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<2007年10月7日> 復活登山:「秀麗富嶽十二景」(その1)「雁ケ原摺山」「姥子山」:(前編)

★旧:五百円札の富士風景で有名な山を訪ねて(第1番「雁ケ原摺山」「姥子山」

ようやく9ヶ月ぶりに登山復帰いたしました。
今年1月の富士山パノラマ登山(Fツアー:御坂十二ケ岳)以来のこと。
腰骨破砕事故遭遇にもかかわらず、またこのように健康体で山に登れるとは実に幸せなことです。

今回復活登山に選んだのは「秀麗富嶽十二景」の「雁ヶ原摺山」(がんがはらすりやま:1,857m)、
ここは懐かしき旧五百円札(岩倉具視)裏デザインに採用された富士風景で有名な山なのです。
そしてそこに連なる「姥子山」(うばこやま:1,503m)、この2つが「秀麗富嶽」第1番であります。


         ......↓クリックすると拡大地図を見ることができます。........
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...「秀麗富嶽十二景」の山々を紹介。「大月郷土資料館」HP(掲載許可済)....
               リンク:「秀麗富嶽十二景写真デジタルミュージアム」


先日の「大月探訪」で「秀麗富嶽十二景」の存在を知り、これから毎年2~3座ペースでこれらの山々を少しずつ登り、四季おりおり富士山の秀麗美を楽しんでいこうと思います。(⌒∇⌒)ノ"


★雁ケ原摺山

折りしも昨日(10月6日)は富士山が平年より5日遅い初冠雪の姿を見せました。
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...史上最高の猛暑も今は懐かしい。「富士初冠雪」の便りが入りいよいよ本格的な秋...


「綺麗な富士が見えるぞ!駐車場登山口から1時間の歩きだから、楽勝々々、大丈夫!」とあまり気乗りしていなかったカミサンを言いくるめて強制連行。
朝7時過ぎ「大峠」駐車場(大月ICから510号線を北上)に到着してゆっくりと登山開始しました。

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.....今年の紅葉は非常に遅い・・・。まだ緑色のブナ道は何か初夏の季節かと錯覚してしまう。....c0119160_2131766.jpgc0119160_21313592.jpg
.....風情ある山道を登っていく。苔がびっしり生えている岩(右の上下)が出現!実にいい山.....
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足慣らし・腰慣らしのトレーニングでしたが、歩きは実に快調。9ヶ月のブランクは全く感じません。
1時間程登れば早くも頂上近くのビューポイントに到着、何人かのカメラマンが待機していました。
しかし富士山は見えるものの、立ち込めた雲の上に頭がチョコンと見えるだけ・・・。

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.......晴天で富士山は見えたもののガスに覆われ「五百円札デザイン」のパノラマは見えず....


快晴予報は結局ガスの多い日になってしまいチョビハズレ~、クッキリ乾いた紺碧の空でなかったため待望の「五百円札富士風景」↓を残念ながら味わうことができませんでした。→(T_T)
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..... 「秀麗富嶽」写真コンテスト2006優秀作品、本当はこんな風景が見えるはずだったのに~(涙).......


★姥子山

「ここでもう駐車場にすぐ帰ってしまうのはあまりにも惜しい・・。」
「ここまで来たんだから、素晴らしい富士がまだ見えるかもしれないし、姥子山まで行こう!」
・・と長い歩きに気乗りしないカミサンを説得します。(実は初めから計画的犯行)→(`∇´ )


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.....まだ高山植物が綺麗!(左)ミヤマトリカブト、(中)ミヤマママコナ、(右)ヤマホタルブクロ.......


しかし「姥子山」への往復は結構きつかった・・・。→゜゜(´□`。)°
(厳密には姥子山へは下り、ピストンで戻るときが登り。とにかく登り戻りの道が長く感じました。)

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....似ているが全く花が違う。(左)フジアザミ、(右)タムラソウ(菊の仲間)、虫が気持ちよさげ......
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          .....ミヤマトリカブトの花をクロ~ズアップ!.......


姥子山頂上からもついに「富士山」のお姿は拝めず、下山してみたら結果的に5時間半の行程になってしまっていました。「こんなに歩かされて、騙された・・。」とブーイングのカミサン。→(`×´)
でも登った時の開放感は、尖突なピークがある「姥子山」の方が断然よかったですね。→ヽ(゜◇゜ ) 
そして花とキノコ発見に夢中だったのは彼女の方でしたので、むしろ感謝してもらいたいもんです。


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...「姥子山」頂上見晴しは開放感あり。快晴だったらこんな絶景が見えるはずだったのに。....


今回の「復活登山」は期待した程のパ゚ノラマには恵まれずちょっと残念でしたが、道のり途中での「みちくさ」が実に楽しかった!  季節は過ぎているのに綺麗な高山植物が結構残っていました。
そして何となんとキノコが30種類以上見つけられたのです。「キノコ狩りしながら逍遥」~これこそ、秋の山の醍醐味ですね。 →傘\(@^▽^@)ノ傘   キノコの詳細は後半で写真紹介しましょう。



帰りは藤野ICの近く「東尾垂の湯」(藤野温泉病院の隣)で汗を流しました。
温泉治療「リハビリ施設の100%かけ流しの湯」でお肌ツルツル・本物感!効能がありそう。
ちょっと入場料が高く感じたけれど、実にいいお湯でした。
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温泉から上がったあとは勝手にビール飲んでいい気持ちになり、私は後部座席でホロ酔い爆睡。
急遽運転させられることになったカミサンからはまたブーイングをいただきました。(笑) スマソ  
でも連休にもかかわらず帰りの中央高速はスイスイ、やはり早立ち・早帰りが鉄則ですね。


「秀麗富嶽十二景」、今回初めて第1座を踏破したことを契機にこれから順番に登っていこう。
また新たな楽しみが増えました。

                                               (後半に続く)

  by rollingwest | 2007-10-07 17:36 | ローリングウエスト山紀行 | Comments(13)

<2007年9月1-2日>山中湖快気祝い・大月探訪 

スキー骨折事故遭遇から半年、完全回復に近いものの、今年の登山は一切自粛しておりました。
しかし10月のFツアー参加(東北)を機会に、山歩きを徐々に再開したいと考えています。
このたび、食山人さん・Y木氏から「快気祝い」を兼ねて、軽い足慣らし(腰慣らしかも・・)をしようとのお誘いを頂戴し富士山中湖に足を向けました。


            山中湖の「花の都公園」ひまわり畑から望む8月の富士
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....実は当日、ガスが深く富士の姿は全く見えませんでした。(インターネット画像より拝借、ご容赦)....


