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<2016年4月2~3日>身延久遠寺(日蓮宗総本山)&七面山登山:(前編)

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★身延「七面山」(日蓮宗の霊山)リベンジ登山、久遠寺の満開・枝垂桜にも対面


日本200名山は160座近くを踏破しましたが、過去に登頂断念した山が数座あります。山梨身延にある日蓮宗霊山「七面山」(1982m)は2001年3月・食山人氏と一緒に挑戦したものの、頂上付近の積雪が多く登山道不明で危険を察し下山。いつか再挑戦すると思いつつも15年の年月が経過・・


    ....2001挑戦で敗退した日本200名山の「七面山」(大雪で断念)、15年後にリベンジ登山.....
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今年こそは・・と、身延久遠寺の大枝垂桜が満開となる時期を狙い、宿坊泊まり体験をしながらの登頂計画を昨年から練っていました。あとは桜開花状況と天気に恵まれるのみ・・!桜早咲きとなった今年は4月初めの週末が好天とバッチリの巡り合わせとなり、夢実現のため単独登山へいざスタート!


    .....(左)15年前に撮った雪の「額縁富士」 (下)登山道途中にある奥の院で宿坊一泊体験.....
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  ......身延山・久遠寺(日蓮宗総本山)・枝垂桜は15年前の家族旅行以来。満開時期は初体験.....
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★身延山・久遠寺の見事な枝垂桜に感激の対面

4月2日(土)早朝5:30に自宅を車で出発!桜満開期の身延・久遠寺は9時以降で駐車入場制限(シャトルバス輸送へ切替え)が行われるため8:40頃には現地到着する必要があるからです。中央道・韮崎ICを降り国道52号線を富士川沿いに南下していきます。山里はまさに梅・桃・桜が百花繚乱~!


       .....韮崎ICを降りて朝の田園地帯を走る。そそり立つ様に咲き誇る見事な桜....
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     ......(左)富士川沿いの風景、曇りから晴れに! (右)紅梅や桃の花が燃え立つ.....
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予定通り8:40に身延へ到着。久遠寺は日蓮聖人が開いた日蓮宗・一大道場でのちに総本山として位置づけられ、20軒の宿坊があり門前町が栄えます。宿坊を初体験する七面山登山も朝夕の勤行参加が義務づけられているので、身延街並にある宿坊を興味深く眺めつつ通過して行きました。


       ......(左)久遠寺も七面山も宿坊が随所にある (右)甘露門の石階段を登る.....
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久遠寺は今回で3回目の訪問。前回は15年前に家族で櫛形山(アヤメ群生で有名)に登り、その後で身延まで足を伸ばしました。当時は初夏で桜は新緑枝垂れに替わった後だったので、桜満開期は初体験だ。甘露門の石階段を上がると仏殿前で咲き誇る見事な枝垂桜が出現!素晴らしい~!


   ......(左)仏殿前で咲き誇る見事な枝垂桜 (右)3度目訪問でついに満開桜に対面の夢叶う.....
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    .....御真骨堂(日蓮遺骨奉納)脇にある枝垂桜の傘下に立ち、見上げて撮影!感動~....
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久遠寺は桜名所100選に必ず選ばれる最も有名な桜名所のお寺。樹齢400年の枝垂桜が2本あり、地面まで着きそうなスケールの花枝垂れ、枝にビッシリと咲き誇る姿は実に圧巻!風格優美の極め付けだ!


    ......祖師堂前にある樹齢400年の枝垂桜、気品溢れる姿は溜め息が出る程に美しい.....
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久遠寺の大本堂の威容は毎回見ても圧倒されるなア・・。大伽藍は日蓮聖人700遠忌の記念事業(1985)で再建され間口32m、奥行51mで一度に2500人の法要を奉行できるスケールを誇ります。


       .....久遠寺の本堂大伽藍、いつも見てもこの巨大さには驚く!.....
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     ......(左)大本堂の御本尊、枝垂桜の様な金装飾 (右)天井画・墨龍の大迫力.....
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日本三大三門に数えられる身延三門、祖師堂・報恩閣、日蓮の御真骨を奉安する御真骨堂があります。また1875年の大火で焼失した五重塔は、2009年伝統的工法と現代技術の粋を結集し見事復元されました。朱色の風格ある五重塔、祖師堂と桜のコントラスト・調和感が実に素晴らしかった!


