RW/洋楽コーナー:「My Favorite Songs」 (第37巻)



RW洋楽コーナー「My Favorite Songs」(第37巻)は、 1960年代後半にビートルズ、ストーンズと並ぶ英国3大ロックバンドと呼ばれた「ザ・フー」の名曲「ババ・オ・ライリー」(1971))をお送りしています。♪\(^◇^)/♪… 下記URLよりクリック



                     ザ・フー  「ババ・オ・ライリー」(1971)
c0119160_22114870.jpg



              【My Favorite Songs】過去紹介した名曲(INDEX)はコチラから



★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
c0119160_15342514.gifc0119160_15405358.gifc0119160_1541379.gifc0119160_15412482.gifc0119160_15414376.gifc0119160_1542442.gifc0119160_15434219.gifc0119160_15441097.gif ★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆

.

  # by rollingwest | 2017-10-19 22:20 | 洋楽(ロック・POPS)

<2017年9月>「上州武尊山」(日本百名山)登山&奥利根・水上紀行


c0119160_07105402.jpgc0119160_07072405.jpg
c0119160_07084388.jpg



★今年2つ目の日本百名山はまたも群馬県の名峰「上州武尊山」


この7月、4年ぶりに日本百名山へ挑戦し「皇海山」(sukaisan)を登りましたが、9月も「武尊山」(hotakayama)単独行にて連続で百名山の登頂、合計79座に積み上げました。2峰の共通点は一般には無名の存在、山名の読み方がよく解らない群馬の地味な山と言うところでしょうか・・(苦笑)


     .....夜明けの関越自動車道、空が赤く染まり始める!走行中撮影は危ないぞ!喝~.....
c0119160_19322439.jpgc0119160_19345826.gifc0119160_19363141.jpg
c0119160_19365662.jpg


「武尊山」を「ほたか」とは中々読み辛く、北アルプス穂高岳と間違えられるので「上州」の字を先に付けて呼ぶのです。早朝3時半に家を出発し、関越自動車道路から群馬県の最北部・水上ICを降り道の駅にて車内朝食。県道63号線で宝台樹キャンプ場を通過し、利根川源流部を目ざしました!


     .....関越道・水上ICを降りると明るくなってきた!宝台樹キャンプ場を通り藤原湖方面へ!.....            
c0119160_19570497.jpgc0119160_20025304.jpgc0119160_20032398.jpgc0119160_20243186.jpg
c0119160_20043310.jpg

c0119160_20130815.jpgc0119160_20134506.jpg
c0119160_20151268.jpg


山道の途中では猿軍団を発見!いよいよ藤原湖(藤原ダムで造られた人工湖)が見えてきた!矢木沢ダム・須田貝ダムと並ぶ奥利根三湖、ここが干上がると関東は水不足に陥る重要な水瓶です。


     .....(左)モンキー軍団、車接近!崖攀じ登って逃げる (右)藤原ダムを通過し裏見の滝へ.....
c0119160_20392632.jpgc0119160_20365684.jpg
c0119160_20395345.jpg
c0119160_20401617.jpg
c0119160_20404222.jpg


登山口手前には武尊神社が鎮座。山名は日本武尊(景行天皇時代の東征将軍)に由来します。この近くには高さ50mから勢いよく落ちる「裏見の滝」があるので足慣しに穴場名瀑を散策してみよう!


     .....(左) 武尊神社に参詣(無事登山を祈念) (右)神社前には「裏見の滝」遊歩道入口.....
c0119160_20511539.jpgc0119160_21214563.gifc0119160_20534391.jpgc0119160_06180232.jpgc0119160_20522766.jpg

駐車場の近くにある滝見ルートの山道に入り歩いて10分程で水量の多い豪快な滝に出会えました。現在は滝の裏側が見られる遊歩道は崩壊しており裏見ができない「裏見の滝」でしたが、滝の最上部に登り真下を覗きこみスリルを味わいました。武尊山登頂前のいい準備運動の散策になったネ~!


