タグ:上杉・武田の史蹟めぐり ( 9 ) タグの人気記事

 

<2013年5月18日>Fツアー(甘利山・千頭星山):富士山絶景パノラマ縦走

祝!「富士山」 世界文化遺産登録指定!\(⌒∇⌒)/



★世界遺産・富士山の大展望台・「甘利山&千頭星山」


Fツアー5月例会は「甘利山&千頭星山」。南アルプスの前衛に位置し、素晴らしい富士山絶景が満喫できる展望台として非常に人気が高い山。世界遺産・大パノラマを見ながらの山旅は感動モノでした!


  .....(左)Fツアーのパノラマ山行、甘利山での頂上集合写真 (右)雲海の上に素晴らしい富士の姿.......
c0119160_6504399.jpgc0119160_6505980.gifc0119160_6511112.jpg
c0119160_6512413.jpg


     .......甘利山・千頭星山は南アルプス・鳳凰山の前衛に位置しており手軽に登れる山........
c0119160_1984158.gifc0119160_1985589.jpgc0119160_199870.jpg
c0119160_199314.jpg




c0119160_1994957.jpg


前回の軽井沢山行と同様に新橋駅集合(6時半出発)、首都高から中央道経由で山梨へと向かいます。今日の天気予報は快晴予報!と心を躍らせていたのに笹子トンネルを抜けた辺りから濃厚ガスが立ち込めてきた・・。アレレ、予報は外れちまった~(泣) 今回はバス宴会がメインと最初から達観モード


  ......晴れていたのに笹子トンネルを越えると曇りに・・。霧に包まれ今日の山行は期待薄と落胆........
c0119160_19203229.jpgc0119160_19204748.jpg

c0119160_19211574.jpg
c0119160_19213441.jpg


中央道・韮崎ICを降りて韮崎市内(中田英寿の故郷)から西側の山をバスはドンドン登っていきます。バス車窓からの山裾野には藤の花がアチコチ群生している!初めて見る自生の紫花群は実に圧巻!


    ........野生藤の群生が沢山見られた!甘利山駐車場(標高1640m)まで一挙に上がる........
c0119160_20192722.jpgc0119160_20201031.jpg

c0119160_20203260.jpg






★甘利山からの大眺望、感動のパノラマ・ウォーキング

9:40甘利山駐車場に到着すると光景は一変していました!一点の雲なき青空の雲海に奥秩父連峰が浮かび上っている・・!我々は単に朝靄の中にいただけで雲上はやはり快晴だったのか~、嬉!


  ......(左)甘利山駐車場到着、一転快晴の青空!(右)奥秩父が雲海上に浮かぶ!感嘆の声........
c0119160_2193563.jpgc0119160_2195076.jpgc0119160_2110797.gif


c0119160_21103068.jpg


登山開始後すぐに東屋展望台へ到着・・Wonderful~、今度は雲海に浮かぶ富士山大展望が目に飛び込んできました。これは凄い!パノラマ登山を一時諦めたメンバーの心は一挙地獄から天国へ!


   .......甘利山の東屋展望台へ!視界が一挙に開け富士山大展望!一同は感嘆の声!........
c0119160_21165058.jpgc0119160_21171577.jpgc0119160_21172871.gif

c0119160_21174623.jpg


    ........(左)笹原の木道を行く (右)甘利山の準平原から仰ぐ雲海富士はまさに荘厳!.......
c0119160_21224818.jpgc0119160_21232950.jpgc0119160_212639100.jpg


c0119160_21241557.jpg


甘利山頂上(1730m)にはアッという間に到着!頂上で集合写真(冒頭)を撮り奥甘利山へと向かおう。今日は登山じゃなく大パノラマ満喫のお気楽な高原歩きだネ~、ナンテ、この時は舐めていたのかも・・・


  .......(左)本日のコース予定(奥甘利山⇒千頭星山⇒御所山⇒青木鉱泉) (右)オオカメノキの可憐花.......
c0119160_21293361.jpgc0119160_21295743.jpg

c0119160_213111100.jpg
c0119160_21301717.jpg


     ........雲海に浮かぶ世界遺産は絵画の如し!滅多にお目にかかれない絶景だ~!........
c0119160_2142074.jpg
   
甘利山頂上からは明るい笹原やカラマツ林が交互に現れる広い平坦地の歩きが続きます。準平原と呼ばれる南アルプスでよく見られる地形。遥か向こうに浮かぶ雲海富士は壮大なキャンパスの絵の如し


           ......杉の木立を登りゆく、広い笹原に出て再び針葉樹林への道........
c0119160_752482.jpgc0119160_754041.gifc0119160_6244141.jpg
c0119160_76544.jpg


  ......縦走路からの大パノラマ!(クリックで拡大表示) 右手前の緩やかな山は櫛形山(アヤメで有名).......
c0119160_7112095.jpg





★奥甘利山から千頭星山へ


気持ちいい新緑カラマツ林・笹原道を歩き抜けると今度は八ケ岳の勇姿が!何か欧州の様な山風景(行ったことないけど)!先日レポートした「出羽三山」の濃厚な修験の雰囲気とは対照的な明るさ!


       ........(左)新緑の針葉樹林 (右)八ケ岳連峰のパノラマも素晴らしかった!........
c0119160_7414917.jpgc0119160_742276.jpgc0119160_742064.jpg
c0119160_7422041.jpg


11時頃に奥甘利山頂上で再び集合写真、霊峰富士の絶景は一段と素晴らしい!雲海があるからこそ映えるパノラマ!右には毛無山塊、まるでオホーツク海に浮かぶ利尻富士と礼文島の様に見えた!


    ......奥甘利山頂上に立つ!世界遺産・富士山を背景に単独&集合写真(アキタカ様提供)......
c0119160_8104229.jpgc0119160_811932.jpgc0119160_12281810.gif
c0119160_81137100.jpg


      .......霊峰富士のパノラマ歩きは続く、富士の右側には毛無山・雨ケ岳の山塊が鎮座........
c0119160_814338.gifc0119160_8141922.jpg



c0119160_1025759.gif


c0119160_814341.gif

         
11:30に大西峰(御所山への稜線分岐)に出たぞ。コースを左に向かえば千頭星山への頂上は近い!山頂到着は丁度お昼前でした。3度目の集合写真を撮った後、チョット下った笹原でランチタイム!


    ........(左)鳳凰山・地蔵岳(オベリスク)が目前に迫る (右)八ケ岳をバックに広い笹原を行く........ 
c0119160_819234.jpgc0119160_819235.jpgc0119160_8195049.jpg

c0119160_8265955.jpg


            ........千頭星山の頂上に立ち、Fツアー集合写真(3回目:アキタカ様よりご提供)........
c0119160_8311975.jpgc0119160_8313771.jpgc0119160_8315051.jpg

c0119160_623347.jpgc0119160_832964.gif


c0119160_832318.jpg

         
いつもの如くビールで乾杯!持ち寄ったツマミ・惣菜を交換しワイワイガヤガヤ!まあ、これが楽しみに山に来ているようなものですが今回は爽やかな初夏の風を感じながら素晴らしいパノラマでの贅沢な時間


       ........お楽しみの昼食タイム。ビールで乾杯、それぞれ持参の惣菜を交換し合う........
c0119160_8375423.jpgc0119160_838541.gif


c0119160_838172.jpg






★御所山経由で青木鉱泉へ・・、予想外の苦労下山


楽しいランチタイムもそこそこに12:40下山開始。千頭星山・大西峰(分岐)を経由し、カラマツ林稜線を進み御所山へと向かいます。午後初っ端は平原の木道歩き、視界開けた明るい雰囲気が依然続く。


         ........(左)延々と長く続く木道   (右)針葉樹から遥かに望む富士........
c0119160_8522122.jpg c0119160_8524072.gif


c0119160_8531099.jpg


先に進むと背丈の高い笹原や自然林が徐々に多くなり南アルプスらしい雰囲気へと徐々に変わってきた。道の道標も分かりにくくなってきたよう気がする。御所山の頂上は視界もなく平凡な雰囲気。
しかしその後の下山が予想外に大変でした。膝に堪える急勾配でわかりにくい道・・、苦労の連続へ


   .........御所山からの下りは予想外の悪路、道標は不明確、急激な下山路に四苦八苦........
c0119160_931195.jpgc0119160_985754.gifc0119160_99989.gif
c0119160_993096.jpgc0119160_189566.gifc0119160_18101018.jpg







c0119160_9151864.jpg


それもその筈、下山ゴール青木鉱泉の標高は1150m、千頭星山(2138m)からは一挙に千m近くも下る訳だから当然の急勾配!甘利(モトイ、余り)にも登りが楽チン過ぎただけに苦労の反動、甘くないネ~


     .......ブナの森に囲まれた下山路に新緑が輝く!」厳しい下り道もあともう少しだ!........
c0119160_9193610.jpgc0119160_9195862.gif

c0119160_9201785.jpg

     
       ........(左)堰堤の渓流にようやく到着~!  (右)渓流道を渡り青木鉱泉へ........
c0119160_9273553.jpgc0119160_9274978.jpg

c0119160_928245.jpg

      
その後も急坂の下山路は延々と続きました。皆さん相当にヘロヘロになりながら15時過ぎ青木鉱泉に到着。ア~苦行終了!その下山場所にバスが待ってくれているありがたさ!これぞFツアーの真骨頂


     ........(左)下山すればバスが待機、感謝の一言です (右)ニセアカシアの花が満開だった.......
c0119160_9331010.jpgc0119160_9332617.jpg

c0119160_9334923.jpg




c0119160_9382452.jpg





★甲斐武田氏の鎮護神社「武田八幡宮」


全員下山の無事を確認後、バスに乗り込んでリラックスタイム(ビールで乾杯)!温泉で疲れを癒す前に定番カリキュラムとなっっている歴史探訪タイム、今回は甲斐武田の守護「武田八幡神社」を訪ねてみました。


     ......「武田八幡宮」(武田氏ルーツの神社)を訪ねる。山門には威厳ある大木が聳える........
c0119160_1029268.jpgc0119160_10291787.jpg
c0119160_10293742.jpg


武田八幡神社は武田王を祀っていた宮社に九州宇佐八幡神社を勧請(嵯峨天皇勅命)、八幡太郎義家(奥州征伐で有名)の弟・信義が武田郷に居館を構え「武田太郎」と名乗ったことが甲斐武田氏の氏神となった発祥由来。甲斐源氏を守る八幡神は尊崇を集め1541年信玄公が本殿を造営しました。

c0119160_1163084.jpg

         ........(左)武田八幡宮の階段から演舞殿へ (右)拝殿へと登っていく........
c0119160_10334381.jpgc0119160_1034183.jpgc0119160_10341490.gif


c0119160_10344251.jpg

八幡武神の霊験は戦国最強と呼ばれる軍隊を組織した武田信玄を輩出させました。「人は石垣・人は城」、信玄は野望をもち近隣諸国へ侵攻を企てますが、そこに越後の上杉謙信が立ちはだかります。川中島の戦いは八幡神と毘沙門天の2大武神が激突する神の代理戦争だったのかも・・。


    .......武田八幡宮の本殿建築は実に見事!源為朝(源頼朝の叔父・弓の名手)も祀る........
c0119160_1119734.jpgc0119160_11192230.jpg

c0119160_11194425.jpg


信玄死後、勝頼が跡を継ぐものの長篠合戦(1575)で信長・家康連合軍に大敗を喫し、勝頼はその後天目山で自害、あっけなく武田家滅亡・・。守護神・武田八幡様は何か思う処があったのでしょうか・・?最後は毎回お決まりコース(温泉&バス宴会)、帰路バス車窓からは富士山・南アルプス絶景を再度満喫


     ........(左)武田乃湯・白山温泉にて汗を流す (右)その後はいつも通りのバス宴会に........
c0119160_12145895.jpgc0119160_12152114.jpgc0119160_12255433.jpg

c0119160_6281734.jpg
c0119160_12154219.gifc0119160_12155463.jpg


c0119160_12161656.jpg


       ........(左)南アルプス(鳳凰三山&甲斐駒)をクローズアッップ (右)一路都心に向かう........
c0119160_1230542.jpgc0119160_12311779.jpg



c0119160_12313639.jpgc0119160_12314927.jpg
c0119160_1232039.gif

 
甘利山&千頭星山は霊峰富士の絶好展望台として有名だったなので楽しみにしていましたが、ここまで期待通りに富士山や名峰達の絶景を味わえるとは思いませんでした。Ah、満足の極みだった~


     .......(左)雲海に浮かぶ富士山をもう一度! (右)甘利山からの富士夜景(ネット写真)........
c0119160_12375788.jpgc0119160_12381971.jpgc0119160_12383098.jpg



c0119160_12384594.jpg


世界文化遺産に目出度く登録された富士山に再度お祝い申し上げます。今回のような霊験あらたかなるお姿、何度も見せて下さいませ!やはり富士山は遠くから仰ぐ山ですネ~!\(⌒∇⌒)/


       ........世界遺産となった霊峰富士を大いに堪能♪「富士は日本一の山~」!........
c0119160_1245159.jpgc0119160_12453641.jpgc0119160_12455773.jpg




c0119160_12461513.jpg


               
                              「富士山世界遺産登録」お祝いの記事はコチラから



                                                        おわり         

  by rollingwest | 2013-06-24 00:00 | ローリングウエスト山紀行 | Comments(78)

<2013年GW>山形歴史紀行(その1):「上杉藩ゆかりの米沢」探訪

c0119160_7561035.gif


★山形歴史紀行シリーズ

                        

GWは故郷・柏崎(お袋が一人暮らし)に帰省、その後山形の方へ足を延ばし歴史旅をしてきました。山陰・山陽の旅、甲斐の国探訪、秩父霊場巡りなど色々なシリーズがまだ完結していないのに、またまた新たな旅紀行・続編版を立ち上げます。まずは上杉景勝・直江兼続で有名になった米沢から・・


  .......山形県の名所ポイント、今回の主なルート(米沢⇒湯殿山・羽黒山⇒鶴岡・酒田⇒天童・山寺)......
c0119160_7563692.jpgc0119160_8135035.jpgc0119160_855169.jpgc0119160_7555738.gif




c0119160_7564647.jpg

  
初日は柏崎を午前中に出発。車で新潟方面へ北上(北陸・関越自動車道経由)、中条・胎内を右折し、JR米坂線沿い(関川村経由)に小国街道を進んで行きました。雨に煙っていたものの飯豊連峰が右手に見える。お~、あの雄大なる山は、昨年夏に猛暑の中で苦しみ登った杁差岳ではないか・・!