     .....(左)朱色五重塔と鐘楼が並び立つ (右)祖師堂と枝垂れ桜とのコラボ.....
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    ......祖師堂は日蓮聖人の神霊を祀る堂閣。「棲神閣」と称す、本堂内で祈る人.....
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10時を過ぎると観光客で混み始めて来た。祖師堂前の枝垂桜では観桜茶会の準備が進められ華やかな雰囲気に・・。身延久遠寺の満開桜にやっと出会えて満足のRWは日蓮大聖人に大感謝!


         ......祖師堂前の枝垂れ桜では観桜茶会の準備が進められている.....
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★波乱万丈なる日蓮聖人の一生 (今まで訪問した史蹟の紹介とともにレビュー)

          
日蓮の所縁地は全国各地にあり、以前もレポートした日蓮の波乱なる生涯を再度おさらいしましょう。主な場所は生誕地・安房鴨川(千葉)、修行を積んだ比叡山(京都)、権力と対峙し迫害を受けた鎌倉、流罪となった佐渡、一大道場を築いた身延山(山梨)、生涯を閉じた「池上本門寺」(大田区)が有名。

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1222年、日蓮は安房国(千葉県天津小湊町)で生まれました。地元には、「誕生寺」という寺があり聖人生誕地として深い信仰を集めています。2006年10月、房総南端エリアを訪ね(アクアライン経由)、「誕生寺」や立教開宗宣言の「清澄寺」、日蓮誕生吉兆で鯛の大群が現れた「鯛ノ浦」などを見てきました。日蓮は地元「清澄寺」(天台宗系)にて16歳で出家、仏教学の聖地「比叡山」の修行へと入ります。

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    .....2006年、日蓮の生誕地・安房鴨川(千葉)にある「誕生寺」や「鯛の浦」を訪ねてみた....
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   .....2003冬、家族で比叡山・延暦寺を訪問、根本中堂には歴代・仏教偉人の肖像画(日蓮も)......
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数々の修行を重ねた日蓮は1253年清澄山(日本で一番早い日の出場所)山頂に立ち、昇り来る太陽に向かい題目(南無妙法蓮華経)を唱え遂に開眼!法華経至上とする立教開宗を宣言しました。


  .....日蓮は房総南端の「清澄寺」で悟り開眼。日の出に向かい題目唱える日蓮聖人像......
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政治・文化中心地「鎌倉」に入った日蓮は松葉ケ谷に草庵を結び「立正安国論」を著し辻説法を開始。当時は凶作・飢饉・疫病・大地震・洪水が頻繁に発生し、「災害続発の原因は法然浄土教にあり、対策は正法(法華経)に帰依することだ!」と、北条時頼(当時政界最高の実力者)に上呈したのです。


      ......(左)鎌倉・辻説法の図 (中)「立正安国論」  (右)日蓮と蒙古襲来時の鎌倉幕府......
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日蓮は対立宗派(浄土教)や幕府から次々と迫害・弾圧(松葉ケ谷草庵・焼打ち、伊豆配流、小松原法難)を受けますが「受難を乗り越えてこそ正法成就」の信念で次々困難を乗り切っていきます。蒙古襲来に右往左往する幕府に対し日蓮はさらに激しい批判行動を重ね、遂に捕えられてしまうことに・・


     ......日蓮が処刑されそうになった「龍口寺」(江ノ島の近く)、、威厳ある本堂と日蓮立像......
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日蓮は鎌倉腰越「龍ノ口刑場」で処刑されることに・・。介錯人が首を刎ねる瞬間、突然轟音と共に雷光が閃いたのです。武士は目が眩み次々倒れ込み、天から守られた聖人は難から逃れました。


    .....「龍ノ口法難地」(鎌倉・江ノ島の近く)、処刑執行寸前に雷光が走り日蓮は難を逃れる......   
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しかし鎌倉幕府は聖人や弟子・信者に対してさらに弾圧を強め、日蓮は佐渡へ配流され塚原の三昧堂に閉じ込められました。地元の念仏信者・阿仏房は、日蓮を襲撃するものの教えを説かれて忽ち帰依し、その後生涯を通してはるばる佐渡から身延まで3度も聖人を訪ねたとのこと


