RW/洋楽コーナー:「My Favorite Songs」 (第2巻)

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★(022):ビートルズ名曲「トップ10ソングス」 (デビュー50周年記念:2012年)  (2012.1.4公開)



c0119160_2292269.jpg【掲載ユーチューブが削除され再掲載。順位と画像が一致せず御容赦!】
2012年はビートルズが「ラヴミードゥ」(1962年)でデビュー50年の節目。「ビートルス名曲ベスト10」をユーチューブで発見。冒頭曲は「抱きしめたい!」(1963年):彼らの魅力を世界に知らしめた曲(500万枚記録)。第10位「SGTペッパーズ・ロンリーハーツクラブバンド」(1967年):最高名盤の冒頭タイトル曲、ブラスセクション・多重録音効果の力強いロックナッバー。第9位「ルーシーインザスカイ」(1967年):名盤SGTに収められたLSD世界のサイケデリック曲、エルトンジョンもカバー。第8位「ヒア・カム・ザ・サン」(1969年):双璧金字塔「アビーロード」のジョージハリスン代表曲、アコースティックギター&シンセサイザーの響きが心地よい。第7位「エリナー・リグビー」(1966年):名盤「リヴォリバー」よりイエローサブマリンと両A面発売、グラミー賞歌唱部門の栄誉に輝いたクラシカル旋律曲。第6位「ヘルプ!」(1965年):映画「ヘルプ!4人はアイドル」主題歌で初期時代の絶頂曲。アイドル人気に辟易とし自分を見失う心の叫びを本気で「ヘルプ」と吐露。音楽性の転換点・分水嶺かも・・。第5位「ゲットバック」(1969年):解散寸前・スレ違い拡大のビートルズ現状を危惧したポールマッカートニーが「再び原点に戻ってやり直そう」の趣旨で始めた「ゲットバックセクション」の曲で歌詞中のジョジョとは当時ヨーコに没頭していたジョンレノン、「戻って来い~!」とCALL。第4位「カムトゥゲザー」:LAST名盤「アビーロード」冒頭曲、シュッの歌詞で始まるファンキーでブルージーなジョン後期の代表作。第3位は「愛こそはすべて」(1967年):世界同時中継でレコーディングシーンが紹介された永遠の名曲。簡潔シンプルに繰り返す愛のフレーズ。第2位はビートルズを代表するバラード名曲「イエスタディ」、弦楽四重奏とコラボするポールメロディは世界で最も多くカバーされた佳曲。そして第1位は・・、1968年リリースのビートルズ最大ヒット曲「ヘイジュード」。ポールがジョンの息子ジュリアンの孤独を慰める思いやり曲





★(021):ロッドスチュワート「セイリング」 (1975年)  (2011.12.25公開)


c0119160_6512490.jpg2011年は大震災・原発被害・台風被害・経済悪化・政治混乱・・、未曽有なる悪夢・混迷の今年を忘れ最後の曲は、次の未来の海を目指す意味でこの曲を・・。ロッドといえばしわがれ声で「アイムセクシー」等のノリいいロックンロールを明るくノーテンキに歌いますが、「胸につのる思い」等のバラード名曲も多く輩出。彼の有名なバラードは「セイリング」でしょう。カバーソングですがロッド独特の雰囲気でスピリチュアルな心境を歌いあげています。実は詩内容は、死に瀕した男が末期を迎え自分の人生を航海に例えて振り返り、天国に召される前に神への誓いを表現した歌なのです。悪夢に襲われた日本が大晦日・新年を迎えるにあたり、前向きに捉える「勇気づけの葬送歌」。「往く川の流れは絶えずして、しかも元の水にあらず」・・、今体験する日常・自然環境・人生運命は一時・仮の姿とすれば、悪夢の年は早めに一区切りをつけ新航海に再出発すべき!生まれ変わった日本が心を切り替え荒波怒涛に向かい乗り切って行くことが大切!





★(020):ダンフォーゲルバーグ「懐しき恋人の歌」(Same Old Lang Syne) (1981年) (2011.12.15公開)


