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<2008年7月21日>東京下町(浅草・向島・隅田)、08年夏の風景(その1) 

                            墨田区探訪(その1)

★盛夏到来!
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ついに梅雨明け!3連休となり今日は「海の日」、子供達が待ちに待った夏休みに突入しました。
各地で「夏の花火大会」が盛大に開催されますが、下町っ子にとって「隅田川の花火」は心待ちの大イベント。江戸時代からの長い歴史が刻まれた夏の風物詩が到来、「たまや~!かぎや~・・!」
              
     ....今年の「隅田川花火大会」開催日は7月26日(多くの人で賑わうことでしょう).....

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恒例「ほおずき市」(7/9-10)開催前の7月初めの週末、久しぶりに浅草周辺を訪ねてみました。今回の真の目的は、昔よく仕事で巡回した懐かしい墨田区を歩いてみたかったからです。
浅草から桜橋を渡り「向島・八広・押上」等のレトロ感漂う下町風景の街を逍遥してきました。



★「浅草」吾妻橋付近の風景


銀座線浅草駅を降りて吾妻橋方面を見渡せば、本当に目立ち過ぎているデザインのビル・ご存知「アサヒピール本社」が視界に飛び込んできます。右側○○のような形はアサヒ・炎を表わし、左の金ぴかビルは上部に泡立つビールグラスを表現していますが、何ともねえ・・。もう慣れちゃったか。


 .....浅草駅・吾妻橋から見える有名なアサヒビール本社ビル(ウンチビルとか呼ばれますが・・)....
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電気ブラン」で有名な「神谷バー」を横目に見て、仲見世通りに向かえばお洒落な赤いバスが・・。
7年前迄は上野~浅草間を日本初の二階建てバスが走っていたようですが廃止になったみたい。


  .....(左)吾妻橋前の交差点四つ角には「神谷バー」、 (右)赤くお洒落な洋風バスが街を走る....c0119160_16593078.jpgc0119160_1701265.jpg



★東京のシンボル「浅草寺」
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さていよいよ浅草の象徴かつ東京の顔でもある浅草寺「雷門」の前に立ちました。シンボルである赤い大提灯の前では若者がピース姿をしながら並んで写真をバチバチ撮っています。門をくぐって行けば「仲見世通り」。長い参道には土産屋が軒を並べて連なり、人込みで活気に溢れています。


    .....浅草寺(せんそうじ)の正門である「雷門」は記念写真の名スポット、沢山の人だかり....
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    .....「雷門」から「浅草寺」まで続く260mの長~い「仲見世通り」、スゴイ人混み....
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浅草寺の本門「宝蔵門」には、「本堂落慶50周年記念開帳」と表示されています。ここは外人さんが実に多かった!創建は628年、1400年近くの歴史を持つこの寺は「浅草観音」の名で人々に親しまれ、毎日平均10万人が訪れているんだって・・。そりゃスゴイ!さすが世界の「ASAKUSA」! 


  ....(左)浅草寺の「宝蔵門」(コンクリート製なのがやや残念) (右)浅草寺の本堂(観世音菩薩)....c0119160_1745798.jpgc0119160_1753042.jpg


         ....本堂の観音堂の賽銭箱あたりから見る浅草寺の境内(正面は宝蔵門)....
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賑わう仲見世商店街から宝蔵門の手前を左へ曲る通りが「伝法院通り」。時代劇セットの中にいるような雰囲気。この通りは2005年、昔の江戸町屋風景を再現する町並みへと生まれ変わりました。祭り用品やつげ工芸・サンバ踊り衣裳等、いかにも浅草らしい品々を売る店が軒を並べています。


      ....メイン通りではなく脇参道ではあるものの、実に味わいのある「伝法院通り」....
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  ....(左)「伝法院通り」の観光人力車 (右)江戸時代から開園の「花やしき遊園地」のタワー....c0119160_1793425.jpgc0119160_171078.jpg