     ........小国街道沿いに米沢へ向かうと、残雪の杁差岳(飯豊連峰)が見えてきた.......
c0119160_8272071.jpgc0119160_8271712.gif




c0119160_8274545.jpg

  
                           飯豊連峰「杁差岳」(2012年夏)の山旅の記事はコチラから  

米沢到着は14時頃、雨も上がり天気は快方に向かっている・・。市内の見所は多いが見学可能な時間はあと4時間弱程しかない。でもこの時期は日が長いので、欲張って徹底的に廻っちゃおう!





★米沢城址・上杉神社


まずは米沢城跡(松が岬公園)・上杉神社から訪ねてみました。お堀の桜が満開!通常GW時期の米沢は葉桜(弘前・角館が見頃)の筈だが,今春は北国が低温続きのためグッドタイミングではないか!


       ........雨上がりの「松が岬公園」に到着、旧・米沢城跡の桜はまさに満開!.......
c0119160_835129.jpgc0119160_8354583.jpgc0119160_8353423.jpg




c0119160_8361097.jpg


上杉神社に向かうと、上杉景勝・直江兼続の主従の像が現れました。ご存じ、景勝は上杉謙信(越後の虎)の後継者。春日山城(現・上越市)に拠点を構えていましたが、豊臣秀吉に見込まれ、山形の最上義光・仙台の伊達正宗に睨みを利かせるために会津に加増移封(120万石)となりました。

                               「天地人」(上杉景勝・直江兼続)のルーツを訪ねて 

          .........(左)上杉神社の鳥居 (右)上杉景勝&直江兼続、主従の像.......
c0119160_850027.jpgc0119160_8513216.gifc0119160_852413.jpg



c0119160_8591860.jpg


しかし関ヶ原合戦で徳川家康が勝利すると潮目は様変わり、米沢に減俸転封・・。30万石の小大名へ転封を命じられ上杉家は困窮に追いやられ不遇時代を迎えます。しかし兼続はめげずに新規土地開墾・治水事業・鉱山開発に力を入れ藩政も基礎を築き、家臣らの生活を守り抜いたのです。


           .........(左)上杉神社の拝殿 (右)歴代の家臣・武将の幟はためく.......
c0119160_911540.jpgc0119160_93068.jpgc0119160_931497.gif


c0119160_944833.jpg


築かれた基礎は米沢藩・中興の祖「上杉鷹山」へと継承され、兼続を手本とした鷹山の藩政改革は今も高い評価を得ています。ジョン・F・ケネディが日本で最も尊敬する政治家は鷹山公だったとのこと。ルーツはやはり上杉謙信!窮状の敵に塩を与えて義を重んじた祖の心が受け継がれたのでしょう。


     .........(左)米沢の名藩主「上杉鷹山公」像 (右)「なせば成る」の石碑&鷹山公顕彰碑.......
c0119160_9205869.jpgc0119160_9275887.jpgc0119160_9291229.jpg









c0119160_9285464.jpg


          ........(左)上杉謙信公の座像 (右)ここにも上杉鷹山公(座像)が......
c0119160_9352733.jpgc0119160_9242777.jpgc0119160_925885.jpgc0119160_9252136.jpg




c0119160_9253932.jpg


松が岬公園奥には、上杉家の宝物が数々展示されている「稽照殿」があります。館内を回ってみると大河ドラマで有名になった兼続「愛」の兜など歴代武将が愛用した甲冑の数々が展示されている。


      ........宝物展示の「稽照殿」、兼続の「愛の兜」は愛染明王に戦勝を祈願したもの......
c0119160_107108.jpgc0119160_9591641.jpgc0119160_1014130.jpg







c0119160_9595047.jpg


米沢城址・上杉神社を一通り見て廻り「伝国の社」(上杉博物館)、直江兼続の墓所がある林泉寺(謙信の墓所がある越後のお寺と同名)、旧米沢高等工業学校本館(優雅な洋館校舎)も訪問、次は「東光の酒蔵」(小嶋総本店)を見学し会津地方の造り酒屋の雰囲気を楽しむことができました。


      .........(左)伝国の社(上杉博物館)の広場 (右)兼続のキャラ(かねたん)と能舞台.......
c0119160_1012036.jpgc0119160_1011329.jpg

c0119160_10124496.gif




c0119160_10122160.jpg


  .........(左)旧米沢高等工業学校(山形大学工学部前身)本館 (右)林泉寺(直江兼続の墓所).......
c0119160_102483.jpgc0119160_10504638.jpgc0119160_10501883.jpg

c0119160_10242679.jpg


                       上杉謙信・所縁の寺「林泉寺」(越後春日山)の記事はコチラから
 




★「東光の酒蔵」「上杉家墓所」を見学


米沢は周囲が山に囲まれた扇状盆地、豪雪の山から湧き出る豊富な水と良質な米に恵まれています。城下町「米沢」には幾つかの酒造があり、最も有名な「嶋総本店」(1597年創業、銘酒『東光』の名で知られる蔵元)を訪ねて酒蔵見学としゃれ込んでみました。日本酒はメッキリ苦手なRWですが・・


         .........(左)「東光の酒蔵」(小嶋総本店)を見学 (右)酒蔵の裏側表情.......
c0119160_10524980.jpgc0119160_1053675.jpgc0119160_10531996.jpg


c0119160_10534145.jpg


「東光の酒蔵」は上杉家代々の御用達の酒屋であり、江戸時代頻繁に「禁酒令」が出された中でも、酒造りを許されていた数少ない造り酒屋の一つです。広大な敷地の中には460㎡の蔵を含め、数棟の土蔵を開放しており、酒造りの工程を道具とともに紹介していました。(試飲・即売コーナーも人気)


         .........(左)帳場風景(レトロな調度品が満載) (右)台所と囲炉裏端風景.......
c0119160_1058241.jpgc0119160_10575076.jpg




c0119160_10585474.jpg

                       
資料館内を巡ってみると、どことなく冷んやりとした空気が流れており、酒造りの道具や帳場調度品等が展示されています。囲炉裏端、酒樽立ち並ぶ土蔵、そこに醸し出された雰囲気は実に風情あり
  

      .........(左)酒造りの風景(マネキン人形) (右)酒樽が立ち並ぶ土蔵、風格・風情あり.......
c0119160_11365111.jpgc0119160_11371759.gifc0119160_11375094.jpg
     
         .........床の間に飾られる酒樽、広い客間、どの部屋も広くて優雅だネ~!.......
c0119160_11412783.jpg




c0119160_11413959.jpg


酒蔵の奥には出雲大社や大神神社の祭神「大物主」が祀られる「三輪明神御分社」があるではないか!大物主(大国主)って酒の神でもあるのか!五穀豊穣の神であり色々な顔を持っているネ~!
お酒の美味い米沢の地に、歴史が積み重ねられた老舗酒蔵、十分堪能することができました。


      ........酒蔵に祀られる大神神社(出雲大社、三輪大明神と同様に大物主が祭神).......
c0119160_12155563.jpgc0119160_12155080.jpg

c0119160_12163968.gif
c0119160_12164548.jpg


                         出雲大社&大神神社(三輪明神)・大物主の記事はコチラから

 

           ....... 東光の酒蔵を後にして、米沢の次の名所へと向かう.........
c0119160_12262565.jpgc0119160_1226345.jpgc0119160_12272470.jpg


c0119160_1227059.jpg


c0119160_16394662.gif



★上杉家墓所(歴代藩主の御廟群)

歴代米沢藩主の上杉家墓所(国指定史跡)を訪ねてみました。11代に渡って受け継がれた歴代の藩主の墓(廟)が並び、市民からは御霊屋と呼ばれ親しまれているとのこと。墓所域内には老杉樹が群立、森厳な雰囲気が漂い、参道と霊屋周辺には家臣が寄進した灯篭が整然と並んでいました。


    .........(左)歴代藩主が祀られている上杉家墓所 (右)謙信の掲げた「龍」「毘」の旗.......
c0119160_13215777.jpgc0119160_13222267.jpg



c0119160_13224797.jpg

 
正面中央奥は藩祖・上杉謙信(戦国の雄将で尊敬)の遺骸を安置する廟が鎮座、その両脇に歴代藩主の廟。謙信の遺骸は甲胄を着せたまま漆で固め甕に密閉し埋葬されたと言い伝えられます。


             .........上杉家の御廟群前にはまだ残雪が残っていた.......
c0119160_13414388.jpg
         
上杉氏の移動(越後春日山⇒会津若松⇒米沢)にあわせて遺骸も一緒に運ばれ、江戸時代は米沢城本丸に手厚く祀られていたとのこと。明治時代に本御廟所に移されていますが、深い杉木立の中に整然と並ぶ廟屋は、名門上杉家や米沢藩の歴史を静かに語りかけているように思えました。


        .........(左)中央に祀られる上杉謙信廟、それを守るように御廟が立ち並ぶ.......
c0119160_1343871.jpg
c0119160_13441345.jpg







★再び米沢城址(松ガ岬公園)のお堀へ

酒蔵見学や御廟所訪問を終えて再び米沢城址(松ガ岬公園)に戻ってみました。雨もスッカリ上がり、明るい雰囲気の夕刻風景となってきた。公園脇にある上杉伯爵邸(第14代)をちと訪ねてみよう。


       .........(左)夕方、晴れ間が覗いた上杉神社に再び戻る (右)上杉伯爵邸の玄関.......
c0119160_13475343.jpgc0119160_13481575.jpg

c0119160_13483371.jpg

c0119160_13484773.jpg


立派な邸宅と庭は登録有形文化財、料亭でもあります。米沢は食べ物の旨い土地であり、代表は米沢牛(三重松坂と並び称される)、伝統的な郷土料理(鯉)、蕎麦。そうだ、ラーメンも有名でしたネ!


          ........上杉伯爵邸は米沢牛や郷土料理を楽しめる料亭でもある.......
c0119160_1356587.jpgc0119160_13571714.jpg






c0119160_13573154.jpg


今度は米沢城を囲むお堀端をグルリと散策してみました。いや~本当に桜が素晴らしい!2時間半前は曇りで光が足らなかったが、今は夕日に照らされて堀の桜がいい感じに浮かび上がってきたゾ


      .........(左)旧米沢城のお堀は満開桜 (右)真っ赤な菱門橋に満開桜が映える.......
c0119160_141665.jpgc0119160_1403750.jpg



c0119160_1414168.jpg


今年の北海道・東北の桜は、厳しい冬と春先の冷え込みで開花が相当に遅れました。東京は3月16日で過去最速だったのにその後2ケ月近くも待たされるとは誰が予想したことでしょう。GWの米沢はまさに見頃でした。夜桜見物の人達が徐々に集まり、観桜米沢城址は春到来の期待が膨らむ・・


   .........(左)夕暮れ桜の中、菱門橋で語り合う二人(羨) (右)上杉家が敬ってきた春日神社.......
c0119160_1462548.jpgc0119160_1463816.jpg










c0119160_1471064.jpg


         ........夕日に映える米沢城址の満開桜、夜桜見物の客はいつでもスタンバイ.......
c0119160_1411232.jpgc0119160_14114197.jpg

駅近くのビジネスホテルに投宿しましたが、米沢駅は何ともお洒落で優雅な駅でした。これから始まる山形歴史旅の計画をチェック、これからどんな風景や史跡に出会えるのかとワクワクしながら早めに就寝


           .........洋館の様な姿が美しかった米沢駅、夕暮れ駅は風情あり!.......
c0119160_14132530.jpg
                
           ........米沢駅の構内風景、駅構内2Fテラスから改札口を見下ろしてみた.......
c0119160_14162042.jpgc0119160_14163986.jpg









c0119160_141795.gif








★山形の歴史旅、これからの記事予定 (プレ紹介)
           

翌日は「出羽三山」(湯殿山・月山・羽黒山)へと向かいました。東日本随一の山岳霊場として名高く、特に湯殿山への参詣は裸足にならされて写真撮影禁止の霊験あらたかなるパワーSPOT場所でした。そして出羽三山周辺には即身仏(土中修行でミイラになった僧)が鎮座するお寺が幾つもありました。


                ........残雪の湯殿山に映える真っ赤な大鳥居が出現.......
c0119160_14232635.jpgc0119160_1424218.jpg



c0119160_14235821.jpg


       .........(左)羽黒山五重の塔 (中)出羽三山神社の威容 (右)即身仏ミイラ僧.......
c0119160_1430136.jpgc0119160_14303654.jpgc0119160_14311851.jpg










c0119160_14313749.jpg
c0119160_14315029.jpg


鶴岡・酒田には日本映画に関する見所があります。今年は映画「おしん」が10月に公開されますが、おしんの生家やロケ地、おくりびとの舞台となった洋館も見ることができました。山形蕎麦もGood!


