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<2014年晩夏>越後・北信濃「飯山街道」(野沢温泉・小布施)経由の帰京旅

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★飯山街道経由で帰京、世界有数の豪雪地帯


今年は6回も柏崎帰省(過去最高回数)していますが、8月お盆・故郷からの帰京は飯山街道・北信経由の寄り道旅をしてみようと思い立ち、車で十日町・津南から長野・栄村ルートを辿って行きました。


        ......8月お盆帰省後は、飯山街道・北長野経由で小布施を訪問して帰京......
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新潟県(小千谷・十日町市)と長野県(飯山・長野市)を千曲川の流れに沿って結ばれる山奥の国道117号線は「飯山街道」とも呼ばれ、独特な風情が味わえます。まさに日本の原風景と言えましょう。


    ......山奥を滔々と流れる「千曲川」、豪雪が生んだ豊富な水は美味しい米を育んでいる......
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         ......「栄村」(長野・新潟の県境)にある「ふるさと村」に立ち寄ってみる......
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長野県「栄村」は隣接の新潟県「秋山郷」と並び世界有数の超豪雪地帯、江戸時代に「北越雪譜」(鈴木牧之著)でも紹介された当エリアは積雪7.8mの日本最高積雪を記録しており、平家の落人部落としても有名。「鳥甲山」や「佐武流山」など200名山の登山基地として何度か訪れた場所です。


   ....(左)「鳥甲山」(2005) 200名山登山で何度も訪問したなア・・ (右)「佐武流山」(2010).....
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当時登山で泊まった民宿で御主人に「2005豪雪は大変でしたね」と聞いたら意外な答えが・・「イヤ~あの時ヤ~、全国に注目されマスコミが取材にドンドン来て村は活気づいたヨ」「豪雪の生活写真はマスコミが6万円で買ってくれた」「秋山郷は雪が降らんと駄目なんだヨ。除雪仕事は地元の大事な現金収入で村の年寄りは長寿で元気だゾー、80後半の人も常に働いてるから皆ピンピンだ」、・・オソレイリマシタ~


          ......「栄村」(長野県)・「秋山郷」(新潟県)は世界有数の豪雪エリア.....
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                                  「佐武流山」登山(2010)の記事

      .....若者が大幅に減り、過疎・高齢の豪雪地帯での雪おろし作業は本当に大変・・.....
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当エリアはかくも元気なお年寄りに支えられているのかと感心しました。しかし高齢で健康をいつまでも維持することは難しいこと・・。若者はどんどん故郷を離れいつか限界集落として経済や生活が立ちいかない時代がやってくるものと思われます。永く残ってもらいたい日本の原風景の将来は・・?


      .....過疎と豪雪に悩む当地域もいつか限界集落となる日がくるのだろうか・・......
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★「野沢温泉」の温泉街を巡ってみる


飯山街道の途中に野沢菜やスキー場で有名な「野沢温泉」があります。ここはスキーで2回程来たことはあるものの夏は初めて・・、外湯巡りコースを辿りながら風情ある温泉街の散策を楽しんでみよう。


      ......(左)野沢温泉のシンボル「大湯」 (右)「麻釜の湯」など外湯巡りができる......
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          ......(左)河原湯  (中)温泉巡りMAP  (右)麻釜温泉公園......
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野沢温泉の湯を発見したのは聖武天皇時代の名僧「行基」と謂われ、古くから野沢の名湯は全国的に知られており、江戸時代には飯山藩主が別荘を建てたことから湯治場として栄えてきました。村内に30余りの源泉があり、温泉街では「外湯」と呼ばれる無料共同浴場が13ヵ所もあります。


              ......野沢温泉の街並みや路地は実に風情あり......
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当然本場の野沢菜漬けをお土産に買って帰りました。胡瓜漬物の5倍・茄子漬物の10倍のビタミンCが含まれる野沢菜はお茶との組合わせがよく抗酸化力向上に優れた効果を発揮するとのこと。そういや長野県は長寿で有名。野沢菜を食べてシャキシャキと働く健康的な人が多い土地柄なのかも・・!


     ......野沢温泉のお土産といえばやはり「野沢菜」、本場の味はやはり違う!......
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★北信濃の文化街「小布施」へ


さて野沢温泉をあとにして北信濃への旅と入ります。今年7月に登った黒姫山のエリアが近付いてきたぞ。北信五岳の名峰「斑尾山」が見えてきた!いよいよ憧れていた「小布施」の街へと入ります。


          .....野沢温泉から、千曲川に沿って北信濃「小布施」へと向う......
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        ......千曲川の河川敷から仰ぐ「斑尾山」(北信五岳)の絶景雄姿......
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                                        「黒姫山」登山(2014年夏)の記事

小布施は長野県北部に位置し、千曲川東側に扇状に広がる土地で美しい自然環境に恵まれた街。水はけ良い酸性土壌、寒暖差の気候条件も加わり、果樹栽培やブランド献上品「小布施栗」が有名。
市内には美術館・博物館が点在し、風情ある街並は観光客の人気が高く多くの人で賑っています。


   ......(左)当エリアはJRの5線や地方鉄道が犇めく (下)小布施栗 (右)風情ある白壁門の家......
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         ......(左)枡一市村酒造場 (中)小布施堂 (右)風情ある路地裏......
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小布施は江戸時代から人や物の往来が盛んで、「六斎市」など経済的に発展、それに伴い合わせ多くの文化人(葛飾北斎・小林一茶等)が当地を訪れて文化の足跡を街の中に数々残したのです。


                ......小布施のメイン広場(北斎亭)が一番賑う......
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★葛飾北斎の肉筆画を堪能!


