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<2011年7月30日>「空海と密教美術展」&紀伊・高野山「金剛峯寺」レビュー

        <日本仏教史を飾った偉人達>: (その1)「弘法大師・空海」①

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★「空海と密教美術展」 (2011・東京)


7月末に東京国立博物館・平成館(上野公園)で開催されている「空海と密教美術展」(7/20~9/25)を職場同僚3人で見に行きました。東寺の仏像曼荼羅を再現した展示会で人気は相当が高いようで、1ケ月弱で入場者数が20万人を突破、累計50万人を記録するのも夢ではないペースになっています。

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 (注):美術館内は撮影禁止につき、美術品写真はネット拝借or カタログからのスキャナー画像です。 


    .......京都「教王護国寺( 東寺)講堂」の密教彫刻群が遂に東京へやってきた!.......
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美術展は空海が中国から持ち帰った絵画・仏像・法具、空海により造られた京都東寺(五重の塔で有名)講堂の「立体曼荼羅」を構成する諸像、両界曼荼羅図(神護寺)、空海自筆の書、空海所縁の作品を中心に日本の密教美術1200年の原点ともいえる名宝が結集している貴重な展示会です。


    ......上野駅公園口の改札を出て、東京国立博物館「空海と密教美術展」へ........
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我々が行った7月末は美術展が始まったばかり、観客大混雑の状況ではなかったので、比較的ジックリと鑑賞することができました。まずは空海が唐からもたらした経典や錫杖頭・密教法具類(実に芸術的!)、空海の直筆「聾瞽指帰」(三筆と称賛されただけあり達筆の極み!)に目を奪われます。


      ........ (左) 密教法具の数々 (右)空海の直筆「聾瞽指帰」(金剛峯寺).......
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京都市内のお寺以外では、空海が和歌山・高野山に開いた金剛峯寺からの美術品も展示されています。空海に所縁ある各地の寺からこれだけの宝物を東京に運ぶのも大変な事だっただろうなア・・


    ..... (左) 高野山国宝 「諸尊仏龕(syosonbutugan)」 (右)密教宇宙の中心「大日如来」.......
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現存最古の「両界曼荼羅図」(神護寺)が登場!東寺・金剛峯寺からの展示もある。両界曼荼羅とは「大日如来」を中心に数々の仏を一定秩序で配置し、宇宙の真理を仏の形として表したものです。大日如来は「胎蔵界」「金剛界」の2つの姿(両界)があるとのこと。難解~!グルグル頭がローリング状態・・


     ........ (左)巨大な「両界曼荼羅」が展示されていた  (右)両界曼荼羅「胎蔵界」.......
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   ...... (左) 東寺所蔵の「両界曼荼羅図」  (右)首傾げの色っぽい「如意輪観音菩薩坐像」.......
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密教は古代インドで発祥、中国経由で平安時代初期に日本へ伝わった仏教の一派(即身成仏が最大目的)、日本では弘法大師空海の「真言宗(東密)」と最澄の「天台宗(台密)」とに二分されます。


   ...... (左)「千手観音菩薩立像」の複数手の影がgood! (右)五大明王像「大威徳明王」.....
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密教では修行により生きながら仏に成り得る(成仏)」としています。(奈良仏教は経典研究を主とする顕教) そうイヤ、奈良仏像と密教仏像とでは全く違う。密教仏はインドの雰囲気が漂っています。密教は古代インドのバラモン教やヒンドゥー教と融合した仏教で護摩壇の火はゾロアスター教の影響も・・


       ....... (左)祈りの 「金剛菩薩坐像」  (右)力強さが溢れる東寺「仏像曼荼羅」.......
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8世紀初めインド僧2人が中国を訪れ、別々に「大日経」と「金剛頂経」の2系の密教が伝えられたそうです。2つの教えを受け継ぎ統合発展させたのが「不空三蔵」という僧(中国密教を完成)です。そして不空の弟子「恵果」から2系密教を直接、同時伝授してもらったのが「空海」だったのです。


      ...... 2003年に訪ねた真言宗「東寺」(教王護国寺)、「五重塔」が有名.......
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新幹線から京都駅に到着すると有名な「東寺」(教王護国寺)五重の塔を見ることができます。東寺講堂の中に入ると、躍動感をもった迫力ある21体の仏像がひしめいた光景が思い出されます。


      ........(左) 東寺の「金堂」 (右)密教立体曼陀羅像が安置される「講堂」........
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21体の中から、東寺より今回上京してきた8体の仏像が「仏像曼荼羅」を形作り、その世界を表現して、最後の展示コーナーを締めくくっていました。まさに見応えがありますネ~!数年前に大人気を博した「阿修羅展」「薬師寺展」と同様に仏像一体々を360度のアングルから見ることができます。


      .......東寺講堂から来た迫力ある「仏像曼荼羅」が展示場の最後を飾る.......
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持国・増長天は邪鬼を踏みつけ怒りの表情で咆えている。インド像に跨ったイケメン顔の「帝釈天騎象像」に多くの女性がウットリ見つめ人気を集めている。(ブツジョ・ブ-ムだ~)真っ暗な会場内に8体仏像が配置、金色ライトアップで妖しく浮かぶ姿は独特な雰囲気が醸し出され、神秘的魅力を大いに感じました。


      ....... (左)「帝釈天騎象像」  (右)帝釈天の端正なる表情をクローズアップ.......
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★紀伊・高野山「金剛峯寺」レビュー (2002・和歌山)


先述しましたが、紀伊・高野山「金剛峯寺」は弘法大師・空海により開かれた真言宗総本山です。関西在住時に訪れ、空海眠る「奥の院」を見学し深い印象が残る・・。著名人のお墓の数もすごい!


           ........ (左) 高野山の時間(2002年) (右)「金剛峯寺」主殿.......
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高野山は、周囲を千m級の山に囲まれ、百以上の寺院が密集、弘法大師空海が宗教活動の拠点とした寺。真言宗の聖地を競い合う京都・東寺とはライバル関係!(他の宗派にも対立はあるね~)


    ...... (左)「根本大塔」(奥の院と並ぶ高野山2大聖地) (右)「大門」(重要文化財).......
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空海は774年・讃岐国(四国香川県)の善通寺に生まれ、12歳で国学に入り大学へ進みましたが、その後私度僧として山林修行に入ります。31歳、遣唐使として渡航(最澄と一緒)、長安に入りました。恵果から体系的な正当密教(純密)の全ては空海に教授されたのです。最澄との立場逆転へ・・


    .......(左) 最澄(天台宗開祖)    (中)遣唐使ルート    (右) 遣唐使船の図........
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空海が唐を去り、その後中国では国家規模で仏教が弾圧なれ、中国密教はやがて姿を消しました。正統密教はインドでも中国でもなく、空海により極東の島国日本のみに伝わり受け継がれていたのだ。


