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<2008年7月26~27日>「笠ヶ岳」より「槍・穂高連峰」を望む(その1) 


★念願の笠ケ岳登山が実現

笠ヶ岳」(2897m)は北アルプスの中では、主峰群からやや外れた位置(岐阜県新穂高温泉近く)に鎮座しており、文字通り「編み笠」を伏せたような姿をしています。なだらかな稜線上にポッカリ突き出た丸いお椀型の隆起が特徴的で、北は立山連峰・南は御嶽山からでもよく目立つ名峰です。

     .....日本百名山「笠ケ岳」の全景パノラマ、笠の名にふさわしい形とゆったりとした山容....
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山の北側は槍ヶ岳西鎌尾根と双六岳を結ぶ東西稜線上の「樅沢岳」に至り、南側は岩峰の様相で「錫杖岳」(日本有数のロック・クライミングルートの山)に連なっています。蒲田川の源流を挟んで「槍穂高連峰」と対峙するこの山は、地味ながらも「俺も名峰だ!」と強く自己主張している感じ。

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槍穂高や裏銀座を歩いた時に常に眼前に迫る「笠ヶ岳」には憧れていましたが、独立的な場所にあるため縦走途中では気軽に立ち寄れず、登りも結構厳しそうなので何となく敬遠していました。
嬉しいことに今回7月26~27日でFツアーの案内が入り、やっと念願が叶うこととなりにけり。


    .....「笠新道」登山口にて。いよいよ登山開始、期待に胸を膨らますN松さんとN沢さん.....
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金曜日夜・出発の夜行バスは山好きメンバー13名を乗せ、岐阜県側の新穂高温泉に翌朝到着。約1時間程歩くと「笠新道」登山口の標識、ここから登り始めます。天候はやや不安定で曇り状態。
この山行は果たして天候に恵まれるのだろうか。期待薄な状態のまま1日目の苦難の始まり~。


      .....登山途中に何度も雷鳥親子の姿を見つける。人を恐れない生きた化石だね~.....c0119160_10261769.jpgc0119160_10255868.jpgc0119160_10264071.jpg



★日本三大急登:「笠新道」


笠ケ岳に直登する「笠新道」は「日本三大急登」(また三大かい・・!)に称される辛~い登山道。
「日本三大急登」とは、①ブナ立尾根(烏帽子岳)②黒戸尾根(甲斐駒ケ岳)③西黒尾根(谷川岳)と一般的に云われますが、「笠新道」が西黒尾根に替わって3つ目になる説も有力なようです。 

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     (いずれにしても、これでこの4つの尾根を全て登ることができて、自己満足~!)

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北アルプス三大急登」というのもあって、「笠新道」は他4つの有名尾根道⇒ブナ立尾根(烏帽子岳)・合戦尾根(燕岳)・早月尾根(剣岳)・赤岩尾根(鹿島槍)と、その座を争っているらしい・・・。
常に次点候補ですが、やはりその名に違わず最初から登りがず~っと続くハードな山道でした。


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杓子平」高原が途中の第1ポイント、第2ポイントは稜線に出て「抜戸岳」(昼食)、ここに来るまで皆はヘトヘトに近い状態。さすが三大急登・タフなコースです。1日目の天候はガスがかかってパノラマには恵まれませんでしたが、この道を炎天下の中で登っていたらもっと辛かったのに違いない。

 .....雷鳥はガスが出るとハイ松から出て活発に活動する。右写真はT橋氏よりお借りしました。.....
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14時前に「笠ケ岳山荘」に到着して宿泊手続きをして、空身ピストンで頂上に立ち、集合写真!
山小屋前の休憩所で座になってミニ宴会。焼いたエイヒレやウルメイワシが旨かった。ゴチソウサマ。
翌日の天気は雨予報でしたが、夕方には槍・穂高連峰のガスも晴れて期待を持って早めに就寝。

   ...(左)笠ケ岳山荘から望む笠の頂上 (右)笠ケ岳の頂上で皆揃って集合写真(K山氏提供).....
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★槍・穂高連峰からの御来光

      ...夜明け前の槍・穂高連峰、実に雄大なシルエット(中心の窪んだ所は大キレット).....
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翌朝は期待通り、素晴らしい御来光を迎えました!目の前に広がる雄大な槍ケ岳~穂高連峰の大パノラマが一望!「槍ケ岳」左側に落ち込んでいる北鎌尾根の尖鋭な岩峰群から、御来光が徐々に輝き出す神々しい光景。今回の山旅のクライマックス!皆が暫く呆然と見とれていました。

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槍ケ岳」の天を突き上げる鋭鋒姿はどの方向から見ても力強さと美しさに溢れます。北アルプス初体験は19歳でしたが、生まれて初めて「槍」(雲の平~三又蓮華からの裏シルエット)を見た時の感動は忘れられません。表側涸沢から見る槍頂上景色と比べると「裏槍」は少し太めの印象。
大きな槍頂上の左側に見えるのが「小槍」です。「♪アルプス1万尺~、小槍の上で~♪」・・。

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  ....(上)「槍ヶ岳」上空からの暁光シャワー (下)岩の殿堂「穂高連峰」、右には「ジャンダルム」も屹立...
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小生ブログ左上には、裏銀座・鷲羽岳からの「槍ヶ岳」写真を象徴的に常時表示していますが、「鷲羽池越しに見た槍ヶ岳姿」は生涯最高の景観です!この静謐池に降りるのもオススメですよ。

            .....(06年8月に鷲羽岳から望んだ秘塘・鷲羽池越しの槍ヶ岳).... 
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「笠ヶ岳」より「槍・穂高連峰」を望む(その2)
に続く

  by rollingwest | 2008-07-31 10:15 | Comments(16)

<2008年7月26~27日>「笠ヶ岳」より「槍・穂高連峰」を望む(その2) 

↓(その1)より続く   (⇒今回、新規に完成した記事です。)


★笠ケ岳・再興、槍ケ岳・開山の「播隆上人」


日本で最も有名な山の一つ「槍ヶ岳」・・「あの天を突く尖鋭峰に初登攀したのは誰か?」と問えば大抵の人は「ウォルター・ウェストン」(日本アルプスの命名者)と答えるかもしれません。正解は「播隆上人」という江戸時代後期の浄土宗僧侶であり1828年頂上に登って祠を建立しています。