       ......「北斎館」の入り口 何とここでは北斎の肉筆画が見られるのだ!......
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昭和40年代、「小布施の北斎」を世に出そうと様々な試み行ないその集大成が「北斎館」です。北斎が天井画を描いた祭り屋台や地元に残る北斎作品をPRし、北斎研究の拠点となるようさまざまな願いを込めて建設された「北斎館」はその後の小布施が進む方向性を決めた建物となりました。


      ......北斎が描いた天井画「怒涛図」が見事な「上町祭屋台」がまず出現!......
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         ......明るい展示室には、北斎が描いた数々の肉筆画がパネル展示......
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浮世絵師・葛飾北斎の肉筆画を中心に展示されており、特に「東町祭屋台」の天井に描かれた「怒涛図」は迫力!掛軸、額装、画帖、絵巻等に描かれた様々肉筆画展示は実に見応えがあります。


       .....仏や鷹の絵画は北斎イメージとは全く結びつかない写実的な絵だった!......
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   ......トイレにかかっていた暖簾も北斎画があしらわれ品格あるお雪隠でございました!......
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★北斎・正則・一茶ゆかりの古寺を訪ねる


小布施には、葛飾北斎・小林一茶・福島正則(戦国武将)に所縁が深い古寺「岩松院」があります。素朴な田園風景の中に立派な仁王門が佇んでおり、庫裡・鐘楼・坐禅堂・総檜造りのお寺が出現!


      ......(左)小布施の郊外に佇む「岩松院」 (右)福島正則の石碑案内が登場......
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            ......(左)岩松院の本堂 (右)山門をくぐって境内へ......
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本堂の大間には21畳敷の天井絵がありました。葛飾北斎最晩年の大作「大鳳凰図」。空を実際に舞っているかのように見える迫力の大鳳凰図は「八方睨みの鳳凰」と言われその鋭い目はどこからみてもこちらを見据えます。160年以上を経った今でも保持された鮮やかな色彩に心が奪われた!


   ......岩松院の居間天井に描かれた北斎の肉筆「八方睨み鳳凰図」(ネット掲載写真)......
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   ......岩松院の裏庭には、一茶の句碑「やせ蛙負けるな一茶ここにあり」が刻まれる......
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福島正則は、加藤清正とともに豊臣秀吉の重臣として有名な戦国武将。「賤ヶ岳合戦」では「七本槍の第一」と称せられました。「関ケ原合戦」では徳川家康に味方し有力大名となりましたが、自城の石垣修築が武家諸法度を冒したとして信州減封(国替)となり晩年は寂しき人生となったようです。


    ......「福島正則」(秀吉の腹心部下)の霊廟も!晩年は寂しく亡くなり岩松院に・・......
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その近くにある「浄光寺」は国の重要文化財に指定される薬師堂(室町初期建立)があり、茅葺屋根の貫録溢れる本堂を持っています。薬師堂へ登る杉木立の参道石段は実に風情がありました。


          ......「浄光寺」も風情あるお寺、杉並木が実に素晴らしい~!......
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      ......浄光寺・本堂は茅葺き屋根で屋根の木組みも立派!貫録と威厳あり......
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千曲川沿いの北信濃風情を十分満喫し、信州中野ICから長野自動車道で帰京しました。帰省を兼ねたミニ旅もいいな~と満足!次回も信州周遊を兼ねた柏崎帰省にしようと心に決めた次第です。


        ......(左)豪雪地帯の里に広がる渓谷風景 (右)雨に煙る飯山の山里......
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           ......北信濃の風景 「斑尾山」が見える光景に心が癒された......
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                                                         おわり

  by rollingwest | 2014-09-29 20:00 | 旅の風景 | Comments(94)

<2014年9月18日>ふるさと「柏崎」の魅力再発見!

★ふるさと「柏崎」の魅力を再度紹介

今年は正月帰省・親戚弔事・法事、登山帰り、お盆で5回も柏崎帰省しました。一人暮らしのお袋(78)が元気でいてくれることが何よりもありがたし。帰省に合わせて未訪問だった故郷の名所を幾つか訪ねてみました。過去何度か柏崎紹介しましたが、取り溜め写真も含めて柏崎の再発見レポート!


