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<2016年4月2~3日>身延久遠寺(日蓮宗総本山)&七面山登山:(前編)

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★身延「七面山」(日蓮宗の霊山)リベンジ登山、久遠寺の満開・枝垂桜にも対面


日本200名山は160座近くを踏破しましたが、過去に登頂断念した山が数座あります。山梨身延にある日蓮宗霊山「七面山」(1982m)は2001年3月・食山人氏と一緒に挑戦したものの、頂上付近の積雪が多く登山道不明で危険を察し下山。いつか再挑戦すると思いつつも15年の年月が経過・・


    ....2001挑戦で敗退した日本200名山の「七面山」(大雪で断念)、15年後にリベンジ登山.....
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今年こそは・・と、身延久遠寺の大枝垂桜が満開となる時期を狙い、宿坊泊まり体験をしながらの登頂計画を昨年から練っていました。あとは桜開花状況と天気に恵まれるのみ・・!桜早咲きとなった今年は4月初めの週末が好天とバッチリの巡り合わせとなり、夢実現のため単独登山へいざスタート!


    .....(左)15年前に撮った雪の「額縁富士」 (下)登山道途中にある奥の院で宿坊一泊体験.....
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  ......身延山・久遠寺(日蓮宗総本山)・枝垂桜は15年前の家族旅行以来。満開時期は初体験.....
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★身延山・久遠寺の見事な枝垂桜に感激の対面

4月2日(土)早朝5:30に自宅を車で出発!桜満開期の身延・久遠寺は9時以降で駐車入場制限(シャトルバス輸送へ切替え)が行われるため8:40頃には現地到着する必要があるからです。中央道・韮崎ICを降り国道52号線を富士川沿いに南下していきます。山里はまさに梅・桃・桜が百花繚乱~!


       .....韮崎ICを降りて朝の田園地帯を走る。そそり立つ様に咲き誇る見事な桜....
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     ......(左)富士川沿いの風景、曇りから晴れに! (右)紅梅や桃の花が燃え立つ.....
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予定通り8:40に身延へ到着。久遠寺は日蓮聖人が開いた日蓮宗・一大道場でのちに総本山として位置づけられ、20軒の宿坊があり門前町が栄えます。宿坊を初体験する七面山登山も朝夕の勤行参加が義務づけられているので、身延街並にある宿坊を興味深く眺めつつ通過して行きました。


       ......(左)久遠寺も七面山も宿坊が随所にある (右)甘露門の石階段を登る.....
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久遠寺は今回で3回目の訪問。前回は15年前に家族で櫛形山(アヤメ群生で有名)に登り、その後で身延まで足を伸ばしました。当時は初夏で桜は新緑枝垂れに替わった後だったので、桜満開期は初体験だ。甘露門の石階段を上がると仏殿前で咲き誇る見事な枝垂桜が出現!素晴らしい~!


   ......(左)仏殿前で咲き誇る見事な枝垂桜 (右)3度目訪問でついに満開桜に対面の夢叶う.....
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    .....御真骨堂(日蓮遺骨奉納)脇にある枝垂桜の傘下に立ち、見上げて撮影!感動~....
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久遠寺は桜名所100選に必ず選ばれる最も有名な桜名所のお寺。樹齢400年の枝垂桜が2本あり、地面まで着きそうなスケールの花枝垂れ、枝にビッシリと咲き誇る姿は実に圧巻!風格優美の極め付けだ!


    ......祖師堂前にある樹齢400年の枝垂桜、気品溢れる姿は溜め息が出る程に美しい.....
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久遠寺の大本堂の威容は毎回見ても圧倒されるなア・・。大伽藍は日蓮聖人700遠忌の記念事業(1985)で再建され間口32m、奥行51mで一度に2500人の法要を奉行できるスケールを誇ります。


       .....久遠寺の本堂大伽藍、いつも見てもこの巨大さには驚く!.....
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     ......(左)大本堂の御本尊、枝垂桜の様な金装飾 (右)天井画・墨龍の大迫力.....
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日本三大三門に数えられる身延三門、祖師堂・報恩閣、日蓮の御真骨を奉安する御真骨堂があります。また1875年の大火で焼失した五重塔は、2009年伝統的工法と現代技術の粋を結集し見事復元されました。朱色の風格ある五重塔、祖師堂と桜のコントラスト・調和感が実に素晴らしかった!


     .....(左)朱色五重塔と鐘楼が並び立つ (右)祖師堂と枝垂れ桜とのコラボ.....
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    ......祖師堂は日蓮聖人の神霊を祀る堂閣。「棲神閣」と称す、本堂内で祈る人.....
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10時を過ぎると観光客で混み始めて来た。祖師堂前の枝垂桜では観桜茶会の準備が進められ華やかな雰囲気に・・。身延久遠寺の満開桜にやっと出会えて満足のRWは日蓮大聖人に大感謝!


         ......祖師堂前の枝垂れ桜では観桜茶会の準備が進められている.....
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★波乱万丈なる日蓮聖人の一生 (今まで訪問した史蹟の紹介とともにレビュー)

          
日蓮の所縁地は全国各地にあり、以前もレポートした日蓮の波乱なる生涯を再度おさらいしましょう。主な場所は生誕地・安房鴨川(千葉)、修行を積んだ比叡山(京都)、権力と対峙し迫害を受けた鎌倉、流罪となった佐渡、一大道場を築いた身延山(山梨)、生涯を閉じた「池上本門寺」(大田区)が有名。

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1222年、日蓮は安房国(千葉県天津小湊町)で生まれました。地元には、「誕生寺」という寺があり聖人生誕地として深い信仰を集めています。2006年10月、房総南端エリアを訪ね(アクアライン経由)、「誕生寺」や立教開宗宣言の「清澄寺」、日蓮誕生吉兆で鯛の大群が現れた「鯛ノ浦」などを見てきました。日蓮は地元「清澄寺」(天台宗系)にて16歳で出家、仏教学の聖地「比叡山」の修行へと入ります。