        .........(左)おしんの生家(鶴岡) (右)酒田NKエージェント(おくりびとの舞台).......
c0119160_14375285.jpgc0119160_14382926.jpgc0119160_14382551.jpg

c0119160_14392675.jpg


             .........(左)コシの強い山形そば  (右)将棋の町「天童」.......
c0119160_14462236.jpgc0119160_14463669.jpgc0119160_14465145.jpg



c0119160_14532448.jpg


酒田は歴史と文化が濃縮された街、米の積み出し港(北前船)として大いに栄え上方のお座敷料亭も多くあった街。豪商本間様の本邸も豪華。奥の細道「象潟」も近くなので芭蕉句碑も訪ねました。


   .........(左)低気圧が通過した日本海は荒れていた (右)酒田の米経済の象徴「山居倉庫」.......
c0119160_16175733.jpgc0119160_16181796.gifc0119160_16184893.gif

c0119160_1619960.jpg


奥の細道といえばメインは山寺・立石寺。20年ぶりの訪問ですが屹立奇岩の素晴らしい景観に感銘。東北道の帰京途中には白河の関にも寄り、芭蕉の辿った道や史蹟の数々も紹介したいと思います。

      ........20年ぶりに訪れた山寺(立石寺)、「閑さや岩にしみ入る蝉の声」 芭蕉と曾良.......
c0119160_16243191.jpgc0119160_16254225.gif


c0119160_16251023.jpgc0119160_1626912.jpg









c0119160_16253663.jpg


     .........(左)今回訪問した「奥の細道」名所 (右)東北の分岐「白河関跡」を訪ねて帰京.......
c0119160_16332460.jpgc0119160_1633423.gif


c0119160_16335545.jpg


山形紀行シリーズも2年くらいかけてユックリと順次紹介していきますので気長にお付き合い下さい。最近記事公開がタイムリーになっていないことを反省。チト、1~2年前の写真が溜まり過ぎかも・・(苦笑)



                                                          おわり

  by rollingwest | 2013-05-18 00:00 | 旅の風景 | Comments(68)

<2012年GW>両親連れて恒例の家族旅行:(前編)信州更埴&別所温泉

*鎌倉湘南探訪「江の島」の予定でしたが、GWの信州旅行(前編)を先に公開することにしました。



★恒例の家族旅行

両母親を招待する家族旅行は今年で3回目。過去2回は越後の温泉だったので今年は信州「別所温泉」にしてみました。初訪問でしたが、素朴ながらも歴史が深く実に味わいある温泉旅路に感銘!
今回は娘の大学入学祝いも兼ねた企画でしたが祖母・孫が一緒に旅行できるのもあと何回かな?

                                       過去の家族旅行記事はコチラ

         ......GWは「信州の鎌倉」と呼ばれる「別所温泉」に両母親を連れていく......
c0119160_2151990.jpgc0119160_2154792.gifc0119160_216623.jpg

c0119160_2165166.jpg






c0119160_216366.jpg


      .......(左)故郷柏崎の名峰「米山」 (右)上信越高速に乗り直江津から長野方面へ南下......
c0119160_2149916.jpgc0119160_21502616.jpgc0119160_21504917.jpg


c0119160_21533636.jpg


初日は川崎自宅を早朝5時過ぎに出発、東松山でカミさん母親を乗せて関越自動車経由で柏崎へ向かい、5人揃ったところで11時前に実家を出発。上信越道で信州方面へと車を走らせれば、眼前に火打・妙高山の迫力ある雄姿が迫って来た!厳冬だっただけに今年の残雪量は相当なものだ。


         ......(左)圧倒的な迫力、残雪の妙高山 (右)関越・上信越高速道のロングドライブ......
c0119160_2265545.jpgc0119160_22861.jpgc0119160_2285013.jpg

c0119160_2292618.jpg





c0119160_22102375.jpg


     ......信州に来たらやはり蕎麦を食さねば!千曲市内の蕎麦屋。ウワ~、巨大な鯉が沢山!......
c0119160_22221624.jpgc0119160_22234627.jpgc0119160_22241968.gif



c0119160_22244871.jpg






★「更埴あんずの里」(千曲市)


更埴ICを降り千曲市内で信州蕎麦を堪能、「更埴・あんずの里」へと向かいます。当地はカミさんが一度訪ねてみたいと25年前から願ってきた場所。4月中下旬、素朴な山里にあんずの花が一面に咲き誇る桃源郷となります。GWは花も終わりですが新緑もまたよし。上平展望台へと向かいます。


              ......「更埴・あんずの里」の全景、「上平展望台」から一望......
c0119160_712147.jpgc0119160_7125416.jpg

c0119160_7124738.jpg


           .......あんず満開は4月20日頃が本番、背景は「高妻山」(ネットより拝借)......
c0119160_717418.jpg
c0119160_7172474.jpg


あんず畑の真ん中には巨大な欅!近寄ってみよう。首が疲れる程高く堂々と聳えています。根っこの張り出しと太さにもビックリ!まるで地元を鎮守する霊木の如し、トトロでもヒョッコリ顔を出しそうだ・・。


            ......巨木な欅の木が鎮座!根元には赤い鳥居と祠、まるでトトロの世界!......
c0119160_7311285.jpgc0119160_731322.jpgc0119160_7315359.jpg







c0119160_7321259.jpg


         .......「鞭声粛々、夜河を渡る…」の詩碑、川中島合戦の要所となった「雨宮の渡し」......
c0119160_8115944.jpgc0119160_8131464.jpgc0119160_8131295.jpg






c0119160_812769.jpg


近くには川中島合戦の史蹟「雨宮の渡し」もあります。妻女山に布陣した上杉謙信が、武田軍の炊飯煙を見て夜襲を察知。夜霧の中で1万3千兵を率いて人馬とも音も立てず雨宮を渡り、信玄の本陣を突いたのです。「鞭声粛々、夜河を渡る・・」、江戸時代漢学者・頼山陽の詩が刻まれていました。

                     謙信・信玄ゆかりの地を行く(川中島古戦場)の記事はコチラから


    .....(左)新緑あんずの足元、タンポポ満開だった! (右)次回、桃源郷時期に来て見たい......
c0119160_8265393.jpg
c0119160_8274295.jpg






★別所温泉のシンボル「北向観音」に参詣


「別所温泉」は「信州の鎌倉」とも言われ素朴で歴史深い寺社が多く点在しています。温泉の奥にある「北向観音」は厄除観音として古くから全国的に信仰され、まさに別所温泉のシンボル的存在です。


                 ......別所温泉のシンボル「北向観音」の参道入口......
c0119160_83257100.jpg
c0119160_8325570.jpg

       .......(左)信仰心は、まだ程遠い18娘(ノーテンキピース) (右)手水舎の柄杓水でお清め......
c0119160_8343974.jpg



c0119160_8351366.jpg


本尊は千手観音で厄除開運の観音であることから、初詣は大変な賑わいとなり、最近は受験合格祈願や縁結びの御利益の祈願が増えているとのこと。縁結びは「愛染かつらの木」に由来します。


   ......(左)北向観音本尊は千手観音 (右)撫でた所が治る「びんずる尊者」(善光寺にも鎮座)..... 
c0119160_8441789.jpgc0119160_8445922.jpg






c0119160_8455448.jpg


♪「花も嵐も~、踏み越え~て~♪」、「旅の夜風」(コロムビアレコード)は1938年(昭13)に80万枚を超す驚異的なヒットを飛ばした歌謡曲で松竹映画「愛染かつら」(原作:川口松太郎、主演:田中絹代・上原謙)の主題歌。映画のモチーフになったのが北向観音境内に堂々鎮座する「桂の巨木」だったのです。

                      

      .......(左)梵鐘の横には「愛染かつら」の巨木 (右)縁結び祈願の「愛染堂」......
c0119160_8545018.jpgc0119160_855348.gifc0119160_856162.jpg








c0119160_8571470.jpg



史蹟はまだまだあります。「瑠璃殿」は真下から見上げるとその造りが細部まで見られ、興味がわく建物!見上げると大迫力!境内に建つ多くの碑から、当地には古くから多くの文人墨客が訪れていたことがよくわかります。芭蕉の句碑や童謡「夕焼け小やけ」の歌碑など、まさに見所満載のお寺!


       .......(左)見上げると大迫力!崖っぷち御堂の「瑠璃殿」 (右)夕焼け小焼けの石碑.....
c0119160_995293.jpgc0119160_9102918.jpgc0119160_15241816.jpg






c0119160_1121012.jpgc0119160_15242373.jpg





c0119160_9103049.jpg



        .......(左)境内から別所温泉の街が見渡せる (右)透明パネルと重ねあわせた展望......
c0119160_9204737.jpg
c0119160_9211376.jpg

北方の長野「善光寺」と向かい合う位置にあるために「北向観音」(または裏善光寺)と名づけられ、どちらかだけの参拝では「片詣り」(善光寺は来世利益、北向観音は現世ご利益)と言われます。
秩父霊場巡りも始めましたが、本来は満願成就の御礼参詣の寺。スタートの事前祈願に替えました。

 

       .......「裏善光寺」とも呼ばれる「北向観音」は観音札所巡り満願成就で参詣される寺......
c0119160_923715.jpgc0119160_9235867.jpg

c0119160_923508.jpg



c0119160_9244756.jpg



別所温泉は信州最古の湯とも言われ平安時代には枕草子(清少納言)にも謳われたとのこと。下記の「MAP」でもわかるように見所あるお寺が実に多いネ~!さすが「信州の鎌倉」と呼ばれる訳だ!
c0119160_9324734.jpg


       ......土産店が立ち並ぶ北向観音参道、風情ある温泉街。次は安楽寺へと向かう......
c0119160_9344367.jpgc0119160_9342625.jpgc0119160_9424674.jpg










c0119160_935387.jpg






★別所温泉は国宝・重文の宝庫(安楽寺&常楽寺)


安楽寺は慈覚大師(平安時代)の開創と伝えられ、鎌倉時代に宋から帰朝した禅師が再興して現在は曹洞宗。堂内には両禅師の木像があり鎌倉彫刻の逸品として重要文化財に指定されています。
             

             .......立派な本堂に鐘楼、木々や花に囲まれた「安楽寺」......
c0119160_11271413.jpgc0119160_11273710.jpg

c0119160_11282095.jpg


当寺のハイライトは「八角三重塔」!珍しい形をした三重塔は木造八角塔としては日本で一つしかないという貴重な建築、鎌倉末期に建立された唐様の塔婆です。(長野県で一番早く指定された国宝)


      .......(左)国宝・八角三重塔が見えてきた。 (右)到着~、スゴイ!椎茸のヒダみたいだ!......
c0119160_11331867.jpgc0119160_11334952.jpgc0119160_11341850.jpg

c0119160_11345330.jpg




c0119160_11352427.jpg


長い階段を登るとついに出現~!これは確かに珍しい!一見「四重塔」に見えますが、一番下の部分は裳階(mokoshi)と呼ばれる差し架けの屋根で、奈良の薬師寺と同じ構造です。中国宋時代の禅宗様式の建築は日本唯一の木造八角形三重塔か!何だか焼き椎茸が食いたくなってきたぞ゙~


     .......(左)日本唯一の八角三重塔の前で集合写真 (右) パフォーマンス八角塔(親子合作)......
c0119160_1215773.jpg
c0119160_12152168.jpg

常楽寺は北向観音の本坊で、ここも慈覚大師により開創されました。本堂裏の北向観音の霊像が出現した場所には、貴重な重要文化財石造多宝塔(これも全国的に珍しい)が保存されています。


           .......(左)「常楽寺」の立派な茅葺屋根 (右)横から撮影すると違う表情......
c0119160_12181170.jpgc0119160_12185757.gif

c0119160_12184174.jpg


          .......珍しい石造りの多宝塔、塔を囲む杉の巨木林も立派!幽玄なる雰囲気......
c0119160_12223472.jpgc0119160_12251864.gif

c0119160_12254440.jpg









c0119160_1226985.jpg


国宝級名刹を一度に3つも堪能し今日は大満足!まだまだ見所が多いですが、もう夕方16時半、残りは明日の楽しみとして本日の宿泊「玉屋旅館」にチェックイン!信州最古の温泉、実に楽しみダネ!


