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<2017年7月>「皇海山」(足尾山地の日本百名山)を登る


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★4年ぶりに日本百名山に挑戦!群馬県側・不動沢コースから「皇海山」へ


8月11日は「山の日」、今や中高年も若者も日本の山の魅力に目覚めて大ブームとなっています。RWは登山歴が今年で丁度40年の節目を迎えたものの、ここ最近は登山ペースが年3~4回とスッカリ落ちてきており、日本百名山は2013年夏に越後駒ケ岳を登った以降は御無沙汰状態でした。

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ここ数年200名山を中心に10座近くを一緒に登って来たマツ氏から、7月登山企画のお誘いを頂いて4年ぶりに百名山を登頂しました。今回は群馬・栃木県境の「皇海山」(sukaisan)を目指します。登山記録の他にも、皇海山周辺の足尾・渡良瀬川に関する過去旅記事もあわせてレポートします。


  ....「皇海山」は名前はカッコいいが眺望も外見も今一つで、百名山の中では最も地味な山かも・・....     
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朝4時過ぎに自宅出発、マツ氏を和光市駅で拾い関越道沼田IC経由で老神温泉方面へ!ここには「東洋のナイアガラ」とも呼ばれる天然記念物「吹割の滝」があります。この滝は過去2回訪問しましたが一度は見ておくべき感動の名瀑!今回は時間がなく、見学はパスして登山口へ向いました。


     ....「吹割の滝」は片品川の水流で浸食されたV字谷に流れ落ちるナイアガラのような絶景....
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片品渓谷・吹割の滝から栗原川林道に入り皇海橋へと向いますが、これがまたトンデモナイ悪路!車の腹を擦らないようガタガタ道を慎重に攀じ登っていき9時半過ぎに登山口へ到着しました。


     .....(上)栗原川林道の悪路をを延々40km以上登る (下)皇海橋(登山口)の駐車場....           
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かつて「皇海山」の登山は栃木県・足尾方面からの庚申山経由コース(後述紹介)が主流でしたが相当な難関路であり、近年はよく整備された群馬県側からの「不動沢コース」が人気となっています。


     ....皇海橋からの「不動沢コース」が現在は主流ルート(5時間程度で往復可能)....
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緑深まる季節、曇り予報ですが天気は何とか晴れている。道標(ピンクリボン)がよく整備されており迷うことはありません。穏やかな山道が続き、暫くすると不動沢が現れてここで一服休憩を取りました。


     .....(左)シラビソ林の道を行く (右)不動沢出合で休憩を済ませ再び登山開始....
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        .....不動沢コ-スは素晴らしい滝や渓流が次々に現れ爽快な登り道が続く....
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沢筋ルートなので水は豊富で涼風感があり実に気持ちがいい! 登るにつれて勾配は急に増していき、ロープを使いながら木の根・倒木をかわしながら展望の効かない道を進んでいきます。
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     ....オオシラビソ、コメツガ、ダケカンバといった高山針葉樹が多くなり、視界開ける道へ....
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稜線を目指し急傾斜の登りを詰めていき11:50不動沢コル(皇海山と鋸山の分岐点)に出ました。右手を見上げれば、鋸山の突先峰が聳える。昼食タイムでしばし休憩を取りました。さあ、山頂まではあと30分だ!最後の登りを詰めると何と青銅剣が出現!13時過ぎに展望がきかない頂に到着しました。


        .....不動沢のコルで昼食休憩(最近はコンビニのとろろ蕎麦がお気に入り)....
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     .....(左)山頂手前には青銅剣 (右) 2144m山頂は樹林に覆われてパノラマは今一つ....
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山頂には「渡良瀬川水源碑」と書かれた道標もある。そうかここは栃木県・渡良瀬川のルーツなのか!昨年、足尾銅山や渡良瀬川・遊水地等を周遊訪問したので一層感慨深い心境となりました。






★栃木県側から見た「皇海山」、渡良瀬川の風景


皇海山は群馬・栃木県境の山ですが、渡良瀬渓谷の水源、足尾山地に属していることや文化・歴史的に見ても栃木県の山と呼ぶ方が由緒正しいのかもしれません。昔は栃木側の庚申山経由で登られ、日光男体山を開山した勝道上人の弟子達が山岳修験修行をした聖地の山なのです。


         .....栃木県ルート(庚申山コース)は往復12時間近くかかる難関の道....
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     .....危険なスリルな登りが連続する難関ロンクコース (My Roadshowさんのブログ記事より)....
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昨年の「毛の国探訪」レポート第3編で足尾銅山の旅を紹介しましたが、皇海山は足尾山系の盟主です。頂上から発せられた水源は渡良瀬川となり、その渓谷沿いに走る「わたらせ渓谷鐵道」は美しい渡良瀬渓谷川の流れに沿って走る観光列車ですが、元々は足尾銅山の銅鉱山輸送鉄道でした。


   ....2016年春・桐生・足尾銅山の旅、「わたらせ渓谷鐵道」列車はレトロな姿で実に風情があった....
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現在、足尾銅山は閉山しましたが、当時の施設は取り壊されず廃墟化し独特の雰囲気が漂っています。周囲が皆禿げ山なのは、製錬所から排出された亜硫酸ガスが長年に渡って足尾の山々を汚染したことが原因です。製錬所北部は現在も不毛の地で公害の爪痕を強く再認識しました。


     ....渡良瀬川の対岸から、昔栄華を誇った銅鉱山&製錬所全体を眺めることができる....
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     .....銅山は閉山し本山駅線路は廃線。昭和時代にタイムスリップしたような廃墟風景.....
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足尾観光のメインは銅鉱山坑道を探訪ができるトロッコ電車。通洞坑は銅山の基幹坑道として使用され、圧搾空気動力鑿岩機やダイナマイト発破工法(当時の最先端技術)を駆使して開鑿された遺構で保存状態も良好。ここ数年で佐渡金山・石見銀山・足尾銅山を訪ねて金銀銅のメダル独占状態となった。(笑)


     ..... 江戸から昭和まで400年間掘り進めた足尾銅山坑道、長さは1,234kmに及ぶ....
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明治期の足尾の山は煙害と炭鉱による伐採で丸坊主となり、自然の恵みをもたらしていた渡良瀬川は鉱毒が垂れ流し状態となりました。これに立ち向かったのが天皇に直訴した田中正造です。その運動は政府を動かし昭和5年に渡良瀬遊水地として完成し今は野鳥の聖地になっています。

                             「毛野国」探訪③:(足尾銅山&田中正造)編

     .....国家弾圧に怒った田中正造はついに天皇直訴を決行!警察に制止され未遂に終わる....
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  ....2016年に渡良瀬遊水地を訪問、鉱毒の面影はなくラムサール条約登録地となる環境改善ぶり....
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渡良瀬川は足尾の山々に水源をもち、桐生・足利・佐野を経由して利根川に合流します。水上交通で経済の発展にも寄与しました。森高千里が歌いあげた「渡良瀬橋」がやはり印象に残ります。


     ....森高千里の美しい叙情的な詩が印象的な「渡良瀬橋」は栃木県足利市にある....
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★皇海山を下山、林道では熊・鹿に遭遇!


あっ、話がかなり横道にそれてしまいました。13:30に下山開始、復路は同じ道を辿り約2時間。途中でゴロゴロと雷鳴が聞こえる場面もあり懸念されましたが大した雨にも見舞われずラッキーでした。


         ..... 皇海山の下山は同じ道を戻る。何人かのパーティともすれ違う....
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       ....渓流堰堤の水風景が見えてくればもう下山口は近い!15時過ぎに駐車場到着!....
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行きの悪路に懲りて、帰りは桐生側林道を下って帰ろう。しかしこちらも山奥深い道、何と途中で合計5頭の鹿と熊に遭遇したのです。車の中なので安心でしたが、車窓からとはいえ野性の熊とニアミスしたのは初体験、本当に驚きましたネ~!それにしても全国で鹿や熊の出没ニュースが増えている!


       .....車の前を熊や鹿が次々に出現しビックリ!!日本全国で出没回数が上昇中....
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山道を脱して漸く人里に出て桐生市内を通過。北関東道・伊勢崎IC→関越道高崎経由で練馬ICへ、300名山達成間近のマツさんを石神井公園駅まで送り20時過ぎ川崎の自宅へと帰りました。昔は確実に2日以上の行程を要した難関峰を手軽に日帰り登山とは・・、実に便利な時代になったものだ。

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今回の山旅で日本百名山78座、他の200名山が80座、合計158座となり日本200名山も8割まで来ましたが最近は完全にペースが落ちています。あと42座ですが全山制覇達は10年後の70歳頃でしょうか?まあ、あまり焦らずに健康・安全を保ちながらユックリ登っていきたいと思います。


      .....日本200名山の全山制覇は人生の目標だが、ユックリ人生を楽しみながら登っていこう....        
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                             最近15年の山行記事(2016年まで)はコチラから

                             「200名山登頂記録」(2007年1月時点) 

                                                         おわり






【PS】皇海山登山を紹介したユーチューブ


(左)今回、我々が登ったお手軽な「不動沢コース」群馬県吹割滝側から)のユーチューブを紹介(ジグゾーのスカイハイの曲に乗って・・)、なる程!「皇海」スカイ・「高」ハイか!  (右)超難関の「庚申山コース」栃木県・足尾側から)のユーチューブ(ロックビートに乗って危険絶景連続が素晴らしい~!)↓




  by rollingwest | 2017-08-10 00:00 | 山紀行・名峰レビュー | Comments(146)

<2015年8月>「毛野国」探訪④:(源氏・東国武士のルーツ探訪)

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                               「毛野国探訪」③:(足尾銅山&田中正造)より続く



★清和源氏の流れを汲む「東国武士」のルーツ紹介!


両毛エリア(群馬・栃木)の魅力を紹介するシリーズ「毛の国探訪」(第4編)は源氏をルーツとする関東の有名武将の所縁の地を紹介。「太平記」(鎌倉末期・建武新政が記載)の主人公「足利尊氏・新田義貞」の出身は両毛地区です。所謂ゆる「坂東武士」とは一体何なのか?を明らかにしていきます。


   .....「太平記」の主人公・「足利尊氏」は栃木県足利市、新田義貞は群馬県「太田市」の出身.....
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ところで徳川家康のルーツは一般的には愛知三河と認識されがちですが、実は群馬県太田市であることを御存知でしょうか?太田市の「世良田(serada)東照宮」は日光東照宮から家康遺骸を改葬した1644年建立されました。これを知ったのは5年前、いつか来ようと思い念願が叶った~!