      ........高野山・境内の広さは5万㎡もある! 金剛峯寺「客殿・台所」.......
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参道入口から奥の院・「弘法大師御廟」まで続く参道には、膨大な数の墓が立ち並んでいました。数は何と20万基以上、しかも日本史や現代有名人・企業家等のビッグネームが続々!御覧あれ~


     ........ (左) 織田信長の墓              (右)お江の墓........
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     ........ (左) 明智光秀の墓             (右)石田三成の墓.......
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     ........ (左) 上杉謙信霊屋             (右)伊達正宗の墓.......
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    ........ (左) 鶴田浩二の墓             (右)松下幸之助の墓........
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     ........ (左) 浅野内匠頭の墓             (右)徳川家墓所.......
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深い杉木立奥には、大師信仰の中心聖地「奥の院・弘法大師御廟」が鎮座、毎朝の護摩壇・祈祷時には空海に朝食が捧げられています。「即身成仏秘法」により弘法大師はまだ生きており、御廟所で瞑想したままと信じられているのです。確かに御廟では物凄い霊気を感じた様な気がしました。


  ......(左) 奥の院への杉木立 (中)聖地「奥の院・弘法大師御廟」 (右)護摩壇・加持祈祷........
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中国僧・恵果から密教秘伝を受けた、空海は儀式で「遍照金剛」の灌頂号を授けられました。四国お遍路が唱えるお経「南無大師遍照金剛」は号に由来。今回の密教美術展鑑賞を機に司馬遼太郎の「空海の風景」を読みました。空海の生涯本は多くありますが、やはりこの著書がお勧めのようです。


       ........ (左)「空海の風景」(司馬遼太郎)     (右)「弘法大師・空海」の肖像.......
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毎年、節分参りに行く川崎大師も含め、過去幾つか訪ねた古刹にも真言宗寺院が多くあり、京都・東寺、高野山・金剛峯寺は行ったものの、空海が生まれた讃岐はまだ殆ど足を踏み入れていません。


     .......いつか訪れて見たい。空海の生まれ故郷・四国「多度津」の風景.......
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     ........「四国八十八ケ所霊場の開創図」、弘法大師・お遍路巡り.......
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いつか四国を訪ねて空海所縁地や史跡、「四国八十八ケ所霊場」もユックリと廻って見たいでネ~。もしかして歳を重ね一念発起し「南無大師遍照金剛」と唱えながらお遍路姿で歩いていたりして・・(笑)


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   ....... (左) 「空海と密教美術展」の看板 (右)「東京スカイツリー」(634m)を遠くに望む.....
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今回の美術展は実に興味深い内容でした。今機会に空海・親鸞・日蓮・道元等、日本仏教史の偉人達の足跡も訪ねて見よう!本展示会は9月25日まで開催ですので興味ある方はご覧あれ~!



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次回は再び山記事、「カムイエクウチカウシ山(後編):日高の奥深き難関峰に挑む」をお送りします。
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  by rollingwest | 2011-08-28 08:50 | Comments(43)

<2011年8月5~8日>「カムイエクウチカウシ山」(前編):原始秘境・日高山脈へのアプローチ

★日本最後の原始秘境「日高山脈」に再び挑む


日本200名山制覇に向け数々の難関峰が残っていましたが、最大級困難で危険な山は日高山脈の2峰「ペテガリ岳」(一昨年登頂)&「カムイエクウチカウシ山」。アプローチが長くルートファインディングが難しい羆(ヒグマ)の繁殖地、沢の増水危険・・、一人で登るには相当リスクが高い北海道の原始秘境なのです。

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    ......(左)2年前に登った「ペテガリ岳」 (右)今回挑戦した屈指難関「カムイエクウチカウシ山」.....
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                       ペテガリ岳登山(2009年9月)の記事はコチラから
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特に「カムイエクウチカウシ山」は、40年前に福岡大生がにつけ狙われ3名が殺された有名な遭難事件があった山・・。いつ挑戦するかここ数年の懸案事項でしたが、ペテガリ・鋸岳など幾つかの難関峰に同行して頂いたマツ氏・食山人氏に計画を立案してもらい、ようやくこの夏に3人でトライすることに・・

                    カウイエクチカウシ山:福岡大生の羆遭難事件(1970)の記事はコチラから



      ......8月5日の早朝便で羽田空港を出発、十勝帯広空港へ向かう......
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今回は沢歩き・野営2泊登山なので、テント装備や渓流靴・食料・水を詰め込みザックは18kg重量、長時間の本格的な沢遡行登山は初体験なのでチト不安感がありました。朝7時発のADO便で羽田空港から3人は北の大地へと向かいます。雲の合間から都会風景を見下ろし日本最大の原始秘境へ!


     ......(左)雨に濡れた羽田滑走路を出発! (右)上空から見る東京臨海部光景.......
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★<1日目>:十勝観光&山岳センターで日高山脈を学ぶ (8月5日)


朝9時半、十勝帯広空港に到着しレンタカーを借りて中札内(カムエク登山口)方面へ。当初は1日目から登山開始し「八の沢出合」まで歩きテント野営する計画でしたが、初日天気はやや不順。ここで急遽、相方2人は計画全体を1日遅らせて天候回復を待とういう判断。結果的に正解!さすがです・・


    ......十勝平野は何と広いこと!地平線も見える程に雄大すぎる穀物平原......
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日程変更の結果、初日は全く歩かず中札内ダム近くの「日高山脈登山センター」に宿泊。当日は時間が有り余ってしまい地元観光に切り替えたものの、十勝帯広は放牧・穀物畑風景が広がるだけで観光スポットも殆ど見当りません。そうだ!19歳の夏に訪ねた懐かしい幸福駅に立ち寄ってみよう!


    ......(左)かつて大ブームとなった国鉄・幸福駅 (右)34年ぶり再会の懐かしい駅舎.......
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昭和40年以降生まれの方は多分知らないと思いますが、昭和50年前後に十勝帯広エリアには多くの観光客が押しかけました。当時は帯広と日高を結ぶ「国鉄広尾線」が存在(現在廃線)しており、「幸福駅~愛国駅」間の切符を買うと縁起がよいと全国的な大ブームが起こっていました。


  ....(左)隙間なく切符や願い事が貼られた幸福駅舎内 (右)駅舎跡で写真撮りまくるオジサン.....
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愛の国から幸福へ」という芹洋子の歌も登場、全国から観光客が続々と押し寄せました。駅構内には当時と同様、観光客が買った切符や願い事の札が神社絵馬の如くビッシリ貼り付けられています。当時はJRでなく「日本国有鉄道」、その後民営化で不採算路線は次々と姿を消しました。


     ......北海道日高・十勝の開拓・発展を支えてきた旧国鉄広尾線の線路跡.......
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大学2年夏に国鉄周遊券を使って北海道を一人旅(テント担いだ貧乏旅行)に出かけ、帯広駅から広尾線路に乗ってこの駅に降り立ちました。あの頃は「ディスカバーJAPAN」という国鉄キャンペーンに煽られ、「蟹族」と言われる若者がテントやユースホステルを使って全国各地を旅で巡っていたものだなア・・