c0119160_618011.jpg洋楽アーティストのクリスマスソングには数多くの名曲がありますが、小生お気に入り曲はダン・フォーゲルバーグの「懐かしき恋人の歌」(名盤インノセントエイジ)。曲の詩は、クリスマスイブに昔の恋人(既婚)と偶然再会、暫し懐かしい昔に戻り楽しい会話を交わせた小さな幸福の一時の感情を歌いあげています。2人は学生時代に熱烈に愛し合ったのでしょう。各自が抱える現実苦悩を隠しながら、今もお互い何も変わらぬ純粋な面影を感じ合いました。決して戻れないイノセントエイジ(純粋な青春時代)をフラッシュバックしながら・・。やがて話も尽き、各自の日常に戻る現実を迎えます。別れのキスを受けた後に彼女の車を見送る一人ぼっちの自分・・、寂しく家路に着く切なさに胸が締め付けられる。気がつくとクリマスイブの雪はいつしか雨に・・。⇒LAST<蛍の光>(マイケル・ブレッカーノのサックスソロ) 映画1シーンの様な情景で泣ける冬の短編ストーリー、いつ聴いても感銘を受けます・・。「蛍の光」原曲はスコットラント民謡「Auld Lang Syne」ですが、曲題「Same Old Lang Syne」と「蛍の光」とが結びついた。ダン・フォーゲルバーグは70~80年代の米国ウエストコーストサウントを支えたシンガーソングライター、日本知名度は余りにも低いですが、本国アメリカでは高く評価。叙情的な歌詞と温かみと清潔感溢れる優しい歌声、小生が大好きなアーティストでした。名曲「ロンガー」「ビリーブインミー」も思い出深い・・。しかし彼は2004年、癌の病魔に侵され闘病の末、2007年12月17日クリスマスイブを待つことなく56歳の若さで逝去。孤高の吟遊詩人が奏でた美曲に流れる「蛍の光」、永遠に・・。





★(019):アバ「悲しきフェルナンド」 (1976年) (2011.12.5公開)


c0119160_22581064.jpg1970年代を代表するPOPグループ「アバ」(ABBA)、現在も世界的な人気を保ち続る北欧スェーデン出身の4人組は、シングル・アルバム3億7千万枚を超える世界的なミュージシャン、2010年にはロック殿堂入りをしています。「ダンシングクイーン」「マンマミーア」「チキチータ」など彼らの曲を聴いたことがない人は殆どいないと思います。彼らは夫婦2組のカルテット、グループ名は各4人のイニシャル(男:ビョルン&ベニー、女:アグネッタ&アンニフリッド)を並べたものです。男性デュエット「ビョルン&ベニー」は小生が中学生時代に夢中になって聴いた「木枯らしの少女」などのヒット曲を放っており、彼ら2人がアバの前身だと知ったのは20歳前後のこと。初めてアバを意識したのは1976年(大学1年)、FENラジオから流れてきたこの名曲「悲しきフェルナンド」を聴いてからです。アバは明るくPOPな曲が多いですが、当作品は米国テキサス州の「リオグランデ川」を舞台にしたアメリカ・メキシコ戦争を歌い、南米アンデスの雰囲気も感じられます。





★(018):ジョージハリスン「リヴィングインザ・マテリアルワールド」 (1973年)  (2011.11.25公開)


c0119160_0115424.jpg「静かなるビートル」と呼ばれたジョージハリスン。2001年に他界(享年58歳の若さで病死)してから10年の歳月が経ちました。ジョンとポールの影に隠れ地味な存在だった彼ですが、インド音楽に魅了され徐々に音楽の幅を広げていきます。最も輝いたのはビートルズ末期・ソロ時代、Eクラプトン等数々の有名ミュージシャンと交友を深め、「オールシングスマストパス」「バングラディシュコンサート」などロック史に大きな足跡を残しました。小生がジョージのソロで一番好きなアルバムは。「ギブミーラブ」の名曲を収めた「リヴィングインザ・マテリアルワールド」(1973)。このアルバムは地味で一般的には無名に近いですが、聴けば聴くほど味わい深い名盤!何とこのアルバムと同名のドキュメンタリー映画が特別限定上映公開していると知り早速(11/23)に鑑賞に行きました。 アカデミー 賞にも輝いた鬼才マーティン・スコセッシ監督(ローリングストーンズのシャイン・ア・ライトも製作)が描いた映像世界は非常に感銘深かった・・!映画構成は極めてシンプル、時系列にジョージの58年の生涯を辿るのみ・・。ビートルズの成功、人間関係の葛藤、インド音楽・精神世界への傾倒、妻パティが盟友クラプトンに陥る恋・・、バングラディシュ支援チャリティーコンサート、懐かしい映像や知らなかった事実(ガンに侵されていた時代に自宅侵入した暴漢に襲われ殺されかけたこと等)が続々登場!3時間半の長い上映(途中休憩あり)でしたが、ビートルズ時代からの名曲やポール、リンゴ、クラプトン達の生の声も聞け、本当に飽きることのない時間でした。インド宗教の精神世界で得た彼の心境を物質世界でロック新境地(この曲にもインド音楽のエッセンスが・・)を開拓し続けた映像はビートルズファンを確実に魅了します。ジョージはこの名盤の中で、パティがクラプトンのもとに走っていったことで「ザット・イズ・オール」(全ては終わったね・・)と寂しそうに歌い上げています。⇒映画「リヴィングインザ・マテリアルワールド」はコチラから