    .....太田市「世良田(serata)東照宮」は2015年に家康の没後400年で結構賑った.....
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源頼朝・足利尊氏・徳川家康・・、ともに征夷大将軍に任ぜられましたが、実は将軍になる必須条件は「清和源氏」系(清和天皇を祖とする諸流)だったのです。頼朝と尊氏は間違いなく清和源氏の系統ですが、家康の場合はチト怪しいとも謂われ征夷大将軍となるために捏造があったという説もあります。


   .....「清和源氏諸流」(八幡太郎・義家)の子孫しか、「征夷大将軍」にはなれなかった!.....
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戦国武将の殆どは源氏or平氏末裔だと名乗っています。平氏(桓武天皇系統)の系統は平清盛・鎌倉北条氏・織田信長・明智光秀・小田原北条氏・・、かたや源頼朝・足利尊氏・徳川家康・武田信玄は源氏系統。政権は源平で交互に入れ替わったのです。確かに事実だ!非該当は秀吉だけ・・


  ....清和天皇系統図、源頼朝・義経、足利・新田の祖先もここに始まる。武田信玄も源氏の流れ.....
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源氏・平氏末裔は皇族子孫ですが、藤原氏の専制で中央における活躍の場は全くありませんでした。彼らは東国(坂東)に下向し、私墾田を開発し徐々に実力を蓄積していったのです。関東で起きた「平将門の乱」はその象徴事件!源氏も八幡太郎義家が着々と東国に地盤を築いていきました。


    ....東京大手町の「平将門の首塚」(祟りが強烈)、平氏から分派した東国武士の代表格.....
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名武将達は皇室の流れを汲む源平末裔と名乗り、高貴なる血統継承者として権威を高めたかったのでしょう。平清盛→源頼朝→北条氏(平氏)→足利尊氏(源氏)・・・後醍醐天皇(天皇親政)・・・織田信長(平氏)→秀吉(例外)と来たので、家康は次は絶対自分は源氏末裔と名乗ると画策したのかも・・





★新田義貞の史蹟を訪問


世良田東照宮の隣には「新田荘歴史資料館」(1985開館)がありました。ここには、鎌倉・稲村ヶ崎で奇跡を起こした新田義貞の伝説(黄金太刀を投げ入れ龍神に祈願)の銅像が立っているぞ!


   ....「新田荘歴史資料館」(世良田東照宮に隣接)のモニュメントは「新田義貞の龍神祈願像」.....
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その伝説は、①新田義貞が後醍醐天皇綸旨を受け鎌倉幕府を攻めたものの稲村ヶ崎に来たら満潮で通過不可能に!②海上から北条の大軍が迫って来た!③義貞が海に黄金太刀を投げ入れて龍神に祈願すると潮が引いた!④北条軍も遠く沖に流され進軍突破ができた、という伝説です。

                           <2013年>鎌倉・湘南探訪(稲村ケ崎)の記事はコチラから


   .....(左)太平記で語られる「新田義貞の遠征ルート」 (右)稲村ヶ崎での龍神への祈り伝説図.....
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次は新田義貞故郷にある「生品神社」(新田義貞挙兵伝説地、1934年国指定史跡)を訪問しました。境内に義貞が旗挙げの「旗挙塚」や陣を構えた「床几塚」があります。鎌倉攻めの稲村ヶ崎において、 龍神への祈りが通じたのも霊験あらたかな生品神社のご加護があったからなのかも・・


  ....1333年、新田義貞は後醍醐天皇の命を受け、鎌倉幕府を滅ぼすため「生品神社」で挙兵.....
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    .....稲村ヶ崎・龍神の祈りの奇跡は、生品神社の神がを叶えたのだろうか・・!?.....
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今度は太田市・山合にある金山城に登ってみました。太田市周辺はかつて新田一族が治める荘園だったため、新田義貞が築城したと言われますが、実際は横瀬氏というは新田家老直系のようです。金山は190mの独立峰ですがここに要塞の様な山城が築かれていたのです。凄い迫力!


    .....(左)まさに要塞の様な石垣 (右)金山城(日本100名城、関東7名城)の鳥瞰図.....
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   .....井戸「月の池」登場!岩盤を掘り下げて湧水点を探し当てるとは並々ならぬ技術力!.....
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金山城は、中世の城には殆ど見られない石垣が用いられた近世のような城郭だ!月の池なる巨大井戸を過ぎ、さらに進むと要塞のような竪堀が次々と登場!よくもまあこんな急峻な山上に城を築く気になったもんだ!防衛上や見晴らしはいいが、こんな不便なところに住むのは嫌だなあ・・。


   .....(左)頂上部には新田神社が鎮座  (右)要塞の様な石垣が次々と積み上がっている.....
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      .....頂上部には物見台がある。石壇や柱石群も発見され、展望用の施設が!.....
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群馬県太田市(上野国)で新田義貞ゆかりの地を十分堪能し、次は栃木県足利市(下野国)へと入ります。やはり渡良瀬川はいつ来てもいいなア・・。森高千里や相田みつをが魅せられる訳だ!


    .....両毛エリアを象徴する渡良瀬川。森高千里の名曲「渡良瀬橋」は素晴しい~!.....
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                     「毛の国」探訪②:(足利・桐生・渡良瀬川)の記事はコチラから





★ちょっと寄り道。「佐野厄除け大師」&「佐野ラーメン」


佐野市(栃木県)は、隣接する館林市・足利市・桐生市・太田市と同じで群馬県なのか栃木県なのか?他県民からは殆ど判別がつきません。両毛エリアは埼玉県も含み3県境エリアが一緒くた・ゴッチャになっているので解りにくいネ~!でも佐野といえば厄除け大師とラーメンが全国的に有名です。


      .....超有名寺院「佐野厄除け大師」は佐野市ゆるキャラ「さのまる君」がご紹介....
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JR佐野駅・南西側の春日岡山にあり、惣宗寺の名前より佐野厄除け大師の通称の方でよく知られている天台宗の寺院です。第18代天台座主の良源(比叡山中興の祖)が平安時代に開創したとのこと。厄よけ・身体安全を中心に家内安全・商売繁盛・心願成就などに御利益があるらしい。


     ....関東全域から多くの人が参拝客で賑わう。年末年始と厄除け時期は大混雑!.....
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佐野市には2013年「ゆるキャラ・グランプリ」で優勝した「さのまる」や佐野プレミアムアウトレットも有名!しかし一番有名なのは佐野ラーメン!各店に個性がありますが、手打麺と透き通る淡白味スープの2点が共通しています。青竹で打った麺が特徴で、RWは万里という店に入りましたが旨かった~!


   .....(左) 「佐野厄除け大師」の目の前にある店 (右)「万里」は国道沿いにあるお薦め店.....
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          .....渡良瀬川に車を走らせて行き、さあ次は栃木県・足利市へ!.....
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★足利市内探訪(日本最古の学校と足利尊氏のルーツを訪ねる)


  ......(左)「足利学校」のシンボル学校門 (右)日本遺産に認定され今後は世界遺産も目指す.....
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足利で一番有名なのは日本最大の藤ガーデン「あしかがフラワーパーク」かも・・。しかし「足利学校」(日本最古の学校)と足利尊氏のルーツ「鑁阿寺」(bannaji)を紹介しない訳にはいきません。フランシスコザビエル(イエスズ会宣教師)が「日本最大の大学」と世界に紹介した驚くべき学問の府だったのです。


   .....往年の姿が見事に復元されている。茅葺屋根の方丈(講義場)や庫裏(台所・食堂).....
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日本最古の学校の堂中央には孔子廟が鎮座し、右手に茅葺屋根の方丈や庫裏、さらに巡ると衆寮があります。遺跡図書館には古文書が多数保管。関東管領上杉憲実が学校整備したとのこと


    .....(左)ミニチュアで足利学校の全貌も再現 (右・下)孔子廟は徳川4代将軍・家綱が造営.....
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創建は不明ですが平安初期に小野篁が建てたとも・・、足利2代目義兼が子弟を教育する学問所がルーツ等、色々な説がありますが歴史が実に深い!かつて古えの学生達はどんな想いで学生生活を過したのだろう。足利学校では入場券代わりに入学証が発行されてRWも入学生になった~




★足利尊氏のルーツ、「鑁阿寺」(bannaji)を最後に訪問

今回最大の興味ある場所「鑁阿寺」へ念願の訪問が実現しました。このお寺は足利尊氏のルーツであり市民からは「大日様」として親しまれている国の史跡で最近「日本遺産」にも指定されました。足利氏始祖である源義国が当地に居館を築き大日如来を祀り足利氏の氏寺として崇められます。


   ....「鑁阿寺」は周囲を濠に囲まれ広い城郭のよう!歴史深い風情の中で学校門へ向う.....
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   .....(左)学校門をくぐると国宝指定された大御堂(本堂)が見えて来た!威厳があるネ~.....
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どっしり構えた山門が歴史あるお寺の風情を醸しています。武家屋敷で周囲は濠とによって囲まれたまるで城郭のような厳重な作りになっています。重厚ながらもどことなく優雅な雰囲気の佇まい!太鼓橋を渡って鑁阿寺の境内へ!普通のお寺とは少し違う!鑁阿寺ならではの光景!


    ....(左)現在の本堂は足利氏7代足利貞氏が鎌倉時代に再建  (右)足利氏の家紋.....
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後醍醐天皇・建武新政が独裁的だ!と不満が高まる中、足利尊氏は武家独自政権を創始する動きを見せます。後醍醐天皇はこれに激怒して尊氏討伐を命じました。天皇派武士は北畠顕家・楠木正成・新田義貞・・、天皇に闘いを挑み南北朝を分裂させた尊氏は逆族イメージが今も残っています。


   .....(左)太平記:足利尊氏の遠征ルート(東北から九州まで) (右)鑁阿寺国宝指定は2013年.....
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       .....約40,000㎡ある鎌倉時代の武家屋敷「足利氏宅跡」として国の史跡に指定.....
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一見、地味に見える両毛エリアですが、徳川家康・足利尊氏・新田義貞というビッグネームの故郷だったという事実にはあらためて驚きを隠さざるを得ません。お宝物が次々と発掘できたRWには相当嬉しい旅となっています。あと2回くらい魅力満載「毛の国」探訪の記事をレポートしたいと考えております!

        
         .....新田は群馬県、足利は栃木県。でも実際は同じエリア(源氏ルーツのライバル同士).....
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                     「毛の国」探訪①群馬県:「高崎・安中・館林」の記事はコチラから



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  by rollingwest | 2017-02-02 22:59 | Comments(150)

<2016年4月16~17日>「毛野国」探訪③:(足尾銅山&田中正造)編

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                                    「毛野国」探訪②:(桐生・足利)編より続く


★「毛の国探訪」第3編は足尾銅山へ!