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    .....2006年、日蓮の生誕地・安房鴨川(千葉)にある「誕生寺」や「鯛の浦」を訪ねてみた....
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   .....2003冬、家族で比叡山・延暦寺を訪問、根本中堂には歴代・仏教偉人の肖像画(日蓮も)......
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数々の修行を重ねた日蓮は1253年清澄山(日本で一番早い日の出場所)山頂に立ち、昇り来る太陽に向かい題目(南無妙法蓮華経)を唱え遂に開眼!法華経至上とする立教開宗を宣言しました。


  .....日蓮は房総南端の「清澄寺」で悟り開眼。日の出に向かい題目唱える日蓮聖人像......
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政治・文化中心地「鎌倉」に入った日蓮は松葉ケ谷に草庵を結び「立正安国論」を著し辻説法を開始。当時は凶作・飢饉・疫病・大地震・洪水が頻繁に発生し、「災害続発の原因は法然浄土教にあり、対策は正法(法華経)に帰依することだ!」と、北条時頼(当時政界最高の実力者)に上呈したのです。


      ......(左)鎌倉・辻説法の図 (中)「立正安国論」  (右)日蓮と蒙古襲来時の鎌倉幕府......
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日蓮は対立宗派(浄土教)や幕府から次々と迫害・弾圧(松葉ケ谷草庵・焼打ち、伊豆配流、小松原法難)を受けますが「受難を乗り越えてこそ正法成就」の信念で次々困難を乗り切っていきます。蒙古襲来に右往左往する幕府に対し日蓮はさらに激しい批判行動を重ね、遂に捕えられてしまうことに・・


     ......日蓮が処刑されそうになった「龍口寺」(江ノ島の近く)、、威厳ある本堂と日蓮立像......
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日蓮は鎌倉腰越「龍ノ口刑場」で処刑されることに・・。介錯人が首を刎ねる瞬間、突然轟音と共に雷光が閃いたのです。武士は目が眩み次々倒れ込み、天から守られた聖人は難から逃れました。


    .....「龍ノ口法難地」(鎌倉・江ノ島の近く)、処刑執行寸前に雷光が走り日蓮は難を逃れる......   
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しかし鎌倉幕府は聖人や弟子・信者に対してさらに弾圧を強め、日蓮は佐渡へ配流され塚原の三昧堂に閉じ込められました。地元の念仏信者・阿仏房は、日蓮を襲撃するものの教えを説かれて忽ち帰依し、その後生涯を通してはるばる佐渡から身延まで3度も聖人を訪ねたとのこと


      .....鎌倉幕府から島流しで寺泊から佐渡へ流罪、塚原「根本寺に逗留された....
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佐渡で2年数ケ月蟄居した日蓮は幕府から赦免され、寺泊へと向かうものの途中で漂流し我が故郷柏﨑の番神岬に上陸しました。番神堂近くに聖人像が立っており佐渡ケ島をシッカリ見据えています。


         .....流罪放免となった日蓮は佐渡から柏崎(RWの故郷)の番神岬に漂着した.....
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赦免されて鎌倉に一度戻った日蓮でしたが、幕府との意見対立(とにかく頑固一徹!)は依然と続き、業を煮やした聖人は鎌倉を見限る決意を固め、山梨の身延山「久遠寺」へと入ります。7年間で数々の講義を重ねて門弟を育て上げ、身延山は日蓮宗の一大道場へと隆盛し、現在に至っています。

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     .....身延山「久遠寺」は家族3人で訪問(1998年)、桜は終わりすでに新緑枝垂れだった.....
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1282年身延で体調を崩した日蓮は湯治療養を薦められ、下山して常陸国の温泉へと向かいますが、旅の途中で亡くなってしまいました。この地こそが大田区の池上本門寺であり、本堂裏手には日蓮聖人の御廟所が鎮座。日蓮命日(10月13日)には全国で報恩感謝の法会「御会式」が行われます。


   .......(左)日蓮が没した大田区「池上本門寺」  (右)紅葉とコラボしていた秋の仁王門.......
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  .......日蓮入滅の10月13日は日蓮聖人を偲ぶ「御会式」が行われ、美しい万灯の纏が花開く.......
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死を覚悟した日蓮は臨終に際し池上本門寺で「立正安国論」を最期の説法として講義、波乱万丈の60余年生涯に終止符を打ちました。日蓮宗祖の宗派は新興宗教系も含め沢山ありますが相互対立は激しく、決して相手を認めない傾向があります。頑固一徹な聖人の血脈が継承されたのかも・・


           ........(左)日蓮聖人の御廟所  (右)日朝堂・鐘楼の鮮やかな姿.......
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山梨で日蓮所縁ある寺の名桜といえば日本三大桜で有名な「山高神代桜」です。2010年に北杜市(南アルプス・八ケ岳絶景)の実相寺を訪ねて、日本最古の2千年を誇る桜と初対面して感動しました。


      .....樹齢2千年を誇る日本三大桜「山高神代桜」は日蓮所縁の実相寺(北杜市)に鎮座.....
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「山高・神代しだれ桜」は「日本三大桜」の一つ、「根尾谷淡墨桜」(岐阜)と「三春滝桜」(福島)と併せて国の天然記念物第1号指定を受けています。この歴史ある3銘木は古来より日本人の心を虜にしてきた桜として崇められています。神代の老木桜には正に神が宿っている様なオーラを感じました。


      .....(左)2010年初対面で大感動の枝ぶり! (右)古代の老木桜を多くの支柱が支える.....
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これで日蓮史跡の9割は訪ねました。残りは佐渡のみ!佐渡は過去2回家族旅で行きましたが、日蓮の所縁地という観点からは未訪問地なので、流罪地の史蹟をジックリと廻ってみたいですネ~!