      ......風情ある「別所温泉」川沿い風景、この名湯には千年を超す歴史とロマンが息づく......
c0119160_12335485.jpgc0119160_12343381.gifc0119160_12345498.gif

c0119160_1244254.jpg


c0119160_12352476.jpg
c0119160_12361760.jpg


     .......「玉屋旅館」、品のある吹き抜けロビーには手の込んだ吊るし雛、泉質もさすがです!......
c0119160_1312922.jpgc0119160_12552930.jpgc0119160_1256659.jpg



c0119160_1331213.jpg


平安の才女・清少納言が枕草子で賛辞しただけあり、美人の湯といわれる泉質は柔らかで肌に優しい硫黄泉、食事も信州の旬の食材にこだわって豊富な品数!期待通りの温泉宿でございました。


            .......各自がお好みの浴衣をチョイスして女性陣、集合写真......
c0119160_136539.jpg
c0119160_1362899.jpg

           .......豪華な食事に満足、目の前には外湯(葵の大湯)もある.....
c0119160_138721.jpgc0119160_1382920.jpgc0119160_1394422.jpg






c0119160_1385784.jpg




さて翌日は、「信州の鎌倉」のもう一つのメインコース「塩田平」、真田一族の居城だった上田城、北国街道の情緒溢れる街並みを楽しみました。後編は「江の島」記事のあとで6月初めに掲載する予定


      .......翌日は「塩田平」の名古刹を訪ね、上田城(真田氏)や北国街道も満喫.....
c0119160_13253564.jpgc0119160_13255047.jpgc0119160_1326763.jpg



                                      (後編) 「塩田平の名刹、上田城」に続く




今回延期した「鎌倉・湘南探訪」(その2):「江の島」編を次回掲載いたします。
c0119160_13341096.jpgc0119160_13345793.jpgc0119160_13354656.jpg

  by rollingwest | 2012-05-06 15:52 | Comments(48)

<2011年8月2日>謙信・信玄ゆかりの地を行く(その3)&甲斐の国探訪(その3)



★甲斐の国探訪といえば・・、やはり「武田信玄」


3年前、仕事の関係で甲斐の国を多く訪ねる機会に恵まれました。山梨県は面積4465㎡(全国32位)、山に囲まれる狭い甲府盆地を中心に13市が押しクラ饅頭のように犇めいています。新たな市名が多く甲府や韮崎は別にして馴染みのない名前ばかり・・。平成市町村合併の弊害ですかネ~。ようワカラン・・


  .....(左)平成大合併山梨県には馴染みない新設市が乱立 (右)甲府周辺の見所spot.....
c0119160_18192191.gifc0119160_18194836.jpg
c0119160_18201420.gif


                                      甲斐の国探訪シリーズはコチラから


甲斐の国といえばやはり「武田信玄」を抜きに語ることはできません。「人は城、人は石垣、人は堀、情は味方、仇は敵なり」・・、地元領民を守ることを優先とし治水事業・新田開発に力を尽くし、金山採掘での莫大な資金獲得、士気高い軍事力の増強。正に名経営者の鏡、山梨県民が崇敬する伝説の武将!

c0119160_18254927.jpg


甲府駅を降りると駅脇に堂々たる「信玄公」が鎮座し睨みを利かせています。「甲斐の国をいつまでも見守り続けるぞ・・」と迫力ある姿は頼もしい。4月には「信玄公祭り」が行われ「風林火山」の幟をたなびかせた武者行列絵巻が繰り広げられます。山梨の人達は「信玄公」を深く尊敬している気がする。


     ....(左)甲府駅前に鎮座する「信玄公の銅像」(右)信玄が旗に掲げた「風林火山」.....
c0119160_18372687.jpgc0119160_18375048.jpgc0119160_1836443.jpg








c0119160_18381228.jpg


     ........4月上旬に行われる「信玄公祭り」、騎馬の武者行列が甲府市内を進んでいく。.....
c0119160_20195486.jpgc0119160_20201225.jpg
c0119160_20202980.jpg


小生は越後出身なので当然「上杉謙信」ファンですが、09年末の帰省時に信州「川中島の合戦地」と越後の「春日山城」を訪ねました。両雄に所縁ある地は、数年前から意識して訪れるようにしています。


                            「謙信・信玄ゆかりの地を訪ねて」のシリーズはコチラから





★「武田神社」:信玄が拠点を構えた「躑躅ケ崎」居館跡


甲府駅から北に裾野坂を上がっていくと、高台から市内を見守るように信玄公を祀った「武田神社」が鎮座しています。大正8年、大正天皇の即位を契機に創建されました。この地は武田氏三代が63年間に渡って国政を執った「躑躅ヶ崎」(tsutsujigasaki)の居館跡であり国の重要史跡に指定されています。


            .......「武田神社」の本殿、入口には「風林火山」の幟がはためく.....
c0119160_20443634.jpgc0119160_2045718.jpg

c0119160_20453371.jpg


「躑躅ヶ崎」の居館は戦国大名の中でも全国最大級の規模を誇るとのこと。この館には信虎・信玄・勝頼の三代が居住しましたが、この親子の間にもいろいろ相克のドラマがありましたネエ・・。息子の信玄から故郷を追われた父・信虎が哀れに思われますが、親に対する非情も信玄の活力となったのかも・・


       ........武田神社の「石灯籠の道」は見事!「躑躅ケ崎」は(武田氏三代の居館跡).....
c0119160_21113297.jpg

館跡には堀・石垣・古井戸が残り、石灯籠の連なる道、数百種の樹木が四季折々の風景を見せます。庫裡玄関には立派な「風林火山」の屏風があり、お堀には水鳥が優雅に泳いでいました。honobono・・


       ........(左)信玄の入道姿  (右)「躑躅ケ崎館」のには「風林火山」の屏風が・・.....
c0119160_21135793.jpgc0119160_21142369.jpg
c0119160_21151057.jpg


神社を出ると高台からは甲府の街が見渡せます。躑躅ヶ崎館には、戦国大名の城のような立派な石垣はありません。まさに「人は石垣」、強固な家臣団の忠誠心が名武将を支え守ってくれたのでしょう。


     .......(左)お堀を優雅に泳ぐ水鳥 (右)高台の武田神社からは甲府市内が見下ろせる。.....
c0119160_21194457.jpg
c0119160_21204091.jpg





★信玄の菩提寺「恵林寺」(erinji)


信玄の菩提寺として有名な「恵林寺」は、「夢想国師」(鎌倉末~室町初期の臨済宗の高僧)によって開山されました。簡素で美しい外観を誇り、参道の赤門は重要文化財に指定されていまする。境内の広さは何と3万㎡!信玄公の墓所には戦国時代ファン(最近は歴女?)が多く訪れるとのことです。

c0119160_2222144.gif
     .......信玄の菩提寺「恵林寺」は快川和尚「心頭滅却すれば火もまた涼し」と唱えた寺.....
c0119160_21315557.jpg
c0119160_21321481.jpg


戦国時代、信玄から寺領を寄進され寺勢が高まりましたが、武田氏滅亡後は、織田軍の焼討ちに遭いました。その後、徳川家康により再興され今に至ります。寺ん勢、常に塞翁が馬・・?(oyaji gayag・・寒)


        ........(左) 恵林寺のお堂と三重の塔  (右)立派な庫裡(kuri)をもつ寺務所.....
c0119160_2138267.jpg
c0119160_21382059.jpg


恵林寺の社務所は立派な庫裡建築を誇っています。京都では大規模のものは有名な寺で幾つか見ることができますが、山梨県の寺ではこれほどの大きな庫裡を見ることはなかなかありません。


    ....... 庫裡の庭には「平等性智の前庭」。鬼瓦が鎮座し、鶏が放し飼いにされていた。.....
c0119160_21422763.jpgc0119160_21425253.jpg






c0119160_2143122.jpg


恵林寺を訪ねるにはJR塩山駅が最寄りの駅ですが、駅前にも見所がありますのでもう一つご紹介。
「甘草屋敷」と呼ばれる広い庭を持つ旧高野家住宅があります。ここは豪農の邸宅だったのでしょう。
調べてみると高野家は、江戸時代に薬用植物である甘草の栽培をして幕府に納めていた家とのこと


         ........ 重要文化財旧高野家住宅「甘草屋敷」の立派な外観と大広間.....
c0119160_2225165.jpg
c0119160_22252270.jpg


       .......JR塩山駅前には立派な名家の屋敷、ここにも「信玄像」が鎮座していた。.....
c0119160_2229880.jpg

c0119160_22323853.jpgc0119160_22325971.jpg

帰りはJR塩山駅から乗車し東京へと戻ります。おっ、ここにも信玄像が座して睨みを利かしている!
ところで塩山は合併で何市になったんだっけ?「甲州市」・・。冒頭にも嘆きましたが、山梨市・甲斐市・中央市・笛吹市、ア~モ~、さっぱりわからん!昔の地名(塩山・勝沼・石和)の方が余程イメージが湧く。





★甲府市内の歴史深い古刹

c0119160_2282826.gif

甲府市内にも歴史ある素晴らしいお寺が沢山ありますが、甲府市内にも何と善光寺があるのです。長野善光寺と形はソックリだが、でも色はオレンジに彩られて全く違う!ここに鎮座した由来は、信玄が「川中島合戦」の際、善光寺の焼失を恐れ本尊如来や諸仏宝類を甲府に移し奉遷したことに始まります。

                          
  ......「甲斐善光寺」はオレンジ色が特徴的!川中島合戦前に長野「善光寺」から宝物が移された。.....
c0119160_2293396.jpgc0119160_2294886.jpg



c0119160_22101589.jpg


確かに川中島合戦時の戦陣配置を確認すると、信玄は海津城に陣を張っており、信濃善光寺は上杉謙信側の拠点となっている。合戦開始前に多くの宝物を甲斐に持ち出したとは・・、何としたたかだネ~


   ......(左).本家・長野「善光寺」は渋いこげ茶色 (右)川中島合戦の善光寺の位置地図.....
c0119160_22185725.jpg
c0119160_221919100.jpg


金堂中陣天井(吊り天井)には、巨大な「鳴き龍」が二匹描かれています。その下に立ってパン!と手を叩くと不思議なビィーンという反響音を聴くことができます。これぞ「鳴き龍」の名の所以なのであります。


       ......甲斐善光寺の本堂には、吊天井の「鳴き龍」。多重反響現象による共鳴音.....
c0119160_6281845.jpgc0119160_6324067.jpg






c0119160_6331536.jpg


甲府市内にある「酒折の宮」の歴史由来は相当古い!日本武尊が東夷平定の帰りに「酒折の宮」にて慰労宴を行い、武者達に連歌問答した言い伝えから「連歌発祥の地」と云われ、石碑も残っています。


       .......(左) 日本書紀に記載される「酒折の宮」 (右)「連歌発祥の地」の石碑.....
c0119160_715383.jpgc0119160_716446.jpg




c0119160_7162473.jpg



甲府駅の北口近くに「五重の塔」があるのを御存知ですか?注意していないと気づきませんが、電車の窓から見ることができます。信玄が追放した父・信虎の妻の菩提寺「長禅寺」境内に聳えています。自分の夫が、息子と憎しみ合い故郷を追われた悲劇を見て「大井夫人」は相当涙を流したことでしょう。
c0119160_8302346.gif

     ........(左) 「長禅寺」正門 (右)甲府駅前近くに立つ五重の塔(中央線車窓から見える).....
c0119160_8291455.jpgc0119160_829305.jpg







★その他、信玄に所縁深い寺社・史蹟


最後に甲府を離れたエリアの信玄に所縁深い寺社史跡を追記します。まずは「甲斐・浅間神社」、「せんげん」様は富士山を崇敬する神社ですが、笛吹市(甲府市の東)にあるこの神社は「あさま」と読むようです。甲斐の国を治める者にとって富士は正に守り神・・!本殿には雄々しい富士の雄姿の額縁が・・


       .......信玄が崇敬した「甲斐・浅間神社」には、富士山の額縁が飾られている。.....
c0119160_2152120.jpgc0119160_21562822.gif


c0119160_839124.jpg

信玄の軍師はご存知「山本勘助」。彼の生涯は謎に包まれますが北杜市山本家に「勘助の墓」がありました。信玄と側室「湖衣姫」との間に入り、主君に忠誠を尽くしながら姫を恋い慕う勘助がいじらしい。


    ...... 「山本家」(北杜市高根)の庭に眠る「山本勘助」の墓(一般公開されていなかった).....
c0119160_20122418.jpgc0119160_2011379.jpgc0119160_20115841.gif




c0119160_20104566.jpg


そして故郷・諏訪の地を攻められ、信玄の側室にされてしまった「湖衣姫」(諏訪御料人)、信玄を憎み続けながらも信玄の後継者・勝頼を生んだ悲劇の姫。その墓は当然、諏訪湖近くで祀られていました。
この訪問記事は諏訪シリーズで紹介したいと思います。いつになるかわかりませんが・・、多分来年以降


    ......信玄の最愛の側室「由布姫」に所縁が深い「小坂観音」(諏訪市)の神社本殿.....
c0119160_2054360.jpg

        .......「諏訪御料人」(由布姫、湖衣姫)は静かな諏訪の杜の中で眠っていた。.....
c0119160_2035373.jpgc0119160_20322110.jpgc0119160_2122988.jpg






c0119160_20353068.jpg


戦国時代のTVや映画では無敵の「武田騎馬軍団」が有名ですが、実際には存在しなかったという説が有力。ポニーの如く脚の短い甲斐駒に跨った騎馬武者一人に対し、数人の農民が周りを固めた歩兵単位で行動していたらしい。ドラマではそんな姿じゃ絵にならんので脚色されているのかもネ・・(苦笑)


        .......(左)「武田二十四将」と騎馬軍団 (右下)甲府駅前の「ライトアップ信玄」.....
c0119160_2129512.jpgc0119160_21292317.gifc0119160_2130749.jpg

c0119160_21303945.gif


c0119160_21305683.gif

c0119160_21311281.gif


でも忠誠心の篤い「武田二十四将」のもとで農民を組織的に駆使したことは事実。やはり地元をよく治め、戦に勝てば人民に還元する姿勢がモチベーションUPに繋がって、強力なる軍団が築けたのでしょう。
信玄と謙信、こらからも2大英雄(優れたライバル同士)の史蹟訪問の旅を少しずつ紹介していきますネ。

c0119160_21413476.jpg




                                                          おわり





次回は、岐阜の200名山「大日ケ岳」&「郡上八幡」の記事を紹介いたします。
c0119160_21445198.jpgc0119160_214585.jpg

  by rollingwest | 2011-08-03 00:00 | 上杉・武田の史蹟めぐり | Comments(46)

