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<2015年11月1日>両国探訪歩きで知る江戸・東京の歴史  【墨田区探訪:⑧】

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墨田区は過去スミからスミまで何度も徘徊ズミなので殆どネタ切れ状態ですが、第8回探訪記事は「すみだ探訪・両国編」をレポートしたいと思います。そのトリガーとなったのは高校同級生のH井真吾が主宰する「物語シアター」朗読劇公演が今年秋は両国の劇場で開催されることになったからです。

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                                過去に公開した「墨田区探訪シリーズ」はコチラから



★鎌倉歩きのメンバーで両国探訪を企画


H井主宰「物語シアター」朗読劇公演は毎年1~2回開催。柏崎の中高同級生は毎回観劇に集まり、終了後は懇親会というパターンが恒例行事ですが、今回は両国開催(15時)であり、5月の鎌倉新緑歩き(H井も参加)をしたメンバーに「両国探訪してから観劇に行こうよ」と提案したところ、即賛同の声!


     ....(左)JR両国駅前の風景 (右)江戸東京博物館内の日本橋欄干で集合写真...
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                        <2015年4月日>新緑の鎌倉アルプス(中高同級生ハイク)
 

朝10時過ぎ、両国駅に同級生ウォーカー5人が集合!歴史を感じる駅舎西側の改札手前には横綱全身を描いた優勝額が飾られています。改札を出て右手には「力相撲」石像と記念撮影用の顔出し力士パネルが鎮座。この手にノリがいい積極派のN-minto様は早速顔を入れ、「写真撮って~!」と懇願


  ....両国駅は力士の街、優勝額や石像がある。N-minto様は毎回ノリよくドスコイ・パフォーマンス...
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大相撲の殿堂「両国国技館」は今回パスして、まずは「旧安田庭園」に入ってみよう! 緑豊かな日本式庭園は、四季折々の花・紅葉が楽しめ、スカイツリーや両国公会堂の景観を楽しむことができます


   ....江戸大名庭園が明治時代に安田善次郎の所有「旧安田庭園」、スカイツリーが見える!...
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★関東大震災と東京大空襲の犠牲者16万人が眠る「東京都慰霊堂」


安田庭園を通り抜けると「東京都慰霊堂」(巨大寺院と三重塔)が鎮座する「震災記念公園」に出ます。関東大震災と東京大空襲の犠牲者16万人が眠る国内最大の鎮魂地、ここは4回目の訪問ですが戦後70年節目なのでご案内・・。小学児童5千人の弔魂碑や焼け爛れた機械等が痛ましい。


      ....(左)両国駅周辺の地図 (右)「東京都慰霊堂」は耐震工事でお色直し中...
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                          <2012年3月>東京都慰霊堂の訪問レポートはコチラから

    ....(左)小学児童5千人の死を悼んだ弔魂碑 (右)焼け爛れた機械や線路が屋外展示...
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まずは復興記念館の中に入ってみよう。内部には関東大震災時の資料が多数展示されています。写真から大地震と直後に発生した大火災(東京を焦土化)のパニックぶりが生々しく伝わってきます。


   ....(左)「震災復興記念館」の廊下風景 (右)関東大震災被害の写真の数々がパネル展示...
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       ....十二階摩天楼「浅草凌雲閣」(明治大正時代のスカイツリー)が大地震で崩壊....
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明治大正時代の摩天楼「凌雲閣」(浅草十二階)が大地震で一挙崩壊、そして避難場所だった当地(陸軍被服廠跡)には火災を逃れ何万人が集まる中で想像を絶する「火災旋風」が襲来したのです。猛火の上昇気流で人々が木の葉の如く舞い上がってしまう大悲劇が発生!嗚呼何たる地獄図・・


  ....(左)燃える永代橋から隅田川に飛び込む人々 (右)猛火上昇気流で発生した火焔竜巻...
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         ....震災により焼け爛れた建物や機械は焼けただれて無残な姿に・・....
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復興記念館には関東大震災(1923)の悲惨さを伝える絵画・写真・陳列物が数多くあります。そして震災からまだ100年経っていないことに気がつきました。壮大な地球史の中では一瞬のまばたき・・


         ....震災復興記念館の大ホール、震災の悲惨さを伝える絵画や陳列物が...
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       ....(左) 震災後の浅草仲見世の風景. (右)隅田川の鉄橋だけが残り全ては灰燼...
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    ....(左)災害状況を描いた巨大壁絵 (中)両国国技館も壊滅 (右)昭和天皇が馬乗慰問...
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ここは東京都大空襲の悲惨さも同時に伝えている場所です。今年は戦後70年、天皇陛下も当慰霊堂で供花されました。今年は戦争を深く知る上で自分自身も大変勉強になった年だった気がする・・


           ....(左)東京空襲の絵画 (右)上空から焼夷弾攻撃をするB29機...
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        ....慰霊堂の祭壇に祈る。今年は戦後70年で天皇陛下も慰霊訪問し供花...
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                            <2015夏>都心ド真ん中にて思う「戦後70年」の節目
 




★リニューアルした江戸東京博物館!実に素晴らしい~!


さて次は散策の最大見所「江戸東京博物館」を訪問してみよう。1993年開所からもう22年が経過したのか・・。今回でRWは5回目の訪問ですが、ここはいつ来ても新鮮な驚きを感じることができます。実は昨年もスカイツリー登頂後に来ましたが改装工事中だったのでリニューアル展示は非常に楽しみだ!

 
  ....リニューアルされた「江戸東京博物館」にいざ入ってみよう!入口には豪華な熊手飾り...
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                      昨年スカイツリー登頂後訪問した「江戸東京博物館」記事はコチラから

入館して見るといきなり大きな木造橋が出現!よく見ると江戸時代の「日本橋」再現と知りビックリ!浮世絵で思い浮かぶ丸みを帯びたイメージとは異なりストレートな平橋ではないか!更に進めばミニチュア大名屋敷や豪華な大名籠も出現!会場全体が一大テーマランドの様になっている!大変貌だ~(驚)


    ....入口には大きな江戸時代の日本橋(実際に渡れる木製橋)が再現されている!...
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         ....(左)寛永の大名屋敷がミニチュア再現. (右)豪華で優雅な大名籠...
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新展示は収蔵品の見せ方が実に斬新でダイナミック!実物大模型やミニチュアを多用し、人の動きや表情・風俗文化・各時代の江戸・東京の雰囲気をコンパクトに纏め参加型の歴史博物館となっています。


     ....朝野新聞社(明治時代、東京で発行された民権派の政論新聞社)の正門社屋...
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       ....明治時代の銀座通り、精巧なミニチュア再現の技術は大したもんだなア・・....
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明治時代の威厳ある新聞社建物、銀座通りの賑い、江戸時代では日本橋・両国橋の袂で往来する人々や舟、越後屋呉服店の商売繁盛ぶり、江戸庶民生活・職人風景、何でも目に飛び込んでくる!


      ....(左)お江戸日本橋を闊歩する江戸庶民  (右)両国橋西詰の出入り船風景...
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    ....「三井越後屋呉服店」(三越ルーツ)の大活況光景、現金掛値なしの商売が大繁盛!...
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           ....(左)町人の木箱作り風景 (右)寺子屋で勉強する子供達...
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家康が江戸に入り天下普請し20年後の人口は40万人程度でしたが、寛永末期は京都に追いつき、元禄期は85万人に達して日本一に、そして18世紀には100万人で世界最大級都市になりました。


       ....江戸時代の鮨や蕎麦、現代とは何か違う雰囲気もあるが粋な食べ方...
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    ....(左)大判小判の詰箱 (右)何でも率先挑戦するryoko様、天秤棒を担ぐアラヨッ!...
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歌舞伎舞台が大発展したのは江戸時代、精巧な仕掛や演出が凝らされ、花道舞台やせり上げ・廻り舞台などが登場!そのような舞台空間の裏側も見せてくれます。四谷怪談の仕掛けも面白い~


     ....(左)江戸時代の樽廻船 (右)歌舞伎舞台、大見えを切る和傘振る舞いの睨み...
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   ....江戸芝居小屋は、初代中村勘三郎が寛永元年に興した「猿若座」(中村座)に始まる...
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       ....「四谷怪談」のしかけ(お岩さんの亡霊が仏壇から現れる)...
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明治末~大正時代の東京風景も実にモダンで゙アカデミック!西洋文化と融合したお洒落な成熟感が溢れています。先程、震災復興記念館で見た「浅草凌雲閣」も崩壊前の美しき姿が再現されていた!


         ....(左)御茶ノ水のニコライ堂 (右)海外の演劇を披露した「電気館」...
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          ....(左)銀座通りは華やかな雰囲気 (右)フォード車の威厳ある姿...
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    ....フォード車の先には、関東大震災で崩壊した「凌雲閣」(浅草十二階摩天楼)の雄姿が!...
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その他も神田祭の風景や懐かしき昭和レトロの光景もドンドン出てきて盛沢山過ぎる!ゆっくり見ていたら1~ 2時間では回りきれない程に面白い!江戸・東京文化の懐の深さをあらためて認識!


          ....神田神社・須田町の山車、江戸三大祭りの筆頭は神田祭...
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       ....(左)「スバル360」を囲んで集合写真 (右)懐かしき昭和の居間風景...
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もう時間は12時を過ぎている!まだまだ博物館を楽しみたかったものの昼は両国駅前の「ちゃんこ料理店」を予約してあるので見学も終わりに致しましょう!昼からビールで乾杯しちゃんこ鍋に舌鼓


    ....いや~楽しく学ぶことができた!再び両国駅へ戻る。さあ昼食タイムを迎えます...
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  ...両国といえばやはり「ちゃんこ鍋」、昼宴会は「ちゃんこ道場」で楽しく飲み、盛り上りました...
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★両国の史蹟をさらに散策して朗読劇公演へ

「回向院」は江戸勧進相撲興行が初開催(1768)された場所であり、相撲協会が歴代相撲年寄の慰霊の為に建立された「力塚の碑」もあります。先日急逝された大横綱・北の湖も今後ここに入ることでしょう。北の湖のような憎らしい程に強い日本人横綱が再出現するのは一体いつのことやら・・。


  ....江戸興行相撲の発祥地「回向院」、「力塚」は歴代年寄の慰霊碑(北の湖親方・・合掌)...
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当地も江戸の大慰霊所であり、明暦大火の焼死者10万8千人が幕命で葬られています。あの有名な「ねずみ小僧」のお墓(生涯に100度以上大名屋敷に忍び込んで盗んだ物を貧しい人に分け与えた江戸時代の義賊)もあります。墓石を削りパウダー状の粉を袋に入れればお守り袋になるとのこと


   ....(左)回向院で集合写真 (右)「ねずみ小僧」のお墓を熱心に削り開運を祈る女性陣....
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回向院から少し歩いた所には、勝海舟の生誕地や吉良上野介(忠臣蔵の悪役)の屋敷跡もあります。いや~さすが江戸の歴史が重ねられてきた街!こまめに歩いてみると色々な史跡を発見でます。


  ....(左)江戸東京博物館で飾られていた勝海舟の肖像画 (右)勝海舟の生誕地の石碑...
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   ....本所松坂町公園に吉良上野介屋敷跡。悪評高いけれどいい人だったという説も・・...
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朝から両国の見所をたっぷり満喫し、15時から始まるH井真吾朗読劇へ!「メトロに乗って」は浅田次郎原作の時空を超えたミステリー(親子・兄妹愛の物語)。高校同級生達も多く見に来ていました。


     ....劇場シアターXでH井の朗読劇「メトロに乗って」(映画でも見たネ~)を観賞...
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朗読劇公演終了後は、高校同級の恒例飲み会が企画されていましたが、今日は朝から沢山歩き昼間からアルコール漬け、明朝は早め出勤につき欠席させてもらい、ウォーキングメンバーにて喫茶店で軽く打上げ反省会としました。来年は花見ウォーキングでの再会を誓って、両国駅にて解散!お疲れさ~ん!