    ......(左)恋人岬から見る夏の日本海と弁天岩  (右)名峰「米山」の冬の冠雪勇姿......
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    ......(左)柏崎中央公園からの米山 (右)柏崎陸上競技場とわが母校柏崎高校......
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★海水浴場の数が日本一「海の柏崎」


  .....「番神海岸」はよく行ったお気に入り海水浴場、赤い鳥居・弁天の石祠岩礁が印象的......
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柏崎のイメージは多彩ですがやはり「海の柏崎」が一番有名!総延長42kmの海岸線に鯨波・番神・笠島・東ノ輪・中央・椎谷・石地等15ケ所の海水浴場数は日本一!砂浜だけでなく岩場も多く変化に富み日本海の夏を満喫できます。小中時代には数えきれぬ程、家族で海水浴を楽しんだものだなア


      ......昭和期は全国的に有名で関東から多くの客で賑った「鯨波海水浴場」.....
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    ......「柏崎中央海岸」で海水浴を楽しむ家族連れ(対岸には柏崎原発が見える)......
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         ......米山との距離感がよく風光明美な景色、「東ノ輪海水浴場.」.....
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小学校時代で一番多く訪れたのは「番神海水浴場」。変化に富んだ岩礁、昔の天然水族館跡があり本当に楽しかった~!海に潜ればサザエが簡単に取れ、浜で焚き火して壺焼で食ったもんだナア・・

     ......番神海水浴場の磯は変化に富み面白い!沢山サザエが取れたものだ!......
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       ......番神海水浴場の目の前には「番神堂」(初詣の定番)と老舗「岬館」......
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晴れた日は日本海に横渡る佐渡ケ島が眺望できます。番神岬は佐渡流罪された日蓮が赦免復帰で嵐に遭遇し流れ着いた海岸、佐渡から柏崎までタライ舟で渡ってきた「佐渡情話」(お光・吾作)の舞台にもなった所です。この高台にある「番神堂」(初詣の寺)と老舗「岬館」は柏崎観光の有名地


  .....佐渡から柏崎番神へ・・(左)嵐で漂着した「日蓮」 (右)タライ舟で逢瀬を重ねた「お光」.......
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                                             「日蓮上人:波乱の生涯」




★柏崎を代表する2大イベント:「ぎおん祭り」&「えんま市」


6月14~16日「えんま市」と7月24~26日の「ぎおん祭り」は市民最大の楽しみで本当にワクワクしたものです。祭りの最大クラマックスは海上花火スターマイン!尺玉300連発、100発一斉打ちなど合計1万5千発の花火は圧巻!全国的にも有名となり規模も拡大されバスツアーで観光客が多く押し寄せます。


  .....(左)「柏崎ぎおん祭り」の町内神輿 (右)今や全国トップ10レベルの人気、海上花火大会......
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京都祇園祭は八坂神社例大祭ですが、柏崎も八坂神社があり「ぎおん祭」の由来。7月下旬は夏休み前で休暇が取れないタイミング、娘が生まれる前に観た以来・・。いつか娘にも花火を見せたいネ~


      ......「ぎおん祭り」といえば「八坂神社」、柏崎にも「八坂さん」があるのです......
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双壁のイベント「えんま市」は「閻魔堂」がある本町通りを中心に全国から集まった500軒以上の露店が立ち並ぶ閻魔・祭礼市です。開催時期は学校も休みになる程の市民最大のイベントでした。えんま市は、時代の流れや少子化・中越沖地震で一時完全に危機状態でしたがまた復活したようだ・・(嬉)


   ......中越沖地震で壊滅的となった「閻魔堂」も復興し「えんま市」も賑いを戻して安心......
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★柏崎は閻魔大王や木食仏の宝庫


「えんま市」で有名な柏崎には、閻魔堂の他にも閻魔大王の木彫像(文化財)が多く残されています。「木食上人」という木の実や草だけを食べ修行した高僧が彫った「木食仏」は全国に多くあり「円空仏」と並び最近静かなブームが広がっていますが、何とその百体近くが柏崎に残されているのです。


       ......(左)「閻魔堂」の内部 (右)柏崎は木彫り「閻魔像」の宝庫の街......
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市内(鵜川沿い・枇杷島城跡近く)の十王堂や柏崎博物館には貴重な「木食仏」が安置されており見学に行きました。素朴な木彫り仏達は優しく微笑みかけ愛らしく不思議な魅力が溢れています。


      .....木食上人が柏崎に残した多数の「木食仏」が「柏崎市博物館」に展示......
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   ......「木食上人」が彫り上げたダイナミックかつ素朴な木像は「円空仏」の雰囲気が漂う......
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柏崎博物館では、柏崎の自然・歴史・文化を網羅的に紹介しており故郷の名峰「米山」についても詳しく語っています。展示されている木食仏の中に「役行者」(山岳修験の祖)・「秦澄」(加賀白山の開祖)も発見して、「米山さん」が昔から崇敬を集めている霊峰だとあらためて再認識した次第です。


       ......米山には「役行者」や「秦澄」も登頂したと知ってビックリした~!......
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         .....(左) 博物館の米山ジオラマ模型 (右)米山と柏崎歴史を紹介......
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★名峰「米山」と名勝「福浦八景」

