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<2014年4月>鎌倉湘南探訪(その8):「藤沢歴史探訪」(義経・一遍・日蓮の史蹟巡り)

<日本仏教史を飾った偉人達>(その3):踊念仏・時宗「一遍上人」&「日蓮上人」②(龍ノ口法難)


★藤沢北部エリアに見られる歴史の面影

久しぶりに鎌倉湘南探訪シリーズ記事を公開、今回は鎌倉・江ノ島から離れて藤沢北部に足を伸ばしてみました。今やすっかり都市化した藤沢の市街には、残念ながら鎌倉や川越のような深い歴史を感じる街並は見当りませんが、宝探しの視点で歩いてみると随所に歴史の面影を発見できます。


    .......湘南最大の都市「藤沢市」(人口42万人、神奈川県第4位)の駅前風景.......
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藤沢宿は江戸日本橋から数えて東海道53次の第6番目の宿場。戦国時代から、小田原北条氏の交通要地でしたが1601年に駅制が定めら藤沢宿として成立しました。遊行寺や江ノ島詣の観光宿で発展し、江戸庶民は浮世絵に描かれた光景に憧れて藤沢という地をイメージしていたことでしょう。

                                湘南探訪・江ノ島を特集した記事はコチラから


   .......広重や北斎が浮世絵に描かれた藤沢宿・江ノ島は江戸時代の人気観光SPOT.......
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藤沢北部には、東海道の昔を思い出すような街並風景は殆ど残っていませんが日本史に登場するビッグネームの史蹟を随所に発見することができます。今回の記事は、源義経に所縁深い「白旗神社」、一遍(踊り念仏・寺宗の開祖)の「遊行寺」、日蓮が法難を受けた「龍口寺」を中心に紹介しましょう。


   .......日蓮上人が法難を受けた「龍口寺」、寺の高台からは藤沢の街と江ノ島が望める.......
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★源義経・弁慶の首が祀られる「白旗神社」


     .......藤沢の「白旗神社」(創建年代不詳、古くから寒川比古命を祀っている).....
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源義経が祀られる藤沢の「白旗神社」は全国に70社を数える源氏を祀る神社の一つですが、もとは相模国一宮寒川神社と号していたとのこと。しかし1249年に義経がここに合祀され白旗神社となりました。ちなみに源氏三神社とは、六孫王神社(京都)、多田神社(川西)、壺井八幡宮(羽曳野)


  .....社殿を覗くと判官・源義経の肖像画があるぞ!ヒーロー義経が当地に眠っていたのか.......
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その由緒は源義経と弁慶の首が当地に祀られたからです。平家打倒の立役者だった義経は兄頼朝とその後対立し1189年奥州平泉で攻められて自害しました。2人の首は鎌倉での検分実施後に捨てられ、藤沢の境川に漂着して、近くには義経の首を洗ったという「首洗い井戸」が残っています。


   .......奥州で自害した義経の首は鎌倉で検分され川に捨てられ、当神社で祀られる......
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当地で首が拾われた事を知った頼朝は義経を哀れみ源氏シンボル「白旗」の名を冠し明神として祀らせたとのこと。境内には義経と弁慶の名に因んだ木や石碑もある。日本史で超有名な義経・弁慶が藤沢に眠っているとは意外と知られていない事実!でも源平史が好きな人はよく訪れる神社です。


       ........石に触れると病気に罹らないと云われる「弁慶の力石」もあった......
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源氏に所縁深い神社といえば八幡宮ですが、鎌倉鶴岡八幡のシンボルは鳩。そして白旗・・、清和天皇をルーツとする源氏と秦氏は深い繋がりを持っています。今登場した文字(幡・鳩・旗・秦)には全てHATのキーワードが登場している。大陸渡来の秦氏は氏姓の源という意味が隠されているのかも・・


       .......源平合戦で有名な源氏の白い旗、この神社の名の由来となっている......
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★高級別荘住宅地の鵠沼海岸付近

江ノ島の隣に位置する鵠沼海岸には、歴史的に有名な政治家・実業家・文化人の邸宅や別荘が多くある場所でリッチな雰囲気が漂います。RWにとっての鵠沼は、会社の新入社員研修合宿で砂浜を毎朝走らされたことが脳裏に蘇る海岸。江ノ島を生まれて初めて見たのも研修所の窓からでした。


  ......新入社員研修で毎朝、鵠沼の砂浜(別荘地の面影あり)を走らされたものだネ~.......
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2007年、鵠沼にあった歴史的建造物が次々に放火される事件が相次ぎ、この辺りは物騒な雰囲気に包まれたことがあります。大正時代の丸ビルを建築した米国設計技師モーガンの旧邸、国の重要文化財建築だった旧住友家俣野別邸、大磯の旧吉田茂邸も出火、実に不埒な奴がいたもんだ・・


   .......(左)モーガン旧邸 (右)旧住友家俣野別邸、2007年に連続放火で焼失.......
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鵠沼に皇大神宮があったという事実も初めて知りました。832年造立記録があり、創建が古い神宮の祭神は天照皇大神の他に神話のビッグネームが続々と登場します。第60代醍醐天皇時代には、相模国の総社(筆頭は寒川神社)に列せられたらしい。鳥が告げるクゲの字も何か意味がありそうだ・・


   ........(左)鵠沼皇大神宮 (右)夏は人形山車が練り歩く華麗な例大祭が行われる......
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★箱根駅伝の坂で有名な「遊行寺」(時宗の総本山)

正月の風物詩「箱根駅伝」往路で戸塚中継所を通過した後、最初に迎える難所は「遊行寺坂」、ここを上り下りするランナーはスペシャリスト選抜の一人なのかも・・。坂の名前は鎌倉時代に「一遍」という遊行僧が当地で踊念仏を始め、「時宗」という大きな宗派に成長し「遊行寺」が建立されたことに由来


    ........遊行寺の坂(国道1号)はきつくて長い・・。箱根駅伝の難所コースとして有名......
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時宗・総本山「遊行寺」の正式名称は「藤澤山無量光院清浄光寺」・・、Oh~藤沢の名前がついているぞ!東海道五十三次・藤沢宿は江ノ島観光の他に門前町として発展したことが大きな理由か・・?


  ........「遊行寺」は境川(片瀬川)を渡った丘の上に鎮座。時宗4代目「呑海上人」が創建......
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時宗開祖の「一遍」は全国を遊行して踊念仏を広め、鎌倉新仏教の一勢力を占める程に発展へと導きました。本堂は東海道随一といわれる木造建築(関東大震災後に再建)で実に堂々としている。総門の石段は48段あり、いろは四十八文字からもじって「いろは坂」と呼ばれているとのことです。


  .......(左)諸国を巡り「踊り念仏」を広めた「一遍上人」 (右)総門へ登る石段「いろは坂」......
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「いろはにほへと」の歌を調べて見るとは「諸行無常」「諸法無我」「涅槃寂静」の三法印(真理の教え)が刻まれているそうな・・。いろは歌の作者は空海や柿本人麻呂等の諸説がありますが、歌中には日本古代史を紐解く暗号が隠されているとも言われます。毎回この路線が好きなRW・・(苦笑)


      ......念仏系宗派の本尊は金ピカのケースが多いが、ここも実に華やかだった・・!......
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境内には、大銀杏(樹齢数百年)や立派な庭園(ソテツも多く湘南らしい雰囲気)があり、ゆっくりと散策するには楽しいお寺だね~!訪問した日は梅が綺麗に咲き誇り、春到来の嬉しさを感じました。


     ......遊行寺社務所の庭に出てみると燃立つ白梅や木瓜の花、本格的な春到来!......
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先日久しぶりに大手町ビルど真ん中に鎮座する強烈なる東京のパワースポット「平将門の首塚」を訪ね、塚碑銘に「遊行寺の名僧・真教上人が復興した」と記載されており驚きました!鎌倉新仏教の寺と日本最大の祟り神との繋がりは全くイメージしにくいものの実に不思議な縁だな~と思った次第です。


   .......(左)早春の庭に心和む (右)平将門首塚(大手町)の復興は遊行寺名僧の名が!.....
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★日蓮が斬殺されかけた法難の寺「龍口寺」

「龍口寺」は藤沢市片瀬の丘に建つ日蓮宗の本山、この地はかつて鎌倉時代の刑場跡で1271年日蓮が処刑されそうになった因縁の地であり当事件は「龍ノ口法難」と呼ばれています。日蓮は鎌倉幕府や念仏宗を堂々と路上批判(辻説法)し捕えられてしまいますが自分の信念を曲げません。


  ......「龍ノ口法難」の舞台「龍口寺」、幕府に捕えられた日蓮はここで処刑されることになった......
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ついに日蓮上人は腰越の「龍ノ口刑場」で斬殺処刑されることになりました。上人が首切り座に据えられ介錯人が首を刎ねようとする瞬間、突然轟音と共に雷光が閃いたのです。武士達は目が眩み次々倒れ込み、天から守られた上人は難から無事逃れられ、当地は日蓮法難の霊蹟となりました。


  ......日蓮が斬殺される寸前に、突然雷光・雷鳴が轟き、武士は目が眩み倒れ込んだ!......
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処刑は免れても佐渡流罪となった日蓮でしたが、赦免後は日蓮の教えをさらに広めていきます。頑固一徹な日蓮上人の波乱万丈な一生は「大田区探訪④池上本門寺」で紹介済ですのでご覧下さい。

                          日蓮の生涯(大田区探訪④池上本門寺)の記事はコチラから

 


  ......(左)処刑寸前の地には日蓮の石碑が! (右)高台にはインド寺院風の仏塔があった....
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仁王門をくぐり山門を抜けると広い境内が広がり、大本堂と五重塔が現れます。大本堂をぐるりと取り囲むように裏山の散策路があり、裏山に聳え建つ風格ある五重塔や真っ白な仏舎利塔を観ることができます。仏舎利塔に登ると相模湾・江ノ島や藤沢の街を望む絶景のパノラマが満喫できます。


    .......(左)風格漂う五重塔 (右)威厳ある本堂、見事な木彫りが芸術的だった!......
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★日蓮所縁の史蹟が多く残る鎌倉

鎌倉は日蓮上人の足跡が多く残っている場所です。辻説法を行っていた「鎌倉開教聖地の碑」がある「妙本寺」(苔寺とも呼ばれる)を中心にして日蓮所縁の寺跡をジックリと散策することができます。


      .......辻説法の地に立つ「妙本寺」の日蓮像、「松葉が谷草庵跡」としても有名......
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安房から初めて鎌倉に入った日蓮が拠点を構え20年近く過ごしたといわれる「松葉が谷草庵跡」、「立正安国論」を著した「安国論寺」、「大聖人辻説法像」(高村光雲作)が立つ「長勝寺」が最大見所


   ......(左)蒙古襲来を予言した「立正安国論」の著書拠点 (右)「富士見台」からの光景......
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その他、日蓮宗を迫害した北条時頼家臣が翻意帰依した「光則寺」、日蓮が富士山に向かい法華経を読んだ「富士見台」(由比ガ浜・材木座海岸・富士が一望の絶景ビュー)等もお薦め。次回は日蓮上人が辿った鎌倉足跡に絞りレポートしたいと思っています。あっ今回は藤沢の紹介でしたネ・・、失礼~


    ....... 日朗(日蓮の弟子)を監禁した幕府家臣が翻意帰依した「光則寺」(お花の寺)......
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龍口寺の近くにはマスコットみたいな可愛らしい六体の地蔵が祀られています。六地蔵は、当地で処刑された罪人供養のため亡者を六道(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天)から救うために祀られます。


      .......(左)昔は刑場だった龍口寺の近くには「六地蔵」 (右)腰越・江ノ電風景......
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修行足らずで現生利益優先の凡人は、日蓮の如く強くは生きられず・・、一遍の如く欲なく往生を願う暮しもできず・・、皆様とブログでコメントを交わすささやかな喜びで生きているRWです。(苦笑)



                                                          おわり

  by rollingwest | 2014-04-19 00:00 | 鎌倉・湘南探訪 | Comments(92)

<2012年GW>両親連れて恒例の家族旅行:(後編)塩田平&上田城

                        <2012年GW>両親連れて恒例の家族旅行:(前編)から続く


★別所温泉に別れを告げて

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GW家族旅行前編記事から相当ブランクが空いちゃいましたが、後編は「信州の鎌倉」と呼ばれ古刹が点在する上田市「塩田平」、そして戦国武将人気NO1「真田幸村」一族の「上田城」を紹介します。


       ........(左)外湯(大湯)に浸かる朝  (右)「葵の湯」は木曽義仲ゆかりの湯.......
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        ........「玉屋旅館」の朝食は、品数・質も実に豪勢でございました~!......
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名湯「別所温泉」の翌朝は、外湯「葵の湯」に浸かり豪華な朝食を頂いて「玉屋旅館」を出発。途中で「別所温泉駅」(レトロ電車展示)や「七苦難地蔵堂」をカメラに収めて、上田の塩田平へと向かいます。


        ........「別所温泉駅」(上田電鉄・別所線)に展示されていたレトロ車両.......
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       .......「七苦難地蔵堂」には枝垂れ桜、この交差点から塩田平へと向かう.......
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上田市は中央に日本最長の千曲川(信濃川)が流れ、菅平・美ケ原高原に囲まれた歴史と文化の街。信濃国分寺創建以来、当地の政治・文化の中心として1200年の歴史が脈々流れ続けています。仏教文化のパイオニア地「塩田平」には奈良・鎌倉期建立の文化遺産が数多く残っており驚きの発見!