       .....「裏見の滝」展望台から、武尊川から断崖絶壁を豪快に落ちる名瀑を望む.....
c0119160_21413856.jpgc0119160_21421442.jpg
c0119160_21424735.jpg

     .....(左)滝の最上部まで登り、川が断崖下に落ちるアングルに張り付き名瀑を上から覗き込む.....
c0119160_21454479.jpgc0119160_21462387.gifc0119160_21470711.gifc0119160_21473710.jpg
c0119160_21480919.jpg






★「上州武尊山」への往復登山、絶景パノラマを満喫!


裏見の滝から車で悪路を登り上がり登山口駐車場に7:30到着。手小屋沢避難小屋ルートでの6時間半ピストン登山をいざ開始~!明るくなってきたカラマツ林・ブナ樹林の中を歩き、尾根を西から東に巻くように住んでいくと手小屋沢避難小屋があります。トタンのカプセルシェルターみたいで面白いネ~!


     .....(左)駐車場に到着して出発準備 (右) 「上州武尊山」の登山ルート(鳥瞰図バージョン).....
c0119160_22041117.jpgc0119160_22043495.jpg
c0119160_22051398.jpg

          .....カラマツ林・ブナ樹林の道を進み行く。手小屋沢避難小のユニークな外観.....
c0119160_22140509.jpgc0119160_22143799.jpgc0119160_22150145.jpg
c0119160_22152482.jpg


手小屋沢を過ぎ暫く平な道が続きましたが次第に斜度が増してきました。木の根の段差が大きい箇所が多くあり慎重に登り行くとようやく視界が開けました。全体的に厚い雲に覆われ今日のパノラマは望み薄なのかな・・ちと不安。さらに登り詰めていくと鎖場登りの断崖が何度も出てきました!


     ....稜線の高台岩に立つとパノラマが開ける!ガスがかかっており頂上は雲の中なのかな?.....
c0119160_05243891.jpg
c0119160_05470683.jpg

     .....鎖場は5箇所連続で登場しスリル満点!最後の詰めに向い緊張する登りが続く.....
c0119160_05485212.jpgc0119160_05492686.jpg
c0119160_05494135.jpg

       .....(左)ハイマツ帯からは断崖の大岩が登場! (右)まだ厚い雲に覆われている.....
c0119160_05530490.jpg
c0119160_05533507.jpg

森林限界を超えハイマツ帯の広い道に出ると名峰赤城山が見えてきた!目の前には目指す武尊山が緩やかなピラミダル姿を現した!期待していなかった眺望も雲が徐々に薄らぎ晴れ渡ってきたぞ!


       .....(左)雲がなくなり赤城山が見せてきた (右) 武尊山の頂上まであと40分!.....
c0119160_05560783.jpg
c0119160_05564794.jpg
c0119160_05584716.jpg
c0119160_05590754.jpg

11:00ついに頂上へと立つとガスは完全に晴れ渡り360度のパノラマ!何たるラッキー!目の前には今朝通過した藤原ダム湖がブルーレイクに変貌している!その左は突がっている山は剣ケ峰山・・


     .....上州武尊山の山頂に立つ!青空が広がり絶好のタイミングに恵まれた!.....
c0119160_06013483.jpg
c0119160_06020942.jpg

        .....(左)関東の水瓶「藤原ダム湖」 (右)剣ケ峰山は実に格好いい山だなア・・!.....
c0119160_06041378.jpg
c0119160_06045181.jpg

山頂パノラマは実に素晴らしい!尾瀬の2名峰(至仏山・燧ケ岳)、日光白根山、そして7月に登った皇海山、谷川岳など日本百名山がズラリと並んでいる!パノラマを大満喫しユックリ昼食タイムを楽しみました。


     .....(左) 至仏山と燧ケ岳の中間が尾瀬ケ原 (右)日光白根山・皇海山も見える.....
c0119160_06265767.jpgc0119160_06312863.jpgc0119160_06532195.jpg
c0119160_06274918.jpg
c0119160_07062696.jpg
c0119160_07070147.jpg

11:40下山開始、まだ緑が深い道には高山植物やキノコが随所に見られ秋の風情も感じられました。13:50駐車場に到着。軽装ザックの往復ピストンでしたが6時間半かかり歩き応えがあった・・。天気はドンドン回復し快晴度が増してきたぞ。次は奥利根の名湯「水上温泉」を散策してみよう!