  ....(左)日本アルプスを探検したウエストンのレリーフ(上高地) (右)「播隆上人像」(JR松本駅前)....c0119160_11324784.jpg
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有名な山岳小説家「新田次郎」の著書に「槍ヶ岳開山」がありますが、「播隆上人」の物語が描かれています。今から30年程前、この小説を読みましたが名作「孤高の人」に匹敵する面白さです。
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笠ヶ岳」は飛騨・美濃に多く残される木彫りの円空仏で有名な「円空上人」が開山したのですが、「播隆上人」がこの麓に住んでいた頃は久しく荒廃状態だったそうです。この山を再興させるため登山道完成・一里毎の石仏設置・頂上への阿弥陀仏安置など「播隆」は多くの功績を残しました。


    ....(右)「槍ヶ岳」の登山道脇にある「播隆窟」、53日間も篭って修行した岩窟....c0119160_932725.jpg
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「播隆」が初めて「笠ヶ岳頂上」に立った時、天空を裂くが如く遠方にそそり立つ三角鋭鋒が目に入り、彼の心は大きく揺さぶられます。その鋭峰こそが「槍ケ岳」。この憧憬の山に何度も挑戦して、53日間も岩窟に篭って修行、遂に頂上の祠を設置して開山本願を成就することができたのです。


   ....(左)「槍ヶ岳・黎明」北鎌尾根からの日の出   (右)穂高連峰上空に輝く朝雲....c0119160_1129916.jpg




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小説では、「播隆」が笠ヶ岳頂上で「如来の御来迎」という奇跡に遭遇する場面が描かれています。これは「ブロッケン」が現れたもので、太陽光が背後からさしこみ影側にある雲・霧がスクリーンとなり遠方にある自分の影が虹色光輪の中に映る自然現象。(普段滅多に見ることはできません)

    .....ブロッケン現象(インターネットで公開されているものをお借りしました。) ....
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「ブロッケン現象」の遭遇は過去2~3回経験ありますが、やはり不思議な気持ちになったもの・・。
単独で頂上へ阿弥陀仏を担ぎ上げた「播隆」は、この体験をして「笠ヶ岳」や「槍ヶ岳」がますます神々しい特別な山に見えたことでしょう。まさに本小説におけるクライマックスシーンでありました。


                      
★笠ヶ岳を後にしてパノラマ下山


雨予報の不安も吹っ飛び、2日目は絶好のパノラマウォークとなりました。遠方俯瞰からの笠ヶ岳・山容もやっと目にすることができ、改めて名山であることを実感!まさに名は体を表わすなあ・・。

   ....(左)「笠ヶ岳」の雄姿!なだらかな美しい稜線はまさに「編み笠」の姿にそっくり....
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今日の縦走は笠ケ岳・北稜線を北上し、抜戸岳・弓折岳を経て鏡平に降りていくコース。絶景を楽しみながら高度を徐々に下げていく歩きで、急登に苦しんだ前日に比べると何と天国の様な日か!
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    ....翌日は迫力ある稜線が目の前に広がる!「秩父岩」を通過して「弓折岳」へ向かう。....
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秩父岩を降りる雪渓は急激に谷底へ落ち込んでいくようなスリル感があり、実におもしろかった!
奇岩に囲まれた谷間は大きな雪渓が残り、あちらこちらにお花畑も点在して天国のような場所。

         ....「秩父平」に降りていく急雪渓。遠方には尖鋭な奇岩が迫る。....c0119160_11325359.jpgc0119160_20282798.jpg
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気持ちいい稜線を歩き切るとやがて「弓折岳」に到着。双六岳へ向かう北稜線と、鏡平へ降りていく分岐ポイントです。ここで一服休憩、稜線パノラマを名残惜しく眺望すると遥かに鷲羽岳・三俣蓮華岳・黒部五郎岳など、裏銀座・雲ノ平方面の山々が望まれます。そして真下には鏡池が光る・・。


         ....「弓折岳」に到着して一服休憩、さ~てあとは下るだけだ~(笑)....
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      ....(左)「鏡平」に到着、    (右)2年前にここで見た「鏡池」に映る「槍・穂高」の絶景....c0119160_20344180.jpgc0119160_203622.jpg

今日はガスっており「槍・穂高」の池の雄姿を見られませんでしたが、2年前に撮った上記写真で雰囲気を味わって下さい。「鏡池に映る穂高」・・、あまりの美しさに暫し呆然と佇んだ過日の光景↑
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鏡平~弓折尾根を下る「小池新道」は花崗岩が平らに敷かれ、実に歩き易い道。テンポよく降りていくと「秩父沢」という開けた渓谷に出ます。雪渓の爽快風が山から吹き抜けて来て実に涼しい!
プシュッ!と缶を開けビールを喉に流し込む爽快感!今までの苦労はこの極楽瞬間を味わうためだ。

  ....(左)「秩父沢」で昼食、ひんやりした風が実に気持ちいい(右)最後はダラダラと長~い林道....c0119160_20383026.jpg
















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新穂高温泉に至る「左俣林道」は飽きるほど長~い道のり。「わさび平小屋」を過ぎたあたりから雲行きが怪しくなり、雷鳴も聞こえてついに大雨が降り出してきました。全国各地で集中豪雨被害が発生したこの週末、山縦走ではパノラマに恵まれ、雨が下山後とは実にラッキーなことでした。

...(左)「わさび平小屋」脇で、大木に咲く「ツル紫陽花」に遭遇 (右)長い山道もいよいよ終点へ...c0119160_203956100.jpgc0119160_20403297.jpg


ついに終点・新穂高温泉に到着。奥飛騨・栃尾温泉へバスで移動し、公共露天風呂で汗を流しました。この時は雷鳴が轟くシャワー雨中での露天!なかなか味わえない楽しい経験だったなあ・・
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     ....奥飛騨の栃尾温泉には、寸志200円で入れる露天風呂「荒神の湯」が。(実に広い)....
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日本百名山「笠ケ岳」・・・、アプローチはきつかったけれど実に歩き甲斐があるいい山でした。目前に槍穂高連峰を望む絶好の展望台。自身の姿も美しく、周辺光景も爽やかで花の種類も豊富!
次回、北アルプスの山から「笠」の姿を見つけた時、今迄とは違う感慨をもって眺めることでしょう。
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                                                    おわり

