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<2017年元旦>2017謹賀新年!霊峰富士&富士吉田・歴史探訪

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★2017・新年を迎えてのご挨拶


明けましておめでとうございます。旧年中はいろいろお世話になり、皆様より数多くの楽しいコメントをお寄せ頂き誠にありがとうございました。今年は酉年の年男!ついに還暦となる年を迎え、またブログもこの5月で開設10周年を迎え節目となります。本年も引続きご愛顧の程よろしくお願い致します。

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今年冒頭記事は富士山からスタート!やはり新年挨拶には富士山が似合うネ・・「富士仰ぎ、日本に生まれし喜びを噛み締む朝の、年初めかな・・」。昨年は大学山仲間と富士樹海ツアー、3年前は静岡富士宮浅間神社から富士山を仰きました。2017年は富士吉田(山梨)の穴場紹介での執筆開始とします。

                                 
   .....(左)富士山はやはり日本・心の癒し風景 (右)東名高速・大井松田ICからの冠雪富士.....
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                   <2016年7月>アラ還・大学サークルOB会(山中湖・富士樹海ツアー)

                           <2014年1月>霊峰富士と共に恭賀新年!「富士宮」編
 

富士吉田は過去何度も訪ね、山梨富士の眺望地は殆ど巡ったつもりでしたが、2年前から話題になっている「新倉浅間神社」が未訪問だった!この隠れた名所はタイのTV番組で「富士と五重塔コラボ」が紹介され東南アジア観光客が一挙急増!外国人SNSブレイクでの穴場名所です。日本人も目から鱗!


      .....(左)富士吉田MAP (右)外国人のSNSで有名になった「新倉富士浅間神社」.....
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富士急・下吉田駅から徒歩5分にある新倉浅間神社は、705年荒倉郷の氏神で創建、何と1300年以上の歴史を誇る神社!平安時代、富士山大噴火があり平城天皇の命による勅使にて国土安泰の富士山鎮火祭が執り行われました。武田信玄の父も北条氏との戦で勝利祈願の刀を奉納しています。


     .....新倉浅間神社・赤鳥居から仰ぐ富士遠景、外国人の参拝客も結構多い!.....
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赤鳥居をくぐり石階段を登っていくと額縁富士が鳥居注連縄と重なってレア光景が早速目に飛び込んできました。新倉浅間本殿にお参りして高台休憩所ベンチへ、裾野広がる冠雪富士の絶景が出現!


   .....注連縄の冠雪富士と新倉浅間本殿」を参拝し、富士山の全貌が見える高台休憩所へ....
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    .....(左)富士山を見ながら寛ぐ老夫婦 (右)これからの新倉山公園への登りが大変!......
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五重塔が鎮座する展望台公園への到着までは、次の長い石階段を登っていかなければならない。やっと登り切ってみるとお目当ての五重塔(地元では忠霊塔と呼ばれる)とご対面!真っ赤な五重塔の真後ろに雪を被った霊峰富士は確かに初体験光景!これで満開桜が揃っていたら完璧ですナ~!


  .....冠雪富士と五重塔のコラボ、やはり素晴しい~!これこそ「THE日本」の象徴画なのかも!.....
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    .....富士吉田市と世界遺産・名峰「富士」のパノラマ写真、この開放感と絶景は凄い!.....
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RW訪問時は案の定、タイ人のカップルが沢山いて記念写真を撮影しまくっていました。富士山・五重塔・桜という「THE日本」のイメージが集約された風景は海外では日本の象徴として大人気となっているようです。日本人が知らなかった「新倉山浅間公園」のお宝風景が外国から逆輸入されたとは驚き・・


   ....日本ファンのタイ人ならば誰もが知っている新倉山浅間公園!満開桜の時に見たいネ~!.....
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                     <2011年1月>甲斐の国・探訪(その2):山梨県の富士山(前編)





★富士大噴火で壊滅した富士古代王朝、富士吉田「徐福伝説」


神武天皇の遥か昔に富士山北麓に「富士・高天ケ原王朝」が栄え古代都の中心部に「不二阿祖山太神宮」があったことを御存知でしょうか?富士吉田市・大明見の旧家に秘かに伝えられた「宮下文書」なる古伝(神武天皇開闢以来の万世一系・天皇歴史を否定するため迫害・封印)に記されています。


....(左)神武以前の富士王朝を記載した「宮下文書(monzyo)」 (右)徐副伝説は全国各地に存在....
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富士山麓に勃興した超古代「富士・高天ケ原王朝」は、中国から渡来した「徐福」(BC3世紀・孝霊天皇期)が発見して筆録伝承しました。徐福とは秦の始皇帝に仕えた方士であり不老長寿薬を探せと命じられ3千人を率いて日本に渡航した伝説人物。彼が目指した蓬莱山は富士(不死)山だったのです。

                      全国各地に伝わる「徐福伝説」(富士吉田は一番下に表記)


        .....古代王朝「不二阿祖山太神宮」に縁の深い「富士小室浅間神社」.....
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徐福は富士を目指し高天ケ原阿祖谷に辿りつき、地元民に養蚕・織物技術を教えました。徐福は当地に富士王朝の超古代史が神代文字で伝えられている事実を知ると深く感銘し漢字翻訳して文書に記しました。徐福死後も子孫によって補記され膨大な古文書群「宮下文書」として今に伝わったのです。;


 .....小明見に鎮座する「徐福像」、堂内には、不老不死の薬を求めて渡来した徐福の船が!...
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富士王朝はやがて九州から勢力を伸ばしてきた神武天皇勢力に権威を徐々に奪われて衰退の道へ。そして平安時代の富士山大爆発で富士王朝は終に灰燼と帰し壊滅したのです。富士五湖・樹海が形成された契機は延暦噴火、まさにポンペイ火山噴火級の大惨事だったのでしょう。阿祖山太神宮は完全に焼失、宮司は難を逃れ相模国に移住しました。そこで創建された宮が寒川神社と謂われます。


     .....富士吉田の福源寺境内には徐福にまつわる「鶴塚」伝説が残っている..
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富士王朝や当地の徐福伝説が全く認知されていない理由は、①富士大爆発で史跡・古文書が全て灰燼と帰したこと ②藤原氏が歴史抹殺・捏造(古事記・日本書記で天孫降臨神話・神武こそ初代天皇) したこと ③近代まで残った宮下文書も偽書扱いされ、歴史上全く認めらなかったことなのかな・・


    .....徐福は亡くなり鶴となって飛翔、この地に落ちて「鶴塚」に祀られたと伝わる..
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古事記・日本書記以前の古史古伝(竹内文書・先代旧事本紀・東日流外三郡誌・九鬼文書・上記・秀真伝)には神代文字で驚く様なことが沢山記されています。全て没落した王朝・豪族の伝承史であり殆どが抹殺または偽書扱いされ、国民は存在すら知らない状況にあります。隠された真実とは・・?






★「富士講」(山岳信仰)の導き案内「御師の家」を訪ねる


富士山は昔から神様が宿る山と信じられ、富士山に登拝するため各地から人々が訪れていました。寺社に所属し、参拝者案内や世話をしたりする人を御師といいます。富士吉田の御師は富士山を神体として信仰するため、特定寺社ではなく富士山へ信仰登山する人達の世話や祈祷を行いました。


    .....富士登山のシーズンが終わり「吉田の火祭り」が行われる富士吉田の街風景...
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富士吉田の導師や世話人達は「富士御師」と尊敬され参拝者に自宅を宿坊として提供しており、その宿坊を「御師の家」と呼びます。昨年7月、大学山仲間とOB会を主催し富士山駅(富士吉田)で待ち合わせしましたが、早めに到着したので「御師の家」を訪問してみました。興味深かったのでレポート!


  .....「富士講」と呼ばれる地元山岳信仰と「御師の家」(富士詣での宿坊)を訪ねてみる...
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夏の開山期になると富士講信者達は富士登山で当地に沢山来訪。御師の実際生活は、経営宿坊での信者から宿泊料や通行料、祓い料・布施などの収入によって維持されていました。御師と信者は師弟関係にあり一度縁を結ぶと信者は他の御師の宿坊に泊まることはありません。コアなお客様だネ~

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        .....富士山信仰の拝殿、富士講登山の白装束等が飾られている...
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富士吉田はまだまだ見所が沢山あります。富士信仰のルーツ「冨士浅間神社北口本宮」、「吉田の火祭り」、「富士山レーダードーム館」、「富士急ハイランド」、「河口湖花火湖上祭」、下記の記事よりご参照ください。吉田うどんも美味しいよ~;

                    <2011年1月>甲斐の国・探訪(その2):山梨県の富士山(中編)

   .....(左)富士閉山で行われる「吉田の火祭り」 (右)NHKプロジェクトX「富士山レーダードーム」.....
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★富士湧水の里「忍野八海」、感動の光景!


.....次は富士湧水の里「忍野八海」へと向おう!当地へは4~5回訪問したが何度来ても感動的!...
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さて次は美しい水風景が感動的な「忍野八海」へ!心洗われる富士湧水の里、ここを訪問するのはこれで5回目ですが何度来ても飽きません。富士の湧水風景は今や世界的な人気を誇っています。


     .....(左)富士山をバックに (右)茅葺家と透明湧水と名峰富士のトリプルコラボ!......
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富士山の雪解け水は地下溶岩の間で数十年の歳月をかけて濾過され8か所の泉が形成され湧き出しています。忍野八海の水は桂川・相模川と名前を変え、神奈川の美味しい水源となっているのか!


   .....「忍野八海」は富士6つ目の湖だった!富士五湖と比較するとダントツに標高が高い.....
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昔は素朴で清らかな湧水里風景が静かに佇んでいました。しかし今は中国人観光のゴールデンルートとなっておりワイワイガヤガヤ喧騒の極み・・。PM2.5汚染空気に工場排泄水に辟易とする環境劣悪な中国人にとってかくも深い透明な水に鯉が泳ぐ奇跡的光景は夢のような世界に見えるのでしょう。


 .....中国人観光客が独占状態、PM2.5の空に汚染水の国と違う夢の世界に驚嘆の声!.....
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忍野八海の近くには、「富士湧水の里水族館」や湧水公園があります。昨年夏に大学サークル山仲間(GDM)OB会が終わり、I井先輩と寂恋法師を駅まで送り届ける途中でここに立ち寄り案内しました。


   .....湧水池の「さかな公園」で遊ぶ子供達、「富士湧水の里水族館」を訪問して見よう.....
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2001年に山梨県内初の水族館として開業した「富士湧水の里水族館」は、県内の河川や湖沼に生息する淡水魚(イトウ・ニジマス・ヤマメ・アマゴ・サクラマスなど)の泳ぐ姿を見せる水族館です。海の水族館のような派手さはありませんが、渓流の魚たちが泳ぐ景観はなんとも言えない清涼感と品位を感じます。


     .....清流や川に生息する淡水魚の水族館は興味深い!水槽の見せ方にも工夫....
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     .....水槽を泳ぐ魚と戸外景色との光の屈折差で織りなされる水景が面白い!....
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当水族館はエントランスからすぐ水槽全部見渡せ、通路から魚の遊泳を見上げることができるトンネンル水槽等もあり、八景島や葛西の水族館を意識し魚の見せ方に工夫している印象があり楽しかった~!


          .....古代魚や南米アマゾンに生息する珍しい魚や亀なども続々登場....
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             .....富士湧水が育む魚の大周遊には目を見張った!....
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山梨県の富士は実に魅力的!今まで何度も通った山梨名所に何度も行ってみたくなる理由はやはり背景に映える名峰富士があるからこそ!♪富士は日本一の山~!日本人に生まれてよかった!

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      .....山梨の平原から眺めた雪煙を上げる名峰富士(やはり日本一の山)・・!....
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                    <2013年5月>甲斐の国・探訪(その6):山梨県の富士山(後編)


                                                        おわり

  by rollingwest | 2017-01-01 00:01 | ごあいさつ | Comments(144)

<2016年4月>諏訪探訪③:御柱祭・守屋山・古事記に隠された諏訪ユダヤミステリー

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★2016諏訪・御柱祭が開催、諏訪ミステリーの核心部に迫る

諏訪の奇祭「2016御柱祭」がいよいよ7年ぶり(前回2010年、数え年で7年表記)にスタートしました。諏訪大社は2社4宮から構成されており、諏訪湖北に下社(春宮・秋宮)、南に上社(本宮・前宮)があります。4~6月に渡り五月雨式に各宮で柱の山出し・里曳き・宝殿遷座祭が展開されます。

                      
    .....7年目ごと1度開催される諏訪の奇祭「2016御柱祭」がいよいよ4月から開始!....
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   ......(左)諏訪大社4つの宮の配置 (右)日本最古級の諏訪大社は謎だらけのパワースポット....
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岡本太郎も愛した縄文文化の末期から伝承されてきた奇祭は、各宮の四隅結界に御柱が立てられる神事。山から切り出した神木を山から落とす「木落とし」が一番のクライマックス見所!RWは2010年に訪問したので回顧ご紹介。そして諏訪ミステリー核心部の謎解説へといよいよ入りたいと思います。


  ......(左)縄文時代エネルギー爆発「御柱祭」の岡本太郎 (右)万治石仏を発見し世の中に紹介....
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                           <2014年4月>諏訪探訪②:諏訪の縄文遺跡探訪記事




★諏訪上社・下社&「御柱祭」をあらためて紹介

諏訪大社本宮は「信濃國一之宮」として全国1万ある諏訪神社の総本社。大社本宮は社殿四隅に御柱が建ち、背後の御神体山(守屋山)を拝する独特の配置を備え、祭祀研究で謎の多い神社です。


    ......(左)諏訪上社本宮「一之御柱」 (右)諏訪上社・本宮のレイアウト、御柱祭のポスター....
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社殿には大きな力士額縁が飾られており相撲に深い縁が伺われます。その理由は祭神「建御名方神」(タケミナカタ)が古事記「国譲り」で相撲・力比べに負けて諏訪に逃げ込んできた神話に由来します。


   ....上社本宮には相撲力士額縁が飾られる。古事記「国譲り」で対決した祭神タケミナカタに由来....
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出雲の大国主は「葦原中ツ国」の国造りに励み一大王国を築いていましたが、天照大神(高天原族)が大国主に国支配権を譲るように迫り、鹿島軍神のタケミカヅチを派遣しました。これに抵抗したのが大国主の次男タケミナカタ。終に相撲決着することになりタケミナカタは完敗、諏訪へ敗走したのです。

                            「古事記「国譲り」(出雲大社と伊勢神宮の謎の関係)

 
  .....鹿島神(左)は出雲大国主(右)に国譲りを迫る。対決に負けた出雲タケミナカタは諏訪へ敗走......
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諏訪大社御神体「守屋山」(祭神タケミナカタ)と「鹿島神宮」(祭神タケミカヅチ)の緯度が全く同じ北緯35度58分に位置することは不思議な一致だ!前回の茨城記事でも紹介しましたが高千穂~鹿島神宮を結ぶ直線ルートは太陽の通り道(レイライン)でそこには全国主要なパワースポットが配置されています。


  .....全国のパワースポット地は太陽通過のレイラインに一致!諏訪・守屋山と鹿島神宮は全く同じ緯度....
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                            <2011年>常陸茨城の旅③「鹿島神宮」「香取神宮」

 
「御柱祭」の正式名称は「式年造営御柱大祭」。選ばれた樅の大木(樹齢150年超)を山中から16本(4宮×4柱)切り出し、里に曳き回して各境内に建てる大行事(諏訪の氏子達が全員参加)です。クライマックスの「木落とし」や御柱を立上げる神事で過去多くの死者を出した危険な祭りでもあります。


    ......縄文時代の熱気が溢れる「御柱祭り」のメインイベントは「木落とし」、興奮のクライマックス!....
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 .....(左)御柱祭儀式:上社(縄文)・下社(弥生)で異なる (右)御柱を立上げる神事(危険な作業)....
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前回の御柱祭(2010)は諏訪まで見に行きました。下社(春宮・秋宮)の里曳きがメインでしたが「木落とし」「川渡り」「里曳き」と氏子達への盛り上りは相当なものだった。通常の例大祭は毎年行われますが、諏訪御柱祭は6年に1回だけの開催ですからその思いの強さ深さは半端じゃないだろうネ~。


  .....(左)南アルプスをバックに勇壮な姿(2010御柱祭) (右)メイン会場に大パネルが掲示されていた....
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      ......(左)祭に向かう人達、諏訪は祭り一色 (右)諏訪太鼓を叩く女性陣....
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諏訪下社(春宮・秋宮)は岡谷市・下諏訪町に鎮座しています。上社が縄文の原始的な雰囲気を残すのに対して、下社祭神(諏訪明神)は天地安定・五穀豊穣を祈る守護神で弥生系の神と言えるかも・・


    ......(左)諏訪市内を練り歩く「奉納騎馬行列」 (右)太鼓の若衆はトラックで移動....
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   ......(左)諏訪下社「春宮」(岡谷市)の鳥居をくぐり境内へ (右)本殿の威厳ある姿....
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     .....春宮の裏手に謎の石仏「万治の石」(岡本太郎が世に紹介)が鎮座!....
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諏訪下社「秋宮」では神官行列に遭遇!砂利を歩き神輿を厳かに担ぎ光景は正に神々に仕える姿で実に荘厳!これは後程紹介するイスラエルの「失われたアーク」を担って進む姿と一致しているのだ!