     .....この周辺は観光地が少なく、結果的に「中札内・道の駅」で時間を潰す......
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幸福駅の次は、地元に殆ど観光ネタがなく「中札内・道の駅」に寄ってみました。「開拓記念館」や「ビーンズ亭」(十勝平野は豆やトウモロコシの大生産地、地元の豆をPRする史料館)がありますが・・


    .....(左)大正末期の農家を改築した「開拓記念館」 (右)「ビーンズ亭」(洋館風・史料館)......
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   ......架空人物ビーンズ氏の書斎や応接室、実在した人が使ったような雰囲気さえ漂う.......
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観光ネタを探したところ、宿泊の「日高山脈山岳センター」近くに、「ピョウタンの滝」と「中札内ダム」が見所との案内あり。この2SPOTに立ち寄ってみてから「山岳センター」に投宿することにしました。

 
    .....「ピョウタンの滝」、迫力あるウォータースクリーンフォール!滝が生まれた背景には悲話が・・.......
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「ピョウタンの滝」は札内川園地にある滝、巨大岩の間を豪快な水飛沫を上げて流れ落ちる姿は迫力十分!実は地元開拓農民が自家電力確保の目的に力を合わせ手作りで建設したダム跡地らしい。昭和30年、完成したての水力発電用ダムが洪水により一夜で埋没し跡にできた滝らしい・・(泣)


    ....(左)中札内川の渓流風景 (右)大きな岩塊を抱え込む様に流れ落ちる滝の轟音!......
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北海道奥地開拓の夢を追い、苦難を強いられながらも自力でダム建設し電力を漸く獲得した農民は、あっという間に自然の猛威で全てを奪われてしまった落胆ぶりは察するに余りあるナア・・。面白い名前「ピョウタン」ですが、ピヨロ・コタン(小さな砂利多い場所)というアイヌ語に由来するものらしい。


  ......(左)「札内川ダム」の静かな午後 (右)猛暑で雪解けが進みダム水位も低かった......
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「札内川ダム」も見学し、宿泊の「日高山脈登山センター」で明日に備えゆっくり英気を養います。何と福岡大生3人を食い殺した有名な羆遭難事件の熊がセンター玄関脇に展示されているではないか!意外な程小柄だったので驚き!グリズリーの如く立ち上がれば2m以上の怪物と想像していた・・


    ....(左)「日高山脈登山センター」に到着 (右)福岡大生3人を食い殺した羆の剥製......
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登山センター内には日高山脈の全てを解説する立派な展示コーナー。1970羆事件を伝える記事、雪崩遭難で死を迎える若き登山者の無念遺書、個々をジックリ読むと心痛な気持に襲われました。


      .....登山者マネキンが屹立する展示コーナー、日高の山々を紹介のビデオもあり充実!......
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    .....(左)北海道地図&日高山脈ジオラマ (右)福岡大生ヒグマ遭難事件新聞記事(1970) ......
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明日の天気は予想通り回復に向かっており、計画を一日延期して正解!ザックの荷物整理を行ない畳にフトンを敷いて寛ぎ、明日の出発に備えます。気持ちも高ぶり、酒量はややハイペース?⇒就寝


   ......(左)酒・氷を買い込み、明日の計画に話が弾む (右)登山センターの夜は更けゆく......
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★<2日目>:キャンプ拠点「八の沢出合い」への渓流歩き (8月6日)



      ......(左)翌日は思惑通りの快晴の朝!「登山センター」を7時出発.....  
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本日は快晴なり!夏の真っ青な空に輝く緑!朝の爽やかな空気の中、7時より意気揚々と林道を歩き始めました。今日の行程は「七の沢出合」から渓流を歩き、「八の沢出合」に到着してテントで野営


        ......(左)まずは長い林道歩きから始まる  (右)夫恋隧道を過ぎて行く..... 
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日高横断道路は、中札内村~日高・静内町を結ぶ101キロの開発道路として1984年着工、しかし03年ついに開発中止決定。(総工費540億円投入し完成まであと40年・1000億円近くかかると判明、自然破壊の反対運動も活発化) アプローチ林道に無駄使いに終わった橋脚が出現し複雑な気持・・


  .....建設中断の「日高横断道路」の橋脚道や中札内・上流ダムを経由、長い林道を歩く.....
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            ......真夏の日差し、花に舞う鮮やかな蝶の姿が美しい.....
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長い林道を歩き終えると「七の沢出合」に到着(自転車やミニバイクで渓流釣りに入っている人も)
ここで我々は、渓流シューズ(靴裏はフェルト平形状、小生は生まれて初)に履きし直して沢歩きへ


  ....(左)「七の沢出合」で渓流シューズを履き、沢歩き発進 (右)渓流を慎重に歩き進む食山人氏....
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    ....まさに原始林!中を流れる札内川渓流 岩と澄み切った水には透明感....
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ピンクのリボンやケルンを目印に炎天下の札内川遡上、予想通りルートファインディングには苦労しました。基本的には頂上に向かって右側を歩くのがお勧めのようです。今年は猛暑で雪解けが早く進み、当日の水深は思った程ではありませんでした。増水し腰まで水に浸かるケースになったら相当危険です。


     .....(左)膝まで浸かる水流を渡るマツ氏  (右)透明な渓流に点在する石の合間を行く.....
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     .....5時間弱で「八の沢出合い」に到着、ここはカムエク登山や渓流釣りの野営拠点.....
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沢歩きに無知な小生は足サイズに合わない渓流シューズを購入してしまい足マメが出来そうな予感。ここで靴ズレを起こしたら悲劇と心配でしたが何とか昼前に野営地「八の沢出合」に到着できました。
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  .....(左)岩場の渓流溜まりでビール・焼酎を冷やす (右)涼しい渓流で焼酎を楽しむ食山人氏.....
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正午なので良いポジション地を確保しテントが張れました。その後続々と登山者は増え20張・・。テントで寝るのも昨年8月の鋸岳挑戦以来1年ぶりだネ~。あの時はこの3人に鉄人Miz本さんも参加し4人でした。本当は鉄人殿も当社参加予定だしたが、事情発生で急遽欠席になりチト残念・・


     .....(左)八の沢出合にテントを張る (右)夕食も食欲旺盛!夜も元気一杯の食山人氏.....
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テント脇に座を囲み焼酎を飲みながら明日の計画確認。鋸岳登山時に川原で燃やした焚き火は実に雰囲気を感じました。今回も枝や枯木を集め燃える火に接する独特のムードを再び味わうことに・・


     ......昨年8月(南アルプス鋸岳)同じメンバーで焚き火をしたあの日を再現.....
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        .....残り火を消して早めに就寝・・、テントで寝るのも鋸岳以来1年ぶり......
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明日は天気がよさそう!いよいよ憧れの「カムイエクウチカウシ山」に挑むことに・・。サブザック担いで往復で軽い荷物ですが、何せピストン行程でも11時間以上かかる難関峰。無事安全な帰還を願って19時過ぎには就寝いたしました。次回後編の記事は9月20日頃になりますがお楽しみに~!