        ....公演終了後の締めは、サンマルクカフェで打ち上げ本日の反省会...
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       ....(左)両国街路にある力士モニュメント (右)夕暮れの両国路地も風情あり...
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                                                         おわり

  by rollingwest | 2015-11-29 09:00 | 都会の風景 | Comments(118)

<2012年3月11日>関東大震災復興記念館&東京都慰霊堂を訪ねて(震災考)

                         墨田区探訪(その4)


★東日本大震災から1年を迎えて


日本を襲った「3.11」の悪夢、あの日から1年の節目を迎えます。被災地の復興はままならず爪跡の深さは余りにも大きすぎる。さらに追い討ちをかけた原発汚染は言葉に表せぬ程の悲劇が続く・・。昨年秋、防災週間に「関東大震災復興記念館」「東京都慰霊堂」を訪ね見て震災を再認識しました。


    ......「東京都慰霊堂」を訪ね、90年前に関東を襲った大震災の悲劇をあらためて知る.......
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慰霊堂と復興記念館は墨田区両国の国技館に隣接する「横網町公園」内にあります。当日はまだ残暑が厳しかった9月初め。防災の日(9/1)は1923年(大正12)関東大震災が起きた日に因みます。


          ......墨田区両国駅の近くにある「横網町公園」の中に震災の跡が残る......
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公園は秋祭りで賑っていましたがその活気や華やかさとは裏腹に一歩園内に足を踏み入れてみると関東大震災後に東京を焦土化させた大火災の痕跡がオブジェの如く戸外展示されています。そして震災で家族を失い悲痛な姿で路頭を彷徨った児童達の銅像も・・、何とも沈痛な光景が広がっている。


         .......(左)震災の炎で焼けただれた線路 (右)「震災遭難児童弔魂」の像......
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       .......(左) 炎上する旧警視庁舎 (右)大日本麦酒工場の曲がりくねった鉄骨や機械......
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★16万人の遺骨が眠る「東京都慰霊堂」


横網公園に巨大寺院と三重塔が鎮座しています。ここは何と16万人もの遺骨が眠っている「東京都慰霊堂」です。関東大震災での犠牲者6万人、東京大空襲の犠牲者10万人が鎮魂されていました。


            .......「東京都慰霊堂」の全景、悲しみに包まれた威厳......
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かつて元陸軍被服廠跡地(広い空き地)に関東大震災で多くの人々が避難したもののそこに猛火が襲い4万数千の人は焼死してしまい、跡地に慰霊堂が建てられました。しかし大空襲で再び焦土に・・


         .......(左)慰霊堂の内部 (右)祈りの椅子、火災旋風の絵、鎮魂の座席......
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慰霊堂の中に入って見ると静謐で荘厳な雰囲気、慰霊の灯が点され続ける礼拝堂、高い天井の四方に大額縁の震災絵が飾られている。華やかりし浅草の街が一偏に炎に包まれた地獄図が再現・・


       .......「浅草花屋敷の猛火」絵図・・、パニックとなった人々・動物園から逃げ出す像.....
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      .......(左)慰霊の燈火は静かに揺らぐ (右)裏手には鎮魂の三重塔が立っている......
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★関東大震災と大空襲の悲劇を伝える「東京都復興記念館」


        ......隣接する「東京都復興記念館」には悲劇を伝える数々の展示物が......
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公園には慰霊堂の付属施設として建設された「震災復興記念館」(フランクロイドライト風な幾何学デザイン)が隣接している。関東大震災や大空襲の被害を示す遺品・絵画、写真などが多く展示されています。


          .......(左)有楽町付近の猛火 (右)焼けただれたカメラ・眼鏡・バイオリン......
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       ......真っ黒になったトランク・時計・ガラス瓶・・、東京は全てが焦土と化した......
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館内は古色蒼然、見学客も殆んどいませんが、展示物をじっくり見学すると災害の重みが伝わってきます。昔の浅草や両国風景、大正時代のシンボル「凌雲閣」が崩れ落ちる瞬間図、そしてがれきの山・・


          .......(左)両国国技館の焼け跡 (右)大正時代の新聞記事(毎日・朝日).....
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         ....... 大正時代の東京スカイツリー「凌雲閣」(浅草十二階)も無残に崩壊......
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関東大震災の震源地は神奈川県三浦半島付近でした。震度7激震エリアは横浜・鎌倉から小田原に至る相模湾沿岸部であり、巨大な津波も襲ってきたのです。意外と知られていない事実なのかも・・


    .......鎌倉は大津波に襲われ、「鶴ケ岡八幡宮」は倒壊、大仏周辺も洪水の海となった.......
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      .......(左)小田原に押し寄せた大津波 (右)平塚・茅ケ崎間の馬入川も壊滅状態......
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壮絶な津波襲来図や瓦礫写真から想像すると東日本大震災の規模を上回るような被害にも見える。鶴ケ岡八幡宮も倒壊し、津波に襲われた大仏様もこの甚大な被災光景に言葉もなかったことでしょう。


     .......鎌倉や横浜は過去何度も津波に襲われた歴史が・・、関東大震災直後の鎌倉駅......
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       ......引き波後、瓦礫の湘南海岸。鎌倉大仏様も茫然・・、竹久夢路絵が悲劇を描く......
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★焦土の街・・、「東京」の無残なる姿


江戸・東京の街は徳川家康の幕府開闢以来、一体何度焼けたのでしょうか?明暦大火など火事に何度も襲われましたが、やはり最大規模の破滅は関東大震災と東京大空襲です。火災旋風という恐怖の竜巻炎にも襲われ完全に焦土と化してしまいました。16万人の焼死者なんて想像もつかない・・


    ......米軍機B29の焼夷弾爆撃により、一面焼け野原となってしまった無残なる東京の街......
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また警視庁所属カメラマンだった石川光陽による大空襲の写真群も見逃すことができません。戦時中、一般市民による空襲被害の撮影が制限されていた中で、石川写真は唯一残された大空襲の記録であり、戦後GHQのネガ提出命令にも屈せず自宅の庭に埋めて守り抜いた写真は貴重なものです。


     .....(左)「石川光陽」の記録写真は空襲悲劇を生々しく伝える (右)復興記念館のパネル.....
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関東大震災惨状の油絵が慰霊堂・復興記念館に多く飾られています。洋画家「徳永柳洲」が描いた「被服廠跡」「十二階崩壊」「旋風」等の大型油彩作品は壮絶な迫力で悲惨な光景を表現しています。


             .......「徳永柳州」が描いた大絵画が復興記念館ホールに飾られる.....
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                 ......柳州の震災地獄図は悲劇を生々しく伝えている......
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★いつかまた来る大地震


復興記念館は地球内部マントル構造・地震メカニズム解説コーナーもあります。日本列島は4プレート(北米・ユーラシア・フィリピン海・太平洋)が犇めき合う場所に形成されており、大地震から逃れることはできません。


        .......日本列島を取り巻くプレートや地球マントル図、いつか必ず襲われる大地震......
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            .......地球儀から見る過去の大地震の震源分布......
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先日、東大震研究所からM7 首都直下型地震の発生確率は4年以内で70%との衝撃ニュースが発表。NZ海岸では大量の鯨が打上げられ・・、日本各地の浜辺にはリュゴウツカイや深海魚が次々と・・。再び大地震発生の予兆か?富士山周辺エリアも異常湧水や樹海の蝙蝠異常発生で噴火前兆との噂が・・


       ......生物にも次々に異変が・・、浜に打ち上げられた鯨や深海魚(リュウグウノツカイ)......
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江戸時代中期の1707年宝永噴火は、富士山歴史上の3大噴火(平安期、延暦・貞観噴火と並ぶ)の一つ。富士山肩には今も巨大な宝永火口跡が残っています。偏西風により富士山東方地域には大量の火山灰・砂礫が降下し江戸は昼間も灰で暗くなったらしい。明日起こる可能性は十分あるかも・・


   .....(左)マグニチュード8級も誘引ありうる富士川断層 (右)宝永爆発に続く程の大噴火発生は?......
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昨年3.11では首都圏も停電・交通麻痺・食料買い占め等で都市機能は大いに混乱に陥りました。
もし大地震の直撃を受けてしまったらどうなってしまうのか!下記地獄図が再現されてしまうのか・・
         


               ......震災の大壁画 (東京の街は火の海、まさに地獄図)......
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自分の生きている時代には大災害は絶対起きてほしくないと誰もが願うばかり・・。しかし慰霊堂・復興記念館の記録を見れば僅か90年間に大地震・戦争が起き悲劇に見舞われたのも厳然たる事実。

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東日本大震災から1年・・、自分は偶々大災害に遭わずに済んでいるだけと思うべきなのかも・・。もし直撃の大地震が起きたらもう運命なのかもしれない。しかしできる限り、身の回りと心の準備を・・




                                                         おわり




次回は、再び「都電・荒川線ぶらり旅」:後編(鬼子母神・雑司ヶ谷霊園・早稲田)をお送りします。
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  by rollingwest | 2012-03-02 00:00 | 都会の風景 | Comments(58)

<10年10月16日>江東区探訪(その1):「都心の運河風景」&「江戸の名神社」

久々に「東京探訪シリーズ」を復活します。過去に4回紹介した港区探訪の完結(あと2回)、江東・大田・品川区の表情を新たに紹介する予定。ずっと撮り溜めていた写真を早く棚卸せねば・・。今回は「江東区」の記事。桜や初夏の頃に撮った写真なので季節感がずれていますがご容赦~

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                                 「港区探訪」シリーズの記事はコチラから

                                「東京の下町風景」シリーズの記事はコチラから




★Wo・wo wo~♪リバァ~サァ~イ・・♪ リバーサイド光景が満載!「江東区」


                 ...... 隅田川リバーサイドに林立する高層マンション群.......
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「江東区」は京湾臨海部の物流基地・工場地帯や高層マンション群などが目立っており、一見おもしろ味に欠けるエリアに思われがち。しかし中に入り込み探索していくと見所SPOTが多く発見できます。


