アルバートハモンド 「カリフォルニアの青い空」

★(143)アルバートハモンド 「カリフォルニアの青い空」 (1973年) (2016.3.27公開)



c0119160_13162034.jpgアルバート・ハモンドの「カリフォルニアの青い空」・・、RWが中学生3年(高校受験勉強)の頃に毎日ラジオから流れていた実に懐かしいナンバー!米国西海岸光景をイメージさせる爽やかな声は、同年秋にヒットした「落葉のコンチェルト」(最後に紹介)や「フリーエレクトリックバンド」(1973)とあわせて一世を風靡した1970年初頭の代表的なシンガー・ソングライターでした。その後はあまりヒットチャートに登場しなくなったので「一発屋」だったのかな・・と記憶が薄れて行ったのですが、またAOR全盛期には当時の流行に乗った爽やかなPOP曲で再登場して「まだ元気に頑張っているんだな~」と喜んだものです。「マリン・ブルーが輝く時、オフショアに白い波が咲く。そして、エンドレス・サマーの夢が始まる」と赤面するようなキャッチコピーを引っ提げて「風のララバイ」(1981)で再登場したナンバーは、TOTOなど西海岸ミュージシャンとコラボしてAORに彩られてお洒落な印象がありました。ロマンティックなメロディ曲で「ひとりぼっちの渚」(When I'm Gone)(1981)やノリのいい軽快曲「ダウンザリバー」(1981)等のヒット曲が懐かしい~、もう35年の月日が経過したのか・・・。1944年ロンドン生まれなので英国シンガーと思いきや今回の記事編集で、彼がスペインの歌手だったことを初めて知りました。両親がイベリア半島の南端(ジブラルタル)出身で第2次大戦時に英国に避難していた経緯だったとのこと。ラテン界の人気スター、フリオ・イグレシアスの全米進出にも協力、スペイン語で歌ったナンバー「Echame a mi la culpa」(1977)も紹介しておきましょう。また彼は 作曲家としても目覚ましい才能を発揮していたことを再認識。ホリーズの「安らぎの世界」、カーペンターズ「青春の輝き」、レオ・セイヤー「はるかなる想い」、ホイットニーヒューストン「One Moment In Time」、ダイアナロス「恋のプレリュード」、その他にもアート・ガーファンクル、ティナターナー、セリーヌディオンなどのトップシンガーに次々と曲を提供し大ヒットさせていたのです。 最後は澄んだ声で秋を感じさせる哀愁曲「落葉のコンチェルト」(1973)で締めたいと思います。日本でのみシングル・カットされた曲ですが、ロマンティックなメロディでいかにも日本人好みの琴線に触れる名曲ですね~!RWも何度この曲を聴いたことか・・。 彼は今年1月にも来日を果たし今も現役で頑張っています。最近、1970年代の洋楽アーティストの訃報が次々と入ってくるようになりましたが彼にはまだまだ頑張ってほしいものです。

  # by rollingwest | 2002-11-01 00:06 | 洋楽(ロック・POPS)

ハープアルバート 「ビタースイートサンバ」


★(124)ハーブ・アルパート 「ビタースイートサンバ」 (1965年) (2015.6.10公開)



