レッドツェッペリン 「サンキュー」

★(024):レッドツェッペリン 「サンキュー」  (1969年)                (2012.1.24公開)


c0119160_22273134.jpg 「レッド・ツェッペリン」は、ブルースをベースとしたハードロックを確立し頂点に立ったロック史の伝説的なバンドですが、アコースティックな美しい佳曲も非常に多いことに気付かされます。最高名曲「天国への階段」がその典型例ですが、意外にもジミーペイジやロバートプラントはそのタイプの曲も好みらしく、積極的にアコースティックなナンバーを発表しています。彼らの金字塔アルバム「Led Zeppelin Ⅱ」(ビートルズの名盤「アビーロードをNo1の座から蹴落す)の4曲目に「サンキュー」という美しい曲が埋もれており、小生はこの曲こそ「天国への階段」と並ぶアコースティックZEPの双璧曲です。「ZepⅡ」は「胸いっぱいの愛を」「ハートブレイカー」等インパクトの強いハードロックナンバーが目立つだけに、対照的な「サンキュー」はある意味ナイスなバランスを与えています。「もし太陽が照らさなくても山々が海に崩れ落ちてもはお前を愛し続ける・・」、ロバートプラントが妻に捧げた情熱的なラブソング、彼が本格的に詞を書いた最初の曲で、40年前のメロディは今も全く飽きることはありません。ジミーペイジの美しいアコースティックギターとジョンポールジョーンズのオルガンが荘厳の雰囲気を与えていますが、それ以上に驚くのはやはりジョンボーナムの重厚に炸裂するドラム。まさにハードで圧巻・・・、かくなる静かなメロディ曲でもやはり「ボンゾ」(1980年32歳で死去)の強烈なドラムビートなしにはZEPサウンドが成立しないことがよく解ります。過去紹介した「レッド・ツェッペリン特集記事」はコチラから

  # by rollingwest | 2002-11-01 00:09 | 洋楽(ロック・POPS)

「ビートルズ武道館公演11曲」

★(138)ビートルズ  「ロックンロール・ミュージック」 (1966年) (2016.1.9公開)



c0119160_15423355.jpg今年の冒頭記事は「ビートルズ来日50周年」でしたが、洋楽コーナーも「ビートルズ武道館公演11曲」の全て紹介する続編記事でスタートいたします。今や武道館といえばロックコンサート殿堂として世界的にも有名ですが、当時は音楽公演会場になること自体が非常識でありえないとの認識でした。「日本武道の神聖なる場に長髪・不良の喧騒バンドを演奏させるなんて無礼な興行!」と大反対の声がありましたが、その頃日本には観客1万人収容できる音楽会場がなく大混乱が予想されたため、やむなく実施された経緯にあります。ロックアーティスト憧れのLIVE殿堂「武道館」という存在になっているルーツはまさにビートルス日本公演だったのです。来日公演(6/29、7/1-2)は5回実施され、曲の順番も含めて全て同じ内容の11曲、まずはオープニングは乗りがいいビートルズ初期の象徴的な冒頭曲「ロックンロール・ミュージック」、チャック・ベリーのカバー曲は4th盤「ビートルズ '65」(フォー・セール)に収録された名前通りロックンロール・リズムで躍動する魅力的なナンバー(ジョン・レノンがリードヴォーカル)。2曲目はポールが歌う「シーズア・ウーマン」、「アイフィール・ファイン」のB面曲ながらビルボード誌では最高4位を記録しています。続く「恋をするなら」(If I Needed Someone)は名盤「ラバーソウル」からのジョージ・ハリスン初期の代表作。リード・ヴォーカルを取っているものの当時の彼はまだまだ目立たない存在でした。4曲目「デイ・トリッパー」はギター・リフが印象的なロック・ナンバー!「デイ・トリッパー(日帰り旅行客)=ドラッグでトリップする人」という意味も含まれ当時ドラッグに嵌り始めた頃の意味深な命題だね~。次は「ベイビーズ・イン・ブラック」、はビートルズには珍しくワルツ拍子調でゆったりした曲(4th盤「ビートルズ '65」より) 6曲目の「アイ・フィール・ファイン」(1964年)は英国メロディ・メイカー誌で5週連続1位で英国140万枚以上、米国で100万枚以上のセールスを記録。リードボーカルはジョン。ポールとジョージがコーラスで支えます。次は20世紀のスタンダード的な名曲「イエスタデイ」、世界中で知らない人はいないんじゃないかと思う程の有名曲は5th盤「4人はアイドル」(1965年)から生み出されました。ヴォーカルはポール、ビートルズが初めて弦楽四重奏をバックにしたアコースティック・バラード。中学生時代に購入したEPレコードのジャッケトをよく覚えています。8曲目は「アイ・ウォナ・ビー・ユア・マン」、2nd盤「With The Beatles」の収録曲で、リンゴ・スターがリード・ヴォーカル。ビートルズがローリング・ストーンズに提供した曲としても知られ、ストーンズを人気グループに押し上げる結果となりました。ロック史における伝説的なライバル同士が交流したに歴史的な名曲なのです。次は「ひとりぼっちのあいつ」(ラバー・ソウル収録)は、ジョン・ポール・ジョージ3人のアカペラからのハーモニーで始まる豪華な雰囲気!10曲目は「ペイパーバック・ライター」は、小生が1970年初めて買った初期のビートルズベスト盤「オールディーズ」に収録、この曲はまさにビートルズが来日した1966年6月下旬にビルボードNO1に輝いている歴史的な曲(ビートルズ1からの映像)。来日公演のラスト(11曲目)は「アイム・ダウン」、ビートルズ最大級の人気曲「ヘルプ」のシングルB面でした。ビートルズは日本公演を含むワールドツアーを終了後、超名盤「リボルバー」(12作目・1966年8月)をリリースしましたが、このアルバムからビートルズの音楽姿勢は完全に変化(ライブ主体バンドからスタジオ録音集団へ変貌)したのです。日本公演は国内テレビ史に残るカラー放送・音楽番組としてTV放映(7月1日)され何と視聴率は56.5%を記録したそうです。日本公演はまさに初期ビートルズ4人の最後の生演奏映像だった訳か~!50周年記念で再放送をやってくれないかなあ・・。LASTの締め曲(ボーナストラック)はラバーソウルのオープニング曲「ドライブマイカー」、この曲は日本公演で演奏していないのですが、来日公演を模したお宝物映像(デジタルアニメ)を見つけました!ノリのいいイントロギターで登場、絡むベースと流れる様な伴奏ピアノ、ソウルフルなボーカル、クラクションを真似た「Beep beep'm beep beep yeah~!」という不思議なコーラス!実際は50年前の武道館では演奏しなかったこの名曲をユーチューブはあたかも真実の如く熱狂LIVEを見事に再現してくれています!