            .........「江東十間親水公園」のボート乗り場と建設中の東京スカイツリー.......
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江東区名は「隅田川東に位置する」という単なる地理的な意味で、何のヒネリも風情もない命名だなア・・。しかし散策してみれば、縦横無尽に流れる川脇に水と緑に溢れる水彩都市の表情が満載・・。そして江戸風情も息づく由緒ある史蹟も結構多い。歴史を感じる区名にしてあげればよかったのに・・


        .......親水公園から見る高層マンション、水際の公園風景は心が和む。......
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リバーサイドに立ち並ぶ高層マンション間に平井住橋~小名木川に続く2kmの散策コースがある「横十間川親水公園」は桜の名所、ボート場・野鳥の島・水上アスレチック、江東区は川をなくしては語れません。


      .........「十間親水公園」 桜がまだ咲き残り、新緑の芽が生きいきとしていた頃......
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横十間川が流れる一帯はゼロm地帯。付近の工場からの地下水汲み上げで地盤沈下が激しく、川から水が溢れる危険があったため、運河川の一部を埋め立て親水公園として整備されたものです。




★運河・水門の風景&木場の「角乗り」

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江東区は運河の宝庫。パナマ式閘門技術を取り入れている「荒川ロックゲート」・「扇橋閘門」など見所が多く、最近は「閘門ゲート・フェチ」の方が写真を収めるため運河を巡る船ツアーが賑っているようです。



  ....(左).隅田川と荒川を結びつける「荒川ロックゲート」 (右)真っ赤な色でゲートが開閉「扇橋閘門」......
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         .......至る所に運河や川が縦横無尽に走り、水門が多く見られる江東区......
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東京の埋立て地・ウォーターフロントといえば、現在は「お台場・豊洲」を連想する人が多いと思いますが、徳川家康が江戸に入った頃、埋立て地・開拓の最前線は今紹介した小名木川付近のエリアでした。


         ........運河の堤柵に止まっていたが飛び立つ!縦翼の姿が面白い~!.........
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浅草海苔が江戸の名産品だったのは、中世以前の東京下町や低地は海や湿地帯に覆われていたからです。江戸に塩や米など物資を運ぶ交通路が運河で、江東区は水運や物流の要地だったのだ。

              ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

   ....... 「木場の角乗り」、川に浮かぶ材木をクルクル回し乗り、自由自在に木を操る。(木場公園)......
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江東区の「木場」という地名は江戸時代に発展した木材の集積地という名の由来です。木材運搬にはこの運河が大きな役割を果たしていたことでしょう。現在、東京の貯木場は新木場に移転しています。


      .........「角乗り」技術は実に多彩、出初め式のようなアクロバチックな演技も見せる.........
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木場の材木業者が深川で丸太を自由に操る伝統技術が「角乗り」です。筏を組む仕事の遊び技として生まれ、高度な技術芸能として発展してきました。川並(かわなみ)と呼ばれる鳶口の技はスゴイ!





★四季の花に彩られる「亀戸天神」


江東区には有名神社が2つあります。墨田区近くの「亀戸天神」&中央区に隣接の「富岡八幡宮」。まずは「菅原道真」を祀る「亀戸天神」を紹介しましょう。東京の天神といえば湯島と亀戸の天神さん。


     ........「亀戸天神」の参詣道(10年6月下旬)、当時スカイツリーの高さは400mだった。......
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寛文2年(1662)、太宰府天満宮の神官(道真の末裔)が天神信仰を広めるため諸国巡り、江戸・本所亀戸村に天神像を奉祀したことが建立の由来らしい。1月の鷽替(うそかえ)神事では大賑わい〰


            .........亀戸天神の拝殿(赤い橋越しに遠景、目の前に近景).......
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大きな池の真ン中には真っ赤なアーチ型橋が架かっている。「太鼓橋」と言うらしい。毎年合格祈願で多くの受験生が橋を渡ることでしょう。学問の神様・菅原道真公(天神様)にお願いする目的で


      ........(左)幼少時代の菅原道真像      (右)「太鼓橋」と「心字池」......
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ヒエ〰!池には無数の亀が生息している〰!数は半端じゃなく、鯉のほうがヒッソリ泳いで居場所がなさそうにしている始末。まさに亀戸天神の名に相応しく、池は亀ハメハ・ワールド我物状態になっている!

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     ........サギさん、亀見て何思ふ・・(nannimo  omoccha  ine~)  亀は万年、サギは?年......
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昔から亀が沢山生息していたから亀戸天神と呼ぶのかな?と思ったら、どうやらそうじゃないらしい。受験生で賑わう天満宮なので合格学生がお礼参りに訪れ、池に亀を放流しているのが真相らしい。これじゃ、ブラックバスやブルーギルと同じじゃネーカ!まあ神社池なので閉じた生態系なのでイーカ・・


   .....亀の大群が足元に続々と集まってきた。餌をくれる気配を感じてるのかも・・......
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亀戸天神社を代表する花は「梅」「藤」「菊」で、特に「藤」は東京の花名所として名高く、15棚100株の華麗な藤棚の美しさが朱橋と池水面コントラストで見事!GWはライトアップ夜景が一段と際立ちます。


       .....亀戸天神の藤棚は鮮やか!江戸時代から「五尺藤」として広く親しまれている。......
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     .........10年5月初め、東京スカイツリーはまだ380m。第一展望台工事に入ったばかりの頃.......
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天神様といえば梅は不可欠、全国どこの天満宮も梅の中で合格を祈願。東京では湯島天神の方がメジャーな気がする・・。そして今後深まる秋には菊まつりの季節が到来、芸術の粋花が競演に入る。


       ......(左)2月はが真っ盛り・受験生が祈願! (右)11月、菊まつりは盛大に!.......
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     .......10年6月下旬、藤はもうすっかり輝く緑に、はるか後方には400mの東京スカイツリー.......
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             ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

東京スカイツリーの建設最新情報をお知らせしましょう。11年地デジ移行にあわせ新電波塔として完成するスカイツリー(商業オープンは11年12月)、着々と伸びており10月中旬時点で490mの高さに・・!

     .........(左)10年夏、建設現場から見上げたスカイツリー  (右)初の点灯試験(10月13日).......
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この夏に建設現場の真下から見上げてみましたが、とにかくデカかった!あれから4ケ月弱で100mが積み上がり、いよいよ500m大台を超える日が近づいています。武蔵の国を文字り全長634mになりますが、完成に向け8割方まで来たね〰。夏の頃に見た姿とは印象も変わってきたものだなア・・


   ......東京スカイツリー建設中(10年10月時点、第一展望台部の上まで伸び500mは近い!).......
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★江戸時代の歴史、大横綱のゆかり・・、「富岡八幡宮」


水天宮から永代橋を渡ると、東京都最大の八幡神社「富岡八幡宮」が鎮座します。源氏の八幡神を尊崇した徳川将軍家の手厚い保護を受け1627年に永代島と呼ばれた現地に創建されました。町民にも「深川八幡様」と親しまれ、3年に1度の夏に行われる「深川祭り」に江戸っ子は燃え上がる!

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         ........「富岡八幡宮」の本殿(武の神・八幡大神とも崇められる応神天皇を祀る).....
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江戸三大祭り」とは何の祭りかな?「山王日枝神社」「神田明神」が当確、3番目の座を巡り、「深川祭り」と「浅草の三社祭り」が昔から覇権争いをしています。「三社祭り」の掛け声が「ソイヤ、ソイヤ」、「富岡八幡」は「ワッショイ、ワッショイ」。神輿の担ぎ方にも違いがあり、お互いライバル意識を燃やしています。 


          .....境内の中には日本一大きい神輿が飾られる!キンピカ~!ドデカイ~!...... 
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境内・大鳥居脇には有名な「伊能忠敬」(日本史上最大の測量家)の銅像がカクシャクと闊歩している!50歳を過ぎてから天文学・測量術を学び全国地図を完成させた忠敬ですが、翁は門前仲町に住み、測量旅行出発前に毎回富岡宮を参拝したそうです。その由縁から八幡宮に銅像が建てられました。


      .....(左)伊能忠敬が闊歩する銅像 (右)忠敬の肖像図.......
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千葉香取の醤油・酒屋を婿養子で継ぎ50歳まで働いた忠敬は第2の人生を目指します。江戸に入り勉強に励み55歳から地図事業に取り組んだのです。全国各地を16年間で10回歩いた末に伊能地図の大事業を完成させました。かくも精緻な日本地図は世界を驚かせています。寿命全うは74歳。


     ......(左)「大日本沿海輿地図」:富士山・駿河周辺(クリック拡大)  (右)測量に使われた道具......
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当時の人生平均寿命は55歳前後と思われるので、現代年齢に変換すると80歳から日本全国を歩き始めて100歳までこの事業に携わっていたことになる・・。何たる超人!江戸老人パワーにビックリ!

              ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

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「富岡八幡宮」の奥に行くと歴代名横綱・大関を顕彰する力士碑がありました。横綱力士碑の左には「超五十連勝・力士碑」が祀られている。深川八幡は江戸勧進相撲発祥の地だったのだ。


    ....(左)白鵬62連勝、4場所連続全勝優勝  (右)横綱力士碑(江戸勧進相撲発祥の地)......
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昭和の双葉山(69連勝)を筆頭に、江戸時代の谷風(63)、梅ヶ谷(58)、明治~大正の太刀山(56)、そして千代の富士(53)・・、戦後の大横綱・大鵬は45なので50に届かず名前は記されていません。そしてご存知、白鵬!秋場所で62連勝、4場所連続全勝優勝(通算8度)の大偉業を成し遂げた!


   .......(左)白鵬が九州場所で双葉山越えに挑む  (右)昭和の大横綱・双葉山(69連勝)......
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両者を見比べてみると本当に面影・雰囲気がソックリ!もしかしたら双葉山の生まれ変わりか?彼の名は名誉なる石碑に間違いなく刻まれます。モンゴル力士ながら日本人以上に大相撲の歴史を学び、先達を尊敬する白鵬。「実るほど頭をたれる稲穂」の如く殊勝・真摯な横綱には100連勝を期待!

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富岡八幡宮は、江東区所在の神社ですが江戸文化が濃縮バリバリに詰まっています。高層ビルや運河に囲まれた江戸時代のウォーターフロントはまだまだ魅力に溢れている!次回(その2)をお楽しみに!