<2010年正月帰省>謙信・信玄ゆかりの地を行く(その2)越後・春日山編

(その1)信州・川中島編 より続く



★信州から越後に入る


上信越道を走り進めて行くと山風景は、北信濃の「黒姫山」から越後「妙高山」へと主役の顔を替えてきました。黒姫山麓はナウマン象発掘地や小林一茶の郷土、近くには野尻湖が水をたたえます。


        ........(左)長野の黒姫山(日本200名山)  (右)新潟の妙高山(日本百名山)........
c0119160_15504911.jpgc0119160_15511763.jpg


c0119160_15584415.jpgc0119160_15593695.jpg
c0119160_1602228.gif


「妙高山」は、万葉時代から「越の中山」と記された信仰の名山で「越後富士」とも呼ばれています。
スキー場で有名な赤倉・池ノ平高原はこの山麓に広がりっており、昔はよく滑りに来たものだなア・・
しかし何故か小生は2名峰の頂上にまだ立っていません。今秋に、黒姫山を初登山する予定です。

                         
     ........妙高山の雄姿を横から眺める。(雄大なコニーデ火山の裾を広げている!).......
c0119160_165850.jpg

さて謙信ゆかりの上越市に到着!1971年に旧・高田市(豪雪で有名)と旧・直江津市が合併して誕生しましたが、04年に頚城エリアを合併しさらに拡大、今は人口20万人超で新潟県第3位の都市





★謙信が学び育ち、居城を構えた「春日山」

c0119160_1684271.jpg
c0119160_169130.jpg


春日山は上越市中部(旧・高田市)にあり、この山頂に長尾氏(謙信の先代)が居城を構えました。
この山麓には、謙信が青年期に過ごした「林泉寺」と、城の鬼門を守る「春日山神社」が鎮座する。


       .......(左)「林泉寺」山門が水田に映りこむ (右)山門文字は「第一が!」.......
c0119160_16155830.jpgc0119160_16162157.jpg 









c0119160_1841249.gif



c0119160_16164162.jpg

「林泉寺」は謙信が7~14歳時に学問を学んだ場所、戦乱の世で「義」を貫き通した謙信の思想はこの寺で育まれたとのこと。山門には青地に金文字で「第一義」が掲げてある~!やはり流石だ!


           ........ 林泉寺本堂の前には12月中旬に降った雪が多く残っていた。.......
c0119160_16254563.jpg
 
春日山神社入口に頭巾を被った謙信立像が睨みを利かせています。NHK大河で三者三様の謙信が描かれたが、阿部寛が一番カッコよかったかな。ガクトも奇抜でしたがストイックさがよく出ていた・・
でも小6時に夢中だった「天と地と」、石坂浩二が頭巾・騎馬姿で先陣を切るシーンが一番懐かしい。

c0119160_195338.jpg

 ....「謙信の立像」と、演じた人達⇒「天と地と」石坂浩二、「風林火山」ガクト、「天地人」阿部寛.....
c0119160_17413299.jpgc0119160_17414919.jpg




c0119160_17422523.jpg







c0119160_17421215.jpg



「春日山神社」は千年以上の歴史を誇り、奈良「春日大社」(鹿で有名)の分社ですが、城の鬼門封じで現地に移築されたとのこと。「春日大社」には直江兼続の釣灯篭がある所以はこの繋がりか~!


           ........... (左)春日山神社の鳥居と本社正面(日の丸旗).......
c0119160_17571312.jpgc0119160_17574215.jpg


            ...........拝殿には謙信公の銅版肖像が飾られていた。........
c0119160_18271389.jpg
c0119160_18272882.jpg

北陸へ攻めてきた織田信長軍を一歩たりとも国境に入れず、信濃では信玄と拮抗して春日山城を守りきった上杉謙信・・。無類の強さで大したもんだ~!雪国に住む地の利を生かしたのかも・・。


      ..........(左)上杉・武田・北条・織田の勢力図  (右)景勝時代の春日山城の合戦舞台.......
c0119160_18352288.gifc0119160_18383119.jpg
c0119160_18362798.gif
c0119160_18363938.gifc0119160_18365635.gif

c0119160_1837131.gif

         ..........春日山城から望む上越市街(頚城平野)と裏側から見る米山.......
c0119160_18534845.jpg

春日山城から上越市街を俯瞰してみると、その遥かには何と雪の米山が見えるではないか~!
「米山は柏崎の山」とばかり思っていたが、上越市民や謙信にとっても故郷の名峰だったのか・・! と改めて認識しました。やはり柏崎からの姿が断トツに秀麗ですが、裏米山も十分格好がいいぞ!





★親鸞・芭蕉・山椒大夫にも所縁ある「越後国府・直江の津」


上越市海岸部は旧・直江津市。名前からも判る通リ、兼続が継いだ直江家(謙信家臣)が開いた津(湊)という意味の地名。ここは日本史・ビッグネームが次々登場する由緒ある史蹟が沢山あるのだ!


         ...........(左)「五智国分寺」の全景  (右)格式高い三重の塔が鎮座........
c0119160_1973219.jpgc0119160_1974728.jpg


まずは奈良時代に聖武天皇の勅願で建立された「五智国分寺」、この地は越後国府で国分寺があった場所で謙信が再建した古名刹で三重の塔は素晴しい!五体の如来本尊が安置されていることから「五智」の名があるとのこと。そしてこの寺には浄土真宗開祖の親鸞像や草庵がありました。


.......(左)国分寺の五如来(HPより) (中)親鸞像を見上げる (右)親鸞ゆかりの竹之内草庵.......
c0119160_2110521.jpgc0119160_21103899.jpg




c0119160_21105522.jpg



何故この地に親鸞ゆかりの史蹟が多くあるかというと、1202年に親鸞が当地(越後国府)に流罪されたからです。拡大する浄土宗(法然の教え)の迫害を狙う比叡山(天台宗)の動きとあわせて、後鳥羽上皇の側近女性2名が浄土宗尼僧になってしまい上皇の逆鱗に触れたことが引き金です。


   ......(左)浄土真宗越後布教の拠点となった本願寺国府別院  (右)本願寺本堂と親鸞像.......
c0119160_21154672.jpg




c0119160_21162256.jpg


1211年、親鸞に赦免の宣旨が下ったものの豪雪期で越後から京都へは戻れず、親鸞の子供が幼かったこともあって越後に留まることを決めました。その後東国布教に注力することになります。小生の母方実家も浄土真宗だし、越後・北陸に真宗名刹(吉崎御坊等)が多く残るのも頷けます。


        ......上越市と裏米山を海越しに望む (こんな姿を見せる米山もあったのか!).......
c0119160_21193471.jpg


親鸞聖人が流罪で流れ着いた所は「居田の浜」と呼ばれそこには上陸記念碑がありました。日蓮も佐渡に流罪され柏崎に流れ着いたし、いつか親鸞・日蓮ゆかりの地・探訪の特集もしてみたい。


           ........ 親鸞聖人上陸の地(京を追放されこの地に流罪された).......
c0119160_2120428.jpg


この地も芭蕉が「奥の細道」で立ち寄っていました。出雲崎「荒海や佐渡に横たふ」の名句ほど有名じゃないけど当地にも句碑がしっかり建っております。さらにここは森鴎外「山椒大夫」の舞台にもなった所なのです。安寿と厨子王が人買いに浚われ母と別離された浜は正にこの海岸でした。


 .....(左)琴平神社:芭蕉の句「文月や六日も常の夜には似ず」 (右)安寿と厨子王の供養塔.......
c0119160_2132496.jpgc0119160_21301673.jpg






c0119160_2130338.jpg
ユーチューブ:映画「山椒大夫」(森鴎外作・溝口健二監督)の予告編(英語版)
⇒母は佐渡、姉弟は丹後、長い別離の歳月を経て母と再会


そういえばH井真吾の物語シアター「山椒大夫」の朗読・冒頭文は「越後の春日を経て今津へ出る道を珍しい旅人の一群が歩いている。」で始まる。成程、春日は春日山の麓という意味だったのか!
映画「山椒大夫」(溝口健二監督・昭29年モノクロ)は昨年TVで鑑賞しましたがやはり名作品だね~



         ........年末の谷浜海岸で戯れるカップル(遠くには米山さんが見える).......
c0119160_21414066.jpg






★冬の米山さん・名峰諸景


高校時代に直江津高校とのサッカー試合遠征で谷浜海岸の民宿に泊まった時、初めて海に浮かぶ裏側の米山さんを見て感動したことを覚えています。35年ぶりにあの風景を確認できたぞ~!


            .......海に浮かぶ裏米山をクローズアップ!(手前の街は上越市).......
c0119160_21434991.jpg
  
海越しにこんな素晴らしい米山が見えることを柏崎市民は殆ど知らないんじゃないかなア・・。明日大晦日は荒天予報なので実にラッキーだ!こうなれば冬の米山を色々な角度から見てみよう~!

c0119160_21442311.gif


                 ........上越・柿崎付近の田園風景から望む裏米山.......
c0119160_21451617.jpg

柏崎に向かう際、北陸自動車道には敢えて乗らず国道8号線(海沿い)をトコトコと車を走らせます。
柿崎(現・上越市)の田園風景から望む裏米山も実に風情あり!右の稜線が結構長いことを発見!


                ........上越市および柏崎市の地図(クリックで拡大).......
c0119160_21493546.jpg
c0119160_21494671.jpg



いよいよ柏崎市に入り、米山さんも表の顔に変わってきました。裏米山頂上がやや丸く塊状なのに対し、こちらから見る姿はやはり鋭鋒です。柏崎高校・校歌は「♪米峰突兀雲を貫き~」で始まる。
c0119160_21543589.jpgc0119160_21544971.jpg

一番の絶景ポイントは、青海川海岸に突き出る断崖「恋人岬」から仰ぐ米山勇姿でしょう!名峰と海の間に「米山大橋」の赤が映えてコントラストを引き立てます。昭41完成当時は日本一高い橋だった。


       ........柏崎「恋人岬」から、表側の米山・米山大橋・弁天島(青海川海岸)を望む.......
c0119160_2159028.jpg
c0119160_21591534.jpg


市街に入り、「柏崎墓園」へ親父の墓参りに向かいます。途中の田園地帯(新潟工科大前)に広がる米山や黒姫山パノラマは実に素晴らしい!ここからの風景は人工物がないからいいんだよネ~


       .......新潟工科大(柏崎)付近から見る刈羽黒姫山(左端)と米山の田園風景.......
c0119160_2273434.jpg

           ........夕闇迫る雪の米山、いよいよ明日は強い寒波が来る・・。.......
c0119160_228215.jpg


柏崎実家への到着は夕方5時近く。朝5時に川崎自宅を出発し長野市・上越市を経由して12時間のロングドライブ帰省でした。当初は川中島古戦場・善光寺・春日山城の3つを見られればいいと思っていましたが、当地に着いてから初めて存在を知る史蹟・風景も多く発見し大満足!得した気分~


           ........今回辿った越後ルート(クリックで拡大表示).......c0119160_2210462.jpg











c0119160_2211098.gif



天気予報が当たり大晦日・元旦は厳しい寒波が日本列島を襲いました。(1日違いでラッキーだった)
親父のいない初の正月でしたが、弟家族も帰省して家族団欒でゆっくりと過ごすことができました。


          .......正月を迎え1月2日に関越道で帰京、魚沼平野は完全に白銀世界.......
c0119160_22144126.jpg


                            リンク:「天地人」のルーツを訪ねて

1月2日の帰京はいつも通り関越自動車道経由。南魚沼・六日町は一面の雪風景に覆われていました。昨年末帰省はここで降りて「天地人」のルーツを訪ねましたが、あっという間の1年だったなア・・
上杉・武田の史蹟めぐり」はまだまだ続きます。今度は甲府から「信玄ゆかりの地」を紹介予定。


                                                      おわり



次回記事は、「伊豆大仁・駿河湾パノラマの新春ハイキング」をお送りします。
c0119160_22184170.jpg

  by rollingwest | 2010-01-17 15:40 | 上杉・武田の史蹟めぐり | Comments(34)

<2010年正月帰省>謙信・信玄ゆかりの地を行く(その1)信州・川中島編

c0119160_17333190.jpg


★はじめに

この度左INDEXに「上杉・武田の史蹟めぐり」という特集コーナー(過去記事含む)を新設しました。
昨年はNHK「天地人」で再び謙信が脚光を浴び、仕事で山梨県を訪れる機会も増えたことが引金となり、今回の正月帰省途中では「謙信・信玄ゆかりの地」を訪ねてみたいと思い立ったからです。


c0119160_17352272.jpg"alt="rw"左をクリックしても「上杉・武田の史蹟めぐり」コーナーに入れます。

これから上杉謙信・武田信玄はもとより、後継(上杉景勝・直江兼続、武田勝頼等)も含めて、上杉・武田の史蹟・所縁地(主に越後・甲斐・信州・米沢等)をじっくりと逍遥・探訪して行こうと思います。


