく中でついに最後はこの2つの妖艶な光だけとなりました。

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この背景のなかで「薪能」が舞われることもあるようですが、そのときはこの世のものとは思えないムードとなるのでしょう。幽玄の世界って一度体験してみたみたいものです。



実はこのお寺は「世界文化遺産」登録候補なのです。「武家の古都・鎌倉」は当初は「鎌倉市」だけで世界遺産申請の活動をしていましたが、10年前「逗子市」「横浜市」とタイアップし共同自治体での取り組みに拡大しています。(横浜市では「朝比奈切通」とこの「称名寺」の2つが登録候補) 奈良や京都のお寺のように、世界遺産ライトアップのお寺になればこの住宅街は観光客で溢れかえって大変になるだろうなあ・・。(余計な心配かな。)

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完全に日が落ちて暗闇の中で浮き上がるライトアップも非常に美しいですが、夕暮れの薄明りの時から徐々に変化していく様を目に焼き付けていく方がより大きな感動が得られることでしょう! 

  一度体験されることをおすすめいたします。         
                                                     おわり

  by rollingwest | 2007-08-23 19:55 | 寺社・史跡・古道 | Comments(4)

<2007年8月8~9日>北陸夏紀行

夏休みを利用し、家族で北陸を訪ねてきました。

能登半島の一人旅(32年前)・金沢への先輩訪問(24年前)・永平寺・東尋坊への訪問(15年前)・「白山」家族登山(4年前)以来の5度目となる「北陸旅」ですが、今回それらに比べればマイナーな観光地をリサーチしてきました。
あまり有名地ではないとはいえ、これが意外にもなかなか見所が多く穴場発見の旅でした。

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          ....北陸、霊峰白山の山麓にある秘境「手取渓谷」と「綿が滝」.....


霊峰「白山」の雪解け水が刻んだ渓谷、その豊かな水に恵まれた加賀・越前の豊穣な水田風景、「加賀一向一揆」の歴史や「吉崎御坊」、奇岩の続く「越前海岸」などを今回紹介いたしましょう。
これらの他にも訪ねてみたい所がいくつかあったのですが、結局はこの3つのSPOTで時間切れ。
やはり北陸の道は長い・・・。見残した場所は数年後にもう一度トライしてみたいと思います。



★白山山麓の絶景渓谷(手取渓谷)

今回は名古屋~東海・北陸自動車道から北上し、白川郷・白山スーパー林道経由で北陸に抜けるルートでアプローチしました。日本三霊山「白山」(2,702m)の北西部に「鳥越村」という豪雪地帯の村があります。ここには白山の豊富な雪解け水を源とする「手取川」が流れており、「手取渓谷」という大自然の造形美が見られます。


.....↓白山麓のグランドキャニオンと呼ばれ、手取川の両岸は迫り来る崖が切り立つ。.....c0119160_212658.jpg c0119160_21261765.jpg
        ....この光景は農村一般道の普通の橋から見下ろせるのだから本当に驚き↑.....


ここには「綿が滝」という豊富な水量をもつ豪快な滝があり、切り立った崖が連続しています。
通常このような深い峡谷を見るには自分の足で歩いてハイキングした結果ようやく見られるものですが、今写真で紹介している光景は鳥越村の生活道路にある普通の橋から見下ろせるものです。
本当に驚きました。地元の人からすれば、これらの美しい絶景・渓谷美は単なる毎日の通学・通勤路の風景の1つにすぎないのです。


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    .....世界的な豪雪地帯「白山」の豊富な雪解け水がこれらの深い峡谷を刻んだ。.....

この切り立った断崖絶壁の上に見られるのは、下記写真のような通常の田舎の水田風景です。
こんな見事な峡谷の上にほのぼのとした田園が広がっている違和感が実に不思議でおもしろい。
世界有数の豪雪地帯「白山」から供給される雪解け水の量は実に膨大。その豪快で速い水流が幾千年の時間をかけて岩を深く削り取り、平野の下にこのような渓谷美を存在させているのでしょう。


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....↑大峡谷の上は何と普通の水田風景! ......広葉樹木にビッシリ生えたヤニタケの群生↑.....


水田から手取渓谷水辺に繋がるルート道があったので、急傾斜の道を降りて行きいざ探索開始。
今年の夏は近年稀に見る猛暑(8/16は史上最高気温40.9度を多治見・熊谷で記録)でした。滝の轟音・水流と緑色の深淵・マイナスイオン溢れる渓谷道を歩けば、涼を味わえて実に爽快な気分!

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...↑綿が滝をシンボルとする美しい手取渓谷遠景.......手取渓谷の川岸に下りてみて探索開始↑....

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...↑.ヒンヤリとした深い渓谷は本当に気持いい。.....草間から流れ落ちるナメ滝の水量は豊富↑.....

この渓谷最大の見所はやはり「綿が滝」!ものすごい水量でゴーッという轟音を響かせて落ちる豪快な滝です。大量の水は名前のとおり、崖上から綿をちぎって投げおろしているようにも見えます。
日本の滝100選にはセレクトされていないのは意外でしたが、その迫力と絶景は隠された日本の名滝の1つではないかと思います。(穴場の滝100選を誰か創設して~!是非とも投票します。)
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     .....↑豪快な「綿が滝」。水量が本当に多く、真っ白な綿を千切って
                 投げているように見えることからこの名がついている。.....


そしてこの滝の素晴らしいところは、滅多に見られない光景が実に手軽・間近に見られるのです。
それは「大量水が流れ落ちる滝壷」と「滝の最上部」、この危険な景色を簡単に覗き込めることに大感動!やはり峡谷上部に平野が広がるこの特殊地形でなければ手軽には体験はできません。


....↓滝壷に下りてみると、ゴーッという大轟音とともに大量の水!マイナスイオンが溢れ立つ.... c0119160_2254476.jpgc0119160_226679.jpg
...滝の最上部から滝壷を覗き込んでみる。簡単にこんな光景が見られるとはアンビリーバボー!↑....


