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<2016年4月16~17日>「毛野国」探訪③:(足尾銅山&田中正造)編

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                                    「毛野国」探訪②:(桐生・足利)編より続く


★「毛の国探訪」第3編は足尾銅山へ!


両毛エリア(群馬・栃木)の魅力を紹介するシリーズ「毛の国探訪」(第2編)は足利市と桐生市でしたが、続く第3編は足尾銅山の歴史探訪!更に日本初の公害問題「足尾銅山鉱毒事件」に毅然と対決した「田中正造」に焦点を当ててレポートします。皆様には殆ど知られていない穴場かもしれない。


  .....(左)渡良瀬川沿いに北上し、足尾銅山へ (右)足尾銅山鉱毒事件と闘った田中正造.....
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宿泊した桐生市のホテルを朝出発、「わたらせ渓谷道」(国道122号)を北上し足尾銅山方面へと向かいます。途中に.関東の重要な水源・渡良瀬水系の「草木ダム」が出現!今年7月迄は渇水危機にも舞われ心配されましたが、8~9月は台風が数回上陸し現在は安定水位に戻ったようです。


   .....「草木ダム」は今年の渇水危機で結構有名になったかも・・!当時は桜が満開でした.....
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★足尾銅山の歴史を知る (トロッコ列車で坑道探訪)


足尾銅山は栃木県・日光市足尾町に所在し1550年に発見され、明治10年(1877)に古河市兵衛が経営に着手。最先端技術を導入し最盛期には日本の銅産出量の1/4を産出する日本の代表鉱山として名を馳せました。最初に「通洞鉱神社」に参拝、次は「足尾銅山観光.」へと入ります!


   ....足尾銅山の守り神「通洞鉱神社」に参拝、「足尾銅山観光」(当地は日光市の一部)....
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   .....日本最大級の銅山坑内が実際に体験できるトロッコ列車の駅舎で電車出発を待つ.....
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足尾銅山は閉山していますが観光トロッコ電車に乗る観光坑道があります。通洞坑は銅山の基幹坑道として使用され、圧搾空気動力鑿岩機やダイナマイト発破工法(当時の最先端技術)を駆使して開鑿された遺構であり、保存状態も良好。足尾銅山観光ハイライトとして一部が公開されており、いざ探訪!


  .....(左)さあ出発!(銅山キャラクター源さん) (右)黄色いトロッコ電車はいざ坑道へ、進行~!.....
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真暗な坑道停車場で下り、奥へ進むと鉱山採掘の蝋人形が続々登場。当時の辛く厳しい鉱石採掘の様子が年代別(江戸時代から昭和期まで)にリアル再現されています。大変だったろうなア・・


    .....江戸から昭和まで400年間掘り進めた足尾銅山坑道、長さは1,234kmに及ぶ.....
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坑道見学の後は「銅資料館」を見学。鉱石が銅になる工程や作業光景、銅山の貴重資料、採掘機械等が展示されており、日本産業の近代化を支えた足尾銅山の歴史・役割がタップリ学べます。


     .....(左)トロッコ坑道見学終了 (右)次は「銅(akagane)資料館」へ入って見る.....
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     .....資料館では銅鉱石や掘削機械の展示、通洞作業のジオラマ再現等が公開.....
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★鉱都「足尾」の栄華を残す「古河・掛水倶楽部」

次は足尾銅山隆盛期の古河鉱業・迎賓館「古河・掛水倶楽部」を訪問しました。大正初期に改築された建物は、外観は洋風、内部は和洋様式が共存する木造建築で館内には数々の資料が展示。大正期のピアノ・国産1号ビリヤード台も置かれ、当時の華やかな上流階級の様子が窺えます。


      .....足尾銅山最盛期に当地の迎賓館として栄華を誇った「古河・掛水倶楽部」.....
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        .....2階は畳の大広間で全面窓。桜満開の景色を眺められるとは贅沢!.....
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和風部分は明治末期に改築され洋風2階建てとなり、古河機械金属の福利厚生施設(銅山宿泊・会合施設)として今も現役活躍しています。豪華食堂・寝室・ビリヤード室は大いに見所ありです!


    .....当地を訪問の華族や政府高官の接待や宿泊に使用された古河Gr迎賓館は実に豪華.....
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       .....豪華な食堂・ベッド・ビリヤード室・・、まさに上流社会の交流・迎賓施設だネ~.....
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ビリヤード室には古河グループ創業家・歴代当主の写真が飾られています。古河財閥の創始者「古河市兵衛」は天保3 年、京都の庄屋に生まれ、26歳で京都小野組の番頭古河太郎左衛門の養子となり古河市兵衛と名乗りました。生糸取引で手腕を認められ小野組糸店の支配人となりました。


  .....(左)歴代の古河グループ創業家当主達 (右)創業者・古河市兵衛渋沢栄一と深い交流.....
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      .....古河財閥グループ発展史の基礎は足尾で築かれたと言っても過言ではない.....
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その後小野組の倒産により独立し、1875年渋沢栄一の援助を得て鉱山経営をスタートさせました。古河財閥から生まれた企業群には古河の名を冠した数多くの会社がありますが、その他にも、富士電機と富士通も有名。まさに足尾銅山は日本の近代化で重要な役割を果たしたといえましょう。


    .....明治40年の足尾鉱業事務所、重役・管理職住居が当時とほぼ変わらない姿で残る.....
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      .....旧足尾鉱業所付属倉庫は明治43年の煉瓦建築。桜とのコラボが素晴しかった.....
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★「わたらせ渓谷鐵道」を北上、足尾銅山の「本山精錬所跡」へ

「わたらせ渓谷鐵道」はその名前の通り、美しい渡良瀬渓谷川の流れに沿って走る鉄道で群馬県桐生駅~間藤駅(matou日光市)の17駅(44km)を結びます。元は産出された銅の輸送目的で敷設された鉄道で1911年に開業、その後国営化され現在は第3セクター経営されている観光鉄道です。


    .....(左)足尾町の中心駅「通洞駅」(足尾銅山観光の最寄駅) (右)白い木造のレトロ駅舎.....
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      .....通洞駅のホームに立つと「わたらせ渓谷鐵道」のレトロな列車がやってきた!.....
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間藤駅を過ぎると「間藤発電所跡展望台」、いよいよ足尾銅山の本山精錬所跡へと向います。さらに渡良瀬川を遡上して行くと巨大煙突が見えて来た!今は廃墟となった鉱山とはいかなる姿か?