      .....鎌倉幕府から島流しで寺泊から佐渡へ流罪、塚原「根本寺に逗留された....
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佐渡で2年数ケ月蟄居した日蓮は幕府から赦免され、寺泊へと向かうものの途中で漂流し我が故郷柏﨑の番神岬に上陸しました。番神堂近くに聖人像が立っており佐渡ケ島をシッカリ見据えています。


         .....流罪放免となった日蓮は佐渡から柏崎(RWの故郷)の番神岬に漂着した.....
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赦免されて鎌倉に一度戻った日蓮でしたが、幕府との意見対立(とにかく頑固一徹!)は依然と続き、業を煮やした聖人は鎌倉を見限る決意を固め、山梨の身延山「久遠寺」へと入ります。7年間で数々の講義を重ねて門弟を育て上げ、身延山は日蓮宗の一大道場へと隆盛し、現在に至っています。

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     .....身延山「久遠寺」は家族3人で訪問(1998年)、桜は終わりすでに新緑枝垂れだった.....
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1282年身延で体調を崩した日蓮は湯治療養を薦められ、下山して常陸国の温泉へと向かいますが、旅の途中で亡くなってしまいました。この地こそが大田区の池上本門寺であり、本堂裏手には日蓮聖人の御廟所が鎮座。日蓮命日(10月13日)には全国で報恩感謝の法会「御会式」が行われます。


   .......(左)日蓮が没した大田区「池上本門寺」  (右)紅葉とコラボしていた秋の仁王門.......
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  .......日蓮入滅の10月13日は日蓮聖人を偲ぶ「御会式」が行われ、美しい万灯の纏が花開く.......
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死を覚悟した日蓮は臨終に際し池上本門寺で「立正安国論」を最期の説法として講義、波乱万丈の60余年生涯に終止符を打ちました。日蓮宗祖の宗派は新興宗教系も含め沢山ありますが相互対立は激しく、決して相手を認めない傾向があります。頑固一徹な聖人の血脈が継承されたのかも・・


           ........(左)日蓮聖人の御廟所  (右)日朝堂・鐘楼の鮮やかな姿.......
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山梨で日蓮所縁ある寺の名桜といえば日本三大桜で有名な「山高神代桜」です。2010年に北杜市(南アルプス・八ケ岳絶景)の実相寺を訪ねて、日本最古の2千年を誇る桜と初対面して感動しました。


      .....樹齢2千年を誇る日本三大桜「山高神代桜」は日蓮所縁の実相寺(北杜市)に鎮座.....
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「山高・神代しだれ桜」は「日本三大桜」の一つ、「根尾谷淡墨桜」(岐阜)と「三春滝桜」(福島)と併せて国の天然記念物第1号指定を受けています。この歴史ある3銘木は古来より日本人の心を虜にしてきた桜として崇められています。神代の老木桜には正に神が宿っている様なオーラを感じました。


      .....(左)2010年初対面で大感動の枝ぶり! (右)古代の老木桜を多くの支柱が支える.....
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これで日蓮史跡の9割は訪ねました。残りは佐渡のみ!佐渡は過去2回家族旅で行きましたが、日蓮の所縁地という観点からは未訪問地なので、流罪地の史蹟をジックリと廻ってみたいですネ~!






★身延山・奥之院へのロープウェイ空中参拝


日蓮生涯紹介を終えて再び身延散策の現在へと戻りましょう。次は日蓮宗の核心部である身延山・奥之院(標高1153m山頂)に向います。麓から歩くと2時間強かかりますが、現在はロープウェイでお手軽に(7分)頂上へ簡単に立つことができます。満開桜・ミツマタ群生を俯瞰して目も華やか~


      ......身延の山里桜は満開、身延山ロープウェイへの空中散歩を楽しんでみよう.....
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当日は雲に隠れて富士山や七面山は見えませんでしたが、晴れていれば駿河湾・伊豆半島・南アルプス・八ヶ岳連峰・甲府盆地の雄大なパノラマが楽しめます。富士川に沿う山里風景が素晴らしい。


