「My Favorite Songs」(第52巻)



【My Favorite Songs】の過去紹介した記事一覧(INDEX)はコチラから

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★(227) モット・ザ・フープル 「すべての若き野郎ども」 (1972年) (2019.12.5公開)



■隠れた歴史的名ロックバンド「モット・ザ・フープル」のデビューから50周年!
c0119160_11270661.jpg1970年代初頭~中期に活躍した隠れたお宝物の名バンド「モット・ザ・フープル」をご存知でしょうか?RWがリアルタイムに彼らの名前を知ったのは1972年、デヴィッド・ボウイやTレックスに追随したグラム・ロックの一翼を担ったバンドという印象でしたが、その後ロックシーンでの歴史的評価は非常に高いものがあります。デビッド・ボウイに実力才能を見い出されて70年代中期に冴えある名盤を次々に輩出、メンバーの一人はバッド・カンパニー(フリーの後継バンド)を結成、クイーンやクラッシュがこのバンドに憧れていたと聞けば、皆さんも強く興味がそそられるのではないでしょうか?1960年代後期、ミック・ラルフスは卓越したギタープレイで英国内で実力が認識されていました。メジャーデビューを目指し、歌えるキーボード奏者のイアン・ハンターをオーディションで見い出して新グループ「モット・ザ・フープル」を1969年に結成。しかしデビューしてから最初の3年は4枚ものアルバムを出すものの、音楽の方向性が定まらず商業的も失敗を重ねてしまいついに彼らは解散を決意しました。しかしその苦境を救ったのはデビッド・ボウイでした。上記掲載の「すべての若き野郎ども」は、ボウイが彼らに解散を思い留まらせ、一緒にプロデュースして仕上げた渾身名作(5th盤)のテーマ曲です。イントロを2小節聴いただけで魅了されるせつないメロディの若者賛歌(イアン・ハンターの共鳴を求めるような哀願歌)は、世界中で大ヒットとなり、今やロックファンなら誰もが知る程のロック史に輝く伝説的なスタンダードナンバー、ちょっとジョンレノンの反戦歌に似ているような雰囲気も感じますね~。今年は「モット・ザ・フープル」が結成されて50周年の節目年!彼らの3つの栄光名盤(5~7th)を中心に歴史を辿りながら数々の名曲を紹介してみたいと思います。

■デビュー4年目にしてついに華が開いた5th盤「すべての若き野郎ども」(1972)
1972年当時、妖しくも大ブームだったグラム・ロックの盟主「デビッド・ボウイ」は、同じジャンルに括られたバンド「モット・ザ・フープル」の実力を認めていました。彼らが解散する話を聞きつけて「君たちが解散するのは実に惜しい!楽曲提供と新アルバムのプロデュースに力を貸そう!」と救いの手を差し延べたのです。ボウイの指導により彼らはCBSレコードに会社移籍、ボウイ人脈の有名ミュージシャン(ミック・ロンソン等)達の全面協力を得て、5作目「すべての若き野郎ども」を完成させました。このアルバムはグラムロックの狭い枠には捉われず、ストレートなロックサウンドに真っ向勝負をしており捨て曲がない名盤!冒頭1曲目はルー・リードの代表曲「スイート・ジェーン」からスタート!疾走感溢れる本格的な重厚ロックに一挙に魅了されます。アルバムテーマ「すべての若き野郎ども」(原題:All The Young Dudes)は3曲目に登場します。ストーンズ的リフで彼らを象徴するナンバーとして愛されている「ジャーキン・クローカス」は実にカッコいい!ハードかつ重厚で個性的なロックンロールを中心に、イアンのヴォーカルも冴えわたり、ミックのギターも最高のプレイを聴かせています。ロック史に輝く名曲の一つ「レディ・フォア・ラブ」はご存知バッドカンパニー(元フリーのポール・ロジャースとサイモンカーク、キング・クリムゾンのボズ・バレルと一緒に結成)がデビューアルバムで取り上げた名曲でモット・ザ・フープルのオリジナルが登場!「サッカー」の曲調も、その後のバッドカンパニーのサウンドに繋がっているような気がします。ラストを飾るのは「潜水夫」、深海潜水する男の心境を歌った曲でデビッドボウイが宇宙飛行士の孤独感を歌い上げた「スペース・オディティ」と対をなす双生児的な位置づけにあります。イアンの巧みな歌詞とミック・ロンソンがアレンジしたストリングスが物悲しく歴史的名盤の締めを飾るのに相応しい名曲でアルバムの最後を飾り余韻を残します。「このロック史に輝く伝説的な超名盤を聴かずして70年代ロックを語ることはなかれ!」と断言できる秀逸の力作でした!

■前作にも勝るとも劣らぬ評価をされた傑作:6th盤「MOTT革命」(1973)
翌年は彼らのセルフプロデュースで6th盤「MOTT革命」(1973)がリリースされました。ワイルドで妖しいイアン・ハンターのヴォーカルがグラムロックの華やかさを漂わせつつ、サウンドはギターを前面に出したストレートでエネルギッシュなロックンロールバンドとしての魅力が十二分に発揮された傑作です。オープニングは「メンフィスへの道」、イアン・ハンターの軽快なピアノ(躍動的なイントロ)とミック・ラルフスの鋭いギターフレーズ、間奏に入るロキシー・ミュージックのアンディ・マッケイのサックスもグルーヴィーで実にいいですね~!キャッチーなサビで一気に盛り上がる佳曲は、英国人が古き良きアメリカ南部を奏でる名曲で全英10位に輝きました。「ホナルーチ・ブギ」はシングルカットされ全英12位を獲得、「魔女」はミックのへヴィなギターリフとイアン・ハンターの乾いたボーカルが特徴的で、家出娘とのNY生活を歌っておりエンディングの再フェード仕掛けも面白い!アルバムのハイライトは「モット・ザ・フープルのバラッド」、サブ・タイトルに<1972年3月26日チューリッヒ>とあるのは彼らが解散を決めた日、デビッドボウイから連絡を受けた日の感謝の思いが歌われています。このバラードこそて再起を賭けて見事復活したモット・ザ・フープルの本質が隠されているのかもしれません。傑作アルバム「MOTT革命」発表直前にバンド創設者ミック・ラルフス(Gt)がバンドを脱退、ポール・ロジャースらと共にバッド・カンパニーを結成し、ミックのギターワークがフリーの系譜を受け継ぐ新バンドにサウンド面で大きな影響を与えていきました。

■ラストの閃光名盤:7th盤「ロックンロール黄金時代」(1974)
1974年に発表された7thアルバム「ロックンロール黄金時代」(英題:The Hoople)は彼らの実質的なラスト・アルバムで、グラム・ロックな名曲が満載で往年ファンは「こちらが最高傑作だ!」と主張する方も多いようです。オープニングはアルバム表題曲「ロックンロール黄金時代」はグラマラスでパワフルで猥雑でお馬鹿っぽい雰囲気ながらも哀愁も漂う楽しさ抜群名曲です。♪「ロックンロール黄金時代は決して終わらないぜ~! ガキどもが笑ったり泣いたりしてる限りはね~」 炸裂するブラス、R&Rピアノの連打、素っ頓狂なギター・ソロ、ノリノリの女性コーラスとのハッピーな気分になっちゃいます。シングルで発表された「フォクシー・フォクシー」、イントロのキラー・リフがバッチリ決まっているカッコいいナンバー「土曜日の誘惑」、アルバム中盤で聴かせる心せつない美曲「トゥルーディのバラッド」など名曲が続々と登場、聴き所が多くこのアルバムも捨て曲は殆どない気がします。これまで紹介した3名盤のうちで、最も自由奔放で享楽的で刹那的!伸びやか・煌びやか・グラマラスな印象がありイアン・ハンターの才能が炸裂した名盤でした。しかしこれでバンドの全盛期はここで終わり、その後実質解散状態となってしまいました。

■イアン・ハンターが恩人デビッド・ボウイに捧げた感謝の気持ち
1970年代に3枚の名盤を残し、ロック史の中で玄人的には評価されている「モット・ザ・フープル」ですが、商業的に大きな成功を収めた印象は薄く一般的にはその知名度はやや低い印象があります。しかし彼らはグラム・ロックとパンクを繋ぐ役割を果たし、なおR&Bやロックンロール的にも評価が高い名バンドでした。その後もイアン・ハンターは精力的にソロ活動を継続し、2012年には映画「すべての若き野郎ども」をグラムロック40周年の節目に自伝ストーリーで公開もしています。そして2016年はイアン・ハンターにとって衝撃的な年となりました。モット・ザ・フープルが解散寸前の崖っぷちで救いの手を差し伸べてくれた恩人「デビッドボウイ」が突然の死を迎えたのです。イアンは当年にソロ・アルバムを制作し、尊敬するデビッド・ボウイに捧げた哀悼歌「ダンディ」(2016)を発表しています。ラスト映像は、そのデビッド・ボウイがイアン・ハンター、ミック・ロンソンと一緒に歌い上げる「すべての若き野郎ども」のLIVE映像で締めたいと思います。このLIVEは1992年フレディ・マーキュリー追悼コンサート、共演したのはクイーンの残メンバー、デフ・レパードと実に豪華で夢のような映像ですね!



⇒次回は、サイモン&ガーファンクル「ボクサー」(1969)で2019年最後の洋楽記事を締めたいと思います。♪\(^◇^)/♪






★(226) リチャード・マークス 「ライト・ヒア・ウェイティング」 (1989年) (2019.11.18公開)



■30年前に名バラードを放ち続けていたAORシンガー「リチャード・マークス」

c0119160_18061351.jpg今年のRW洋楽記事は上期がもっぱら「〇〇50周年記事」(1969年のアーティスト名盤やデビュー記事)、前回記事は40年前の大ヒット曲ナック「マイ・シャローナ」(1979年)と来たので、今回は30年前に大活躍していたリチャード・マークスの美しいバラード曲(1989年)を冒頭で紹介したいと思います。1989年といえば平成元年(昭和から新元号に改元)バブル全盛期、当時そんな享楽とは全く無縁だったRWは疲労回復ドリンク「リゲイン」のCM「♪24時間戦えますか~」そのもの状態で毎晩深夜まで働かされて毎月140時間前後の残業が続いていた時期でした。多忙で疲れ切った日々を送り洋楽を聴く気力・興味も全く失せており、この頃は何がヒットしていたかも殆ど記憶がありません。そんな中で心を癒してくれたのはリチャード・マークスが歌う美しいバラードの数々でした。上記に掲載した大ヒットナンバー・「ライト・ヒア・ウエイティング」は、リチャード・マークスの最も有名な曲で、当時の恋人シンシア・ローズ(女優:海外ロケで何か月も離れ離れ状態)に宛てたなラブソングでした。「遠く離れた貴女を僕はここで待っている」という心情を美しく歌い上げたピアノ・バラードは日本でも大ヒットしてまさに彼の代表曲となったのです。彼女とはその後結婚したものの、5年前に離婚しちゃったのでちと残念だったかな・・・。

