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<2016年5月>日本遺産「信濃川火焔街道」(中編):北越雪譜の山里(津南・塩沢)

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                 日本遺産「信濃川火焔街道」(前編):新潟・三条・十日町の記事から続く 




★新潟県初の「日本遺産」指定、信濃川沿いの発展文化を巡る旅 (続き)


文化庁が昨年から「日本遺産」(世界遺産の日本版)を各地観光振興の一環で指定していますが今年4月新潟県でも「信濃川流域の火焔型土器と雪国の文化」が初登録され、5月故郷帰省の折に巡りました。わが故郷・新潟県には縄文遺跡が沢山存在するのです。今回は南魚沼編の紹介


   ......今年4月「日本遺産」(新潟県初)に認定、「信濃川流域の火焔型土器と雪国の文化」.....
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                            2016年4月に新たに「日本遺産」指定された案件
                            2015年4月(第1回目)に「日本遺産」指定された案件
  
      .....長野県境に近い南魚沼エリア「津南町」にも縄文遺跡跡が多く存在する.....
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5月に「お袋傘寿祝い家族旅行」(魚沼・奥只見)を企画しましたが、柏崎帰省の途中(関越自動車道・湯沢ICで下り)、津南町(縄文文化の魅力)と塩沢宿(雪国文化の魅力)を訪問してみました。

               <2016年5月>お袋傘寿祝い家族旅行(魚沼・奥只見)の記事はコチラから


   .....(左)津南段丘(信濃川沿いに形成)の風景 (右)湯沢ICから道の駅・南魚沼へ....
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魚沼の田園風景はいつも心が癒されます。当時は田んぼに水は張られてはいませんでしたが土は耕され田植えの準備の時期。全国の美味しいお米・2016年度ランキングで「特A」に輝いたのは各県優秀46銘柄でしたが4割以上がコシヒカリ、その中で最も人気があるのが越後・魚沼産です。


    .....日本一旨いお米のブランドを誇る「魚沼産こしひかり」の水田、田植え前の準備.....
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魚沼産コシヒカリの中でも最高級の美味しさと評価が高いお米の産地(津南・塩沢)の風景を走り抜けて信濃川の河岸段丘へと上がっていきます。縄文文化の魅力を発信する「津南なじょもん」へ!




★「津南なじょもん」で縄文アートを満喫


「なじょもん」の名前は町民の応募により選ばれ、当地の方言で「なじょも(是非)来てくんねエかい」と「縄文」とを組合せた造語らしい。季節ごとの楽しい企画展示や体験実習、「縄文」「農業・食」「民俗」「自然」「クラフトアート」等をテーマにした催事が定期的に開催される新しい形態の博物館です。


     .....(左)「津南なじょもん」の入口 (右)縄文土器の数々が陳列されている.....
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    .....「津南なじょもん」は縄文芸術展や野外展示アートがありユニークな郷土PR展示館.....
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津南町の主な産業である「農業」と津南町の重要な文化遺産である「縄文時代」をキーワードとして歴史的自然環境を守り後世に伝えていくコンセプトが明確な展示姿勢です。凡庸な常設展示はなく、縄文土器や土偶の現代芸術など様々なテーマに合わせた個性的な企画展示が常に催されます。


  ....縄文スパイラル・ノヴァ(村上原野展)、縄文土器や土偶を模した現代芸術品が沢山展示.....
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津南の人々は昔から自然と向き合い上手に利用し共生してきました。当館は、消えつつある「自然と人との繋がり」に焦点を当て、自然素材のクラフト・わら細工伝統工芸実習など色々な体験実習ができます。8月は秋篠宮ご夫妻と悠仁様が夏休みの親子旅行で当館訪問ニュースもありました。


   .....8月3日、秋篠宮夫妻と悠仁様が来訪、縄文文化や体験実習で夏休みを楽しむ.....
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悠仁様は縄文土器の中を覗き込んだり持ち上げたりと可愛い姿が報道されており実に微笑ましい。我々が庭に出てみると個性的な縄文テイストのウッドアートが沢山展示されていました。コリャ、面白い~!


   .....芝生広場には縄文イメージ造詣クラフトが展示されている!実に手が込んでいるネ~....
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さらに芝生を進んでいくと何とマンモスが待っている!「何故ここに?」と思ったら、この近くに穴藤という川原から古型マンモスの左顎臼歯化石の出土したことに由来。本当に生きているみたい!


     .....オオッ、マンモス君発見!我々が近寄ると嬉しそうに反応!(・・と思えた)......
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古型マンモスは日本には120万年前頃、中国大陸から渡ってきたと考えられ70万年前まで生息していたとのこと。115万年前の榛名山大噴火で火山灰に埋まったらしい。これも古代ロマンだネ~!


     .....火山灰層からマンモスの左顎臼歯化石が出土した穴藤川原が近くにある.....
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   .....正面から脇からパチリパチリ、おすまし姿でポーズを取る可愛いマンモス・ラッピー君.....
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なじょもん館の反対側に縄文遺跡定番の茅葺き住居跡があります。しかし一般パターンと違うのは途中にお洒落な縄文アートモニュメントが点在。芸術への拘りが感じられ実に面白いテーマ遺跡でした。


   .....今度は縄文住居ゾーンを廻る。豪雪過疎の山村も昔は人口密集地区だったんだ!.....
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        .....最後は野外の縄文芸術も楽しんで.「津南なじょもん」に別れを告げる....
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お洒落な縄文文化を満喫した後、再び関越道方面(六日町・塩沢)へ戻り三国街道・塩沢宿を訪問しました。ここは世界有数の豪雪地帯で生き抜く人々の物語・雪国文化を知ることができます。





★江戸時代の名著「北越雪譜」(鈴木牧之bokushi)、奥深き雪国・秘境風景

     .....縄文文化の次は、雪国文化の視点から越後・南魚沼の魅力を辿ってみよう.....
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「塩沢宿」は三国街道(群馬高崎~新潟寺泊)の途上にある宿場町。「雪国の歴史と文化を活かす街創り」というコンセプトの美しき風情ある「牧之通り」は「北越雪譜」著者「鈴木牧之」(江戸期文人)が生涯を過ごした地の由来命名・・。雁木・切妻屋根が続く雪国宿場町が再現されており素晴しい!


    ....江戸時代に雪国の暮らしを紹介した「鈴木牧之」の冠名街並が魅力的な「塩沢宿」.....
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塩沢町で生まれ育った江戸期文人・鈴木牧之の記念館を訪問。40年の歳月を費やし出版され、江戸時代のベストセラーとなった「北越雪譜」は、雪国の暮らしを最初に紹介した文献として国内外で高く評価されます。初版本や牧之の遺墨・遺品を展示し、雪国越後の生活を紹介していました。


    .....江戸時代の名著「北越雪譜」は全国的ベストセラー!「鈴木牧之記念館」を覗いて見よう.....
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鈴木牧之は当時の有名文人・十返舎一九(弥次・喜多の東海道中膝栗毛の作者)と交友があり、薦められて書いたのが「秋山記行」(豪雪地の奥深い秘境「秋山郷」への旅行記)。「秋山郷」は平家の落人伝説でも有名。源頼朝に敗れた平氏一族が逃れて遥かこの奥地に隠れ住んだと云う・・


     .....鈴木牧之の「秋山紀行」も有名、奥地秘境「秋山郷」(平家落人の里)の旅日記.....
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    .....(左)豪雪地帯に暮らす人々の雪国文化や生活の知恵などが沢山紹介されている.....
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日本200名山「鳥甲山」と「佐武流山」に登った時の前泊地や下山後の温泉休憩で、RWは「秋山郷」を過去3回訪れています。2名峰は豪雪に浸食されたワイルドな姿で堂々と鎮座していました。


   .....「秋山郷」は過去3回訪問、名峰「鳥甲山」に登り「小赤沢温泉」で疲れを癒す(2005).....
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      .....2010年に「佐武流山」を登山した時も「秋山郷」(長野県栄村は隣接)に宿泊.....
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「佐武流山」登山の前泊宿「ヒュッテひだまり」は料理も美味しく気さくなオーナー夫妻も好印象で実にいい宿でした。「2006年の豪雪は大変でしたね」と聞いたら意外な答えが・・.!.「イヤ~あの時ヤ~、全国注目でマスコミが取材にドンドン来て村は活気づいたヨ」「秋山郷は雪が降らんと駄目なんだヨ。」


    .....(左)宿泊した「ヒュッテひだまり」 (右)気さくなオーナー夫妻が豪雪地区の暮しぶりを語る.....
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「除雪仕事は地元の大事な現金収入さ」「村の年寄りは長寿で元気、80後半の人も常に働いてるから皆ピンピンだ」「豪雪で不便だが、地縁・血縁が深いから犯罪もなく警察もいらん!皆お互いを心配し合い助けながら楽しく生きているよ。」、・・オソレイリマシタ~。ご夫婦のコメントが再び蘇りました。

                  <2010年10月>上信越国境の名峰「佐武流山」の記事はコチラから 


   .....2006年大豪雪、新潟津南村・長野県栄村は4m豪雪に埋まり交通遮断で陸の孤島に.....
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我々が楽しく語らった秋の翌年早春3月12日(東日本大震災の翌日)に秋山郷と長野県栄村に震度6強の大地震(2百棟が全半壊)が襲いました。報道の中心は東北の地震被害と原発事故ばかりで豪雪地の地震被害は全く注目されませんでした。あのご夫妻は大丈夫だったのだろうか?