<今回登山ルートの概念図>  

    ①赤い印が笠新道登山口で、抜戸岳への稜線が急登ルートです。
    ②稜線から頂上を極めて笠ケ岳山荘へ宿泊、翌朝ご来光を見て弓折岳までの縦走
    ③下山は、鏡平山荘~ワサビ平小屋~新穂高温泉のルートでした。
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                       ↑(詳細を見るにはクリックして拡大図でご覧下さい)

  by rollingwest | 2008-07-30 06:28 | Comments(14)

<2008年7月26~27日>「笠ケ岳」で出会った花々 (笠ケ岳:その3)

笠ケ岳(1~2)が完成して赤塚記事の下↓↓に公開済みですが、(その3)として笠ケ岳で出会った数々の高山植物を紹介いたします一番下をクリックするとスライドショーでも見られますよ~!

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★北アルプス・笠ケ岳の夏は高山植物の宝庫!


盛夏北アルプスはさすが花の宝庫!花に関して平地では全くノーカン・ローリングウエストです。
しかし何故か山ではバシャバシャと高山植物写真を撮り捲くってしまいます。基本的に私は山の花の知識・造詣はありませんが、でも改めてレビュー・勉強してみるとその素晴らしさがよくわかります。


    ニッコウキスゲ(ユリ科)     ハクサンシャクナゲ(ツツジ科)    ハクサンチドリ(ラン科)c0119160_10344985.jpgc0119160_10351616.jpgc0119160_10353564.jpg
日光黄萓:草原・湿原の代表黄花  白山石楠花:高山常緑低木    白山千鳥:ランの如く高貴



             チングルマ(バラ科)                ハクサンフウロ(フクロソウ科)c0119160_10463310.jpgc0119160_10464650.jpgc0119160_10472242.jpg
稚児車:名の由来は枯花が稚児用の風車に似ているため   白山風露:5裂の花には毛がある 



             ヒメサユリ(ユリ科)                 クルマユリ(ユリ科)
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 姫小百合:可憐な早咲きのユリという意味           車百合:葉が茎に輪生から由来 


  カラマツソウ(キンポウゲ科)      ミヤマトリカブト(キンポウゲ゙科)  ハナヒョウタンボク(スイカズラ科)c0119160_13382528.jpgc0119160_13385648.jpgc0119160_1339108.jpg
 唐松草:葉には鋭い鋸歯    深山鳥兜:毒草で有名  花瓢箪木:氷河期を生き抜いたスイカズラ



      ハクサンイチゲ(キンポウゲ科)               ショウジョウバカマ(ユリ科)
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白山一華:代表的な高山植物、消雪後に一面群生   猩々袴:奇猿の赤顔と袴状の葉が由来名


       キンバイソウ(キンポウゲ科)            コイワカガミ(イワウメ科)
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     金梅草:高山帯の多年草            小岩鏡:花の光沢が鏡を連想



  スカシユリの蕾(ユリ科)    タカネヤハズハハコ(キク科)  タカネシオガマ(ゴマノハグサ科)c0119160_140185.jpgc0119160_1401355.jpgc0119160_1403387.jpg
透百合:花弁間が透けたユリ 高嶺矢筈母子:雌雄異株の珍種 高嶺塩釜:一度の開花で枯れる



    ゴゼンタチバナ(ミズキ科)        タニウツギ(スイカズラ科)    アキノキリンソウ(キク科)c0119160_144375.jpgc0119160_1445277.jpgc0119160_145834.jpg
御前橘:6枚の葉が可憐  谷空木:山野自生の落葉低木 秋の麒麟草:日当りいい山野に自生



    ゼンマイとキヌガサソウ    キヌガサソウ(ユリ科)         オオバギボウシ(ユリ科)c0119160_14102468.jpgc0119160_14103765.jpgc0119160_14104834.jpg
薇:新芽は渦巻き 衣笠草:葉が咲く如く、エンレイソウに似る  大葉擬宝珠:橋欄干のギボシに似る



    ホタルブクロ(キキョウ科)        オオバキスミレ(スミレ科)    ウバユリ(ユリ科)c0119160_14163032.jpgc0119160_1416428.jpgc0119160_1416554.jpg
蛍袋:釣り鐘状花が特徴的  大葉黄菫:低山に生えるスミレ 姥百合:湿った林内に生える多年草


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そりゃ~確かに平地植物園の花の方が豊富で華麗に決まってる。でも山中だと地味な花でも希求感があってつい調べてしまう。今年の山は残雪が多く、お盆過ぎの北アルプスも花宝庫の予感!


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◆下記をクリックするとスラードショーでご覧になれます。
   オリジナルボタンを押すと、花々たちが万華鏡のように華やかに鮮やかに登場しますよ~!
                         
                    「笠ケ岳で出会った花々」:スライドショー



   (注);この記事は1週間後に笠ケ岳(その2)の下に移動させる予定です。

  by rollingwest | 2008-07-25 10:11 | Comments(13)

<2008年7月21日>東京下町(浅草・向島・隅田)、08年夏の風景(その1) 

                            墨田区探訪(その1)

★盛夏到来!
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ついに梅雨明け!3連休となり今日は「海の日」、子供達が待ちに待った夏休みに突入しました。
各地で「夏の花火大会」が盛大に開催されますが、下町っ子にとって「隅田川の花火」は心待ちの大イベント。江戸時代からの長い歴史が刻まれた夏の風物詩が到来、「たまや~!かぎや~・・!」
              
     ....今年の「隅田川花火大会」開催日は7月26日(多くの人で賑わうことでしょう).....