名峰「米山」(993m)は日本300名山にも指定される柏崎市民のシンボル、中学・高校研修で数回登山しましたが当時はゼロmから一挙千m登らされて厳しく辛い思い出が残っています。以来35年間も登っていませんでしたが、4年前に山仲間と久しぶりに登頂。林道中腹からの登山で楽チンだった・・
                                                  「2010年米山登山」


    ......2010年「米山」に登頂!日本三大薬師「米山薬師」から眺望する柏崎市街......
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米山の麓に連なる海岸線はフォッサマグナ(柏崎・千葉構造線)で造形され、かつ日本海荒波が浸蝕した厳しくも風光明媚な絶景が満載!特に米山大橋・恋人岬付近(全長12kmにも及ぶ海岸エリア)には岩礁・岬・洞窟・断崖・断層など実に美しい景観が広がっており、「米山・福浦八景」と呼ばれています。


      .....2010夏、家族で訪ねた「恋人岬」からの絶景、弁天岩が美しかった......
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「米山大橋」は1966年に竣工された国道8線(新潟と関西圏の大動脈)の有名橋梁。建設当時は日本一の高さを誇る橋脚で柏崎市民全体が興奮の喜びに沸きました。橋桁は緩やかなカーブを描き、赤く塗られた橋梁全体は周辺景観にマッチした姿で今も柏崎観光のシンボル的な存在となっています。


    ......「恋人岬」からの「青海川海岸」、故郷名峰「米山」&「米山大橋」(青海川駅も見える)......   
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青海川海岸の一角に鎮座する「弁天岩」も福浦八景のシンボル!頂上部の一本松がいい風情を醸し出しています。2010年、久しぶりの海水浴を従妹ファミリーと一緒に楽しんだことがよき思い出です。
                                          「2010年柏崎帰省&海水浴」


        ..... 2010夏、従妹ファミリーと弁天岩で海水浴、「恋人岬」で集合写真......
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      ......2006夏、娘(当時12才)と「福浦八景」のコウモリ洞窟の探検に出かける......
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福浦八景には「猩々洞」(syoujoudo)という波浪で浸蝕形成された洞窟(長さ30m)があり、娘と2人でボートを漕ぎ出してみました。洞窟の中には3種類約2万頭のコウモリりが棲みついています。これ程多種の蝙蝠が混って棲息する例は全国的にも珍しく、ヒナコウモリの北限としても注目されているのだ~


  .....(左)ボートで漕ぎ出しコウモリ洞窟へ! (右)3種類2万羽の蝙蝠が混棲する「猩々洞」内部へ.....
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★石油産業発祥の地「柏崎」~刈羽・西山の風景

新潟県は石油産業発祥の地、昔は原油が県内各地(出雲崎・新津等)で採掘され1888年に柏崎市(旧・刈羽郡西山町石地)に有限責任日本石油会社を創立されました。これが日本近代産業の発祥であり、1899年本社は現在の柏崎駅前(柏崎製油所)に移設(1914年東京へ移転)と至っています。
                                               「2008年秋の越後路」


   ......柏崎はかつて日本の石油産業発祥地。我が家の目の前にあった日石製油所......
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柏崎製油所は1960年に潤滑油加工工場へと縮小され2001年に閉鎖されました。構内には明治期の赤煉瓦倉庫など歴史的遺産も多く、保存して記念館にしたいと市の意向もありましたが、中越沖地震(2007)で瓦解し夢は叶わず・・。今は駅前公園として再整備され公衆トイレが煉瓦調で残るのみ


       ......柏崎製油所跡地は駅前公園が整備され新・市民会館がオープン......
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石油産業発祥の刈羽・西山エリアは、ご存知世界最大の「柏崎刈羽原発」がある場所。1985年に1号機が稼働開始以降12年間で7号機まで拡大し、地元は原発による大きな財政収入を得てきましたが、東日本大震災後の再稼働問題で全国原発自治体は安全と経済の狭間で悩み続けています。


 ......「柏崎刈羽原発」再稼働で東電・地元首長の思惑は様々、原発不況・少子化で人口減は続く......
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原発で潤ってきた地元民も経済を考えれば再開してほしいとの意見が多い半面、福島惨状を見れば安全優先・再稼働反対の意見も増加。柏崎市と刈羽村は不況に喘ぐ一方で先が見えない窮地に陥っています。柏崎人口は8万8千人、2005年市町村合併で一時10万人近いレベルまで増加しましたが、その後少子化の拍車も加わり急激な人口減少が進み、市の活気は沈滞している現状です。


     ......柏崎(旧・西山町)は、伝説のブルドーザー宰相「田中角栄.」の出身地.....
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西山町は田中角栄の生誕地、1972年平民宰相誕生で地元は大いに沸きました。日本列島改造論を掲げ日中国交正常化させたものの金権政治批判で1974年首相退陣、1976年ロッキード事件で逮捕と大転落。しかし地元民は支持継続、その後も角栄は闇将軍として権勢を奮う時代が続きました。


