ローリングストーンズ 「レディジェーン」



★(050):ローリングストーンズ 「レディジェーン」   (1966年) (2012.11.13公開)  



c0119160_2018764.jpgマイフェイバリットsongsも遂に50回の節目となりましたが、まだローリングストーンズの曲を取り上げておりませんでした。大変失礼~m(_ _)m ビートルズ・ビーチボーイズと並び今年結成50周年を迎え、現在もなお休むことなく転がり続けている偉大なるストーンズ、「アーティスト別名盤レビュー・第4回」では【ストーンズ特集】を公開しましたが、本シリーズ節目50回は今は亡きブライアン・ジョーンズの視点から取り上げてみたいと思います。 ブライアンはストーンズの創始者(名付け親)・初期リーダーでしたが、1969年に謎の死を遂げ現在は名前すら殆ど忘れ去られた存在となってしまいました。ブライアンは作曲こそしませんでしたが、多才な演奏家でスライドギター・ハーモニカ・ピアノ・シタール・リコーダー・木琴・クラリネット等30種類以上の楽器演奏を駆使していたのです。今回の紹介曲「レディジェーン」は小生が愛する「ルビーチューズデイ」, 「涙溢れて」と並ぶ60年代3大美曲ですが、ブライアンのダルシマー(ハプシコード先祖楽器)が冴え渡り実に印象的です。その他にも 「黒くぬれ!」のシタール演奏(ジョージハリスンがインド風アレンジで使用)、「ルビーチューズデイ」のリコーダー演奏は永遠に残る佳曲として有名ですネ!初期ストーンズの進路を引っ張ったのはブライアンでしたが作詞・作曲の才能には恵まれず、逆にミックとキースの創作能力はドンドンと向上しバンド主導権を握られていきます。居場所が無くなったブライアンは麻薬に溺れ演奏活動が出来なくなり、1969年6月にリーダーでありながら遂にストーンズから追放されてしまいました。そして脱退後、1ヶ月も経たないうちに自邸プール底に沈んでいる姿が発見され、悲劇的な死(真相は自殺・殺害説など様々な憶測)を迎えたのです。後継者ミック・テイラーのお披露目となったハイドパークLIVE(1969)は、急遽ブライアン追悼コンサートとなりました。「ホンキートンクウイメン」はその貴重な映像です。ロック史に深く刻まれる名曲「悪魔を憐れむ歌」はブライアン最後参加となった曲で、これを完成させるまでの過程を撮影し一本の長編ドキュメンタリーに仕上げたのが映画「ブライアンジョーンズ ストーンズから消えた男」(2005年)でした。初期ストーンズは間違いなくブライアンの高い音楽性なしに今に至る地位は築くことはできませんでした。彼を切り捨て50年間もロック界トップの地位を保ち続けるストーンズのしたたかさ、常に先進に立ちながら基本的な音楽性を変えず古希を迎えている元気なるジジー達の姿・・・、若くしてあの世にいった繊細なるブライアンは草葉の陰から半世紀も続くストーンズの栄光をどのように見詰めているのでしょうか。



  # by rollingwest | 2002-11-01 00:37

エルトンジョン「ホリデイ・イン」(4thマッドマンより)




★(100):エルトンジョン 「ホリディ・イン」  (1971年)   (2011.8.7公開)



