タグ:源平合戦史探訪 ( 1 ) タグの人気記事

 

<2014年5月>静岡東部探訪(その3):「三島・韮山・北伊豆」編

静岡東部」探訪シリーズも3回目を迎えます。初回は「富士宮編」(霊峰富士を間近に仰ぐ絶景と信仰ルーツ)、2回目は「富士・沼津・伊豆の国編」(沼津周辺名所や古代ミステリー)、今回は、頼朝・政子の史蹟や伊豆国鎮守「三島大社」、世界遺産の新候補「韮山反射炉」、北伊豆「丹那断層」もあわせてご紹介

c0119160_5441962.jpgc0119160_5443180.jpgc0119160_5445055.jpgc0119160_54595.jpgc0119160_5452564.jpg
          
                          静岡東部探訪(その1):「富士宮」編

                          静岡東部探訪(その2):「富士・沼津・伊豆の国」編より続く
  



★源頼朝・北条政子の逢瀬が重ねられた「蛭ケ小島」

葛城山頂上には少年時代の源頼朝像がありました。山頂から東側には伊豆の国市を流れ行く狩野川の光景が広がっていますが、その平野部の中に源頼朝が北条政子と逢引きをしていた「蛭ケ小島」があります。頼朝は若き頃、平清盛から伊豆へ配流されたこの地で雌伏の時代を過していたのです。


   ......葛城山頂から望んだ伊豆の国市&狩野川(kanogawa)風景、少年時代の源頼朝像も......
c0119160_5552621.jpgc0119160_5553953.gifc0119160_6431826.jpgc0119160_5554944.jpg



c0119160_556116.jpg
c0119160_5562276.jpg


2人のラブロマンス地は現在、「蛭ヶ小島の夫婦」と題した頼朝・政子の銅像が仲睦まじく建っている公園、「源頼朝公配流地」の石碑もあるぞ。地名は水田地帯に広がる湿地で蛭が多かったことが由来らしいが、周囲を見渡すと一面の田んぼだらけ。デート場所としては名前も含め、ムードには欠けるなア・・(笑)


      ........頼朝&政子Fall in Love!若き日のラブ゙ロマンス舞台は韮山「蛭ヶ小島」......
c0119160_79655.jpgc0119160_792372.jpgc0119160_793457.jpg



c0119160_795059.jpg
c0119160_710252.jpg


1157年北条時政の長女として生まれた政子(韮山・成福寺に産湯井戸あり)は、父・時政が監視していた源頼朝(平治の乱後14歳で伊豆に配流)とやがて恋に落ち、この「蛭ケ小島」で何度も逢瀬を重ねました。時政は当然猛反対、源氏嫡流で罪人の身である頼朝との仲を何とか引き裂こうとします。


      .........(左・中)政子の産湯井戸(韮山・成福寺) (右)北条氏・父と娘の葛藤.....
c0119160_2273373.jpgc0119160_2283846.jpgc0119160_16555880.jpg


c0119160_2275713.jpg

時政は政子を無理やり他の男と結婚させるべく婚礼の夜を迎えますが、激しい雨中に政子は逃げ出し山・川を越えズブ濡れになって恋しき頼朝の元に向かい、遂に伊豆山神社で2人はついに結ばれます。花嫁の夜逃げとは・・、映画「卒業」みたいだ!時政も遂に折れてその仲を許すことになりました。


      .........「蛭ケ小島」(源氏再興の地)から愛を貫いた「頼朝&政子」が富士を仰ぐ.....
c0119160_22131756.jpgc0119160_22133132.jpg
c0119160_22134578.jpg


そして政子と結婚した頼朝は源氏再興に向けて当地から挙兵(1180年)、5年後には壇ノ浦で平家を滅ぼし1192年に鎌倉幕府を開いていきます。その後、2人の人生は激動を迎えますが、大恋愛していた頃が一番いい時だったのかもしれない。逢瀬を重ねた当地「蛭ヶ小島」ではどんな語らいが・・?



★創建歴史の深い霊験あらたかな「三島大社」

「三島大社」(事代主命と大山祇命が主祭神)は伊豆国一の宮として崇敬を集める歴史深い神社。また頼朝が挙兵前に戦勝祈願し、源氏再興が成就されたことでその霊験の強さが知れ渡っています。


   .......頼朝が深く崇敬し源氏再興の戦勝祈願した「三島大社」は伊豆の総鎮守.......
c0119160_221872.jpgc0119160_22181867.gif

c0119160_22183995.jpg


平清盛は京都でクーデターを企て後白河法皇を幽閉、安徳天皇を即位させました。皇位継承を絶たれた後白河法皇の子・以仁王は平氏追討の令旨を全国の源氏に発布し、1180年頼朝はついに挙兵!