この手取川・鳥越村は「加賀一向一揆」において最後の戦いが繰り広げられた所です。
北陸における一向一揆は「百姓の持ちたる国」と云われるように、浄土真宗門徒である地元農民が力強い信仰心で一致団結して守護富樫氏を滅ぼし、自治独立国家を築いたことが始まりです。

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    ....加賀一向一揆の里。手取川の鳥越城は、一向一揆・最後の合戦舞台となった。.....


織田信長が天下統一に向け数々の仇敵を打ち倒していく中で、手こずったのは2大宗教勢力「比叡山」と「一向宗」ですが、「延暦寺焼討ち」「一向門徒の虐殺」と信長は相当ヒドイことをしました。「加賀一向一揆」のせん滅に向けて信長が差し向けた柴田勝家の軍勢に対して、最後まで抵抗していた信仰農民はこの鳥越城と手取川で血みどろの戦いに敗れて悲惨な末路を迎えたのです。
この日は地元の町興し行事「鳥越一向一揆まつり」の盆踊り櫓が真夏の青空に映えていました。

リンク:「百姓の持ちたる国~加賀一向一揆」HP



★吉崎御坊

「吉崎御坊」とは北陸における浄土真宗の一大布教拠点です。浄土真宗の開祖はご存知「親鸞」ですが、中興の祖と呼ばれているのが「蓮如」です。比叡山延暦寺から迫害を受けた本願寺の「蓮如上人」は京都から逃れて、1471年この越前吉崎の地に新たな布教拠点を建立しました。


.....↓「蓮如」が建立して、浄土真宗の北陸布教拠点となった「吉崎御坊」.....        
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  ....浄土真宗の門徒達を中心とする一揆が、「一向一揆」と呼ばれ大名から恐れられた。.....

「南無阿弥陀仏」の六号さえ唱えれば極楽浄土に往生できるというシンプルな教え・修行スタイルは農民にとって非常に分かり易く、あっという間に北陸一帯に信仰を集めてここに有数の宗教都市を築いたのです。そういえば柏崎の母方祖母本家も信仰心の篤い浄土真宗です。この地がなければ、北陸を中心に東海・東北まで広まった「親鸞」の教えの隆盛はなかったのではないでしょうか。


....↓ご本尊は勿論、阿弥陀仏。金仏壇は光り輝く極楽浄土が再現(ナムアミダ~ブツ).....c0119160_22224783.jpgc0119160_2223512.jpg 
                          .....浄土真宗の中興の祖「蓮如上人」の大立像↑..... 

吉崎の地は、加賀越前の国境にあるところで「北潟湖」という汽水湖があります。
「汽水湖」とは海水と河川淡水が混じりあった湖。有名な所では浜名湖・サロマ湖・宍道湖・三方五湖などがあげられますが、北陸の汽水湖は広い空と湖の他に「稲穂水田と緑深い杜」が混在した湖風景を見せており、独特・癒しの雰囲気は気持ちのいい湖畔ドライブを経験させてもらいました。

.....↓「吉崎御坊」の丘陵から見下ろすに注ぐ「北潟湖水路」と日本海.....
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      ...「北潟湖」は加賀平野から日本海汽水湖。静寂なる癒しの風景が広がる。↑...


★豊穣なる加賀平野

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...黎明の白山山脈、秘峰「芨ケ岳」も見える。.....加賀平野から望む霊峰「白山」(2702m)の雄姿....


北陸の田園地帯を走り抜けていく中で「羨ましいな・・」と感じたことは「余裕の雰囲気」。
青々とした田んぼの里には「一軒々の造りが大きい家」が点在しており、圧迫感なくゆったりした加賀平野の空は非常に広く感じられます。
(コンビニ・ファミレスのロードサイド店舗や高い建物も少なく見渡せば白山連峰が聳える郊外風景)
実に気持ちいい車窓の景色、豊かな穀倉地帯で穏やかに暮らす人々の感じが伝わってきました。

全国住みやすい都道府県」の調査結果では北陸3県は必ずといっていいほど上位に入ります。
持ち家比率の高さ・家の広さ・1人当りの収入・車有保有率などが全国一、自然に恵まれて水や食材・料理が非常に美味しい、災害が少ない、県民の教育水準は高く、歴史ある文化にも恵まれている、等がその要因・理由とのことです。          

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      ....加賀平野の水田風景や空は本当に広々として余裕が感じられる。..... 

故郷新潟県の隣接であり冬の日本海気象は一緒なのに「住みやすさ度」で差がついているのはちょっと悔しいですが、実際に訪れてみると納得できるような気もします。
水や自然に恵まれて食べ物が美味しい点は新潟県も同様なものの、やはり北陸3県は広い意味で歴史が深い関西圏に属しており、北前船貿易での繁栄・加賀百万石の前田利家の治世のもとで築かれてきた歴史・文化・裕福さがあります。この点についてはちょっとかなわないのかな・・・。


★奇勝が続く越前海岸

渓谷・山麓・平野の次は、海岸線に出てみましょう。
越前海岸(東尋坊~越前岬)は奇岩・奇勝が多く国定公園に指定されています。
東尋坊を訪ねるのは今回で2度目ですが、波間に聳える圧倒的な断崖はやはりスリリング!
(チャッチャッチャ~♪火曜サスペンス劇場!)

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    .....ご存知、北陸の名勝「東尋坊」。自殺スポットやサスペンス劇場の舞台で有名.....