  ....(左)「亀戸天神」と「東京スカイツリー」周辺地図(クリック拡大)  (右)「富岡八幡宮」周辺地図......
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                                                        おわり




次回は再び、「横浜みなとみらい~開港の道」:夜景ライトアップバージョン(その2)をお送りします。
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  by rollingwest | 2010-10-16 08:11 | 都会の風景 | Comments(58)

<2009年10月4日>荒川・足立区探訪(その2):足立区編(北千住~西新井・舎人)

↓(その1):荒川区・南千住編より続く リンク:荒川・足立区探訪(その1)荒川区編


(その2):足立区編


★江戸時代の歴史を刻んだ「千住大橋」


「千住大橋」は隅田川に架かる水色の鉄骨橋で日光街道(国道4号線)を通し、南は荒川区、北は足立区となっています。最初の架橋は、徳川家康が江戸に入府して間もない文禄3年(1594年)とのこと。隅田川最初の橋であり、400年以上の歴史が刻まれた江戸時代からの由緒ある橋です。


     .....日光・奥州方面の玄関口となった「千住大橋」 (最初の橋は徳川家康が架けた).....
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歌川広重の浮世絵「名所江戸百景」に「千住の大はし」として描かれているこの名所は日光・奥州の出発拠点でもあり、松雄芭蕉・曽良も「奥の細道」の第一歩をこの橋から踏み出したのです。


  .....(左)橋下河岸テラスに芭蕉・曽良の絵があった。(右)歌川広重の浮世絵にも描かれる。.....
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テラス壁には、「おくのほそ道 旅立ちの地」とあり、「千じゅと云所にて船をあがれば、前途三千里のおもふ胸にふさがりて、幻のちまたに離別の泪をそヽく」  長旅に向かう銘文が記されている。




★活気溢れる「北千住・宿場町通り」


千住は日光街道の宿場町であるとともに、「やっちゃ場」と呼ばれる青空市場として賑わった場所でもあります。江戸時代から昭和の戦前まで、江戸・東京に青果物を供給する一大市場でした。
街道両側には30以上の青果市場問屋が軒を並べて毎朝威勢よいセリ声が響き渡ったとのこと。


  ....(左)千住大橋の堰堤からの隅田川  (右)やっちゃ場の名残風景(千住宿歴史プチテラス).....
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名の語源は、問屋の威勢よいセリ声が「やっちゃやっちゃ」と聞こえたことに拠るらしい。戦後は東京都青果市場へ姿を変え、「やっちゃ場」の言葉だけが青果市場の代名詞として残ったようです。
宿場町通りは北千住商店街と重なっていますが、さすがに昔の名残があり活気に溢れています。


              .........北千住・宿場町通りは本当に活気に溢れている。.....
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北千住駅は東武線・地下鉄2線・つくばエクスプレスが乗り入れる一大ターミナル駅、交通利便がよく周辺には新築マンションが増えています。この下町雰囲気あふれる活気あるロードは新転居の住民にとっても魅力的なのでしょう。当日は地元商店街のイベントも催されており、多くの人で賑わっていました。


              ........地元フェスティバル催事を楽しむ人、商店街を散策する人......
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★北千住のレトロな建物(名商家・銭湯)


北千住駅周辺は新しいビル・マンションが建築ラッシュですが、商店街や古い住宅地に入って行くと昔ながらのレトロ建物が目に付きます。宿場・問屋の街道だっただけに立派な商家が残っているのです。


              ........宿場町の名残を今に伝える商家・吉田家.....
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そして北千住は昔懐かしい立派な銭湯の建物が見られる所でもありました。安土桃山様式の格式ある宮建築(唐破風屋根)は、下町風景と共存しながらも一種独特の貫禄が感じられる街だ・・。


              .......北千住は銭湯が多く残る街、「大黒湯」は象徴的な建物.....
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           .......荒川の近くにある「梅の湯」、唐破風屋根がのった宮造りの銭湯.....
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上京した大学生時代、当時の下宿アパートは風呂がついていないのは当たり前の時代でした。
神田川の歌のような心ときめく思い出は全くありませんが、やはりあの頃の貧乏生活も懐かしい・・
北千住は時代を重ねるごとに失われる貴重な東京異空間を保ち続ける場所なのかもしれません。


         ......小金井公園「江戸東京建物園」に展示される千住の名銭湯「子宝の湯」......
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               リンク(09年4月記事):小金井公園に残される千住「子宝の湯」





★「荒川」の堰堤風景


宿場町通りを北上すると、荒川の土手に出ました。先に渡った千住の隅田川がコンクリートに囲まれた閉塞的な風景だっただけに、広い大空間が急に目の前に広がった!大いなる落差を感じるね~


        ......東京の水源となっている荒川。堰堤風景は実に開放感に溢れている!.....
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荒川土手に広がる大きな公園や運動場は「虹の広場」と呼ばれ、地元市民の憩いの場になっています。釣りやスポーツに興じる人達は本当に楽しそう。晴天休日を家族で過ごすには最適の場所!


         ......虹の広場には花壇が沢山あり、鮮やかなコントラスト!遠くには高層マンションが.......
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         .........荒川で釣りに興ずる親子、遠くには水色の鉄道橋梁........
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この荒川土手光景は行政域では足立区。・・・!? ここはやはり荒川区であるべきと思うのだが・・





★関東三大厄除け大師の「西新井大師」


足立区西新井は今から25年前に担当した特約店の本社がこの地にあったのでよく通ったものだ。当時の風景に再会、実に懐かしいね~!この地は関東三大厄除の「西新井大師」が鎮座します。


       ......「西井大師」の参道(1500年前に弘法大師・空海が自ら開山した関東の大霊場)......
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関東三大厄除けとは「川崎」「観福寺」と「西新井」の大師ですが、いずれも空海(弘法大師)に縁のある名刹。年末年始や節分・縁日の時は提灯や露天が立ち並び多くの参拝者で賑わいます。


       ........弘法大師像と、金色に輝く本尊(節分にはだるま供養が行われる).....
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       ......西新井大師の本堂(関東三大厄除大師として多くの信仰を集める)......
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小生は節分・厄除けの時は「川崎大師」に参拝するので、この辺まで遠征することはないですが、境内全体の雰囲気はやはり似ているような気がする。(西新井の訪問は東武伊勢崎線でどうぞ)




★かつては東京のチペットとも呼ばれた「舎人」

25年前このエリアを巡回している時に印象的な名前だなあと思ったのは「舎人」(とねり)という地名でした。この読み方は「日本書紀」編纂者・舎人親王の名前が浮かんでくるので、古代日本史に何か関係あるのかなあ・・と漠然と思っていました。今回じっくり調べてましたが・・、よぉ、解りません。


       .........(左)08年に開業した日暮里・舎人ライナー  (右)舎人公園のショウブ田.....
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足立区舎人は一昔前は「東京のチベット」と呼ばれる程に交通が不便な鉄道空白エリアでした。
しかし07年ついに悲願の電車が開通!日暮里から埼玉を繋ぐ新交通システム「舎人ライナー」だ。


       .......(左)舎人公園の水風景    (右)日暮里・舎人ライナーの地図(クリックで拡大).....
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昔から不便な場所であっただけに、豊かな自然が多く残されているのです。「舎人公園」は実に広々として森林・花園・水風景のスケールが大きい。果たしてここは東京23区なのかと若干の違和感




★郷愁なる千住・荒川の風景


さて今日は朝から南千住をスタートとし荒川~足立区の名所・旧跡を北上してみました。江戸・東京の北限エリアは時代を増すとともに、隅田川から荒川近郊へとその範囲を広げていきました。


      .......夕暮れの荒川風景 (高層ビルが立ち並び、三丁目の夕日時代とは様変わり・・)......
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映画「三丁目の夕日」では建設途中の東京タワーを遠くに望みながら、荒川堰堤からの真っ赤な夕日が綺麗でした。そんな光景を思い出しながら、今日の東京下町の逍遥旅は終わりにします。


     .....「三丁目の夕日」の郷愁、千住・昭和風景の「お化け煙突」(東電・千住火力発電所)......c0119160_22472956.jpgc0119160_22483089.jpgc0119160_22485035.jpg
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    (3本)       (2本)        (1本)                (4本)
おばけ煙突の呼び名は方角を変えて眺めると煙突本数が1~4本とその数を変化させたからだ。



         ..........♪夕焼け小焼け~で日が暮れて~♪  さぁて、帰ろぉ~.....
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         ........今回辿ったコース(南千住から、荒川堰堤まで) クリックで拡大.....
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次回は「港区探訪」:その1(白金・高輪編)をお送りいたします。
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  by rollingwest | 2009-11-02 08:28 | 都会の風景 | Comments(36)

<2009年10月4日>荒川・足立区探訪(その1):荒川区編(南千住~千住大橋)

★あしたのジョーのルーツを訪ねて


昨年夏、「巨人の星」の星飛雄馬が少年時代を過ごした墨田区の下町風景は歩いてみたけれど、今度は「あしたのジョー」のルーツ「泪橋」が見たくなってきた。荒川南千住へと足を向けてみよう。
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                     墨田区探訪(その2):「巨人の星」ルーツの記事はコチラから


隅田川「千住大橋」南側は荒川区南千住、北側は千住○○町の名がつく足立区・北千住界隈です。ジョーが暮らした山谷「泪橋」を出発し日光街道を北上し、千住風景を踏破することとしました。

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南千住へは地下鉄日比谷線でアクセスしましたが駅舎はビックリする程に近代的!05年つくばエクスプレスが乗り入れしリニューアルしたからです。でも南側風景はJR操車場が広がり下町の雰囲気が漂う。


      .......(左)近代的な南千住駅、(右)駅南口は操車場があってやや殺伐とした感じ.....
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♪「サンド~バッグに~浮かんで消え~る~」♪ 尾藤イサオの渋い歌声で始まる「あしたのジョー」は「巨人の星」と並び、小学校時代夢中になったスポ根漫画。矢吹丈がボクサーの道に引き込まれたのは山谷ドヤ街で丹下のオヤジに出会ったことに始まり、泪橋はまさにその舞台となった場所


  ......(左)只の十字路だった泪橋、橋はなく新マンションが立ち並ぶ (右)立つんだ、ジョ~!......
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「あしたのジョーの主題歌」


丹下のオヤジがジョーを連れてきた拳闘クラブは橋の下(隅田川沿)にありました。あの橋が泪橋だと40年以上信じていたのに・・、そこは単なる交差点でしかありませんでした。大いに落胆・・(泣)

                       リンク:「東京DEEP」案内 ドヤ街山谷(振り返れば泪橋)


       ........岡林信康が歌った「山谷ブルース」の場所は、まさにこの周辺が舞台となった。.....
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「今日の仕事は辛かった~♪あとは焼酎あおるだけ~♪」、岡林信康が歌った悲哀の山谷ブルース。
不況の世の中が長く続き、今も同じような辛い日常が繰り返されていることは想像に難くない・・。
日雇労働者の暴動など物騒なイメージがある山谷地区ですが、現在は高層マンションが林立している。

ユーチューブ:岡林信康「山谷ブルース」
          

                



★江戸時代の処刑場だった小塚原


泪橋から再び南千住に戻ると、駅前には小塚原回向院。ここにも悲しい歴史が刻まれていました。
小塚原(コヅカッパラ)は江戸時代の処刑場跡地でした。当時、埋葬死体は野犬に食い散らかされ地獄のような有様で、刑死者を弔うため1667年に本所回院の住職がここに供養の地を設けたとのこと


    .......かつて罪人が処刑された「小塚原」、死者供養のために建立された「回向院」.....
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ここは「安政の大獄」(幕末大老・井伊直弼の弾圧事件)で長州の吉田松陰・橋本左内等、維新の礎となった幕末志士が殺され葬られた場所です。橋本左内は地元で断トツに尊敬されている人物