★(017):アランパーソンズプロジェクト「アイ・インザ・スカイ」 (1982年) (2011.11.15公開)


c0119160_22285022.jpg70年代のロックシーンをエンジニアとして陰から支え、やがて自らもミュージシャンとしてデビューし世界的な人気を博した「アランパーソンズ」を紹介します。彼はビートルズの「ホワイトアルバム」「アビーロード」「レットイットビー」、ピンクフロイドの「原子心母」「狂気」という歴史的名盤を手掛けて脚光を浴びました。その彼が1975年にエリックウルフソンと組み、セッションミュージシャンを加えながら「アランパーソンズプロジェクト」を結成し、プログレを彷彿させる質の高い多く作品を生み出しました。「エドガーアランポーの世界」という怪奇幻想物語テーマのデビュー盤はグラミー賞にノミネートされ、その後も数々のコンセプトアルバム合計10枚をリリースしています。壮大なスケールサウンドとPOPで聴きやすい音楽を展開し世界的な大成功を収めた彼らには多くの名曲がありますが、最大ヒット曲は「アイ・インザ・スカイ」ですかネ。まず1曲目「狼星」からパーソンズ世界が現れ、その流れでベース音からアルバムテーマの本曲に引き継がれるオープン(彼独特の手法)展開。アランパーソンズプロジェクトは、アルバムごとに明確なコンセプトを定義し、その都度曲に相応しいミュージシャンを起用することで完成度を深めました。(オーケストラとの共演も魅力) 小生は1977年の「アイロボット」が最大のお気に入り名盤!「サム・アザー・タイム」「ドンレットイットショウ」などの佳曲とともに初期のプログレ色が明確で実に素晴らしい~!80年代になるとメロディ重視の美しいバラード曲が増えていきます。






★(016):サイモン&ガーファンクル 「サウンドオブサイレンス」 (1965年) (2011.11.5公開)


c0119160_1041947.jpg「サイモン&ガーファンクル」・・、ビートルズやエルトンジョンと並んで、小生に洋楽の素晴らしさを教えてくれた恩人です。小学校時代(1967)に不二家CMで流れていたS&Gの「サウンド・オブ・サイレンス」を聴いて感銘。半音のイントロギターから、透明感あるガーファンクルの美しい声、それに合わせるポールサイモンの低音ハーモニー、静寂をテーマとし暗闇の中から響いてくるような美しいS&Gのアコースティック世界には、詩の中に強いメッセージが秘められていました。洋楽に本格的に興味を持ち始めた13歳の頃、「赤い限定盤:S&Gグレーテストヒッツ」を購入、これこそ小生が生まれて初めて買ったLPレコード。この永遠なる名曲はS&Gとして初めてレコーディングし、1stアルバム「水曜の朝・午前3時」(1964)に収録された作品でデビュー時は全くヒットしませんでしたが、あるプロデサーューがエレクトリックギターを加えたアレンジでリリースしたら翌65年に全米ヒットNo.1に輝いてしまったのです。この大ヒットで事実上活動休止だったS&Gは再結成、映画「卒業」(「ミセス・ロビンソン」に誘惑される主人公ダスティホフマンが娘役キャサリンロスへの純愛を貫く物語)のテーマソングとして大ヒットを記録しS&Gを世界的アーティストに押し上げました。その後、「コンドルは飛んでいく」「スカボロフェア」「ボクサー」そして最大名曲「明日に架ける橋」など数々のヒット曲を生み出し、小生も洗練された美しいフォークロック世界に一遍に虜となりました。彼らは5枚だけのアルバムを残し1970年に解散してしまい、その後ソロでそれぞれが独自の道を歩み始めます。しかし1981年にセントラールパークで再結成、翌年来日し往年のファンを喜ばせたのです。2度目の来日(1993年)はカミサンと東京ドームに公演を聴きに行き彼らと初対面(当然電光掲示板越しですが・・)したことがいい思い出です。小生の一生敬愛する懐かしきアーティストとしてS&Gの名曲を数多く紹介していくつもりです。





★(015):ピンクフロイド 「サマー68」 (1970年)   (2011.10.26公開)