両毛エリア(群馬・栃木)の魅力を紹介するシリーズ「毛の国探訪」(第2編)は足利市と桐生市でしたが、続く第3編は足尾銅山の歴史探訪!更に日本初の公害問題「足尾銅山鉱毒事件」に毅然と対決した「田中正造」に焦点を当ててレポートします。皆様には殆ど知られていない穴場かもしれない。


  .....(左)渡良瀬川沿いに北上し、足尾銅山へ (右)足尾銅山鉱毒事件と闘った田中正造.....
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宿泊した桐生市のホテルを朝出発、「わたらせ渓谷道」(国道122号)を北上し足尾銅山方面へと向かいます。途中に.関東の重要な水源・渡良瀬水系の「草木ダム」が出現!今年7月迄は渇水危機にも舞われ心配されましたが、8~9月は台風が数回上陸し現在は安定水位に戻ったようです。


   .....「草木ダム」は今年の渇水危機で結構有名になったかも・・!当時は桜が満開でした.....
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★足尾銅山の歴史を知る (トロッコ列車で坑道探訪)


足尾銅山は栃木県・日光市足尾町に所在し1550年に発見され、明治10年(1877)に古河市兵衛が経営に着手。最先端技術を導入し最盛期には日本の銅産出量の1/4を産出する日本の代表鉱山として名を馳せました。最初に「通洞鉱神社」に参拝、次は「足尾銅山観光.」へと入ります!


   ....足尾銅山の守り神「通洞鉱神社」に参拝、「足尾銅山観光」(当地は日光市の一部)....
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   .....日本最大級の銅山坑内が実際に体験できるトロッコ列車の駅舎で電車出発を待つ.....
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足尾銅山は閉山していますが観光トロッコ電車に乗る観光坑道があります。通洞坑は銅山の基幹坑道として使用され、圧搾空気動力鑿岩機やダイナマイト発破工法(当時の最先端技術)を駆使して開鑿された遺構であり、保存状態も良好。足尾銅山観光ハイライトとして一部が公開されており、いざ探訪!


  .....(左)さあ出発!(銅山キャラクター源さん) (右)黄色いトロッコ電車はいざ坑道へ、進行~!.....
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真暗な坑道停車場で下り、奥へ進むと鉱山採掘の蝋人形が続々登場。当時の辛く厳しい鉱石採掘の様子が年代別(江戸時代から昭和期まで)にリアル再現されています。大変だったろうなア・・


    .....江戸から昭和まで400年間掘り進めた足尾銅山坑道、長さは1,234kmに及ぶ.....
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坑道見学の後は「銅資料館」を見学。鉱石が銅になる工程や作業光景、銅山の貴重資料、採掘機械等が展示されており、日本産業の近代化を支えた足尾銅山の歴史・役割がタップリ学べます。


     .....(左)トロッコ坑道見学終了 (右)次は「銅(akagane)資料館」へ入って見る.....
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     .....資料館では銅鉱石や掘削機械の展示、通洞作業のジオラマ再現等が公開.....
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★鉱都「足尾」の栄華を残す「古河・掛水倶楽部」

次は足尾銅山隆盛期の古河鉱業・迎賓館「古河・掛水倶楽部」を訪問しました。大正初期に改築された建物は、外観は洋風、内部は和洋様式が共存する木造建築で館内には数々の資料が展示。大正期のピアノ・国産1号ビリヤード台も置かれ、当時の華やかな上流階級の様子が窺えます。


      .....足尾銅山最盛期に当地の迎賓館として栄華を誇った「古河・掛水倶楽部」.....
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        .....2階は畳の大広間で全面窓。桜満開の景色を眺められるとは贅沢!.....
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和風部分は明治末期に改築され洋風2階建てとなり、古河機械金属の福利厚生施設(銅山宿泊・会合施設)として今も現役活躍しています。豪華食堂・寝室・ビリヤード室は大いに見所ありです!


    .....当地を訪問の華族や政府高官の接待や宿泊に使用された古河Gr迎賓館は実に豪華.....
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       .....豪華な食堂・ベッド・ビリヤード室・・、まさに上流社会の交流・迎賓施設だネ~.....
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ビリヤード室には古河グループ創業家・歴代当主の写真が飾られています。古河財閥の創始者「古河市兵衛」は天保3 年、京都の庄屋に生まれ、26歳で京都小野組の番頭古河太郎左衛門の養子となり古河市兵衛と名乗りました。生糸取引で手腕を認められ小野組糸店の支配人となりました。


  .....(左)歴代の古河グループ創業家当主達 (右)創業者・古河市兵衛渋沢栄一と深い交流.....
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      .....古河財閥グループ発展史の基礎は足尾で築かれたと言っても過言ではない.....
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その後小野組の倒産により独立し、1875年渋沢栄一の援助を得て鉱山経営をスタートさせました。古河財閥から生まれた企業群には古河の名を冠した数多くの会社がありますが、その他にも、富士電機と富士通も有名。まさに足尾銅山は日本の近代化で重要な役割を果たしたといえましょう。


    .....明治40年の足尾鉱業事務所、重役・管理職住居が当時とほぼ変わらない姿で残る.....
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      .....旧足尾鉱業所付属倉庫は明治43年の煉瓦建築。桜とのコラボが素晴しかった.....
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★「わたらせ渓谷鐵道」を北上、足尾銅山の「本山精錬所跡」へ

「わたらせ渓谷鐵道」はその名前の通り、美しい渡良瀬渓谷川の流れに沿って走る鉄道で群馬県桐生駅~間藤駅(matou日光市)の17駅(44km)を結びます。元は産出された銅の輸送目的で敷設された鉄道で1911年に開業、その後国営化され現在は第3セクター経営されている観光鉄道です。


    .....(左)足尾町の中心駅「通洞駅」(足尾銅山観光の最寄駅) (右)白い木造のレトロ駅舎.....
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      .....通洞駅のホームに立つと「わたらせ渓谷鐵道」のレトロな列車がやってきた!.....
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間藤駅を過ぎると「間藤発電所跡展望台」、いよいよ足尾銅山の本山精錬所跡へと向います。さらに渡良瀬川を遡上して行くと巨大煙突が見えて来た!今は廃墟となった鉱山とはいかなる姿か?


      ....終点駅は間藤駅(栃木県日光市)、ここには「間藤発電所跡展望台」がある.....
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      .....間藤駅から足尾本山駅はすでに廃線!渡良瀬川を遡上すると巨大煙突が!....
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足尾銅山が閉山した後も多くの施設は取り壊されず廃墟化し、独特の雰囲気が漂っている!製錬所の周囲が皆禿げ山になっているのは、製錬所から排出された亜硫酸ガスが長年に渡って足尾の山々を汚染したことが原因・・、製錬所北部は現在も不毛の地となっています。公害の爪痕だ~


    ....渡良瀬川の対岸から、昔栄華を誇った銅山抗と製錬所全体を眺めることができる....
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     .....銅山は閉山し本山駅線路は廃線。昭和時代にタイムスリップしたような廃墟風景.....
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旧足尾町にあたる区域の人口は、今や2千人強、銅山が閉山した影響が大きく、この100年で人口は1/10以下になったとのこと。鉱山町の共通現象かもしれないが余りにも寂しき光景だ・・


      .....「古河橋」は赤倉地区と本山坑・製錬所を結ぶな橋梁(国指定重要文化財).....
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    .....足尾には沢山の廃墟・廃屋があり村が丸ごと廃村となった地区も数多くある.....
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足尾銅山の歴史や廃墟後を見学し、次は館林市へと向いました。館林の見所は第1編で紹介しましたが。当市には足尾銅山の歴史とは切っても切れない人物の記念館があるからです。その名は「田中正造」、日本最初の公害問題「足尾銅山鉱毒事件」に対して立ち向かった有名な方です。

                                    「毛野国」探訪①:(高崎・安中・館林)編




★最後に「田中正造記念館」と「渡良瀬遊水地」を訪問して帰京


田中正造記念館」には足尾鉱毒事件や田中正造について学ぶ資料が沢山あります。足尾の山は煙害と炭鉱による過度の伐採で丸坊主となり、自然の恵みをもたらしていた渡良瀬川は鉱毒が垂れ流し状態となりました。現地被害民も黙っておらず正造は政府に訴え出ようと館林を出発!


  .....日本初の公害問題「足尾銅山鉱毒」に対して立ち向かった「田中正造」の記念館を訪問.....
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しかし富国強兵が第一優先の明治政府は訴えを無視、正造の訴訟団を警官隊に阻止させ国家権力で弾圧したのです。(川俣事件) 田中正造は亡国演説を行い政府の糾弾を継続。そして彼は最終手段で直訴状を携え、「お願いがござる!」と天皇馬車に走り出し逮捕されてしまいました。


  .....国家弾圧に怒った田中正造はついに天皇直訴を決行!警察に制止され未遂に終わる....
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   .....(左)田中正造夫妻の絵が居間に (右)足尾銅山精錬所風景、地形もよく理解できた.....
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次は雲龍寺を訪ねてみました。朱門を入ると左手には「足尾鉱毒事件被告の碑」があり、さらに進むとを田中正造の墓があります。この寺は川俣事件で鉱毒被害民が集結した歴史の地。石碑には正造の詠歌「毒流すわるさ止めずバ我やまず渡良瀬利根に地を流すとも」が刻まれる。

     .....田中正造の墓がある「雲竜寺」(館林市)、渡良瀬川の近くにヒッソリと眠っていた.....
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旅の最後は、日本最大の遊水地「渡良瀬川遊水地」(利根川の中流域)を訪問して帰京しました。渡良瀬川洪水被害で足尾銅山の鉱毒被害は明確になり、明治43年には内務省による改修事業が開始、昭和5年に渡良瀬遊水地が完成したのです。今は地元住民の憩いの場となっています。


    .....利根川の中流域(群馬・栃木・茨城・埼玉)、日本最大の遊水地「渡良瀬川遊水地」.....
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水質汚染は確実に解消し、2012年国際会議においてついにラムサール条約湿地(国際的に重要湿地)に登録された遊水地となりました。田中正造翁も天国から大いに喜んでいることでしょう!


      .....ウインドサーフィンを楽しむ人達が沢山!足尾鉱毒事件の悲惨史は全く感じない.....
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    .....かつて鉱毒事件悩まされた渡良瀬のラムサール条約登録候補地になる程に環境改善.....
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足尾歴史と環境闘争の田中正造足跡を訪問し今回は大変勉強になりました。毛の国探訪はまだまだ続きます。第4~5編は足利尊氏・新田義貞の太平記史跡、徳川家康のルーツ世良田東照宮、佐野(厄除大師・ラーメン)、大谷石採掘場のレポート等が今後続々登場の予定です。お楽しみに~!