c0119160_1419595.jpg「ハーブ・アルパート」という米国のジャズ・トランペット巨匠の存在を初めて知ったのは1979年秋、「ライズ」という曲がマイケル・ジャクソン(前週1位)を蹴落として全米チャートNO1に輝いた時でした。このゆったりと淡々と演奏されるトランペットサックス曲(翌年のグラミー賞でインストゥルメンタル部門を受賞)がPOPSチャートで堂々王座に輝いたことはちょっと驚きましたが、当時はクロスオーヴァー/フュージョンがブーム幕開け時期だったので歴史を今振り返ってみれば必然だったのかもしれません。しかし演奏者の名前を知らなくとも、彼が演奏してきた数々の名曲が中学生時代から自分の体にドップリ刷り込まれていたという事実を知ったのはつい最近のこと。今回掲載した冒頭曲「ビタースウィート・サンバ」は我々世代ならば誰でも知っている深夜ラジオ番組「オールナイト・ニッポン」(1967~・ニッポン放送)のオープニングテーマ曲です。受験勉強でインスタントラーメンをすすりながら、深夜1時に「チャラッチャ、チャッチャララ、チャッチャチャ~」というトランペットのメロディが流れてくると「今日はどんな新曲や話題ネタが仕入れられるのだろう・・」と、毎晩楽しみにラジオチューニングしていたものです。乗りのいいGo Go糸居五郎 Goes on!トーク中心の今仁哲夫、人気が高かったカメ(亀渕昭信)&アンコウ(斉藤安好)、アッハ~ンのエロトーク笑福亭鶴光、あのねのねナンセンスギャグなど個性あふれるパーソナリティが登場して諸々の情報を提供してくれたラジオ番組は、セイヤング(文化放送)やパックインミュージック(TBSラジオ)と並び若者文化発信の3大プラットフォームでした。その懐かしき青春時代の番組BGMを演奏していたのが「ライズ」のハープアルバートだったのか~・・、お恥ずかしながら50才後半にしてようやく再認識した次第です。彼は1965年からすでにグラミー賞にも輝く大物ミュージシャンでした。ハーブ・アルパート&ザ・ティファナ・ブラスのグループ名で「テイストオブハニー(蜜の味)」「(1965)や「ティファナ・タクシー」(1965) などの楽曲がTV・ラジオ挿入曲として盛んに使われ大ヒットしておりすでに当時から音楽界の第一人者となっていました。いずれもお馴染みのスタンダードのBGMばかりですよね~!今回の編集で、さらに驚いたのは彼がA&Mレコード(セルジオ・メンデス、ジョー・コッカー、カーペンターズ、ピーター・フランプトン、ポリスも所属)の創始者の一人だっだということ!なるほど・・、A&MのAはアルパート(Alpert)を指していたのか~! ティファナ・ブラス解散後はソロとなって「ライズ(1979)が全米NO1ヒットを記録すると、「ビヨンド」(1980)や「マジックマン」(1982)、「ファンダンゴ」(1982)等がキリンシーグラムのウイスキー「ロバートブラウン」のCM曲に使われ、日本国民全体にも彼の曲は確実に浸透していたはず!「この曲は聞いたことがある!」という方が殆どだと思います。そして1987年にはジャネットジャクソンとコラボして「ダイヤモンズ 1987」もヒットさせて1980年代はハープアルバート第2期黄金時代ともいえる勢いで驀進していたことを思い出します。元々はジャズ・ミュージシャンを目指していたアルパートでしたが、ジャズ即興演奏よりは、トランペットを何本も重ね録りするアルバム重視の方法論を目指したようです。最後の締め曲はモスクワ五輪のテーマ曲「1980」で・・!せっかくの名曲が東西冷戦で西側諸国がボイコットしたオリンピック大会となってしまいハープアルバートも複雑な気持ちだったかと思いますが、スパニッシュな旋律で誉れ高いこの曲はいつまでたっても色褪せることはありません。

  # by rollingwest | 2002-11-01 00:05 | 洋楽(ロック・POPS)

カーペンターズ「青春の輝き」

★(031):カーペンターズ 「青春の輝き」  (1976年)   (2012.4.3公開)


c0119160_21275411.jpg我青春のBGM「カーペンターズ」、中学~大学生時代まで二人の美しいコーラスをリアルタイムに聴いて青春を過ごしハタチに・・。何も起こらなかった寂しいわが青春・・(苦笑)、数々の名曲は自分の心を今も癒してくれます。1969年デビューの兄妹デュオ初の曲「遙かなる影」(close to you)が初購入EPレコードでした。当時はバートバカラック秘蔵ッ子と言われましたが、その後は2人の力で「トップオブザワールド」「スーパースター」「シング」「イエスタディワンスモア」等の名曲を次々に放ち70年代を代表するアメリカンPOPSの最高峰に登り詰めました。1983年拒食症により32歳の若さで急逝したカレン、1976年リリースの「青春の輝き」は彼女が最も気に入っていた曲でした。「気付くのに時間が掛かった。私は恋をするべき時間を無駄にしたことは分っている。完璧を求めたお馬鹿さんの私、真面目に走り過ぎていた。蒔かない種は生えはしない。気付くまで随分と高くついたみたい・・。「青春の輝き」は、カーペンターズが大ブレイクしても、多忙の中で寂しさ・空疎な気持ちを感じていた兄妹の気持ちが出ています。恋するカップルを見て羨む心情が「青春の輝き」の曲名とは正反対の境地だったのかもしれない・・。70年代に世界制覇した偉大なる姉妹、栄光の彼らとは全く反対のRWですが、甘い「青春の輝き」がなかったという点では一緒だなア・・。すみません、無理矢理こじつけたネ~・・。(苦笑) 

  # by rollingwest | 2002-11-01 00:04 | 洋楽(ロック・POPS)