近くには「花やしき遊園地」があります。大正~昭和初期は有名な動物園であり、紆余曲折を経て戦後に遊園地になったとのこと。20年前職場旅行で浅草ビューホテルに泊まり、翌日皆で楽しく過ごしましたが、民家脇をすれすれ通り抜けるジェットコースターは何とも不安感が煽られて実に怖かったなあ・・・。(手作り風ジェットコースターがガタガタと揺れ、いつレールから外れるかとのアナログ恐怖感



★「浅草六区」周辺の夏風景


国民にとって最大の娯楽が映画だった時代、「浅草六区」は国民の憧れ・名だたる娯楽街でした。
明治期から関東大震災の大正期、この地には日本隋一の大摩天楼があり、その名も「凌雲閣」(雲を凌ぐほど高いという意味)、でもビルは僅か12階・・・。ああ、何てよき時代であったのでしょう。


....(中)関東大震災で倒壊した「凌雲閣」と現ブロードウェイの面白い合成写真(インターネットより拝借)....
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....(左)浅草六区ブロードウェイには「浅草演芸ホール」  (右)昭62まであった懐かしい「仁丹塔」....


大摩天楼は関東大震災とともに崩壊・・、凌雲閣を回想したいと「森下仁丹」(当時の口中香剤の最大メーカー)がそれを模した「仁丹塔」を建設。その姿は今も自分の記憶に確実に刻まれています。浅草の象徴塔は再開発の波に洗われ昭和62年に取り壊されてしまい、寂しく感じたものだなあ・・

      ....「浅草ほおずき市」の夏風景、ほおずき・風鈴・苔玉などが吊り下げられる。....c0119160_8374824.jpgc0119160_838107.jpg
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 ....「五重の塔通り」や「浅草六区」あたりを散策していくと、金魚や南部鉄「風鈴」。夏の風情....c0119160_17122538.jpgc0119160_17124219.jpg
本格的な夏到来を告げる「浅草ほおずき市」は季節を刻む江戸東京の風物詩、この日に浅草寺をお参りすれば「四万六千日分の大きなご利益」があると伝えられ、多くの参詣者で賑わいます。
訪れた日は「ほおずき市」の数日前でしたが、六区周辺の路沿いにはチリンチリンと夏風鈴の音・・


               ....「浅草寺」の広い境内、「本門」と「五重の塔」....
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  浅草寺周辺の夏風情を十分満喫したあと、今度は隅田川水辺方向に足を向けていきました。


             ⇒東京下町(浅草・向島・隅田)、08年夏の風景(その2)に続く

  by rollingwest | 2008-07-21 07:03 | 都会の風景 | Comments(18)

<2007年11月3日>文京区探訪(小石川・本郷・湯島) 


古い町並みが少なくなってきた東京で、今もなお静けさを保ち、歴史・文学の雰囲気を残している所が文京区です。その名のとおり、東京23区の中ではもっとも文教的アカデミックな街ですね。


地下鉄「後楽園駅」で降りて、小石川から本郷・湯島を経由し神田駿河台「御茶ノ水」駅まで逍遥・散策する長~い散歩旅でしたが、懐かしく落ち着いた雰囲気での歩きは実に心地よいものでした。



★江戸時代の名残を残す「小石川・春日」

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     ...東京ドームの隣とは思えぬほど静かな石垣塀の道(水戸黄門が完成した庭園).....

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「後楽園」といえば「東京ドーム」。 学生の頃は「巨人軍球場」と「遊園地」「場外馬券場」しか連想しなかった小生。これから文京区を探訪しようとせん人物としては全くふさわしくない・・・? (笑)
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アミューズメントのメッカ、喧騒たる娯楽施設のすぐ隣には「小石川・後楽園」が静かな空間を保ち続けています。この庭園を完成した方は、水戸光圀公(人生楽ありゃ~♪の黄門様)であります。
庭モミジも色づく時期ですが、今年の紅葉はやはり遅い。都心の木々はまだ青々と輝いています。

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     .....「後楽園」の名の由来は「先に憂いて後に楽すべし」。池の背後は東京ドーム....