           【NHK番組・その時歴史が動いた】 『田中正造 足尾鉱毒事件に挑む』
                   



                                                        おわり

  by rollingwest | 2016-09-13 16:55 | 毛の国探訪 | Comments(116)

<2016年4月16~17日>「毛の国」探訪②:(足利・桐生)編

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★「毛の国探訪」の続編は足利・桐生をレポート!

昨年から両毛エリア(群馬・栃木)の魅力を紹介するシリーズ「毛の国探訪」を開始しました。前回は高崎・安中・館林でしたが、今回続編は両県隣接する足利市(栃木)と桐生市(群馬県)をレポートします。非常に地味なイメージで観光目玉が少ないと誤解されがちな当地域ですが、実は見所が盛り沢山!


                           「毛野国」探訪①:(高崎・安中・館林)編より続く


         ......「毛の国」探訪(その2)は栃木・群馬県境の足利・桐生を訪問....
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まず桐生市に入る前に、真田家親子が決別した「犬伏の別れ」の舞台「佐野・薬師堂」(佐野市の主要観光地は後日詳細レポート予定)を訪ねました。関ヶ原合戦にあたり真田家は東軍(徳川)・西軍(石田)の何れに従うかを迫られます。悩んだ真田親子は犬伏の地で討議を重ねついに決断しました。


   ......足利に向う途中で「真田親子・犬伏の別れ」の舞台「佐野・薬師堂」にまず立ち寄る....
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                         「真田一族のルーツ・史蹟探訪」(上田・松代・沼田)はコチラから

結果的に親子は、真田の血を絶やさぬために長男・次男が東西に分かれる選択をしたのです。まさに真田家ドラマのクライマックス名場面!NHK大河「真田丸」でどんな劇的なシーンが演じられるのだろう!


   ......関ヶ原合戦を前にして、どちらが勝っても真田の血を残すため親子は別れの決断....
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いよいよ「足利市」へ入ります。NHK大河の次は朝ドラ「とと姉ちゃん」のロケ地「トチセン本社工場」を訪問、「遠州浜松染工」は「赤煉瓦建築」が印象的でしたが足利が撮影地とは知らんかった~!足利市はその名の通り足利氏に所縁深い歴史街ですが、織物工場・フラワーパークでも有名な観光地


   ......「とと姉ちゃん」のロケ舞台「トチセン本社工場」は東武線・福居駅前(足利市)にある....
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     .....栃木県・西南の歴史街「足利市」、史跡が多い見所満載地。いざ市内観光へ!.....
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★歴史的な史蹟が満載の「足利市」


関東の銀閣寺と呼ばれる「法楽寺」(鎌倉幕府重臣・足利義氏が創建)はまさに京都銀閣寺を見ている様な錯覚に捉われます。そして足利で一番有名なのは日本最古の学校「足利学校」でしょうネ~


        .....関東の銀閣寺「法楽寺」、確かに似ている~!足利義氏の墓もある....
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   ......(左)足利学校のシンボル「学校門」 (右)日本遺産に認定され今後は世界遺産も目指す.....
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「足利学校」は応仁の乱後の戦乱期でも学問の灯を絶やさず隆盛を誇り、フランシスコ・ザビエル(イエスズ会宣教師)が「日本最大の大学」と世界に紹介しました。また室町幕府を開いた足利家の氏寺「鑁阿寺」も見逃せません。今回はサラリと紹介、第4編で新田義貞史跡と合わせ詳細をレポート致します。


     ......日本最古の学校「足利学校」のレイアウト図.、創建は奈良・平安期とも云われる...
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        ......室町幕府を開いた足利尊氏の先祖一門の氏寺「鑁阿寺」(bannaji)....
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足利市には「織姫山」というお洒落な名前の山があり、そこに鎮座する「足利織姫神社」は千三百年の歴史と伝統を誇る機織りの神様が奉られます。産業振興と縁結び神様としても足利市民に広く親しまれています。良縁を求めロマンチックな織姫様に惹かれるのかな・・?参拝者の9割が女性でした。


    .....足利市の織姫山に鎮座する「足利・織姫神社」、縁結びの神様は明るい雰囲気!....
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     ...... 足利市認定「恋人の聖地」、織姫の名の通り参拝者は御目麗しき女性ばかり....
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朱塗り宮は緑に映え景観が美しく、境内からは関東平野を一望できました。夜になれば足利市街の美しい夜景が楽しめる若者のデート場所らしい。まさに縁結びのロマン溢れるラブラブのスポットですネ~


        .....織姫神社からの眺望、遙かに広がる関東平野(太田や館林まで)見える....
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足利市は最近話題になっている「あしかがフラワーパーク」が観光スポットとして一番有名なのかもしれない!日本最大規模の藤ガーデン(広さ92千㎡園内に350本以上の藤)、毎年50万人以上の来園者を迎え樹齢150年の大藤棚や八重の大藤棚、白藤トンネル等が凄いらしい!最近では「日本夜景遺産認定」や「関東三大イルミネーション認定」を受けて話題のSPOTとして大人気となっています。


   ......日本最大規模の藤のイルミネーション(全国NO1の人気)が圧巻!「あしかがフラワーパーク」....
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★渡良瀬川の春風景を満喫!

    ......(左)足利側から見る赤城山は初体験 (右)足尾の山が源の渡良瀬川は利根川に合流....
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渡良瀬川は足尾の山々に水源をもち、桐生・足利・佐野を経由して利根川に合流します。水上交通で経済の発展に寄与しました。足利市は渡良瀬川によって南北に分かれ12本の橋が存在します。


            .....渡良瀬川に広がる菜の花風景、まさに春爛漫の風景....
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       ......いよいよお目当ての「渡良瀬橋」(森高千里の名曲で有名)が見えて来た!....
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その中で最も有名な橋は森高千里が歌いあげた「渡良瀬橋」。美しい夕日の叙情的な詩は今も絶大な人気、橋の北側には歌碑も設置されます。森高って足利出身かと思ったら熊本が故郷でした。


  ....森高千里「渡良瀬橋」はいつ聴いても素晴らしい!夕日名所、歌詞に歌われた八雲神社....
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「人間だもの」「生きていてよかった」など独特な書体で表現した作品で多くの方に支持されている相田みつを。人生の中での様々な気づきを与えてくれる詩を残してくれ、現代人の心を強く惹き付けています。彼の故郷は足利市、若き日はこの「渡良瀬橋」を見ながら川で釣りを楽しんだそうです。


     .....「相田みつを」でRWが大好きな詩は「しあわせはいつもじぶんのこころがきめる」....
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★重要伝統的建造物の宝庫、織物の街「桐生」


次は群馬県桐生市へと入ります。織物産業と国の重要文化財の街並が有名であり、ここも地味ながらも見所が実に多いのです。でも周辺にも同じような街が多くあるから特に目立たないのかな・・

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       ....1999年全国制覇を果たした「桐生第一高校」(今年の春の選抜大会にも出場)....
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群馬大学キャンパスは県内の主要市に分散していますが、工学部は桐生市内にあり構内にある同窓記念会館はお薦めSPOTなので訪ねました。桐生高等染織学校として大正5年に建てられた建物、桐生織物の近代化と発展に貢献した近代化遺産の一つで歴史と威厳が感じられ素晴らしかった!


      ......群馬大学工学部キャンパス、構内には同窓記念会館という素晴らしい建物が佇む....
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         ..... 同窓記念会館は桐生高等染織学校として大正5年に建てられた建物....
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桐生市内には、随所に煉瓦造や木造の織物工場が立ち並んでいます。養蚕と絹織物産業で発展してきた織物工場はノコギリ屋根が特徴的!屋根から太陽光を取り入れる構造になっており、廃止となった工場も、博物館や記念館、現役の商業施設として現在も利用され市民に親しまれています。


       ......太陽光を入れるノコギリ屋根の織物工場は独特の景観、よく考えたものだ!....
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         ......織物参考館「紫」を見学。秀織物株式会社が旧工場を利用して運営....
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織物参考館「紫」は秀織物旧工場が再利用運営され、桐生織の資料や織機・器具が展示されています。撚糸工場・釜場の見学コーナーや染色学習室もあり外人さんが真剣に藍染めの体験中でした。


   ......桐生織物に関する資料や織機・器具などを展示、毛の国は羊毛が語源だったのかも・・....
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     ......(左)日本一大きい高機が操業中 (右)桐生染色を体験をするが外人観光客....
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篠原涼子は桐生市出身で郷土愛が溢れ地元観光PRポスターにノーギャラ出演。シンプルなデザインで「KIRYU」の文字だけのもの。これが今、とんでもない人気となり問い合わせが殺到しているとか!


      ......(左)織物参考館の展示物 (右)篠原涼子は桐生市出身、観光PRポスターは大人気....
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    ......(左)旧模範工場桐生撚糸会社事務所棟 (右)織物工場跡再利用のクラシックカー博物館....
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桐生は「重伝建のまち」(重要伝統的建造物群保存地区)というキャッチフレーズで大いにPRをしています。「桐生明治館」(旧群馬県衛生所)、「桐生倶楽部」(地元有力者の社交機関)、「旧・堀裕織物工場」(現在は美容室で再利用)、街の随所に伝統建物が残っており効率よく廻る工夫が必要かも・・


      ......昭和4年に移築された国の重要文化財の「桐生明治館」、豪華な内部と美しい外観....
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    ......(左) 「旧・堀裕織物工場」(美容室で利用) (右)「桐生倶楽部」は桐生有力者達の集会場....
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市内には長い歴史を持つ神社も随所にあります。崇神天皇期に大和・三輪山から勧請された官社「美和神社」、関東五大天神の一つ菅原道真を祀った「桐生天神」が訪問のお薦めパワースポットです。


        ......群馬県官社「美和神社」は大和・三輪山(大神神社)から勧請されたミワ繋がり....
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       ......関東五大天神の一つ「桐生天神」、社殿は国重要伝統的建造物&県重要文化財....
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「桐生市有鄰館」は、江戸時代に近江出身の醸造業「矢野商店」の土蔵造り・煉瓦造の建物や様々な蔵が建ち並びお薦め見所!桐生市が譲り受け多目的空間として活用する施設となっています。


        .....「桐生市有鄰館」は地元醸造業・矢野商店から市が譲り受けた多目的空間施設....
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             .....明治・大正時代の味噌蔵や酒造蔵の中に入って見学ができる....
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その他にも町家や土蔵、鋸屋根の織物工場、古い銭湯や文具店江戸から昭和初期の多種多様な歴史建築が見られる魅力的な街です。市民意識にも地元愛や誇りが感じられる印象を受けました。