★身延山・奥之院へのロープウェイ空中参拝


日蓮生涯紹介を終えて再び身延散策の現在へと戻りましょう。次は日蓮宗の核心部である身延山・奥之院(標高1153m山頂)に向います。麓から歩くと2時間強かかりますが、現在はロープウェイでお手軽に(7分)頂上へ簡単に立つことができます。満開桜・ミツマタ群生を俯瞰して目も華やか~


      ......身延の山里桜は満開、身延山ロープウェイへの空中散歩を楽しんでみよう.....
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当日は雲に隠れて富士山や七面山は見えませんでしたが、晴れていれば駿河湾・伊豆半島・南アルプス・八ヶ岳連峰・甲府盆地の雄大なパノラマが楽しめます。富士川に沿う山里風景が素晴らしい。


  ....(左)ロープウェイ下に広がるミツマタの大群落 (右)富士川沿いの山里が一望!絶景かな~.....
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日蓮聖人は身延山に何度も登詣し、故郷房州(現在の千葉県鴨川市)の両親の追善を祈った場所といわれます。日蓮聖人が両親や師の追慕記念する立像が奥之院・思親閣の入口にありました。


       ......身延山頂上に鎮座する「奥之院・思親閣」、日蓮の親孝行から命名.....
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      ......(左上)祖師堂 (左下)報恩閣山門 (右)巨木が林立する参道を行く.....
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参道奥を進むと日蓮聖人の御手植え杉が4本ありました。父・母・御師の追善で自ら植えた杉は身延町指定文化財(天然記念物)です。静かな報恩閣境内を散策し、ロープウェイターミナルへと戻りました。


      ......(左)巨木が次々に現れる参道 (中)日蓮聖人の御手植杉も4本鎮座....
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      ......(左)朝の報恩閣境内は人も疎ら (右)本堂脇には黄金の仏像が鎮座.....
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身延山展望台から七面山は眺望できませんでしたが、遥拝所には頂上部のパネル写真があります。これから挑戦する七面山リベンジへ想いを馳せ、再び車を走らせて七面山の登山口へと向いました。


   ......身延山展望台に立つ。七面山遥拝所の頂上部のパネル写真.(意外と平らな山容)....
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                                       【後編】「七面山登山記事」へ続く




  by rollingwest | 2016-04-18 00:00 | ローリングウエスト山紀行 | Comments(108)

<2014年4月>鎌倉湘南探訪(その8):「藤沢歴史探訪」(義経・一遍・日蓮の史蹟巡り)

<日本仏教史を飾った偉人達>(その3):踊念仏・時宗「一遍上人」&「日蓮上人」②(龍ノ口法難)


★藤沢北部エリアに見られる歴史の面影

久しぶりに鎌倉湘南探訪シリーズ記事を公開、今回は鎌倉・江ノ島から離れて藤沢北部に足を伸ばしてみました。今やすっかり都市化した藤沢の市街には、残念ながら鎌倉や川越のような深い歴史を感じる街並は見当りませんが、宝探しの視点で歩いてみると随所に歴史の面影を発見できます。


    .......湘南最大の都市「藤沢市」(人口42万人、神奈川県第4位)の駅前風景.......
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藤沢宿は江戸日本橋から数えて東海道53次の第6番目の宿場。戦国時代から、小田原北条氏の交通要地でしたが1601年に駅制が定めら藤沢宿として成立しました。遊行寺や江ノ島詣の観光宿で発展し、江戸庶民は浮世絵に描かれた光景に憧れて藤沢という地をイメージしていたことでしょう。

                                湘南探訪・江ノ島を特集した記事はコチラから


   .......広重や北斎が浮世絵に描かれた藤沢宿・江ノ島は江戸時代の人気観光SPOT.......
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藤沢北部には、東海道の昔を思い出すような街並風景は殆ど残っていませんが日本史に登場するビッグネームの史蹟を随所に発見することができます。今回の記事は、源義経に所縁深い「白旗神社」、一遍(踊り念仏・寺宗の開祖)の「遊行寺」、日蓮が法難を受けた「龍口寺」を中心に紹介しましょう。


   .......日蓮上人が法難を受けた「龍口寺」、寺の高台からは藤沢の街と江ノ島が望める.......
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★源義経・弁慶の首が祀られる「白旗神社」


     .......藤沢の「白旗神社」(創建年代不詳、古くから寒川比古命を祀っている).....
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源義経が祀られる藤沢の「白旗神社」は全国に70社を数える源氏を祀る神社の一つですが、もとは相模国一宮寒川神社と号していたとのこと。しかし1249年に義経がここに合祀され白旗神社となりました。ちなみに源氏三神社とは、六孫王神社(京都)、多田神社(川西)、壺井八幡宮(羽曳野)


  .....社殿を覗くと判官・源義経の肖像画があるぞ!ヒーロー義経が当地に眠っていたのか.......
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その由緒は源義経と弁慶の首が当地に祀られたからです。平家打倒の立役者だった義経は兄頼朝とその後対立し1189年奥州平泉で攻められて自害しました。2人の首は鎌倉での検分実施後に捨てられ、藤沢の境川に漂着して、近くには義経の首を洗ったという「首洗い井戸」が残っています。


   .......奥州で自害した義経の首は鎌倉で検分され川に捨てられ、当神社で祀られる......
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当地で首が拾われた事を知った頼朝は義経を哀れみ源氏シンボル「白旗」の名を冠し明神として祀らせたとのこと。境内には義経と弁慶の名に因んだ木や石碑もある。日本史で超有名な義経・弁慶が藤沢に眠っているとは意外と知られていない事実!でも源平史が好きな人はよく訪れる神社です。


       ........石に触れると病気に罹らないと云われる「弁慶の力石」もあった......
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源氏に所縁深い神社といえば八幡宮ですが、鎌倉鶴岡八幡のシンボルは鳩。そして白旗・・、清和天皇をルーツとする源氏と秦氏は深い繋がりを持っています。今登場した文字(幡・鳩・旗・秦)には全てHATのキーワードが登場している。大陸渡来の秦氏は氏姓の源という意味が隠されているのかも・・


       .......源平合戦で有名な源氏の白い旗、この神社の名の由来となっている......
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★高級別荘住宅地の鵠沼海岸付近

江ノ島の隣に位置する鵠沼海岸には、歴史的に有名な政治家・実業家・文化人の邸宅や別荘が多くある場所でリッチな雰囲気が漂います。RWにとっての鵠沼は、会社の新入社員研修合宿で砂浜を毎朝走らされたことが脳裏に蘇る海岸。江ノ島を生まれて初めて見たのも研修所の窓からでした。


  ......新入社員研修で毎朝、鵠沼の砂浜(別荘地の面影あり)を走らされたものだネ~.......
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2007年、鵠沼にあった歴史的建造物が次々に放火される事件が相次ぎ、この辺りは物騒な雰囲気に包まれたことがあります。大正時代の丸ビルを建築した米国設計技師モーガンの旧邸、国の重要文化財建築だった旧住友家俣野別邸、大磯の旧吉田茂邸も出火、実に不埒な奴がいたもんだ・・