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小石川・春日の街並を散策していくと多くの坂道に行き当たりお寺・史跡があまた点在しています。
東京23区に坂道は658ケ所あるそうですが、そのうち何と文京区の坂は117ケ所を数え、全体の2割近くを占めているとのこと。「さだまさし」の唄に登場する「無縁坂」も文京区湯島なんですよ。


....(左)春日町に鎮座する北野神社↓通称「牛天神」。
源頼朝が来訪、夢に祭神・菅原道真が現われ「牛」形の願い石が残されたとの故事による。.....c0119160_21452640.jpgc0119160_21454151.jpg

   ....(右)「伝通院」、徳川家康の生母や千姫など徳川家ゆかりの女性の墓が多い。↑.....


★近代文学発祥の地「本郷」


「樋口一葉」や「坪内逍遥」等の日本近代文学をまともに読んだことがない小生にとって、樋口一葉を語る資格はない(逍遥日記のネームを使う資格もない?(笑)・・・)のですが、散策路の足を進めていくと「菊坂」という坂道に行き当たりました。ここは一葉が貧しく暮らした人生ゆかりの地です。

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.....(左)一葉旧居跡に残る井戸(まだ現役)... (右) 一葉が通った質屋(伊勢屋)と菊坂の風景....


「菊坂」を抜けて左折北上すると、「本郷菊富士ホテル跡」という所に出くわしました。
この辺は静かで実に落ち着きのある坂の道です。文京区は実に雰囲気があるねえ~・・・。


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  ....「近代学発祥の地:本郷」の銅盤碑(江戸振袖火事や女子美大跡でもあるらしい)...


ここには「近代文学発祥の地」という銅盤モニュメントが見られます。そこに記載されている名前は実にメジャーな方ばかり。文学に直接触れたことが少ない小生でも7割位は知っている文士達。
彼らは本郷の地に集い貧しい生活に耐えながら、文壇で活躍する未来の夢を見ていたんですね。



★東京大学「本郷キャンパス」

本郷といえば「東京大学」。敷居が高すぎて小生には全く縁のない「日本最高学府」ですが、
本郷キャンパスを歩くと実に興味深く素晴らしい建物が沢山あります。

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    ... 国重要文化財・東大「赤門」(正門ではない)、加賀前田家屋敷の門だった。...


高層ビル化や郊外移転の拡張等で何の感慨も受けない大学キャンパスが増えているご時勢、比較にならない程の「歴史の重」みと「優秀人材を輩出したプライド」をビシビシと感じました。

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    ....東京大学構内キャンパス風景、日本を支えた数多くの優秀人材を輩出.....


「団塊の世代」の大量退職が始まった2007年。当時大学生だった全共闘世代の方々が警察と戦って傷つけられた「安田講堂」、事件から早40年近い歳月が刻まれました。東大シンボルの建物として修復され復活しているものの、今だに当時の傷を心身とも引きずっているような気もします。

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    ....東大のシンボル「安田講堂」。全共闘の終焉を告げる占拠事件から40年近い。.....



★受験生の神様「湯島天神」

学問の神様で有名な天神様「菅原道真」を祀っている「湯島天神」は受験シーズンになると白梅のもとで「合格祈願絵馬」が沢山飾られます。いや~まさに文教の頂点:文京区のシンボル神社だ!

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     ....受験シーズン期は合格祈願で賑わう「湯島天神」、学問の神様「菅原道真」を祀る。...


「湯島天神の白梅」はあまりにも有名ですが、当日訪れた日は「菊まつり」の真っ最中でした。
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これがまた実に豪華で素晴らしい!この日のために手塩にかけて大事に育てられた高貴で芸術的な数多くの菊たちが凌ぎを削って競い合っています。いいタイミングに恵まれて、満足・満足~!