★(015):ピンクフロイド 「サマー68」 (1970年)   (2011.10.26公開)



c0119160_42025.jpg1970年前後にプログレシッブロックをリードし一世風靡した象徴グループ「ピンクフロイド」。サイケデリック世界から音楽性を先進的に発展させ、壮大なる抒情詩、太陽神、宇宙の世界、人間本質等を示したコンセプトアルバムを次々と創り出していきました。現在ロックコピーバンドは多く存在しますが、ピンクフロイドの完全なる真似は不可能・・。それ程に彼ら自身でなければ表現できない独自世界を築き上げたのです。「実験的=抽象・難解」とういうイメージが先行しますが、実は彼らの曲には牧歌的でメロディアスな佳曲が沢山ありました。ピンクフロイドは1973年ロック史に今も燦然と輝く名盤「狂気」で金字塔を極めますが、小生が今も崇める名盤は「原子心母」(1970)と「おせっかい」(1971)です。彼らの最大級傑作アルバムの一つ「原子心母」B面には「リック・ライト」(今はリチャードライトと呼ぶらしい)が書き上げた「サマー68」(小生が最も愛する名曲)や「イフ」が眠っています。静かなピアノ弾き語りで始まり、優しく美しいボーカルが印象的な曲。一気に盛り上がるサビ間奏部はホーンセクションのオーケストラが実に感動的。リック・ライトは、ロジャーウォーターズ、デイブギルモアという強烈な個性を放つ二人を前にしているだけに目立たない鍵盤奏者ではありましたが、フロイドサウンドの骨子・下支えをシッカリと担っていました。だって、あの最高なる大抒情曲「エコーズ」のボーカル主役をやっていたのですから・・。その後、彼はだんだんグループの中から干され、ドラッグに溺れピンクフロイドを脱退・・、そして2008年に65歳で癌で逝去してしましました。あの可愛らしい少年の様な笑顔は年老いても面影を残していました。あらためて哀悼・・。リック・ライトよ、永遠に・・。



★(014):シルヴィ・バルタン「悲しみの兵士」 (1970年) (2011.10.16公開)


c0119160_8374016.jpg♪「ラン・ララ、ラン・ランラ~、ランラ~」♪この哀愁に満ちた女性の声に、フランス語での男の渋い呟き、そして随所に入る魅惑的で迫力あるサックス(ブッ・プワ~と大きく鳴り響く)。1960年代後半~70年代初めにかけ、フランスやオランダの歌手やバンドが一時代を築いていました。中学生時代にラジオで流れていたフレンチPOPS(ダニエルビダル、ミッシェルポルナレフ等)に先駆けた旗手はシルヴィ・バルタンでした。1964年に「アイドルを探せ」でデビュー、そして1970年にこの「悲しみの兵士」「あなたのとりこ」の2大ヒット曲を放ち、小生も文字通り彼女の虜となってしまいました。映画「ウォーターボーイズ」の主題歌にもなった「あなたのとりこ」はとっても明るくハイテンポなPOP曲、そしてこの曲は渋く哀愁に満ちた悲壮なメロディ曲。このアンバランスさと彼女のキュートな姿が実に魅力的でした。このユーチューブ画像を見ていると愛苦しかったアイドル時代や、その後トウが立ってオバサン臭くなった頃など多くのシルヴィ表情が楽しめます。ビートルズと一緒に映った画像はお宝物! この曲で渋く呟いた男性の声はシルヴィの旦那(ジョニーアリディ)が歌っていたのだそうです。「悲しみの兵士」の歌詞はフランス革命を背景にしたものだといわれており、一度聴いたら忘れられない印象を残します。戦争を題材に採ったシルヴィ作品の中でも異色ともいえる名曲です。





★(013):ジミ・ヘンドリックス 「紫のけむり」(Purple Haze) (1967年) (2011.10.7公開)


c0119160_61787.jpgロック史に崇められる3大ギタリストといえば「エリッククラプトン」「ジェフベック」「ジミーペイジ」、1960年代末期に「ハードロック」というジャンルを土台を築き上げた栄光の3人。いずれも「ヤードバーズ」というバンドに属していましたが、当時はブルース・R&Bの色が強かったように思えます。その彼ら3人が「ハードロック」に向かっていった背景には、「ジミヘンドリックス」という天才的な黒人ギタリストが出現してその影響を受けたからです。パワフルなギター、ソウルフルな叫び、ワイルドで先鋭的な姿はロック史の伝説的存在、某誌では「史上最も偉大なギタリスト100人」の第1位に選ばれています。彼の代表曲はやはり「紫のけむり」(Purple Haze)。英国に渡り成功を収め、米国に凱旋帰国した1967年の名盤「アーユー・エクスペリエンスト?」に収められ、ヘビー&ハードそしてサイケデリックに歌いあげています。ロック史に輝く歴史的な野外コンサート「ウッドストック」(1969)ではトリを務め、「アメリカ国歌」を激しいギター演奏した後、当曲に入っていきました。「ヴゥードゥチャイルド」も代表曲の一つ。その後ドラッグに溺れた彼は1969年、ロンドンのホテルで昏睡状態で発見され27歳の若さで短い命を閉じました。この衝撃的な事件は、その後相次ぐJの字から始まるロックアーティストの死とあいまって「Jの悲劇」と呼ばれます。「Jの悲劇」はベトナム反戦・ドラッグ・サイケデリック・反体制の60年代ロックの終焉を象徴する出来事ともいえるでしょう。数々のアーティスト達が輝く名盤(ビートルズ「アビーロード」など)を輩出した金字塔の1969年は、ロック史の大きな節目時期だったと断定しても過言ではありません。