■1987年デビューからいきなりスターへ!
リチャード・マークスは1963年シカゴ生まれ 両親ともミュージシャンという音楽一家の中で育ちました。10代でライオネル・リッチーに認められて音楽活動を本格化させ、その後リッチーの紹介でケニー・ロジャースのバックコーラス歌手となっています。さらにデヴィッド・フォスターと知り合って、彼の秘蔵っ子的な存在になるという華麗なステップアップを経て、1987年アルバム「リチャード・マークス」でデビューしました。初シングル「ドント・ミー・ナッシング」がいきなり全米チャート3位で登場、続くシングル「シュッド・ノウン・ベター」、さらに「エンドレス・サマー・ナイツ」も立て続けにチャートインさせ、そしてついに4枚目シングル「ホールド・オン・トゥザ・ナイツ」が2週連続全米NO1を獲得したのです。美しい声にイケメンマスク「一体どういう恵まれた運命の星のもとで生まれているんだろう!」と羨むような挫折なき人生という感じのスタートでした。

■絶頂期を迎えた2nd盤「リピート・オフェンダー」
デビュー盤(1987)から4曲のヒット・シングルが生まれ、その勢いをそのまま受けて2年後にリリースされた2nd盤「リピート・オフェンダー」もヒットするのは確実必定でした。当時アルバムチャート1位に君臨していたプリンスの「バットマン」を蹴落として全米NO1となったのです。ここからシングルカットされた「サティスファイド」はシャッフルするメロウな曲で全米NO1に、続く冒頭紹介した「ライト・ヒア・ウエイティング」も連続で全米NO1に輝いたのです。2nd盤楽曲のクオリティはデビュー盤とほぼ互角ですが、音の作りで本盤はさらなる進化しており、ロック色の強いナンバーでの音の立ち方がよくエッジの利いたサウンド度が高まっています。「アンジェリア」「チルドレン・オブザ・ナイト」など、リスナー受けしそうなロック・チューンとバラード系曲が絶妙に配置されて、より美しさを追求した音づくりで大成功し、彼の栄光はこの2つのアルバムで頂点に達しました。

■90年代で勢いは落ち着くが、今も地道な活動を継続するリチャード・マークス
1991年に満を持して3rd盤「ラッシュ・ストリート」を発売し、「キープ・カミン・バック」も大ヒットすることが期待されたもののチャート12位、 「ハザード」が何とか9位に入りましたが、「テイク・ジス・ハート」が20位、一時の爆発的な勢いには届かずやや人気に陰りが見え始めてきます。1994年は「ナウ&フォーエバー」が映画「ゲッタウェイ」主題歌に採用され全米7位と復活のきざしありや?とも思わせましたが、その後のセールスは振るわなくなりました。同じような美しいバラードばかり聴かせられているとだんだん飽きられてくるのはしょうがないかもしれませんね。しかし彼は色々なアーティストと交流を拡大して今も地道に頑張っています。アイドルグループのイン・シンクやバックストリート・ボーイズに曲を提供したり、日本の「チャゲ&飛鳥」とコラボしてトリビュートアルバムを制作、さらに2004年には、ルーサー・ヴァンドロスと共作アルバムを制作し、グラミー賞最優秀楽曲賞を受賞、2006年にはリンゴ・スター&ヒズ・オール・スター・バンドのメンバーに名を連ねています。 デビューから直近まで交流したビッグネームのアーティストが次から次へと登場してくるので驚くばかりです。そして今年2019年の秋、名盤「リピート・オフェンダー」と大ヒット曲「ライト・ヒア・ウエイティング」の30周年記念アルバムと新ビデオが公開されています。



⇒次回は、ロック史に輝く隠れた名バンド「モット・ザ・フープル」の名盤集紹介、代表曲「すべての若き野郎ども」(1972)をお届けします。♪\(^◇^)/♪






★(225) ザ・ナック 「マイ・シャイローナ」 (1979年) (2019.10.31公開)

    【 70年代洋楽一発屋特集①】



■40年前の大ヒット曲「マイシャローナ」を始め、70年代洋楽の一発屋名曲を振り返ってみる・・
c0119160_20370123.jpg今回記事の冒頭曲は今からちょうど40年前に彗星の如く出現し、全米6週連続1位となったザ・ナック「マイ・シャローナ」が登場!軽快イントロギターで、リズムに乗って「♪マママ~、マイ~シャロナッ!マイ~マイ~マイ~!!! ウォウ!♪」のシングル曲は毎日毎日ラジオから流れ、デビュー当時の勢いはビートルズ再来と云われました。実際にビートルズの「抱きしめたい」(I Want To Hold Your Hand)」以来の短期・最速期間で爆発的な大ヒットシングルとなり、アルバム「ゲット・ザ・ナック」も驚異的な売上げを成し遂げたのです。しかしロック史に刻まれた奇跡・珍事はそれだけでは終わりませんでした。何とナックはたったこの1曲だけで完全失速し、あっという間に音楽シーンから消えて行ったのです。評論家から「彼らの失墜はまさにロック界の七不思議」とも謂われる程に巨大な閃光をブッぱなしてあっけなく潰えた完全なる「一発屋」でした。今回の企画は「1970年代洋楽の一発屋特集」(前編)をお届けしましょう。ナックの如く完全なる1曲に終わった「究極の一発屋」と、ブレイク後に数曲ヒットを放った「準一発屋」が混在しますが、長いPOPS史の中から見れば五十歩百歩なので一緒くたに公開します。皆さんからは「このアーティストは決して一発屋ではない!」とご不満ある方もいるかと思いますがご容赦下さい。前編で紹介する年間トレンドは、①「RWが洋楽に初めて嵌った1970年のスマッシュヒット群」 ②「1970年代前半期の一発屋」 ③「1970年代後半期の一発屋」の3構成で皆さんが親しみやすい心地いいナンバー(癖のない耳触りいいPOP曲)を多く取り上げてみました。


■RWが洋楽に目覚め嵌り始めた1970年の一発屋ヒット曲①
1970年(RW中学1年生)はビートルズが解散、ハードロックやプログレなど雨後の筍の如く沢山登場した新世代の音楽シーンに移行する洋楽史・分水嶺となる画期的な年でした。当時のPOPSヒットチャートは、カナダ・フランス・オランダ勢など多国籍的なバンドが大席巻しており、まずはカナダ出身のオリジナルキャストが伸びやかに歌い上げるオリジナル・キャストの「ミスター・マンデイ」を紹介しましょう。「♪オ~、ミスター・マンデイ・ミーオマイ~!♪」爽やかに伸びやかに哀愁を感じる歌声と爽やかサウンドを歌い上げた当曲は、文化放送「All Japan Pop 20」で1位を6週間独走、日本だけで大ヒットした曲(46万枚セール)となり1970年間ランキング第1位に選ばれたのです。素晴らしいイントロ部とPOPな音楽性が日本人の好みに合ったんでしょうね~。続くナンバーは、小生が最も懐かしさを感じるアース&ファイファー(ショッキング・ブルーと並ぶオランダ・バンド)が放ったヒット曲「シーズン」!衝撃的イントロと哀愁に満ちたエンディング(アコギ演奏が印象的)で凝った作品でRWの琴線を刺激してくれました。3番目はエジソン・ライトハウス「恋のほのお」、イントロから低音弾きのギター、重心の低いドラムス&ベース、重層的なストリングがコラボしキャッチーな構成で魅惑してくれたPOPナンバーでした。1970年一発屋で最後の紹介は米国シンガー・ルークリスティの「魔法」、冒頭からイントロ演奏なしでサビから登場「♪メイビィ~、シャララ、メイビィ・メイビィ・メイビィ、アイラブュ~♪」から入る曲構成のイントロが実に魅力的でした。アップテンポのメロディが叩きつける勢いで神秘的な雰囲気を漂わせながら流れる曲調からクライマックスへと誘っていく素晴らしいアレンジだったなア・・。

■1970年代前半期の一発屋ヒット曲①
さて次は1971~1975年の一発屋スマッシュヒットを紹介しましょう。1971年、中学2年だったRWはラジオから流れてくるマーク・リンゼイ&レイダースの「嘆きのインディアン」(1971)の含蓄と哀愁溢れる素晴らしいヒット曲に深く魅せられてしまいました。今回記事で取り上げる曲の中では、一番渋くてメッセージ性ある玄人好みのナンバーかもしれません。この作品は米国開拓史で欧州白人が先住民の土地を侵略略奪を行い、強制的に居留地区に追いやられたインディアン(チェロキー民族)の悲劇を骨太に歌い上げていました。さて次は一転して明るく元気なカプリコーン「ハロー・リバプール」(1971)が登場します。かの有名なアンディ・ウイリアムス名曲「ある愛の詩」(フランシス・レイ作曲)と当時の洋楽チャート1位の座を争ったいたのがこの曲でした。「リバプール・・」、ああ何と素晴らしい響きでしょう!まだヨーロッパに一度も足を踏みれたことがないドメスティックなRWは、いつかこの都市を訪れビートルズの足跡を巡りたいと思っています。いつその夢が叶うのだろう・・?さてリバプールとくれば、ピンキー&フェラスの「マンチェスターとリバプール」(1968)を取り上げたくなりましたので60年代名曲を番外編でご紹介!日本で当時30万枚を売り上げ、ヒットチャートNo.1を5週間続けた名曲はもの悲しい雰囲気ながらもリズミカルなリズムとマイナーの美しいメロディでした!さてさて、紅葉輝く季節を迎える11月・・、これに似合う最も美しい曲はヴィグラス&オズボーンの「秋はひとりぼっち」(1972)、中学3年高校受験への勉強時代に深夜ラジオを聴きながらインスタンラーメンを啜りながら聴いていたRWはこの曲こそ秋の象徴曲だと今も信念も崩しておりません。やはり日本人の心・線を擽ったんでしょうね~!5曲目はテリー・ジャックス「シーズン・イン・ザ・サン」(1974)、このアーティストは全く知られていないものの当時の全米年間ヒットシングル1位、全世界で1,100万枚セールスとなるギネス級名曲だったのです。歌詞はこれから自殺をしようとする少年が家族や友達に別れを告げる歌詞らしく葬送行進曲をポップ編に美しいメロディに仕上げた異例のナンバーでした。1970年前半期の最後は、英国POPバンドのパイロットが放ったバブルガムサウンドのヒット曲「マジック」(1975)、短い活動期間でアルバム4枚を発表していますが一発屋のカテゴリーに必然的に分類されてしまいます。

