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<2014年1月>2012山陰山陽の旅⑦:三瓶山~物部神社、世界遺産・石見銀山

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★国引き神話・石見の名峰「三瓶山」

一昨年秋(2012)に訪問した山陰山陽の旅記事は2年目に入りましたが、いまだ山陰でウロウロしています。奥出雲を十分堪能した後は三瓶山麓を通過し石見国へ!「物部神社」と世界遺産「石見銀山」を訪ねて鳥取・島根県レポートは7回目、ついにLASTを迎えますが山陰は本当に奥が深い・・と再度認識


   .....(左)島根県ラストは石見方面へ (右)草原道を抜け「三瓶山」(sanbesan)へと向かう......
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               山陰旅⑥:「奥出雲探訪」(出雲帝国遺跡&砂の器ロケ地)の記事から続く

奥出雲では一日中雨でしたが、三瓶山の麓に来ると曇りがちながらも徐々に天候は回復。頂上部はガスに覆われていましたが、12年前(関西在住時)に三瓶山に登ったことを懐かしく思い起こしました。


 .......(左)三瓶山の牧場登山口 (右)三瓶山に登った2002年は当時40代半ば、若かった・・.......
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職場先輩と車で宝塚から中国道三次IC~R54経由で三瓶牧場へと向かい、定の松登山口から登頂。大山・蒜山と並ぶ山陰の名峰は「石見富士」とも呼ばれますが、山頂からの風景は穏やかな印象を受けました。男・女・子・孫の家族がつく山々は緑に覆われ、中央噴火カルデラをグルリと囲んでいました。


     ......(左)頂上部でガッツポーズ! (右)三瓶の峰々は家族に見立てた山名が・・.......
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山陰記事で何度も紹介しましたが出雲風土記・国引き神話で三瓶山が登場します。ヤツカミズオミツノミコトが大山・三瓶山を杭にして綱をかけ離島を引き寄せて出雲国にした神話。島根半島の地学形成史から見れば大山・三瓶山の噴火土砂が蓄積され砂州の長浜が成長し陸続きになったと推定されます。


    .......三瓶山と伯耆大山は国引き神話の山、この山を杭にして島を綱で引き寄せた.......
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                                  「鳥取・大山」(古事記神話)の記事 

 .......(左)雨上り後に大田市から遠望 (右)稲佐浜からは海に浮かぶ三瓶山が神々しかった......
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三瓶山の周辺には多くの温泉と湧水が点在しています。山麓から湧き出す地下水は苔蒸した岩のすき間から流れ出ており本当に美味かった!雪が多い山から供給される水と火山溶岩の地下構造が涵養保水能力を高くしています。近くには清水地でしか育たないわさびの田んぼが沢山ありました。


   .......(左)緑と水に恵まれた湿原 (右) (2002年)三瓶山頂は家族ハイカーが多かった.......
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三瓶という聞き慣れない名前の由来は「出雲風土記」には佐比売(sahime)大明神の山と記され、天から三つの瓶が降りてきて山麓に水が湧いたと神話があるとのこと。佐比売が転じた名前なのかも・・


      ......12年前に撮影した三瓶山の全体峰、当時の貼り合わせ写真がややレトロ.......
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★石見に鎮座する「物部神社」、古代ミステリー「物部神道」


「石見国一宮」と称される「物部(mononobe)神社」は、祭神は物部氏の祖とされる「饒速日(nigihayahi)命」と長子である「字摩志麻遅(umasimaji)命」で地元では篤く崇敬されています。字摩志麻遅命は神武天皇東遷の時に忠誠を尽くし、日本で最初に鎮魂・占い・呪い祈祷をした人物と云われています。


    ......「物部神社」の威厳ある鳥居、日本の歴史から抹殺された物部氏には深い謎が・・.......
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本殿は出雲大社に次ぐ巨大な大社造り(高さ16.3m)で堂々たる威容!神紋は赤い太陽を背景にした鶴(境内にも立つ)は「日負い鶴」と呼ばれ、宇摩志麻遅命を石見国に降臨させた鳥とのこと。物部氏の総氏社は奈良「石上神宮」(大神神社の近く)ですが、表裏一体を為す古代ミステリー神社なのです。


  .......(左)物部神社の本殿 (右)古代豪族・物部氏の祖・饒速日命(nigihayahinomikoto).......
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物部氏が日本史上での有名史事は仏教が日本伝来した6世紀に起きた「崇仏論争」(廃仏戦争)です。強硬な排仏派だった物部氏は蘇我氏(崇仏派)と対立し物部守屋は蘇我馬子に敗れてしまいました。その後「大化の改新」(蘇我氏滅亡)で一時復活(物部氏の流れを汲む石川麻呂が左大臣)したものの、藤原不比等が右大臣に就任してからは再び権力闘争に敗れ衰退の一途を辿っていくのです。