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恒例「ほおずき市」(7/9-10)開催前の7月初めの週末、久しぶりに浅草周辺を訪ねてみました。今回の真の目的は、昔よく仕事で巡回した懐かしい墨田区を歩いてみたかったからです。
浅草から桜橋を渡り「向島・八広・押上」等のレトロ感漂う下町風景の街を逍遥してきました。



★「浅草」吾妻橋付近の風景


銀座線浅草駅を降りて吾妻橋方面を見渡せば、本当に目立ち過ぎているデザインのビル・ご存知「アサヒピール本社」が視界に飛び込んできます。右側○○のような形はアサヒ・炎を表わし、左の金ぴかビルは上部に泡立つビールグラスを表現していますが、何ともねえ・・。もう慣れちゃったか。


 .....浅草駅・吾妻橋から見える有名なアサヒビール本社ビル(ウンチビルとか呼ばれますが・・)....
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電気ブラン」で有名な「神谷バー」を横目に見て、仲見世通りに向かえばお洒落な赤いバスが・・。
7年前迄は上野~浅草間を日本初の二階建てバスが走っていたようですが廃止になったみたい。


  .....(左)吾妻橋前の交差点四つ角には「神谷バー」、 (右)赤くお洒落な洋風バスが街を走る....c0119160_16593078.jpgc0119160_1701265.jpg



★東京のシンボル「浅草寺」
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さていよいよ浅草の象徴かつ東京の顔でもある浅草寺「雷門」の前に立ちました。シンボルである赤い大提灯の前では若者がピース姿をしながら並んで写真をバチバチ撮っています。門をくぐって行けば「仲見世通り」。長い参道には土産屋が軒を並べて連なり、人込みで活気に溢れています。


    .....浅草寺(せんそうじ)の正門である「雷門」は記念写真の名スポット、沢山の人だかり....
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    .....「雷門」から「浅草寺」まで続く260mの長~い「仲見世通り」、スゴイ人混み....
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浅草寺の本門「宝蔵門」には、「本堂落慶50周年記念開帳」と表示されています。ここは外人さんが実に多かった!創建は628年、1400年近くの歴史を持つこの寺は「浅草観音」の名で人々に親しまれ、毎日平均10万人が訪れているんだって・・。そりゃスゴイ!さすが世界の「ASAKUSA」! 


  ....(左)浅草寺の「宝蔵門」(コンクリート製なのがやや残念) (右)浅草寺の本堂(観世音菩薩)....c0119160_1745798.jpgc0119160_1753042.jpg


         ....本堂の観音堂の賽銭箱あたりから見る浅草寺の境内(正面は宝蔵門)....
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賑わう仲見世商店街から宝蔵門の手前を左へ曲る通りが「伝法院通り」。時代劇セットの中にいるような雰囲気。この通りは2005年、昔の江戸町屋風景を再現する町並みへと生まれ変わりました。祭り用品やつげ工芸・サンバ踊り衣裳等、いかにも浅草らしい品々を売る店が軒を並べています。


      ....メイン通りではなく脇参道ではあるものの、実に味わいのある「伝法院通り」....
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  ....(左)「伝法院通り」の観光人力車 (右)江戸時代から開園の「花やしき遊園地」のタワー....c0119160_1793425.jpgc0119160_171078.jpg


近くには「花やしき遊園地」があります。大正~昭和初期は有名な動物園であり、紆余曲折を経て戦後に遊園地になったとのこと。20年前職場旅行で浅草ビューホテルに泊まり、翌日皆で楽しく過ごしましたが、民家脇をすれすれ通り抜けるジェットコースターは何とも不安感が煽られて実に怖かったなあ・・・。(手作り風ジェットコースターがガタガタと揺れ、いつレールから外れるかとのアナログ恐怖感



★「浅草六区」周辺の夏風景


国民にとって最大の娯楽が映画だった時代、「浅草六区」は国民の憧れ・名だたる娯楽街でした。
明治期から関東大震災の大正期、この地には日本隋一の大摩天楼があり、その名も「凌雲閣」(雲を凌ぐほど高いという意味)、でもビルは僅か12階・・・。ああ、何てよき時代であったのでしょう。


....(中)関東大震災で倒壊した「凌雲閣」と現ブロードウェイの面白い合成写真(インターネットより拝借)....
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....(左)浅草六区ブロードウェイには「浅草演芸ホール」  (右)昭62まであった懐かしい「仁丹塔」....


大摩天楼は関東大震災とともに崩壊・・、凌雲閣を回想したいと「森下仁丹」(当時の口中香剤の最大メーカー)がそれを模した「仁丹塔」を建設。その姿は今も自分の記憶に確実に刻まれています。浅草の象徴塔は再開発の波に洗われ昭和62年に取り壊されてしまい、寂しく感じたものだなあ・・

      ....「浅草ほおずき市」の夏風景、ほおずき・風鈴・苔玉などが吊り下げられる。....c0119160_8374824.jpgc0119160_838107.jpg
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 ....「五重の塔通り」や「浅草六区」あたりを散策していくと、金魚や南部鉄「風鈴」。夏の風情....c0119160_17122538.jpgc0119160_17124219.jpg
本格的な夏到来を告げる「浅草ほおずき市」は季節を刻む江戸東京の風物詩、この日に浅草寺をお参りすれば「四万六千日分の大きなご利益」があると伝えられ、多くの参詣者で賑わいます。
訪れた日は「ほおずき市」の数日前でしたが、六区周辺の路沿いにはチリンチリンと夏風鈴の音・・


               ....「浅草寺」の広い境内、「本門」と「五重の塔」....
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  浅草寺周辺の夏風情を十分満喫したあと、今度は隅田川水辺方向に足を向けていきました。


             ⇒東京下町(浅草・向島・隅田)、08年夏の風景(その2)に続く

  by rollingwest | 2008-07-21 07:03 | 都会の風景 | Comments(18)

<2008年7月21日>東京下町(浅草・向島・隅田)、08年夏の風景(その2) 

                              墨田区探訪(その2)

          ↓ 東京下町(浅草・向島・隅田)、08年夏の風景(その1)から続く



★隅田川の「桜橋」を渡って墨田区向島へ


さて「浅草」は「台東区」ですが、「隅田川」に架かる何れかの橋を渡れば「墨田区」に入ります。
区の名は「墨田」、川や公園は「隅田」の字が当てられ実に紛らわしい~!区名を定める時に「隅」の字が当用漢字でなかったことが理由のようですが、もっと深い由来があるような気もする・・・。
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桜の名所「隅田公園」(満開時の墨堤・桜並木は実に見事ですよ!)を散策し、X文字の形をした「桜橋」(車は通れない)を渡って「向島」に入ります。いよいよ墨田区逍遥の始まり~。相撲で有名な「両国」や「隅田川三名橋」は訪問済なので今回はそれ以外の場所を回ってみることとしました。

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         ⇒「上野・両国風景:和洋ごった煮レポート」(大相撲のメッカ・両国を紹介)
         ⇒「隅田川の三名橋」(国の重要文化財定)を紹介
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......(左)言問橋(名の由来は在原業平が隅田川を詠った和歌)「名にしおわばいざ言問わん都鳥」...c0119160_214762.jpgc0119160_9242115.jpgc0119160_2148144.jpg




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....(右)桜橋。1985年完成の隅田川唯一の歩行者専用橋(隅田公園を結ぶ)、お花見時期が最高.....