    .....銭湯「一の湯」、年季の入った木造外観、長年の風雨に耐えてきた風格が醸し出ている....
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        ..... (左)蔦に覆われた民家 (下)矢野商店の店構え (右)金善織物会社ビル....
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魅力ある桐生に一泊、翌日は足尾銅山へと向いました。足尾鉱毒事件で天皇へ直訴した田中正造の足跡(館林)も訪問したので次回レポートをお楽しみに~!毛の国探訪はまだまだ続きます。足利尊氏・新田義貞の太平記史跡、佐野(厄除け大師・ラーメン)、大谷石採掘場等が今後続々登場の予定

                                                      
      ......次は足尾銅山へと向かう。銅採掘のトロッコ電車観光。鉱山町、田中正造等が登場....
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                                                         おわり
 

  by rollingwest | 2016-05-14 20:45 | Comments(114)

<2015年8月>「毛の国」探訪(上毛・群馬編):「高崎・安中・館林」

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★「毛の国」・・、群馬県・栃木県南部


「毛の国」と聞いてもピンと来ない方は多いと思いますが、群馬・栃木南部(前橋・高崎・富岡・藤岡・大田・館林・桐生・足利・佐野・古河・下野等)が「両毛」エリアです。当地域はRWも殆ど未訪問地だったので8月柏崎帰省の折に立ち寄ってみました。過去撮り溜めた写真とあわせて紹介します。


  ...上毛野国(カミツケノクニ・コウヅケ)=群馬県、下毛野国(シモツケノクニ)=栃木県。両方で「両毛」...
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古代では当地域を、「上毛野国」(カミツケノクニ)=群馬県、「下毛野国」(シモツケノクニ)=栃木県、と呼んでいました。カミツケは「上ツ毛」の国(京都・奈良に近い方が上)・・。大和朝廷から「毛人の住む国」と蔑まれたような呼称ですが、今も群馬を「上州・上野国」、栃木を「下野」と呼ぶルーツとなっています。


               ....群馬県には新幹線「上毛高原駅」もあるよ...
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まずは上州から紹介しましょう。全国都道府県魅力度ランキングでは何と群馬県はドンジリ、一般的に印象が薄い県なんだ・・!確かに浮かぶイメージといえば「カカア天下」「だるま」「こんにゃく」位か・・。観光面でも魅力ある場所が多いのに何もない県と思われている。


      ....群馬県の魅力度ランクを調べてみたら、何と47都道府県で47位の最下位!....
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しかし群馬県は草津・万座・四万・猿ケ京・水上・宝川・老神・伊香保など名温泉宝庫、赤城・榛名・妙義の上州三山、2014年世界遺産指定の富岡製糸場と非常に魅力溢れる県です。大学同級生「寂恋法師」より先日「群馬県観光大使」を任ぜられたので気合を入れてレポートします。


                <2014年>群馬世界遺産探訪(前編)「荒船風穴&富岡製糸場」

               <2014年>群馬世界遺産探訪(後編)「藤岡・伊勢崎、深谷・小川」




★「前橋vs高崎」(ライバル関係)、観光なら「高崎」に軍配かな・・

群馬県庁所在地は前橋市ですが、高崎市と勘違いする方も多いのでは・・。ともに人口30万人超の群馬2大都市ですが、お互い非常に強いライバル意識を剥き出しにしています。市庁舎間距離12km、まさに隣接都市同士だし合併して政令指定都市になれば・・とも思いますが、そう簡単ではないようです。


      ....(左)前橋と高崎は隣接し激しいライバル関係 (右)立派な群馬県庁舎(前橋市)....
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江戸時代は別々の藩で明治初期から仲が悪いようだ。原因を作ったのはNHK大河ドラマ「花燃ゆ」のヒロイン・ふみの夫(2人目:楫取素彦)。明治政府官僚となった彼は1876年県庁舎を高崎から前橋に移したのです。高崎市民には「また元に戻すから」と説明したのに約束が守られない恨みがあるらしい。

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文化面は前橋、経済・観光は高崎のイメージですが、全国的には両市の印象は薄い気がします。でも高崎といえば「だるま」が有名!5年前に訪ねた「少林山達磨寺」の写真が未掲載だったので掘り出し公開します。この禅宗寺は福ダルマ発祥の地、正月七草大祭「だるま市」(1/6~7)で賑う古刹です。


     ....(左)「少林山達磨寺」入口 (中)福達磨発祥地 (右)正月七草大祭・だるま市....
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        ....禅宗開祖の「達磨大師」は絵や彫刻、さまざまな表情で睨みを効かす....
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寺は黄檗宗 (中国禅宗)なので建物は全体的にchaina風。本堂隣の「達磨堂」はダルマ資料館(無料開放)となっており数々の達磨が陳列されている。開運・選挙必勝・合格祈願、教育熱心な群馬県は優秀人材を多数生み出し、1976年以降4人も首相(福田赳・中曽根・小渕・福田康)を輩出している。


       ....本堂隣は達磨資料館!歴代3総理(福田・中曽根・小渕)の選挙ダルマ鎮座....
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中国で5~6世紀に活躍した禅宗開祖「達磨大師」ですが、千年後も日本で愛され開運祈願されるとは想像もしなかったことでしょう。高崎にはもう一つの心の拠り所があります。慈悲深き表情で市民を見守る「高崎観音」が立つ観音山、ここは市民憩いの場所であり春は桜の名所!


      ....高崎といえば巨大観音立像も有名、正式名は高崎白衣大観音(2010訪問)...
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昭和11年完成の観音様は真下から見上げると大迫力!9階層胎内見学ではお土産屋など立ち並びますが、それでも世俗的な感じがしません。胎内に20体の仏像が安置され、やはり観音様の表情が穏やかでいい顔をしているからでしょう。本当に像から慈悲心・オーラが発しているように思えました。


     ....(左)慈悲溢れる御姿で常に高崎市民を見守る (右)観音山は桜の名所....
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★「新島襄」旧宅(安中市)


安中市は高崎と富岡の中間点、ここから「浅間山」(長野県活火山)や「妙義山」(上州三山)の絶景眺望が楽しめます。最近は上信越道ルートで登山や帰省することが増えたので2名峰をよく見るようになった。


       ....奇怪な形の「妙義山」&日本最大級の活火山「浅間山」のコラボ....
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       ....(左)白倉神社脇に鎮座する巨大な天狗面 (右)奇岩が目を引く妙義山....
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両毛地区は奈良時代から絹織物産業が発展してきた場所で、明治時代には富岡製糸場が設立された経緯もあり昔から蚕産業が盛んな場所。蚕の餌となる桑畑が沢山広がっています。


    ....(左)蚕の餌の桑畑、カラっ風の地で水田は少ない (右)桑の街路樹とは珍しい....
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NHK大河ヒロインふみ(長州)の夫に続き、今度は八重(会津)の夫「新島襄」の所縁地が登場。安中には「新島襄」(同志社大設立者)の旧宅があり2010年に訪ねた写真が未公開だったので掲載UP


      ....安中は「新島襄」(新島八重の2人目の伴侶)旧宅が見所(2010訪問)....
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          ......新島襄が故郷でキリスト教の布教拠点として「安中教会」礼拝堂....
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★猛暑で有名な「館林」、分福茶釜「茂林寺」など見所あり!


夏になると日本一暑い街が話題になりますが、過去最高気温を記録した四万十市に続く猛暑常連市は、熊谷・多治見・館林!「館林」(群馬南東部)は今年の最高栄冠に輝きました。館林は我がブログメイトの大学同級生「寂恋法師」(10年程前に単身赴任の狂歌集を自費出版)の生れ故郷です。


    ....大学旧友「寂恋法師」の故郷「館林」、駅舎は実にお洒落!タヌキ像が沢山!....
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       ....2015年の夏では「猛暑全国NO1の街」として栄光(?)に輝いた館林....
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館林駅前には狸像が沢山!有名な「分福茶釜」の昔話舞台「茂林寺」が館林にあるからです。まだ朝早かったので周辺の茶屋は開店前でしたが、山門に向って歩くと狸の像がズラリ両脇に並んでお出迎え!境内アチコチに狸、巨大な狸にひょうきんな表情の狸、本当に狸三昧~


      ....有名な昔話「分福茶釜のタヌキ」の舞台は館林の「茂林寺」山門も立派!.....
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           ....山門参道の両側にはタヌキの像がずらりと並んでいた....
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「分福茶釜」は罠にかかった狸が男に恩返しするため見世物小屋で大活躍する物語ですが、お寺の和尚さんが茶釜を沸かしたら茶釜に化けていた狸がアチチと正体を現す場面舞台が茂林寺です。


     ....茂林寺本堂は重厚な萱葺き屋根、ひょうきんな狸像が随所に立っている....
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      ....おとぼけ表情、おすまし顔、立派な金袋、ほくそ笑み、様々なタヌキ達....
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狸の置物が沢山ある「茂林寺前駅」脇に、昔の巨人軍グランドがあります。プロ野球発足(1936)の第一回優勝を飾ったのは巨人軍、その陰には血反吐を吐いた伝説の「茂林寺猛特訓」がありました。


    ....(左)東武伊勢崎線「茂林寺前駅」 (右)ここはかつて巨人軍グランドがあった....
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特訓を積んだ東京巨人軍は、エース沢村が期待通り活躍を見せ12月の「洲崎決戦」で猛虎軍を破ってリーグ初年度優勝を飾ったのです。茂林寺こそ常勝巨人軍の礎となった伝説地でありました。


  ....巨人軍が初代王者(1936)、喜びの集合写真には沢村・別所等、錚々たるメンバーがズラリ....
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館林には「つつじが岡公園」という市民憩いパークがあり、園内に樹齢800年を超えるヤマツツジの巨樹群や江戸キリシマ古木群も多数保存が自然形のままで保存されている歴史的な価値が高い公園です。


    ....「館林つつじが丘公園」、近くには「田山花袋文学館」「向井千秋記念科学館」もある....
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公園脇には「向井千秋記念子ども科学館」や近代文学の田山花袋記念文学館もあります。宇宙飛行士や文学者も生んだ館林市は大したもんだ~。狂歌好きの寂恋エロ法師も忘れちゃならぬ・・(笑)


        ....「田山花袋の旧居」、14歳まで過ごした萱葺き屋根の家は風情あり....
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絹織物の盛んだった当地には「上毛モスリン」という上州機織物業の会社の由緒ある洋風建築も公開されています。和洋建築技法が取り入れられ、当時の建築技法が発展した歴史が伺われます。


        ....上毛モスリン株式会社本館事務所は風格と由緒ある洋風建物....
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   ....美智子皇后の祖父(正田貞一郎氏)が日清製粉社長時代の黒塗り馬車....
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この夏は7月中旬~8月初めは全国的に暑い夏となり、館林は今年の日本最高気温38.8℃を記録しました。柏崎夏帰省の折に「日本一暑い街」館林の猛暑を体験したかったのですが、8月下旬は雨模様の日々が続き秋の訪れが早かったので、当日は涼しくてちと拍子抜け・・


     ....つつじが丘公園の南は蓮が見事な「城沼」、「朝陽の小径」なる散策道....
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★「毛の国」地名の由来、群馬古墳群に秘められたる謎


群馬県は東日本では有数の古墳王国(全県で8千基以上)であり、今から約1500年前、榛名山東南麓(北関東・毛野国)には大陸から渡って来た騎馬民族豪族が住みつき当地に栄えました。


         ....(左)かみつけの里博物館 (右)大量の埴輪群が圧巻!....
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今回群馬県では最も有名な高崎市北西部(保渡田・井出地区)の3古墳(二子山・八幡塚・薬師塚)を訪問して見ました。隣接する「かみつけの里博物館」も見学し、あらためて壮大な歴史を再認識!