      .......物部尾輿時代に一族の繁栄を極めたが、崇仏戦争では蘇我氏に敗れる.......
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「古事記」「日本書紀」に物部氏の記載は一切なく抹殺されましたが、実は物部氏は天皇家に次ぐ強大な力を誇った大豪族だったのです。物とはモノノフ(武士→軍事力)やモノノケ(物の怪・鬼→呪術)等の語源で、その両方を掌握する絶対的存在でした。しかし権力を握った藤原氏(不比等)は記紀を編纂させる際に歴史を捏造し物部を完全抹消したのです。まさに歴史は勝者により作り変えられる・・


 ......神社本殿にも「日負い鶴」が!籠目の唄「鶴と亀が統べった」は物部氏・秦氏の統合を現す.....
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天皇外戚として大繁栄を遂げた藤原氏は、天孫族(現天皇家祖先)こそ神武天皇の万世一系(正当王朝)と見せかけるため出雲史と物部神道を抹殺し捏造しました。しかし出雲国譲りの大神殿造営や伊勢神宮遷座の理由は、出雲・物部氏を蔑ろにした祟りが起き天皇家が畏怖したからと云われます。


     .....崇神天皇時代に大物主の呪い ・祟り発生、大神神社(三輪山)・伊勢遷宮へのトリガー.......
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                        「出雲大社&伊勢神宮」(日本神話に潜む謎の関係)の記事

全国で疫病・天災が広まり、崇神天皇夢枕に「大物主」が現れ「わが子孫・大田田根子に大和で我を祀れば治まる」と告げ日本最古の「大神神社」(三輪明神)が創建、天照大神は伊勢に遷宮しました。「大物主」(別名:大国魂大神)は強大な鬼・祟りの神、正式名は「天照国照彦火明櫛玉饒速日命(nigihayahinomikoto)」。物部神社は正に古代天皇が畏れた祟り神(物部氏の祖)を祀っているのです。


       .....「大物主」とは物部氏の主、強烈なモノ(呪い・祟り)の主の意味を持つ.......
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各種古代史ミステリー本を読むと更に信じ難い様な話が語られています。天皇家の祭祀・秘儀を司る謎の組織「八咫烏」(裏天皇)が存在し、天皇に対して存在目的・将来的に成すべきことの預言・儀式教授をしているらしい。また皇太子が天皇を継承する大嘗祭は全て「八咫烏」が祭司を仕切るとのこと。


   .....日本人ルーツや神社はユダヤが由来と解説する著書は実に多い(すぐに信じ易いRW).....
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「八咫烏」(鴨族)は京都の上賀茂・下鴨神社で天皇祭祀を司り、祭祀や神社のルーツは古代イスラエル(物部氏)や原始キリスト教(秦氏)にあると云われます。また物部氏の正体は秦・始皇帝時代に不老不死の薬草を求めて日本に2度派遣された「徐福」の集団だというのです。徐福伝説は全国に痕跡が残る・・


      .......「徐福」は秦・始皇帝に「不老不死の薬を探せ」と命じられ、日本に2度渡来.......
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日本古代史にはもっとさらに信じ難い様な深い話が沢山あり、一遍には書き切れません。今後RWが古代史に纏わる全国パワースポットを訪問する度にミステリーの裏側へ徐々に迫っていきたいと思います。


   ......物部神社には鎮座する伝説的種牡馬「パーソロンの像」(名馬シンボルルドルフの父親).......
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古代史ミステリーに全く関係ありませんが、神社には伝説的種牡馬「パーソロン」(史上最強馬シンボルルドルフの父親)の像がありました。馬主が物部神社の氏子という縁で寄贈したようですが、祭神「字摩志麻遅」(ウマシマジ)を祀る神社なので由来もあるような・・。今年はウマ年、幸運に駆け抜けていきたい!

                             「奥出雲」(スサノオ・八岐大蛇伝説の史蹟)の記事



★世界遺産「石見銀山」を歩く

島根県レポートの最後を飾るのは「石見銀山」!2007年7月にアジア初の世界遺産に登録された鉱山遺跡は、1526年に九州の豪商によって発見され1923年まで400年間に渡って採掘されてきました。


    .......(左)石見銀山駐車場前の鉱山モニュメント  (右)世界に流通した日本産の高品質銀貨.......
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世界的な経済や文化の交流を生み出したこと、環境に配慮し自然共生した鉱山運営をしていたことが特に評価された世界有数の鉱山遺跡。ここを訪れた時刻は14時半となり、結構急いで廻りました。


       .......(左)石見銀山で栄えた街並、赤瓦で統一感 (右)お寺の屋根も石州瓦.......
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島根県西部の石見地方に入ると、赤茶色の屋根が目立つ美しい町並だということに気付かされます。山陰の山間部は雪深く、日本海沿岸部は台風通過や冬の荒波で厳しい天候。この環境に耐えうる頑丈な石州瓦は400年の伝統を持ち、日本第2位の瓦生産力で繁栄してきた地場の主産業です。