この景勝地の名の由来を調べてみると、興味深くておもしろいことがわかりました。(^~^)
白山麓にある名刹「平泉寺」の悪行坊主「東尋坊」が、恋仇によってこの断崖から突き落とされたことからこの名前が付いたとのこと。
(まさに人間愛憎・火曜サスペンス劇場の世界そのものではありませんか!)
長い越前海岸を南下していくと奇勝が延々と続き「呼鳥門」という自然造詣トンネルも見えてきます。


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.....越前海岸は奇岩の連続(東尋坊にて).........「呼鳥門」↑侵食で造られた巨大な自然トンネル...

海岸線から内陸部を横断し「織田町」(織田一族のルーツ・越前焼の里)という街を経由して、武生インター(現・越前市)から北陸自動車道に入って帰路につきました。
当初予定では、安宅の関(義経・弁慶勧進帳)や北前船・九谷焼の博物館も見るつもりでいたのですが、長大な北陸路は移動に結構な時間がかかります。ついには全部見切れずにタイムアウト・・
まあ見残したところはまたいつかゆっくりと来て見たいと思います。



日本の風景、実際に訪ねてみると各地域でそれぞれの雰囲気・特色が違います。同じ北陸地域の中でも然りでしょう。次回6回目の北陸旅では、どんな発見があるのか、自分がどんな感じ方をするのか楽しみでもあります。

                                                    おわり



09GW:北陸紀行にもこの名滝・史蹟は登場します。↓
       リンク記事:「ちょっと渋めの玄人旅、09GW北陸紀行(その1)

  by rollingwest | 2007-08-08 21:15 | 旅の風景 | Comments(11)

<2007年8月4日>山紀行・名峰レビュー:「富士山」(その1)

★プロローグ

山紀行・名峰レビューの第1回は日本一の名山、「霊峰富士」です。 
やはりまず初めは、この素晴らしい日本の最高峰(3,776m=ミナナロウ)・世界に誇る「富士山」を差し置いて名峰紹介はスタートできません。(世の中の万人が認めるところでしょう。)   
               
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                .....葛飾北斎・富嶽三十六景「凱風快晴」.....


南アルプス・八ヶ岳・奥秩父など関東甲信や駿河の山々を歩くとき、最大のランドマーク、モニュメントとして必ず目に入ってくるのは「霊峰富士」です。小生があらためて「不二の山」を語るのもおこがましいのですが、富士周辺に広がる素晴らしい自然・風景・地学・歴史等を紹介し、最近のトピックスなども交えながら、「自分にとっての富士山」をレビュー・考察してみたいと思います。

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(秀麗な姿への感動、畏怖・尊敬と憧れ、心癒しに対する感謝、そして親しみを込めて・・・・)


         (1998年11月):奥秩父の盟主「金峰山」「瑞牆山」より
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........やはり黎明・暁光が一番美しく似合う山は富士山に勝るものはない。
       孤高であること、そして秀麗・優美なシルエットが景色の構図に映えるからだ。.....




★富士は日本一の山


日本の3,000m以上の山は14座ですが、2位北岳から14位聖岳までの標高は3,000~3,200mのレンジに収まることから、富士山の高さ(3,776m)はまさに「ダントツの1位」(7馬身の差)です。
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最高峰という事実もさることながら、感動を呼び起こすその「秀麗なる姿」は世界の中でも比類なき至宝でありましょう。静岡・山梨に広大な裾野を広げた独立円錐形の優美なプロポーション、まさに「八面玲瓏の美しさ」は日本人の心のふるさと・誇りにふさわしいものです。        


(1999年10月):Y木氏と南アルプス「赤石・荒川三山」を縦走した時に遭遇した富士の雲海大展望....
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..........↑大雲海の遠景富士パノラマ、まるでオホーツク海に浮かぶ利尻富士のようだ。..............




★静岡時代


静岡に住んでいた3年間(1999-2001年)は、生涯の中で一番山に嵌まっていた時期でした。
今数えてみると3年間で36回も行っており、食山人氏・Y木氏とのトリオが結成されたのもこの頃。当時3人とも静岡県在住で、1台の車に乗り合わせ夜中に出発しては、南アルプスや富士周辺の山を機動的に歩き回ったものです。
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静岡は、山を愛する者にとっても実に住みやすく素晴らしい所です。その理由は、山への交通アクセスが容易であり、渋滞が少ないこと、年間の晴天率が日本一高いこと、冬は暖かくトレッキング活動がしやすい・・等々があります。しかし最大の評価ポイントは「美しい富士山を毎日見ることができる」ということではないでしょうか。


     (2000年7月):「聖岳」より、南アルプスから望む「朧ろ富士」の遠景美
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............暁光に映えて、雲との調和で水墨画のようになる時の富士山が一番美しい............


静岡市は、冬でも暖かく天気がいい日が多いし食べ物は美味しい・・。老後に住むには最高の場所かも・・。徳川家康が隠居後に当地(駿府城)を選んだのも実に納得します。
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太平洋側気候は冬の日・西高東低気圧配置になると青空晴天に恵まれますが、北西風が強く寒くなるのが通常。しかし静岡市の場合、背後の南アルプスが風除けの屏風の役割を担い、強風があまり吹かずポカポカとして、冬でも郊外活動はあまり苦になりません。むしろ静岡では、パノラマ日確率が圧倒的に高い冬こそが近郊低山ハイキングに最適な時期といえます。


 (1999年12月):静岡市内を俯瞰する「満観峰」(日本坂トンネルの脇)に家族登山時の富士山
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..............↑静岡在住時代は、毎日素晴らしい富士山を眺望できて、本当に心が癒された...............