        ....博物館の裏手には広大な「保渡田八幡塚古墳」が聳える....
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かみつけの里博物館は、5世紀後半の古墳時代の人物・動物埴輪、当時の再現模型が展示される考古博物館。館外は国指定史跡の保渡田古墳群が集積し復元整備されており散策を楽しめます。


        ....古墳が復元整備されており、散策を楽しめる....
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墳丘の長さ100mの前方後円墳は広大な二重堀を巡らし多量の埴輪を立て並べています。復元された古墳に登ることができ、八幡塚古墳頂上から内部へ降りると豪族が眠る石室も見学可能です。


    ....大量埴輪群に守られた古代王の棺、上空から見る前方後円墳の優美な形....
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東日本最大の「太田天神山古墳」(太田市)も訪ねてみました。墳丘長210mの大型古墳はまるで自然丘の様だ!これ程までに大規模古墳が築かれたのは畿内・吉備・毛野国だけなのだそうです。


     ....東日本最大規模の「太田・天神山古墳」は築造当時では全国約5位の規模....
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両毛エリアには埼玉県北部も含まれており、埼玉も古墳が多い県として有名です。昨年「さきたま古墳群」(行田市)を訪問して、国宝「金錯銘鉄剣」(稲荷山古墳)や有名古墳と対面!出土した甲冑・鉄剣・馬具から大和朝廷に関係が深い有力騎馬民族が群馬・埼玉を支配していたことが窺えます。


  ....2014年訪問した埼玉・行田の古墳群(丸墓山古墳&稲荷山古墳)は素晴らしかった!....
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   ....(左)古代日本を征服した大陸からの騎馬族将軍 (右)将軍山古墳に眠る古代の大王....
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古墳出土の埴輪はユダヤ司教の姿を窺わせるものが多くあります。日本の神社と古代イスラエル祭祀は多くの類似があります。祭祀形式・禊・結界(幕屋)・神輿(=アーク)・狛犬(=ライオン)等・・。世界放浪に出たユダヤの一部支族が騎馬民族と共に行動し世界最東端の日本へ到着したとの説に興味深々


      ....埴輪はユダヤ司教の姿に間違いなし、騎馬民族と一緒に日本へと渡って来た....
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9月24日「上野三碑」(群馬県の7~8世紀の古代石碑3基)が2017世界記憶遺産登録申請の嬉しいニュースが入りました。その一つ「多胡碑」(高崎市吉井・日本三古碑)は5年前に見学しました。「胡」とは古代中国での西方異民族(遊牧民)の蔑称であり、西域人が群馬に多く住んでいた証明です。


    ....胡人が多く住む地で発見「羊太夫の多胡碑」(2010訪問)、世界記憶遺産2017年申請....
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「多胡碑」には「羊太夫」という人物名が刻まれており、羊という名の豪族、まさに騎馬を操る蒙古遊牧民族が当地に根を張っていたことが窺えます。群馬県名も騎馬民族勢力の痕跡なのかな?


                           「行田・さきたま古墳群」&「和同開珎」発祥地〈2014〉

  
      ....「羊太夫」は大和朝廷に使え数々の技術・文化を伝承し毛の国に大量移植した....
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倭王「武」(雄略帝)が中国・宋王朝に出した書に「東征毛人55国」(東国毛国を征服した)との記述があるらしい。大和朝廷は弥生系で比較的体毛が薄いのに対し、縄文系蝦夷人(or 大陸から渡って来たユダヤ人?)が余計に毛深く見え、それで東国を「毛野国」と命名したのではないでしょうか・・


        ....(左)古墳時代の住居跡 (右)ぐんまちゃんお薦めの古代探訪場所...
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    ....毛人の国とは大陸渡来の胡人?それとも蝦夷?・・、古墳に眠る王がその謎を知る....
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                                                         おわり

  by rollingwest | 2015-09-27 00:00 | 毛の国探訪 | Comments(106)

<2014年11月>群馬・埼玉の世界遺産探訪(後編):藤岡・伊勢崎、深谷・小川

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★「絹産業構成遺産群」(その1)「高山社跡」


昨年秋に世界遺産指定の「富岡製糸場」「荒船風穴」を訪ね前編で記事を公開しましたが、後編は構成遺産「高山社跡」「田島弥平旧宅」をレポート!埼玉県に入り、渋沢栄一(富岡製糸場創設者)の生家(深谷)、最後は和紙・世界無形文化遺産を祝って小川町も訪問したのであわせて御覧下さい。


   .....(左)富岡製糸場・東繭倉庫の雄姿 (右)ポール・ブリュナー館を背景に・・(昨年秋).....
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                  「群馬・埼玉の世界遺産探訪(前編):荒船風穴&富岡製糸場」より続く


     .....富岡製糸場の他に、世界遺産・構成遺産3ケ所を全て廻った(藤岡に宿泊).....
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今回のミニ旅は、初日に荒船風穴・冨岡製糸場を訪問して藤岡駅前のビジネスホテル宿泊。翌日は早朝出発し高山社跡へ!駐車場からは竹林遊歩道が整備されておりチト長い時間を歩かされましたが、静謐な空気が爽やかで気持ちいい~!充実したスケジュールのスタートを飾るにはナイスな朝の雰囲気!


      .....高山社跡への見学遊歩道、朝の竹林道、風情がありすがすがしさを満喫.....
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     .....(左)紅葉鮮やか・朝の空も実に爽やか! (右)遊歩道終点から.高山社跡へ....
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開場30分前に到着したので時間を持て余し周囲を散策。道祖神や道端石碑群が日本の原風景を感じさせます。開門時刻を迎えると数人の地元ボランティアに迎えられ丁寧な案内をして貰えました。


    .....(左)史蹟近くの道端には道祖神や石碑群 (右)立派な石垣坂道を登り正門へ.....
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        .....「高山社跡」に入って見ると立派な庭!紅葉が実に鮮やかでした~.....
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「高山社跡」は、養蚕法「清温育」研究と人材育成をした創始者・高山長五郎の生家で絹産業遺産群の構成資産(国指定史跡)に指定されました。長五郎は明治6年「養蚕改良高山組」を組織、自宅で養蚕法改良と組合員指導を行い、現在は蚕室(養蚕用家屋)が当時の面影を残してくれています。


          .....高山社(繭の教育機関)の応接間、朝の光が蚕室に差し込む.....
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奥座敷は歴史を感じる風格ある落ち着いた佇まい、二階に上がると蚕室になっています。5歳頃の親父の本家では養蚕をしていたので、子供の頃を思い出して非常に懐かしい光景が蘇りました。


     .....2階の蚕室、ここで清温育法が確立され日本絹産業発展に大貢献を果たした......
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絹産業発展の礎の一つを勉強して得した気分で藤岡から伊勢崎へ移動。次の世界構成遺産「田島弥平旧宅」がある島村へと向おう。利根川の雄大な流れと広い空、開放感溢れる群馬の光景だ!




★「絹産業構成遺産群」(その2):「田島弥平旧宅」

        .....伊勢崎市へと入る。「利根川」堰堤の道を散歩する人、ジョギングする人.....
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田島弥平旧宅の観光地運営は地味ながらも地元有志達により手作りで維持されており真心溢れた雰囲気を感じました。冨岡製糸場が世界遺産指定され郷土愛に火がついた人達が盛り上げて行こうという前向き心がヒシヒシ伝わってきます。観光事務所では無料レンタサイクルのサービスが実に嬉しい!


     ......田島旧宅がある「島村」は蚕種業発展に大きく貢献した農村(レンタサイクルで周回).....
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島村の蚕種業開始は約2百年前、文政年間で利根川が頻繁な洪水で多くの田畑を失った農家が桑の木(氾濫土砂の土質は桑栽培に適す)を育て蚕種農家に転換しました。明治初期は全村の2/3を占めたとのこと。利根川沿岸は通船業が盛んで交通利便を生かし商売繁盛だったことでしょう。


         .......(左)世界遺産「田島弥平の旧宅」 (右)養蚕新論の版木(石碑)......
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      .....偉大な養蚕農家の邸宅は実に立派!田島旧宅を背景に満悦でポーズ取る.....
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1822年、養蚕農家に生まれた田島弥平は当時の養蚕技法(自然育が基本)に改良を重ね、空気循環の風通しの良い状態で蚕を飼育する養蚕技法「清涼育」を確立しました。屋根の上に「櫓」小窓を設け蚕室内の環境調整する構造、以後全国の養蚕建物の模範となりました。素晴らしいアイディア!


        .....(左)農家正門を出ると素晴らしい小菊の道 (右)「進水館」も貫録あり.....
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        .....(左)田島一族村の養蚕農家 (右)島村の養蚕農家は全て天窓がある.....
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当エリアの魅力は豪華な養蚕農家が集中的に犇めいており、ユックリとサイクル周遊見学できること!遠くから全体俯瞰できるポイントもありその圧巻光景に驚かされました。自転車を返却し今度は資料館内の見学。日本繭の高品質さを世界に示した田島弥平という偉人の存在・業績を初めて知りました!