       .......右は「安政の大獄」で処刑された橋本左内(明治維新志士の先駆け)の墓........
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その他にも歴史上有名な伝説人物の墓も沢山ありました。そしてここは日本近代医学の出発点にも関係した場所、解体新書を著した杉田玄白がここを死体解剖実験場として使ったとのことです。


 .....(中)鼠小僧次郎吉や高橋お伝の墓も・・(右)解体新書ターヘルアナトミア編纂の礎にもなった。....
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回向院の隣(JR線路脇)には「延命寺」(本所回向院住職が建立)があり、赤い涎掛けをした巨大な「首切り地蔵」がひっそり佇んでいます。「南無阿弥陀仏」文字は悲しき処刑者達への鎮魂念仏・・


       .........延命寺の巨大な「首切り地蔵」は数々の処刑者の霊を憐れんだ。.....
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★スサノオノミコトが祀られる由緒ある神社


南千住駅から日光街道へ北上する道は「コツ通り」と呼ばれます。あまりイメージはよくないけれど、深い歴史の中で刻まれた由緒ある名前。この商店街は懐かしい雰囲気の昭和レトロな光景でした。 


                ......コツ通り商店街風景(旧・日光街道)のイラスト.....
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日光街道に出合い反対側に渡ると、1200年以上の歴史が刻まれる「素盞雄(スサノオ)神社」が現れました。通称「お天王様」と呼ばれ、「瑞光石」という霊験あらたかな祭神降臨の史跡があります。


                  ...........「素盞雄神社」の威厳ある社殿.......
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        ........(左)演舞台である神楽殿 (右)境内には「瑞光石」が二重・鳥居に守られる。.....
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スサノオノミコトといえば、6歳時に観た東映劇画「わんぱく王子の大蛇退治」を思い出すなあ・・。
キングギドラのような八匹竜・ヤマタノオロチは実に怖かった。日本神話を丁寧に描いた映画でした。


     ......(左)神主のお払いを受ける氏子 (右)映画1シーン(八岐大蛇に立ち向かうスサノオ).....
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ユーチューブ:東映映画「わんぱく王子の大蛇退治」



               ......境内の竹林の中でししおどしがコ~ン・・と静かな音が鳴り響く.....c0119160_22322556.jpg





★千住の歴史を教える「荒川ふるさと文化会館」


日光街道を北上していくと、「荒川ふるさと文化会館」という地元も歴史博物館があります。ちょうどタイムリーに「橋本左内と小塚原の仕置場」というテーマで展示が行われていました。覗いてみよう。


   ......「荒川ふるさと文化会館」、橋本左内や小塚原「首切り地蔵」が展示されていた。.....
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       .........文化会館の中には、千住大橋を巡る歴史や昭和レトロの路地風景も紹介展示.....
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展示内容は、刑場としての小塚原の由来、千住大橋(江戸時代初期に架橋)や日光街道の成立ち、明治時代の工業化の歴史等が紹介されています。昭和レトロ・路地風景・茶ぶ台の部屋も必見


    ......(左)岩の大滝が流れる「天王公園」 (右)季節はずれの朝顔が綺麗に咲いていた。.....
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文化会館を出て住宅街を歩いていくと「天王公園」という滝や岩をオブジェにした荒川区民が憩う公園の脇を通過すると、いよいよ隅田川だ。日光・奥州方面の玄関口となった千住大橋が現れます。 


        .......今は青い鉄骨の橋だが、江戸時代は木造で由緒ある「千住大橋」.......
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ここで荒川区はサヨウナラ・・。千住大橋南側は悲しい歴史(泪)を垣間見ました。この橋を渡ると足立区に入ります。今度は日光街道千住宿の風情、活気ある下町風景、荒川堰堤の景色を楽しもう。


                                                   おわり




↓その2:(足立区編)に続く 荒川・足立探訪(その2):「足立区編」

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  by rollingwest | 2009-11-01 20:31 | 都会の風景 | Comments(26)

<2008年7月21日>東京下町(浅草・向島・隅田)、08年夏の風景(その1) 

                            墨田区探訪(その1)

★盛夏到来!
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ついに梅雨明け!3連休となり今日は「海の日」、子供達が待ちに待った夏休みに突入しました。
各地で「夏の花火大会」が盛大に開催されますが、下町っ子にとって「隅田川の花火」は心待ちの大イベント。江戸時代からの長い歴史が刻まれた夏の風物詩が到来、「たまや~!かぎや~・・!」
              
     ....今年の「隅田川花火大会」開催日は7月26日(多くの人で賑わうことでしょう).....

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恒例「ほおずき市」(7/9-10)開催前の7月初めの週末、久しぶりに浅草周辺を訪ねてみました。今回の真の目的は、昔よく仕事で巡回した懐かしい墨田区を歩いてみたかったからです。
浅草から桜橋を渡り「向島・八広・押上」等のレトロ感漂う下町風景の街を逍遥してきました。



★「浅草」吾妻橋付近の風景


銀座線浅草駅を降りて吾妻橋方面を見渡せば、本当に目立ち過ぎているデザインのビル・ご存知「アサヒピール本社」が視界に飛び込んできます。右側○○のような形はアサヒ・炎を表わし、左の金ぴかビルは上部に泡立つビールグラスを表現していますが、何ともねえ・・。もう慣れちゃったか。


 .....浅草駅・吾妻橋から見える有名なアサヒビール本社ビル(ウンチビルとか呼ばれますが・・)....
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電気ブラン」で有名な「神谷バー」を横目に見て、仲見世通りに向かえばお洒落な赤いバスが・・。
7年前迄は上野~浅草間を日本初の二階建てバスが走っていたようですが廃止になったみたい。


  .....(左)吾妻橋前の交差点四つ角には「神谷バー」、 (右)赤くお洒落な洋風バスが街を走る....c0119160_16593078.jpgc0119160_1701265.jpg



★東京のシンボル「浅草寺」
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さていよいよ浅草の象徴かつ東京の顔でもある浅草寺「雷門」の前に立ちました。シンボルである赤い大提灯の前では若者がピース姿をしながら並んで写真をバチバチ撮っています。門をくぐって行けば「仲見世通り」。長い参道には土産屋が軒を並べて連なり、人込みで活気に溢れています。


    .....浅草寺(せんそうじ)の正門である「雷門」は記念写真の名スポット、沢山の人だかり....
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    .....「雷門」から「浅草寺」まで続く260mの長~い「仲見世通り」、スゴイ人混み....
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浅草寺の本門「宝蔵門」には、「本堂落慶50周年記念開帳」と表示されています。ここは外人さんが実に多かった!創建は628年、1400年近くの歴史を持つこの寺は「浅草観音」の名で人々に親しまれ、毎日平均10万人が訪れているんだって・・。そりゃスゴイ!さすが世界の「ASAKUSA」! 


  ....(左)浅草寺の「宝蔵門」(コンクリート製なのがやや残念) (右)浅草寺の本堂(観世音菩薩)....c0119160_1745798.jpgc0119160_1753042.jpg


         ....本堂の観音堂の賽銭箱あたりから見る浅草寺の境内(正面は宝蔵門)....
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賑わう仲見世商店街から宝蔵門の手前を左へ曲る通りが「伝法院通り」。時代劇セットの中にいるような雰囲気。この通りは2005年、昔の江戸町屋風景を再現する町並みへと生まれ変わりました。祭り用品やつげ工芸・サンバ踊り衣裳等、いかにも浅草らしい品々を売る店が軒を並べています。


      ....メイン通りではなく脇参道ではあるものの、実に味わいのある「伝法院通り」....
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  ....(左)「伝法院通り」の観光人力車 (右)江戸時代から開園の「花やしき遊園地」のタワー....c0119160_1793425.jpgc0119160_171078.jpg


近くには「花やしき遊園地」があります。大正~昭和初期は有名な動物園であり、紆余曲折を経て戦後に遊園地になったとのこと。20年前職場旅行で浅草ビューホテルに泊まり、翌日皆で楽しく過ごしましたが、民家脇をすれすれ通り抜けるジェットコースターは何とも不安感が煽られて実に怖かったなあ・・・。(手作り風ジェットコースターがガタガタと揺れ、いつレールから外れるかとのアナログ恐怖感



★「浅草六区」周辺の夏風景


国民にとって最大の娯楽が映画だった時代、「浅草六区」は国民の憧れ・名だたる娯楽街でした。
明治期から関東大震災の大正期、この地には日本隋一の大摩天楼があり、その名も「凌雲閣」(雲を凌ぐほど高いという意味)、でもビルは僅か12階・・・。ああ、何てよき時代であったのでしょう。


....(中)関東大震災で倒壊した「凌雲閣」と現ブロードウェイの面白い合成写真(インターネットより拝借)....
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....(左)浅草六区ブロードウェイには「浅草演芸ホール」  (右)昭62まであった懐かしい「仁丹塔」....


大摩天楼は関東大震災とともに崩壊・・、凌雲閣を回想したいと「森下仁丹」(当時の口中香剤の最大メーカー)がそれを模した「仁丹塔」を建設。その姿は今も自分の記憶に確実に刻まれています。浅草の象徴塔は再開発の波に洗われ昭和62年に取り壊されてしまい、寂しく感じたものだなあ・・

      ....「浅草ほおずき市」の夏風景、ほおずき・風鈴・苔玉などが吊り下げられる。....c0119160_8374824.jpgc0119160_838107.jpg
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 ....「五重の塔通り」や「浅草六区」あたりを散策していくと、金魚や南部鉄「風鈴」。夏の風情....c0119160_17122538.jpgc0119160_17124219.jpg
本格的な夏到来を告げる「浅草ほおずき市」は季節を刻む江戸東京の風物詩、この日に浅草寺をお参りすれば「四万六千日分の大きなご利益」があると伝えられ、多くの参詣者で賑わいます。
訪れた日は「ほおずき市」の数日前でしたが、六区周辺の路沿いにはチリンチリンと夏風鈴の音・・


               ....「浅草寺」の広い境内、「本門」と「五重の塔」....
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  浅草寺周辺の夏風情を十分満喫したあと、今度は隅田川水辺方向に足を向けていきました。


             ⇒東京下町(浅草・向島・隅田)、08年夏の風景(その2)に続く

  by rollingwest | 2008-07-21 07:03 | 都会の風景 | Comments(18)

<2008年7月21日>東京下町(浅草・向島・隅田)、08年夏の風景(その2) 

                              墨田区探訪(その2)

          ↓ 東京下町(浅草・向島・隅田)、08年夏の風景(その1)から続く



★隅田川の「桜橋」を渡って墨田区向島へ


さて「浅草」は「台東区」ですが、「隅田川」に架かる何れかの橋を渡れば「墨田区」に入ります。
区の名は「墨田」、川や公園は「隅田」の字が当てられ実に紛らわしい~!区名を定める時に「隅」の字が当用漢字でなかったことが理由のようですが、もっと深い由来があるような気もする・・・。
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桜の名所「隅田公園」(満開時の墨堤・桜並木は実に見事ですよ!)を散策し、X文字の形をした「桜橋」(車は通れない)を渡って「向島」に入ります。いよいよ墨田区逍遥の始まり~。相撲で有名な「両国」や「隅田川三名橋」は訪問済なので今回はそれ以外の場所を回ってみることとしました。

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         ⇒「上野・両国風景:和洋ごった煮レポート」(大相撲のメッカ・両国を紹介)
         ⇒「隅田川の三名橋」(国の重要文化財定)を紹介
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......(左)言問橋(名の由来は在原業平が隅田川を詠った和歌)「名にしおわばいざ言問わん都鳥」...c0119160_214762.jpgc0119160_9242115.jpgc0119160_2148144.jpg




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....(右)桜橋。1985年完成の隅田川唯一の歩行者専用橋(隅田公園を結ぶ)、お花見時期が最高.....