  # by rollingwest | 2001-02-01 00:00 | 洋楽(ロック・POPS) | Comments(70)

RW/洋楽コーナー:「My Favorite Songs」 (第1巻)

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★(012):コールドプレイ 「スピードオブサウンド」  (2005年)             (2011.9.28公開)


c0119160_21135189.jpg今回は2000年代の英国音楽シーンを代表するバンド「コールドプレイ」を紹介。1996年にロンドンで結成された才能に満ちた若手グループはデビューアルバム「パラシューツ」(00年)、2nd「静寂の世界」(02年)といきなり米グラミー賞に輝きました。デビュー当時は22~23才の新進バンドでしたが、洗練された立体的なアレンジで完璧な作品を創り上げる大人のバンドでビックリ!美しいメロディを奏でるバラードロックには、開放感と切ない感じも漂います。「スピードオブサウンド」は1千万枚のセールス記録を打ち立てた3rdアルバム『X&Y』からのリリース、米ビルボード誌で初登場8位の名曲。(初登場ベスト10を記録した英国バンドはビートズ「ヘイジュード」以来)。U2と同じくチャリティー活動に熱心な社会派アーティスト「コールドプレイ」は2008年グラミー賞で「美しき生命」が最優秀楽曲賞に輝きました。21世紀初頭を代表するアーティストに成長した秀逸バンドの名曲(シヴァーイエロー、クロックス、、ホワットイフ等)は逸品揃い!



★(011):シカゴ 「クエスチョンズ67&68」  (1969年)                (2011.9.19公開)


c0119160_8202044.jpg初期シカゴの代表曲「クエスチョンズ67&68」を紹介。この曲こそ、デビューアルバム1「シカゴの軌跡」からの初シングルカット。今でこそメロディアスなバ゙ラート曲のイメージが強いアダルトコンテンポラリーバントになってしまったシカゴ・・、デビュー時は「ブラスロック」という新ジャンルを開拓し反戦・反骨の硬派の男達でした。ブラスロックといえば先駆者・BS&T、チェイスもいましたが、文化継承は線香花火の如し、1970年初頭の短い期間に終わりました。小生は本格的にロックを聴きこむ初期ワイルドなシカゴに魅了され「ビキニングス」「一体、現実を把握している者はいるだろうか」「長い夜」「流血の日」を夢中で聴きました。反体制バンドもテリー・キャス(ギタリスト)の死去により節目が変わったのかも・・。突然生まれ変わったメロディアスな「愛ある別れ」のヒット曲以降は一貫して洗練されたバラード調になり新しいシカゴの変身に目を丸くしたものだ。





★(010):フリートウッドマック 「ドリームス」  (1977年)                 (2011.9.11公開)


c0119160_628826.jpg1970年代中期の洋楽POPヒットチャートを席巻した「フリートウッドマック」の最大ヒット曲「ドリームス」を紹介。1977年リリースの最高傑作「噂」(Rumours)からのシングルカットは全米第1位に輝き、彼等をイーグルスと並ぶ米国ロックの代表存在(アルバムは31週間・米ビルボード1位、1700万枚セールス)に導きました。淡々としたドラムスと堅実に奏でるギターとシンバル、絡むような印象深い女性ボーカル(スティービーニックス)、風格ある名曲でした。POP名曲の数々「リアノン」「ゴーヨアオウンウェイ」「ソングバード」「ドントストップ」等の名曲は小生の寂しき青春時代を癒してくれました。実は元々彼らは当初は泥臭いブルースバンドでした。1967年、ミック・フリートウッド(リーダー)&ピーターグリーン(ブルースの盟主)により英国で結成され、ローリングストーンズと並ぶ白人ブルースで人気を博していました。その後音楽性の違いから70年にピーターが脱退、相次ぐメンバーチェンジや音楽性の変換でバンドは低迷期を迎えます。しかし1975年に2人の女性ボーカル(スティービーニックス&クリスティーンマクビー)を迎え一挙にPOP路線へと転換。新生メンバー再出発の「ファンタスティック・マック」(1975)は大ヒット、栄光への邁進となりました。泥臭さをこよなく愛するブルースファンの立場からすれば、一挙に軟弱路線へ変節した堕落バンドだったのかも・・。当時そんな背景を知らなかったRWは、洗練のPOPサウンドに魅せられ、夢中でFENラジオから彼らのヒット曲を毎日聴いていたのでした。