当初計画は①食山人さんの山中湖別荘「仙遊荘」(共同オーナー所有)に宿泊して快気祝い②翌日は篭坂峠ハイクの足慣らしでしたが、現地に行ってみれば富士周辺はガスが立ち込めて小雨模様。

食山人さんの膝の不調(古傷痛み)もあり、ハイキングは中止して山中湖散策と決め込みました。
この日は残念ながら富士山の雄姿を拝むことはできませんでしたが、翌日帰りに大月周辺も探訪したところ、偶然にまたも富士絶景の魅力に触れる機会に恵まれました。(意外な掘出し物発見)


★山中湖にて

                       「花の都公園」
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...... (左)「花の都公園」に咲き誇る「百日草」、(右)「ベゴニア」と「マリーゴールド」の花畑.....

富士山はガスの中、足慣らしとして期待した復活ハイキングの日は晴天とはならず意気消沈・・・。
東名御殿場から東富士五湖有料道路経由で、食山人さんと待ち合わせて山中湖観光施設の散策に切り替えて、まず訪ねたのは「花の都公園」です。
二人とも最近は高山植物には関心を持っているものの、人工的な花壇や公園は今ひとつ感動がないと敬遠気味でしたが、いざ中に入ってみればその鮮やかな多様の花々には感心~関心・・!
冒頭の「ひまわり畑と富士山とのコラボレーション」の実物風景は是非一度見てみたいものです。

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......秋9月を迎え「コスモス」が盛り(左)、「ヒマワリ」は色褪せていても依然華やかな風情(右).....

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.....「百日草」はメキシコ原産の園芸植物。暑い日も百日持つ程丈夫な花(色は多様)が咲く.。....


この公園はやはり人工的なので「白糸の滝」を模した「岩清水の滝」などは何の感動もありませんでしたが、富士噴火の時に自然造形された「溶岩樹形群」は非常に興味深く面白かった!
下記右の写真に見られるように中が空洞の大筒のような岩がいくつか自然展示されています。
噴火後に流れてきた溶岩に樹木が取り込まれて、幹の部分が炭になります。その後、炭化木部分が風化してなくなってしまい、溶岩の中に円筒状の空洞が残ってできた珍しい岩なのです。
また溶岩に樹皮の模様を残しているものもあり、富士山大爆発の生々しい彫刻が沢山ありました。


          (下記写真↓をクリックすれば拡大写真が別途表示されます。)
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....↑癒しの水車風景....富士火山爆発でできた「溶岩樹形群」↑大砲の様な岩の筒穴は樹木跡....



花の公園のあとは、近くにある「紅富士の湯」(高アルカリ泉)で心身を十分癒して、食山人さんの別荘に初めて入ります。「仙遊荘」は昔の会社仲間数人で共同購入したもので今でもOB交流会を定期的に開催しているようです。(食山人さんはメンバー最年少なのでいつもお世話役とのこと)
Y木氏もあとから駆けつけて合流、持参してくれた刺身(カツオ・ホヤ)の珍味は実に新鮮でした。
とりとめもない話をしながら、美味しい酒と肴を味わう楽しいひとときは過ぎていきます。

                    「仙遊荘」    (クリックで拡大写真表示↓)   c0119160_19333626.jpgc0119160_19363986.jpgc0119160_19341157.jpg
...「仙遊荘」で快気祝してくれたY木氏・食山人さん。差入れのカツオ・ホヤ刺身は超絶品だった...

翌朝は食山人さん手製の味噌汁と鯵干物焼の朝食。ご本人が「飲めなくなったなあ・・。昔ならカラの一升瓶が何本も転がっていたのに・・・」と飲み残しの酒瓶を見て呟いていたのが印象的でした。



★大月探訪

朝2人と別れたあとは、このまま東名高速でUターンせずに河口湖へ北上し、大月を探訪して中央高速経由で帰りました。大月にある「猿橋」(日本三奇橋の一つ)はかねてから是非とも訪れてみたいと思っていた史跡です。

                       「猿 橋」c0119160_19483751.jpgc0119160_20563271.jpg
.....「猿橋」は「岩国錦帯橋」「木曾の桟」と並ぶ「日本三奇橋」、四層の木で支える珍しい形の橋....


史跡橋に到着・・。なるほど!小学生の時に趣味収集で憧れた切手デザインそのものの光景だ!

推古天皇・奈良時代(600頃)に百済の人によって造られたこの橋は四層のはね木を両岸から張り出させて橋を支える非常に珍しい構造(谷が深く橋脚が立てらないための代替策)をしています。
渓谷の野猿が藤蔓をよじ登って対岸に渡っていることにヒントを得て造ったことから「猿橋」の名が付けられたとの史実由来が残されていました。(橋畔には猿王を祭る小さな祠がある。)

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.....「猿橋」を渡る。下には深い峡谷....(右)線路橋と思いきや、水力発電所の水路架け橋だって!....


橋の下には緑色の水を湛えた深い峡谷が迫っており、何やら木の線路橋とトンネルのような造形物も見えます。漠然と「何かな・・・」と思っていたものの、あとで調べてみたら「発電所用の送水路」の橋で国の文化財だと知ってビックリ・・! 東京電力(旧:東京電灯)の「八ツ沢発電所水路橋」と呼ばれ、日本の水力発電史における草分け的な施設(明治32年建築)だとのこと。
                        「桂川渓谷」c0119160_20171034.jpgc0119160_2017313.jpg
....↑「桂川」渓流には鮎釣人が集う。....サルスベリの垣間から見る川、カヤック(カヌー)に夢中の若者↑...
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渓谷の散策路を降りていくと「桂川」の清流と河原が見えてきました。鮎釣りの太公望やカヤックを楽しむ若者の姿、ここは大月の癒しのスポットの1つなのでしょう。時間がゆっくり流れています。 


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....「桂川」は富士忍野八海が源流、その流れは相模湖を経由して厚木・平塚の相模川に至る。....