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    ...湯島天神は白梅が有名だが秋の「菊まつり」も実に見事!豪華芸術の粋を競う。...



★幕府直轄の学問所「湯島聖堂」

日本の最高学府・東京大学が本郷に設置されたのも、元々は徳川幕府が推奨・直轄する学問所がこの湯島の地に開かれたからであります。「昌平坂学問所」という儒教の大学だったのです。

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            ...幕府直轄の学府「昌平坂学問所」の地、「湯島の聖堂:大成殿」....

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     ....幕府は儒学教育を推進、開祖「孔子」が祀られている。↑世界最大の孔子像....

儒教の開祖は「孔子」、ここには世界最大の孔子像が鎮座。当日は「孔子復活百周年事業」として孔子に纏わる公開イベントが開催されていました。「都心の静謐」に感激、実に貴重な場所です。
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   ...「聖堂:.大成殿」構内は荘厳な静けさが漂う。隣が喧騒な「御茶ノ水駅」とは思えない。...




★江戸の総鎮守「神田明神」

湯島聖堂の目の前にある奥まった高台には「神田明神」が重厚な雰囲気で鎮座しています。
江戸三大祭りで有名なのは「神田祭」、この御神輿が担がれるとき江戸っ子の血は騒ぐ時!
でも神輿の担ぎ手には丸の内・大手町のビジネスマンも大いに貢献しているとのことですよ。

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          ....江戸の総鎮守・「神田大明神」、「神田祭り」は「江戸三大祭りの筆頭.....


ここに祭られる神は3つ、1と2は「恵比寿」「大黒」、そして第3はあの怨霊伝説で有名な「平将門」
恐ろしいイメージが先行する「将門」ですが、関東では崇敬される英雄武将なのでした。

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   ....(左)天平時代の聖武天皇創建の由緒ある神社...(右)唯我独尊を貫いていた境内の銀猫....


「日本三大怨霊」とは「平将門」「菅原道真」「崇徳上皇」。いずれも日本の歴史に強烈な印象を残す御三方ですが、その中でも「平将門の首塚」は特に崇め恐れられている存在です。
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 ...(左)「承平の乱」首謀者「平将門」...(中)(右)大手町ビル群の谷間に鎮座する「将門の首塚」...


M物産隣り・大手町高層ビルの谷間に、雷鳴と共に飛翔してきた「将門の首」が祀られています。
過去何度も移転を試みても、祟りと思われる不幸な事故がつど起こりました。小生も今この近くで勤務しているのですが、毎日昼休みにお参りしているサラリーマンの姿を何人か見かけます。




★フィナーレ「御茶ノ水:神田駿河台」


文京区探訪というのに「何で神田なんじゃ~?さっきから千代田区が紹介されているじゃねーか」とクレームもありましょうが・・、「御茶ノ水駅」を最後のゴールとしたものなのでご容赦下さい。

      ....(左) 「御茶ノ水駅」に架かる「聖橋」、名前のルーツは隣接する「湯島聖堂」.....c0119160_23224591.jpgc0119160_23232881.jpg
   ... (右) 日立ビル脇に埋もれる「蜀山人」終焉地の立札。食山人さん、他意はありません・・。....


「神田駿河台」はやはり「学生の街」、もうここに来ると文京区の静かな雰囲気は全くありません。
「喧騒」の言葉が似合う賑いを見せています。(でも学問拠点という面では共通点があるのかな?)
神田川北側・湯島には医師系大(順天堂・東京医科歯科)がありますが、南側の駿河台には有名私大(日大・明治・中大)の最新鋭の高層ビル校舎が林立。昔の古いキャンパスが懐かしい・・・。


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       ....神田駿河台風景を象徴する「日本ハリストス正教会」の「ニコライ堂」.....

御茶ノ水駅のすぐ隣には、立派な「東欧ビザンチン式教会」がそびえています。学生時代から目に焼きついている風景ですが、初めて入ってみました。
この教会は通称「ニコライ堂」、ロシアの修道司祭ニコライが建立したことにちなみます。

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       ....この日は教会内部を無料公開、金色の荘厳な礼拝所にはミサが流れていた.....