向島」というと芸者で有名だった場所。当時の面影が残る街並みでもあるのかな・・と探索してみましたが、もうそんな風情のある所は殆ど見当たりませんでした。(名残ある建物はあったけど・・)
有名な地元和菓子「言問団子」「長命寺の桜餅」がこの地の名を残しているくらいですかねえ・・。



★「向島百花園」


「向島百花園」は江戸時代後期に地元の骨董家・文人墨客が一緒に作った庭園で、こじんまりと墨田区の一角に佇んでいました。昭和20年の東京大空襲によって園内は全焼したそうですが、都の公園として戦後に再開され、春は「梅の名所」・秋は「萩のトンネル」が有名な庶民庭園です。


  ....(左)「向島百花園」の入り口、(右)スカシユリ(花弁の間が割れて透けて見える由来).....c0119160_21525737.jpgc0119160_21545962.jpg


丁度この時期は特筆する花には恵まれず、夏草が一面に覆い茂るという感じで「百花園」より連想する雰囲気からは程遠かったなあ・・。でもさすがは花の名所、随所に夏の花が多く見られました。


  ....梅と萩が有名な花苑で、夏の花は殆ど見所なし。(左)ジボシ (中)桔梗 (右)カイコウズ....c0119160_2159102.jpgc0119160_21593646.jpgc0119160_22383419.jpg


池のほとりに行くと珍しい花の群生を発見!一つ一つの鮮やかな花がクリスマスツリーのように沢山集積し、艶やかにボリューム感を形成して咲き誇っていました。よく見るとこれは紫陽花ではないか!
地元の人が改良した新種のもので「隅田の花火」と名づけられている珍しい花であるとのこと。


.... 池はもう夏草ボーボー風景だったが、最近人気・新種の紫陽花「隅田の花火」(左)を発見.....c0119160_22175.jpg






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なるほど季節的にも地元風物詩的にもいい名前だねえ・・!(墨田の花火と称する場合も多い)

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★墨田区(荒川沿い)の下町風景、「巨人の星」の舞台


さて次は京成電鉄・押上線に乗って「荒川沿いの下町風景」を訪ねてみました。荒川を跨ぐ「四つ木橋」の近くにある「八広駅」で降り、25年ぶりにこの辺りの路地を散策してみました。このエリアは昔・東京支店に在籍した頃、担当する販売店が多くあった所なのでよく訪れた懐かしい場所。


     ....京成「八広駅」から荒川の堰堤に登ってみる。広々とした河川敷風景が広がる......c0119160_224193.jpg




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「八広・吾妻西・立花」は小さな家々が軒を並べ家内工業・製造業が集積する町、水戸街道を中心に入り組む細い道はまるで迷路のようです。密集するマッチ箱の様な木造家屋は建替えしたものが多いですが昔の雰囲気は全く変わっていません。でも町全体の印象は実に穏やかな感じです。


  ....(中)昔と殆ど変らない八広・吾妻西の「裏町路地」 (右)「巨人の星」(墨田区が舞台)......c0119160_784377.jpgc0119160_2262912.jpg
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八広の中華料理店「五十番」は、王貞治氏(当時は早実のエース・4番、甲子園血染めの優勝)が生まれ育った店です。墨田区は「巨人の星」・永遠のライバルである星飛雄馬花形満が少年時代に出会った場所。好敵手になるキッカケは、早実の王選手を巻き込んで繰り広げられた野球対決だったのです。その場所は隅田川沿いの「隅田公園野球場」であり、王選手のレリーフがあります。


  ...(左)世界の王が少年時代に通った「隅田公園野球場」(右)王の実家だった中華「五十番」...c0119160_7534160.jpgc0119160_7541931.jpgc0119160_75877.jpg


「黒いスポーツカーを乗り回す不良少年・花形満が率いるブラックシャドウズは、星飛雄馬をチームに入団させて王選手と対決させる。」←こんなシーンが「巨人の星」に描かれていましたが、「花形満は当時15歳前後だった筈なのに何でスポーツカーを乗り回すことができたのだろう」・・と、フと気になる。
川上哲治が旧友・一徹の長屋を訪ね、家壁の穴を通す飛雄馬の球を打ち返すのもアリエネ~!


...ご存知「巨人の星」名シーン:①星一徹・チャブ台ビンタ②大リーグボール養成ギプス③夜空の星を仰ぐ....c0119160_865479.gifc0119160_873798.gifc0119160_875234.gif

「巨人の星」は「少年マガジン」連載スタート時から夢中!単行本が発売される日をワクワク待ち続けていたものです。巨人軍スターになれなかった星一徹は自分の夢をかなえるため息子に「大リーグボール養成ギプス」をつけさせ、鉄ゲタで通学させています。今なら確実に児童虐待モンですなあ・・



★「東京スカイツリー」の建設予定地(押上・業平橋)

7月14日、地上デジタル波放送塔として2012年春開業する新タワー「東京スカイツリー」の起工式が墨田区押上の建設現場で行われました。高さは東京タワー(333m)の2倍近い634m、自立式電波塔では世界一。TV放送地デジ化やワンセグ対応に向けて受信環境改善のための建設です。


....2011年TV放送全デジタル時代を迎え、世界一の電波塔(東京スカイツリー)が押上に建設される.....c0119160_227415.jpgc0119160_8163054.jpgc0119160_811818.jpg
 