             ......(左)甲斐の虎:武田信玄の像      (右)越後の虎:上杉謙信の像......
c0119160_17382510.jpg
c0119160_17432538.jpg
c0119160_18234312.jpg

通常は関越自動車道で帰省しますが、今回は川中島古戦場や春日山城の訪問を主眼に置いて、上信越自動車道経由で帰り長野市・上越市に立ち寄りました。12月30日未明5時に自宅出発、ETC割引は12月不適用なので道路はスイスイ!関越花園ICを過ぎた辺りで日の出を迎えました。
c0119160_17404822.jpg


      ......上信越道・横川SAから見る妙義山の奇岩風景、駅弁釜飯は地元名物.......
c0119160_17465573.jpg

c0119160_17471989.jpg

                 
                          ......一昨年に登った浅間山 (日本有数の活火山)......
c0119160_17533091.jpg

妙義山・浅間山の名峰パノラマを満喫しながら行く高速道は快適そのもの!たまにはこのルートで帰省するのもいいねエ。長野ICを降りれば謙信・信玄が一騎討ちした古戦場や城郭・史蹟は近い。





★信玄・北信最前線の城郭「松代城」


 .....松代城(別名:海津城)は02年に城門・土塁や堀が復元された。.......
c0119160_17572849.jpg

「松代城」は川中島合戦で武田信玄の本陣となった城郭であり、別名を「海津城」とも呼ばれます。
三方を山に囲まれた平城(山本勘助が築城)ですが、千曲川を堀とした天然の要害だったのです。


                  .......早朝の松代城・お堀には水鳥が寛ぎ漂っていた。.......
c0119160_17591939.jpg

門構えの雰囲気は甲府の武田居城「躑躅ヶ崎館」に似ているような気がします。戦国時代の城郭といえば山城や天守閣のイメージになりがちですが、それに比べれば質素な平地・城屋敷だなア・・。信玄は「人は石垣・人は城」で勢力拡大した武将、平城でも十分戦える自信があったのでしょう。


      .......(左)早朝の薄氷が朝日に反射して美しい (右)水鳥飛び立つ!バサバサ、バサ~........
c0119160_1875883.jpg

c0119160_1882077.jpg


松代城への到着は朝9時前、放射冷却で気温は下がり外堀の一部には薄氷が張っていました。
30日の朝で人かげは疎ら・・。「風林火山」でブームの頃は多くの観光客数で賑わったに違いない。


              .........松代城跡の想像俯瞰図(まるで要塞みたいだ!).......
c0119160_18143746.jpg

風林火山」とは・・・・、
    「疾如風」 (速きこと風の如く)⇒攻めるべき時には風の如く迅速に進むべし。
    「徐如林」 (静かなること林の如く)⇒チャンスに備え準備整え、林の如く静寂整然と待つべし。
c0119160_18161957.jpg
c0119160_18163484.jpg

    「侵掠如火」 (侵略すること火の如く)⇒敵を侵攻する時は火のように熾烈に戦うべし。
    「不動如山」 (動かざること山の如く)⇒自陣堅守の時は山のように落ち着いて守るべし。




★千曲川から北アルプス&北信名峰の大絶景を望む


松代城をひととおり見学し、石垣上に登って見ると遠くに真っ白で雄大な山々が連なっているぞ!
千曲川河川敷の土手に登れば、北アルプス後立山連峰や北信の名峰が鮮やかに眺望できる!


           ...... 松代城・石垣の遥か向こうには北アルプス連峰が見える!......
c0119160_2084977.jpg


    .....(左)真っ白な北ア・後立山連峰と千曲川河川敷 (右)北信の名峰:高妻山飯縄山......
c0119160_20114190.jpgc0119160_20183961.jpg
c0119160_2011577.jpg

後立山連峰とは、剱岳・立山の東部に連なる大山脈(全山縦走すると3泊4日)です。京都~北陸街道から正面に見える剱・立山は古えから信仰されてきた霊峰ですが、その裏側に聳える山脈なので後立山と呼ばれます。しかし、風情や由緒がもっと感じられる名前にしてあげればいいのに・・


       ......北アルプス・北信の名峰を一望するパノラマ地図(クリックすると拡大表示)......
c0119160_20322817.jpg


     .....後立山連峰クローズアップ(左)鹿島槍&五竜ケ岳 (右)唐松岳~鑓・杓子~白馬岳.......
c0119160_20504249.jpgc0119160_2145572.gif

c0119160_6241997.jpg






c0119160_21134061.gif

c0119160_22322741.jpg


当日は正に快晴パノラマを運よく味わうこと(翌・大晦日は全国的に大荒れ天気になったのでラッキー)ができました。さて千曲川を渡って、いよいよ謙信・信玄が対決した「川中島古戦場」へと向おう!





★「風林火山」vs「毘」!両雄一騎討ちの古戦場
c0119160_21285844.gif
野戦で無敗を誇り最高の指揮統率力を持つ戦術家といわれた上杉謙信、孫子兵法を生かし理論的な戦術で騎馬軍団を擁した武田信玄、この二人の英雄が北信濃の支配権を巡って5回にわたり激突を繰り広げた戦いが「川中島合戦」。その舞台跡が「八幡原史跡公園」として残されています。


    .....(左)有名な川中島合戦の謙信・信玄一騎討ち (右)古戦場の舞台「八幡原史跡公園」....
c0119160_2120466.jpgc0119160_2121816.jpg

長野盆地は昔「善光寺平」と呼ばれ、千曲川と犀川が合流する三角地が「川中島」です。11年間で5回の合戦が行われました。その中で最大の戦いが1561年に3万3千人の兵が激突した第4次合戦であり、伝説的な両雄・直接対決はこの時(史実か否かは疑問符ですが・・)だったのです。


                ....岩国美術館所蔵「川中島合戦図屏風」....
c0119160_21332428.jpg

謙信は越後から善光寺に着陣し、さらに後南下して千曲川沿いの「妻女山」に布陣しました。信玄は上記紹介した「松代(海津)城」に鶴翼の陣を張り、両雄は対峙します。睨み合いの末、信玄の軍師・山本勘助は兵を二手に分けて挟み撃ちで妻女山を攻め落とす「啄木鳥(きつつき)戦法」を画策


                ......川中島古戦場跡に鎮座する「八幡社」.......
c0119160_213568.jpg


しかし事前にこの作戦を察知した謙信は妻女山を深夜密かに下山し千曲川対岸・八幡原に布陣。
朝の川霧が晴れた時に武田軍本隊は、いるはずがない眼前に布陣する上杉軍を見てビックリ~!
裏をかかれた武田本隊は上杉軍に猛攻をかけられ、山本勘助は討ち死し一挙劣勢に陥りました。


  ....(左)「川中島合戦」布陣図(謙信は霧で車懸の陣で動く) (右)古戦場全景(妻女山より).....
c0119160_213812100.jpgc0119160_21384919.jpg







c0119160_21403246.gif
c0119160_21405513.gif
c0119160_21405513.gif
c0119160_21405513.gif


ここで謙信は、手薄になった信玄本陣に単騎斬り込みをかけます。相対し本陣に座する信玄は軍配で応戦!これが有名な両雄の一騎討ちです。二人の勝負も、合戦自体も結局は引分けで終了。
古戦場跡には二人の対決銅像が昭和44年NHK大河「天と地と」放映の年に建立されています。


          ......八幡社の脇にある信玄・謙信の一騎討ち銅像(躍動感溢れる~!).......
c0119160_2150283.jpg

千曲川の河川敷には、ここで討死にした信玄の軍師「山本勘助」の墓が密やかに佇んでいました。周りに何もなく観光看板も不案内ですが大河TV主人公になったからこそ再整備されたのでしょう。


    .......(左)信玄の軍師「山本勘助」の墓 (右)NHK「風林火山」の勘助(内野聖陽).......
c0119160_221324.jpg






c0119160_22133957.jpg


                ......歌川広重作「川中島合戦乃図」....
c0119160_22241682.jpg


戦国時代の両雄、謙信・信玄が戦った史蹟を初めて見ることができて満足!両雄は雌雄を決することができませんでしたが、永遠のライバルだった2人は「敵に塩を送る」の故事があるようにお互いを尊重し実力を認め合う仲だったのかもしれません・・。さて、次は長野の名刹「善光寺」に向おう!

c0119160_22193819.gif





★1400年近い歴史を誇る「善光寺」


謙信が川中島の戦いで着陣したのが「善光寺」。このお寺は「牛に引かれて善光寺参り」の民話・諺や本尊秘仏ご開帳等で有名な古刹です。644年欽明天皇に創建とのこと、もう1400年近い!


         ......国宝に指定される「善光寺」本堂正門(日本第三の木造大建築)......
c0119160_22454028.jpg


         ......(左)善光寺境内の年末風景 (右)山門にはすでに賀正の文字が・・.......
c0119160_22462293.jpgc0119160_6561332.gif



c0119160_22463837.jpg


本名刹を訪れるのはもう数回目。子供の頃、家族旅行で連れて来てもらったことをよく覚えている。
明後日の元旦に備えてもう初詣の受入れ準備はスタンバイ・・、30日で人出は疎らなので境内をゆっくりと参詣することができました。最近小生は毎年初詣には出かけず、年末お礼参りにしています。


          ......(左)本堂前の護摩香炉の煙    (右)延命地蔵・六地蔵に祈る.......c0119160_2341297.jpgc0119160_6561332.gif



c0119160_2343010.jpg

    ......(左)閻魔大王も目を光らす  (右)撫でた部分を治癒してくれる↓「びんずる尊者」.....
c0119160_715362.jpg
c0119160_72158.jpg


昨年GW全国で一番賑わった観光地は「善光寺」でした。7年に1度ご開帳される秘仏「前立本尊」を見るために多くの観光客で賑わいました。昨年からのETC割引で長野高速道路は大渋滞~!


         ...... 2009年GWの人出では日本一の賑わいを記録した秘仏御開帳の法要......c0119160_793624.jpg
c0119160_792022.jpg



現在の長野市は善光寺の門前町を起源として発展した都市で、善光寺平と呼ばれる盆地から長く緩やかな傾斜の街となっています。ここは北国街道・宿場街として多くの参詣者が訪れたのです。


                 ......善光寺本堂の横全景は本当にでかい!.......
c0119160_71541.jpg


話を謙信・信玄に戻しますが、山梨県甲府市にも「善光寺」があります。川中島決戦に臨み、由緒ある名刹が焼失しては申し訳ないと、信玄が甲州に同じ寺を事前建立し宝物を移転したのです。


        ......色は違うが形はそっくりな「甲斐善光寺」 (後日、甲州編で紹介します。).....
c0119160_722293.jpgc0119160_7222446.jpg

10数年ぶりに訪れた「善光寺」ですが、いつ見てもこのお寺は威厳があってスケールが違う!
裏側参道から本堂の屋根を見上げるとまだ根雪が残っています。明日は一面が雪景色だなア・・


                ......本堂の裏側に廻ると真っ白な雪屋根だった!......
c0119160_727278.jpg





★信州から越後へと向う



長野市は真田一族の地や松代象山地下壕などまだ見所が多い街。まだ名残惜しいですが、次に謙信所縁の地(春日山城)が控えているので今回これで終わりにしよう。次回また来ればいいや・・


          ...... 長野市(善光寺・松代・川中島)の地図 (クリックで拡大表示)........
c0119160_17185667.jpg

            ......雪を被った(左)黒姫山と(右)妙高山 OH!BEATIFUL!......
c0119160_17203410.jpg








c0119160_17205388.gif

須坂長野東ICから再び上信越自動車道に乗って北上し新潟方面へと向います。信越国境の名峰黒姫山&妙高山が遠方に見えてきた。ここからは信玄がついに入り込めなかった越後の国です。


                                                      おわり



次回は、「謙信・信玄ゆかりの地を行く:(その2)越後・春日山編」 をお送りします。
c0119160_1726235.jpg

リンク:謙信・信玄ゆかりの地を行く:(その2)

  by rollingwest | 2010-01-10 17:28 | 上杉・武田の史蹟めぐり | Comments(26)

<2009年1月新春>「天地人」(上杉景勝・直江兼続)のルーツを訪ねて


★年末柏崎帰省にあわせて、「天地人」ゆかりの地を訪問

09年NHK大河ドラマは越後に所縁の深い「天地人」、「上杉景勝」(初代米沢藩主)に使えた忠臣「直江兼続」がその主役。景勝・兼続のことはよく知らないので、今後楽しみにしているところです。  
第1回(1/4日)視聴率は関東で24.7%!「篤姫」を上回り最近10年で第3位の好発進(メデタイ!)  