            ........「塩田平」から俯瞰する別所温泉風景、実に心が癒されました.......
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★古刹の宝庫、信州の鎌倉「塩田平」へ


特異な山容をみせる独鈷山をバックに、桜や花桃が咲いている郷「塩田平」に朝9時前到着。まずは中部日本最古の木造建築「薬師堂」を擁する「中禅寺」を訪ねました。「薬師堂」はまるでマッシュルームみたいな可愛らしさ。しかし近くから見れば、茅葺の重厚な屋根をのせたお堂は実に荘厳な雰囲気


      ......塩田平は「信州の鎌倉」。まず始めに「中禅寺」へ、満開の花桃と「弘法大師像」.......
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    ........(左)山里の遅い春、地蔵様も微笑む (右)重要文化財「薬師堂」、キノコみたい.......
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「中禅寺」の創建は825年、空海が雨乞いの祈祷をするために草庵を結んだのが始まりらしい。「中部四十九薬師霊場」のお寺で、遅い春の山里にはピンクや真っ赤な花々が咲き誇っていました。


    ......(左)「中部四十九薬師」という霊場もあるのか (右)真っ赤な花桃をバックに.......
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中禅寺の隣には塩野神社というチト不思議な雰囲気な古社が鎮座していました。高い杉木立を進んで行くとアーチ状曲線の太鼓橋が出現、さらに奥に進むと楼閣造りという二階建てのレア姿の社殿だ!これは珍しい神社だね~!この古社は白鳳時代に出雲大社の分霊を独鈷山頂に祀ったものです。


    .......(左)塩野神社参道の巨木杉 (右)鬱蒼とした森の中で佇む「塩野神社」.......
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    .......(左)雰囲気ある古社には「太鼓橋」を渡り行く (右)別所温泉&塩田平MAP.......
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祭神は須佐之男命・大己貴命・少彦名命。でもチト荒れた雰囲気で、もう少し手厚く敬ってほしいなアと感じました。武田信玄や真田一族も戦勝祈願や築城安全で崇敬した由緒ある神社なのですから・・  


      ........(左)個性的な社殿、曳山・山車の如し (右)実に珍しいダブル社殿建築.......
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国道143号線(上田~松本)を行くと小県郡青木村、ここには「見返りの塔」の愛称をもつ秀麗な三重の塔が静かに佇んでいます。これが有名な「大法寺三重塔」。惣門から参道を登ると観音堂が出現、その裏手の小高い丘に檜皮葺「三重塔」が中空に舞う鶴の羽の様な優雅な姿を見せています。


    ........(左)青木村にある名刹「大法寺」  (右)新芽が芽吹く木、赤頭巾の石仏.......
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鎌倉・南北朝時代に造営された塔は初重部分が特に大きいのが特徴、奈良の興福寺三重塔に類例を見る独特の工法らしい。昔から道行く人々が余りに美しい姿にふり返りながら旅を続けたという名前の由緒。平地を見おろす丘の中腹からの景色、周囲を巡り歩く雰囲気は実によかったね~!


        ........「見返りの塔」とよばれる大法寺「三重の塔」、素晴らしい寺が続々登場!.......
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「生島足島神社」は創建年の詳細は不詳ですが「太古より大八州御霊、日本総鎮守」として仰がれた古代神社です。出雲勢力の建御名方命が天照大神との戦いに敗れ、諏訪に降下する途中で当神社に拝謁したと伝えられています。古事記以前から崇敬されていた神社だったとは驚きですね~!


     .......武田信玄が川中島合戦前に勝利祈願した「生島足島神社」、歴代上田城主も崇敬.......
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前山寺は弘法大師空海が護摩修行霊場として開創したとのこと。ここにも有名な三重塔(室町時代)があり、2・3層が未完の和様・禅宗様の折衷塔は「未完成の完成塔」と呼ばれる美しい塔です。


           .......弘法大師が開き塩田北条氏が祈願した「前山寺」の三重塔.......
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           .......「信州の鎌倉・塩田平」を後にして、上田市街へと向かう.......
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さすが「信州の鎌倉」と呼ばれるだけのことはある古刹の宝庫!全ての寺社を廻ることはできなかったけれど、またいつか当地を訪れてみたい!車は一路、上田市街中心部へと向かっていきます。






★真田一族の所縁ある「上田城」へ


戦国武将人気投票において常にNO1~BEST3に入る人物は「真田幸村」です。有名な真田一族に所縁深い「上田城」を訪ねてみました。市街中心部に「上田城跡公園」で復元された城門・櫓や真田神社を見ることができます。毎年、花見季節になると多くの市民や観光客で賑わう憩いの場所です。


   .....(左)「上田城」のお堀にたなびく幟旗  (右)上田駅前の「真田幸村象」(本名:信繁).....
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上田城跡公園には東虎口櫓門から入りましたが、早速イケメン武将2人がお出迎え。本当は記念写真の有料サービスの方でしたが、自前デジカメ渡してイケメン君と並んで無料撮影をおねだりして一同パチリ
上田城は真田昌幸(幸村の父)により16世紀末(安土桃山時代)に崖を利用して築かれた平城です。


    ......「東虎口櫓門」前でイケメン武将と並び家族一緒の集合写真(コレじゃ商売にならんネ~)......
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築城後に昌幸は徳川氏の大軍に2度も攻められながら、城に立て籠りを撃退したことで知られます。櫓門の石垣には昌幸が据えた「真田石」という大きな柱石がありました。真田一族が松代転封となり父の形見に持ち運ぼうとした際、大勢の人夫をしてビクとも動かなかったと伝えられる大石なのだ。


      ........(左)上田城の守衛「西櫓」 (右)真田家移封後も城の象徴で残った「真田石」......
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公園の奥へと進んで行くと「真田神社」が出現!真田一族の家紋「六文銭」旗で装飾されています。実はもともと上田藩主だった松平氏が松平神社の名で建立したのですが、戦後に歴代藩主(真田氏と仙石氏も合祀)で上田神社となり、昭38年に上田市民の願いで真田神社と改称されたのです。


            .......真田氏家紋「六文銭」の旗がたなびく「真田神社」.......
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真田神社本殿前に来ると、左側にはドデカイ鹿角が生えた赤い兜が飾られているではないか!そして中央には真田一族「六文銭」家紋(金色)が輝いている!この兜こそが人気NO1武将のシンボル!

     
                      ........真田神社本殿の前にはドデカイ「真田赤兜」が鎮座!.......
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旗印の六文銭は死別の棺に入れる冥銭(三途の川・渡し賃)で、不惜身命(仏法のため身命を捧げ惜しまぬ)の心意気(六文銭を身に着け死を恐れぬ士気)を表しています。神社最奥部には抜け道や物資輸送に使用した「真田の井戸」を発見!兵士モチベーション&裏仕掛策略の両立・・、強い筈だ!


    ......真っ赤な真田兜が飾られていた!「鹿角&六文銭」、これぞ真田一族の心意気!.......
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        ........(左)謎の酒樽茶室、中には畳が! (右)仕掛けが凝らされた「真田の井戸」.......
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真田DNAを残すため手段を選ばなかった真田昌幸のジャッジにも感嘆!長男信幸を徳川方に就かせ、自分と次男・幸村は豊臣秀吉に従いました。次の天下が何れになるのかは運命次第・・、子供を双方に分かれさせれば片方は生き残り真田の血が続くという小大名の厳しい選択だったのです。


     .......「大坂夏の陣」屏風が展示、日本一の真田兵が家康軍に勇敢に立ち向かった.......
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父(昌幸)・弟(幸村)と兄(信之)は「犬伏の別れ」を経て関ヶ原合戦で敵味方となりますが、結果的に真田一族のDNAは連綿と受け継がれました。武士の心意気で必死に守り抜いた上田城・・、21世紀になっても上田市民は真田一族の心と一体化しその存在を誇りに思っているような気がします。





★北国街道の風情を名残り惜しみ家族旅行も大団円


         .......旧・北国街道「柳町通り」はまるで時代劇のセットに入った様な雰囲気.......
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上田城址公園で真田一族の歴史エッセンスに触れた後は、旧・北国街道の「柳町通り」を訪ねてみました。ここはかつて訪ねた海野宿や妻籠・馬篭のような雰囲気が漂っています。卯達が張り出す格子造りの家並には造り酒屋・蕎麦屋・真田グッズ専門店が立ち並んでいます。実に風情がありますナ~


       ........(左)真田キャラクター専門店「六文銭」 (右)「与三郎発芽蕎麦食らう」の看板.......
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GWの2日間、信州の遅い春を楽しみながら別所温泉の湯に癒され、塩田平の神社・古刹に触れた家族旅行もついにフィナーレを迎えました。GWの雨予報だった天気も何とか今日の午後まで持ってくれたことに感謝・・。上田の街に別れを告げ再び上信越自動車道を北上し柏崎へと向かいました。


   .......柳通りにて。懐かしい赤いポスト脇で集合写真、楽しかった家族旅行も終わりです.......
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双方のお袋さんも80歳目前、飛行機・電車を使った遠隔地旅行は相当しんどくなり、選択肢は近県温泉の車旅のパターンに絞られてきました。でもこの様な旅行が出来ること自体が幸せと思わねば・・



                                                         おわり




次回は、久しぶりの「江東区探訪」:その2(夢の島公園&東京ゲートブリッジ)をお送りします。
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  by rollingwest | 2012-06-15 00:00 | 旅の風景 | Comments(62)

<2011年11月3日>秋の「狭山丘陵」探訪(所沢・狭山不動尊&トトロの森etc)

                                                                   ★所沢・狭山丘陵の秋を楽しむ

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プロ野球日本シリーズは最終戦までもつれ、ソフトバンクが中日を下しついに悲願の日本一!埼玉西武ライオンズはパリーグ・クライマックスシリーズで敗退しましたが、最終戦で3位に滑り込み(シーズン途中は最下位に低迷)、ファイナルまで上ったので結構頑張ったと思う。その本拠地「西武ドーム」がある所沢で秋を楽しみました。


            ........「西武ドーム」(所沢市)や狭山丘陵もいよいよ本格的な紅葉時期に.......
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実は西武ドーム周辺は、国宝級の歴史的建造物や里山自然が楽しめる見所が多くある穴場なのです。
「狭山不動尊」「山口観音」、里山自然が溢れる「狭山丘陵」には「となりのトトロの森」や「狭山湖」等も・・


                .........一点の雲無き青空、銀杏黄葉&「狭山不動尊」..........
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平地に紅葉が輝き始める季節となってきましたが、今秋は11月も夏日があり冬の訪れが相当遅い気がします。紅葉のハズレ年なのかも・・。温暖化影響なのか、最近東京の紅葉は年末時期の方が綺麗・・


     .......(左)「狭山湖」堤防からの展望はホント癒されるネ~ (右)「狭山湖取水塔」の水彩画.......
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紅葉の盛の時期にはまだ早いものの、所沢・狭山丘陵の静かな秋を十分堪能することができました。
「狭山不動尊」⇒「狭山湖」⇒「となりのトトロの森」⇒「西武ドーム」⇒「山口観音」のコースで紹介しましょう。




★「狭山不動尊」(徳川家霊廟など国宝級の遺構群)


所沢には以前、世界の建物を集めた「ユネスコ村」という施設がありました。「堤康次郎」(西武グループ創業者・ピストル堤の異名)が東京プリンスホテルを港区芝に建てる際、空襲で焼けた増上寺の一部や重要文化財を買い取って所沢で公開したのです。それを守るために開山されたお寺が「狭山不動尊」です。


              ......(左)「狭山不動尊・勅額門」から望む「西武ドーム」の額縁風景.......
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西武のドン堤は戦災で荒廃した港区芝・増上寺の「徳川家霊廟」(勅額門・御成門・丁子門)を買い占め、所沢に移築しました。空襲で世界遺産級の霊廟が焼失したことは残念ですが、埼玉で増上寺の由緒ある門・石塔が見られるとは思わなかった!「勅額門」は徳川2代将軍「秀忠」の霊廟門だったのです。


       .....(左)「不動寺総門」(元長州藩・毛利家屋敷門) (右)「勅額門」(秀忠公御廟を移築)......
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不動寺総門を上がっていくと「狭山不動尊」(正式名・狭山山不動寺)が現れました。本尊は不動明王、西武ライオンズが必勝祈願を行う天台宗の寺です。昭和50年(1975)開山、まだ30数年か、新しいネ~!
寺本堂右脇には「第一多宝塔」。先に進むと鐘楼、坂道を上がる辺りに「第ニ多宝塔」が聳えています。


          ......「不動寺総門」の階段を登れば、広場で七五三家族が記念写真.......
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     ......(左)「第ニ多宝塔」(兵庫県東條町から移築、室町中期建立)(右)鐘楼から見る多宝塔.....
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本堂裏手に囲い庭の中にはおびただしい数の青銅製の唐灯籠群がありました。増上寺の各将軍霊廟に諸侯が挙って奉納した燈籠らしく、その数に圧倒されます。燈籠道の奥には「羅漢堂」が佇んでいる。


          ........港区麻布より移築された井上馨邸の「羅漢堂」、徳川霊廟の大燈籠群.......
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不動尊の裏側(西武ドームの逆側)にも立派な「桜井門」があります。江戸時代末期の尊王攘夷志士「天誅組」一派の本陣として利用されていた奈良県十津川の「桜井寺」の山門。色々な遺構があるナア・・


                   ......(左)「桜井門」 (右)桜井門・天誅組の解説........
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★狭山湖(山口貯水池)の風景


狭山湖(正式名称:山口貯水池)は所沢市・入間市の境界に位置する人造湖で、多摩川の水を導水して昭和9年に完成、東京の水瓶役割を担っています。湖周辺は狭山自然公園して「埼玉自然百選」にも選ばれています。春は桜、夏は森林浴、秋の紅葉、冬は湖面に映る富士山と夕日。景観が素晴らしい!