ここに日本最高所展望台が設けられますが、停滞気味だった地元の活性化や観光スポットとしてインパクトある事業となるでしょう。でも昔ながらの下町風景をより多く残したいと思う人にとっては、再開発が進み過ぎ何の変哲もない都会一風景にならないかと危惧感を持つのかもしれません。




★「隅田川花火」

               ....「隅田川花火大会」は江戸の夏到来を告げる風物詩.....
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夏到来を告げる東京下町の風物詩「隅田川花火」は、1733年(享保年間)両国の川開きに花火を催したのが始まりで、当時双方に腕を競い合っていた花火師家「鍵屋」とその分家「玉屋」が交互に花火を打ち上げ、都度に「たまやー」「かぎやー」と観客が一斉の掛声を唱したことが由来。
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隅田川花火になると毎年「いよいよ本格的な「夏が来た~!」というワクワク感があります。
「浅草」や「隅田下町」周辺も高層マンション・再開発など時代の波に洗われ、街風景は徐々に変わりつつあります。But、「ここぞお江戸~」という風情・風景は今後是非とも残ってもらいたいものです。



◆このクソ暑い最中、グダグダと暑苦しい長文にお付き合い頂き誠にありがとうございました。

                                                      おわり

  by rollingwest | 2008-07-20 09:19 | 都会の風景 | Comments(14)

<2008年7月16日>柏崎:復興の「ぎおん花火」


全国的な梅雨明け宣言はまだですが、猛暑続きの毎日。(暑い~!もう実質梅雨明けなのでは?)
夏休みも近くなり、いよいよ盛夏本番!あと10日もすれば、全国各地で花火大会が開かれることでしょう。故郷柏崎でも、毎年7月26日に「ぎおん祭り・花火大会」が豪華・盛大に開催されます。

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この花火は60年近い歴史を誇り、昭和25年に市制10周年で本格的な市民祭りとしてスタートしました。(起源は明治初年の市内「八坂神社」の奉納花火) 小生にとっても小さい頃、家族・親戚で中央海岸にゴザをもって見に行ったことが懐かしく思い出される郷里郷愁の1コマです。


     *写真は殆どインターネットに公開されている柏崎花火関連の写真をお借りしました。
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日本三大花火と言えば(また三大かよ!)、一般的には新潟「長岡」・秋田「大曲」・茨城「土浦」の花火大会が三本の指に数えられています。世界一大きい「四尺玉」を上げることで有名な「片貝」(新潟小千谷)からは「ウチを外すなんてふざけんじゃね~!」という声が聞こえてきそうですが・・。

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その長岡や片貝と並んで、「柏崎の花火」が「越後三大花火:山の片貝・川の長岡・海の柏崎」と称され、さらには「全国ベスト10花火」として最近紹介されていることに気付いて、ちょっとビックリ!
ベスト10となると各地の贔屓目があり諸説プンプンですが、柏崎花火も有名になったもんだなあ・・

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  ぜひ見てもらいたい花火大会100選(全国ベスト10入り)
                   
  迫力満点の三尺玉、花火大会、ベスト10(全国第8位にランク)

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昭和40年代は海上花火という形態が珍しかったので、規模は小さくとも「個性派花火」という誇りみたいなものを感じていましたが、今や規模も相当な内容になってきたとのこと。総玉数1万5千発(うち尺玉100発一斉打ち上げ&300連発)、柏崎でしか見られない海上三尺玉二発同時打上げ、華やかな海中空スターマインの舞台絵巻。久しく見ない内に立派になったもんじゃなあ・・(驚)


  .....柏崎のシンボル「米山」を望む中央海岸の夜空に豪華な花火絵巻は繰り広げられる....c0119160_2262891.jpgc0119160_228614.jpg


昔は親戚も来訪し我が家で夕食に集い、その後ゴザ・シートを持って砂浜海岸まで気楽に出かけて行ったもの。それが最近は全国から観光バスが乗り付けられ、見晴らしエリアは高料金・予約制桟敷席で占拠。有名になったのは嬉しいけれど、何か我々と距離感ができたような複雑な気持ち。

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6月の岩手・宮城内陸地震で、柏崎で起きた「中越沖地震」もやや記憶が薄れがちですが、昨年の7月16日震災悪夢から一年を迎えます。まだ仮設住宅生活の人も多いと思いますが、復興に向けて頑張っている皆様にあらためてエール。(半壊の祖母実家も漸く建て直し、お盆に完成予定)
                         
                    リンク:ガンバレ柏崎(07.7月)
                    リンク:柏崎エピソード2007レビュー(07.11月)

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寂しいムードだった「えんま通り商店街」も町づくりの会が発足し、地元大学・街づくり専門家をアドバイザーとして議論を重ねているとのことです。1989年のカリフォルニア地震で復興した町「サンタクルーズ」を復興モデルとして将来展望のコンセプトを住民合意のもとでつくりあげていくとのこと。

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街のシンボル「えんま堂」との関わりを大切にする考え方で、個性的店舗や歩行者優先のレイアウトを目指すようですが素晴らしい街に生まれ変わってもらいたい。恒例の「えんま市」(歴史200年を誇る)が6月14~16日に開かれ大盛況だったとの便り。よかったね~!もっと有名になることを祈る。


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猛暑の続く毎日ですが、柏崎原発復旧問題も電力供給やCO2削減の大きな課題となっています。
先月15日には「ぎおん祭り発祥の地:八坂神社が焼失」という悲しいニュースも入ってきました。
昨年の花火大会は地震発生直後で中止となっており、これらの課題や悪い事続きをぶっ飛ばすためにも数々のスターマインを派手に打ち上げ、柏崎市民を大いに盛り上げてもらいたいものです。

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さあていよいよ本格的な夏到来!去年みたいに40度を超える異常な猛暑はちょっと勘弁ですが、
7月下旬梅雨明け時期は桜を待つ時のようなワクワク感!最近は夏を迎える高揚感もあまり感じなくなってきましたが、いつかまた「海上開花の柏崎花火」を見ながら昔の気持ちに浸ってみたい。


                                                      おわり

  by rollingwest | 2008-07-15 21:22 | 故郷の風景 | Comments(11)