東京23区の史跡・街並みはもう殆どと言っていいくらい訪ね歩いてきましたが、意外にも文京区の周辺はじっくりと散策したことがありませんでした。本当に風情があるいい街並みです。
この周辺に散々出没していたのに、今さらにこの街の魅力を再発見!遅すぎるってか・・?<(_ _)>


やはり、学問や文学の風情が似つかわしくない小生には縁遠い場だったのかな・・。
誰~!?自分をよくわかってるじゃん・・・と言った人は!  (`ヘ´#)!!!

                                                    (おわり)

  by rollingwest | 2007-11-03 21:32 | 都会の風景 | Comments(18)

<2007年5月27日>上野・両国風景:(和洋混在ゴッタ煮レポート)


ローリングウエストにはやや似合わないのですが・・・芸術の初夏(?)、「レオナルド・ダ・ビンチ展」と「ロシア皇帝・クレムリンの至宝展」を鑑賞しに、東京国立博物館(上野)と江戸東京博物館(両国)に行ってきました。


これを機会に、久しぶりに上野・両国周辺をじっくり散策・逍遥してみましたが、なかなかバラエティに富んだ見所ある風景がたくさん見つけられます。
下町風情のイメージが先行しがちなエリアなのですが、じっくり歩いてみると「アカデミックな洋風建築」や「大都会の中での豊富な緑」、「和文化の香りや伝統の大相撲」、「懐かしき昭和のレトロ」と飽きさせられることがありません。
和洋折衷(?)・・・いや、和洋混在ゴッタ煮の「寄せ鍋レポート」となりましたが、ご覧ください。

  (掲載写真の一部はインターネッから拝借していますがご容赦下さい。)


★ああ上野駅

..上野駅外観や周辺風景は昔と変わらない。....上京・帰省に何度もお世話になった特急「とき」↓..
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新潟出身の小生にとって、小さいときから20代後半まで東京の玄関は「上野駅」でした。
初めて上京してきた時(小学2年生)に見た上野駅構内の大きな壁画や混雑する人の多さを見て、「さすが東京ってスゴイ所だなあ!」と驚いたことが、今でも強い印象として刻まれています。

今年1月に井沢八郎が亡くなりましたが、「ああ上野駅」、昭和高度成長時代に集団就職で新潟や東北から上京してきた方にとっては、この歌や上野駅はまさに懐かしい心の拠り所なのでしょう。


...↓今も多くの人が賑わうアメ横商店街、でもフランチャイズ店やネットカフェ、カラオケ等の店が増えてきた...
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....不忍出口の上野松竹デパートや公園階段の似顔絵画家の風景が変わらないのは嬉しい↑...


故郷への帰省は特急「とき」や急行「よねやま」をよく利用したものですが、実家に辿り着くまでは正味で5時間以上もかかり、あの頃の電車帰省は旅路気分・郷愁感を味わいながらのちょっとした大イベントでした。
現在はあまりにも迅速・便利になりすぎて、その郷愁味わいはすっかり薄れてしまっています。

また駅の構内はすっかりきれいになり、懐かしい大壁画も残っているものの何かピンとこない・・・。
そうやはり、あの薄暗い雰囲気の駅構内、長距離特急列車の発着ホーム、靴磨きのおばさん達が一生懸命働いている姿、お土産を抱えた帰省の人たちが混み合う雑多な年末光景、それらこそが自分の思い出に刻まれている上野駅のシーンだったからでしょうか。



..↓ご存知「上野の山・西郷さん」(高村光雲作)、将軍家の菩提寺「寛永寺」↓....
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でも他の大ターミナル駅とは違って、上野駅の姿や周辺光景は基本的には殆ど変わっていない。それが自分にとっては非常に嬉しいことです。
ターミナル駅ビルや周辺施設が大型再開発されて駅前光景が一変しないでほしい。懐かしい郷愁ルーツが失われないことを祈るばかりですが、いつか上野にも変貌の日が来るのかもしれません。
     ☆☆...............................................................................................................................☆☆