向島」というと芸者で有名だった場所。当時の面影が残る街並みでもあるのかな・・と探索してみましたが、もうそんな風情のある所は殆ど見当たりませんでした。(名残ある建物はあったけど・・)
有名な地元和菓子「言問団子」「長命寺の桜餅」がこの地の名を残しているくらいですかねえ・・。



★「向島百花園」


「向島百花園」は江戸時代後期に地元の骨董家・文人墨客が一緒に作った庭園で、こじんまりと墨田区の一角に佇んでいました。昭和20年の東京大空襲によって園内は全焼したそうですが、都の公園として戦後に再開され、春は「梅の名所」・秋は「萩のトンネル」が有名な庶民庭園です。


  ....(左)「向島百花園」の入り口、(右)スカシユリ(花弁の間が割れて透けて見える由来).....c0119160_21525737.jpgc0119160_21545962.jpg


丁度この時期は特筆する花には恵まれず、夏草が一面に覆い茂るという感じで「百花園」より連想する雰囲気からは程遠かったなあ・・。でもさすがは花の名所、随所に夏の花が多く見られました。


  ....梅と萩が有名な花苑で、夏の花は殆ど見所なし。(左)ジボシ (中)桔梗 (右)カイコウズ....c0119160_2159102.jpgc0119160_21593646.jpgc0119160_22383419.jpg


池のほとりに行くと珍しい花の群生を発見!一つ一つの鮮やかな花がクリスマスツリーのように沢山集積し、艶やかにボリューム感を形成して咲き誇っていました。よく見るとこれは紫陽花ではないか!
地元の人が改良した新種のもので「隅田の花火」と名づけられている珍しい花であるとのこと。


.... 池はもう夏草ボーボー風景だったが、最近人気・新種の紫陽花「隅田の花火」(左)を発見.....c0119160_22175.jpg






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なるほど季節的にも地元風物詩的にもいい名前だねえ・・!(墨田の花火と称する場合も多い)

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★墨田区(荒川沿い)の下町風景、「巨人の星」の舞台


さて次は京成電鉄・押上線に乗って「荒川沿いの下町風景」を訪ねてみました。荒川を跨ぐ「四つ木橋」の近くにある「八広駅」で降り、25年ぶりにこの辺りの路地を散策してみました。このエリアは昔・東京支店に在籍した頃、担当する販売店が多くあった所なのでよく訪れた懐かしい場所。


     ....京成「八広駅」から荒川の堰堤に登ってみる。広々とした河川敷風景が広がる......c0119160_224193.jpg




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「八広・吾妻西・立花」は小さな家々が軒を並べ家内工業・製造業が集積する町、水戸街道を中心に入り組む細い道はまるで迷路のようです。密集するマッチ箱の様な木造家屋は建替えしたものが多いですが昔の雰囲気は全く変わっていません。でも町全体の印象は実に穏やかな感じです。


  ....(中)昔と殆ど変らない八広・吾妻西の「裏町路地」 (右)「巨人の星」(墨田区が舞台)......c0119160_784377.jpgc0119160_2262912.jpg
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八広の中華料理店「五十番」は、王貞治氏(当時は早実のエース・4番、甲子園血染めの優勝)が生まれ育った店です。墨田区は「巨人の星」・永遠のライバルである星飛雄馬花形満が少年時代に出会った場所。好敵手になるキッカケは、早実の王選手を巻き込んで繰り広げられた野球対決だったのです。その場所は隅田川沿いの「隅田公園野球場」であり、王選手のレリーフがあります。


  ...(左)世界の王が少年時代に通った「隅田公園野球場」(右)王の実家だった中華「五十番」...c0119160_7534160.jpgc0119160_7541931.jpgc0119160_75877.jpg


「黒いスポーツカーを乗り回す不良少年・花形満が率いるブラックシャドウズは、星飛雄馬をチームに入団させて王選手と対決させる。」←こんなシーンが「巨人の星」に描かれていましたが、「花形満は当時15歳前後だった筈なのに何でスポーツカーを乗り回すことができたのだろう」・・と、フと気になる。
川上哲治が旧友・一徹の長屋を訪ね、家壁の穴を通す飛雄馬の球を打ち返すのもアリエネ~!


...ご存知「巨人の星」名シーン:①星一徹・チャブ台ビンタ②大リーグボール養成ギプス③夜空の星を仰ぐ....c0119160_865479.gifc0119160_873798.gifc0119160_875234.gif

「巨人の星」は「少年マガジン」連載スタート時から夢中!単行本が発売される日をワクワク待ち続けていたものです。巨人軍スターになれなかった星一徹は自分の夢をかなえるため息子に「大リーグボール養成ギプス」をつけさせ、鉄ゲタで通学させています。今なら確実に児童虐待モンですなあ・・



★「東京スカイツリー」の建設予定地(押上・業平橋)

7月14日、地上デジタル波放送塔として2012年春開業する新タワー「東京スカイツリー」の起工式が墨田区押上の建設現場で行われました。高さは東京タワー(333m)の2倍近い634m、自立式電波塔では世界一。TV放送地デジ化やワンセグ対応に向けて受信環境改善のための建設です。


....2011年TV放送全デジタル時代を迎え、世界一の電波塔(東京スカイツリー)が押上に建設される.....c0119160_227415.jpgc0119160_8163054.jpgc0119160_811818.jpg
 

ここに日本最高所展望台が設けられますが、停滞気味だった地元の活性化や観光スポットとしてインパクトある事業となるでしょう。でも昔ながらの下町風景をより多く残したいと思う人にとっては、再開発が進み過ぎ何の変哲もない都会一風景にならないかと危惧感を持つのかもしれません。




★「隅田川花火」

               ....「隅田川花火大会」は江戸の夏到来を告げる風物詩.....
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夏到来を告げる東京下町の風物詩「隅田川花火」は、1733年(享保年間)両国の川開きに花火を催したのが始まりで、当時双方に腕を競い合っていた花火師家「鍵屋」とその分家「玉屋」が交互に花火を打ち上げ、都度に「たまやー」「かぎやー」と観客が一斉の掛声を唱したことが由来。
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隅田川花火になると毎年「いよいよ本格的な「夏が来た~!」というワクワク感があります。
「浅草」や「隅田下町」周辺も高層マンション・再開発など時代の波に洗われ、街風景は徐々に変わりつつあります。But、「ここぞお江戸~」という風情・風景は今後是非とも残ってもらいたいものです。



◆このクソ暑い最中、グダグダと暑苦しい長文にお付き合い頂き誠にありがとうございました。

                                                      おわり

  by rollingwest | 2008-07-20 09:19 | 都会の風景 | Comments(14)

<2007年9月17日>隅田川三橋と東京下町風景 

            (祝!隅田川三橋:国の重要文化財指定)


「隅田川」は江戸・東京下町を流れる代表的な川ですが、現在20数脚の橋が架けられています。
その中にも個性的な橋が沢山あり、いくつかは「水の都:東京の名所」にもなっています。
橋の下を行き交う隅田川ライン下りも非常に人気、一度体験してみてはいかがでしょうか?


 ...出典:「隅田川にかかる橋」:(財)東京都公園協会HP(地図掲載許可済)...

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リンク:東京都公園協会HP「公園へ行こう」
     ↑地図をクリックすると綺麗に見られます。


今年(2007)6月、「勝鬨橋」・「永代橋」・「清洲橋」の有名な三橋梁(何れも中央区と他区を架橋)が「国の重要文化財」にめでたく指定されました。  ヽ(^◇^*)/ オメデト~ォ!
これを機会に歴史ある近代建築の鋼橋を訪ね歩くとともに、「重要文化財:三橋」周辺に残っている東京の数少なくなった「レトロ風景」もあわせて取材してきました。
山や自然の紹介ばっかりでは飽きられますのでたまには大都会の風景をレポートしてみましょう。

 (各写真クリックで拡大写真が表示、夜景写真はインターネットよりお借りしました。ご容赦下さい)


★かちどき橋c0119160_20292587.jpg

「かちどき」とは勇ましい名前ですが、日露戦争の祝勝記念\( ̄▽ ̄ )/~~~として「築地」と「月島」を結ぶ渡し舟「勝鬨の渡し」が設置されたことにその名の由来があるそうです。

この橋自体の完成は昭和15年。戦前に開かれるはずだった「幻の東京オリンピックと万国博」の開催予定地への入り口として象徴的に設置されたとのこと。
当時は海運が主流の時代。隅田川を行き来していた3千トン級船舶の航行支障を防ぐために橋の真ん中が跳ね上がって開くという珍しい仕掛けがしてありました。
(1日5回の開脚、最大70度の角度まで開いたらしい!)★スゴイ・・・ (*゜0゜)

...その名のとおり威風堂々とした風格の「勝鬨橋」、銀座と月島を結ぶ.....
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「跳開されている勝鬨橋の」古い写真をインターネットで探してみたのですが、なかなか公開されておらず、やっと見つけた下記の映像は結構貴重なお宝モノなのかもしれません。
20年前の東京支店セールス時代、豊洲・有明に販売店さんがあってこの橋を通って頻繁に訪問したものだなあ・・と久しぶりに懐古感慨。(その時の橋の色は水色だったことを記憶しています。)

  .......現在は見ることができない「勝鬨橋」跳開と船舶航行時の写真........
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         ......出典:↑ASHYさんのHP「東京探訪」よりお借りしました。........