      .....諏訪下社「秋宮」の神官行列、紫と白装束の厳かなる雰囲気が漂う....
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★最も謎が深い「上社・前宮」のミステリーに迫る

「上社前宮」(茅野市)は最も規模が小さく寂しい原始的な雰囲気ですが、4社の中では最も神聖な空気に感じられるパワースポットでした。前宮にも本殿はなく御神体は背後にある「守屋山」(自然崇拝)。「前宮」こそミステリーゾーン古代史の秘められた謎が集約された場所と言っても過言ではないのです。


      ......最もミステリーに満ちている上社「前宮」と守屋山(ご神体山)の位置関係....
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    ......原始の雰囲気を残す諏訪上社「前宮」は茅野市内の「守屋山」の麓に鎮座....
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この「前宮神事」だけが他宮とは全く異なり、鹿・猪の頭を生贄とし神に捧げる「御頭祭」なる奇妙神儀が残され、縄文時代・先住民の狩猟生活に基づく信仰痕跡が感じられ、独特の空気が漂います。


   ......(左)古代ユダヤの幕屋を思わせる「十間廊」 (右)原始的な雰囲気が漂う前宮の本殿....
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   ......前宮「御頭祭」は動物の頭を捧げる生贄儀式。先住民族の「ミサクチ神」の影響を残す....
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タケミナカタが出雲から敗走して諏訪に侵入する前には、縄文系先住民が崇拝した「ミサクチ神」という存在があったことを発見!「神長官・守矢家」資料館には「御頭祭」で生贄として捧げられた鹿・猪の頭、串刺の兎が展示されており衝撃的!征服された先住民に敬意を表し儀式を残したのか・・?


    ....現在も「ミサクチ神」(ミシャグチ様・漏矢神・守矢神)を祀る「神長官・守矢資料館」(茅野)....
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   .....「守矢資料館」には御頭祭で使われた野生動物の頭がズラリ!狩猟民族・縄文人の祭り....
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上社前宮の神長官は、中世末まで大祝(オオホウリ=現人神)の守矢家が務めていました。同家はタケミナカタが侵攻してくる前の土着神(ミサクチ=守矢神)を祭る司教家でした。諏訪に侵入したタケミナカタは征服を果たしましたが、守矢神を滅ぼすことなく出雲神と共存させ諏訪大社祭神に祀ったのです。


   .....国譲りで出雲から逃げて来たタケミナカタは諏訪に侵入征服、ミサクチ神信仰の先住民と和解....
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守矢資料館裏手に大きな神木がありそこには小さな祠があり秘かに縄文の神が息づいていました。ミサクチの神はまるで宇宙人の様にも見える。そして諏訪尖石史跡公園の縄文住居跡で見た土偶像にも似ている。まさに縄文時代から続いた自然崇拝・アミニズムの神が残っていることに驚きです。


   .....(左)これが「ミサクチ神」(御左口・御社宮司とも記載) (右)諏訪・縄文土偶群にも似ている....
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守矢資料館建築は実にユニークで斬新!かの有名な建築家・藤森照信(茅野出身)が設計した建築家としての地元デビュー作品でした。地域素材を用いた茶室「空飛ぶ泥舟」が露天展示されている!


    .....神長官・守矢資料館.の裏手にタケミナカタと守矢神が一緒に祀られ、大祝家墓所もある....
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    .....藤森照信が設計した「空中茶室」は不思議な造形、宇宙人と縄文文明の融合を表現?....
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★守屋山に残るユダヤ文化と物部守屋の痕跡

諏訪・上社前宮(茅野市)のご神体は「守屋山」、山自体を崇拝するケースは古代の富士山や大和・三輪山等、今も日本各地に幾つか残る縄文時代からの自然崇拝(アミニズム) の痕跡と言えます。


   ....ミサクチ神事を行う「神長官・守矢家」邸宅(通常時は無人状態)、背景は「八ケ岳連峰」....
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縄文人にはモリヤ山こそ自分達を見守る神の山として崇めたのでしょう。RWは「守屋山」は2011年に登頂しました。実は「守屋」とは旧約聖書の「モリヤ」(生贄の地)に由来する山名なのです。聖書・創世記22章に「アブラハム」が神命を受けモリヤ山に一人息子「イサク」を捧げる神話記述があります。


     ......2011年GWに登頂した諏訪「守屋山」。山の地名は旧約聖書「モリヤ」に由来....
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                       <2011年5月>諏訪探訪①「古代ミステリー・守屋山」登山記事
 
ユダヤ教で「モリヤ神」は絶対神「ヤハヴェ」を意味しており「守屋山」が降臨地と崇められたのでしょうか?ミサクチ神の語源は「御イサクチ」・・、「イサクに由来する神」という意味です。旧約聖書では羊が生贄に捧げられる話ですが、日本には生息していないため同じ角をもつ鹿や猪が代替されたのです。


     .....ミサクチ神の語源は旧約聖書登場のイサク(父はアブラハム)の生贄伝説に由来....
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古代ヘブライ神殿は 「幕屋」と呼ばれる移動式で周囲を幕や板で囲み、幕内で神に捧げる祭祀を行なっていました。前宮「十間廊」はイスラエル幕屋と全く酷似している!日本全国にユダヤ痕跡は数多く残っており、青森には戸の字がつくヘブライの地名、徳島・剣山のアーク聖櫃伝説は有名な事例です。


    .....古代ヘブライ神殿の幕屋とソックリな上社前宮「十間廊」、原始ユダヤ教の痕跡を残す....
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祭りで担がれる御神輿とは、イスラエルの「三種の神器」を治めた黄金の箱(失われた聖櫃アーク)を模したものと謂われます。下記の図を見て下さい。白い装束で神官が担ぐ御神輿はまさにそのもの!


      .....(左)イスラエルの民が運んだ聖櫃アーク (右)神官が運ぶ神輿はその姿に酷似....
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天皇はミカドと云われますが、ヘブライ語では貴人を【Mikoto・Mikado】と呼んでいたことも共通点。伊勢神宮には三種の神器の一つ「八咫の鏡」がありますが、神鏡にはヘブライ語が書かれているらしい。伊勢神宮の石燈籠には天皇家を象徴する「菊御紋」と一緒に「籠目紋」(イスラエル国旗の象徴=ダビデ六芒星)が刻まれており、神宮内殿地下には十字架が安置されるという説さえ存在するのです。


   .....伊勢神宮の石燈籠にはユダヤを象徴する六芒星、「八咫の鏡」にはヘブライ語が刻まれる....
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諏訪本宮で相撲歴史を語りましたが、旧約聖書にはヤコブ(シュモーと表記)が天使と格闘(相撲)して勝利し「イスラエル」称号(神と戦いの勝利者)が与えられた記載があります。相撲語源がシュモーなのでは?ギリシャ文化が海陸シルクロード経由で日本に伝播した史実を見れば決して荒唐無稽な話ではない・・!


 .....イスラエルの民は1世紀後半ユダヤ戦争に敗れ世界へ放浪、日本に一部渡来した可能性も高い......
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諏訪ミサクチ神とは、縄文時代の自然崇拝(アミニズム)の神が元々あり、1世紀頃に大陸からユダヤ人(失われた十支族)が日本に入り込み、ユダヤ神と融合していったのでは・・?!そして「モリヤ」キーワードの謎はまだ続きます!蘇我氏に神仏戦争で敗れた「物部守屋」を祀る神社が近くにあるのです。


    ......(左)諏訪尖石史跡公園の縄文住居跡 (右)アミニズムの神崇拝痕跡があった....
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物部守屋は古代から伝承された日本の神を守ろうとした豪族、当時日本に入って来た仏教を排除するため蘇我氏(仏教推進派)と血みどろの戦いをして破れてしまいました。守屋はタケミナカタ同様に諏訪へ敗走してきたのかも・・!「守矢資料館」見学時に10数名の団体見学客がおり資料展示を見ながら自分達の先祖系譜話に華を咲かせていました。何と彼らは物部氏の末裔達だったのです!


  ....物部守屋(神仏戦争で蘇我氏に敗れた豪族)を祀る神社。またもモリヤの名前が登場!....
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諏訪大社とともに長野で最も崇拝を集めるお寺は「善光寺」ですが、この寺も深い謎に満ちています。御本尊は絶対秘仏、今までに過去・誰も見たことがなく未来も絶対見られないとされます。そして何か諏訪大社と深い因縁・繋がりを感じるのです。①この寺に物部守屋の首が埋められているとの説があること ②諏訪御柱祭の前年に7年に1回(同サイクル)で「前立の秘仏御開帳」が行われること


  ....物部守屋の首があるとも謂われる善光寺。諏訪御柱祭の前年に7年に1回「秘仏御開帳」....
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縄文時代アミニズム、ユダヤ生贄風習が残る原始信仰、古事記・国譲りで敗れたタケミナカタとの関係、神仏戦争で敗れ日本の神を守ろうとした物部守屋、謎の善光寺との関係・・まさに諏訪は古代史ミステリー宝庫!深遠な謎に思いを馳せながら今年も諏訪御柱大祭の熱気を見たいと思います。


      .....今年の御柱祭も縄文時代から伝わる血潮熱気が煮え滾るに違いない!....
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                                                         おわり

  by rollingwest | 2016-04-03 22:00 | 諏訪探訪 | Comments(118)

<2015年5月>高千穂・日向(最終編⑤):神武天皇・宮崎神宮&日南海岸(後編)

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★「高千穂・日向の旅」も今回記事でついにフィナーレ!


昨年5月に訪問した宮崎レポート(日本200名山登山&神話探訪旅)・・・、ダラダラと1年間近くかけて掲載してきましたが、第5回目を迎え今回でようやく最終編となります。前回は尾鈴山(200名山)に登山し瀑布群を体験してきました。その帰路より日向灘沿いに南下していくルートから記事を再開


        ....矢研の滝(左)・次郎四郎滝(右)、尾鈴山系・瀑布群を満喫して下山....
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                                 第4編:「尾鈴山・西都原古墳・飫肥」より続く


    ....雨も上がり、尾鈴の山々を遥かに望み日向・都農から日向灘を望む海岸ルートへ向う....
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宮崎は山と海の国。日向灘は宮崎県東部沖の海で、黒潮が流れており青魚の回遊する好漁場です。また観光資源にも恵まれており、日豊海岸や日南海岸の国定公園の景観地は実に美しい~!


    ....(左)日向灘の遠浅浜辺に押し寄せる波 (右)波乗りを楽しむサーファー....
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      ....(左)日向灘に突き出す馬ケ背 (右)十字架海岸(クルスの海)、願い事が叶う名勝地...
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★神武天皇の東征出航地「美々津」


日向市「美々津」は是非とも訪ねたい場所でした。江戸・明治の白壁土蔵の町並み(重要伝統建物群)や文化遺産が残り、昔から海の交易拠点(廻船問屋往来)で繁栄し歴史を刻んでいたのです。


  ....(左)「美々津」は古い港町(景観保存地区) (右)深い歴史を持つ由緒ある「美々津港」....
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    ....景行天皇期からの歴史を誇る「立磐神社」、海上守護神を祀り航海安全でご利益あり....
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そしてここは「日本海軍発祥の地」であり、神武天皇(初代天皇:カムヤマトイワレヒコ)が大和地方に向けて東征の船出をした港です。詳細については神武天皇を祀る「宮崎神宮」の項で後述紹介します。


  ....神社鳥居脇に「日本海軍発祥地」の塔が堂々聳える!神武海軍船出の地として崇敬....
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        ....宮崎県中部を流れる「一ツ瀬川」、秘境・椎葉村の山岳地帯が水源....
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★日本神話「三貴子」(天照大神・月読尊・須佐之男尊)&「神武天皇」の生誕地と対面


美々津から宮崎に戻る途中には佐土原町があり、「佐野原」(sanobaru)の聖地「佐野原神社」が鎮座していました。ここは神武天皇(幼少名;佐野尊)の生誕地。神武天皇が生れたという伝説地は他にも数ヶ所ありますが、第3編「神々の里・高千穂」で紹介した「槵觸(クシフル)神社」もその一つでした。


     ....神武天皇・生誕地と伝えられる佐野原聖地、今は寂しき神社がポツンと存在....
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宮崎市内に戻ると、かの有名なリゾート「フェニックス・シーガイア」の高層ホテルが堂々聳え立っています。今日はもう時間がないのでバブリーなリゾートホテルの内部見学は明日の早朝にしよう・・。実は金満高級ホテルの隣接地にこそ、日本神話「三貴子」(天照大神・月読尊・須佐之男尊)の生誕地があるのです!


        ....宮崎市の大型リゾート施設「フェニックス・シーガイア」(高層ホテル&ゴルフ場)....
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シーガイアリゾート隣接に「阿波岐原森林公園」という市民公園があります。その園内に「江田神社」が鎮座し近くには御池(みそぎ池)があります。この池こそ天照大神・月読尊・須佐之男尊が生まれた聖地。県庁所在地の市民公園内に古事記に描かれた神々の生誕場所があるなんて意外なもんだなア~


      ....シーガイア隣接の「阿波岐原森林公園」に神々の生誕地「江田神社」が鎮座....
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江田神社は国道沿いの小さな神社、何でこんな地味なの?っていう雰囲気。一ノ鳥居・二ノ鳥居と参道を通りつつ実感するのは南国樹木の鮮やかな緑。二ノ鳥居をくぐるとすぐ正面が社殿ですが賽銭箱がポツンと置いてあるだけで全く飾り気がない・・。参拝を済ませて裏手の杜から池を目指します。


    ....江田神社からみそぎ池へ向う。森の中は広く道は整備されているが原始林の雰囲気....
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広大な森林道は整備されているが原始林の雰囲気が漂う。10分程歩くとパッと視界が開け、ついに三貴子誕生地「みそぎ池」が出現しました!古事記物語はイザナギが黄泉国から逃れた場面より繋がっており、死の国の穢れを清めるため九州まで来たイザナギは池を発見し禊で体を洗い始めます。


      ...死の穢れを洗い落とすためイザナギは御池(みそぎ池)中に入り身を清めた....
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                              「イザナギ黄泉の国」(出雲探訪記事)はコチラから

イザナギが御池の水に浸かりここで多くの神々が誕生しました。左目を洗うと光り輝く天照大神が、右目を洗うと清らかで威厳ある月読尊が、鼻を洗うと逞しい須佐之男尊が次々と出現!イザナギは天照大神に高天原を、月読尊に夜の国を、須佐之男には海原を、各自が支配するよう命じたのです。


    ....天照大神・月読尊・須佐之男尊の「三貴子の誕生」、この池でイザナギの体から次々に出現....
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天照大神・月読尊・須佐之男尊・神武天皇という超ビッグネームの生誕地との対面がかくもアッサリした場所で実現するとは思わなかった・・。意外な気持でしたがまた一つ旅の目的が果たせて嬉しいネ~




★シーガイア・リゾート&日南海岸(堀切峠)


宮崎に来たら国内有数の南国リゾート、有名な「シーガイア」を見学して行かない訳にはいきません。四半世紀前に宮崎市出資で発足した「フェニックスシゾート」が総額2千億円を投じ1993年開業した超豪華ホテルですが、バブル崩壊で経営破綻。現在はホテル・シェラトン・オーシャンリゾートとして継続されています。


      ....朝一番に「宮崎シーガイア」(ホテル・シェラトン・オーシャンリゾート)を訪問してみた....
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        ...熱帯樹木が植えられた豪華なロビー、早朝なので誰もいない静けさ....
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やはりバブル時代に建設されただけあってロビーや各階施設も本当に贅沢!これを維持していくだけで相当経費が掛るだろうな~。早朝であり人影は殆どなかったですが、もし昼間も同じ状態だったらヤバイよ・・。こんな立派なホテルには絶対泊まらない貧乏性RWの心配なんて余計なお世話か・・(苦笑)


           ....超豪華な中庭、ガーデンプールに朝日が差し込んできた....
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    ....バブル崩壊後の過大な設備投資の累積赤字も回収できたのだろうか・・?....
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宮崎到着後の初日は日南海岸「青島神社」「鬼の洗濯板」「鵜戸神宮」を訪ねましたが、最終日も同エリアの見残した絶景地を見てから帰京することとしました。ここ「堀切峠」は日南海岸随一のパノラマとして昔から最も有名な観光地。「鬼の洗濯板」はここにもあるのか~!峠からの眺望は実に見事!

