RW/洋楽コーナー:「My Favorite Songs」 (第1巻)

                 【My Favorite Songs】の過去紹介した記事一覧(INDEX)はコチラから
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★(012):コールドプレイ 「スピードオブサウンド」  (2005年)             (2011.9.28公開)


c0119160_21135189.jpg今回は2000年代の英国音楽シーンを代表するバンド「コールドプレイ」を紹介。1996年にロンドンで結成された才能に満ちた若手グループはデビューアルバム「パラシューツ」(00年)、2nd「静寂の世界」(02年)といきなり米グラミー賞に輝きました。デビュー当時は22~23才の新進バンドでしたが、洗練された立体的なアレンジで完璧な作品を創り上げる大人のバンドでビックリ!美しいメロディを奏でるバラードロックには、開放感と切ない感じも漂います。「スピードオブサウンド」は1千万枚のセールス記録を打ち立てた3rdアルバム『X&Y』からのリリース、米ビルボード誌で初登場8位の名曲。(初登場ベスト10を記録した英国バンドはビートズ「ヘイジュード」以来)。U2と同じくチャリティー活動に熱心な社会派アーティスト「コールドプレイ」は2008年グラミー賞で「美しき生命」が最優秀楽曲賞に輝きました。21世紀初頭を代表するアーティストに成長した秀逸バンドの名曲(シヴァーイエロー、クロックス、、ホワットイフ等)は逸品揃い!



★(011):シカゴ 「クエスチョンズ67&68」  (1969年)                (2011.9.19公開)


c0119160_8202044.jpg初期シカゴの代表曲「クエスチョンズ67&68」を紹介。この曲こそ、デビューアルバム1「シカゴの軌跡」からの初シングルカット。今でこそメロディアスなバ゙ラート曲のイメージが強いアダルトコンテンポラリーバントになってしまったシカゴ・・、デビュー時は「ブラスロック」という新ジャンルを開拓し反戦・反骨の硬派の男達でした。ブラスロックといえば先駆者・BS&T、チェイスもいましたが、文化継承は線香花火の如し、1970年初頭の短い期間に終わりました。小生は本格的にロックを聴きこむ初期ワイルドなシカゴに魅了され「ビキニングス」「一体、現実を把握している者はいるだろうか」「長い夜」「流血の日」を夢中で聴きました。反体制バンドもテリー・キャス(ギタリスト)の死去により節目が変わったのかも・・。突然生まれ変わったメロディアスな「愛ある別れ」のヒット曲以降は一貫して洗練されたバラード調になり新しいシカゴの変身に目を丸くしたものだ。





★(010):フリートウッドマック 「ドリームス」  (1977年)                 (2011.9.11公開)


c0119160_628826.jpg1970年代中期の洋楽POPヒットチャートを席巻した「フリートウッドマック」の最大ヒット曲「ドリームス」を紹介。1977年リリースの最高傑作「噂」(Rumours)からのシングルカットは全米第1位に輝き、彼等をイーグルスと並ぶ米国ロックの代表存在(アルバムは31週間・米ビルボード1位、1700万枚セールス)に導きました。淡々としたドラムスと堅実に奏でるギターとシンバル、絡むような印象深い女性ボーカル(スティービーニックス)、風格ある名曲でした。POP名曲の数々「リアノン」「ゴーヨアオウンウェイ」「ソングバード」「ドントストップ」等の名曲は小生の寂しき青春時代を癒してくれました。実は元々彼らは当初は泥臭いブルースバンドでした。1967年、ミック・フリートウッド(リーダー)&ピーターグリーン(ブルースの盟主)により英国で結成され、ローリングストーンズと並ぶ白人ブルースで人気を博していました。その後音楽性の違いから70年にピーターが脱退、相次ぐメンバーチェンジや音楽性の変換でバンドは低迷期を迎えます。しかし1975年に2人の女性ボーカル(スティービーニックス&クリスティーンマクビー)を迎え一挙にPOP路線へと転換。新生メンバー再出発の「ファンタスティック・マック」(1975)は大ヒット、栄光への邁進となりました。泥臭さをこよなく愛するブルースファンの立場からすれば、一挙に軟弱路線へ変節した堕落バンドだったのかも・・。当時そんな背景を知らなかったRWは、洗練のPOPサウンドに魅せられ、夢中でFENラジオから彼らのヒット曲を毎日聴いていたのでした。