     .....(上)樹の根が張り出した道を降りる (中)高山植物(下)キノコを発見し秋を感じる.....          
c0119160_08073555.jpgc0119160_08080891.jpg
c0119160_08082249.jpg

c0119160_08121402.jpgc0119160_08123949.jpgc0119160_08140749.jpgc0119160_08135015.jpg
c0119160_08163259.jpg
c0119160_08292200.jpgc0119160_08295368.jpgc0119160_08302585.jpgc0119160_08304390.jpg
c0119160_08314899.jpg

c0119160_08392070.jpgc0119160_08394464.jpg
c0119160_08401441.jpg






★利根川水源「奥利根」の名湯「水上温泉」散策


日本一長い川は信濃川ですが、茨城・千葉県境沿いに太平洋へ流れ込む首都圏の大河「利根川」は日本一の流域面積を誇ります。その源流は三国山脈・大水上山(群馬県利根郡みなかみ町)。当山域は深い沢と多くの滝があり、日本有数の探検秘境地(沢登り最上級グレード)なのです。


  .....奥利根源流は一般登山者が入れない奥深い秘境。峡谷の沢登りは高い登山技術が必要.....
c0119160_08505384.jpgc0119160_08513768.jpgc0119160_08520584.jpg
c0119160_08522974.gif

昭和初期に谷川岳を貫き関東と越後を繋ぐ清水トンネルが開通するまで深山幽谷温泉だった「水上(minakami)温泉」。有名になったのは若山牧水「みなかみ紀行」であり、文壇作家や谷川岳登山者に愛され活況を呈していました。今は関越自動車であっという間に行けますがやや人気低調な印象・・?


     .....奥利根の川の流れが美し過ぎる!首都圏の奥座敷として有名な「水上温泉」.....
c0119160_09091550.jpgc0119160_09103132.jpg
c0119160_09105561.jpg

2007年3月に水上温泉街の真ん中にオープンした「みなかみ町山岳資料館」には谷川岳の登山史を語る資料や写真の数々や山仲間から寄贈された懐かしい登山用品が多数展示されています。


   ....温泉街の雑貨屋2階にある小さな山岳資料館は見学無料(地元山岳有志で開業).....
c0119160_09150364.jpg
c0119160_09151925.jpg

水上なのでやはりメインは谷川岳展示が中心で多くのパネルが飾られています。地元登山家の紹介、奥利根山岳エリアの立体模型・ビデオ案内があります。谷川岳は一ノ倉沢という穂高岳・剱岳と並ぶ日本三大岩場があり、関東から行き易いので昭和30年代は岩壁に挑戦する若者が多く殺到しました。


  .....(左)魔の山「谷川岳」の雄姿 (右)清水トンネル開通後、土合・土樽駅は登山者で賑った.....
c0119160_09180835.jpg
c0119160_09182724.jpg

   .....(左)断崖絶壁の一ノ倉沢 (右)この山の遭難死者数は800人を越え世界一(ギネス認定)....
c0119160_09242471.jpgc0119160_09244328.jpg
c0119160_09245743.jpg

しかしこれに伴い遭難も急増し「魔の山」として畏れられ、昭和41年には遭難死者が何と37名もの過去最悪事態が発生し「谷川岳遭難防止条例」が制定される程でした。今はロープウェイも開通し家族でも登れる山となりましたが、我々の世代では恐ろしい山としてのイメージが今も残っています。


  .....昔の登山道具も多く展示、学生時代は30kgの重荷で肩に食い込むキスリングが辛かった.....
c0119160_20000824.jpg
c0119160_20010436.jpg
c0119160_20015148.jpg
c0119160_20022285.jpg

水上町歴史民俗資料館には、当地の祭事道具・農具・民具・古文書2千点が展示され水上の歴史を知る上で興味深い資料館。前庭には移築された国重要文化財「旧戸部家住宅」もあります。