★東京国立博物館

さて今日のメイン訪問先は、東京国立博物館。「レオナルド・ダ・ビンチ」(天才の肖像)の鑑賞。
初期の傑作「聖マリアの受胎告知」の公開にあわせ、科学・芸術・発明の「天才ダビンチ」の万能の実像を紹介した展示で、予想以上の大人気で本当に大混雑でした。

遅ればせながら「ダビンチコード」上・中・下巻を読み終えたばかり。その興味もあっての鑑賞でしたが、なかなか内容濃い展示で結構面白かった・・・。さすが天才・歴史上のスーパースターです。

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↑ダビンチ初期の傑作「受胎告知」が公開目玉。 40秒凝視して見て下さい。↑何かが浮かび上がる。



上野公園は歴史・文化・芸術施設が集合する日本でも有数の都市公園です。
今日訪れた東京国立博物館の他にも3つの美術館・博物館、東京芸大・国立図書館などがあり、本当にアカデミックな場所であります。この辺はじっくり歩いたことがなかったので、国立博物館構内や周辺を散策してみると「う~ん!やっぱりアカデミ~!」再発見の建築物が数々とありました。


....↓東京国立博物館外観、ダビンチ展に並ぶ人の行列、館内の庭園池風景↓....
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東京国立博物館は日本最古(明治5年)の博物館です。その建物はなにか皇居を思わせるような威厳ある雰囲気、瓦屋根に寺院のような破風を付した帝冠様式の代表建築とのことです。
その隣には、緑色のドームを冠した明治洋風建築「表慶館」があります。大正天皇の成婚目的での開館でしたが、今は特別展示や教育普及センターの場として使われているそうです。


...「表慶館」のドームを中から仰ぎ見てみると、イスラム寺院のような雰囲気....c0119160_18175127.jpgc0119160_18181538.jpg



上野公園は本当に大きい。↓広い上野動物園の占める面積も全体の1割程度しかないんですね。
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博物館の構内裏手には、落ち着いた雰囲気の武家屋敷(因州(鳥取県)の池田屋敷の黒門
とドデカイ鬼瓦(筑前福岡藩士黒田家屋敷の瓦)がありました。この博物館の構内も和洋ゴッタ煮のような気もしますが、さすがに日本の美術・国宝文化財の宝庫、威厳と気品が伝わってきます。


↓これら武家屋敷は徳川幕府に参勤交代を命じられた諸大名が江戸城周辺に構えた屋敷の1つ
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緑のライオン像と国立博物館の威容。 国立子ども図書館↓エッ?こども用?さすがアカデミック・・c0119160_1840183.jpgc0119160_18402433.jpg



★不忍池


アカデミックな博物館構内を満喫したあとは、不忍池の自然や下町風情への散策となります。
上野東照宮・寛永寺を過ぎて右に坂を下っていくと、不忍池が広がっており「弁財天」のお堂が見えてきました。初夏の池は蓮の葉や緑藻が覆い茂ってモヤ~ッとした雰囲気になっており、冬の清冽な空気に見える池風景とは対照的です。(冬は多くの水鳥が飛来して賑やかです。)


徳川家光は江戸の鬼門封じを目的として「不忍池」=「琵琶湖」に、「上野の山」=「比叡山」に、「寛永寺」=「延暦寺」と見立てました。
弁財天堂の「弁天島」は琵琶湖に浮かぶ信仰の島「竹生島」を象徴的に再現したものなのです。


....↓不忍池のシンボル「弁財天堂」、2ケ月前は桜満開だったが今は夏風景.....
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↓ボート客で賑わう池の背後には新築高層マンション ↓蓮の池に覆われ弁才天は浮見堂のよう
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池を一周していくと「下町風俗資料館」があり、入ってみると懐かしき昭和レトロ風景(下町長屋や駄菓子屋、ちゃぶ台居間)が展示されています。ここ数年はあちこちでALWAYS昭和ブームです。