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                                                        つづく

                   「カムイエクウチカウシ山(後編):日高の奥深き難関峰に挑む」へ続く







次回は趣を変え、「空海と密教美術展&紀伊・高野山レビュー」をお送りします。後編は空海の次に・・
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  by rollingwest | 2011-08-26 02:42 | Comments(64)

<2011年8月5~8日>「カムイエクウチカウシ山」(後編):日高の奥深き難関峰に挑む

                    「カムイエクウチカウシ山」(前編):原始秘境・日高山脈へのアプローチより続く       


※暦の上ではもう完全に秋ですが、真夏の暑かった北海道・原始の山旅に再度お付き合い下さい。
                

★<3日目>:カムエク挑戦、往復12時間以上の苦闘登山


いよいよ登頂本番の日を迎えました。夜中3時半に目覚めヘッドランプを装着、テント内で朝食を済ませ出発準備を整えます。今日は往復ピストンなので最低限装備(水・食料・雨具・登山靴等)をサブザックに詰めスタンバイ。八ノ沢出合にテントを置き、渓流シューズを履き薄暮の中(4時40分)を歩き始めました。


      ......いよいよ難関峰に向けて早朝出発!八ノ沢出合から渓谷遡上開始..........
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薄暗い林道を暫く歩くと、早朝一番から徒渉ポントに直面!足を水に浸からせて渓流を横切って行きます。札内川渓谷は昨日に比べると川幅が狭まった分、水流は速くなっている感じがしました。


         ......出発して間もなく、徒渉ポイント出現!岩の激流を横切っていく食山人氏..........
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今日も間違いなく快晴!夏の太陽に晒され厳しい登りが予想されるが、沢や滝を遡上なので水飛沫マイナスイオンを貰いながら元気に行けそうな気もする。朝は涼しいので快調ペースで徒渉を繰り返し・・


    ...... (左)急峻な岩場に囲まれ、見事な滝が次々出現 (右)水流遡上する登りは心地よい......
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         ........ (左)ヨツバシオガマ    (中)コガネギク   (右)エゾアジサイ........
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歩き始めて2時間、3方向から滝が合流する難所「三股」に6時40分到着。標高千m、まだヒー゚クの半分・・。後ろを振り返ればV字谷から見事な突兀峰「十勝幌尻岳」が聳えている。サイズ合わない渓流シューズは足慣れしないが何とかマメができずに乗り切れそう・・。途中で登山靴に履き替えて再発進


   ....(左) 渓流道に並ぶ食山人氏とマツ氏 (右)突兀独立峰「十勝幌尻岳」、圧倒的存在感......
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     ...... (左) 豪快雪渓を背にして夏山の醍醐味! (右)V字の滝道を登り詰めて行く.......
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ルートファインディングは予想通り困難を極めました。ピンクリボンやケルンを目印に沢や巻道を遡上しますが、違う沢筋に迷い込んだり道標不明になったり、元のポイントに数回引き返し本来の道を探り直します。V字谷を詰めるとルートは狭まり本来の道と思ってもまたも見失う。北海道の山はやはり迷い易く怖い・・


      ...... (左) ハクサンチドリ  (中) ウメバチソウ (右)ユウバリリンドウ........
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   ......(左) 三股岩盤に到着、縦走の女性達が逞しい (右)炎天下の登山道行く食山人氏......
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視界開けた岩盤でエサオマントッタベツ岳からの縦走4人組とすれ違い、熊の親子を見かけたと聞きチト青ざめました。福岡大生・羆遭難の八ノ沢カールで幕営してきたらしい。女性が3人いるパーティでしたが逞しさにビックリ!天気はピーカン青空ですが直射日光下の登りは体力消耗する。マツ氏は相当バテ気味・・


    ......滝が連続する急道で一服のRW。(疲労の色) イヤ~、炎天下登山はクソ暑い~!.......
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     .......(左)カラマツソウ   (中)シナノキンバイ   (右)イワツメクサ........
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ここから先は豪快滝が連続して現れました。真っ青な空を見上げ、五月雨落ちる轟音の激流水、炎天猛暑の下で冷たい水が実に旨かった~!カールに向かう急傾斜を巻道で登り詰めて行きました。


       .......岩の各所に滝が次々出現!原始的で豪快な登りが延々と続く!......
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巻道を登り切ると、轟音渓流は徐々に小さくなり伏流水へと姿を変えてきます。視界も急速に開け、後ろを顧みれば「十勝幌尻岳」は遥かなる距離に・・。長いV字谷をよくぞ、゙詰めて来たものだ・・。そして歩き始めて4時間強、8:50漸く「八ノ沢カール」到着!でもまだ行程の半分以下・・、長い道だナア・・


        ...... (左)長く深いV字谷、遥かに「十勝幌尻岳」 (右)ついに「八ノ沢カール」到着!.......
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        ....... (左) ヤマハハコ   (中) ウサギギク   (右)トカチフウロ........
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「八ノ沢カール」は名の如く、氷河が刻んだ圏谷です。日本では珍しいスプーンで削り取ったような地形。北アルプス標高3千m級山岳地帯、高緯度・北海道では2千m級の山(特に日高山脈)においてカールを幾つか見ることができます。右上にカムエク、左にピラミッド峰、名峰に抱かれた圏谷風景は実に雄大!


     .......「八ノ沢カール」から仰ぐ「カムエクウチウシ山」、憧れの圏谷についに到達!........
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本カールこそ福岡大生・羆遭難事件で3人が襲われた因縁の地。当初は熊を見つけ楽しんでいた学生達ですが、翌日突然テントを破られ3日間も執拗に付きまとわれ遂に羆に食い殺されてしまいました。荼毘に臥された岩には慰霊プレートが埋め込まれている。彼らの恐怖・絶望感に思いを寄せ、合掌・・


c0119160_1421360.jpgプレート写真クリック⇒拡大=(遭難者名と慰霊の言葉)→
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   .....(左)↓慰霊プレートが埋め込まれた岩(遭難学生は盤上で荼毘) (右)ガス煙るピラミッド峰.......
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    ......(左) カール底から頂上稜線へ登山開始  (右))迫力ある三角垂の形「ピラミッド峰」........
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いよいよ日高山脈が見えるカムエク稜線を目指し八ノ沢カール底から急傾斜をジグザクと登山開始。渓流音は消え失せ、雰囲気は草の匂いが漂う夏山へと変化。高度を上げるにつれ、摺り鉢カール全景が徐々に俯瞰できます。迫力あるピラミッド峰が目の前に屹立、奥深い日高山容の味わいが増してきた・・