 .....東日本大震災の翌日(2011.3.12)、栄村・秋山郷に大地震(マスコミは殆ど取り上げなかった).....
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この数年で豪雪・大地震が続き本当に災難でしたが、豪雪地に生まれ育った人達は実に辛抱強い!こんなことに負けていられるかと皆と力を合わせながら元気に頑張っていると信じています。


    .....子供達は明るく元気に過ごしているでしょう!ヒュッテひだまりの猫はノーテンキに・・(笑)....
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★雪国の新潟県・魚沼エリア・・、魅力溢れる見所多し


南魚沼市には上越新幹線浦佐駅(幹線駅で最も利用者が少ない)の駅前にはわが故郷柏崎市が生んだ不世出の英雄「田中角栄」の銅像があります。左手をポケットに入れ右手を「よっ」と上げた独特ポーズで越後三山を見上げている。地元利益誘導型の金権政治家と非難されながらも当地では神様的存在。銅像上には雪が被らぬようルーフも設置され地元民からの尊敬の高さが窺えます。


  .....(左)上越新幹線・浦佐駅前に立つ田中角栄像 (右)雪国の未来を訴える角栄・辻説法.....
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                  「田中角栄記念館」(ふるさと「柏崎」の魅力再発見)の記事はコチラから 

越後魚沼の観光は比較的地味なイメージがありますが隠れた穴場スポットが沢山あります。先に紹介した奥只見湖、その他にも上杉景勝・直江兼続が幼き日を過した「雲洞庵」、越後のミケラッジェロと絶賛された石川雲蝶「道元禅師猛虎調伏図」の西福寺開山堂、浦佐毘沙門堂等が必見SOPTです!


  .....魚沼は上杉景勝・直江兼続の故郷 (左)兼続公伝世館 (右)修行に励んだ「雲洞庵」.....
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                  <2009年1月>「天地人」(上杉景勝・直江兼続)ルーツの記事はコチラから 

   .....(左)石川雲蝶「道元禅師猛虎調伏の図」 (中)坂戸城跡 (下)越後浦佐毘沙門堂.....
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                  <2011年GW>石川雲蝶の大傑作(越後路旅行)の記事はコチラから 


雪国で暮すことは本当に大変なこと。新潟県に生まれ高校生までの雪体験はあるものの、その後は太平洋側の生活に慣れてしまったRW・・、たまに帰省する立場での言葉は軽々しくて申し訳なし・・。雪を克服し積み重ねて来たご先祖様のお陰で今の我々の暮しがあるものと感謝致します。


     .....魚沼の田園風景を行く・・。雪国越後の春風景は何度観ても心が癒されるネ~.....
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                                                        おわり

  by rollingwest | 2016-10-01 22:11 | 故郷の風景 | Comments(108)

<2016年GW>信濃川火焔街道(日本遺産指定)を行く(前編):新潟・三条・十日町

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★新潟県初の「日本遺産」指定、信濃川沿いに発展した文化(古代~現代)を巡る旅


諏訪の縄文遺跡に興味深々のRWでしたが、わが故郷・新潟県にも沢山の縄文遺跡が存在することを再認識しました。文化庁は各地観光振興の一環として昨年から「日本遺産」(世界遺産の日本版)の指定に動き出しましたが、今年は4月に新認定19件が発表されています。新潟県では「信濃川流域の火焔型土器と雪国の文化」が指定されたことを知りGW故郷帰省の折に巡ってみました。

                               2016年4月に新たに「日本遺産」指定された案件


 ......今年4月「日本遺産」(新潟県初)に認定された「信濃川流域の火焔型土器と雪国の文化」.....
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                    「日本遺産」指定地(世界遺産登録地も含む)または申請中の一覧表
 
縄文時代から近代までの文化を一緒くたにアピールするのは何か無理があるような気もしますが、信濃川沿いに発展してきた各市が協力して地元の魅力をPRすることは許容範囲かな・・。小生も殆ど知らなかったことを発見させて頂きました。まずは信濃川河口の新潟市近代史から紹介しましょう。





★北前船、幕末開港から発展してきた港町・新潟の信濃川河口風景


RWは新潟県出身なのに意外と県庁所在地・新潟市のことを詳細に学習していなかった気がします。北前船交易、幕末開港を経て現代まで繁栄を重ねてきた日本海側有数の大都市を歩いて見よう。


 ......(左)新潟市の信濃川河口に立つ (右)佐渡ケ島への出発地・佐渡汽船の航路ターミナル.....
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新潟市街地は信濃川河口の2つの港町(新潟古町と沼垂町)を起源として発展してきました。街路構成に大きな変化はないものの意外と古い町並みは残っていません。戦災は受けなかったものの過去何度も「新潟大火」と呼ばれる大規模火災が発生し、街が焼けてしまったことが理由なのかな・・


  ......新潟港(信濃川河口)は新潟町(古町)と沼垂町の2つの湊町がともに発展してきた.....
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新潟市歴史博物館「みなとぴあ」は幕末開港時の姿を残す国重要文化財「旧新潟税関庁舎」や周辺建物も一体整備して2004年開館。北前船交易や新潟近代史を学べる歴史情報発信拠点です。


      .....2004年3月、信濃川のほとりに誕生した新潟歴史博物館「みなとぴあ」.....
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    .....江戸時代から明治初期に「北前船」の交易で大いに発展し栄えた湊町・新潟.....
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新潟県の最大手銀行と言えば「第四銀行」、全国で名前に数字がつく銀行は幾つかありますが4番目に創設された国立銀行。第一は第一勧銀から現在みずほ銀行、第二が横浜銀行、第三は大阪設立予定もトラブルで営業開始できず。つまり第四銀行が実質3番目の国立銀行として開業した訳か


      .....(左)国立銀行は新潟では「第四銀行」が開業 (右)旧新潟税館庁舎.....
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   .....(左)「第四銀行展」が公開中につき見学 (右)新潟のシンボル「萬代橋」の今むかし.....
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美しい風格あるアーチ姿の「萬代橋」。初代は明治期に架けられた木橋でしたが昭和初期に頑丈なコンクリート橋(1964新潟地震にも耐えた橋)となり、現在も市民に親しまれている新潟市のシンボル的存在


    .....(左)第四銀行の脇から撮ったみなとぴあ」 (右)「旧新潟税館庁舎」をバックに.....
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繁栄・発展を歩んできた港町新潟の歴史を博物館で十分勉強させて頂き、次は市内の歴史・情緒溢れる建物や史蹟を探訪して見よう。まずは台座を回す願懸高麗犬で有名な「湊稲荷神社」に参拝


    .....新潟市のパワースポット「湊稲荷神社」、台座を廻して願掛けをする高麗犬が鎮座.....
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新潟市内には北前船交易で大いに栄えた豪商の建物がいくつか残っており、その一つが「旧小澤家」(北前船の時代館として一般公開)。明治時代に成長した商家の様子を窺うことができます。


     .....「北前船の時代館」、湊町豪商として栄えた「旧小澤家」が当時の姿で公開.....
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 .....豪商の立派な屋敷構えを見学、広い中庭を散策して見る。藤棚の庇が素晴らしい!.....
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その他にも新潟大神宮(坂口安吾の生誕碑あり)や新潟三大財閥と言われた豪商・齋藤家の別邸、北方文化博物館など数々の商家が盛衰を繰り返した街並みを歩き、県庁所在地を後にしました。


      .....近くに鎮座する「新潟大神宮」には作家「坂口安吾」の生誕碑があった....
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   .....威厳ある豪邸の街並みが残る  (左)北方文化博物館 (右)旧斎藤家別邸 ....
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★「信濃川流域の火焔型土器と雪国の文化」を巡る (新潟・三条)


最近、縄文・弥生・古墳時代の遺跡がマイブームになっているRWですが、今回の日本遺産指定でわが故郷県に縄文・弥生の遺跡がかくも多くあったことを初めて認識!縄文火焔土器を共同でPRしている市町村は新潟市・三条市・十日町市・長岡市・津南町、まずは新潟・三条から紹介致します。


  ....古代の新潟を探索、大和朝廷時代は蝦夷防備拠点として「渟足柵」「磐舟柵」設置....
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古津八幡山遺跡は、信濃川と阿賀野川に挟まれた丘陵(新潟市)に立地した弥生・古墳時代時代の大規模な高地性環濠集落で県内最大の円墳もあります。古代新潟は蝦夷防備拠点として「渟足柵」「磐舟柵」が設置されましたが、縄文(蝦夷)と弥生(大和朝廷)が鬩ぎ合う最前線だったのかも・・


     .....弥生・古墳時代に栄えた「古津八幡山遺跡」、茅葺き住居の中からの光景....
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 .....信濃川と阿賀野川に挟まれた丘陵上に鎮座する古津八幡山遺跡の「前方後方形周溝墓」....
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信濃川と阿賀野川流域に広がる越後・蒲原平野は日本海側の本州の最大面積(2千km2)を誇り地平線が見える程の広さです。弥彦山と角田山は平野のどこからでも見えるランドマーク的な山です。


    .....広大な田んぼの地平線「越後・蒲原平野」、遥かに「弥彦山」「角田山」が並び立つ....
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 ....(左)「蒲原平野」は日本一の米どころ (右)昔は祖母本家の稲刈り・はさ掛けを手伝ったなア・・...
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関越自動車道を南下し次は三条市へ。金物産業の町として有名ですがここもRWにとって未訪問地。「三条市歴史民俗産業資料館」に入って見ると縄文遺跡展示がまたも出現。三条に縄文とは意外!