    ....水上歴史民俗資料館を覗いてみる。展示で外人マネキン人形を使っているのはチト笑ロた.....
c0119160_20141013.jpgc0119160_20150370.jpg
c0119160_20154653.jpg
c0119160_20180488.jpg
c0119160_20181961.jpg

旧戸部家住宅は江戸時代初期の川場村農家建築で当時の人々の暮らしぶりを垣間見ることができます。昭和48年、水上町が国の重要文化財を買い上げ、一般公開を始めたとのこと。中に一歩入れば150年前の奥利根村にタイムスリップした様な感覚になり、懐かしい気持ちに浸りました。


          .... 旧戸部家住宅は茅葺き家で昔の山間部農家の暮らしが伺える.....
c0119160_20211576.jpgc0119160_20215011.jpg
c0119160_20224091.jpg
c0119160_20324984.jpg
c0119160_20333797.jpg






★谷川岳を間近に仰ぐ清流風景「諏訪峡」を散策


諏訪峡は水上温泉を代表する景勝地の一つで、春は新緑、夏は涼、秋は紅葉、冬は雪景色と、四季それぞれに彩りを変えます。双耳峰の谷川岳が間近に仰げ、美しい清流で心が癒されます。渓谷の流れに沿って遊歩道が整備され「美しい日本の歩きたくなる道500選」にも選ばれている道


   ....道の駅「水紀行館」(水上温泉の近く)から「諏訪峡」巡りができる。コスモスの花が満開.....
c0119160_20571755.jpgc0119160_20581135.jpg
c0119160_20593049.jpg
c0119160_21031570.jpg
c0119160_21035319.jpg

水上温泉の玄関口に水紀行館の隣には清流公園があり諏訪峡への入り口になっています。奇岩、怪石が連続する渓谷で、坊岩・夫婦岩・玉簾の滝、高所吊り橋の笹笛橋などの見所があります。


     .....奥利根からの清流を体感できる諏訪峡の散策周遊路は実に気持ちがいい.....
c0119160_21102406.jpgc0119160_21111116.jpg
c0119160_21120191.jpg
c0119160_21150711.jpg
c0119160_21155443.jpg

公園内に「与謝野晶子歌碑公園」を発見!晶子は全国の温泉を巡っており各地に足跡を残しましたが、水上温泉は4回も訪問した縁で2009年、与謝野鉄幹も含めて9つ歌碑が建立されました。


       .....「与謝野晶子歌碑公園」有名な「君死にたまふことなかれ」の句碑が設置.....
c0119160_21242324.jpgc0119160_21250498.jpg
c0119160_21254197.jpg

     .....(下)笹笛吊り橋の渓谷は絵画如し! (右)谷川岳の双耳峰がよく識別できた!.....
c0119160_21312557.jpgc0119160_21320176.jpg
c0119160_21324201.jpg

今年9月は山仲間3人で谷川連峰周遊(平標山・仙ノ倉岳)を計画したのですが台風の接近で中止として、その代替として「上州武尊山」の単独登山をしました。今回は大して期待してなかったのですが、こんな素晴らしい山旅になるとは思わなかった!来年のリベンジ登山が大いに楽しみだ!


   .....谷川岳を眺め諏訪峡を巡り水上の湯に浸かって大自然を満喫するのもいいかも!.....
c0119160_21391683.jpg
c0119160_21395065.jpg

今年6月に谷川岳や奥利根・水上はユネスコエコパークにめでたく登録されました。世界で認められる大自然風景をお手軽に日帰り登山を楽しめる日本人の幸せをまた一つ実感した次第です。


                                                         おわり


                   