        ........ (左ミソガワソウ  (中) シナノオトギリ  (右)ウコンウツギ........
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       .......雲に煙るピラミッド峰の雄姿。漸く稜線に出て、いよいよカムエク頂上を目指す........
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羆が多く、道標が不明な原始林を彷徨う日高山脈の登山は、困難・危険・ハードなどマイナスイメージが先行しがちですが、高山植物の宝庫であることを認識!初めて知る北海道の固有種、鮮やかな花々が一面に咲き誇るお花畑が次々と出現!こんなにも素晴らしい花の山だったのかと目からウロコだ・・。


       ....... (左) オオバミゾホオズキ  (中) エゾツツジ   (右)エゾシオガマ.......
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10:10、カムエク稜線到達(出発から5時間半)。視界は完全に開け、漸く日高連峰の山々が認識できる程の標高まで登ってきた~。一昨年登頂した難関ペテガリ岳が迫力・重量感で鎮座している!八ノ沢カールも眼下に広がり全体俯瞰できます。でも頂上まで最後の登りがあと1時間半、長いなア・・。


   ......雄大な日高連峰(遥か左:神威岳、 貫禄の台形:ペテガリ岳、 手前右:コイカクシュサツナイ岳)......
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稜線での休憩時に、ハイマツ・岩陰から「チチチッ~」という鳴き声!間違いなく北海道だけに棲息するナキウサギ!この動物は250万年前・マンモス時代に誕生した哺乳類で、世界高山地に氷河期時代の姿を今も保っている「生きた化石」。姿は見えなかったものの、貴重な声を初めて聞いた!


    ......(左) ハイマツ帯から頂上へLAST登り (中)八ノ沢カールを見下ろす (右)これがナキウサギ!.......
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いよいよ最後の登り。ピーク到着と思えば・・まだ次のピークが出現。何度も騙されてドッと疲れが増す・・。11時半にやっと真の頂上(1979m)に到着!標高2千m未満なのに出発から何と7時間もかかり、本当に奥深い山だ・・と改めて痛感しました。キャンプ地に戻れるのは何時になるのか・・?と不安感


   ....ついに念願頂上に立つ!頂上は虫の大群&ガスに覆われ山頂眺望には恵まれず・・........
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カムイエクウチカウシ山」・・」、この聞き慣れないカタカナ名は、アイヌ語「神(=熊)が転げ落ちるほど急峻な山」という意味、12文字は日本一長い山名です。ちなみに12文字の山がこの両脇にもあるのだ。エサオマントッタベツ岳とコイカクシュサツナイ岳、3座並んで36文字!まさに長大な日高山脈稜線にピッタリかも・・


   ......下山時は八ノ沢カールでガス発生、再び滝・渓流を下り行く。ついに雨が降り出してきた.....
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11:45下山開始。午前中は炎天下の快晴だったのに、稜線から八ノ沢カールに下山時からガスに覆われ視界が利かない状態となりました。何度かルートを間違え元のポイントに戻るなどロスタイムが数度発生。テント場に向かう八ノ沢渓流を下る場面は、大雨に見舞われ稲妻が光り雷鳴轟く中での彷徨状態・・・


    .....雨足はどんどん強くなり、雷も鳴り出してきた!稲妻光る中で沢を下って行く......
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「天よ!俺に雷落とさないでね~」と祈念し、ヘロヘロになって八ノ沢出合キャンプサイトに到着したのは何と17時、12時間半近くの歩行。辛く厳しい登山で食欲もない・・。しかし無事帰還できてよかった・・。


     .......最後は雷雨に見舞われたが、何とか無事に八ノ沢出合テント場に戻って来れた!........
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雨も止み晴れ上がったので、一人元気な食山人氏は「盃を汲み交わして反省会をしよう」と意気揚々、でも若手?組は「もうご勘弁・・疲れました・・」と早々テントに籠りダウン、疲労困憊・熟睡の世界へ・・


    .......最後のテント泊で疲れを癒す。雨も上がり再び星空の夜、明日も確実に快晴!.......
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★<4日目>:七ノ沢渓流を下り、無事下界へ


いよいよ最終日、下界へ戻る日が到来。早朝4時前起床、熟睡したせいか疲れも漸く取れてきたような気がする。朝食を済ませテントを撤収し5:45八ノ沢出合キャンプサイトを出発!今日も快晴ダ~!


    .....ついに最終日を迎えた。早朝に準備を整え5時45分出発、渓流下りがスタート!........
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足に慣れない渓流シューズを再び履き黎明の沢を歩き始めると、渓流を覆う朝霧の景色が広がっている。そして朝日が樹木の緑に差込んでくると、益々と雰囲気は深まり実に気持ちいい歩きでした。


         .....朝霧に煙る沢風景、光に反射する黄緑が幻想的だった・・........
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しかし復路でも、再び日高の怖さをまた垣間見せられました。往路を同じ渓流ルートで戻るので道を見失うはずはないと思っていても、道標リボンをなかなか見つけられない場面に出くわします。何度か笹薮道に迷い込んで、元に戻って再確認。もし日が暮れて夕闇迫る時間だったら・・と思うとゾッとする。


     ......透明感溢れる七ノ沢付近の風景、ついに長い山旅もフィニュッシュ・・........
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七ノ沢出合いからの最後の林道歩きはとにかく長く感じられました。復路は2時間程度だったのに炎天下の往路は3時間・・。初日に投宿した日高登山山脈センターに漸く11時に到着、長かった~!


        .....日高登山山脈センターに到着、シャワーを浴びてリフレッシュ!........
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シャワーを浴びて山の疲れを癒しました。レンタカーでまた地平線風景を走りぬけ、十勝帯広空港へ・・。当日気温は32度!避暑地・北海道とは思えぬ暑さでした。しかし十勝帯広や旭川・名寄などの内陸部は気温寒暖差が60数度(夏30度以上、冬▲30度以下)となる厳しい気候の土地なのです。


    ......とにかく広大な十勝平原(サイロと畑)、北海道の象徴・地平線風景........
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空港食堂でビールで乾杯、「六花亭」バタークッキーを買い込んで飛行機に搭乗。離陸し窓から眺めた広大なる畑(十勝平野)は、地平線風景から幾何学模様キャンバスに変化していました。Good bye十勝!