★(009):エルトンジョン 「イエスイッツミー」  (1971年)             (2011.9.3公開)


c0119160_2043290.jpgエルトン・ジョン・・、中学2年の時に小生をロック・洋楽好きの道に導いてくれたのは彼でした。(S&G、ビートルズ、モンキ-ズも同様) 今や世界的な大物アーティストとなり、音楽界で絶大なる人気と影響を誇るエルトンですが、小生は1970年初期の吟遊詩人風の頃(デビュー直後)が一番大好き。「君に必要なのは僕なんだ!」と繰り返される「イエスイッツミー」。この曲を初めて聴き、感銘を受けて一挙に彼の虜となりました。初期スタンダード「僕の歌は君の歌」(ヨアソング)の前にリリースされた日本最初のエルトン・スマッシュヒット。その後は映画「フレンズ」の主題曲も手掛け、「ダニエル」「リ-ヴォン」「ロケットマン」「黄昏のレンガ道」と次々大ヒットを放ちました。当時の清潔なイメージで真摯に歌う若き日の姿、実によかったなア・・。1970年代は正に彼の黄金時代。しかしその後、あっという間に禿げて肥満化、アヒルの被り物をまとってエキセントリックになった姿を見て、初期の吟遊詩人イメージはガラガラと崩れ去ってしまい愕然としました・・(苦笑)エルトンジョン特集記事



★(008):ボストン「宇宙の彼方へ」(More than a feeling)  (1976年)         (2011.8.27公開)


c0119160_5494685.jpg1976年、デビュー作とは思えぬ程の完成サウンドで一挙爆発的な人気を呼んだアメリカの伝説バンド「ボストン」。驚異的なセールスを記録した1stアルバム「幻想飛行」(100万枚・全米5位)からシングルカットされた「宇宙の彼方へ」を紹介。ボストンのサウンドは宇宙的な広がりを感じさせる「ギター・オーケストレーション」と呼ばれる魔法のような音楽世界。常に完璧をめざすギタリスト(電気工学博士)・トムショルツが生み出す拘りの多重録音に裏打ちされます。当時注目を集めていたカンサス・TOTO・フォリナー・ジャーニーと共に「プログレ・ハード」という新ジャンルを切り開きました。透明感広がる迫力あるロックサウンドにはアメリカンロックの汗臭さは一切感じられず、緻密に洗練された爽快でダイナミックな世界が追及されています。2nd「ドントルックバック」(1978)以降は、3rdが1986年・4枚目が1994年、8年に1枚しかニューアルバムを出さないスローテンポぶり。しかし時代に流されることなく一貫性を崩さぬサウンドの不変は嬉しい・・。その後20年近くも音沙汰ないなア・・。再度彼らのサウンドに圧倒されてみたい!「Let Me Take You Home Tonight」もGOOD!






★(007):ビートルズ 「ユー・ネヴァー・ギブ・ヨアマネー」  (1969年)              (2011.8.20公開)



c0119160_2285999.jpgビートルズのラストアルバムは「アビーロード」!・・、「サージェントペッパーズ」と並ぶ彼らがロック史に打ち立てた金字塔の双璧。ビートルズ史の最後を飾った名盤には彼らの名曲の数々が「B面メドレー」に埋め込まれています。B面は有名な「ヒアカムザサン」と「ビコーズ」に始まり、3曲目「ユー・ネヴァー・ギブ・ヨアマネー」へと感動的なメドレーの展開が開始します。 冒頭はポールの哀愁に満ちた静かなメロディソロ、⇒ミドルテンポからリンゴのドラムソロ、⇒ジョージの鳴きギターにジョンがアドリブで掛け合い、次から次へと展開する曲調にドンドン引きずりこまれます。当時は既に解散モード、皆の心はバラバラになっていたのに、何という素晴らしい結実名曲!正に最後を飾る閃光!傑作の誉れ高いB面メドレーは素晴らしい展開で紡がれ名曲「ゴールデンスランバー」「キャリーザットウエイト「ジ ・エンド」と続き大団円!この中にた「ユー・ネヴァー・ギブ・ヨアマネー」は美しく蘇っています。過去に公開したビートルズ特集記事