    .......(左)重要文化財「熊谷家」の外観  (右)和風にも洋風にも似合うオシャレで美しい瓦.......
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       .......「熊谷家」商家の内部は実に豪華、世界に銀を輸出した栄華の跡が!.......
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石見銀山の散策コースには、「銀山地区」(鉱山史蹟がメイン)と「街並地区」(繁栄の街通り)の2つがありますが、銀山地区に重点を絞り石見銀山公園から「龍源寺間歩」(通り抜け坑道)へと向かいます。


       .......(左)石見銀山・大久保間歩 (下)風情ある街並  (右)散策コースMAP.......
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龍源寺間歩までは周遊バスと遊歩道(徒歩40分)がありますがウォークトライ。残された時間も少ないので相当早足で登って行きましたが結構歩き甲斐があるコースだ!遊歩道散策というよりハイキングに近い・・


     .......(左)石見の紅葉は見頃を迎えていた  (右)龍源寺間歩へと向かう小川の道.......
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石見銀山には大小約600の間歩(坑道)がありますが、現在一般公開されているのは「龍源寺間歩」のみ。江戸中期以降に開発された間歩は代官所が管理する幕府直営で石見銀山を象徴する遺坑道。壁面には当時のノミ掘削跡がそのまま残っており当時の採掘作業光景がよく伝わってきます。


       .......(左)「龍源寺間歩」の入口  (右)間歩(坑道)の中はまさに鉱山洞窟.......
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戦国時代から近代まで高品質銀を大量産出し、幕府・諸大名の経済基盤を築くとともに日本鉱山技術の確立に大きく貢献しました。石見銀は16~17世紀にかけて国際貿易の主役となり東西の経済・文化交流を生み出したこと、環境を維持する精練法だったことが世界遺産として認められた点です。


     ......(左)石見銀山世界遺産センターの精錬所ジオラマ (右)戦国諸大名と銀山の関係図.......
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       .......(左)ポルトガル宣教師の石見銀山地図  (右)16世紀世界の銀の流通ルート......
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戦国期は数百貫に過ぎなかった年間産出量でしたが、徳川幕府の直轄地以降は4千貫近くに達する程に石見銀山の銀産出は増えていきました。比例するように間歩群はさらに掘られ長く奥へと延びていきました。ピーク時の年間作業者数は20万人、車馬が昼夜を問わず往来した大繁栄だったとのこと


       .......真っ暗な地下を掘り進む作業は本当に危険で過酷だったのだろうなあ・・.......
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龍源寺間歩から約1km離れた遊歩道に入り「清水谷製錬所跡」へとアプローチ開始。山道を登り6kmのウォーキングを覚悟しなければなりませんが、ここは是非とも訪れてみたい場所。明治時代の先端技術による製錬所遺跡で壮大な石積み遺構が残っています。何か中南米の古代遺跡の様な雰囲気が!


      .......「清水谷精錬所跡」は明治26年に建設され僅か1年半余りで閉鎖された遺構.......
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もう16時となり「町並み地区」コースはゆっくり楽しむ余裕がなかったものの、国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されている町並みはやはり素晴らしい。素朴な風情の中にも誇りと威厳がある・・


          .......(左)夕暮れの下河原吹屋跡 (右)途中には立派な石垣のお寺.......
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          ......長い歴史の積み重ねの中で石見銀山独特の街風景が形成された.......
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石見銀山でユニークな雰囲気を醸し出しているのが銀山公園脇にある「羅漢寺」、銀山で働いて亡くなった人々の霊を供養し銀山の安全を祈願するため、石窟の中に500羅漢石仏が造営されています。


       .......(左)羅漢寺の象徴風景「反り橋」  (右)寺正門前の立派なイチョウ大木......
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早朝6時前出発、奥出雲を巡り石見の国と、神々の山里や世界遺産を夕方暗くなるまで廻り島根県を十分堪能できました。やはりこの国は謎に満ちた日本の起源を体験できる魅力満載の場所でした。


    .......夕暮れの「江の川」(山水画の如し)を渡り、浜田自動車経由で山陽方面へと向かう.......
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     .......(左)出雲・石見の国よ、いざさらば! (右)島根県は実に奥が深かった・・!.......
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山陰山陽の旅は7回目のレポート記事を重ねましたが、次回はいよいよ山陽(広島・岩国)へと入り「厳島神社」や「錦帯橋」などを紹介します。本シリーズは当分お休みして続きの公開は秋になる予定です。


                           出雲大社訪問&山陰・山陽への旅(プロローグ記事)


                                                          おわり

  by rollingwest | 2014-01-25 00:00 | 山陰・山陽の旅 | Comments(88)

<2014年1月13日>「品川区探訪」(後編):南品川・大井・大森・お台場・荏原

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久々に都心散策シリーズを復活したいと思います。品川区の変貌をとげゆく姿を前回レポート(北品川・八ツ山橋、立会川・鮫洲)してから早くも1年が経過してしまいました。後編は旧東海道のレトロな雰囲気が残る寺社、鈴ヶ森刑場、公園見所、ウォーターフロントお台場風景などを織り交ぜて紹介しましょう。