  ......(左)記念館では「目白御殿」応接室が再現 (右)田中角栄の生家にも寄ってみた.....
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実はRWは大学生の時にこの目白御殿に入れてもらい田中角栄ご自身とお会いさせてもらったことがあります。親父(越山会員)が上京して来た時に連れて行ったもらったのです。当時はロッキード事件で首相失脚していましたが中曽根内閣を闇で牛耳っており「俺はもう一度首相に返り咲くぞ!」と扇子をパタパタ仰ぎながら豪語されておりました。この記念館ではあの日見た応接間がまさに再現されている!と感動~!しかし竹下派旗揚げ後に脳梗塞で倒れ晩年は寂しい末路、1993年公判審理途中で生涯を閉じました。久しぶりに生家を訪れましたが陳情で賑わった往年の地も今は寂しく栄枯盛衰を見るが如し・・


   ......柏崎(旧・西山町)で最も由緒ある「ニ田物部神社」(推古天皇時代に鎮座)......
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★柏崎の歴史・文化の魅力をさらに紹介

      ......高柳・荻の島地区の「かやぶきの里」はまさに日本の原風景......
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柏崎の歴史・文化面の見所は沢山あり、高柳「かやぶきの里」、「赤坂山公園」「貞観園」「飯塚邸」、良寛晩年の恋人「貞心尼」の墓所「洞雲寺」、国文化財民俗芸能「綾子舞」など、結構奥深いネ~


        .....柏崎の大地主の「飯塚邸」天皇の行在所になった指定文化財.....
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     ......女谷地区に伝わる民俗芸能「綾子舞」(国指定・重要無形文化財)......
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            .....「貞心尼」(良寛の恋人)の墓がある「洞雲寺」......
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        ......2人の出会いは良寛70才、貞心尼30才の時(40の年齢差~)......
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経済不況・人口減少で元気イマイチな柏崎ですが、わが同級生2名が地元経済・文化発信の貢献で頑張っています!柏崎に本社を置く「ブルボン」と「原酒造」(越の誉)、故郷を大いに牽引して下さい。全国どんぶり選手権で「柏崎鯛茶漬け」が2013年グランプリの栄冠、2014準優勝の明るい話題も!

                                 「柏崎とドナルドキーンとの繋がり」(寺泊・西生寺)


    ......開所1周年を迎える「ドナルドキーンセンター」、喜びの小石ペガサス様(掲載了解済)......
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   .....(左)柏崎銘酒「越の誉」 (右)歯応えある柏崎もずく (右)全国グランプリ優勝「鯛茶漬け」.....
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          .....荒れ狂う冬の怒涛・2008年の日本海(笠島海岸&鯨波海岸)......
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      ......夏の日本海は実に穏やか、美しい夕日を見て何度見とれたことか!......
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           ......「ふるさとの山はありがたきかな」(米山&刈羽黒姫山)......
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                                                         おわり

  by rollingwest | 2014-09-18 00:00 | Comments(120)

<2014年9月>九州登山デビュー&歴史探訪旅③:「宇佐神宮」(八幡神社総本宮)の深い謎

★憧れの宇佐神宮をついに参詣!

5月九州山旅の続編は、濃厚な歴史旅レポートで再開!大分県は歴史が深くかねてから憧れだった「宇佐神宮」「国東半島・石仏群」をジックリ周遊しました。神仏習合発祥地は日本古代ミステリーを解き明かす取材ネタが多く実に魅力的!4回編集でレポートしますので気長にお付き合い下さい。

                     九州登山デビュー&歴史探訪旅②:(椎葉峠越&市房山)より続く

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日本全国「八幡神社」はどこにでもありますが、その数は全国で2万社(稲荷神社に次ぎ全国2位)も存在します。その総本社は大分県宇佐市に鎮座する「宇佐神宮」、第15代「応神天皇」(別名:ホムタワケノミコト)が主祭神として祀られ、「神功皇后」「比売神」も合わせて「八幡三神」と称されます。


      ......「宇佐神宮」の真っ赤な大鳥居を潜り広大な境内を歩き進んでいく.....
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八幡神(ハチマンシン=ヤハタノカミ)は日本独自の神で「八幡大菩薩神」とも呼ばれ、鋳造・鍛冶技術(刀剣・武器製造)の神として崇められてきました。社伝(八幡宇佐宮御託宣集)では欽明天皇時代(571年)に「誉田(ホムタ)天皇広幡八幡麿」と称し「八幡神」が応神天皇に降臨したと伝えられます。


        ......「八幡神」が降臨した「応神天皇」が主祭神として祀られる神殿..... 
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応神天皇を祀ることから皇室祖神としても崇敬され、日本史では歴代天皇が「宇佐神宮神託」を仰いだ重要史実が多くあり、伊勢神宮に次ぐ皇室第2宗廟としての位置付けられています。拝礼方法は「二拝四柏一拝」(出雲大社と宇佐神宮のみ)であり、一般神社(ニ拝二拍手一拝)とは異にしていることから出雲大社にも匹敵する程の高い社格を誇っていることを再認識しました。