          ......(左)狭山湖(山口貯水池)に水鳥が行く (右)取水塔クローズアップ.......
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           .....(左)秋の狭山湖公園の休日風景 (右)東屋越しの狭山湖........
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狭山湖は中央堰堤を挟み上貯水池(西)・下貯水池(東)で構成されるアース式ダム、多摩川の水を羽村浄水場・第3水門から多摩湖へ送水しています。浄水場への送水管は村山境線と呼ばれ多摩湖自転車道として市民に広く親しまれ憩いの場となっているのです。湖畔時期の満開桜も一度満喫したいね~


      .........「狭山湖」大絶景!最近のデジカメはパノラマ機能があり、ワイド写真が手軽だネ~!.........
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★「となりのトトロの森」(狭山丘陵の里山風景)

          ......(左)ご存知有名な「サツキとメイの家」 (右)トトロの森の入口(脇に神社).......
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狭山丘陵は映画「となりのトトロ」の舞台のモデルとなった場所といわれており、一般に「トトロの森」として親しまれています。東京・埼玉にまたがり、東西11㎞、南北4㎞、面積約3500haに渡って広がる丘陵は正に首都圏に残された緑の孤島・・。ここにはかつての武蔵野の里山風景や自然が残っています。


              .....(左)清照寺の門前石仏      (右)トトロの森への道.......
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谷地の地形に広がる自然の中には欅や榎の大木に囲まれて、藤森稲荷神社や北野神社など鎮守の森がありました。藤森稲荷の榎はトトロの木と呼ばれているそうナ。確かに精霊が息づいている気が・・

 
          ......(左)藤森稲荷神社のエノキ(トトロの木)     (右)北野天神社........
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車で廻ったので「トトロの森」入口は反対側の道から廻り込んでいきます。案内板は余り整備されておらず見つけるのにちょっと苦労しました。清照寺の門前石仏の下辺りにありますが、ワカリニクイ~・・(笑)
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           ......(左) トトロの森の入口     (右)トトロの森1号地の看板........
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入口を進んで行くと「トトロの森:〇号地」の看板がいくつかありますが、宮崎駿などに関する物は一切なく、純粋に里山自然を守っている場所という感じ。ちょっと静かすぎて誰にも会わなかったのが意外・・


         ......(左)アブラゼミの一生の看板    (右)映画「となりのトトロ」.......
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緩やかな丘と谷が織りなす四季の里山景色の中に狐・狸・オオタカ・フクロウ等、多くの動物・植物・昆虫が息づいているのでしょう。大都市近郊緑地としては驚くほど豊かな自然が残されているとのことです。
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狭山は茶どころとしても有名ですが、今年は原発の影響で規制値を超えるセシウムが検出され風評被害(足柄・静岡も同様)に苦しんでいます。日本の自然を象徴する水田・里山風景を維持し支えていくことも後継者不足で相当厳しいと聞きます。首相のTTP参加表明で日本農業の未来はどうなっていくのか・・?


           ..........「狭山の茶畑」、緩やかな丘陵に広がる長閑な風景.........
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★「西武ドーム」の中を覗いてみる・・


日本シリーズに残念ながら進出できなかった西武ですが、本拠地球場の中を覗いてみよう。ここで学生時代にビール販売のバイトしたことが懐かしい・・。当時は屋根なしの球場、今は完全密閉ではない隙間のドーム


       ......(左) 西武ドーム周辺も紅葉風景   (右)西武ドーム外野側からの婉曲.......
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今回、ライオンズVSホークス対決・・、パリーグ・オールドファンはどのように見たのだろう?ライオンズと言えば昔は福岡(西鉄)、ホークスは大阪(南海)、昔の西鉄ファンは意外にライオンズの流れを重んじて西武が好きという人もいると聞きます。大坂の近鉄は仙台楽天に身売り、ロッテは昔仙台が本拠地。日ハムは今や北海道


          .........バックネット側に位置どり全体を俯瞰、結構いい球場ですね~!.........
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昔のプロ球団は東京・大阪に偏在していましたが、今の図式は地元意識の盛り上がりが生み出されています。全国にフランチャイズが分散したことは実にいいことだネ~。Jリーグに刺激された事は間違いありません。でも埼玉って県のまとまり意識が今一つ。西武が優勝しても所沢だけで、浦和はレッズ中心カナ?(笑)





★「山口観音金乗院」

西武ドームから狭山不動に向かって左側の通りを進み、さらに坂を上ると「山口観音金乗院」があります。「開山堂」と中国風建物「七福神御堂」、本堂にはマニ車、チベット風でもあり・・異国文化のコンフュージョン・・
しかし観音像や観音堂は奈良時代の僧・行基により820年頃に開かれたという日本の古刹なのです。


        ......(左)「山口観音金乗院」の開山堂&七福神堂 (右)本堂マニ車(回すと功徳)........
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          ......(左)「七福神堂」の竜のうねり(向いあっている)、コリャ完全に中国の寺だ~!.......
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本尊は「千手観音行基菩薩」(弘法大師・空海が開眼)、「狭山三十三所第一番」の札所となっています。空海の霊泉、4体の千手観音像、本堂マニ車、中国風の五重塔や仏国窟、ビルマ仏など色々あるネ~!
鎌倉時代末期には、幕府打倒で挙兵した新田義貞がここに立ち寄り戦勝祈願をした寺でもあるそうナ・・


      ......(左)本堂の全景 (右)「空海」像と地蔵群があった。「南無大師遍照金剛~」!........

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           ..........「山口観音案内図」、結構色々な建物や史跡が混在している!........
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裏斜面を上がると「奥之院」と呼ばれるエリアに出ます。オオ~、真っ赤な「八角五重塔」が聳えている!
コリャ~、横浜中華街に移設したら脚光を浴びるだろうナア!五重塔下には塔をグルリと回るように「仏国屈」というトンネルがあり、中に西国三十三番札所・四国八十八ケ所霊場の各本尊が祀られているのです。


         ......(左)「奥之院・八角五重の塔」を見上げる (右)仏国窟(本尊が沢山並ぶ).......
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洞窟の中に入ってみると、仏像がズラリと並び、訪問者を迎えてくれます。写真は明るく写っていますが、実際は非常に暗くヒンヤリしてチト不気味な感じ・・。この通路を進んで行くと反対側出口に繋がっている。


          ........「仏国窟」の出口には光が!出れば悟りの世界か?(amai kangae).........
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外に出て見ると「水子地蔵尊供養塔」、雛壇の通路は一番下中央から同心円状にちょっとした迷路風になっています。ミニチュアのビルマ仏があり巨大中国龍もうねっている。何でもアリのドラゴンボール寺院ダネ~


               ......(左)「水子地蔵尊供養塔」 (右)本堂を見下ろす中国竜.......
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         ......(左)中国竜のうねり (右)散策する夫婦・・、写真撮るRWを睨みつける猫........
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★秋の狭山をあとにして


     ......(左)木陰から覗く「奥之院五重の塔」 (右)「桜井門」に続く「狭山不動・石灯籠」の道.......
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滅多に来ない所沢・狭山丘陵の秋の風景を堪能して帰路に着きます。車でグルグル巡りゴッタ煮状態・・、お寺も何でもありのゴッタ煮状態だったナア・・。でもお宝物が所沢に沢山眠っていることを知り再発見・目からウロコ!埼玉狭山から見える夕暮れの富士山も美しい・・!充実の日を過ごして満足でありました。


     .........「狭山湖」から見る夕暮れの「富士山」、さらば狭山丘陵.........
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次回は、【常陸(茨城)・房総(千葉)の旅】(その5):「銚子・九十九里浜」編をお送りします。
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  by rollingwest | 2011-11-15 00:00 | 近郊歩きのミニ旅 | Comments(59)

<2011年2月24日>【常陸(茨城)・房総(千葉)の旅】(その2):水戸・大洗・鹿島灘編

                                  (その1):牛久・霞ヶ浦・土浦・笠間編より続く



★彰考館「徳川博物館」

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石岡・笠間から東進、茨城・県庁所在地「水戸」(初の訪問)に入りました。水戸といえば「偕楽園」が有名ですが、その記事は後程・・。水戸駅前には黄門様・助さん・格さんが象徴の如く並び立っています。♪「人生~楽あリャ苦労あるサ~♪」・・まずは徳川家に所縁深い彰考館「徳川博物館」を紹



    ......(左) 水戸駅前の黄門様&助さん・格さん (右)ご存知、水戸将軍家のご印籠.....
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偕楽園公園の西端に彰考館「徳川博物館」はありました。水戸光圀(黄門様)、中興の祖・徳川斉昭、最後の将軍・徳川慶喜を顕彰しています。さすが徳川御三家(水戸・尾張・紀伊)の地元だナア・・


   .....(左) 水戸黄門(徳川光圀)の銅像、遠くには慶喜像 (右)歴代の著名な徳川将軍.....
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水戸徳川家伝来の大名道具や古文書を寄贈して設立された(財)水府明徳会の博物館ですが、ここには歴代所縁の甲冑・刀鎗・弓・武具・馬具・絵画・調度・楽器・遊戯具など3万点が所蔵されていました。


        ......(左)水戸徳川家の宝物厨子       (右)蒔絵の酒杯、宝物箱.....
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ご存知と思いますが、黄門様の諸国漫遊は全くの作り話。助さん・格さんは架空人物ですがモデル家臣は実在したらしい・・。ウッカリ八兵衛や風車弥七はドーデモいいけど、由美かおる美貌は化け物級!


  ....水戸光圀の肖像、顎鬚ないとイメージ違うなア・・。あっ黄門様、由美様を見詰めてます?H.....
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水戸藩2代藩主の徳川光圀公(黄門様)は全国行脚はしませんでしたが、「大日本史」の編纂に取り組みました。1657年に着手、1906(明治39)に完成し明治天皇に献上されたそうです。250年の歳月をかけて編纂された歴史書ってスゴイネ~!「大日本史」が編纂された場所が「彰考館」だったのです。


      ......彰考館「徳川博物館」には徳川斉昭(烈公)の直筆「尊攘」の掛け軸が・・.....
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「水戸学」は日本古来の伝統を追求する学問、吉田松陰・西郷隆盛など多くの幕末志士に多大な影響を与え「尊王攘夷」思想として明治維新の原動力となりました。水戸学は前期(光圀の修史事業)と後期(徳川斉昭が開いた藩校・弘道館)に分かれるとのこと。弘道館の記事は後半で紹介します。


        ......(左)徳川慶喜の晩年・楽山翁の姿  (右)若き頃の慶喜(Last将軍).....
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第15代将軍「徳川慶喜」は水戸出身、江戸幕府最後の将軍として幕末・明治維新のキーマンで登場する人物です。フランスと手を組み幕府の軍制改革を行いましたが、大政奉還で江戸城を明け渡し、鳥羽伏見の敗戦ではあっさり朝廷側に降伏してしまいました。無血開城も含めて彼の評価は様々です。


             .......展示室入口のガラスも「葵の御紋」でゴザイマシタ~!.....
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慶喜の真意は定かではありませんが、水戸徳川家が天皇家中心の世界を理想としたこと、慶喜の母も皇族出身だったので朝敵になることを極端に恐れていたからではないでしょうか。結果的には薩長の仕掛けで朝敵にされたのだから少し可愛そうダナア・・。勝てば官軍・負ければ賊軍って訳か・・





★日本三公園「偕楽園」(梅の名所)


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水戸「偕楽園」は、金沢「兼六園」・岡山「後楽園」と並び「日本三公園」の一つ。この名園は徳川斉昭(水戸藩第9代藩主)によって1842年に造園されました。斉昭は千波湖を望む高台を切り開き、領民・皆と偕(とも)に楽しまんと願い「偕楽園」と命名したのです。望台の眺めは実に素晴らしかった!


             .......水戸「偕楽園」から見渡す晩秋の千波湖(10年11月).....
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   .....(左)偕楽園の晩秋風景、実に広大な梅園! (右)屋根つき滑車井戸(10年11月).....
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公園の一周距離は500m程度ですが、小高い山なので自然丘陵地形が全体に生かされ、ゆっくり歩いて20分はかかります。偕楽園といえばやはり梅!広大な園内(約13ha)には100品種・3千本の梅が植えられ、早春は多くの観梅客で賑わいます。今回は晩秋訪問でしたが春に訪れてみたいネ~


      ......梅・満開時の偕楽園の賑いは実に壮観だネ~!(ネット写真).....
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梅林に名を馳せる偕楽園、その他の花や緑でも四季折々の風情・見所があり、春には桜、初夏は深紅のキリシマツツジ、真夏に緑鮮やかな孟宗竹や杉林、秋は萩、初冬には二季桜で彩られるとのこと


             ......孟宗竹林の入口、「一の木戸」は実に風情あり.....
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偕楽園のシンボルは「好文亭」。徳川斉昭が偕楽園内に文人墨客や家臣・領民を招いて詩歌や養老会を催す場所として建てられました。三階「楽寿楼」からの眺望は見事!素剛優雅な外観は水戸武士風格が漂うような建築。「好文」の名は梅の異名で中国の故事に由来して名付けられたそうです。


   ....晩秋の「好文亭」 (左)入口風景 (右)渋い雰囲気の建物から素晴らしい眺望が得られる....
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       ......(左) 好文亭を囲む満開の白梅紅梅 (右)秋のライトアップは実に幻想的.....
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昨年末から寒~く厳しい冬が続いていましたが、漸く春到来!全国的に梅が盛りの時期となってきたナ~!今年の「水戸・梅祭り」は2月20日から開催しているそうです。いつか行ってみたいネ~!


       ......水戸梅まつり全景の写真、100品種・3千本の梅園は実に壮観!......
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★水戸学の精神を受け継いだ藩校「弘道館」

先述した後期水戸学の「弘道館」(1841年徳川斉昭が開いた藩校)を紹介します。水戸城・三の丸にあり敷地面積は2万㎡(大半は武術場と馬場)、正庁は国の重要文化財指定の書院造りです。
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      ......(左)「弘道館」外郭門入口 (右)水戸学のメッカ・弘道館の正面玄関.....
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弘道館は正庁を中心に左右に武館・文館があり、その他に天文・数学・地図・医学館などが立ち並び、まさに総合大学として日本一の偉容を示しました。水戸学のメッカとして「学問と事業の一致」や「尊王攘夷」の明確な理想を持ち、幕末・明治維新に活躍した尊王志士に大きな影響を与えたのです。


    ......(左)床の間には水戸思想「尊攘」の掛軸  (右下)七郎麻呂(慶喜)と斎昭(烈公).....
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弘道館の教育理念を実際に示したのは藤田東湖であり、古事記・日本書紀の建国神話を基に日本固有の秩序・道徳を明らかにし尊皇思想が確立されました。徳川斉昭は文武両道の藩校・弘道館を発展させた水戸徳川家・中興の祖ですが、「烈公」と呼ばれるだけに気性が相当激しい人だったのかも


   .....(左) 慶喜が謹慎した「至善堂」御座の間 (右)居間には木製・消防ポンプ(雲龍水).....
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Last将軍・徳川慶喜は鳥羽伏見の戦いに敗れ江戸無血開城後は、弘道館の「至善堂」で蟄居謹慎をしていました。しかし静岡へ移転させられ生まれ故郷に滞在できたのは僅か4ケ月だったらしい
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今日は欲張って史跡探訪巡りをしてきましたが、結構いい時間になってきた。今夜の宿泊は鹿島市内で予約なので、大洗海岸の「幕末明治記念館」や「磯前神社」を回ってしまおう・・、いざ大洗へ!
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★鹿島灘の怒涛、「大洗海岸」

水戸から南東10km程移動すると鹿島灘・大洗海岸に行き着きます。鹿島灘とは茨城県東部「大洗岬」~千葉県東部「犬吠埼」に広がる太平洋海域を指し、南北に緩やかな弓状の弧を描く美しい砂浜海岸が広がっています。でも外海の波が直接押し寄せてくる場所なのでまさに怒涛荒海の光景!