                                第1編:日南海岸(前編)の記事はコチラから

        ...日南海岸随一の雄大な景観・鬼の洗濯板が展望できる「堀切峠」....
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   ....「道の駅フェニックス」は日南海岸のドライブイン、フェニックス並木が異国情緒で明るい空気....
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堀切峠は眼下に広がる太平洋、海岸線に続く波状岩、フェニックス並木、日南海岸随一の雄大な景観が展望できます。ここには「道の駅フェニックス」があり、日南海岸ドライブの休憩SPOTとなっています。


       ....全国的に有名な「鬼の洗濯板」、7百万年前に海中で出来た水成岩光景....
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「鬼の洗濯板」の海岸まで降りてみましたが、宮崎県の絶景(高千穂峡・馬ケ背などの奇岩風景)は九州の火山によって形成されたと気付きました。地球造山活動スケールの大きさにあらためて感動!


          ....マンゴー越しに眺める鬼の洗濯板、トロピカルな南国植物も花盛り!....
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かつて新婚旅行のメッカは宮崎県・日南海岸(ピークの1974年は宮崎市に年間37万組の新婚客が来訪)でした。中でも堀切峠はトロピカル風景の象徴であり、新婚さん一番人気・憧れの岬だったのです。


    ....宮崎空港に降り立つ新婚旅行カップル。日南海岸は1970年前後は大賑わいだった....
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ここ数年、九州旅行はシニア世代に大人気の豪華列車「ななつ星in九州」が大きな話題を集めています。2013年JR九州が開業させ、今も一向に人気が衰える気配はなく、予約が殺到しているとのこと。でもこんな豪華かつメイン観光地を巡る旅行は、マニアックに安く旅したいRWには似合わない・・(苦笑)


  .... JR九州が2013年からデビューさせたクルーズ・トレイン「ななつ星in九州」、まさに走る豪華ホテル....
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★「宮崎神宮」を参拝して高千穂・日向の旅を終える


宮崎空港から帰京する前に、初代天皇即位した神武天皇が祀られる「宮崎神宮」に御礼参詣をして旅を終えることにしました。宮崎市街地の真ん中に深い杜が残されており、その中に宮崎神宮が鎮座。初代天皇に即位した神武天皇と父母(ウガフキアエズ、玉依姫)が祭神としてここに祀られています。


  ....「宮崎神宮」、早朝の静謐な空気!早朝の静謐な空気の中を参詣して宮崎の旅の締めとする....
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    ....神武天皇(カムヤマトイワレヒコ)は日向の国に生まれ東征してヤタガラスに導かれ大和を治める....
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神武天皇は皇威拡大に向け都を中央に遷すべく45歳で宮崎(美々津港)を船出し東遷、瀬戸内海経由で大和に進軍、奈良生駒山の要害に拠る長髄彦の攻略に苦戦します。しかし軍備を立て直して紀伊・熊野路の海洋ルートで反撃に成功。ついに奈良・橿原の地で初代天皇として即位しました。


  ....皇子4人兄弟で軍議、神武東征服ルート(瀬戸内海経由で生駒山、熊野路リベンジ)....
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         ....主祭神は神武天皇とともに父母(ウガヤフキアエズ、玉依姫)を相殿に配置....
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皇室・皇統血筋は万世一系と伝えられてきましたが、現実的には古代豪族・渡来人との争いに勝った者が自分達の都合のいいように歴史を塗り替えてきました。特に日本書記は皇威を高めるため天孫降臨神話を描いている傾向があり、その真実は一体どうなんだろうと深い興味を抱くRWです。


       ....宮崎神宮に隣接する「平和台公園」には「八紘一宇」平和の塔が聳え立つ....
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★これから何度も訪れてみたい魅力的な九州旅


最終日は日南海岸・宮崎神宮を午前中に巡回して、レンタカーを宮崎空港で返却。昼食後に搭乗チェックイン。夏休みを前倒し早期取得しての2015年5月の山旅・歴史旅も無事に終えることができました。


               ....山と神話探訪の充実旅を終えて宮崎空港から帰京....
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            ....雲海の絶景を楽しみながら2時間弱で羽田空港に無事到着....
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今回は宮崎県を徹底的に巡った山旅・神話探訪旅でしたが、一生心に残る思い出旅となりました。2014年に敗退した九州最難関「大崩山」をついにリベンジ達成して望みが叶ったことが嬉しかった!


         ....九州最難関「大崩山」(日本200名山)は危険な山だったが無事登頂!....
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                            第2編:九州の最難関峰「大崩山」の記事はコチラから

長年の憧れだった天孫降臨・天岩戸神話の伝説地「高千穂・日向」も大いに満喫!RWは今まで九州は殆ど未訪問地だっただけにその魅力に一挙に嵌ってしまいました。これから何度も訪問しそう。


     ...古代神話の宝庫・九州、これからもさらにその謎に迫って見たい!また来ますね~.....
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「宮崎記事、まだやってたのかよ・・。ダラダラ書いてんじゃね~。」とお叱りの声・・?長々と読んで頂きありがとうございました。実は2015年は秋にも九州をカミさんと訪問したので来月から執筆開始予定。世界遺産登録をめざしている長崎・上五島キリスト教会遺産群の旅レポートですのでお楽しみに~!


                                                         おわり

  by rollingwest | 2016-02-01 00:00 | 九州の山旅・歴史旅 | Comments(112)

<2015年5月>高千穂・日向の山旅・神話探訪旅③(神々の里・高千穂)

                            高千穂・日向の山旅・神話探訪旅②「大崩山」より続く

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★日本神話のクライマックス「天岩戸」へ


九州・最難関峰「大崩山」のリベンシ登山を実現後、翌日は日本神話の里「高千穂」を探訪する日を迎えました。今日も快晴日!宿泊した祝子川・渓流荘とは隣接する山里ですが直結道は存在せず、わざわざ海岸部の「延岡」に出て再び山奥に入らねばなりません。宮崎山間部の交通は実に不便・・


     ...宮崎県は山深い・・、祝子川から高千穂へ入るには延岡に一度戻らざるを得ず....
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朝6:30「渓流荘」を出発、延岡経由で国道218号を熊本方面に向い、天岩戸神社へ朝9時到着しました。古事記ファンRWとしては絶対に訪れたかった憧れの聖地。天照大神が弟スサノオの暴挙に怒り岩に隠れてしまったことに困り果て、「手力雄命」がこじ開けた伝説神話の天岩戸とついにご対面~!


    ....(左)天岩戸伝説で岩ををこじ開けた「手力雄命の像」 (右)「天岩戸神社」の鳥居....
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       ....天岩戸神社入り口に立つ天照大神、境内には御神木「招霊の木」...
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天岩戸神社は東西2つの宮に分かれています。まずは御神体「天岩戸」を岩戸川越しに遥拝できる「西本宮」から訪ねてみました。神聖な境内へと足を踏み入れてみればそこはもう古事記の世界・・


         ....天岩戸神社(西本宮)の拝殿から参拝、静謐な空気が流れる....
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祭神は、天照大神・手力雄命・天鈿女命の三神、まさに「天岩戸伝説」の主役お3方が揃い踏みではないか!本殿・神楽殿の奥には輝くような神鏡が鎮座しています。二礼二拍手(パン・パ~ン)一礼


          ....天照大神・手力雄命・天鈿女命に祀られる神楽殿の神鏡....
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天岩戸の遙拝殿に参拝する手続きを完了、神官による禊と祓いの儀式を受けて岩戸に入る門が開かれました。ここからは神聖場所であるがゆえ、写真撮影は一切禁止となっています。ワクワク!


           ....神職により「天岩戸・遙拝殿の門」がいよいよ開けられる....
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剥き出し断崖絶壁と想像した天岩戸でしたが、岩戸川を挟み仰ぐ神聖地は樹木に覆われ今一つ認識できませんでした。しかし日本人が古代から信仰してきた岩の前にいるのだ・・と感慨ひとしお!


      ...(左)ここから先は写真撮影厳禁である神の領域 (右)天岩戸の神域図....
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★困り果てた神々が相談をした場所「天安河原」


次は渓谷道から神橋を渡り、古事記のメイン舞台となった「天安河原」へと向いましょう。スサノオの暴挙により天照大神が岩に隠れたため世界は真っ暗闇となり、神々は大パニックに陥ってしまいました。


         ....「天安河原」は「天岩戸神社」から近いが別の入口から渓谷道を歩いて行く....
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そこで神々達は一計を案じます。岩前で天鈿女命を躍らせ我々は歓喜の大騒ぎをしよう。天照大神が気になり覗いた時、手力雄命に岩戸をこじ開けさせよう・・。結果的にその作戦は大成功しました。


     ....天照大神・岩戸隠れの打開策について、神々が検討会議をした「天安河原」....
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    ....古事記の世界、鈿女命が躍り天照大神を導き出した成功作戦会議の場所はもう近い....
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神々の相談場所が「天安河原」なのです。神話物語はRWが小学生時に封切られた映画「わんぱく王子の大蛇退治」(今回マツ殿から録画DVDをプレゼント頂き大感謝)を観た時に初めて知りました。ウズメと神々が相談した岩屋はここだったのか!50年以上も憧れていた聖地といよいよ対面の時が!


    .....小学生の時に見た東映映画「わんぱく王子の大蛇退治」は今も深く心に残っている......  
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      ....天安河原へと通じる渓谷道はマイナスイオンに満ち溢れて実に気持ちがいい....
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八百万の神が集まった「天安河原」は実に神々しく不思議な空間!奥行き25m間口30mの大洞窟には無数の積まれた石があり天安河原の神秘的かつ幻想的な雰囲気を一層引き立てていました。


         ....ついに「天安河原宮」の洞窟に到着!まさに神の領域にオーラが漂う・・....
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次は東宮を訪ねてみましょう。鳥居前には天鈿女命の人形が鎮座しており、センサーに反応してグルグル廻り出して踊るではないか!鳥居を抜け神殿奥まで進むと樹齢数百年のご神木や七本杉が聳え立っています。少々寂しい感じの場所ですが、緑豊か爽やかな空気の中で東宮の神聖さを満喫!


       ....(左)天岩戸神社「東本宮」へ参拝 (右)センサーで回転演踊する「天鈿女命」像....
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           ....(左)神域の奥には「七本杉」、根が七本繋がっている神の杉木....
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★日向三神が祀られる「高千穂神社」&「国見ケ丘」


    ....(左)国見ケ丘の公園を散策周遊 (右)山頂から下界を睥睨する日向の三神像....
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国見ヶ丘は神武天皇の子孫が九州統制で丘に立ち国見をしたことが名前由来。高千穂を一望でき丘の頂上にあり、阿蘇五岳・祖母連山・天香具山・高天原などの山々を見渡すことができます。そして国見ヶ丘頂上から下界を見下ろす三神像があり雲海が美しい場所で人気抜群の観光地です。


        ....当日は遥かには阿蘇五岳が望まれた(まさに仏涅槃の横顔だ~!)....
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    ....国見ケ丘雲海絶景が有名、茶屋には幻想的な雲海写真パネルが飾られていた....
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高千穂神社は、本殿と狛犬が国の重要文化財にも指定される高千穂の中心的神社。夫婦円満・縁結びにもご利益あるパワースポットして人気。樹齢800年の巨大な秩父杉が実に見事でありました!


       ....(左)日向三代の神々が祀られる高千穂神社 (右)樹齢800年の秩父杉....
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    ....(左)立派な彫刻が素晴らしい本殿 (下)高千穂宮の鎮め石 (右)巨大杉の威容....
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★「高千穂峡・真名井滝」でボート周遊、神武天皇の生誕地「くしふる神社」


さあ次は高千穂観光のクライマックス「高千穂峡」へ!断崖絶壁が屹立する峡谷内には「日本の滝百選」に指定されるシンボル的な名瀑「真名井の滝」が注いでおりまさに神々の織りなす光景!当地を訪れるのは12年ぶりですが今回、ボートで滝下まで迫って見たいという夢がついに実現しました!


     ....(左)「高千穂峡」の象徴的な絶景「天の真名井滝」 (右)高千穂神橋をバックに....
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駐車場から渓谷道へ下り、まずは神橋を背景にパチリ!そしてボートが浮かぶ高千穂峡を眼下に素晴らしい絶景が続きます。渓谷写真を撮りまくりながら20~30分で観光客が多く集う「おのころ池」周辺へ到着。池に泳ぐのは巨大な鯉かと思えば何とチョウザメではないか~!キャビアが食いたい・・・


       ....(左)高千穂峡の石碑前にて  (下)巨大なチョウザメが! (右)天村雲命....
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そこから150m程先に五瀬川渓谷へ下る道があり、いよいよボート乗り場へ!ハイシーズンは2時間近い待ち時間が発生することも多く、時間に余裕を持っての訪問が肝心です。救命胴衣を着用して乗船し、ついに憧れの真名井滝の真下へとボートを漕ぎ出して行きました。何たる感動的な絶景~!


      ....(左)ボートが浮かぶ高千穂峡を眼下に (右)ついにボート周遊の夢が実現!....
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太古の昔、阿蘇山火山活動によって噴出した火砕流が冷え固まり侵食された断崖がそそり立つ峡谷、真名井滝の飛沫を浴びながら、深い緑色を帯びた川面から望む柱状節理の迫力満点です!


  ....五ケ瀬川が溶岩台地を侵食し形成された「高千穂峡」、ついに「真名井滝」の真下へ!...
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次は神武天皇生誕地といわれる「槵觸(クシフル)神社)を訪ねてみました。天皇の4人兄弟神が生まれた「四皇子峰」や「高天原遙拝所」(天孫降臨後、八百万の神々が遙か高天原を拝す)も見所です。


         ....神武天皇の生誕地「槵觸(クシフル)神社」へ向かう。静寂へ地のハイク....
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神武天皇の生誕地は他にも数ヶ所ありますが、古事記には「日向高千穂の久志布流多気(クシフルダケ)に天降り・・」と記されており、霊験あらたかな雰囲気が漂っています。でも訪問客は殆どゼロ・・・。神武天皇はこんな山奥に生まれ育ったのかと思いつつ歴代の神々系譜図を再学習しました。


     ....「神々の系譜」、天地創造神~天孫降臨~神武天皇の兄弟(四皇子)へと至る....
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      ....(左)神武天皇・四皇子が暮した地を顕彰する高千穂碑 (右)高天原遥拝所....
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★高千穂の締めは「夜神楽」にて


今日は食事が素晴らしいと評判の高い旅館「春芽」を予約してあります。ここに山仲間F井さんが夕方から宮崎入りして合流しました。明日から食山人氏・F井氏は九州の300名山を目指し、小生は200名山「尾鈴山」と日本神話の探訪一人旅へ・・。今後、別行動になるのでお別れ再出発の懇親会


    .... F井氏(食山人氏と後半山旅に同行)が合流、宿泊旅館「春芽」で乾杯~!....
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評判通り美味しい夕食を堪能した三人は、タクシーをチャーターして「夜神楽」の観賞へと出かけました。夜神楽の舞台は昼間に参拝した「高千穂神社」社殿内で行われます。夜の雰囲気はまた違うネ~。


         ....「高千穂神社」へ再訪、「岩戸・夜神楽」(重要無形文化財)を観賞....
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社務所で申込手続を済ませ「岩戸神楽」の開幕を待っているとドンド~ンと太鼓の音が!まず現れたのは「手力雄命」、そしてシャンシャン鈴を鳴らし「天鈿女命」が舞い出ます。天岩戸開き物語が再現!