東海道の難所「宇津谷峠」に近い「満観峰」から見る富士山の光景はおすすめスポットの1つ。赴任1年目の冬に見た、「西伊豆」と「駿河湾」とが一体となった「裾野富士の素晴らしい屏風絵」の光景は関東からの富士に見慣れた人には新鮮でしょう。その雄大な広がりをご覧あれ。

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(1999年12月):「満観峰」から望む「富士秀峰」と「駿河湾」と「西伊豆半島」のパノラマ」...↑富士山右裾野から西伊豆先端まで延びる駿河湾の広がりは写真を貼り合さないと全景表現できない...




★清水の富士


  ♪「旅行けば~、駿河の道に茶の香り~♪」
次郎長親分や東海道五十三次で有名な「清水」(現:静岡市に合併)は、さらに富士山が美しく見える街。小高い茶畑の丘や「日本平」展望台など富士山のビューポイントは市内に沢山あります。
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その中でも羽衣伝説で有名な「三保の松原」からの富士は、まさに卓越!海越しに見える富士のアングルは感動的、何度行っても飽きない光景でした。一度訪れてみることをお奨めします。


(1999年11月):清水(現・静岡市)の「日本平」より展望→「三保の松原」で癒しの富士を楽しむ。c0119160_2130494.jpgc0119160_1656126.jpg
 ............↑ 次郎長親分・ちびまる子ちゃん・天女の羽衣伝説などで有名な「清水の富士」. ............... 





★東海道五十三次:由比「薩埵峠」


もう一ヶ所、「駿河湾越しの富士が望める絶景」ポイントの穴場をご紹介いたしましょう。
桜海老で有名な「由比港」の山沿いにある「薩埵峠」です。(由比は幕府反乱の由比正雪の生地)
ここから望む駿河湾越しの富士山風景は、安藤広重が描いた浮世絵「東海道五十三次」に描かれていますが、当時の絵と同じ風景が今も見られるのは唯一この場所だけと云われます。
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この峠は断崖絶壁が海まで迫っており、「日本交通の大動脈」(東海道新幹線・国道1号線・東名高速)が集中的に通過しています。この付近に大災害が発生すれば、東西を結ぶ交通経路は一挙に寸断されてしまい日本経済に与える打撃は測りしれないでしょう。


しかもここは将来憂慮される「東海大地震」発生源エリアであり考えると実に恐ろしいことなのです。
これを回避するために、山中にトンネル貫通させる「第2東名高速」が現在建設中ですが「無駄な道路建設反対」と賛否両論があります。どちらが正解なのかはわかりませんが、地震災害に襲われる日本列島の宿命・リスクは実に深刻!何らかの対策は必要なのではないでしょうか。


(2000年3月):東海道五十三次の難所:由比「薩埵峠」に登る。浮世絵描写の富士絶景の実物比較c0119160_1743999.jpgc0119160_2101181.jpg
.........↑安藤広重の浮世絵での「薩埵峠」.......実物風景↑駿河湾の由比港サクラエビで有名.....


ここは五十三次路では最大の難所として「親知らず・子知らず」とも呼ばれており、断崖から駿河湾に落ち込む傾斜は急峻で「駿河トラフ」という深い海の谷を形成しているのです。




★日本の大断層フォッサマグナと富士


皆さん、何か気づいたことはありませんか・・・?そう、同じような場所が日本海側にもあります。
新潟・富山県境にある「親不知・子不知」の断崖絶壁・難所です。この場所は、北アルプスの山脈が日本海まで落ち込んでいるところであり、「フォッサマグナ」(糸魚川―静岡構造線)とも呼ばれる日本最大の地溝帯(プレート境界)です。

最近日本海側に地震災害が多いことが気になりますが、この大断層は日本列島最大のアキレス腱。静岡側プレートは、富士川沿い地層や「薩埵峠」が太平洋側に落ち込んでおりここを境に東日本と西日本の山岳地質構造が異なるといわれます。
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小生の勝手な思い込みかもしれませんが伊豆半島と能登半島は相互逆さの対象形に見えます。
伊豆半島の根っこには霊峰「富士山」が聳えているように、能登半島の根っこには富士と並ぶ霊峰「白山」(2,702m)が存在しています。
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フォッサマグナを分水嶺とする長大な北・中央・南アルプスの連峰は、太古の海底が盛り上がって形成された(北アメリカプレートとユーラシアプレートが押し合ってできた)ものですが、富士山・伊豆半島および白山・能登半島の地図が上下対象形なのも地球規模の造山運動の褶曲によってできたシンメトリックな地形なのではないでしょうか。
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2つの半島には「駿河湾」と「富山湾」という深海に急落する地形の海を有しており、それぞれ「桜エビ」と「ホタルイカ」という独特な深海生物や大型の魚介類が特産として獲れるのも共通です。
(深海に落ち込む海底断層から栄養豊富な深層水やプランクトンが湧き上がっているのでしょう。)


(2001年5月):西伊豆、駿河湾越しに見る富士。(左)戸田港より(中)井田海岸より(右)大瀬崎よりc0119160_1783178.jpgc0119160_1784861.jpgc0119160_17431355.jpg

またフォッサマグナを境に東西の電力HZがここで変わります。東日本と西日本の文化も当境界線で変わるとも云われます。確かに、プレートラインが造った断崖絶壁は物理的に人間の移動・交流も阻むわけで、東西文化の分水嶺が出来ることも必然的かも・・。 




★富士五湖の風景


 富士五湖は、「山中湖」「河口湖」「本栖湖」「精進湖」「西湖」ですが、静岡在住時代は「本栖湖」「精進湖」を見る機会が圧倒的に多かったような気がします。静岡から山梨・長野方面の登山に向かうときは、「精進湖道路」を北上経由して甲府ICから中央高速に乗ることが直近ルートでなので、この2つの湖畔風景をよく楽しんだものだ。


........↓静岡時代、甲信方面への登山で「本栖湖」と「精進湖」の抜け道ルートをよく通ったものだ.....c0119160_2115884.jpgc0119160_188044.jpg
.....↑.旧:五千円札デザインに使われた「本栖湖富士」....↑本栖湖畔は人の影なく静寂な光景.......