  # by rollingwest | 2017-10-11 21:40 | ローリングウエスト山紀行 | Comments(150)

<2017年9月>リニューアル「小田原城」&北条氏五代の史蹟探訪


c0119160_12200890.jpgc0119160_12222680.jpg
c0119160_12213300.jpg



★リニューアルした小田原城へ!18年ぶりの対面


神奈川県「小田原城」(百名城)は昨年5月、耐震補強工事でリニューアルオープン。入場者は1年強で百万人突破の大人気となっています。今はゲーム影響で戦国武将・城郭のブーム到来(歴女も増殖)!18年ぶりに小田原城(1999家族旅行以来)へ行ってみたので北条氏五代の歴史も重ねてレポートします。


 ......(左)お色直し・新「小田原城」    (右)1999年2月家族旅行(娘5歳、今は亡き義父母と).....
c0119160_12362860.jpgc0119160_12341035.jpgc0119160_12493909.jpg
c0119160_12370491.jpg


小田原城は戦国大名「北条氏」が五代の栄華を誇り(鎌倉北条氏と混同されるため後北条氏とも呼ばれる)、武田信玄や上杉謙信が大群を率いて攻めても落とせなかった「難攻不落」の名城です。蓮が茂る掘を横目に見て進むと美しい朱色の「学橋」、城の正面玄関となる「馬出門」が出現します。


   .....真っ赤な「学橋」を渡っていくと、小田原城の入口「馬出門」とイヌマキ大木がお出迎え!.....
c0119160_12580288.jpg
c0119160_12584613.jpg
c0119160_13021815.jpg
c0119160_13030096.jpg


小田原城の堀は「障子堀」と呼ばれ、四角形溝が並ぶ落とし穴となっており嵌ると抜けられなくなる構造。城門の中は桝形広場で集中砲火を浴びせられる城塞仕掛けで昔は三~四重の防備だったとのこと。これが難攻不落城と謂われた訳か~!堀を渡ると、二の丸へ続く銅門が見えてきます。


   ......(左)銅門(akaganemon)の赤銅が渋く光る (右) 敵を落としこむ「障子堀」の罠仕掛.....
c0119160_13204595.jpgc0119160_13221684.jpg
c0119160_13225076.jpg

     ......(左)小田原城入場者は7月に百万人越えの大人気 (右)勇壮な天守閣をバックに.....
c0119160_13245673.jpg
c0119160_13252915.jpg







★小田原城内見学:北条氏五代の歴史をあらためて学ぶ


天守閣は第5代北条氏直が1580年築きましたが、その後は徳川の諸大名が城主を務めました。関東大震災で崩壊、小田原城址公園として再整備。現在の天守は昭和35年市制20周年記念事業として総工費8000万円をかけて復興され、そして昨年の耐震工事でリニューアルに至っています。


         ......常盤木門をくぐり、いよいよ天守閣の中へと入って見よう!.....
c0119160_13342867.jpg
c0119160_13345103.jpg


中に入ると1階では江戸時代の小田原城、2階では北条氏の歴史や戦国時代の城の様子を紹介するなど、小田原城の歴史的魅力を伝えるストーリー性がある垢抜けた展示になった気がするなア・・


    ......受付から入るとまず巨大絵巻の展示が出現!内装もなかなかオシャレな作りだ!.....
c0119160_13364764.jpg
c0119160_13371072.jpg

       ......北条氏が戦国時代に建設した中世の小田原城は現在と相当イメージが違う.....    
c0119160_13405539.jpgc0119160_13400273.jpgc0119160_13403159.jpg

それでは小田原城の繁栄の基礎を築き上げた北条氏五代の歴史をレビューしてみましょう。戦国大名北條氏は甲斐武田・越後上杉に比べると地味なイメージがありますが、ピーク時には関八州(関東平野一帯)を支配下としたBIG大名です。小田原駅西口前には初代・北條早雲の勇姿銅像が! 