<2008年7月6日>新宿ゴールデン街とその周辺街を訪ねて(その1)

★祝!出版快挙

大学時代の山・旅サークルの先輩「神楽坂女史」が今年6月、「新宿ゴールデン街・花園街案内」という本をD社から出版する快挙!この方は痴性溢れる当サークルに於ける「名だたる文豪」です。
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女史は昔「YとK谷社」に在籍し「東京の名所歩きコース」ガイドブックを執筆されたこともあります。
「知」と「痴」を併せ持ち、それを使い分ける博識・文才ぶりは日頃より皆から尊敬を集めている方。

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7月4日、高田馬場「花福」で今回の出版快挙のお祝い会開催で大いに盛り上がった次第です。
 (ほとんど1年上の先輩たちの同期会という雰囲気でしたが・・)




★「新宿ゴールデン街」


大学時代に新宿「歌舞伎町」は時たま行きましたが、隣接「新宿ゴールデン街・花園街」は畏怖感と気後れを感じてなかなか近づき難い場所の一つでした。 今回「神楽坂ガイドブック」の発刊をきっかけに、「奥深く・喧騒なる・昭和の濃~い街」を見てみたいという気持ちに駆られ訪ねてみました。

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今回発刊された神楽坂殿の著書やインターネット公開の諸情報から、「新宿ゴールデン街の歴史」を調べてみました。概ね下記内容で記載されておりましたので、ダイジェストにまとめてみます。

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歌舞伎町一丁目の飲食店街。新宿区役所や花園神社と隣接し、第二次世界大戦後に建てられた小さな店舗(木造長屋建て)が狭い路地をはさんでマッチ箱のように沢山並んでいる。c0119160_21375579.jpg
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もともとは新宿駅東口にあった闇市が発祥。当時は繁華街から離れた場所であり、殆どの店が飲食店名目で「赤線」(昭和33年以前の国家公認売春地域の俗称)紛いの営業をしていた。風営法無許可営業のため、「青線」の名で呼ばれ歌舞伎町付近は当時都内でも有数の売春街だった。
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売春防止法施行(昭33)を契機に「ゴールデン街」と名を変え、密集街の飲み屋は「文壇バー」「オカマバー」「ボッタクリバー」の3分類になると言われた。3坪~4.5坪と狭くカウンターに数人並ぶと満席になる店が多い。雑踏と喧噪、議論・口論、そして喧嘩…というイメージが強烈に残る街
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文壇バーには作家やジャーナリスト・全共闘世代の闘志などが集まり、文学と演劇、映画・哲学を肴に酒を酌み交わし熱い議論や喧嘩を繰り広げた場所でもあり、文化発信地の自負も持つ。

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常連の文化人では、安部公房・遠藤周作・大江健三郎・中上健次・野坂昭如・半村良・佐木隆三・村上春樹・志茂田景樹・立松和平・村上龍・山田詠美・渡辺淳一等、名立たる文士が集った。

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昭和50年、佐木隆三「復讐するは我にあり」が直木賞受賞でこの街は文化人の集う場所としてマスコミに取り上げられ一挙に有名となった。バブル期には地上げの嵐に見舞われ、崩壊とともに無残な時代を迎えた。しかし平成12年以降、若い経営者が続々と出店して再び活気づいている。
今もなお、全共闘世代や出版関係・馴染みの店がまだまだ残り、ハードコアな店も多く存在する。

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さすが噂通り独特なムードとレトロ感が漂うところ・・。「夜の世界遺産」とも呼ぶべき昭和の香りを残す貴重な街並がその存在感を強烈主張しており、「修羅場を潜った者・夜通しに酒で議論を尽くした者以外、新参者が安易に近づくんじゃねエ・・」と軒を連ねた店々が呟いているように思えます。  

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でも神楽坂ガイドブックでは「ゴールデン街の掟6カ条」を守れれば一見さんでも十分歓迎とのこと。6カ条とは・・①1-2名の少人数で行く。②他所で腹ごしらえがお薦め。③値段は遠慮なく聞く。④積極コミュニケーション。⑤混んできたら席を譲り合う。⑥ハシゴ酒を楽しめ!ただし泥酔は厳禁。


.....ゴールデン街の脇にはこんな潤いの緑の道があった!「四季の道」といい旧・都電軌道跡....c0119160_2221859.jpg




★「花園神社」

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ゴールデン街向かい側には「花園神社」が鎮座、1階が倉庫・2階が神社という不思議な光景を見せています。花園神社は江戸時代から芸能との縁が深く、劇団等の催し物が頻繁に開かれてきたそうです。(昭和40年代は唐十郎や寺山修司らのアングラ劇団が何度も公演を重ねたとのこと)

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境内には「芸能浅間神社」があり、玉垣には芸能人の名がズラリ。藤圭子(宇多田ヒカルの母親)のヒット曲「圭子の夢は夜ひらく」の歌碑もあるぞ~!「15・16・17と~私の人生暗かった~♪」
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11月の「酉(とり)の市」では昭和30年代の縁日にワクワクしながら行った「見せ物小屋」(人間火炎放射器やへび女など)が催されるらしい。あ~懐かしい!昔の柏崎「えんま市」でよく見たものだ。「親の因果が子に報い、同じ人間・同じ母親~!さあさご覧あれ!」・・もう一度あの日に戻りたい。c0119160_6251939.jpg
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★明治文豪の史跡
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文壇・芸能関係者が集ったこの地は、明治時代の文豪にも所縁があるようで日本文学のビッグネームの史跡が近隣に見られます。都営大江戸線・東新宿駅出口近くには、「島崎藤村旧居跡」が見つけられました。同和問題を扱った小説「破戒」を明治38年この地で完成させたのだそうです。


     .....(中) 「島崎藤村旧居跡」       (右)「小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)終焉の地」....c0119160_636860.jpgc0119160_710368.jpg

おお~!「小泉八雲終焉の地」石碑も近くにある。偶然先月、40年ぶりに「耳なし芳一」や「むじな」の入る作品集「怪談」を読んだばかりだ!帰化人だが日本人以上に日本の心を持った八雲はここで名作を完成させ、明治37年当地で生涯を終えたとのこと。(松江在住イメージが強いけど・・)
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鬼王神社という怖い名前の神社も発見、入口に鬼が支える手水鉢があります。鬼の伝説があるらしいですが、本来は稲荷神社であり水商売の店がよくお参りする商売繁盛の神社だとのことです。
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明治時代に童話専門の「赤い鳥」という雑誌があったとのこと。その社屋跡と創刊者・鈴木三重吉という作家(夏目漱石門下生で近代児童文学の中興者らしい。)の居住地もありました。「赤い鳥」創刊号には芥川龍之介「蜘蛛の糸」や島崎藤村・泉鏡花・徳田秋声の物語も掲載されたんだって!