     ......(左)「大洗岬灯台」には鹿島灘の怒涛が押し寄せる (右)大洗港が一望のマリンタワー......
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茨城の港というとコンビナート工業港の鹿島や日立が頭に浮かびますが、大洗港は北海道・苫小牧へのフェリーターミナル(商船三井)が知られています。広大な砂浜(サンビーチ)を持つ大洗海水浴場も有名!


    .....(左) 岸壁釣りに興ずる夫婦 (右)漁船の合間から見る夕暮れの大洗フェリー.....
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大洗海岸は海草の種類が日本一多い所らしい(驚!)釣り場所でも有名で岸壁には沢山の太公望達がいました。太平洋でぶつかる黒潮・親潮から多くのミネラルや栄養素が寄せられてくるのでしょう。


    .....日沈後、徐々に暗くなる海。怒涛の大洗海岸はさらに荒々しさを増していた。.....
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★常陸国の「明治記念館」


明治記念館というと明治神宮の結婚式場(赤坂)が有名ですが、茨城にも「常陽・明治記念館」が存在!コチラは「幕末明治記念館」と呼ばれ、明治天皇の御下賜品や維新の志士・元勲達の書画等を展示しています。明治天皇の宮内庁長官を務めた田中正顕伯爵(元・幕末志士)が寄贈し大洗海岸に開館


    .....(左)「幕末明治記念館」の明治天皇像 (右)天皇の衣装・太刀、肖像が陳列......
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昭和初期に開館した「常陽明治記念館」は大洗松林に囲まれ落ち着いた雰囲気で多くのお宝物を鑑賞できます。明治天皇の肖像や衣装、幕末動乱の瞬間を活写した「桜田門外襲撃図」や徳川慶喜の書など貴重な品ばかり。因みに映画「桜田門外の変」のロケ撮影は水戸で行われました。
           

     ....明治維新へと繋がった「ペリー来航」と「桜田門外の変」ジオラマが展示.......
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「桜田門外の変」は水戸浪士18人が大老・井伊直弼(開国推進)を襲撃した有名な幕末維新史・最大エポックですが、薩長志士のヒーロー扱いに比べると、水戸浪士達の人生は全く知られていません。事件背景や彼らの計画内容・その後の顛末等がどのように描かれたのか、結構興味がありますねエ・・


  .....映画「桜田門外の変」(2010年秋)、ロケ地水戸には幕末の江戸城が再現された。.....
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★神代の創建「磯前神社」・・、大洗岬を後にして鹿島へと向かう


「大洗磯前(isosaki)神社」は古代神話の神様(大己貴命&少彦名命)が祀られ、創建は平安時代初期(856年)だそうです。一度荒廃した時期もありましたが、現存の社殿・神門は徳川光圀らが寄進して再建されました。茨城は古代神社が多いね~、(その3)で紹介する鹿島神宮はもっと凄いゾ~!


   .....(左)「大洗磯前神社」の威厳ある拝殿 (右)菊御紋に囲まれ、大己貴命らが祀られる。.....
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磯前神社は大洗岬の丘の上に鎮座、漁業の神・医療の神として地元で篤く信仰されます。856年、鹿島の海に光が突然現れて大洗磯前の神として降臨・鎮座したと文徳天皇実録は伝えています。
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         .......大洗岬「磯前神社」の拝殿・鳥居越しにと荒磯海岸が広がる。.....
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海岸岩礁には神霊が出現すると言われる「神磯の鳥居」が建てられています。陸地と海原の境界は「この世と異界の境界」らしい。下記写真を見ると異界への神霊ゲートという雰囲気がするねエ・・。


        ......月光の海に輝く「神磯の鳥居.」(ネット写真拝借)、何と荘厳神秘的!....
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先程紹介した鹿島灘は外海に面した怒涛の波が荒ぶる海。ここから日本一早い日の出を拝める海であることから古の人々は当地を神聖な場所として崇め、パワースポット神社が数多くあるのでしょう。古事記・日本書紀を礎に尊皇・水戸学が発展したのは当地に数々の神話が残っているからなのか・・


          .......再び、夕暮れの大洗岬・灯台と鹿島灘・大洗海岸の怒涛.....
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水戸・大洗の見所を十分満喫し、海沿い国道51号線を突っ走り今夜の宿泊地・鹿島へと向かいます。もう周辺は完全に真っ暗・・。鹿島までは30数kmの距離があり、宿に到着したのは19時半頃。(その3)は日本最大2600年の歴史を誇るパワースポット「鹿島・香取」の2神宮が登場!


  ......【常陸・房総の旅】(その3)鹿島神宮(左)香取神宮(右)の記事は6月初め公開予定......
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                                  (その3):「鹿島神宮」「香取神宮」編へ続く


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次回記事は、「近江・琵琶湖の風景、レビュー」(その1):坂本・大津編をお送りします。
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  by rollingwest | 2011-02-24 00:00 | 常陸・房総の旅 | Comments(54)

 <2010年6月>伊勢路・奈良の旅(その3):「奈良・西ノ京の国宝寺」


                         伊勢路・奈良の旅(その1):「伊勢神宮」
                         伊勢路・奈良の旅(その2):「平城京遷都1300年祭」より続く




★憧れの「唐招提寺」とご対面


高校時代に読んだ「天平の甍」(井上靖・著)の舞台になった「唐招提寺」は憧れの寺で、関西在住時に訪ねてみたかったのですが、10年に渡る大改修の途中でついにその思いは叶えられませんでした。


        ......井上靖「天平の甍(iraka)」:唐招提寺の屋根瓦を表題にした鑑真の生涯記.....
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長期間の大修復が完了、落慶法要が09年11月盛大に執り行われました。今回久しぶりに奈良を訪れたので唐招提寺は何としても来たかった・・。今回ついに羨望の金堂と対面することができました。


        .....「唐招提寺・金堂」(わが国最大の天平文化を伝える至宝建築)......
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金堂の中を覗くと3体の巨大仏像(本尊・廬舎那仏坐像、薬師如来立像、千手観音立像)が安置されており、梵天・帝釈天・四天王もいる。このド迫力仏像群に天平文化・歴史の深さを感じ圧倒されたネエ!


   ......(左) 「南大門」は正面エントランスを飾る。  (右)金堂には「千手観音像」など天平仏がギッシリ......
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     ......(左)「経蔵」(正倉院みたいだ)・・ (右)「新宝蔵」(これも高床式で宝物を守る)......
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唐招提寺は、南都六宗の一つ律宗の総本山で、中国・唐出身の僧「鑑真」が晩年を過ごした寺であり、金堂の他に南大門・講堂・舎利殿・経蔵・宝蔵など多くの国宝文化財を有します。どれも見応えあり!

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     .......(左)「舎利殿」(鼓楼)  (右)「三面僧房東室」(若い僧侶たちが宿泊していた独身寮).....
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   .....(左)境内を歩く女性  (右)鑑真和尚像が1週間限定で「御影堂」に於いて公開されていた。.......
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「御影堂」に来ると何と「鑑真和尚像」特別公開(開山授戒に尽くした日本仏教の大功労者)が1週間限定で行われているではないか!これはラッキー!東山魁夷が堂内に奉納した襖絵も見ることができた。


   .....(左)「鑑真和尚像」期間限定で特別公開!   (右)御影堂の襖絵「山雲」(東山魁夷・作).......
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「鑑真」(中国・唐の高僧)は日本に仏教を広めるため遣唐使船での渡航に挑戦しましたが、荒れ狂う東シナ海の波に阻まれ4回も失敗。それでも諦めずに5回目に挑戦、ついに日本の地を踏んだのです。


         .....(左)インドの古塔を模した「戒壇」  (右)「鐘楼」から舎利殿を見る.......
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奈良の都に到着した時はすでに両眼を失明していました。聖武・孝謙天皇や僧侶らに授戒した「鑑真」の功績は日本仏教史に燦然と輝きを放っており、井上靖はこのドラマを「天平の甍」として描きました。まさか今日憧れの鑑真和尚のお姿を拝見できるとは思ってなかったのでご対面できて大幸運でした~!


      ......「垂仁天皇陵」(この天皇の時代に伊勢神宮が建立された。父は崇神天皇)......
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唐招提寺の横には濠に囲まれた美しい墳丘があり、前方後円墳「垂仁天皇陵」が静かに浮かびます。
ここ西ノ京まで来たのだから、隣の「薬師寺」を見ないで帰るわけにはいかないね。ワクワクと心も弾む。





★シルクロードの終着点とも呼ばれる奈良の至宝・「薬師寺
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「薬師寺」は天武天皇が発願し、697年持統天皇によって本尊が開眼されました。初めは飛鳥に建立されましたが、奈良遷都で当地に移転。当時は南都七大寺として我が国随一の壮美を誇ったとのこと。


   .........(左) 「薬師寺・東塔」(白鳳時代を代表する国宝) (右)西塔金堂は03年に復元された。......
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1300年の歳月、幾多の災害・戦火を浴び、現在国宝指定されている建物や仏像以外は殆ど灰になったそうです。昭和42年高田好胤管主により復興が発願され、今や白鳳伽藍が完全に蘇っています。


   ...... (左) 仏教美術の最高傑作「薬師三尊像」 (右)「聖観音菩薩」が安置される東院堂......
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2年前東京にやってきた「国宝・薬師寺展」を鑑賞しましたが、憧れだった「日光・月光菩薩」を360度(光背が外された公開)から仰ぎ、実に感動的でしたね~!「聖観音菩薩」も「吉祥天」とも対面できた!


   ......08年6月東京国立博物館(上野)で開催された「国宝・薬師寺展」のエントランスパネル......
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                             リンク:08年6月・国宝「薬師寺展」(日光・月光菩薩)


「薬師三尊像」は世界最高の仏像と仰がれ、「薬師如来」を中心に「月光・日光」両菩薩が脇侍します。
当初は金色だった3仏像は、火災に何度も遭ったため現在は黒光りして渋さも漂わせている感じが・・


   ......「薬師三尊像」、至宝の仏様達  (左) 「月光菩薩」 (中)「薬師如来」 (右) 「日光菩薩」..... 
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「東塔」は建立創建の姿を残す三重の塔(六重に見えるが各層裳階は2つで一層)です。特異な形が律動的な憂く示唆を保ち、屋根頂上の相輪の最上部には芸術的な「水煙」が4枚つけられています。


     ...... (左)「薬師寺東塔」(国宝)の威容   (右)薬師寺に隣接する休ケ岡八幡神社......
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復興発願から30数年をかけて金堂・西塔・大講堂が次々に再建、白鳳大伽藍が完成し薬師寺・創建当時の面影が復活しました。ここに残る数々の国宝は唐・中国西域・ギリシャ・ローマの影響を受けています。


        .....(左)玄奘三蔵院伽藍(三蔵法師の遺骨がある) (右)三蔵法師立像......
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三蔵院伽藍には2万巻もの経典をもたらした玄奘三蔵の遺骨の一部がここに奉納されています。薬師寺が「シルクロードの終着点」とも呼ばれる由縁です。唐招提寺・薬師寺の「西ノ京」は実に見所あるね~!


          ......(左)西ノ京の田園風景  (右)観音池から遠望する「ライトアッフ薬師寺」......
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                                奈良・大和の旅(その1):「奈良・西ノ京・斑鳩」編




★再び「奈良公園」に戻る。・・奈良市内を一望!


「奈良遷都1300年祭」メインイベント会場や「西ノ京の国宝寺を十分堪能して、再び奈良公園に戻ってきました。前日見た興福寺の静かな夜景と対照的に修学旅行生などで賑うシカ公園の姿が目の前に・・。
そして奈良公園前には市内を一望できる穴場」(しかも無料)があるのです。そこに登ってみよう・・!


               ......「奈良県庁」の屋上から見る「興福寺・五重の塔」......
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その穴場SPOTは「奈良県庁」・・!、 最上階に観光紹介コーナーがあるので一般観光客も屋上に上がるのは自由です。県庁自体は6階しかない建物ですが、奈良市内は高いビルがないので一望できる~



       ......「東大寺大仏殿」をクローズアップ!(こんな角度から見下ろしたのは初めてだ!)......
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         NHKドラマ「大仏開眼」 (今年10月3連休にアンコール放送されますよ~!)

左から「東大寺大仏殿」、右に視線を流していくとは「春日大社」「興福寺」「奈良公園」、その背景には「若草山」「春日山」も一望。今までこういう角度から奈良を見たことがなかったので実に新鮮な光景!

           

              ......「奈良公園」ではシカがのんびりと草を食む。.....
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景観条例でビル建築の高さを制限される街、確かに県庁から見る光景は「興福寺・五重の塔」より高い建物がない!(京都は結構、人工建築物が目につきます。)さすが奈良は自然に溶け込む世界遺産!