     ....(左)天岩戸開き「手力雄命」が気合を入れて登場 (右)「天鈿女命」が踊り出す....
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次はひょうきんなイザナギ・イザナミが登場、仲睦まじく農作業・夫婦和合のラブラブ状態!しかしイザナギの浮気が発覚しイザナミは激怒して杵を振りかざし夫婦喧嘩が始まります。イザナミも「ならば私も浮気をしちゃう」と次々に観客といい仲に!小生もイザナミに目を付けられ抱きつかれてしまいました。(笑)


      ....(左)仲睦まじきイザナギ・イザナミの舞が始まる (右)杵と臼を突く夫婦共同作業....
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  ....(左)夫婦和合の交わり (右)イザナギの浮気発見・怒るイザナミ (右)イザナミも意趣返しで浮気....
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日南海岸を楽しみ、九州最難関「大崩山」リベンジを果たし、憧れだった「高千穂」神々の里巡り、食山人氏と過ごした3日間は正に充実の日々となりました。この想い出は一生忘れないことでしょう。


       ....(左)「真名井滝」の幻想風景 (右)ついにボート探訪のが夢が叶い大満足!....
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さて明日からは気ままな一人旅がスタート。九州最大級の「西都原古墳」、神武天皇が生まれ育った足跡、東征の出発地、名瀑の「尾鈴山」、日南海岸やシーガイア・・、宮崎の旅はまだまだ続きます。

                                      「高千穂・日向の山旅・神話探訪旅」①


                                                         おわり

  by rollingwest | 2015-09-11 00:00 | 九州の山旅・歴史旅 | Comments(112)

<2014年4月>諏訪探訪②:諏訪湖・茅野の縄文遺跡探訪レビュー

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★4年ぶりに諏訪探訪シリーズの続編を公開

諏訪探訪シリーズは、「守屋山・高遠」で第1回記事(2011年)を掲載してからもう4年近くが経過してしまいました。日本アルプスや八ケ岳登山で必ず通過途中で視野に入るのが日本のヘソ「諏訪湖」です。


     .....(左)長野県諏訪SAから「諏訪湖」を見下ろす (右)薄氷の張る冬の湖面.....
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                   <2011年5月>諏訪探訪①:「古代ミステリー・守屋山」&「南信濃・高遠」

諏訪周辺の見所は嘗て無知状態だったRWですが、数年前に当エリアが古代史ミステリーの宝庫だという事実に気付きその後何度か足を運びました。手元には撮り溜めた未公開写真が沢山あります。


     .....日本アルプスへ登山に車で出かける時は必ず通過(右手に登場)する諏訪湖.....
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昨年5月(春爛漫の頃)にも諏訪湖近くの茅野市(八ケ岳山麓)を訪ね、縄文遺蹟や国宝土偶に御対面してきました。そろそろ写真も整理しておかないと溢れそうなので諏訪探訪第2回目をレポート!


                  .......諏訪湖・茅野から見る八ケ岳は素晴らしい裾野姿を広げている.....
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★中央高速道PAから気軽に訪問できる山梨県の縄文遺蹟 (2014GW)

昨年5月GW柏崎帰省の際、毎回定番の関越道経由ではなく中央高速道で茅野・諏訪湖・松本・松代の見所を訪問しながら北上していきました。中央道下り線には釈迦堂PA(山梨県)がありますが、パーキング施設脇の階段を上がると山梨県の縄文資料館「釈迦堂遺跡博物館」が出現するのです。


     .....中央道下り線・釈迦堂PA(山梨県)、ここに「釈迦堂遺跡博物館」入口がある....
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      .....釈迦堂下りPAから専用階段から縄文の博物館へ。時は春爛漫の花盛り!....
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今回の主目的は諏訪湖周辺に栄えた茅野・縄文遺蹟ですが、プレ学習にはうってつけではないか!釈迦堂遺跡博物館(山梨県笛吹市)は中央自動車道の建設工事に伴う発掘調査により出土した縄文時代の出土品を保存・展示するための施設(鉄筋2階建て)として1988年にオープンしました。


    .....(左)釈迦堂遺跡博物館へ (右)山梨県の縄文・弥生の土器が展示されている.....
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    .....(左)縄文土器がオンパレード (右)火焔土器は正に燃え滾る縄文エネルギーを感じる.....
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出土遺物において土偶(縄文時代中期が大半)は千個体以上で、同一遺跡群からの土偶の出土数としては有名な青森県・三内丸山遺跡に次ぐ多さで学術的に貴重とのこと!今まで知らんかった~


   .....(左)狩猟生活の様子が再現 (右)釈迦堂遺跡が発掘調査された当時の記録写真.....
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     .....昨年GWの山梨はまさに桃源郷!桃の花が満開、ユキヤナギが花吹雪の如し.....
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狩猟生活を中心とした縄文人の衣食住や土器等の事前予習を十分行い、高台から俯瞰して見れば5月の甲州は輝く桃源郷!素晴しさに感銘しつつ、諏訪湖・茅野方面へ車を走らせて行きました。


      .....再び諏訪湖の湖畔風景に!夏も冬も多くの観光客で賑う日本のヘソの湖.....
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★茅野市・尖石縄文考古館を訪問

八ヶ岳の西側、標高千m余の緩斜面には多くの縄文遺跡が発見されていますが、その中でも 「尖石遺跡」は縄文時代の集落遺跡として学術的価値が高く国の特別史跡に指定されています。昭和初期から地元の研究家が発掘調査を進め、2000年に完成した「新尖石縄文考古館」が展示の中心


        .....今回の最大目的地、「茅野市・尖石縄文考古館」(諏訪湖の近く)に到着.....
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       .....(左)八ケ岳山麓の縄文土器・遺物が一挙公開 (右)茅野の縄文火焔土器.....
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縄文土器・石器等の実物資料に加え、映像・写真、日本各地で出土した資料から縄文時代の人々の生活や習俗や当時の環境も解説されており、縄文時代の技術も学習できるようになっています。


       .....縄文時代の採集・狩猟・漁労、衣服「編布」等の暮らしぶりが再現されている.....
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ここを訪れた最大目的は国宝土偶「縄文のビーナス」&「仮面の女神」と御対面すること!「縄文のビーナス」は下方に重心がある安定した立像形でお腹とお尻が大きく張り出し妊娠女性が表わされ、「仮面の女神」の顔面は逆三角形仮面がつけられた表現でついに国宝指定されました。オメデトウ!


        .....国宝土偶「縄文のビーナス」が展示されていた!発見時は横たわっていた.....
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        .....コチラも全国的メジャーな「仮面の女神」(縄文後期)、ついに国宝指定された.....
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この土偶は今から約5千年前に作られたと知り驚愕!ところで土偶の正体とは一体何なのでしょう?東北地方から多く出土する遮光器土偶を見ればまるで宇宙人の様にも思えます。偶像としての「神」なのか?それとも宇宙服を着た何者なのか?今だに人類の誰もが謎を解けていないのです。


           .....まるで宇宙人のような縄文土偶達、右中央は有名な合掌土偶.....
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次もお目当て「与助尾根遺跡」&「尖石遺跡」に向おう!茅野市は300の縄文時代中期遺跡が発見されていますが、殆どが八ケ岳山麓の標高千m前後に位置しており、尖石遺跡が代表的な遺跡です。与助尾根遺跡は昭和24年に東大教授の設計図面をもとに地元有志で復元された住居の姿。


       .....「与助尾根遺跡」の復元住居、縄文時代の竪穴住居跡が何と28ケ所も発見.....
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      .....(左)春を待つ縄文遺蹟、木々の芽吹きは近し (右)竪穴式住居の内部に柱が屹立....
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八ケ岳山麓の標高千m前後の広大裾野は豊富な湧水に恵まれ、落葉広葉樹が多く繁茂し木の実(ナラ・クルミ・クリ)に恵まれており多様な動物が生息していました。縄文人はここを狩猟地として定住したのです。尖石遺跡にはストーンサークルや自然崇拝した巨石等も残っており古代信仰の痕跡を発見!


        .....茅野・八ヶ岳山麓に広がる「尖石史跡公園」、象徴的なストーンサークル遺跡.....
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      .....昭和20年代発掘の縄文遺跡には、神として祀られた石(自然崇拝)の痕跡が.....
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いや~見応えがあった!憧れの国宝土偶と八ケ岳山麓の縄文遺跡を堪能し大満足!信州の春風景を楽しみながら、次の目的地・松本城(桜満開)&旧・開智学校へとマイカーを走らせていきました。


        .....八ケ岳の春風景を見ながら諏訪湖から松本方面へとマイカーを走らせていく.....
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★次回レポートで諏訪大社に潜む古代史ミステリーへと迫ります!

諏訪は、高千穂や出雲と並ぶ最大級のミステリーゾーンでまだまだ解けない古代史の謎が多く秘められている場所です。有名な奇祭「御柱祭」は7年に1度行われますが、いよいよ来年春は祭開催を迎え諏訪は大いに盛り上ることでしょう。次回は2010年に体験した御柱祭の写真も公開レポートしていく予定


      .....奇祭「御柱祭」で有名な「諏訪大社」(4つの宮が存在)は古代史ミステリーの宝庫.....
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諏訪大社は2社4宮から構成されており、諏訪湖の北には諏訪下社(春宮と秋宮)、南には諏訪上社(本宮と前宮)があります。「前宮」だけが茅野市にあり御神体は背後にある「守屋山」なのです。


        .....諏訪大社「前宮」(茅野市)は最も原始的な雰囲気が残る謎が多いお社.....
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そして前宮の神事だけが他の3宮と全く異なり、鹿・猪の頭を生贄とし神に捧げる「御頭祭」という奇妙な儀式が残され、ここに狩猟生活をしていた縄文時代・先住民の信仰痕跡が感じられるのです。


        ....諏訪大社前宮の神事「御頭祭」、鹿・猪の頭が生贄として神に捧げられる.....
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諏訪大社が当地に鎮座する前、先住民が崇拝した「ミシャグジ神」という縄文時代の神を祀る場所を発見し訪問しました。「神長官・守矢家」資料館には「御頭祭」で生贄として捧げられた鹿・猪の頭、串刺の兎が展示されており正に衝撃的!征服された先住民に敬意を表し儀式を残したのでしょう。


   .....縄文期の先住民が崇拝した「ミシャグジ神」、祭祀する「神長官・守矢家資料館を訪問.....
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      .....「神長官・守矢家史料館」。ミシャグジ神に奉納された動物の生贄姿が展示.....
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前宮の御神体である「守屋山」は4年前に登頂しましたが、今回紹介した「尖石遺跡」や諏訪湖が一望できる絶景を楽しむことができました。当時の縄文人にとってモリヤ山こそ自分達を見守る神の山として崇めたのでしょう。実は「守屋」とは旧約聖書の「モリヤ」(生贄の地)に由来する名なのです。


      .....2011年GWに登頂した諏訪「守屋山」。山の地名は旧約聖書「モリヤ」に由来.....
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また諏訪大社の祭神は「建御名方神」(タケミナカタ)ですが、この神は出雲・大国主の息子で古事記・国譲り神話に登場。天照大神が派遣した鹿島神に敗れてしまい諏訪の地まで逃げて来たのです。


    .....諏訪大社は古事記・国譲りで出雲から敗走してきたタケミナカタが祀られる.....
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縄文ミシャグジ神、旧約聖書、古事記(出雲の神)が一挙登場し古代史ミステリーと言われても何が何だか分からないと思いますので今回はこの辺でやめておきます。次回のレポートでマニアックに解説する予定


                        古事記「国譲り」(出雲大社と伊勢神宮の謎の関係)はコチラから




★(LAST):諏訪湖周辺で撮影した幻想的な光景

           .....(左)夕暮れの諏訪湖畔風景 (右)湖上を舞う八重垣姫の像.....
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            .....夕暮れの雲間から峻嶮な南アルプス連峰が垣間見える!.....
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頭が混乱する複雑な古代史ミステリーへ無理に巻き込んでしまい御容赦・・。色々な民族の痕跡や神話が残っているのは諏訪の地が古代人にとって住み易い場所だった証拠を示していると思います。
最後はお口直しで、諏訪湖周辺で撮影した夕暮の湖畔風景や夜明けの富士山をお楽しみ下さい。


        .....石灯籠・八重垣姫・初島(諏訪湖花火打ちあげ島)のシルエットが幻想的!.....
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       .....湖畔の裸婦像も見つめるサンセット光景。自転車で家路に急ぐ人もシルエットに....
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諏訪は日本のヘソであり日本を分断するフォッサマグナと中央構造線が交わる中心点。中央構造線上には石鎚山・高野山・伊勢神宮・諏訪大社・鹿島神宮、日本のパワースポットが多く存在します。大断層がぶつかる深い磁場・地層の底から湧き上がってくる「気のパワー」が集積する所なのかも・・


        ....諏訪湖付近は、フォッサマグナ(糸魚川・静岡構造線)と中央構造線が縦横交差.....
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          ....諏訪の高台から捉えた幻想的な遥かなる黎明富士山も御覧あれ~.....
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諏訪は温泉があり、観光目玉としては「高島城」「夏の湖上花火大会」、冬の「御御渡神事」、武田信玄の愛した「湖衣姫」史跡等、訪ねたい場所・行事が沢山あります。皆様も是非ともご訪問あれ~!


         ....言葉もいらない諏訪湖の静寂、ユックリと時間が流れシーンとした余韻光景.....
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  by rollingwest | 2015-03-07 11:45 | 諏訪探訪 | Comments(108)

<2014年9月>九州登山デビュー&歴史探訪旅③:「宇佐神宮」(八幡神社総本宮)の深い謎

★憧れの宇佐神宮をついに参詣!

5月九州山旅の続編は、濃厚な歴史旅レポートで再開!大分県は歴史が深くかねてから憧れだった「宇佐神宮」「国東半島・石仏群」をジックリ周遊しました。神仏習合発祥地は日本古代ミステリーを解き明かす取材ネタが多く実に魅力的!4回編集でレポートしますので気長にお付き合い下さい。

                     九州登山デビュー&歴史探訪旅②:(椎葉峠越&市房山)より続く

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日本全国「八幡神社」はどこにでもありますが、その数は全国で2万社(稲荷神社に次ぎ全国2位)も存在します。その総本社は大分県宇佐市に鎮座する「宇佐神宮」、第15代「応神天皇」(別名:ホムタワケノミコト)が主祭神として祀られ、「神功皇后」「比売神」も合わせて「八幡三神」と称されます。


      ......「宇佐神宮」の真っ赤な大鳥居を潜り広大な境内を歩き進んでいく.....
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八幡神(ハチマンシン=ヤハタノカミ)は日本独自の神で「八幡大菩薩神」とも呼ばれ、鋳造・鍛冶技術(刀剣・武器製造)の神として崇められてきました。社伝(八幡宇佐宮御託宣集)では欽明天皇時代(571年)に「誉田(ホムタ)天皇広幡八幡麿」と称し「八幡神」が応神天皇に降臨したと伝えられます。


        ......「八幡神」が降臨した「応神天皇」が主祭神として祀られる神殿..... 
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応神天皇を祀ることから皇室祖神としても崇敬され、日本史では歴代天皇が「宇佐神宮神託」を仰いだ重要史実が多くあり、伊勢神宮に次ぐ皇室第2宗廟としての位置付けられています。拝礼方法は「二拝四柏一拝」(出雲大社と宇佐神宮のみ)であり、一般神社(ニ拝二拍手一拝)とは異にしていることから出雲大社にも匹敵する程の高い社格を誇っていることを再認識しました。


        
      .....(左)神秘的な「菱形池」 (右)「宇佐神宮宝物館」をまず見てみよう!.....
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    ......(左)力強い「金剛仁王像」 (右)神仏習合の「神輿」、神が住まう移動式アーク......
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武士政権を確立した「源氏」(清和天皇が祖)の氏神も「八幡神」、源頼朝の鎌倉「鶴岡八幡宮」、源義家(八幡太郎)の「石清水八幡宮」・・、有名な源氏神社のルーツは全て宇佐神宮に行き尽きます。


      ......(左)源頼朝&鎌倉「鶴岡八幡宮」 (右)源義家&京都「石清水八幡宮」......
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「神功皇后」とは「応神天皇(主祭神)の母親」(オキナガタラシヒメ)で、夫の仲哀天皇(熊襲征伐で急死)亡き後に懐妊状態のまま「三韓征伐」(新羅出征)の指揮を執り、勝利を収めたという伝説的な女性。凱旋帰国後に生んだ応神天皇を69年間摂政でフォローしたとの記録が「日本書紀」に残されています。