★(009):エルトンジョン 「イエスイッツミー」  (1971年)             (2011.9.3公開)


c0119160_2043290.jpgエルトン・ジョン・・、中学2年の時に小生をロック・洋楽好きの道に導いてくれたのは彼でした。(S&G、ビートルズ、モンキ-ズも同様) 今や世界的な大物アーティストとなり、音楽界で絶大なる人気と影響を誇るエルトンですが、小生は1970年初期の吟遊詩人風の頃(デビュー直後)が一番大好き。「君に必要なのは僕なんだ!」と繰り返される「イエスイッツミー」。この曲を初めて聴き、感銘を受けて一挙に彼の虜となりました。初期スタンダード「僕の歌は君の歌」(ヨアソング)の前にリリースされた日本最初のエルトン・スマッシュヒット。その後は映画「フレンズ」の主題曲も手掛け、「ダニエル」「リ-ヴォン」「ロケットマン」「黄昏のレンガ道」と次々大ヒットを放ちました。当時の清潔なイメージで真摯に歌う若き日の姿、実によかったなア・・。1970年代は正に彼の黄金時代。しかしその後、あっという間に禿げて肥満化、アヒルの被り物をまとってエキセントリックになった姿を見て、初期の吟遊詩人イメージはガラガラと崩れ去ってしまい愕然としました・・(苦笑)エルトンジョン特集記事



★(008):ボストン「宇宙の彼方へ」(More than a feeling)  (1976年)         (2011.8.27公開)


c0119160_5494685.jpg1976年、デビュー作とは思えぬ程の完成サウンドで一挙爆発的な人気を呼んだアメリカの伝説バンド「ボストン」。驚異的なセールスを記録した1stアルバム「幻想飛行」(100万枚・全米5位)からシングルカットされた「宇宙の彼方へ」を紹介。ボストンのサウンドは宇宙的な広がりを感じさせる「ギター・オーケストレーション」と呼ばれる魔法のような音楽世界。常に完璧をめざすギタリスト(電気工学博士)・トムショルツが生み出す拘りの多重録音に裏打ちされます。当時注目を集めていたカンサス・TOTO・フォリナー・ジャーニーと共に「プログレ・ハード」という新ジャンルを切り開きました。透明感広がる迫力あるロックサウンドにはアメリカンロックの汗臭さは一切感じられず、緻密に洗練された爽快でダイナミックな世界が追及されています。2nd「ドントルックバック」(1978)以降は、3rdが1986年・4枚目が1994年、8年に1枚しかニューアルバムを出さないスローテンポぶり。しかし時代に流されることなく一貫性を崩さぬサウンドの不変は嬉しい・・。その後20年近くも音沙汰ないなア・・。再度彼らのサウンドに圧倒されてみたい!「Let Me Take You Home Tonight」もGOOD!






★(007):ビートルズ 「ユー・ネヴァー・ギブ・ヨアマネー」  (1969年)              (2011.8.20公開)



c0119160_2285999.jpgビートルズのラストアルバムは「アビーロード」!・・、「サージェントペッパーズ」と並ぶ彼らがロック史に打ち立てた金字塔の双璧。ビートルズ史の最後を飾った名盤には彼らの名曲の数々が「B面メドレー」に埋め込まれています。B面は有名な「ヒアカムザサン」と「ビコーズ」に始まり、3曲目「ユー・ネヴァー・ギブ・ヨアマネー」へと感動的なメドレーの展開が開始します。 冒頭はポールの哀愁に満ちた静かなメロディソロ、⇒ミドルテンポからリンゴのドラムソロ、⇒ジョージの鳴きギターにジョンがアドリブで掛け合い、次から次へと展開する曲調にドンドン引きずりこまれます。当時は既に解散モード、皆の心はバラバラになっていたのに、何という素晴らしい結実名曲!正に最後を飾る閃光!傑作の誉れ高いB面メドレーは素晴らしい展開で紡がれ名曲「ゴールデンスランバー」「キャリーザットウエイト「ジ ・エンド」と続き大団円!この中にた「ユー・ネヴァー・ギブ・ヨアマネー」は美しく蘇っています。過去に公開したビートルズ特集記事