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                           「品川区探訪」(前編)):八ツ山橋・北品川周辺~品川神社




★旧・東海道の風情溢れる寺社通りを行く
               

前編紹介の通り、最近はハイテク都市のイメージが強い品川区(駅は港区)ですが、本来の姿は北品川などに見られる旧・東海道のレトロな宿場町、由緒ある寺社、係留船の運河などが原風景。でも現在は目を凝らして意識的に探さないと、景色に埋没してしまって気が付かないものが多いのも現実・・
    
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南品川の「海晏寺」は鎌倉時代に漁師網にかかった鮫の腹から観音像が出てきたので執権・北条時頼がこの地に寺を造営し海の平安祈願をしたので「鮫洲観世音」と呼ばれているとのこと。境内には岩倉具視・陸奥宗光等の著名人の墓があり、江戸時代から紅葉名所として賑わったそうです。



    .......(左)風格が漂う「海妟寺」の本堂  (右)岩倉具視・陸奥宗光など著名人の墓.......
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江戸末期から「品川の荒神様」として親しまれる「海雲寺」は青物横丁駅から徒歩2分の所にあります。「千躰荒神王」という聞きなれないインドの神を祀っているらしい。仏法僧の三宝を守護し、火と水を守る神なので台所に祀れば一切の災難を除き衣食住に不自由なしと崇拝されているとのこと


      ........(左)防火の神を祀る「海雲寺」本堂  (右)天井の奉納額は実に立派!.......
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「品川寺」(honsenji)は、南品川三丁目にある真言宗のお寺で、本尊は水月観音と聖観音を祀ります。江戸33ケ所観音霊場の第31番であり、東海七福神の毘沙門天に位置付けられているとのこと


     ........(左) 江戸33ケ所観音霊場第31番「品川寺」 (右)立派なお地蔵様が鎮座.......
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        ........(左)品川寺(東海七福神)  (右)境内には中国風の建物もある......
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江戸城を築いた太田道灌により伽藍が建立され、境内の銀杏大木は高さ25m、幹周りも5mを越え推定樹齢が600年との古木だとのこと。それだけに当寺の歴史が深いということが分かります。


             ........波乱万丈の末、海外から品川へと戻った観音鐘楼.......
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ここには観音像が刻まれた立派な梵鐘があります。幕末に海外へ流出しパリ万博(1867)とウィーン万博(1873)に展示され、その後所在不明となっていたらしい。寺の住職が探し求めスイスの美術館に所蔵されていることを突き止め返還してもらったという逸話が・・。こんなにも流浪した鐘も珍しい!





★品川区の見所公園

しながわ区民公園は1987年にオープンした「花と水の緑の広場」をテーマとした総合公園で、5つのテーマ(桜・スポーツ・噴水・潮・遊び場)の広場で構成されています。野球場・テニスコート、屋外プール、キャンプ場の施設、アドベンチャーウォークや子供の遊ぶエリアも充実しており、品川区民の憩いの場となっています。


          ........(左)しながわ区民公園は緑が多い! (右)初夏の噴水公園.......
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噴水公園中央には、水を高く噴き上げるクジラの噴水があります。また日本庭園には水の広場が・・。人に馴れきって餌をもらうカモメが飛び交い、海鳥にとっても寛ぎ憩いの場所であるようだ。


         .......冬の日本庭園で人に馴れたカモメが飛び交い餌付けされていた.......
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「しながわ水族館」は平成3年開設、品川の海や川にかつて生息した生物と直接触れ合う水族館で。イルカ・アシカのショーもあり子供たちの大人気!公共施設なのでお値段もリーズナブルで行きやすい。


              ........(左)品川水族館  (右)水族館のアクアドーム道.......
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大井・大森の臨海部には競馬場と大井公園があります。バブル期に入りJRA(中央競馬)は若者にも人気が拡大した競馬ですが、公営ギャンブルの方は労働者イメージが強く、大井競馬場は売上低迷に陥りジリ貧の一途を辿っていました。しかし大井競馬は1986年起死回生策を打ち出したのです。


    ........(左)東京シティ競馬・大井競馬場の外観  (右)煌めきの華やかなさ「トゥインクルレース」.......
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それは日本初のナイター競馬「トゥインクルレース」。美しい照明に彩られ従来の競馬場からはイメージを一新!若者層にターゲットを絞って大成功!今は「東京シティ競馬」として人気デートスポットになっています。その隣には大井公園があり、かつて土佐藩屋敷跡なので藩主「山内容堂」の墓が眠っていました。


     .......大政奉還へプロデュース役割を果たし鯨飲公(大酒飲み)と呼ばれた山内容堂の墓......
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「大森貝塚」は縄文後期遺跡で国の史跡に指定されています。多くの貝殻、土器・土偶・人骨、鹿・鯨の骨、縄文代日本の姿を窺い知る出土品が多く発掘され日本初の考古学的調査が行われた場所。発見したのは米国の動物学者モース、横浜に向かう汽車の窓から貝塚を偶然見つけたのです。