              「大月郷土資料館:白旗史朗写真展」

桂川沿いの散策路を進んでいくと「大月市郷土資料館」という施設があったので何の気なしに入館見学してみました。大月市のふるさとの歴史や風土・民俗を紹介しており、入場料は100円です。
まあ、どこにでもある地元の資料館かなと・・思って中を覗いてみたら、なんと「お宝物」を発見!

館内には「秀麗富嶽十二景:白旗史郎写真展」という写真コンテスト展が併設されています。
「白旗史朗」とは、世界的に有名な山岳写真家(昭8生)であり、日本の名峰(日本アルプス・富士山)だけでなく海外の巨峰(ヒマラヤ、ヨーロッパアルプス、カナディアンロッキー等)や花々の写真著書で数々の栄誉を得た山岳写真界の国際巨匠なのです。(HPを参考願います→)リンク:「白旗史郎氏の世界」HP

私は写真に関して全くのシロウトですが、職場の同僚A山さんから先日初めて紹介していただいたKG摩さん(山岳写真に熱中の方)は、白旗史朗を心の師匠として崇めておられます。

           
  ....「大月市郷土資料館」、白旗史郎監修の「秀麗富嶽十二景」写真展が常設されている。.....
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....(大月郷土資料館さんから積極的にPRしてほしいとのありがたいお言葉を頂戴しました。)....
リンク:「大月市郷土資料館」HP
リンク:「第15回秀麗富嶽十二景写真コンテスト」
リンク:「秀麗富嶽十二景写真デジタルミュージアム」


「何でこのような場所に世界の巨匠の写真展が常設されているのかな?」と思ったら、成程~大月は白旗氏の生まれ故郷だということ、納得納得。でもたったワンコインで白旗史朗「富士山写真展」を見ることができるなんて・・、素晴らしい!  なんか、非常~に得をした気分です。
  ※白旗史朗の美術館は、山梨県早川町・新潟県湯沢町・福島県桧枝岐村にもあります。


富士山を美しく見ることができる山は山梨・静岡・神奈川を中心に存在していますが、その半径を広げていけば長野・埼玉・東京にも秀麗ビュースポットの山は数多くあります。
しかし富士のお膝元・大月市周辺にはそのような場所がなんと12ケ所もあり「秀麗富嶽十二景」と呼ばれているそうです。(岩殿山・高畑山・雁ケ腹摺山・高川山・滝子山などが有名)
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この山々から見る美しい富士山勇姿を大月出身の白旗氏がH3年「秀麗富嶽十二景」として写真公開したのを機会に、これを冠名とする一般写真家が競う写真コンテストがスタートしました。今年で15回目を迎える歴史ある写真コンテストに成長し、館内では第14回での優秀作が20数点展示されていました。さすがにハイレベルでどの作品を見ても感動的です。
しかしそのような秀作に対しても白旗氏の監修は非常に厳しく、辛口のコメント(言葉の使い方にもシビア)が添えられていました。写真家たちの激しい競争・切磋琢磨の世界が垣間見られます。


その中で、上位6点(最優秀①・推薦②・特選③)を下記のとおり紹介させていただきます。


            大月市「秀麗富嶽十二景」:(第14回展優秀作品)

 特選(銅賞):「梅雨の晴れ間」(山崎勝孝氏)......特選(銅賞):「紅に染まる」(筒井章氏) c0119160_20542837.jpgc0119160_20545248.jpg
          (それぞれの写真をクリックすれば拡大写真が別途表示されます。)

特選(銅賞):「雲海上に聳える」(高橋利延氏)....推薦(銀賞):「暗雲富士にかかる」(天野昭吾氏) c0119160_20562254.jpgc0119160_20565514.jpg
          (それぞれの写真をクリックすれば拡大写真が別途表示されます。)

  推薦(銀賞):「幽玄富士」(小谷哲郎氏)............最優秀(金賞):「荒れる富士」(三浦義朗氏)c0119160_21542.jpgc0119160_2152945.jpg


こんな素晴らしい多彩な秀麗富士が多く見られる所がこんなに多くあるとはビックリ!
自分はまだこの「秀麗富嶽十二景」の山を1つも登っていないことに気がつきました。
先日、富士山レビュー記事をエラそうに紹介してしまいましたが、何だか恥ずかしい限り。
川崎・静岡と大月は交通アクセスが今一つよくない事もあって本エリアは真空地帯だったのかも・・・。

「山紀行・名峰レビュー:富士山」(その1)
 
「山紀行・名峰レビュー:富士山」(その2)


でも富士の秀麗が見られる未踏の山が沢山残っているということは、自分にとってはまた次の楽しみが増えて幸福な気持ちになります。道草してひょんな発見ができてとてもよかった・・・!

                                                    おわり

   

  by rollingwest | 2007-09-02 17:42 | 旅の風景 | Comments(8)

<2007年8月4日>山紀行・名峰レビュー:「富士山」(その1)

★プロローグ

山紀行・名峰レビューの第1回は日本一の名山、「霊峰富士」です。 
やはりまず初めは、この素晴らしい日本の最高峰(3,776m=ミナナロウ)・世界に誇る「富士山」を差し置いて名峰紹介はスタートできません。(世の中の万人が認めるところでしょう。)   
               
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                .....葛飾北斎・富嶽三十六景「凱風快晴」.....


南アルプス・八ヶ岳・奥秩父など関東甲信や駿河の山々を歩くとき、最大のランドマーク、モニュメントとして必ず目に入ってくるのは「霊峰富士」です。小生があらためて「不二の山」を語るのもおこがましいのですが、富士周辺に広がる素晴らしい自然・風景・地学・歴史等を紹介し、最近のトピックスなども交えながら、「自分にとっての富士山」をレビュー・考察してみたいと思います。

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(秀麗な姿への感動、畏怖・尊敬と憧れ、心癒しに対する感謝、そして親しみを込めて・・・・)


         (1998年11月):奥秩父の盟主「金峰山」「瑞牆山」より
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........やはり黎明・暁光が一番美しく似合う山は富士山に勝るものはない。
       孤高であること、そして秀麗・優美なシルエットが景色の構図に映えるからだ。.....