首都圏から見れば「山中湖」「河口湖」が圧倒的にメジャー観光地であり、残り3つの湖はあまり注目されない静寂地。しかし、そのマイナーな雰囲気が実にいいのです。旧五千円札のデザインとなった「本栖湖富士」や「精進湖の逆さ富士」の写真を見て下さい。まさにクロウト好みの「秘められた日本の絶景」ではないでしょうか!「ダイヤモンド富士」で有名な「田貫湖」もお忘れなく!


.....↓「精進湖からの逆さ富士」....
c0119160_18933100.jpgc0119160_18133252.jpg..... ←「ダイヤモンド富士」、田貫湖や朝霧高原には多くのカメラマンがシャッターチャンスを待ち構える.....

富士五湖の生い立ちを調べると、太古は1つの大きな湖だったようですが、平安時代の大噴火で発生した溶岩流が富士の伏流水をそれぞれの場所で堰き止めて5つの湖に分れたとのこと。
「本栖湖」「精進湖」「西湖」は地下水源が一緒で、実質的には湖底がつながった1つの湖です。それぞれは兄弟湖の位置づけであり、3湖の水位は常に同じレベルで保たれております。




★青木ケ原樹海と氷穴群


「青木ケ原の樹海」。自殺者や心霊スポットで有名な場所であり、森林の中に迷い込むと磁場が狂っているため、なかなか外に出てこられないと云います。また近くには、「富岳氷穴」「鳴沢氷穴」と呼ばれる地下洞穴が点在しており、この内部は大ツララや天然氷柱が沢山ある観光スポット。


....↓自殺者で有名な「富士樹海」、平安の「溶岩穴」から成り↓近くに「富岳・鳴沢氷穴」がある。....c0119160_18252572.jpgc0119160_21152934.jpgc0119160_182623.jpg
           .....あれ!?富士山の脇にサイ!そう、ここは「富士サファリパーク」↑なのでした。
                          富士山が見える広大な動物園、結構~楽しいよ。.....☆


この生い立ちも「溶岩流」がキーワードなのです。平安時代「貞観の大噴火」で流出した「青木ケ原溶岩流」が湖を堰き止め、固まった溶岩の上に森林が生い茂った姿が今の富士樹海であり、溶岩の隙間にできた穴が「富岳・鳴沢氷穴」なのです。富士五湖・樹海・氷穴、これらは全て1,000年前の平安大噴火が共通ルーツだったんですね。




★宝永の大噴火


  (2001年12月):「茅ケ岳」(山梨韮崎近く)で食山人さんと見た富士山(まさに左右対称の秀峰)
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..... 「茅ケ岳」は深田久弥(日本百名山著者)が没した山、晴天率が高く富士山の展望が抜群.....



八面玲瓏(=どこから見ても均整がとれて美しい)の言葉は富士山のためにあるようなものですが、富士も完璧な円錐形ではない「あばたも笑窪」の一面をもっていることをご存知でしょうか?
南の方から富士山を見るとなだらかな裾野が一部「いかり肩」のようになっています。
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これをよく見ると富士山裾野にでっかい大穴があることがわかりますが、これが「宝永火口」です。
富士山の目の前に聳える「愛鷹山」(あしたかやま)にも何度か登りましたが、ここから見るとその穴の大きさにはあらためて驚かされます。いや~エクボどころじゃ、ありません・・!


  (2000年11月):「愛鷹・越前岳」へ家族登山  (2002年1月):食山人さんと「愛鷹連峰」縦走c0119160_215161.jpgc0119160_18514774.jpg
....目前には遮るものなく裾野が大きく広がる↑宝永火口はこんな大きな穴なのかと改めて驚く。....  


宝永火口は1707年江戸時代に起きた大噴火時に出現、当時の日本はまさに大災害パニックだったようです。マグニチュード8.6の史上最大の「宝永地震」が発生、その被害は東海道・紀伊・四国に及び、家屋倒壊・津波で死者は2万人以上であったとのこと。その49日後に富士山大噴火が発生、山麓一帯の村々は焼き尽くされ、江戸の街も火山灰が降って昼間でも暗くなり、市民は呼吸器疾患で苦しめられたと史実記載されています。(史実の三大噴火=延暦・貞観・宝永の噴火)
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東海大地震が近日中に来るといわれて3数十年ですが、幸いなことに関東大震災級の大地震はまだ関東には起きていません。富士山が噴火するようなことになれば、どんな地獄絵図になるのでしょうか?想像するのも恐ろしいばかりですが、火山・地震大国の日本にはこれを避けられない運命にあることを意識しなければなりません。(でもやはりその日は来てほしくない・・・)

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....↑1707年江戸大噴火で出来た宝永火口(左)...富士西側斜面V字崩壊部が「大沢崩れ」↑(右)....