★(006):イーグルス 「ラストリゾート」  (1976年)                      (2011.8.13公開)


c0119160_564144.jpgウエストコーストサウンドを代表する伝説の米国ロックバンド「イーグルス」、不朽名作「ホテルカリフォルニア」(1976)の最終を飾る感動バラードが「ラストリゾート」。美しく崇高で彼らの最高名曲と今も崇めます。彼らは1971年、瑞々しいカントリーロックバンドとしてデビューし、その後音楽性を高めて数々の名盤を生み、米国を代表するアーティストへと成長しました。金字塔「ホテルカリフォルニア」のラストシーンはドンヘンリーとグレンフライが創り上げた佳曲で静かに締めくくられます。静かなピアノイントロから始まり、透明感ある美しさに包まれる曲ですが、実は歌詞内容は「米国象徴の夢のカリフォルニアはもはや幻想」と退廃的に歌っているのです。「1969年ウッドストックの魂はどこへ?」と無念に歌い上げる曲には、全体を覆う寂しさや終末感も漂います。また当時のイーグルス自体が最高を極め飽和状態となり、事実上の終焉状態だった事も一因なのでしょう。1982年に解散した彼らですが、2007年「ロングロード・アウトオブ・エデン」(右)での復活は嬉しいニュースでした。「最後の楽園から長い道のりだった」と溜息つく様な表題でしたが、この復活盤には往年の懐かしいイーグルスサウンドが全く失われておらず安心した次第。そして名盤「ホテルカリフォルニア」で忘れらないのは「時は流れて」(wasted time)・・、この名曲も当時イーグルスはまさにローソクの炎が燃え尽きる前の最大の閃光を放った時期かもしれません。






★(005):ムーディブルース 「新しい地平線」 (1972年)          (2011.8.5公開)


c0119160_21575892.jpg1970年前後、音楽性を変化させながらメロトロンやシンセサイザー等の電子楽器を駆使し前衛的な道を求めたムーディブルース。小生のお気に入りのロックバンドの一つです。日本では「サテンの夜」が大ヒットした「童夢」の方が知られていますが、最高作を訊かれたら間違いなく、「セブンスソジャーン」を推奨します。殆ど無名に近いかもしれませんが、私の中では名盤中の名盤(クラシカルロックの規範的作品)!美しいメロディ・澄み切った声で連続展開される夢幻の世界!傑作の集合体ですが、特にこの名曲「新しい地平線」は素晴らしく、このあとに続く佳曲「ユーアンドミー」「チューズデイアフタヌーン」「フォーマイレイディ」「神秘な世界」、と続く感動のメドレー。絶品なるストリングス、泣きのギターやフルートに牧歌的で柔かなメロディが交差し、艶やかな叙情美がサウンドを包み込みながら広がっていくこのスケール感!完成度の高いロック史のシンフォニックなる傑作でありました。Jヘイワードの曲は、一段と高揚したクラシカルなアレンジが施され「神秘な世界」を表現しています。過剰なオーケストレーションは使わず、静かにメロトロンとオルガンで表現したクラシカルロックの金字塔と呼ぶべきアルバムでした。





★(004):エリッククラプトン 「いとしのレイラ」  (1970年)               (2011.7.30公開)


c0119160_810952.jpgこの衝撃的なイントロ、誰でも耳にしたことがある名曲「レイラ(Layla)」は3大ギタリスト・エリック・クラプトン(デレク&ドミノス時代)の永遠不朽の名曲。クリーム解散後、デレク&ドミノス活動時に発表した同名アルバムのタイトル曲。オープニンクは激しく鳴り渡るスライドギターのリフ演奏から始まり、後半は一転してピアノを軸にした穏やかな演奏で終盤に余韻を残す対照的な2つのパートで構成されます。この曲は、クラプトンが親友ジョージ・ハリスンの妻パティ・ボイドに恋をしてしまい、彼女を求める悩ましい不倫の曲だとは余りに有名なお話。ジョージハリスンはそれでも親友の仲を維持し続けたのだから、心が広いというか何というか・・。この頃の2人はイエスキリストの様な風貌が実にカッコよかったネ~!初期のワイルドなクラプトンが活躍したクリームを解散し、ブラインド・フェイスでの短い活動を経て、クラプトンは自らの傷心と疲れを癒しにアメリカ南部へ渡りました。そして彼はディラニー&ボニーを介して知り合った南部のミュージシャン(デュアン・オールマン等)たちと、自分の好きなブルースやR&Bに没頭していった時期でした。デレク&ドミノスとは「エリックと仲間達」という意味、この時代の名曲と言えば「リトルウイング」も忘れることはできません。そしてその後1970年代ソロになっての名曲は「アイショット・ザ・シェリフ」・・、この頃のクラプトンはちょっと泥臭くてよかったネ~!