  .....(左)「三条市歴史民俗産業資料館」の玄関入口 (右)当地も縄文・弥生土器が多く展示....
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三条金物の歴史は、城主が水害救済策として農民副業として和釘製造を奨励したことが起源とされ、鍛冶屋が急増。河川交通を活かし三条商人が金物販売を展開したことで全国へ知れ渡りました。


  .....(左)高い天井の展示館内部 (右)鍛冶屋が多い「金物の町・三条」、凧上げ祭りも有名....
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戦後も作業工具等の製作で製品量産化が進み国内外への販売が盛んになりました。道具の品質の高さは折り紙つき。歴史と伝統を守り先人から受け継いだ技術を後世に継承してほしいものだ。


   .....江戸時代から培われた「三条鍛冶職人」、ありし日の仕事場を撮影した写真が展示....
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三条が生んだ偉人はやはりジャイアント馬場!彼が亡くなってもう20年近い歳月が刻まれましたが、偉大な大スターを生んだ馬場氏のふるさと・三条をもっとPRしようと名誉市民に顕彰されています。

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★国宝「火焔土器」が発掘された十日町(笹山遺跡)

前編のラスト訪問は十日町市、まず歴史博物館(1979年開館)を訪問。地域の考古・歴史・民俗資料を収集・保存し展示しており、近隣の笹山遺跡から出土した国宝・火焔土器が最大のお宝物。地元の積雪期用具・越後縮の紡織機等、まさに今回の日本遺産テーマのエッセンスが濃厚に観賞できます。


 .....(左)「十日町市博物館」の外観 (右)ここは国宝指定の「火焔土器」が展示されている....
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  .....正門前にある遺跡広場(竪穴式住居や縄文時代住居跡、墓跡が復元されている)....
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火焔土器は縄文時代中期を代表する縄文式土器の一種、燃え立つ炎を象った形の装飾的な土器で装飾性豊かで個性的!地元では2020年東京五輪聖火台にデザイン採用を申請しているらしい。


      .....国宝の「笹山遺跡出土深鉢形土器」が「新潟日本遺産」の最大の目玉....
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ここでは縄文~弥生時代の生活が蝋人形でリアルに再現されていました。5千年前に火焔型土器を作った人々は信濃川流域を中心にムラを形成しその規模と密集度は日本有数なのだそうです。


  ....縄文人の生活が再現(獣・魚・植物を獲得して食料として貯蔵、土器づくりに励む)....
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山川海の幸を獲得し加工保存する技術、火焔型土器の技を継承するモノ作りの姿、5千年前の生活を追体験できました。また縄文時代の祀り風景はインディアンやアイヌのような独特なムードが漂うネ~


  .....大地の恵みに依存し暮した縄文人にとって自然への崇敬や祀りは重要な生活イベント....
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   .....弥生時代に入ると農耕文化や機織技術が発達して定住生活で邑が形成されていく....
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   .....新潟山間部をユッタリと流れる信濃川の風景。船を漕ぐ川沿い生活も蝋人形で再現....
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信濃川流域は8千年前の気候変動で世界有数の豪雪地帯に激変しました。寒冷期から温暖化により海水面が上昇、対馬海峡が開き日本海に東シナ海暖流が入り込み日本海側大雪の環境がつくられたのです。暖かい海から水蒸気がドンドン空に登り、寒気襲来時は冷やされて大雪になる訳です。


 .....世界的な豪雪地帯のメカニズム。シベリア寒気が湿った空気になり高山にぶつかり大雪を生む....
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昭和38年豪雪・・今も脳裏に深く刻まれる濃厚な記憶、本当にあの年は凄かった。当時は小学校1年生、家の2階の高さまで積もった雪の道を歩いて小学校まで通ったものだ・・・

                   
西高東低・冬型になると、日本海・対馬暖流の水蒸気はシベリア寒気団の強風に吹き付けられ、三国山脈斜面を駆け上がる時に急激に冷やされて膨大な豪雪を信濃川流域に降らせます。雪国宿命で辛いことが多いですが、暮らす人々は様々な工夫を凝らして生活し独特の文化を築き上げました。


  .....信濃川沿い山間部街「十日町」、ここで営まれた雪国の暮らし・織物文化がテーマの展示....
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    ....「十日町雪まつり」は、札幌・六日町(新潟魚沼)と並ぶ「日本三大雪まつり」の一つ....
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最後は国宝火焔型土器が出土した笹山遺跡(十日町市博物館の近く)を訪ねてみました。未発掘の範囲を中心にして遺跡広場として利用されており、復元竪穴住居跡2棟が設置されていました。


  .....「笹山遺跡」に行ってみよう! 7回発掘調査(1980~85)が行われ国宝・火焔土器が発見....
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    .....竪穴住居が広がる光景。茅葺家の中は炉を囲んで家族が団欒した痕跡が窺える....
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皆様、十日町を訪れる機会があれば是非とも地元発祥「へぎ蕎麦」を食してみて下さい。また近隣には美しい棚田が沢山あります。松之山温泉に泊まり、蕎麦を味わい棚田見学するのが超お薦め!


      ....十日町といえば新潟名物「へぎ蕎麦」が有名、「小島屋」が発祥のお店です!....
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      ......十日町は棚田が多くあり素晴らしい景色が楽しめる。一度ご体験あれ~!....
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                               2011GW家族旅行「越後・松之山の棚田風景」                                                          

                                                         おわり

  by rollingwest | 2016-05-31 00:00 | Comments(130)

<2015年5月>高千穂・日向の山旅・神話探訪旅④:「尾鈴山・西都原古墳・飫肥」

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9月シルバーウィークに長崎・上五島・雲仙島原へカミさんと訪ねましたが、5月新緑時期に巡った宮崎の山・歴史旅の記事がまだダラダラと続いています。あと2回残っていますが懲りずお付き合い下さい。

                      高千穂・日向の山旅・神話探訪旅③(神々の里・高千穂)より続く





★宮崎県、2つ目の200名山「尾鈴山」登山


さて宮崎県旅もいよいよ終盤を迎え、大崩山に続き日向に鎮座する200名山「尾鈴山」の単独行挑戦の日を迎えました。全国的に殆ど無名に近い山ですが知る人ぞ知る・・名滝が多い秀峰なのだ!


         ....日本200名山「尾鈴山」は宮崎県南部に秘かに佇む穴場名峰....
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                                   高千穂・日向の山旅・神話探訪旅②「大崩山

日本200名山に選ばれている尾鈴山の魅力は手付かずの豊かな自然が残されていることです。名貫川源流部の甘茶谷・棒谷・矢研谷に形成されている多数の支流には名勝指定された国内唯一の瀑布群が犇めいています。特に日本の滝百選に名を成す「矢研の滝」は迫力満点!まずはコチラから!


     ....この山は名瀑の宝庫!尾鈴山系の瀑布群の看板には名滝がズラリ登場!....
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尾鈴山キャンプ場から杉林の遊歩道を歩いていきましょう。今朝は雨がポツポツ降っていますが、名瀑探勝なので問題ないかな。暫くすると杉林は自然林に変わり20分程で遊歩道に流れ落ちる「若葉滝」に到着、さらに歩くと小さめの「青葉滝」「二見滝」が次々現れてきました。


   ....(左)尾鈴憩いの森林館 (中)尾鈴大山神社 (右)尾鈴キャンプ場、生き生きした新緑....
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    ....矢研の滝に向うコース途中で次々に現れる前衛瀑布(若葉滝・二見滝・青葉滝など)....
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やがて尾鈴山瀑布群を代表する「矢研の滝」が出現!日本の滝100選に選ばれた高さ73m幅30mの巨大滝。水量・高さは圧倒的でその勇姿は実に見応えあり!ここまで見に来た甲斐があった!


      ....これぞ尾鈴最大の「矢研の滝」(日本の滝100選)、白滝と並ぶ双壁の名瀑....
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さて来た道を戻り今度は尾鈴山への登山口へと向おう。渓流沿いのアスファルト道を登っていくと右手には名滝が連続する気持ちいいウォーキング風景が楽しめます。幸いに雨も止んできた。いざ出発・・!


         ....(左)次は尾鈴山登山コースへ!欄干から見る渓谷岩 (右)岩見滝....
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「岩見滝」は岩間を走り抜ける水流が激しい!「次郎四郎の滝」は2条斜滝で落差ないものの下流側に河原があり家族連れの水遊びに適しているかも・・。えのは滝は視界が開けた絵になる名瀑!


     ....「次郎四郎滝」(左)&「えのは滝」(右)、このコースでも次々に名瀑が現れてくる....
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そして千畳敷に出ました!滝両側は自然林が覆い被り緩やかに流れる清流と緑のコントラストで心が和みます。「いこいの滝」は小支流から緩やかに林道に流れ込む滝ですがS字曲線が格好いい!


           ....(左)滑め沢状の「千畳滝」 (右)S字曲線を描く「いこい滝」....
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      ....(左)登山届を提出 (右)水と緑が光り輝く季節、マイナスイオンが溢れる空気....
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「いこいの滝」を過ぎてやっと登山者記帳台が見えてきた。本格的な登山道に入る前に静かに見送ってくれるのが「甘茶滝」。濃い緑の中にヒッソリ佇み上流側にも白い流れを見せる多段滝


      ....(左)登山道の脇から見る「甘茶滝」 (右)いよいよ尾鈴山の急登が始まる....
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尾鈴山頂上へはここから2時間弱ですが急登が続きちときつかった・・。曇りがちでしたが途中で神武天皇が東征船出をした耳津も見えまずまずの展望!昼前に頂上へ無事到着して目出たし・・!


