ジュリアンレノン 「ヴァロッテ」




★(051):ジュリアンレノン 「ヴァロッテ」   (1984年) (2012.11.26公開)



c0119160_031583.jpg恒例の12月8日(ジョンレノン命日)が近づくと、ah、また年の暮れが押し迫ってきたなア・・と毎年思います。今回はジュリアンレノン(ジョンレノンの最初の息子)が21歳で世界に衝撃デビューした名曲「ヴァロッテ」(1984年)を紹介し、ジョンへの追悼の気持ちを伝えたいと思います。歳を取ると月日の経つのが早い・・。今年はビートルズのデビュー50周年、ロンドン五輪開会式でポールが「ヘイジュード」を歌い閉会式ではジョンの「イマジン」で締めくくられた節目の年だけあって、ジョンの命日に特別な思いを寄せる方も多いかもしれません。「ジョンレノン生誕70年、暗殺30年目の命日」(2010/12月記事)はコチラから。ジュリアンは本当に声・ルックス・雰囲気ともそっくりで、まるで生き写しの様です。彼がデビューした1984年といえばジョン暗殺(1980)ショックからまだ世界が立ち直れていない頃だったので、父親似の顔と声を携えた息子の衝撃的登場は全てのジョンレノンファンのテンションを思いっきり刺激していました。 「アイドンワナノウ」「ソルトウォーター」」の歌声を聴いてみれば皆様も十分納得のことと思います。「デイアフターデイ」のユーチューブを見ると反戦に燃えたジョンが自らが兵士役出演した映画「僕の戦争」の姿にまさに瓜二つ・・と驚いてしまいます。当時ジョンと先妻シンシア(ジュリアンの母)との仲は険悪で離婚寸前状態でした。ビートルズナンバーでは常にNO1順位になる世界的名曲「ヘイジュード」(1968)は、ポールマッカートニーが当時5才のジュリアン(ジュードは彼の愛称)を元気付けた歌としてあまりにも有名。その狭間で父親ジョンに愛されなかった可哀相なジュリアンを励まそうとするポールの優しい気持ち、これが歴史的名曲として刻まれ21世紀の英国五輪で世界中の聴衆を魅了したのですから感慨も深い・・。 その後、ジュリアンは「フォトグラムスマイル」等の名作も出した後、長いブランクを経て2009年に幼な馴染みの追悼曲「Lucy」(Lucy In The Skyの由来)を発表、2011年には評判の高い「Everything Changes」もリリースしました。「父に対する怒りや苦しみを持ち続けていたら、残りの人生、僕の頭の上にはずっと暗雲が覆うことになるって最近気づいたんだ。」・・、数年前に悟った如く語ったジュリアンの言葉を聞き、天国のジョンは苦笑いしながら申し訳ない気持ちで息子の成長を喜んでいるのではないでしょうか。



  by rollingwest | 2003-01-01 00:17 | 洋楽(ロック・POPS)

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