■70年代後半期の一発屋ヒット曲①
1970年代後半(1976~79)はRWが大学生4年間でFENラジオから聴き続けた中からチョイスした一発屋さん達です。大学に入学した当時のFEN名曲は今も深く心に刻まれています。その中で米国ミュージシャンもゲイリー・ライトが歌い上げた「夢織り人(Dream Weaver)」(1976)は最もお気に入り曲の一つでした。ドラム以外はキーボードとシンセサイザーだけで演奏され宇宙を浮遊するような幻想的な曲は、映画「ウェインズ・ワールド」のサウンドトラックにも使用されました。彼は、ジョージ・ハリスンとは友人関係にあり、ハリー・ニルソンの名曲「ウィザウト・ユー」においてはピアニストとして参加しています。大学2年下宿ラジオから毎日流れてきたのは、アンドリュー・ゴールドの「ロンリー・ボーイ」(1977)でした。「♪チャンチャンチャチャン・チャンチャンチャチャン♪ ヒーワズ・ボ~イズ・インナ・サマーデイ!ナインティフィフティワ~ン・・・♪」、硬質で軽快なピアノ連打から始まる心地よいリズムとテンポ、そして後半のドラマティックな展開と洗練されたクライマックス(泣きのギタープレイ)!最高潮でのシャウト「グッバイ・ママ~、グッバイ・ユ~!グッバイ・パパ!」・・!両親に別れを告げる歌詞も実に心打つものがありました。アンドリュー・ゴールドは日本では殆ど無名でヒットはまさにこの1曲だけでしたが、リンダロンシュタッドやカーリーサイモン、カーラボノフなどの作品に携わったウエストコーストロック黄金期を支えセッションプレーヤーでした。まさに70年代の典型的なPOP名曲という感じがしますね~!RWが青春時代から今も愛し続けている名曲です。さてさて、日本でエグザイルと言えば今や超BIGなアーティストですが、米国にも同名のカッコいいグループが一時の閃光を放ちました。1978年に突然出現した無名バンドのエグザイルが「キッス・ユー・オール・オーバー」(1978)美しいコーラスサウンドで4週間の全米No1になったのです。彼らの人気頂点はたった1年間だけでその後急速に知名度は衰えてしまいましたが、その後はカントリーバンドに転身して10年間この部門で地道なヒットを放っていたようです。実力あるバンドはこのような愛され方もしたんだなあ・・!前編のLAST紹介曲は、ニック・ロウの「恋するふたり」(1979)にしたいと思います。この曲はある意味70年代後期の一発屋を代表する最高のポップソングだと思います。何て言うのかなあ・・、純粋さを感じるんですよね~。多感な青春時代の爽やかSONGには一段と思い入れがある還暦過ぎオヤジのノスタルジアでした。(笑)

■次回70年代一発屋記事②で公開予定のヒット曲
さて今回の一発屋ヒット曲集前編はこの辺で一旦筆を置きたいと思います。第2弾の公開予定曲は1970年ナンバーは、リン・アンダーソン「ローズガーデン」、マッシュマッカーン「霧の中の二人」、 クリスティ「イエローリバー」が登場!70年代前半期からのチョイスでは、ロボの「片思いと僕」(1972)、カーク・ダグラス「カンフー・ファイティング」(1975)、ジグゾー「スカイハイ」(1975)、70年代後半期はエルビンビ・ショップ「愛に狂って」(1976)、ベイビーズ「イズント・イット・ア・タイム」(1977)、イヴォンヌ・エリマン「キャント・ハブ・ユー」(1978)、最後は1979年J.D.サウザー「ユア・オンリー・ロンリー」、ロバート・ジョン「恋するウーマン」、リッキー・リー・ジョーンズ  「恋するチャック」、バグルス「ラジオ・スターの悲劇」が登場する予定です。皆様からこの曲は是非入れるべきという推薦曲やリクエストがあればドンドンお知らせ下さい。さらに新規曲が多く集まれば、3編に拡大して皆様と懐かしき一発屋ヒット曲を共有・感情移入したいと切望しております。


⇒次回は、1980年代後期に大活躍した美しいバラード名曲を放ち続けたリチャード・マークスの名曲「ライト・ヒア・ウェイティング」(1989)をお届けします。♪\(^◇^)/♪




  by rollingwest | 2004-01-16 00:00 | 洋楽(ロック・POPS) | Comments(124)

Commented by ちびた at 2019-11-01 12:52 x
ザ・ナックの「マイ・シャローナ」は大ヒットでしたね。
これ1曲で跡形もなく消えたのは確かに不思議です。
「ミスター・マンデー」も良くラジオで流れた記憶がありますが日本だけのヒットだったんですね。
Commented by naruru-kato at 2019-11-01 20:16
ナックって一発ヒットの代表バンドだと思うのですが、

その前になぜ「マイ・シャローナ」がヒットしたのかがわからないです。 ざんざんいい曲だと思わないんですが(笑)

Commented by FirstMESA at 2019-11-02 05:49 x
RWさん、おはようございます。
アハハハ、面白い企画ですね〜
たしかにザ・ナックの一発屋具合は強烈でしたね!
他には、いずれもディスコ系で一発屋かどうか微妙ですが、一曲があまりにも強烈過ぎたサンタ・エスメラルダとかジンギスカンとかを思い浮かべます。
Commented by rollingwest at 2019-11-02 06:03
ちびた様、本当にザ・ナックの「マイ・シャローナ」はPOPS歴史に残る完全なる一発屋でした。でも今もみんなの記憶に残りこうやって語られるんですから、大きな足跡を残したともいえましょう! 「ミスター・マンデー」も懐かしいでしょ!小生が洋楽デビューした1970年は素晴らしいヒット曲が数々残っています。後編でもたっぷり紹介しますね!
Commented by rollingwest at 2019-11-02 06:19
naruru-kato様、そうそう小生も全く同感なのです!どこにでもありそうなこの曲が何で6週間も全米連続1位となったのかいまだに理解できないし、ナックがその後突然大失速してパッタリと消えてしまったことも、実に不思議でした。ロックPOPS史の未解明事件であり、「究極なる一発屋」の呼称はまさに彼らのためにあるようなものですね!
Commented by rollingwest at 2019-11-02 06:34
FirstMESA様、「一発屋」面白企画を楽しんで頂けてコチラも嬉しい限り〜、また新たな素材ネタを提案してもらって・これからの記事の執筆への意欲が沸きます!ディスコ系まで一発屋を拾っていくと果てしなく数が多くなりそうですがサンタ・エスメラルダやジンギスカンなどは人気で爆発的に浸透した曲なのでこういうにはいいかも・・!今回は聴きやすい名曲を多くチョイスしましたが、次回は少しずつキワモノ的な色も深めたいと思っています。
Commented by oyajisann at 2019-11-02 10:21 x
昔東芝からでたザ一発屋なんてコンピ買った記憶ありますが一発屋って人それぞれ。チャートに何位まで再び入れば除外か思い入れで違ってきますね。ナックはやたらギター間奏が長い大ヒット曲の他にグッドガールドントだったかな10位近くまでいったセカンドシングルも所持してます。オリジナルキャストは日本で大ヒットだけどその前に天使の兵隊ってシングル小6で購入思い入れあります。いつの間にかポールリビアからヴォーカルのマークリンゼイに名前が変わったレイダース(マークのソロと並行)ポールの頃日本では?も60年代はヒット曲あり。私的には米国はソロ名義も日本ではレイダース名義で出たアリゾナ(邦題は花咲くアリゾナ)これまた小6か中1か購入米国でも10位ぐらいのヒット今でも愛聴してます。ジョージとの親交深かったゲイリーライト最後のヒット?となったReally Wanna Know You佳曲シングル買いました。Love Is Aliveももう少しで1位も2位どまり。久しぶりにゲイリーライト聞いてます。日本で1発ヒット=1発屋が順当な選択でしょうね。1発屋探すのは楽しいです。蛇足ながら坂本九さんはスキヤキの他にもう1曲チャートイン。日本の米国での1発屋チャート100で観ればピンクレデイ・松田聖子・YMOそんで小野洋子さんかな?笑11月もよろしくお願いします。
Commented by rollingwest at 2019-11-02 10:41
Oyajisann様、完全なる「ザ一発屋」と思っていたナックもなチャート10位近くまでヒットした2曲目がありましたか!坂本九さんもスキヤキ「上を向いて歩こう」の他にもう1曲チャートインがあったとは知りませんでした!これだけデビュー曲が売れれば2曲目は大したことがないシングルだったとしても普通は売れますよね。そういう意味ではたった1曲で終わっちゃう「真の一発屋」(ただしこの曲が驚異的に売れたことが条件付き)を見つけ出すのは相当に至難の技なのかもしれませんね!さすが貴殿はよく聴き込んでおりますね!レイダースやゲイリーライトでこれだけ語って来られる方はなかなかいません。貴殿の音楽への傾聴・多彩ぶりにはいつも感心させられます。これからも色々ご教授願います!
Commented by doronko-tonchan at 2019-11-02 15:55
「マイ・シャローナ」
面白い曲ですよね。
道産子で北海道在住の私はナックといえばチームナックを
連想します。^^
Commented by ミュウ at 2019-11-02 16:00 x
一発屋っていっぱいいますよね。
日本の歌手でもかなり多いと思います。
芸人の一発屋も多いですね。

確かに洋楽での一発屋では、70年代以降はナックの「マイシャローナ 」 以上にインパクトのあるものはないですね。
ちょっとジャンルが違いますが、1993年、スペイン人デュオのロス・デル・リオが発表した楽曲「マカレナ」もインパクトがありました。「マイシャローナ」と同じくらい耳に残るサビでしたね。
Commented by RRExpress4 at 2019-11-02 16:08
こんにちは。
一発屋特集とはまた、趣向の効いた企画を(笑)

ナック・ファンとして擁護をひとつ(笑)
確かにヒット作としては「マイ・シャローナ」がずば抜けていますが、前の方もお書きになったとおり、セカンド・シングル「グッド・ガールズ・ドント」もいいセン行きました。
グループ自体も82年に一度解散しましたが、86年に再結成し、シングルヒットこそ出ませんでしたが、最終的にリード・シンガーのダグ・ファイガーが死去する2010年まで、ライヴを中心に精力的に活動していました。
ですので、チャート的には「一発屋」と呼んでも差し支えありませんが、消えてしまったわけではないのです。

再結成後に出したアルバムも、それほど大きなヒットには結び付きませんでしたが、彼ららしいスピード感とキャッチーなメロディを備えたパワー・ポップは健在でした。
ご趣味に合うかどうか分かりませんが、今は亡きパット・トーピー(元Mr.BIG)がドラムスを務めていた2007年のライヴがこちらです。カッコいいですよ!
https://www.youtube.com/watch?v=yE9TA4iWHDE
Commented by ☆彡ふらんぼう at 2019-11-02 17:16 x
 僕は、リアルタイムでヒットしたものをほとんど聴かずに音楽生活を送ってきているので、こういうのはとてもかないませんねぇ(笑)。

 少々苦言を言わせていただけば、動画の選択がちょっとぞんざいじゃないですか?。(^_^;

 “マイ・シャローナ”はあの印象的なドラム・リフから入ってこないとかっこよさ半減ですし、ニック・ロウのイントロもけっこう丁寧に作ってあるのにこの動画では台無しです。(^_^;