    ....(左)頂上手前の尾鈴神社鳥居 (右)神武天皇船出の耳津が見える (右)昼に登頂....
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帰りは長崎尾コースを下山しましたが途中で大岩や祠が登場、やはりこの辺りは神の鎮座まします山域だネ~なんて思いながら下山。午前中満喫した名瀑を左手に見ながら15時に車へと戻りました。


         ....(左)うねる木に守られた祠 (右)巨大な神岩が山中に鎮座!....
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★昨年訪ねた尾鈴山麓の「若山牧水の生誕地」「百済の里」


     ....(左)尾鈴山麓は若山牧水の生誕地 (右)牧水の生まれた家(2014年訪問)....
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昨年の大崩山挑戦で見事敗退後に尾鈴山麓の名所に立ち寄ったことはよき思い出・・。自然を愛し酒を愛した歌人「若山牧水」の生家が近くにありました。牧水が幼少期に見続けた尾鈴山や自然と遊んだ体験からよき歌が生まれたのかと再認識。ちなみに沼津にも「若山牧水記念館」があります。


                  「若山牧水記念館」記事(静岡東部「富士・沼津・伊豆の国」)はコチラから

       ....牧水生家からは川越しに尾鈴山が望める。まさに牧水のふるさと名峰....
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昨年は若山牧水生誕地から九州秘境「椎葉峠」を越して熊本方面に抜けましたが、その途中(美郷町南郷)で訪問した「神門(mikado)神社」は実に見所がありました。奈良・正倉院そっくりの建物が隣にあったのはビックリ!神門神社に眠っていた百済王の秘宝が千年以上保存されていたのです。


      ....「西の正倉院」といわれ、古代宝物が多く収蔵される「神門神社」は必見!...
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7世紀に唐・新羅の迫害で滅亡させられた百済の王族達は、大量の移民を引き連れて日本(近畿地方)に逃れてきました。しかし奈良で動乱が起こり九州方面を目指した一派は、途中瀬戸内海で時化に遭い日向の浜に漂着、宮崎の山奥へと逃げ込んで当地に百済王国を築いたというのです。


       ....(左)百済王伝説 (中)西の正倉院の構造 (右)古代の唐獅子(高麗犬)....
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百済「福智王」がこの地に王国を築いたのですが何故こんな九州山奥に栄華を極めたのだろう?当エリアは平家落人伝説がある椎葉村に近い隠遁地。当時の大和政権に背いた何らかの理由があり身を隠さざるを得なかったのではと推察されます。百済・扶余族は日本古代天皇とも共通が多い・・

                        <2014>九州登山・歴史探訪旅②:(椎葉峠越え&市房山)





★日向を治めた伊東氏の歴史を綴る「飫肥城下町」


日南海岸の南西部には天正16年(1588)から明治初期までの280年間飫肥藩・伊東氏5万1千石の城下町として栄えた飫肥(1977年重要伝統的建造物群保存地区に選定)があります。


           ....日南の城下町「飫肥」(obi)、小雨風景を楽しむ(おび天が名物)....
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         ....(左)飫肥城の石段を登り行く (右)元禄時代の城門は威厳あり....
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武家屋敷を象徴する門構え・風情ある石垣・漆喰塀が残る町並み、1978年復元の大手門、松尾の丸や藩校振徳堂、伊東家歴史を綴る貴重な資料が展示されている飫肥城歴史資料館もあります。


        ....日向を治めた伊東氏の宝物の数々や豪華な着物が展示されている....
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              ....(左)飫肥城の本丸跡 (右)勇猛な武士たちの甲冑群...
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明治の偉大な外交官「小村寿太郎」(ポーツマス条約締結)の生誕地碑があります。碑面は元帥東郷平八郎の書、清国との交渉に向かう小村は飫肥が生んだ英雄として尊敬されています。


    ....(左)飫肥城下町、用水路に鯉泳ぐ (右)風情ある門構え (右)小村寿太郎の誕生地....
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飫肥の城下町は水郷の街です。昔からの市街中心部には用水が住民生活を支えましたが、今はその役割が薄れてしまい1970年代から本町と大手門を結ぶ通りの掘割に鯉の放流が始まりました。錦鯉が遊泳する水風景は豊かな城下町風情を伝える飫肥の風物詩となっています。





★九州最大級の「西都原古墳群」


宮崎市街から北へ車で30分走った西都市の西方には広大な洪積世シラス台地(標高50~80m)が広がっています。そこには九州最大の「西都原古墳」があり、3~7世紀頃に築造された311基の古墳がさまざまな形で点在しています。最近は古墳記事ばかりでコメンサイ(苦笑)


         ....次は西都原(saitobaru)へ向かう。雄大な九州の平原風景が広がる....
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          ....「西都原古墳群」洪積層丘陵上に形成された日本最大級の古墳群....
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西都原古墳群の中央部には「鬼の窟古墳」が聳えています。西都原古墳群の最後の首長墓と言われ、古墳名は木花開耶姫に恋した鬼が一晩で窟を造ったという伝説に由来しています。


          ....「鬼の窟古墳」、西都原古墳群の中央に位置する全国で唯一の円墳....
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ここには「西都原考古博物館」があり見学して見ました。白い壁は火山噴火で噴出されたシラスで生成、受付から展示室入口に向かう壁もすべてシラス壁、内部展示室は最新鋭設備でした。


        ....「西都原考古博物館」(2004年4月開館)は古代日向の情報受発信の拠点....
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              ....(左)「人と歴史の博物館」 (右)「考古博物館で構成される....
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姶良カルデラ爆発~南九州の地勢展示から始まり、東南アジアにおける南九州の位置的な交流、水耕稲作導入、日本列島の古墳時代の再現、先住民族である「隼人」の世界、西都原古墳群の立地と古墳分布模型など展示は多岐に渡っており九州の古代史を知る上で大変勉強になりました。


     ....姶良(aira)カルデラ・阿蘇カルデラの大爆発が過去数度起こり「九州シラス台地」が形成....
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      ....火砕流に覆われた地域の縄文文化は一度完全に滅び、その後渡来人が入植....
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カルデラ大噴火で九州先住縄文人は壊滅状態となり、その後3世紀末にツングース系騎馬民族(扶余族)が朝鮮半島を南下して日本へ渡来、百済王の騎馬族首長説もあります。日本書紀では景行天皇期に熊襲が背き日本武尊が西征、女装計略を謀りクマソタケルを討伐する物語が記されます。


       ....(左)百済王は渡来騎馬民族 (右).ここで南九州王朝の礎を築いたのか...
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                             蝦夷・毛人の群馬古墳「毛の国」探訪記事はコチラから 

   ....(左)倭人は隼人を支配下におきながら熊襲を討つ (右)日本武尊がクマソタケルを襲撃....
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いや~宮崎は本当に九州古代史の色々な学習ができますね~!宮崎の山旅・歴史旅は次回で最終編を迎えますが、LASTも日本神話、日向から大和へと向った「神武天皇」の史蹟をレポートします。


          ....かつて火山灰に覆われたシラス台地も今は一面の緑に輝いている....
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                                                         おわり

  by rollingwest | 2015-10-13 00:00 | 九州の山旅・歴史旅 | Comments(106)

<2015年8月>「毛の国」探訪(上毛・群馬編):「高崎・安中・館林」

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★「毛の国」・・、群馬県・栃木県南部


「毛の国」と聞いてもピンと来ない方は多いと思いますが、群馬・栃木南部(前橋・高崎・富岡・藤岡・大田・館林・桐生・足利・佐野・古河・下野等)が「両毛」エリアです。当地域はRWも殆ど未訪問地だったので8月柏崎帰省の折に立ち寄ってみました。過去撮り溜めた写真とあわせて紹介します。


  ...上毛野国(カミツケノクニ・コウヅケ)=群馬県、下毛野国(シモツケノクニ)=栃木県。両方で「両毛」...
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古代では当地域を、「上毛野国」(カミツケノクニ)=群馬県、「下毛野国」(シモツケノクニ)=栃木県、と呼んでいました。カミツケは「上ツ毛」の国(京都・奈良に近い方が上)・・。大和朝廷から「毛人の住む国」と蔑まれたような呼称ですが、今も群馬を「上州・上野国」、栃木を「下野」と呼ぶルーツとなっています。


               ....群馬県には新幹線「上毛高原駅」もあるよ...
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まずは上州から紹介しましょう。全国都道府県魅力度ランキングでは何と群馬県はドンジリ、一般的に印象が薄い県なんだ・・!確かに浮かぶイメージといえば「カカア天下」「だるま」「こんにゃく」位か・・。観光面でも魅力ある場所が多いのに何もない県と思われている。


      ....群馬県の魅力度ランクを調べてみたら、何と47都道府県で47位の最下位!....
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しかし群馬県は草津・万座・四万・猿ケ京・水上・宝川・老神・伊香保など名温泉宝庫、赤城・榛名・妙義の上州三山、2014年世界遺産指定の富岡製糸場と非常に魅力溢れる県です。大学同級生「寂恋法師」より先日「群馬県観光大使」を任ぜられたので気合を入れてレポートします。


                <2014年>群馬世界遺産探訪(前編)「荒船風穴&富岡製糸場」

               <2014年>群馬世界遺産探訪(後編)「藤岡・伊勢崎、深谷・小川」




★「前橋vs高崎」(ライバル関係)、観光なら「高崎」に軍配かな・・

群馬県庁所在地は前橋市ですが、高崎市と勘違いする方も多いのでは・・。ともに人口30万人超の群馬2大都市ですが、お互い非常に強いライバル意識を剥き出しにしています。市庁舎間距離12km、まさに隣接都市同士だし合併して政令指定都市になれば・・とも思いますが、そう簡単ではないようです。


      ....(左)前橋と高崎は隣接し激しいライバル関係 (右)立派な群馬県庁舎(前橋市)....
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江戸時代は別々の藩で明治初期から仲が悪いようだ。原因を作ったのはNHK大河ドラマ「花燃ゆ」のヒロイン・ふみの夫(2人目:楫取素彦)。明治政府官僚となった彼は1876年県庁舎を高崎から前橋に移したのです。高崎市民には「また元に戻すから」と説明したのに約束が守られない恨みがあるらしい。