(その2)に続く

  by rollingwest | 2008-07-05 21:01 | 都会の風景 | Comments(18)

<2008年7月6日>新宿ゴールデン街とその周辺街を訪ねて(その2)

↓(その1)から続く

★「コマ劇場」がついに閉鎖へ、嗚呼・・思い出の歌舞伎町


新宿コマ劇場が12月に閉鎖」というニュースが先日流れていました。この劇場は「演歌の殿堂」。北島三郎、小林幸子、氷川きよし、松平健等の大物スターが特別公演を行う場所で、いつか満席にしてみたいと願う演歌歌手の憧れの舞台です。ここ数年は観客減で採算が悪化、老朽化も目立つため、閉館され再開発ビルに生まれ変わる予定だそうです。嗚呼またも昭和は遠くなりにけり・・


   ....(左)現在のコマ劇場(黒色)  (右)懐かしい昔のコマ劇場(薄緑っぽい色だったかな?)...
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昔、コマ劇場と新宿ミラノ座の広場には噴水池がありましたが、今はもう撤去されなくなっています。
大学野球優勝時は神宮から新宿まで歩き、夜は皆で肩を組み歌を唄って大騒ぎしたものでした。

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皆で池に飛び込んだり、後輩が水銀灯によじ登ってヌンチャクを振り回して新聞に載ったり・・で、本当にお馬鹿やってましたねえ・・。周りは大迷惑だったと思いますが、当時のアホの一人でした。

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お上りさんの大学1年生にとって、ネオン溢れる歌舞伎町を初めて見た時は衝撃的な街並光景でした。当時全くモテなかった地方出身(痴呆じゃないよ)大学生2人は、「歌舞伎町に行けば夢世界があるはず!」と当時ブームのディスコ(カンタベリーハウスだったと思う)に期待を持って繰り出しました。

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馴れない「ナンパ」なるものにトライしてみましたが、見事全員スカ・・。自分たちの非力とダサさを認めたくない我々(相棒はS聖二)は、「今夜はツキがなかったなあ・・」とボヤキながら当繁華街を寂しく背にしたのでした。当時流行っていた洋楽曲(Eビショップ・愛に狂って)を虚しく歌いながら・・涙
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同級生「H井真吾」主宰の朗読劇「物語シアター」の定番には、映画化された浅田次郎作品「ラブ・レター」があります。ドラマ主人公の「高野吾郎」は新宿歌舞伎町で20年も飯を食っている裏ビデオ屋の雇われ店長でした。こちらの方も悲しい涙の結末でしたなあ・・。あっ全く違うか、失礼(笑)

                                「物語シアター」(ラブレター)

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★歌舞伎町アンダーワールド(裏社会)


裏ビデオ(DVD)といえば、インターネット普及の煽りでこの商売は最早や退潮気味なのだそうです。ウイニー等でファイルソフト交換・ネットを駆使できる若い世代はもうこの業態に見向きもしません。商売を支えているのは,PC不得意な晩秋の中高年だという現実に思わず笑ってしまいました。

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とはいえ、常に時代の流れに全くメゲない歌舞伎町のフーゾク業態。昭和62年に施行された「新風営法」でも歌舞伎町衰退の噂は囁かれましたが何のその!手を替え品を変え取締りを逃れて、新フーゾク業種も雨後の筍の如く生まれて大いに隆盛しています。何とも力強いもんですなあ・・。

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しかし今の歌舞伎町は昔以上に恐ろしい街になっているようです。中国人マフィア増殖・闇の犯罪地帯、裏ギャンブル、関東・関西ヤクザのせめぎ合い、闇金融ネットワークの跋扈など、足を踏み入れヘタなことをしたら、ヤクザに簀巻にされ東京湾に沈められてしまう危険に遭うかもしれない。


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今回、神楽坂ブックと同時並行に、歌舞伎町の「アングラ・闇社会の実態」を暴いた上記の本を読みましたが結構スゴイ裏話が沢山書かれておりました。やはり「さわらぬ神には祟りなし」ですなア・・。
想像しえぬ人間模様が様々に渦巻く不夜城の街は、数十年後も逞しく生き残っていることでしょう。




★おわりに(再びゴールデン街)


今回神楽坂殿の出版祝いを契機に、日頃なかなか足の踏み入れ難い場所を見て回りましたが、直接雰囲気を肌で感じながら、実際に歩いてみると中々興味深いものでした。今回の散策は昼間だったので、本来この街が持つ素顔やエネルギッシュさ・畏怖なムードを十分に感じ取ることはできませんでしたが、夜に備えてじっくり充電している街もまた特別な味わいがあるような気がします。

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この街で日々精一杯暮らす人々・街を愛し深く入り込んでいる人々・命に危険を感じながらヤバイ橋を渡る人々等にとっては、当記事は殆ど表面的につき小生がこの街を語る資格はありませんが、やがて迫り来る再開発の波に昭和の貴重なる文化遺産が駆逐されぬよう祈るばかりです。

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                                                       おわり



神楽坂ガイドブックは以下の文章で締めくくられ、この街に熱いエールを送っています。

「平成19年、ゴールデン街全体の店舗数約250。その古い建物には一つひとつに人のドラマがあり、今も変わらぬ反骨精神が息づいている。そして今、新たなジェネレーションが昭和を生き抜いた木造酒屋の歴史に斬新なエピソードを刻み始めた。21世紀、この街は、ますます面白くなるに違いない。」

  by rollingwest | 2008-07-05 10:30 | 都会の風景 | Comments(22)