高度成長時代爛熟期の中で、昭和45年を最後に「勝鬨橋」は「開かずの橋」となってしまいました。21世紀の今、この東京風景を復活し跳開させたいという市民運動や都の動きもあるようです。
しかし現実的には多額の費用がかかり大渋滞影響も懸念されて夢の実現には至っておりません。
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「勝鬨橋」がある場所は、まさに銀座・有楽町・日比谷といった日本一等地のすぐ近く。
「晴海通り」を銀座から橋に向かえばやがて左手に「歌舞伎座」や「築地本願寺」が見えてきます。

                         「歌舞伎座」
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「歌舞伎座」は東銀座に威風堂々と鎮座する名実ともに日本を代表する歌舞伎劇場。
明治22年建築後、関東大震災や東京大空襲の災禍に見舞われましたが見事復活し、今は世界無形遺産「KABUKI」の殿堂として、東銀座の雰囲気に幅広さ・深みを与えている建物です。
歌舞伎観劇は難解のイメージがありますが意外とそうではありません。今から10数年前に優秀販売店の奥様招待会をこの場所で催して大好評でした。解説イヤホンをつければ非常にわかりやすいし、現代喜劇的なものもあったりして意外と親しみやすいんだなあ・・・との印象を受けました。



                      「築地本願寺」
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「築地本願寺」は、浄土真宗のお寺ですがその外観は圧倒的かつ個性的!古代インド様式のオリエンタルな雰囲気の建物です。20年前初めて本堂に入ったとき、堂内にパイプオルガンがあることを発見し大変驚きました。コテコテの日本仏教「浄土真宗」のお寺なのに、西洋楽器とインド建築のトリプル・コラボレーション。何じゃコリャー~、|)゜0゜|) 日本のお寺じゃねー!・・・と思ったものです。
ここでお葬式があげられる人は、社会的に相当地位の高い方や有名人というイメージがあります。


               「築地市場」(東京都中央卸売市場)c0119160_18314919.jpgc0119160_18321079.jpg
........↑活気ある市場の中.......川面から望む「築地市場」外観、高層ビル群に東京タワー↑........

江戸時代は日本橋が最大の魚河岸でしたが、関東大震災壊滅を受けてここに臨時市場を開設したのが「築地市場」の始まりだとのこと。首都圏の食生活をまかなう生鮮食料品流通の一大拠点(3千トン以上の魚や野菜が入荷)に発展しており、場外市場や場内飲食店には多数観光客が押しかけるようになりました。(有名寿司店は2時間並ぶのもザラだとか・・。小生には到底できません)

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........↑場外市場は新鮮な魚が並ぶ......高層.ビルがどんどん増え、時代の波が迫り来る↑........

「築地」は日本一有名な市場!築地地名は江戸時代、振袖火事の後に築かれた埋立地が由来。
石原知事が5年後に豊洲(東京ガス工場跡)へ移転しようとしていますが、「土壌汚染の危険性がある場所への移転は反対!」「新鮮・安全の食のイメージが崩壊する」と拒否の声も強いようです。

                     「波除神社」c0119160_20114587.jpgc0119160_2012345.jpg
散策してみると、喧騒な築地市場の脇には「波除(なみよけ)神社」が静かに鎮座しています。
厄除けや航海安全の神として信仰されていますが、鳥居をくぐると雌雄1対の「神楽獅子」の頭が奉納されていました。(結構大迫力!大祭の時にはこの獅子頭が神輿で担がれるとのことです。) 

....「勝鬨橋」遠景、左側が銀座・築地方面、右側が月島・晴海方面....
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それでは銀座・築地方面から「勝鬨橋」を渡り「月島・佃島」下町風景を訪ねて行くこととしましょう。


                    「月島もんじゃ焼き」c0119160_2022137.jpgc0119160_20221813.jpg
...「もんじゃ」の名の由来は「文字焼き」。昔、駄菓子屋で子供達に「いろは文字」を書いて焼いた...

街の雰囲気は東京湾埋立地の「下町風情」に変わってきました。「月島もんじゃ焼き」は東京名物で有名!店が70軒以上ある「もんじゃストリート」は地域の強い結束力を誇っており街の雰囲気・食文化を守ろうとしています。やはり目を惹くのは「細い路地の長屋風景」。ソースのにおい・猫の日向ぼっこ、こんな光景が銀座の近くにまだ存在していたんですね。(本物の東京レトロ・・・)



                    「隅田川の灯台」と「佃島」c0119160_21142866.jpgc0119160_2114454.jpg
......「石川島灯台」は超高層マンション群の中で全く目立たない。右下の白い建物が灯台↑....

昔、隅田川には川を往来する船のための灯台があったそうです。沖を通る船のために1866年に築かれたのが「石川島灯台」、今はモニュメント建造物のみが残った石垣の上に建っています。
時代に貢献した史跡はマンション群(大川端リリバーシティ)の中で本当に情けなく埋もれていました。


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迫りくる無機質な高層ビルの圧迫感、失われていく下町風情、逆らえぬ年齢、世代交代の波・・・。
「もんじゃ焼き店」や「老舗佃煮屋さん」当地で育ってきた人々には辛い時代の潮流でありましょう。
時代の流れに逆らいながら、今後も下町風景を残すべく力強く生きていかれんことを祈念します。




★永代橋
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永代橋」は1698年に徳川綱吉(5代将軍・犬公方)の50歳を祝して架けられたそうです。
初代木造橋から300年以上の歴史をもち、その間洪水や火災で何度も架け直しがされましたが、
過去の史実には群衆が多く乗りすぎて落橋し1,500人超の死者を出した悲劇もあります。
近くに鎮座する「富岡八幡宮」大祭(深川祭り)のときに、江戸の民衆が次から次へと押しかけて、その重みに耐えられずに橋が落ちたとのこと・・・。 w(*゜o゜*)w アンビリーバボー!


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現在の「永代橋」は大震災復興事業で架設された鋼製アーチ橋。男性的重量感が溢れています。別名「帝都東京の門」と呼ばれたこの橋はドイツライン川鉄道橋をモデルにして建築されたとのこと。何とも誇らしげな雰囲気!日本が欧米を目標に発展を目指していた時代の夢が感じられます。

                      「富岡八幡宮」c0119160_2141986.jpgc0119160_21413052.jpg
....富岡八幡宮の本殿(応神天皇を祀る).....  .... 境内の中には日本一大きい神輿が飾られる.......


「江戸三大祭り」とは何の祭りでしょうか? 調べてみる「神田明神」と「山王日枝神社」が当確。
もうひとつは、「富岡八幡宮の深川祭り」と「浅草の三社祭り」が三番目の座をめぐって昔から覇権争いをしているそうです。「三社祭り」の掛け声が「ソイヤ、ソイヤ」なのに対して、「深川祭り」は「ワッショイ、ワッショイ!」 神輿の担ぎ方にも違いがあり、お互いライバル意識を燃やしています。
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それにしても境内に飾られていた「金箔みこし」はデカイ!日本一の大きさを誇る大迫力の神輿。
いっそのこと「江戸四大祭」にしちまえ!→(;`皿´)→(三大にこだわる日本人、江戸っ子の意地・・)

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.......横綱力士碑(江戸勧進相撲発祥の地).....  ....測量日本地図で有名な伊能忠敬の銅像....


「富岡八幡宮」は江戸大相撲の発祥地で歴代の名横綱・大関を顕彰する力士碑があり、また有名な伊能忠敬(日本全図を行脚作成)にも縁の深いお宮様です。 威厳と歴史の深さを感じました。
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  ...↓深川めし「日本五大銘飯」のひとつ.....  .....木場の木遣り・角乗り(無形民俗文化財)↓...c0119160_21524258.jpg
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      ....「永代橋」は↑中央区(茅場町・新川)と江東区(門前仲町・深川・木場)を結ぶ。...

ご飯にアサリ汁をぶっかける「深川めし」は気短でキップのよさを身上とする「江戸っ子」の大好物。材木商で繁栄した「木場」の「木遣り・角乗り」の技も、粋を重んずる「江戸っ子気質」に通じます。
10年前に初めて「角乗り」実演を見ましたが、まるでサーカスにように足で貯木を操っていました。



★清洲橋c0119160_2292350.jpg


「清洲橋」は日本橋と深川を結ぶ優美な外形を誇る橋(ドイツ・ケルンの吊り橋がモデル)です。
関東大震災復興事業の象徴として「永代橋」の復興とあわせて昭和3年に完成しました。
男性的な「永代橋」に対して「清洲橋」は女性的な美しさをもっており、この2橋は「夫婦橋」としてその対比が讃えられています。この2橋をデザインした人は「山田守」、日本武道館・湯島聖橋・新潟万代橋・京都タワーなどの建築設計者です。(この方については後日レポート予定)

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         ........「清洲橋」のモデルはライン川に架かる「ヒンデンブルグ橋」......

まずは日本橋側から渡ってみることにしましょう。安産祈願で有名な「水天宮」が鎮座しています。

                           「水天宮」                  
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        .......安産と水難除け・水商売にご利益があると信仰を集める「水天宮」......

我が家も14年前に安産祈願でお宮参りにきましたが、当宮ご利益は「安産」だけでなく「水難除け」「水商売繁盛」もあるとのこと。「水天宮」の起源を調べてみると何とビックリ!「安徳天皇」の御霊が祀られています。(源平合戦最後の悲劇「壇ノ浦の戦い」で母と共に海に身を投じた幼少天皇)
そいうえば平家も「水軍」がルーツ。お産も「羊水」を連想するし、水に纏わる縁で結ばれています。

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........「清澄」と日本橋「中洲」の各一文字を取り入れ「清洲橋」の名がある。......


                   「清澄庭園」c0119160_2230503.jpgc0119160_22311144.jpg
    .....池のシンボル、数寄屋造りの「涼亭」..........カルガモ、亀、錦鯉(仲良く餌を待つ).......

人工的な海浜公園が多い江東区の中で「清澄庭園」は唯一歴史ある和風庭園として心を癒してくれます。材木豪商で有名な「紀伊国屋文左衛門」の屋敷跡を、岩崎弥太郎(三菱財閥の創始者)が別邸としたものです。中央に大きな池があり、その周囲は奇岩名石の築山が配されています。c0119160_22343173.jpgc0119160_22345010.jpg
.......カワウが十文字姿、羽を乾かして寛ぐ......  .......秋なのに厳しい残暑、白鷺は飛んでいく.....