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文化面は前橋、経済・観光は高崎のイメージですが、全国的には両市の印象は薄い気がします。でも高崎といえば「だるま」が有名!5年前に訪ねた「少林山達磨寺」の写真が未掲載だったので掘り出し公開します。この禅宗寺は福ダルマ発祥の地、正月七草大祭「だるま市」(1/6~7)で賑う古刹です。


     ....(左)「少林山達磨寺」入口 (中)福達磨発祥地 (右)正月七草大祭・だるま市....
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        ....禅宗開祖の「達磨大師」は絵や彫刻、さまざまな表情で睨みを効かす....
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寺は黄檗宗 (中国禅宗)なので建物は全体的にchaina風。本堂隣の「達磨堂」はダルマ資料館(無料開放)となっており数々の達磨が陳列されている。開運・選挙必勝・合格祈願、教育熱心な群馬県は優秀人材を多数生み出し、1976年以降4人も首相(福田赳・中曽根・小渕・福田康)を輩出している。


       ....本堂隣は達磨資料館!歴代3総理(福田・中曽根・小渕)の選挙ダルマ鎮座....
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中国で5~6世紀に活躍した禅宗開祖「達磨大師」ですが、千年後も日本で愛され開運祈願されるとは想像もしなかったことでしょう。高崎にはもう一つの心の拠り所があります。慈悲深き表情で市民を見守る「高崎観音」が立つ観音山、ここは市民憩いの場所であり春は桜の名所!


      ....高崎といえば巨大観音立像も有名、正式名は高崎白衣大観音(2010訪問)...
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昭和11年完成の観音様は真下から見上げると大迫力!9階層胎内見学ではお土産屋など立ち並びますが、それでも世俗的な感じがしません。胎内に20体の仏像が安置され、やはり観音様の表情が穏やかでいい顔をしているからでしょう。本当に像から慈悲心・オーラが発しているように思えました。


     ....(左)慈悲溢れる御姿で常に高崎市民を見守る (右)観音山は桜の名所....
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★「新島襄」旧宅(安中市)


安中市は高崎と富岡の中間点、ここから「浅間山」(長野県活火山)や「妙義山」(上州三山)の絶景眺望が楽しめます。最近は上信越道ルートで登山や帰省することが増えたので2名峰をよく見るようになった。


       ....奇怪な形の「妙義山」&日本最大級の活火山「浅間山」のコラボ....
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       ....(左)白倉神社脇に鎮座する巨大な天狗面 (右)奇岩が目を引く妙義山....
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両毛地区は奈良時代から絹織物産業が発展してきた場所で、明治時代には富岡製糸場が設立された経緯もあり昔から蚕産業が盛んな場所。蚕の餌となる桑畑が沢山広がっています。


    ....(左)蚕の餌の桑畑、カラっ風の地で水田は少ない (右)桑の街路樹とは珍しい....
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NHK大河ヒロインふみ(長州)の夫に続き、今度は八重(会津)の夫「新島襄」の所縁地が登場。安中には「新島襄」(同志社大設立者)の旧宅があり2010年に訪ねた写真が未公開だったので掲載UP


      ....安中は「新島襄」(新島八重の2人目の伴侶)旧宅が見所(2010訪問)....
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          ......新島襄が故郷でキリスト教の布教拠点として「安中教会」礼拝堂....
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★猛暑で有名な「館林」、分福茶釜「茂林寺」など見所あり!


夏になると日本一暑い街が話題になりますが、過去最高気温を記録した四万十市に続く猛暑常連市は、熊谷・多治見・館林!「館林」(群馬南東部)は今年の最高栄冠に輝きました。館林は我がブログメイトの大学同級生「寂恋法師」(10年程前に単身赴任の狂歌集を自費出版)の生れ故郷です。


    ....大学旧友「寂恋法師」の故郷「館林」、駅舎は実にお洒落!タヌキ像が沢山!....
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       ....2015年の夏では「猛暑全国NO1の街」として栄光(?)に輝いた館林....
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館林駅前には狸像が沢山!有名な「分福茶釜」の昔話舞台「茂林寺」が館林にあるからです。まだ朝早かったので周辺の茶屋は開店前でしたが、山門に向って歩くと狸の像がズラリ両脇に並んでお出迎え!境内アチコチに狸、巨大な狸にひょうきんな表情の狸、本当に狸三昧~


      ....有名な昔話「分福茶釜のタヌキ」の舞台は館林の「茂林寺」山門も立派!.....
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           ....山門参道の両側にはタヌキの像がずらりと並んでいた....
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「分福茶釜」は罠にかかった狸が男に恩返しするため見世物小屋で大活躍する物語ですが、お寺の和尚さんが茶釜を沸かしたら茶釜に化けていた狸がアチチと正体を現す場面舞台が茂林寺です。


     ....茂林寺本堂は重厚な萱葺き屋根、ひょうきんな狸像が随所に立っている....
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      ....おとぼけ表情、おすまし顔、立派な金袋、ほくそ笑み、様々なタヌキ達....
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狸の置物が沢山ある「茂林寺前駅」脇に、昔の巨人軍グランドがあります。プロ野球発足(1936)の第一回優勝を飾ったのは巨人軍、その陰には血反吐を吐いた伝説の「茂林寺猛特訓」がありました。


    ....(左)東武伊勢崎線「茂林寺前駅」 (右)ここはかつて巨人軍グランドがあった....
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特訓を積んだ東京巨人軍は、エース沢村が期待通り活躍を見せ12月の「洲崎決戦」で猛虎軍を破ってリーグ初年度優勝を飾ったのです。茂林寺こそ常勝巨人軍の礎となった伝説地でありました。


  ....巨人軍が初代王者(1936)、喜びの集合写真には沢村・別所等、錚々たるメンバーがズラリ....
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館林には「つつじが岡公園」という市民憩いパークがあり、園内に樹齢800年を超えるヤマツツジの巨樹群や江戸キリシマ古木群も多数保存が自然形のままで保存されている歴史的な価値が高い公園です。


    ....「館林つつじが丘公園」、近くには「田山花袋文学館」「向井千秋記念科学館」もある....
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公園脇には「向井千秋記念子ども科学館」や近代文学の田山花袋記念文学館もあります。宇宙飛行士や文学者も生んだ館林市は大したもんだ~。狂歌好きの寂恋エロ法師も忘れちゃならぬ・・(笑)


        ....「田山花袋の旧居」、14歳まで過ごした萱葺き屋根の家は風情あり....
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絹織物の盛んだった当地には「上毛モスリン」という上州機織物業の会社の由緒ある洋風建築も公開されています。和洋建築技法が取り入れられ、当時の建築技法が発展した歴史が伺われます。


        ....上毛モスリン株式会社本館事務所は風格と由緒ある洋風建物....
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   ....美智子皇后の祖父(正田貞一郎氏)が日清製粉社長時代の黒塗り馬車....
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この夏は7月中旬~8月初めは全国的に暑い夏となり、館林は今年の日本最高気温38.8℃を記録しました。柏崎夏帰省の折に「日本一暑い街」館林の猛暑を体験したかったのですが、8月下旬は雨模様の日々が続き秋の訪れが早かったので、当日は涼しくてちと拍子抜け・・


     ....つつじが丘公園の南は蓮が見事な「城沼」、「朝陽の小径」なる散策道....
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★「毛の国」地名の由来、群馬古墳群に秘められたる謎


群馬県は東日本では有数の古墳王国(全県で8千基以上)であり、今から約1500年前、榛名山東南麓(北関東・毛野国)には大陸から渡って来た騎馬民族豪族が住みつき当地に栄えました。


         ....(左)かみつけの里博物館 (右)大量の埴輪群が圧巻!....
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今回群馬県では最も有名な高崎市北西部(保渡田・井出地区)の3古墳(二子山・八幡塚・薬師塚)を訪問して見ました。隣接する「かみつけの里博物館」も見学し、あらためて壮大な歴史を再認識!


        ....博物館の裏手には広大な「保渡田八幡塚古墳」が聳える....
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かみつけの里博物館は、5世紀後半の古墳時代の人物・動物埴輪、当時の再現模型が展示される考古博物館。館外は国指定史跡の保渡田古墳群が集積し復元整備されており散策を楽しめます。


        ....古墳が復元整備されており、散策を楽しめる....
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墳丘の長さ100mの前方後円墳は広大な二重堀を巡らし多量の埴輪を立て並べています。復元された古墳に登ることができ、八幡塚古墳頂上から内部へ降りると豪族が眠る石室も見学可能です。


    ....大量埴輪群に守られた古代王の棺、上空から見る前方後円墳の優美な形....
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東日本最大の「太田天神山古墳」(太田市)も訪ねてみました。墳丘長210mの大型古墳はまるで自然丘の様だ!これ程までに大規模古墳が築かれたのは畿内・吉備・毛野国だけなのだそうです。


     ....東日本最大規模の「太田・天神山古墳」は築造当時では全国約5位の規模....
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両毛エリアには埼玉県北部も含まれており、埼玉も古墳が多い県として有名です。昨年「さきたま古墳群」(行田市)を訪問して、国宝「金錯銘鉄剣」(稲荷山古墳)や有名古墳と対面!出土した甲冑・鉄剣・馬具から大和朝廷に関係が深い有力騎馬民族が群馬・埼玉を支配していたことが窺えます。


  ....2014年訪問した埼玉・行田の古墳群(丸墓山古墳&稲荷山古墳)は素晴らしかった!....
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   ....(左)古代日本を征服した大陸からの騎馬族将軍 (右)将軍山古墳に眠る古代の大王....
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古墳出土の埴輪はユダヤ司教の姿を窺わせるものが多くあります。日本の神社と古代イスラエル祭祀は多くの類似があります。祭祀形式・禊・結界(幕屋)・神輿(=アーク)・狛犬(=ライオン)等・・。世界放浪に出たユダヤの一部支族が騎馬民族と共に行動し世界最東端の日本へ到着したとの説に興味深々


      ....埴輪はユダヤ司教の姿に間違いなし、騎馬民族と一緒に日本へと渡って来た....
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9月24日「上野三碑」(群馬県の7~8世紀の古代石碑3基)が2017世界記憶遺産登録申請の嬉しいニュースが入りました。その一つ「多胡碑」(高崎市吉井・日本三古碑)は5年前に見学しました。「胡」とは古代中国での西方異民族(遊牧民)の蔑称であり、西域人が群馬に多く住んでいた証明です。


    ....胡人が多く住む地で発見「羊太夫の多胡碑」(2010訪問)、世界記憶遺産2017年申請....
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「多胡碑」には「羊太夫」という人物名が刻まれており、羊という名の豪族、まさに騎馬を操る蒙古遊牧民族が当地に根を張っていたことが窺えます。群馬県名も騎馬民族勢力の痕跡なのかな?