   .....(左)田島弥平の肖像画 (中)蚕の発育順序模型 (右)繭といえば「モスラ~」、ッヤ!.....
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           .....島村の養蚕農家の家並みを遠望!絵になる光景でした・・!.....
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「富岡製糸場」「荒船風穴」「高山社跡」「田島弥平旧宅」、群馬県の世界遺産を十分満喫し、次は埼玉県深谷市へと向います。富岡製糸場創設者・渋沢栄一の故郷であり煉瓦建築宝庫の穴場SPOT


      .....群馬・埼玉の県境を流れる「小山川」、近代産業の父「渋沢栄一」の故郷へ.....
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★日本の資本主義経済の父「渋沢栄一」の偉業ルーツを訪ねる

       .....深谷ネギ畑が地平線の如く一面と広がる!左「妙義山」、右が「赤城山」.....
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「日本資本主義の父」と呼ばれた渋沢栄一の故郷「深谷」は埼玉北部(群馬との県境)にあり、利根川沿いの有名な深谷ネギの大生産地。その地名は「血洗島」という恐ろしく物騒な地名ですが、妙義山・赤城山を遠望できる広大な農村風景。その中に「渋沢栄一記念館」が堂々と聳えていました。


      .....(左)「渋沢栄一記念館」の外観 (右)渋沢栄一が成した偉業の数々が展示.....
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冨岡製糸場は渋沢栄一により器械製糸導入・技術者養成を目的として建設され、深谷市出身の偉人達も大きな役割を果たしました。初代工場長も渋沢の従兄弟である尾高惇忠が就任しています。


  ....栄一は冨岡製糸場を設立し養蚕業発展に貢献、東京商業会議所や銀行等を次々に創立.....
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さて次は渋沢栄一の生家を訪ねてみましょう。重厚な門をくぐると屋根に蚕室を擁した大きな二階屋が眼前に広がり、右手には数棟の倉が・・。ここは「青淵塾・渋沢国際会館」と呼ばれ、日本語や日本文化研究を目的として我国を訪れる海外留学生のための寮として使われていたとのことです。


    ....渋沢栄一故郷・生家を訪ねる。当地名は深谷「血洗島」・・、実に物騒な名前だナ~!.....
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      .....(左)旧・渋沢邸「中の家」 (中)若き日の渋沢栄一像 (右)主屋の奥風景.....
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中の家は留学生の異国文化で賑い活気に溢れていたようです。屋敷裏手に回れば鬱蒼とした木立と深い水を湛えた池があり、深い水の青さに由来し「渋沢青淵」という別称がついたと言われます。


      .....渋沢邸「中の家」をグルリと廻って見る。屋敷の裏庭には立派な石碑が・・!.....
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実は東京都(北区王子)でも彼の偉大な業績を知ることができます。2012年1月、大学同期達で「都電荒川線」巡り(大塚駅→早稲田)を楽しんだ時、「飛鳥山公園」(桜名所)の中に「渋沢史料館」を発見しました。彼の全生涯に渡る資料が収蔵・展示されており、興味深く見学したことが懐かしい!


     ....2012年1月、大学同期旧友(中年軍団)で「都電荒川線」巡りを楽しんだ.....
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   ....北区「飛鳥山公園」(王子駅の隣)の中に「渋沢栄一記念館」が堂々と鎮座していた.....
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               「都電荒川線ぶらり旅」(飛鳥山・渋沢栄一史料館)の記事はコチラから

第一国立銀行・東京商工会議所・証券取引所・三井銀行・王子製紙・東京電力・東京ガス・日本郵船・東京海上・石川島播磨重工・サッポロビールなど有名企業500社、日本赤十字社・帝国ホテル・帝国劇場・早稲田大学・日本女子大の創設にも関わり、日本初の田園都市構想(田園調布)も提唱・・


 ....(左)栄一喜寿祝いで建築された「晩香蘆」(飛鳥山別邸) (右)若き日の雄姿&第一国立銀行.....
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史料館の隣接庭園は大正期建築「晩香廬」&「青淵文庫」(旧渋沢邸の一部で国指定の重要文化財)が当時のまま威厳ある姿で残っていました。都心にかくも立派な建物があったとは驚きでした~





★埼玉県「深谷」は煉瓦建築の宝庫の街!


再び深谷風景に戻しましょう。渋沢記念館から深谷駅に向う途中の小山川沿いに佇む渋沢・喜寿祝いで建築された「誠之堂」や所縁ある「清風亭」は必見!渋沢が創設した第一銀行の関係者が寄付したものでお洒落な建築が河川敷大地に堂々と聳えており、不思議な気持ちになりました。


     .....渋沢栄一の喜寿記念で第一銀行員の出資で建築された「誠之堂」(深谷市).....
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     .....大正建築史の貴重な白壁煉瓦造「清風亭」、迎賓観内部は高貴な雰囲気!.....
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深谷は江戸時代から屋根瓦の名産地でしたが、冨岡製糸場建設計画で洋煉瓦製造技術が必要となり瓦職人が集められました。地元の赤土を利用した国産煉瓦は近隣に名建築を多く残しました。


    .....日本の近代産業発展を支え続けた日本煉瓦製造(ドイツ人技師が指導)の工場煙突....
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暫く進むと長い煙突がある工場資料館が出現!これこそ渋沢栄一が創業した日本煉瓦製造の深谷工場。ホフマン輪窯で焼く初の国産煉瓦工場は2006年まで操業しており、当工場で焼いた煉瓦は鹿鳴館・東京駅・迎賓館・東大・法務省・日銀など明治期の名だたる建築の壁に採用されたのです。


     .....(左)日本煉瓦製造の施設模型 (右)ホフマン輪窯で焼き上げられた初の国産煉瓦.....
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       .....「プレートガーター橋」とよばれる福川鉄道の鉄橋。現在は遊歩道脇に移築.....
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煉瓦製造工場と深谷駅を輸送往復した専用線「福川鉄道」(廃線マニアでは有名地)やJR深谷駅の見事な煉瓦建築にもご対面。深谷市は「レンガのまち」をPR、随所にテーマパークの様な雰囲気が・・;


        .....JR深谷駅の見事な建築、まるで東京駅の様な風格を見せている!.....
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   .....(左)塚本燃料商会 (下)旧・柳瀬金物店倉庫 (右)甲子園出場した名門・県立深谷商業.....
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この2日間、富岡製糸場を中心とする群馬の世界遺産群を徹底的に廻り、その設立の最大貢献者「渋沢栄一」の生れ故郷(埼玉県深谷市)の隠れた魅力を発見でき満足気分で帰宅の途に・・。関越道を走っていると小川の地名!10月に世界遺産登録が決まった和紙の里もついでに立ち寄ろう!




★祝!和紙の世界無形文化遺産登録!(小川町)

       .....帰路の途中、道の駅にある「和紙の里」(埼玉伝統工芸館)を訪問.....
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小川インターを下りて暫く行くと道の駅「おがわまち」に到着、この中に埼玉伝統工芸館があり、世界遺産登録された小川和紙や細川紙(東秩父)の魅力が紹介されており製作工程も公開されています。


        .....めでたく無形文化遺産登録に輝いた埼玉県の小川和紙・細川紙.....
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             .....和紙の作製作業は初めて見たような気がする!.....
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和紙原料は楮(kouzo)や三椏(mitumata)、独特な紙の風合いで色々な製品が生み出されるものだナと感心!和食に和紙と日本の高い技術力と分化が評価され世界に発信されて何よりなことです。


     .....(左)細川和紙と着物のコラボ (右)和紙と竹細工で表現された和紙行燈芸術.....
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「祝ユネスコ無形文化遺産登録!」の懸垂幕や幟が誇らしげにたなびいています。小川・細川紙を育み脈々と技術を伝えてきた地元・小川町と東秩父村の関係者の喜びはひとしおだったことでしょう!


    .....(左)祝!埼玉和紙の世界無形文化遺産登録 (右)世界遺産三昧の2日間でした.....
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                                      「埼玉県探訪」の記事
                                      「秩父探訪」の記事


今旅では富岡製糸場・構成遺産、創設者達の偉業、深谷の煉瓦街、小川和紙を勉強し、日頃は地味な印象の群馬・埼玉がかくも魅力的なのだと再発見!満足感に浸りつつ筆を置きたいと思います。


                                                         おわり

  by rollingwest | 2015-02-22 00:00 | 旅の風景 | Comments(110)

<2014年11月>群馬・埼玉の世界遺産探訪(前編):荒船風穴&富岡製糸場

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★群馬・埼玉の世界遺産を訪ねる旅


今年は6月に「富岡製糸場と絹産業遺産群」(群馬県)が世界文化遺産に、11月は「和紙」が同・無形文化遺産登録のお目出度いニュースが飛び込んできました。昨年の「富士山」と「和食」に続きこの2年間で日本は一挙に4つの世界遺産が誕生!日本人ノーベル受賞と合わせ何と誇らしいことだ!


    ......(左)富岡製糸場・世界遺産登録決定のニュース (右)群馬・埼玉の世界遺産を巡る.....
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冨岡製糸場は約10年前に家族で訪問しましたが、当時は繰糸場内部が見学できなかったし、新たに3史跡も構成遺産群で加わったことから年内にリベンジする機会を窺っていました。また埼玉県にも足を延ばし製糸場設立者「渋沢栄一」の生まれ故郷(深谷市)、「和紙」の小川町も探訪しました。


          ......(左)「東繭倉庫」の雄姿 (右)富岡製糸場と絹産業遺産群MAP.....
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今回のミニ旅は藤岡市内のビジネスホテル宿泊し2日間で下記のルートを廻りました。①荒船風穴⇒②冨岡製糸場⇒③高山社跡(藤岡)⇒④田島弥平旧宅(伊勢崎)⇒⑤渋沢栄一史蹟(深谷)⇒⑥煉瓦建築群(深谷)⇒⑦和紙のふるさと(小川)。前編は「荒船風穴」&「冨岡製糸場」を紹介致しましょう。


       ......(左)関越道から藤岡JCTで上信越道へ (右)下仁田ICから南牧川を遡上.....
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★名峰「荒船山」:家族登山を懐かしく思い出す

まずは一番山奥で遠い「荒船風穴」から攻めてみることにしました。上信越道・下仁田ICを下りて南牧川を遡上し、標高を上げて行くと「荒船山」(頂上がテーブル状の奇観が特徴的)が見えてきました。


           ......群馬の名峰「荒船山」(200名山)がついに見えて来た!.....
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この山は10月に登った「御座山」(サンセット&サンライズ絶景)のすぐ近くに鎮座、2005年に家族登山を楽しんだことが懐かしい思い出です。最近はカミさんも娘も全く山に付き合ってくれなくなった・・(泣)