  ...... 初代北条早雲(小田原駅前に銅像)は伊勢新九郎・宗瑞を名乗り下剋上で勢力拡大.....    
c0119160_13595380.jpgc0119160_14004354.jpgc0119160_14013873.jpg
c0119160_14021284.jpg


早雲は岡山伊勢氏の出自で伊勢宗瑞と名乗り、初めは足利幕府に仕えましたが、その後駿河の大名今川氏へと鞍替え。伊豆韮山城を築き戦国大名と成り上がっていき相模一国を平定する基礎を作りました。二代目・氏綱は拠点を小田原城に移し、伊勢から北条への改姓・虎朱印状の創出等でさらに国力を発展させて、領国を駿河・武蔵・下総まで拡大し東国盟主としての地位を確立しました。


  .....(左)初代・早雲 (右)北條を名乗った二代・氏綱(鎌倉北条の後継ブランドを目指した?)....
c0119160_14160037.jpgc0119160_14172429.jpgc0119160_14162737.jpgc0119160_14283376.jpg
c0119160_14364082.jpg

群雄割拠の戦国期の大物ヒーローは三代・氏康!大規模な検地・税制改正・家臣の軍役負担制度など領国支配体制を万全に整え、河越合戦に勝利して勢力を広げ群馬・千葉県まで進出しました。武田信玄と今川義元とは三竦みで睨み合うも、三国同盟を結ぶなど傑出した政治能力も語り草!


     ......三代・氏康は、関東管領の上杉氏を関東から排除し最大勢力を誇る拡大ぶり.....
c0119160_14390482.jpgc0119160_14401160.jpg
c0119160_14404152.gif


四代・氏政は上杉謙信や武田信玄の小田原攻めを退けています。守りを固め内政を充実させましたが、天下統一を目指す豊臣秀吉の野望により小田原攻めの敗北で切腹しています。五代氏直は敗北後、高野山へ追放。90年に亘る戦国大名北条氏による関東支配は終焉を告げました。


   ......(左)四代・氏政、小田原攻めで切腹  (右)五代・氏直、高野山へ追放され無念の死.....
c0119160_14441660.jpgc0119160_14444616.jpg
c0119160_14452311.jpg


     ......北条氏五代の歴史・文化を十分に学んだ後は、天守閣からの絶景を楽しむ!.....
c0119160_15061222.jpgc0119160_15070637.gifc0119160_15043477.jpg
c0119160_15080641.jpg
c0119160_15292292.jpg
c0119160_15300043.jpg


小田原城の出口には報徳二宮神社が鎮座しています。かつての小学校の校庭で、薪を背負って読書をしながら歩く少年の像でお馴染みだった、あの二宮尊徳を祭神として祀っている神社です。


      .....小さな努力の積み重ねが大切さを日本全国に教えた二宮尊徳は小田原の出身.....
c0119160_15550627.jpg
c0119160_15562049.jpg
c0119160_15563616.jpg
c0119160_15570103.jpg


リニューアルされた小田原城は、歴史ファン増加にあわせて解りやすく展示に工夫を凝らしていました。北条氏が小田原を拠点に戦国大名とし関東へ勢力を広げた経緯、五代に渡って栄華を誇った歴史、秀吉の小田原攻め滅亡、全体がよく理解でき大満足!今度は静岡県富士市へと向います!






★静岡県富士市へ!北条・今川・武田の三国同盟の史蹟訪問


   .....三代・北条氏康が今川義元(駿河)・武田信玄(甲斐)と三国同盟を結んだ善得寺(富士市)へ.....
c0119160_16091739.jpgc0119160_16004521.gifc0119160_16144299.jpg
c0119160_16095731.jpg


静岡県富士市の「善得寺公園」は「甲相駿三国同盟」と呼ばれる武田・北条・今川の相互不可侵同盟が結ばれた歴史的な場所。小田原~東名高速道で足を延ばしてみました。当時は静岡東部一番の大寺院(今川義元の軍師・雪斎が住職)でしたが、今は面影もなく単なる小公園で意外~!


    .....「善得寺跡」は富士市内の住宅地にあり、実に分かりにくい場所、ここで同盟締結か~.....
c0119160_16245841.jpg
c0119160_16251973.jpg
c0119160_16282134.jpgc0119160_16283784.jpg
c0119160_16285497.jpg







★静岡三島の新名所!話題の「三島スカイウォーク」初体験!