                           「行田・さきたま古墳群」&「和同開珎」発祥地〈2014〉

  
      ....「羊太夫」は大和朝廷に使え数々の技術・文化を伝承し毛の国に大量移植した....
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倭王「武」(雄略帝)が中国・宋王朝に出した書に「東征毛人55国」(東国毛国を征服した)との記述があるらしい。大和朝廷は弥生系で比較的体毛が薄いのに対し、縄文系蝦夷人(or 大陸から渡って来たユダヤ人?)が余計に毛深く見え、それで東国を「毛野国」と命名したのではないでしょうか・・


        ....(左)古墳時代の住居跡 (右)ぐんまちゃんお薦めの古代探訪場所...
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    ....毛人の国とは大陸渡来の胡人?それとも蝦夷?・・、古墳に眠る王がその謎を知る....
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                                                         おわり

  by rollingwest | 2015-09-27 00:00 | 毛の国探訪 | Comments(106)

<2014年4月>諏訪探訪②:諏訪湖・茅野の縄文遺跡探訪レビュー

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★4年ぶりに諏訪探訪シリーズの続編を公開

諏訪探訪シリーズは、「守屋山・高遠」で第1回記事(2011年)を掲載してからもう4年近くが経過してしまいました。日本アルプスや八ケ岳登山で必ず通過途中で視野に入るのが日本のヘソ「諏訪湖」です。


     .....(左)長野県諏訪SAから「諏訪湖」を見下ろす (右)薄氷の張る冬の湖面.....
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                   <2011年5月>諏訪探訪①:「古代ミステリー・守屋山」&「南信濃・高遠」

諏訪周辺の見所は嘗て無知状態だったRWですが、数年前に当エリアが古代史ミステリーの宝庫だという事実に気付きその後何度か足を運びました。手元には撮り溜めた未公開写真が沢山あります。


     .....日本アルプスへ登山に車で出かける時は必ず通過(右手に登場)する諏訪湖.....
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昨年5月(春爛漫の頃)にも諏訪湖近くの茅野市(八ケ岳山麓)を訪ね、縄文遺蹟や国宝土偶に御対面してきました。そろそろ写真も整理しておかないと溢れそうなので諏訪探訪第2回目をレポート!


                  .......諏訪湖・茅野から見る八ケ岳は素晴らしい裾野姿を広げている.....
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★中央高速道PAから気軽に訪問できる山梨県の縄文遺蹟 (2014GW)

昨年5月GW柏崎帰省の際、毎回定番の関越道経由ではなく中央高速道で茅野・諏訪湖・松本・松代の見所を訪問しながら北上していきました。中央道下り線には釈迦堂PA(山梨県)がありますが、パーキング施設脇の階段を上がると山梨県の縄文資料館「釈迦堂遺跡博物館」が出現するのです。


     .....中央道下り線・釈迦堂PA(山梨県)、ここに「釈迦堂遺跡博物館」入口がある....
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      .....釈迦堂下りPAから専用階段から縄文の博物館へ。時は春爛漫の花盛り!....
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今回の主目的は諏訪湖周辺に栄えた茅野・縄文遺蹟ですが、プレ学習にはうってつけではないか!釈迦堂遺跡博物館(山梨県笛吹市)は中央自動車道の建設工事に伴う発掘調査により出土した縄文時代の出土品を保存・展示するための施設(鉄筋2階建て)として1988年にオープンしました。


    .....(左)釈迦堂遺跡博物館へ (右)山梨県の縄文・弥生の土器が展示されている.....
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    .....(左)縄文土器がオンパレード (右)火焔土器は正に燃え滾る縄文エネルギーを感じる.....
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出土遺物において土偶(縄文時代中期が大半)は千個体以上で、同一遺跡群からの土偶の出土数としては有名な青森県・三内丸山遺跡に次ぐ多さで学術的に貴重とのこと!今まで知らんかった~


   .....(左)狩猟生活の様子が再現 (右)釈迦堂遺跡が発掘調査された当時の記録写真.....
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     .....昨年GWの山梨はまさに桃源郷!桃の花が満開、ユキヤナギが花吹雪の如し.....
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狩猟生活を中心とした縄文人の衣食住や土器等の事前予習を十分行い、高台から俯瞰して見れば5月の甲州は輝く桃源郷!素晴しさに感銘しつつ、諏訪湖・茅野方面へ車を走らせて行きました。


      .....再び諏訪湖の湖畔風景に!夏も冬も多くの観光客で賑う日本のヘソの湖.....
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★茅野市・尖石縄文考古館を訪問

八ヶ岳の西側、標高千m余の緩斜面には多くの縄文遺跡が発見されていますが、その中でも 「尖石遺跡」は縄文時代の集落遺跡として学術的価値が高く国の特別史跡に指定されています。昭和初期から地元の研究家が発掘調査を進め、2000年に完成した「新尖石縄文考古館」が展示の中心


        .....今回の最大目的地、「茅野市・尖石縄文考古館」(諏訪湖の近く)に到着.....
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       .....(左)八ケ岳山麓の縄文土器・遺物が一挙公開 (右)茅野の縄文火焔土器.....
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縄文土器・石器等の実物資料に加え、映像・写真、日本各地で出土した資料から縄文時代の人々の生活や習俗や当時の環境も解説されており、縄文時代の技術も学習できるようになっています。


       .....縄文時代の採集・狩猟・漁労、衣服「編布」等の暮らしぶりが再現されている.....
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ここを訪れた最大目的は国宝土偶「縄文のビーナス」&「仮面の女神」と御対面すること!「縄文のビーナス」は下方に重心がある安定した立像形でお腹とお尻が大きく張り出し妊娠女性が表わされ、「仮面の女神」の顔面は逆三角形仮面がつけられた表現でついに国宝指定されました。オメデトウ!


        .....国宝土偶「縄文のビーナス」が展示されていた!発見時は横たわっていた.....
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        .....コチラも全国的メジャーな「仮面の女神」(縄文後期)、ついに国宝指定された.....
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この土偶は今から約5千年前に作られたと知り驚愕!ところで土偶の正体とは一体何なのでしょう?東北地方から多く出土する遮光器土偶を見ればまるで宇宙人の様にも思えます。偶像としての「神」なのか?それとも宇宙服を着た何者なのか?今だに人類の誰もが謎を解けていないのです。


           .....まるで宇宙人のような縄文土偶達、右中央は有名な合掌土偶.....
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次もお目当て「与助尾根遺跡」&「尖石遺跡」に向おう!茅野市は300の縄文時代中期遺跡が発見されていますが、殆どが八ケ岳山麓の標高千m前後に位置しており、尖石遺跡が代表的な遺跡です。与助尾根遺跡は昭和24年に東大教授の設計図面をもとに地元有志で復元された住居の姿。


       .....「与助尾根遺跡」の復元住居、縄文時代の竪穴住居跡が何と28ケ所も発見.....
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      .....(左)春を待つ縄文遺蹟、木々の芽吹きは近し (右)竪穴式住居の内部に柱が屹立....
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八ケ岳山麓の標高千m前後の広大裾野は豊富な湧水に恵まれ、落葉広葉樹が多く繁茂し木の実(ナラ・クルミ・クリ)に恵まれており多様な動物が生息していました。縄文人はここを狩猟地として定住したのです。尖石遺跡にはストーンサークルや自然崇拝した巨石等も残っており古代信仰の痕跡を発見!


        .....茅野・八ヶ岳山麓に広がる「尖石史跡公園」、象徴的なストーンサークル遺跡.....
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      .....昭和20年代発掘の縄文遺跡には、神として祀られた石(自然崇拝)の痕跡が.....
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いや~見応えがあった!憧れの国宝土偶と八ケ岳山麓の縄文遺跡を堪能し大満足!信州の春風景を楽しみながら、次の目的地・松本城(桜満開)&旧・開智学校へとマイカーを走らせていきました。


        .....八ケ岳の春風景を見ながら諏訪湖から松本方面へとマイカーを走らせていく.....
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★次回レポートで諏訪大社に潜む古代史ミステリーへと迫ります!