★大沢崩れ


もうひとつ富士山シルエットに影響・変化が起きているところは、西側斜面の「大沢崩れ」です。
西側斜面は最も急傾斜となっており、厳しい気象・地質条件のもとで岩石崩壊が著しい環境になっています。

冬に吹きつける強烈な西風・大規模な雪崩発生・気温変化や風雪で岩石は毎日侵食されており、少しでも落石崩壊が起きれば急斜面・切り立った崖などでさらに誘発、崩壊規模はどんどん拡大する構造になっています。(毎年10tダンプ3万台分の土砂が流出しているとのこと)
崩壊の長い年月の積み重ねは、西側斜面に長大なV字谷を彫刻し無残な姿を晒しているのです。
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富士山の頂上周辺部の形も、見る場所・角度によって微妙に違うんだな・・と改めて認識しました。
我々が描く富士の姿は、通常「台形」で上部は「平面」です。でも富士宮から見る富士の姿は、頂上「剣が峰」が真正面にあるため「エジプトのピラミッド」の様に頂点をもつ「三角形」に見えます。
南アルプスから見える富士は、何と両脇に角を生やした「鬼の頭」の形だと知りビックリしました。
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★富士山頂はまさに月の世界!(月には行ったことないけど・・・)


.....↓富士山頂上は月世界の様な荒廃かつ雄大な噴火口光景、「お鉢めぐり」として周遊できる.....
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.....山頂「剣ケ峰」気象レーダー。1999年に35年間の任務を終え、今は富士吉田市の観光施設↑.....

 
1998年7月富士山に生まれて初めて登りましたが、噴火口の大きさ・赤茶けた岩峰の荒涼風景を見て圧倒されました。この火口をぐるり一周することを「お鉢めぐり」といい、歩行距離は3キロ、1時間半かかります。ひときわ高いピラミッドピークが見えますが、ここが日本最高点3776m「剣が峰」。
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「剣が峰」にはかつて「気象庁レーダードーム」がありました。気象衛星以前はこのレーダーが日本上空の雲の動きを把握していましたが、1999年に役目を終え現在は富士吉田にある展示施設としてその歴史を伝え続けています。(そういえばプロジェクトX第1回は富士山レーダー建築物語でした。)
摺り鉢火口を回るので「お鉢めぐり」だと思ったら、ルーツは八つの峰を巡る「お八巡り」らしい・・・。




★夏富士と冬富士


             (2001年2月):冬の朝霧「毛無山」に単独登山
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.....↑眼下に見渡す斑模様の雪原は乳牛もいる朝霧高原、ハングライダースポットでもある。.....


夏の富士山は家族連れなどで賑わい、ご来光登山ではヘッドランプの行列が続く光景が見られます。しかし冬の富士山は、風と寒に晒された過酷な地獄世界です。(経験したことはありませんが・・)
冬のジェット気流・猛烈に強い季節風が富士山に直接吹きつけ、斜面はカチカチのアイスバーン
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富士山での遭難事故は「滑落」がほとんどの原因だといいます。一旦転倒すれば、強い風に吹き飛ばされ一挙に何百mと斜面を滑落してしまい身を止める事は非常に難しいでしょう。冬山に挑戦する人はまず富士山の雪上訓練から始めます。それほどに冬の富士山は危険なところなのです。
でもやはり・・富士の姿は冬の姿が一番美しい!冠雪した富士でないとやはり絵にはなりません。 
 
 
(2002年3月):食山人さんと山梨身延の「七面山」の登山時、敬慎院山門から見た冬の額縁富士c0119160_2173866.jpgc0119160_19172957.jpg
.....↑残雪深き敬慎院山門、富士山が突然現われ大感動!....↑秋の山門ではこのように見える.....



↓  「山紀行・名峰レビュー:「富士山」(その2)  に続く。

  by rollingwest | 2007-08-03 21:43 | 山紀行・名峰レビュー | Comments(8)

<2007年8月4日>山紀行・名峰レビュー:「富士山」(その2)

                                 ↓ 名峰レビュー「富士山」(その1)より続く


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★火の山:富士


吉田の火祭り」。毎年8月26日北口本宮富士浅間神社で行われるこの祭りとともに、富士山夏山シーズン(7月1日~8月31日)は終わりを告げます。鬱蒼と茂る杉木立の中にあるこの神社は、富士山大噴火を恐れる人心を静めるため1615年建立、火山鎮護の神を祀っているとのことです。
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江戸時代には「富士講」という富士信仰組織が広まり、白装束・白鉢巻姿でこの神社から頂上まで「懺悔懺悔六根清浄~」と唱和しながら登っていったそうです。この道のりが「吉田登山口」です。


 (2001年5月):北口本宮・富士浅間(せんげん)神社。「御正体山」の帰りに富士吉田の杜を訪問
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.........火山の神を鎮める「吉田の火祭り」で有名↑神社の祭りともにと富士夏山シーズンも終わる。......さすが多くの信仰を集めた由緒ある神社、古式ゆかしい風格ある社殿で威厳・霊気を感じた。......


富士浅間(せんげん)神社は、静岡市や富士宮市にも立派な古式社殿をもった神社がありますが、かねてから「なぜ浅間という名前なんだろう・・?」と漠然に思っていました。
今回よく調べてみると「あさま」という言葉は「火山」を意味する古語なのだそうです。
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な~るほど、富士は古代の人から阿蘇山などと同様、「火の山」として畏怖崇拝されていたのか・・!
「群馬にある浅間山は火山そのもの」という意味だったんですね!またもや勉強になりました・・・。
もしかして「あさま」の語源は「あそやま=阿蘇山」かも・・・。(意外と当たってたりしていて・・・)





★水の恵み、湧水の里

火の山・富士山が持つもう一方の顔は「名水」の生みの親・ルーツの山であることです。
富士山周辺には、名水が湧き出ている素晴らしいスポットがあちらこちらにあります。
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有名な所としては白糸の滝(富士宮市)・忍野八海(忍野村)・柿田川(清水町)・浅間大社湧玉池
(富士宮市)等があげられるでしょう。清水町(鰻が旨い)にお住まいの食山人さんが実に羨ましい!