c0119160_20492018.jpg3年前の夏にRW洋楽コーナー「My Favorite Songs」(第1回はアルスチュワート「イヤーオブザキャット」)をスタートさせてから今回で何とかようやく100回の節目を迎えることができました。当初記事をレビューしてみると結構あっさりとした文章ばかりでしたが、今ではダラダラした長文を欲深く書いてしまっているなあ・・と反省しきりでございます。洋楽ブロガーメイトの皆様からのコメントが増えるにしたがい完全なマニアック記事になってしまったRWですが、今も暖かくお付き合い頂き大変感謝いたしております。記念すべき100回目掲載は、小生を洋楽趣味に導いてくれたエルトンジョンの初期名盤「マッドマン」からの隠れた名曲「ホリディイン」といたしました。小生は「マッドマン」こそエルトンの最高傑作と評価しており、この名盤に収められている数々の名曲もあわせて紹介したいと思います。小学校高学年にビートルズの活躍やモンキーズのTV番組を見て、洋楽への興味はすでに心の中で醸成されていましたが(我々の世代は誰もが同じかな・・)、本格的にLPレコード(今や死後)を購入して洋楽に嵌ったのは1970年、エルトンジョンやS&Gが入門への誘い人でした。エルトンを初めて聴いて衝撃を受けた曲はやはり「イエスイッツミー」(第1巻:009)・・、「何と素晴らしい曲だ~」と感動に震え一挙に彼の虜となってしまいました。当時は清楚な雰囲気を漂わせたやや吟遊詩人風、「僕の歌は君の歌」「や「人生の壁」などを真摯かつ暗めに歌い上げている初期の姿が本当によかったなあ・・。その後は頭が禿げ上がって肥満化し、アヒルの被り物などでエキセントリックな姿(吟遊詩人⇒ギンギン奇人)に変化していくのを見て、それまでの彼に抱いていたイメージがガラガラと崩壊してしまい本当に悲しかった・・(苦笑) とはいえ、初期時代からのエルトンが当時鉄壁コンビだったバーニートーピンとホモで愛し合っていた仲と聞いていたので、すでに腰が引け始めていたのも事実なのですが・・。小生がエルトン最大名盤と崇める4枚目の作品「マッドマン」には有名なシングルヒット「可愛いダンサー」「リーヴォンの生涯」が収められていますが、やはり本名盤の最大特徴は全編にポール・バックスマスターの荘厳なるオーケストラアレンジが施されていることです。アルバムのテーマ曲「マッドマン」や、アメリカ大陸の先住民の悲劇を壮大に歌い上げた「インディアンサンセット」、この2曲はまさに本アルバムの最大の聴き所となっています。チェロ奏者のバックマスターが奏でる低音域かつ重厚なアレンジは、70年代初期のエルトン作品に残した 功績は大きく、彼の存在抜きでこの当時の作品を語ることはできません。ピアノと野性的なギターが交錯した「レイザーフェイス」も名曲、この頃の暗いイメージのエルトンは実に魅力的でしたね~!上記の掲載曲「ホリディイン」はバンジョーとストリングスとのコラボが素晴らしい佳曲、哀愁と爽快さを併せ持つ不思議な旋律で展開して行くのです。名盤「マッドマン」には捨て曲は一つもありません。エルトンが丁寧に作り上げた偉大なるコンセプトアルバムで有終の美を飾った哀愁バラード「グッドバイ」を聴いて頂き、節目の100回目を締めとしたいと思います。そしてRW洋楽コーナー「My Favorite Songs」はヨボヨボの爺々になるまで500回の節目を刻むまで頑張り続けて行きたいと考えておりますので今後もご愛顧の程よろしくお願いいたします!<(_ _)>


  # by rollingwest | 2002-11-01 00:36 | 洋楽(ロック・POPS)

エルトンジョン「イエス・イッツミー」




★(009):エルトンジョン 「イエスイッツミー」  (1971年)             (2011.9.3公開)


c0119160_2043290.jpgエルトン・ジョン・・、中学2年の時に小生をロック・洋楽好きの道に導いてくれたのは彼でした。(S&G、ビートルズ、モンキ-ズも同様) 今や世界的な大物アーティストとなり、音楽界で絶大なる人気と影響を誇るエルトンですが、小生は1970年初期の吟遊詩人風の頃(デビュー直後)が一番大好き。「君に必要なのは僕なんだ!」と繰り返される「イエスイッツミー」。この曲を初めて聴き、感銘を受けて一挙に彼の虜となりました。初期スタンダード「僕の歌は君の歌」(ヨアソング)の前にリリースされた日本最初のエルトン・スマッシュヒット。その後は映画「フレンズ」の主題曲も手掛け、「ダニエル」「リ-ヴォン」「ロケットマン」「黄昏のレンガ道」と次々大ヒットを放ちました。当時の清潔なイメージで真摯に歌う若き日の姿、実によかったなア・・。1970年代は正に彼の黄金時代。しかしその後、あっという間に禿げて肥満化、アヒルの被り物をまとってエキセントリックになった姿を見て、初期の吟遊詩人イメージはガラガラと崩れ去ってしまい愕然としました・・(苦笑)エルトンジョン特集記事



  # by rollingwest | 2002-11-01 00:35