                                 <2014年10月>「御座山」単独行の記事

      ......テーブルマウンテンの奇観(ギアナ高地みたい)の荒船山は意外とお手軽に登れます.....
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日本の山で頂上部が平な山は「平ケ岳」「苗場山」「美ケ原」等が有名です。いずれも高層湿原や高原状ですが荒船山は平な「艦岩」(tomoiwa)が頂上となっており国内では珍しい景観の岩山!遠くから見ると正に戦艦の如し!意外と簡単に登れますが断崖絶壁で高所恐怖症の人はチト怖いかも・・


     ......(左)2005年、家族3人で登頂 (右)クレヨンしんちゃん作者はこの崖から転落死.....
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あっ、横道に外れてしまいました。(失礼~) 中年オヤジの気ままな一人旅の記事に戻しましょう。
荒船山の真下を通り、神津牧場を経由していくと荒船風穴の駐車場。ここからまた山道を20~30分程歩かなければなりません。夏場の炎天下でこの道を歩かされるのは辛いだろうなアと思いました。





★蚕・繭の大量生産に繋がった天然の冷気保存庫


山道を歩き漸く構成遺産の一つ「荒船風穴」に到着しました。明治時代後期から大正時代にかけては、全国的に風穴を蚕種(蚕の卵)の貯蔵に利用することが行われていました。その中でも、荒船風穴は最大規模の蚕種貯蔵施設として機能しており、繭の大量生産に大きな役割を果たしたのです。


         ......「荒船風穴」に到着、世界遺産祝福の看板の前で、はいポーズ.....
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         ......「荒船風穴」とは蚕種(卵)の貯蔵所跡(岩の中は、冷気保存庫.....
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蚕は春に孵化するので、増産には蚕種が孵る時期を遅らせ夏・秋に養蚕数を増やす必要がありました。活用されたのが夏でも冷風が噴き出す風穴だったのです。風穴は孵化の目安となる蚕を卵のまま留めおくのに適し、気温差ずらしで孵化時期を分散し蚕種の大量生産に成功したという訳か!


    .....風穴から蚕種を時期を変えて取り出す→孵化時期をずらし蚕の大量生産を実現......
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ガイドの方が数名この山奥で待機しており懇切丁寧に解説をしてくれました。やはり世界遺産指定されただけあって地元は気合が入っているね~!国内蚕産業の仕組を知り大変勉強になりました。


      ......(左)荒船風穴の近くにある「神津牧場」 (右)牧場の背後には「浅間山」.....
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行き帰りに通過したのは「神津牧場」、ここも家族登山の帰りに訪れて牧場特製のソフトクリームを食べたことが懐かしい。当時は夏で牛が沢山いたけれど、今回はシーズンオフで一頭も姿を見なかった・・


     ......(左)神津牧場の夏風景 (右)晩秋は放牧牛は牧舎内に入れているのかな.....
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      ......(左)「妙義山」の奇観はいつ見ても圧倒される (右)南牧川が再び現れる.....
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★「富岡製糸場」と10年ぶりのご対面!

さて次はいよいよ「富岡製糸場」!日本初の本格的な器械製工場であり開業当時の繰糸所、繭倉庫などが現存する日本の近代化、絹産業の技術革新・交流に大貢献した国指定史跡は2014年6月ついに世界遺産として正式登録されました。ブームが収まったかなと思ったがやはり混雑でした~


     ......「富岡製糸場」の正門、ブームが収まった頃を狙ってきたがやはり人気は衰えず....
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ここも10年前、荒船山登山後に家族で訪問しましたが、当時は世界遺産登録に向けて市民運動が始まったばかり。構内も全て見学できる状態ではありませんでした。最近の世界遺産登録は年々ハードルが厳しくなっており、富岡は難しいと思っていたが10年の努力を実らせよくぞ夢を叶えました!


      ......初めて富岡製糸場を訪れたのは2005年夏(家族で訪問)、約10年ぶり!.....
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構内見学は解説員がグループ別(10数名)に案内してくれるのでまずは予約の申し込み。エントランス横に富岡製糸場の概要・歴史が展示披露されているので学習いたしましょう。富岡製糸場は1872年、明治政府が富国強兵策の一環で産業近代化のために設置した国内初の模範・器械製糸場です。 


           ......(左)製糸場の全景 (右)案内ガイドへの申し込みを行う.....
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黒船来航後の鎖国解禁で日本は外国貿易を開始、当時最大の輸出品は生糸でした。輸出急増で需要が高まった結果、質の悪い生糸が大量につくられる問題がおき、政府は生糸の品質改善・生産向上をめざし技術指導者の育成に向けて洋式の繰糸器械を備えた模範工場を創設したのです。


           ......展示場に飾られている機織器や工場内の繰糸器.....
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富岡が選定された理由は、①養蚕が盛んな土地で大量の繭が確保可能 ②工場建設に必要な広い土地あり ③製糸に必要な水が確保可能 ④近隣で燃料採取可能(高崎・吉井炭田) ⑤外国人指導の工場建設への地元理解でした。伊藤博文と渋沢栄一は官営器械製糸場建設のため横浜の生糸検査人(フランス技師)「ポール・ブリューナ」と契約を結び工場建設・技術移転に携わらせたのです。


   ......(左)明治天皇の払下げ許諾状  (下)製糸場開業に尽力者達 (右)美しい生糸....
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さていよいよガイド案内が始まり構内見学へ!東繭倉庫の立派な煉瓦建築がまず登場し当時まだ、煉瓦製造技術が未発達だった時代の話から始まりました。今は煉瓦の街として有名な埼玉深谷(渋沢栄一故郷)から瓦職人が集められて洋風煉瓦製造に挑戦した苦労話を聞かせてもらいました。


       ......流暢で解り易い解説の案内ガイド、グループ別に編成され構内を廻る.....
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富岡製糸場には400人以上の工女(主に旧士族の娘)が就労しましたが、彼女らの労働環境は相当恵まれていたようです。当時では先進的な7曜制導入と日曜休み、年末年始・夏期休暇、1日8時間労働、食費・寮費・医療費は工場が負担、制服も貸与、まさに福利厚生の先がけだったのですナ。


      .....(左)立派な煉瓦造りの「東繭倉庫」 (右)「西繭倉庫」 (下)「女工館」の寮.....
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           ......(左)東繭倉庫と繰糸場間の構内道 (右)工女の診療所.....
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さあいよいよ繰糸所の中へと入ってみよう!前回訪問時(10年前)はこの工場内はまだ一般公開されていなかったのでようやく念願が叶いました!あの錦絵に表現された繰糸所は敷地中心部にあり奥行140mの長大な建物、トラス構造の高い天井、鉄製ガラス窓で明るい大空間を実現しています。


           ......(左)繰糸場の入り口 (右)構内は繰糸器械がズラリと並ぶ.....
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     ......繰糸場の天井はトラス構造、小学校の木造校舎(運動場)の天井を思い出す.....
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続いては「ブリュナ館」!建設指導者として雇われたフランス人「ポール・ブリュナ」が家族と暮らし住居です。家族3人で320坪の家に暮らし、地下室やワイン貯蔵室もあったとは!もう完全に超VIP待遇だね~


         ......首長ポール・ブリュナ(フランス人)が家族やメイドと暮らしていた住居.....
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かたや今年2月の大雪で倒壊してしまった「繭乾燥場」の無残な姿にはビックリしました。山梨や群馬は比較的大雪が降らない地域ですが、地球温暖化によってこんなリスクが年々高まってくるのかも・・


   ......「繭乾燥場」の倒壊現場、世界遺産建築がこんな姿になっていたとは想像もせず.....
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明治政府官営工場は後に民間払い下げされ、原・三井財閥へ所有権が移り変わり1939年から「片倉富岡製糸所」となりました。空襲被害も受けることなく、戦時中も一貫して操業を続け終戦を迎えています。1952年からは電化刷新を進め、1974年は史上最高生産量を誇る大工場となりました。


          ......製糸場の取水源となった「鏑川」、夕方の絶景に癒された.....
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しかし和服需要減少の社会情勢に加え1972年日中国交正常化で中国産の廉価な生糸の輸入増で生産量は減少し1987年操業停止となりました。それでも片倉工業は閉業後も「貸さない・売らない・壊さない」の方針を堅持、莫大なコストをかけて今の姿を保ったのです。片倉の貢献は素晴らしい!


           ......最後に「寄宿舎」の遠景を満喫して富岡製糸場を後にする.....
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    ......世界遺産指定は寂れていた地方都市に活性化の起爆剤!「お富さん」も大喜び.....
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富岡製糸場は10月に国宝指定も決定されました。富岡市の人口は5万人、地方都市の衰退が問題視されている中で、今回の世界遺産指定は確実に街の活性化へ繋がり素晴らしいことです!片倉工業の文化遺産を守る企業姿勢と市民一丸となった世界遺産に推挙した運動の結果ですね~


              ......鏑川の夕暮れ風景、心癒される田園風景.....
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今日は朝から絶好天気に恵まれ世界遺産2つを十分堪能できました。山ばかり登っていた群馬ですが広大平野・川風景も素晴らしい!美しい夕焼け田園風景を見ながら藤岡へ車を走らせました。


           ......紅葉の群馬絶景を楽しみながら宿泊地・藤岡へと向う.....
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★後編は藤岡・伊勢崎(群馬)&深谷・小川(埼玉)を徘徊!


藤岡ビジネスホテルに泊まり、翌日は早朝から「高山社」(藤岡市の高山長五郎が設立した養蚕業の研究・教育機関)や、伊勢崎市の「田島弥平」が養蚕理論に基づき改築した民家等を見学しました。


      ......(左)構成資産の一つ「高山社跡」 (右)ネギ畑の遥か彼方には「赤城山」.....
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         .....「田島弥平旧宅」は、群馬県伊勢崎市境島村にある歴史的建造物.....
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続いて埼玉県深谷市に入り富岡製糸場の生みの親(日本近代産業の父)である「渋沢栄一」の生家や深谷市内の煉瓦建築の数々を堪能、最後は世界無形文化遺産に登録された小川町を訪問!この詳細なレポートは後編で紹介しますが、埼玉県の魅力をここでも再発見できて実によかったな~!


           ......深谷市(埼玉県)に入り、「渋沢栄一」の生家「中の家」を見学.....
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   ......(左)深谷市「常盤園茶舗」倉庫 (右)渋沢栄一の喜寿を祝って建てられた「誠之堂」....
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         ......和紙が世界無形文化遺産に指定登録、埼玉・小川町の和紙を見学.....
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後編は来年1~2月頃の公開となります。今年の「逍遥旅日記」旅記事編はこれでラスト公開といたします。次回は「RW年末狂歌・回顧レビュー」で今年1年を振り返り本編の筆収めとさせて頂きます。



                                                         おわり

  by rollingwest | 2014-12-11 21:45 | 旅の風景 | Comments(106)