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<2010年正月帰省>謙信・信玄ゆかりの地を行く(その1)信州・川中島編

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★はじめに

この度左INDEXに「上杉・武田の史蹟めぐり」という特集コーナー(過去記事含む)を新設しました。
昨年はNHK「天地人」で再び謙信が脚光を浴び、仕事で山梨県を訪れる機会も増えたことが引金となり、今回の正月帰省途中では「謙信・信玄ゆかりの地」を訪ねてみたいと思い立ったからです。


c0119160_17352272.jpg"alt="rw"左をクリックしても「上杉・武田の史蹟めぐり」コーナーに入れます。

これから上杉謙信・武田信玄はもとより、後継(上杉景勝・直江兼続、武田勝頼等)も含めて、上杉・武田の史蹟・所縁地(主に越後・甲斐・信州・米沢等)をじっくりと逍遥・探訪して行こうと思います。


             ......(左)甲斐の虎:武田信玄の像      (右)越後の虎:上杉謙信の像......
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通常は関越自動車道で帰省しますが、今回は川中島古戦場や春日山城の訪問を主眼に置いて、上信越自動車道経由で帰り長野市・上越市に立ち寄りました。12月30日未明5時に自宅出発、ETC割引は12月不適用なので道路はスイスイ!関越花園ICを過ぎた辺りで日の出を迎えました。
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      ......上信越道・横川SAから見る妙義山の奇岩風景、駅弁釜飯は地元名物.......
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                          ......一昨年に登った浅間山 (日本有数の活火山)......
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妙義山・浅間山の名峰パノラマを満喫しながら行く高速道は快適そのもの!たまにはこのルートで帰省するのもいいねエ。長野ICを降りれば謙信・信玄が一騎討ちした古戦場や城郭・史蹟は近い。





★信玄・北信最前線の城郭「松代城」


 .....松代城(別名:海津城)は02年に城門・土塁や堀が復元された。.......
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「松代城」は川中島合戦で武田信玄の本陣となった城郭であり、別名を「海津城」とも呼ばれます。
三方を山に囲まれた平城(山本勘助が築城)ですが、千曲川を堀とした天然の要害だったのです。


                  .......早朝の松代城・お堀には水鳥が寛ぎ漂っていた。.......
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門構えの雰囲気は甲府の武田居城「躑躅ヶ崎館」に似ているような気がします。戦国時代の城郭といえば山城や天守閣のイメージになりがちですが、それに比べれば質素な平地・城屋敷だなア・・。信玄は「人は石垣・人は城」で勢力拡大した武将、平城でも十分戦える自信があったのでしょう。


      .......(左)早朝の薄氷が朝日に反射して美しい (右)水鳥飛び立つ!バサバサ、バサ~........
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松代城への到着は朝9時前、放射冷却で気温は下がり外堀の一部には薄氷が張っていました。
30日の朝で人かげは疎ら・・。「風林火山」でブームの頃は多くの観光客数で賑わったに違いない。


              .........松代城跡の想像俯瞰図(まるで要塞みたいだ!).......
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風林火山」とは・・・・、
    「疾如風」 (速きこと風の如く)⇒攻めるべき時には風の如く迅速に進むべし。
    「徐如林」 (静かなること林の如く)⇒チャンスに備え準備整え、林の如く静寂整然と待つべし。
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    「侵掠如火」 (侵略すること火の如く)⇒敵を侵攻する時は火のように熾烈に戦うべし。
    「不動如山」 (動かざること山の如く)⇒自陣堅守の時は山のように落ち着いて守るべし。




★千曲川から北アルプス&北信名峰の大絶景を望む


松代城をひととおり見学し、石垣上に登って見ると遠くに真っ白で雄大な山々が連なっているぞ!
千曲川河川敷の土手に登れば、北アルプス後立山連峰や北信の名峰が鮮やかに眺望できる!