      .....「神功皇后」(応神天皇の母)の「三韓征伐」図、勇ましい女性ですな~!.......
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      .....(左)懐妊状態で軍事指揮する神功皇后 (右)幼き応神天皇を抱く皇后.......
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一緒に祀られる3つ目の「比賣神」(ヒメガミ)とは八幡神の妃神とも云われますが、その出自はよく分かっていません。応神天皇以前に宇佐で祀られていた地主神の説、「宗像三神or市杵島姫命」(イチキヒメ)という説もありますが、実は「卑弥呼or天照大神」そのものだとも云われています。


   ....(左)海を渡ってきた「宗像三女神」 (右)「卑弥呼」(←ヒメガミ)が「天照大神」となったのか?.....
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          .....「宇佐神宮宝物館」で歴史の深さを認識し本殿へと向おう!.....
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宇佐神宮本殿は三殿建築で構成され、「比賣大神」が鎮座する「二の御殿」が最も大きく中央に祀られており、応神天皇(一の御殿)と神功皇后(三の御殿)はむしろ脇役であるかのようにも見えました。この不思議な配置形態は、宇佐神(比賣神)を中心とする初期の地元信仰神に配慮したのでしょうか


       .....「比賣大神」が真ん中に鎮座、応神天皇と神功皇后は両脇に控え目......
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神宮皇后の正体は卑弥呼の継承者「トヨ」(壱与)の説もあり、邪馬台国「卑弥呼」を中央に配置して両脇を固めてカリスマとしたのかも・・。宇佐地方は「豊国」と称され現在の豊前(福岡)豊後(大分)の地名に繋がっていますが、地名由来からも「トヨが支配した国」という意味が隠されている気がする。




★神仏習合の発祥地「宇佐神宮」

           ......(左)赤鳥居を潜れば広大な玉砂利境内 (右)春宮神社......
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宇佐神宮の祭祀集団は、日本史の影のフィクサー「秦氏」(全国の八幡神社や稲荷神社を創建)が担います。大陸から来た秦氏の一団(渡来人)は日本に灌漑・畑作、養蚕・機織、鉱山採掘や製鉄・鍛冶技術、神社建築・木工技術など、当時の最先端技術を中国・朝鮮半島経由で日本に伝えました。


      .....日本人が手先器用で技術力が高い理由は秦氏のDNAに拠るもの?......
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奈良東大寺の大仏建立における神託啓示は全て宇佐神宮から発せられています。大和朝廷は大仏鋳造技術が高い秦氏族の実力を認め産業振興に注力させ統率を強化、神社・仏閣建築・平安京造営に当らせました。神社が寺に大仏建立神託を与えたという不思議な関係ですが、実は宇佐神宮こそが神仏習合の発祥地であり、仏教保護の神として「八幡大菩薩」神号が与えられたのです。


        ......(左)神を偶像化した「僧形八幡神像」 (右)「比売大神」の出現......
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一般的に神社崇拝は神鏡が祀られ偶像はご法度ですが、神仏習合「本地垂迹説」は阿弥陀如来が八幡神本地仏とされ、神仏合体した「八幡神像」が神社に鎮座し仏像の如く偶像崇拝が行われました。平安時代以降は全国の寺に守護神「八幡神」が勧請され、神と仏がゴッタ煮状態・・。明治政府の神仏分離令まで、神社で仏像が祀られ寺境内に鳥居が建つ異様な光景が全国各地にありました。


         ......(左)宇佐神宮の大鳥居 (右)参道休憩所に神話絵馬......
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神も仏も何でも受け入れて拝む日本人の宗教観は世界でも特異な姿。「白黒をつけずギスギスせずに仲良くやりましょうや」←こんな曖昧さが日本人の長所かつ短所かも・・。相互妥協しないイスラエルとパレスチナの悲惨な宗教戦争を見ると、日本人的な寛容性・許容性の方が平和を保つ秘訣ですネ・・




★日本古代史で裏を操ったキーマン「秦氏」

         ......数々の宇佐鳥居を通過して西大門から上宮へ!......       
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奈良時代に宇佐神宮は重要な役割を果たしました。「弓削道鏡」という怪僧が女帝「孝謙天皇」(重祚後は称徳天皇)に重用され天皇地位を奪おうとしたため、朝廷は宇佐神宮に「和気清麻呂」を遣わし神意を確認させたのです。八幡神御神託は「天皇として正当でない者は排除すべ~し!」、不遜にも天皇になろうとした道鏡の野望は神のお告げで潰えたという「宇佐八幡宮神託事件」です。


  ....(左)天皇になろうとした「弓削道鏡」(yugenodokyou) (右)「和気清麻呂」が宇佐に神託確認.....
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「壬申の乱」で争った天武天皇と天智天皇、その子孫達も数々の権謀術数を駆使し権力争いを繰り広げました。称徳天皇(天武系)は、天智系の藤原(中臣)氏・秦氏の連合軍に追放されたのです。また桓武天皇の長岡京・平安京、2回の遷都には秦氏が怨霊封じや経済支援で大きく貢献しました。


  .....(左)藤原氏が蘇我氏を滅ぼした「乙巳の変」 (右)天武天皇と天智天皇が争った「壬申の乱」.....
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秦氏は政治や歴史の表舞台には絶対出てきません。天皇外戚として権力を奮った藤原氏に遠慮したのか、それとももっと深い秘密があるのか・・。財政・技術・産業の面から裏方で支え続け、天皇の祭祀を指揮して歴史の根底を裏から牛耳り続けてきたといフィクサー(裏天皇)という見方もあります。


   .....(左)平安京遷都の桓武天皇 (中)陰陽師「五芒星」 (右)秦氏の名は京都太秦(ウズマサ)に....
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★渡来人勢力の2つの流れ

日本人の起源は一様ではなく①縄文人②弥生人③古墳人の三大源流から成り立っていると云われます。今回は②と③にスポットを当て、宇佐神宮や秦氏との関係を探ってみましょう。大和朝廷の成立以前には、渡来人で成立した2つの勢力(物部氏系&秦氏系)が国内で鬩ぎ合っていました。
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【1】「倭人」・「徐福集団」=(物部氏・海部氏・葛城鴨氏の勢力)
中国史春秋戦国時代で呉越楚の滅亡で日本に亡流してきた倭人勢力、最大一派は秦始皇帝を騙し(不老不死の薬を探す名目)、日本列島に脱出してきた「徐福」集団。渡来の「倭人」と先住民「縄文人」とが幾度も混血を重ねて「弥生人」になっていったのです。その後倭人勢力は強大な豪族「物部氏・葛城氏」となり、出雲・大和・尾張・伊豆等を本拠として全国的なネットワークを築いていきました。


    ......「徐福」は秦始皇帝に不老不死薬を日本に探しに行くと派遣させそのまま戻らず......
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【2】「秦氏勢力」=その後に渡来してきた秦人←今回紹介している宇佐勢力はこれに該当
秦始皇帝支配から逃れ、物部勢力の後に朝鮮半島経由で渡来したのが、中央アジアがルーツ「秦人」(蒙古系)です。「伽耶」(任那)で交易業を行っていましたが、新羅・百済の南下で日本列島に入植してきました。インドから海洋ルートで渡来したとの説もあるようです。蒙古人と日本人は顔がそっくりで生まれつき蒙古斑を持ち、また相撲を伝統格闘技とする点もDNAが同じだからと言えるのでしょう。


   ......稲作技術流入と秦氏渡来ルートは一致(米の倉庫・高倉が神社原型) 相撲ルーツは蒙古......
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豊国に一大勢力を築いた秦氏が朝鮮半島から「崇神天皇」を招き入れて大和に送り込んだという説もあります。4世紀の朝鮮半島情勢は、百済・新羅の争い激化、高句麗勢力が日本に縁深い伽耶を圧迫するなど混沌としており、崇神天皇は国内に四道将軍を配置して国防や平定に努めたとのこと


     .....(左)崇神天皇 (右)崇神が四道将軍を配置し国を平定(日本書紀より)....
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応神天皇が崇神天皇・神武天皇と同一人物だとする説、神功皇后が「天之日矛」(新羅王子で神話的存在)の子孫説など、あ~もう何が何だかさっぱり分からん!日本古代史って同一人物を別名にて時代を重層的に表現したり、わざと複雑怪奇にして解りづらくしている気がします。謎めいた裏のカラクリが沢山あって凡人が決して知ってはいけない物凄い秘密が隠されているのかもしれません。


          ....下宮の鳥居・神門、ここから階段を上がり若宮経由で上宮へ....
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★謎多き「八幡神」の正体

RWは日本の神社ルーツはユダヤと以前レポートしました。神社狛犬(高麗犬)の原型はユダヤ神殿を守る「獅子」の変形と言われ、エルサレム宮殿には菊花紋章(天皇家の象徴)が刻まれます。伊勢神宮灯篭にはダビデ「六芒星」(ユダヤ紋章)、「神輿」は旧約聖書の契約箱「アーク」・三種の神器はユダヤ3秘宝、日本語ルーツはヘブライ語と酷似すると指摘されており「ナルホド~!」と頷ける点が実に多くあるのです。
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    ....古代シュメールのバニロニア神殿にも天皇家菊の御紋と同じ紋章が!狛犬はユダヤ獅子像....
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天孫族渡来と崇神天皇即位を契機に日本の古墳時代が始まり、応神天皇時代で国内各地に次々と巨大古墳が築造されました。古墳時代以降で日本に馬文化や甲冑・武器の痕跡が多く出土していることから、現天皇のルーツが「扶余族」(大陸からの騎馬民族)であることは間違いないようです。古墳からは馬・武人の他にユダヤ司祭の埴輪も沢山出土、仁徳天皇陵等の前方後円墳の形はユダヤ秘宝「マナの壺」(神話に多く登場する真名井はマナの同語源)を模しているのでは・・とも云われます。
                                        埼玉行田「稲荷山古墳」の記事

    ....ユダヤ司祭を伴い渡来した騎馬民族が日本を征服、古墳はユダヤ秘宝「マナの壺」に酷似....
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日本書紀には「騎馬民族の辰王・沸流(フル)が朝鮮半島から百二十県の人を率いて帰化」と記され、「沸流」が応神天皇自身との説、また秦氏ルーツは中国西部(ウイグル)に「三日月王国」(弓月=クルジャ)から日本に渡来してきた「弓月君」(yuzukinokimi=融通王)ではないかとの説、天孫族(現・天皇祖先)のルーツは「失われたイスラエル10氏族」の末裔ではないかなど驚愕の説がいくつかあるのです。


   .......「失われたイスラエル10氏族」は弓月王国を築き、さらに東方最果て「日本」を目指した?......
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古事記とギリシャ神話に相似点が多く見られるのもシルクロード経由で「ヘレニズム文化」(正倉院宝物も同様)が伝播したことと関係あるのでは?関連本を読むと蒙古騎馬民族(スキタイ)と遊牧民族(ユダヤ)が合流して「扶余族」となり、朝鮮半島で三韓(秦韓・辰韓・弁韓)形成後に日本へと入ってきたらしい。


   .....世界各地には太陽信仰が存在、日が昇る東方「日本こそ憧れの神境地」と信じた?.....
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ところで謎多い「八幡神」の正体とは一体は何なのでしょうか?「八幡」とは元々「ヤハタ」と読み、「ユダヤ」を意味するヘブル語 「ヤェフダー」が変化したもの、「秦氏の神」の「ヤハ・ハタ」から来ていると云われています。その神とはユダヤ唯一神「ヤハウェ」、または原始キリスト教の「イエス」自身だったのかもしれない。


      ......秦氏(鴨氏)が駆使する神社奥義「迦波羅」はユダヤの神秘術「カバラ」が語源......
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日本に渡来した「扶余族」は、天孫降臨神話を掲げながら「大和朝廷」を築き上げていきました。豪族同士の争いに勝利を収めた「天孫族」が軍事的に征服した史実を神話(国生み、天孫降臨、国譲り)として塗り替え、自らの民族が神の正統として位置付けて権威を示そうとしたと思われます。
                                        出雲大社「国譲り」の記事

   ......天孫族は「迦波羅」の奇跡を先住豪族に示し「天孫降臨」「国譲り」を神話としたのか?......
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であるならば宇佐神宮に本殿が3つ存在する意味は原始キリスト教「三位一体神」が日本の神社に姿を変え祭壇として祀られたのかも!またもマニアックな古代史論議に巻き込んでしまいご容赦・・!


        ......宇佐神宮「上宮」に祀られる「三神殿」の正体とは一体何だろうか?......
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RW手元には古代史ミステリーの史蹟訪問したネタが幾つか溜まっています。今後も国内各地のSPOTを巡りながら、飽きもせず継続紹介していきます。ダラダラとした長文を最後まで読んで頂き大感謝!


     .....宇佐神宮社殿・祠・菱形池が日本古代史の謎・真実を知るのかも・・......
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次回は、宇佐神宮を崇める大横綱「双葉山」(モンゴル出身「白鵬」が尊敬する不滅の69連勝を成し遂げた伝説横綱)の生家や豊後高田「昭和レトロの街」などの見所を紹介します。そして最後は神仏習合の石仏群が見所深い「国東半島」旅レポートを紹介して九州シリーズの締めとしていく予定です。


   .....(左)相撲ルーツと縁ある宇佐神宮と名横綱「双葉山」 (右)神仏習合・国東半島の石仏群......
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                                                       おわり

  by rollingwest | 2014-09-05 00:00 | 寺社・史跡・古道 | Comments(96)

<2014年5月18~22日>九州登山デビュー&歴史探訪旅②:(椎葉峠越え&市房山)

                        九州登山&歴史探訪旅①:(由布岳・大崩山)より続く


★【第2日目】:「大崩山」に見事敗退したあとは・・

九州登山&歴史探訪記事の続編へと入ります。前回レポート(その1)は九州の最難関峰「大崩山」に挑戦して見事敗退(勇気ある撤退?)・・、祝子川温泉「美人の湯」でずぶ濡れになった体を癒して昼食一服まで。今回(その2)は当日午後(歴史探訪)から翌日(市房山登山)までの記事となります。


   .....(左)大崩山を途中断念 (右)美人の湯で濡れた体を温め昼食、いざ熊本へ!......
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これからの行動スケジュールは、市房山登山(翌日)に備えて夕方までに球磨川源流の「湯山温泉」(熊本県)へ投宿予定。延岡・日向経由で椎葉峠越えのルートですが途中で見所があれば寄って行こう。


        .......(左)若山牧水銅像 (右) 牧水故郷名峰「尾鈴山」(200名山)......
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観光ガイドを見るとルート途中に「若山牧水生家」「百済の里」があることを知り訪問しました。そういや沼津の千本松原訪問時に「若山牧水記念館」があったことを思い出した!牧水は宮崎の山奥で生まれ育ったのか・・と驚き!眼前に彼が見続けた名峰「尾鈴山」が見える!いつか登りに来るぞ~


    ......尾鈴渓流脇に「牧水生家」と誕生地石碑が佇む(地図クリックで拡大)......
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自然を愛し酒を愛した歌人・若山牧水は、旅途中で出合う見知らぬ人や自然に触れながら、生涯で9千首余の秀歌を詠んでいます。生家・記念碑銘を見学してみて、牧水に培われた自然への憧憬は幼少期に見続けた日向の山・川の光景や、故郷で遊んだ体験から得られたのかと再認識しました。

                   「若山牧水記念館」の記事:「富士・沼津・伊豆の国」探訪はコチラから




★宮崎の山奥で驚きの発見!「百済王の里」(神門神社&西の正倉院)

次に訪ねた「百済の里」は土産販売の商業施設かと全く期待していませんでしたが、実際訪問してみたら古代ステリー好きのRWにとって興味深々の神社でした。世間では全く知られていない7世紀の百済王伝説・・、今回の大崩山の途中断念で思いがけないレアな拾い物をして大いに得した気分!


     .......南郷村(宮崎の山間部)には「神門(mikado)神社」が鎮座する......
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美郷町南郷(宮崎県中央部・九州山地の東麓)に静かに佇む「神門(mikado)神社」は主祭神に大山祀命と百済国の王を奉る神社。周囲を杉や雑木の大木が生い茂る鎮守の杜に囲まれ、地域の人々の厚い信仰によって守り継がれています。神門と書いてミカド(帝)と読ませることが興味深い・・


     .......創建1400年を誇る「神門神社」拝殿、朝鮮半島文化が色濃く残る......
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神社拝殿と奥の正殿(今にも倒れそうな感じ)を訪ねて見るとやはり朝鮮風の神社建築でした。一般的に日本人の古信仰は山・洞窟・島などを自然の神として祀りますが、神門神社は国造り神の「大山祀命」の外に、朝鮮百済滅亡時に逃れてきた「福智王」を奉るという実に珍しい信仰の神社なのだ!