   ......源氏再興旗上げした源頼朝は「石橋山」で一度敗れるが、安房に渡り巻き返しを図る....
c0119160_22224080.jpgc0119160_2223433.jpg
c0119160_22231770.gif


緒戦敗退の頼朝でしたが房総半島に渡り体制を立て直し、平家打倒に呼応する東国武士の相次ぐ加勢で形勢逆転。鎌倉入りした頼朝に弟・義経が駆けつけ破竹の勢いとなり、壇ノ浦へ追い詰めて平家を滅ぼしました。源氏再興が実現したことにより三島大明神の威光も全国に轟くこととなりました。


  .......(左)三島大社「本殿」(七五三の記念写真を撮影する親子) (右)境内中央の「舞殿」.......
c0119160_2225480.jpgc0119160_22251757.jpg


c0119160_2225358.jpg


大社には恵比寿様が祀られ商売繁盛・五穀豊穣にもご利益があると云われ、訪問時は七五三参拝の家族連れで大いに賑わっていました。恵比寿神とは大国主の長男「事代主神」とイコールなのです。


   .......(左)厳島神社池脇を祝言の列が行く (右)恵比寿(事代主神)と三宅島の関係は?.......
c0119160_5164451.jpgc0119160_517530.jpgc0119160_5172470.gif





c0119160_537928.jpg


「事代主神」を祀る最古の本宮神社は何と伊豆七島「三宅島」に存在します。(その2)記事で山岳修験の祖「役行者」(鴨族)が伊豆や三宅島に深く関係すると書きましたが、事代主神は葛城臣王・賀茂氏の神でもあり修験道神道と強く結び付いているらしい。三島大社は役行者との関係も深いカモ・・


    .......南伊豆「石廊崎」に連なる断崖奇岩、ここにも「役行者」(鴨族)の足跡が残される.......
c0119160_533421.jpgc0119160_5335945.jpg

c0119160_5341620.jpg


三島大明神に潜む謎、役行者が賀茂・石廊崎に立てた岩室神社、修業した大和葛城山との名前一致、三宅島~下田・石廊崎~葛城山~三島大社と辿った「鴨族」(=秦氏の呪術集団)、裏天皇として祭祀を司る京都「上賀茂・下鴨神社」との繋がり・・、「kamo」は古代史ミステリ-と深く関係あるに違いない。

 



★富士湧水の里「三島・清水町」、鰻が旨い!

過去何度も紹介しましたが、三島には日本三大清流の一つ「柿田川湧水群」があります。柿田川には過去3回訪問しましたが、車の往来が激しい国道1号線のすぐ脇に風光明媚な清流が広がっていること自体が驚きだ。因みに日本三大清流の他2つとは「四万十川」(高知県)「長良川」(岐阜県)です。


    .....「柿田川湧水」、3回目の訪問は2008年12月、食山人氏・マツ氏と雨ケ岳登山後に訪問.......
c0119160_8383587.jpgc0119160_8402846.jpgc0119160_8404216.jpg






c0119160_841168.jpg


柿田川の成り立ちを調べてみると、「富士山に降った雨・雪が火山灰礫地下に一旦潜って貯留され、三島溶岩流の地下(三島市・清水町)まで流れ来て湧水として地表に現れる」と解説されています。富士山周辺の湧水といえば富士宮大社「湧玉池」、山梨(南都留郡)「忍野八海」も素晴らしいですね~!


  .......静かな柿田川清流。富士山に降った雨・雪は地下で豊富なバナジウム水となって湧出.......
c0119160_8515616.jpgc0119160_8521744.jpg





c0119160_852352.jpg


       .......三島駅の近くには有数の湧水SPOTが3つもある。写真は白滝公園.......
c0119160_915788.jpgc0119160_921266.jpgc0119160_923632.jpgc0119160_925049.jpg



c0119160_931170.jpg


柿田川訪問の直近は2008年、「雨ケ岳」登山後に食山人氏宅(当時単身赴任)に泊めてもらい、三島名店「うな繁」でご馳走になりました。水が綺麗な当地は旨い鰻で有名、当店オリジナル「鰻の櫃まぶし・石焼鍋」を頂きましたが、鰻タレがお焦げと相まって絶品の味でした。最近鰻は高くて全く縁がない・・