  ....(左)ロープウェイ下に広がるミツマタの大群落 (右)富士川沿いの山里が一望!絶景かな~.....
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日蓮聖人は身延山に何度も登詣し、故郷房州(現在の千葉県鴨川市)の両親の追善を祈った場所といわれます。日蓮聖人が両親や師の追慕記念する立像が奥之院・思親閣の入口にありました。


       ......身延山頂上に鎮座する「奥之院・思親閣」、日蓮の親孝行から命名.....
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      ......(左上)祖師堂 (左下)報恩閣山門 (右)巨木が林立する参道を行く.....
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参道奥を進むと日蓮聖人の御手植え杉が4本ありました。父・母・御師の追善で自ら植えた杉は身延町指定文化財(天然記念物)です。静かな報恩閣境内を散策し、ロープウェイターミナルへと戻りました。


      ......(左)巨木が次々に現れる参道 (中)日蓮聖人の御手植杉も4本鎮座....
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      ......(左)朝の報恩閣境内は人も疎ら (右)本堂脇には黄金の仏像が鎮座.....
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身延山展望台から七面山は眺望できませんでしたが、遥拝所には頂上部のパネル写真があります。これから挑戦する七面山リベンジへ想いを馳せ、再び車を走らせて七面山の登山口へと向いました。


   ......身延山展望台に立つ。七面山遥拝所の頂上部のパネル写真.(意外と平らな山容)....
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                                                       後編へ続く

  by rollingwest | 2016-04-18 00:00 | ローリングウエスト山紀行 | Comments(108)

<2016年4月>諏訪探訪③:御柱祭・守屋山・古事記に隠された諏訪ユダヤミステリー

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★2016諏訪・御柱祭が開催、諏訪ミステリーの核心部に迫る

諏訪の奇祭「2016御柱祭」がいよいよ7年ぶり(前回2010年、数え年で7年表記)にスタートしました。諏訪大社は2社4宮から構成されており、諏訪湖北に下社(春宮・秋宮)、南に上社(本宮・前宮)があります。4~6月に渡り五月雨式に各宮で柱の山出し・里曳き・宝殿遷座祭が展開されます。

                      
    .....7年目ごと1度開催される諏訪の奇祭「2016御柱祭」がいよいよ4月から開始!....
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   ......(左)諏訪大社4つの宮の配置 (右)日本最古級の諏訪大社は謎だらけのパワースポット....
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岡本太郎も愛した縄文文化の末期から伝承されてきた奇祭は、各宮の四隅結界に御柱が立てられる神事。山から切り出した神木を山から落とす「木落とし」が一番のクライマックス見所!RWは2010年に訪問したので回顧ご紹介。そして諏訪ミステリー核心部の謎解説へといよいよ入りたいと思います。


  ......(左)縄文時代エネルギー爆発「御柱祭」の岡本太郎 (右)万治石仏を発見し世の中に紹介....
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                           <2014年4月>諏訪探訪②:諏訪の縄文遺跡探訪記事




★諏訪上社・下社&「御柱祭」をあらためて紹介

諏訪大社本宮は「信濃國一之宮」として全国1万ある諏訪神社の総本社。大社本宮は社殿四隅に御柱が建ち、背後の御神体山(守屋山)を拝する独特の配置を備え、祭祀研究で謎の多い神社です。


    ......(左)諏訪上社本宮「一之御柱」 (右)諏訪上社・本宮のレイアウト、御柱祭のポスター....
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社殿には大きな力士額縁が飾られており相撲に深い縁が伺われます。その理由は祭神「建御名方神」(タケミナカタ)が古事記「国譲り」で相撲・力比べに負けて諏訪に逃げ込んできた神話に由来します。


   ....上社本宮には相撲力士額縁が飾られる。古事記「国譲り」で対決した祭神タケミナカタに由来....
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出雲の大国主は「葦原中ツ国」の国造りに励み一大王国を築いていましたが、天照大神(高天原族)が大国主に国支配権を譲るように迫り、鹿島軍神のタケミカヅチを派遣しました。これに抵抗したのが大国主の次男タケミナカタ。終に相撲決着することになりタケミナカタは完敗、諏訪へ敗走したのです。