           ...... 松代城・石垣の遥か向こうには北アルプス連峰が見える!......
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    .....(左)真っ白な北ア・後立山連峰と千曲川河川敷 (右)北信の名峰:高妻山飯縄山......
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後立山連峰とは、剱岳・立山の東部に連なる大山脈(全山縦走すると3泊4日)です。京都~北陸街道から正面に見える剱・立山は古えから信仰されてきた霊峰ですが、その裏側に聳える山脈なので後立山と呼ばれます。しかし、風情や由緒がもっと感じられる名前にしてあげればいいのに・・


       ......北アルプス・北信の名峰を一望するパノラマ地図(クリックすると拡大表示)......
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     .....後立山連峰クローズアップ(左)鹿島槍&五竜ケ岳 (右)唐松岳~鑓・杓子~白馬岳.......
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当日は正に快晴パノラマを運よく味わうこと(翌・大晦日は全国的に大荒れ天気になったのでラッキー)ができました。さて千曲川を渡って、いよいよ謙信・信玄が対決した「川中島古戦場」へと向おう!





★「風林火山」vs「毘」!両雄一騎討ちの古戦場
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野戦で無敗を誇り最高の指揮統率力を持つ戦術家といわれた上杉謙信、孫子兵法を生かし理論的な戦術で騎馬軍団を擁した武田信玄、この二人の英雄が北信濃の支配権を巡って5回にわたり激突を繰り広げた戦いが「川中島合戦」。その舞台跡が「八幡原史跡公園」として残されています。


    .....(左)有名な川中島合戦の謙信・信玄一騎討ち (右)古戦場の舞台「八幡原史跡公園」....
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長野盆地は昔「善光寺平」と呼ばれ、千曲川と犀川が合流する三角地が「川中島」です。11年間で5回の合戦が行われました。その中で最大の戦いが1561年に3万3千人の兵が激突した第4次合戦であり、伝説的な両雄・直接対決はこの時(史実か否かは疑問符ですが・・)だったのです。


                ....岩国美術館所蔵「川中島合戦図屏風」....
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謙信は越後から善光寺に着陣し、さらに後南下して千曲川沿いの「妻女山」に布陣しました。信玄は上記紹介した「松代(海津)城」に鶴翼の陣を張り、両雄は対峙します。睨み合いの末、信玄の軍師・山本勘助は兵を二手に分けて挟み撃ちで妻女山を攻め落とす「啄木鳥(きつつき)戦法」を画策


                ......川中島古戦場跡に鎮座する「八幡社」.......
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しかし事前にこの作戦を察知した謙信は妻女山を深夜密かに下山し千曲川対岸・八幡原に布陣。
朝の川霧が晴れた時に武田軍本隊は、いるはずがない眼前に布陣する上杉軍を見てビックリ~!
裏をかかれた武田本隊は上杉軍に猛攻をかけられ、山本勘助は討ち死し一挙劣勢に陥りました。


  ....(左)「川中島合戦」布陣図(謙信は霧で車懸の陣で動く) (右)古戦場全景(妻女山より).....
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ここで謙信は、手薄になった信玄本陣に単騎斬り込みをかけます。相対し本陣に座する信玄は軍配で応戦!これが有名な両雄の一騎討ちです。二人の勝負も、合戦自体も結局は引分けで終了。
古戦場跡には二人の対決銅像が昭和44年NHK大河「天と地と」放映の年に建立されています。


          ......八幡社の脇にある信玄・謙信の一騎討ち銅像(躍動感溢れる~!).......
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千曲川の河川敷には、ここで討死にした信玄の軍師「山本勘助」の墓が密やかに佇んでいました。周りに何もなく観光看板も不案内ですが大河TV主人公になったからこそ再整備されたのでしょう。


    .......(左)信玄の軍師「山本勘助」の墓 (右)NHK「風林火山」の勘助(内野聖陽).......
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                ......歌川広重作「川中島合戦乃図」....
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戦国時代の両雄、謙信・信玄が戦った史蹟を初めて見ることができて満足!両雄は雌雄を決することができませんでしたが、永遠のライバルだった2人は「敵に塩を送る」の故事があるようにお互いを尊重し実力を認め合う仲だったのかもしれません・・。さて、次は長野の名刹「善光寺」に向おう!

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★1400年近い歴史を誇る「善光寺」


謙信が川中島の戦いで着陣したのが「善光寺」。このお寺は「牛に引かれて善光寺参り」の民話・諺や本尊秘仏ご開帳等で有名な古刹です。644年欽明天皇に創建とのこと、もう1400年近い!