   .......(左)モーガン旧邸 (右)旧住友家俣野別邸、2007年に連続放火で焼失.......
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鵠沼に皇大神宮があったという事実も初めて知りました。832年造立記録があり、創建が古い神宮の祭神は天照皇大神の他に神話のビッグネームが続々と登場します。第60代醍醐天皇時代には、相模国の総社(筆頭は寒川神社)に列せられたらしい。鳥が告げるクゲの字も何か意味がありそうだ・・


   ........(左)鵠沼皇大神宮 (右)夏は人形山車が練り歩く華麗な例大祭が行われる......
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★箱根駅伝の坂で有名な「遊行寺」(時宗の総本山)

正月の風物詩「箱根駅伝」往路で戸塚中継所を通過した後、最初に迎える難所は「遊行寺坂」、ここを上り下りするランナーはスペシャリスト選抜の一人なのかも・・。坂の名前は鎌倉時代に「一遍」という遊行僧が当地で踊念仏を始め、「時宗」という大きな宗派に成長し「遊行寺」が建立されたことに由来


    ........遊行寺の坂(国道1号)はきつくて長い・・。箱根駅伝の難所コースとして有名......
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時宗・総本山「遊行寺」の正式名称は「藤澤山無量光院清浄光寺」・・、Oh~藤沢の名前がついているぞ!東海道五十三次・藤沢宿は江ノ島観光の他に門前町として発展したことが大きな理由か・・?


  ........「遊行寺」は境川(片瀬川)を渡った丘の上に鎮座。時宗4代目「呑海上人」が創建......
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時宗開祖の「一遍」は全国を遊行して踊念仏を広め、鎌倉新仏教の一勢力を占める程に発展へと導きました。本堂は東海道随一といわれる木造建築(関東大震災後に再建)で実に堂々としている。総門の石段は48段あり、いろは四十八文字からもじって「いろは坂」と呼ばれているとのことです。


  .......(左)諸国を巡り「踊り念仏」を広めた「一遍上人」 (右)総門へ登る石段「いろは坂」......
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「いろはにほへと」の歌を調べて見るとは「諸行無常」「諸法無我」「涅槃寂静」の三法印(真理の教え)が刻まれているそうな・・。いろは歌の作者は空海や柿本人麻呂等の諸説がありますが、歌中には日本古代史を紐解く暗号が隠されているとも言われます。毎回この路線が好きなRW・・(苦笑)


      ......念仏系宗派の本尊は金ピカのケースが多いが、ここも実に華やかだった・・!......
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境内には、大銀杏(樹齢数百年)や立派な庭園(ソテツも多く湘南らしい雰囲気)があり、ゆっくりと散策するには楽しいお寺だね~!訪問した日は梅が綺麗に咲き誇り、春到来の嬉しさを感じました。


     ......遊行寺社務所の庭に出てみると燃立つ白梅や木瓜の花、本格的な春到来!......
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先日久しぶりに大手町ビルど真ん中に鎮座する強烈なる東京のパワースポット「平将門の首塚」を訪ね、塚碑銘に「遊行寺の名僧・真教上人が復興した」と記載されており驚きました!鎌倉新仏教の寺と日本最大の祟り神との繋がりは全くイメージしにくいものの実に不思議な縁だな~と思った次第です。


   .......(左)早春の庭に心和む (右)平将門首塚(大手町)の復興は遊行寺名僧の名が!.....
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★日蓮が斬殺されかけた法難の寺「龍口寺」

「龍口寺」は藤沢市片瀬の丘に建つ日蓮宗の本山、この地はかつて鎌倉時代の刑場跡で1271年日蓮が処刑されそうになった因縁の地であり当事件は「龍ノ口法難」と呼ばれています。日蓮は鎌倉幕府や念仏宗を堂々と路上批判(辻説法)し捕えられてしまいますが自分の信念を曲げません。


  ......「龍ノ口法難」の舞台「龍口寺」、幕府に捕えられた日蓮はここで処刑されることになった......
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ついに日蓮上人は腰越の「龍ノ口刑場」で斬殺処刑されることになりました。上人が首切り座に据えられ介錯人が首を刎ねようとする瞬間、突然轟音と共に雷光が閃いたのです。武士達は目が眩み次々倒れ込み、天から守られた上人は難から無事逃れられ、当地は日蓮法難の霊蹟となりました。


  ......日蓮が斬殺される寸前に、突然雷光・雷鳴が轟き、武士は目が眩み倒れ込んだ!......
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処刑は免れても佐渡流罪となった日蓮でしたが、赦免後は日蓮の教えをさらに広めていきます。頑固一徹な日蓮上人の波乱万丈な一生は「大田区探訪④池上本門寺」で紹介済ですのでご覧下さい。

                          日蓮の生涯(大田区探訪④池上本門寺)の記事はコチラから

 


  ......(左)処刑寸前の地には日蓮の石碑が! (右)高台にはインド寺院風の仏塔があった....
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仁王門をくぐり山門を抜けると広い境内が広がり、大本堂と五重塔が現れます。大本堂をぐるりと取り囲むように裏山の散策路があり、裏山に聳え建つ風格ある五重塔や真っ白な仏舎利塔を観ることができます。仏舎利塔に登ると相模湾・江ノ島や藤沢の街を望む絶景のパノラマが満喫できます。


    .......(左)風格漂う五重塔 (右)威厳ある本堂、見事な木彫りが芸術的だった!......
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★日蓮所縁の史蹟が多く残る鎌倉

鎌倉は日蓮上人の足跡が多く残っている場所です。辻説法を行っていた「鎌倉開教聖地の碑」がある「妙本寺」(苔寺とも呼ばれる)を中心にして日蓮所縁の寺跡をジックリと散策することができます。


      .......辻説法の地に立つ「妙本寺」の日蓮像、「松葉が谷草庵跡」としても有名......
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安房から初めて鎌倉に入った日蓮が拠点を構え20年近く過ごしたといわれる「松葉が谷草庵跡」、「立正安国論」を著した「安国論寺」、「大聖人辻説法像」(高村光雲作)が立つ「長勝寺」が最大見所