★富士は日本一の山


日本の3,000m以上の山は14座ですが、2位北岳から14位聖岳までの標高は3,000~3,200mのレンジに収まることから、富士山の高さ(3,776m)はまさに「ダントツの1位」(7馬身の差)です。
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最高峰という事実もさることながら、感動を呼び起こすその「秀麗なる姿」は世界の中でも比類なき至宝でありましょう。静岡・山梨に広大な裾野を広げた独立円錐形の優美なプロポーション、まさに「八面玲瓏の美しさ」は日本人の心のふるさと・誇りにふさわしいものです。        


(1999年10月):Y木氏と南アルプス「赤石・荒川三山」を縦走した時に遭遇した富士の雲海大展望....
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..........↑大雲海の遠景富士パノラマ、まるでオホーツク海に浮かぶ利尻富士のようだ。..............




★静岡時代


静岡に住んでいた3年間(1999-2001年)は、生涯の中で一番山に嵌まっていた時期でした。
今数えてみると3年間で36回も行っており、食山人氏・Y木氏とのトリオが結成されたのもこの頃。当時3人とも静岡県在住で、1台の車に乗り合わせ夜中に出発しては、南アルプスや富士周辺の山を機動的に歩き回ったものです。
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静岡は、山を愛する者にとっても実に住みやすく素晴らしい所です。その理由は、山への交通アクセスが容易であり、渋滞が少ないこと、年間の晴天率が日本一高いこと、冬は暖かくトレッキング活動がしやすい・・等々があります。しかし最大の評価ポイントは「美しい富士山を毎日見ることができる」ということではないでしょうか。


     (2000年7月):「聖岳」より、南アルプスから望む「朧ろ富士」の遠景美
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............暁光に映えて、雲との調和で水墨画のようになる時の富士山が一番美しい............


静岡市は、冬でも暖かく天気がいい日が多いし食べ物は美味しい・・。老後に住むには最高の場所かも・・。徳川家康が隠居後に当地(駿府城)を選んだのも実に納得します。
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太平洋側気候は冬の日・西高東低気圧配置になると青空晴天に恵まれますが、北西風が強く寒くなるのが通常。しかし静岡市の場合、背後の南アルプスが風除けの屏風の役割を担い、強風があまり吹かずポカポカとして、冬でも郊外活動はあまり苦になりません。むしろ静岡では、パノラマ日確率が圧倒的に高い冬こそが近郊低山ハイキングに最適な時期といえます。


 (1999年12月):静岡市内を俯瞰する「満観峰」(日本坂トンネルの脇)に家族登山時の富士山
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..............↑静岡在住時代は、毎日素晴らしい富士山を眺望できて、本当に心が癒された...............


東海道の難所「宇津谷峠」に近い「満観峰」から見る富士山の光景はおすすめスポットの1つ。赴任1年目の冬に見た、「西伊豆」と「駿河湾」とが一体となった「裾野富士の素晴らしい屏風絵」の光景は関東からの富士に見慣れた人には新鮮でしょう。その雄大な広がりをご覧あれ。

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(1999年12月):「満観峰」から望む「富士秀峰」と「駿河湾」と「西伊豆半島」のパノラマ」...↑富士山右裾野から西伊豆先端まで延びる駿河湾の広がりは写真を貼り合さないと全景表現できない...




★清水の富士


  ♪「旅行けば~、駿河の道に茶の香り~♪」
次郎長親分や東海道五十三次で有名な「清水」(現:静岡市に合併)は、さらに富士山が美しく見える街。小高い茶畑の丘や「日本平」展望台など富士山のビューポイントは市内に沢山あります。
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その中でも羽衣伝説で有名な「三保の松原」からの富士は、まさに卓越!海越しに見える富士のアングルは感動的、何度行っても飽きない光景でした。一度訪れてみることをお奨めします。


(1999年11月):清水(現・静岡市)の「日本平」より展望→「三保の松原」で癒しの富士を楽しむ。c0119160_2130494.jpgc0119160_1656126.jpg
 ............↑ 次郎長親分・ちびまる子ちゃん・天女の羽衣伝説などで有名な「清水の富士」. ............... 





★東海道五十三次:由比「薩埵峠」


もう一ヶ所、「駿河湾越しの富士が望める絶景」ポイントの穴場をご紹介いたしましょう。
桜海老で有名な「由比港」の山沿いにある「薩埵峠」です。(由比は幕府反乱の由比正雪の生地)
ここから望む駿河湾越しの富士山風景は、安藤広重が描いた浮世絵「東海道五十三次」に描かれていますが、当時の絵と同じ風景が今も見られるのは唯一この場所だけと云われます。
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この峠は断崖絶壁が海まで迫っており、「日本交通の大動脈」(東海道新幹線・国道1号線・東名高速)が集中的に通過しています。この付近に大災害が発生すれば、東西を結ぶ交通経路は一挙に寸断されてしまい日本経済に与える打撃は測りしれないでしょう。


しかもここは将来憂慮される「東海大地震」発生源エリアであり考えると実に恐ろしいことなのです。
これを回避するために、山中にトンネル貫通させる「第2東名高速」が現在建設中ですが「無駄な道路建設反対」と賛否両論があります。どちらが正解なのかはわかりませんが、地震災害に襲われる日本列島の宿命・リスクは実に深刻!何らかの対策は必要なのではないでしょうか。


(2000年3月):東海道五十三次の難所:由比「薩埵峠」に登る。浮世絵描写の富士絶景の実物比較c0119160_1743999.jpgc0119160_2101181.jpg
.........↑安藤広重の浮世絵での「薩埵峠」.......実物風景↑駿河湾の由比港サクラエビで有名.....