         ......「十勝帯広空港」を離陸、北海道に別れを告げる........
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       ....十勝平原を飛行機から俯瞰、幾何学の長方形パズルの如し......
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日本最後の広大な原始秘境「日高山脈」はやはり厳しいものでした。昭和初期は大学山岳部が日高挑戦を競い合い、慶応大学が初登頂。北大隊は厳冬期に挑戦、犠牲者8人を出し苦難の栄冠を成し遂げたとのこと。昔の人達は本当にスゴイ・・!こんな便利な時代で、ヒ~ヒ~言ってる自分が実に恥かしい。


        ...... コバイケソウも仰ぐ、雄大な「カムイエクウチカウシ山」の長大山稜........
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北海道の山は標高2千m級ですが高緯度なので本州3千m級と実質的に変わらぬ厳しい条件です。山・沢の地形が険しくルートがわかりにくく、交通アプローチも不便で山小屋も殆ど整備されていません。(数年前はトムラウシ大量遭難の悲劇も発生)やはり余裕ある日程・準備万端で臨む必要があります。



             .......ルートファインディングに苦労した原始林ルート「札内川渓流」........
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まだ幌尻岳(日高・最高峰)や道北・東大雪・道東の山々を登り残している。あと数回、北海道に挑戦!今回も相方2人に助けられ最大難関カムイエクチカウシ山を何とか無事に登頂でき感謝する次第



c0119160_1819141.gif(tyoubun ni otukiai itadaki otukaresamadesita! arigatougozaimasita~)


                                                        おわり





次回は久々に都内徘徊記事、「大田区探訪」(その2)羽田空港・東京ベイサイド編の予定
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  by rollingwest | 2011-08-26 00:00 | Comments(48)

<2011年7月23日>岐阜の名山「大日ケ岳」と「郡上八幡」を訪ねる

★長良川の源流「大日ケ岳」

今年2回目の山行、岐阜にある200名山「大日ケ岳」を登ってきました。7月下旬までまだ2回しか山に行っていないとは、嘗てない程のスローペースだナア・・。しかしこの夏からは本格的に登山を復活させます。本番への足馴らしも兼ねてFツアー企画に参加しましたが、またお手軽ハイキングの域だったかも・・(笑)

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今回は金曜夜出発で「大日ケ岳」登山&「郡上八幡」(歴史深い山合いの城下町)、夜行日帰りで岐阜を訪ねるという弾丸ツアー。決して無理なく行程をこなせるこのツアーの機動力にあらためて驚きと感謝!

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       ........(左)「大日ケ岳」の全貌山容(ひるがのSA)(右)アレ、思惑違い・・霧雨の中を出発.....
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都内を21時半に出発し、翌日早朝4時に岐阜「ひるがの高原」へ到着。5時から早速に登山を開始。
台風一過の晴天を期待したのに朝はまだ雨が残り、登山中はずっと霧に覆われてやや予想外の出発


              ........(左) ダイナランドスキー場のゲレンデ沿いの道を出発 (右)オオバギボウシ.....
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       .......夜明けまで降った雨が水玉状に滴る高山植物 (左)オオマツヨイグサ (右)タムラソウ.....
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ダイナランドスキー場から前大日経由で頂上を極め、高鷲コースを下山するルート。依然ガス中の歩きでしたが前大日で後を振り返ると徐々に霧が晴れ始めてきたぞ゙・・!墨絵の様な幻想的な眺望が望めました。


               ........(左) ガスの山道を登っていく (中)ガクアジサイ (右)ギンリョウソウ.....
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              ........後ろを振り返ると幻想的な風景が・・!まるで水墨画の如し.....
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スキー場ゲレンデを登るので高山植物は期待していなかったのに結構多くの花に出逢うことができました。水の滴をたたえた花たちの色は鮮やか!2時間ほど歩くと視界が開け穏やかな道、頂上はもう近い。


            ........(左) ミヤマウツボグサ (右)ノアザミが実に生き生きとしていた。.....
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       .......(左) いよいよ大日岳の頂上へ、最後の登り (右)頂上が遠方に見えてきた!.....
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頂上に立ったのは7時30分、当然こんな早い時刻に誰もいるはずもなく我々の独占状態。青空も出始めましたが、ガスが完全に晴れなかったので眺望は今一つ。でも200名山をまた一つ制覇できました。


   ......(左) 大日ケ岳での頂上集合写真 (右)青空が出て晴れてきたが頂上展望は朧げな風景.....
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       .......頂上で寛ぐメンバー。方位盤(渋い色合いだネ~) で周辺の名峰位置を確かめる。.....
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白山の雄姿は見られませんでしたが、秋にまた北陸の山に来るのでその時に期待しよう!大日ケ岳は「長良川」の源流の山。稜線から北側の源流は日本海に流れ出しており、この山は分水嶺となっています。鵜飼で有名な「長良川」は、柿田川(静岡)・四万十川(高知)と並んで「日本三大清流」の一つ


         .......鵜飼で有名な「長良川」は「日本三大清流」、演歌でも有名ですね~!........
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さて下山は高鷲コースの穏やかな稜線を下っていきます。こちらのコースは豊富な森林に覆われた味わいある道。7月でキノコを見たのは驚きでしたが、昨冬の豪雪やここ数日の雨が多かったことが理由か?


      ........(左) ガスの中で映える笹の葉、草の水滴  (右)気持ちのいい森林道を下山.....
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        .......7月なのに森林にはもうサルノコシカケが生えている!今年の山は湿潤?.....
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天候はどんどん回復し日光の量も相当豊富となってきました。炎天下での登山で喉の渇きを懸念したものの、登りの時は霧の中で下山時は森の中、意外と水分は摂らずに済んだ楽チンなコンディションでした。

     ........(左) 90度に曲がった珍しい木を突くアキタカ様 (右)いっぷく平で一服の皆様.....
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        ......光り輝く緑の木々の中を行くN松氏 (結構味わいある絵になりました~)......
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「いっぷく平」で一服休憩を入れ10時には「ひるがの高原」駐車場に到着、11時に「湯の平温泉」へ。温泉はツルツルして素晴らしい湯だ!まだ午前中なのに山を制覇して温泉で身を癒しているとは驚き・・


         ........ 午前中から湯の平温泉に、露天風呂で心地よい汗を流しました。.....
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★水に恵まれた歴史ある城下町・「郡上八幡」


「郡上八幡」は大日ケ岳から20数km南下した山合いに位置する名水の城下町。この街を訪れるのは3回目ですが、長良川の清流に沿った風景、爽やかな空気と水、いつ来ても風情があり素晴らしい~


         ........「郡上八幡」の街並風景、山に囲まれ清流とともに暮らす歴史ある街.....
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       ........郡上八幡には歴史ある寺社が多くある。 (左) 岸剱神社  (右)秋葉神社.....
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まだ時間があるので郡上八幡城を訪ねて見ようということに・・。お城はまだ未訪問だったので非常に嬉しい提案でした。駐車場にNHK大河「功名が辻」で有名になった山内一豊と妻・千代(郡上八幡の出身という説あり)の銅像があるではないか!二人の間には出世の駿馬、その遥か先には城が見える!


