今回記事の後半レポートは2024年10月に参詣した「増上寺」の風景(徳川歴代将軍の墓所等)、さらに足を延ばして「芝離宮」「浜離宮」の2つ恩賜公園の水辺風景、汐留の新橋停車場・操車場の跡地、築地場外市場などが登場します。ウォーターフロントの東京風景をご満喫あれ~!
昨年1月2日は都営地下鉄・芝公園駅に7時40分到着(箱根駅伝ランナーが日比谷を通過する時間を逆算)しました。元日に続き今日も快晴の青空に恵まれた穏やかな朝を迎えました!ビルの谷間から日の出を迎える時間となってきた。さて「増上寺」に向かって歩いて行きましょう。
早朝なので初詣客は疎らで快適!静謐空気の中、増上寺のご本尊(阿弥陀如来)に手を合わせて1年の健康無事・家内安全を祈りました。境内では猿回し初芸がお披露目開始されています。
増上寺前の国道1号線には箱根駅伝の各大学応援団が陣を張っています。日比谷まで歩いて行くとチアガールを率いた応援団長も待機中!暫くランナーを日比谷沿道で待っていると、いよいよ先導の白バイが現れたぞ!往路1区走者達は高速疾走であっという間に駆け抜けていきました!
1区の駅伝ランナーを見送った後は、日比谷公園内を歩いて皇居に向かって行きましょう。皇居前広場は沢山の一般参賀者達が来ており、皇居警護隊の指示に従って整然と並び始めています。
.....日比谷から皇居前広場に到着!一般参賀の行列が始まっており厳重な警備体制.....


★「皇居前広場」から「二重橋」を渡り「長和殿」へ、天皇ご一家「新年一般参賀」を初体験!
この前年(2024元日)は能登半島で大地震が発生したため一般参賀が急遽中止されたので、この日は2年ぶりに天皇ご一家が国民に祝辞を寄せる日となりました。参賀者は入門時に手荷物検査が行われ、参賀会場へ向かう宮殿東庭の所でボランティアから日の丸の小旗が配布されます。
..... 日の丸旗を受け取り、生まれて初めての新年一般参賀に心ワクワク胸躍る!.....




「二重橋」とは皇居正門から長和殿へ向かう途上に「二重橋濠」に架かる鉄橋のこと、本来の名称は「正門鉄橋」です。手前の「正門石橋」(眼鏡橋)の二つの総称としても使われています。「正門」は一般参賀(新年・天皇誕生日)で皇居内に入場する際の門として利用されています。
....「皇居正門&二重橋」、日本の正月の象徴風景をリアルに初体験する喜びに浸る.....






一般参賀で天皇ご一家が並び立つ場所が「長和殿」(南北に連なる163mの建物)です。ベランダにご一家が勢揃すると群衆から一斉に日の丸旗が振られ「万歳~」の歓呼が湧き上がりました。天皇陛下のお言葉は「2024年元日の能登地震や大雨災害の被災者」に心を寄せたものでした。
.... 「長和殿」に入りついに皇室ご一家が登場!天皇陛下が新年祝辞を述べられる.....





一般参賀で天皇ご一家のお出ましは5回(AM3回、PM2回)、我々早朝の参賀者は坂下門など4門から(一方通行)お濠光景を見ながら皇居を後にします。RWは大手門から出て高層ビル群を仰ぎ「東京駅丸の内広場」で記念写真撮影。帰宅後は早速に箱根駅伝TV中継に噛り付きました。
.....(上)皇居から東京駅へと向かう (下)美しき「丸の内駅舎」に高層ビル群.....






★2024年秋:都内ウォーク①:「芝公園」~「増上寺」(徳川家宝物殿、歴代将軍墓所)
さて次は1年前の「増上寺初詣&皇居新年一般参賀」から遡ること3ケ月、2024年秋の都内ウォーキング「芝公園~増上寺(徳川家墓所)~芝離宮庭園~浜離宮庭園~汐留新橋~築地」のレポートに入ります。当日は10月初めとは思えぬ残暑が続き「みなと区民祭り」が開催中でした。
... 2024年10月「芝公園」訪問、当日は「みなと区民祭り」が開催、「芝丸山古墳」も探索.....






芝公園の中には丸山古墳があり伊能忠敬側地遺功表があることを発見!公園散策を終えて隣接の「増上寺」に参拝しました。寛永寺と並ぶ徳川将軍家の菩提寺で江戸城の裏鬼門を守ります。
....東京タワーが背景の「増上寺」、徳川将軍家の菩提寺(江戸城の裏鬼門を守護).....






「宝物展示室」を鑑賞して事前勉強、「台徳院殿霊廟」は2代将軍秀忠の霊屋が祀られ、1632年に将軍家光が造営した壮大建築群で日光東照宮のプロトタイプとなった霊廟(国宝指定)です。
.....(上)「宝物展示室」を鑑賞 (下)2代将軍秀忠や歴代将軍の霊廟を学習する.....