   ......(左)蒙古襲来を予言した「立正安国論」の著書拠点 (右)「富士見台」からの光景......
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その他、日蓮宗を迫害した北条時頼家臣が翻意帰依した「光則寺」、日蓮が富士山に向かい法華経を読んだ「富士見台」(由比ガ浜・材木座海岸・富士が一望の絶景ビュー)等もお薦め。次回は日蓮上人が辿った鎌倉足跡に絞りレポートしたいと思っています。あっ今回は藤沢の紹介でしたネ・・、失礼~


    ....... 日朗(日蓮の弟子)を監禁した幕府家臣が翻意帰依した「光則寺」(お花の寺)......
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龍口寺の近くにはマスコットみたいな可愛らしい六体の地蔵が祀られています。六地蔵は、当地で処刑された罪人供養のため亡者を六道(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天)から救うために祀られます。


      .......(左)昔は刑場だった龍口寺の近くには「六地蔵」 (右)腰越・江ノ電風景......
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修行足らずで現生利益優先の凡人は、日蓮の如く強くは生きられず・・、一遍の如く欲なく往生を願う暮しもできず・・、皆様とブログでコメントを交わすささやかな喜びで生きているRWです。(苦笑)



                                                          おわり

  by rollingwest | 2014-04-19 00:00 | 鎌倉・湘南探訪 | Comments(92)

<2013年9月5日>大田区探訪(その4):日蓮聖人ゆかりの「洗足池」「池上本門寺」

         <日本仏教史を飾った偉人達>(その2):法華経の辻説法「日蓮聖人」①



★久しぶりの大田区探訪シリーズ・・「日蓮所縁の洗足池」

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過去、大田区探訪シリーズ(羽田空港、下町風景、巨人の星・多摩川グランド)と3回紹介してきましたが、前回記事からもう1年以上もご無沙汰でした。川崎市から丸子橋を渡ればすぐに大田区ですが、日本仏教界の偉人「日蓮聖人」の史跡がいくつかあります。4回目は日蓮にSPOTを当てた記事をご紹介

                        大田区探訪(その1)「下町風景編」(羽田・蒲田・大森・六郷)


   .......大田区は「日蓮聖人」が入滅した「池上本門寺」や「洗足池」があり日蓮に所縁が深い.......
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                        大田区探訪(その2)「羽田空港・東京ベイサイド」編

丸子橋を渡り中原街道沿いに都心に向かうと「洗足」「千束」という地名が現れます。変わった地名は、日蓮聖人が甲斐身延から常陸国へと向かう旅途中、大田区の池で足を洗ったことから「洗足池」の名前が歴史に刻まれました。洗足池公園は周囲1.2km、面積約4万㎡都内有数の広さを誇ります。


    ........中原街道沿いにある「洗足池」は大田区民・憩いの場(白鳥の遊覧ボートも浮かぶ).......
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公園はお花見の名所、子供広場もあり白鳥遊覧ボートにも乗ることができる大田区民・憩いの場!
池の周囲をグルリ散策してみましょう。まずは池に架かる朱塗りの擬宝珠の木橋、鯉も泳いで風情あり


     .......洗足池の中で最も雰囲気ある「渡り橋」・・。鷺が啄み、朱塗り橋の下には鯉が泳ぐ.......
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池の奥側に行くと「勝海舟夫妻の墓」や「西郷隆盛の留魂祠」が現れた。エッ?何の所縁かいな?・・と由緒を読むと勝海舟は洗足池の風景がこよなく気に入り自分が死んだら当地に埋葬してほしいと遺言を残した理由に拠ります。「西郷隆盛・留魂祠」があるのは江戸無血開城・名コンビの縁から・・?


           ........(左)勝海舟夫妻の墓 (右).墓所に関わる由来を記した案内板......
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     .......「西郷隆盛」の留魂祠もあった。江戸無血開城・名コンビの縁は深かったようだ.......
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さらに歩くと日蓮が足を洗った池の由来が残る「妙福寺」が静かに佇んでいる。ここには立派な松の木が聳え立っています。日蓮が自分の袈裟を洗って干した「袈裟懸けの松」は江戸浮世絵でも有名


       ........(左)日蓮が足を洗ったと云われる洗足池脇の「妙福寺」  (右)日蓮立像.......
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     ........(左)江戸名所百景「千束の池・袈裟懸松」の図 (右)「袈裟懸けの松」を間近に撮影......
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洗足池は中原街道を車で通過する時に毎回脇目にチラリと見ていますが、ジックリ散策してみると今まで知らなかった史跡や自然風景を多く発見。実に素晴らしい場所だね~!皆様も一度歩いてみては・・


     ........(左)柳越しに見る洗足池のボート乗り場 (右)水鳥の遊泳軌跡は何とも風情あり.......
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                        大田区探訪:(その3)「巨人の星と多摩川風景」





★「日蓮聖人」入滅の地、「池上本門寺」


♪「池上~線が走る街に~、あなたは二度と来ないのオね~」♪。殆ど誰も知らないと思いますが、昭和51年に西島三重子という歌手が「東急池上線」をテーマにした情緒溢れる哀愁曲をヒットさせています。東急線「池上駅」から背後の山を登っていくと日蓮が入滅した「池上本門寺」の大伽藍が出現します。


  ......本門寺のアクセスは「東急線池上駅」、「池上」の地名は洗足池の上っていう意味なのかな?......
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池上本門寺」は日蓮宗の大本山(全国200末寺を持つ関東有数の大名刹)。日蓮が身延で体調を崩したため山を下り湯治旅に出た途中、ここで病気が重くなり入滅しました。日蓮・直弟子が中心となって寺院建立し、徳川幕府支援で発展、寛永期には全国的に有名な日蓮の聖地となったそうです。


     ........(左)経蔵と霊宝殿 (右)経蔵で読経する僧、経蔵の仏は2012年1月に盗難に遭う......
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         ........(左)池上本門寺「大本堂」  (右)煌びやかな大本堂を参詣する人達.......
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戦災(昭20)で多くの建物が焼失しましたが順調に復興し、現在は往時を超える大伽藍威容を誇ります。安藤広重が描いた総門、戦火を免れた経蔵、国重要文化財の五重塔や日蓮聖人座像、都文化財の多宝塔、加藤清正寄進の石段、有名武将の供養塔、都内でこれだけ見所ある寺は実に貴重!