.....華麗なる「白糸の滝」↓.....これら名水スポットには各2度訪ねた。..... 「忍野八海」↓湧水の里..... 
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........↑富士伏流水が幾筋もの滝となる絶景......素朴な村と富士の景色は実に素晴らしい↑......  
     

これら湧き水は「富士の伏流水」とよばれています。富士山に積もった大量の雪解け水が溶岩地質に浸み込み、数十年~百年の長い間何度も濾過が繰り返された後に、地表に湧き上がってきているのです。その透明度は素晴らしく、エメラルドグリーンの深い水底も覗き見ることができます。


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......←忍野八海から湧き出る井戸底は、神秘的に深くエメラルドグリーンに輝く....


←深く蒼い水に映る茅葺き屋根の家は実に癒される風景.....


富士周辺は製紙工場等の工業地帯も多く存在しますが、豊富な工業用水が得られるからこそ成り立っています。前にも述べましたが、富士山の地下は無数の溶岩トンネルが存在します。
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富士山全体が巨大な水がめとなっており、1日あたり500万トン以上の水が湧き出ているとのこと。
この水はバナジウム等のミネラルが豊富で健康にもよく、飲み続けると長生きできるようですよ! 


     「柿田川湧水」、(透明度と素晴らしい清流光景はなんと国道1号沿線にあるのだ。)c0119160_2285537.jpgc0119160_2294491.jpg

富士山と湧き水や清流風景は実によくマッチしています。忍野八海の素朴な村風景や川の清流・滝の名所には是非とも一度訪れてみてください。マイナスイオンも溢れており、美しい景色と水の音を聞きながら水辺を逍遥すれば心身とも癒されてリフレッシュできることは間違いありません。





★南アルプス・中央アルプスからの富士絶景


前述の通り、静岡在住時は本当によく山に行きました。南アルプスだけでなく、富士周辺を囲む山々(毛無・天子・石割・御正体・三ツ峠等)、静岡安部奥(十枚・真富士・山伏)や駿河近隣の山、沼津アルプス・愛鷹山、身延の山(七面・櫛形)、中央沿線(茅ケ岳・乾徳)など、地の利を生かして毎月のように山に嵌りまくっていたものです。あのよき時代が本当に懐かしく思い出されます。


(2001年7月):南アルプス「上河内岳」から見た早朝の雲海富士(まさに墨汁画の世界だった)
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.....食山人さんと大縦走した南アルプス深南部↑(茶臼・上河内・光岳)は今でも思い出深い。.....


南アルプスや中央アルプスの名峰の間から見える「遠景富士山」は墨絵のような姿でいつも感動させてくれます。食山人さんやY木さんと歩いた南アルプスの中南部(赤石・塩見・聖・上河内・光)や中央アルプスから見た「黎明や雲海に浮かぶ富士の絶景」は今も忘れることができません。
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富士・南アルプス全景が一度に見渡せる「笊ケ岳」という山も本当に素晴らしくお奨めの穴場です。
但しこの山は途中テント泊をしなければならず頂上を極めるには相当長いアプローチが必要です。


(2001年9月):食山人さん・Y木氏と「笊ケ岳」へ挑戦時のパノラマ、テントから見た富士山の夜明け
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........「笊ケ岳」(2,629m)は南アルプスを北部から南部まで全景が目の前で一望できる。「日本200名山」であるが、相当長い時間を歩くことから登るには厳しい山である。(後日レポート予定)............☆


「黎明の富士・ご来光の美しさ」は言葉で表現できない感動。「日の出で刻々と色を変えていく富士シルエットと空の背景色」「雲海に浮かぶ荘厳さ」「墨絵のように霞んでいく朧富士」。

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このようなパノラマ変化を眺望できる幸福感。これを味わうには、早朝時に稜線上や頂上にいることが必要となります。泊りがけの登山も体力的に年齢とともにきつくなってきましたがこのような光景を見たいという気持ちがあるからこそまた山中泊の縦走の旅に行ってしまいます。


(2001年10月):「中央アルプス檜尾避難小屋」から見た「南ア展望」、真ん中に光る山が「富士山」
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.....中央アルプス(木曽駒~空木岳)↑北岳(左)から赤石岳(右)を全て見渡すことができた。......




★富士はやはり見る山・・?

静岡時代、このように夢中になっていた動機・パワーの源泉は一体何だったのでしょう・・?
名山のピーク征服意欲・自然満喫・リフレッシュ・自己挑戦もさることながら、やはり「美しい富士の姿をいろいろな所から見てみたい!」という富士山への憧憬・期待感があったからだと思います。
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山仲間の食山人さんは今も毎月3回以上のペースで登山を続けており、「もはや富士山周辺の山で登ってない所はもうないのでは・・?」と感服するばかりです。 (スゴイ!脱帽!)m(_ _)m
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       (2006年5月):南アルプス鳳凰山(Fツアー)から見た黎明富士
.....「暁光の雲海に浮かぶ富士」↑はまるで墨絵のようでず~っと見とれてしまった。.....
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その距離は近くても遠くても、それぞれにふさわしい背景が日本の随所々には沢山存在します。「富士山は、一定の距離をおいて遠くから俯瞰するのが素晴らしい・・!」
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青い海と松原の砂浜、南アルプスの深い峰々、大都会ビルの眺望レストラン、光り輝く湧水・清流、静謐な湖、いろいろな所から秀麗な形を見せて人々の心を癒してくれる日本一の山。
富士山はやはり見る山だなあ・・」とつくづく思います。