                            「古事記「国譲り」(出雲大社と伊勢神宮の謎の関係)

 
  .....鹿島神(左)は出雲大国主(右)に国譲りを迫る。対決に負けた出雲タケミナカタは諏訪へ敗走......
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諏訪大社御神体「守屋山」(祭神タケミナカタ)と「鹿島神宮」(祭神タケミカヅチ)の緯度が全く同じ北緯35度58分に位置することは不思議な一致だ!前回の茨城記事でも紹介しましたが高千穂~鹿島神宮を結ぶ直線ルートは太陽の通り道(レイライン)でそこには全国主要なパワースポットが配置されています。


  .....全国のパワースポット地は太陽通過のレイラインに一致!諏訪・守屋山と鹿島神宮は全く同じ緯度....
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                            <2011年>常陸茨城の旅③「鹿島神宮」「香取神宮」

 
「御柱祭」の正式名称は「式年造営御柱大祭」。選ばれた樅の大木(樹齢150年超)を山中から16本(4宮×4柱)切り出し、里に曳き回して各境内に建てる大行事(諏訪の氏子達が全員参加)です。クライマックスの「木落とし」や御柱を立上げる神事で過去多くの死者を出した危険な祭りでもあります。


    ......縄文時代の熱気が溢れる「御柱祭り」のメインイベントは「木落とし」、興奮のクライマックス!....
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 .....(左)御柱祭儀式:上社(縄文)・下社(弥生)で異なる (右)御柱を立上げる神事(危険な作業)....
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前回の御柱祭(2010)は諏訪まで見に行きました。下社(春宮・秋宮)の里曳きがメインでしたが「木落とし」「川渡り」「里曳き」と氏子達への盛り上りは相当なものだった。通常の例大祭は毎年行われますが、諏訪御柱祭は6年に1回だけの開催ですからその思いの強さ深さは半端じゃないだろうネ~。


  .....(左)南アルプスをバックに勇壮な姿(2010御柱祭) (右)メイン会場に大パネルが掲示されていた....
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      ......(左)祭に向かう人達、諏訪は祭り一色 (右)諏訪太鼓を叩く女性陣....
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諏訪下社(春宮・秋宮)は岡谷市・下諏訪町に鎮座しています。上社が縄文の原始的な雰囲気を残すのに対して、下社祭神(諏訪明神)は天地安定・五穀豊穣を祈る守護神で弥生系の神と言えるかも・・


    ......(左)諏訪市内を練り歩く「奉納騎馬行列」 (右)太鼓の若衆はトラックで移動....
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   ......(左)諏訪下社「春宮」(岡谷市)の鳥居をくぐり境内へ (右)本殿の威厳ある姿....
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     .....春宮の裏手に謎の石仏「万治の石」(岡本太郎が世に紹介)が鎮座!....
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諏訪下社「秋宮」では神官行列に遭遇!砂利を歩き神輿を厳かに担ぎ光景は正に神々に仕える姿で実に荘厳!これは後程紹介するイスラエルの「失われたアーク」を担って進む姿と一致しているのだ!


      .....諏訪下社「秋宮」の神官行列、紫と白装束の厳かなる雰囲気が漂う....
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★最も謎が深い「上社・前宮」のミステリーに迫る

「上社前宮」(茅野市)は最も規模が小さく寂しい原始的な雰囲気ですが、4社の中では最も神聖な空気に感じられるパワースポットでした。前宮にも本殿はなく御神体は背後にある「守屋山」(自然崇拝)。「前宮」こそミステリーゾーン古代史の秘められた謎が集約された場所と言っても過言ではないのです。


      ......最もミステリーに満ちている上社「前宮」と守屋山(ご神体山)の位置関係....
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    ......原始の雰囲気を残す諏訪上社「前宮」は茅野市内の「守屋山」の麓に鎮座....
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この「前宮神事」だけが他宮とは全く異なり、鹿・猪の頭を生贄とし神に捧げる「御頭祭」なる奇妙神儀が残され、縄文時代・先住民の狩猟生活に基づく信仰痕跡が感じられ、独特の空気が漂います。


   ......(左)古代ユダヤの幕屋を思わせる「十間廊」 (右)原始的な雰囲気が漂う前宮の本殿....
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   ......前宮「御頭祭」は動物の頭を捧げる生贄儀式。先住民族の「ミサクチ神」の影響を残す....
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タケミナカタが出雲から敗走して諏訪に侵入する前には、縄文系先住民が崇拝した「ミサクチ神」という存在があったことを発見!「神長官・守矢家」資料館には「御頭祭」で生贄として捧げられた鹿・猪の頭、串刺の兎が展示されており衝撃的!征服された先住民に敬意を表し儀式を残したのか・・?