                    「江東区芭蕉記念館」

深川には「松尾芭蕉」の草庵がありました。東北・日本海・琵琶湖を経由して岐阜大垣に至るまでの長大な旅「奥の細道」の出発地も深川です。「芭蕉記念館」の築山最上部には「芭蕉庵」を模した祠と句碑が置かれていました。そこにはあの有名な句が・・・「古池や蛙飛び込む水の音」c0119160_22373759.jpgc0119160_22375750.jpgc0119160_22381621.jpg


近くの川沿いには「芭蕉史跡庭園」もあります。そこにはドイツ様式「清洲橋」と林立する高層ビル・マンション群をバックに「松尾芭蕉」が静かに座して川を眺めています。(このミスマッチが面白い)

「春のうららの隅田川~♪」と唄われた水辺は全てコンクリート高潮護岸壁で覆われていますが、
最近は隅田川の景観向上のために、水辺を散歩できるテラスが設置されており良い雰囲気です。
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東京には現在、超高層ビルが800棟もあるそうです。(まさにニューヨークや上海のような光景)
20年前に東京支店セールスをやっていた頃、このあたりをよく巡回したものですが本当に下町の風景が変わってしまったなあ・・という印象です。(今回取材した「隅田川三橋」周辺の風景は、都心の中心部「中央区」とその隣接区だったので、特に変貌が激しいのかもしれません。)

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300年以上も前にここに暮らしていた「芭蕉」は、現在の日々変遷するこの風景を見て何と想っていることでしょう。是非ともその感慨を句にしてもらいたいものです。


                                                 おわり

  by rollingwest | 2007-09-17 17:35 | 都会の風景 | Comments(12)

<2007年5月27日>上野・両国風景:(和洋混在ゴッタ煮レポート)


ローリングウエストにはやや似合わないのですが・・・芸術の初夏(?)、「レオナルド・ダ・ビンチ展」と「ロシア皇帝・クレムリンの至宝展」を鑑賞しに、東京国立博物館(上野)と江戸東京博物館(両国)に行ってきました。


これを機会に、久しぶりに上野・両国周辺をじっくり散策・逍遥してみましたが、なかなかバラエティに富んだ見所ある風景がたくさん見つけられます。
下町風情のイメージが先行しがちなエリアなのですが、じっくり歩いてみると「アカデミックな洋風建築」や「大都会の中での豊富な緑」、「和文化の香りや伝統の大相撲」、「懐かしき昭和のレトロ」と飽きさせられることがありません。
和洋折衷(?)・・・いや、和洋混在ゴッタ煮の「寄せ鍋レポート」となりましたが、ご覧ください。

  (掲載写真の一部はインターネッから拝借していますがご容赦下さい。)


★ああ上野駅

..上野駅外観や周辺風景は昔と変わらない。....上京・帰省に何度もお世話になった特急「とき」↓..
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新潟出身の小生にとって、小さいときから20代後半まで東京の玄関は「上野駅」でした。
初めて上京してきた時(小学2年生)に見た上野駅構内の大きな壁画や混雑する人の多さを見て、「さすが東京ってスゴイ所だなあ!」と驚いたことが、今でも強い印象として刻まれています。

今年1月に井沢八郎が亡くなりましたが、「ああ上野駅」、昭和高度成長時代に集団就職で新潟や東北から上京してきた方にとっては、この歌や上野駅はまさに懐かしい心の拠り所なのでしょう。


...↓今も多くの人が賑わうアメ横商店街、でもフランチャイズ店やネットカフェ、カラオケ等の店が増えてきた...
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....不忍出口の上野松竹デパートや公園階段の似顔絵画家の風景が変わらないのは嬉しい↑...


故郷への帰省は特急「とき」や急行「よねやま」をよく利用したものですが、実家に辿り着くまでは正味で5時間以上もかかり、あの頃の電車帰省は旅路気分・郷愁感を味わいながらのちょっとした大イベントでした。
現在はあまりにも迅速・便利になりすぎて、その郷愁味わいはすっかり薄れてしまっています。

また駅の構内はすっかりきれいになり、懐かしい大壁画も残っているものの何かピンとこない・・・。
そうやはり、あの薄暗い雰囲気の駅構内、長距離特急列車の発着ホーム、靴磨きのおばさん達が一生懸命働いている姿、お土産を抱えた帰省の人たちが混み合う雑多な年末光景、それらこそが自分の思い出に刻まれている上野駅のシーンだったからでしょうか。



..↓ご存知「上野の山・西郷さん」(高村光雲作)、将軍家の菩提寺「寛永寺」↓....
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でも他の大ターミナル駅とは違って、上野駅の姿や周辺光景は基本的には殆ど変わっていない。それが自分にとっては非常に嬉しいことです。
ターミナル駅ビルや周辺施設が大型再開発されて駅前光景が一変しないでほしい。懐かしい郷愁ルーツが失われないことを祈るばかりですが、いつか上野にも変貌の日が来るのかもしれません。
     ☆☆...............................................................................................................................☆☆



★東京国立博物館

さて今日のメイン訪問先は、東京国立博物館。「レオナルド・ダ・ビンチ」(天才の肖像)の鑑賞。
初期の傑作「聖マリアの受胎告知」の公開にあわせ、科学・芸術・発明の「天才ダビンチ」の万能の実像を紹介した展示で、予想以上の大人気で本当に大混雑でした。

遅ればせながら「ダビンチコード」上・中・下巻を読み終えたばかり。その興味もあっての鑑賞でしたが、なかなか内容濃い展示で結構面白かった・・・。さすが天才・歴史上のスーパースターです。

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↑ダビンチ初期の傑作「受胎告知」が公開目玉。 40秒凝視して見て下さい。↑何かが浮かび上がる。



上野公園は歴史・文化・芸術施設が集合する日本でも有数の都市公園です。
今日訪れた東京国立博物館の他にも3つの美術館・博物館、東京芸大・国立図書館などがあり、本当にアカデミックな場所であります。この辺はじっくり歩いたことがなかったので、国立博物館構内や周辺を散策してみると「う~ん!やっぱりアカデミ~!」再発見の建築物が数々とありました。


....↓東京国立博物館外観、ダビンチ展に並ぶ人の行列、館内の庭園池風景↓....
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東京国立博物館は日本最古(明治5年)の博物館です。その建物はなにか皇居を思わせるような威厳ある雰囲気、瓦屋根に寺院のような破風を付した帝冠様式の代表建築とのことです。
その隣には、緑色のドームを冠した明治洋風建築「表慶館」があります。大正天皇の成婚目的での開館でしたが、今は特別展示や教育普及センターの場として使われているそうです。


...「表慶館」のドームを中から仰ぎ見てみると、イスラム寺院のような雰囲気....c0119160_18175127.jpgc0119160_18181538.jpg



上野公園は本当に大きい。↓広い上野動物園の占める面積も全体の1割程度しかないんですね。
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博物館の構内裏手には、落ち着いた雰囲気の武家屋敷(因州(鳥取県)の池田屋敷の黒門
とドデカイ鬼瓦(筑前福岡藩士黒田家屋敷の瓦)がありました。この博物館の構内も和洋ゴッタ煮のような気もしますが、さすがに日本の美術・国宝文化財の宝庫、威厳と気品が伝わってきます。


↓これら武家屋敷は徳川幕府に参勤交代を命じられた諸大名が江戸城周辺に構えた屋敷の1つ
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緑のライオン像と国立博物館の威容。 国立子ども図書館↓エッ?こども用?さすがアカデミック・・c0119160_1840183.jpgc0119160_18402433.jpg



★不忍池


アカデミックな博物館構内を満喫したあとは、不忍池の自然や下町風情への散策となります。
上野東照宮・寛永寺を過ぎて右に坂を下っていくと、不忍池が広がっており「弁財天」のお堂が見えてきました。初夏の池は蓮の葉や緑藻が覆い茂ってモヤ~ッとした雰囲気になっており、冬の清冽な空気に見える池風景とは対照的です。(冬は多くの水鳥が飛来して賑やかです。)


徳川家光は江戸の鬼門封じを目的として「不忍池」=「琵琶湖」に、「上野の山」=「比叡山」に、「寛永寺」=「延暦寺」と見立てました。
弁財天堂の「弁天島」は琵琶湖に浮かぶ信仰の島「竹生島」を象徴的に再現したものなのです。


....↓不忍池のシンボル「弁財天堂」、2ケ月前は桜満開だったが今は夏風景.....
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↓ボート客で賑わう池の背後には新築高層マンション ↓蓮の池に覆われ弁才天は浮見堂のよう
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池を一周していくと「下町風俗資料館」があり、入ってみると懐かしき昭和レトロ風景(下町長屋や駄菓子屋、ちゃぶ台居間)が展示されています。ここ数年はあちこちでALWAYS昭和ブームです。


....↓長屋や駄菓子屋の路地風景...懐かしい台所とレトロな炊事道具たち↓.....c0119160_18531122.jpgc0119160_18532790.jpg
上野のさまざまな風景を楽しみながら、名残惜しくも上野駅をあとにします。

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★両国駅周辺


秋葉原で乗り換えて、次の目的地である両国駅(総武線)に降り立ちました。
駅前には大相撲国技館に隣接する「江戸東京博物館」(93年オープン)があり、ここで開催されている「ロシア皇帝・クレムリンの至宝展」の鑑賞が今日2つ目の訪問目的です。
「江戸下町風情」と「ロシア皇帝東欧キリスト教の至宝」は完全にミスマッチな雰囲気ですが、今日はゴッタ煮での文化鑑賞日ですので悪しからず。(ここまできたら、気にしない気にしない。)



↓江戸東京博物館の入口、ロシア至宝展の告知幟、 ↓館内にある「浅草酉の市」の熊手飾り
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両国」とは、隅田川を挟んで西側が「武蔵国」、東側が「下総国」、この二つの国に跨る「両国橋」が由来のようです。「下総国」といえば千葉県だけとばかり思っていたのですが、よく調べると昔は隅田川東側(墨田区・江東区・江戸川区)は全て「下総」だったんですね。大変勉強になりました。

...↓両国のシンボル「両国橋」、北斎浮世絵↓「冨嶽三十六景色の両國橋」↓...
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今日は、大相撲夏場所・千秋楽の日。

両国国技館は各部屋の幟旗が立ちはためき最終日の活気が伝わってきます。
次々と取り組みを終えた力士、これから戦いに向かう力士たちには、沿道の贔屓する応援客たちから励ましの声がかかっていました。

...↓国技館に向かうロシア・東欧力士、部屋の幟旗が競い合う国技館風景↓....c0119160_2184489.jpgc0119160_21163439.jpg


モンゴルからの応援来日で集まる力士の家族の誇らしげな表情、ロシア・東欧系の力士が闊歩する、まさに「両国」の地は国際的な人間模様です。

そういえば先程「下町両国」と「ロシア・東欧文化展」がミスマッチとか言ったけれど、とんでもない。大相撲の世界ではロシア・東欧とも十分融合しておりました。(日本人力士よ!もっと頑張れー!)


..↓この日は大関白鵬が全勝優勝を決めた。 めでたく横綱昇進↓明治神宮での奉納土俵入...
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................↓両国国技館もあと2年で建設100年の歴史を刻む..........................
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当日は大関白鵬が朝青龍を下しての完全優勝!生で見られたわけではないですがこの目出度い日に同じ空気を吸っていたと思えば、自分にとってもメモリアルな気持ちです。
今度は、青白時代?それとも龍鵬時代とでもいうのでしょうか。モンゴル力士の両横綱ではちょっと寂しい気持ちもしますが、日本人のルーツもモンゴリアンだから顔立ちが一緒な分、あまり違和感はありません。(でもやっぱり日本人横綱、早く出て来-い。)
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2011年地上波テレビ放送が完全にデジタル化に移行されるにあたり、電波塔としては世界最高の610mの第2東京タワーが「墨田・台東エリア」(業平橋地区)に将来建設されるとのことです。
地元では新たな観光目玉・活性化につながると張り切っているようですが、この下町エリアはあまり最新景色に変わってほしくないなあと思います。特に上野駅周辺はずっとレトロであってほしい。

部外者の勝手な意見ですみませんが、新潟県人の単なる郷愁心から思う希望です。

                                                      おわり

  by rollingwest | 2007-05-28 16:09 | 都会の風景 | Comments(5)