     .......神社隣に「西の正倉院」が!堂々とした高床式建築は圧巻!......
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さらに驚いたのは奈良・正倉院そっくりの建物が隣にあったこと!神門神社は百済王伝説と密接な関係があり百済王の秘宝は千年以上の長い間神社に保存され、地元で連綿と守り継がれてきました。バブル時代・ふるさと創生事業の一環で宮崎の山奥にかくも立派な正倉院が建築されたのです。 


       ......まさに奈良正倉院に酷似、中倉⇒南倉⇒北倉の順番で展示物見学.....
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バブル期遺産を維持管理する町の収支は大変だろうなあ・・と思いつつも、この展示館は日本古代史の貴重な宝物が収蔵されており、多くの謎とロマンを秘めている印象を受けてRWには衝撃的でした。


   .......烏帽子・笛・神鈴、金属製の御幣など現代の神主が使う各種祭祀のルーツ品が展示......
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   .......(左)神社から発見された鉾 (右)朝鮮風の狛犬(まさに高麗の獅子だなア・・)......
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神門神社からは何と千本以上の古代刀・鉾が発見されています。また神社に伝えられた銅鏡は、奈良正倉院・三重県八代神社に伝わる神獣鏡と同じ鋳型で造られたもので非常に貴重!これ程多くの国産鋳造銅鏡が一つの神社から出たこと自体が古代史では驚くべき事実らしい。イヤ~、凄い!


     .......神門神社から大量発見「古代神獣鏡」、出土数・ベスト3の神社だったとは!......
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7世紀に唐・新羅の迫害で滅亡させられた百済の王族達は、大量の移民を引き連れて日本(近畿地方)に逃れてきました。しかし奈良で動乱が起こり九州方面を目指した一派は、途中瀬戸内海で時化に遭い日向の浜に漂着、宮崎の山奥へと逃げ込んで当地に百済王国を築いたというのです。


      .......(左)天孫降臨の光景にも似たパネル (右)龍神の船図で語られる「百済王伝説」......
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百済文化は飛鳥・奈良時代から平安時代初期にかけて仏像・仏教建築など日本文化隆盛に多大な影響を与えました。やはり最も有名な仏像は法隆寺(斑鳩町)が所蔵する国宝「百済観音」です。


      .......飛鳥・奈良時代の仏像や仏教建築はまさに朝鮮「扶余文化」と完全一致する......
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「西の正倉院」を見た後は階段を下りて行くと左側に「百済の館」があります。ここを見学するとまさに韓国ドラマ「朱蒙」(チュモン)の世界そのもの!日本では馴染みが薄いド派手な色彩建築様式です。


       .......色彩鮮やかな「百済の館」、まさに朝鮮半島の建築とそっくりの外観.......
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   .......館内も朝鮮文化一色!天皇(mikado)のルーツが「扶余族」に通ずることがよく解る......
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百済人が大量に日本渡来した時期は、大和朝廷が百済救援のために唐・新羅連合軍との戦いで3万人兵士を派遣した「白村江の戦い」の敗戦後と思われます。日本から朝鮮に帰国し、大和朝廷から百済王として擁立された「豊璋王」は内紛で再び亡命者となり日本に戻って来た歴史があります。


    .......天智天皇が百済救済目的に朝鮮派兵をした「白村江の戦い」(⇒日本は惨敗)......
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しかし百済「福智王」の方は何故こんな九州山奥に王国を築いたのだろう?当エリアは平家落人伝説がある椎葉村に近い隠遁地。当時の大和政権に背いた何らかの理由があり身を隠さざるを得なかったのではと推察されます。とはいえ百済・扶余族は日本古代天皇と共通が多いことに注目すべし


    .......(左)漂着した宮崎に王国を築いた「百済王」の姿 (右)華やかな金の装飾冠.....
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埼玉行田古墳群でもレポートした通り、大和朝廷は大陸渡来の「扶余族」と謂われます。実は扶余族のルーツは中国や朝鮮ではありません。製鉄技術を持つスキタイ系騎馬民族の末裔でユダヤやヒッタイト(BC1500年頃、王国を築いたと聖書に記載)に繋がりがあるのです。このマニアックな話は後日ご紹介~

                    天皇ルーツは扶余族・ユダヤ説(埼玉行田古墳群レポート)はコチラから




★九州の秘境地「椎葉村」、峠を越えて球磨川源流(熊本)へ

さて九州歴史観光はこれ位にしていよいよ熊本県へと向いましょう。レンタカーで椎葉峠を越えて行ったのですが、こりゃまたホントに凄い道でした。国道なので舗装状態は問題なかったものの狭い道で迫りくる両脇の崖、椎葉峠は何と標高約1200m!大崩山を中断しなかったら夜道の峠越えだった・・


     .......椎葉村(宮崎県)の山岳道路、国道388号線で「椎葉峠」を越えて行く......
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平家の落人伝説で有名な椎葉村は周囲を1,500m前後の険しい山々に囲まれた九州山地の奥深い秘境地にあります。面積537km²の広大地域に人口は3千人足らず(人口密度5人/km²)の超過疎地域。買い物・医療の交通手段は殆どなく少子化・小中学校の統合で通学自体が苦難の日々・・


  ......広大な椎葉村は人口3千人の超過疎地域(人口密度5人/km²)、限界集落の危機に......
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平家落人部落は日本各地にありますがいずれも人が到底近づけないような山奥ばかりです。九州では椎葉村や五家荘が有名な場所。我が世を謳歌し貴族的な華やかな日々を暮らしていた平家が急傾斜の僻地で生活しなければならなくなった苦労と惨めな気持ちは如何ばかりだったのでしょう。


   .......急坂が凄い家並み、全国に点在する平家落人集落、本当に生活が大変な場所ばかり.....
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椎葉村を漸く越えて球磨川源流の湯山温泉(熊本県)へと入って行きます。午前中の宮崎・大崩山では雨でしたが、椎葉峠を越え熊本に入ると快晴状態ではないか!16時、温泉宿に無事到着~!



★「市房山」登山に備え、「湯山温泉」で英気を養う

     .......大崩山を早め撤退したことで、夕方明るい内に熊本県「湯山温泉」へ到着!......
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熊本県水上村の湯山温泉は霊峰・市房山の懐に抱かれた湯山盆地に位置し古から湯治場として親しまれてきた温泉です。今日の宿泊所は「市房観光ホテル」、山里の温泉宿風の何やら落ち着きホッとする様な民家造り。オーナー夫婦の印象・応対も良く、濡れた衣服をベランダで乾かし寛ぎの時間


    .......「市房観光ホテル」は夫婦経営の家族的雰囲気、濡れた衣類を乾かす......
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当エリアは原生林自然が溢れる珍しい蝶の宝庫で沢山の標本が飾ってありました。ゴイシツバメシジミという希少種(国・特別天然記念物)がおり、水上村の有志が保護団体を結成し環境を守っています。


    .......市房山は蝶の宝庫、国特別天然記念物にも指定される貴重種ゴイシツバメシジミ......
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     ......夕食前に散歩を楽しんだ。素朴な田園風景が広がる。右が「市房山」.....
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お目当ての温泉は掛け流しでトロトロの泉質(肌がスベスベ)。食事も実に素晴らしかった!山菜主体で、ヤマメ・鹿肉などの珍しい山の幸料理。お酒も美味しく明日への英気を十分養うことができました。


    .......今日は大崩山撤退決断したお陰で温泉と山菜料理を満喫!ラッキ~!......
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★【3日目】:神域の巨大杉トッレキングとハート岩、「市房山」登山を無事終える

いよいよ市房山登山の日を迎えましたが、本日の天気は九州一帯が豪雨と昨夜から報道されており、今回も断念かなと半分諦めていました。しかし、朝5時段階ではまだ晴れ間が覗いている!これは行くっきゃない!宿の朝食を摂り登山準備を整えて車で登山口に到着。6:40登山開始しました。


      .......今日の天気は豪雨予報だが、朝はまだ晴れ。市房山へいざトライ!......
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市房山は熊本・宮崎県境に聳え、標高は国見岳に次ぐ熊本第2の高峰で、山麓にある市房神社は、縁結びの神様として古くから近郷の人々に親しまれてきました。山の最大魅力は神社参道両脇に聳える巨大杉の原生林。4合目の神社までの山道では幹回り6m以上の大杉が次々に現れます。


      .......(左)市房山登山コースへ (右)市房神社の参道は巨木杉が林立.....
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     .......この巨大杉の群生は本当に凄い!樹齢数百年の歴史を刻んだ巨木が続々登場......
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その中には千年樹齢の巨木もあり「市房千年杉」と呼ばれています。市房山は神域として崇められてきたことから伐採されずに原始林として巨木群が残ってきました。市房杉の凄さに圧倒され、まだ屋久島・縄文杉は体験していないRWですが、当地も全国PRし大いに認識されるべきと思います。


          .......千年樹齢の巨木「市房千年杉」は市房神宮を守る最大ご神木.....
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市房山を御神体とする市房山神宮は、山中にある「本宮」・麓の「一の宮神社」・町中に建つ「里宮神社」の3社で構成されます。巨木杉の道を暫く登ると7時過ぎに緑の中で静かに佇む本宮へ到着。ここから急登が本格的に始まりますがまだ天気は持っている!何とか本降りになる前に戻りたい。


      .......市房山神宮「本宮」に到着、鬱蒼とした緑の中で赤い神宮社が鎮座......
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     .......急登が始まった。天気は依然小康状態、向こうの山並みも眺望できるぞ......
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5月下旬に見事な花を咲かせるツクシアケボノツツジ(県指定天然記念物)の群落を期待しましたが、もう盛りは終わったようだ・・。6合目には巨石が出現、順調な登りで何とか午前中まで天気が持ってくれと願いましたが標高を上げて行くとそうはいきません。ついにポツポツと雨が降り始めてきました。


   .......(左)6合目大岩に到着 (右)ミツバツツジは咲くも固有種アケボノツツジは殆ど終わり......
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      .......(左)ついに雨が降り始めた~ (右) 市房山頂上に到着、何も見えず......
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頂上には9時到着、すでに雨足は徐々に強まり、残念ながら山頂からの眺望は全く効きませんでした。もし晴れていれば右下のネット写真のような高千穂・日向・霧島の山々が見えたはず・・。しかし市房山にはもう一つのお目当てがあります。両崖にハート型の大岩が挟まる「心見の石」とご対面!


   .....(左)これぞ「心見(kokoromi)の石」!正にハート型岩! (右)市房山の眺望(ネット拝借)......
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「心見の石」の下に邪心ある人が立つと岩が崩れ落ちてくるとか・・!崖坂で足元も滑りそうだし本当に崩れたら洒落にならんし、やめとこう。11時無事下山。市房観光ホテルで着替えさせて頂きました。小生の九州登山はこれで全て完了!同行・食山人氏はパートナーを替えてさらに登山継続の計画

       ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆

市房山を下り、人吉インターから九州自動車道に入り鳥栖JC・大分自動車道経由で別府へと戻ります。天気予報通り九州は豪雨になってきた・・。何とか午前中に九州遠路の名峰を登り終えてよかった。


      ......別府駅前に戻り、山仲間Mz本氏と合流、3人で相互山行の情報交換会......
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別府駅前の中華レストランで山仲間のMz本氏(昨年3人で越後奥只見の山を縦走)と合流しました。彼は単独で九州名峰数座登り終え、明日以降3日間は食山人氏と同行登山。ビールで乾杯し山行の情報交換や激励に花を咲かせました。小生は翌日から宇佐神宮・国東半島への歴史旅に出ます。


                                                    (その3)へ続く

  by rollingwest | 2014-07-02 00:00 | ローリングウエスト山紀行 | Comments(105)

<2014年4月>埼玉探訪:「行田・さきたま古墳群」&「和同開珎」発祥地(秩父)

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★行田の「さきたま古墳群」を初体験

前回の東松山・川越記事に続き今回も埼玉県の歴史探索記事をお届けします。行田市の「さきたま古墳群」、日本初の貨幣「和同開珎」の発祥地(秩父)。埼玉は古代史探訪で魅力的な県なのです。


   ......埼玉県行田市「さきたま古墳公園」丸墓山古墳から稲荷山古墳を望む(1月訪問).....
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東松山の「吉見百穴」という古墳時代の横穴墳墓を前回紹介しましたが、埼玉県北部は5~6世紀の古墳群が数多く存在しているエリア。利根川・荒川に挟まれた肥沃な土地で繁栄したためでしょう。


        .......埼玉県行田市や東松山(吉見百穴)等に古墳時代遺跡が残る......
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                                 埼玉探訪(東松山・川越)の記事はコチラから  


川崎から行田のアクセスは電車だと不便なので、車で朝早く出発して10時過ぎに到着。埼玉の県名発祥碑と対面後、いよいよ「さきたま古墳群」へと向かいます。訪問時は2月初めで一点の雲もなき快晴!冬枯れの木々が疎らに生える平原に巨大な前方後円墳が現れてきた!何たる開放感!


         .......(左)埼玉の県名発祥地の碑 (右)さきたま古墳群の航空写真......
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     .......(左)「丸墓山古墳」へと向かう (右)「二子山古墳」を望む(2014年1月)......
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まずは日本最大の円墳「丸墓山古墳」に登ってみました。頂上部には冬枯れした桜の木がありましたが、春爛漫時期の写真をGETしてみると満開桜に菜ノ花群生のコラボ、大いなる絶景ですね~!


     .......(左)日本最大の円墳「丸墓山古墳」 (右)春は頂上部で桜満開......
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1590年に石田三成が北条攻めで「忍城」(oshijyou)を包囲して水攻めにするために造った堤防の跡(石田堤)がありました。水攻め作戦はうまくいかなかったようですが・・。木道階段を登り頂上部に立てば行田市街が一望!やや春霞っぽい陽気で朧げだったものの遥か彼方に冠雪富士が眺望!


      .......(左)丸墓山古墳を登り上がる (右)頂上パノラマ、朧な富士山が遠望......
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      .......初老女性が足どり軽くウォーキング、古墳散歩を日課としてるのかな?......
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丸墓山古墳からの眺望を満喫後、全国的に有名な「稲荷山古墳」へと歩きを進めて行きました。ここは国宝「金錯銘鉄剣」(詳細後述)が出土し一躍脚光を浴びた前方後円墳。頂上部には埋葬礫槨が復元されています。舟形の河原石枠内に棺があり、副葬品として「金錯銘鉄剣」が発見されたのです。


    .......さいたま古墳群の中で最古の「前方後円墳」、頂上部に復元された埋葬礫槨......
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稲荷山古墳から少し離れた所に武蔵国最大の前方後円墳(全長90m)「将軍山古墳」(平成9年復元)が丘の如く聳えています。陵上に並び配置された数多くのモニュメント風の土器群!不思議な光景だ~


     .......「将軍山古墳」の丘上には多くの埴輪が飾られている。将軍の名の由来は?.....
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墓陵の中は「将軍山古墳展示館」が併設されており古墳内部に入って見学できます。石棺室にはまさに名前通り古代豪族将軍が永眠している姿が再現されていました。安置遺体と供に出土した煌びやかな馬具類や副葬品は必見!「三国志」に登場するような武具甲冑・豪華宝飾物には驚くばかり!