    ....現在も「ミサクチ神」(ミシャグチ様・漏矢神・守矢神)を祀る「神長官・守矢資料館」(茅野)....
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   .....「守矢資料館」には御頭祭で使われた野生動物の頭がズラリ!狩猟民族・縄文人の祭り....
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上社前宮の神長官は、中世末まで大祝(オオホウリ=現人神)の守矢家が務めていました。同家はタケミナカタが侵攻してくる前の土着神(ミサクチ=守矢神)を祭る司教家でした。諏訪に侵入したタケミナカタは征服を果たしましたが、守矢神を滅ぼすことなく出雲神と共存させ諏訪大社祭神に祀ったのです。


   .....国譲りで出雲から逃げて来たタケミナカタは諏訪に侵入征服、ミサクチ神信仰の先住民と和解....
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守矢資料館裏手に大きな神木がありそこには小さな祠があり秘かに縄文の神が息づいていました。ミサクチの神はまるで宇宙人の様にも見える。そして諏訪尖石史跡公園の縄文住居跡で見た土偶像にも似ている。まさに縄文時代から続いた自然崇拝・アミニズムの神が残っていることに驚きです。


   .....(左)これが「ミサクチ神」(御左口・御社宮司とも記載) (右)諏訪・縄文土偶群にも似ている....
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守矢資料館建築は実にユニークで斬新!かの有名な建築家・藤森照信(茅野出身)が設計した建築家としての地元デビュー作品でした。地域素材を用いた茶室「空飛ぶ泥舟」が露天展示されている!


    .....神長官・守矢資料館.の裏手にタケミナカタと守矢神が一緒に祀られ、大祝家墓所もある....
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    .....藤森照信が設計した「空中茶室」は不思議な造形、宇宙人と縄文文明の融合を表現?....
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★守屋山に残るユダヤ文化と物部守屋の痕跡

諏訪・上社前宮(茅野市)のご神体は「守屋山」、山自体を崇拝するケースは古代の富士山や大和・三輪山等、今も日本各地に幾つか残る縄文時代からの自然崇拝(アミニズム) の痕跡と言えます。


   ....ミサクチ神事を行う「神長官・守矢家」邸宅(通常時は無人状態)、背景は「八ケ岳連峰」....
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縄文人にはモリヤ山こそ自分達を見守る神の山として崇めたのでしょう。RWは「守屋山」は2011年に登頂しました。実は「守屋」とは旧約聖書の「モリヤ」(生贄の地)に由来する山名なのです。聖書・創世記22章に「アブラハム」が神命を受けモリヤ山に一人息子「イサク」を捧げる神話記述があります。


     ......2011年GWに登頂した諏訪「守屋山」。山の地名は旧約聖書「モリヤ」に由来....
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                       <2011年5月>諏訪探訪①「古代ミステリー・守屋山」登山記事
 
ユダヤ教で「モリヤ神」は絶対神「ヤハヴェ」を意味しており「守屋山」が降臨地と崇められたのでしょうか?ミサクチ神の語源は「御イサクチ」・・、「イサクに由来する神」という意味です。旧約聖書では羊が生贄に捧げられる話ですが、日本には生息していないため同じ角をもつ鹿や猪が代替されたのです。


     .....ミサクチ神の語源は旧約聖書登場のイサク(父はアブラハム)の生贄伝説に由来....
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古代ヘブライ神殿は 「幕屋」と呼ばれる移動式で周囲を幕や板で囲み、幕内で神に捧げる祭祀を行なっていました。前宮「十間廊」はイスラエル幕屋と全く酷似している!日本全国にユダヤ痕跡は数多く残っており、青森には戸の字がつくヘブライの地名、徳島・剣山のアーク聖櫃伝説は有名な事例です。


    .....古代ヘブライ神殿の幕屋とソックリな上社前宮「十間廊」、原始ユダヤ教の痕跡を残す....
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祭りで担がれる御神輿とは、イスラエルの「三種の神器」を治めた黄金の箱(失われた聖櫃アーク)を模したものと謂われます。下記の図を見て下さい。白い装束で神官が担ぐ御神輿はまさにそのもの!