★(003):エリックカルメン 「恋にノータッチ」  (1976年)                (2011.7.23公開)


c0119160_221613.jpg1970年にラズベリーズのボーカルで活躍したエリックカルメン。バンド解散後、1976年にソロデビュー「サンライズ」からの名曲「恋にノータッチ」(Never Gonna Fall In Love Again・・もう2度と恋なんかしない・・)。哀愁あるノスタルジックなメロディは、当時片想いの彼女にふられた小生の傷心を癒してくれました。この名盤からの大ヒット曲「オール・バイ・マイセルフ」と並び、ラフマニノフ交響曲第2番をモチーフにした曲と知られています。正に紅顔の美少年を絵に描いたようなアーティストでした。「サンライズ」は最高位16位を記録し、シングル3曲も全てTOP40入りし、エリックはその年のグラミー賞も受賞。その後も次々にヒット曲を放ち、「愛をくれたあの娘」(1977)、「雄々しき翼」(1977)、「チェンシオブ・ハート」(1978)、「悲しみToo Much」(1980)、「フーリン・マイセルフ」(1980)等の名曲は今聴いても心が癒される。最近、音楽シーンから消えたけれど元気にしてんのかなあ・・、また復活してほしい。第1回目は「エブリシング」で締めましょう。



★(002):オーリアンズ 「ダンス・ウィズ・ミー」  (1975年)                (2011.7.16公開)


c0119160_18574022.jpg1970年代半ばに活躍した米国POPロックバンド「オーリアンズ」の1975年ヒット曲「ダンス・ウィズ・ミー」を紹介しましょう。都会的かつ哀愁あるメロディ、美しいハーモニーコーラスで夢に誘われるような名曲でした。フュージョンのアールクルーのカバーでも有名、BGMで聴いたことがあると思います。軽く乾いた心地よいウエストコーストサウンドの正統派「オーリアンズ」、多くの名曲(「スティルザワン」や(「ラブテイクスタイム」等)を放ちました。ジョンホール、ラリーホッペン、ランスホッペン(弟)、ウエルズケリーが1972年にウッドストックで結成し、目指すサウンドはニューオリンズR&Bルーツのロックに、カントリーロックや白人の美しいハーモニーを融合させ、「西のイーグルス・東のオーリアンズ」などと言われたりもしました。70年代の曲ってかくなる清廉でエレガントな曲が実に多く埋もれているんですよ!



★(001):アルスチュワート 「イヤー・オブザ・キャット」  (1976年)          (2011.7.9公開)


c0119160_18542056.jpg大学時代、6畳アパートのラジオで毎日聴いた名曲「イヤーオブザキャット」。まずイントロのピアノで異空間へ・・、そしてジョンレノンに似た静かな語り口調のような歌が始まり美しく静かに淡々と歌い継がれます。(妙に余韻の残る歌声は聴けば聴く程に味が増す・・)そして後半に盛り上がる美しいギター旋律とclimaxを飾るテナーサックスが我々を時空の旅に誘ってくれるのだ・・。比較的シンプルなアコースティックな曲が多かったアルの楽曲にこうした編成を吹き込んだのは本作でプロデュースを携わったアランパーソンズの手腕によるところが大きいでしょう。詩の冒頭は「ハンフリーボガード映画のようなある朝に・・」、この情景は世界的名画「カサブランカ」(今から70年前の映画)の1シーンを語ることから始まっています。それにしてもH・ボガードって格好いいねエ・・!イングリッドバーグマン・・、余りにも美人すぎる・・!米国が世界で輝きを放ち始めた20世紀前半!ハリウッドの華やかさが眩しすぎる!いつまでも聴いていたいマイフェイバリットソング!(毒舌の広島弁・親友セージ殿のお気に入りの名曲でもあります。)その他にも「オンザボーダー」「タイムパッセージ」「ミッドナイトロックス」など1970年代に数々のヒットを放ち活躍していた英国(スコットランド生まれ)のシンガソングライター、アルスチュワート。この人にこそ「吟遊詩人」という言葉が似合います。

  # by rollingwest | 2001-01-01 00:00 | 洋楽(ロック・POPS) | Comments(84)