静岡富士からは一般道を使って三島・箱根経由で再び小田原へと戻ります。このエリアにも北条氏が創築した「山中城」(日本百名城)があります。そしてその手前には今話題になっている日本一の大吊橋「三島スカイウォーク」(2015年12月開業、全長400m)で空中散歩体験をしてみよう!


   .....「三島スカイウォーク」はオープン1年半を過ぎて大人気、日本最長の歩行者専用吊り橋.....
c0119160_16423134.jpgc0119160_16430534.jpg
c0119160_16435184.jpg


吊り橋の散歩は有料、チケット購入後、吊り橋に向かうと多くの人が列をなしている!歩き始めると、想像以上に揺れを感じ、スリル満点!一番高い場所は地上70m超の落差、足元はグレーチング構造で隙間から地面が見え、高い場所が大好きなRWでもドキドキ!これはなかなかの穴場スポットだ!


  ......日本一の大吊り橋!列をなす観光客、揺れてスリル満点・高所恐怖症の方は無理かも・・.....
c0119160_16474411.jpg
c0119160_16480474.jpg
c0119160_16495046.jpg
c0119160_16503439.jpg
c0119160_16511242.jpgc0119160_16532616.jpg
c0119160_16535898.jpg

橋の上は360度のパノラマビューで眺望抜群!駿河湾・伊豆の山並の絶景が一望できます。チョット残念だったのはガスで覆われ富士山が見えなかったこと・・。快晴ならば富士の壮大な絶景が出現!


     ......遥か先に沼津市街、連なる山は沼津アルプス、さらに背後に伊豆半島が見える.....     
c0119160_17015797.jpg
c0119160_17023545.jpg
c0119160_17041463.jpg

   ......もし快晴ならばこんな素晴らしい富士山・愛鷹山の絶景が見える!(ネット写真拝借).....   
c0119160_17045311.jpg





★北条氏の箱根防御拠点「山中城」、「芦の湖」経由で再び小田原へ


東海道・三島から小田原を攻めるには箱根峠を越えなければなりません。北条氏がこの交通要所に配置した防御拠点が「山中城」です。是非行きたかった城なので小田原へ戻る途中に訪問してみました。緑豊かな史跡公園で特徴的な戦略掘「障子堀」「畝堀」が残る美しい山城史跡です。


   ......「山中城」は、1560年代に小田原城を守る城として、北条氏により創築された.....
c0119160_17184486.jpg
c0119160_17190596.jpg
c0119160_17204532.jpg
c0119160_17210853.jpg
c0119160_17234214.jpgc0119160_17241583.jpgc0119160_17244560.jpg
c0119160_17251858.jpg


三島から箱根峠に登る「東海道」(現在の国道1号)の交通要所、西側には駿河湾と富士山を一望におさめ、伊豆韮山城も眺められる場所に位置した「山中城」。標高580mの箱根山中に北条氏康によって築かれた広大なる堅城は、武田信玄の侵攻に備えた小田原を守の要の山城でした。


    ......山中城は東海道の道筋を場内に取り込む形で設計され、自然地形を豊富に利用.....
c0119160_17483367.jpg
c0119160_17485150.jpg
c0119160_17525851.jpg
c0119160_17532893.jpg
c0119160_17545709.jpg
c0119160_17552066.jpg


再び小田原へ戻りますが、箱根旧街道(江戸時代の箱根越え)の道を通っていこう!♪「箱根の山は 天下の嶮~」、明治時代から唄われた唱歌「箱根八里 」(作曲:滝廉太郎)の名称で知られる天下の難所でした。この急坂の多い山道は江戸時代初期、幕府の官道として整備されました。


    .....昔は泥道だった箱根旧街道、江戸幕府が近代的な石畳道を敷き詰めて拡大整備.....
c0119160_17573987.jpgc0119160_17590570.jpg
c0119160_17593067.jpg


箱根観光の象徴「芦ノ湖」は標高724mに位置し、周囲20km、最深部は43.5m、3千年前に起きた大涌谷付近の噴火によって生成されたカルデラ湖でこの水は小田原・箱根エリアの恵みの水源です。