 てか、ローリングウェストさんの中ではニックは一発屋なのね…。たしかにまともにヒットしたのはこれだけだもんねぇ…。
Commented by せいパパ at 2019-11-02 18:56 x
70年代の一発屋ソングは
その殆どは知らない曲ばかりでした。
生まれた時代が少し違うだけで
随分と違いがあるのは時代が進むスピードが
ものすごく早いと言う事でしょうか。
Commented by Beat Wolf at 2019-11-03 00:23 x
映像があるので音楽番組でもよく取り上げられてました。
ビートルズ再来といわれると
ビートルズの一ファンとして微妙な気持ちになりますが
インパクトはありましたね。
Commented by rollingwest at 2019-11-03 06:00
doronko-tonchan様、小生はナックといえば「マイ・シャローナ」か、サッカーの大宮アルディージャの本拠地ナック5スタジアムしか思い浮かばなかったのですが、北海道の方は大泉洋の劇団TEAM「NACS」が思い浮かぶのですね。音楽・スポーツ・文化でナックは元気づけてくれる名前なのかもしれません。
Commented by rollingwest at 2019-11-03 06:07
ミュウ様、70年代洋楽一発屋はナック「マイシャローナ」がやはり印象NO1ですね!彼らの大ヒット40年の節目を迎える今年に「一発屋特集」企画ができてよかったです。次回の70s一発屋後編の公開が完了したら、次は80年代一発屋特集企画を考えていますので、ご推薦のネタがございましたら今から情報提供頂ければ嬉しいですね!
Commented by rollingwest at 2019-11-03 06:14
RRExpress4様、皆さんのコメントから色々なことを教えてもらえますね~!ナックは「マイシャローナ」だけの完全一発屋だと思っていたのですが誤解でした。セカンド・シングルが結構なヒットになっていたんですね!まあ冷静に考えれば、デビュー曲が6週連続NO1になった後のシングルリリースが全くヒットしないなんてことはあり得ませんよね。ナックは人気失速後も息長く活動し再結成されていたことも初めて知りました。
Commented by rollingwest at 2019-11-03 06:27
☆彡ふらんぼう様、小生はユーチューブ動画の選択は結構気を使っているつもりなんですが、お気に入りでなかったらごめんなさい。選ぶ際は、画質・音質がいいこと、オリジナル・スタジオ盤曲に近い演奏をしていること、動画にキャッチー性があること、インパクトが強いことなどを意識しながら数候補を比べながら厳選チョイスしようと心がけています。ニックロウは自分の中では一発屋でしたが、人ぞれぞれの思い入れぼ深さが違いましょうから一発屋ジャンルに入れるのは納得できないと感じるケースもあると思います。冒頭前提文で事前コメントしているのでご容赦下さい。
Commented by rollingwest at 2019-11-03 06:43
せいパパ様、貴殿が洋楽に興味を持ち始めたのは80年代後半からですから、70年代の一発屋ソングは知らないのが当然ですよね。もし知っていたとしたら、相当なるマニアックな洋楽ファンであることは間違いございません。自分がミドルティーンからハイティーンになる時代で聴いたヒット曲が一生脳裏に刻まれるものだと思います。
Commented by rollingwest at 2019-11-03 07:04
Beat Wolf様、ビートルズ再来といわれたバンドは、ナックの他にはベイシティローラーズ、オアシスなども呼ばれていましたね。でもビートルズを越えられるのはやはりビートルズしかいません。来年はビートルズ解散50周年と映画「レットイットビー」でまた盛り上がれそうです!
Commented by yokuya2006 at 2019-11-03 08:21
おお、懐かしい曲ばかりだぁ~。
前半はほぼ全部知ってましたね、インディアンはEP買いました。
昔、NHK-FMの湯川れい子さんの番組で、アイルリメンバーユーの企画があり、こんな名曲たちを紹介してましたっけ。
毎週欠かさず聞いて、エアチェック(大気観測ではない)してたことを思い出しました。
Commented by 地理佐渡.. at 2019-11-03 08:39 x
おはようございます。

独特の出だしにマママママ...
とマを続けるあの独特の歌が
懐かしいですねぇ。はやりました。
毎日のようにラジオでなっていた
ことを思い出します。

Commented by 240_8 at 2019-11-03 20:12
ナックがなぜ一発屋に終わったのか、確かに不思議ですね。以前、BS-TBSの「SONG TO SOUL」でナックの特集やってましたが、リーダーのダグ・フィーガーが亡くなるまで、ライブ等活動は行っていたようです。一時期テリー・ボジオが加入したりしましたしね。
あと一発屋だと、ジェリー・ウォレス「男の世界」なんかが大好きです。「う~ん、マンダム」ですね。
Commented by ディック at 2019-11-03 20:35 x
この曲が ベスト・ヒット・USA に出てきた頃は、私が洋楽をよく聴いていた頃でした。
正直な感想ですが、こんな曲作りで続くのかなあ、とちょっと批判的に感じていました。
あとが続かないので、「やっぱりなあ」と思ってました。
あの頃は、(私の耳には)「いいなあ! 」と感じる曲が続々と出てきていたので。
まあ、数多く放送されていたので、いまでも聴くとちょっと懐かしくは感じますけど。
Commented by Soul Mate at 2019-11-03 20:38 x
ぎょえええ~っ!!懐かし過ぎるぅ~!!オリジナルキャスト、50年振りくらいに聴いた。「シーズン」も完全に忘却の彼方じゃったわ。亡くなられたアンドリュー・ゴールド氏は80年代~90年代の矢沢エーちゃんのサウンドを支えた重要人物なのよ。(たしかアルバム3枚ぐらいプロデユース、演奏も参加。)ナックのボーカルの方も早逝されたよね。いや~、ほんと懐かしかったわ、エエもの聴かせてもろうた。。。
Commented by 星船 at 2019-11-03 22:18 x
こんばんは。
一発屋っていうのは、心に残る曲が多いんですねぇ~、紹介していただいた曲はほとんど知っていました。特徴ある曲が多いです。
その中で、やっぱりナックは衝撃的だったです。あの、単調だけども引き付けられる、ずっと耳に残る、凄い曲でした。一発ですぐにいなくなったのはホント不思議です。
テリー・ジャックス「シーズン・イン・ザ・サン」も衝撃的な曲でした。あの不気味なイントロから、急に優しい親しみやすいメロディに入る、そのギャップが凄いところでした。

Playerの"Baby Come Back"、Ozark Mountain Daredevilsの"Jackie Blue"、Debby Booneの"You light up my life"はいかがでしょうか?
Commented by ノッチmrng at 2019-11-04 03:59 x
えーっと、一発屋の定義にもよるのでしょうが(出身国でとか米国でとか日本だけとか)…ちょっといろいろあります。何人かの方が触れているナックの「グッド・ガールズ・ドント」はBB誌最高位11位ですよね。小林克也さんがラジオで「良い子はしない~」と叫んでいました(笑)
ロボは「僕と君のブー」が全米最高位5位、「君ともさよなら」が同8位です。ゲイリー・ライトは「ドリーム・ウィーバー」と同年の76年に「ラブ・イズ・アライブ」が2位になっています。
パイロットは「ジャニュアリー」が英国で1位になっています。
日本だけでのワンヒットワンダーでは、カプリコーンはヤマハの世界歌謡祭グランプリの「恋のフィーリング」もそこそこヒットしたように思いますが、これは北海道だけだったのかな?ルー・クリスティの「魔法」の後の「チャッキー・ワゴン」も?

日本だけでしかヒットしなかった曲の代表格は「気になる女の子」(メッセンジャース、72年にシングル売り上げ44万枚だったかな)でしょうか?
Commented by rollingwest at 2019-11-04 06:00
バイオマスオヤジ様、70年前半曲は実に懐かしいでしょ!我々が中高生のまさに青春時代のヒット曲ですからいつまでも脳裏に刻まれ続けていますよね!嘆きのインディアンは渋いメッセージある隠れた名曲でしたよね。EPとかエアチェックとか今や死後ですが懐かしき音楽趣味の言葉ですね!
Commented by rollingwest at 2019-11-04 06:07
地理佐渡様、独特のサビ「♪マママママ」...最後は「マイ~マイ~マイ~!!! ウォウ!♪」 で歯切れよく決めていましたね。大学時代アパートのラジオから毎日流れていました。デビューで6週連続NO1を成し遂げながらあっという間に消えてしまったことはジェットコースターのようなVの字運命でしたね~!
Commented by rollingwest at 2019-11-04 06:14
240_8様、ナックの失速ぶりは我々青春時代で記憶を情報共有しているできごと、POPS史7不思議には定番で取り上げられるネタなんでしょうね~。ジェリー・ウォレス「男の世界」(♪オール・ザワールド、ラブ・ザ・ラバ~・・・、う~ん、マンダム」は以前1970年スマッシュヒット集記事の冒頭曲で取り上げられましたが、一発屋の続編記事にも入れる予定ですよ!
Commented by rollingwest at 2019-11-04 06:21
ディック様、貴殿はベスト・ヒット・USAの小林克也の軽快なDJぶりに魅せられておりましたか!MTVでも数々の名曲を楽しんだ世代ですね。ナック「マイシャローナ」については当時から一発屋の臭いをプンプンと感じておられましたか。予想通りの展開になり慧眼に感心いたしまする!
Commented by rollingwest at 2019-11-04 06:31
聖二殿、「Mrマンデー」「シーズン」とか1970年曲は我々が洋楽に嵌った当時のスマッシュヒットだから懐かしいじゃろ!続編も「ローズガーデン」「霧の中の二人」「イエローリバー」「男の世界」などが登場するのでお楽しみに~!アンドリュー・ゴールドは「ロンリーボーイ」、JDサウザー「ユアオンリーロンリー」なども一発屋分類されがちじゃが、ウエストコーストサウンドの興隆を支えた影の功労者だよね!
Commented by rollingwest at 2019-11-04 06:51
星船様、一発屋というのはある意味クセになるような凄い曲を放ったからこそ伝説として語られている訳でもありますよね!ナックもテリー・ジャックスもそういう意味では衝撃的に脳裏に刻まれ長く残り続けている名曲なんだと思います。次回以降の企画のネタを頂きありがとうございました!オザーク・マウンテン・デラデヴィルズ「ジャッキー・ブルー」、プレイヤー「ベイビー・カムバック」、デビー・ブーン「ユーライト・アップ・マイライフ」(恋するデビー)は間違いなく取り上げるべき懐かし曲ですね。皆さんから沢山情報提供してもらい本企画も中・後編の3回になりそうな感じです。
Commented by rollingwest at 2019-11-04 07:24
ノッチmrng様、こうやってみると完全に1曲だけで終わった「究極の一発屋」っていなかったのかもしれませんね。1曲目が爆発的に売れた直後に失速したケースが基本的な定義ですので、しょぼいB級ヒット1曲だけで消えたものは当然対象外になっちゃいます。そう意味ではナックは「究極の一発屋」ケースと思いきや、BB誌11位まで上がった2曲目があったとは知りませんでした。4~5曲以上ヒットがあれば一発屋からは除外、一発屋分類の定義は「MAXヒット曲3つまで(そのうち1曲が爆発的セール)、その後は音楽シーン最前線への再登場なし」ってな感じですかね~!この定義で70年代ご推薦曲があれば是非お知らせ下さい。
Commented by yuta at 2019-11-04 08:30 x
おはようございます
1970年代後半はどんな音楽を聴いていたのだろう。
記事を見てもあまり記憶にないです。
この頃は音楽を聞く余裕がなかったのだろうか?
ほかのジャンルの音楽を聴いていたのだろうか?
Commented by rollingwest at 2019-11-04 19:13
Yuta様、1970年代後半は空前のディスコブームでしたのでビージーズやドナサマー、ブロンディなどのUPテンポでノリのいい曲がヒットチャートを賑わしていましたよ。あわせて70年代末期から80年代AORブームの先駆けがデビューし活躍し始めていました。産業ロックとも呼ばれたプログレハード(TOTO・フォリナー・ボストン・カンサス)も勢いがありました。あと圧倒的な人気を誇ったのはイーグルスとフリートウッドマックですね。女性ではリンダロンシュタッド、オリビアニュートンジョンあたりかな?
Commented by 実験鼠 at 2019-11-04 19:55 x
ザ・ナックは一発屋の代名詞のようなバンドですねw
「マイ・シャローナ」は有名で、私も知ってますが、他の曲は正直知りませんでした; でも、「ミスター・マンデイ」は聴き覚えが有るような気がします。他の曲も一回聴くと覚えそうなインパクトのある曲が多いですね。やはりいい時代だったんだろうなあ・・・と思います。
Commented by ぼの at 2019-11-05 01:02 x
こんばんわ。
ナックですか! 懐かしいですね。
私もこのアルバムは中学生の時だったかな…レコード買ってヘビロテしてましたよ(笑)。
当時はビートルズの再来なんてことも言われてましたよね。
Commented by まさる at 2019-11-05 05:47 x
今、長野に帰る新幹線の中で聴いてます。1970年の一発屋は懐かしいネ!
ルークリスティの「魔法」は、学校のお昼の放送から流れて来ていたのを覚えてる!
リンアンダーソンの「ローズガーデン」やマッシュマッカーンの「霧の中の二人」、クリスティの「イエローリバー」、ハミルトン、ジョー、フランク&レイノルズの「恋のかけひき」なんかも懐かしいね〜♫チェイスの「黒い炎」なんかも、良く流れていたよね。
彼らがその後ヒットを飛ばしたのかどうかはわからないが、少なくともポップス20からは姿を消して行ったよね。
一発屋だからこそ、その時代の記憶を鮮明に思い出す事が出来る。中学時代の昼休みを思い出しました。あと、日本だけの一発屋は、なんといってもヘドバとダビデの「ナオミの夢」じゃないか!
Commented by rollingwest at 2019-11-05 06:00
実験鼠様、ザ・ナックは「マイ・シャローナ」のみの完全一発屋かと思いましたが、皆さんからのコメントで2曲目ヒットもあったんだと知りました。1970年代って初期から中期までビートルズ解散後、ロックがさらに発展した時代です。隠れた素晴らしいヒット曲も沢山出た時代です。RWはこの洋楽が多彩な時期に青春時代を迎えたことを幸せに思っています。
Commented by rollingwest at 2019-11-05 06:07
ぼの様、ナックが中学生の時だったとすれば一番強烈な思い出は残っていることでしょう!ビートルズの再来なんていわれたバンドは、その他にベイシティローラーズもそのように呼称されていましたね。こちらは数々のヒット曲に恵まれたから否定はしませんが、ビートルズとの比較はちょっとなあ・・。
Commented by rollingwest at 2019-11-05 06:26
まさる殿、我々が洋楽に嵌った1970年の一発屋は一生脳裏に刻まれているんだよな~! ルークリスティ「魔法」、アース&ファイア「シーズン」などリンアンダーソン「ローズガーデン」マッシュマッカーン「霧の中の二人」、クリスティ「イエローリバー」はまさに懐かしいネ! そうそうチェイス「黒い炎」 ヘドバとダビデ「ナオミの夢」も絶対入れるべきだね!提案ありがとう!皆さんから集めた候補曲がかなり出揃い3編シリーズになりそうだよ。
Commented by たいへー at 2019-11-06 11:43 x
気持ちの良い曲ですよね。いつ聴いても乗れますしね。
Commented by simon777_ at 2019-11-06 13:26 x
こんにちは☆