        
      .....(左)神秘的な「菱形池」 (右)「宇佐神宮宝物館」をまず見てみよう!.....
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    ......(左)力強い「金剛仁王像」 (右)神仏習合の「神輿」、神が住まう移動式アーク......
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武士政権を確立した「源氏」(清和天皇が祖)の氏神も「八幡神」、源頼朝の鎌倉「鶴岡八幡宮」、源義家(八幡太郎)の「石清水八幡宮」・・、有名な源氏神社のルーツは全て宇佐神宮に行き尽きます。


      ......(左)源頼朝&鎌倉「鶴岡八幡宮」 (右)源義家&京都「石清水八幡宮」......
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「神功皇后」とは「応神天皇(主祭神)の母親」(オキナガタラシヒメ)で、夫の仲哀天皇(熊襲征伐で急死)亡き後に懐妊状態のまま「三韓征伐」(新羅出征)の指揮を執り、勝利を収めたという伝説的な女性。凱旋帰国後に生んだ応神天皇を69年間摂政でフォローしたとの記録が「日本書紀」に残されています。


      .....「神功皇后」(応神天皇の母)の「三韓征伐」図、勇ましい女性ですな~!.......
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      .....(左)懐妊状態で軍事指揮する神功皇后 (右)幼き応神天皇を抱く皇后.......
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一緒に祀られる3つ目の「比賣神」(ヒメガミ)とは八幡神の妃神とも云われますが、その出自はよく分かっていません。応神天皇以前に宇佐で祀られていた地主神の説、「宗像三神or市杵島姫命」(イチキヒメ)という説もありますが、実は「卑弥呼or天照大神」そのものだとも云われています。


   ....(左)海を渡ってきた「宗像三女神」 (右)「卑弥呼」(←ヒメガミ)が「天照大神」となったのか?.....
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          .....「宇佐神宮宝物館」で歴史の深さを認識し本殿へと向おう!.....
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宇佐神宮本殿は三殿建築で構成され、「比賣大神」が鎮座する「二の御殿」が最も大きく中央に祀られており、応神天皇(一の御殿)と神功皇后(三の御殿)はむしろ脇役であるかのようにも見えました。この不思議な配置形態は、宇佐神(比賣神)を中心とする初期の地元信仰神に配慮したのでしょうか


       .....「比賣大神」が真ん中に鎮座、応神天皇と神功皇后は両脇に控え目......
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神宮皇后の正体は卑弥呼の継承者「トヨ」(壱与)の説もあり、邪馬台国「卑弥呼」を中央に配置して両脇を固めてカリスマとしたのかも・・。宇佐地方は「豊国」と称され現在の豊前(福岡)豊後(大分)の地名に繋がっていますが、地名由来からも「トヨが支配した国」という意味が隠されている気がする。




★神仏習合の発祥地「宇佐神宮」

           ......(左)赤鳥居を潜れば広大な玉砂利境内 (右)春宮神社......
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宇佐神宮の祭祀集団は、日本史の影のフィクサー「秦氏」(全国の八幡神社や稲荷神社を創建)が担います。大陸から来た秦氏の一団(渡来人)は日本に灌漑・畑作、養蚕・機織、鉱山採掘や製鉄・鍛冶技術、神社建築・木工技術など、当時の最先端技術を中国・朝鮮半島経由で日本に伝えました。


      .....日本人が手先器用で技術力が高い理由は秦氏のDNAに拠るもの?......
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奈良東大寺の大仏建立における神託啓示は全て宇佐神宮から発せられています。大和朝廷は大仏鋳造技術が高い秦氏族の実力を認め産業振興に注力させ統率を強化、神社・仏閣建築・平安京造営に当らせました。神社が寺に大仏建立神託を与えたという不思議な関係ですが、実は宇佐神宮こそが神仏習合の発祥地であり、仏教保護の神として「八幡大菩薩」神号が与えられたのです。


        ......(左)神を偶像化した「僧形八幡神像」 (右)「比売大神」の出現......
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一般的に神社崇拝は神鏡が祀られ偶像はご法度ですが、神仏習合「本地垂迹説」は阿弥陀如来が八幡神本地仏とされ、神仏合体した「八幡神像」が神社に鎮座し仏像の如く偶像崇拝が行われました。平安時代以降は全国の寺に守護神「八幡神」が勧請され、神と仏がゴッタ煮状態・・。明治政府の神仏分離令まで、神社で仏像が祀られ寺境内に鳥居が建つ異様な光景が全国各地にありました。


         ......(左)宇佐神宮の大鳥居 (右)参道休憩所に神話絵馬......
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神も仏も何でも受け入れて拝む日本人の宗教観は世界でも特異な姿。「白黒をつけずギスギスせずに仲良くやりましょうや」←こんな曖昧さが日本人の長所かつ短所かも・・。相互妥協しないイスラエルとパレスチナの悲惨な宗教戦争を見ると、日本人的な寛容性・許容性の方が平和を保つ秘訣ですネ・・