         ...... 奈良市内は平らかで広い!興福寺・五重の塔がひときわ高い建築物か?......
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              ...... 奈良県庁の屋上から東大寺、若草山・春日山を一挙に望む......
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今回「奈良遷都1300年祭」の開催がトリガーとなって、「西ノ京」や「奈良市内一望」の機会も得ることができた~!そして平城京遷都と数々の有名なお寺の関係も理解できて「せんとくん」に大いに感謝!
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    ..... 平城京を挟み、西大寺・唐招提寺・薬師寺は西の京、東大寺・春日社・興福寺が東の京.....
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今年は光明皇后(聖武天皇の后)1250年御遠忌でもあり、これを記念した特別展「東大寺大仏・天平の至宝展」が10月8日から東京国立博物館で開催されるので早速に前売チケットを購入してしまいました。
東大寺の所蔵物を中心とした数々の「天平文化の国宝」が公開されるとのことで今から楽しみです。

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                  東大寺大仏・天平の至宝展


奈良は何回も訪れてみましたが、まだまだ行っていない史跡や道が残っている・・。新薬師寺・當麻寺・長谷寺・宇多分水神社・談山神社・朝護孫子寺・当尾・暗峠・葛城山・高見山・・・。またいつか来よう。

                         大和路(その2):「飛鳥・山の辺・宇陀曽爾」編
                         大和路(その3):「金剛・吉野・熊野・大峰奥駆道」編


              .......若草山から見る奈良の夜景(インターネットより拝借)......
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日本古来の神を祀った「伊勢神宮」と日本仏教のルーツ「奈良」を訪ね、今回十分歴史を堪能できました。
3回に渡った伊勢・奈良の記事、ダラダラ蘊蓄たれた冗長文章にお付き合い頂き恐縮でございました~!


                                                         おわり



次回は「横浜開港の道」:夜景ライトアップバージョン(その1)をお送りまします。
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  by rollingwest | 2010-09-29 00:00 | 寺社・史跡・古道 | Comments(49)

 <2010年6月>伊勢路・奈良の旅(その2):「奈良公園」&「奈良遷都1300年祭」

                             伊勢路・奈良の旅:(その1):「伊勢神宮」より続く



★夜の静けさ、「Silent Light 奈良」


伊勢神宮から名阪国道を経由で奈良に入り、奈良公園の近くにある本日の旅館へと向かいました。
「奈良公園」といえば、修学旅行生がのんびり寛ぐ鹿にお煎餅を与える光景が目に浮かぶ。若草山麓に広がる都市公園(国有地)には、東大寺・春日大社・興福寺など錚々たる寺社が鎮座します。


   ........「猿沢の池」に幻想的に浮かび上がる「夜の興福寺」(阿修羅像があるお寺).........
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関西在住時に、「猿沢池に浮かぶ興福寺」のライトアップ夜景を初めて見た時は感動したね~。今回あらためて見るけれどやはり風情があります。県庁近くなのに音が殆どしない・・。シ~ンとした夜景がいいネ!


      .......「興福寺」ライトアップ2景 (左)五重の塔  (右)南円堂   静かなる時間.........
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前回は「ライトアップ興福寺」を池越しに遠くから眺めただけですが、今回は目の前まで入ってみよう。公園の石階段を上がり、五重塔と南円堂の周辺を散策。いつもは観光客に溢れているのにこの静けさは・・


    ........興福寺は、天皇摂家として権勢を奮った藤原氏の氏寺、「南円堂」クローズアップ.........
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c0119160_7251057.jpg幻想的な興福寺を見て回った後は、ちょっと足を伸ばして「奈良町」の小路周辺をホロ酔いでフラフラ


          ......風情ある奈良町の小路をホロ酔い気分で歩く.........
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猿沢池の南、元興寺の境内一帯を「奈良町」と呼びます。奈良最古の町は近世に筆・墨を作る産業が栄え、町衆文化が発展した地域。町家の美しい格子や狭い路地に古都奈良の違う一面が覗えます。


     .......奈良町は元興寺境内にあり、長らく町衆文化を支えてきた。 (元興寺の極楽坊↓)........
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     .........猿沢池と興福寺の夜景を見ながら、明日の奈良遷都祭への訪問に期待を寄せる。............
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夜の奈良公園・奈良町は静かでなかなかの風情がありました。皆様、機会あれば是非ご訪問を!
さて明日は昼間の奈良公園を散策してみよう。そしてその次は「奈良遷都1300年祭」へと向かう。


                「大和路・旅の思い出レビュー」(その1):東大寺・春日大社・興福寺を紹介




★陽光の「奈良公園」から「奈良ホテルへ」


昨夜の静かなライトアッフ「゚奈良公園」から打って変わり、今朝は本来の観光地の姿を取り戻していました。修学旅行生や観光客が、陽光溢れる若草山の麓でシカに餌をやる。これが「奈良公園」の定番です。


         ......... 春日大社や奈良公園にはやはりのんびりとしたシカの姿がよく似合う。......
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              ........ 開放感ある「若草山」を背景に公園でたわむれる親子......
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せっかくだから「関西の迎賓館」とのいわれる「奈良ホテル」を訪ねてみよう。明治42年に創業、昨年で100周年を迎え、皇族や各界著名人・外国大使が宿泊することで知られる大変由緒あるホテルです。


                   ......明治42年創業「奈良ホテル」(関西の迎賓館)の正面玄関......
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「奈良ホテル」は荒池のほとり(興福寺・猿沢の池の近く)にあり、本館は桃山御殿風の総ヒノキ造り。
建物の雰囲気が古都奈良の景観に調和しており、創業当初の面影をそのまま残す貴重な建物です。


       ..........「 奈良ホテル」のクラシカル建築 (左)エントランス階段 (右)メインダイニンク......
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外観のみならず、館内のインテリアは高い天井・ロビー・ダイニングルーム等、温かみある木造りの風情で明治浪漫のレトロな雰囲気を満喫することができます。昼夜にわたって奈良公園の数々の表情を楽しめて満足・・


           ............奈良公園周辺の観光MAP(クリックで拡大表示されます).........
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★「平城遷都1300年祭」、平城京跡地に「大極殿」を訪ねる


今年は奈良・平城京に都が移されてから1300年の節目の年を迎え、4月24日の開催式で始まった「平城遷都1300年祭」は大いに賑わいを見せています。「せんとくん」も当初の批判を完全に覆し今や超人気ユルキャラで大活躍!奈良は関西勤務時代に各所を廻りましたが、平城京跡地は初訪問だ〰!


   .........今は瑞穂田の「平城京跡地」。88年前に史跡指定されて以来、ついに大極殿が完成!.......
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平城京跡地は遺跡価値が評価され、1998年には「古都奈良の文化財」の一部として世界遺産として登録されました。「平城京・大極殿」は、小生が関西勤務の頃より修復工事が開始されましたが9年の歳月をかけて完成したのです。「平城遷都1300年祭」開催に間に合わせ、雄姿をついにお披露目!


    ........(左)平城京の条坊図(他の寺との関連がよくわかる!) (右)遷都の歴史(奈良は2回も).....
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今から1300年前の首都は、東西に約6km・南北に約5Kmの規模を誇り、中心部には75mの道幅をもつ「朱雀大路」が貫かれていました。この大路を中心に碁盤の目の様に道路が整備され10万人の人が暮らしていたとのこと。「朱雀門」は平城京の南側に位置し、四神(後に記述)の一角を担います。


    ........(左)「朱雀門」は大極殿の南側に構える。(右)「開門の儀式」がいよいよ始まった。.....
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朝早く会場に到着すると、この朱雀門を開門するイベント儀式が始まりました。奈良時代の守衛兵姿に扮した人が古式ゆかしき手続きを取り儀式を粛々と進めていきます。そして・・ついに開門〰!gigigi〰


      .....ついに朱雀門が開かる!守衛兵の主が仁王立ち!何か中国の宮城のような雰囲気......
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本当に平城京跡は広い!遥か先に見える大極殿に歩いて辿り着くには20分はかかりそうだ!朱雀門から大極殿へ続く敷地の中を近鉄電車が横切り走っている。確かに復元前は単なる野っ原でした。

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    .......大極殿は実に大きく、正面幅44m、高さ27mの大威容!これは「第一次大極殿」......
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メイン会場近くには、遣唐使船の復元展示や平城京シアターが設けられ、当時の衣装を貸し出すコーナーもあります。因みに「第一次大極殿」とは710年藤原京から遷都してきた時の宮殿を指し、「第二次大極殿」は945年に再遷都(上記・遷都歴史図参照)された際に第一次とはやや離れた場所に造営されました。


.......(左)日本から中国に吉備真備や玄昉らが「遣唐使船」で渡った。 (右)奈良時代の宮廷衣装......
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           ..........平城京最大の宮殿「大極殿」、瓦を9万7千枚も使っている大屋根だ!.....
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大極殿の意味は「北極星」(=大極星)に由来。中国思想に倣い、天皇が宇宙の中心という威光を見せたかったのでしょう。そして中心星を囲むように平城京は「四神相応の地」という詔が発布されました。


     ........「四神相応図」、平城京を四禽(東・青竜、西・白虎、南・朱雀、北・玄武)が守る.....
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「四神相応」とは上記に記載してあるように、四方(東西南北)を守護する聖禽を表します。そういえば冒頭の朱雀門は南側入口だったし、高松塚古墳やキトラ古墳の壁画にもこの四禽図があったねえ・・・


  ........(左)天皇が座した「高御座」(takamikura)  (右)巨大な「金色の鴟尾」(shibi)..........
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大極殿の中心部は「高御座」!ここには天皇が座り、「朕は北極星なり」とか詔ってあれこれと指示を出した場所なのでしょう。その隣に飾られていた金色の「鴟尾」(shibi)もド迫力がありました〰!


      ..........古代建築の「鴟尾」が進化し「金のシャチホコ」や「鬼瓦」になったと思われる。.....
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「鴟尾」とは古代大建築で屋根両端につけた飾り瓦(中国発祥)です。鳥の尾or魚のような形をしており、沓(kutsu)にも似ているところから「沓形」とも呼ばれ、後世の鬼瓦やシャチホコの原型となりました。
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古の都・跡地の復元遺跡を堪能!「平城遷都1300年祭」はまさに博覧会のような人出の賑わいだ。
前夜に味わったライトアップ興福寺の静けさとは対極的でしが、遷都の祝福なので盛大さが似合うね!「平城京遷都1300年祭」のメイン会場展示は11月7日まで開催しておりますので皆様も是非ともご覧あれ。

                              「平城京遷都1300年祭」のHPはコチラから
                                                                 さて次は「西の京」エリアを訪ねてみよう。ここはずっと憧れていた「唐招提寺」と「薬師寺」が鎮座します。



                                                        つづく



次回は、伊勢路・奈良の旅(その3):「西ノ京の国宝寺」をお送りします。
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  by rollingwest | 2010-09-16 00:00 | 寺社・史跡・古道 | Comments(38)

<2010年6月>伊勢路・奈良の旅(その1):「伊勢神宮」

★はじめに


初夏に伊勢路と奈良に旅する機会に恵まれました。伊勢といえばご存じ、神社本庁の本宗「伊勢神宮」(三重県)がある日本の総氏神の聖地。また奈良は関西在住時に何度も訪問しましたが、今年は「平城京遷都1300年祭」の節目で是非とも訪ねてみたいと思っていたところ。


          ........(左)伊勢への大巡幸絵図  (右)神宮の正門・宇治橋の鳥居......
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今回は1泊2日の強行軍でしたが、日本人の崇敬する「お伊勢様」と「奈良遷都・平城京」華やかな姿をジックリ見ることができました。古代日本を象徴する社寺探訪記事を3回に分けて紹介します。


  ......(左)ご存知「せんとくん」が寝そべる~! (右)奈良遷都1300年祭の象徴「大極殿」.....
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     (その1)「伊勢神宮・編」天皇家の氏神・天照大神を祀る伊勢神宮を紹介
     (その2)「平城京遷都1300年祭・編」今年大賑わいを見せている「遷都1300年祭」を紹介
     (その3)「奈良西ノ京の国宝寺・編」白鳳文化の究極美「唐招提寺」&「薬師寺」を紹介





★天皇家の氏神を祀る「伊勢神宮」(ルーツ伝説)


伊勢神宮は、元来は皇室の氏神(守り神)であることから皇室・朝廷の権威と強い結びつきを持ち続け、「お伊勢さん」の呼称で親しまれており、日本人にとって「心のふるさと」として別格的な神社です。


   ......(左)神宮入口の大鳥居 (中)江戸時代はお伊勢参り・大ブーム (右)アヤメ展が風情あり .....
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伊勢神宮の中には、太陽を神格化した「天照大御神」(amaterasuomikami)を祀る「皇大神宮」と、衣食住の守り神である「豊受大御神」(toyoukeomikami)を祀る「豊受大神宮」の2つの正宮正殿が存在しています。一般に皇大神宮の方が「内宮」、豊受大神宮の方が「外宮」と呼ばれているだそうです。


         ......(左) 伊勢神宮の「内宮」を行きかう人々 (右)内宮の「神楽殿」......
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当初「天照大御神」は大和の国(奈良県)の皇居内に祀られていたそうですが、皇居外の最も神聖な場所に祀られるべきと、各地を巡りついにこの伊勢の「五十鈴川」周辺が適地として選ばれたのです。


          .......紀伊山地からの清流が滔々と流れる神聖なる「五十鈴川」......
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日本書紀」によると大和朝廷は「天照大御神」と「倭大国魂神」(yamato・ohkunitamanokami)を共に宮中で祀っていましたが、紀元前93年(崇神天皇)に国中疫病が蔓延し民衆は荒れ反乱が起こったとのこと。天皇は鎮静の祈願を日夜捧げましたが、次第に両方の神の祟りを恐れるようになりました。


   ......(左)「崇神天皇」2つの神を離れさせるべきと決心   (右)太陽神「天照大御神」......
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2つの神を別々に祀るため相応しい場所を巫女らに託し、天照大神の鎮座地選定は豊鍬入姫命に託しました。次の垂仁天皇時代、豊鍬入姫命の後継者「倭姫命」(yamatohimenomikoto)が大和(奈良宮廷)から旅立ち、数々の地(伊賀・近江・尾張等)をリサーチした後に、とうとう伊勢の国に辿り着きました。