私の一発屋(笑)
と言うと、
ガゼボ
I like chopin
に尽きます(笑)
1980年代なので、次回登場やも。
日本語版を、これまた、

の別嬪さん♪(可愛くてベタ惚れでした(笑♪))
小林麻美ちゃんが歌って、こちらも

の如く消えて行った
和洋東西ワンセットの一発屋。
楽しみにしております。
Commented by rollingwest at 2019-11-06 19:45
たいへー様、この曲がなぜ6週間も全米NO1に輝き続けた理由はよくわかりませんが、インパクトあるキャッチーな内容であることは間違いないですね。
Commented by rollingwest at 2019-11-06 20:05
simon77様、おお!良き提案ありがとうございます!ガゼボ I like chopinは間違いなく美しい一発屋曲ですね。70年代特集(3編)が終わったら80年代一発屋特集を企画したいと思っています。小生は80年代が今一つ造詣不足なので皆様の知恵や提案をお待ちしております。
Commented by みすてぃ at 2019-11-07 07:33 x
おはようございます!
一発屋特集ですか。
この紹介曲のなかで聴いたことのあるのは
「マンチェスターとリバプール」で
でもオリジナルではなくって誰かのカバー
だったのかテンポがもうちょっと速かったです。
歌が巧いのに一曲で消えるのはとても気の毒で
一つには作曲家とかにも恵まれなかった
のでしょうか?
どうなのでしょうか…?
Commented by rollingwest at 2019-11-07 09:31
みすてぃむーん様、「マンチェスターとリバプール」に反応して頂いた方は初めてです。この中では唯一60年代のヒット曲なんですけどネ!歌が巧いのに一曲で消えるのも悲劇ですが、全くヒットが出なかったのはもっと悲劇・・。少なくとも一発屋で成功した人は人々の記憶に残り印税も入っているのでよしとしましょう!次回の2~3編後続特集もお楽しみに~!
Commented by silvergray2 at 2019-11-07 16:55
マイ・シャローナ、こういった単純なビートが好きです。
ビルボードでシングル5週連続1位、年間チャート1位とは、、、知らなかったですねぇ。
Commented by rollingwest at 2019-11-08 06:00
silvergray2様、マイ・シャローナが1979年でこれ程までに驚異的な大ヒットした曲だとはご存知なかったでしょうか?当時(RW大学4年)は毎日毎日ラジオからこの曲が流れ続けていた気がします。その後の凋落ぶりにもビックリしたものですが・・(笑)
Commented by 夏海 at 2019-11-10 09:41 x
おはようございます。
いつの間にか風邪をひいて、行動が半減しておりました・・
職場はマスクさんが増えています。RWさんも乾燥等、お気を付けください。本当にあっという間、今だに完治しなくて・・・f^^

また、ユニークなお題ですね。70年代の後半になると、聴いたことがある、曲が並びますね。
おおよそ、アンドリュー・ゴールド=「ロンリー・ボーイ」ですよね。あとは、「Thank You For Being A Friend」’78が、スマッシュ・ヒット(ビルボードで25位)くらい
でしょうか。
サイドマン、セッション・プレイヤーのイメージが強いです。80年代には、矢沢栄吉のアルバムで共同プロデュースをして、当時ブリンドルだった、カーラ・ボノフやケニー・エドワーズもコーラスで参加していたり(聴いたことはないんですが)永ちゃんが、アメリカ進出するときには、橋渡し役になったりしていたと聞いています。永ちゃんが、彼の音楽に影響を受けて交流していたらしく、何気に矢沢ファミリーです。

一発屋?と思うのは、ランディ・ヴァンウォーマーの「アメリカン・モーニング」?も、AORな綺麗な曲でしたが。
JDサウザーも、スゴイ一発屋ですよね(笑)ソロでトップ10に入ったのはこの曲オンリーf^^

Commented by rollingwest at 2019-11-10 10:43
夏海様、風邪が長引いておりましたか!小生もこの1週間は皮膚病悪化と悪寒がして1週間かをひいて2日会社を休み寝ておりました。週末になってようやく回復しております。お互いに気をつけましょう!
一発屋特集の70年代前半は全くご存知ではなかったでしょうか?貴女の大好きなアンドリュー・ゴールドはやはり何と言っても「ロンリー・ボーイ」が一番です。何度聴いても飽きない曲です。小生も「Thank You For Being A Friend」も大好きでよく聴きましたが、彼が80年代で矢沢栄吉と共同プロデュースをしていたとは初めて知りました。ランディ・ヴァンウォーマーは小生的には一発屋は完全に脱してかなり多くのヒットメーカーを脱しているイメージです。コール・ミー」(1979)「ヨア・ライト」(1979、宇宙をモチーフにした「テラフォーム」(1980)などその後結構頑張っていましたよ。でも一般的には「アメリカン・モーニング」だけの一発屋なんでしょうね。JDサウザーは後編に取りあげる予定です。
Commented by HY at 2019-11-12 21:46 x
こんばんは
ナックは、当時ディスコ・ビートとシンセサウンドに疲れたリスナーに新鮮に響いたんだと思います。その辺がビートルズの再来といわれたのかも。ゲイリー・ライトとロボはちょっと一発屋とするにはかわいそうな気がします。他の候補として、「ロックバルーンは99」「シェビー・ヴァン」「ザ・ナイト・シカゴ・ダイド」「ビーチ・ベイビー」「フォーリン」「希望の明日」「アメリカンヒーローのテーマ」「運命76」「ミッキー」「ファー・フロム・オーバー」「ホワイ・ノット・ミ―」「移り気な炎」「ロンドンの狼男」「彼女はサイレンス」「パーティ・オール・ザ・タイム」「アフタヌーン・ディライト」あたりが思い浮かびます。
Commented by rollingwest at 2019-11-14 06:05
HY様、ナックが大ヒットした背景がディスコ・ビートに食傷気味になったリスナーがビートルズのようなサウンドに新鮮に響いて大ヒットになった考察、大いに納得しますね~!貴殿から頂いた候補と選定基準のご不満、何か嬉しいですね~。小生もかなり同意するもののブロガー全体の嗜好感を忖度するとバランスを取らざるを得ません。一発屋に入れるべきかも含めて次回の続編もそれなりの選曲にしたいと思っています。80年代一発屋特集もいつかやりますね。
Commented by FirstMESA at 2019-11-19 05:44 x
RWさん、おはようございます。
おっしゃられる通り、今の働き方改革などは無縁で過酷な時代背景の中、確かにリチャード・マークスの歌声には癒されましたね。
MTV全盛期だった80年代も終焉を迎え、自分もこの頃から洋楽からは離れ、さっぱり分からなくなって行きました。
「24時間戦えますか」のフレーズ通り、今では考えられない300hとか、良く働きましたね。
Commented by rollingwest at 2019-11-19 07:10
FirstMESA様、貴殿も月間300時間働かされたことがあるのですか!当時は150Hくらい残業させられてもフルに残業申請する程の働きをしているのかとか言われ、かなりサービス残業をさせられましたね。深夜2時頃にタクシーで帰宅するのはしょっちゅうで当時はバブル景気でタクシーもつかまらず帰宅するのも大変でした。睡眠時間は毎日3~4時間くらいでしたね。そんな疲弊しきった中でリチャード・マークスの歌声には癒されました。
Commented by たいへー at 2019-11-20 08:05 x
いたねー、リチャードマークス。 懐かしいわ~。 悶々としていた当時を思い出します。
Commented by rollingwest at 2019-11-20 08:10
たいへー様、リチャードマークスは完全に脳裏片隅に眠っておりましたか!貴殿の記憶を呼び起こせて嬉しい限り、たまには30年前のバラードロックに浸ってみて下さい。
Commented by 地理佐渡.. at 2019-11-20 20:23 x
こんばんは。