   .....「うな繁」の(左)玄関風景と(右)「鰻の櫃まぶし・石焼鍋」、静岡は食文化も東西分岐点....
c0119160_994236.jpgc0119160_995825.jpgc0119160_9101062.jpg




c0119160_9102513.jpg


                            雨ケ岳登山・柿田川湧水訪問(2008年12月)の記事
  




★世界遺産候補となり今後ブレイクの予感・・「韮山反射炉」

富士山が世界文化遺産登録で喜びに沸いた昨年に続き、今年6月に「富岡製糸場」がその夢を叶えることとなりました。富岡は10年以上前から街を挙げて地道な活動を積み上げてきましたが漸く実現!本当に目出度いことだ。当時の富岡と同じ境遇で盛り上がっているのは伊豆の国市韮山です。


  ......2014年6月「富岡製糸場」が世界文化遺産に!同じ流れで期待を寄せる「韮山反射炉」.......
c0119160_9341912.jpgc0119160_9345782.jpg


c0119160_9351579.jpg

     
昨年政府はユネスコに新たな世界遺産として申請する推薦候補を絞り込みましたが、最終まで候補争いしたのは「明治日本の産業革命遺産(九州・山口と関連地域)」と「長崎の教会群遺産」でした。最後は産業革命遺産に軍配が上がりましたが安倍政権の経済景気優先策が裏の選定理由かもネ・・


 .......2013年世界遺産候補(明治日本の産業革命遺産の一つ)として名乗り出た「韮山反射炉」.......
c0119160_9402172.jpgc0119160_9405315.jpg

c0119160_941950.jpg









c0119160_9412646.jpg


選定地域は主に九州と山口県ですが東日本に2ケ所飛地があり、釜石(岩手)・韮山(静岡)が思いがけなく世界遺産候補へと一躍脚光を浴びる事になったのです。韓国は軍国主義生産拠点で世界遺産指定は大反対と騒いでいますが(最近この国はエキセントリック過ぎる)、各地元の期待は相当大きい・・


    .......(左)韓国は軍国施設を世界遺産にするな!と宣伝 (右)各候補地は大盛り上がり.......
c0119160_104748.jpgc0119160_1042874.jpgc0119160_6452736.jpg


c0119160_735440.jpg

c0119160_6462296.jpg

c0119160_1044757.jpg

     
今回、静岡東部探訪に出たトリガー(最大理由)は当ニュースを知ったことです。世界遺産となった富士山の信仰ルーツと世界遺産候補に名乗り出た「反射炉」を見たい・・、「反射炉」とは一体何なのだろう?RWの好奇心は擽られました。垢抜けた雰囲気漂う網目煉瓦の3基塔が天に向かって聳えている!


         ......煉瓦積みの韮山反射炉、炉体断面図で鉄を溶かす仕組みを解説.......
c0119160_1013185.jpgc0119160_10121671.jpgc0119160_10132241.jpg




c0119160_10134392.jpg

    
見学後、品川区探訪(後編)で紹介した「お台場砲台」を製造した装置だったということが判りました。煉瓦塔土台部には溶鉱炉の役目を果たす石室があり、炉内部は効率よく鉄を溶かすため反射板が設置してあります。太陽光を虫眼鏡で集め紙を焦がす原理と同じで炎熱を集中させる仕組みらしい。


        .......ペリー来航で海防強化のための大砲は韮山反射炉にて製造された.......
c0119160_1020135.jpg
c0119160_10201561.jpg
 
           .......攘夷に向けて現在のお台場エリアに設置された品川砲台.......
c0119160_10223839.jpgc0119160_1023280.jpg
c0119160_10231580.jpg

 
                            品川区探訪(後編):お台場の砲台に関する記事  

装置考案者は江戸後期の西洋流兵学者で砲術塾を開いた「江川担庵(英龍)」。門下に佐久間象山・桂小五郎らの名前が!ペリー来航後に防衛責務を任され品川台場建設と大砲鋳造に尽力した韮山出身の偉い方らしい。地元で盛り上がる世界遺産への期待!選ばれれば江川さんも一挙に有名人~