    ........(左)霊宝殿と仁王門 (下)経蔵  (右)大本堂から護摩鉢越しに望む本門寺境内.......
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  ......(左)重要文化財「日蓮聖人坐像」(非公開) (右)仁王門脇で仁王立ちの「日蓮聖人・立像」.......
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池上本門寺は過去3~4回訪問しており、夏季と秋の紅葉期で撮り溜めた数々の写真が季節混在しているのでご容赦下さい。仁王立ちの日蓮聖人を仰ぎ、大伽藍群を見た後は五重塔へと向かおう。


     ........(左)枯れ葉を掃除するお茶目なお坊さん石像  (右)夏の仁王門・参道.......
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  ........(左右)威容を誇る「五重の塔」、紅葉や光と影のコラボ  (下)明治時代の池上本門寺.......
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五重塔から右手に進むと池上会館が見えてきました。ここは山上から大田区の街並みを眺望できる絶好の展望台であり、これは必見です!それにしても池上本門寺の境内は実に広大だナ~!と実感


    ....... (左)池上会館からの大田区眺望  (右)展望台にある幾何学的な椅子オブジェ......
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本門寺には武将や日蓮宗法主等の供養塔が幾つかありますが、近代・現代著名人のお墓も沢山あります。一番有名なのは空手チョップで有名な力道山のお墓、道標もあり大勢の人が参拝しています。


    .......(左)市川雷蔵や幸田露伴等、馬込文士の墓も多くある (右)力道山の墓(カッコイイ!)......
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          ........(左)悟永寿院の「万両塚」 (右) 紅葉衣装を纏う五重の塔 ......
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ここからは小生が今まで訪ねた日蓮聖人の所縁史蹟をレビューしたいと思います。安房・比叡山・鎌倉・佐渡・柏崎・鎌倉・身延、そして大田区池上・・、頑固一徹な日蓮聖人の波乱万丈な一生は凄いネ~!


       ........本門寺・宝物院に収蔵されている「日蓮聖人註画讃」(桃山時代作品).......
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★波乱万丈なる日蓮聖人の一生 (今まで訪問した史蹟の紹介とともにレビュー)

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日蓮は1222年、安房国(千葉県天津小湊町)で生まれました。地元には、「誕生寺」という寺があり聖人生誕地として深い信仰を集めています。2006年10月、房総南端エリアを訪ね(アクアライン経由)、「誕生寺」や立教開宗宣言の「清澄寺」、日蓮誕生吉兆で鯛の大群が現れた「鯛ノ浦」などを見てきました。


  .......2006年、日蓮の生誕地・安房鴨川(千葉)にある「誕生寺」や「鯛の浦」を訪ねてみた......
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日蓮は地元「清澄寺」(天台宗系)にて16歳で出家、仏教学の聖地「比叡山」の修行へと入りました。数々の修行を重ねた日蓮は1253年千葉鴨川・清澄山(日本で一番早く日の出を迎える)山頂に立ち、昇り来る太陽に向かい題目(南無妙法蓮華経)を唱え遂に開眼!法華経至上とする立教開宗を宣言


 ...... 2003冬、家族で比叡山・延暦寺を訪問、根本中堂には歴代・仏教偉人の肖像画(日蓮も).......
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  .....日蓮は房総南端の「清澄寺」で悟り開眼。日の出に向かい題目唱える日蓮聖人像......
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政治・文化中心地「鎌倉」に入った日蓮は松葉ケ谷に草庵を結び「立正安国論」を著し辻説法を開始。当時は凶作・飢饉・疫病・大地震・洪水が頻繁に発生し、「災害続発の原因は法然浄土教にあり、対策は正法(法華経)に帰依することだ!」と、北条時頼(当時政界最高の実力者)に上呈したのです。


    ........(左)鎌倉・辻説法の図 (中)「立正安国論」  (右)日蓮と蒙古襲来時の鎌倉幕府.......
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日蓮は対立宗派(浄土教)や幕府から次々と迫害・弾圧(松葉ケ谷草庵・焼打ち、伊豆配流、小松原法難)を受けますが「受難を乗り越えてこそ正法成就」の信念で次々困難を乗り切っていきます。蒙古襲来に右往左往する幕府に対し日蓮はさらに激しい批判行動を重ね、遂に捕えられてしまうことに・・


         ........日蓮が処刑されることになった「龍口寺」、威厳ある本堂と日蓮立像.......
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日蓮は鎌倉腰越の「龍ノ口刑場」(江ノ島近くの龍口寺)で処刑されることになりました。介錯人が首を刎ねようとする瞬間、突然轟音と共に雷光が閃いたのです。武士は目が眩み次々倒れ込み、天から守られた聖人は難から逃れることができました。(龍ノ口法難は次回の鎌倉湘南シリーズで紹介予定)


   ........(左)龍ノ口刑場跡 (右)龍ノ口法難図、処刑執行寸前に雷光が走り日蓮は難を逃れる......
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しかし鎌倉幕府は聖人や弟子・信者に対してさらに弾圧を強め、日蓮は佐渡へ配流され塚原の三昧堂に閉じ込められました。地元の念仏信者・阿仏房は、日蓮を襲撃するものの教えを説かれて忽ち帰依し、その後生涯を通してはるばる佐渡から身延まで3度も聖人を訪ねたとのこと


     .......日蓮は鎌倉幕府から島流しを言い渡され、越後寺泊から佐渡へと流罪(ルート図)......
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              ........佐渡流罪で聖人が逗留していた塚原の「根本寺」.......
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佐渡で蟄居させられた日蓮は2年数ケ月間後に赦免され寺泊へと向かうものの、途中漂流してしまい我が故郷柏﨑の番神岬に上陸しました。NHK「ゆく年くる年」で何度か紹介された番神堂は家族で大晦日2年参りによく来たものだ。岬には聖人像が立っており佐渡ケ島を懐かしむ様に見据えている。