知らないアーティストでした。
しかし、良い感じの曲ですね。
ドライブ時に聞くと物思いに
ふけり危なそうですねぇ(笑)。

どちらかというと曇り空の日に
海岸沿いの道路を走る時に聞き
そうな曲調です。

Commented by Beat Wolf at 2019-11-20 22:19 x
ローリングウエストさんはこの時代も守備範囲だったのですね。
こういう美しい曲は時代が違っても私たちの心を癒してくれます。
Commented by silvergray2 at 2019-11-20 23:31
今回は紹介していただいた曲、すべて初耳でした。
音が現代の音ですものね。ロートルな耳に馴染みません(笑)。
残業140時間は凄いですね。
わたしも新入社員早々から100時間を超えて働いていましたから、今の残業時間の法規制は納得です。
もっとも当時は体力勝負でしたが、今の時代の仕事環境は複雑で精神にダメージを及ぼすかのように察しています。
ご自愛ください。
Commented by rollingwest at 2019-11-21 06:03
地理佐渡様、>曇り空の日に海岸沿いの道路を走る時に聞きそうな曲調・・・、まさに言い得て妙ですね!当時リチャードマークスの恋人は女優で海外ロケに出かける多忙ぶりで、なかなか会えない葛藤を彼がラブレターとして歌に綴ったのです。まさに曇り空の日に海を見たいという心境だったんでしょうね~!
Commented by rollingwest at 2019-11-21 06:13
Beat Wolf様、基本的には洋楽が大好きなので、平成に入っても一応どんなアーティストがはやっているのか?とFMラジオでチェックしてはいましたが、あまりに多忙・疲労困憊状態で音楽をまともに聴く時間はありませんでしたね。当時の洋楽トレンドは、ラップ音楽の台頭で洋楽興味は急激に衰えていきました。その反面、「平成イカスバンド天国」で日本のロック・POPシーンの方に興味が傾いていきました。森高千里のアルバムもよく買いましたね~。当時の洋楽でよく聴いたのはリチャード・マークスの他は、ティアーズ・フォー・フィアーズやアーハ、スパンダー・バレエあたりでしたね。
Commented by rollingwest at 2019-11-21 06:23
silvergray2様、リチャードマークス初耳平成からの洋楽は音が洗練され過ぎて耳心地はいいのですが、クセがなさすぎてその後飽きちゃうんですよね~。昭和63年~平成元年頃の残業が一番強烈でしたね。毎晩毎晩朝の2時~3時頃に帰宅、睡眠4時間くらいで風呂に入ってまた朝9時過ぎに出社、土日も連続出勤、一時期は170時間近い残業の月もあったよな気がします。現代ならば完全に企業は労働基準法違反で告発されちゃいますよね。あのバブル時代の強烈さ(モーレツぶり・贅沢ぶり)はもう2度とないでしょうね。
Commented by せいパパ at 2019-11-21 06:29 x
リチャード・マークス大好きでした
随分と聴き込んで音楽性が広がるきっかけになったアーティストと言っても良いくらい
私の中では大きな存在でした。
しかし90年に入ると音楽業界が変わった
彼は変わらなかった。
R・E・Mやオアシス、ニルヴァーナなど
80年代にはマニアックだと言われていた音楽やばんどに音楽業界が飛びつき
荒稼ぎを始めたのは80年代音楽の終焉を迎えた
ファンではなく業界が全てを変えてしまったのだから
おかしな現象だが混沌としてた音楽が
ハッキリと細分化され行く結果に繋がった90年代も意味があったのでしょう。
リチャード・マークスも荒波を乗り越えていった
素晴らしいアーティストだと感じます。
Commented by rollingwest at 2019-11-21 07:18
せいパパ様、貴殿の洋楽聴き始めが1980年代後半ですからリチャード・マークスはまさに嵌ったアーティストだったことでしょう。時代に流されない正統派バラードとPOPロックを貫いた姿はある意味立派だと思います。しかし今回記事を書いてみて彼がロック界の大物と縁があり交流を深めていたことに驚きました。
Commented by ノッチmrng at 2019-11-21 11:11 x
リチャード・マークスの曲は殆ど記憶にありません。この頃の洋楽番組は偶にダイヤトーンのポップスベスト10?を聴くくらいで…。それでも週刊FMとかのBB誌チャートは見ていたので名前は記憶にあります。

当時は年間休日84日でしたっけ?私も公休消化も遅れて年休なんかはほぼ残したまま転職しました。
フジの「監察医 朝顔」の第9話だったかな?で風間俊介(主人公の夫)がお疲れ気味の義父役・時任三郎にリゲインを渡す場面がありました。これはあの時代のジャパニーズ・ビジネスマンと時任三郎へのオマージュでしょうかね(笑)
Commented by みすてぃ at 2019-11-21 19:34 x
こんばんは
リチャード・マークスの美しいバラード曲
「ライト・ヒア・ウエイティング」はメロディ―も
歌い方も演奏もいいですー
今回も初めて聴いた曲です。
バブル全盛期でしたのに、24時間戦えますか~
状態で毎晩深夜までのお仕事で、毎月140時間前後の
残業の日々だったのですか…
そういう過酷な勤務時間ではだれでも疲労困憊で、
アップテンポの強い曲よりも心情を美しく歌い上げた
バラードは優しい音色で癒してくれたのですね~♪♪
それにしてもこれまでに沢山の曲を、聴いてこられたのですね。
Commented by ミュウ at 2019-11-21 20:05 x
まさにバブルの時代の名曲ですね。
お洒落な人だらけの時代にあって、この曲は当時の日本人のおしゃれ感覚に見事にマッチしていた感じがします。
また、癒される雰囲気がいいですよね。
この曲だったかどうかは怪しいんですが、リチャード・マークスの曲は数年前、明け方5時台のテレビで流されていたことがあります。まだほの暗い明け方にぴったりでした。
私は50才を過ぎたころから、5時起きが日常です(笑)。
Commented by RRExpress4 at 2019-11-21 23:21
リチャード・マークス。MTV時代、80年代、バブル世代、色んな背景を背負ったシンガーでしたね。みんな若くて美しくて無敵で、シャレオツで・・・。よく覚えていますよ。
こういう時代を生きた反動なのでしょうか、今は友川カズキとか聴いて、魂を洗い直しています。あ、リチャード・マークスに罪はありませんよ。なんにも。
Commented by rollingwest at 2019-11-22 06:00
ノッチmrng様、貴殿がリチャード・マークス曲は殆ど記憶にないとはやや意外でした。彼は1987年から90年くらいまでは全盛期でTopチャートに続々ヒット曲を送り出していましたから相当有名な方ですよ。ところでダイヤトーンのポップスベスト10番組は実に懐かしいですね~!あの頃は日本のオーディオメーカーがまだ非常に元気な時代で洋楽ラジオ番組のスポンサーを続々担っていた時代でした。アイワ、パイオニア、トリオ、オンキョー、デンオン・・、時代とともにリスナーの音楽聴取の流れが完全に変わり、次々と経営悪化し倒産したり他メーカーに併合されたり、各社の名前が今は全く聞かれなくなって寂しきことです。バブル頂点時代からから30年が経過し、色々なことが変わりました。ました。当時はリゲインのCMへ時任三郎がやっておりましたね!♪「24時間戦えますか~、ビジネスマン~、ビジネスマン~、ジャパニーズ・ビジネスマン~!」今は働き方改革で良き時代となりました。(笑)
Commented by rollingwest at 2019-11-22 06:07
みすてぃむーん様、リチャード・マークスは初めてでしたか!でも彼の美しいバラード曲の数々、お気に入りになって頂けたようで嬉しい限りです!メロディ―もPOPなロックも日本人好みの曲ばかりと思います。バブル全盛期は楽しい思い出は殆どなくひたすら深夜まで働かされていた時代でしたが、どんなことがあっても会社に泊まることはなく必ず深夜帰宅しました。当時は新婚ホヤホヤ時代でしたからカミサンの顔を絶対見たかったし家で風呂に入ってからスッキリしてからでないと、翌朝出勤も疲れが癒されませんでしたからね。そんなヘトヘト状態の日々の中でリチャード・マークスの優しいバラードは癒しも音楽でした。
Commented by rollingwest at 2019-11-22 06:14
ミュウ様、80年代はAORが全盛期でしたがバブル時代になると意外と正統派バラードはリチャードマークスが最後の全盛を独占していたような気がします。平成時代になってからはラップ音楽やオアシス、U2、ニルヴァーナなどが台頭してきましたが、彼は一貫して自分の美曲路線を貫き通していたような気がします。リチャード・マークス曲がは数年前、明け方5時台のテレビで流されていましたか!小生もこの時間帯にはすでに起床しておりBSで朝の音楽番組を聴いており懐かしんでいますよ。
Commented by rollingwest at 2019-11-22 06:21
RRExpress4様、70年代洋楽派の自分にとって、80年代はAORやフュージョンで始まり、バブル期にはMTVやビートサウンド全盛・・、時代は変わったなあと徐々に腰が引けていきました。耳心地のいい音楽も当時はよく聴きましたが、中年になってみると何となくそれほど残るものがないんですよね~。やはりロックが日々発展し変化してきた1960年代末期から70年代前半期に嵌りまくっていたからかなとも思います。
Commented by 気まま at 2019-11-22 16:42 x
ちょっと遅くなりましたが、「マイ・シャローナ」は衝撃的でしたね、初期のビートルズを彷彿とさせるサウンドが見事に当たった感じがします。この時1発で終わるとは思いませんでしたけどね。
後、1発屋特集は面白かったです。1970年は洋楽デビューの年で思い出がある曲が多いです。ミスター・マンデイ、ローズ・ガーデン、魔法、シーズン、etc
僕のブログでも取り上げてる曲がほとんどで思いは同じだなあって思いました。