ここは五十三次路では最大の難所として「親知らず・子知らず」とも呼ばれており、断崖から駿河湾に落ち込む傾斜は急峻で「駿河トラフ」という深い海の谷を形成しているのです。




★日本の大断層フォッサマグナと富士


皆さん、何か気づいたことはありませんか・・・?そう、同じような場所が日本海側にもあります。
新潟・富山県境にある「親不知・子不知」の断崖絶壁・難所です。この場所は、北アルプスの山脈が日本海まで落ち込んでいるところであり、「フォッサマグナ」(糸魚川―静岡構造線)とも呼ばれる日本最大の地溝帯(プレート境界)です。

最近日本海側に地震災害が多いことが気になりますが、この大断層は日本列島最大のアキレス腱。静岡側プレートは、富士川沿い地層や「薩埵峠」が太平洋側に落ち込んでおりここを境に東日本と西日本の山岳地質構造が異なるといわれます。
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小生の勝手な思い込みかもしれませんが伊豆半島と能登半島は相互逆さの対象形に見えます。
伊豆半島の根っこには霊峰「富士山」が聳えているように、能登半島の根っこには富士と並ぶ霊峰「白山」(2,702m)が存在しています。
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フォッサマグナを分水嶺とする長大な北・中央・南アルプスの連峰は、太古の海底が盛り上がって形成された(北アメリカプレートとユーラシアプレートが押し合ってできた)ものですが、富士山・伊豆半島および白山・能登半島の地図が上下対象形なのも地球規模の造山運動の褶曲によってできたシンメトリックな地形なのではないでしょうか。
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2つの半島には「駿河湾」と「富山湾」という深海に急落する地形の海を有しており、それぞれ「桜エビ」と「ホタルイカ」という独特な深海生物や大型の魚介類が特産として獲れるのも共通です。
(深海に落ち込む海底断層から栄養豊富な深層水やプランクトンが湧き上がっているのでしょう。)


(2001年5月):西伊豆、駿河湾越しに見る富士。(左)戸田港より(中)井田海岸より(右)大瀬崎よりc0119160_1783178.jpgc0119160_1784861.jpgc0119160_17431355.jpg

またフォッサマグナを境に東西の電力HZがここで変わります。東日本と西日本の文化も当境界線で変わるとも云われます。確かに、プレートラインが造った断崖絶壁は物理的に人間の移動・交流も阻むわけで、東西文化の分水嶺が出来ることも必然的かも・・。 




★富士五湖の風景


 富士五湖は、「山中湖」「河口湖」「本栖湖」「精進湖」「西湖」ですが、静岡在住時代は「本栖湖」「精進湖」を見る機会が圧倒的に多かったような気がします。静岡から山梨・長野方面の登山に向かうときは、「精進湖道路」を北上経由して甲府ICから中央高速に乗ることが直近ルートでなので、この2つの湖畔風景をよく楽しんだものだ。


........↓静岡時代、甲信方面への登山で「本栖湖」と「精進湖」の抜け道ルートをよく通ったものだ.....c0119160_2115884.jpgc0119160_188044.jpg
.....↑.旧:五千円札デザインに使われた「本栖湖富士」....↑本栖湖畔は人の影なく静寂な光景.......


首都圏から見れば「山中湖」「河口湖」が圧倒的にメジャー観光地であり、残り3つの湖はあまり注目されない静寂地。しかし、そのマイナーな雰囲気が実にいいのです。旧五千円札のデザインとなった「本栖湖富士」や「精進湖の逆さ富士」の写真を見て下さい。まさにクロウト好みの「秘められた日本の絶景」ではないでしょうか!「ダイヤモンド富士」で有名な「田貫湖」もお忘れなく!


.....↓「精進湖からの逆さ富士」....
c0119160_18933100.jpgc0119160_18133252.jpg..... ←「ダイヤモンド富士」、田貫湖や朝霧高原には多くのカメラマンがシャッターチャンスを待ち構える.....

富士五湖の生い立ちを調べると、太古は1つの大きな湖だったようですが、平安時代の大噴火で発生した溶岩流が富士の伏流水をそれぞれの場所で堰き止めて5つの湖に分れたとのこと。
「本栖湖」「精進湖」「西湖」は地下水源が一緒で、実質的には湖底がつながった1つの湖です。それぞれは兄弟湖の位置づけであり、3湖の水位は常に同じレベルで保たれております。




★青木ケ原樹海と氷穴群


「青木ケ原の樹海」。自殺者や心霊スポットで有名な場所であり、森林の中に迷い込むと磁場が狂っているため、なかなか外に出てこられないと云います。また近くには、「富岳氷穴」「鳴沢氷穴」と呼ばれる地下洞穴が点在しており、この内部は大ツララや天然氷柱が沢山ある観光スポット。


....↓自殺者で有名な「富士樹海」、平安の「溶岩穴」から成り↓近くに「富岳・鳴沢氷穴」がある。....c0119160_18252572.jpgc0119160_21152934.jpgc0119160_182623.jpg
           .....あれ!?富士山の脇にサイ!そう、ここは「富士サファリパーク」↑なのでした。
                          富士山が見える広大な動物園、結構~楽しいよ。.....☆


この生い立ちも「溶岩流」がキーワードなのです。平安時代「貞観の大噴火」で流出した「青木ケ原溶岩流」が湖を堰き止め、固まった溶岩の上に森林が生い茂った姿が今の富士樹海であり、溶岩の隙間にできた穴が「富岳・鳴沢氷穴」なのです。富士五湖・樹海・氷穴、これらは全て1,000年前の平安大噴火が共通ルーツだったんですね。




★宝永の大噴火


  (2001年12月):「茅ケ岳」(山梨韮崎近く)で食山人さんと見た富士山(まさに左右対称の秀峰)
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..... 「茅ケ岳」は深田久弥(日本百名山著者)が没した山、晴天率が高く富士山の展望が抜群.....



八面玲瓏(=どこから見ても均整がとれて美しい)の言葉は富士山のためにあるようなものですが、富士も完璧な円錐形ではない「あばたも笑窪」の一面をもっていることをご存知でしょうか?
南の方から富士山を見るとなだらかな裾野が一部「いかり肩」のようになっています。
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これをよく見ると富士山裾野にでっかい大穴があることがわかりますが、これが「宝永火口」です。
富士山の目の前に聳える「愛鷹山」(あしたかやま)にも何度か登りましたが、ここから見るとその穴の大きさにはあらためて驚かされます。いや~エクボどころじゃ、ありません・・!


  (2000年11月):「愛鷹・越前岳」へ家族登山  (2002年1月):食山人さんと「愛鷹連峰」縦走c0119160_215161.jpgc0119160_18514774.jpg
....目前には遮るものなく裾野が大きく広がる↑宝永火口はこんな大きな穴なのかと改めて驚く。....  