             .......大森貝塚公園には発見した科学者モースの像が座る。.......       
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モースの発掘調査は日本の人類学・考古学・縄文時代の再評価に大きく貢献しました。日本初の貝塚調査という考古学史の重要性もさることながら、東京のド真ん中23区の海岸部から有史以前(縄文時代人)の生活痕跡が発見されたことが当時は驚愕ニュースとして日本中を騒然とさせたようです。


      .......(左)エドワード・モースの肖像  (右)貝塚の堆積跡(古代日本人のゴミ捨て場).......
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★品川区のお台場、臨海部の未来都市風景

お台場エリアは港区・江東区のイメージですが意外なことに、西端部(潮風公園・船の科学館)は品川区(八潮東)に属します。天王洲アイルと東京湾を挟んだ対岸の高層ビル群埋立地が今のお台場です。


    ........南品川埠頭から撮影したレインボーブリッジと東京湾高層ビル群風景(対岸がお台場).......
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       ........(左)品川運河と天王洲アイル (右)東京海洋大学(旧・商船大学)の帆船.......
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1970年代でお台場を象徴する建物といえば「船の科学館」しかありませんでした。37年間に渡り船に関する博物館として賑ってきましたが老朽化に伴い2011年9月末で閉館しました。しかし今も南極観測船「宗谷」展示公開と屋外展示場での収蔵物展示を中心に博物館営業は継続しています。


                                  2011年9月「さようなら、船の科学館」の記事 

    .......2011年閉館となった「船の科学館」、南極観測船「宗谷」&青函連絡船「羊蹄丸」.......
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        ....... 船の科学館展望台から見た潮風公園と未来都市・東京ベイの絶景.......
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「船の科学館」の隣には、2009年夏に「ガンダム」像が聳え立っていた「潮風公園」があります。目前には東京港湾施設・天王洲アイル・レインボーブリッジが目の前。殆ど知られていない公園ですが穴場!


    .......潮風公園の広場風景、2009年にガンダムが屹立していた場所と言えば納得かな!.......
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お台場が品川区とは意外と書きましたが、よく考えてみれば名称はペリー来航を契機に攘夷目的で黒船対抗の砲台場を品川沖に設けたことが由来、当然のことかも・・。立会川駅前には竜馬像が立っていますが、2020年五輪開催に向けて大変貌する東京臨海部の姿に目を丸くすることでしょう。


 ......(左)ペリー来航で国内騒然!品川沖設置の砲台群 (右)立会川駅前の浜川砲台跡&竜馬像.....
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★再び、江戸時代の品川にタイムスリップ!


品川には東京都の心霊スポットとして有名な「鈴が森刑場」跡がヒッソリ佇んでいます。ここは荒川・小塚原刑場と並ぶ江戸の処刑地(1651~1871年)ですが、火炙り・磔りつけ・水磔・鋸引き・さらし首などが堂々と実施されました。220年間の累計処刑者数は20万人近くになるらしい。あな恐ろしや~!


   .......(左)数々の罪人が処刑された「鈴ケ森刑場」跡の石塔 (右)鈴ケ森刑場の古地図......
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鈴ケ森へと渡る「浜川橋」は「泪橋」とも呼ばれました。荒川区の南千住を探索し「小塚原刑場」を訪ねた時にも同地名(「あしたのジョー」で登場してくるあの泪橋・・)があったなあ・・。「立つんだジョ~」!


         ........浜川橋(泪橋)は罪人が刑場(あの世)に向かう涙の渡り橋.......
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                             荒川南千住の「小塚原刑場」「泪橋」訪問の記事 

罪人の中には濡れ衣や謀事で無念の内に命を断たれた人も多かったことでしょう。鈴ケ森刑場には無数の怨念が残り、処刑された罪人の幽霊が出るとの噂が今も絶えないようです。江戸を火の海にした「八百屋お七」の火焔台もあり、命日の夜には「衣が欲しい」と言いながら彷徨い出てくるとか・・


    ......(左)鈴ケ森には浮かばれぬ霊が・・ (右)八百屋お七が火炙りにされた「お七火炎台」.......
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京浜急行の新馬場駅から目黒川に沿って河口部へ進むと、品川の総鎮守だったという「荏原神社」が鎮座しています。709年に大和から勧請されスサノオを祀っていると云う古社。社前には目黒川にかかる赤い鎮守橋があります。この由緒ある神社には明治天皇も行幸で宿泊された行在所が!


          .......品川の旧東海道の運河沿いの道は人も疎らで静かな散策ができた.......
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    .......(左)荏原神社(新馬場近くの川沿いに佇む) (右)神社脇に明治天皇行幸の行在所.......
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★おわりに

昭和29年(1954)、世界に誇る大怪獣ゴジラ(初代)が東京(品川・八つ山橋)の初上陸以来、60年目の節目を迎えます。還暦を迎えたゴジラを祝し再び米国がハリウッド版GODZZILAを公開する予定。前回のトカゲみたいな奴じゃなく、貫禄漂う日本ゴジラを忠実に再現する予感・・大いに期待したい!