  ......(左)わが故郷・柏崎の聖人像 (右)流罪放免となった日蓮は佐渡から柏崎・番神岬に漂着.......
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 .......(左)年越し2年参りで何度も訪れた故郷柏崎の番神堂 (右)本堂・芸術彫刻は実に見事!.......
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赦免されて鎌倉に一度戻った日蓮でしたが、幕府との意見対立(とにかく頑固一徹!)は依然と続き、業を煮やした聖人は鎌倉を見限る決意を固め、山梨の身延山「久遠寺」へと入ります。7年間で数々の講義を重ねて門弟を育て上げ、身延山は日蓮宗の一大道場へと隆盛し、現在に至っています。

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    ........(左)日蓮の修身道場となった身延山「久遠寺」 (右) 1998年、家族3人で身延山訪問......
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久遠寺本堂脇に聳える枝垂れ桜の大木は実に見事!春に訪れたことはありませんが、桜満開期(ネット写真を下記掲載)は多くの観光客で賑わいます。山梨って山高神代桜など桜名所が多い県だ・・


     ........(左)身延「久遠寺」本堂脇の枝垂れ桜は超有名 (右)満開の枝垂れ桜(ネット写真).......
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                  【再び、大田区の池上本門寺へと戻ります。】


1282年身延で体調を崩した日蓮は湯治療養を薦められ、下山して常陸国の温泉へと向かいますが、旅の途中で亡くなってしまいました。この地こそが大田区の池上本門寺であり、本堂裏手には日蓮聖人の御廟所が鎮座。日蓮命日(10月13日)には全国で報恩感謝の法会「御会式」が行われます。


           ........(左)日蓮聖人の御廟所  (右)日朝堂・鐘楼の鮮やかな姿.......
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  .......日蓮入滅の10月13日は日蓮聖人を偲ぶ「御会式」が行われ、美しい万灯の纏が花開く.......
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死を覚悟した日蓮は臨終に際し池上本門寺で「立正安国論」を最期の説法として講義、波乱万丈の60余年生涯に終止符を打ちました。日蓮宗祖の宗派は新興宗教系も含め沢山ありますが相互対立は激しく、決して相手を認めない傾向が見られます。頑固一徹な聖人の血脈が継承されたのかも・・


     ........(左)「池上本門寺」の駐車場は実に広い!  (右)紅葉とコラボしていた秋の仁王門.......
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歴史好き・寺社好きRWなので、自分が過去訪ねた史跡レビューに合わせ、日本史に大きな足跡を残した偉人を特集紹介(戦国武将では上杉・武田、仏教は空海・日蓮)してきましたが、今後も掲載予定。次回は?


                        <日本仏教史を飾った偉人達>: (その1)「弘法大師・空海」①
                    


                                                          おわり

  by rollingwest | 2013-09-05 00:00 | 都会の風景 | Comments(70)

<2011年7月30日>「空海と密教美術展」&紀伊・高野山「金剛峯寺」レビュー

        <日本仏教史を飾った偉人達>: (その1)「弘法大師・空海」①

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★「空海と密教美術展」 (2011・東京)


7月末に東京国立博物館・平成館(上野公園)で開催されている「空海と密教美術展」(7/20~9/25)を職場同僚3人で見に行きました。東寺の仏像曼荼羅を再現した展示会で人気は相当が高いようで、1ケ月弱で入場者数が20万人を突破、累計50万人を記録するのも夢ではないペースになっています。

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 (注):美術館内は撮影禁止につき、美術品写真はネット拝借or カタログからのスキャナー画像です。 


    .......京都「教王護国寺( 東寺)講堂」の密教彫刻群が遂に東京へやってきた!.......
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美術展は空海が中国から持ち帰った絵画・仏像・法具、空海により造られた京都東寺(五重の塔で有名)講堂の「立体曼荼羅」を構成する諸像、両界曼荼羅図(神護寺)、空海自筆の書、空海所縁の作品を中心に日本の密教美術1200年の原点ともいえる名宝が結集している貴重な展示会です。


    ......上野駅公園口の改札を出て、東京国立博物館「空海と密教美術展」へ........
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我々が行った7月末は美術展が始まったばかり、観客大混雑の状況ではなかったので、比較的ジックリと鑑賞することができました。まずは空海が唐からもたらした経典や錫杖頭・密教法具類(実に芸術的!)、空海の直筆「聾瞽指帰」(三筆と称賛されただけあり達筆の極み!)に目を奪われます。


      ........ (左) 密教法具の数々 (右)空海の直筆「聾瞽指帰」(金剛峯寺).......
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京都市内のお寺以外では、空海が和歌山・高野山に開いた金剛峯寺からの美術品も展示されています。空海に所縁ある各地の寺からこれだけの宝物を東京に運ぶのも大変な事だっただろうなア・・


    ..... (左) 高野山国宝 「諸尊仏龕(syosonbutugan)」 (右)密教宇宙の中心「大日如来」.......
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現存最古の「両界曼荼羅図」(神護寺)が登場!東寺・金剛峯寺からの展示もある。両界曼荼羅とは「大日如来」を中心に数々の仏を一定秩序で配置し、宇宙の真理を仏の形として表したものです。大日如来は「胎蔵界」「金剛界」の2つの姿(両界)があるとのこと。難解~!グルグル頭がローリング状態・・


     ........ (左)巨大な「両界曼荼羅」が展示されていた  (右)両界曼荼羅「胎蔵界」.......
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   ...... (左) 東寺所蔵の「両界曼荼羅図」  (右)首傾げの色っぽい「如意輪観音菩薩坐像」.......
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密教は古代インドで発祥、中国経由で平安時代初期に日本へ伝わった仏教の一派(即身成仏が最大目的)、日本では弘法大師空海の「真言宗(東密)」と最澄の「天台宗(台密)」とに二分されます。


   ...... (左)「千手観音菩薩立像」の複数手の影がgood! (右)五大明王像「大威徳明王」.....
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密教では修行により生きながら仏に成り得る(成仏)」としています。(奈良仏教は経典研究を主とする顕教) そうイヤ、奈良仏像と密教仏像とでは全く違う。密教仏はインドの雰囲気が漂っています。密教は古代インドのバラモン教やヒンドゥー教と融合した仏教で護摩壇の火はゾロアスター教の影響も・・