宝永火口は1707年江戸時代に起きた大噴火時に出現、当時の日本はまさに大災害パニックだったようです。マグニチュード8.6の史上最大の「宝永地震」が発生、その被害は東海道・紀伊・四国に及び、家屋倒壊・津波で死者は2万人以上であったとのこと。その49日後に富士山大噴火が発生、山麓一帯の村々は焼き尽くされ、江戸の街も火山灰が降って昼間でも暗くなり、市民は呼吸器疾患で苦しめられたと史実記載されています。(史実の三大噴火=延暦・貞観・宝永の噴火)
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東海大地震が近日中に来るといわれて3数十年ですが、幸いなことに関東大震災級の大地震はまだ関東には起きていません。富士山が噴火するようなことになれば、どんな地獄絵図になるのでしょうか?想像するのも恐ろしいばかりですが、火山・地震大国の日本にはこれを避けられない運命にあることを意識しなければなりません。(でもやはりその日は来てほしくない・・・)

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....↑1707年江戸大噴火で出来た宝永火口(左)...富士西側斜面V字崩壊部が「大沢崩れ」↑(右)....



★大沢崩れ


もうひとつ富士山シルエットに影響・変化が起きているところは、西側斜面の「大沢崩れ」です。
西側斜面は最も急傾斜となっており、厳しい気象・地質条件のもとで岩石崩壊が著しい環境になっています。

冬に吹きつける強烈な西風・大規模な雪崩発生・気温変化や風雪で岩石は毎日侵食されており、少しでも落石崩壊が起きれば急斜面・切り立った崖などでさらに誘発、崩壊規模はどんどん拡大する構造になっています。(毎年10tダンプ3万台分の土砂が流出しているとのこと)
崩壊の長い年月の積み重ねは、西側斜面に長大なV字谷を彫刻し無残な姿を晒しているのです。
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富士山の頂上周辺部の形も、見る場所・角度によって微妙に違うんだな・・と改めて認識しました。
我々が描く富士の姿は、通常「台形」で上部は「平面」です。でも富士宮から見る富士の姿は、頂上「剣が峰」が真正面にあるため「エジプトのピラミッド」の様に頂点をもつ「三角形」に見えます。
南アルプスから見える富士は、何と両脇に角を生やした「鬼の頭」の形だと知りビックリしました。
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★富士山頂はまさに月の世界!(月には行ったことないけど・・・)


.....↓富士山頂上は月世界の様な荒廃かつ雄大な噴火口光景、「お鉢めぐり」として周遊できる.....
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.....山頂「剣ケ峰」気象レーダー。1999年に35年間の任務を終え、今は富士吉田市の観光施設↑.....

 
1998年7月富士山に生まれて初めて登りましたが、噴火口の大きさ・赤茶けた岩峰の荒涼風景を見て圧倒されました。この火口をぐるり一周することを「お鉢めぐり」といい、歩行距離は3キロ、1時間半かかります。ひときわ高いピラミッドピークが見えますが、ここが日本最高点3776m「剣が峰」。
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「剣が峰」にはかつて「気象庁レーダードーム」がありました。気象衛星以前はこのレーダーが日本上空の雲の動きを把握していましたが、1999年に役目を終え現在は富士吉田にある展示施設としてその歴史を伝え続けています。(そういえばプロジェクトX第1回は富士山レーダー建築物語でした。)
摺り鉢火口を回るので「お鉢めぐり」だと思ったら、ルーツは八つの峰を巡る「お八巡り」らしい・・・。




★夏富士と冬富士


             (2001年2月):冬の朝霧「毛無山」に単独登山
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.....↑眼下に見渡す斑模様の雪原は乳牛もいる朝霧高原、ハングライダースポットでもある。.....


夏の富士山は家族連れなどで賑わい、ご来光登山ではヘッドランプの行列が続く光景が見られます。しかし冬の富士山は、風と寒に晒された過酷な地獄世界です。(経験したことはありませんが・・)
冬のジェット気流・猛烈に強い季節風が富士山に直接吹きつけ、斜面はカチカチのアイスバーン
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富士山での遭難事故は「滑落」がほとんどの原因だといいます。一旦転倒すれば、強い風に吹き飛ばされ一挙に何百mと斜面を滑落してしまい身を止める事は非常に難しいでしょう。冬山に挑戦する人はまず富士山の雪上訓練から始めます。それほどに冬の富士山は危険なところなのです。
でもやはり・・富士の姿は冬の姿が一番美しい!冠雪した富士でないとやはり絵にはなりません。 
 
 
(2002年3月):食山人さんと山梨身延の「七面山」の登山時、敬慎院山門から見た冬の額縁富士c0119160_2173866.jpgc0119160_19172957.jpg
.....↑残雪深き敬慎院山門、富士山が突然現われ大感動!....↑秋の山門ではこのように見える.....



↓  「山紀行・名峰レビュー:「富士山」(その2)  に続く。

  by rollingwest | 2007-08-03 21:43 | 山紀行・名峰レビュー | Comments(8)

<2007年8月4日>山紀行・名峰レビュー:「富士山」(その2)

                                 ↓ 名峰レビュー「富士山」(その1)より続く


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★火の山:富士


吉田の火祭り」。毎年8月26日北口本宮富士浅間神社で行われるこの祭りとともに、富士山夏山シーズン(7月1日~8月31日)は終わりを告げます。鬱蒼と茂る杉木立の中にあるこの神社は、富士山大噴火を恐れる人心を静めるため1615年建立、火山鎮護の神を祀っているとのことです。
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江戸時代には「富士講」という富士信仰組織が広まり、白装束・白鉢巻姿でこの神社から頂上まで「懺悔懺悔六根清浄~」と唱和しながら登っていったそうです。この道のりが「吉田登山口」です。


 (2001年5月):北口本宮・富士浅間(せんげん)神社。「御正体山」の帰りに富士吉田の杜を訪問
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.........火山の神を鎮める「吉田の火祭り」で有名↑神社の祭りともにと富士夏山シーズンも終わる。......さすが多くの信仰を集めた由緒ある神社、古式ゆかしい風格ある社殿で威厳・霊気を感じた。......