     .....「倭姫命」(左)が「天照大神」鎮座地を求め数々の地を探訪、ついに伊勢に着く......
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伊勢は海に囲まれ稲作も盛ん、海山の幸に恵まれた豊かな地。倭姫命は、天照大神から『美し国・伊勢の鎮座OK』との神宣を受け、ここを神宮の地に決定~!・・、という訳で移動しついに大巡幸完了

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倭姫命は伊勢の地で天照大神を祀る初の皇女となり、神宮祭祀(神嘗祭など)、神宮所属の宮社神田・神領を選定しました。禰宜、大物忌の奉仕職掌、祓の法を定め現在の基礎も確立したそうです。因みに倭大国魂神(=大国主)の方は天理市の大和神社に鎮座したとのこと(いつか行きたい)


       ........伊勢神宮の境内はやはり独特のムードが漂っている。......
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今回、特別な取り計いを頂き「天照大神」を祀る「内宮」参拝の機会を得られました。天皇家が誕生した黎明期は、他部族を超越するため伊勢神宮という神の強大な力が必要だったのかも知れません。


         .........「天照大神」を祀る「内宮」正殿、ここから先は天皇家関係者以外は立入禁止......
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★20年に一度の大移動・「式年遷宮」


宇治橋から見た五十鈴川(別名・御裳濯川)は倭姫命が汚れた裳の裾を濯いだ伝説から名付けられたとのこと。伊勢神宮は20年に一度、全社殿が造り替えられ神座を移します。これが式年遷宮です。


    ......(左) 宇治橋から見る木除杭 (中) 五十鈴川に辿り着く倭姫  (右)霧の五十鈴川.......
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神宮大移動は、内宮(天照大神を祀る)・外宮(豊受大神宮を祀る)の二つの正宮殿、14の別宮社殿、正面の大鳥居・宇治橋も全てが新しい木に造り替えられるのです。記録によれば神宮式年遷宮は、飛鳥時代の天武天皇が定め、持統天皇の時に第1回遷宮が行われたそうです。(神聖なる大行列)

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   ....伊勢神宮の周りはあちこちに檜の大木が林立。果てしない年月の積み重ねを実感!......
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戦国時代は120年以上に及んだ中断や幾度かの延期などはあったものの、1993年の第61回式年遷宮まで、約1300年に渡って綿々と受け継がれてきました。次回遷宮は2013年か・・!あと3年後に正遷宮(神体渡御)の大行事が厳粛に行われ、大々的に報道されることでしょう。(今から楽しみ)

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★伊勢神宮の古代ミステリー


日本の古代史ミステリーには結構興味を持っておりますが、「伊勢神宮」を始めとする日本の神社と、「古代イスラエル」には何らかの繋がりがあると云われているのです。伊勢神宮の石燈籠には天皇家を象徴する「菊御紋」と一緒に「籠目紋」(イスラエル国旗の象徴=ダビデ六芒星)が刻まれています。

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イスラエルと日本・神道の風習は同根という説があります。両者の類似点は、①ユダヤ神殿・幕屋の構造・設置法は日本神道と瓜二つ ②イスラエル祭司と神主の服が類似 ③古代イスラエル風習と神主お祓い方法が類似 ④ユダヤ「契約の箱」(聖櫃・アーク)と神社「御神輿」の類似(移動式神殿)など


  ......ユダヤの聖櫃「契約の箱」(三種の神器がある)を担ぐ姿と、日本の神社の「神輿」も酷似......
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天皇はミカドと云われますが、ヘブライ語では貴人を【Mikoto・Mikado】と呼んでいたことも共通点。外宮の豊受大御神(toyoukeomikami)の「受」(ウケorウカ)はヘブライ語で食糧の意味、つまり豊作を願う豊穣神・・。伊勢神宮には三種の神器の一つ「八咫の鏡」がありますが、神鏡にはヘブライ語が書かれているらしい。伊勢神宮の内殿には十字架が安置されているという説もあり神秘的な話ですね~!


    ......伊勢神宮の内宮、この中に三種の神器「八咫の鏡」がありヘブライ文字が・・?.......
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いや~、伊勢神宮って何となく「神社の総帥」みたいなイメージだったけれど、天皇家の氏神社としてかくなる発祥伝説や遷宮のルーツがあったとは知らなかったネエ・・。日本古代史は実に謎が多いなあ・・
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★内宮の門前町として賑う「おかげ横丁」


         ........テーマパークの雰囲気ある「おかげ横丁」は多くの人で賑っている。.........
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伊勢神宮の門前にテーマパークのような雰囲気で賑っているストリートがあります。伊勢路の代表的な建築物・土産屋が軒を連ね、時代劇の旅がらす姿芸人がいたり、さながら映画撮影舞台セットみたいだ。                          


      .......蔵の前を通ると、旅姿のパフォーマンス芸人が流暢なる口上を切っていた。.......
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伊勢神宮への集団参詣「おかげ参りブーム」に沸いた江戸~明治の姿を再現することを目的として93年、地元の老舗「赤福」(名物・赤福餅)がオープンさせたもので今や伊勢の有名な観光地になりました。


       ..........300年の歴史を誇る伊勢の銘菓(赤福餅)の「赤福」本店の前.........
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「赤福」といえば数年前賞味期限切れ販売で世間に叩かれていましたが、時の経過とともに店の信頼は回復しただろうか?でも伊勢最大の老舗だけあって建物も立派!今は多くの人で賑っていました。


         ........(左)おかげ横丁のレトロな建物 (右)五十鈴川カフェは女性客が多い。.......
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懐かしきレトロの街を歩いて行くと五十鈴カフェという喫茶店もあり、その名の通り背景は清流「五十鈴川」。川から見る堰堤に並んだレトロ建物を眺めるのも中々の壮観です。伊勢独特の風景だ・・


  .....(左)おかげ横丁を川沿いから眺めた風景 (右)式年遷宮で使われる「お白石」.......
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         .........五十鈴川のほとり、黒瓦の町並みにも多くの人が行き交う.........
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「おかげ横丁」を満喫した後は、伊勢に別れを告げて奈良方面に向かっていきます。海の幸に恵まれた伊勢湾の近くだけあって道中には、大きな伊勢エビやアワビ等を売る土産屋が多く見られました。


  ......(左)伊勢エビはやはり値段が高い~! (右)日本人,心の風景:二見ケ浦の「夫婦岩」 .......
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伊勢の名所「二見ケ浦」(夫婦岩で有名)に寄れなかったのは残念でしたが、またいつか来てみよう。
伊勢満喫後、名阪国道経由で奈良盆地に入り、奈良公園の近くにある本日の旅館へと向かいました。宿の近くには、夜のライトアップ「興福寺」が非常に綺麗でした。奈良町もそぞろ歩き・・・、続きをお楽しみに~

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                                                           つづく


次回は、南アルプス難関峰「鋸岳」に登るをお送りします。
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  by rollingwest | 2010-08-27 00:00 | 寺社・史跡・古道 | Comments(40)

<2010年5月3日>GW紀行②:万葉時代からの歴史街「高岡・伏木」を訪ねて


               ⇒GW紀行①:残雪の北陸名峰「笈ケ岳」から霊峰「白山」を望むより続く



★憧れの「雨晴海岸」へ

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「いつか実際にこの目で見てみたい!」・・と、過去からず~っと憧れ続けている光景があります。
海に浮かぶ北アルプス「立山連峰」↑の大屏風!この大絶景は富山県高岡の雨晴海岸や氷見市海岸から望むことができます。GWレポート②は、高岡の「雨晴海岸」や「伏木」を紹介いたしましょう。


  .....立山から雪解け水が流れ込む海は透明度が高い!親子連れがGW休日を楽しむ。......
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「笈ケ岳」から無事下山後、金沢駅で食山人氏・マツ氏と別れた小生は柏崎帰省に向かいますが、まだ午前中でタップリ時間は残されている・・。依然、素晴らしい快晴!「どこかに立ち寄って帰ろう・・」と思いを巡らせます。゙Ω!そうだ!「雨晴海岸」が近くじゃないか!こんなチャンスは滅多にないゾ~
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   .....憧れの「雨晴海岸」へ!だが念願の光景(海に浮かぶ立山連峰)は見られず残念・・.....
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金沢駅からJR氷見線に乗り、「雨晴駅」で下車するとすぐに風情ある浜に出ます。ついに来た~!
でも・・、あまりの暖かさで海上はすでに靄がかかり、お目当ての立山連峰は全く見えない・・・(悔)
残雪立山を望めるのは冬晴日、でも好条件日に合わせてこんな遠隔地には滅多に来れない。(泣)


   .....(左)雨晴し伝説の由来「義経岩」 (右)伏木港に勧進帳の義経・弁慶像が座する。......
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雨晴しの由来名は、義経が奥州に落ちのびて当地に着いた時に不意な雨に見舞われ、弁慶が大岩を組んで祠を作り雨を凌いだ伝説に拠るとのこと。ここに義経岩として神社・祠が残っています。


   ......雨晴海岸からの雪の立山連峰(雨晴駅前の看板)この絶景の本物が見たかった~!......
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折角来たのに、ついに憧れの絶景は見られなかった・・。皆様には雨晴駅入口脇にある看板写真にてご堪能あれ。海越しに3千m級の白い山々を間近に望む光景は世界でもこの海岸だけです。




★「気多神社」&「大伴神社」


      .......「気多神社は平安時代からの古社。「能登一宮」と敬われ社格が高い。.....
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「能登一宮」と呼ばれる羽咋市「気多(keta)大社」は一度訪れてみたいと思っていましたが、高岡にも「気多神社」があったので参拝。本殿は450年前・室町時代に再建された風格ある建物です。
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        ......気多神社・境内は、鬱蒼とした大木に囲まれ神馬銅像も鎮座している。......
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   .....(左)大伴家持を祀る「大伴神社」 (右)「気多神社の清泉」ミニ洞窟や竜ノ口から水がコンコン......
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境内には万葉歌人「大伴家持」を顕彰した「大伴神社」があります。家持の史跡が存在する理由は奈良時代に高岡・伏木の地に「越中国府」が存在し、国守(県知事)として5年間赴任したからです。


      ......5月は筍・旬の季節!気多神社前の竹林には旨そうな「」が群生していた。.....c0119160_11263874.jpgc0119160_11271516.jpg








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    .....(左)裕福な家が多い金沢・富山の屋敷は実に広くて大きい。(右)花桃が真っ盛り!....
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5月初め、北陸の春は今が旬!新緑や花桃、筍などが新たな生命力を漲らせています。心地よい日差しの中で、次は「大伴家持」に所縁ある寺社・史跡・資料館などを訪ねてみることにしました。




★「万葉集」に縁が深い高岡

             .....高岡駅前には、「大伴家持」の銅像があった。.....
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高岡は「雨晴海岸」しか頭になかったので、駅前広場に降り立ち「大伴家持」銅像を見つけた時は何故だろうと思い観光パンフレットを調べたら、高岡は「万葉集」に縁が深いことを発見!目からウロコ!


  ....(左)気象資料館前には家持が住んだ「越中国守館跡」(右)今は朽ちた「越中国分寺跡」.....
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先に述べた万葉時代の「越中国府」国守に赴任した「大伴家持」が住んだ屋敷跡や勤務地が、この高岡には残っていたのです。そして奈良文化をダイジェストした「高岡市万葉歴史館」もありました!


          .......「高岡市万葉歴史館」、ここが「大伴家持」ゆかりの地と初めて知った。.....
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中高時代に習った正倉院「鳥毛立女屏風」や遣唐使船模型も展示されており、家持が当地で詠んだ万葉歌も多く残されている!平城遷都1300年の節目の年にまさか北陸で奈良を学ぶとは・・!


      ......(左)「鳥毛立女屏風」(模擬図) (中)「遣唐使船」の模型 (右)「大伴家持」肖像.....
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伏木の高台には巨大寺院が悠然と聳えます。浄土真宗本願寺派の名刹「勝興寺」、戦国時代には加賀一向一揆拠点であり、近世は前田家と関係深い寺となり不動磐石な地位を築きました。


         ......(左)蓮如上人が開基した「勝興寺」唐門  (右)勝興寺の経堂.....
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       .....「勝興寺・本堂」には七不思議(実をつけない銀杏や水が涸れない池等)が存在.....
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奈良時代、当寺境内には「越中国庁」があったとのこと。つまり大伴家持が毎朝出勤した場所だ~
当地で家持は5年滞在し優れた万葉歌が生まれました。七不思議と呼ばれるミステリー見所も沢山!


    .......天平の昔、勝興寺の境内が「越中国庁」の所在地、大伴家持は当地で勤務した。.....
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伏木の高台から再び海岸部(伏木駅・港周辺)に向かい、北前船で賑わった街風景を観に行こう!




★北前船で栄えた伏木の街


江戸時代、北前船貿易で栄えた伏木。近年は石油コンビナートや国際貿易港として賑わった港です。
嘗て産米輸送・石油油槽所等、環日本海圏の海上交易の重要地でしたが、今は昔の面影がない?


       .....伏木港は石油タンクや海上貨物輸送で賑わった。今はかつての面影はない。.....
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伏木高台には江戸時代からの回船問屋・旧宅が多く残っており、裕福な豪邸街並みが形成されています。その一つが「伏木北前船資料館」として公開されており、昔の伏木の繁栄を伝えています。


       .....「伏木北前船資料館」(江戸時代から回船問屋を営んだ秋元家の旧・邸宅).....
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  .....(左)「船屋半纏」「回船模型」が展示 (右)航海安全祈願で寺社奉納された「船絵馬」.....
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館内は北前船の航海用具や船主生活用具、船絵馬等が展示されており昔の繁栄が偲ばれます。建物の最上部には船の出入りが一望できる「望楼」が聳えている。狭い急階段を上がり、まるで抜け穴を通って秘密基地に行くよう感じ・・。「望楼」は二畳分程の狭い部屋で、街が一望できます。


         ....回船問屋の「望楼」はまるで秘密基地、船の航行を見張った小部屋.....
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      .......「伏木・けんか山祭り」は勇壮な祭り。昼は花山車、夜は提灯山車のぶつけ合い.....
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毎年5月15日は「けんか山」と呼ばれる勇壮な伏木・曳山祭りが行われます。山鹿流の出陣太鼓の囃子に合わせ、華やかな山車をぶつけ合う江戸時代からの伝統祭。港の男達は燃え上がる!