         ......国宝に指定される「善光寺」本堂正門(日本第三の木造大建築)......
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         ......(左)善光寺境内の年末風景 (右)山門にはすでに賀正の文字が・・.......
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本名刹を訪れるのはもう数回目。子供の頃、家族旅行で連れて来てもらったことをよく覚えている。
明後日の元旦に備えてもう初詣の受入れ準備はスタンバイ・・、30日で人出は疎らなので境内をゆっくりと参詣することができました。最近小生は毎年初詣には出かけず、年末お礼参りにしています。


          ......(左)本堂前の護摩香炉の煙    (右)延命地蔵・六地蔵に祈る.......c0119160_2341297.jpgc0119160_6561332.gif



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    ......(左)閻魔大王も目を光らす  (右)撫でた部分を治癒してくれる↓「びんずる尊者」.....
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昨年GW全国で一番賑わった観光地は「善光寺」でした。7年に1度ご開帳される秘仏「前立本尊」を見るために多くの観光客で賑わいました。昨年からのETC割引で長野高速道路は大渋滞~!


         ...... 2009年GWの人出では日本一の賑わいを記録した秘仏御開帳の法要......c0119160_793624.jpg
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現在の長野市は善光寺の門前町を起源として発展した都市で、善光寺平と呼ばれる盆地から長く緩やかな傾斜の街となっています。ここは北国街道・宿場街として多くの参詣者が訪れたのです。


                 ......善光寺本堂の横全景は本当にでかい!.......
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話を謙信・信玄に戻しますが、山梨県甲府市にも「善光寺」があります。川中島決戦に臨み、由緒ある名刹が焼失しては申し訳ないと、信玄が甲州に同じ寺を事前建立し宝物を移転したのです。


        ......色は違うが形はそっくりな「甲斐善光寺」 (後日、甲州編で紹介します。).....
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10数年ぶりに訪れた「善光寺」ですが、いつ見てもこのお寺は威厳があってスケールが違う!
裏側参道から本堂の屋根を見上げるとまだ根雪が残っています。明日は一面が雪景色だなア・・


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★信州から越後へと向う



長野市は真田一族の地や松代象山地下壕などまだ見所が多い街。まだ名残惜しいですが、次に謙信所縁の地(春日山城)が控えているので今回これで終わりにしよう。次回また来ればいいや・・


          ...... 長野市(善光寺・松代・川中島)の地図 (クリックで拡大表示)........
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            ......雪を被った(左)黒姫山と(右)妙高山 OH!BEATIFUL!......
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須坂長野東ICから再び上信越自動車道に乗って北上し新潟方面へと向います。信越国境の名峰黒姫山&妙高山が遠方に見えてきた。ここからは信玄がついに入り込めなかった越後の国です。


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次回は、「謙信・信玄ゆかりの地を行く:(その2)越後・春日山編」 をお送りします。
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リンク:謙信・信玄ゆかりの地を行く:(その2)

  by rollingwest | 2010-01-10 17:28 | 上杉・武田の史蹟めぐり | Comments(26)

<2007年11月10日> 信州・北国街道「海野宿」

日本百名山「浅間山」。噴火危険で頂上への立入りが禁止になっている日本代表の活火山です。
最近この山の危険区域が大幅に緩和されて、頂上近くまで行けるようになったことから「Fツアーの浅間山・登山計画」が募集されました。
実に17名がエントリーする人気ツアーとなり、前日金曜日に夜行バスで東京をいざ出発~!


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....「浅間山」の登山は悪天候により断念。こんな光景が見たかったが山は逃げる訳ではない。.....  


しかし天気予報は傘マーク。当日は強い風雨で浅間山は霙模様・・。あ~あ、今回も東北に続き、天候に恵まれない!登山復帰後は連敗続き・・・(泣)。(今年は余程、小生の行いが悪いのだろう)
こうなったら山は諦めて観光と温泉しかありませんなぁ・・・。実はこっちの方がよかったりして(笑)


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  ....国の重要文化伝統的建物群の保存地区になっている「海野宿」の歴史ある街並み.....