富士浅間(せんげん)神社は、静岡市や富士宮市にも立派な古式社殿をもった神社がありますが、かねてから「なぜ浅間という名前なんだろう・・?」と漠然に思っていました。
今回よく調べてみると「あさま」という言葉は「火山」を意味する古語なのだそうです。
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な~るほど、富士は古代の人から阿蘇山などと同様、「火の山」として畏怖崇拝されていたのか・・!
「群馬にある浅間山は火山そのもの」という意味だったんですね!またもや勉強になりました・・・。
もしかして「あさま」の語源は「あそやま=阿蘇山」かも・・・。(意外と当たってたりしていて・・・)





★水の恵み、湧水の里

火の山・富士山が持つもう一方の顔は「名水」の生みの親・ルーツの山であることです。
富士山周辺には、名水が湧き出ている素晴らしいスポットがあちらこちらにあります。
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有名な所としては白糸の滝(富士宮市)・忍野八海(忍野村)・柿田川(清水町)・浅間大社湧玉池
(富士宮市)等があげられるでしょう。清水町(鰻が旨い)にお住まいの食山人さんが実に羨ましい!


.....華麗なる「白糸の滝」↓.....これら名水スポットには各2度訪ねた。..... 「忍野八海」↓湧水の里..... 
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........↑富士伏流水が幾筋もの滝となる絶景......素朴な村と富士の景色は実に素晴らしい↑......  
     

これら湧き水は「富士の伏流水」とよばれています。富士山に積もった大量の雪解け水が溶岩地質に浸み込み、数十年~百年の長い間何度も濾過が繰り返された後に、地表に湧き上がってきているのです。その透明度は素晴らしく、エメラルドグリーンの深い水底も覗き見ることができます。


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......←忍野八海から湧き出る井戸底は、神秘的に深くエメラルドグリーンに輝く....


←深く蒼い水に映る茅葺き屋根の家は実に癒される風景.....


富士周辺は製紙工場等の工業地帯も多く存在しますが、豊富な工業用水が得られるからこそ成り立っています。前にも述べましたが、富士山の地下は無数の溶岩トンネルが存在します。
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富士山全体が巨大な水がめとなっており、1日あたり500万トン以上の水が湧き出ているとのこと。
この水はバナジウム等のミネラルが豊富で健康にもよく、飲み続けると長生きできるようですよ! 


     「柿田川湧水」、(透明度と素晴らしい清流光景はなんと国道1号沿線にあるのだ。)c0119160_2285537.jpgc0119160_2294491.jpg

富士山と湧き水や清流風景は実によくマッチしています。忍野八海の素朴な村風景や川の清流・滝の名所には是非とも一度訪れてみてください。マイナスイオンも溢れており、美しい景色と水の音を聞きながら水辺を逍遥すれば心身とも癒されてリフレッシュできることは間違いありません。





★南アルプス・中央アルプスからの富士絶景


前述の通り、静岡在住時は本当によく山に行きました。南アルプスだけでなく、富士周辺を囲む山々(毛無・天子・石割・御正体・三ツ峠等)、静岡安部奥(十枚・真富士・山伏)や駿河近隣の山、沼津アルプス・愛鷹山、身延の山(七面・櫛形)、中央沿線(茅ケ岳・乾徳)など、地の利を生かして毎月のように山に嵌りまくっていたものです。あのよき時代が本当に懐かしく思い出されます。


(2001年7月):南アルプス「上河内岳」から見た早朝の雲海富士(まさに墨汁画の世界だった)
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.....食山人さんと大縦走した南アルプス深南部↑(茶臼・上河内・光岳)は今でも思い出深い。.....


南アルプスや中央アルプスの名峰の間から見える「遠景富士山」は墨絵のような姿でいつも感動させてくれます。食山人さんやY木さんと歩いた南アルプスの中南部(赤石・塩見・聖・上河内・光)や中央アルプスから見た「黎明や雲海に浮かぶ富士の絶景」は今も忘れることができません。
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富士・南アルプス全景が一度に見渡せる「笊ケ岳」という山も本当に素晴らしくお奨めの穴場です。
但しこの山は途中テント泊をしなければならず頂上を極めるには相当長いアプローチが必要です。


(2001年9月):食山人さん・Y木氏と「笊ケ岳」へ挑戦時のパノラマ、テントから見た富士山の夜明け
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........「笊ケ岳」(2,629m)は南アルプスを北部から南部まで全景が目の前で一望できる。「日本200名山」であるが、相当長い時間を歩くことから登るには厳しい山である。(後日レポート予定)............☆


「黎明の富士・ご来光の美しさ」は言葉で表現できない感動。「日の出で刻々と色を変えていく富士シルエットと空の背景色」「雲海に浮かぶ荘厳さ」「墨絵のように霞んでいく朧富士」。

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このようなパノラマ変化を眺望できる幸福感。これを味わうには、早朝時に稜線上や頂上にいることが必要となります。泊りがけの登山も体力的に年齢とともにきつくなってきましたがこのような光景を見たいという気持ちがあるからこそまた山中泊の縦走の旅に行ってしまいます。


(2001年10月):「中央アルプス檜尾避難小屋」から見た「南ア展望」、真ん中に光る山が「富士山」
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.....中央アルプス(木曽駒~空木岳)↑北岳(左)から赤石岳(右)を全て見渡すことができた。......




★富士はやはり見る山・・?