リチャード・マークスは記憶にないですね。この頃は仕事一途で音楽聞いてなかったかも(笑)
Commented by 星船 at 2019-11-22 21:11 x
こんばんは。
まさかローリングウエストさんがリチャード・マークスの特集を取り上げてくださるとは、思いもよりませんでした。
私はちょうど彼がヒットし出したころから、それ以前より洋楽を聞かなくなってしまいましたが、それでも多少は聞いていまして、「ライト・ヒア・ウェイティング」はこの当時のヒット曲の中では最も好きな曲でありました。名曲でしたよね。
当時のバブルの時期、私も今では考えられないような生活をしていまして、深夜まで残業して、寝ないで車で志賀高原スキーへ出発、戻ってきてまた残業、なんていう、今では考えれられないようなことをしていました。あの頃はみんなそうだったので異常には感じませんでした。
Commented by RRExpress4 at 2019-11-22 23:58
先輩、先日は拙ブログへのご来訪ありがとうございました!リチャード・マークス!もちろん名前も曲も知っておりますが、すみません、わりとOne of them な存在でございました。いいメロディの曲演ってはったと思いますが、なにせあの時代はそういう方々がぎょうさんいてはったもので。
すみません、ちゃんと拝見してますというお印にお邪魔しました。次回ドンズバにハマる奴が出たら講釈垂れますのでよろしくお願いいたします。(笑)
Commented by rollingwest at 2019-11-23 06:02
気まま様、「マイ・シャローナ」&「70年代1発屋特集」へのコメントをあらためて頂戴して嬉しい限りです!貴殿も1970年は洋楽デビューの年でしたか!まさに同期ではないですか!ミスター・マンデイ、ローズ・ガーデン、魔法、シーズン、etc、懐かしいでしょ!次回は、ジェリーウォレス「男の世界」、クリスティ「イエローリバー」、マッシュマッカーン「霧の中の二人」、チェイス「黒い炎」など70~71年のスマッシュヒットが続々登場しますのでお楽しみに~。ショッキングブルーやシルビーヴァルタン、ダニエルビダル、ミッシェルポルナレフなども懐かしいですが一発屋ではないという解釈で除外させて頂きます。リチャード・マークスは記憶になかったですか!小生もこの頃は仕事・仕事の残業続きで洋楽は殆ど遠ざかりましたがこのアーティストには癒されてよく聴いたものです。(笑)
Commented by rollingwest at 2019-11-23 06:09
星船様、あはは、リチャードマークス登場は意外でしたか!小生は1980年代(特に後半)は殆ど取り上げないですからね~。80年後半アーティストで過去記事にしたのは、アーハ、デフレパード、ティアーズ・フォー・フィアーズくらいですかね~。「ライト・ヒア・ウェイティング」は初めて聴いた人もこのナンバーは美しい名曲だと感じることでしょうね~。バブルの時期は、確かにスキー場の大混雑も凄かったですね!映画「私をスキーに連れてって」の影響は凄かった。リフト一日券を買っても乗り場が大行列で10回以下しか乗れなかったこともザラでした。スキー場に向かう深夜バスも高速道で大渋滞でしたからね。
Commented by rollingwest at 2019-11-23 06:35
RRExpress4様、美味しい物ばかり食べてると飽きがきてクセのあるものが食べたくなってそっちに嵌ってしまう!よくあるお話ですよね。80年代は美しいバラードやメロディラインで初めはいいと思ってもその後皆同じような曲に聞こえてしまい結局印象に残らないんですよね~。やはりロックが日々進化し発展していた1960年代後期から1970年代中盤の10年間が一番大好きです。 (笑)
Commented by simon777_ at 2019-11-23 09:24 x
これはこれは♪

佳く、FMで流れていた品のある楽曲でしたか。
DJのBGMとしても小粋な曲でした。
この辺も
一発屋さん
とは!
当時のアーティスト名は全く感心が無くて、しゃにむに
オーディオセットのコンポの高級品をバイト代や会社員の給料を注ぎ込んだ結果(笑)、曲の調べばっかりが残っていますよ~
他にも、カメラの高級レンズなども。
これらの投資は、故障も少なく、
多くが今も現役、長年使えた事で、十二分に元が取れています(笑)
Commented by 夏海 at 2019-11-23 23:13 x
ご存知かもしれませんが、リチャード・マークスの初シングル「Don't Mean Nothing」のバックボーカル&コーラスは、ランディ・マイズナーとティモシー・B・シュミットです。
なんとなくイーグルスのハーモニー?^^
ファルセットも綺麗なリチャード・マークスの歌声に合っているのかなと思います。
Commented by rollingwest at 2019-11-24 06:02
simon777様、リチャードマークスは一発屋さんではありませんよ。全米ベスト10以内ヒットを10曲(うち全米NO1が3曲)も輩出しており今も精力的に活動を続けています。カメラやオーディオセットのコンポにお金をかけている人って小生の周りにも沢山いましたね~。バブル時代の高級品セットだったら相当高かったでしょうね~!でも機能面・品質面でも高く長く使えて何よりでした。
Commented by rollingwest at 2019-11-24 06:10
夏海様、リチャード・マークスはランディ・マイズナーやティモシー・B・シュミットなどウエストコーストサウンドの大物たちとも交流があったんですね~!それも初シングル「Don't Mean Nothing」のバックボーカル&コーラスに大御所が参加してくれたとはデビュー当時から、ライオネル・リッチー、ケニー・ロジャース、デヴィッド・フォスターに気に入られていたんですからどれだけ才能と運に恵まれた若者だったんでしょうね~!
Commented by 240_8 at 2019-11-24 09:05
おはようございます。
リチャード・マークスですか~。私がリアルタイムで聴いていた時代のアーチストですが、硬派な(⁇)私は、彼の楽曲はあまり好きではなかったですね。そう、女性に人気ありましたよね~。なんだかアイドル扱いされていたような記憶が。そんなリチャードの音楽は、聴かず嫌いでした(苦笑)。
Commented by 実験鼠 at 2019-11-24 09:51 x
リチャード・マークスか~。私も聴かなかったですね(苦笑)
もちろん、名前は知ってますし、ジャケットも当時よく見かけましたが、音の方はほとんど印象に残ってなかったです。

ところで、1STと2NDのジャケのマークスの服装や髪型が全く同じに見えますね。同じ時に撮ったんでしょうかね。
Commented by rollingwest at 2019-11-24 10:37
240_8様、当時の音楽硬派にとってはリチャード・マークスなんて軟弱過ぎて聴いていられっか~って感じでしょうね~。1970年代POPシーンで小生も女性にやたら人気があったバンドやアーティストは無視していましたから同じ心境だったものと思います。バブル時代は仕事させられ過ぎで疲れ切っていたので自分自身も優しい曲を求めていたこともあり癒してもらいました。
Commented by rollingwest at 2019-11-24 10:51
実験鼠様、貴殿もチャード・マークスは興味対象外でしたか!1STと2NDのジャケ服装や髪型が全く同じとは細かいところに気が付きましたね。一発目が売れて縁起がいいので柳の下2匹目泥鰌を狙ったのかな?だとしたら、大いにご利益がありましたね。
Commented by Soul Mate at 2019-11-24 19:10 x
おぬしが月140時間も残業しとったんが信じられん。ずっと5時退社じゃ思うとったよ。ワシもこの頃は奴隷労働しとったけん洋楽いっさい聴けんかった時代。お名前だけは知っとたが、ラジオで聴いたぐらい。これAORなんか?ようわからん微妙な立ち位置の音楽じゃなあ。。。
Commented by yuta at 2019-11-24 19:26 x
こんんばんは
リチャード・マークスのバラードいいですよね。
一時期AORをよく聴いてました。
Commented by rollingwest at 2019-11-25 06:04
聖二殿、あのね~、バブル猛烈時代に30歳男が夕方5時帰りができるわけがなかろう・・。夜中23時に会議が
始まるなんてこともしょっちゅうあったよ。お主はこの頃は商社に転職しておったのかな?AOR系好きのお主がアリチャードマークスを聴いたことがなかったとは意外じゃなあ・・!まあ当時はヒットチャートを追いかけてる余裕なんてなかったからな・・。
Commented by rollingwest at 2019-11-25 06:12
yuta様、リチャード・マークスのバラードは大抵の人は癒されます。反面、美しい曲ばかりで飽きがくるとか毒がなさすぎという声もあるかも・・。
Commented by opaphoto at 2019-11-29 11:04
聴いて思い出しました!
この曲、良く流れていましたね。
このタイプの曲調が洋楽、邦楽共に流行ってたような気がします。現役で活動されてたんですね。
89年かぁ、まぁ〜バブルでしたね。(^○^)
Commented by HY at 2019-11-29 18:48 x
こんばんは

「ナウ&フォーエバー」以降が急速に人気低下しましたが、他の人に曲を提供したり才能のある人だと思っています。女性ヘビメタ・バンドのVixenにも「クライング」を提供してるんですよ。
Commented by rollingwest at 2019-11-30 06:16
ろーりんぐopaphoto様、脳裏に眠っていたリチャードマークスの曲を思い出して頂けましたか!本当に80年代って耳心地のいい似たような曲が海外でも国内でも流行っていましたね。そのうち皆同じように聞こえてきて飽きが来るのですが・・。リチャードマークスは80年代初頭から始まったAORブームの最後の閃光アーティストだったように思えます。(^○^)
Commented by rollingwest at 2019-11-30 06:25
HY様、彼自身の最後の閃光は映画BGMに使用された「ナウ&フォーエバー」だったんですね。でもその後幅広い交流(ビッグなアーティストばかり)で元気に活動継続していることを今回記事作成の中から初めて知ることができました。
Commented by たいへー at 2019-12-04 22:30 x
モット ザ フープル・・・名前は聞いたことあるけど聴いたことないな~。 すれ違ってますね。
Commented by ノッチmrng at 2019-12-05 03:47 x
 懐かしいですね。「土曜日の誘惑」は結構好きでした。レコードではリンジー・ディ・ポールが台詞で参加していたはずですが、この映像に出ている女性は違うようですね。
 「ロックンロール黄金時代」も割と好きでしたが、同じカセットテープにもっと好きな曲があってよく飛ばしていたような記憶もありますが…(笑)
 ※第二段落の「レディ・フォア・ラブ」の後にポール・コゾフとありますが、ここもポール・ロジャースですよね。
Commented by rollingwest at 2019-12-05 06:04
たいへー様、モット・ザ・フープルが3名盤を出して活躍したのは1972~74年ですので、これ以降に洋楽に興味を持った方々は意外と見逃しているケースが多いと思います。聴いてみて分かるように素晴らしいロックを演奏する隠れた伝説的な名バンドなんですよ。あのクイーンが憧れたバンドですよ!フレディマーキュリー追悼コンサートはクイーンの方からモット・ザ・フープルに対して共演を依頼したんでしょうね~。
Commented by rollingwest at 2019-12-05 06:11
ノッチmrng様、さすが貴殿はお詳しい!「土曜日の誘惑」は実にカッコいい曲ですね~!レコードでは台詞を交わしたのがこちらの小さな女性なのかな?と思いました。 「ロックンロール黄金時代」でのもっと好きな曲ってどの曲でしょうか?教えて頂き、未掲載曲ならば追加しようと思います。ポール・コゾフの指摘、ありがとうございました。修正済です。フリーのメンバーはポール・ロジャースとつい混同しがちなんですよ。(苦笑)
Commented by 星船 at 2019-12-06 22:40 x
こんばんは。
「すべての若き野郎ども」、イントロからこれだけゾクゾクというか、ドキドキくる曲はなかなかありませんね。
アルバムも、全盛期は3枚でしたが、その3枚には名曲ぞろいでした。"All the Way from Memphis"も"Roll Away the Stone"も、イントロからグッと引き込まれる曲なんですよね。記憶に残る素晴らしいグループでした。
Commented by Beat Wolf at 2019-12-07 01:48 x
デヴィッド・ボウイが提供した楽曲というのが凄いですね。
しかも邦題が「すべての若き野郎ども」!
ただ、歌詞はユニークで興味深いですね。
Commented by rollingwest at 2019-12-07 06:37
星船様、 「すべての若き野郎ども」は40数年ぶりにじっくり聴いてみて懐かしかったです。しかしこのバンドはカッコいいロック名曲が実に多く奥深いなあと感心します。バッドカンパニーにそのサンドDNAを繋げたことも納得、「ジャーキン・クローカス」なんて、まさにローリングストーンズそのものですね。反面、グラムロックのファンキー・グルービーな曲やじっくりと聴かせる名バラード、音楽性の幅広さを十分堪能できる素晴らしさ!あらためてこの伝説的バンドに聴き惚れました。
Commented by せいパパ at 2019-12-07 06:44 x
カッコいいバンドですがなぜ無名に近いのだろう?
同じ時代をレッド・ツェッペリンも突っ走ってた
こんなカッコいい曲は数少ないが
誰もが自分の音楽を追求する時代だったのだろうか
それとも音楽とお金は別次元に存在してたのだろうか
素晴らしいバンド
久し振りに70年代で生きのいいものに出会いました。
Commented by rollingwest at 2019-12-07 06:51
Beat Wolf様、このバンドは「ロック史に輝く錚々たる大物たち(デヴィッド・ボウイやクイーン、バッドカンパニーなど)と深い縁や交流があったんだなあ・・!」と改めて認識しました。邦題「すべての若き野郎ども」は何か笑えちゃうような意訳かとも思いがちですが、英語原題は「All The Young Dudes」ですからまさに直訳の意味です。映画を観てみたい気持ちになってきました。
Commented by 地理佐渡.. at 2019-12-07 06:55 x
おはようございます。