観光で訪ねた所は、信州上田・小諸に近い長野県「東御市」にある「海野宿」(うんのじゅく)です。
木曾の「妻籠宿」「奈良井宿」と並び「日本の道百選」にも選ばれている「海野」の宿場街並み・・。
あまり知られていない所ですが、いや、実に素晴らしいところでした!まさに穴場ではないか~!

    リンク:信州の街道探訪「海野宿」
            
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...「北国街道」は「中山道」から分岐して「善光寺」へ↑さらに越後・越中に続く... (クリック拡大表示)



中山道から分岐北上する「北国街道」の途中に、「海野宿」はひっそりと存在しています。
本陣・旅籠宿が300戸を数えた宿場町で、当時の雰囲気を残す旅宿の路です。
実に風情のある光景で、一遍に気に入ってしまいました。

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        .....ひなびた宿場風景、懐かしさと風情が感じられ実に素晴らしい。.....


北陸諸藩の殿様方も参勤交代で、遠路はるばる北国街道を歩き続けてお江戸詣をせざるを得なかった訳です。(大変ですね~!)その長い旅路の中で大名行列の宿場ポイントとなった「海野宿」。

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     .....「海野宿」散策のスタートは「本陣跡」と「白鳥神社」、ここもまだ紅葉は早い。.....


街道の宿場民家のうち、約半数は「海野格子」とよばれる独特で立派な格子をもっている家です。
こんなに沢山な立派な宿がある理由は、参勤交代だけでなく「佐渡金山の運搬」や「善光寺参拝巡礼」等で多くの宿泊需要があったからです。やはり流通や観光需要がないと町は栄えませんよね。

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       ...「海野格子」を構えた、つくりの大きな民家には渋い威厳が感じられる。.....

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  .....用水路の続く道端には、秋の花々が飾られ落ち着いた雰囲気を出していた。.....


よく甲斐性ない人を「うだつが上がらねー」(小生もその部類と思われます(笑)・・)と云いますが、「うだつ」(卯達)とは、隣り合う民家の境目にある防火白塀のことです。これが大きい家ほど「お金持ちである。」と周辺から認められ、「うだつを上げられる」ことは「裕福の象徴」でありました。

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  .....↑この家はお金持ちだったのだろう。「うだつ」の袖壁は大きく張り出している。.....


明治時代になると「参勤交代制度廃止」「佐渡金山枯渇」の余波で街は一時的に「衰退の危機」を迎えたと思われますが、その後「殖産興業政策・製糸業発展」とともに宿の建物が養蚕場に転用され再び繁栄に転じたとのこと。よかったね~。明治版「町興し復活」といったところでしょうか。


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 ...(左)信楽焼「徳利たぬき」が可愛い..... (右)明治時代風の自家用ポストが懐かしさを感ずる.....

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  ...(左)昔懐かしい半鐘と本陣屋敷跡....白鳥神社のご神木は威厳と迫力に満ちている ...


有名な「木曽宿場町」には観光客がどっと押し寄せますが、「海野宿」は人の歩く姿もまばら・・・。
むしろ、こちらの方が静かで渋くて街の味わいがあるような気がします。

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     ....650mも長く続く街並は「重要伝統的建物保存地区」に選定され、実に風情がある。.....


北国街道に沿ったゆかりの地をいくつか訪ねてみたいですね~。今後もう少し研究してみよっと。


今回は温泉に2つも入っちゃいました。(高峰温泉・鹿教湯温泉)いずれも泉質は絶品の名湯!
特に「鹿教(かけゆ)湯温泉」は鹿に案内されて発見されたという歴史がある温泉、本当に心身とも癒させるいいお湯でした。 われわれも名湯発見!「鹿さん親子」ありがとう!

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   ...「鹿教湯温泉」は信仰深い猟師が、鹿に導かれて発見したとの故事による古い名湯 .


どんなに雨風が吹いてもわずかな可能性をもとめてあきらめないFツアーのメンバー。(前回の姫神山は粘り勝ちでした。) たとえ登山が断念してもタダでは転ばず、次の新ネタが用意されます。
私もその恩恵にあずかって素晴らしい穴場を紹介してもらいました。感謝・感謝~(^_^)/~~

                                               
                                                     (おわり)

  by rollingwest | 2007-11-10 21:29 | 寺社・史跡・古道 | Comments(11)