      ....終点駅は間藤駅(栃木県日光市)、ここには「間藤発電所跡展望台」がある.....
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      .....間藤駅から足尾本山駅はすでに廃線!渡良瀬川を遡上すると巨大煙突が!....
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足尾銅山が閉山した後も多くの施設は取り壊されず廃墟化し、独特の雰囲気が漂っている!製錬所の周囲が皆禿げ山になっているのは、製錬所から排出された亜硫酸ガスが長年に渡って足尾の山々を汚染したことが原因・・、製錬所北部は現在も不毛の地となっています。公害の爪痕だ~


    ....渡良瀬川の対岸から、昔栄華を誇った銅山抗と製錬所全体を眺めることができる....
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     .....銅山は閉山し本山駅線路は廃線。昭和時代にタイムスリップしたような廃墟風景.....
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旧足尾町にあたる区域の人口は、今や2千人強、銅山が閉山した影響が大きく、この100年で人口は1/10以下になったとのこと。鉱山町の共通現象かもしれないが余りにも寂しき光景だ・・


      .....「古河橋」は赤倉地区と本山坑・製錬所を結ぶな橋梁(国指定重要文化財).....
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    .....足尾には沢山の廃墟・廃屋があり村が丸ごと廃村となった地区も数多くある.....
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足尾銅山の歴史や廃墟後を見学し、次は館林市へと向いました。館林の見所は第1編で紹介しましたが。当市には足尾銅山の歴史とは切っても切れない人物の記念館があるからです。その名は「田中正造」、日本最初の公害問題「足尾銅山鉱毒事件」に対して立ち向かった有名な方です。

                                    「毛野国」探訪①:(高崎・安中・館林)編




★最後に「田中正造記念館」と「渡良瀬遊水地」を訪問して帰京


田中正造記念館」には足尾鉱毒事件や田中正造について学ぶ資料が沢山あります。足尾の山は煙害と炭鉱による過度の伐採で丸坊主となり、自然の恵みをもたらしていた渡良瀬川は鉱毒が垂れ流し状態となりました。現地被害民も黙っておらず正造は政府に訴え出ようと館林を出発!


  .....日本初の公害問題「足尾銅山鉱毒」に対して立ち向かった「田中正造」の記念館を訪問.....
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しかし富国強兵が第一優先の明治政府は訴えを無視、正造の訴訟団を警官隊に阻止させ国家権力で弾圧したのです。(川俣事件) 田中正造は亡国演説を行い政府の糾弾を継続。そして彼は最終手段で直訴状を携え、「お願いがござる!」と天皇馬車に走り出し逮捕されてしまいました。


  .....国家弾圧に怒った田中正造はついに天皇直訴を決行!警察に制止され未遂に終わる....
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   .....(左)田中正造夫妻の絵が居間に (右)足尾銅山精錬所風景、地形もよく理解できた.....
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次は雲龍寺を訪ねてみました。朱門を入ると左手には「足尾鉱毒事件被告の碑」があり、さらに進むとを田中正造の墓があります。この寺は川俣事件で鉱毒被害民が集結した歴史の地。石碑には正造の詠歌「毒流すわるさ止めずバ我やまず渡良瀬利根に地を流すとも」が刻まれる。

     .....田中正造の墓がある「雲竜寺」(館林市)、渡良瀬川の近くにヒッソリと眠っていた.....
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旅の最後は、日本最大の遊水地「渡良瀬川遊水地」(利根川の中流域)を訪問して帰京しました。渡良瀬川洪水被害で足尾銅山の鉱毒被害は明確になり、明治43年には内務省による改修事業が開始、昭和5年に渡良瀬遊水地が完成したのです。今は地元住民の憩いの場となっています。


    .....利根川の中流域(群馬・栃木・茨城・埼玉)、日本最大の遊水地「渡良瀬川遊水地」.....
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水質汚染は確実に解消し、2012年国際会議においてついにラムサール条約湿地(国際的に重要湿地)に登録された遊水地となりました。田中正造翁も天国から大いに喜んでいることでしょう!


      .....ウインドサーフィンを楽しむ人達が沢山!足尾鉱毒事件の悲惨史は全く感じない.....
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    .....かつて鉱毒事件悩まされた渡良瀬のラムサール条約登録候補地になる程に環境改善.....
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足尾歴史と環境闘争の田中正造足跡を訪問し今回は大変勉強になりました。毛の国探訪はまだまだ続きます。第4~5編は足利尊氏・新田義貞の太平記史跡、徳川家康のルーツ世良田東照宮、佐野(厄除大師・ラーメン)、大谷石採掘場のレポート等が今後続々登場の予定です。お楽しみに~!



           【NHK番組・その時歴史が動いた】 『田中正造 足尾鉱毒事件に挑む』
                   



                                                        おわり

  by rollingwest | 2016-09-13 16:55 | 毛の国探訪 | Comments(116)