    .......(左)眠る将軍周辺には多くの副葬品 (右)エントランス展の騎馬将軍の銅像雄姿......
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大和朝廷時代、関東~東北エリアには「毛人」(縄文人)が支配する巨大王国(複数部族の集合体)があり、その中で大和朝廷と婚姻関係を結んだ東国豪族が「毛野氏」(kenoshi)でした。この豪族は今の群馬・栃木を中心に大勢力を誇り2県エリアを「両毛」と呼ぶ由来は上下の毛野国という意味です。


      ......古代日本豪族の一翼勢力をなした騎馬民族、将軍眠る古墳内部を再現......
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一族は騎馬術を駆使し武門に優れており、朝廷命により東北の蝦夷討伐や朝鮮出兵に協力することで大和朝廷との連携を図り大豪族(常陸西部・武蔵北部まで勢力範囲)の地位を保ちました。さきたま古墳群造営者が毛野氏自身か?その対抗勢力かは判然としませんが大いに関係がありそう・・


         .......「浅間塚古墳」を通過していくと「さきたま史跡博物館」へと戻る......
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数々の古墳の周遊見学を終えて「さきたま史跡博物館」に戻ってきました。博物館前は広い庭があり日本古民家「遠藤家」が展示。家の内部を懐古的心境で拝見、次は博物館を見学してみることに


           ......「旧・遠藤家住宅」、古墳脇に民家が移築展示されていた......
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    .......(左)旧・遠藤家住宅の内部 (右)古墳時代の人達にとっては未来の夢邸宅!......
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さて今度は「さきたま古墳史跡博物館」を勉強してみよう!今廻ってきた古墳群のおさらいと合わせついに国宝として名高い「金錯銘鉄剣」(.稲荷山古墳から出土)の本物にご対面する時が来ました。




★「さきたま史跡博物館」の国宝名剣&日本古代史考察


博物館内部では「さきたま古墳群」昭和初期の写真、足長の馬や武人の埴輪などが展示されています。大和朝廷のルーツは大陸から渡来した騎馬民族が征服したという説が有力ですが、武人・馬の埴輪、精巧な馬具等を見ると大いに信憑性があります。日本人と蒙古人は殆ど同じDNAだしネ・・


    .......博物館に飾られていた長い足の馬、武人埴輪を見ると「大魔神」を思い出す......
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当時の渡来人は生活・武具等を作る高い工業技術者を持った人が多く、大和王権は渡来人を支配下に置き、部民制度(職業別組織体制)を導入しました。須恵器を作る人達を「陶部」(suetukuribe)、馬具や鞍を作る人達は「鞍作部」(kuratukuribe)、埴輪や土器を人達は「土師部」(hajibe)などです。


       .......(左)錆ついた鉄剣・神獣鏡 (下) 勾玉 (右)須惠器・土師器の数々......
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1978年、稲荷山古墳から出土した錆びた金錯銘鉄剣銘鉄剣の中に「獲加多支鹵(ワカタケル)大王」の文字が発見され日本古代史究明における世紀の大発見と騒がれました。ワカタケルとは第21代「雄略天皇」のこと、鉄剣所有者は「ヲワケ臣」なる人物で雄略天皇に信頼が厚い親衛隊長だったらしい。


     .....「ワカタケル大王」の名が刻まれた「金錯銘鉄剣」(稲荷山古墳から出土)......
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中国古書「宋書倭国伝」の日本に関する記述に登場する「倭の五王」のうち「武王」が「雄略天皇」のことですが、日本書紀の記述を見ると、同母兄等を次々に残酷な方法で殺し天皇の地位を奪った横暴な大王で「大悪天皇」or「有徳天皇」とも呼ばれています。全く反対の評価名が同居している・・


       .......考古学的観点で実在が実証された最古の天皇「雄略天皇」(ワカタケル)......
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雄略天皇は百済や任那を支援し、朝鮮半島で圧迫を受けた多くの民を日本に渡来させました。その反面、気性は激しく部下の不用意言動に対して激怒し焼き殺したりして猜疑心が強かったらしい。信長以上に強烈な性格の天皇が心を許し重用した「ヲワケ」とは一体どんな人物だったのでしょう?





★渡来人がもたらした技術・文化、「和銅開珎」の発祥地(秩父)を訪ねる


秩父は養蚕や絹織物業が盛んですが、多くの渡来人が当エリアに多く住んだからです。大和政権は技術力が高い秦氏族(渡来人)を統率強化し、養蚕・服飾業の奨励拡大を図り日本人に同化させました。秦野・波多野・羽田・畑山・畠中・鳩山・服部(hattori)苗字は機織り(hataori=秦織り)に由来


 ......「武甲山」が見守る秩父では昔から「秩父銘仙」の絹織物技術・養蚕業が発展してきた......
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秩父に入植してきた秦氏は鉱山採掘・鋳造技術にも優れており、日本初の国内貨幣を鋳造しました。教科書で習った奈良時代の貨幣「和同開珎」は何と埼玉県が発祥地なのです。物作りに長け手先が器用な日本人の技術力は、秦氏の血・DNAが古代から継承されてきたからではないでしょうか。


  ......2013年11月「和銅開珎」御神体の「聖神社」を訪問(地元で銭神様と親しまれる)......
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秩父の「和銅黒谷」は日本で初めて流通した貨幣「和同開珎」の発祥地。元明天皇期(708)に日本初の自然銅が秩父で発見され朝廷に献上されたからです。和同開珎が祀られる「聖神社」は地元では「銭神様」と呼ばれ、金運招来の神として宝くじ当選やビジネス成功を祈る人達に大人気らしい。


   .......(左)秩父鉄道には「和銅黒谷」の駅もある (右)金運招来の祈願で賑う「聖神社」......
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「和銅」採掘跡は黒谷和銅山にあり一帯が「和銅遺跡」となっています。露天掘跡脇には巨大な「和同開珎」モニュメントや銅精錬所跡もあってビックリ!秩父から奈良に銅を運ぶのも大変だったろうなア・・


      ...... (左)和銅黒谷の自然銅採掘跡&銅ムカデ (右)巨大貨幣モニュメントが鎮座......
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        ......「銅精錬所跡」、この技術も秦氏が日本に導入した高い技術の一つ......
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和銅遺跡には、秩父銅を都へ運ぶ役割を担った「羊太夫」の説明書きもありました。この方は上野国(群馬県)の伝説上の人物で、多胡郡吉井町(現高崎市)の「多胡碑」を見に行ったことを思い出しました。この碑には日本古代史に隠されたある文字が刻まれているのです。(下記に詳細を記載)


   ......2011年に訪ねた群馬県多胡郡吉井町の「多胡碑」、ここに原始キリスト教の文字が・・......
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群馬の県名は大陸から日本に渡ってきた騎馬民族勢力の痕跡が残っています。そして羊という名の豪族、まさに騎馬を操る蒙古遊牧民族が当地に根を張っていたことが窺えます。行田古墳群・秩父銅山跡は群馬県の隣接エリアであり、大和朝廷・騎馬将軍・渡来人秦氏に深い繋がりを感じます。


          .......和銅開珎の聖神社から望む「武甲山」、秩父の街を見守る......
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「武蔵国」「武甲山」の呼び名のルーツは「武庫」・・、日本武尊(ヤマトタケル)が武具をこの山に奉庫したからです。秩父「三峯神社」には「ヤマトタケル」銅像が堂々と立っており、大和朝廷が崇めた山だった!


       ......「三峯神社」を訪問して、天を見つめる「日本武尊ヤマトタケル」を発見!......
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                              名峰「武甲山」を仰ぐ「秩父の里」記事はコチラから 




★日本人とユダヤの繋がり (毎回のRW関心テーマ)


ところで日本古代史と来ればRWは「日本人のルーツはユダヤ」という説に興味を示し敏感に反応してしまいます。行田古墳の埴輪を見るとまさに古代ユダヤ人そのものだ!またキリストが処刑された十字架には「INRI」の文字があり、INARIに変化し「稲荷山」の古墳名に残されたとの説があるのです!


    ......ユダヤ司教の姿に似る埴輪、イエス磔十字架のINRI文字と稲荷山の類似は?......
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先程紹介した羊太夫「多胡碑」には「JINRI」文字が古書に記され、キリスト磔の「INRI」と全く同じ⇒「イエス、ナザレ大王」の意味が隠されているとのこと。大和朝廷がユダヤルーツである確証の一つです。
全国で最も多い神社は八幡神社と稲荷神社ですが、両方とも全て秦氏が創設し拡大した神社です。


  ......「天孫降臨」とはユダヤ人が日本を騎馬征服し、天から皇が降りた神話として表わす......
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日本の神社には古代イスラエル祭祀との類似が多くあり、祭祀形式・禊・結界(幕屋)・神輿(=アーク)・狛犬(=ライオン)等の共通点が沢山。失われたイスラエル10支族は騎馬民族と一緒に行動し世界最東端の日本へ到着、原始キリスト教を日本神道として再生させた。こんな驚愕的な説が唱えられています。


    ......「失われたユダヤ10支族」の移動ルート、騎馬民族と一緒に渡来した説が有力?......
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京都「祇園祭」の山鉾巡行に使用される装飾布には、イラクバクダッド宮殿や旧約聖書の一場面を表した図柄があります。ユダヤの「シオン祭」(⇒祇園と発音酷似)と開催日程や祭祀形式が完全に一致しています。天皇を裏から支え、京都遷都計画を完全指揮した秦氏は原始キリスト教直系だったのです。


  ......京都「祇園祭」のタペストリーには旧約聖書のデザイン!ユダヤ「シオン祭」と完全に同日開催......
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「祇園祭」「高山祭」と並ぶ三大曳山祭りは「秩父夜祭り」。昨年12月に初体験しましたが何故こんな山奥に京都に似た華麗な祭りが?と思いましたが、秩父に秦氏が多くいたことを考えれば当然か!


      .......華麗なる「秩父夜祭」、祇園と類似する理由は秦氏の影響に間違いなし......
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                                 「秩父夜祭」(2013年12月)の記事はコチラから  


行田古墳群から京都祇園やユダヤ文化へ突然話が飛んでしまったような印象になりましたが、アジア大陸は実はイスラエル・ペルシャと地続きです。渡来人文化とは中国・朝鮮と即考えがちですが、蒙古騎馬民族(スキタイ)と遊牧民族(ユダヤ)が合流し朝鮮半島経由で日本に渡ってきたと理解すべきかも・・


   ......伊勢神宮灯籠の「ダビデ紋章・六芒星」、アークを運ぶ姿は神官装束・神輿と全く一緒......c0119160_18313674.jpgc0119160_18421258.jpgc0119160_19271812.jpg




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天皇家のルーツは朝鮮半島東に秦韓・辰韓・弁韓(⇒後に新羅・百済・任那)を建国した「扶余族」(騎馬民族)と云われます。秦氏(扶余族)は原始キリスト教直系・・、日本の神話(天孫降臨)という権威を構築しながら全国の神社(頂点は伊勢神宮)を支配していったと考えればいいのかもしれません。



                                                          おわり

  by rollingwest | 2014-04-07 00:00 | 秩父探訪 | Comments(71)

<2013年12月>2012山陰山陽の旅⑥:「奥出雲探訪」(出雲帝国遺跡&砂の器ロケ地)

★出雲帝国実在を裏付ける「荒神谷・加茂岩倉遺跡」


昨年11月に廻った「2012山陰山陽の旅」も6回目の記事となります。もう1年以上過ぎてしまったのに依然と出雲周辺紹介に留まっており、なかなか世界遺産(石見銀山や厳島神社)へのレポートに入れませんネエ・・。(苦笑) シリーズ記事完結は2年越しになるSlowパターンが多いRWなのでご容赦願います。


   .......夜明け前に出発、雨中煙る「仏経山」を見ながら「奥出雲」(JR木次線沿線)へと向かう.....
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今回は、神話世界として語り継がれてきた「出雲帝国」が実在の国と証明され世紀の発見と話題になった2大遺跡(荒神谷・加茂岩倉)のレポートです。奥出雲は交通の便が実に悪くアチコチ廻るには相当な時間を要するためビジネスホテルを早朝6時出発。今日は朝から雨か・・、いざ仏経山(神名火山)の麓へ


    .......昨年10月に鑑賞した出雲特別展(国立東京博物館)、今回の旅の契機となった.....
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この遺跡に対面したいと思ったのは昨年10月国立東京博物館で「聖地の至宝・出雲特別展」を鑑賞した時でした。出雲大神殿は2000年に出雲大社境内から出土した宇豆柱が実在を証明したのです。


 ......(左)神話と信じられていた出雲大神殿 (右)実在が証明された2000年宇豆柱の出土......
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出雲では宇豆柱の出土以前にも考古学の常識を覆す大発見(1984:荒神谷遺跡&1996:加茂岩倉遺跡」が2回もありました。古代出雲は神話ではなく銅鐸文化の大繁栄国があったことが解ったのです。


   .....かつて大繁栄した出雲帝国が実在したことを裏付けられた多数の銅剣・銅鐸・銅鉾......
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                  2012年11月「出雲展鑑賞&出雲探訪旅プロローグ」の記事はコチラから


 .......「荒神谷遺跡」(国の重要文化財)は仏経山の近くで発見され考古学界に衝撃が走った!......
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1984年、仏経山麓の農道から多数の銅剣・銅鐸・銅矛が発見され、調査を進めると銅剣358本、銅鐸6個、銅矛16個が出土しました。これが「荒神谷遺跡」で考古学上の大ニュースとなると、さらに1996年には「加茂岩倉遺跡」が発見され、何と39個もの銅鐸(1ケ所遺跡として全国最多)が出てきたのです。


     ......1996年には工事現場から大量の銅鐸が出土、「加茂岩倉遺跡」は銅鐸王国......
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銅鐸は弥生時代に製造された釣鐘型青銅器のことで神を招く鐘と云われ、青銅製の棒で鳴らす五穀豊穣を祈る農耕祭祀用の装飾祭器とのこと。BC2世紀に大陸から伝わり日本で400年間に渡って用いられた鐘(本来は楽器らしい)の全国出土数は470個、1ケ所で39個の発見は相当な数らしい。


    ......加茂岩倉遺跡は 銅鐸の谷、発見当時のまま出土表層に自然展示されていた......
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「加茂岩倉遺跡」は全国最多の銅剣を出土した「荒神谷遺跡」から3km程の距離しか離れていません。またこの地域には弥生~古墳時代にかけての古墳群も確認されており、この周辺に古代出雲の強大な勢力が存在していたことを覗わせます。その中心地は「意宇」(ou)という地に存在したとのこと


 .......出雲帝国の中心地はかつて「意宇」(ou)にあった。今は「八雲立つ風土記の丘」が建つ.....
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山陰レポート第1回目に「出雲立つ風土記の丘」を紹介しましたが、近くにはイザナギ・イザナミの「黄泉比良坂」(あの世への入口)、イザナミを祀る「神魂神社」、スサノオ・クシナダ姫の「八重垣神社」があります。また意宇の地は国引き神話(大山と三瓶山)の中間点に位置し、まさに出雲帝国の首都だった訳か~!