★日本古代史で裏を操ったキーマン「秦氏」

         ......数々の宇佐鳥居を通過して西大門から上宮へ!......       
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奈良時代に宇佐神宮は重要な役割を果たしました。「弓削道鏡」という怪僧が女帝「孝謙天皇」(重祚後は称徳天皇)に重用され天皇地位を奪おうとしたため、朝廷は宇佐神宮に「和気清麻呂」を遣わし神意を確認させたのです。八幡神御神託は「天皇として正当でない者は排除すべ~し!」、不遜にも天皇になろうとした道鏡の野望は神のお告げで潰えたという「宇佐八幡宮神託事件」です。


  ....(左)天皇になろうとした「弓削道鏡」(yugenodokyou) (右)「和気清麻呂」が宇佐に神託確認.....
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「壬申の乱」で争った天武天皇と天智天皇、その子孫達も数々の権謀術数を駆使し権力争いを繰り広げました。称徳天皇(天武系)は、天智系の藤原(中臣)氏・秦氏の連合軍に追放されたのです。また桓武天皇の長岡京・平安京、2回の遷都には秦氏が怨霊封じや経済支援で大きく貢献しました。


  .....(左)藤原氏が蘇我氏を滅ぼした「乙巳の変」 (右)天武天皇と天智天皇が争った「壬申の乱」.....
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秦氏は政治や歴史の表舞台には絶対出てきません。天皇外戚として権力を奮った藤原氏に遠慮したのか、それとももっと深い秘密があるのか・・。財政・技術・産業の面から裏方で支え続け、天皇の祭祀を指揮して歴史の根底を裏から牛耳り続けてきたといフィクサー(裏天皇)という見方もあります。


   .....(左)平安京遷都の桓武天皇 (中)陰陽師「五芒星」 (右)秦氏の名は京都太秦(ウズマサ)に....
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★渡来人勢力の2つの流れ

日本人の起源は一様ではなく①縄文人②弥生人③古墳人の三大源流から成り立っていると云われます。今回は②と③にスポットを当て、宇佐神宮や秦氏との関係を探ってみましょう。大和朝廷の成立以前には、渡来人で成立した2つの勢力(物部氏系&秦氏系)が国内で鬩ぎ合っていました。
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【1】「倭人」・「徐福集団」=(物部氏・海部氏・葛城鴨氏の勢力)
中国史春秋戦国時代で呉越楚の滅亡で日本に亡流してきた倭人勢力、最大一派は秦始皇帝を騙し(不老不死の薬を探す名目)、日本列島に脱出してきた「徐福」集団。渡来の「倭人」と先住民「縄文人」とが幾度も混血を重ねて「弥生人」になっていったのです。その後倭人勢力は強大な豪族「物部氏・葛城氏」となり、出雲・大和・尾張・伊豆等を本拠として全国的なネットワークを築いていきました。


    ......「徐福」は秦始皇帝に不老不死薬を日本に探しに行くと派遣させそのまま戻らず......
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【2】「秦氏勢力」=その後に渡来してきた秦人←今回紹介している宇佐勢力はこれに該当
秦始皇帝支配から逃れ、物部勢力の後に朝鮮半島経由で渡来したのが、中央アジアがルーツ「秦人」(蒙古系)です。「伽耶」(任那)で交易業を行っていましたが、新羅・百済の南下で日本列島に入植してきました。インドから海洋ルートで渡来したとの説もあるようです。蒙古人と日本人は顔がそっくりで生まれつき蒙古斑を持ち、また相撲を伝統格闘技とする点もDNAが同じだからと言えるのでしょう。


   ......稲作技術流入と秦氏渡来ルートは一致(米の倉庫・高倉が神社原型) 相撲ルーツは蒙古......
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豊国に一大勢力を築いた秦氏が朝鮮半島から「崇神天皇」を招き入れて大和に送り込んだという説もあります。4世紀の朝鮮半島情勢は、百済・新羅の争い激化、高句麗勢力が日本に縁深い伽耶を圧迫するなど混沌としており、崇神天皇は国内に四道将軍を配置して国防や平定に努めたとのこと


     .....(左)崇神天皇 (右)崇神が四道将軍を配置し国を平定(日本書紀より)....
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応神天皇が崇神天皇・神武天皇と同一人物だとする説、神功皇后が「天之日矛」(新羅王子で神話的存在)の子孫説など、あ~もう何が何だかさっぱり分からん!日本古代史って同一人物を別名にて時代を重層的に表現したり、わざと複雑怪奇にして解りづらくしている気がします。謎めいた裏のカラクリが沢山あって凡人が決して知ってはいけない物凄い秘密が隠されているのかもしれません。


          ....下宮の鳥居・神門、ここから階段を上がり若宮経由で上宮へ....
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★謎多き「八幡神」の正体