★地球温暖化と富士山

今年の富士山の残雪量は異常に多く、7月1日山開きに除雪が間に合わないと危惧されました。
意外かもしれませんが、これも「地球温暖化」の影響であると思われます。なぜなら暖かい冬ほど冬型西高東低型(寒波の時は乾燥強風)ではなくなり、雨の降りやすい気圧配置になります。その結果、標高が4千mに迫る富士山では雨は必然的に雪になって降雪量が多くなってしまうのです。
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富士山の植物限界は徐々に高度を上げており、遠い未来には山頂までが緑に覆われた山になるとも云われております。しかし恐ろしいことに、そのとき富士の美しい円錐形はもう見ることができないという危機説があるのです。富士山の美しいシルエットも永久凍土によって形造られており、地球温暖化の影響で将来はその形が一挙に崩れ去ってしまうということらしい・・。
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今、地球で永久凍土がどんどん溶け出し、ロシアでマンモスの子どもが掘り出されたり、北極海の氷やヒマラヤ氷河が毎日崩れ落ちています。想像もしたくない「不都合な真実」です。


     〈1999年10月):「黎明富士」と「日の出」の瞬間(南アルプスの「悪沢岳」より望む)
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....↑将来この美しい富士のシルエットが崩壊する日が来るなんて到底想像しがたいことだ。.....





★世界文化遺産への登録


07年2月7日、富士山がユネスコの「世界文化遺産」暫定リストにようやく登録されました。
本来「世界自然遺産」としての登録を目指すべきですが、山でのゴミ放置・し尿垂れ流し・山麓での産業廃棄物不法投棄・俗人的な開発・観光化等がネックとなりその道は阻まれ続けてきました。
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それならば・・と、富士山を取り巻く文化的要素(信仰・史跡・古道・周辺景観・文学芸術等)を世界にアピールすることで「文化遺産」としての正式登録を目指しているところです。
古くは「万葉集」「古今和歌集」等に詠われ、近世「浮世絵」にも描かれてきた文化・芸術的評価
日本三霊山(富士、白山、立山または御嶽)、山岳修験の頂点として崇められてきた霊峰不二
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その圧倒的存在から、多くの民衆から畏敬の念をもって慕われてきました。
これの歴史・文化の重みを鑑みれば、世界の「文化遺産」として認められないわけがありません。


5年以内の正式登録をめざし、静岡・山梨県や周辺自治体は景観の保存管理計画を策定、NPOや民間団体などと連携を図りながら、環境整備の地道な活動を積み重ねています。
(富士五湖周辺の観光業者は死活問題だと反対して、若干足並みが揃っていないようですが・・)
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ユネスコが登録数を抑制し始めていることや、国内の順番待ち(中尊寺・鎌倉・彦根城等が先行して登録)もあるので、正式認定が実現するまでにあと7~10年はかかるのかもしれません。 


     (2007年1月):御坂山塊から望んだ「霊峰不二」(Fツアー07新春登山にて)
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.........冠雪富士の秀麗な姿はまさに「新春富士」に相応しい。手前には西湖が見える。↑..... 
ローリングウエスト山紀行3
←Fツアー07新春登山


10年前、富士山に生まれて初めて登ったのですが、当時は殆どいい印象・思い出がありません。
酸素の薄い空気で高山病になった辛さ、山頂でのゴミの多さ、すごい人混みに本当にガッカリ、「富士山はやはり見る山なんだ・・。一度登ればもういいや・・・。」と思いました。

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しかしその後、登山者の環境に対する意識は大幅に向上し、ゴミは相当減ってきたようです。
また全ての山小屋はバイオトイレに変わり、環境面での整備も着々と進んでいます。
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今まで紹介してきたように富士山周辺にはこんなにも素晴らしい景観・名所・史跡があるのに世界から認められていないのは本当に不思議なことです。文化・自然の両方が認められた「複合遺産」としてユネスコ登録されるのが本来あるべき姿です。一刻も早くその日が実現するといいですね。






★エピローグ


.....冬晴れの日は、東京・横浜でも富士山は鮮明に見える。(横浜みなとみらいの夕暮れ富士).....
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.........↑高層ビルと富士山の夕映えコラボレーションは実に芸術的.....(ネット壁紙から拝借)........


新潟柏崎生まれの小生にとって、冬晴れの太平洋側気候や富士山風景は憧れの的でした。
「いつか日本一の山をじっくりと味わってみたい・・」(雪国育ちの方の共通の思いと察しますが・・)と思っていましたが、縁あって横浜や静岡に勤務する期間が長かったために、「日本一の富士山の魅力」を十分堪能する機会を人生の中で多く得られました。

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静岡時代は「美しい富士の姿を毎日見る」という経験が得られただけでなく、「富士遠景を擁く素晴らしい名所」を頻繁に訪れることができました。富士山の魅力は奥深く、まだその一端にしか触れていないのかもしれません。これから何回も「未体験の富士の感動」に遭遇できると信じています。


リンク:「秀麗富岳十二景」第14回展:優秀作品←(大月郷土資料館さんよりPR依頼を受け紹介)


         (1999年10月):「悪沢岳」より見た「遠く朧げなる富士絶景」
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今でも「富士山は、登るよりは見る山・・。霊峰を遠くから仰ぐ方が素晴らしい。」と思っていますが、
歳を重ねるごとに「もう一度富士山に登りたい!」との心境になる日が来るような気もします。
(その時は「北口本宮富士浅間神社」を出発して吉田登山ルートを苦しみながら登ってみたい!)
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そんな日を迎えるまでは、富士山をさらにいろいろな所から見て楽しみ、心を十分癒してもらうことといたしましょう・・・、憧憬感をじっくりと深めて挑戦への決意を醸成しておくことといたしましょう。

 

                                                    おわり

  by rollingwest | 2007-08-03 16:03 | 山紀行・名峰レビュー | Comments(10)