     .....箱根観光は「芦ノ湖」遊覧は欠かせない。箱根街道は有名な浮世絵が沢山!.....
c0119160_18050145.jpgc0119160_18052690.jpg
c0119160_18060537.jpg

小中学校時代、箱根山は浮世絵イメージで相当な難関峰と思っていましたが、こんな断崖絶壁の山ではありません。しかし東海道を徒歩往来するには難所の山、歴史上の交通要所を守る重要拠点の意味が深く、箱根を制すれば天下が取れる「天下の嶮」として謳われてきたのだと思います。

c0119160_18085106.jpgc0119160_18092071.jpg
c0119160_18094344.jpg






★秀吉が北条氏を滅ぼした「石垣山・一夜城」


最後は再び小田原に戻り、今度は豊臣秀吉が築いた「石垣山一夜城」を訪ねました。秀吉は天下統一事業の仕上げとして、屈服に応じない北条氏と相対することになり、1589年小田原征伐に乗り出しました。全国の大名を小田原に集結させて総勢20万を超える大軍で小田原城を包囲したのです。小田原城を見下ろす笠懸山に、ある日突然「一夜城」が現れ、これを見て北条氏は愕然としました。


     ......秀吉が笠懸山(小田原城を完全に監視する位置)に築いた「石垣山一夜城」.....
c0119160_19291352.jpgc0119160_19293815.jpg
c0119160_19314270.jpg
c0119160_19414367.jpgc0119160_19432911.jpg
c0119160_19454573.jpg

秀吉は事前に大量の兵糧を買占め、北条征伐を長期戦も辞さぬ覚悟で臨み陸海から完全に小田原城を包囲。これに対し北条方では秀吉大軍をどうやって迎え撃つか小田原城に重臣が集まり話し合いが行われますがいつまで経っても結論が出ません。これが「小田原評定」の語源由来です。


      ......石垣山一夜城の入口、関東で初の野面積み城の頂上部へと登って見よう!.....
c0119160_19514451.jpg
c0119160_19521549.jpg
c0119160_19535701.jpg
c0119160_19542564.jpg

石垣山城は、笠懸山(小田原城の西)に秘かに城を築き、完成後に周囲の木を伐採して一夜で総石垣の城を築いたように見せたことから「石垣山一夜城」と呼ばれます。城の出現を見て北条将兵は戦闘意欲を完全に喪失し、四代・氏政は観念して切腹。ついに北条の歴史が終わりました。


     ...... 石垣山城頂上に立つと小田原の街が一望!確かに小田原城を見下ろす位置だ!.....
c0119160_20222198.jpgc0119160_20233329.jpgc0119160_20241960.jpg
c0119160_20250008.jpg

石垣山城は、長期戦に備えた城構えで秀吉の威信を示す大本営でした。征伐100日間には淀殿や千利休が大阪から呼ばれて茶会が催され、天皇の勅使も迎え能役者や猿楽師も呼ばれ華やかな宴会も催されたとのこと。こんなビッグネーム達が小田原に長く滞在していたとは知らなかった~!


     ......この山に秀吉・家康・淀君・利休等が長期陣を張って滞在していたと思うと凄い!.....
c0119160_20325402.jpgc0119160_20331685.jpgc0119160_20333106.jpgc0119160_20343462.jpgc0119160_20345381.jpgc0119160_20350534.jpg

北条氏の降伏により秀吉はその後天下統一を実現、120年続いた戦国時代は終焉を迎えました。敗者は歴史を塗り替えられ、北条氏は愚者に祀り上げられたため我々のイメージも希薄ですが、関東の一大勢力として五代に渡り繁栄した実力はもっと評価されてもいいのではないかとも思いました。小田原城リニューアルで北条氏人気は高まっており、いつか大河ドラマにも取り上げられることでしょう!


       ......難攻不落の異名を誇った小田原城、この強固な城が小田原の繁栄を築いた.....
c0119160_20450185.jpg
c0119160_20453870.jpg

                  


                          「過去に紹介した「戦国武将」のレポート」はコチラから

                                                         おわり



  # by rollingwest | 2017-09-25 19:20 | Comments(156)