  ......(左)反射炉・生みの親・江川担庵 (右)九州・山口の遺産群と一緒に喜べる日は来るか?.......
c0119160_10285457.jpg
c0119160_10291080.gif


c0119160_10295758.jpg




★北伊豆地震を引き起こした「丹那断層」

韮山からは熱海に抜け小田原経由で帰宅しましたが、途中で「丹那断層」という80数年前に起きた北伊豆大地震(マグニチュード7.5、最大震度6、内陸直下型)の痕跡があると知り立ち寄ってみました。無料見学できる公園ですが地下観察室まである!ここでは丹那断層の断面を見ることができます。


       .......「丹那断層」・北伊豆地震(1930年直下型震度6)の痕跡をまざまざと残す......
c0119160_20492271.jpgc0119160_20494160.jpg



c0119160_2050229.jpg
 
高齢の方は「丹那」とくればトンネルを連想するのでは・・。東海道本線は昭和初期までは箱根北側を迂回するルートで山越えしていましたが、ショートカットするために箱根南側をトンネルで貫く計画が進められました。工事は断層破砕帯からの大量出水で困難を極め、起工から実に16年もかかり1934年完成


    .....昔は御殿場の裾野をエッチラ登っていた東海道線、「丹那トンネル」開通で喜ぶ工夫......
c0119160_2057370.jpgc0119160_20572294.jpg





c0119160_20574095.jpg


丹那断層は伊豆半島北部を南北に走る断層帯ですが、実は1930年発生の「北伊豆地震」は丹那トンネル掘削の工事真っ最中だったのです。もしかして工事が原因で断層を刺激し大地震が引き起こされた人災だったのかも・・。海から衝突してきた伊豆半島は今もグイグイと本州を押しまくっている筈だ・・(怖)


      .......太古に日本列島に衝突した伊豆半島は今後も大地震を繰り返す運命にある.......
c0119160_2143659.jpgc0119160_2145634.jpg





c0119160_2151431.jpg





★再び頼朝&政子のラブロマンス・・、「伊豆山神社」(熱海)に寄って帰宅

今日は早朝から出発して富士宮・沼津・三島・韮山と思う存分廻ったのでもう夕暮れが迫ってきた。熱海に出てからも「貫一・お宮の所縁地」等の名所もと欲張ったのですが時間がなくなり、史蹟訪問最後は頼朝・政子の愛が結ばれた「伊豆山神社」(熱海の小高い山に鎮座)だけに立ち寄ってみました。


       .......(左)頼朝と政子が結ばれた伊豆山神社 (右)頼朝と政子の像.......
c0119160_21174435.jpgc0119160_2118668.jpg



c0119160_21182963.jpg

  
伊豆山神社は伊豆の名がつく神社の全国総本社格であり、婚礼から逃げ出した北条政子が頼朝と当地で愛を成就させた所縁ある神社として有名。縁結び・恋愛成就を願い参拝者が結構多いらしい。



    ......(左)熱海の山の伊豆神社へ (右) 立派なご神木の陰には2人が愛を語った「腰掛石」!......
c0119160_21242751.jpgc0119160_21245060.jpgc0119160_21254689.jpg

c0119160_21265097.jpg


     .......伊豆山神社から眺望した夕暮れの相模湾、海のかなたに初島が見えた.......
c0119160_21525655.jpg
  
頼朝が源氏再興に向け旗揚げしデビューした「石橋山古戦場」(初戦敗退)も訪ねたかったものの既に夕闇が迫っていたので諦めました。小田原海岸に降り立ち、相模湾の名月を撮影して帰宅の途に・・


    ......頼朝挙兵「石橋山古戦場」近く相模湾海岸(小田原付近)に幻想の月が浮かぶ!.......
c0119160_21431427.jpgc0119160_2144111.jpgc0119160_21442430.jpgc0119160_2144375.jpg           


c0119160_21453813.gif

c0119160_2146131.jpg
c0119160_21463411.gif


     ......石橋山古戦場の夕暮れ海岸は怒涛の波音に包まれていた(さあ帰ろ~!).......
c0119160_21531793.jpgc0119160_21533118.jpg

静岡東部探訪シリーズは今回で完了・・。次回は久しぶりに熱海・小田原を廻り、新シリーズ記事をスタートさせようかなと思っています。当該記事には昔訪ねた伊豆半島・名所レビューも入れるkamo・・(鴨~n!)



                                                          おわり

  by rollingwest | 2014-05-25 00:00 | 近郊歩きのミニ旅 | Comments(84)