....↓長屋や駄菓子屋の路地風景...懐かしい台所とレトロな炊事道具たち↓.....c0119160_18531122.jpgc0119160_18532790.jpg
上野のさまざまな風景を楽しみながら、名残惜しくも上野駅をあとにします。

         ☆☆...................................................................................................................☆☆



★両国駅周辺


秋葉原で乗り換えて、次の目的地である両国駅(総武線)に降り立ちました。
駅前には大相撲国技館に隣接する「江戸東京博物館」(93年オープン)があり、ここで開催されている「ロシア皇帝・クレムリンの至宝展」の鑑賞が今日2つ目の訪問目的です。
「江戸下町風情」と「ロシア皇帝東欧キリスト教の至宝」は完全にミスマッチな雰囲気ですが、今日はゴッタ煮での文化鑑賞日ですので悪しからず。(ここまできたら、気にしない気にしない。)



↓江戸東京博物館の入口、ロシア至宝展の告知幟、 ↓館内にある「浅草酉の市」の熊手飾り
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両国」とは、隅田川を挟んで西側が「武蔵国」、東側が「下総国」、この二つの国に跨る「両国橋」が由来のようです。「下総国」といえば千葉県だけとばかり思っていたのですが、よく調べると昔は隅田川東側(墨田区・江東区・江戸川区)は全て「下総」だったんですね。大変勉強になりました。

...↓両国のシンボル「両国橋」、北斎浮世絵↓「冨嶽三十六景色の両國橋」↓...
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今日は、大相撲夏場所・千秋楽の日。

両国国技館は各部屋の幟旗が立ちはためき最終日の活気が伝わってきます。
次々と取り組みを終えた力士、これから戦いに向かう力士たちには、沿道の贔屓する応援客たちから励ましの声がかかっていました。

...↓国技館に向かうロシア・東欧力士、部屋の幟旗が競い合う国技館風景↓....c0119160_2184489.jpgc0119160_21163439.jpg


モンゴルからの応援来日で集まる力士の家族の誇らしげな表情、ロシア・東欧系の力士が闊歩する、まさに「両国」の地は国際的な人間模様です。

そういえば先程「下町両国」と「ロシア・東欧文化展」がミスマッチとか言ったけれど、とんでもない。大相撲の世界ではロシア・東欧とも十分融合しておりました。(日本人力士よ!もっと頑張れー!)


..↓この日は大関白鵬が全勝優勝を決めた。 めでたく横綱昇進↓明治神宮での奉納土俵入...
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................↓両国国技館もあと2年で建設100年の歴史を刻む..........................
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当日は大関白鵬が朝青龍を下しての完全優勝!生で見られたわけではないですがこの目出度い日に同じ空気を吸っていたと思えば、自分にとってもメモリアルな気持ちです。
今度は、青白時代?それとも龍鵬時代とでもいうのでしょうか。モンゴル力士の両横綱ではちょっと寂しい気持ちもしますが、日本人のルーツもモンゴリアンだから顔立ちが一緒な分、あまり違和感はありません。(でもやっぱり日本人横綱、早く出て来-い。)
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2011年地上波テレビ放送が完全にデジタル化に移行されるにあたり、電波塔としては世界最高の610mの第2東京タワーが「墨田・台東エリア」(業平橋地区)に将来建設されるとのことです。
地元では新たな観光目玉・活性化につながると張り切っているようですが、この下町エリアはあまり最新景色に変わってほしくないなあと思います。特に上野駅周辺はずっとレトロであってほしい。

部外者の勝手な意見ですみませんが、新潟県人の単なる郷愁心から思う希望です。

                                                      おわり

  by rollingwest | 2007-05-28 16:09 | 都会の風景 | Comments(5)