      .....(左)イスラエルの民が運んだ聖櫃アーク (右)神官が運ぶ神輿はその姿に酷似....
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天皇はミカドと云われますが、ヘブライ語では貴人を【Mikoto・Mikado】と呼んでいたことも共通点。伊勢神宮には三種の神器の一つ「八咫の鏡」がありますが、神鏡にはヘブライ語が書かれているらしい。伊勢神宮の石燈籠には天皇家を象徴する「菊御紋」と一緒に「籠目紋」(イスラエル国旗の象徴=ダビデ六芒星)が刻まれており、神宮内殿地下には十字架が安置されるという説さえ存在するのです。


   .....伊勢神宮の石燈籠にはユダヤを象徴する六芒星、「八咫の鏡」にはヘブライ語が刻まれる....
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諏訪本宮で相撲歴史を語りましたが、旧約聖書にはヤコブ(シュモーと表記)が天使と格闘(相撲)して勝利し「イスラエル」称号(神と戦いの勝利者)が与えられた記載があります。相撲語源がシュモーなのでは?ギリシャ文化が海陸シルクロード経由で日本に伝播した史実を見れば決して荒唐無稽な話ではない・・!


 .....イスラエルの民は1世紀後半ユダヤ戦争に敗れ世界へ放浪、日本に一部渡来した可能性も高い......
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諏訪ミサクチ神とは、縄文時代の自然崇拝(アミニズム)の神が元々あり、1世紀頃に大陸からユダヤ人(失われた十支族)が日本に入り込み、ユダヤ神と融合していったのでは・・?!そして「モリヤ」キーワードの謎はまだ続きます!蘇我氏に神仏戦争で敗れた「物部守屋」を祀る神社が近くにあるのです。


    ......(左)諏訪尖石史跡公園の縄文住居跡 (右)アミニズムの神崇拝痕跡があった....
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物部守屋は古代から伝承された日本の神を守ろうとした豪族、当時日本に入って来た仏教を排除するため蘇我氏(仏教推進派)と血みどろの戦いをして破れてしまいました。守屋はタケミナカタ同様に諏訪へ敗走してきたのかも・・!「守矢資料館」見学時に10数名の団体見学客がおり資料展示を見ながら自分達の先祖系譜話に華を咲かせていました。何と彼らは物部氏の末裔達だったのです!


  ....物部守屋(神仏戦争で蘇我氏に敗れた豪族)を祀る神社。またもモリヤの名前が登場!....
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諏訪大社とともに長野で最も崇拝を集めるお寺は「善光寺」ですが、この寺も深い謎に満ちています。御本尊は絶対秘仏、今までに過去・誰も見たことがなく未来も絶対見られないとされます。そして何か諏訪大社と深い因縁・繋がりを感じるのです。①この寺に物部守屋の首が埋められているとの説があること ②諏訪御柱祭の前年に7年に1回(同サイクル)で「前立の秘仏御開帳」が行われること


  ....物部守屋の首があるとも謂われる善光寺。諏訪御柱祭の前年に7年に1回「秘仏御開帳」....
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縄文時代アミニズム、ユダヤ生贄風習が残る原始信仰、古事記・国譲りで敗れたタケミナカタとの関係、神仏戦争で敗れ日本の神を守ろうとした物部守屋、謎の善光寺との関係・・まさに諏訪は古代史ミステリー宝庫!深遠な謎に思いを馳せながら今年も諏訪御柱大祭の熱気を見たいと思います。


      .....今年の御柱祭も縄文時代から伝わる血潮熱気が煮え滾るに違いない!....
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                                                         おわり

  by rollingwest | 2016-04-03 22:00 | 諏訪探訪 | Comments(118)