★(006):イーグルス 「ラストリゾート」  (1976年)                      (2011.8.13公開)


c0119160_564144.jpgウエストコーストサウンドを代表する伝説の米国ロックバンド「イーグルス」、不朽名作「ホテルカリフォルニア」(1976)の最終を飾る感動バラードが「ラストリゾート」。美しく崇高で彼らの最高名曲と今も崇めます。彼らは1971年、瑞々しいカントリーロックバンドとしてデビューし、その後音楽性を高めて数々の名盤を生み、米国を代表するアーティストへと成長しました。金字塔「ホテルカリフォルニア」のラストシーンはドンヘンリーとグレンフライが創り上げた佳曲で静かに締めくくられます。静かなピアノイントロから始まり、透明感ある美しさに包まれる曲ですが、実は歌詞内容は「米国象徴の夢のカリフォルニアはもはや幻想」と退廃的に歌っているのです。「1969年ウッドストックの魂はどこへ?」と無念に歌い上げる曲には、全体を覆う寂しさや終末感も漂います。また当時のイーグルス自体が最高を極め飽和状態となり、事実上の終焉状態だった事も一因なのでしょう。1982年に解散した彼らですが、2007年「ロングロード・アウトオブ・エデン」(右)での復活は嬉しいニュースでした。「最後の楽園から長い道のりだった」と溜息つく様な表題でしたが、この復活盤には往年の懐かしいイーグルスサウンドが全く失われておらず安心した次第。そして名盤「ホテルカリフォルニア」で忘れらないのは「時は流れて」(wasted time)・・、この名曲も当時イーグルスはまさにローソクの炎が燃え尽きる前の最大の閃光を放った時期かもしれません。






★(005):ムーディブルース 「新しい地平線」 (1972年)          (2011.8.5公開)


c0119160_21575892.jpg1970年前後、音楽性を変化させながらメロトロンやシンセサイザー等の電子楽器を駆使し前衛的な道を求めたムーディブルース。小生のお気に入りのロックバンドの一つです。日本では「サテンの夜」が大ヒットした「童夢」の方が知られていますが、最高作を訊かれたら間違いなく、「セブンスソジャーン」を推奨します。殆ど無名に近いかもしれませんが、私の中では名盤中の名盤(クラシカルロックの規範的作品)!美しいメロディ・澄み切った声で連続展開される夢幻の世界!傑作の集合体ですが、特にこの名曲「新しい地平線」は素晴らしく、このあとに続く佳曲「ユーアンドミー」「チューズデイアフタヌーン」「フォーマイレイディ」「神秘な世界」、と続く感動のメドレー。絶品なるストリングス、泣きのギターやフルートに牧歌的で柔かなメロディが交差し、艶やかな叙情美がサウンドを包み込みながら広がっていくこのスケール感!完成度の高いロック史のシンフォニックなる傑作でありました。Jヘイワードの曲は、一段と高揚したクラシカルなアレンジが施され「神秘な世界」を表現しています。過剰なオーケストレーションは使わず、静かにメロトロンとオルガンで表現したクラシカルロックの金字塔と呼ぶべきアルバムでした。





★(004):エリッククラプトン 「いとしのレイラ」  (1970年)               (2011.7.30公開)


c0119160_810952.jpgこの衝撃的なイントロ、誰でも耳にしたことがある名曲「レイラ(Layla)」は3大ギタリスト・エリック・クラプトン(デレク&ドミノス時代)の永遠不朽の名曲。クリーム解散後、デレク&ドミノス活動時に発表した同名アルバムのタイトル曲。オープニンクは激しく鳴り渡るスライドギターのリフ演奏から始まり、後半は一転してピアノを軸にした穏やかな演奏で終盤に余韻を残す対照的な2つのパートで構成されます。この曲は、クラプトンが親友ジョージ・ハリスンの妻パティ・ボイドに恋をしてしまい、彼女を求める悩ましい不倫の曲だとは余りに有名なお話。ジョージハリスンはそれでも親友の仲を維持し続けたのだから、心が広いというか何というか・・。この頃の2人はイエスキリストの様な風貌が実にカッコよかったネ~!初期のワイルドなクラプトンが活躍したクリームを解散し、ブラインド・フェイスでの短い活動を経て、クラプトンは自らの傷心と疲れを癒しにアメリカ南部へ渡りました。そして彼はディラニー&ボニーを介して知り合った南部のミュージシャン(デュアン・オールマン等)たちと、自分の好きなブルースやR&Bに没頭していった時期でした。デレク&ドミノスとは「エリックと仲間達」という意味、この時代の名曲と言えば「リトルウイング」も忘れることはできません。そしてその後1970年代ソロになっての名曲は「アイショット・ザ・シェリフ」・・、この頃のクラプトンはちょっと泥臭くてよかったネ~!