RWは日本の神社ルーツはユダヤと以前レポートしました。神社狛犬(高麗犬)の原型はユダヤ神殿を守る「獅子」の変形と言われ、エルサレム宮殿には菊花紋章(天皇家の象徴)が刻まれます。伊勢神宮灯篭にはダビデ「六芒星」(ユダヤ紋章)、「神輿」は旧約聖書の契約箱「アーク」・三種の神器はユダヤ3秘宝、日本語ルーツはヘブライ語と酷似すると指摘されており「ナルホド~!」と頷ける点が実に多くあるのです。
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    ....古代シュメールのバニロニア神殿にも天皇家菊の御紋と同じ紋章が!狛犬はユダヤ獅子像....
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天孫族渡来と崇神天皇即位を契機に日本の古墳時代が始まり、応神天皇時代で国内各地に次々と巨大古墳が築造されました。古墳時代以降で日本に馬文化や甲冑・武器の痕跡が多く出土していることから、現天皇のルーツが「扶余族」(大陸からの騎馬民族)であることは間違いないようです。古墳からは馬・武人の他にユダヤ司祭の埴輪も沢山出土、仁徳天皇陵等の前方後円墳の形はユダヤ秘宝「マナの壺」(神話に多く登場する真名井はマナの同語源)を模しているのでは・・とも云われます。
                                        埼玉行田「稲荷山古墳」の記事

    ....ユダヤ司祭を伴い渡来した騎馬民族が日本を征服、古墳はユダヤ秘宝「マナの壺」に酷似....
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日本書紀には「騎馬民族の辰王・沸流(フル)が朝鮮半島から百二十県の人を率いて帰化」と記され、「沸流」が応神天皇自身との説、また秦氏ルーツは中国西部(ウイグル)に「三日月王国」(弓月=クルジャ)から日本に渡来してきた「弓月君」(yuzukinokimi=融通王)ではないかとの説、天孫族(現・天皇祖先)のルーツは「失われたイスラエル10氏族」の末裔ではないかなど驚愕の説がいくつかあるのです。


   .......「失われたイスラエル10氏族」は弓月王国を築き、さらに東方最果て「日本」を目指した?......
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古事記とギリシャ神話に相似点が多く見られるのもシルクロード経由で「ヘレニズム文化」(正倉院宝物も同様)が伝播したことと関係あるのでは?関連本を読むと蒙古騎馬民族(スキタイ)と遊牧民族(ユダヤ)が合流して「扶余族」となり、朝鮮半島で三韓(秦韓・辰韓・弁韓)形成後に日本へと入ってきたらしい。


   .....世界各地には太陽信仰が存在、日が昇る東方「日本こそ憧れの神境地」と信じた?.....
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ところで謎多い「八幡神」の正体とは一体は何なのでしょうか?「八幡」とは元々「ヤハタ」と読み、「ユダヤ」を意味するヘブル語 「ヤェフダー」が変化したもの、「秦氏の神」の「ヤハ・ハタ」から来ていると云われています。その神とはユダヤ唯一神「ヤハウェ」、または原始キリスト教の「イエス」自身だったのかもしれない。


      ......秦氏(鴨氏)が駆使する神社奥義「迦波羅」はユダヤの神秘術「カバラ」が語源......
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日本に渡来した「扶余族」は、天孫降臨神話を掲げながら「大和朝廷」を築き上げていきました。豪族同士の争いに勝利を収めた「天孫族」が軍事的に征服した史実を神話(国生み、天孫降臨、国譲り)として塗り替え、自らの民族が神の正統として位置付けて権威を示そうとしたと思われます。
                                        出雲大社「国譲り」の記事

   ......天孫族は「迦波羅」の奇跡を先住豪族に示し「天孫降臨」「国譲り」を神話としたのか?......
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であるならば宇佐神宮に本殿が3つ存在する意味は原始キリスト教「三位一体神」が日本の神社に姿を変え祭壇として祀られたのかも!またもマニアックな古代史論議に巻き込んでしまいご容赦・・!


        ......宇佐神宮「上宮」に祀られる「三神殿」の正体とは一体何だろうか?......
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RW手元には古代史ミステリーの史蹟訪問したネタが幾つか溜まっています。今後も国内各地のSPOTを巡りながら、飽きもせず継続紹介していきます。ダラダラとした長文を最後まで読んで頂き大感謝!


     .....宇佐神宮社殿・祠・菱形池が日本古代史の謎・真実を知るのかも・・......
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次回は、宇佐神宮を崇める大横綱「双葉山」(モンゴル出身「白鵬」が尊敬する不滅の69連勝を成し遂げた伝説横綱)の生家や豊後高田「昭和レトロの街」などの見所を紹介します。そして最後は神仏習合の石仏群が見所深い「国東半島」旅レポートを紹介して九州シリーズの締めとしていく予定です。


   .....(左)相撲ルーツと縁ある宇佐神宮と名横綱「双葉山」 (右)神仏習合・国東半島の石仏群......
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                                                       おわり

  by rollingwest | 2014-09-05 00:00 | 寺社・史跡・古道 | Comments(96)