諏訪は、高千穂や出雲と並ぶ最大級のミステリーゾーンでまだまだ解けない古代史の謎が多く秘められている場所です。有名な奇祭「御柱祭」は7年に1度行われますが、いよいよ来年春は祭開催を迎え諏訪は大いに盛り上ることでしょう。次回は2010年に体験した御柱祭の写真も公開レポートしていく予定


      .....奇祭「御柱祭」で有名な「諏訪大社」(4つの宮が存在)は古代史ミステリーの宝庫.....
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諏訪大社は2社4宮から構成されており、諏訪湖の北には諏訪下社(春宮と秋宮)、南には諏訪上社(本宮と前宮)があります。「前宮」だけが茅野市にあり御神体は背後にある「守屋山」なのです。


        .....諏訪大社「前宮」(茅野市)は最も原始的な雰囲気が残る謎が多いお社.....
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そして前宮の神事だけが他の3宮と全く異なり、鹿・猪の頭を生贄とし神に捧げる「御頭祭」という奇妙な儀式が残され、ここに狩猟生活をしていた縄文時代・先住民の信仰痕跡が感じられるのです。


        ....諏訪大社前宮の神事「御頭祭」、鹿・猪の頭が生贄として神に捧げられる.....
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諏訪大社が当地に鎮座する前、先住民が崇拝した「ミシャグジ神」という縄文時代の神を祀る場所を発見し訪問しました。「神長官・守矢家」資料館には「御頭祭」で生贄として捧げられた鹿・猪の頭、串刺の兎が展示されており正に衝撃的!征服された先住民に敬意を表し儀式を残したのでしょう。


   .....縄文期の先住民が崇拝した「ミシャグジ神」、祭祀する「神長官・守矢家資料館を訪問.....
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      .....「神長官・守矢家史料館」。ミシャグジ神に奉納された動物の生贄姿が展示.....
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前宮の御神体である「守屋山」は4年前に登頂しましたが、今回紹介した「尖石遺跡」や諏訪湖が一望できる絶景を楽しむことができました。当時の縄文人にとってモリヤ山こそ自分達を見守る神の山として崇めたのでしょう。実は「守屋」とは旧約聖書の「モリヤ」(生贄の地)に由来する名なのです。


      .....2011年GWに登頂した諏訪「守屋山」。山の地名は旧約聖書「モリヤ」に由来.....
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また諏訪大社の祭神は「建御名方神」(タケミナカタ)ですが、この神は出雲・大国主の息子で古事記・国譲り神話に登場。天照大神が派遣した鹿島神に敗れてしまい諏訪の地まで逃げて来たのです。


    .....諏訪大社は古事記・国譲りで出雲から敗走してきたタケミナカタが祀られる.....
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縄文ミシャグジ神、旧約聖書、古事記(出雲の神)が一挙登場し古代史ミステリーと言われても何が何だか分からないと思いますので今回はこの辺でやめておきます。次回のレポートでマニアックに解説する予定


                        古事記「国譲り」(出雲大社と伊勢神宮の謎の関係)はコチラから




★(LAST):諏訪湖周辺で撮影した幻想的な光景

           .....(左)夕暮れの諏訪湖畔風景 (右)湖上を舞う八重垣姫の像.....
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            .....夕暮れの雲間から峻嶮な南アルプス連峰が垣間見える!.....
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頭が混乱する複雑な古代史ミステリーへ無理に巻き込んでしまい御容赦・・。色々な民族の痕跡や神話が残っているのは諏訪の地が古代人にとって住み易い場所だった証拠を示していると思います。
最後はお口直しで、諏訪湖周辺で撮影した夕暮の湖畔風景や夜明けの富士山をお楽しみ下さい。


        .....石灯籠・八重垣姫・初島(諏訪湖花火打ちあげ島)のシルエットが幻想的!.....
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       .....湖畔の裸婦像も見つめるサンセット光景。自転車で家路に急ぐ人もシルエットに....
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諏訪は日本のヘソであり日本を分断するフォッサマグナと中央構造線が交わる中心点。中央構造線上には石鎚山・高野山・伊勢神宮・諏訪大社・鹿島神宮、日本のパワースポットが多く存在します。大断層がぶつかる深い磁場・地層の底から湧き上がってくる「気のパワー」が集積する所なのかも・・


        ....諏訪湖付近は、フォッサマグナ(糸魚川・静岡構造線)と中央構造線が縦横交差.....
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          ....諏訪の高台から捉えた幻想的な遥かなる黎明富士山も御覧あれ~.....
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諏訪は温泉があり、観光目玉としては「高島城」「夏の湖上花火大会」、冬の「御御渡神事」、武田信玄の愛した「湖衣姫」史跡等、訪ねたい場所・行事が沢山あります。皆様も是非ともご訪問あれ~!


         ....言葉もいらない諏訪湖の静寂、ユックリと時間が流れシーンとした余韻光景.....
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                                                         おわり

  by rollingwest | 2015-03-07 11:45 | 諏訪探訪 | Comments(108)

<2014年4月>埼玉探訪:「行田・さきたま古墳群」&「和同開珎」発祥地(秩父)

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★行田の「さきたま古墳群」を初体験

前回の東松山・川越記事に続き今回も埼玉県の歴史探索記事をお届けします。行田市の「さきたま古墳群」、日本初の貨幣「和同開珎」の発祥地(秩父)。埼玉は古代史探訪で魅力的な県なのです。


   ......埼玉県行田市「さきたま古墳公園」丸墓山古墳から稲荷山古墳を望む(1月訪問).....
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東松山の「吉見百穴」という古墳時代の横穴墳墓を前回紹介しましたが、埼玉県北部は5~6世紀の古墳群が数多く存在しているエリア。利根川・荒川に挟まれた肥沃な土地で繁栄したためでしょう。


        .......埼玉県行田市や東松山(吉見百穴)等に古墳時代遺跡が残る......
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                                 埼玉探訪(東松山・川越)の記事はコチラから  


川崎から行田のアクセスは電車だと不便なので、車で朝早く出発して10時過ぎに到着。埼玉の県名発祥碑と対面後、いよいよ「さきたま古墳群」へと向かいます。訪問時は2月初めで一点の雲もなき快晴!冬枯れの木々が疎らに生える平原に巨大な前方後円墳が現れてきた!何たる開放感!


         .......(左)埼玉の県名発祥地の碑 (右)さきたま古墳群の航空写真......
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     .......(左)「丸墓山古墳」へと向かう (右)「二子山古墳」を望む(2014年1月)......
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まずは日本最大の円墳「丸墓山古墳」に登ってみました。頂上部には冬枯れした桜の木がありましたが、春爛漫時期の写真をGETしてみると満開桜に菜ノ花群生のコラボ、大いなる絶景ですね~!


     .......(左)日本最大の円墳「丸墓山古墳」 (右)春は頂上部で桜満開......
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1590年に石田三成が北条攻めで「忍城」(oshijyou)を包囲して水攻めにするために造った堤防の跡(石田堤)がありました。水攻め作戦はうまくいかなかったようですが・・。木道階段を登り頂上部に立てば行田市街が一望!やや春霞っぽい陽気で朧げだったものの遥か彼方に冠雪富士が眺望!


      .......(左)丸墓山古墳を登り上がる (右)頂上パノラマ、朧な富士山が遠望......
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      .......初老女性が足どり軽くウォーキング、古墳散歩を日課としてるのかな?......
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丸墓山古墳からの眺望を満喫後、全国的に有名な「稲荷山古墳」へと歩きを進めて行きました。ここは国宝「金錯銘鉄剣」(詳細後述)が出土し一躍脚光を浴びた前方後円墳。頂上部には埋葬礫槨が復元されています。舟形の河原石枠内に棺があり、副葬品として「金錯銘鉄剣」が発見されたのです。


    .......さいたま古墳群の中で最古の「前方後円墳」、頂上部に復元された埋葬礫槨......
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稲荷山古墳から少し離れた所に武蔵国最大の前方後円墳(全長90m)「将軍山古墳」(平成9年復元)が丘の如く聳えています。陵上に並び配置された数多くのモニュメント風の土器群!不思議な光景だ~


     .......「将軍山古墳」の丘上には多くの埴輪が飾られている。将軍の名の由来は?.....
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墓陵の中は「将軍山古墳展示館」が併設されており古墳内部に入って見学できます。石棺室にはまさに名前通り古代豪族将軍が永眠している姿が再現されていました。安置遺体と供に出土した煌びやかな馬具類や副葬品は必見!「三国志」に登場するような武具甲冑・豪華宝飾物には驚くばかり!


    .......(左)眠る将軍周辺には多くの副葬品 (右)エントランス展の騎馬将軍の銅像雄姿......
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大和朝廷時代、関東~東北エリアには「毛人」(縄文人)が支配する巨大王国(複数部族の集合体)があり、その中で大和朝廷と婚姻関係を結んだ東国豪族が「毛野氏」(kenoshi)でした。この豪族は今の群馬・栃木を中心に大勢力を誇り2県エリアを「両毛」と呼ぶ由来は上下の毛野国という意味です。


      ......古代日本豪族の一翼勢力をなした騎馬民族、将軍眠る古墳内部を再現......
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一族は騎馬術を駆使し武門に優れており、朝廷命により東北の蝦夷討伐や朝鮮出兵に協力することで大和朝廷との連携を図り大豪族(常陸西部・武蔵北部まで勢力範囲)の地位を保ちました。さきたま古墳群造営者が毛野氏自身か?その対抗勢力かは判然としませんが大いに関係がありそう・・


         .......「浅間塚古墳」を通過していくと「さきたま史跡博物館」へと戻る......
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数々の古墳の周遊見学を終えて「さきたま史跡博物館」に戻ってきました。博物館前は広い庭があり日本古民家「遠藤家」が展示。家の内部を懐古的心境で拝見、次は博物館を見学してみることに