★(003):エリックカルメン 「恋にノータッチ」  (1976年)                (2011.7.23公開)


c0119160_221613.jpg1970年にラズベリーズのボーカルで活躍したエリックカルメン。バンド解散後、1976年にソロデビュー「サンライズ」からの名曲「恋にノータッチ」(Never Gonna Fall In Love Again・・もう2度と恋なんかしない・・)。哀愁あるノスタルジックなメロディは、当時片想いの彼女にふられた小生の傷心を癒してくれました。この名盤からの大ヒット曲「オール・バイ・マイセルフ」と並び、ラフマニノフ交響曲第2番をモチーフにした曲と知られています。正に紅顔の美少年を絵に描いたようなアーティストでした。「サンライズ」は最高位16位を記録し、シングル3曲も全てTOP40入りし、エリックはその年のグラミー賞も受賞。その後も次々にヒット曲を放ち、「愛をくれたあの娘」(1977)、「雄々しき翼」(1977)、「チェンシオブ・ハート」(1978)、「悲しみToo Much」(1980)、「フーリン・マイセルフ」(1980)等の名曲は今聴いても心が癒される。最近、音楽シーンから消えたけれど元気にしてんのかなあ・・、また復活してほしい。第1回目は「エブリシング」で締めましょう。



★(002):オーリアンズ 「ダンス・ウィズ・ミー」  (1975年)                (2011.7.16公開)


c0119160_18574022.jpg1970年代半ばに活躍した米国POPロックバンド「オーリアンズ」の1975年ヒット曲「ダンス・ウィズ・ミー」を紹介しましょう。都会的かつ哀愁あるメロディ、美しいハーモニーコーラスで夢に誘われるような名曲でした。フュージョンのアールクルーのカバーでも有名、BGMで聴いたことがあると思います。軽く乾いた心地よいウエストコーストサウンドの正統派「オーリアンズ」、多くの名曲(「スティルザワン」や(「ラブテイクスタイム」等)を放ちました。ジョンホール、ラリーホッペン、ランスホッペン(弟)、ウエルズケリーが1972年にウッドストックで結成し、目指すサウンドはニューオリンズR&Bルーツのロックに、カントリーロックや白人の美しいハーモニーを融合させ、「西のイーグルス・東のオーリアンズ」などと言われたりもしました。70年代の曲ってかくなる清廉でエレガントな曲が実に多く埋もれているんですよ!



★(001):アルスチュワート 「イヤー・オブザ・キャット」  (1976年)          (2011.7.9公開)


c0119160_18542056.jpg大学時代、6畳アパートのラジオで毎日聴いた名曲「イヤーオブザキャット」。まずイントロのピアノで異空間へ・・、そしてジョンレノンに似た静かな語り口調のような歌が始まり美しく静かに淡々と歌い継がれます。(妙に余韻の残る歌声は聴けば聴く程に味が増す・・)そして後半に盛り上がる美しいギター旋律とclimaxを飾るテナーサックスが我々を時空の旅に誘ってくれるのだ・・。比較的シンプルなアコースティックな曲が多かったアルの楽曲にこうした編成を吹き込んだのは本作でプロデュースを携わったアランパーソンズの手腕によるところが大きいでしょう。詩の冒頭は「ハンフリーボガード映画のようなある朝に・・」、この情景は世界的名画「カサブランカ」(今から70年前の映画)の1シーンを語ることから始まっています。それにしてもH・ボガードって格好いいねエ・・!イングリッドバーグマン・・、余りにも美人すぎる・・!米国が世界で輝きを放ち始めた20世紀前半!ハリウッドの華やかさが眩しすぎる!いつまでも聴いていたいマイフェイバリットソング!(毒舌の広島弁・親友セージ殿のお気に入りの名曲でもあります。)その他にも「オンザボーダー」「タイムパッセージ」「ミッドナイトロックス」など1970年代に数々のヒットを放ち活躍していた英国(スコットランド生まれ)のシンガソングライター、アルスチュワート。この人にこそ「吟遊詩人」という言葉が似合います。

  # by rollingwest | 2001-01-01 00:00 | 洋楽(ロック・POPS) | Comments(84)