   ......1954年にデビューした水爆怪獣ゴジラ品川・八ツ山橋に上陸し東京を恐怖に陥れた.......
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   .......そして還暦を迎える2014年、3D映像となったゴジラは米国を襲い世界を震撼させる.......
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                             2014年ハリウッド映画「ゴジラ」の情報はコチラから


これで品川区レポートを締めますが、新旧風景が入り乱れ話題もアッチャコッチャと取りとめもなく申し訳なし・・。高層ビルの未来都市風景にドンドン駆逐されてきている品川区ですが、ジックリ歩いてみると江戸時代の雰囲気や由緒ある寺社、水辺風景がまだまだ残っていることに気付きホッとしたRWでした。

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        ........(左)品川運河と係留船 (右)ウミネコに餌をやる人(クローズアップ).......
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                                                          おわり

  by rollingwest | 2014-01-13 00:00 | 近郊歩きのミニ旅 | Comments(72)

<2014年1月2日>霊峰富士と共に恭賀新年!静岡東部探訪(その1):「富士宮」編

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★恭賀新年(2014)のご挨拶

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皆様、新年あけましておめでとうございます!昨年は多くの皆様方とブログを通じて情報交換やコメント交流を楽しくさせて頂き、誠にありがとうございました。2014年新たな年を迎え本年も引き続きご愛顧の程よろしくお願いいたします。それでは早速に賀詞とともに新年記事をスタートさせたいと思います。


   .....新年はやはり霊峰富士!荘厳な富士山を眺望できる穴場SPOTの「田貫湖」(2013秋).......
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毎回、新年冒頭はワンパターンの如く「富士山」記事でスタートしていますが、昨年目出度く「世界文化遺産」に登録されたので今年も取り上げない訳にはいきませんネ~。昨年11月快晴日に富士山信仰のルーツを訪ね富士宮を訪問しました。沼津・三島・北伊豆も廻ってきたので数回に分けてレポートします。


   ......(左)昨年ついに世界遺産となった富士山 (右)世界遺産を今後目指す「韮山反射炉」......
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                            「湘南海岸・冬富士絶景ロード」(2013年1月) 




★霊峰富士を祀る最高格式「富士山本宮浅間大社」


小生は静岡市で3年間勤務(1999~2001)していたので富士宮・三島・沼津は公私ともに何度も訪問している場所ですが、久しぶりに行ってみたいという気持ちがフツフツと沸上がってきました。その理由は「富士宮浅間本宮大社」の近くに富士山信仰の原始的な崇拝場所があることを知ったからです。加えて新たな世界文化遺産候補として北伊豆「韮山反射炉」が急遽クローズアップされたことも契機でした。


   .....(左)東名大井松田IC付近からの富士 (右)今回は富士山・西南部のパワースポットを訪問......
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昨年11~12月は安定した秋晴れが続いており、快晴日を狙って朝早くから出発。東名高速ドライブでは大井松田IC付近で眼前に現れ迫りくる霊峰富士に毎回感動しますが、今日は雲なき青空に冠雪した優美な姿を見せており一段と素晴らしい~!東名高速から西富士道路を北上して富士宮市へ!


     ......「富士山本宮・浅間(sengen)大社」の大鳥居と冠雪富士の荘厳なる姿.......
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「富士山本宮浅間大社」は浅間(sengen)信仰の全国総社、富士山噴火の鎮静を祈願した垂仁天皇時代を起源として遷座した2千年の歴史を持つ由緒ある大社。毎回見る度に荘厳な霊峰富士と並び立つ大鳥居の威容に感動しますが、世界遺産指定後の名峰を仰ぎ見るとその思いは一層募る・・


       ......「富士山本宮・浅間大社」の脇を流れるせせらぎ川の源流は富士の湧水.......
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鳥居の右脇に流れる川はまさに清流水!「冠雪の霊峰富士から湧き出てくる水」を映す絶好アングルを見つけて早速にカメラを撮りまくり・・。この水は浅間大社境内の「湧玉池」(富士の伏流水が湧き出る池)から流れています。そして本宮大社には水を司る「木花之佐久夜毘売命」(コノハナサクヤヒメ)が富士噴火鎮静の御神体として祀られているのです。水の神様だから富士の噴火を消すという訳ですな・・


          .......「赤い楼門」をくぐりぬけて玉砂利を踏みしめがら本殿へと向かう.......
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威厳ある真っ赤な楼門をくぐり本殿へと向かいます。「コノハナサクヤヒメ」」は大山祇神の娘で天孫降臨の主役「瓊々杵尊」(ニニギノミコト))の奥様でもあります。火山噴火も鎮めてくれる物凄いパワーの女神様は火除・縁結び・安産・航海・農漁業の守護神としてもご利益があり全国的崇敬を集めているとのこと