                  山陰レポート第1回目「鳥取風景~出雲・神話の里」の記事はコチラから


   ......意宇「出雲立つ風土記の丘」、牛馬埴輪等が出土、日本の最大勢力の痕跡が沢山......
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   ......出雲の中心「意宇」は大山と三瓶山(国引神話の杭となった両峰)の中間点に存在......
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★奥出雲の「たたら製鉄」の歴史を知る


次は「奥出雲たたらと刀剣館」を訪ねました。奥出雲といえば八岐大蛇伝説の他に古代製鉄技術「たたら製鉄」が発展した場所としても有名です。館内入口には八岐大蛇をモチーフにしたモニュメントが個性的


    .......「奥出雲たたらと刀剣館」、入口にある現代美術モニュメントは「八岐大蛇」のうねる姿......
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               山陰レポート第5回目「スサノオ・八岐大蛇伝説の史蹟訪問」の記事はコチラから

「たたら製鉄」は日本独自の和式製鋼法(タタラ吹き技術)で大量の砂鉄と木炭を必要としますが、奥出雲地方はこの両方が豊富だった古代より製鉄業が営まれてきたとのこと。銅鐸・銅剣出土は2世紀以降で突然途絶えていますが、背景は鉄の武器出現にあるのでしょう。鉄の方が銅より強いからネ~


        .......館内では古代の製鉄技術「たたら製鉄」の歴史を知ることができる......
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八岐大蛇伝説は斐伊川の氾濫をイメージした神話かも・・と前回レポートしましたが、たたら製鉄が起源という説もあるようです。真赤な大蛇の眼や血は鉄分の赤い川やたたら製鉄の炎を形容したものでないかとも云われ、大蛇の尻尾から出て来た天叢雲剣は「たたら製鉄」の象徴だったのかもしれません。


  ........(左)製鉄作業の再現模型(大迫力の炎) (中)黒い鉄の塊 (右)たたら製鉄の古絵図......
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次はいよいよ奥出雲探訪の主目的の一つ「亀嵩」(kamegdake) の街を訪ねます。小生が最も愛する日本映画の名作「砂の器」でメイン舞台となった場所。クネクネした奥出雲の山間の道路を黙々と進む・・


       .......奥出雲の萱葺屋根民家や田んぼ景色、これこそ正に「日本の原風景」......
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★松本清張名作「砂の器」の舞台となった「亀嵩」を巡る


1974年松竹映画「砂の器」は何回見ても涙なしには見られぬ感動名画。松本清張の同名小説を野村芳太郎監督、橋本忍・山田洋次脚本で映画化した社会派サスペンス。迷官入り寸前の殺人事件を捜査する刑事2人の執念、暗い過去を背負うがため殺人を犯した天才音楽家の宿命を描きました。


      .....「砂の器」のメイン舞台「亀嵩」はJR木次線(宍道湖~備後落合)の中間位置......
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国鉄蒲田操車場構内で扼殺死体が発見、被害者の身許が分らず捜査は難航したものの事件を担当した今西(丹波哲郎)、吉村(森田健作)の両刑事は執念の捜査で著名な音楽家・和賀英良(加藤剛)を追い詰めますが、彼はハンセン氏病に患う父・千代吉(加藤嘉)を持つ暗い宿命を背負っていました。


 ......映画主演者、秀夫(春田和秀)、ハンセン氏病の父・千代吉(加藤嘉)、心優しき三木巡査(緒形拳).....
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和賀英良の本名は本浦秀夫(子役・春田和秀)、故郷から追われた父子は日本海側の道を延々と放浪・乞食旅に・・。コンサートでピアノを弾く加藤剛と背景の交響曲に合わせて放浪旅の回想シーンが音楽と映像だけで再現されますが、四季それぞれの中の悲しい光景や親子愛情が感動の涙を誘います。


 .......「砂の器」のクライマックシーンはやはり「亀嵩駅」、父親との離別シーンはいつも涙が溢れてしまう......
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苛められ排除され2人はついに出雲・亀嵩の街へ・・。そこで出会った三木巡査(緒形拳)が心優しく接しますが、病気治療のためついに別れの日が・・。このクライマックシーンは何度見ても感動の嵐で涙々・・。子宝に恵まれていなかった三木巡査は秀夫を引き取りわが子のように可愛がり育てました。


  .......(左)秀夫が千代吉を追って来て抱擁号泣し別れを惜しんだプラットフォーム (右)レトロな改札口......
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秀夫は大きくなり音楽家の道を歩み有名な新進作曲家・和賀英良となり上流階級社会で栄光の躍進を遂げていきます。しかしある日突然、三木巡査が上京し英良に面会を求めてきました。実父がまだ生きていることを伝えるために・・。英良は自らの暗い過去を暴かれないためついに罪を犯すことに・・


   ........(左)「砂の器」ロケ地・記念碑  (右)゙:放浪の旅が描かれるシーンは涙線が・・......
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刑事2人は全国を廻り和賀英良(秀夫)の犯罪証拠を集め、ついに逮捕状を出す日が・・。犯罪動機と秀夫の宿命を語り始める今西刑事(丹波哲郎)。その同じ時刻には、和賀英良が「宿命」コンサートで栄光の舞台に立っていました。今西が解き明かした和賀の過去と三木巡査の愛情を裏切った罪が交響曲とともに語られていきます・・。コンサートを終え、称賛拍手の和賀のもとには逮捕状を持った刑事達が・・


    ........和賀英良が管弦楽コンサートで弾く「宿命」のピアノ、放浪の旅(回想)&別れの感動シーン.....
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最後に今西刑事はハンセン氏病棟で老いた秀夫の父親を訪ね、息子の写真を見せた時、「オラ、こんな奴は知らね~」と叫び号泣する父親(加藤嘉)の迫真演技シーン、涙が止まらぬ最大のクライマックス場面!美しい音楽と映像回想、最後の30分で波のように押し寄せる感動には胸が締め付けられます。この感動的な映画を初めて観てから30数年、いつか来たいと願っていた亀嵩駅と漸く対面できた・・


  .......(左)ここを訪れた多数の著名人(サイン色紙ズラリ!) (右)「亀嵩駅」で奥出雲蕎麦を味わう.....
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駅舎の中にはお蕎麦屋さん(亀嵩駅の手打ちそば)があります。ここを訪れた有名人のサイン色紙が壁に沢山飾られており、映画を観て感動した多くの人が当地に思いを寄せていることがよくわかります。奥出雲そばはコシが強くて絶品でした。蕎麦を食した後は「砂の器」記念碑と湯野神社に寄りました。


   ........記念碑の脇には「湯野神社」、 雨が降りそぼる濡れた鳥居には山陰の寂しさを感じた......
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夕方近くになって漸く雨は上がり、出雲の山々にかかる雲の風景が独特の雰囲気を醸し出しています。墨絵の様な奥出雲の景色を目に焼き付けながら、石見銀山方面へと車を走らせて行きました。


    .....(左)雨上がりの「奥出雲路」  (右)次は三瓶山方面を経由して世界遺産「石見銀山」へ......
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  by rollingwest | 2013-12-09 00:00 | 山陰・山陽の旅 | Comments(78)

<2013年11月>2012山陰山陽の旅⑤:「スサノオ・八岐大蛇伝説」の史蹟を訪ねて

★日本神話・最大のヒーロー「スサノオ伝説」の地へ


昨年11月に訪ねた山陰・山陽の旅から早くも1年が過ぎてしまいました。鳥取(米子・大山)・松江・出雲大社・稲佐の浜・日御碕と紹介しましたが、いよいよスサノオノミコト・八岐大蛇伝説の史蹟へ入ります。


   .....(左)日本神話の中で荒ぶる神の象徴「スサノオノミコト」 (右)映画「わんぱく王子の大蛇退治」.....
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                        山陰山陽の旅①:「鳥取風景~出雲・神話の里」 

小学生時代に見た映画「わんぱく王子の大蛇退治」(1963東映)は、スサノオノミコトや八岐大蛇の古事記伝説をスペクタクルに描いた長編大作でした。あの感動が忘れられず憧れの伝説地を遂にこの目で・・




★宍道湖・奥出雲周辺に点在する古事記神話史蹟


島根県はまさに日本神話の宝庫。昨年秋の山陰旅はレンタカーを駆使し昼食時間も惜しんで古事記史蹟を回りまくりましたが全てを訪問することはできませんでした。数が余りにも多すぎる上、遠隔地点在により移動が大変。レポート済み・未訪問地(ネット検索)も含めて古事記所縁の地をあらためてご紹介


 ......(左)宍道湖・奥出雲周辺は古事記伝説の神社が沢山 (右)須佐之男命を祀る「熊野大社」....
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熊野というと世界遺産に指定される和歌山の熊野本宮大社が有名ですが、そのルーツとも言える「熊野大社」は「出雲一の宮」(出雲大社と同格)で、火の発祥の神(スサノオと同一神)が祀られています。「出雲二ノ宮」は「佐太神社」(天孫降臨の案内役の猿田彦が主神)、神在月ではここも神々の集結地


 .....出雲二ノ宮の由緒ある「佐太神社」(猿田彦が主神)、神在月に全国八百万の神が集結.....
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スサノオノミコト(素戔嗚尊、須佐之男命)は父が伊邪那岐命(イザナギノミコト)、母が伊邪那美命(イザナミノミコト)、姉が天照大神(アマテラス)というエリート家系ながらも高天原では落ちこぼれの暴れん坊神でした。


  ......(左)「日本神話の系譜図」(複雑すぎて覚えきれない) (右)イザナギ・イザナミの国生み......
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その理由は父母の離婚にありました。伊邪那岐、伊邪那岐は天津神から命じられ力を合わせ日本の国造りに励み次々と神々を誕生させましたが、イザナミは火の神を生む際に火傷して亡くなってしまいました。妻の死を悲しんだイザナギは、黄泉の国(死後世界)を訪ね愛するイザナミに会いに行くことに・・


     ......(左)イザナミノミコトを祀る「神魂神社」 (右)本殿は日本最古の建築様式(国宝)......
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死んだイザナミは「生き返り地上界へ戻ることが可能か黄泉の神に相談するが絶対に覗かないで」と言い残し御殿に入ります。しかしいつまでも妻が現れず、痺れを切らしたイザナギは御殿に入りイザナミの腐り朽ち変わり果てた姿を目撃してしまうのです。「見たな~!」イザナミは大激怒しイザナミを追います。


   ......(左)黄泉の国(死者世界)との結界「黄泉比良坂」、イザナギはイザナに逢いに行くが・・......
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逃がれたイザナギは黄泉国と地上間を岩で塞ぎ、やむなく2人は絶縁、日本国を生んだ神夫妻の離婚場所こそ黄泉比良坂です。スサノオは母イザナミを慕い泣き暮らす毎日。さらに高天原で大暴れして姉アマテラスの逆鱗に触れてしまい、遂にスサノオは高天原から追放。アマテラスも天岩戸に隠れてしまいました。


 ......(左)日本初の離婚舞台となった黄泉比良坂の磐境(千引岩) (右)イザナミはもう2度と帰らず......
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 ......(左)高天原で大暴れしたスサノオはついに追放 (右)アマテラスは岩戸に隠れウズメノミコトが躍る......
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                               山陰山陽の旅②:「松江探訪」(宍道湖・松江城等) 





★いよいよ「八岐大蛇」伝説の地へ


  ......(左)天岩戸をこじ開ける手力雄神 (右)いよいよスサノオ「八岐大蛇」伝説の地へと向かう......
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高天原を追われたスサノオは奥出雲の斐伊川上流に聳える「船通山」(鳥髪山)に降り立ちます。川を遡ると一人の娘を囲み泣いている老父母を発見しました。その理由を聞くと「八岐大蛇が毎年襲って来て娘を次々に食べられ、今年は末娘の奇稲田姫(クシナダヒメ)の番を迎えて涙が止まらない」とのこと


  ......(左)スサノオが初めて地上に降り立った「船通山」(鳥髪山)、(右)山頂で行われる「宣揚祭」......
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スサノオは暫く考えて「この美しき娘を自分の妻として娶らさせて頂けるならば大蛇を退治してやろう。」と答えます。老夫婦(アシナヅチ、テナヅチ)はこれを快く受け入れて、スサノオに運命を預けることとしました。


    .....奥出雲の「八岐大蛇公園」には、キングギドラの様な龍(八岐大蛇)とスサノオの対決像が!......
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スサノオは稲田姫を避難させ、老夫婦に「垣根と8つの門を作り強い酒を置くように」と指示し準備万端、ついに八岐大蛇が凄まじい地響きを立ててやってきました。大蛇は壺を見つけ頭を入れてガブガブ酒を飲み干し、酔っ払って鼾をかき眠り始めたのです。その時、スサノオは剣を一挙に振りかざします!


       ......睨み合う対決の像、当日は雨に煙り独特な神話雰囲気が漂っていた!......
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        ......(左)八岐大蛇が住んでいたといわれる「天が淵」は紅葉が見頃だった......
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スサノオはついに大蛇の体を切り刻んで無事に退治を果たし尻尾からは剣が出てきました。これぞ三種の神器の一つ「天叢雲剣」(=草薙の剣)、日本神話の最大クライマックスの場面。奥出雲の八岐大蛇が住んでいたという「天が淵」に「蛇帯」と呼ばれる青と赤の筋石があり大蛇の足跡と伝えられます。


              .....スサノオが大蛇の首を埋めたと伝わる「八本杉」......
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   .....大蛇の尻尾から出た「天叢雲剣」(三種神器の一つ)は名古屋の熱田神宮に祀られる......
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奥出雲(雲南市)には大蛇伝説史蹟が幾つか点在していますが、ここまで訪ね来る観光客は殆どいないのか観光案内版が整備されておらずカーナビと地元の人に道を聞きながら何とか廻りました。時間がなくて訪問できなかった場所(上下のネット写真SPOT等)も沢山あり、奥出雲は懐が深すぎて困る・・。


 ......(左)奥出雲おろちループ (中)鬼の舌震の紅葉、探勝コース看板 (左)貴布禰稲荷両神社......
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八岐大蛇とは、斐伊川の氾濫(荒れ狂う暴れ川が八頭大蛇で表現)の姿とも云われ、スサノオとは治水技術を駆使した英雄が突然現れた伝説だったのかもしれません。妻に娶った「稲田姫」は潅水整備され水稲栽培確立の象徴とも云われます。そして子孫の大国主が豊作を続け大繁栄させたのでは・・


  .......氾濫で人々を苦しめてきた「斐伊川」、八岐大蛇伝説は治水・稲作技術の象徴とも・・......
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    .....小学生の時に見た東映映画「わんぱく王子の大蛇退治」は今も深く心に残っている......
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                      山陰山陽の旅③:60年ぶりの大遷宮を迎える「出雲大社」 







★スサノオ&稲田姫(円満夫婦)を祀る数々の神社


   .....(左)須佐之男命を祀った「須佐神社」 (右)出雲国風土記にも記された歴史深いお宮......
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出雲大社の南に須佐之男命を祀った「須佐神社」があります。やや地味な鳥居ですが、参道を進み神門をくぐると正面に立派な拝殿が現れてきます。出雲国風土記にも記された由緒ある歴史深い神社


       ......(左)黄葉が色づく境内  (右)大蛇退治を終え、身を清めた「スサノオの塩井」......
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当神社境内には七不思議がありその一つが「塩井戸」、日本海満潮時に附近の地面に潮の花が吹くらしい。須佐之男命が自ら潮を汲み当地を清め自らの御魂を鎮め置いた霊跡神社であったとのこと。
後方奥に鎮座する本殿は大社では威厳と風格に満ち溢れています。やはり出雲の社は凄いなア・・!


  .........(左)須佐神社の大杉は物凄い生命力を感じた (右)うねる大杉根元は八岐大蛇の如し......
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   .......本殿は檜皮葺の大社造、威厳に満ちた社を仰ぐことができ出雲にいることを実感!.......
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出雲にはスサノオに助けられて妻となった稲田姫(クシナダヒメ)が祀られる「稲田神社」がありました。この場所が稲作発祥地とされ、氾濫川を統治する技術が生まれ弥生時代の豊作に繋がった原点かも!


  ....稲田姫(クシナダヒメ)が祀られる「稲田神社」、氾濫川が統められた後の稲作発祥地とされる.....
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2人は須我という地に新居を求め、スサノオは空に美しい雲が立ち上がるのを見て「八雲立つ出雲八重垣、妻籠めに八重垣造るその八重垣を」と歌を詠みました。三十一文字の和歌発祥地、さらにこの歌が出雲の国名の起源となりました。古事記・日本書紀に書かれた日本初之宮が須我神社なのです。


   ....(左)須佐之男命が稲田姫を娶り、日本初の和歌を詠んだ「須我神社」 (右)スサノオの歌碑.....
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2人が新居を構えた場所が今は縁結び神社として女性に大人気の「八重垣神社」。宝物殿には2人の姿を描いた壁画があり、神社の障壁画としては日本最古といわれています。社殿後方には「奥の院」が鎮座し、「鏡の池」と呼ばれる神池や「夫婦杉」と呼ばれる2本の大杉、「連理の椿」があります。


    .....(左)「八重垣神社」縁結び神社として大人気 (右)ここに日本最古の神社障壁画が存在.....
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「鏡池」は稲田姫が八岐大蛇から身を隠した間、鏡代わりに姿を映したと伝えられる池でコインでの良縁占いが大人気。薄い半紙の中央にコインを乗せて池に浮かべお告げ文字が浮き出る手法、遠くへ流れていけば遠方の人と縁あり、早く沈めば早く結婚できるらしい。池の周りではキャ~と黄色い声が!;


   ......八重垣神社「縁結びの鏡池」では、硬貨の婚活占い・祈願をする女性達で賑わう......
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    ......八重垣神社の境内にスサノオとクシナダヒメの縁結び障壁画がある。(クローズアップ)......
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日本で初めて結婚式が行われた所でもあり「古代結婚発祥地」の案内も堂々聳えています。神社には愛の象徴と言われる夫婦椿も存在し一層箔を着けている。出雲という地は神在月の結び縁会議だけでなく、夫婦の由来でも日本初のパワースポットが幾つもあるのか!縁結びの奥が深いネ~出雲は!


   ......古代結婚式発祥の地の立札もある八重垣神社。出雲は縁結びSPOTの宝庫......
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波乱万丈なるスサノオノミコトの生涯・・、天上界から地上界に転落した荒らぶるワガママ神でしたが、最後は良き伴侶を迎えて素晴らしき一生を全うして何より・・。やはり「終わりよければ全てよし」がいいネ~!

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                 <山陰山陽の旅④:「出雲大社&伊勢神宮」(日本神話に潜む謎の関係)
                  



                                                         おわり

  by rollingwest | 2013-10-22 00:00 | 山陰・山陽の旅 | Comments(74)