  # by rollingwest | 2002-11-01 00:08 | 洋楽(ロック・POPS)

ニールダイアモンド 「スィートキャロライン」 


★(072):ニール・ダイアモンド 「スィートキャロライン」 (1969年) (2013.8.31公開)



c0119160_7582774.jpg日中・日韓関係が悪化の一途を辿り日米同盟の重要性が叫ばれる中でも、米国との諸課題は依然遅々として解決に至っていません。そんな現状を打開しようとオバマ大統領は、この2013年秋から在日アメリカ全権大使にキャロライン・ケネディ氏(故ジョン・F・ケネディ大統領の長女)を指名することになりました。1957年の生まれかぁ!小生と同年齢・・、あまりにも違いすぎる人生ですな~(笑) ご存じの通りケネディ大統領は1963年日本初のTV衛星中継において公衆面前で暗殺(その瞬間が世界中に放映されるという衝撃的な事件)され、妻ジャクリーン・ケネディ(キャロラインの母)が腰を抜かしながら車上を這いつくばってパニックしていたシーンが生々しく思い出されます。当時6才だったキャロラインが悲しみに暮れ、父を葬送する姿も実にけな気だったなあ・・。その後も叔父暗殺、弟の飛行機事故など「ケネディ家の呪い」ともいわれる不幸が続き、心が沈みゆく彼女(1969年・当時11才)を励ますため、「ニール・ダイアモンド」が歌った曲がまさに「スィートキャロライン」でした。「可愛らしいキャロラインよ!楽しい時がきっと来るよ、元気を出せよ!」・・と。ニール・ダイアモンドは、米国ではビルボードチャートの歴史上、エルトン・ジョン、バーブラ・ストライザンドに続いて3番目に大きな成功を収めたアダルトコンテンポラリーアーティストとして称賛されています。モンキーズの代表的なナンバー「アイムアビリーバー」(1969)はニールの原曲であり忠実に再現されたことがよく解ります。1972年には「ソング・サング・ブルー」が全米1位に輝き、1973年には映画「かもめのジョナサン」(リチャード・バックの小説・映画化)のサントラ曲、70年代中盤になっても「遥かな誓い」(1976)、「いとしのデザレ」(1977)とコンスタントにヒットを放ち、小生にとっては、洋楽に嵌っていた70年代初頭~中期~終盤とそれぞれの節目でヒット曲を愛聴してきたアーティストなので個人的にはお気に入りミュージシャンの一人なのでありました。顔はウスター級の濃~いソース顔、野太い声にはアクがあり決して美声 とは言えませんが、それ故に強い印象が残っています。(もう72歳になっているんだネ~) 1980年に入っても彼の活躍は続き、映画「ジャズシンガー」に自身が主演(ゴールデングローブ賞主演男優賞に輝く!)、映画サントラ盤でも「ラブ・オンザ・ロックス」「ハローアゲイン」などの美曲を書き上げ100万枚以上の売上を記録するヒットを飛ばしていました。全世界で1億数千万枚(米国では5千万枚)の売上を記録し2011年にはロック殿堂入りも果たしたているのですが、何故か日本では殆ど人気が出なかったんですよね~、不思議・・!そんな理由からか、まだ一度も来日したことがないアーティストの一人でもあります。今回掲載した「スィートキャロライン」は米国のスポーツイベント(ボストンレッドソックス・ボストン大学バスケなど)の試合曲としても有名、今年4月にボストンマラソン爆破事件の悲劇が起きましたが、被害者支援のために彼はこの曲の印税を寄付したとのことです。日本のファンには馴染みが薄いニール・ダイアモンドですが、まさに米国人にとっては心を捉えて続けてきた40数年間だったのではないでしょうか。そして彼に励まされた「スィート」だったキャロラインさん、今後は「ストロング」に変身していただき、日米関係のさらなる基盤強化に向けて大いに活躍していただくことを祈念いたします!

  # by rollingwest | 2002-11-01 00:07