次は「徳川将軍家墓所」の特別公開、2代秀忠・7代家継・9代家重・12代家慶・14代家茂など6人の徳川将軍、他には皇女和宮など江戸時代の重要な正室・実母・側室が丁寧に埋葬されていました。
.....「増上寺」と「寛永寺」は徳川家の墓所、江戸城を守る「鬼門封じ」の直線位置...







★2024年秋:都内ウォーク③:東京水辺散歩でまずは「芝離宮恩賜庭園」へ向かう
増上寺から浜松町駅を経由して進むと「旧芝離宮恩賜庭園」が見えてきました。老中・大久保家の上屋敷で大きな池に浮かぶ大小の島・築山が配置され楽しく周遊できる大名庭園。明治期は有栖川宮家の邸地となり、その後は宮内省が買い上げて「芝離宮」(迎賓館の利用)となりました。
.....「旧芝離宮恩賜庭園」増上寺から歩いて15分、雰囲気は一変して都会の水辺風景....






1924年、昭和天皇のご成婚記念として東京都に下賜され、庭園の復旧と整備が行われ、同年「旧芝離宮恩賜庭園」として一般に公開されました。1979年に国の名勝に指定されました。
....300年以上前の造営当時の面影を色濃く残す庭園、今では世界に誇る風景.....




昔はここが海だったことから、池に海水を引き入れて潮の干満を利用しながら景観の変化を楽しむことができる庭園です。高層ビル群に囲まれた大都会・東京を象徴する水辺風景の一つです。
★2024年秋:都内ウォーク・レビュー④:隣接する「浜離宮恩賜公園」で水辺散歩は続く
首都高速道路を挟んで行くと、芝離宮の隣にさらに広大な「浜離宮恩賜庭園」があります。江戸時代初期は将軍家の鷹狩り場でしたが、6代将軍家宣時代に「浜御殿」と称される将軍家の別邸となりました。明治時代は「浜離宮」(皇室園遊地)となり、戦後に一般に開放されています。
....「芝離宮」の5倍程の面積を誇る広大な「浜離宮恩賜庭園」に歩いて行こう.....






「潮入の池」は東京湾の海水を取り入れ潮の満ち引きで景観が変化する海水池で海水魚が生息し、冬には渡り鳥も飛来します。「浜離宮恩賜庭園」は江戸城の外堀と海を仕切る「堰」が設けられ「汐が留まる」場所だったことから、その後当地は「汐留」と呼ばれるようになりました。
.....「浜離宮恩賜庭園」は将軍家別邸で大名庭園の面影を現代に残す鴨場跡.....










「芝離宮」「浜離宮」の2つの恩賜庭園、高層ビルを背景に池の中央にある中島の御茶屋で寛ぎ水辺の風情と都会のコントラストを楽しめるのは都民の憩いの場!東京はリバーサイドに映える川風景が沢山見られますが、海水の満ち引きを利用した2つの大名庭園を皆様も是非散策あれ!
....意外と都民の多くは汽水式庭園が身近に2つもあることを知らないカモ・・come on~!.....






★浜離宮の近く(汐留)に昔あった「旧・新橋停車場」、変貌していく「築地」の風景を紹介
現在の新橋駅東側は「汐留シオサイト」という高層ビル群になっていますが、かつて当地には国鉄の「汐留駅」があり鉄道貨物輸送を支える大ターミナル駅であり巨大な操車場もありました。そして明治期は日本初の鉄道が開業した「新橋停車場」があり「鉄道発祥の地」でもあります。
..... 「汐留駅」は「鉄道発祥地」、新橋駅東口「♪汽笛.一声新橋を~♫」の記念碑が残る....







汐留の東側には有名な「築地場外市場」があります。昭和10年に中央卸売市場(築地場内市場)が開場時に隣接エリアに商店が集まったことで誕生しました。江戸時代から続く「日本橋魚河岸市場」の伝統が「都民の台所」として親しまれ今やインバウンドの聖地として大賑わいです。
.....「築地場外市場」、年末も大いに賑わいインバウンド観光客には憧れの聖地.....





築地駅の近くにある「波除神社」は江戸時代の築地の埋め立てで激波が押し寄せ工事は困難を極めました。「ある夜、海面に光を放つ御神体が見つかり稲荷大神として祀ると工事が順調に進んだ」との逸話が名前の由来です。「つきじ獅子祭」では2つの「巨大な獅子頭」が担がれます。
..... 築地を守護する「波除神社」、「巨大獅子頭」は江戸っ子祭りを盛り上げる象徴.神輿....



築地・場内市場は老朽化や過密化を理由に2018年10月で営業終了、その機能は江東区「豊洲市場」へ移転し受け継がれました。広大な市場跡地は「新まちづくり事業」の元で全天候型・多機能スタジアム(5万人収容の野球・サッカー場・LIVE会場)や商業エンタメ施設が建設されます。
.....「築地・場内市場跡地」は現在は巨大な空き地だが10数年後はこんな街になる!.....