         .... NHK大河「天地人」がスタート、主人公は「直江兼続」(上杉景勝の忠臣)....
c0119160_2205583.jpg
c0119160_221211.gif


このドラマは越後⇒会津⇒米沢と舞台を移していきますが、二人の生まれ故郷が「南魚沼市」だということを知り、年末帰省途中に「六日町インター」で下りて、所縁の地を訪ねてみることにしました。
(この街は八海山登山やスキーで数回訪れましたが、街の中や史跡をじっくりと見るのは初めて)


     .... 景勝・兼続が生まれ育った「南魚沼市」の雪里景色(越後三山の麓に広がる)....
c0119160_2232946.jpg




★美味しいお米とお酒のルーツ「魚沼」


      .... (左)春の越後三山(松原修司氏水彩画より)      (右)地元の銘酒「八海山」....c0119160_229412.jpg
c0119160_2210076.jpg


「南魚沼市」は、旧・六日町と大和町が合併で誕生した新しい市です。隣接に「魚沼市」(小出町周辺が合併)があって紛らわしいのですが、今回訪ねた場所は「南のつく魚沼市」で銘酒「八海山」や魚沼コシヒカリ発祥の地です。やはり「魚沼」は高級ブランドだから、この名前は外せないね~(笑)


    .... 越後三山の麓をゆっくり流れる「魚野川」、コシヒカリや日本有数の銘酒を育む....
c0119160_22141118.jpg


「魚野川」源流は「谷川岳」や「上信越国境」の山々(過去登った「鳥甲山」「白砂山」等も該当)です。世界有数の豪雪地帯からの豊富な融雪水が世界一美味しいお米銘酒の源となっています。
年末年始は冬型気圧配置でしたが、暖冬傾向の今年は例年比較で雪はかなり少なかったなあ・・



★上杉景勝・直江兼続の生誕地

まず訪ねた場所は南魚沼市役所前にある「景勝・兼続」主従のレリーフ。師の上杉謙信から受け継いだ「義」を貫いた二人は動乱・戦国末期を生き抜きました。兼続は「愛」甲を手に持っている・・。

         .....「上杉景勝と直江兼続」主従のレリーフ (南魚沼市役所の正門前)....
c0119160_2220218.jpg


次はいよいよ二人の生誕地「坂戸山」に向かいます。ここには長尾家・坂戸城があり景勝は嫡子として、兼続(幼名・与六)は家来の長男として誕生しました。坂戸山は南魚沼市街から程近く、魚野川を渡った所にあります。静かな雪里の街、家に皆篭っているのか人の姿は殆ど見かけません。


  .....南魚沼市街から魚野川の橋を渡って坂戸山方面(景勝・兼続の生誕地)へ向かう。....c0119160_22222311.jpg




c0119160_22223524.jpg

        .....坂戸・上田地区の治水堀に連なる越後民家、堀にはカモが悠々と泳ぐ。....
c0119160_22252835.jpg

民家の道脇に車を止めて、坂戸山入口(上田地区)から雪道を歩いていくと「景勝・兼続生誕地」の石碑がひっそりと佇んでいました。周辺には「天地人」幟旗や真新しい新設休憩所・トイレがありますが、まだ寂しい雰囲気・・。今日は12月30日、新年明けブレイクの日を待ち兼ねているようです。


     .....直江兼続のシンボル「」の字を象った甲冑、街のいたる所に幟旗がたなびく。....c0119160_2227944.gifc0119160_22272227.jpg
c0119160_22273315.jpg


最近、大河ドラマの主人公は有名人物が一巡し終えたためか、脇役的だった人にスポットを当てる手法を取っています。これは結構興味深くておもしろい。新たな人物発見とともに歴史全体を俯瞰できるのでいいことだと思います。「利家とまつ」「功名が辻」「篤姫」などはその成功事例でしょう。

                                   NHK大河ドラマの歴代視聴率

  ......景勝・兼続の生誕地石碑(上田の庄・坂戸山)....兼続(左:妻夫木聡)と景勝(右:北村一輝)....c0119160_22361720.jpgc0119160_22333462.jpg

主人公・兼続は妻夫木聡、景勝が北村一輝、その他出演者も大河ドラマは毎回の如く豪華布陣!
上杉謙信は阿部寛(「義経」でも出演、碇で海に身を投じた平知盛)、やはり渋くてカッコいいね。


  .....昔懐かしいNHK大河「天と地と」(1969年) 当時・上杉謙信役は石坂浩二、今回は阿部寛....c0119160_20451712.jpgc0119160_20453185.jpgc0119160_20455771.jpg
c0119160_20461145.jpg
c0119160_20462720.gif



私にとって印象深い謙信は「天と地と」の石坂浩二。馬に跨り刀を振って軍勢先頭に立つ姿が格好よかった!柴田恭平(武田信玄)やガクト(風林火山)が演じた謙信も奇抜ながらストイックな姿が好印象でした。「天と地と」⇒「天地人」、当時から丁度40年を迎えるのか!歳とったな~、シミジミ・・・。


        .....坂戸城・生誕の地から望む、南魚沼(旧・六日町)の山と里....
c0119160_20514281.jpg
                                「天地人」のNHK新潟HPはコチラからどうぞ
                               「天地人」のNHK公式HPはコチラからどうぞ
                                         

★景勝・兼続の修行地:「雲洞庵」

地元の方に「天地人」の見るべき史跡を聞いてみたら、「雲洞庵」は絶対に見るべしと!のお答え。
資料確認すると二人が少年時代に学問・武芸鍛錬に励んだ場所とある。第1回番組で与六(兼続)が上杉謙信に向かって「こんな所に来とうはなかった!」と叫んだ場所です。ここは確かに必見!


    .....幼少期、二人が鍛錬した学問所「雲洞庵」、(左)有名な赤門(右)気品威厳ある本堂....c0119160_20545292.jpgc0119160_205559.jpg

お堂の中に入ると実に威厳ある落ち着いた雰囲気!さすが歴史大人物を育てた立派な学問所のオーラが残っている感じ。二人は「北高全祝」という優れた師匠の元で厳しく鞭撻されていきます。


         ......二人が少年時代に学問・武芸鍛錬に励んだ学問所「雲洞庵」....
c0119160_20574328.jpg

さらに見所は、実に見事な「彫刻の梁」で越後が生んだ名匠「石川雲蝶」の作品です。昨年9月に栃尾を訪ねた時「秋葉神社・奥の院」で見た見事な彫り物と同じだということに後で気づきました。
栃尾は「上杉謙信」が幼少時代に過ごして元服後、城主「長尾景虎」となり初陣を果たした所です。

                     08秋の越後路(国上山・栃尾)の記事はコチラ

         ......(左)実に素晴らしい「石川雲蝶」の彫刻の梁    (右)離れにある開山堂....c0119160_214297.jpgc0119160_2144195.jpg










c0119160_18133081.jpg
「泣き虫・与六」(子役:加藤清史郎)・・・「こんな所には来とうはなかった!」


       .....本堂の釈迦本尊脇は諸天神・観音像の数々が見事に並べられている。....
c0119160_21142039.jpg


ここの宝物殿は上杉家の歴史を知る上においては不可欠、武田信玄や息子勝頼の直筆書状もあってビックリ!この庵自体は藤原不比等(飛鳥時代)に所縁ある千数百年の歴史を誇る所とのこと。曹洞宗の修行場としても相当有名らしく、今回「天地人ルーツ」訪問地では最大見所でした。

     .....(左)開山堂へ続く位牌堂の廊下は見応えある (右)武田信玄・勝頼の直筆書状....c0119160_21154630.jpgc0119160_211549100.jpg

               ........「雲洞庵」の黒門、杉木立の中で実に風情がある。....
c0119160_21174698.jpg





★「浦佐毘沙門堂」(晋光寺)

旧・六日町地区を後にして次は浦佐方面(上越新幹線の駅がある)に向かいます。今日は冬型と思いきや意外と暖かい日、雪山には靄がかかっています。水墨画のような冬の山里風景だった・・

               ........南魚沼の雪の農村風景。山麓の雲が霞みたなびく....
c0119160_2123757.jpgc0119160_21231851.jpg

               .........雪の地平線に遥か蜃気楼の如く.......
c0119160_2130473.jpg


浦佐駅に近い街並みの中に「浦佐毘沙門天」(晋光寺)がありました。上杉謙信といえば戦の天才、「毘沙門天」(仏教四天王の武神)を篤く信仰しており、県内あちこちに所縁の地があります。
ひたすら堂に篭り、妻を娶らずストイックに信心した謙信殿。毘沙門の化身だったのかもしれないね。

      ........「浦佐毘沙門天」(普光寺)の立派な山門 (日光陽明門を模している)....c0119160_21345096.jpgc0119160_21352248.jpg

           .........毘沙門堂につながる回廊(上下)........c0119160_21385459.jpgc0119160_21391455.jpg

このお寺も歴史が深く、坂上田村麻呂(蝦夷征伐で有名、平安初期の征夷大将軍)が建立したとのこと、スゴイね~!昨年9月に訪ねた「国上寺」「弥彦神社」など越後にも名古刹が多いなあ・・。

            ......毘沙門様に祈る地元のおばあちゃん(敬虔な姿).......
c0119160_21443229.jpg
c0119160_21444945.jpg




★「柏崎」と「天地人」

さてさて南魚沼で歴史を十分味わい、今日はもう15時を過ぎた。柏崎の実家に向かい16時到着。
穏やかな年末、1年半前の中越沖地震で崩れた庭の石塀もすっかり新しく修復されていました。

  .....3年間に2度も大地震に見舞われた新潟県(魚沼地方=中越地震、柏崎=中越沖地震)....c0119160_21514952.gif
c0119160_2152118.gif


夏に体が弱っていた親父も結構元気だったので一安心!雪も全くなくてその面でも安堵しました。
雪下ろしする程の厳冬になれば高齢者への負担は高まるので、暖冬の方が実にありがたい・・。

   .......(左)柏崎北条の専称寺  (中)北条城跡の案内板  (右)安田城跡の案内板....c0119160_2155842.jpgc0119160_2155246.jpgc0119160_21553957.jpg

柏崎にも「天地人」ゆかりの史跡があります。柏崎には北条(きたじょう)や安田などの地名がありますが、いずれも上杉謙信の家臣の名から残ったものです。謙信の死後、上杉家は分裂し次の覇権争いで「御館の乱」となり、景勝に最後まで抵抗した北条高広が北条に城を構えていました。

                ........ 北条城跡の山から柏崎市街を望む...........
c0119160_2242978.jpg


今回ドラマでは直接関係ありませんが、柏崎には上杉謙信・軍師「宇佐美定満」が「枇杷島城」を構えていました。2年前の「風林火山」では昨年10月に亡くなった「緒形拳」氏が軍師宇佐美を渋く演じていたのが印象的でした。級友H井真吾は枇杷島出身、緒形氏とは共演経験もあるとのこと。

  .......(左)謙信軍師・宇佐美定満の枇杷島城 (右)「風林火山」で宇佐美を演じた故・緒形拳....c0119160_2263285.jpg
c0119160_2264810.jpg





★再び「南魚沼」の山郷風景


毎年帰省で関越自動車道を通過する時は、「越後三山」(越後駒・中ノ岳・八海山)の雄姿と魚野川沿いに広がる「魚沼の山郷風景」に目を惹かれていました。しかし日本の歴史がかくも深く刻まれていた場所ということは知らなかったので、今回「天地人」ドラマに発見させてもらい感謝感謝!

         ......水墨画のような雪の山麓は、日本一美味しいコシヒカリの産地.......
c0119160_2295290.jpg


越後三山もまだ八海山しか登っておらず南魚沼市にはあと何回か来ることになるでしょう。再訪時は「天地人」ドラマを頭に思い浮かべながらこの景色を眺める楽しみが1つ増えました。大河ドラマのよさは「街興し」に繋がっていくこと、今後も高視聴率維持で地元が益々活性化するといいね!

c0119160_2211850.jpgc0119160_22112753.jpgc0119160_2212261.jpg

                                                     おわり

  by rollingwest | 2009-01-07 22:58 | 寺社・史跡・古道 | Comments(40)

<2008年9月14~15日>秋の越後路(歴史と実りの風景)を訪ねて(その2)

秋の越後路を訪ねて(その1)から続く


★越後の名古刹「国上寺」

             ...大河津分水を渡り、下越・北上して「国上山」「弥彦山」をめざす....
c0119160_1322618.jpg
               (地図出典:さえずり広場・寺泊)↑地図をクリックすると拡大します。


国上山」(くがみやま、313m)は越後平野の日本海寄り(旧:分水町)、佐渡を間近に望む位置に聳えています。「国上寺」(こくじょうじ)は山の中腹に建っており、709年(和銅2年)弥彦大神・託宣により創建された県内でも格式が最高位の古刹。何と1,300年の歳月が刻まれているんですね~


      .....「国上寺」の本堂への道、緑が多くひなびた雰囲気が実にいいね~!.....
c0119160_14492453.jpg

さすが歴史の深い由緒あるお寺、ここには「日本史を飾るビッグネーム」が続々と登場!まず何といっても「良寛和尚」が約20年過ごした縁あるお寺として全国的に有名です。諸国行脚を終えて越後に戻った良寛が住んだ「五合庵」や、展望公園に子供と遊ぶ「良寛像」を見ることができます。


 .....(左)良寛が20年住んだ「五合庵」 (右)子供に囲まれた良寛さんこそ、幸福時代の象徴....c0119160_1450399.jpgc0119160_2311713.jpg

ここは「弘法大師・越後二十一箇所霊場:第一番寺」、「空海」にゆかりある伝説の松もありました。起源は修験道の修行寺とのことですが、時代の権力者の庇護により改宗され、法相宗・天台宗・真言宗と転じているようです。1,300年の長き歴史では紆余曲折があっても当然でしょうなあ・・。


 .....朝日山展望台からは越後平野が一望。雲がなければ栃尾の向こうに守門岳が見えたはず....
c0119160_14534135.jpg

戦国時代、上杉謙信がこの寺にある「千手十一面観音像」を信心し、謙信からは十万石の格式が祈願寺として与えられています。謙信が祈願した本尊は「毘沙門天」だけじゃなかったんだ~!