静岡時代、このように夢中になっていた動機・パワーの源泉は一体何だったのでしょう・・?
名山のピーク征服意欲・自然満喫・リフレッシュ・自己挑戦もさることながら、やはり「美しい富士の姿をいろいろな所から見てみたい!」という富士山への憧憬・期待感があったからだと思います。
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山仲間の食山人さんは今も毎月3回以上のペースで登山を続けており、「もはや富士山周辺の山で登ってない所はもうないのでは・・?」と感服するばかりです。 (スゴイ!脱帽!)m(_ _)m
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       (2006年5月):南アルプス鳳凰山(Fツアー)から見た黎明富士
.....「暁光の雲海に浮かぶ富士」↑はまるで墨絵のようでず~っと見とれてしまった。.....
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その距離は近くても遠くても、それぞれにふさわしい背景が日本の随所々には沢山存在します。「富士山は、一定の距離をおいて遠くから俯瞰するのが素晴らしい・・!」
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青い海と松原の砂浜、南アルプスの深い峰々、大都会ビルの眺望レストラン、光り輝く湧水・清流、静謐な湖、いろいろな所から秀麗な形を見せて人々の心を癒してくれる日本一の山。
富士山はやはり見る山だなあ・・」とつくづく思います。





★地球温暖化と富士山

今年の富士山の残雪量は異常に多く、7月1日山開きに除雪が間に合わないと危惧されました。
意外かもしれませんが、これも「地球温暖化」の影響であると思われます。なぜなら暖かい冬ほど冬型西高東低型(寒波の時は乾燥強風)ではなくなり、雨の降りやすい気圧配置になります。その結果、標高が4千mに迫る富士山では雨は必然的に雪になって降雪量が多くなってしまうのです。
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富士山の植物限界は徐々に高度を上げており、遠い未来には山頂までが緑に覆われた山になるとも云われております。しかし恐ろしいことに、そのとき富士の美しい円錐形はもう見ることができないという危機説があるのです。富士山の美しいシルエットも永久凍土によって形造られており、地球温暖化の影響で将来はその形が一挙に崩れ去ってしまうということらしい・・。
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今、地球で永久凍土がどんどん溶け出し、ロシアでマンモスの子どもが掘り出されたり、北極海の氷やヒマラヤ氷河が毎日崩れ落ちています。想像もしたくない「不都合な真実」です。


     〈1999年10月):「黎明富士」と「日の出」の瞬間(南アルプスの「悪沢岳」より望む)
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....↑将来この美しい富士のシルエットが崩壊する日が来るなんて到底想像しがたいことだ。.....





★世界文化遺産への登録


07年2月7日、富士山がユネスコの「世界文化遺産」暫定リストにようやく登録されました。
本来「世界自然遺産」としての登録を目指すべきですが、山でのゴミ放置・し尿垂れ流し・山麓での産業廃棄物不法投棄・俗人的な開発・観光化等がネックとなりその道は阻まれ続けてきました。
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それならば・・と、富士山を取り巻く文化的要素(信仰・史跡・古道・周辺景観・文学芸術等)を世界にアピールすることで「文化遺産」としての正式登録を目指しているところです。
古くは「万葉集」「古今和歌集」等に詠われ、近世「浮世絵」にも描かれてきた文化・芸術的評価
日本三霊山(富士、白山、立山または御嶽)、山岳修験の頂点として崇められてきた霊峰不二
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その圧倒的存在から、多くの民衆から畏敬の念をもって慕われてきました。
これの歴史・文化の重みを鑑みれば、世界の「文化遺産」として認められないわけがありません。


5年以内の正式登録をめざし、静岡・山梨県や周辺自治体は景観の保存管理計画を策定、NPOや民間団体などと連携を図りながら、環境整備の地道な活動を積み重ねています。
(富士五湖周辺の観光業者は死活問題だと反対して、若干足並みが揃っていないようですが・・)
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ユネスコが登録数を抑制し始めていることや、国内の順番待ち(中尊寺・鎌倉・彦根城等が先行して登録)もあるので、正式認定が実現するまでにあと7~10年はかかるのかもしれません。 


     (2007年1月):御坂山塊から望んだ「霊峰不二」(Fツアー07新春登山にて)
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.........冠雪富士の秀麗な姿はまさに「新春富士」に相応しい。手前には西湖が見える。↑..... 
ローリングウエスト山紀行3
←Fツアー07新春登山


10年前、富士山に生まれて初めて登ったのですが、当時は殆どいい印象・思い出がありません。
酸素の薄い空気で高山病になった辛さ、山頂でのゴミの多さ、すごい人混みに本当にガッカリ、「富士山はやはり見る山なんだ・・。一度登ればもういいや・・・。」と思いました。

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しかしその後、登山者の環境に対する意識は大幅に向上し、ゴミは相当減ってきたようです。
また全ての山小屋はバイオトイレに変わり、環境面での整備も着々と進んでいます。
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今まで紹介してきたように富士山周辺にはこんなにも素晴らしい景観・名所・史跡があるのに世界から認められていないのは本当に不思議なことです。文化・自然の両方が認められた「複合遺産」としてユネスコ登録されるのが本来あるべき姿です。一刻も早くその日が実現するといいですね。






★エピローグ


.....冬晴れの日は、東京・横浜でも富士山は鮮明に見える。(横浜みなとみらいの夕暮れ富士).....
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.........↑高層ビルと富士山の夕映えコラボレーションは実に芸術的.....(ネット壁紙から拝借)........


新潟柏崎生まれの小生にとって、冬晴れの太平洋側気候や富士山風景は憧れの的でした。
「いつか日本一の山をじっくりと味わってみたい・・」(雪国育ちの方の共通の思いと察しますが・・)と思っていましたが、縁あって横浜や静岡に勤務する期間が長かったために、「日本一の富士山の魅力」を十分堪能する機会を人生の中で多く得られました。

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静岡時代は「美しい富士の姿を毎日見る」という経験が得られただけでなく、「富士遠景を擁く素晴らしい名所」を頻繁に訪れることができました。富士山の魅力は奥深く、まだその一端にしか触れていないのかもしれません。これから何回も「未体験の富士の感動」に遭遇できると信じています。


リンク:「秀麗富岳十二景」第14回展:優秀作品←(大月郷土資料館さんよりPR依頼を受け紹介)


         (1999年10月):「悪沢岳」より見た「遠く朧げなる富士絶景」
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今でも「富士山は、登るよりは見る山・・。霊峰を遠くから仰ぐ方が素晴らしい。」と思っていますが、
歳を重ねるごとに「もう一度富士山に登りたい!」との心境になる日が来るような気もします。
(その時は「北口本宮富士浅間神社」を出発して吉田登山ルートを苦しみながら登ってみたい!)
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そんな日を迎えるまでは、富士山をさらにいろいろな所から見て楽しみ、心を十分癒してもらうことといたしましょう・・・、憧憬感をじっくりと深めて挑戦への決意を醸成しておくことといたしましょう。

 

                                                    おわり

  by rollingwest | 2007-08-03 16:03 | 山紀行・名峰レビュー | Comments(10)