  ........(左) 吉田川と郡上八幡の風景 (中)山内一豊と千代の像 (右)円空仏の癒しの水......
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遠藤氏が八幡山頂に「郡上八幡城」を築いたのは16世紀半ば、その後、関ヶ原の合戦時に家康側に勝利に貢献。 その後、明治の廃藩置県で廃城となりましたが、昭和の初めに城跡に再建されました。
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                 .....「郡上八幡城」は本当に端正!優美なる姿をしていた!.....
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    .......(左)山内一豊の妻「千代」の掛軸 (右)城主遠藤氏と甲冑3体 (右)豪華なる金屏風.....
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城の姿は真に優美!昭和の建築物とは思えぬ程に風格があります。中に入ると千代の掛軸や甲冑など数々のお宝物が・・。天守閣から見る郡上八幡の街は山に囲まれ長良川がユックリと流れていました。


                ........ 天守閣から望んだ「郡上八幡」の街風景.....
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        ........(左) 「やなか水の小路」 (右)雰囲気ある蕎麦屋の建物、店には長蛇の列......
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郡上八幡の人達は清流とともに暮らし、名水は生活の一部、川にも親しんでします。長良川の支流「吉田川」に橋から飛び込む元気な子供達の姿は、今や郡上八幡を象徴する光景の一つとなっています。


       .......水が美しい「吉田川」、川飛び込みのイベントを見学する地元の人達.....
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     .......元気が有り余る子供達、何て勇敢!こんな高さから怖くないのかな?いざ挑戦!.....
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そしてこの街が全国的に有名なのは、やはり「郡上おどり」。400年に渡り郡上八幡で歌い踊り続けられてきた盆踊りです。藩内の村々で踊られていたものを、城主が士農工商の融和を図るため、城下に集め「盆4日間は身分の隔てなく無礼講で踊るべし。」と奨励したため年ごとに盛んになったものです。


       ......街の随所に「郡上踊り」の提灯や燈籠が・・、7~9月で33夜も!日本一長い盆踊り.....
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郡上踊りも「見る踊り」ではなく「踊る踊り」といわれる理由はこの歴史背景にあります。お囃子と下駄の音、川のせせらぎが重り、山あいにこだまする短い夏の夜風情、実際には見ていませんが素晴らしそうですネ~。徹夜踊りの盂蘭盆会の夜明け近く、東の空が白々と明けゆく頃が最大の
圧巻風情らしい。


   ........8月中旬は徹夜で踊る「郡上踊り」、今や富山八尾「おわら風の盆」と並ぶ有名な盆踊り.....
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城と歴史ある街並を堪能し、13時頃となりました。高速渋滞を考えるとそろそろ帰る方が賢明と判断し、バスに乗り込み帰京の途へ。車窓から見る長良川には鮎釣り太公望達がよき時間を過ごしています。


       ........清流なる長良川、おとり鮎を仕掛けながら釣り人達が竿をたむける。.....
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     .......さらば郡上八幡!今回3度目の訪問でしたが何度来ても風情あるいい街だ!.....
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バスは東海北陸道から一宮経由で東名高速に入り一路東京へ。大きな渋滞には殆ど巻き込まれずに順調の極み。19時には帰宅することが」できました。前日家を出たのは20時ですから何と23時間で岐阜の山を登り温泉と城下町を味わって戻ってこれた・・。Fツアーの機動性に切に感謝でございます。


      .....帰りの高速も順調、.東名高速・富士川SAからの夏富士、やはり秀峰だネ~!......
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次回は「カムイエクウチカウシ山」(前編:原始秘境・日高山脈へのアプローチ)をお送りします。
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  by rollingwest | 2011-08-16 00:00 | Comments(40)

<2011年8月2日>謙信・信玄ゆかりの地を行く(その3)&甲斐の国探訪(その3)



★甲斐の国探訪といえば・・、やはり「武田信玄」


3年前、仕事の関係で甲斐の国を多く訪ねる機会に恵まれました。山梨県は面積4465㎡(全国32位)、山に囲まれる狭い甲府盆地を中心に13市が押しクラ饅頭のように犇めいています。新たな市名が多く甲府や韮崎は別にして馴染みのない名前ばかり・・。平成市町村合併の弊害ですかネ~。ようワカラン・・


  .....(左)平成大合併山梨県には馴染みない新設市が乱立 (右)甲府周辺の見所spot.....
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                                      甲斐の国探訪シリーズはコチラから


甲斐の国といえばやはり「武田信玄」を抜きに語ることはできません。「人は城、人は石垣、人は堀、情は味方、仇は敵なり」・・、地元領民を守ることを優先とし治水事業・新田開発に力を尽くし、金山採掘での莫大な資金獲得、士気高い軍事力の増強。正に名経営者の鏡、山梨県民が崇敬する伝説の武将!

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甲府駅を降りると駅脇に堂々たる「信玄公」が鎮座し睨みを利かせています。「甲斐の国をいつまでも見守り続けるぞ・・」と迫力ある姿は頼もしい。4月には「信玄公祭り」が行われ「風林火山」の幟をたなびかせた武者行列絵巻が繰り広げられます。山梨の人達は「信玄公」を深く尊敬している気がする。


     ....(左)甲府駅前に鎮座する「信玄公の銅像」(右)信玄が旗に掲げた「風林火山」.....
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     ........4月上旬に行われる「信玄公祭り」、騎馬の武者行列が甲府市内を進んでいく。.....
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小生は越後出身なので当然「上杉謙信」ファンですが、09年末の帰省時に信州「川中島の合戦地」と越後の「春日山城」を訪ねました。両雄に所縁ある地は、数年前から意識して訪れるようにしています。


                            「謙信・信玄ゆかりの地を訪ねて」のシリーズはコチラから





★「武田神社」:信玄が拠点を構えた「躑躅ケ崎」居館跡


甲府駅から北に裾野坂を上がっていくと、高台から市内を見守るように信玄公を祀った「武田神社」が鎮座しています。大正8年、大正天皇の即位を契機に創建されました。この地は武田氏三代が63年間に渡って国政を執った「躑躅ヶ崎」(tsutsujigasaki)の居館跡であり国の重要史跡に指定されています。


            .......「武田神社」の本殿、入口には「風林火山」の幟がはためく.....
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「躑躅ヶ崎」の居館は戦国大名の中でも全国最大級の規模を誇るとのこと。この館には信虎・信玄・勝頼の三代が居住しましたが、この親子の間にもいろいろ相克のドラマがありましたネエ・・。息子の信玄から故郷を追われた父・信虎が哀れに思われますが、親に対する非情も信玄の活力となったのかも・・


       ........武田神社の「石灯籠の道」は見事!「躑躅ケ崎」は(武田氏三代の居館跡).....
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館跡には堀・石垣・古井戸が残り、石灯籠の連なる道、数百種の樹木が四季折々の風景を見せます。庫裡玄関には立派な「風林火山」の屏風があり、お堀には水鳥が優雅に泳いでいました。honobono・・


       ........(左)信玄の入道姿  (右)「躑躅ケ崎館」のには「風林火山」の屏風が・・.....
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神社を出ると高台からは甲府の街が見渡せます。躑躅ヶ崎館には、戦国大名の城のような立派な石垣はありません。まさに「人は石垣」、強固な家臣団の忠誠心が名武将を支え守ってくれたのでしょう。


     .......(左)お堀を優雅に泳ぐ水鳥 (右)高台の武田神社からは甲府市内が見下ろせる。.....
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★信玄の菩提寺「恵林寺」(erinji)