           ......「旧・遠藤家住宅」、古墳脇に民家が移築展示されていた......
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    .......(左)旧・遠藤家住宅の内部 (右)古墳時代の人達にとっては未来の夢邸宅!......
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さて今度は「さきたま古墳史跡博物館」を勉強してみよう!今廻ってきた古墳群のおさらいと合わせついに国宝として名高い「金錯銘鉄剣」(.稲荷山古墳から出土)の本物にご対面する時が来ました。




★「さきたま史跡博物館」の国宝名剣&日本古代史考察


博物館内部では「さきたま古墳群」昭和初期の写真、足長の馬や武人の埴輪などが展示されています。大和朝廷のルーツは大陸から渡来した騎馬民族が征服したという説が有力ですが、武人・馬の埴輪、精巧な馬具等を見ると大いに信憑性があります。日本人と蒙古人は殆ど同じDNAだしネ・・


    .......博物館に飾られていた長い足の馬、武人埴輪を見ると「大魔神」を思い出す......
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当時の渡来人は生活・武具等を作る高い工業技術者を持った人が多く、大和王権は渡来人を支配下に置き、部民制度(職業別組織体制)を導入しました。須恵器を作る人達を「陶部」(suetukuribe)、馬具や鞍を作る人達は「鞍作部」(kuratukuribe)、埴輪や土器を人達は「土師部」(hajibe)などです。


       .......(左)錆ついた鉄剣・神獣鏡 (下) 勾玉 (右)須惠器・土師器の数々......
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1978年、稲荷山古墳から出土した錆びた金錯銘鉄剣銘鉄剣の中に「獲加多支鹵(ワカタケル)大王」の文字が発見され日本古代史究明における世紀の大発見と騒がれました。ワカタケルとは第21代「雄略天皇」のこと、鉄剣所有者は「ヲワケ臣」なる人物で雄略天皇に信頼が厚い親衛隊長だったらしい。


     .....「ワカタケル大王」の名が刻まれた「金錯銘鉄剣」(稲荷山古墳から出土)......
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中国古書「宋書倭国伝」の日本に関する記述に登場する「倭の五王」のうち「武王」が「雄略天皇」のことですが、日本書紀の記述を見ると、同母兄等を次々に残酷な方法で殺し天皇の地位を奪った横暴な大王で「大悪天皇」or「有徳天皇」とも呼ばれています。全く反対の評価名が同居している・・


       .......考古学的観点で実在が実証された最古の天皇「雄略天皇」(ワカタケル)......
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雄略天皇は百済や任那を支援し、朝鮮半島で圧迫を受けた多くの民を日本に渡来させました。その反面、気性は激しく部下の不用意言動に対して激怒し焼き殺したりして猜疑心が強かったらしい。信長以上に強烈な性格の天皇が心を許し重用した「ヲワケ」とは一体どんな人物だったのでしょう?





★渡来人がもたらした技術・文化、「和銅開珎」の発祥地(秩父)を訪ねる


秩父は養蚕や絹織物業が盛んですが、多くの渡来人が当エリアに多く住んだからです。大和政権は技術力が高い秦氏族(渡来人)を統率強化し、養蚕・服飾業の奨励拡大を図り日本人に同化させました。秦野・波多野・羽田・畑山・畠中・鳩山・服部(hattori)苗字は機織り(hataori=秦織り)に由来


 ......「武甲山」が見守る秩父では昔から「秩父銘仙」の絹織物技術・養蚕業が発展してきた......
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秩父に入植してきた秦氏は鉱山採掘・鋳造技術にも優れており、日本初の国内貨幣を鋳造しました。教科書で習った奈良時代の貨幣「和同開珎」は何と埼玉県が発祥地なのです。物作りに長け手先が器用な日本人の技術力は、秦氏の血・DNAが古代から継承されてきたからではないでしょうか。


  ......2013年11月「和銅開珎」御神体の「聖神社」を訪問(地元で銭神様と親しまれる)......
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秩父の「和銅黒谷」は日本で初めて流通した貨幣「和同開珎」の発祥地。元明天皇期(708)に日本初の自然銅が秩父で発見され朝廷に献上されたからです。和同開珎が祀られる「聖神社」は地元では「銭神様」と呼ばれ、金運招来の神として宝くじ当選やビジネス成功を祈る人達に大人気らしい。


   .......(左)秩父鉄道には「和銅黒谷」の駅もある (右)金運招来の祈願で賑う「聖神社」......
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「和銅」採掘跡は黒谷和銅山にあり一帯が「和銅遺跡」となっています。露天掘跡脇には巨大な「和同開珎」モニュメントや銅精錬所跡もあってビックリ!秩父から奈良に銅を運ぶのも大変だったろうなア・・


      ...... (左)和銅黒谷の自然銅採掘跡&銅ムカデ (右)巨大貨幣モニュメントが鎮座......
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        ......「銅精錬所跡」、この技術も秦氏が日本に導入した高い技術の一つ......
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和銅遺跡には、秩父銅を都へ運ぶ役割を担った「羊太夫」の説明書きもありました。この方は上野国(群馬県)の伝説上の人物で、多胡郡吉井町(現高崎市)の「多胡碑」を見に行ったことを思い出しました。この碑には日本古代史に隠されたある文字が刻まれているのです。(下記に詳細を記載)


   ......2011年に訪ねた群馬県多胡郡吉井町の「多胡碑」、ここに原始キリスト教の文字が・・......
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群馬の県名は大陸から日本に渡ってきた騎馬民族勢力の痕跡が残っています。そして羊という名の豪族、まさに騎馬を操る蒙古遊牧民族が当地に根を張っていたことが窺えます。行田古墳群・秩父銅山跡は群馬県の隣接エリアであり、大和朝廷・騎馬将軍・渡来人秦氏に深い繋がりを感じます。


          .......和銅開珎の聖神社から望む「武甲山」、秩父の街を見守る......
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「武蔵国」「武甲山」の呼び名のルーツは「武庫」・・、日本武尊(ヤマトタケル)が武具をこの山に奉庫したからです。秩父「三峯神社」には「ヤマトタケル」銅像が堂々と立っており、大和朝廷が崇めた山だった!


       ......「三峯神社」を訪問して、天を見つめる「日本武尊ヤマトタケル」を発見!......
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                              名峰「武甲山」を仰ぐ「秩父の里」記事はコチラから 




★日本人とユダヤの繋がり (毎回のRW関心テーマ)


ところで日本古代史と来ればRWは「日本人のルーツはユダヤ」という説に興味を示し敏感に反応してしまいます。行田古墳の埴輪を見るとまさに古代ユダヤ人そのものだ!またキリストが処刑された十字架には「INRI」の文字があり、INARIに変化し「稲荷山」の古墳名に残されたとの説があるのです!


    ......ユダヤ司教の姿に似る埴輪、イエス磔十字架のINRI文字と稲荷山の類似は?......
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先程紹介した羊太夫「多胡碑」には「JINRI」文字が古書に記され、キリスト磔の「INRI」と全く同じ⇒「イエス、ナザレ大王」の意味が隠されているとのこと。大和朝廷がユダヤルーツである確証の一つです。
全国で最も多い神社は八幡神社と稲荷神社ですが、両方とも全て秦氏が創設し拡大した神社です。


  ......「天孫降臨」とはユダヤ人が日本を騎馬征服し、天から皇が降りた神話として表わす......
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日本の神社には古代イスラエル祭祀との類似が多くあり、祭祀形式・禊・結界(幕屋)・神輿(=アーク)・狛犬(=ライオン)等の共通点が沢山。失われたイスラエル10支族は騎馬民族と一緒に行動し世界最東端の日本へ到着、原始キリスト教を日本神道として再生させた。こんな驚愕的な説が唱えられています。


    ......「失われたユダヤ10支族」の移動ルート、騎馬民族と一緒に渡来した説が有力?......
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京都「祇園祭」の山鉾巡行に使用される装飾布には、イラクバクダッド宮殿や旧約聖書の一場面を表した図柄があります。ユダヤの「シオン祭」(⇒祇園と発音酷似)と開催日程や祭祀形式が完全に一致しています。天皇を裏から支え、京都遷都計画を完全指揮した秦氏は原始キリスト教直系だったのです。


  ......京都「祇園祭」のタペストリーには旧約聖書のデザイン!ユダヤ「シオン祭」と完全に同日開催......
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「祇園祭」「高山祭」と並ぶ三大曳山祭りは「秩父夜祭り」。昨年12月に初体験しましたが何故こんな山奥に京都に似た華麗な祭りが?と思いましたが、秩父に秦氏が多くいたことを考えれば当然か!


      .......華麗なる「秩父夜祭」、祇園と類似する理由は秦氏の影響に間違いなし......
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                                 「秩父夜祭」(2013年12月)の記事はコチラから  


行田古墳群から京都祇園やユダヤ文化へ突然話が飛んでしまったような印象になりましたが、アジア大陸は実はイスラエル・ペルシャと地続きです。渡来人文化とは中国・朝鮮と即考えがちですが、蒙古騎馬民族(スキタイ)と遊牧民族(ユダヤ)が合流し朝鮮半島経由で日本に渡ってきたと理解すべきかも・・


   ......伊勢神宮灯籠の「ダビデ紋章・六芒星」、アークを運ぶ姿は神官装束・神輿と全く一緒......c0119160_18313674.jpgc0119160_18421258.jpgc0119160_19271812.jpg




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天皇家のルーツは朝鮮半島東に秦韓・辰韓・弁韓(⇒後に新羅・百済・任那)を建国した「扶余族」(騎馬民族)と云われます。秦氏(扶余族)は原始キリスト教直系・・、日本の神話(天孫降臨)という権威を構築しながら全国の神社(頂点は伊勢神宮)を支配していったと考えればいいのかもしれません。



                                                          おわり

  by rollingwest | 2014-04-07 00:00 | 秩父探訪 | Comments(71)