       ....... (左)祈りの 「金剛菩薩坐像」  (右)力強さが溢れる東寺「仏像曼荼羅」.......
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8世紀初めインド僧2人が中国を訪れ、別々に「大日経」と「金剛頂経」の2系の密教が伝えられたそうです。2つの教えを受け継ぎ統合発展させたのが「不空三蔵」という僧(中国密教を完成)です。そして不空の弟子「恵果」から2系密教を直接、同時伝授してもらったのが「空海」だったのです。


      ...... 2003年に訪ねた真言宗「東寺」(教王護国寺)、「五重塔」が有名.......
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新幹線から京都駅に到着すると有名な「東寺」(教王護国寺)五重の塔を見ることができます。東寺講堂の中に入ると、躍動感をもった迫力ある21体の仏像がひしめいた光景が思い出されます。


      ........(左) 東寺の「金堂」 (右)密教立体曼陀羅像が安置される「講堂」........
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21体の中から、東寺より今回上京してきた8体の仏像が「仏像曼荼羅」を形作り、その世界を表現して、最後の展示コーナーを締めくくっていました。まさに見応えがありますネ~!数年前に大人気を博した「阿修羅展」「薬師寺展」と同様に仏像一体々を360度のアングルから見ることができます。


      .......東寺講堂から来た迫力ある「仏像曼荼羅」が展示場の最後を飾る.......
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持国・増長天は邪鬼を踏みつけ怒りの表情で咆えている。インド像に跨ったイケメン顔の「帝釈天騎象像」に多くの女性がウットリ見つめ人気を集めている。(ブツジョ・ブ-ムだ~)真っ暗な会場内に8体仏像が配置、金色ライトアップで妖しく浮かぶ姿は独特な雰囲気が醸し出され、神秘的魅力を大いに感じました。


      ....... (左)「帝釈天騎象像」  (右)帝釈天の端正なる表情をクローズアップ.......
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★紀伊・高野山「金剛峯寺」レビュー (2002・和歌山)


先述しましたが、紀伊・高野山「金剛峯寺」は弘法大師・空海により開かれた真言宗総本山です。関西在住時に訪れ、空海眠る「奥の院」を見学し深い印象が残る・・。著名人のお墓の数もすごい!


           ........ (左) 高野山の時間(2002年) (右)「金剛峯寺」主殿.......
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高野山は、周囲を千m級の山に囲まれ、百以上の寺院が密集、弘法大師空海が宗教活動の拠点とした寺。真言宗の聖地を競い合う京都・東寺とはライバル関係!(他の宗派にも対立はあるね~)


    ...... (左)「根本大塔」(奥の院と並ぶ高野山2大聖地) (右)「大門」(重要文化財).......
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空海は774年・讃岐国(四国香川県)の善通寺に生まれ、12歳で国学に入り大学へ進みましたが、その後私度僧として山林修行に入ります。31歳、遣唐使として渡航(最澄と一緒)、長安に入りました。恵果から体系的な正当密教(純密)の全ては空海に教授されたのです。最澄との立場逆転へ・・


    .......(左) 最澄(天台宗開祖)    (中)遣唐使ルート    (右) 遣唐使船の図........
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空海が唐を去り、その後中国では国家規模で仏教が弾圧なれ、中国密教はやがて姿を消しました。正統密教はインドでも中国でもなく、空海により極東の島国日本のみに伝わり受け継がれていたのだ。


      ........高野山・境内の広さは5万㎡もある! 金剛峯寺「客殿・台所」.......
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参道入口から奥の院・「弘法大師御廟」まで続く参道には、膨大な数の墓が立ち並んでいました。数は何と20万基以上、しかも日本史や現代有名人・企業家等のビッグネームが続々!御覧あれ~


     ........ (左) 織田信長の墓              (右)お江の墓........
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     ........ (左) 明智光秀の墓             (右)石田三成の墓.......
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     ........ (左) 上杉謙信霊屋             (右)伊達正宗の墓.......
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    ........ (左) 鶴田浩二の墓             (右)松下幸之助の墓........
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     ........ (左) 浅野内匠頭の墓             (右)徳川家墓所.......
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深い杉木立奥には、大師信仰の中心聖地「奥の院・弘法大師御廟」が鎮座、毎朝の護摩壇・祈祷時には空海に朝食が捧げられています。「即身成仏秘法」により弘法大師はまだ生きており、御廟所で瞑想したままと信じられているのです。確かに御廟では物凄い霊気を感じた様な気がしました。


  ......(左) 奥の院への杉木立 (中)聖地「奥の院・弘法大師御廟」 (右)護摩壇・加持祈祷........
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中国僧・恵果から密教秘伝を受けた、空海は儀式で「遍照金剛」の灌頂号を授けられました。四国お遍路が唱えるお経「南無大師遍照金剛」は号に由来。今回の密教美術展鑑賞を機に司馬遼太郎の「空海の風景」を読みました。空海の生涯本は多くありますが、やはりこの著書がお勧めのようです。


       ........ (左)「空海の風景」(司馬遼太郎)     (右)「弘法大師・空海」の肖像.......
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毎年、節分参りに行く川崎大師も含め、過去幾つか訪ねた古刹にも真言宗寺院が多くあり、京都・東寺、高野山・金剛峯寺は行ったものの、空海が生まれた讃岐はまだ殆ど足を踏み入れていません。


     .......いつか訪れて見たい。空海の生まれ故郷・四国「多度津」の風景.......
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     ........「四国八十八ケ所霊場の開創図」、弘法大師・お遍路巡り.......
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いつか四国を訪ねて空海所縁地や史跡、「四国八十八ケ所霊場」もユックリと廻って見たいでネ~。もしかして歳を重ね一念発起し「南無大師遍照金剛」と唱えながらお遍路姿で歩いていたりして・・(笑)


   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


   ....... (左) 「空海と密教美術展」の看板 (右)「東京スカイツリー」(634m)を遠くに望む.....
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今回の美術展は実に興味深い内容でした。今機会に空海・親鸞・日蓮・道元等、日本仏教史の偉人達の足跡も訪ねて見よう!本展示会は9月25日まで開催ですので興味ある方はご覧あれ~!



                                                           おわり



次回は再び山記事、「カムイエクウチカウシ山(後編):日高の奥深き難関峰に挑む」をお送りします。
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  by rollingwest | 2011-08-28 08:50 | Comments(43)