信玄の菩提寺として有名な「恵林寺」は、「夢想国師」(鎌倉末~室町初期の臨済宗の高僧)によって開山されました。簡素で美しい外観を誇り、参道の赤門は重要文化財に指定されていまする。境内の広さは何と3万㎡!信玄公の墓所には戦国時代ファン(最近は歴女?)が多く訪れるとのことです。

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     .......信玄の菩提寺「恵林寺」は快川和尚「心頭滅却すれば火もまた涼し」と唱えた寺.....
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戦国時代、信玄から寺領を寄進され寺勢が高まりましたが、武田氏滅亡後は、織田軍の焼討ちに遭いました。その後、徳川家康により再興され今に至ります。寺ん勢、常に塞翁が馬・・?(oyaji gayag・・寒)


        ........(左) 恵林寺のお堂と三重の塔  (右)立派な庫裡(kuri)をもつ寺務所.....
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恵林寺の社務所は立派な庫裡建築を誇っています。京都では大規模のものは有名な寺で幾つか見ることができますが、山梨県の寺ではこれほどの大きな庫裡を見ることはなかなかありません。


    ....... 庫裡の庭には「平等性智の前庭」。鬼瓦が鎮座し、鶏が放し飼いにされていた。.....
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恵林寺を訪ねるにはJR塩山駅が最寄りの駅ですが、駅前にも見所がありますのでもう一つご紹介。
「甘草屋敷」と呼ばれる広い庭を持つ旧高野家住宅があります。ここは豪農の邸宅だったのでしょう。
調べてみると高野家は、江戸時代に薬用植物である甘草の栽培をして幕府に納めていた家とのこと


         ........ 重要文化財旧高野家住宅「甘草屋敷」の立派な外観と大広間.....
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       .......JR塩山駅前には立派な名家の屋敷、ここにも「信玄像」が鎮座していた。.....
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帰りはJR塩山駅から乗車し東京へと戻ります。おっ、ここにも信玄像が座して睨みを利かしている!
ところで塩山は合併で何市になったんだっけ?「甲州市」・・。冒頭にも嘆きましたが、山梨市・甲斐市・中央市・笛吹市、ア~モ~、さっぱりわからん!昔の地名(塩山・勝沼・石和)の方が余程イメージが湧く。





★甲府市内の歴史深い古刹

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甲府市内にも歴史ある素晴らしいお寺が沢山ありますが、甲府市内にも何と善光寺があるのです。長野善光寺と形はソックリだが、でも色はオレンジに彩られて全く違う!ここに鎮座した由来は、信玄が「川中島合戦」の際、善光寺の焼失を恐れ本尊如来や諸仏宝類を甲府に移し奉遷したことに始まります。

                          
  ......「甲斐善光寺」はオレンジ色が特徴的!川中島合戦前に長野「善光寺」から宝物が移された。.....
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確かに川中島合戦時の戦陣配置を確認すると、信玄は海津城に陣を張っており、信濃善光寺は上杉謙信側の拠点となっている。合戦開始前に多くの宝物を甲斐に持ち出したとは・・、何としたたかだネ~


   ......(左).本家・長野「善光寺」は渋いこげ茶色 (右)川中島合戦の善光寺の位置地図.....
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金堂中陣天井(吊り天井)には、巨大な「鳴き龍」が二匹描かれています。その下に立ってパン!と手を叩くと不思議なビィーンという反響音を聴くことができます。これぞ「鳴き龍」の名の所以なのであります。


       ......甲斐善光寺の本堂には、吊天井の「鳴き龍」。多重反響現象による共鳴音.....
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甲府市内にある「酒折の宮」の歴史由来は相当古い!日本武尊が東夷平定の帰りに「酒折の宮」にて慰労宴を行い、武者達に連歌問答した言い伝えから「連歌発祥の地」と云われ、石碑も残っています。


       .......(左) 日本書紀に記載される「酒折の宮」 (右)「連歌発祥の地」の石碑.....
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甲府駅の北口近くに「五重の塔」があるのを御存知ですか?注意していないと気づきませんが、電車の窓から見ることができます。信玄が追放した父・信虎の妻の菩提寺「長禅寺」境内に聳えています。自分の夫が、息子と憎しみ合い故郷を追われた悲劇を見て「大井夫人」は相当涙を流したことでしょう。
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     ........(左) 「長禅寺」正門 (右)甲府駅前近くに立つ五重の塔(中央線車窓から見える).....
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★その他、信玄に所縁深い寺社・史蹟


最後に甲府を離れたエリアの信玄に所縁深い寺社史跡を追記します。まずは「甲斐・浅間神社」、「せんげん」様は富士山を崇敬する神社ですが、笛吹市(甲府市の東)にあるこの神社は「あさま」と読むようです。甲斐の国を治める者にとって富士は正に守り神・・!本殿には雄々しい富士の雄姿の額縁が・・


       .......信玄が崇敬した「甲斐・浅間神社」には、富士山の額縁が飾られている。.....
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信玄の軍師はご存知「山本勘助」。彼の生涯は謎に包まれますが北杜市山本家に「勘助の墓」がありました。信玄と側室「湖衣姫」との間に入り、主君に忠誠を尽くしながら姫を恋い慕う勘助がいじらしい。


    ...... 「山本家」(北杜市高根)の庭に眠る「山本勘助」の墓(一般公開されていなかった).....
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そして故郷・諏訪の地を攻められ、信玄の側室にされてしまった「湖衣姫」(諏訪御料人)、信玄を憎み続けながらも信玄の後継者・勝頼を生んだ悲劇の姫。その墓は当然、諏訪湖近くで祀られていました。
この訪問記事は諏訪シリーズで紹介したいと思います。いつになるかわかりませんが・・、多分来年以降


    ......信玄の最愛の側室「由布姫」に所縁が深い「小坂観音」(諏訪市)の神社本殿.....
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        .......「諏訪御料人」(由布姫、湖衣姫)は静かな諏訪の杜の中で眠っていた。.....
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戦国時代のTVや映画では無敵の「武田騎馬軍団」が有名ですが、実際には存在しなかったという説が有力。ポニーの如く脚の短い甲斐駒に跨った騎馬武者一人に対し、数人の農民が周りを固めた歩兵単位で行動していたらしい。ドラマではそんな姿じゃ絵にならんので脚色されているのかもネ・・(苦笑)


        .......(左)「武田二十四将」と騎馬軍団 (右下)甲府駅前の「ライトアップ信玄」.....
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でも忠誠心の篤い「武田二十四将」のもとで農民を組織的に駆使したことは事実。やはり地元をよく治め、戦に勝てば人民に還元する姿勢がモチベーションUPに繋がって、強力なる軍団が築けたのでしょう。
信玄と謙信、こらからも2大英雄(優れたライバル同士)の史蹟訪問の旅を少しずつ紹介していきますネ。

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                                                          おわり





次回は、岐阜の200名山「大日ケ岳」&「郡上八幡」の記事を紹介いたします。
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  by rollingwest | 2011-08-03 00:00 | 上杉・武田の史蹟めぐり | Comments(46)