★伏木駅から、高岡市内の見所へ向かう


伏木駅周辺では殆ど人の姿を見かけませんでした。昔が活気に溢れた港町だけに駅前周辺・市街の雰囲気は寂しいものがあります。全国の地方都市における共通現象かもしれませんが・・。


         ......(左)JR氷見線「伏木駅」の外観とプラットフォーム(往年の活気はいずこへ).....
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雨晴海岸からの立山連峰をこの目で見ることはできませんでしたが、高岡・伏木の地で万葉文化や格式高い寺社など見所がこんなにもあったとは!高岡市内もまだ見所が多く存在しています。


         ........雨晴海岸~高岡・伏木の見所MAP(クリックで拡大表示).......
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まだかなり時間があり5月の日は高い。折角ここまで来たのだから夕方まで徹底的に高岡を探索して柏崎帰省しよう。伏木駅から次は高岡駅に向かいます。雨晴海岸の絶景は次回のお楽しみ!


   .....いつか本物の光景を遠望してみたい!雨晴海岸に聳える「立山連峰」の大屏風!.......
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                                                       おわり



次回は、「GW紀行③:高岡歴史探訪(続編)&35年ぶりの米山登山」をお送りします。
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  by rollingwest | 2010-06-02 00:00 | 海の風景 | Comments(36)

<2010年5月>大和路・旅の思い出レビュー(その3):金剛・吉野・熊野・大峰奥駆道編

                            (その1):奈良・西ノ京・斑鳩編
                             (その2):「飛鳥・山の辺・宇陀曽爾」編から続く


★山岳修験の聖地、霊気溢れる奈良の山々
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奈良は和歌山と隣接する紀伊半島の深い山国でもあり、山岳修験の史蹟に至る所で出会えます。
山の自然・清流渓谷・霊気溢れる森林の中に、山岳修験の寺社・史跡が息づいている奈良の魅力

         .....(左)「葛城山」から望む「大峰連峰~果無山脈(hatenashi)」のパノラマ....
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関西在住時、吉野桜、金剛山・大峰の山々、熊野古道など(当時まだ世界遺産指定前のマイナーな頃)、数多くの名所を探訪したものです。(その3)では、奈良の深い歴史・大自然を紹介しましょう。
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★「役行者」(ennoogyoja)のルーツ・葛城・「金剛山」 (02年9月)

山岳宗教の開祖で有名な「役行者」は日本全国を飛び回り、修験道の足跡を各地に残しています。
「日本霊異記」によれば「雲に乗り仙人と遊び、孔雀王呪経法を修め鬼神を自在に操った」とのこと。この怪異なる伝説人物のルーツは「葛城・金剛山」です。02年秋、家族3人で金剛山を登りました。


      ....(左)「役小角」(ennoodunu=役行者)は修験道開祖 (右)「金剛山」に登山.....
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金剛山は大阪・奈良県境に位置し、秀麗なピラミダルな形をしています。ロープウェイも通じて大衆登山のメッカ。頂上から望む大阪平野は絶景、(その2)で紹介した奇抜な「PLの搭」(富田林)も見えました。
頂上には登山千回以上した人の名が続々と飾られておりビックリ!最高記録者は1万回だって~!


      ....金剛山麓・「千早赤坂村」、黄金稲穂と真っ赤な彼岸花の風景に感動....
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  ....後世で「大楠公」と尊敬される「楠木正成」は金剛山・千早赤坂で「後醍醐天皇」を守った。.....
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南北朝対立時代、後醍醐天皇「建武の新政」の立役者となったのが楠正成です。金剛山・千早城に居城を構え、攻め来る鎌倉幕府大軍に対して、楠木軍は僅か千人足らずの兵で百日間に及ぶ籠城で戦い抜き撃退したのです。ゲリラを駆使した千早城攻防戦が「太平記」に描かれています。


    ....(左)冬の金剛山は「樹氷」で有名 (右)登り損ねた奈良の名峰・高見山、憧れの樹氷!....
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金剛山は1度しか登っていませんが、冬の樹氷風景は素晴しいとのこと!樹氷美しい奈良名峰は「高見山」も有名。大峰山北部に位置しピラミダル円錐形の山容。この秀峰は登り損ねてしまった・・



★日本一の「吉野桜」、深い歴史が刻まれた「吉野山」 (03年4月)

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「吉野山」は、修験道の中心「金峯山寺」が所在する信仰の山、「大峰山」奥駆道への修行登山拠点、また日本史で重要なドラマが展開された歴史の舞台(義経追討の逃亡、後醍醐天皇の南朝皇居)となった大霊場です。古より桜の一大名所として有名で西行や秀吉などもこの山を訪れています。


         ....吉野山の入口に鎮座する修験道の大本山・「金峯山寺・蔵王堂」......
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「金峯山寺」(kinpusenji)は「蔵王権現」を本尊とする修験道信仰の総本山。当寺の開基者は誰かと調べてみたら、やはり「役小角」でした。それにしても「蔵王堂」は歴史の重みと威厳を感じるね~


      ......「金峯山寺」の秘仏「蔵王権現」は怒髪天の真っ青な顔!恐ろしかった~!......
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秘仏「金剛蔵王権現」は右手を頭上に右足も蹴り上げ、憤怒の相で睨み付けていました。ド迫力~!今年9月~12月には遷都1300年を記念して、秘仏ご開帳が特別に百日間行なわれるそうです。


    ....(左)吉野山「千本桜」遥かに金峯山寺 (右)「吉野山勝景絵図」、「上千本」を見上げる....
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吉野山は日本一の桜名所で知られ、ソメイヨシノやシロヤマザクラが山を一面覆い絶景の極み!「下千本・中千本・上千本・奥千本」と桜前線は山を徐々に登り詰めながら1ケ月をかけて山を染め上げます。


      ....(左) 西行が篭った奥千本の「西行庵」 (右)「太閤・秀吉」が愛用した金屏風....
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吉野をこよなく愛した西行は奥千本に庵を構え桜の歌を多く残しました。秀吉は当地で豪華な花見の宴を開いているし、源頼朝に追われた義経にとっては静御前と別れた悲劇の場所。吉野はまさに歴史の宝庫!そして南北朝時代、南朝の後醍醐天皇が皇居を構えたのもこの吉野の山です。


    .....(左)南朝・後醍醐天皇が皇居として構えた吉野分水神社 (右)後醍醐天皇の玉座..... 
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吉野の「金峯山寺」から、大峰山脈を経て「熊野本宮大社」に至る修験行者の道を「大峰奥駆道」と呼びます。神仏習合の修験道は明治政府・神仏分離令で解体され、今は吉野など一部に残るのみ
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吉野から大峰への登山道入口に、当地を訪れた歴史人物のレリーフを発見!先に紹介した源義経・静御前・後醍醐天皇・豊臣秀吉の他に、天智天皇・藤原道長・空海・西行・弁慶・円空・徳川歴代将軍・・etc、何たるメジャーな有名人物ばかり。まさに歴史深い所縁の地。皆様一度はお訪ねあれ!


            .....「吉野桜」に春霞が煙る。遠くに見えるは「金峯山寺」.....
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★女人禁制の修験連峰・「大峯山」 (03年5月)

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吉野~熊野の「大峰奥駆道」を一挙に全山踏破しようとすると10日近くかかる大縦走になります。
奈良・和歌山の山は関西在住のメリットを生かし、大峯山連山、釈迦ケ岳、伯母子・護摩壇、大台ケ原、熊野古道などを数回に分けてアプローチしました。まずは八剣山・山上ケ岳の「大峯山連山」をレポート


  .....(左)神武天皇・青銅像が威厳を誇る(右)宿泊する山小屋脇で修行山伏が読経を始めた!....
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03年春、食山人氏・Y木氏と天川という秘境村から「大峯山」(稲村ケ岳・山上ケ岳・八剣山・弥山)を縦走しました。さすが行者修行の山だけあり、奇岩・難所が次々と登場!山岳宗教の山名が多い。  
無人山小屋に宿泊準備の時、サラリーマンとおぼしき山伏行者が隣で読経していたことが印象深い。


  ....(左)女人結界門前で残念がる女性登山者 (中)山伏・ほら貝 (右)木々が芽吹く大峰ルート....
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修験道総本山の「山上ケ岳・大峯山寺」に登る途中で「女人結界門」が現れます。我国で今も唯一女性の入山が許されない山であり女人禁制のロープが張られています。禁欲の行者の妄想を断つために女性の立入りは御法度とされたのでしょう。大相撲土俵と並び、頑固なる信仰の重みだネ~


   .....(左)吉野~熊野、果て無く続く重畳山脈 (右)懺悔修行者の「覗岩」でポーズする俗世男....
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女人結界門を過ぎ、登り進むと行者修行のクライマックス・エリア「覗岩」に到着。この断崖絶壁は奥駈修行者には拷問のような場所です。崖から身を落とされるように吊るされ、俗世の罪を反省して懺悔も誓わされる修行地。小生はこの神聖な場に立ち、ミーハーポーズを取っちゃった・・。バチが当るかも。


          ....大峯山・中心峰「山上ケ岳」の上に鎮座する「大峯山寺」、山門と本堂.....
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そしてついに「大峯山寺」に到着!行者姿の人も沢山いるぞ。人生の晩節を迎えた人たちが山上ケ岳で奥駈修行に挑戦するケースが増えてきたと聞きます。 懺悔懺悔六根清浄」と唱えながら・・。


  .....(左)近畿最高峰「八剣山」頂上 (中)下山口「ミタライ渓谷」の清流 (右)大峰山脈・主峰群....
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平安時代、天皇・貴族の古え人は熊野大社をめざし、奈良京都から数十日をかけ歩き続けました。諸道は総称して「熊野古道」と呼ばれますが、その中の究極ルート「奥駈道」は満足な装備も登山靴もない時代に山中を100時間以上歩いたと思う。本当に感服!我々は余りにも安易過ぎるかも・・




★日本一の降雨量を誇る「大台ケ原山」 (02年8月)

奈良・三重の県境に位置する「大台ケ原山」は日本一雨の多い山です。登山ルートに「大杉谷」という黒部のような名峡谷があると食山人氏から教えてもらい02年夏に一緒に挑戦、感動の思い出!


  .....(左)高い崖から白布を枝垂れさせた様な「千尋滝」 (右)エメラルドグリーンに輝く清流溜り......
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三重「宮川」から入り渓谷の遡上開始、エメラルドグリーンで澄み渡る渓谷の色、深い原生林と峡谷道に次々と現れる名瀑の数々。切り立った絶壁にかかる吊橋や断崖の道に響き渡る水流の音を聞きながら、奥を詰めていく秘境谷遡行はまさに感動の連続!渓谷断崖に臨む「桃ノ木山の家」に宿泊


    ....(左)大台ケ原・最大滝「七つ釜」  (右)激しい水流で深く刻まれた「大杉谷」の断崖絶壁.....
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大峡谷の途中にある秘境宿であるにもかかわらず、意外や風呂もある近代的な設備で大満足!しかし数年前の台風による豪雨洪水で壊滅状態になり、今はこのルートが通行不能とか・・!惜しい


           ......「大杉谷」遡上ルートは次々に名瀑・断崖絶壁が現れスリルの連続.....
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翌日は大杉谷のハイライト「七つ釜」を仰ぎ見て、大台ケ原山への渓谷道を遡行しました。湿気が高く、汗の出る量は半端ではありません。それもその筈、台風通過ルートの「紀伊半島山脈」は降雨量が日本一!常に湿った海風が通り、大量の雨が吉野川・熊野川・宮川という急流を生んでいます。


       .....(左)「堂倉滝」は最後の大滝 (右)日本一の雨量が数々の滝や渓谷を生んだ。.....
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その膨大な流れは峻烈な断崖渓流をつくり出し、人を阻む秘境として存在していました。こんなにも深い北ア奥黒部のような秘境渓谷が関西にあったとは全く予想しておらず大変驚いたものです。
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     .....「大台ケ原頂上の立ち枯れ木々、殺伐荒涼たる平原風景は鹿が食い荒らした跡.....
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広い滝壷の「堂倉滝」を過ぎると、やがて渓谷音は薄れ、深緑の山道となりました。正木ケ原に出るとムード一変!トウヒ木の一面立ち枯れ、荒涼で幻想的な風景だ!でも鹿の食害と知り愕然・・ 


          ......「大台ケ原山」の名所、絶壁「大蛇嵓」からは大峰山系のパノラマが一望.....
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「大蛇嵓」(daijagura) は大台ヶ原一番の名所。目が眩む千mの大絶壁から大峯主峰群が眼前に広がっています。圧倒的な景観を目にして、暫く我を忘れ立ち竦むほどの感動を得られるでしょう。
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★大峰・奥駆道から熊野への道 (02年8月・10月)
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吉野~熊野「大峰奥駆道」の全山踏破は10日以上かかる大修行の道、小生には到底無理なので縦走路南部・主峰「釈迦ケ岳」は分割登頂しましたが、全山歩き通した人は過去何人いたのだろう・・


  .....(左)大峰奥駆道の200名山「釈迦ケ岳」の縦走路 (右)「釈迦ケ岳」の頂上(02年8月).....
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この一帯は1936年に「吉野熊野国立公園」に指定され、さらに2004年7月には吉野山・高野山~熊野に向かう諸霊場と海陸の参詣道が「紀伊山地の霊場と参詣道」としてユネスコ世界遺産に登録されました。今は大ブームとなっていますが、当時は話題にもなっておらず人は疎らだった・・。


     ......(上)熊野古道「中辺地」 (下)高野山南部、「叔母子岳」 (右)熊野古道の諸ルート.....
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「熊野古道」は5ルートが存在。熊野大社へのアプローチは、高野山からが「小辺路」、田辺から山間部経由が「中辺路」・海岸大回りが「大辺路」、三重から「伊勢路」、吉野から山岳修行道が「奥駆道」




★「那智大社」・「那智の滝」&「熊野本宮大社」 (03年11月)

いよいよ熊野古道・奥駆道の最終目的地「那智大社・那智の滝」と「熊野本宮大社」へのゴールイン!
熊野へ到達の夢は03年秋、家族3人で行った紀伊勝浦温泉の旅行で実現することができました。


   ....奈良の秘境「十津川渓谷」に掛かる谷瀬の大吊橋、渡ると足も竦む(03年11月).....
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奈良南部秘境「十津川渓谷」を経由し、和歌山の「那智大社」に入りました。大社は鮮やかな朱色を称える三重の搭!その隣に西国33ケ所霊場の筆頭のいぶし銀・「青岸渡寺」が鎮座している!