    .....「富士浅間大社本殿」に祀られる女神は「コノハナサクヤヒメ」、楼門の富士絵画が印象的.......
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「富士本宮浅間社記」によれば第7代孝霊天皇時代の富士山大噴火で住民は離散し荒廃した惨状が長期化したと記されています。憂いた垂仁天皇は山霊を鎮めるために浅間大神を祀りました。信州・浅間山は活火山として有名ですが、古語で火山を「アソ」「ウス」と発音したことでその呼称が今も全国の活火山(阿蘇・浅間・有珠)の山名として残ってきたのです。富士浅間は「センゲン」と読み替えた訳か・・


  .......(左)本殿内部には朝の清らかな空気が・・ (右)朝早くから神事準備に忙しい巫女さん.......
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富士を祀る浅間神社は全国に多くありますが、富士宮の本宮大社は朝廷から篤い尊崇を受け、延喜の制では名神大社(駿河国の一宮として勅使の奉幣・神領の寄進を受けているNO1の格の高さです。富士吉田(山梨)にあるのは北口本宮浅間神社、コチラは富士講の総社で庶民の人気NO1かな・・


                                     山梨県の富士山(祝・世界遺産) 

        .......祝言・喜びの日を迎えた新郎新婦、霊験あらたかな神社で厳かに挙式.......
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いよいよ「富士山御霊水」とも呼ばれる「湧玉池」へと向かいましょう。本宮浅間大社の境内の地下は巨大な溶岩洞窟で形成されており、ここから1日約20万トンもの富士山の伏流水が湧き出ているのです。かつては富士登山者の禊ぎにも使われていた池で国の特別天然記念物にも指定されています。


   ......富士山本宮浅間大社の象徴SPOT・御霊水「湧玉池」、富士山伏流水がコンコンと湧く.......
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富士の高嶺に降った雪や雨はすぐに川となって流れ出すのではなく一旦地下の溶岩洞窟に入り込み伏流水となって何百何十年の後に湧き水として地上に流れ出してくる仕組みとなっています。富士山湧水はバナジウムを多く含む超軟水であり、和食素材に合うと云われています。地下に浸み込んだ伏流水は長い年月をかけて岩のフィルターで濾過されて癖がなく、日本人の味覚にマッチしているのでしょう。


         ......高い透明度の澄み切った水面を水鳥たちが気持ちよさそうに泳ぐ.......
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富士山周辺には湧水Spotが多くあり、「湧玉池」の他に「忍の八海」や「柿田川湧水」が有名。三島も水に恵まれて鰻が旨い。本栖湖・西湖・精進湖の地下は繋がっており湖面標高は常時同レベルです。

                                     「冬富士展望登山&柿田川湧水」 


         ...... 湧水の池には赤い橋がコントラストをなして大いに映えていました.......
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垂仁天皇によって祀られた山霊鎮静の社(浅間大神)は現在地から北側に6km離れた「山宮浅間」(下に記述)という場所にあったのだそうです。現在の壮大社殿は有名な初代征夷大将軍「坂上田村麿」が平城天皇の勅命を奉じて平安時代(806)に山宮社から遷座して造営した経緯にあるとのこと


    ......全国の浅間神社の総社「本宮大社」、どうか富士山が噴火しませんように・・(祈).......
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★「山宮浅間大神・遥拝所」&「人穴富士講遺跡」


いよいよ本日の最大目的「山宮浅間神社」へと向かいます。富士周辺の見所は殆ど訪ねたつもりでしたが、「富士山信仰のルーツ」が「白糸の滝」の近くにあったとは恥ずかしながら今まで知らなかった・・


    ......富士山信仰のルーツ「山宮浅間神社」!山岳遥拝の痕跡が残るアミニズム・原始的神社......
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日本武尊」(ヤマタケル)が景行天皇(第12代)に蝦夷征伐を命じられて東征を進め駿河を通過した時、敵に野火を放たれましたが富士浅間大神に脳裏祈念し窮地を脱しました。有名な「草薙の剣」の伝説ですネ~。ヤマトタケルは富士山麓に到着後、山宮を参詣し篤く浅間大神に感謝したと伝えられています。


     ...... 灯篭立ち並ぶ参道を行くと山宮浅間の神門、ここから石段を登ると遥拝所が!.....
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山宮浅間神社には社殿が存在せず富士山自体が御神体、アニミズムの雰囲気が漂うパワースポット。古代祭祀の原初形態(山や磐石を直接崇拝)から現在に至るまでの足跡変化を伺い知ることができます。


      ......これぞ山宮浅間神社の「富士山遥拝所」(山自体を御神体とする自然崇拝).......
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富士山を直接崇拝・祭儀の遥拝所が設置される以前(縄文・弥生時代)は自然畏敬のアニミズム祭祀の痕跡が多く点在していたようです。自然を駆逐してきた現代人に怒りをなしてそろそろ富士山噴火が起こらなければいいが・・。折角、世界遺産指定されたので穏やかにお過ごし下さい・・と小生も祈願