   .....(左)上杉謙信が信心した観音祈願所 (右)来年の大河ドラマ「天地人」の幟旗が随所に...
c0119160_23131419.jpgc0119160_2314141.jpg

NHK大河ドラマはここ数年非常に興味深い。(篤姫も大ファン!) いよいよ来年、上杉景勝の重臣「直江兼続」が主役登場、実に楽しみです!「天と地と」(昭44:石坂浩二・謙信主役、古いね~)以来のご当地舞台「天地人」ですが越後の歴史ある土地・史跡が今後続々と紹介されることでしょう。


c0119160_14541954.jpg


おお~、本堂隣の「六角堂」には「義経伝説」の痕跡も発見!義経・弁慶が源頼朝から追われ平泉へ北上逃避行した旅の途中、無事を祈願し寄進された「大黒天木像」が堂内に祀られています。


  ..... 義経・弁慶らが旅の無事を祈った「六角堂」、北陸「安宅の関」を越えてここに来たのか・・.....c0119160_23165947.jpg









c0119160_23192199.jpg

さすが深い歴史に数々彩られた格式高い越後の名古刹。雰囲気のある実に素晴らしいお寺でした・・。ここは是非ともおすすめのスポットです!皆様も一度訪れてみてはいかがでしょうか。

c0119160_1455476.jpg




★新潟県のシンボル「弥彦山」と「弥彦神社」


小学生の頃、家族旅行といえば「弥彦山」。まだ「旅は国鉄」が当り前の時代、県外を出る場合は長旅・大行事という感じで、県内の「弥彦」を訪ねることさえワクワクと心が時めく旅でした。新幹線・高速道開通で便利な時代になってありがたいですが、あの頃の高揚感が実に懐かしいなあ・・(笑)


   ......新潟県人・心のシンボル、霊験あらたかな「弥彦神社」の本宮拝殿(背景は弥彦山).....c0119160_23221857.jpg
c0119160_1456782.jpg

越後平野を一望する霊峰・弥彦山(638m)とその麓に鎮座する「弥彦神社」は千年以上も昔から「越後一の宮」として「おやひこさま」の名で親しまれます。その名のルーツは「伊夜比古神社」とのこと、神武天皇勅命を受け朝廷派遣で開拓され古くから「農業神」の山として信仰を集めました。


   .....(左)威厳ある弥彦神社の大鳥居 (右)境内にある摂社群(縁故深い神を祀る社).....
c0119160_14565475.jpgc0119160_23245720.jpg

「弥彦社奥宮」の山頂祭神は「天香山命」。おお、これは日本のルーツ・奈良「天香具山」に通ずるではないか!福岡・英彦山、兵庫・雪彦山と並び「日本三彦山」でもあります。(また三大か~?)


     ......(左)弥彦山頂に鎮座する奥宮社 (右)弥彦山から望む黄金色の越後平野パノラマ.....
c0119160_2326277.jpgc0119160_23265155.jpgc0119160_14574889.jpg

弥彦山登頂は「ロープウェイ」か、車で「スカイライン」で上がる人が殆ど(麓から登る人は稀)です。
小生も「ロープウェイ」(今年で開設50年)で登頂しましたが、昔・家族旅行でここから乗ったシーンが脳裏に蘇り実に懐かしい気持・・。頂上からの展望は越後平野が黄金色に映えて今回も絶景!

       ..... (左)弥彦山頂に林立する電波塔        (右)弥彦山「パノラマタワー」.....
c0119160_2329011.jpgc0119160_23293578.jpg

弥彦から角田山へ向かう海岸線は「越後七浦」という断崖・難所を通過するシーサイドラインがあり、ルート402号のハイライトとなっています。今回この道は走らなかったが、またいつか訪れてみたい。

 .... 寺泊から新潟へ繋がる海岸線は「越後七浦シーサイドライン」と呼ばれ奇岩風景が続く.....c0119160_2331994.jpgc0119160_23314961.jpg



★秋の越後路「夕暮れ慕情」・・再び「椎谷観音岬」


今日は朝方から出発したものの、あちこち欲張り過ぎてしまいもう17時近くなってきてしまった・・。
そろそろ柏崎へ帰る時間ですが、「夕日が綺麗な402号シーサイドライン」の旅に折角出たので、やはり最後は「日本海の夕日」で締め括らねば・・。朝に立ち寄った「椎谷観音岬」をもう一度訪問。

    
  .....柏崎・新潟を走る「越後線」の単線風景、稲穂田の遥かには丸みを帯びた「弥彦山」....
c0119160_14585022.jpg

17時半近くに観音岬「夕日が丘公園」に立てば、地平線に日が沈むまでには若干時間があるので海を眺めて待機。残念ながら佐渡は依然霞んだままですが、徐々に黄昏・暮色風景になってきた。


  ......「椎谷観音岬」から望む「日本海の夕日」、テトラポットの影に乱反射する黄昏光.....
c0119160_14594580.jpg









c0119160_1502797.jpg

少年時代、何度も「日本海の夕日」を眺めました。水平線に消え行く夕日を最後の一点となるまで見切ると本当に感動します。その後刻々と変化する夕焼け空の彩色・余韻もまた筆舌尽くし難し・・



★歴史・雪とも深い山里の街「栃尾」  (9月15日)


翌朝両親に別れを告げ柏崎を出発し東京に戻ります。ちょっと寄り道、北陸自動車道「長岡インター」で降りて、旧・「栃尾市」を訪ねてみることにしました。豪雪山里で歴史が深く雰囲気のある街です。
c0119160_2342663.gif

新潟県は実に長大な県。山奥深い街は、自分自身がまだ足の踏み入れていない市町村が幾つかあります。「栃尾」もその1つ、ここも最近肥大化した「長岡」に吸収されて遂に長岡市栃尾地区か・・ 


  ......「雁木」(がんぎ:アーケードの先駆け)と、超肉厚「油揚げ」で有名な豪雪の街「栃尾......c0119160_23431252.jpgc0119160_23451489.jpgc0119160_23442047.jpg

雪深い栃尾は「雁木」(がんぎ)の街でもあります。古い建物・各家々の仕様によって屋根の高さが違い、冬の生活に工夫した特徴ある柱や格子戸等が歴史の重みを感じさせてくれます。栃尾名物は巨大「油揚げ」。随所に「油らげ」の看板が見られ、古い街並の風景に溶け込んでいる感じです。


.....上杉謙信が幼少期過ごした「常安寺」、庭には立派な苔が敷き詰められ「菅笠地蔵」が鎮座......c0119160_23463098.jpgc0119160_1514013.jpg

「栃尾」は「上杉謙信」所縁の地。幼少時「常安寺」で過ごし元服後、栃尾城主「長尾景虎」となり、この地で初陣を果たしました。寺裏手の長い階段を上がれば「火除け神社」で名高い「秋葉神社」が鎮座しています。(本宮は浜松市天竜、世界で有名「アキバ」は東京下町の秋葉神社に由来)


.....火伏鎮守「秋葉神社」(天竜も訪ねたなぁ)、境内には栃尾に所縁深い「謙信」の像が座る.....c0119160_23492330.jpg









c0119160_23504657.jpg

  .....「秋葉神社」:「奥ノ院」の彫刻は「石川雲蝶」実に精密な作品で名高い(有形文化財)...c0119160_23544118.jpg
c0119160_23553236.jpg


  ...謙信が初陣デビューを飾った「栃尾城跡」。栃尾の街を見下ろし、右遙かには「守門岳」が眺望c0119160_23564475.jpgc0119160_2357138.gifc0119160_2357138.gifc0119160_23573658.jpgc0119160_2357138.gif




源義経伝説」は、「栃尾」にも沢山ありました。義経の恋人「静御前の墓」、弓の名手「那須与一」居城跡、義経四天王「佐藤兄弟の生母」の伝承等、歴史ロマン溢れる史跡が数多く点在しています。義経を慕い平泉をめざし、志半ばでこの地に没した「静御前」はさぞ無念だったことでしょう。

  ..... 「静御前」終焉伝説は日本各地に残るが「栃尾」では義経を追い当地で無念の病死と伝承.....c0119160_022779.jpgc0119160_03378.jpgc0119160_034691.gif



★おわりに

帰省時は実家でゆっくり過ごすものの、意外と故郷の名所・旧跡をじっくりと見て味わっていなかったことをあらためて認識しました。探訪しようという気持ちであちこちを回ると、地元にも沢山の見所が眠っています。来年は「天地人」でさらに穴場スポットが紹介されることでしょう。実に楽しみ~!

c0119160_04384.jpg


そういえば、故郷の名峰「米山さん」も高校生以来、登っていないなあ・・。いつでも行けると思って30数年もご無沙汰していた・・。大変失礼致しました。今度故郷に帰った時に是非お伺いします。

c0119160_05218.jpg

                                「ふるさとの山はありがたきかな」・・・。

                                                    おわり

  by rollingwest | 2008-09-14 13:30 | 故郷の風景 | Comments(33)

<2008年3月1日>秀麗富嶽十二景(その3):岩殿山

c0119160_21224586.jpg
今年2回目の登山、中央沿線大月駅前に聳える「岩殿山」に食山人さんと2人で行って来ました。
昨年の秋、「秀麗富嶽十二景」登山に目覚めて以来、大月への訪問はこれで4回目となります。
秀麗富嶽十二景の山については、これで3つ目の制覇となりました。

                     *食山人殿からも写真提供頂きました。↓☆印表示


  ....岩殿山への登山道。下に見えるのは桂川の静かな流れと、大月市の街並み....↓☆
c0119160_20143727.jpgc0119160_20145717.jpg

コース取りは毎週山に出かける食山人殿に全ておまかせ、朝9時前に大月駅で待ち合わせ出発。
桜の木が沢山植えられた山岳公園から階段の登山道を上がっていきます。桜満開の時期は大勢の人で賑わう場所で、花の時期にはまだ早いものの、春を迎える雰囲気は確実に感じられました。


   ....(左)「岩殿ふれあいの館」(大月の歴史がわかる)、(右)岩殿山の象徴・岩の大壁面.....
c0119160_2016044.jpgc0119160_20162528.jpg
 
   .....(左)移り変わる季節の名残り、冬草の綿毛 (右)鮮やかに咲き始めた紅梅.....c0119160_20252953.jpgc0119160_20255556.jpg

ここは戦国時代に小山田氏の山城があった所、武田氏の滅亡ゆかりの地(織田徳川軍に追い詰められた武田勝頼がこの地に逃れ、臣下小山田氏に裏切られて攻められた場所)でもあります。

c0119160_20461538.gif
c0119160_20462858.gif

岩殿山の頂上は平坦な場所が多く、城跡にはかつて本丸や狼煙・馬場等が配置されていました。周囲が峻険な断崖に囲まれ、下界を見渡せるこの独立峰はまさに天恵の要害だったことでしょう。


   ↓☆.....頂上の広々とした風景、広々とした城跡には烽火台や馬場跡が残っていた。.......c0119160_20511079.jpgc0119160_20513431.jpg


....当日は残念ながら、頂上からの富士は霞んで見えなったが本来はこんな光景が見えたはず....
c0119160_2053115.jpg


頂上から辿る西コース(天然要害の断崖絶壁を体験するスリルな歩き)が本日のメインイベント。
アップダウン山道歩きの末、やがて「兜岩」の鎖場にさしかかります。そして「稚児落とし」と呼ばれる断崖絶壁が出現!高所恐怖症の人にはまさに足が竦む所です。予想もしなかった大迫力~!


  ...(左)兜岩の鎖場を登り始める食山人さん、(右)本日のハイライト「稚児落とし」の断崖↓☆....c0119160_20573495.jpgc0119160_20575746.jpg


大崖壁「稚児落とし」の名前は、滅亡した小山田一族が最期を迎えた時の悲劇に由来します。
この稜線沿いに敗走する一族は、乳呑児の泣声で追手に気づかれることを恐れ、母親はこの断崖絶壁から稚児を突き落としその後に自刃したとのこと。何とも恐ろしく悲しい戦国史実であります。

....稚児が落とされた悲話の大絶壁。落差100mの断崖を覗くと足も震える。食山人殿は点......
c0119160_20591141.jpg


ちょっとこの日は体調不良だったので、食山人殿に遅れること30分以上。下山路から大月駅までは地元の道を1人でゆっくりトボ歩き。(長いアスファルト道はやはり疲れるね。)最近車を使って登山することが多いけれどたまにはいいかな。帰りの余韻に大月の街雰囲気を身に感じながら・・・。
c0119160_816344.gif
   .....(左)下山して大月駅に向う竹林の道 (右)道端の民家脇で鎮座していた超デブ猫.....c0119160_2111411.jpgc0119160_2113572.jpg

   ....(左)中央高速道の架橋は幾何学的風景 (右)大月駅前に到着、遠くに岩殿山が見える.....c0119160_2125082.jpgc0119160_2132459.jpg

大月はJRと富士急電鉄を結ぶ交通の要所。徳川幕府が開設した甲州街道沿いの宿場町や富士講精進場としてかつて栄えた歴史ある街でもあります。でも今はやや寂しい雰囲気も受けました。
                                                                                                            

....4月上旬、岩殿山から見える「満開桜と富士山の絶景」(秀麗富嶽デジタルミュージアムより)......
c0119160_215154.jpg


岩殿山は秀麗富嶽十二景の中で、「富士山と桜の絶景」として有名な山です。 本来は桜の季節に上のような写真が撮れたら最高なのですが、それは次回再訪時のお楽しみとしておきましょう。

                                                     おわり

  by rollingwest | 2008-03-10 20:10 | Comments(14)