      ......(左)「那智大社」と「那智の滝」 (右)西国33ケ所霊場1番札所「青岸渡寺」......
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「那智大社」の背景には日本三大名瀑「那智の滝」が神々しく白い飛沫を立てながら流れ落ちています。滝は真下で間近に見ることができ、滝壺に舞う水流イオンを吸うと気が満ちてくるような・・。


        ......(左)神秘的な「那智の滝」!垂直直下の瀑布の飛沫イオンを浴び・・......
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  .....(右)「熊野本宮大社」の威厳、サッカー日本代表のシンボル「ヤタガラス」は神武天皇を誘った。......
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★おわりに

奈良の山は実に懐が深い・・!日本一を誇る降雨量がもたらす水流が育んだ濃密な原生林と屈指の渓谷美を有し、そこには無数なる木の精や霊気が漂っている感じがします。山岳宗教と深い歴史が刻まれた霊山の中を歩いてきて、何か大きな気を受けてきたような印象を受けました。


       ......(左)金剛山・吉野・大峰山・大台ケ原・熊野の地図 (右)「大峰奥駆道」の全体図......
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3回に渡って紹介した「奈良シリーズ」もここで筆を置きたいと思います。まだ書き切れなかった所や、訪問できなかった寺社を多く残しており、「奈良県は見るべき所が実に多過ぎる!」と思います。
奈良県の面積は3691km2で全国40位、人口は141万人・全国28位。こんなに小さい県なのに・・

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この小さな県に濃密に歴史のドラマと自然が詰まっているからこそ数多くの見所がある訳ですが、また機会があったら行って見たい・・。次、訪れてみたい場所は、唐招提寺・秋篠寺・當麻寺・長谷寺・宇多分水神社・談山神社・朝護孫子寺・当尾・暗峠・葛城山・高見山・・、まだ々沢山残っている。


                                                     おわり



次回は「GW紀行①:残雪の北陸名峰「笈ケ岳」から霊峰「白山」を望む」をお送りします。
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  by rollingwest | 2010-05-13 00:00 | 寺社・史跡・古道 | Comments(39)

<2010年5月>大和路・旅の思い出レビュー(その2):飛鳥・山の辺・宇陀曽爾編

                              (その1):「奈良・西ノ京・斑鳩編」より続く


★大和三山の古都・「藤原京」が存在した「橿原」(kashihara)


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02年5月・関西に転居して間もない頃、家族で訪ねた飛鳥路の旅は懐かしい思い出。聖徳太子や大化の改新、仏教・日本伝来地、高松塚古墳・・、日本史に興味ある人にとっては憧憬場所でしょう。飛鳥路に入る前に「大和三山」(耳成・畝傍・天ノ香具山)麓にある「橿原」に立ち寄ってみました。 

                          
          .....(左)古代遺跡の宝庫:「橿原考古学研究所」 (右)「三角縁神獣鏡」.......
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橿原は「藤原京」(日本初の本格的な都)跡があった場所。「橿原考古学研究所」の展示物を見学。県内各地で発掘された古墳時代の遺跡・出土品(埴輪・銅鏡・馬具等)も多数展示され見応え十分


     .....(左)畝傍山麓の「橿原神宮」の外拝殿は神々しい (右)初代・「神武天皇」の勇姿.......
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そして大和三山・畝傍山のふもとには神武天皇を祀る「橿原神宮」があります。玉砂利を敷き詰めた広場には威厳ある社殿が堂々と鎮座していました。「神武天皇」は初代の帝として当地で即位したという伝説人物(日本書紀記述)。肖像を見るとワイルドな風貌をしておりオーラに満ち溢れている!
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★憧れの「飛鳥路」を行く (02年5月)

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いよいよ目的地「飛鳥の里」へ!近鉄飛鳥駅前で自転車3台を借り、サイクリングで各名所を巡ります。まずはあの有名な「高松塚古墳」に入ってみよう。竹薮に覆われた古墳がありますが実際に壁画を見ることはできないのでミュージアム見学のみ。黴に侵された壁の修復は今後いかなる運命に・・


                           ......1972年に発見された「高松塚古墳壁画」......
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長閑な景観が広がる飛鳥には、田んぼの中に歴史上重要人物の古墳や有名遺跡が点在します。
酒船石・亀石など謎の多い石造物があり、更に進むと「石舞台古墳」と呼ばれる巨石墳丘が出現!


       ......(左)明日香村最大の前方後円墳・「欽明天皇陵」 (右)「天武・持統天皇陵」......
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         ......蘇我馬子の墓ともいわれる謎の巨石・「飛鳥・石舞台古墳」(02年5月).......
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この巨石は「蘇我馬子」(聖徳太子没後の専横独裁・為政者)の墓といわれ、子孫である蘇我蝦夷と入鹿はクーデターで645年に滅ぼされました。これが有名な「乙巳の変」です。中大兄皇子と中臣鎌足が中央集権国家「大化の改新」をスタートさせた舞台は、田んぼにポツンと広がる石敷広場でした。


            ......「大化の改新」の舞台となった「伝飛鳥板蓋宮跡」(02年5月).......
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それでは、聖徳太子の誕生地「橘寺」を訪ねてみましょう。エッ、ここが・・?と思わせるほどの素朴な風景にビックリ!青い稲の水田にヒッソリ佇む古刹を見て大和路の素晴らしさを改めて感じたものだ・・


    .....聖徳太子生誕の「橘寺」(680年頃の創建)は、素朴な田園風景に溶け込んでいた。.....
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次は国内大仏の中で最古の「飛鳥大仏」が鎮座する「飛鳥寺」(蘇我馬子が建立)を訪問しました。
蘇我氏は日本に仏教を積極伝来させた立役者だったのだ!(神社派・物部氏は蘇我氏に敗れた)


   ....日本で最も古い「飛鳥大仏」は法隆寺「釈迦三尊像」と表情が似ている。(02年5月)......
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文化美術史では、大化の改新~平城京遷都までを「白鳳文化」、遷都後を「天平文化」と呼びます。
白鳳の仏像は表情がやや鋭く素朴な雰囲気が残ります。天平以降、リアルな表情やダイナミックな姿に


                  .....古代天皇・仏教創建の地「飛鳥」周辺の地図......
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★日本最古の道・「山の辺の道」を歩く (02年9月)


「三輪山」(奈良市東南部)の麓から、春日神社鎮座の「若草・春日山」の麓まで、奈良盆地の東端(山々の裾)を縫う如く通ずる道は「山の辺の道」と呼ばれます。古代のロマンを感じるンだよナア・・。
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     .....「三輪山」は謎多き山、古代人が人工的に造ったというピラミッド伝説もある。.......
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三輪山は縄文~弥生時代から原始信仰(自然物崇拝)の山として崇められ、山自体が御神体とされます。山麓地帯には次々と巨大古墳が造営され、桜井一帯を中心に日本最大級の政治的勢力(大和政権)の初期王朝が存在したようです。ミワヤマ←「御・和・邪馬」が語原だと主張する人も・・


     ......(左)「山の辺の道」の入口には「三輪明神」大鳥居 (右)桜井名物「三輪そうめん」.....
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JR桜井線・三輪駅前に、日本で最も古い「大神(オオミワ)神社」の大鳥居が立っています。本神社は「三輪明神」とも呼ばれ、三輪山が御神体なので本殿は存在しませんが、威厳ある拝殿は立派だ!
最近パワースポットブームで大神神社は有名になってきたぞ!そして「三輪そうめん」はご当地がルーツ


    .....日本最古の歴史を誇る「大神神社」(三輪明神=大物主)の拝殿(02年9月)........
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   ......日本最古の「山の辺の道」を北上して歩く。「万葉の道」稲穂風景には心が癒された。.......
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「山の辺の道」は、三輪山から北上し崇神天皇陵・長岳寺(玉眼・阿弥陀)や柿本人麻呂歌碑などを見て、天理市にある「石上(isonokami)神宮」まで続きます。素朴な雰囲気が実に素晴しい・・!


   .....(左)長岳寺・阿弥陀如来(初の玉眼仏像)(中)柿本人麻呂歌碑(右)山の辺の道・地図......c0119160_17313366.jpg
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        ........天理市にある大和屈指の古社「石上神宮」の拝殿(豪族・物部氏を祀る)......
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JR桜井線・西側には「纏向遺跡」(前期古墳時代)、「箸墓古墳」(卑弥呼の墓との説)等が点在
天理には物部氏を祀る「石上神宮」が・・。桜井・天理を結ぶ「山の辺の道」はまさに史蹟の宝庫!




★番外編: 関西の「新興宗教都市」


            ..........一度訪ねて見たらビックリするぞ~!「天理教」の宗教都市......
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天理市といえば、やはり新興宗教「天理教」が思い浮かびます。ここは全ての市民が天理教信者ではないかと思えるほど、街全体が宗教建築の中で生活活動している様な異様光景!天理教会の教祖殿に一度入ってみましたが、熱心な信者(全国各地から奉仕巡礼)が多く拝礼していました。


     ......(左)「天理教」の本殿 (右)教祖「中山みき」はシャーマン卑弥呼の生まれ変わりか?......
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奈良名峰・金剛山(次回で詳しく紹介)に登り、頂上から大阪・富田林の街並を見渡すとニョキニョキの異様な搭が見えます。これこそPL学園で有名な新興宗教「PL(パーフェクトリバティ)」の教祖を祀った塔
毎年8月1日、教祖搭から数万発の花火を打ち上げるのです。自称世界一というだけあり超豪華!


     .....(左)異様なPL教団塔 (右)教祖祭PL花火芸術と呼ぶ。南河内は花火客で大混雑に......
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天理・PL・智辯といえば、皆甲子園の常連高で全国優勝もしている。スゴイね~!02年夏・甲子園では、奈良vs和歌山の智辯兄弟対決も実現しました。因みに智辯は辯天宗という新興宗教系高校


  ....(左)甲子園で数々の栄光を飾る新興宗教系高校 (右)智辯高校は辯天宗(本部・茨木).....
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これだけ新興宗教が隆盛する関西エリアは、歴史的に天啓を受ける卑弥呼の様な人が多く出てきやすい場所なのかね~。街全体が宗教都市になっている光景は奈良だけの特徴かも・・、皆様必見!





★奈良東部エリア(宇陀・室生・曽爾)の名刹・山・渓谷


奈良東部の榛原・宇陀・室生・曽爾は山合いで人気(hitoke)が疎らなエリアですが、素朴で落ち着いた雰囲気が素晴しい・・。榛原の特約店によく通ったのに、見そびれた寺社がまだ沢山ある・・(悔)


        ........奈良県郊外の宇陀・曽爾などの村落エリアにも味わい深い風景が広がる。.....
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03年10月、ススキ群生が美しい「曽爾(soni)高原」、三重県境の名渓谷「赤目四十八滝」、「女人高野」と呼ばれる「室生寺」を家族で訪ねた旅は印象に残ります。奈良の隠れた自然をご紹介~


        ......曽爾高原の「ススキ群生」は牧歌的光美!見応えがあり実に素晴しい!.....
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葛飾オヤジ゙さんに「奈良にススキが素晴しい名所がある」と教えられて行ったのが曽爾高原です。
室生火山群の最高峰「倶留尊山」に登ると、穏やかで光り輝く高原全体が俯瞰でき心が癒された~


       ......「倶留尊山(kuroso)」は火山爆発で形成された地形(03年10月).....
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寺島しのぶが03年日本アカデミー賞を総ナメでブレイクした映画「赤目四十八滝心中未遂」の舞台となった赤目渓谷(三重県名張市隣接)も訪ねてみました。光り溢れる滝が続々と現れ素晴しかった!


           ......「赤目四十八滝」の渓谷道を巡った家族ハイキング(03年9月).....
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           ......三重名張に近い奈良の名渓谷は透明感溢れる光の世界.....
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三重・奈良県境は、「大台ケ原山」など日本有数の降雨量地域だけに水量が豊富!透明感と轟音響く渓谷歩きは是非ともお勧めです!そういえば寺島しのぶ熱演の映画はまだ見ていなかった・・

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当地で最大見所はやはり「室生寺」!真言宗の総本山「高野山・金剛峰寺」は女人禁制でしたが、当寺は女性の参詣を許し信仰を集め「女人高野」と呼ばれます。長~い石階段を登り「五重の塔」「奥の院」に到着。来た甲斐があったネ~!大和の寺で渓谷美と山寺の面影豊かさは比類なし!


      ......「女人高野」とよばれる「室生寺」、「五重の塔」&「奥の院・御影堂」(03年9月).....
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初瀬にある「長谷寺」(牡丹の時期は大賑わい)と「宇太水分神社」(宇陀の総鎮守)はついに訪れることなく終わってしまい悔いが残っています。次回、この地を訪ねる時は絶対ここは外しません。


          ......(左)初瀬「長谷寺」 (右)「宇太水分神社」 いつか訪れてみたい!.....
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奈良郊外エリアは、ビッグネームの寺社・名所が田園風景の中に静かに溶け込んでいる感じがします。
飛鳥路・山の辺の道など歴史深く古代ロマン溢れる古道は、是非とも歩いてみることをお勧めします。


           ......(左)奈良県北部    (右下)奈良東部の地図  (クリックで拡大).....
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                                                     おわり






最終回は、「(その3):金剛・吉野・熊野・大峰奥駆道編」をお送りします。
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  by rollingwest | 2010-05-04 00:00 | 寺社・史跡・古道 | Comments(38)