 .....殆ど人が来ない寂しさ漂う神社だったのに世界遺産指定された途端に多数の観光客が!......
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富士宮に来たのだから「富士宮焼きそば」を食べようと思い立ち推奨店を尋ねてみたら、山宮遥拝所のすぐ近くの「にこにこ長屋」を紹介してくれました。どこにでもあるようなお好み焼き風の内装で、焼きそばもごくフツーという感じ。でもB級グルメの火付役だし世界遺産富士で大繁盛しているのでしょう。


     ..... 「富士宮焼きそば」(B級グルメの先鞭)、「にこにこ長屋」は地元では有名店らしい.......
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                                    名峰レビュー:「富士山」(その1)   

さて次はもう一つの穴場スポット「人穴富士講遺跡」を訪ねてみました。富士山周辺には溶岩洞穴が多数存在しますが、ここは江戸時代に隆盛を誇った冨士講の聖地となった場所で洞内修行をする人も多かったらしい。神社境内へと続く石段左右には数多くの苔むした石碑や墓が林立し不気味な感じ


   ......(左)不気味な雰囲気漂う「人穴富士講遺跡」 (右)建物はまだ真新しい人穴浅間神社.......
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穴はどこ?と探してみたら、曰くありげな2つの石柱と石灯籠があり、そこから地下に伸びる石段、先には日光の届かない闇が見える・・。御霊の祟り・バチに当たらぬ前にそそくさ穴から立ち去りました。


   .......(左)ここが異界の入口とも謂われる「人穴」 (右)勝手に入った者には祟りがあるらしい.......
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洞穴には因縁伝説も多くあり、鎌倉期に源頼朝が仁田忠常に人穴探検を命じ家来が息途絶えたと云われます。歌川国重も浮世絵に描き、富士山ミステリースポットとして昔から有名だったことが伺えます。


    .....歌川国重が描いた浮世絵「仁田忠常・富士の人穴探検」、昔から話題のミステリースポット.......
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★富士絶景の穴場「田貫湖」、豪快優雅な「白糸の滝」


      .......富士山西麓の「田貫湖」(富嶽絶景の穴場)、写真家も絶景に見惚れていた.......
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富士宮北部にはまだ沢山お薦め場所があります。富士五湖には入りませんが「田貫湖」をご存知でしょうか?ここは「ダイヤモンド富士」が見られる絶好スポットとして最近人気沸騰の場所。今回で3回目の訪問ですが久々に湖畔をジックリ廻ってみよう。冠雪富士には雲がかかり始め、まるで絵画の様だ~!


     ......田貫湖は「逆さ富士&ダイヤモンド富士」が同時撮影できる名所!(解説板プレート).......
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                                   名峰レビュー:「富士山」(その2) 

田貫湖近くには名瀑「白糸の滝」があります。久しぶりだネ~ここに来るのは3回目。世界遺産指定で人出は多い!入口に豪快な「音止滝」が現れ、いつもながら豪快な水量で轟音を響かせていました。


        .......(右)紅葉の「白糸の滝」を遠望 (左)「音止滝」は豪快な水量だった......
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さて「白糸滝」へ向かおうとしたら何と散策コースの工事中で滝壺へは通行止めとなっていました。実に残念・・!過去に訪れた滝壺に接近した撮影写真を掲載しておきますので臨場感を味わって下さい。


 .....「白糸の滝」は過去2回訪問(1999/3月と2007/6月)、滝壺写真は過去撮影写真.....
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★富士市へと入る

富士宮の穴場SPOTを十分堪能した後は、再び西富士道路を南下して沼津・三島方面へと向かいました。富士宮南部は富士市、ここには戦国有力大名(今川・北条・武田)が三国同盟を結んだ舞台となった「善得寺」(現在は公園)があります。この同盟って歴史を振り返ってみると何だったのかネ~?


         .......戦国時代の三国同盟(駿河・相模・甲斐)は「善得寺」会談で実現.......
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富士川を挟んで東海道・東名高速越しに仰ぐ霊峰富士も実に素晴らしい絶景です。後編は田子の浦から見る富士、沼津港、沼津御用邸、霊験あらたかな三島大社、世界遺産候補となった韮山反射炉、源頼朝が蟄居した蛭ケ小島、鎌倉幕府の旗揚げ祈願をした伊豆山神社(熱海)などが登場する予定 


      .......(左)富士川鉄橋を通過する新幹線&富士 (右)東名高速道路&富士山.......
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最後に素晴らしいユーチューブ映像「♪富士は日本一の山~!」と一緒に「田貫湖富士」の雄姿を再びお楽しみ下さい。実はこのユーチューブ、我がブログに何度も登場頂く「ひろし爺」様が作成された力作なのです。色々な場所から季節の移ろいとともに霊峰富士を仰ぐことができる日本人って幸せですネ~!


    .......(左)田貫湖からの富士は絶景! (右)♪富士は日本一の山~......        
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                                     (その2)富士・沼津港・伊豆の国編へ続く


                                                         おわり

  by rollingwest | 2014-01-01 16:00 | 近郊歩きのミニ旅 | Comments(82)