モット・ザ・フープル

初めて聞くグループ名です。
聴く音楽はやはり時代を感じさせる
良い感じです。

後に出てくるバドカンの名で流れ
であると書かれますと分かりよかっ
たです。なある程でした。

昨日はとうとう雪が降りまして、
長岡市で10センチ程積もりました。
おかげで朝の出勤時は渋滞。
電車も一時止まるなどして皆困っ
ていました。

Commented by rollingwest at 2019-12-07 07:26
地理佐渡様、モット・ザ・フープルは実にカッコいい70年代ロックって感じでしょ!一般的に知名度は薄いですが、「知る人ぞ知る」、この時代のロックに嵌っている人たちにとってはある意味伝説的な名バンドとして崇敬されています。貴殿はバッドカンパニーがお好きでしたか!その源流バンドをあらためて知って頂きコチラも嬉しい限りです。最後のLIVE映像がデビッドボウイとクイーンとの共演ですから凄いものです。クイーンにとってもモット・ザ・フープルは神様のような存在だったのです。この週末は真冬のような寒さになるようですね。今日から日本海エリアは雪景色となっているようですね・・。風邪など召されませんように・・
Commented by rollingwest at 2019-12-07 08:29
せいパパ様、80年代後半から洋楽に目覚めた貴殿は当然このバンドのことは知らないだろうなあと思いましたが、いっぺんに気に入って頂いたようでコチラも記事の書き甲斐がありますた。70年代ロックって実に素晴らしいでしょ!でも決して一発屋ではなく名盤を3枚も輩出しているのに一般的な知名度は低いんですよね~。ツェッペリンの有名ぶりに比べると実に対照的でちょっと可哀想な気もしますが、こうやって皆さんに隠れたお宝物バンドを紹介できる嬉しさもあります。
Commented by yokuya2006 at 2019-12-07 11:41
良い曲だ。
特に最後のライブ映像がゴージャス!
マックス・ヘッドルームみたいのがサックス吹いてら~と思ったら、ボウイぃ様でした。
Commented by RRExpress4 at 2019-12-07 12:15
「すべての若き野郎ども」聴き倒しましたよ。
オープニングの「Sweet Jane」の明るさから始まって、一転渋めのメロディ展開の「Momma's Little Jewel」、そして泣ける表題曲、という流れは見事でしたね。
「グラム・ロック」は音楽スタイルによる括りではないので、アリス・クーパーみたいにどんどんHM/HR化してゆく人や、マーク・ボランのような異形の方、ゲイリー・グリッターやスレイドみたいなバブルガム系と、品ぞろえは幅広いですが、それだけに聴き込むバンドとそうでないバンドの差が大きいです。自分はモット・ザ・フープルに関しては、このアルバム「だけ」をひたすら聴いていたので、恥ずかしながら他のアルバムを知りません。
金銭的に回復してきたら、少し始めようと思います(笑)
Commented by silvergray2 at 2019-12-07 12:44
ギターがバッド・カンパニーに参加していたと聞けば、興味津々。
フリーからバッド・カンパニー、ポールロジャースは今でも気になる存在。
いやいや、そのモット・ザ・フープル、当時名前だけは聞いていました。
今日聴くと、いろいろな調子の楽曲を出していたんですね。
「ジャーキン・クローカス」「ロックンロール黄金時代」良かったです。序に「ザ・ムーン・アップステアーズ」を聴きました。いいバンドでしたね。
Commented by doronko-tonchan at 2019-12-07 12:49
「すべての若き野郎ども」10代の頃聴きました。
凄いタイトルですよね。笑
Commented by rollingwest at 2019-12-07 19:53
バイオマスオヤジ様、モットザフープル実に素晴らしい曲のオンパレードでしょ!最後のライブ映像はクイーンとボウイとデフレパードをバックに従えてが歌っているのですから豪華贅沢な映像ですよね。リーゼントスタイルでサックスを吹くデビッドボウイ、本当にイイ男、カッコいいですね~!
Commented by rollingwest at 2019-12-07 20:02
RRExpress4様、貴殿は「すべての若き野郎ども」を針が擦り切れるほど聴きまくっていたんですね~!「Sweet Jane」はルー・リードの代表曲とは今回初めて知りましたが、実にノリがいい明るいナンバーでオープニングからこの名盤には引き込まれます。仰る通りグラムロックの分類は見た目の派手さだけでくくられたので音楽スタイルは本当にバラバラですね。そんな中でモット・ザ・フープルはまさに正統派なロックが主流、「レディ・フォア・ラブ」「サッカー」はまさにバッドカンパニーのサウンドです。実にカッコいい!モット・ザ・フープルに他2名盤も大いに楽しんでみて下さい。それぞれに高評価・個性的な内容です。
Commented by rollingwest at 2019-12-07 20:11
silvergray2様、貴殿はバッド・カンパニーが大好きでしたか!フリーの流れを組むバンド(ポールロジャース&サイモンカーク)でしたが、何となくフリーサウンドの泥臭さとは違うなとは感じていました。この記事を書きながら、むしろ源流はモットザフープルな系譜のではないかと思います。それだけミックラルフスの実力・影響力は大きいものがあるんですね~!でも「ジャーキン・クローカス」はストーンズの「ブラウンシュガー」みたいですし、「ロックンロール黄金時代」はグルービーなテンポ、静かに歌い上げる味わい深いバラードもあるし本当に多彩ですね。
Commented by rollingwest at 2019-12-07 20:18
doronko-tonchan様、たしかに「すべての若き野郎ども」の題名って、ほぼ直訳表現なんですが大仰っぽく夜郎自大的な凄いタイトルですよね。それではRWが代替案をご提案・・・!ちょっと青臭く爽やかに、「若年男子全員に告ぐ!」「若い優男たちの歌」「若大将たちよ、全員集合!」などではいかがでしょうか・・?(笑)
Commented by naruru-kato at 2019-12-07 21:53
モットは高校のころから知ってましたが、聞いてませんでした。イアンハンターの顔はわかってましたが(笑)

いかにもイギリス風のロックバンドって感じですね。
Commented by ぼの at 2019-12-07 23:42 x
モット・ザ・フープル、懐かしいですねぇ。
私もこの音盤しか持っていませんが、一時期何回聴いたことでしょう(笑)。
Commented by rollingwest at 2019-12-08 06:06
naruru-kato様、モットザフープルは小生も高校時代に名前だけ、そしてこのヒット曲は聴いたことがあった程度です。何となくB級のグラムロックバンドで一発屋ヒットくらいにしか思っていませんでした。その後、このグループの評価が非常に高いことをあらためて認識、その後じっくり聴いてみたら感銘しました。あとで知るお宝物バンド、中年になって発掘できる喜びもなかなかのものです。
Commented by カルロス at 2019-12-08 10:16 x
ローリングウエストさん、こんにちは。
モット・ザ・フープルはあまり詳しくないですが「ロックンロール黄金時代」は大好き!めったに買わないシングル・レコード持ってますから!(^^)
イアン・ハンターさんはH型のギターが印象的でした。とにかく派手派手で勢いがあってタイトルも偉そうで (^^) 楽しい曲でしたね。
Commented by 実験鼠 at 2019-12-08 10:52 x
私もこの曲は好きで、”好きな曲”として過去にリストアップさせていただきました。ボウイのセルフカバーもありましたが、これに関しては、やっぱりモット・ヴァージョンの方が好きですね。ただ、モットのアルバム自体はあまり聴かなくて、この曲以外はほとんど覚えてないです;
Commented by ミュウ at 2019-12-08 11:15 x
モット・ザ・フープルは私がロックを聴き始めた1974年ごろはすごく人気があったのを覚えています。脱退して、バッド・カンパニーに参加したミック・ラルフスが元モット・ザ・フープルとよく言われましたし。
でも、正直言って、クラッシック・ロックとして、今の若い人が振り返るバンドとしては、今一つ特徴が薄い感じもあると感じています。70年代後半の失速も残念かな。
もちろん、「すべての若き野郎ども」は名曲ですけど。
ジョン・レノンっぽいというのは的確な表現だと思います(笑)。
Commented by 240_8 at 2019-12-08 19:17
こんばんは。
モット・ザ・フープルって、実はあまり聞いたことないバンドなんですよね。当然アルバムも。
グラムロックっぽい、あの当時のボウイのようなサウンドですね。正直そんなにアルバム発表していたことにもビックリ!
グラムはT.レックスくらいしか聴き込んでいないので、機会あればチェックしてみます。
Commented by tapara at 2019-12-08 21:40 x
超久しぶりでございます

おいらはベルベッツが好きだったので、彼らのアルバム「Loaded」に入っていた『Sweet Jane』を奏っているバンドがあるということでMottを聴いてみたところ、これがなかなかイケてる!
ディランとルーリードを掛け合わせたような声のイアン・ハンターの唄に、惹かれました
とにかく、イギリスのバンドらしい若干屈折した音作りと曲(ある意味キンクス味も感じる)がいいですよね
その後、アイランド時代のアルバムに少し遡ったりもしましたものです

21世紀、通信カラオケの時代になってからは、『All the young dudes』も選曲リストに入るようになり、今は楽しく歌うことができている次第です これ歌うとダチもハモルくらい、みんな好きな曲ですね 🎵~~

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